まずは昨日の先生(富士山)グラデーション撮影画像をUPですが、先生はスバラシイのですが霊団から僕の人格そのものを否定するような最悪グチャグチャな事を言われていまして、なぜそんなモノを説明しなければならないのか、イヤでイヤでどうしようもないのですが他にネタがないので仕方なく撃ち始めるつもりです。

シャレじゃなく本気でもうイヤだ、地球圏霊界と縁を切りたい、こんなヒドイ状況をやらされるとは霊性発現当時は夢にも思っていなかった、いくら何でもヒドすぎる。んーヤッパリボイコットしてやろうかな。何でこんなモノ撃たなきゃいけないんだ。あぁぁぁぁぁぁイヤだ(祈)†

撮影時の気温1℃、雲なし、無風、グラデーション撮影に文句なしの天候で、この美しい先生(富士山)をいつまでも見ていたい衝動に駆られながらの撮影でしたが、日の出の空は瞬く間に色彩を変えて行くものでして、どんなにガンバっても5~6カットしか撮れません。とにかく撮れる限りのモノを撮ってきました。今シーズンベストの先生グラデーションかも知れません。明日UPさせて頂きます。

で、出発直前に霊団が何か降らせてくるのかと思いきや、まるっきり何も言ってきませんでした。このまま行くと本当にボイコットになるかも知れませんが、何なら物的内容を撃つかも知れません。まだ分かりません今のところ頭がカラッポです。

まずは今日の登攀およびロングドライブのダメージを抜く事に集中、明日の作業に備えます。長文ブログを撃たないとしても作業は他にいくらでもありますのでそちらをやる事になります。霊団のやる気ゼロの態度が本当に信じられない(祈)†

今回のフラー26は長い中断をはさんで大難産の機体となってしまいましたがようやくここまでやってきました、あとはハンドライトソードの線画を描けば設定資料をUPできます。あともうちょい。

もはやフラーのプライオリティが下がりまくっている事は自分でも重々了解しているのですが、僕にとっては絵を描かない人生ほど無意味なモノはありませんので、一応掲げた目標「フラー30到達」をまだあきらめない事にしています。んー、テキストの作業でイッパイイッパイになるのかな。

で、もう明日の山のアタック準備ですので今日の作業はココまでですが、帰還後の長文ブログがピンチなんてもんじゃありません。今のところインスピレーションは超枯渇状態で、これからよほど霊団が何か言ってこない限り今週は長文撃ちをボイコットするつもりでいます。撃てないものはどうしようもないんですよ。

もしそうなったらフラー26の作業と「ブルーアイランド」のテキスト見直しを開き直ってやるつもりです。語りたい事はありますが帰還後に取っておきましょう。一旦切ります(祈)†

B. A. レスター牧師(オックスフォード大学)による注釈

この非常に美しく、非常に人間的で感動的な物語は、本書の残りの部分とは少し異なります。聖母に対するカトリックの最も深い尊敬の念を持つ読者は、この年代記の中で、聖母が自身の悲しみと困惑の中でも、使徒を訪問していかに「苦悩の相談役」であるか、そして聖母の存在そのものを通して聖子の勝利のビジョンがいかに明らかにされているかに気づくでしょう。

聖書学者がふたつ以上の写本で「異なる読み方」に直面した場合、そのプロセスは「照合」のひとつです。それらは比較され、慎重に確率が推定されます。筆写者が間違いを犯した可能性があります。

彼らは、著者が書くべきだったと思うことについて、それぞれの伝統に影響されたのかもしれないし、あるいは、彼ら自身の心で、まったく無意識のうちにそこになかった何かを読み込んだのかもしれないし、あるいは「筆の滑り」があったのかもしれない。それはすべて、バランスのとれた判断の問題である。

「シーザーに上訴」のような物語の「歴史性」を評価する際にも、同じ判断を下さなければならない。新約聖書写本で最終的に「拒否」された多くの読み方は、非常に古い伝統を例証するものとして、それでもなお非常に興味深い。

そして、「マリアの年代記」は、教会の長い伝統と矛盾しているように思われるのと同様に、歴史研究と矛盾していることが判明したとしても、おそらく非常に古い時代の「記憶の木」に関する何らかの伝統を表すものとして、依然として非常に興味深いままである。

教会の最も古い伝承によれば、聖ヨハネはかなりの長生きをし、エフェソスの教会を統率しながら亡くなった。(*)このふたつの物語のどちらが明らかに正しいかを示す十分な証拠がいつの日か得られるかどうかは疑わしい。人々は主に感情と忠誠心、そして歴史研究の能力(能力の有無にかかわらず)によって導かれるだろう。

ここで明らかにしておくべき点は、この本で語られているすべての出来事に関して、読者は自分が持っている判断力と研究の機会を自由に、そして実際に駆り立てられて行使すべきであるが、それでもなお、私たちを過去と結びつける紐の中で、おそらく他の方法では得られない糸を提供することができる、非常に価値のある文書をここに持っていると感じるべきである。

(*)『エフェソスの大いなる日々』152-153ページおよび付録IIを参照

考古学者や歴史家は、過去のビジョンを、標識や写本に基づいて構築します。そこでは、不可解で解読が難しい証拠がしばしば見つかります。時には、「相反する解釈」の場合のように、一見矛盾しているように見えることもあります。

今や「感受性豊かな人々」が、人間の性格の隠れた深みを探り、古代の記憶の痕跡を見つけることで彼らの助けとなるのであれば、彼らもまた、理解しがたい事柄、そして歴史の流れとの正確な関係を、多大な忍耐と洞察力によってのみ正しく推測できる事柄を明らかにするのは驚くべきことではないでしょうか。

「マリアの年代記」は、否定しようのない美しさがあり、注意深く、思慮深く、偏見なく読めば、晩年は静かでいくぶん隠遁した生活を送ったに違いない私たちの主の母に対して、実際には不敬ではないと思います。そうでなければ、使徒行伝のような文書の中で、彼女は使徒時代の初期の「信徒」の中で重要な位置を占めていたと言及されていたでしょう。

しかし、この物語、そして脚本物語全般に関して興味をそそられる問題は、神学の問題ではなく、心霊研究の問題である。関連する興味深い神学の問題は、後で対処できる。

心霊研究者が直面する問題は、次のとおりである。ミス・カミンズを通して通信する心は、間違いなく彼女自身の心とは別のものであるが、彼が言うように、初期の情報源に直接アクセスできると確実に証明できるのか、それとも、多くの批評家が主張することを好むように、彼がテレパシー、透視、またはその他の何らかのプロセスによって、現代の思想と学問の成果から引き出していると主張することができるのか。

「マリアの年代記」に関しては、この物語が歴史的に正確であるか、それともロマンチックな伝承であるかという疑問がいくらか高まっています。キリスト教時代の非常に初期の時代から宗教改革後まで、私たちの主の母に関するキリスト教の思想の雰囲気は、彼女の人間的弱さにこだわった物語を思いつくことを許さず、ましてや書くことを許さないものでした。

したがって、この物語の出典は、教会の伝統がまだ明確化されていない非常に古い時代、または宗教改革後の非常に近代の時代のものであるに違いありません。その間のものは受け入れられません。私自身は、台本を読んで、完全に近代的な出典という理論は、物語全体の提示方法を説明できないという強い思いを持っています。

使徒には独自の個性があり、彼の物語は現代の学者のものではありませんが、彼が驚くほど豊富に挙げる考古学的な名前は、現代の解説書や古典的な辞書を調べればすぐにわかる形で常に与えられているのは事実です。

たとえば、聖ペテロの扉を開けた少女の名前を、慣習的な「ローダ」ではなく、ギリシャ語で「ローズ」という意味の「ローズ」と名付けていればよかったのに。あるいは、イギリスの大学の慣習的な不条理さ以外のギリシャ語の発音に少しでも精通している様子を見せていればよかったのに。しかし、これらの名前の提示方法は、しばしば何気なく出てくるもので、現代の学者のやり方ではない。(*)

(*)メッセンジャーは、次のようなコメントを書いたことで、レスター氏の質問に答えたようだ。「あなたの時代に近い書記官が、私たちの古代の言葉をあなたの時代の言葉に置き換えることで、常に私たちを助けてきたことを知っておいてください。この書記官は、その熱意と知識のために選ばれました。しかし、私たちの言葉とあなたの言葉を完全に理解できる書記官はいません。そのため、彼は、あちこちで、私たちの言葉をあなたの言語に翻訳するのに失敗したかもしれません。」E.B.G.

