「シルバーバーチ最後の啓示」より→「社会を一度に変える事はできません。同じように人の生き方を変える事は容易ではありません。変えるのはあなたではなくて、当人自身である事を忘れてはいけません。あなたは真理を知った者としての責務を果たしていればそれでよろしい」

「シルバーバーチ最後の啓示」より→「あなたが授かったものを他人に分けてあげるのです。喜んで受け取ってくれれば喜びなさい。受け取ってくれなければ、その人の思う道を歩ませてあげなさい」

「シルバーバーチ最後の啓示」より→「私たち霊界の者は肌の色に全く関心がありません。肌の色は肉体だけのもので、魂には色はありません。黄色の魂、赤色の魂、黒色の魂などというものは存在しません。魂はその始源においては全てが同等です」

「シルバーバーチ最後の啓示」より→「霊的観点からすれば、地上のいかなる民族の間にも障壁はありません。障壁があるとすればそれは地理的なもの、物質的なもの、人間が勝手にこしらえたものばかりです。皮膚の色とか国家の違いは如何なる意味での優越性も生み出しません」

「シルバーバーチ最後の啓示」より→「私たち霊界の者は地上人類を一つの霊的大家族と見ております。全体を一つにつなぎとめる霊的な絆がある事を実感しております。その事、すなわち全人類は霊性において一つであるという事を知らねばなりません」

「シルバーバーチ最後の啓示」より→「心の底からの正直で真摯な叫びが無視されるという事は決してありません。こちらの世界には地上界の為に役立つ事をしたいと願う霊たちの感知装置が張りめぐらされております。善行にうんざりなさってはいけません」

「シルバーバーチ最後の啓示」より→「背後霊には背後霊なりの手段と手順がある事を忘れないでください。人間の勝手な都合に合わせる訳にはいかないのです。しかし、決して見捨てる事だけは致しません。あなたなりの最善を尽くしていれば、それでよろしい」

「シルバーバーチ最後の啓示」より→「地上の人類を物的に差別しているものが何であろうと、不滅の霊的連鎖に比べれば物の数ではありません。霊の絆は、国家の別、民族の別、宗教の違い、政治理念の違い、その他いかなる種類の違いをも凌駕します」

「シルバーバーチ最後の啓示」より→「インスピレーションは無限の存在である大霊から発しております。それに引きかえ神学は人間の知能から発したものです。都合のいい理屈から生まれた教義が、宇宙の大源から発したものの代わりができるはずはありません」

「シルバーバーチ最後の啓示」より→「生命は物質ではありません。霊的なものです。物質はただの殻にすぎません。実在の影です。実在は霊であり、いま自分として意識しているあなたは霊なのです。人生の究極の目的は、そのあなたという霊の属性を発揮する事です」

「シルバーバーチ最後の啓示」より→「あなた方はこの世を去ってから始まる霊的生活のためのトレーニングを受けるために今この世に置かれているのです。今のうちに霊的教育を受けていないと、こちらの世界へ来た時に何の準備も出来ていなくて大変なハンディを背負って生活しなければなりません」

「シルバーバーチ最後の啓示」より→「地上界は実に様々な考えや性格を持った人間が入り混じって同じ平面上で生活している、特殊な世界です。その千変万化の生活様相の中からいろいろと学ぶ機会が得られるわけです」

「シルバーバーチ最後の啓示」より→「こちらの世界はその点が異なるのです。こちらへ来て落ち着く先は、あなたと同じ程度の霊性を具えた者ばかりが集まっている境涯です。当然、発達とか成長というものが地上界とは全く異なります」

「シルバーバーチ最後の啓示」より→「地上で退屈するというのは親和性のない者と同じ場所に閉じ込められた場合に生じるもので、たしかにうんざりするでしょう。霊的に、そして精神的に親和性のある者同士の間には、倦怠感は生じません」

「シルバーバーチ最後の啓示」より→「こちらの世界で互いに愛し合い、同じレベルの霊性を身につけた者同士は、人間の言語では表現できないほどの生きる喜びを味わいます。退屈するどころか、説明のしようのない喜悦を覚えます」

