とにかく撃つしかありませんので何とか撃ってますが相当に苦戦中。今回は幽体離脱時映像に関する説明がふたつあります。もっともその映像の意味を完全に解釈できていませんので概略のみの説明となっていますが。
霊団のやる気のなさの本当の意味を匂わせる事も言われていまして、一応それについても書くつもりでいますが、本当にムカつく内容なのでイヤイヤ撃つという感じです。できるだけ早く撃ち切って次の作業に移行しましょう。間もなくプロセス実行。間もなくプロセス実行(祈)†
皇族などと自称する明仁、文仁、徳仁、悠仁は「処刑遊び」と称して奴隷の女の子を四肢切断、強姦殺人しまくっています。死刑にしましょう(祈)†
とにかく撃つしかありませんので何とか撃ってますが相当に苦戦中。今回は幽体離脱時映像に関する説明がふたつあります。もっともその映像の意味を完全に解釈できていませんので概略のみの説明となっていますが。
霊団のやる気のなさの本当の意味を匂わせる事も言われていまして、一応それについても書くつもりでいますが、本当にムカつく内容なのでイヤイヤ撃つという感じです。できるだけ早く撃ち切って次の作業に移行しましょう。間もなくプロセス実行。間もなくプロセス実行(祈)†
まずは昨日の海沿い低山の撮影画像をUPですが、この山域はパラグライダーのテイクオフポイントになっているそうで遮へい物がなく、山頂東斜面ががらんどうになっていて海までスコーンと抜けています。もし雲がなければ海側から太陽さんが上がってきて、空のグラデーションが海に移り込んで空と海のダブルグラデ―ションになるはず、そう思ってこの山域に赴いたのですが残念ながら今回はそうはなりませんでした。
で、霊団がやる気ゼロの態度を維持しつつインスピレーションを申し訳程度に降らせてきましたが、とにかくムカつくの一言に尽きるといった内容で誰もこんなもの喜んで撃つ気にもなりませんが、まぁ説明しない訳にもいかないでしょう。本当に頭にきています。
んんん、何とか撃ってみましょう。僕が言いたい一言はコレに尽きます「僕の人生を返せ」(祈)†
道路に相当の不安を抱えていましたが奇跡的に全く迷う事なく新規の山域に行って帰ってくる事ができました。しかも渋滞に紛れる事もなくスムーズに帰ってこれて相当に意外でした。
僕はできるだけ標高を上げたい人間ですので今までそういうところに行こうなどとは夢にも思わなかったのですが、今回は人生初で「海沿いの低山」に行ってみました。しかし残念ながら雲が多くグラデーションという訳にはいきませんでした。
ただし撮影ポイントが素晴らしいという事だけは確認できました。とはいえ山としては全然おもしろくなくて山域全体がアスファルトで固められていてどこまでもアスファルトの上を進む状態。そして山全体がバーナーで野焼きされていて死の山といった様相。正直言って気分が悪かったです。
撮影ポイントだけは素晴らしいのでもう1回行くかも知れませんが、何回も行こうとは思わない山でした。撮影画像は明日UPさせて頂くとして、それより霊団のインスピレーションが問題で、ほんのちょっとだけ降らせてきていますが依然ブログネタは超枯渇状態で、いよいよ霊団のやる気のなさが殺人的レベルになっています。
やる気がないんだったら僕をムダに物質界に残すな、帰幽させろ。残す以上は仕事を前進させろ。あんたたちのちぐはぐな導きの方向性にはもうウンザリだ。明日はそういう霊団への悪口雑言を書く事になるかも知れません。インスピレーションがこのまま降らないならもうそうするしかなさそうです。
全く何の結果にも到達しないこの使命遂行、もう心の底からイヤです。僕の霊団への反逆は十分正当性があるのではと思ってしまうほどです。っとと、続きは明日書きましょう。今日は山にいる時間も短かったので(コースに全然広がりがないのですぐゴールしてしまうのです)身体へのダメージは少なめです。が、しっかり休んで明日のテキスト撃ちに備えましょう(祈)†
まず「シルバーバーチの霊訓9巻」再スキャン90%完成中、「霊は実在する、しかし」テキスト見直し85%完成中ですが、明日は人生初の山域に赴きますので準備もあります、今日の作業は残念ながらココまで。山ではなくとにかく道が心配です。まぁストリートビューでトコトン調べてありますので大丈夫だとは思いますが。
