スタート地点の駐車場には全く雪はありませんが、標高を上げていくうちに雪が出てくるはずだという事でスノーシューをはいた状態でスタート。土と岩がむき出しのトレイルをスノーシューでガンガン上っていきますが、上っても上っても全然雪が出てこない。やっとスノーシューで進むにふさわしいくらいの雪の状態になるまで1時間20分くらい上り続けました。

とにかく雪のあるポイントまで行って撮影をしなければという事で標高をガンガン上げますが、今日の最高標高点に到達してもまだ雪と岩の混在の状態。で、今日はグラデーションが撮れそうな天候だったのですが、その撮影ポイントが岩場で、スノーシューで入っていくためには雪が十分に積もっていなければ難しいところなんです。

今日は全然雪の量が足りないのでそこに入っていけなくてグラデーション撮影ができませんでした。ガッカリしつつも極力雪のあるポイントでできる限りの撮影をして帰ってきました。来週も全然雪が降らない予報、今シーズンはかなり残念な事になるかも知れません。

雪降ってくれ、1年でこのシーズンをいちばん楽しみにしてるんだよ、たのむよホントに。今日の撮影画像のUPは明日とさせて頂き、久々のスノーシューだったのでその重みが足に大きなダメージを与え、現在結構キツイ状態です。しっかりダメージを抜いて明日のテキスト撃ちに備えます(祈)†

今シーズンのスノーシューアタックは残念な状態になっています。全く雪が降らない、しかし少しだけ積もっているようですのでもう強行スタートするつもりです。何とか雪の撮影をしてきたいです。スノーシューシーズンは僕の中で「1年でもっとも気合の入るシーズン」となりますので、雪がとけるまでの間に1年分の撮影をおこなわないといけません。

昨日「書籍を同人で出す」と書きましたが、これはこれでまた問題がありそうです。詳細はココでは書けません、まいりました、どうすればいいんだろう。途方に暮れています。

「個人的存在の彼方」スキャン90%完成中、長文ブログUP後に全ページのスキャンを終える予定、フラー26を描きつつ次の書籍データの作成も開始します。作っても作っても世に出せないなんて最悪ストーリーは考えたくない。んんん、このお話は一旦止めて雪山に集中しましょう(祈)†

「地球圏霊界は強姦殺人魔を守り通す狂気の国」僕は帰幽後、地球圏を離れます(祈)†■2023年8月16日UP■
「地球圏霊界は強姦殺人魔を守り通す狂気の国」僕は帰幽後、地球圏を離れます(祈)†
この11年、霊団は「人生破壊」以外に何もやりませんでした。口だけをピーチクパーチク動かし、実際の行動は何ひとつ起こしませんでした。人の人生をブチ壊すだけブチ壊しておいて、その補填らしきものは一切なくホッポラカシ。あげくの果てに自分たちで言い出して僕にやらせた仕事を全力でやめさせようとしてくる始末。一体何がどうなってるんだよあんたたちの頭の中は。永遠に理解できない「※地球圏霊界は強姦殺人魔を守り通す狂気の国」霊関連書籍にはこのような記述は一切ありませんが、僕は自身の長きにわたる霊的体験から、絶対の自信をもってこの言葉を公言させて頂きます。地球圏霊界、おかしい、全てがおかしい。全宇宙最低ランクにもほどがある。いくら何でも最悪すぎる。僕は帰幽後、まず実現は不可能と思われますが、一応希望としては地球圏霊界と完全に縁を切るつもりでいます。少なくとも霊団とは縁を切ります。これは絶対です…続きを読む→
「急がば回れ」回り道して結果に到達するのはもちろん帰幽後、物質界生活中ではありません(祈)†■2023年8月30日UP■
「急がば回れ」回り道して結果に到達するのはもちろん帰幽後、物質界生活中ではありません(祈)†
我々(霊団)はもちろん物質界の邪悪をこのまま放置するつもりはないが、過去2000年の長きにわたり、真実を公言してきた霊覚者たちは、ことごとく殉教の死を遂げさせられてきた。(※100の光の霊団の構成メンバーは、この殉教の死を遂げた人間が多数含まれていると聞かされています)そして現代の物質界に至っては霊力に感応する人間がほぼ皆無という絶望的状態に至っている、その中にあってアキトくんという霊の道具は、我々の悲願を成就させるための貴重な霊的チャンネルという位置付けとなる。そのアキトくんという道具を我々はみすみす失う訳にはいかないのだ。キミだけの問題ではない、100の光の霊団のメンバーとして仕事をしている、過去キミと同じような仕事をして道半ばで殺された多くの同志の積年の悲願も込められているのだ。アキトくんの怒りも分からないではないが、我々はキミの肉眼では見通せない全体像を見た上で導いている。最終的には全て佳きように計らわれる事は霊的知識としてキミは理解しているはずだ…続きを読む→

死後の世界では肉体がなく、従って肉体的欲望つまり性欲はない。地上ではすばらしい快感を味わわせてくれたかも知れないが、それも所詮は肉体ゆえの原始的快楽にすぎなかった。死後ではその肉体はもうない。が残念がることはない。

それに代る楽しみ – 地上では想像も及ばなかった次元の高いよろこびが用意されている。肉体の死とともに官能その他の地上的性格の感覚を捨て去ったのであるから、死後も地上的意味での夫婦のままか否かは、もはや意味をもたなくなる。

霊界でも男女の結びつきはある。が、それは愛による結びつきである。愛という言葉は地上では肉体的表現を伴う。確かにそれも愛の一種かも知れないが、霊界でいう愛とは霊的親和性の働きの表現を意味する。

従ってもしも地上での結婚がその親和性を伴ったものであったなら – というよりは、その場合にのみ – 霊界でも夫婦のままでいられることになる。たいてい夫婦はどちらか一方が先立つ。

すると親和性で結ばれていた2人であれば、先立ったほうは地上に残された他方のその後の生活をずっと見守り、再会の日を待つ。やがて他方が地上を去って霊界へ来ると2人は再び結ばれ、こんどは2度と離ればなれになることはない。但し、繰り返すが、これは親和力という霊的な愛によって結ばれた夫婦にかぎっての話である。愛が、愛のみがすべての基準となる。

