まずは昨日の山の撮影画像をUPですが、絶対に撃ち切れない量のインスピレーションを霊団が降らせてきています。しかも「なぜそれを言ってくる?」というモノが多く、どう説明すればいいのか首を傾げます。
んー困ったな、どのみち撃ち切れないので大部分を削除するしかないでしょう霊団は使命遂行やる気ゼロで全然降らせてこないかと思えば突然ドッカーンと降らせてくる、苦しいのはいつも僕だけ、ウンザリ感がタダ事ではありません。さぁ撃ち始めましょう、どう撃てばいいんだ(祈)†
「皇族は強姦殺人魔」山を愛する霊覚者・たきざわ彰人です(祈)†皇族などと自称する明仁、文仁、徳仁、悠仁は「処刑遊び」と称して奴隷の女の子を四肢切断、強姦殺人しまくっています。死刑にしましょう(祈)†
まずは昨日の山の撮影画像をUPですが、絶対に撃ち切れない量のインスピレーションを霊団が降らせてきています。しかも「なぜそれを言ってくる?」というモノが多く、どう説明すればいいのか首を傾げます。
んー困ったな、どのみち撃ち切れないので大部分を削除するしかないでしょう霊団は使命遂行やる気ゼロで全然降らせてこないかと思えば突然ドッカーンと降らせてくる、苦しいのはいつも僕だけ、ウンザリ感がタダ事ではありません。さぁ撃ち始めましょう、どう撃てばいいんだ(祈)†
グラデーション撮影はできませんでしたが置かれた環境下で撮れる限りのモノを撮ってきました。そして現在呼吸が苦しいです。明らかに心肺機能が低下している。これはマズイ、もうジイサンですから以前の状態には戻せないかも知れませんが、ロードランを続けてできる限り鍛えないといけません。物質界に残されている限り山をやめる訳にはいかない。
で、送料が書籍の値段の3倍という、英語の書籍が国際郵便で届きました。以前2回届かなかった経験があるのでホッと一安心でしたが、長文ブログUP後にさっそくスキャンを開始します。さぁ日本語に翻訳してWordPressにUPできるのかどうか。Google翻訳の文章はグチャグチャのはずですが、僕は英語の能力が一切ないのでその機械翻訳の文章を修正できないでしょう。どうするか。
実はアタック直前に例によって霊団が寸前ドッカーンインスピレーションやってきてまして、頭の中で全く収拾がついてません。どう撃てばいいのか途方にくれますが疲労がスゴイのでまずはダメージの回復に集中中。撮影画像のUPは明日(祈)†
明日も残念な予報ですがとにかく標高だけは上げていきます、撮影キビシイかな。しょうがない自然現象には勝てませんので。山は問題ないんですよ、ロングドライブがもう限界で、何とか山の麓に移住したいのですが、どう頭をひっくり返してもそんな事はできない。なのに物件だけは見て回ったりしているのです。
で、アタック帰還後の長文ブログがピンチ、というより霊団がやる気ゼロ。このままインスピレーション枯渇が続くようなら先週書けなかったあるネタについて書くつもりですが、イヤ、もう霊団は何もするつもりはないんだ、僕を閉じ込める事しか考えていない。人の人生これだけブチ壊しておいてこの態度は一体何だというのか。
「シルバーバーチの霊訓 4巻」と「シルバーバーチ愛の力」のテキスト見直しを急いでますが、自分で本を出す道のりは果てしなく遠い、コレだったら自伝の方がまだラクなんじゃないか。フゥゥ書きたい事はいろいろありますが長文ブログのタイミングでできる限り説明してみましょう。まずは明日の山に集中中。明日も少しだけトレイルランやるぞ。ロングドライブが相当ピンチ中(祈)†
■2022年10月26日UP■
■2022年10月19日UP■
■2022年10月5日UP■1918年3月22日 金曜日
今夜も例の顕現の場における宇宙創造に関する研究から得た原理をテーマとして述べてみたいと思います。エネルギー作用におけるスパイラルの原理についてはすでに述べました。そこでもう1つ吾々が学んだ原理をお教えしましょう。