「最後まで完成してる」僕から降らせる霊言の原稿が霊界側で既に完成しているそうです(祈)†■2024年1月3日UP■
「最後まで完成してる」僕から降らせる霊言の原稿が霊界側で既に完成しているそうです(祈)†
「霊的知識普及のための客寄せパンダ」というもので、霊団は試練の境涯である物質界から苦難の元凶(「宇宙一のバカ」大量強姦殺人魔、明仁、文仁、徳仁、悠仁)を取り除く事はしない。取り除いてしまったら物質界の存在意義(刑務所としての機能)が果たせなくなってしまうので邪悪は残し続けるが、霊的知識拡散のための「客寄せパンダ」としてこの強姦殺人魔どもを最大活用した、という事なのではないか。さらに言うと「神の因果律」の一環として、明仁、文仁、徳仁、悠仁、コイツらに徹底的に恥をかかせるという目的も含まれていたのではないかと僕は思っているのです。僕はこのバカヤロウどもはインペレーター霊の仰る「個的存在消滅」でイイと思っていますが霊界上層界の方々はそうは思っていなくて、何とかコイツらに反省させて進歩向上の糸口をつかませようとしているのかも知れない、それで大恥をかかせて心変わりをさせようとしているのかも知れない、なんて思ってみたりもするのです。そんなムダな努力する必要ネィだろ、コイツら(明仁、文仁、徳仁、悠仁)は絶対反省なんかできネィよ、人間失格なんだよ、霊の海に埋没して存在消滅すればイイんだよ(地獄より下という事)と僕は思うのですが上層界の方々は憐れみをもって眺めますのでそういう視点なのかも知れない…続きを読む→
「他人のために」僕という霊媒から新規の霊言が降れば人々のお役にも立てると思いますが(祈)†■2024年2月14日UP■
「他人のために」僕という霊媒から新規の霊言が降れば人々のお役にも立てると思いますが(祈)†
これまで物質界で犠牲の使命遂行をおこなってきた無数の霊覚者たちも、全体から見た時に無限分の1といえる極小の活動をしていたと言えます。ひとりの人間が永遠の中の一瞬である物質界生活中にできる仕事量など、宇宙の永遠の営みの中のホンの些細な出来事でしかありませんが、それをひとりひとりがおこなって積み重ねていく以外に地球圏全体を霊的に向上させる方法はないのかも知れません。恐ろしく気の遠くなる話ですが。で、霊団が僕にやらせようとしているのが「霊媒として機能して新規の霊言を物質界にもたらす事」のようなのですが(「宇宙一のバカ」大量強姦殺人魔、明仁、文仁、徳仁、悠仁を滅亡させる事、奴隷の女の子を救出する事じゃネィのかよ、だったら霊性発現以降のこの11年は一体何だったんだよ、と言いたくて仕方ありませんが)確かに霊言を降らせてそれを拡散させる事ができれば、多くの方々のお役に立つ事ができるのでしょう。僕もぜひその状況になって欲しいと思っています。拡散の準備ならすっかり整っています。書籍復刊のための作業を経てAffinityPublisherへの苦手意識もだいぶ克服されており、書籍をガンガン作るスキルがかなり身に付いてきていますので、霊言さえ降れば、それを余す事なく書籍化して皆さまにお読み頂ける状態にする事ができます…続きを読む→
「小宇宙に入ってれば分かんなくなっちゃうからね」肉体の事を言っているのでしょう(祈)†■2024年4月24日UP■
「小宇宙に入ってれば分かんなくなっちゃうからね」肉体の事を言っているのでしょう(祈)†
確かに冷静に考えた時に「どう考えてもこの導きの手法は間違っていただろう、守護霊様だったらこういう事はしなかったはずだ」と思える部分がいくつもあるのです。その最たるモノと僕が思っているのが上記にも書きました「支配霊バーバネル氏の僕を導く手法」で、僕はバーバネル氏は完全に失敗したと思っているのです。バーバネル氏は僕に敵意を抱かれるほどになってしまっていますので、こんな精神状態の人間と融合して思った事を100%述べるなどできる訳がありません。バーバネル氏が僕という霊媒を使用して霊言を語るのは絶対ムリと断言してイイでしょう。ですので僕は自分が霊言霊媒として機能する事はもう全然考えていなくて(そもそもサークルメンバー問題が絶対解決不能なのですから、やろうと考える事自体がおかしいのです)もう新規の霊言は自動書記で降らせるしかないと思っているのです。バーバネル氏の物質界生活時の功績は大いに尊敬しますが、僕を導く手法に関しては大失敗だったと思っています…続きを読む→

人の人生をこれだけブチ壊しておいて、この霊団のやる気のなさは一体何だというのでしょうか、全く何のインスピレーションも降らせてきません。イヤ降っていると言えば降っているのですが何と言っているのか聞き取れない降らせ方をしてきますのでクロッキーにメモできません。

僕の物的脳髄だけで長文を撃ち続けるのは不可能ですから、このまま行けば今週の長文ブログはお休みという事になりそうですが、過去数回そういう事をやっていますので、まぁたまにはイイのかも知れません。猛烈に釈然としないのですが。

“ある脱出アイデア”に使用する(かどうかまだ分からない)素材を一応作り終えています。果たしてこの作業を脱出および作業時間捻出につなげられるかどうか。霊団の、僕を閉じ込めようとする執念が尋常でないものがありますので、この脱出アイデアももしかしたら想像もつかない方法でダメにさせられるのかも知れませんが、僕の側からすればあきらめる理由がありませんのでどんなにジャマされても突き進むのみです。

フラー26汎用モードの線画のゴミ取りもおこなっています。「ブルーアイランド」テキスト見直しが全然できませんでしたが、絵とテキスト、1日に両方の作業ができるようになってみせる。使命遂行と全く関係ない、僕の人生と何のかかわりもないあの最悪の場所で1日の大半を過ごさせられる、その時間の使い方を変えてみせる。有意義な時間の使い方ができるようにしてみせる。絶対脱出してみせるぞ(祈)†

