【12/8】2012~2013年ごろに撃った霊関連書籍の内容の抜粋です(祈)†

—–十二章
『シルバーバーチの霊訓⑨』
【解説】大きな悩みを抱えて自殺まで考えている男性から投書があり、シルバーバーチ霊は自殺行為をどう観ているかを聞いてみて欲しいとあった。投書が読み上げられるのを聞いてシルバーバーチはこう語った。―

『シルバーバーチの霊訓⑨』
事態を改善するよりも悪化させるような事は、いかなる魂に対してもお勧めする訳には参りません。自殺行為によって地上生活に終止符を打つような事は絶対にすべきではありません。そのような事をしたらそれ相当の代償を払わねばならなくなります。それが自然の摂理なのです

『シルバーバーチの霊訓⑨』
地上の誰一人として何かの手違いのためにその人が克服できないほどの障害に遭遇するような事は絶対にありません。むしろ私は、その障害物はその人の性格と霊の発達と成長にとって必要だからこそ与えられているのですと申上げたいのです。

『シルバーバーチの霊訓⑨』
苦しいからといって地上生活にさよならをしても、その苦しみが消える訳ではありません。それは有得ない事です。またそれは摂理に反する事です。地上であろうと霊界であろうと神の公正から逃れる事はできません。

『シルバーバーチの霊訓⑨』
なぜなら公正は絶対不変であり、その裁定はそれぞれの魂の成長度に合わせて行われるからです。【この方は現在の自分の置かれている状態が不当だとおっしゃりたいようです―】分っております。―

『シルバーバーチの霊訓⑨』
―地上の人間は時として物事を逆さまに見ている事があります。極めて不完全な知識でもって判断しようとされます。人間にも一定範囲の自由意志が許されており、それを行使していらっしゃいますが、誰一人として自然の摂理から逃れられる人はいません。

『シルバーバーチの霊訓⑨』
物質の世界から霊の世界へ移ったからといって、それだけで魂に課せられた責任から逃れられるものではありません。それだけは明確に断言できます。

『シルバーバーチの霊訓⑨』
無限の知識に比べると、われわれは何と知らなすぎる事でしょう。が、そのわずかな知識しか持たない者でも、今までより少しでも多く知ったら、その知識を有効に活用しなければなりません。

『シルバーバーチの霊訓⑨』
【自殺者は死後どのような状態に置かれるのでしょうか―】それは一概には申上げられません。それまで送ってきた地上人生によって異なるからです。開発された霊的資質によって、魂の発達程度によって違ってきます。そして何よりも、その自殺の動機によって違ってきます。

『シルバーバーチの霊訓⑨』
キリスト教では自殺を全て一つのカテゴリーに入れて罪であるとしておりますが、そういうものではありません。地上生活を自分で勝手に終らせる権利は誰にもありませんが、自殺に至る事情には酌量すべき要素や環境条件がいろいろとあるものです。

『シルバーバーチの霊訓⑨』
【いずれにせよ自殺行為が為にならない事だけは間違いないでしょう―】むろんです。絶対に為になりません。

『シルバーバーチの霊訓⑨』
地上生活を勝手に終らせる事が魂にプラスになったという事は絶対にありません。が、だからといって、自殺した者がみんな暗黒界の闇の中に永遠に閉じ込められる訳ではないと申上げているのです。

『シルバーバーチの霊訓⑨』
【別の日の交霊会では、親戚の者が自殺をしてしまったという人からの投書が読み上げられた。その最後に「自殺行為は霊的進歩の妨げになるのでしょうか」という質問があった。これに対してシルバーバーチが「もちろんです」と答えると、―】

『シルバーバーチの霊訓⑨』
【神は耐え切れ無いほどの苦しみは与えないとおっしゃいますが、自殺に追いやられる人はやはり耐え切れない苦しみを受けるからではないでしょうか―】それは違います。説明の順序として、これには例外がある事から申上げましょう。

『シルバーバーチの霊訓⑨』
いわゆる精神異常者、あるいは霊に憑依されている場合もあります。が、この問題は今は脇へ置きましょう。いずれにせよこのケースはごく少数です。大多数は私に言わせれば臆病者の逃避行為であると言ってよいと思います。

『シルバーバーチの霊訓⑨』
果たすべき義務に真正面から取り組む事ができず、今自分が考えている事、つまり死んでこの世から消える事がその苦しみから逃れる一番ラクな方法だと考える訳です。

『シルバーバーチの霊訓⑨』
ところが、死んだつもりなのに相変らず自分がいる。そして逃れたはずの責任と義務の観念が相変らず自分につきまとう。その精神的錯乱が暗黒のオーラを生み、それが外界との接触を遮断します。その状態から抜け出られないまま何十年も何百年も苦しむ者がいます。

『シルバーバーチの霊訓⑨』
しかし私がいつも言っているように一番大切なのは動機です。何が動機で自殺したかという事です。ままならぬ事情から逃れるための自殺は、今述べた通り、そう思惑通りには行きません。が一方、時たまあるケースとして、動機が利己主義でなく利他主義に発している時、―

『シルバーバーチの霊訓⑨』
―つまり自分がいなくなる事が人のためになるという考えに発している時は、たとえそれが思い過しであったとしても、さきの臆病心から出た自殺とは全く違ってきます。いずれにせよ、あなたの魂はあなた自身の行為によって処罰を受けます。

『シルバーバーチの霊訓⑨』
みんな自分の手で自分の人生を書き綴っているのです。いったん書き記したものは二度と書き変える訳にはいきません。ごまかしはきかないのです。自分で自分を処罰するのです。その法則は絶対であり不変です。だからこそ私は、あくまで自分に忠実でありなさいと言うのです。

『シルバーバーチの霊訓⑨』
いかなる事態も本人が思っているほど暗いものではありません。その気になれば必ず光が見えてきます。魂の奥に潜む勇気が湧き出てきます。責任を全うしようとした事が評価されて、その分だけ霊界からの援助のチャンスも増えます。

『シルバーバーチの霊訓⑨』
背負い切れないほどの荷は決して負わされません。なぜならその荷は自らの悪業がこしらえたものだからです。決して神が“この人間にはこれだけのものを負わせてやろう”と考えて当てがうような、そんないい加減なものではありません。

『シルバーバーチの霊訓⑨』
宇宙の絶対的な法則の働きによって、その人間がその時までに犯した法則違反に応じて、きっちりとその重さと同じ重さの荷を背負う事になるのです。となれば、それだけの荷をこしらえる事が出来たのだから、それを取り除く事も出来るのが道理のはずです。

『シルバーバーチの霊訓⑨』
つまり悪い事、あるいは間違った事をした時のエネルギーを正しく使えば、それを元通りにする事が出来るはずです。【因果律の働きですね―】そうです。それが全てです。

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Posted by たきざわ彰人(霊覚者)祈†