「シルバーバーチ最後の啓示」より→問「今こうして地上に生まれてきているという事は大きなチャンスであり挑戦でもあるという事でしょうか」シルバーバーチ霊「そうですとも!そうでなくてどうしましょう。内部の神性を発現させるチャンスを本当のあなた(自我)に与える絶好の機会なのです」

「シルバーバーチ最後の啓示」より→「あなたという存在は霊を携えた身体ではありません。身体を携えた霊なのです。本当のあなたは鏡に写っているあなたではないのです。本当のあなたは肉眼には見えないものなのです」

「シルバーバーチ最後の啓示」より→「その身体(肉体)は、あなたが自我を表現するための機械にすぎません。あなたという霊が引っ込んで(死んで)しまえば、その機械は動かなくなり、地球を構成する成分に帰っていきます。それをみなさんは“死”と呼んでいます」

サイト「現代の日本に於けるスピリチュアリズムの第一人者、近藤千雄先生の著書・訳書の一覧」→ www.paperbirch.com/books/kondo.html

「シルバーバーチ最後の啓示」より→「地上生活での体験から教訓を学ぶ事には大きな意味があります。しかもあえて言えば、大きな教訓ほど、困難や障害ハンディを背負った生活に耐え抜く事から得られるのです。その葛藤の中で内部の霊性が呼び覚まされるのです」

「シルバーバーチ最後の啓示」より→「全てが平穏で問題が何一つ生じない生活では霊的進化は得られません。困難に遭遇しそれを克服した時に初めて霊性が向上するのです。鋼鉄が猛火のるつぼの中において鍛え上げられるようにあなたの霊性も苦難との闘いの中においてこそ鍛え上げられるのです」

「シルバーバーチ最後の啓示」より→「いったんコミュニケーションのドアが開かれますと、真価の階梯からいって上は最高の天使級から下は最下層の低級霊に至るまでのありとあらゆる霊的存在による影響にさらされる事になります」

「シルバーバーチ最後の啓示」より→「霊の世界も地上界から送られてくる人間によって構成されています。ですから、人間がみんな聖人君子であってくれれば、霊界も聖人君子ばかりになるのですが、残念ながら地上から送られてくる人間は利己的で邪悪で他への思いやりがありません」

「シルバーバーチ最後の啓示」より→「地上界にいた時と同じレベルのままこちら(霊界)へ来る訳です。ですから、親和力の原理で同じレベルの地上の人間と簡単につながりができます。低い者であれば麻薬とかアルコールなどの習慣で霊界の低級霊が引っつきます」

「シルバーバーチ最後の啓示」より→「高潔な人間であれば高級界の霊との繋がりができます。つまり高級な支配はインスピレーションの形を取り、それが低級になると憑依という形を取る事になります。親和力の原理においては両者は同じです。コインの表と裏のようなものです」

「シルバーバーチ最後の啓示」より→「立派な人生を送った人なら当然高い境涯に落ち着くでしょう。少なくとも地縛霊になる事はないでしょう。もっとも新しい環境に馴染むまである程度期間を要するでしょうが、あなた方の時間感覚で言う“長い”期間ではないでしょう」

「シルバーバーチ最後の啓示」より→「死への準備は睡眠中に行われています。幽体で離脱してそれ相応の場所を訪れています。その間の体験は脳に印象付けられないために記憶にないのですが意識の深層に刻まれていて、いよいよシルバーコードが切れてこちらの住民となった時に役に立ちます」

インスピレーション量が多すぎて処理しきれません。今回のブログが終わったらさすがにアナログ絵266「フラー11設定資料」を描き進めようと思います。これ以上遅らせるのは宜しくありません(祈)†

一応撮影だけはしてきました。んー、これでは攻撃力が足りませんが今日の天候ではこれで精一杯でした。さ、明日のブログに集中しましょう(祈)†

簡単です、定規2本をアロンアロハでくっつけて蛍光テープを貼っただけ、チープな十字架ですが、これをフラッシュ撮影と絡めればまぁまぁの画像が撮れるのではと考えてます、さぁどうなるでしょう。明日は撮影に最大集中。先行して作っておいたテキスト素材と合わせ込んで完成形に持って行きます。僕の残された地上人生はイエス様との約束を完璧に果たし切るためだけにあるのです。強姦殺人魔、明仁、文仁、徳仁、悠仁を死刑にするために僕の全てのパワーをかけます。1歩も退く気はありません(祈)†