霊団はもう何もやる気がないそうですが、僕はうしろに戻るつもりはない前進あるのみ(祈)†■2023年7月19日UP■
霊団はもう何もやる気がないそうですが、僕はうしろに戻るつもりはない前進あるのみ(祈)†
物質界に邪悪がはびこる、その根本原因は「霊的知識の無知」にあります。人間に死はなく、肉体の死後も霊的表現媒体(幽体、霊体等)をまとって霊界で永遠に生き続けるという霊的真理を知らず、物質界での人生のみが人間の人生だと考える事が全ての邪悪の出発点なのです。物質界で大量強姦殺人の人生を送ると帰幽後に霊界でどれほどの地獄をやらされるか、その「霊界と物質界の因果関係」もっと言うと【神の因果律】を全く理解していないから平然と犯罪をおこなう事ができるのです。神の因果律から逃れる方法はこの全宇宙に存在しません。なぜなら「宇宙は神の身体」だからです。僕たちは現時点で神の中に存在しているのですから、神の法則の効果範囲外に出るなどという事は有り得ないのです。自分のおこないが自分の帰幽後の人生にどれほど致命的欠陥、悲劇をもたらすかを知っていれば、おのずと自分のおこないに責任感が生じ、愚かな言動にブレーキがかかるはずなのです。邪悪なおこないをしている人間たちというのは「何も知らない人間」という事なのです。だから霊的知識の普及が急務なのです…続きを読む→
■2019年12月20日UP■
「信じるのは順番が決まってる」霊団によると信じるプロセス、メカニズムのようなものがあるそうです(祈)†
霊界上層界の方々には僕たち物質界に身を置いている地上人の心の中が完全に丸見えです。「霊界にプライバシーはありません」とシルバーバーチ霊も仰っていますし僕もしょっちゅうそのように公言してきました(※今霊団がピィィィィンって波長を降らせてきました、そうだという事です)…続きを読む→
「全て自分の成長のためなんだよ」霊団が僕をある場所に閉じ込めるという意味です(祈)†■2023年9月20日UP■
「全て自分の成長のためなんだよ」霊団が僕をある場所に閉じ込めるという意味です(祈)†
友人の守護霊は今ごろほくそ笑んでいるはずです。僕の守護霊様は今ごろ僕の霊団への反逆を見て困っている事と思われますが。人間とは霊界で永遠に生き続ける存在です。人間に死はありません。物質界とは修行のためにホンの一時期だけ降下させられるトレーニングセンターです。肉体は神の摂理で自動的に朽ち果てるようになっており、僕たちの本体(霊)はそれを脱いですみやかに霊的表現媒体に着替えて(幽体、霊体)霊界生活に突入します。この事実からも物質界が僕たちの永遠の住処でない事は明白です。そのホンの一時の束の間の場所についてお勉強する事と、永遠の住処である霊界についてお勉強する事と、どちらがプライオリティが上でしょうか。どちらが賢明かつ自分の霊的進歩向上に役立つでしょうか。そういう視点で自分の人生を考えられる人間こそ賢者と言えるのではないでしょうか…続きを読む→

フラー26航行モード線画95%完成中、あとはハンドライトソードを描けばアナログ絵381「フラー26設定資料」としてUPできます。止まらずカラーリングにも突入するつもりですが心の中はもうそれどころではなく「なぜ僕はまだココにいるんだ」と今日はずっと自問自答でした。

なぜこれほどまで心の底からイヤがっているのに長年にわたって1歩も出られずにいるのか。これは通常で考えれば絶対におかしい、有り得ない事で、本人がこうする、そう思って行動を起こしているのにそれがまるっきり正反対の状況に閉じ込められるというのは絶対に有り得ないのです。この状態にさせられて怒るなという方がムリなのです。

“ある脱出アイデア”実行のために数ヶ月前から猛烈な節約をおこなってますが、今度という今度こそ数字にその成果が表れてアイデアを実行できると信じたいです。あきらめるなどとんでもない、今の自分の生活を見て、一体どこにこのアイデアの実行をあきらめる理由があるでしょう。やる以外に道はないと思っています。

そしてもうこの事は書きたくない気分ですが、またしても、またしても、長文ブログネタとなるインスピレーションが枯渇状態であり、このまま行くと長文は撃てそうもありません。毎週そう言ってますが何だかんだいって撃ち続けてきました。今度こそ撃てないかも知れません。僕自身がもうイヤがっているという理由がとても大きいのです。

もうイヤだ、もうイヤだ、まるっきり何の結果にも到達しない使命遂行を延々ダラダラやらされるのはもうまっぴらゴメンだ。試練にもほどがあるぞ、霊団、あんたたちも物質界生活中はさぞ試練を浴びたんだろうけど、こんなヒドイものでは無かっただろ、その証拠に霊団はなにかっつーと「ゴメン」「スイマセン」言ってくるのです。ここまでヒドくするつもりはなかったという意味だと思うのです。だったら脱出を認めてもイイはずだろ。そこがおかしいんだよ。

フゥゥ、グチなら無限に出てきますが一旦止めで作業に戻りましょう。「ブルーアイランド」テキスト見直しが止まっている。テキストと絵を両方同時に進めるのは不可能です。どうしても作業時間を増やしたい。僕は何か間違った事を言ってるか?作業時間が捻出できれば使命遂行の前進につながるだろ(祈)†
■2020年11月4日UP■
TrailMovie 新たなWordPressヘッダー画像、なぜ急に制作したのか、ジャニーズの方々の映像が関係しているのです(祈)†
「使命遂行を邪魔し頓挫させようとする強姦殺人魔、明仁、文仁、徳仁、悠仁のたくらみの悪念」として映るのです。そしてそれは霊団の「計算ずくの導き」だという事です。霊団、特に守護霊様は僕より僕の心が分かっています。皆さまにも守護霊がいて皆さまより皆さまの事が分かっています。(この説明は別の機会に)霊団には「このムービーを降らせればアキトくんが画像を作るに違いない」という計算があっての導きだった訳です。その霊団の導きを受けていつものようにムカつかされながら「了解」と速攻でヘッダーを作成したのです。別に今に始まった事ではありません、これまでの霊団の導きの手法はずっとこんな感じですから、僕は「まただよ、分かりましたよ、やってやりますよ」って感じだったんですね。はい、僕なりに思うところがあり昨日急きょヘッダーを作成しました、その経緯について「物的視点」では断じてなく、あくまでも「霊的視点」に基いて説明をさせて頂きました…動画を見る→
「どんなに隠しても表に出てくる」真実は絶対隠し通せないという意味です(祈)†■2022年1月5日UP■
「どんなに隠しても表に出てくる」真実は絶対隠し通せないという意味です(祈)†
国民の同情を誘う美しいスローな楽曲がバックに流され、かわいそうな人たちに文仁がやさしく声をかけてその人たちを笑顔にさせる映像が、柔らかい暖色系のフィルターをかけた状態でキラキラと光のモーションエフェクトをちりばめて再生スピードを若干落としたスローペースで流され、文仁にやさしく声をかけてもらった国民(もちろんさくら)が感動の涙を流しながら文仁を賛美するコメントの映像が流され、それを見た皆さまはその洗脳演出にアッサリコロっとダマされて「あぁこの人はイイ人なんだ」などとは死んでも思わないようにして下さい…続きを読む→
「出版社」霊団が僕に「サイキック・ニューズ社」をやれと言ってきているのです(祈)†■2023年5月17日UP■
「出版社」霊団が僕に「サイキック・ニューズ社」をやれと言ってきているのです(祈)†
出版社を立ち上げる事自体はすごく簡単です。ISBNを取得するだけで、どこぞに申請を出すとかそういう必要もありません「僕、今日から出版社をやるわ♪」と宣言すればそれで出版社が立ち上がった事になります。出版業ほど興すのが簡単で継続の難しい事業はない、という言葉もあるようです。僕はAmazonでの電子書籍制作の経験もあり、元々デザインの人間ですのでその手の作業に全く抵抗がなく、電子書籍のみならず紙の書籍のデータ制作も全く問題なくおこなえます(AffinityPhotoおよびAffinityPublisher使用)さらに僕はムービー制作能力も有しており、さらに「字幕(.srt、.vtt)」も扱えます。つまり僕という霊媒から降った霊言をムービー化してYouTubeにUPする作業も全てひとりでおこなえるという事になります。とにかく僕という霊媒から霊言が降ってくれば、ありとあらゆる方法でその霊言を拡散させるスキルを僕は所有しているという事です。…続きを読む→

イエスは人の子でした​​。なぜなら、イエスの肉体は平凡な人間の体であり、その肉体は人間が陥りやすいあらゆる弱点を抱えていたからです。また、アダムの時代からすべての人間に備わっている肉欲も持っていました。

しかし、イエスの精神は完全に純粋でした。なぜなら、イエスは真に神の長子であり、父の長子であり、存在の長老であり、真理の精神を授かった者であり、これは、肉体化した他の誰についても言えないものです。

イエスはキリストであり、それによって私は神を意味します。イエスの純粋な精神が肉体に閉じ込められている限り、その精神は肉体を完全に支配し、肉体の強い欲望を抑えながらも、独善性などの他の悪魔に取り憑かれることはありませんでした。

