『シルバーバーチの霊訓』1巻 全文掲載【十章 質問に答える】

※文中に当時の僕のコメントが挿入されていますが、削除するのが面倒ですので(汗)ご参考までにそのまま掲載させて頂きます。
『シルバーバーチの霊訓①』
【シルバーバーチの交霊会では開会の祈りと講話の後“何かお聞きになりたい事がありますか。もしあれば私の知る限りで精一杯お答えしましょう”と述べる。質問はあらかじめまとめておいて司会者が述べる事もあるが(投書による質問もある)、―】
『シルバーバーチの霊訓①』
【招待客がその専門分野、たとえば心霊治療について直接質問する事もある。そのうちの幾つかを紹介する―】【もう一度やり直すチャンスは全ての人に与えられるのでしょうか―】もちろんです。
『シルバーバーチの霊訓①』
やり直しのチャンスが与えられないとしたら宇宙が愛と公正とによって支配されていない事になります。墓に埋められて万事が終るとしたら、この世は実に不公平だらけで生きてきた不満の多い人生の埋合せもやり直しも出来ない事になります。
『シルバーバーチの霊訓①』
私どもが地上の人々にもたらす事のできる最高の霊的知識は人生が“死”をもって終了するのではないという事、従って苦しい人生を送った人も、失敗の人生を送った人も、屈辱の人生を送った人も、皆もう一度やり直す事が出来るという事。
『シルバーバーチの霊訓①』
言いかえれば悔し涙を拭うチャンスが必ず与えられるという事です。人生は死後もなお続くのです。永遠に続くのです。その永遠の旅路の中で人間は内在している能力、地上で発揮し得なかった才能を発揮するチャンスが与えられ、―
『シルバーバーチの霊訓①』
―同時にまた愚かにも摂理を無視し他人の迷惑も考えずに横柄に生きてきた人間は、その悪業の償いをするチャンスが与えられます。神の公正は完璧です。騙す事も、ごまかす事も出来ません。全ては神の眼下にあります。神は全てをお見通しです。
『シルバーバーチの霊訓①』
そうと知れば、真面目に生きてきた人間が何を恐れる事がありましょう。恐れる事を必要とするのは利己主義者だけです。
アタック帰還。疲労の限界なので抜粋は明日という事で(謝)僕は常に単独行。誰かと山に入った事は一度たりともありません。でも今改めて本当に単独行で良かったって思ってます。アタック中の僕の頭の中は使命の事や霊界の事でいっぱい。横に誰か居たら集中してその類の事を考えられませんものね(祈)
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『シルバーバーチの霊訓①』
【祈りに効果があるでしょうか―】本当の祈りと御利益信心との違いを述べれば、祈りが本来いかにあるべきかがお分りになると思います。御利益信心は利己的な要求ですからこれを祈りと呼ぶ訳にはいきません。ああしてほしい、こうしてほしい。
『シルバーバーチの霊訓①』
カネがほしい、家がほしい―こうした物的欲望には霊界の神霊はまるで関心がありません。そんな要求を聞いてあげても当人の霊性の開発、精神的成長にとって何のプラスにもならないからです。一方、魂の止むに止まれぬ叫び、霊的活動としての祈り、―
『シルバーバーチの霊訓①』
暗闇に光を求める必死の祈り、万物の背後に控える霊性との融合を求める祈り、そうした祈りもあります。そうした祈りには魂の内省があります。つまり自己の不完全さと欠点を自覚するが故に必死に父なる神の加護を求めます。
『シルバーバーチの霊訓①』
その時の魂の状態そのものが既に神の救いを受入れる体制となっているのです。ただこれまでも何度か述べた事がありますが、そうした祈りをあえて無視して、その状態のまま放っておく事が実はその祈りに対する最高の回答である場合がよくあります。
『シルバーバーチの霊訓①』
こちらからあれこれと手段を講じる事がかえって当人にとってプラスにならないという判断があるのです。しかし魂の奥底からの欲求、より多くの知識、より深い悟り、より強い力を求める魂の願望は、自動的に満たされるものです。
『シルバーバーチの霊訓①』
つまり、その願望が霊的に一種のバイブレーションを引き起こし、そのバイブレーションによって当人の霊的成長に応じた分だけの援助が自動的に引寄せられます。危険の中にあっての祈りであれば保護のためのエネルギーが引寄せられ、同時に救急のための霊団が派遣されます。
『シルバーバーチの霊訓①』
それは血縁関係によってつながっている霊もおれば、愛の絆によって結ばれている類魂もおります。そうした霊たちはみな自分もそうして救われた体験があるので、その要領を心得ております。