明日は天候は最高ですので新規の山域でグラデーション撮影をするつもりです。うまく撮れるとイイのですがコレばっかりは行ってみない事には判断できません。詳細は帰還後に。
で、帰還後の長文ブログがピンチどころの騒ぎではなく、インスピレーションが今現在でもほぼゼロです。ここまで霊団が降らせてこないのも珍しい、ってかやる気ゼロすぎるだろ。
ブログネタがこのままないならそれはそれで撃つつもりですが、僕は自分にできる限りの事を全力でやっている、がんばっているつもりなのですが、霊団のこの態度は一体何だというのか。どうにも釈然としないのですが。
まぁまずは山に集中しないといけないのですが、何なんだろうなぁ。このままインスピレーションが降らないと想定してブログネタを考えておいた方がよさそうです(祈)†
1913年12月30日 火曜日
前回の続きである。女性の一団は私の前に立っていた。そこで私がこの度の訪問の目的を述べようとしたが、私自身にはそれが判らない。そこで領主の方へ目をやると、こう説明して下さった。
「この女性たちは揃ってこの界へ連れて来られた一団です。これまでの3つの界を一団となって向上して来た者たちです。1人として他の者を置き去りにする者がおりませんでした。進歩の速すぎる者がいると、遅れがちな者の手を取ってやるなどして歩調を合わせ、やっとこの界で全員が揃ったところです。
そして今この界での修養も終えて、更に向上して行く資格もできた頃と思われるのですが、その点についてザブディエル様のご判断をお聞かせいただきたい。彼女たちはその判断のために知恵をお借りしたいのです。と申しますのも、十分な資格なしに上の界へ行くと却って進歩を阻害されることが、彼女たちもこれまでの体験で判ってきたのです。」
この詳しい説明を聞いて私自身も試されていることを知った。私の界の領主がそれを故意に明かさずにおいたのは、こうして何の備えもなしに問題に直面させて、私の機転を試そうという意図があったのである。これはむしろ有難いことであった。
なぜならば、直面する問題が大きいほど喜びもまた大きいというのがこちらの世界の常であり、領主も、私にその気になれば成就する力があることを見抜いた上での配慮であることを知っておられるからである。
そこで私は速やかに思考をめぐらし、すぐさま次のような案を考えついた。女性の数は15人である。そこでこれを3で割って5人ずつのグループに分け、すぐさま都市へ出て行って各グループ1人ずつ童子を連れて来ること。
その際にその子がぜひ知っておくべき教訓を授け、それがきちんと述べられるようにしておく、というものであった。さて、話は進んで、各グループが1人ずつ計3人の童子を連れて帰って来た。男児2人と女児1人であった。
全員がほぼ時を同じくして入ってきたが、全く同時ではなかった。そのことから、彼女たちが途中で遭遇することがなかったことを察した。と言うのは、彼女たちの親和力の強さは、いったん遭遇したら2度と離れることが出来ないほどのものだったからである。
私は3人の子供を前に立たせ、まずその中の男の子にこう尋ねた。「さあ坊や、あの方たちからボクがどんなことを教わったか、この私にも教えてくれないだろうか。」この問いにその子はなかなかしっかりとこう答えた。
「お許しを得て申し上げます。ボクは地球というところについて何も知らずにこちらへ来ました。お母さんがボクに身体を地上に与える前にボクの魂を天国へ手離したからです。それでこのお姉さま方が、ここへ来る途中でボクに、地球がこちらの世界の揺りかごであることを知らねばならないと教えて下さいました。
地球には可哀そうな育てられ方をしている男の子が大勢います。そしてその子たちは地球を去るまではボクたちのような幸せを知りません。でも、地球もこの世界と同じように神様の王国なので、あまり可哀そうな目に遭っている子や、可哀そうな目に遭わせている親のために祈ってあげないといけません。」
この子は最後の言葉を女性たちから聞かされてからずっと当惑していたのか、そのあとこう付け加えた。「でも、ボクたちはいつもお祈りをしています。それがボクたちの学校の教課の1つなのです。」