このように、イエスは人の子であり神の子であり、罪に打ち勝ちました。そうです、確かにイエスはこれらふたつでした。肉体と肉体を通しての人の子、霊と霊を通しての神の子、不思議と神秘です。

古代の年代記作者は、このたとえ話を宣言しました。

「サタンは全能の主に挑発して言った。『過去と未来のすべての人は私のものだ。なぜなら、すべての者は罪を犯し、すべての者は何らかの形で汚れているからだ。だから、私の規則と私の教えだけが支配するべきだ。

だから、最後にはすべての魂が私の王国に集められるべきだ。ああ神よ、あなたは失敗した。肉体の弱さを克服した魂はこれまでひとりもいないし、これからもひとりもいない。あなたの創造は常に傷つけられている。』

「そして、答えとして、神は自身の苦悩、強力で恐ろしい苦悩からこの愛らしい霊を形作った。彼は自身の最も内なる存在の一部、彼の光である光さえも手放した。そのように形作られた存在は女性の体に入り、やがて誕生し、サタンに宣言された神の言葉が成就した。

「私は私の霊の似姿とイメージに似せて人を造ろう。そして、もしそれが肉体に宿ったとき、失敗し、罪を犯すなら、まことに汝は勝利し、人々のはためく魂は、その土が埋葬された後、汝のものとなるであろう。」

「今や、主であるイエスが罪を犯さず、欲情も貪欲もせず、その心は残酷でも邪悪でもなかったことはよく知られている。雪のように純粋で、山頂の鷲のように気高いのが、この人の子、死すべき女の子、そして純粋な霊の創造物である神の子である。

「そして、サタンは再び神に語りかけた。「このあなたの子が苦しめられれば、彼は失敗するだろう。沈黙の中で、彼はあなたの息子であるからこそ神であると宣言し、それから彼を迫害者たちに引き渡してください。

あらゆる精神的、肉体的な苦悩を彼に負わせてください。そして彼が傷を負わずにそこから抜け出すなら、人々の魂はあなたのものとなります。しかし、彼が1度でも失敗したら、私はあなたよりも偉大になり、すべての人々は私の王座と私の命令に従うでしょう。」

「そして見よ、神はイエスが神の精神のまさにその姿であることを知るようにと、イエスを苦しめました。それゆえ、無数の誘惑が彼を襲いました。それゆえ、イエスは神を裏切るように激しく誘惑されました。

なぜなら、もし彼、イエスが失敗したなら、神もまた失敗し、悪、つまり上位の存在であるサタンの力に抵抗できなかったと言えるからです。

「父祖たちが多くの書物で宣言しているように、イエスは女性以外のすべての人がイエスを見捨てたとき、肉体を征服し、精神の誘惑、精神的な苦悩を征服しました。死の残酷な苦しみの中でも、イエスは罪がありませんでした。

確かに、イエスは1度、「わが神、わが神、なぜ私を辱めるのですか」と叫びました。しかし、この言葉には罪はありませんでした。そして、その言葉を発した瞬間に、イエスは肉体の遺産から解放されました。

イエスは肉体を去りました。そして後に、イエスが栄光のうちに再びその肉体に入ったとき、肉体はもはやイエスを誘惑することができず、その欲望は消滅しました。

「そしてサタンは再び全能者とともに天国の園を歩き、神が勝利を収め、すべての人間の魂は彼のものであり、闇の王国の所有物ではないと宣言せざるを得ませんでした。

「このようにして、その時代に、すべての生きている人々は、単なる人の子であることから贖われ、創造主の霊から生まれた霊であるイエスのおかげで、神の子ともなりました。」

「地上にいる時間はもうそんなに長くない」だったらやるべき事をやり切れよ(祈)†■2024年2月28日UP■
「地上にいる時間はもうそんなに長くない」だったらやるべき事をやり切れよ(祈)†
例えば守護霊は自分が守護を命ぜられた人間が物質界降下の目的を達成できずに(カルマの解消、罪障消滅等)下層界に落ちる事になったら、守護霊側もその責任を負う事になるのだそうです。今回の僕という霊の道具を使用しての霊的使命遂行の霊団(100の光の霊団)も、ここまで事態を悪化させるに至った責任を霊界側で取らされる事になるのかも知れません。そしてそれはもちろん僕にも当てはまり、僕も帰幽後にキビシイ状態にさせられるのは明白です。(反逆の責任を取らされるという事)で、僕はその覚悟で反逆していますから自業自得という事でヨシとして、とにかく仕事は前進させてくれよ。全部とは言わない、何なら少しでもいいよ。とにかく肉眼に映じる結果を出してくれよ。僕は復刊というカタチで肉眼に映じるアウトプットをしようとしている。それの何が悪いって言うんだよ。僕という霊媒が機能しないんだからこうするより他にどうしようもないだろ。僕が単純に思う事は「宇宙一のバカ」大量強姦殺人魔、明仁、文仁、徳仁、悠仁をもっと霊的に攻撃しろよ、という事です。霊障の嵐をコイツらに降らせて震え上がらせるなど理想的だと思うのですが、そういう事も一切やろうとしない。僕の事は「愛の試練、霊障イペルマルシェ」でチクチクいじりまわしてきやがるくせに…続きを読む→
「ペナルティ」霊団が僕に課すペナルティの意味が大体分かりましたがスゴイ理不尽感(祈)†■2024年7月31日UP■
「ペナルティ」霊団が僕に課すペナルティの意味が大体分かりましたがスゴイ理不尽感(祈)†
僕は「ホワイトイーグル霊の英語書籍の翻訳」をやろうかと考えているのです。ホワイトイーグル霊の書籍はたった数冊しか日本語に翻訳されていませんが、英語の原書がスゴクいっぱいある事を知ったからです。それら原書のほとんどが日本語に翻訳されていませんので、残りの物質界人生をその翻訳に集中しようかなと考え始めているのです。できもしない僕という霊媒の発動を目指すよりよほど現実的な霊的知識普及方法だと思うのです。僕は英語の能力がありませんので「Google翻訳」で日本語に翻訳するつもりですが、僕のこの作業がきっかけで英語のプロの方が僕の帰幽後にホワイトイーグル霊の書籍の日本語版を復刊してくれるかも知れないじゃないですか。この方が霊媒ナンチャラカンチャラと騒ぐよりよほど堅実な使命遂行だと思うのです。もう霊団が僕という霊媒を使うだの使わないだの、そんなモノに関わり合いになるのはウンザリなんですよ。このテキストを撃っている最中も霊団が「ヤメレ」言ってきました。僕の反逆(脱出)の意思が固い事を受けてそう言ってきているのですよ…続きを読む→

「ブルーアイランド」テキスト見直しをおこなっていますが、読めば読むほどお勉強になり、そして自分が霊媒として機能せずこのような霊界通信が自分を介して降ってこない事に苛立ち、イヤ憤りにも似た気持ちが沸き上がってきます。

何しろ僕はAffinityPublisherのスキルを習得し書籍データを自力で作れる、書籍流通の方法も心得ている、何なら出版社設立も視野に入れている、降ってきた霊言を物質界に拡散する準備が完全に整っているのです。なのに1文字たりとも降ってこない。本当に頭にくるんですよ。まぁその怒りの感情が障害になっているとも言えるのですが。

あぁぁもう!イヤでどうしようもないところに今日からまた行かなければなりません。あとどれだけ努力すれば僕はこの最悪のところから脱出できるんだ、霊団は僕を完全に一生ココに閉じ込めるつもりでいやがる。それだけは死んでも永遠に認めないぞ、最後の1秒まで闘い続けるぞ。

僕がスノーシューアタックを毎年おこなっている山域はもう雪が積もってます。今シーズンは早くスタートできるかも知れません。タイヤチェーン装着テストをやらないといけません。今週は2回山に行きました、その部分は満足度が高いのですが若干せわしないですね、もう次回の山の準備に入らないといけません。

