『シルバーバーチの霊訓』1巻 全文掲載【八章 愛の力】

『シルバーバーチの霊訓①』【8章 愛の力】愛は大きさを測る事ができません。重さを測る事もできません。いかなる器具をもってしても分析する事はできません。なのに愛は厳然として存在します。宇宙における最大の力です。大自然の法則を機能させる原動力です。
『シルバーバーチの霊訓①』愛あればこそ全大宇宙が存在するのです。宇宙がその宿命を成就し、全存在がそれぞれの宿命を成就していく背後にはこの愛の力が存在します。生命活動の原動力であり、霊の世界と物質の世界の間に横たわる障害を克服していくのも愛の力です。
『シルバーバーチの霊訓①』辿り着いた高級霊界からの遼遠の旅路の末に再び地上に舞い戻り、古くかつ新しい名言“愛は死を乗り超える”を改めて宣言する事ができるのも、この愛あればこそです。あなた方を今日まで導き、これ以後もより一層大きな霊的回路とするための受容力の拡大に心を砕いて→
『シルバーバーチの霊訓①』→くれている背後霊の愛に目を向けて下さい。昼の後には夜が訪れるように、春の後には夏が訪れるように、種子を蒔けば芽が出るように、霊は着実に開眼し一歩一歩その存在意義の成就に向けて階段を昇ります。
『シルバーバーチの霊訓①』日常の煩瑣な雑事の渦中にあって、時には僅かの時間を割いて魂の静寂の中に退避し、己れの存在の原動力である霊性に発現のチャンスを与えて下さい。心に怖れを宿してはいけません。完全に拭い去らないといけません。
『シルバーバーチの霊訓①』誕生以来今日までずっとあなたを導いてきた霊が、今になって見捨てるはずがありません。これまで日夜あなたの生活の支えとなってきたのであり、これ以後もずっと支えとなる事でしょう。なぜならあなたに絶対成就してもらわねばならない仕事があるからです。
『シルバーバーチの霊訓①』霊がこの世へ携えてきた能力がこれからもその役目を果たしていきます。こちらから援助に当る霊の背後には宇宙の大霊すなわち神の力が控えております。それは決して裏切る事はありません。宇宙は無限・無窮の神的エネルギーによって存在しております。
『シルバーバーチの霊訓①』しかし地上の人間の圧倒的多数はそのエネルギーのごくごく僅かしか感識しておりません。受け入れる条件が整わないからです。ですから、あなた方人間はその神の恩寵を存分に受け入れるべく、精神と魂を広く大きく開く方法を学ばねばなりません。
『シルバーバーチの霊訓①』それには信念と信頼心と信仰心と穏かさと落着きを身につけねばなりません。そうしたものによって醸し出される雰囲気の中にある時、無限のエネルギーから莫大な豊かさを受ける事ができます。それが神の摂理なのです。そういう“仕組み”になっているのです。
『シルバーバーチの霊訓①』受け入れ、吸収する能力に応じて、エネルギーが配給されるという事です。受容力が増せば、それだけエネルギーも増します。それだけの事です。悲哀の念が消えるに従って、魂を取り巻いていた暗雲が晴れ、確信の陽光がふんだんに射し込む事でしょう。
『シルバーバーチの霊訓①』宇宙に存在を与えたのは神の愛です。宇宙が存在し続けるのも神の愛あればこそです。全宇宙を経綸し全存在を支配しているのも神の愛です。その愛の波長に触れた者が自分の愛する者だけでなく血縁によって結ばれていない赤の他人へも手を差し伸べんとする同胞愛に燃えます。
『シルバーバーチの霊訓①』愛は自分より不幸な者へ向けて自然に手を差し伸べさせるものです。全生命の極致であり、全生命の基本であり、全生命の根源であるところの愛は、より一層の表現を求めて人間の一人ひとりを通して地上に流れ込みます。
『シルバーバーチの霊訓①』そしていつの日か、全宇宙が神の愛によって温かく包まれる事になるでしょう。好感を覚える人を愛するのはやさしい事です。そこには徳性も神聖さもありません。好感のもてない人を愛する―これが魂の霊格の高さを示します。
『シルバーバーチの霊訓①』あなたに憎しみを抱いている人の元に赴く事、あなたの気に食わぬ人のために手を差し伸べる事、これは容易な事ではありません。確かに難しい事です。しかし、あなた方は常に理想を目標としなければいけません。他人にできない事をする、これが奉仕の奉仕たる所以だからです。
