山のアタック帰還後の水曜のタイミングで、撮影したムービーを動画編集ソフトを使用しない裏技編集でUPするつもりだったのですが、なぜか前回できたのに今回できなくさせられていて(どうもやられてる感覚がありますが…不自然なんですよね)僕としては使命遂行の足を止める訳にはいきませんので(ググったらまぁ許せるレベルのチープさでしたので)仕方なく「動画編集ソフト」を導入しました。僕が購入したのはもっとも安い機能制限版ですが、僕が使命遂行のために制作するムービーの編集にはこれで十分、エフェクトだのなんだの、そんなモノのために僕は生きているのではありません「イエス様ハンドリング」強姦殺人魔、明仁、文仁、徳仁、悠仁を何が何でも死刑にして滅亡させるという「怒涛の連続顕現」でかわしたイエス様との男と男の鉄の約束を完璧に果たし切るために物質界に残されているのです。

このソフトを使って以前から「いつかやりたい」と思っていた「ブログのムービー化」もできそうです。どうしてもブログの長文を読むのがイヤだ、そういう方もいらっしゃる事でしょう、もちろんブログを書く事とムービー制作とでは作業負荷が全然違いますから全てのブログをムービー化するのは不可能ですが、重要なモノいくつかについてムービー化の作業をする事も今回のソフト導入のおかげでできそうです、せっかく導入したのですから廉価版とはいえトコトン活用しましょう。思いつく事は何でもやってみましょう。霊団もいろいろ降らせてくるはずです。

そして本当に悲しい事に、このソフト導入のおかげでムービーの制作頻度は間違いなく上がりますが、どれもこれもYoutubeにUPできないムービーとなりますのでFC2動画、さらに状況によってはFC2動画さえもUP不能になる可能性も考えWordPressにムービーをガンガンUPしていく事になる可能性もあります。(その可能性を考慮しての固定ページ「動画」の制作だったのです)今回ソフト導入した事によって僕の物質界での人生は「ブログ」「アナログ絵」に加え「ムービー」というさらなる作業負荷が追加される事になり、僕としては正直ウンザリなのですが強姦殺人魔、明仁、文仁、徳仁、悠仁の邪悪の正体の情報拡散にはムービーも間違いなく役に立ってくれると思いますし、何しろ霊団が以前からだいぶ推し続けていましたので使命遂行者の僕としてはそうせざるを得ないでしょう。

はい、今回UPしたムービーは編集ソフトを使用しない裏技編集をやるつもりで素材を用意していましたのでこういう感じになりましたが、次回以降はもう少し作り込みをせねばならないでしょう、使命遂行と関係ない作業に忙殺される訳にはいきませんのであくまでも強姦殺人魔、明仁、文仁、徳仁、悠仁を1日も早く死刑に追い込むためのコンテンツに集中、という事になります。今回編集ソフトを導入した事によって使命遂行の作業の自由度が格段に上がった事は喜ぶべきなのですが、結局その作業は全て僕がやる訳ですから「自分で自分の首を絞めない」作業方法を構築せねばなりません。僕の残された物質界での使命遂行「イエス様ハンドリング」は絶対に1歩も退く事はありません(祈)†
WordPress固定ページ「動画」 wp.me/Pa9cvW-2Yt ↓

FC2動画
bit.ly/33Ua4iZ

僕の使命遂行にまつわる内容はYoutubeにはほとんど全くと言っていいほどUPできません。しかし霊団は「ユーチューブユーチューブ」言ってくるのです。霊の導きに背いたら僕が物質界に残されている意味そのものが吹き飛んでしまいますから一応霊団の仰る通りムービーの制作頻度を上げています。で今回不本意ながら「動画編集ソフト」を導入しましたので今後ムービー制作編集の自由度が一気に上がり、以前から「こんなもの作りたいなぁ」と思ってはいたものの作れずにいたムービー等も作れるようになります。せっかく導入したのですからフル活用して「イエス様ハンドリング」を全力前進させましょう(祈)†
※WordPressにもUP開始しています(祈)†

こんな簡単な編集のためになぜソフトを購入せねばならないのか。イヤにさせられますが現在書き出し中。さらにUPまで一気に行きます(祈)†

チープな編集ソフト到着、全く触った事のないソフトですがごく簡単な編集しかしませんのでできるはず。一気に完成させます(祈)†

『シルバーバーチの霊訓④』
【未熟な社会では未熟な処罰が許されるのだと思います―】“より良い”方法に目覚めた人が一人でもいる限りは許されません。―

『シルバーバーチの霊訓④』
―たとえば恐怖の監獄に放り込むのと、まじめな市民に更生させる目的をもった監獄の改善のために働かせるのと、どちらが“より良い”でしょうか。たった一人だけ更生に成功して九九人失敗に終ったとしても、何の更生手段も講じないでいるよりは“まし”です。

『シルバーバーチの霊訓④』
【死刑制度は正しいとお考えですか―】いえ、私は正しいとは思いません。―

『シルバーバーチの霊訓④』
―これは“二つの悪のうちの酷くない方”とは言えないからです。死刑制度は合法的殺人を許している事にしかなりません。個人が人を殺せば罪になり、国が人を殺すのは正当という理屈になりますが、これは不合理です。