結婚式を教会で挙げようと回教の寺院で挙げようと、あるいはただの入籍だけで済まそうと、そんなことは何の関係もない。牧師や導師による祝福の言葉も、祈りの言葉も、誓いの言葉も、何の効力もない。

大聖堂での厳粛な挙式のほうがアマゾンの奥地での粗朴な儀式よりも幸福を約束してくれるかというと、そういうものでもない。2人の間の霊的親和力さえあれば、それが何よりも強く2人を結びつけ、それは死後にも続く。

もしもあなたの結婚がそのレベルのものでなければ、死後は夫婦でなくなることになる。よく知り合った2人にすぎないかも知れないし、新しい環境への順応の期間中は一緒にいるかも知れない。が時の経過とともに、いつかは別れる時が来る。そしてお互いがそれぞれに親和力の同じ相手を求めることになる。

真に結ばれるべき相手であるかどうかは簡単に知れる。霊界へ行くとそれが自然にわかるのである。なぜかと言えば、霊界にはウソも見せかけもない。邪魔もない。あなたはあなたそのものになり切るからである。すると自然に“わかる”のである。

2度3度と結婚した人も別に問題はない。親和力による真の結びつきは1度しか有り得ないし、相手は1人しかいないはずである。死後あなたは結ばれるべき人と結ばれるのである。

「巻は続くと」これはシルバーバーチの霊訓が続くという意味、そうあって欲しいですが(祈)†■2023年7月12日UP■
「巻は続くと」これはシルバーバーチの霊訓が続くという意味、そうあって欲しいですが(祈)†
僕はこの「カミンズ方式」で霊媒の仕事をするつもりでいるのです。僕の意見などどうでもいい、それより霊団が降らせるつもりで準備してきたテキストを滞りなく全て降らせる事に集中するという事です。仮にその僕の姿勢が功を奏して霊団側の仕事がスムーズに進み、予定時間より早く降らせる分のテキストを降らせ切ってしまい時間が余ったとしましょう。それでも僕は口を挟まないつもりで、その余った時間で霊団が個別に言いたい事があるかも知れませんので、それも紙にしっかり書いてもらう事に集中し、僕からは何も言わない、要求しないつもりなのです。というのも、僕の場合は何も自動書記のジャマなどしなくても日常的にインスピレーションというカタチで霊団と意思疎通、やり取りをしているからです。僕の生活に孤独というものは存在しません、来る日も来る日も霊団が霊聴にピーチクパーチクしゃべくってきてムカつかされていますので自動書記というカタチでやり取りしなくても別にいいのです…続きを読む→
霊団はもう何もやる気がないそうですが、僕はうしろに戻るつもりはない前進あるのみ(祈)†■2023年7月19日UP■
霊団はもう何もやる気がないそうですが、僕はうしろに戻るつもりはない前進あるのみ(祈)†
物質界に邪悪がはびこる、その根本原因は「霊的知識の無知」にあります。人間に死はなく、肉体の死後も霊的表現媒体(幽体、霊体等)をまとって霊界で永遠に生き続けるという霊的真理を知らず、物質界での人生のみが人間の人生だと考える事が全ての邪悪の出発点なのです。物質界で大量強姦殺人の人生を送ると帰幽後に霊界でどれほどの地獄をやらされるか、その「霊界と物質界の因果関係」もっと言うと【神の因果律】を全く理解していないから平然と犯罪をおこなう事ができるのです。神の因果律から逃れる方法はこの全宇宙に存在しません。なぜなら「宇宙は神の身体」だからです。僕たちは現時点で神の中に存在しているのですから、神の法則の効果範囲外に出るなどという事は有り得ないのです。自分のおこないが自分の帰幽後の人生にどれほど致命的欠陥、悲劇をもたらすかを知っていれば、おのずと自分のおこないに責任感が生じ、愚かな言動にブレーキがかかるはずなのです。邪悪なおこないをしている人間たちというのは「何も知らない人間」という事なのです。だから霊的知識の普及が急務なのです…続きを読む→
「死刑台確定」これ以上最悪のインスピレーションがあるでしょうか、永遠に許さぬ(祈)†■2023年8月2日UP■
「死刑台確定」これ以上最悪のインスピレーションがあるでしょうか、永遠に許さぬ(祈)†
あなたは自分の心を偽っています。霊界には「ウソ」というものが存在しません。ありのままの自分の姿が衆目に晒され、その人の霊体、オーラを見ればその人がどういう人物なのかが一目瞭然で分かるのだそうです。物質界でウソをつき通して偽善者のフリをし続ける事ができたとしても、その物質界生活時のウソを帰幽後の霊界人生で恥辱という名のもとに存分に清算させられるのです。そしてたぶん物質界に再降下させられる事になるでしょう。物質界人生を正直に生きる事と、物質界での失敗の清算で何度もやり直しをさせられるのと、どっちが効率的進歩向上の道だと思いますか。正直に生きた者が最後は必ず勝利者となります。なぜならこの全宇宙が【神の絶対的公平、公正】によって経綸されているからです。ですので僕はたとえこの使命遂行の先に死刑台が待ち受けているとしても、僕が画家時代から大好きだったシルバーバーチ霊の言葉の通り「真一文字に突き進みます」そして帰幽します。皆さまはその時「正直者がバカを見る」とお思いになる事でしょうが、それは永遠の人生の中のホンの一瞬である物質界の事しか見つめる事ができない近視眼的視点から導き出される回答です…続きを読む→

とにかく出ていくばっかりでちっとも入ってこない状況になるのは100%間違いない。霊団に人生をブチ壊された状態でその出費出費出費(供託金支払い、ISBN取得、継続使用料等々)をやったらもう立ち回れなくなる事は火を見るより明らか。

流通できない、多くの人に読んでもらえない、霊関連書籍を未来、後世に残すという目的が多少弱まってしまいますが、今の僕の状況じゃもうしょうがないのかも。同人誌のオンデマンド販売の方向で考え始めています。

これなら費用的なモノはほとんどかからない、在庫だの発送だのといった作業も発生しない、僕は書籍データ制作に集中できる。まずは同人というカタチで絶版状態の霊関連書籍の復刊ラインナップを増やす事に力点を置こうかなぁと気持ちが切り替わりつつあります。ってかそれが現実的、僕の状況を鑑みれば。