「そうだね、それはなかなかよい教課だね」 – 私はそう言い、さらに、それは学校の先生以外の人から教えられても同じように立派な教えであることを述べて、今の返答がなかなかよく出来ていたと褒めてあげた。
それからもう1人の男の子を呼び寄せた。その子は私の足もとへ来て、その足を柔かい可愛らしい手で触わってから、愛敬のある目で私の顔を見つめ「お許しを頂き、優しいお顔の天使さまに申し上げます」と述べ始めた。
が私は、もう感動を抑え切れなくなった。私は屈み込んでその子を抱いて膝に置き頬に口づけをした。私の目から愛の喜びの涙があふれた。その様子その子は素直な驚きと喜びの混ざり合った表情で見つめていた。
私が話を続けなさいと言うと、下におろしてくれないと話しにくいと言う。これにはこんどは私の方が驚いて慌てて下ろしてあげた。するとその子は再び私の衣服の下から覗いている足に手を置き、ひどく勿体ぶった調子で、さきの言葉をきちんとつないで、こう述べた。
「天使のおみ足は見た目に美しく、触れた手にも美しく感じられます。見た目に美しいのは天使が頭と心だけでなく、父なる神への仕え方においても立派だからであり、触れた手に美しいのは、優しくそっと扱われるからです。
過ちを犯した人間が心に重荷を感じている時にはそっとお諌(いさ)めになり、悲しみの中にいる人をそっと抱いてこの安らぎと喜びの土地へお連れになります。ボクたちもいつかは天使となり、子供でなくなります。
大きく、強く、そして明るくなり、たくさんの叡智を身につけます。その時にそうした事を思い出さないといけません。なぜなら、その時は霊格の高いお方が、勉強と指導を兼ねてボクたちを地上へ派遣されるからです。
ボクたちのように早くこちらへ来た者には必要のないことでも、地上にはそれを必要としている人が大勢いるのです。お姉さま方からそのように教わりました。教わった通りであると思います。」
童子の愛らしさには私はいつもほろりとさせられる。正直を申して、その時もしばし頭を下げ、顔を手でおおい、胸の高まりと苦しいほどの恍惚状態に身を任せていたのである。それから3人の子供を呼び寄せた。3人とも顔では喜びつつも足は遠慮がちに近づいて来た。
そして2人の男の子を両脇に、女の子を膝の前に跪かせた。3人に思いのたけの情愛をこめて祝福の言葉を述べ、可愛らしくカールした頭髪に口づけした。それから2人の男の子を両脇に立たせ、女の子を膝に乗せて、お話を聞かせてほしいと言った。
「で・は・お・ゆ・る・し・を・い・た・だ・い・て」と言い始めたのであるが、一語一語を切り離して話しますので、私は思わず吹き出してしまった。と言うのも、さきの男の子の時のように、私が感激のあまり涙を流して話が中断するようなことにならないように、“優しいお顔の天使さま”といった言い方を避けようとする心遣いがありありと窺えたからである。
「お嬢ちゃん、あなたはお年よりも身体(からだ)の大きさよりも、ずっとしっかりしてますね。きっと立派な女性に成長して、その時に置かれる世界で立派な仕事をされますよ。」
私がそう言うと、けげんな顔で私を見つめ、それから、まわりで興味ぶかくその対話を見つめている人たちを見回した。私が話を続けるように優しく促すと、さきの男の子と同じようにきちんと話を継いてこう話した。
「女の子はその懐(ふところ)で神の子羊を育てる母親となる大切なものです。でも身体が大きくそして美しくなるにつれて愛情と知恵もいっしょに成長しないと本当の親にはなれません。
ですから、あたしたち女の子は、宿されている母性を大切にしなくてはなりません。それは神様があたしたちがお母さんのお腹の中で天使に起こされずに眠っている間に宿して下さり、そしてこの天国へ連れてきて下さいました。あたしたちの母性が神聖なものであることには沢山の理由があります。
その中でも1ばん大切なのは次のことです。あたしたちの救い主イエス・キリスト(と言って、くぼみのある可愛らしい両手を組み合わせて恭(うやうや)しく頭を下げ、ずっとその恰好で話を続けた)も女性からお生まれになり、お生みになったその母親を愛され、その母親もイエス様を愛されたことです。