※「アロンアルファ」を「アロンアロハ」と呼んでいる理由は佳子ちゃんをピーチピチ、警察をポリーチェ(POLICE)と呼んでいるのと全く同じ理由です。どんなとっかかり、小さなきっかけでもいい、ほんのちょっとでも「クスッ」って笑ってもらって強姦殺人魔、明仁、文仁、徳仁、悠仁の邪悪の真実に興味関心をもって頂きたいと願う一心でわざと「アロンアロハ」と言い続けてるのです(祈)†

「シルバーバーチの霊訓」より→「いったいあなたとは何なのでしょう。ご存知ですか。自分だと思っておられるのは、その身体を通して表現されている一面だけです。それは奥に控えるより大きな自分に比べればピンの先ほどのものでしかありません」

「シルバーバーチの霊訓」より→「霊的部分が本来のあなたなのです。霊が上であり身体は下です。霊が主人であり身体は召使なのです。霊が王様であり身体はその従僕なのです。霊はあなた全体の中の神性を帯びた部分を言うのです」

「シルバーバーチの霊訓」より→「身体はあなたが住む家であると考えればよろしい。“家”であって“あなた自身”ではないという事です。家である以上は住み心地良くしなければなりません。手入れが要る訳です。しかし、あくまで住居であり住人ではない事を忘れてはなりません」

「シルバーバーチの霊訓」より→「あなた方にはそれぞれに“この世で果たすべき仕事”があります。それを果たすためにはこうした知識を摂取し、それを活力としていく事が必要です。霊に宿された資質を自らの手で発揮する事です」

「シルバーバーチの霊訓」より→「私どもはあなた方の生活から問題も悩みも苦しみもなくなるというお約束はできません。お約束できるのは全ての障害を乗り越え、不可能と思われる事を可能にする手段をあなた方自身の中に見出すようになるという事です」

「シルバーバーチの霊訓」より→「内部に宿る資質の最高のもの、最奥のもの、最大のものを発揮しようと努力する時、私ども霊界の者の中であなたに愛着を感じ、あなたを援助する事によって多くの人々の力になりたいと望む霊を呼び寄せる事になるのです」

「シルバーバーチの霊訓」より→「悲しいかな、あまりに多くの人々が暗黒の霧に取り巻かれ、人生の重荷に打ちひしがれ、病める身と心と魂をひきずりながら、どこへ救いを求めるべきかも分からずに迷い続けております。私どもはこうした人々に救いの手を差しのべなければならないのです」

「シルバーバーチの霊訓」より→「これまでも私は可能な限りの力を駆使して克服不可能と思われた障害を克服して、あなた方の世界に近づいてまいりました。私一人の力ではありません。私は地上へ戻るべく選ばれた霊団の一人です。なぜその必要があるのか。」→

→「シルバーバーチの霊訓」より→「それは今、地上人類に降りかからんとしている苦難があまりに恐ろしいものであるために、霊界の力を結集して地上のあらゆる地点に橋頭堡を築かなければ、人類自らが人類を、そして地球そのものを破滅に陥れる事になるからです」

「シルバーバーチの霊訓」より→「人類は物質文明を自負しますが、霊的には極めてお粗末です。願わくはその物質文明の進歩に見合っただけの霊性が発達する事を祈ります。つまりこれまで“物”に向けられてきた人間的努力の進歩に匹敵するだけの進歩が精神と霊性の分野にも向けられればと思います」

「シルバーバーチの霊訓」より→「進歩に霊性が伴わない今の状態では、使用する資格のないエネルギーによって自ら爆破してしまう危険があります。そこで私どもは、地上生活全体の根幹であるべき霊的真理に従って各自が生活を営めるように、という事を唯一の目的として努力しているのです」

「シルバーバーチの霊訓」より→「霊の宝は楽々と手に入るものではありません。もしそうであったら価値は無い事になります。何の努力もせずに勝利を得たとしたら、その勝利は本当の勝利と言えるでしょうか。何の苦労もせずに頂上を征服したとしたら、それが征服と言えるでしょうか」

「シルバーバーチの霊訓」より→「大勢の人が真の実在であり全ての根源であるところの霊性に全く気づかぬまま生きております。こうして生きているのは霊的存在だからこそである事、それが肉体を道具として生きているのだという事が理解できないのです」