僕という霊媒を使うならとっとと使え。物質界の邪悪をホッポラカシにするな。使命遂行を前進させろ。ただ閉じ込めるだけの導きは断じて認められぬ。人の人生これだけブチ壊してるんだから責任取れ。やるべき仕事をキッチリやれよ(祈)†

「コッチの方が幸せだった」そう言われてもなお僕は閉じ込められるのを拒絶します(祈)†■2024年11月20日UP■
「コッチの方が幸せだった」そう言われてもなお僕は閉じ込められるのを拒絶します(祈)†
物質界で赤ちゃんが生まれた時、家族の方々は大喜びしますが、その赤ちゃん(として物質界に降下した人間)の縁故の方々は霊界で泣いて別れを惜しんでいるのです。「あぁ、あの人も陰鬱極まる物質界に降下してしまった」と嘆いているのです。そしてその赤ちゃんが成長し、物質界人生を全うして死ぬ時、家族、友人の方々は泣いて別れを惜しみますが、霊界の縁故の方々は大喜びでその人間を霊界に迎え入れます。「やっと最低界(物質界)の試練を終えましたね、さぁ我々とともに美しい世界(霊界)で共に生活を送りましょう」と、その死者を大歓迎します。(もっともこれは人によってだいぶ差があるようですが)物質界の誕生日を祝うというのは「私は霊的知識を理解していない」と公言しているようなものであり、このような習慣は即刻やめるべきなのですが、残念ながら物質界は無知がはびこっていますのでいまだに霊的な事が全く理解されず、誕生日に「ハッピバースデートゥーユー♪」と歌ってはしゃいでいるのが現状です。物質界に残される事は断じてハッピーなどではなく、帰幽して霊界生活に帰る事が真のハッピーであり、その霊的知識を多くの方が理解し、物質界の誕生日を祝うという間違った習慣を改め、むしろ物質界を去る事になった人間(つまり死んだ人間)を祝うという習慣が根付く日が1日も早く来る事を僕は願わずにいられないのです…続きを読む→
「いま目の前にある観念と混同してはいけません」霊的視点で物事を見ろという事です(祈)†■2024年5月1日UP■
「いま目の前にある観念と混同してはいけません」霊的視点で物事を見ろという事です(祈)†
そしてイエス様ですが、実の母を含めた家族全員からつまはじきにされ、ついにエルサレムにひとりで出稼ぎに出される寸前まで行きますが、そこでヘリが3年後にやってくるという約束を前倒しして2年でイエス様のもとにやってきて間一髪のところで助けてくれます。少年イエス様は家族から完全に離れてヘリとともに砂漠の流浪民族のもとに赴き、そこで成人します。このヘリとの生活の中で心霊治療能力等の霊能が完全の域を極めていきます。幼少期から成人するまでひたすら苦難、嫉妬、迫害の連続という事です。僕は霊能とは全く関係ない漫画家の人生を何の迷いもなく選び、そこから挫折と苦悩が始まりますが、僕が漫画界で味わった苦しみなどはイエス様が幼少期から受け続けた苦悩の1万分の1にも満たないでしょう。そして成人してからのイエス様は行く先々で病人を治しまくって「メシヤだ」と噂されて大騒ぎになりますが、慕ってくる人も多かったですが敵も多く、最後は皆さまご存じの通り嫉妬に駆られたバカども(律法学者、ローマの権力者等)によって磔刑(はりつけ)にされて殺されます…続きを読む→
「お前はこの聖なる仕事をやめないよ」えぇやめるつもりはありませんがヒドすぎなんですよ(祈)†■2024年8月21日UP■
「お前はこの聖なる仕事をやめないよ」えぇやめるつもりはありませんがヒドすぎなんですよ(祈)†
もう僕という霊媒が機能するだの、新規の霊言が降るだの、そういう事を書くつもりは一切ありませんが、現存する正真正銘の霊関連書籍をテキスト化する作業は全力で続行するつもりでいるのです。その作業を続けるイコール「本を読み続ける」という事になり、さらに深く霊的知識を理解する事につながるので僕的に好都合ですし霊的知識拡散という意味でも大変重要なのです。なぜ霊団がそこまでしてあの無意味なところに僕を閉じ込め続けようとしているのかがどうしても分かりません。僕をあそこに閉じ込めてみたところで僕という霊媒は機能しない、新規の霊言は降らない、「宇宙一のバカ」大量強姦殺人魔、明仁、文仁、徳仁、悠仁の滅亡にもつながらない、奴隷の女の子たちもひとりたりとも助けてあげられない。何ひとつイイ事ないじゃないですか。なのにそこに閉じ込められる事を耐え抜けば僕は霊的に向上を果たす事ができて明るい境涯に赴く事ができるのだそうです。邪悪を滅ぼす事より、殺される運命の女の子を救出する事より、仕事を前進させる要素ゼロの意味なしの場所に閉じ込められる事の方が霊的向上に寄与するとは、これは一体何がどうなっているのでしょうか。本気で意味不明なんですけども…続きを読む→

「The Scripts Of Cleophas」全ページスキャン終了し、現時点で未スキャンの書籍は手元にない状態となり、OCR変換済みの書籍のテキスト見直しに集中する事になります。どの書籍から始めてもいのですが、特に意味はなく「ページ数が少ないから」という事で「ブルーアイランド」を選択、現在見直し中です。できるだけ早くWordPressに全文UPできるようにしましょう。

そして脱出がほぼ99%決定していて、その関係で長期休暇としたのに、明日からまたイヤでどうしようもないところに行くハメになってしまっています。どうやったら僕はあそこから脱出できるのでしょうか。ただただ信じられないの一言です。

そして次回長文ブログネタとなるインスピレーションですが、いつものように枯渇状態であり正直言ってもう長文を撃つのをやめたいのです。モノスンゴイ苦痛だからです。撃っても撃っても全く何の結果にも到達しない、ただ無間地獄ばかりが続く、僕の目にはそういう風に映るため、とてつもない理不尽を感じるのです。

いつまでこの最悪人生をやらされねばならないんだ、なぜ僕はこんな目に遭わされねばならないのか、その理由に全く思い当たるフシがない、とにかく意味不明。明日からフラー26の線画も再開させます。心は永久に釈然としない、ただただ首を傾げるばかりですが「感情と手は別レイヤー」ですから作業だけは続行中(祈)†
「あなたに悲しみの光を」悲しみでイイから事態を進展させてくれ、閉じ込めは許さぬ(祈)†■2024年1月24日UP■
「あなたに悲しみの光を」悲しみでイイから事態を進展させてくれ、閉じ込めは許さぬ(祈)†
「我々はアキトくんを守ってあげようとしているんだよ」そう言いたいのでしょうが「宇宙一のバカ」大量強姦殺人魔、明仁、文仁、徳仁、悠仁に四肢切断、強姦殺人され続けている奴隷の女の子を目の前にしてそのセリフを言ってもらっていいですか。「目の前にある恐ろしいものを」これも僕が日本の中心に行ったらそういうモノに直面させられるのだそうです。イヤ、だから、そう言うんだったらあんたたちはそもそも僕になんでこの使命遂行をやらせたんだよ。物質界の邪悪を滅ぼすつもりがないんだったら今すぐ僕の人生を元に戻せ。霊的知識を獲得する事の効用のひとつに「物質界に恐れるものがなくなる」というものがありますが、僕は物質界の邪悪な人間に対しても何ら恐怖心を抱く事はありません。僕を脅しているその邪悪な人間の霊格が僕よりはるかに低く、帰幽後に地獄の底の底に落ちていく人間だという事を知っているので、その人間に対して恐怖は抱かず憐れみを感じるのです。(後なるものが先に)…続きを読む→
「キミさえあきらめなければ私も仕事できる」だからこれ以上どうしろっていうんだよ(祈)†■2024年11月13日UP■
「キミさえあきらめなければ私も仕事できる」だからこれ以上どうしろっていうんだよ(祈)†
1億歩譲ってサークルメンバー問題が解決されて僕という霊媒から新規の霊言を降らせる事ができたとして、僕はもちろんそれを書籍化、流通、拡散させるつもりでいますが、僕がそこまでやったとしても「宇宙一のバカ」大量強姦殺人魔、明仁、文仁、徳仁、悠仁の事はホッポラカシにするつもりなのか。奴隷の女の子を見殺しにするつもりなのか。この矛盾、理不尽はどう釈明するつもりなのだろうか。分からない、分からない、地球圏霊界の人間の頭の中は一体どうなっているのだろうか。できもしない事(僕を霊言霊媒として使用する)をやるやる言い続けてくる、やらねばならない事(「宇宙一のバカ」大量強姦殺人魔、明仁、文仁、徳仁、悠仁の滅亡および奴隷の女の子の救出)は一向にやろうとしない。考えれば考えるほど地球圏霊界に対して興味がなくなっていくのです。組織としておかしい。間違いなく不可能だと断言できますが、それでも帰幽後に地球圏を離れたいという願望が湧き上がってくるのです。地球圏を離れるっていうけど、どこに行くつもり?行くトコなんてないよ、そう言われるのがオチですが。地球圏霊界というのはそんなに強姦殺人魔が大切なのか。そこまでして守り通そうとしてくるのか。もう地球圏霊界の事が分からない…続きを読む→