疲労の限界。ひたすらテキスト撃ちまくるこの使命遂行…苦しすぎます。この状態がいつまで続きますか。いつまで地上に残り続ければいいですか。あまりにも過酷です。しかしそう言いながらもやります。もうやる以外ないからです。何という過酷な追加試練…いつまで耐えられるか分りません…(祈)
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『シルバーバーチの霊訓①』
【唯物主義者や無神論者は死後の世界でどんな目に遭うのでしょうか―】宗教家とか信心深い人は霊的に程度が高いという考えが人間を永い間迷わせてきたようです。実際は必ずしもそうとは言えないのです。
『シルバーバーチの霊訓①』
ある宗教の熱烈な信者になったからといって、それだけで霊的に向上する訳ではありません。大切なのは日常生活です。あなたの現在の人間性、それが全てのカギです。
『シルバーバーチの霊訓①』
祭壇の前にひれ伏し、神への忠誠を誓い“選ばれし者”の一人になったと信じている人よりも、唯物論者とか無神論者、合理主義者、不可知論者といった宗教とは無縁の人の方が遥かに霊格が高いといったケースがいくらもあります。
『シルバーバーチの霊訓①』
問題は“何を信じるか”ではなく、これまで“何を為してきたか”です。そうでないと神の公正が根本から崩れます。【霊界の医師にはガンの治療法が分っているのでしょうか―】あらゆる種類のガンが治せるという意味での特殊な治療法はありません。
『シルバーバーチの霊訓①』
全部が同じ原因から発生しているのではないからです。身体的なものに由来するものもあれば精神的なものもあり、また霊的なものもあります。その全てを同じ方法で治す事は出来ません。私たち霊界の者が地上の問題に関わるにはそれなりの制約がある事を理解して下さい。
『シルバーバーチの霊訓①』
人間から頼まれて“ああ、その問題ですか。じゃあ、こうしなさい”といった調子で受け合う訳にはまいりません。地上の人間は地上の人間なりの努力をして解決していかねばなりません。
『シルバーバーチの霊訓①』
ただし人生観が誤っていたり、動物に苦痛を与える実験をしたり、要するに援助を受けるべき資格のない状態でいくら努力をしても、治療法は見つかりません。
『シルバーバーチの霊訓①』
霊界からの援助は二重に行われます。真摯で献身的な治療家が正しい霊的法則に則って治療に当っている時、霊界からそのチャンスを窺っているその道の専門家が自動的に引寄せられます。
『シルバーバーチの霊訓①』
次にその患者に受入れる用意が出来ている時、霊的治療エネルギーがふんだんに注ぎ込まれます。霊界からの治療は全てこの霊力によってなされます。決して“魔法の杖”を使う訳ではありません。霊力は患者の魂によって引寄せられます。
『シルバーバーチの霊訓①』
ですからその魂が霊力を受入れない限り反応は生じません。魂が窓を開けてくれない限り霊力と魂とを繋ぐものがないのです。閉切った魂とは接触は得られません。この他にも幾つかの要素があります。
『シルバーバーチの霊訓①』
ガンの直接の(物的な)原因にもよりますし、この度の地上への誕生の目的に関わる問題もありますし、誕生以前に地上人類以外の何らかの身体での生活の体験があるかどうかも関わってきます。決して単純な問題ではないのです。
『シルバーバーチの霊訓①』
【生れ変りは本当にあるのでしょうか―】これは非常にややこしい問題です。というのはこの問題に関してはこちらの世界でも事実を知る者と知らない者とで意見が様々に分れているからです。
『シルバーバーチの霊訓①』
知らない者はあくまでも“ない”と主張し、知っている者は自分の体験から自信をもって“ある”と断言します。私は後者の一人です。私にも体験があるからです。
『シルバーバーチの霊訓①』
ですから再生が事実であるという点は問題ないとしても、その真相の説明となるとこれは大変厄介です。なぜかと言えば何度も述べてきたように再生するのは“同じ霊”ではあっても物質界に顕現するのは“同じ面”ではないからです。
『シルバーバーチの霊訓①』
【霊的法則は霊界でも地上でも同じ作用をするのでしょうか―】違います。こちらでは同一レベルにまで進化した者同士の生活が営まれており、霊格による区別がはっきりしているからです。ですから地上のように比較対照というものがありません。
『シルバーバーチの霊訓①』