これでますます脱出の実現が遠のく事になってしまいます、霊団の手のひらの上でさらにさらに踊らされる事になってしまいますが出費の嵐に耐えられないんだからしょうがない。意味不明の事務作業をやらなくてすむようになるのは精神的にだいぶ助かりますが心境は微妙。流通できないので。

「個人的存在の彼方」スキャン続行中、フラー26本体デザイン続行中、「心霊と進化と」「私の霊界紀行」テキスト見直し続行中、「ベールの彼方の生活 全4巻」のテキストをAffinityPublisherに流し込んでデータ制作を開始しましょう。同人か…悲しい、悲しすぎるけど前進するんだ。やるしかない(祈)†

「背後霊の言う事を聞く」もちろんその通り、それは重々承知しているのですが(祈)†■2023年7月5日UP■
「背後霊の言う事を聞く」もちろんその通り、それは重々承知しているのですが(祈)†
物質界の評価に1ミリも興味はありませんので僕が物質界レベルで軽蔑嘲笑を受ける事になろうと知った事ではないのですが、ただ悲しいのは「僕が自分の人生を犠牲にしてこれほどの活動をしても、それでも皆さまの眼は開かれないのか」という事です。僕が殺されたあと、僕という人間を侮辱する、僕の人格を全く別物に書き換えるインチキ書籍が「宇宙一のバカ」大量強姦殺人魔、明仁、文仁、徳仁、悠仁の手により複数出回ったとして、それをアッサリコロッと皆さまは信じてしまうというのでしょうか。物質界に興味がないと言っている僕でさえ悲しくなる眼の閉じっぷりです。僕の事は何とでも思って頂いて構わないとして、少なくとも「宇宙一のバカ」大量強姦殺人魔、明仁、文仁、徳仁、悠仁の洗脳だけは撃ち破ってもらわないと皆さまが帰幽後に恥ずかしくて居たたまれなくなると思うのですがいかがでしょう。帰幽後の霊界人生が人間の本当の人生です。そちらに照準を合わせて日々の生活を送らないといけないんですよ…続きを読む→
「許してくれ」霊団が自分たちの導きの失敗を完全に認めた一言となります(祈)†■2023年5月24日UP■
「許してくれ」霊団が自分たちの導きの失敗を完全に認めた一言となります(祈)†
「泣きっ面にハチ」これが僕の霊的使命遂行をもっとも正確に表した言葉ではないでしょうか。なぜDreamworkをやめさせられてこんな最悪な人生をやらされなければならなかったのか、その理由について何ひとつ納得のいく回答は霊団から降ってきません。つまり説明できないからです「行き当たりバッタリ」だったからです。で、霊界側として完全に予定外だった少年(僕)に、誰もやってくれない仕事(「宇宙一のバカ」大量強姦殺人魔、明仁、文仁、徳仁、悠仁邪悪の正体の情報拡散)を押し付けてやらせてはみたものの、そもそも行き当たりバッタリで始めた仕事だったので(無計画だったので)僕の暗殺を回避するので精一杯で全然事態を進展させる事ができないまま時間だけが流れていった…続きを読む→

修正、修正、修正の嵐でようやく「インペレーターの霊訓」書籍データpdfのアップロードを完了させました。イヤーAffinityPublisherにだいぶ慣れたつもりでしたが、まだまだ扱いが不慣れです。そして書籍の到着が年末年始を挟んでしまったので何と20日以上先です。これは止まらず次の作業をガンガン始めないといけませんね。

まずはフラー26本体デザインを開始中、クロッキーと格闘中、フラーのプライオリティが下がっているのは分かっているのですが、しかしまだ描き続けます。フラー30到達という目標達成なるか。今となっては相当怪しいですが。

そして現在「心霊と進化と」「私の霊界紀行」の2冊のテキスト見直しを続行中ですが、その前に「ベールの彼方の生活 全4巻」の書籍データを制作すべきでしょう。AffinityPublisherの練習、キンドルファイヤーでの最終校正の作業にもなれるという意味で、こちらも着手します。

書籍データはガンガン作れるのです、問題は復刊そのものができないという事で本当に困り果てています。さぁどうするか。もう同人作戦に切り替えよっかな。それじゃ流通できない。霊的知識普及にならない。本当に困った。

そして霊団からのインスピレーションをそろそろテキストに落とし込むために脳内でアレコレ準備しないといけません。今のところ頭の中がカラッポです。毎週長文テキストを撃ってますが、いつも撃ち終わるのに9時間かかっているのです。どうやってもこの時間を短縮できずにいます。

山よりツラいかも知れない。山はまだ心が晴れやかでいられますから精神的にはラクなんですよ。テキスト撃ちは閉じこもって撃ち続けるので本当に苦しいです。文章執筆を生業にされている方はノートPCやポメラを使用して自分の部屋から飛び出してアッチのカフェで撃つ、コッチのカフェで撃つ、みたいな事をたぶんやってるんじゃないかと思ったりします。そういう風に空気を変えないと撃ち続けられないと思うし。

反逆(脱出)を1ミリもあきらめていませんが、もう霊団からのインスピレーションはヤメレヤメレのオンパレード。そこまでして何が何でも閉じ込めなきゃならない理由って一体何なんだよ。信じらんネィよ。何がどうなってるんだよ。