「シルバーバーチの霊訓」より→「人間には霊や魂があると信じている人でも、実在は肉体であって霊はその付属物であるかのように理解している人がいます。本当は霊が主体であり肉体が従属物なのです。つまり真のあなたは霊なのです。生命そのものであり、神性を有し、永遠なる存在なのです」

「シルバーバーチ最後の啓示」より→「今私たちが携わっている仕事の途方もない重大な意義を忘れてはなりません。地上の無数の人間の魂を束縛し抑圧してきた誤まった教義の歴史を一から書き直そうとしているのです」

「シルバーバーチ最後の啓示」より→「私たちも、この地上圏と連絡が取れるようになるまでには大変な困難に遭遇してきたのです。それを一つ一つ克服してまいりました。今や地上全土に霊の光が行きわたっております。霊の光の届かない国は一つもありません」

「シルバーバーチ最後の啓示」より→「困難というものを霊の真価を発揮させるための挑戦課題として歓迎する事です。人間も潜在的には地上で最強のパワーを秘めているのです。その力で克服できないほどの悪条件、障害、難題は地上には発生しません」

「シルバーバーチ最後の啓示」より→「人間は肉体と精神と霊とから構成されております。これを本当の意味での“三位一体”といいます。三者が一体となっており、一つが三者によって成り立っている訳です。この三者の間に調和が取れていなければならない事は言うまでもありません」

「シルバーバーチ最後の啓示」より→「霊は主で、物質は従です。が、その霊が地上で顕現しようとすると、精神と肉体を通さねばならないという点で、まず制約を受けます。そして霊と精神と肉体の二者の間の相互関係から様々な問題が生じます」

「シルバーバーチ最後の啓示」より→「霊というのは、精神と肉体から切り離して“これが霊です”といってお見せできる性質のものではありません。同じ事が精神についても肉体についても言えます。三者は切り離す事ができないのです」

「シルバーバーチ最後の啓示」より→「霊が正常であれば精神も肉体も正常になります。同じように肉体と精神が最大限に機能していればおのずと霊性が最大限に発揮されます。が、残念ながらそういうケースは地上では滅多にお目にかかれません。それで病気、不調、痛みが生じます」

「シルバーバーチ最後の啓示」より→「所詮、地上では完全は望めません。完全は永遠の時を要するプロセスだからです。でも、少しでも不完全を少なくし、発展を求めていく努力を怠ってはなりません。日常生活でも心の持ち方を正す事です。そうすれば生活形態が正されます」

「シルバーバーチ最後の啓示」より→問「人生は短いのに、しなければならない事がたくさんあって…」シルバーバーチ霊「私の方から言わせて頂きますが、あなた方が霊的真理に目覚めるまで、私たちはどれほど待たねばならなかった事でしょう」

いつもアナログ絵に添付している強姦殺人魔、明仁、文仁、徳仁、悠仁の画像、山で撮影した画像、光の十字架撮影画像等にこのテキストを使っていく事になるでしょう。レイヤー分けしてありますので貼り方自由自在です。霊団STOPとか言うな(祈)†

大キライな物的雑務ですが行かない訳にもいきません。にしても霊団、確かに僕は使命遂行のスピードをMAXにして欲しいと常々思っていますが、あまりにも連続でブログ書かせすぎです。ここ最近のインスピレーションの降らせ方は異常なほどです。スタミナに絶対の自信がある僕をもってしてもここまでの連続ブログ作業にはだいぶやられてます。霊団、インスピレーションはもっと効率よく!ブログに落とし込みやすく!考えて降らせて下さい(祈)†

プティットフラーの問題点の修正完了、フラー11本体の線画に入ってますが何と昨日も「ブログ最優先」と霊団は言ってきたのです。よほどタイミング的な何かがあるのか?霊団はずっとフラーを推してきてましたからフラーを描くなと言ってるのではなく「今はブログを書きなさい」と念押ししているという事なのですが、霊団がそこまで言ってくるという事は何かあるという事でしょうからまたしても「フラー11設定資料」の描画を一旦止めます。ブログネタは確かにありますが、なぜここまで連続して書かせるのか、霊団、そこを説明しなさいよ。どういう事なんだ…あと今日中に「小さな光の十字架」が完成します。アロンアロハと蛍光テープだけの作業ですので簡単です(祈)†