私たちは教会の形成の知らせをあなた方に伝えてきました。そして、私たちの年代記の大部分は、古いアダムを脱ぎ捨てて、西洋世界の光である聖パウロとなった罪人サウロに関するものです。

あなた方は私たちから、ペテロの働きを除いて、主の12弟子の働きについてほとんど学んでいません。そして、主の選ばれた者たちの働きについて、これまで私たちが沈黙していたことは、奇妙で無知なことのように思われるかもしれません。これには決まった目的がありました。

なぜなら、パウロとペテロによって立ち上げられた教会は、何世紀にもわたって存続し、地球が存続する限り存続するからです。しかし、他の弟子たちによって設立されたキリストの共同体は滅びました。

イエスに祈る特定の教会は、主に従い始めた、真実で高貴なビジョンを持った人々によって形成され、現在では存在しません。最初にキリストを愛した人々が、一見失敗したように見えて、実際には失敗しなかったというのは、奇妙な謎です。

彼らは主の声に従い、知られている世界の端まで知らせを伝え、その時代に彼らの子孫は不毛の地に落ちませんでした。彼らはユダヤ人のもとに行き、彼らの間で主のために多くの者を獲得しました。これらのユダヤ人は、主に東の帝国に大部分住んでいました。

彼らは、主が選ばれた民を罰した大転覆で散らされ、離散した人々の子孫です。しかし、彼らは団結し、モーセの律法に従い、依然としてひとつの民、ひとつの部族、ひとつの国家でした。そしてローマの時代には、彼らの長老とラビは救世主の到来を待ち望んでいました。

彼らは、キリストがエルサレムを中心としてユダヤ人のための偉大な王国を樹立すると信じていました。そして、心が肉体に命を与えるように、エルサレムからは神の命が流れ出て、すべての人々と地球の様相を変えるはずでした。しかし、ユダヤの選民は征服者となるはずでした。

彼らは、メシアの力によって諸国を征服し、すべての人々から貢物を勝ち取り、異教徒を支配するはずでした。そして、ローマ帝国を憎む東方のユダヤ人が、メシアが地上に来られ、ローマ人に殺され、再び来られることを知ったとき、彼らの多くは信じ、弟子たちによってもたらされた知らせを歓迎しました。

しかし、彼らはキリストが別の征服、つまり精神の征服について語っていたとは考えませんでした。彼らは、キリストが弟子たちの生涯に2度目に来られるのがこのような方法であることを知りませんでした。イエスは、彼を信じ、彼の言葉に従い、真に彼に仕えたすべての魂を霊として訪れた。

これらのユダヤ人は、イエスの約束に含まれる神秘を理解していなかった。イエスを知っていた人々の生涯に、イエスは力と栄光をもって再び人々のもとに来るという。そう、まことに、それは忠実な言葉だった。イエスは弟子たちがまだ生きている間に、しかし霊の力と栄光をもって再び人々のもとに来た。

シオンの町で何千人もの人々が亡くなり、神殿がティトゥスによって破壊され、ユダヤの子供たちがローマに捕らえられたとき、そしてこの苦しみの世界でサタンが神と戦い、神の民を没落させ、地上の神の故郷であるエルサレムの聖所を冒涜し、完全に破壊したように思われたとき、イエスは来て神の子供たちとともにいた。

キリストであるイエスは、その悲惨な時代に聖徒たちとともにいた。しかし、東方のユダヤ人はそれを知らなかった。彼らは長い間ローマ帝国の境界の外に留まっていた。なぜなら、信仰深い彼らは、これらの異邦人が力ずくで聖都を支配していた限り、その境界内には住もうとしなかったからである。

彼らの中には、イエスが再び来られ、魂には何の害も与えないこの肉体だけの束縛からエルサレムを解放してくれるという希望と信念を持って、異教徒の征服された領土の外に留まっていた者もいた。

それゆえ、彼らは自分たちの信仰がすべてむなしく、剣を振るう力ある者も、軍団を殺した者も、異邦人の血を求める者も、選ばれた民を結集させて圧制者から勝利を絞り出すことはできなかったと悟ると、イエスの約束は嘘であり、自分たちは騙されたと宣言した。

彼らはイエスの貴重な言葉が記された巻物を奪い、それを燃やした。それどころか、彼らの中にはイエスの名を呪いのものと宣言した者もいた。彼らは頭を下げて泣きながら、イエスの言葉の記憶を心から消し去りました。

こうして、弟子たちが設立した教会は滅びた。彼らの説教と働きの後、一世代も残らなかった。

しかし、これらの弟子たちによってキリストに導かれたユダヤ人は、キリストを肉の征服者として望み、地上の支配を切望した。彼らはキリストの教えを誤解し、キリストがずっと霊的支配、肉体に対する聖霊の勝利、すでに天の王国を支配していた人々の模範を通して人々の魂を征服することについて語っていたことを知らなかった。

かつてはイエスの信者と自称していたこれらのユダヤ人は、真の信者ではなかった。なぜなら、彼らはイエスの言葉の中に、自分たちの欲望、権力と支配への欲望しか読み取らなかったからだ。キリストの言葉を説教する際に耐えた苦難を恐れながら、弟子たちの生活は立派で美しいものだった。

しかし、彼らは自分たちが作り上げた教会を残さず、あちこちの信者だけが忠実に残った。後に、彼らはパウロとペテロの教会に加わった。そして、これは弟子たちに対する裁きであったと考えられています。なぜなら、彼らは主の試練の時に主を見捨てて逃げたからです。

ペテロだけが主を探し求めました。そして、ペテロは恐れから主を否定しましたが、それでも、自分の命を危険にさらしながらも、裁判官のホールにいる囚人の知らせを探し求める点で、兄弟たちよりも優れていました。ですから、ペテロの働きは、彼がパウロと共に築いた教会の中で今も生き続けており、それはこのふたりにとって永遠の記念となっています。

パウロは、幻を見る前は大罪人でした。しかし、キリストを真に知ると、信仰を守り、主を否定せず、危機の時に逃げることもしませんでした。この熱烈な使徒とペテロに最高の栄誉がありますように。そして、最後だったパウロが、こうして最初になりました。

・・・・・

ヨハネ、アンドリュー、トマス、シモン、ユスト、マティアスは、東方の使徒として知られる12使徒のうちのひとりであり、キリストのために働いた彼らの大半は、ユーフラテス川の向こうの王国、あるいはローマ帝国の国境の向こうの王国で行われた。