頭の中はモヤモヤでも手はテキパキ。フラー26と書籍データ作成を何が何でも続けましょう、アウトプット命(祈)†

「基礎を積み上げる者ほどその後の進歩が速い」帰幽後の話かよ使命遂行終了か?(祈)†■2023年5月10日UP■
「基礎を積み上げる者ほどその後の進歩が速い」帰幽後の話かよ使命遂行終了か?(祈)†
ん?今軽くトランスに入った時に「そんな事ない」って言ってきました。という事は物質界生活中に結果に到達できるのか。「宇宙一のバカ」大量強姦殺人魔、明仁、文仁、徳仁、悠仁を滅亡させられるのか。奴隷の女の子たちを助けてあげられるのか。イヤ、これまでの霊団の動きを見ればそんな一言は信じられない。甘いな。んんん、僕の人生目標は「帰幽後に霊界で賜る霊的褒章」であり、物質界でああなろうとかこうなろうとは夢にも思ってませんから(2度と物質界に戻るつもりはありませんので)帰幽後の明るい人生を連想させるこのインスピレーションは、僕個人としては喜ぶべき意味なのですが、霊界の仕事とはそんなにもいい加減なものなのか。そんな事でいいのか。一体いつになったら物質界の邪悪を本腰を入れて滅ぼすつもりなんだ。僕が1代目だとして、一体何代目で滅亡を完了させる計画なんだ、どんだけ悠長なんだ…続きを読む→
「行為のひとつひとつに責任を取らされます」僕の人生はやはりカルマの解消なのでは(祈)†■2023年5月3日UP■
「行為のひとつひとつに責任を取らされます」僕の人生はやはりカルマの解消なのでは(祈)†
イエスは死を超越した真一文字の使命を遂行していたのであり、磔刑(はりつけ)はその使命の中における1つの出来事に過ぎない。それが生み出す悲しみは地上の人間が理解しているような“喜び”の対照としての悲しみではなく、むしろ喜びの一要素でもある。なぜならテコの原理と同じで、その悲しみをテコ台として正しく活用すれば禍転じて福となし、神の計画を推進する事になるという事でした。悲劇をただの不幸と受止める事がいかに狭い量見であるかは、そうした悲しみの真の“価値”を理解して初めて判る事です。さてイエスは今まさに未曾有の悲劇を弟子たちにもたらさんとしておりました。もし弟子たちがその真意を理解してくれなければ、この世的なただの悲劇として終わり、弟子たちに託す使命が成就されません。そこでイエスは言いました「汝らの悲しみもやがて喜びと変わらん」と。そして遂にそうなりました…続きを読む→

人間の死にまつわる儀式とタブーには民族によって色々とあって、見様によっては実に興味ぶかい。

たとえばタイのカレン族は葬儀の最中は子供たちを家の片隅に縛りつけておく。これは子供の魂が死者の肉体の中に入るといけないという信仰から来ているのであるが、そのためには特殊な紐で特定の場所に縛る必要がある。

オーストラリア東方のロイアルティ諸島の住民は死者が生者の魂を盗むという信仰がある。そこで、病人の死期が近づくと住民は埋葬予定地へ行っていっせいに口笛を鳴らし、病人の家まで列を作って口笛を鳴らしながら戻ってくる。これは、死ぬということはその人間の魂が死の世界へ誘惑されるということだから、口笛で呼び戻すことも出来るはずだという信仰から来ている。

中国ではいよいよ棺の蓋が閉められる時はまわりにいる人々が2、3歩棺から離れる。別の部屋に逃げ込む者もいる。これは、影が棺の中に入ると、この人も遠からず死ぬという信仰があるからである。葬儀屋は自分の影が墓穴の中に入らない位置に立つ。墓掘り人と棺をかつぐ人は、影が身体から離れないように、腰のまわりに特殊な布を巻きつける。

ベーリング海峡周辺のエスキモーは、死者の出た日はすべての仕事を休む。親戚縁者は3日間休む。その間はナイフのような刃物類は一切使用してはいけない。死者の魂を傷つけるという信仰から来ている。大声を出してもいけない。霊魂がびっくりするといけないからである。

ルーマニアにも似たようなタブーがある。死者が出たあとは鋭いナイフを使ってはいけないし、刃をむき出しのまま放っておいてもいけない。中国でも同じ信仰があり、ハシも使わない。7日間は手で食べることになる。

バルト海に臨むリトアニアの住民は死後3日目と6日目と9日目と40日目に死者に食事を用意し、入口のところに立って死者を呼び戻す。そして12分に食べ存分に飲んだと思う頃に帰ってもらう。その近くのプロイセン(プロシャ)にも似たような風習がある。

南インドのバタガス族には死者の罪を水牛の仔牛にのり移らせるという奇習がある。部族の長または長老の1人が死者の頭のそばに立って、その人間の犯した(と思われる)罪の数々を並べ立てる。

次にその死者の手を仔牛に当てがうとその罪のすべてが仔牛にのり移る。仔牛はその村から遠く離れたところに死ぬまで隔離される。その牛にはむやみに近づくことを禁じられる。ある意味では“神聖”と考えられるのである。

古代エジプト人の信仰は実に混み入っていた。彼らは“蘇生”ということを信じた。が、もともとは死を司る神オシリスの蘇生だった。つまりエジプト人はオシリスが蘇生することが自分たちの死後の存続の約束となると考え、神々がオシリスにしたのと同じことを死者にしてあげれば死者も永遠の生命を授かると信じたのである。

そこでオシリスの子アヌビスやホラスなどがオシリスにした葬儀と同じことを人間にもした。その結果がミイラの作製となった。ナイルの渓谷から発掘される無数の墓から蘇生のための秘法を記したものが出ている。

当時は1人1人の死者に同じことを行っていたことが明らかとなっている。彼らはオシリスが蘇生したように自分たちも蘇生し永遠の生命を得るのだと信じたのだった。

ひるがえって、われわれ英国人の葬儀はどうだろうか。私の手もとに『国教会祈祷書』というのがある。教会の儀式の文句や聖書からの抜粋をまとめたもので、一般の書店でも手に入るが、最も読まれていない本の部類に入るのではなかろうか。

それはともかくとして、その中に「死者埋葬次第」という項目がある。まず冒頭に「牧師心得」があって、本書の祈祷は「洗礼を受けざりし者、除名されし者、並びにこれに不自然なる行為をせし者(自殺者)には使用するべからず」とある。

いまその全てを紹介するわけにはいかない。非常に混みいっていて、しかも長い。ぜひ知りたい方は直接お読みいただくことにして、ここではその全体の主旨だけを述べておこう。といっても、それは私が改めて説くまでもなかろう。

死者の霊を安らかに眠りにつかせ、主イエス・キリストの仲介によって“復活の日”に無事永遠の生命を授かり神のみもとに行けるように、ということである。儀式には数曲の似通った讃美歌が伴う。祈祷も讃美歌も古めかしい言葉で表現されているが、言わんとしていることは明白である。