各自がその霊格に合った界層で生活しており、程度の低い者と高い者とが一緒に暮すという事がありません。地上では精神的ならびに霊的発達程度の異なる者が毎日のように顔を合わせますが、こちらではそういう事はありません。
『シルバーバーチの霊訓①』
ただし使命を受けて(地上的言い方をすれば)低い界層へ“降りて”行けば別です。そうでない限り同じレベルの霊同士の生活が営まれます。やがてそのレベル以上に向上してくれば次のレベルへ進んで行きます。ですから一つの界層で対照的な生活が営まれる事が無い訳です。
『シルバーバーチの霊訓①』
とにかく私たちの世界には光と闇といった対照がなく従って影もありません。光だけです。光の中だけで生きていける段階まで到達した霊は、光とは何かについて完全な理解が出来ております。そうでなかったらその界層にはおれません。
『シルバーバーチの霊訓①』
その界層に至るまではやはり光と闇の“錯覚の世界”である幽界に留まります。進化していくとそういう比較対象を必要としない段階に至ります。そうすれば実在の真相をより正しく理解するようになり、実相をあるがままに知る事が出来ます。
『シルバーバーチの霊訓①』
たとえば一輪の花にしても、もし霊眼によってその“全体像”を見る事ができれば地上では見られない美しさが鑑賞できます。霊眼には全ての物の内側と外側とが見えるのです。
『シルバーバーチの霊訓①』
内側には地上のような外側だけの世界に見られない無限の種類の色彩があります。色調も無数にあります。そして物的感覚では理解できない霊的な実体感を有しております。
『シルバーバーチの霊訓①』
私たちは地球の引力の作用を受けません。また永遠の光が存在します。魂が開発されるにつれて、その程度に相応しい美しさも開発されます。こちらは創造進化の世界です。そこに生活する者自らが創造していく世界です。
『シルバーバーチの霊訓①』
【昨今のスピリチュアリズムの動向をどう観られますか―】潮に満ち潮と引き潮があるように物事には活動の時期と静止の時期とがあるものです。いかなる運動も一気に進める訳にはいきません。
『シルバーバーチの霊訓①』
なるほど表面的にはスピリチュアリズムはかなりの進歩を遂げ、驚異的な勝利を収めたかに見えますが、まだまだ霊的真理について全く無知な人が圧倒的多数を占めております。いつも言っているようにスピリチュアリズムというのは単なる名称にすぎません。
『シルバーバーチの霊訓①』
私にとってそれは大自然の法則、言い替えれば神の摂理を意味します。私の使命はその知識を広める事によって少しでも無知を無くする事です。その霊的知識の普及に手を貸して下さるのは、それが一個人であってもグループであっても、―
『シルバーバーチの霊訓①』
―私はその努力に対して賞賛の拍手を送りたいと思います。神の計画はきっと成就します。私の得ている啓示によってもそれは間違いありません。地上における霊的真理普及の大事業が始まっております。時には潮が引いたように活動の目立たない時期がありましょう。
『シルバーバーチの霊訓①』
そうかと思うとブームのような時期があり、そして再び無関心の時期が来ます。普及に努力するのがイヤになる人もおりましょう。が、こうした事は神の計画全体から見ればほんの部分的現象にすぎません。その中でも特に力を入れているのが心霊治療です。
『シルバーバーチの霊訓①』
世界各地で起きている奇跡的治療は計画的なものであって決して偶発的なものではありません。その治癒の根源が霊力にある事に目覚めさせるように霊界から意図的に行っているものです。私は真理の普及に関して決して悲観的になる事はありません。常に楽観的です。
『シルバーバーチの霊訓①』
というのは背後で援助してくれている強大な霊団の存在を知っているからです。私はこれまでの成果に満足しております。地上の無知な人々が我々の仕事を邪魔し、遅らせ、滞らせる事はできても、真理の前進を完全に阻止する事は出来ません。ここが大切な点です。
『シルバーバーチの霊訓①』
遠大なる神の計画の一部だという事です。牧師が何と説こうと医者がどうケチをつけようと科学者がどう反論しようと、それは好きにさせておくがよろしい。時の進展と共に霊的真理が普及していくのをストップさせる力は彼らには無いのです。
『シルバーバーチの霊訓①』
【死後の世界でも罪を犯す事がありますか―】ありますとも!死後の世界でも特に幽界というところは地上と非常によく似ています。住民は地上の平凡人とほぼ同じ発達程度の霊たちで決して天使でもなければ悪魔でもありません。