「シルバーバーチの霊訓」より→「地上では赤ん坊が生まれると喜びます。ところが、いよいよ地上へ誕生しようとする時こちらでは泣いて別れを惜しむ霊が大勢いるのです。それと同じく、地上で誰かが死ぬと泣いて悲しみますが、こちらではその霊を出迎えて喜んでいる人達がいます」

「シルバーバーチの霊訓」より→問「死後の生命なんか欲しくないと本心からそう思っている人がいます。そういう人達にどう説かれますか?」シルバーバーチ霊「地上なんかに二度と生まれたくないと本心から思っている霊がいますよ」

「シルバーバーチの霊訓」より→「他人がどう言おうと気になさらぬ事です。まったく下らない事ばかり言っております。大切なのはあなたの人生をどう生きられるかです。できる限りの最善を尽くして人の為に力になってあげることです」

「シルバーバーチの霊訓」より→「こちらには昼も夜もありません。地軸の回転に依存していないからです。太陽のまわりを回転しているのではありません。こちらには永遠の光が存在します。したがって地上のような時間というものがありません」

「シルバーバーチの霊訓」より→「こちらへ来てからも仕事があります。が、それは自分がやりたいと思う仕事であって、お金を稼ぐためとか家賃を払うためとか衣服や食料を買うためにするのではありません」

「シルバーバーチの霊訓」より→「地上で発揮される事のなかった能力や才能を持つ人が次々と霊界へやってまいります。そういう人達はこちらでそれを存分に発揮して、霊界の住民として全体の豊かさの向上に寄与する事ができます」

「シルバーバーチの霊訓」より→「霊界には無限の楽しみがあります。音楽が好きであれば地上と霊界の名曲を鑑賞する事ができます。コンサートも開かれております。文学が趣味の人は地上と霊界の名作を読む事ができます。絵画に興味のある人も地上と霊界の傑作の全てを鑑賞する事ができます」

「シルバーバーチの霊訓」より→「子供が好きな人は両親に先立ってこちらへ来た子供の世話をする事ができます。魂に病のある者に関心を寄せる人は、そうした霊のための更生施設で看護し介抱して霊的健康を取り戻させる仕事に携わります。それぞれに応じた無限の種類の仕事があります」

「シルバーバーチの霊訓」より→「とにかく地上を去ってこちらへお出でになれば、言葉では言い尽くせないほどの豊かさが待ち受けております。たとえば音楽であれば、地上に無い音階が存在します。絵画であれば、地上に存在しない色彩があります。その全てをお話しする事はとても不可能です」

「シルバーバーチの霊訓」より→「人間がしゃべるに必要な器官は霊にはありません。しゃべる必要が無いからです。こちらの世界では思念で通じ合っています。お互いに思念を出し合いそれだけで通じ合えるのです。霊界では思念は実体があり、存在するもの全てが思念でこしらえられているのです」

「シルバーバーチの霊訓」より→「海もあれば山もあり、湖もあり花も樹木もあり、動物も小鳥もいます。その美しさの中には実際にこちらへ来ないとわからない種類のものがあります。ある程度の霊性に目覚めた者なら、もはや物質界の愉しみ(飲食欲・性欲等)を求めなくなります」

「シルバーバーチの霊訓」より→「もう一つの霊界の有難い点は、地上のような“生きるための必需品”を得るための労苦がいらないことです。食糧品や衣類を買う必要がありません。お金を払ってまで家を求める必要がありません。全部揃っているのです」

「シルバーバーチの霊訓」より→「霊界での生活がどのようなものであるかを伝えるのはとても困難です。なぜかと言えば私たちは人間のその五感に限られた状態で理解できる範囲を超えた次元で生活しているからです。言語というのは、あなた方三次元の世界を超えたものを伝えるには全く無力です」

「シルバーバーチの霊訓」より→「人類全体のための予定表というものがあります。私の世界の高級な神霊によって考え出されたものです。その目的は、受け入れる用意のできた地上の人間を霊的に、精神的に、そして身体的に真に自由にしてあげる事です」