それは2種類に分類できる。1つは死者へのはなむけの言葉だ。この者は本当は悪い人間ではなかった。だから“われらの1人”として真摯に待遇してやるべきだ、と。“われらの1人”とは要するに“神の恩寵を受け永遠の生命を拾いし者”のことである。もう1つは直接神へ向かっての願いごとである。

儀式は死者が“選ばれし者”の1人として復活の日に神に見落されることのないようにとの配慮が見られる。これで大丈夫、といった感じである。すべてが規定どおりに行われると、教会の名簿の氏名の頭に印がつけられる。

もしもあなたが教会の会員でなかったら、つまり洗礼を受けていなかったら、あるいは、かつては会員だったが脱会していたら、その儀式は受けられない。自殺しても受けられない。他の宗派の会員でもいけない。この永遠の生命を給わるチャンスは“選ばれし少数”の者にしか与えられないのである。

さて、こうしたことは面白いと言えば面白いが、的はずれなことばかりである。死後への恐怖心と迷信から生まれることばかりである。水牛の仔牛へ人間の罪をのり移らせることなど出来るわけがないのと同様に、教会の手で洗礼を受け埋葬されたからといって永遠の生命を授かるわけがない。

すでに今日ではその理不尽さに気がついて教会に背を向ける風潮が出てきつつある。今どき永遠の断罪をまともに信じる人はほとんどいない。そして霊的な真理を求める人が増えている。霊的成熟のしるしである。そのうち全ての迷信が理性と置きかえられ、恐怖心が愛と置きかえられ、イエス・キリストの説いた本当の意味が理解される日が来よう。

これからは死者が出た時は葬儀屋を呼んでこう言えばよい。「この者の霊はいま身体だけを残してあの世へ逝った。このからだはよくこの者に尽くしたのだから手厚く葬ってほしい。儀式は何もしなくてよい。ただ、ていねいに焼却してくれればよい」と。

そう述べてから親族及び友人知人で簡単なパーティを開き、故人の生涯の労をねぎらい、最後にみんなで別れの挨拶をする。“さようなら”ではなく「ではまたね」の挨拶だ。出来ることなら霊能者を呼んで故人の霊が霊界で歓迎される様子を見届けてもらうのもいいだろう。喪服など着てはいけない。黒は禁物だ。あなたは今すばらしい第2の人生に旅立つ人を見送っているのだから。

「ゾウです」永遠の視点では勝者だが物質界生活中は最悪をやらされるという意味です(祈)†■2023年3月22日UP■
「ゾウです」永遠の視点では勝者だが物質界生活中は最悪をやらされるという意味です(祈)†
聖書には真実でない事がたくさん書かれています。人類史上最大の汚辱と言っても過言ではない「ニケーア会議」の時に様々なウソが聖書に書き加えられ、そのウソが世界中に広まっていき、イエス様の2000年の苦悩へとつながっていったのです。キリスト者はイエス様の御名を悪用して私腹を肥やす事を2000年にわたって続けてきました。特に中世ヨーロッパの暗黒時代が最悪で、キリスト教の要職についていた人間たちは、自分たちの地位、生活を守るために真実を公言する人間を徹底的に処刑してきました。キリスト教の人間が「主よ、主よ」とイエス様の御名を連呼する時、それはイエス様に対する最大級の侮辱であり、イエス様の悲しみをさらに増幅させ、積年の誤謬(ごびゅう)を払拭するどころかさらに加速させ続ける、イエス様をさらに十字架にかけ続ける許されざる呪いの行為となります。僕、たきざわ彰人からお願いしたい事としましては、間違いだらけの聖書を読むのはやめましょう。「シルバーバーチの霊訓」を筆頭とした正真正銘の霊関連書籍に目を通すようにしましょう。そして教会に足を運ぶのもやめた方がイイでしょう…続きを読む→
「メッセージだけを見て欲しい」霊団が物質界の邪悪に目をつぶろうとしているのです(祈)†■2023年3月15日UP■
「メッセージだけを見て欲しい」霊団が物質界の邪悪に目をつぶろうとしているのです(祈)†
しかしそれは「順番が逆だろ」まず奴隷の女の子たちを助けてあげて、それから交霊会だろ、と僕は思うのです。というのも、奴隷の女の子たちを完全に見殺しにした状態で僕という霊媒を霊団が使用して霊言を降らせたとしましょう。その降ってきた内容がさながら「シルバーバーチの霊訓」を彷彿とさせるような高尚な内容だったとしましょう。その霊団が降らせてきた内容が、人類を救うとか、世界を救うとか、人間は国家も肌の色も関係なく全員が神から神性の火花を賜って個的存在を与えられた、神を共通の親とした霊的兄弟、霊的大家族であり、戦争で敵国の兵士を撃ち殺す事は自分の家族を殺す事と同義であり愚かな事であり、したがって全世界が助け合っていかなければならないとか、そういう心を撃つ美しい内容だったとしましょう…続きを読む→
「我々の言葉を信じなさい」帰幽後に全ての埋め合わせがおこなわれるという意味です(祈)†■2023年3月8日UP■
「我々の言葉を信じなさい」帰幽後に全ての埋め合わせがおこなわれるという意味です(祈)†
2000年前のイエス様が物質界に降下しておこなった仕事はもちろん「霊的知識普及」であり「神のご意志遂行」であり、それが現在も「スピリチュアリズム普及」というカタチで継続しているのです。このスピリチュアリズム普及の霊界での総指揮官はイエス様です。どうか霊関連書籍でお勉強して頂きたいです。そのイエス様が、一体何がどうなっているのか僕などというよく分からない画家に「怒涛の連続顕現」で霊的仕事を猛烈にお願いしてきたのです。僕は激しく拒絶しましたが1週間近くイエス様に何とも言えない表情で怒涛にお願いされ続けて僕は根負けしてしまい、この使命遂行をやる“ハメに”なってしまったのです。それから10年(霊性発現が2012年6月、隔離フィールド発動(事実上の使命遂行開始合図)が2014年7月ですから正確にはほぼ9年という事になるでしょうか)僕はずっとそのイエス様と約束した仕事を続けてきたのです…続きを読む→