あたしたちは今お母さんがいなくても、お母さんと同じように優しくして下さる人がいます。でも、あたしたちと同じようにお母さんがいなくて、しかも優しくしてくれる人がいない人のことを、大きくなってから教わるそうです。
その時に、自分が生んだ子供でない子供で、今のあたしのように、お母さんの代りをしてくれる人を必要としている子供たちのお母さん代りをする気があるかどうかを聞かれます。その時あたしははっきりとこう答えるつもりです。
“どうかこのあたしをこの明るい世界からもっと暗い世界へ行かせて下さい。もしあたしにその世界の可哀そうな子供たちを救い育てる力があれば、あたしはその子供たちとともに苦しみたいのです。なぜならば、その子供たちも主イエス様の子羊だからです。その子供たちのためにも、そして主イエス様のためにも、あたしはその子供たちを愛してあげたいと思います”と。」
私はこの3人の答えに大いに感動させられた。全部を聞き終るずっと前から、これらの女性たちは上級界へ向上して行く資格が十分あるとの認識に到達していた。そこでこう述べた。
「皆さん。あなた方は私の申しつけたことを立派に果たされました。3人の子供もよくやりました。とくに私が感じたことは、あなた方はもうこの界で学ぶべきものは十分に学び、次の界でも立派になって行けるであろうということです。
同時にあなた方は、やはりこののちも、これまで同様いっしょに行動されるのがよいと判断しました。3人の子供を別々に教えても答えは同じ内容 – 地上の子供たちのことと、その子供たちの義務のことでした。
これほど目的の一致するあなた方は、1人1人で生きるよりも協力し合った方がよいと思います。」そこで全員に祝福を与え、間もなく吾々4人が帰る時にいっしょに付いて来るように言った。
実はその時に言うのを控え、いっしょに帰る途中で注意したことが幾つかあった。その方が気楽に話せると考えたからである。その1つは、彼女たち15人があまりに意気投合しすぎるために、3人の子供への教え方の中に義務と奉仕の面ばかりに偏りが見られることである。
3人の子供ならびに死産児としてこちらへ来る子供の全てが、いずれは地上の子供たちの看護と守護の仕事に携わることになるが、その子供たちは本来なら地上で為さねばならない他のもろもろのことを失っていることを知らねばならない。
さらにもう1つは、実際に地上へ赴くのは彼らの中のごく僅かな数にすぎないということである。その理由は性質的にデリケートすぎるということで、そういう子供には実際に地上に来るよりも、ほかにもっと相応(ふさわ)しい仕事があるのである。
が、今はこれ以上は述べないことにする。神の愛と祝福が貴殿と貴殿の子羊とその母親の上にあらんことを。神の王国にいる守護者は優しき目をもって地上の愛する者を見つめ、こちらへ来た時に少しでも役に立つものを身につけさせんと心を砕いている。このことよく心に留め、それを喜びとするがよい。
今週はムリですが来週には全12巻の再スキャンが完了します。止まらずOCR変換に突入し、一気にテキストを揃えます。そこから「OCR変換テキストの見直し」というもっとも苦しい作業が始まりますが、テキストが揃っていなければAffinityPublisherに流し込む事もできませんのでやるしかありません。
さぁ次回長文ブログに暗雲が立ち込めてきました。毎週同じ事を書いてるような気もしなくもないですが、今週は特にピンチです。今のところブログネタとなるインスピレーションが全くゼロです。ちょっと意味の説明が難しい幽体離脱時映像は降ってますが、これはどう書いていいのか分かりません。
ただひとつ分かる事は、霊団は何が何でも僕を閉じ込めようとしているという事、それだけは間違いなく肌で感じます。そして僕はそれに対して全力で反逆している、閉じ込められる事だけは死んでも認めない、何が何でも脱出してみせる、という事で猛烈に作業しているのです。作業を止めるつもりは全くありません。
霊団が何も言ってこなかった時に備えて僕の物的脳髄レベルでのブログネタを考えておく必要がありそうです。まぁ今やっている反逆の作業に関して撃つ事になると思います。他に撃ちたいものがあると言えばあるのですがよろしくない内容ですので止めているものなのです。