創造的生命のあらゆる部門においてその発展を司(つかさど)る者がかならず遭遇し適応しなければならないものに、潜在的な反抗的衝動があります。その影響力が生ずるに至った始源をたどれば悠久の太古にさかのぼり、しかもそれは神の心を物質という形態での顕現を完遂させようとする天使群の努力の中から生じたものなのです。
当時 – はるか太古のことですが – その完遂へ向けての道程に関して天使群の間で意見が2つに分かれました。時間をかけるべきと主張する側と早く仕上げるべきと主張する側です。
と言っても真っ向から対立したわけではありません。その考え方には共通した部分がいろいろとありました。が、不一致から生じた混乱によって今日人間が“悪”と呼ぶ要素が生まれたのです。
今すべてが完成へ向けて進行していることは事実です。が、そのための活動の分野は無限といえるほど広大であり、当然それに要する期間は地上の年数で計算すれば無限といってもいいでしょう。
永遠の存在である神の目から見れば長いも短いもないのですが、川の流れと同じで、上から見下ろせば1つの流れであっても、これを始源からたどれば全体をカバーするに延々とした道のりとなります。
造化の進展におけるその多様性が現時点の地球意識が機能している外的界層にいかに顕現しているかは貴殿にもお分かりでしょう。
と言うのは、地球の表面には一方においては今なお発達途上にある才能の蓄積を生み、他方においては進化の大機構における目的に寄与して今や生命の質の向上によっていっそう入り組んだより敏感な媒体が必要となったために捨てられてしまった、かつての天使の叡智の試練の贈(たまもの)があふれている – 否、地球全体がそれによって構成されていると言えるほどだからです。
遠い太古の遺物にもそのことが言えますが、他方、発展せんとする衝動の強さにとって媒体が不適当であることが表面化し、窮屈となり、生命の鼓動が小さくなり、無力化し、ついにその系統の進化活動が停止するに至ったことを物語るものもあります。
現在化石として残っている巨大な哺乳動物や爬虫類は創造物としては高度の技術を要した素ばらしい産物でした。が、現時点から見るとお粗末で不格好な作品に見えます。
ただ見落としてならないのは、そうしたぎごちない創造物の中にも、今なお進化の過程にある生き生きとして進歩性に富む生命力の宿る神殿(媒体)の基礎を据える上で役に立ったものがあるということです。そうした基礎工事にくらべれば神殿のデザインがいかに改良されてきたかがお分かりになると思います。
いま貴殿らが立って眺めている階段の標高がいかに高いかもお分かりでしょう。その位置からは、今日の地上の生命の基礎が据えられた時の地球と同じ段階にある新しい天体の造化に当たっている他の天使群の作業場が、はるか虚空の彼方に見晴らせるのです。
そこで私のいうもう1つの原理はこうです。発展というのはかならず2重のコースが並行して進みます。1つはすでに述べた通りの統一性から多様性へ向けるのコースですが、それと並行してかならず、その対(つい)であるところの霊的なものから物的なものへのコースが伴うということです。
両者は常に並んで走る2人のランナーのようなものです。1人は“統一性から多様性へ”のランナー、もう1人は“霊から物質へ”のランナーです。2人は常に同じペースで走らなければなりません。一方が他方を追い越すことは許されません。競争ではなく、同時にゴールインしなければならないのです。
ところが、その造化の大業にたずさわる者の中にタイミングの読みを間違えて、まだゴールの標識に至らないうちに外部への進展を止め、その創造的生命力をふたたび霊の方向へ向かわせる操作をした者がいたのです。その標識とは地上の科学者が“宇宙”と呼んでいるところの、創造的活動の物質的表現のことです。