僕が撃つコメント(文章)をインペレーター霊の霊言と並べて書籍に掲載するのがどうにも気が引けるものの(僕のテキストがペライため)書かない訳にもいきませんのでその作業をおこなっています。「インペレーターの霊訓」書籍データほぼ完成しています。

霊団がまた気になる事を言ってきてますが詳細はのちほど、時間がありませんので。復刊させずにココで作業が止まっちゃったりなんかして。霊団が言っている事を見るとそういう予測もあったりなかったり。イヤ、やる。まずはココまで。作業続行中、ほとんど終了中(祈)†

そのボツった方のカラーリングはお見せできないのですが、かなりヤヴァイ空気感が漂っていたのです。僕の目にはそれはまるで「新興宗教の小冊子の表紙」のように見えたのです。コイツァーマズイ、胡散臭ささえにじみ出ている、何としても雰囲気を変えなければ、という事で思い切った事をやってみました。

ちなみにすでに描き上げていた1枚目の仮の表紙、こちらはもう使用する事はなくなりましたのでUPしてみましょう。

インペレーターの霊訓表紙テストmini

スキャン画像のドアップですのでどうもインペレーター霊の顔がボケた感じになってしまっていますよね、これは宜しくないという事で新たに線画を描き起こしたという事なのです。見る人によって感じ方はそれぞれだと思いますが、一応「インペレーター霊の重厚感」をイメージして描きました。

完成させた方の表紙は実際に復刊書籍に使用しますのでココでUPせず、書籍復刊の際に皆さまにお見せするカタチを取ります。つまり何が何でも復刊させるという意思表示となります。復刊できなかったりして。その時は画像のみWordPressにUPする事になるかも知れません考えたくないですが。

あと書籍本文中に少し変更点がありますのでそちらの作業をおこなったのち、テスト刷りをおこないつつ電子書籍用データの作成にも入りつつ、いよいよスーパーメンドクサイ「オーファンワークス」の事務作業に入るつもりです。ヤダ、本気でやりたくないけどもうしょうがない。

本気で外注したい。僕はデザインの作業、書籍制作の作業に集中したい。テキスト撃たなきゃいけない、フラーも描かなきゃいけない。本来の自分ではない作業に翻弄されたくない。フゥゥ、とにかく目の前の作業をガンガンこなしていきましょう(祈)†
「エゴイスト」そういうセリフは明仁、文仁、徳仁、悠仁を倒してから言ってくれよ(祈)†■2023年1月11日UP■
「エゴイスト」そういうセリフは明仁、文仁、徳仁、悠仁を倒してから言ってくれよ(祈)†
「宇宙一のバカ」大量強姦殺人魔、明仁、文仁、徳仁、悠仁は全く滅亡させようとせず放置している。奴隷の女の子はひとりたりとも救出しようとせず完全に見殺しにしている。僕の人生を完全に破壊したが、使命遂行は全く前進させない。最低最悪のところに何が何でも閉じ込め続けようとしてくる。誰だって怒るに決まってるだろ。反逆するに決まってるだろ。人の心を一体何だと思ってるんだよ。人の人生を一体何だと思ってるんだよ。一体あんたたちの頭の中は何がどうなってるんだよ。これだけヒドイ状態にさせられても僕がエゴイストだと非難されなければならないのか。それはよかったですね…続きを読む→
「ポリーチェ POLICE に命令」ポリーチェは強姦殺人魔の命令に忠実に従う子分です(祈)†■2023年2月1日UP■
「ポリーチェ POLICE に命令」ポリーチェは強姦殺人魔の命令に忠実に従う子分です(祈)†
皆さまの心は真実を知っているのです。それを「洗脳」で分からなくさせられているのです。ゴマかされているのです、曇らされているのです。そのモヤを振り払えばたちまち真実が見えてきます。ベールはたった1枚です「洗脳」という名のベールです。それさえめくればすぐ目の前に真実が顔を出します。「ポリーチェ POLICE に命令」という「宇宙一のバカ」大量強姦殺人魔、明仁、文仁、徳仁、悠仁の思念のインスピレーションを霊団が降らせてきましたが、これがいかにふざけた意味であるか、どうか想像力を働かせて頂きたいと思います。大量強姦殺人魔、人類最大の犯罪者がポリーチェ POLICE に命令する、ポリーチェがその大犯罪者の命令に忠実に従い、スナイパーチームとなって僕のように真実を公言する人間を暗殺する。【神】が経綸するこの全宇宙に、これ以上のふざけた事があるでしょうかイヤない…続きを読む→

寿命が尽き、いよいよ死期が近づくと、一種の緊張の強みを感じる。永遠なる生命の書の第1巻を閉じつつあることが分ってくる。

心霊治療家となって以来、私は大勢の人が死を迎えるのを手伝ってきた。安らかに死を迎えさせてあげるのも心霊治療家の重要な任務の1つと心得ているからである。

その一生は苦労と不愉快なことの連続だったのかも知れない。が、死期が近づくと誰しも安らかさと落着きを覚え、完全な無痛状態と快く運命に身をゆだねる心境になるもののようだ。

無論そうとはいえない死に方もある。戦場で死ぬ兵士がいる。自動車事故や飛行機事故で死ぬ人がいる。殺されて死ぬ人もいる。死刑によって死ぬ者もいる。また同じく死ぬ人でも、霊的に目覚めて死ぬ人と、目覚めないまま死ぬ人とがいる。

死にたくないと必死に抵抗しながら死んでいく人もいる。こういう人は死の自覚の芽生えが遅い。死んでから尚も自覚が芽生えずに、霊界の指導者による看護と再教育を要する人がいる。が数から言えばそういう人はそう多くはない。

大体において死を迎える直前には静寂が訪れる。やっと終った、地上での勉強が終った、これで試練と苦痛から解放される、という認識が、安らぎと受容の心境を生む。何となく身が軽くなってくる。

肉体感覚が薄らぎ、自分のものでないように思えてくる。やがてふわっと上昇しはじめる。アドバルーンのように浮いてくる感じがする。見下ろすと、1人の人間がベッドに横になっている。自分だ。自分のからだだ。