『シルバーバーチの霊訓①』
高級すぎもせず、さりとて低級すぎもせず、まぁ普通の人間と思えばいいでしょう。判断の誤りや知恵不足で失敗もすれば、拭い切れない恨みや憎しみ、欲望などに囚われて罪悪を重ねる事もあります。要するに未熟である事から過ちを犯すのです。
『シルバーバーチの霊訓①』
【弱肉強食の自然界を拵えた創造主がどうして全てを愛する神であり得るのでしょうか―】限りある知恵で無限の叡智を理解する事は出来ません。宇宙規模の問題を肉眼だけを通して覗いてみても、つまり限られた知性でもって理解しようとしても解決は得られません。
『シルバーバーチの霊訓①』
全体のごく限られた一部しか見えないからです。確かに自然界には弱肉強食の一面があり、腹が空けば互いに食い合う事もしますが、それは自然界全体としては極めて些細な話であって人間界と同様に動物界にも調和と協調の原理が働いております。
『シルバーバーチの霊訓①』
チャンスに恵まれればその原理を如実に見る事ができます。それとは別に人間としての責務に関わる一面もあります。つまり上に立つ者が低い進化の過程にある者にたいしてもつ責務です。人間も動物も、樹木や果実、花、野菜、小鳥などと共に、―
『シルバーバーチの霊訓①』
―ひとつの生命共同体を構成しているからです。全生命は進む時は共に進み、後戻りする時は共に後戻りします。ですから人間が愛と慈悲と同情の心を発揮すれば、それこそオオカミと小ヒツジが相寄添って寝そべるようになるでしょう。
『シルバーバーチの霊訓①』
【人間一人一人に守護霊がついているのですか―】母胎内での受胎の瞬間から、あるいはそれ以前から、その人間の守護の任に当る霊が付きます。そしてその人間の死の瞬間まで与えられた責任と義務の遂行に最善を尽します。
『シルバーバーチの霊訓①』
守護霊の存在を人間が自覚するとしないとでは大いに違ってきます。自覚してくれれば守護霊の方も仕事がやり易くなります。守護霊は決って一人だけですが、その援助に当る霊は何人かおります。守護霊にはその人間の辿るべき道があらかじめ分っております。
『シルバーバーチの霊訓①』
が、その道に関して好き嫌いの選択は許されません。つまり、自分はこの男性にしようとか、あの女性の方が良さそうだ、といった勝手な注文は許されません。こちらの世界は実にうまく組織された機構の中で運営されております。
『シルバーバーチの霊訓①』
【地上で犯す罪は必ず地上生活で報いを受けるのでしょうか―】そういう場合もあれば、そうでない場合もあります。いわゆる因果律というのは必ずしも地上生活期間中に成就されるとは限りません。しかし、いつかは成就されます。必ず成就されます。
『シルバーバーチの霊訓①』
原因があれば結果があり両者を切離す事はできないのです。しかし、いつ成就されるかという時間の問題になると、それはその原因の性質いかんに関わってきます。すぐに結果の出るものもあれば地上生活中には出ないものもあります。
『シルバーバーチの霊訓①』
その作用には情状酌量といったお情けはなく機械的に作動します。罪を犯すとその罪がその人の霊に記録され、それなりの結果を生み、それだけ苦しい思いをさせられます。
『シルバーバーチの霊訓①』
それが地上生活中に出るか否かは私にも分りません。それは様々な事情の絡んだ複雑な機構の中で行われるのですが、因果律の根本の目的が永遠の生命である“霊性の進化”にある事だけは確かです。
『シルバーバーチの霊訓①』
【死とは何かを子供にどう説かれますか―】その子供に理解力があればの話である事は無論ですが、死とは小鳥が鳥カゴから放たれて自由に羽ばたくように肉体から解き放たれて、より大きな生活の世界へ進んで行く事であると説明しましょう。
『シルバーバーチの霊訓①』
【いたいけない幼児が不治の病で苦しむのは何か原因があるのでしょうか。これで神が公正と言えるだろうかと思う事がありますが…】本来霊的な問題を物的尺度で解決する事は出来ません。地上生活という極めて短い期間の体験でもって永遠を判断する事は出来ません。
『シルバーバーチの霊訓①』
神の公正は無限の摂理によって支配されており、その全てを小さいひとかけらだけでもって理解する事は出来ません。小さな者が自分より大きい者を理解できるでしょうか。一滴の水が大海を語れるでしょうか。部分が全体を理解できるでしょうか。
『シルバーバーチの霊訓①』