ヨハネの息子、弟子はエジプトとアジアで働いた。彼の父はエルサレムによくいて、共同体の秩序を整え、弟子たちを指導するジェームズとペテロを助けた。また、ヨハネとシモンはパルティア(*)に行き、その地の火の崇拝者たちと対決した。

そこに住む人々は偶像崇拝者ではなく、血の犠牲も捧げず、火を崇拝していた。彼らは太陽を全地の神として称え、ふたりの弟子のひとりに「もしあなたが火に耐えられるなら、私たちはあなたの神、イエスが私たちの神よりも偉大であると信じるでしょう」と挑んだ。

(*)カスピ海の南東に位置するアジアの国。

そしてヨハネは捕らえられ、薪の火に運ばれ、腕は炎の中につかまれました。しかし、焦げても焦げても、腕に傷や汚れは残らず、しばらくすると腕は引き抜かれました。

パルティア人はこの奇跡に気づき、ひれ伏して彼を拝み、「汝の神、イエスは我らの神よりも偉大である」と叫びました。ヨハネは彼らが自分の人格を拝んでいることに抗議しましたが、この件に関して彼らの無知を変えることは困難でした。

多くの人が信じましたが、キリストへの信仰を公言しながら、彼らは火の神も拝んでいました。そのため、一世代後、古い迷信がイエスへの信仰を駆り立て、再びパルティア人の中でキリスト教徒であった人々は火の崇拝者となり、ヨハネが伝えた命の福音を忘れました。ここで種は浅い地に蒔かれました。パルティア人は理解が乏しかったため、失敗し、堕落しました。

タダイは言葉の達人だったので、弟子たちは彼をメソポタミアの学識あるユダヤ人のもとに派遣した。そして彼は、ナルハルデアとゼベディティアとして知られるその地のふたつの知識の町で、彼らの学者と討論した。

時には彼はラビたちの狡猾さに打ち負かされ、軽蔑の指を向けられた。彼は打ち負かされず、会堂で場所を奪われ、最後には石打ちにされた時でさえも話し続けていた。

しかしメソポタミアの支配者たちは、彼がエデッサで起こした奇跡と、その後の時期に聖霊の力で多くの人々を癒したために、タダイを高く評価していた。

私はエデッサで起こった奇跡についてあなたたちに語った(*)。そして、タダイの年代記と、彼がメソポタミアで何年もキリストのために働いた方法について語るのを今さら遅らせるつもりはない。私は他の兄弟たちについて語りたいからです。

(*)After Pentecost、109ページを参照。

アンドリューはスキタイの使徒であり、その地の人々の言語を学びました。しかし、彼は異邦人の間に住んでいたユダヤ人を探し出したため、スキタイ人は異教徒のままでした。

そして、その後の世代では、この人々やスキタイのユダヤ人の間には主の福音の痕跡はありませんでした。光があったところに暗闇が落ち、それは今日までその地に残っています。(*)

マティアスとユストスは、弟子たちがユストスを無視し、ユダの代わりにマティアスを選んだにもかかわらず、長年にわたって良き同志でした。このふたりは血縁関係はありませんでしたが、彼らの愛は大きく、魂が簡単に、そして単純にもうひとりの形を取ったため、双子の兄弟と呼ばれました。

いつも同じ意志と心を持っていた彼らは、異国の地で御言葉を宣べ伝えるよう命じられたとき、一緒に出発しました。

しばらくの間、彼らは東方で働きました。というのは、パルティアのユダヤ人の多くが、救世主の知らせを伝える者たちに耳を傾けようと、飢えた羊のように群がったからです。

そして、このふたりのまじめで正義の人は、エルサレムとユーフラテス川の向こうの町の間を行き来し、パウロがエルサレムにいた時期にパルティアから戻ってきました。

パウロが小アジアで成し遂げた偉大な働きについて知ると、彼らの魂は高揚し、教会を統治する弟子たちに、北への旅を許可してくれるよう懇願しました。彼らは、他の人が種を蒔いた畑で働くことはせず、未開の地を求めました。そこで彼らはカパドキアに向かい、その地方でユダヤ人に歓迎されました。

彼らは言葉遣いに慎重で、パウロのように短気ではなく、カパドキアで異邦人を探し出すこともしませんでした。しかし彼らがその地域に滞在している間に、ひとりの長老がやって来て、エウクセニウスの海の向こうにある孤独な白い土地、サルマティアの物語を語った(†)。そして長老は双子の兄弟に船を探してその北の国へ航海するよう懇願した。(††)

(*)ヘロドトスの「スキタイ」は、一般的に言えば、南東の地域を指します。カルパティア山脈とタナイス川(ドン川)の間のヨーロッパの一部…ヘロドトスは、この民族はアジア起源であると信じており、彼の記述から、彼らが、未知の古代から中央アジアのステップをさまよってきた偉大なモンゴル民族の一部であったことは疑いの余地がない…

後世、彼らは徐々に近隣の民族、特にサルマティア人に征服された…一方、アレクサンドロスとその後継者による中央アジアでの征服により、ギリシャ人はオクサス川とヤクサルテス川の向こうの部族と知り合いになった。

彼らはスキタイ人に似ており、実際には同じ偉大なモンゴル民族に属していたため、同じ名前が付けられた…したがって、ローマ帝国時代の著述家にとって、スキタイという名前は、アジアのサルマティアとを隔てる西のラ川(ヴォルガ川)から東のセリカまで、南はインドにまで広がる北アジア全体を指す。

イマウス山によってふたつの部分に分けられ、それぞれ「スキタイ イントラ イマウム」、つまり山脈の北西側と「スキタイ エクストラ イマウム」、つまり南東側と呼ばれていました。 – B. A. レスター。スミスの古典辞典を参照してください。

(†)ロシア、サルマティア。

(††)エウクシヌス = 黒海。

「野蛮人にもかかわらず、この地域には多くのユダヤ人が住んでいます。彼らは商人です」と長老は宣言しました。

「彼らの住居は海岸沿いにあります。後進国であるサルマティアから旅をするのは困難です。そのため、私たちの種族の人々は彼らの神である主を忘れ、シオンの神殿の記憶は消え去りました。彼らはもはやモーセの律法を守っていません。先生方、ユダヤの失われた子供たちのもとに行きなさい。そうすれば、私たちの神の祝福があなた方にあります。」

サルマティアは殺人者と野蛮人の土地でした。しかし、マティアスとユストスは、この長老の言葉に耳を傾け、この遠い土地を守り、南の人口の多い州と地中海に面した州の間に強力な障壁を築いている大海を渡るべきであることを夢で神から学びました。

そして、彼らがサルマティアに足を踏み入れたとき、彼らは貧しく、飢えていました。しばらくの間、ユダヤ人商人たちは彼らを信用せず、歓迎の意を表そうとはしなかった。しかし、苦難と病気にもかかわらず、彼らは皆に救世主と生命の福音について語った。貧しいユダヤ人たちは、マティアスとユストスを喜んで迎え、エルサレムの知らせに耳を傾けた。

ところで、マティアスとユストスと東方の使徒たちは、パウ​​ロが説いたようにキリストを説いたのではなかった。彼らはモーセの律法の遵守を第一とし、改宗者たちに、律法に定められたすべての慣習を守るよう要求した。そのため、サルマティアの人々は、耐える力も、その価値を明らかにする理解力もなかった厳しいくびきとみなしたものを受け入れようとしなかった。

マティアスとユストスがこれらの異教徒たちの間に足を踏み入れたとき、彼らを苦しめた試練は、苦く残酷なものだった。ある日、野蛮な偶像の司祭がユストスの頭を殴り、血を流した。そして彼は、自分の偶像崇拝を覆し、それらを捨て去ろうとするこれらのよそ者たちを攻撃するよう民衆に呼びかけた。