そのからだと本当の自分とが銀色をした細い紐のようなものでつながっている。その紐が光線を発しながら息づいているのが見える。これがいわゆる“生命の糸”(玉の緒)だ。自分が上昇するにつれてその紐が細く長く伸びている。次第に輝きが薄らぎ、やがて消える。と同時に紐も無くなっている。その時あなたは“死んだ”のである。

地上と縁の切れたあなたは、なおもしばらく生命の灯の消えた異様な姿の“なきがら”を見下ろしながら、その辺りを漂っている。すっかり寛ぎ、気分が爽快だ。からだが軽い。ちょうどぐっすりと寝て起きた時のあの気分だ。何やらいい夢を見ていたらしい。その1つ1つは思い出せないが、とにかく気分がいい。あなたは、しばし、その陶酔に身をまかせる。

やがてその気分のまま銀白色のモヤの中を上昇しはじめる。その動きはゆっくりとしていて、しかも快適である。上へ昇るというよりは、外へ出て行くと言ったほうが当っているかも知れない。

そのうち指導霊が姿を見せる。ニッコリと笑顔で迎えてくれる。その指導霊といっしょになおも上昇していく。いっしょに上昇しながら指導霊との再会のよろこびをしみじみと味わう。地上の苦労の数々も今では楽しい思い出だ。

やがてモヤが晴れる。気がつくと、そこには先立った肉親縁者や友人、知人がいる。みんなニコニコして労をねぎらうように温かく迎えてくれる。そこが霊界である。あなたはようやく故郷へ帰ってきたのだ。

みんなはつらつとして幸せそうだ。そしてそれぞれが最盛期の容姿をしている。1人1人みな違う。40代の働き盛りの姿をした者もいれば、20代の魅力あふれる女性もいる。死後彼らは老齢と病を象徴するあのみすぼらしい痛々しい特徴をかなぐり捨て、それぞれが最高の容姿に変わっていく。

老人は腰が真っすぐになり、顔のシワも消え、働き盛りの元気はつらつとした男性となる。そしてその相をその後もずっと維持する。変化するのは霊的成長とともにオーラの輝きが増すことである。

子供は霊界でも徐々に成長する。徐々にと言っても、その度合いは地上の時間的観念と同一ではない。だから、その子の幼少時代しか知らない肉身や友人は現在の成長した姿ではもう認識できないまでになっている。そこで一時的にかつての他界した当時の容姿をまとい、新参者がすっかり落着いてから、本来の容姿に戻していく。

こうして愛と輝きの雰囲気の中で、あなたは旧知を温め、友情を確かめ、再会のよろこびを心ゆくまで味わう。時の経過と共に、代ってこんどはあなたが新参者を迎え、新たな環境への適応を手助けしてあげることになる。

さらに時が経つ。どのくらいかは分らない。地球の長い歴史の観念をもってすれば、われわれにとって長いと思われる時間も、永遠の時を大海に譬えればその1滴にも相当しないであろう。

が、ともかく幾ばくかの時が経ち、あなたはすっかり新しい環境に馴染み、そろそろ地上生活のおさらいをしてもいい時期が来る。そこで指導霊といっしょに1つ1つ点検し反省する。

その結果さらに1段高い次元の世界へ進む資格があると判断するかも知れないし、まだまだ経験が足らないと判断するかも知れない。他人への思いやり、謙虚さ、奉仕の精神等が不足しているかも知れない。そうなると再び地上へ戻ったほうがよいという結論になるであろう。そしてその機の熟するのを待ちながら準備にかかる。

こんどの人生ではあなたは身障者としての生涯を選ぶかも知れない。れん性麻痺患者として生きることになるかも知れない。聾唖者となるかも知れない。あるいは億万長者となるかも知れないし、天才に生まれ変わるかも知れない。みんなそうやって自分で選んで生まれてくるのだ。

私の父は87歳で他界した。その日私は、ダブルベッドでようやく起き上がっている父のわきに腰かけ、妻のジーンが片手を握っていた。白髪の老紳士である。2週間前から病気が出て、私は直接と間接(遠隔)両方の治療を施した。がやはり寿命だった。死ぬ間際には痛みも消え、安らかに寝入ったまま静かに他界した。

父は自分でも死期が近づいていることを自覚していた。そして私と長々と最後の話をした。父はいい生涯だったと言い、何も思い残すことはないと言った。ただ、自分の葬儀について、人様に迷惑を掛けたくないから余計な儀式は一切やめにして密葬にし、死体は火葬にしてほしいと言った。自分の死を悲しんでほしくないとも言った。最後まで陽気で寛いだ雰囲気だった。

父はあまり口やかましい人間ではなかった。教育も普通教育だけだった。子供の頃から正統派のキリスト教で育てられ、その他のことは本で読むこともあまりしなかった。人生哲学などについては1冊も読んだことがないのではないかと思う。

しかし静かに物思いに耽るタイプで、時おりパイプを口にし、一言居士的なところもあったようだ。スピリチュアリズムには関心がなかった。1、2度誘ってみたが、どの宗教でも似たようなことを言ってるよ、といって取り合ってくれなかった。

その“宗教”に関しても、父は本を読んだわけでもなく、誰かと議論したわけでもなく、挑発されたわけでもなく、思い知らされるような体験をしたわけでもないのに、すでに40年以上も前からすべての伝統的教義をかなぐり捨てていた。

固苦しい掟やタブー、儀式、迷信の類いから完全に解脱していた。そして1日わずか2、3シリングで事足りる実に質素な生活に甘んじていた。心は優しくて思いやりがあり、他人の弱点に対して寛大だった。まさに「汝の人にせられんと思うところを人に施せ」というキリストの黄金律が父の唯一の人生哲学だったようだ。

父はどうやってそこまで辿り着いたのだろうか。心霊能力は何1つなかった。物が見えたとか声が聞こえたとかの体験もなかった。私の知るかぎりでは霊媒や心霊治療家のところへ行ったこともない。交友関係にも霊能者はいなかった。

多分どこかでうまく背後霊と連絡が取れていたに違いない。自分では自覚していなくても、外部から見る者には、父が人間的に成熟した人間であることは明白に読み取れた。

同じく霊的真実に目覚めるのにも、私のように心霊治療を施したり、私から治療を受けたり、交霊会で霊と会話を交わしたり、霊の姿を見たり手で物質化霊に触わったり、写真に撮ったりといった、いわゆる心霊的体験を通して目覚める人と、そうした体験を何1つせずに自然に目覚めている人とがいる。