『シルバーバーチの霊訓①』可哀想にと思える人に優しくする、これは別に難しい事ではありません。気心の合った人に同情する、これも難しい事ではありません。が、敵を愛する、これは実に難しい事です。
『シルバーバーチの霊訓①』最高の徳は愛他的です。愛すべきだから愛する、愛こそ神の摂理を成就する事である事を知るが故に愛する、これです。愛らしい顔をした子供を治療してあげる、これはやさしい事です。
『シルバーバーチの霊訓①』しかし、奇形の顔をした気の毒な人、ぞっとするような容貌の人を治療するのは並大抵の心掛けではできません。が、それが奉仕です。真の愛は大小優劣の判断を求めません。愛するという事以外に表現の方法がないから愛するまでです。
『シルバーバーチの霊訓①』宇宙の大霊は無限なる愛であり自己のために何も求めません。向上進化の梯子を登って行けば、己れのために何も求めず、何も欲しがらぬ高級霊の世界に辿り着きます。ただ施すのみの世界です。願わくばあなた方の世界も是非そうあって欲しいと思う事しきりです。
『シルバーバーチの霊訓①』私たちの事が理解できない人は色々と勝手な事を言ってくれますが、私たち自身はどう評価されたいとも思っておりません。手の届く限りの人々に手を差しのべたいと思うだけです。その意味でも、あなた方には霊の世界の最高レベルの界層と感応するよう努力して頂きたい。
『シルバーバーチの霊訓①』あなた方は決して孤軍奮闘しているのではない事、周りにはあなた方を愛する人々、手引きし援助し鼓舞せんとする霊が大勢取り囲んでいる事を認識して頂きたい。そしてまた、霊的開発が進めば進むほど、宇宙の大霊である神へ向けて1歩1歩近づきつつあり、→
『シルバーバーチの霊訓①』→より一層その摂理と調和していきつつある事を理解して頂きたいのです。単なる信仰、ただそう信じているというだけでは、厳しい体験の嵐が吹けばあっけなく崩れてしまいます。が知識に根ざした信仰はいかなる環境にあってもゆるぎない基盤を提供してくれます。
『シルバーバーチの霊訓①』霊の力の証を授からなくても信じられる人は幸いです。が、証を授かり、それ1つを手掛りとして他の多くの真理を信じる事のできる人はそれ以上に幸いです。なぜならばその人は宇宙の摂理が愛と叡智そのものであるところの霊の力によって支配されている事を悟っているからです
『シルバーバーチの霊訓①』人生とは生命そのものの活動であり、霊的であるが故に死後も永遠に続く事は立証可能な事実です。かくして人間は地上にあっても霊的存在であり物質的存在ではない事、すなわち身体を具えた霊であって、霊を具えた身体ではないという事を自覚する事ができます。
『シルバーバーチの霊訓①』物質界への誕生は測り知れない価値ある遺産の一部を享ける事です。霊であるからこそ物質と結合し、活動と生命を賦与する事ができるのです。その霊は宇宙の大霊の一部であり本質的には神性を具え、性質的には同種のものであり、ただ程度において異なるのみです。
『シルバーバーチの霊訓①』我欲を棄て他人のために自分を犠牲にすればするほど内部の神性がより大きく発揮され、あなたの存在の目的を成就しはじめることになります。家族的情愛や恋愛が間違っていると言っているのではありません。
『シルバーバーチの霊訓①』外へ向けてのより広い愛の方が上だと言っているのです。排他性の内向的愛よりも発展性の外向的愛の方が上です。いかなる資質にも上等のものと下等のもの、明るい面と暗い面があるものです。家庭的な愛は往々にして排他性を帯びます。
『シルバーバーチの霊訓①』いわゆる血のつながりによる結びつきです。それは進化の過程における動物的段階の名残りである防衛本能によって支配されている事がよくあります。が、愛の最高の表現は己れを思わず、報酬を求めず、温かさすら伴わずに、全てのものを愛する事が→
『シルバーバーチの霊訓①』→できる事です。その段階に至った時は神の働きと同じです。なぜなら自我を完全に滅却しているからです。愛は人のために尽くし、人を支え、人を慰めんと欲します。愛は慈悲、同情、親切、優しさとなって表現されます。