民衆はこのふたりの老いた男に襲い掛かり、殴り、石を切り出した穴に投げ込んだ。冬の初めで、傷ついたふたりの兄弟がこの不運な状況に横たわっていると、暗闇に雪が降り、彼らの苦しむ手足は硬直し、雄弁な言葉は永遠に沈黙した。

そして、夏の黄色い月のように青白い太陽が昇ると、その穴には静寂が、白い世界全体に静寂が訪れた。マティアスとユストスのふたりの兄弟は安らかに過ごし、彼らの体は雪の衣に包まれ、魂は引きこもって主のもとへと急いでいた。

ユダの代わりに選ばれたマティアスの最後はこうだった。選ばれなかったが、蛮族の地で勇敢に主人に仕えたユストスの最後はこうだった。

そして、熱心な弟子トマス(*)がユーフラテス川近くの暑い太陽の下で働いていた間、彼は休むことができず、熱心に命の炎を燃やし、熱病にかかった人のように町から町へと旅をしていた。トマスは、その世代が沈黙の中に消える前にキリストが肉体を持って地上に来ると信じていたからだ。

(*)「12弟子のひとりであったトマスは、イエスの兄弟ではなかった。トマスは一般的な名前だった。主の最初の百人の弟子の中には、ヨセフの息子トマスと、トマスとして知られる他の3人がいた。」

彼は、彼の周りに集まったユダヤ人とパルティア人の一団にとても愛され、彼らは「トマスの秩序」と呼ばれるふたつのコミュニティを形成した。そして、彼の名前が永遠に保存されるように、秩序の長はトマスとして歓迎された。

ある人たちは、彼の内に燃える聖霊の偉大な力のせいで、この師の弟子は、大勢の人々が住み、エホバの知識がなかった、知られている世界の端っこ、インドでも説教したと断言しています。

しかし、トマスはその異国の岸辺を見る前に亡くなりました。彼はその地について多くを聞き、そこでキリストを説教することを強く望んでいました。しかし、彼の体は衰え、ある日の春、太陽が高く、野原や市場に活気と豊かな生命があったとき、彼の精神の光は窓から忍び出て、暗闇の中に消えていきました。

後の季節と世代に、パルティアの聖徒の長である別のトマスがインドに旅し、その東の世界でイエスの名を最初に宣言しました。しかし、人々は心が暗く、自分たちの神に固執していたため、ここでは主の言葉はまったく広まりませんでした。

確かに、最初の大きな収穫はアジアで収穫されました。また、アレクサンドリアとエジプトにも多くの信者がいました。マルコとバルトロマイは、古代の地で主のために善行をしたので、エジプトの使徒と呼んでください。

ルフォス、ルキウス、アレクサンダーはキレネに教会を設立し、後年、彼らの弟子たちはヌミディアとモーリタニアに広がりました。(†)このように、ペテロとパウロの死後に立ち上がった世代の迫害にもかかわらず、地中海の海辺には多くの聖徒の共同体が広がっていました。

(†)北アフリカ。

ヨセフの死は突然でした。彼はナザレの自宅で1時間もたたないうちに倒れ、亡くなりました。その間イエスは捜されましたが、彼は山中にいて、当時は有名な説教者ではありませんでした。

マリア・クローパスの死については何も知りません。記憶の木には、イエスの母マリアはエフェソスの近くで亡くなったが、エフェソスでは亡くなったわけではないと書かれています。

私があなた方に話したように、彼女は混乱の末期に自分の国と家から連れ去られました。しかし、後世の多くの信者は、イエスが木に掛けられた直後に彼女はエルサレムで亡くなったと言いました。

この言い伝えは、ヨセフの親族のひとり、ヨセフという名の若い従兄弟が、住んでいたエルサレムの家の外で熱心党員に殺されたために生まれたのかもしれません。この殺害の光景が彼女を襲い、死んだという噂が広まりました。

それは、シカリ派が彼女を探し出して殺さないように、70人のひとりの弟子が作り上げた物語でした。シカリ派は、彼女が死んだとみなすからです。若いヨセフが息を引き取った後、彼女は密かに、夜中に住んでいた家から連れ出されました。そのため、無知な聖人たちは、彼女についてそれ以上聞かなくなり、偽りの物語を信じ、彼女がエルサレムで死んだと言いました。

私は、マリアの年代記で、彼女がイエスの弟子や信奉者たちとの付き合いを避けた理由と経緯をお話ししました。そのため、その後の彼女についてはほとんど知られていません。

「扱いは不当だからです」霊団が使命遂行を前進させようとしない理由がこれです(祈)†■2022年10月12日UP■
「扱いは不当だからです」霊団が使命遂行を前進させようとしない理由がこれです(祈)†
霊格がある一定以上まで高まると物質圏付近に降下する事さえできなくなるそうで、影響力を行使しようにもできなくなる、それで霊力に感応する僕のような人間に対して働きかけて間接的に仕事を前進させようとする訳です。霊界高級霊の方々は自分で最低界に降下して仕事をする事は基本的にできない(ごくまれに使命に燃えて肉体をまとって降下する神霊も存在するそうです、イエス様がその代表ですね)ですので霊力に感応する物質界の人間に仕事をやってもらう事になる訳ですが、僕の霊団に対する反逆ぶりを見ればお分かりのように、ああでもないこうでもないと文句ばかり言って高級霊の言う通りには動いてくれないものです。それで霊界側で作成した使命遂行ブループリントの全てを達成できず霊媒は帰幽し、残りの仕事は次の霊媒を見出してその人物にやらせるという事になるのですが、その霊媒が物質界に全くいないのです…続きを読む→
「もうごまかしきれません」視点外しの洗脳はもう通用しないという意味です(祈)†■2022年1月12日UP■
「もうごまかしきれません」視点外しの洗脳はもう通用しないという意味です(祈)†
メディアと僕、皆さまがどちらを信じるかは皆さまの「理性、良心」にお任せ致しますが、霊団によると皆さまはメディアのウソ情報より僕のブログの方を信じて下さっているようにお見受け致します。とにかく「宇宙一のバカ」強姦殺人魔、明仁、文仁、徳仁、悠仁の邪悪の正体の情報拡散を徹底的に続行し、完全に全国民周知の事実とする事で明仁、文仁、徳仁、悠仁の「退路」を断ちましょう。言い訳できなくするという事です。そして確実に滅亡させて世界に向けて胸を張って堂々と結果報告ができるようでなければなりません。どこか他の国の人がこの仕事をやってくれるのではありません僕たち日本国民の仕事です。その部分の自覚は持つべきでしょう…続きを読む→
「考えたらダメです厳禁」これは「小知を働かせてはならぬ」と同じ意味と思われます(祈)†■2024年10月2日UP■
「考えたらダメです厳禁」これは「小知を働かせてはならぬ」と同じ意味と思われます(祈)†
僕は何しろ霊団に本気の全力で反逆していますので、時々霊団をあからさまに軽蔑、侮蔑するような思念を心に燃やしたりします。それが宜しくない事は霊的知識的にも、これまでの経験上からも十分承知しているのですが、とにかく閉じ込められるのが頭にきて頭にきてどうしようもなくてそういう宜しくない事を考えたりするのです。(その僕の思念はもちろん霊団に伝わっているという事ですよ)で、霊団が「もっと我々を軽蔑しなさい」といった趣旨の事を言ってきていますが、これはもちろんその言葉の通りの意味ではなく逆説的な意味で言っているのでしょう。えっと、例えばですが、僕が帰幽後に向上したい一心で霊団におべっかを使うとしましょう。しかし霊界に“ウソ”というモノは存在しません。霊団には僕が本心ではないおべっかを言っている事が一目瞭然であり、僕はそれを知識として知っていますので、無意味なウソをつく事はせず、宜しくないと分かっていながらも霊団に対し罵詈雑言の思念をぶつける事があるのです。ウソの思念を並べ立てるよりその方がよほど正直だと思うからです…続きを読む→