前者にとってそれは当然の帰結といってよいが、後者にとっては余ほどの魂の純粋さを必要とすることではないかと思われるのである。

死の2時間前から父は軽い昏睡状態に陥った。その瞬間から生命力が次第に抜け始めた。と同時に、霊魂が身体から脱け出て、生命の系でつながったまま漂っていた。糸は霊が遠ざかるにつれて細くなっていった。が、まだ息づいている。

父がわれわれを見下ろしているのがわかる。妻は父の片手を握りしめ、私はそばで静かに腰かけている。安らかな死を迎えさせてあげるために、力と平静さとを与えたのである。

その間にも父の身体は急速に変化を見せていた。頰は落ち込み、目は無限の彼方を凝視しているかのようだった。そこにはもはや父の面影はなかった。やがて生命の糸の息づきが止まり分解しはじめた。父の霊魂は急速に上昇しはじめた。そして多分、大勢の縁者と再会することだろう。父はついに死んだ。

翌日、私は例の『死とは何か – 悩める人へのガイドブック』をもう1度始めから読み直してみた。20ページ余りの薄い本なので読み通すのに時間はかからなかった。読み終えた時、妻のジーンが「どこか書き直さなくてはいけない箇所がありますか」と尋ねた。

どこにも書き直すべきところはなかった。実は本書の第10章からはその小冊子を敷衍しながら書いている。言わんとしていることはまったく同じである。若い頃の私は父を“悩める人”と見ていた。確かにそういう時期もあったに違いない。

が大事な時期に多分父の背後霊が、“知識”によってではなく、霊的に悟らせる形でうまく指導したのだろう。その後私は交霊会で父と何度か話を交わし、今でも助言を求める時がある。新たな環境への適応の一時期を経て、今では背後から私を援助してくれている。

その雰囲気は地上時代と同じく優しさと純粋さにあふれている。私も父に見習わなくてはと思っている。私が地上を去って霊界で父と再会した時、父が誇りをもって私を迎えることが出来るように。

「感謝の念は消えません」だからそれは帰幽後の話だろ、物質界の邪悪を滅ぼせよ(祈)†■2022年11月2日UP■
「感謝の念は消えません」だからそれは帰幽後の話だろ、物質界の邪悪を滅ぼせよ(祈)†
僕は「物質界は地球圏霊界の刑務所」と公言していますが、霊団の動きを見るほどに僕のこの言葉は本当に正解なんじゃないか?という気がしてなりません。つまり刑務所が住み心地良くなってしまったら刑務所としての機能が果たせなくなってしまうので邪悪を(今のところは)滅ぼすつもりがない。未熟霊の矯正に刑務所を活用し続けなければならないからだが、矯正する未熟者がすっかりいなくなった、つまり地球圏霊界全体がある程度のレベルまで向上を果たし、下層界にうごめく低級霊たちもほとんど向上を果たし姿を消し、下層界が空っぽになるくらいのところまで到達した暁には、刑務所である物質界の利用目的が消滅する事になるので、そうなって初めて物質界の邪悪を消滅させるとか、そういうアフォみたいに気の長い事を考えているのではないか、などと思ったりもするのです…続きを読む→
「強制的に合体」これは支配霊バーバネル氏が強制的に僕という霊媒を使用するつもりという意味です(祈)†■2022年11月9日UP■
「強制的に合体」これは支配霊バーバネル氏が強制的に僕という霊媒を使用するつもりという意味です(祈)†
皆さまは「死ぬのが怖い」ですか。それは間違いです。僕たち人間に「死」はありません。僕たち人間は【神】から神性の火花つまり個的存在を賜って永遠に個性を失わない存在となりました。それ以前は類魂に埋没する存在だったのですが、人間となった僕たちは物質界を離れて以降も霊界にて霊的表現媒体をまとって永遠の進歩向上の生活を続けるのです。霊界で生活している方々は、よほどどうしようもない理由でもない限り物質圏付近に降下しようとは思いません。霊界とは(もちろん上層界と下層界とでは天と地の差がありますが)よほどの極悪人、未熟霊でない限りは大抵の場合幸福な境涯に赴き、物質界生活時には想像もしなかった喜びにあふれた生活を味わって激しく心を撃たれます…続きを読む→
「霊界にはたどり着く」当たり前だろ、霊団がもう使命遂行やる気ゼロという意味です(祈)†■2022年12月14日UP■
「霊界にはたどり着く」当たり前だろ、霊団がもう使命遂行やる気ゼロという意味です(祈)†
僕は間違いなく「宇宙一のバカ」大量強姦殺人魔、明仁、文仁、徳仁、悠仁に殺される→霊団はその危機を回避させようとして明仁、文仁、徳仁、悠仁および奴隷の女の子の情報を僕に降らせないようになっている(イヤ少しは降らせてきていますが)→僕の使命遂行の力点を明仁、文仁、徳仁、悠仁の滅亡および奴隷の女の子の救出から交霊会開催へと転換させようとしている→しかしサークルメンバー問題が解決しないので僕の霊媒発動はない→邪悪は滅ぼそうとしない、奴隷の女の子は助けようとしない、交霊会はできない、全く目標に到達せずただ苦難ばかりを延々とやらされる状況に突入しているために、僕の霊団への怒りが制御不能に達する→交霊会ができない不足分を「絶版書籍の復刊」の作業で補いつつ、霊団に破壊された生活を何とか少しでも改善させようと僕は「反逆」を開始するが、一向に反逆は完成しない…続きを読む→

んーこれは宜しくないかなぁ、モチョト塗り進めてみてどうしても軽薄さが拭い切れないようであれば思い切って方向転換しましょう。先日入手したアドオン「distress(ディストレス)」を使用してもう少し重厚感が感じられるような表紙にします。現時点の雰囲気を脱し切れなければNGケテイ。

霊団から意味不明の幽体離脱時映像が降ってます、あんなもの一切説明できません、何のつもりでああいう事をしてくるというのか。ただただ首をかしげるばかりですが表紙カラーリングのNG回避をもう少しやってみます。続行中続行中続行中(祈)†