宇宙はただただ感嘆するばかりの見事な法則によって支配されております。完璧な叡智によって創造されているからです。法則が狂うという事は絶対にありません。時に不公平のように思える事があるのは全体の一部だけを見ているからです。
『シルバーバーチの霊訓①』
全体が見えるようになれば考えが変ります。地上にいる限り、その短い期間で無限を理解する事は出来ません。埋合せ、あるいは応報の原理は人間には理解できません。
『シルバーバーチの霊訓①』
霊の世界の豊かさ、美しさ、見事さは、それを譬えるべきものが地上に無いのですから人間には理解する手掛りが無い訳です。宿命的に判断力が制限され、視野が狭められている人間にどうして地上の裏側の世界が理解できましょう。
『シルバーバーチの霊訓①』
子供の身体は両親の血と肉で拵えられる以上、両親の肉体的要素が全部その子に受継がれていくに決っています。ですから子供は両親の身体的欠陥まで頂戴する事になります。しかし子供は誕生という行為によって宇宙の大霊の一部となるのです。
『シルバーバーチの霊訓①』
神の遺産、あらゆる物的障害に負けない潜在的神性を宿しております。物質は霊を凌ぐ事はできません。物質はあくまでも従者です。霊が主人です。霊的成長はゆっくりとして着実な道程です。霊的感覚と理解力は魂にその用意が出来た時に初めて得られるものです。
『シルバーバーチの霊訓①』
私たちの説く真理が馬の耳に念仏である人もいます。が、それに何らかの感動を覚えた時、その人はその後に待受ける数々の真理をりかいしていく用意が出来た事を意味します。あたかも神の立場に立って判決を下すような事をしてはいけません。
『シルバーバーチの霊訓①』
【心霊的能力の発達は人類進化の次の段階なのでしょうか―】霊能者とか霊媒と呼ばれている人が進化の先駆けである事に疑問の余地はありません。進化の梯子の一段上を行く言わば先遣隊です。そのうち心霊的能力が人間の当り前の能力の一部となる時代が来ます。
『シルバーバーチの霊訓①』
地上人類は今“精神的”発達の段階を通過しつつあるところです。この後には必然的に“心霊的”発達の段階が来ます。人間が五感だけを宇宙との接触の通路としている哀れな動物では無い事をまず認識しないといけません。五感で知り得る世界は宇宙のほんの一部です。
『シルバーバーチの霊訓①』
それは物的手段で感識できるものに限られています。人間は物質を超えた存在です。精神と霊で出来ているのです。
『シルバーバーチの霊訓①』
その精神と霊にはそれなりのバイブレーションが備わっており、そのバイブレーションに感応する別の次元の世界が存在します。地上にいる間は物的なバイブレーションで生活しますが、やがて死を経て高いバイブレーションの世界が永遠の住処となる日が来ます。
『シルバーバーチの霊訓①』
【霊界のどこに誰がいるという事がすぐに分るものでしょうか―】霊界にはそういう事が得意な者がおります。そういう霊には簡単に分ります。大ざっぱに分類すると死後の霊は、地上へ帰りたがっている者と帰りたがらない者とに分けられます。
『シルバーバーチの霊訓①』
帰りたがっている霊の場合は有能な霊媒さえ用意すれば容易に連絡が取れます。が、帰りたがらない霊ですと、どこにいるかは簡単に突き止める事ができても、地上と連絡を取る事は容易ではありません。いやだというのを無理やり連れて来る訳にはまいりません。
『シルバーバーチの霊訓①』
【永遠の生命を考えると、地上でのこんな限られた物的体験に意義があるのでしょうか―】永遠も無数の小さな体験の総計から成立つのです。一つの体験、一つの行為、一つの言葉、一つの思念にも、それがいかに小さなものであってもそれなりの意義があります。
『シルバーバーチの霊訓①』
そうした細々とした体験の寄せ集めが永遠を作るのです。そのうち一つが欠けても完全性を失います。例えば二、三百名から成るオーケストラの中でトライアングルを一度だけ鳴らす人がいるとします。
『シルバーバーチの霊訓①』
分量から言えば全くささやかな存在ですが、もしその人が、そのたった一回の演奏で音階を間違えたらどうなりますか。あるいは音が弱すぎて聞き取れなかったらどうなりますか。
『シルバーバーチの霊訓①』
オーケストラ全体が台無しになるでしょう。分りますね。あなた方の地上生活での体験もそれと同じ事です。一つ一つが魂の陶冶のための一部、大切な一部を担っているのです。その体験は永久に魂に刻み込まれていきます。

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