「シルバーバーチの霊訓」より→「明日の事を案じてはいけません。困難には遭遇する事でしょう。が、それは太陽を一時的にさえぎる雲のようなものです。太陽は少しの間見えなくなりますが、常に存在しているのです。その太陽がもたらしてくれる力と光の存在を片時も忘れてはなりません」

「シルバーバーチの霊訓」より→「問題が生じるのは当然の成り行きです。地上は困難と挫折と障害と逆境に遭遇させられる場所なのです。地上生活そもそもの目的は伸びゆく魂が危機において初めて呼び覚まされる潜在的資質を発現するために様々な事態に遭遇する事にあるのです」

「シルバーバーチの霊訓」より→「そうした問題を克服しない限り霊性の向上は望めません。が、実は克服できないほど大きな問題は決して背負わされないのです。忍耐強く導きを祈り求める事です。時が熟せば必ずドアが開かれ道が示されます。閉め切られたドアを忙しく叩いてはいけません」

「シルバーバーチの霊訓」より→「因果律は全法則の基本原理であり根底であり永遠に不変のものです。自分が蒔いたタネが生み出すものを自分で刈り取るという原理です。一つの原因に対して数学的正確さをもって結果が生じ、その結果がまた原因となって新たな結果を生み、また次の原因となります」

「シルバーバーチの霊訓」より→「千変万化の大自然の現象は、極大のものも極小のものも単純なものも複雑なものも、一つの例外もなくこの因果律に従っております。いかなる人物も、いかなる力も、その連鎖関係に干渉する事はできません」

「シルバーバーチの霊訓」より→「摂理はあくまでも摂理です。完全な普遍性をもって人間の願望にお構いなく作用します。つぼみ、開花、満開、これが自然の摂理のパターンです。原因と結果の不変の連鎖関係、それが大自然の根本原理です」

「シルバーバーチの霊訓」より→「間違った事をすればその償いをしなくてはなりません。正しい事をすればその分だけ幸福感を味わいます。理屈は簡単なのです。私たちは可能な限りの力を動員してみなさん方を正しい道からそれないように努力いたします」

「シルバーバーチの霊訓」より→「霊力はすでに地上に根づいております。それを駆逐できる者はいません。教会も教会堂も礼拝堂も寺院も、僧侶も牧師も、霊力が地上に顕現していくのを阻止する事はできません」

「シルバーバーチの霊訓」より→「すでにタネは蒔かれております。芽を出すものもあれば出さずに終わるものもありましょう。我々は、宗教界に身を置きながら真理の普及よりも己の地位の確保の方が大事と思う、その人間ならではの煩悩とも闘わねばならないのです」

「シルバーバーチの霊訓」より→「あなたは“善い事”をしてもいいし“悪い事”をしてもいいのです。善と悪とは一つのコインの表と裏のようなものです。愛と憎しみ、光と闇、嵐と静けさもそうです。これを両極性といいます。そのどちらを選ぶかにあなたの選択権があるという事です」

「シルバーバーチの霊訓」より→「心配の念は私たち霊界から援助する者にとって非常に厄介な障害です。拒否的性質があります。腐食性があります。恐れ、心配、不安、こうしたものはその人を包む物的、精神的、霊的雰囲気を乱し、私たちが近づくのを一段と困難にします」

「シルバーバーチの霊訓」より→「これより先もまだまだ地上から戦火の消える事はないでしょう。なぜなら、人類全体が一つの巨大な霊的家族であるという、この単純な真理が未だに理解されていないからです。肉体は撃ち殺せても霊は死なないのです」

「シルバーバーチの霊訓」より→「自由意志がなかったらみなさんは成長と進化のチャンスのない、ただの操り人形となってしまいます。せいぜいロボットのような行動しかできません。が、自由意志があるという事は、その行使の仕方に責任を持たねばならないという事になります」

「シルバーバーチの霊訓」より→「地球は生命活動の場の一つに過ぎません。これからもっと多くの生活の場を体験する事になっており、それが永遠に続くのです。地上生活なんかいい加減に送ればよいと言っているのではなく、あなたが送るべき全生活のほんのひとかけらに過ぎないという事です」