あと、新規の山岳地図を入手したものの道路がメチャ難しくてスタート地点の駐車場に到達できない問題ですが、Googleマップ、ストリートビューを駆使して何とか解決させました。今回は全く未知の人生初の山域に赴き、そこで撮影してこようと思っています。かなり趣の違うモノが撮れると思っていますがどうでしょう。
霊団に何と言われようと反逆続行中。閉じ込められるのは死んでも認めない(祈)†
とにかくやるしかない、他に道がない、何が何でも70冊超の霊関連書籍の全テキストを揃える事をやります。それをAffinityPublisherに流し込んで書籍データ化し復刊させます。その作業の先に脱出がある事を信じます。それ以外にもう生きる目的がない。
あとは9、10、11、12巻の再スキャンで終わりです。そこから一気にOCR変換に突入して見直しに入ります。地獄の中の地獄の作業ですがもうやるしかない。全12巻以外にもシルバーバーチ霊の書籍は多数存在します、本当はそれらも復刊させたいのですが、そちらの書籍群は出版社が廃業していないので(まだ存続している出版社の書籍という事)まず復刊は認められないでしょうが一応コンタクトだけはしてみるつもりです。
さぁいよいよ復刊に向けた具体的事務作業に(やりたくありませんでしたがどうやっても著作隣接権者の連絡先がつかめませんでしたので)着手せざるを得ない状況です。それと並行してペーパーバック、電子書籍データも完成させてAmazonに先行でUPしておかなければなりません。
まずは再スキャンを終わらせる事に集中中。霊団が完全にやる気ゼロ、その態度が信じられない(祈)†
1913年12月29日 月曜日
例の高地での体験についてはこれ以上は述べない。地上近くで生活する人間や景色について“地上の言語”で述べるのは容易であるが、上層界へ行くほど何かと困難が生じてくる。私の界は天界においても比較的高い位置にある。そして今のべたことはこの界のさらに高地での話題である。
それ故、前に述べたように、この界の景観も栄華もきわめて簡略に、従って不十分な形でしか述べることが出来ない。そこでこれから差し当たり今の貴殿にとって重要であり参考となる話題を取りあげようと思う。
これは私が10界の領主の特命を受けて第5界へ旅立つことになった時の話である。その説明をしよう。私はその界の首都を訪ね、領主に面会し、そこで私の訪問の用件を聞かされることになっていた。領主にはすでに私の界の領主からの連絡が届いていたのである。また、私1人で行くのではなく、他に3人のお伴を付けてくださった。
5界へ到着してその首都を見つけるのは至って簡単であった。曽てその界の住民であった頃によく見聞きしていたからである。それにしても、その後の久しい時の経過と、その間に数々の体験を経た今の私の目に、その首都は何と変わって映じたことであろう。
考えてもみよ。5界をあとにして6界へ進み、さらに向上を続けてついにこの10界に至って以来、こうして再び5界へ戻るのはその時が初めてだったのである。その途中の界層の1つ1つに活気あふれる生活があり、そこでの数々の体験が私を変え発達を促してきた。
そして今、久方ぶりにこの界へ戻ってきたのである。この界での生活は他の界ほど長くはなかったとはいえ、今の私の目には一見すべてが物珍らしく映る。が、同時に何もかもが馴染みのあるものばかりである。
物珍らしく映るのは、私が第4界よりこの界へ向上してきた頭初、あまりの栄華に圧倒され目を眩まされたほどであったのが、今では逆にその薄暗さ、光輝の不足に適応するのに苦労するほどだからである。
4人は途中の界を1つ通過する毎に身体を適応させて降りてきた。6界までそれを素早く行ったが、5界の境界内に入った時からは、そこの高地から低地へとゆっくりとした歩調で進みつつ、その環境に徐々に慣らしていった。
と申すのも、多分この界での滞在はかなりの長期に及ぶものとみて、それなりの耐久性を身につけて仕事に当たるべきであると判断したからである。山岳地帯から平地へと下って行くのも、体験としては興味あるものであった。行くほどに暗さが増し、吾々は絶えず目と身体とを調整し続けねばならなかった。