『シルバーバーチの霊訓①』愛はまた、滅私と犠牲の行為となって表れます。霊の世界へ来た者がなぜ地上へ舞い戻ってくるかご存じですか。大多数の人間にとって死は有難い事であり、自由になる事であり、牢からの開放であるのに、なぜ戻って来るのでしょうか。
『シルバーバーチの霊訓①』霊の世界の恩寵に存分に浸っておればよいはずです。地上の住民を脅かす老いと病と数々の煩悩に別れを告げたのです。なのに、地上との間に横たわる測りしれない困難を克服してまで自ら志願して帰って来るのは、あなた方への愛があるからです。
『シルバーバーチの霊訓①』彼らは愛の赴くところへ赴くのです。愛のあるところに存在するのです。愛あればこそ役に立ちたいと思うのです。霊界において如何なる敵対行為が私たちへ向けられても、妨げんとする邪霊集団の勢力がいかに強力であろうと、それが最後には効を奏する→
『シルバーバーチの霊訓①』→事ができないのは、そうした愛に燃えた霊たちの働きがあればこそです。これまでに得させて頂いたものを喜ぶべきです。浴し得た恩寵に感謝すべきです。愛は死よりも強いこと、立ちはだかる障害も愛によってきっと克服されるという認識を得た事を→
『シルバーバーチの霊訓①』→有難く思うべきです。あなた方を包む愛によって存分に慰められ、支えられ、励まされるがよろしい。その愛の豊かさはとても私には表現し尽くせません。時には何とか伝えてみようと努力することもあるのですが、あなた方の心臓の鼓動よりもなお身近に→
『シルバーバーチの霊訓①』→あるその愛の深さは到底人間の言語では表現できません。あなた方はこれまで、愛に発する利他的行為、英雄的行為、奉仕的行為、滅私的行為による目覚ましい成果を見て参りましたが、霊界の高級霊が生命力そのものを集結してあなた方を温く包む、→
『シルバーバーチの霊訓①』→その愛の底知れぬ潜在力は到底推し測る事はできません。最も、それを受け入れる器がなければ授かりません。それが摂理なのです。理屈は分かってみれば簡単です。資格ある者が授かるというだけの事です。霊力は無尽蔵です。
『シルバーバーチの霊訓①』それに制限を加えるのは人間の受容能力です。人間が少しでもその受容能力を増せば、その分だけ授ける用意がこちらにはいつでも出来ております。が、それ以上のものは絶対に授ける事は出来ません。常に上を向いて歩んで下さい。下を向いてはいけません。
『シルバーバーチの霊訓①』太陽の光は上から差します。下からは照らしません。太陽は永遠の輝きの象徴です。霊的太陽は啓蒙と活力の源泉です。内在する霊に刺激を与えます。自分が本質において永遠なる存在であり何事も修行である事を忘れぬ限り、何が起きようと→
『シルバーバーチの霊訓①』→意気消沈する事はありません。霊性は書物からは得られません。先生が授けるものでもありません。自分自身の生活の中で、実際の行為によって体得しなければなりません。それは個性の内部における神性の発芽現象なのです。
『シルバーバーチの霊訓①』神性こそ、その無限の愛の抱擁力によって私たちを支えている力であり、その尊い遺産を発揮し宿命を成就するよう導いてくれる力です。宇宙における最大の力であり、極大極小の別なく全ての現象を根本において操っております。
『シルバーバーチの霊訓①』魂のそれぞれの必要性を察知し、いかにしてそれを身につけるかを知らしめんと取り計らってくれます。自分とはいったい何なのか、いかなる存在なのか、いかなる可能性をもつかを徐々に悟らせる方向へと導いてくれます。
『シルバーバーチの霊訓①』ですから、私たちは愛をもって導いてくれるこの力に安心して身を任せようではありませんか。その愛の導きに身を委ね、いついかなる時も神の御手の中にある事を自覚しようではありませんか。完全なる愛は恐怖心を駆逐します。知識も恐怖心を駆逐します。
『シルバーバーチの霊訓①』恐怖は無知から生まれるものだからです。愛と信頼と知識のあるところに恐怖心は入り込めません。進歩した霊はいついかなる時も恐れる事がありません。なんとなれば、自分に神が宿る以上は人生のいかなる局面に遭っても克服できぬものはないとの信念が→