「シルバーバーチの霊訓」より→「その地球をより良い生活の場とするために努力なさってください。地球は宇宙の惑星の中でも最も進化の程度の低い部類に属します。が、それなりの進化の目標があります。同時に、進化とは永遠の過程でもあります。完全は永遠に達成できないのです」

2020年7月8日

今日は幽体離脱、トランス共に何とも皆さまにご紹介できない内容の情報を霊団が降らせてきました。良い意味、悪い意味、両方のメセが混在していて解釈に困っていますが、その中のひとつ「まだあきらめてないよ」についてだけ少し説明してみましょう。僕がまだ使命遂行を続けている事、強姦殺人魔、明仁、文仁、徳仁、悠仁を死刑に追い込む事、奴隷の女の子たちを救出する事を「まだあきらめてない」という、僕のブログをご覧の方の思念なのですが、このメセ、実は数回降っていまして、霊団側の強調の意味もあるのかも知れません。

あきらめてない、と仰いますが、あきらめた先に一体何が待ち受けているというのでしょう。前進、行動せずして目標にはたどり着けません。そもそも僕の地上人生は2012年で終わっています。現在の僕はイエス様のご意志を遂行するため「サービス残業」で地上に残されている状態です。まぁこの部分は果てしなく説明させて頂いてますのでここまでとさせて頂きますが、僕が「あきらめる」と思っている方の神経が全く分かりません。僕は画家の人生を捨ててイエス様との約束を果たそうとしているのです。日々霊力に浴させて頂いているのにそれを無視して無意味な物的生活に溺れるなどと言う愚劣の極みの事をするはずがないじゃありませんか。何のために自分の身を修行に晒し、試練を克服して霊性発現したんですか僕は。なぜ霊団は毎日のようにインスピレーションを降らせてくるんですか。物質界は永遠の人生の中のホンの一瞬降下させられてくるだけのトレーニングセンターです。肉体は100%朽ち果てて人間全員が本来の生活の場、霊界に帰っていきます。

霊団の導きを無視して、イエス様のご意志を裏切って、守護霊様の愛を裏切って、無意味な物的生活を送って、それで帰幽して一体どの顔でイエス様、守護霊様とお会いするというのでしょうか。えー霊的知識によるとほとんどの人間が物質界での生活中はもちろんの事、帰幽後の霊界生活中にも自身の守護霊と面会を果たす事はありません。それは今説明したように守護霊の側が自分の導きに背き続けた者と面会するためにわざわざ自分の所属界(上層界)から犠牲的降下をしようとは思わないからです。人間側に自覚が芽生えてからでなければわざわざ降下して会いに行こうなどとは思いません。僕はその守護霊様と何度も面会を果たさせて頂いているのです。イエス様の顕現にも何度も浴させて頂いているのです。つまりイエス様、守護霊様が「犠牲的降下」をして下さっているという意味です。その愛を裏切って一体どの顔で人生を送り帰幽するというのでしょうか。ほとんどの人間がこういった自覚が全くない状態で帰幽し、自身の守護霊の存在も全く認識せず、これまでたくさんの導きを受けながら人生を送ってきている事にも全く気づかず、

自分に守護霊がいる事自体を認識していませんので当然感謝の念が湧く事もなく、帰幽後も真実を見通す事ができない暗い境涯で下を向きながら暮らす事になります。僕はそういう段階をとっくに突破してイエス様、守護霊様の導きの通りに使命遂行しているのです。僕をここまで成長させて下さった守護霊様の愛を一身に裏切り、僕を信頼して仕事を任せて下さったイエス様の信託を一身に裏切って「使命遂行をあきらめる」このような人生の選択をする事がいかに愚かの極みであるか…んー、「まだあきらめてないよ」と思念を抱く方の感情が僕には全く理解できないのです。まぁ上記に書いたような霊的知識が全く頭に入っていない事が、このような思念を抱く原因であり「無知の産物」という事になります。今日のインスピレーションの中には再び僕に危機が迫る内容も含まれています。何が何でも強姦殺人魔、明仁、文仁、徳仁、悠仁をかばい続けようとする人間が本当にウンザリするほどたくさんいるのです。僕は「イエス様ハンドリング」を続けます。遊びでやってるんじゃないんですよ。イエス様との約束なんですよ。あきらめる訳ないでしょ(祈)†

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