その時の感じは妙なものではあったが不愉快なものではなかった。そして少なくとも私にとっては全く初めての体験であった。お蔭で私は、明るい世界から1界又は1界と明るさが薄れてゆく世界へ降りて行く時の、霊的身体の順応性の素晴らしさを細かく体験することとなった。
貴殿にもしその体験が少しでも理解できるならば、ぜひ想像の翼をさらに広げて、こうして貴殿と語り合うために、そうした光明薄き途中の界層を通過して地上へ降りて来ることがいかに大変なことであるかを理解して欲しいものである。
それに理解が行けば、人間との接触を得るために吾々がさんざん苦労し、そのあげくにすべてが無駄に終ることが少なくないと聞かされても、あながち不思議がることはあるまい。
貴殿がもしベールのこちら側より観察することが出来れば、そのことを格別不思議とは思わないであろうが…吾らにとってはその逆、つまり人間が不思議に思うことこそ不思議なのである。
では都市について述べよう。位置は領主の支配する地域の中心部に近い平野にあった。大ていの都市に見られる城壁は見当らない。が、それに代って一連の望楼が立ち並んでいる。さらに平野と都市の内部にもうまく配置を考えて点在している。領主の宮殿は都市の縁近くに正方形に建てられており、その城門はとくに雄大であった。
さて、これより述べることは吾々上層界の4人の目に映った様子ではなく、この界すなわち第5界の住民の目に映じる様子と思っていただきたい。その雄大な門は“液体の石”で出来ている。文字どおりに受け取っていただきたい。石そのものが固くなくて流動体なのである。色彩も刻一刻と変化している。
宮殿内での行事によっても変化し、前方に広がる平野での出来ごとによっても変化し、さらにその平野の望楼との関連によっても変化する。その堂々たる門構えの見事な美しさ。
背景の正殿と見事に調和し、色彩の変化と共に美しさも千変万化する。その中で一個所だけが変わらぬ色彩に輝いている。それが要石(かなめいし)で、中央やや上部に位置し、愛を象徴する赤色に輝いていた。
その門を通って中へ入るとすぐに数々の広い部屋があり、各部屋に記録係がいて、その門へ寄せられるメッセージや作用を読み取り、それを判別して然るべき方面へ届ける仕事をしている。吾々の到着についてもすでに連絡が入っており、2人の若者が吾々を領主のもとへ案内すべく待機していた。
広い道路を通って奥へ進むと、往き交う人々がみな楽しげな表情をしている。このあたりでは常にそうなのである。それを事さらに書くのは、貴殿が時おり、否、しばしば心の中では楽しく思ってもそれを顔に出さないことがあるからである。
吾らにとっては、晴れの日は天気がよいと言うのと同じほど当り前のことなのであるが…それから宮殿の敷地内の本館へ来た。そこが領主の居所である。
踏み段を上がり玄関(ポーチ)を通ってドアを開けると、そこが中央広間(ホール)になっている。そこも正方形をしており、大門と同じ液状石の高い柱で出来ている。それらがまた大門と同じように刻一刻と色調を変え、一時として同じ色を留めてはいない。
全部で22本あり、その1本1本が異った色彩をしている。2本が同じ色を見せることは滅多にない。それがホール全体に快い雰囲気を与えている。それらが天井の大きな水晶のドームの美しさと融合するように設計されており、それが又一段と美しい景観を呈するのであった。
これは貴殿の想像に俟つよりほかはない。私の表現力の限界を超えているからである。吾々はそのホールで待つように言われ、壁近くに置かれている長椅子に腰を下ろして色彩の変化の妙味を楽しんでいた。
見ているうちにその影響が吾々にも及び、この上ない安らぎと気安さを覚え、この古く且つ新らしい環境にいてすっかり寛いだ気分になった。やがてそのホールに至る廊下の1つに光が閃めくのを見た。領主が来られたのである。吾々の前まで来られるとお辞儀をされ、私の手を取って丁重な挨拶をされた。
彼は本来は第7界に所属するお方であり、この都市の支配のためにこの界の環境条件に合わせておられるのであった。至ってお優しい方である。吾々の旅の労をねぎらったあと、謁見の間へ案内して下さり、ご自分の椅子に私を座らせ、3人の供の者がそのまわりに、さらにご自分はその近くに席を取られた。