『シルバーバーチの霊訓①』→あるからです。これまであなたを包んできた愛が今になって見放す訳がありません。それは宇宙の大霊から放たれる無限なる愛であり、無数の回路を通して光輝を放ちつつ地上に至り、人のために役立たんと志す人々の力になります。
『シルバーバーチの霊訓①』気力喪失の時には力を与え、悲しみの淵にある時は慰めを与えてくれます。あなたのまわりに張り巡らされた防御帯であり、決して破られる事はありません。神の力だからです。私ども霊界の者が是非とも提供しなければならない証は、愛が不滅である事、→
『シルバーバーチの霊訓①』→死は愛し合う者の仲を裂く事はできない事、物的束縛から脱した霊は2度と死に囚われる事がないという事です。愛の真の意義を悟るのは霊の世界へ来てからです。なぜなら愛の本質は霊的なものだからです。愛は魂と魂、精神と精神とを結びつけるものです。
『シルバーバーチの霊訓①』宇宙の大霊の顕現なのです。互いが互いのために尽くす上で必要ないかなる犠牲をも払わんとする欲求です。邪(よこしま)なるもの、害なるものを知りません。愛は己れのためには何も求めないのです。
『シルバーバーチの霊訓①』死は地上生活の労苦に対して与えられる報酬であり、自由であり、解放です。いわば第2の誕生です。死こそ真の生へのカギを握る現象であり、肉の牢の扉を開け、閉じ込められた霊を解き放ち、地上で味わえなかった喜びを味わう事を可能にしてくれます。
『シルバーバーチの霊訓①』愛によって結ばれた仲が死によって引き裂かれる事は決してありません。神の摂理が顕幽の隔てなく働くと言われるのはその事です。愛とは神の摂理の顕現であり、それ故にありとあらゆる人間の煩悩―愚かさ、無知、依怙地(えこじ)、偏見等々を乗り超えて→
『シルバーバーチの霊訓①』→働きます。2人の人間の愛の真の姿は魂と魂の結びつきです。神はその無限の叡智をもって、男性と女性とが互いに足らざるものを補い合う宿命を定めました。両者が完全に融合し合う事にこそ真の愛の働きがあり、互いに補足し合って一体となります。
『シルバーバーチの霊訓①』愛は無限なる霊の表現ですから、低い次元のものから高い次元のものまで、無限の形をとります。すなわち磁気的で身体的な結びつきから精神的な結びつき、さらには根源的な霊的な結びつきへと進みます。その魂と魂との結びつきが地上で実現する事は→
『シルバーバーチの霊訓①』→極めてまれな事であり、むしろ例外的な事に属します。が、もし実現すれば両者はその宿命を自覚し、一体となります。これが魂と魂との真の結婚の形態です。これは、本来一体である親和性をもった魂が2つに分れて地上へ顕現しているという、いわゆる→
『シルバーバーチの霊訓①』→“同類魂(アフィニティー)”の思想で、古来からあります。それが再び一体となるには何百万年、何千万年もの歳月を要します。それが僅か50~70年の短い期間に地上という小さな天体上で巡り合うという事は極めて異例の事です。
『シルバーバーチの霊訓①』幸いにしてその幸運に浴した時は、それは神がそう図られたとしか考えられません。そしてそのアフィニティーの2人は死後も融合同化の過程を、人智を超えた歳月にわたって続けます。人間的個性を少しずつ脱ぎ捨て、霊的個性をますます発揮していき、→
『シルバーバーチの霊訓①』→その分だけ融合の度合を深めていく事になります。愛は血縁に勝ります。愛は死を乗り超えます。愛は永遠不易のエネルギーです。それが宇宙を支配しているのです。神の意図によって結び合った者は生涯離れる事なく、死後も離れる事はありません。
『シルバーバーチの霊訓①』墓には愛を切断する力はありません。愛は全てのものに勝ります。なぜなら、それは宇宙の大霊すなわち神の一表現だからです。そして神の統一体(※)としての一部を構成するものは永遠にして不滅です。(※それを欠けば完全性を失う必須の存在。―訳者)

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