『シルバーバーチの霊訓④』
【反対の理由は生命を奪うのは許されないからでしょうか。それとも国が死刑執行人を雇う事になり、その人にとって気の毒だからでしょうか―】両方とも強調したい事ですが、それにもう一つ強調したいのは、―

『シルバーバーチの霊訓④』
―いつまでも死刑制度を続けているという事は、その社会がまだまだ進歩した社会とは言えないという事です。なぜなら死刑では問題の解決になっていない事を悟る段階に至っていないからです。―

『シルバーバーチの霊訓④』
―それはもう一つの殺人を犯している事に他ならないのであり、これは社会全体の責任です。それは処罰にはなっておりません。ただ単に、別の世界へ突き落しただけです。

『シルバーバーチの霊訓④』
【余暇の正しい使い方について教えてください―】余暇は精神と霊の開発・陶冶に当てるべきです。これはぜひとも必要な事です。なぜかと言えば身体に関した事は既に十分な時間が費やされているからです。

『シルバーバーチの霊訓④』
人間は誰しも健康を維持し増進するための食生活には大変な関心を示します。最も必ずしも健康の法則に適っておりませんが…しかし精神と霊も発育が必要である事をご存知の方は殆どいません。

『シルバーバーチの霊訓④』
そういう人たちは霊的に見ると一生を耳を塞ぎ口をつぐみ目を閉じたままで生きているようなものです。自分の奥に汲めども尽きぬ霊的な宝の泉がある事を知りません。精神と霊が満喫できるはずの美しさを垣間見た事すらありません。

『シルバーバーチの霊訓④』
誰にも霊的才覚が宿されている事を知らずにいます。それの開発は内的安らぎを生み人生のより大きい側面の素晴らしさを知らしめます。となれば霊性そのものの開発が何より大切である事は明らかでしょう。これは個々の人間のプライベートな静寂の中において為されるものです

『シルバーバーチの霊訓④』
その静寂の中で、まわりに瀰漫する霊力と一体となるのです。すると、より大きな世界の偉大な存在と波長が合い、インスピレーションと叡智、知識と真理、要するに神の無限の宝庫からありとあらゆるものを摂取する事が出来ます。その宝は使われるのを待受けているのです。

『シルバーバーチの霊訓④』
【直感について説明してください―】よろしい。一言で説明できます。“霊の即発”です。直感とは霊が自己を認識する手段です。普段の地上的推理の過程を飛躍します。―

『シルバーバーチの霊訓④』
―考えに考えた末に到達するような結論でも、電光石火の速さで到達します。同じ問題について多くの時間と思索ののちにやっと到達する事を“霊の即発”によって一気に我がものとしてしまう、一種の“一体化”の過程です。

『シルバーバーチの霊訓④』
【有色人種と白人とが結婚して子孫をこしらえる事は好ましくない事でしょうか―】私も有色人種です。これ以上申上げる必要があるでしょうか。地上では“色素”つまり肌の色で優劣が決まるかのように考えがちですが、これは断じて間違いです。

『シルバーバーチの霊訓④』
優劣の差はどれだけ自分を役立てるかによって決まる事です。他に基準はありません。肌の色が白いから、黄色いから、赤いから、あるいは黒いからといって、霊的に上でもなければ下でもありません。肌の色は魂の程度を反映するものではありません。

『シルバーバーチの霊訓④』
地上世界ではとかく永遠なるものを物的基準で判断しようとしがちですが、永遠不変の基準は一つしかありません。すなわち“霊”です。全ての民族、あらゆる肌色の人間が神の子であり、全体として完全な調和を構成するようになっております。

『シルバーバーチの霊訓④』
大自然の美事な“わざ”をご覧なさい。広大な花園で無数の色彩をした花が咲き乱れていても、そこには一かけらの不調和も不自然さも見られません。全ての肌色の人間が融合し合った時、そこに完璧な人種が生まれます。

『シルバーバーチの霊訓④』
【現段階の人間社会において、いわゆるハーフカースト(宗教または階級を異にする者同士の間の子孫、特にヨーロッパのキリスト教徒とヒンズー教徒またはイスラム教徒との間の混血児の事―訳者)の子孫も社会に受入れられるべきでしょうか―】―

『シルバーバーチの霊訓④』
―偏見を打ち崩し、誤った考えと闘わなければなりません。真理は、いかにその歩みはのろく苦痛を伴っても、真理であるがゆえに必ず前進するものです。価値あるものほど手に入れるのに困難が伴うものです。

『シルバーバーチの霊訓④』
成就は奮闘努力の末に得られるものです。勇気をもって挑戦しそして征服した者こそ賞賛に値します。恐怖心から尻込みし困難を避けようとする者に用はありません。人生とは学校です。刻苦と闘争、努力と困難、逆境と嵐の中をくぐってこそ魂は真の自我に目覚めるのです。