すぐに合図があって、女性ばかりの一団が白と青の可憐な衣装で部屋へ入ってきて丁寧な挨拶をし、吾々の前に侍(はベ)った。それから領主が私と3人の供に今回の招待の趣意を説明された。
女性たちは吾々上層界の者の訪問ということで、ふだん身につけている宝石を外していた。が、その質素な飾りつけの中に実に可憐な雰囲気を漂わせ、その物腰は数界の隔りのある吾々を前にした態度に相応(ふさわ)しい、“しとやかさ”に溢れていた。
私はそれに感動を覚え、領主に話を進める前に許しを乞い、彼女たちのところへ下りて行って、1人1人の頭に手を置き祝福の言葉を述べた。その言葉に、そうでなくてもおずおずしていた彼女たちは一瞬とまどいを見せたが、やがて吾々見上げてにっこりと微笑(ほほえ)み、寛ぎの表情を見せた。
さて、そのあとの会見の様子は次の機会としよう。この度はこの界層の環境と慣習を理解してもらう上でぜひ告げておかねばならないことで手一杯であった。この度はこれにて終りとする。私はその女性たちに優しい言葉を掛け手を触れて祝福した。そして彼女たちも喜びにあふれた笑顔で私を祝福してくれた。
吾々はこうして互いに祝福し合った。こちらではそれが習慣なのである。人間もかくあるべきである。これは何よりも望ましいことである。そこで私も祝福をもって貴殿のもとを去ることとする。礼の言葉は無用である。
何となれば祝福は吾々を通して父なる神より与えられるものであり、吾々を通過する時にその恩恵のいくばくかを吾々も頂戴するからである。そのこともよく銘記するがよい。他人を祝福することは、その意味で、自分自身を祝福することになることが判るであろう。†
時間がありませんので詳細説明はしませんが、僕がどれだけ脱出に向けて努力しても霊団は僕を最悪の中に閉じ込め続けるつもりだという事をさらにハッキリ確認しました。そう言われてハイ分かりましたとなる訳がありませんので一生反逆を続行させる事になります。脱出を完了させるまで全力で反逆を続行します。
「シルバーバーチの霊訓7巻」再スキャン完了中、8巻の再スキャンに入ってます。山のアタック前に12巻までスキャンを終わらせるのはムリの公算、次週にズレ込んでしまいますがとにかく早く終わらせてOCR変換に突入しつつ、いよいよ著作権関連の事務作業に(本当にやりたくありませんでしたが)突入します。
霊団が何と言おうと関係ない、僕は脱出する、それ以外の人生などない。最後の1秒まで脱出の努力を続ける。そして帰幽後は霊団との関係を完全に断絶する。コイツらと永遠に縁を切る。2度と関わり合いになるつもりはない。再スキャンを急ぎましょう(祈)†
とにかく大急ぎですが、以前も書いた事があると思いますがココで改めて「絶版状態の霊関連書籍復刊に向けたテキスト化」がどのような作業を経ておこなわれているかをチョト羅列してみましょうか↓
えー、細かく書けばまだあると思います、特に後半パート、おーふぁん的なモノとAmazon関連で追加作業が間違いなく発生するでしょう。が、現時点で羅列するとだいたいこんな感じとなります。これら全てを僕ひとりでおこなうのです。どういう事かお分かりになりますでしょうか。地獄の中の地獄という事です。
しかしそれをやるのです。全ては脱出のためです。間違いなく物的障壁に阻まれて70冊超の霊関連書籍の復刊は叶わないと予測されるものの、復刊冊数を限りなく70冊に近付けていくつもりです。霊団が使命遂行まるっきりやる気ゼロですので、物質界に残されて僕がやる事はもうこれしかないのです。
この人生、本当に許せない。本当に霊団を心の底から憎んでいます。しかし帰幽後にコイツらと堂々と正面切って縁を切れるようにできる事は全部やるのです。僕はココまでやった、文句は言わせない、あんたたちの顔はもう2度と見ない、そう言えるようにするのです。
そうそう、復刊冊数が順調に増えていったとしましょう、そうなればもちろん自分で書籍を出す事も視野に入ってきます「自伝書籍」とか。正直言って自分の履歴を物質界に残す事に何の興味もないですが、冊数が順調に増えていったらやらざるを得なくなるでしょうたぶん。説明ココまで、一旦切ります、再スキャン続行中(祈)†