実はそれが宇宙のすべてではありません。もっと奥深い次元での内的顕現の物質的側面にすぎません。その背後には造化を司(つかさど)る天使群が控え、意念の活性化によって、銀河の世界の恒星の大艦隊が首尾よく物質の大海原を航海し、目指す港に到着すればくるりと向きを変えて帰路につけるように、たゆみなくその操作に当たっているのです。
しかし、帰路に着くといっても、来た時と同じ航路を逆戻りするのではありません。と言うのは、疾風怒濤の荒波を乗り越えてきた航路において生命の多彩な表現の豊かさを身につけて、最初に船出した時はただの漕(こ)ぎ手と荷上げ人足にすぎなかったのが今や1人ひとりが船長の資格をもち、指導者としての霊格を身につけていますから、来た時よりはるかに陽光にあふれた航路を進むことになるのです。
さて私がさきほど混乱を生じたと申し上げたのは、その進化の天使群のうちの一部が目指す港への到着を待ちきれずに旋回しようと企(くわだ)てたことです。艦隊はすでに悠久の時を閲(けみ)しながら航海してきて、その大海のど真ん中で帆をいっぱいに膨らませたまま旋回しようというのです。
疾風と怒濤の真っ只中です。各船体が大きく揺れ、激突し合って今にも沈没しかけるものもありました。そこに至って彼らもやはり順風を受けて進むべきであることを思い知らされ、ふたたび当初の目的地へ向きを戻したのでした。
そうしてようやく目指す港へ着いた時は船体は傷つき、帆は破れ、くぐり抜けてきた嵐の跡がそこかしこに見られるのでした。
以上の物語の意味を説明しましょう。大海は無限絶対の心すなわち神が外部へ向けて顕現していく“存在の場”です。艦隊は神の命を受けて造化に当たる天使群によって創造された“顕幽にまたがる宇宙”です。外部へ向けてのコースの目指す港は現在の地球が一部を占めている“物的宇宙”です。
帰路のコースは貴殿らがいま向かいつつあるものです。最も外側の地点までたどり着き、そこの標識を今まさに折り返しつつあるところです。今日地上に何かと不穏な状態が生じているのは、人類がその折り返し点に来ているから – 不活撥な物質の港から活磯な外洋へと船出せんとしている、その旋回が原因です。
そのうち帆に風をいっぱいに受けてぶじ帰路に着くことでしょう。そして土官も乗組員も上機嫌となり、艦隊が存在の場を波を切って進むにつれて、悠久の昔に船出した母港へと近づきます。すでに光が射しはじめ神の微笑が見えるはるか遠い東の空に待ちうける歓待へ向けて進むにつれて、喜びと安らぎが次第に増していくのです。
– 混乱が生じたのはいつ頃のことだったのでしょうか。つまり造化にたずさわる天使群が過ちを犯しはじめたのは進化のどの段階でのことだったのでしょうか。
私にもたどることができないほど遥か遠い昔のことでした。さらに言えば、地上の視点からすれば“読みを間違えた”ように思えるかも知れませんが、実際にはかならずしもそうではないのです。
私は貴殿からは見えない所に位置しておりますが、進歩の程度からいえば、ほんの1歩先を歩んでいるだけです。私およびここにいる私の仲間たちには、その“間違えた”と言っているものも、目指す港に着いてみれば現在の吾々が考えているものとは異なったものであるように思えるのです。
吾々が“悪”だとか“不完全”だとか決めつけ、そう思い込んでいるものも、そこへ行き着けばまるでミニチュアの小島の岩に打ち寄せる小さな波のようなもの – 無限なる大海の真っ只中の小さな1滴にすぎないのです。
その波が砕けて(大げさに)しぶきを上げているように思えます。が、落ちゆくところは母なる海であり、しょせん元の大海は増えてもいなければ減ってもいないのです。
吾々はその真っ只中の1点の島に当たって砕け散ったカップ1杯ほどの水でもって海の深さを測ってはならず、豊かなその懐(ふところ)の威厳を推し測ってもならないように、無限なるもののほんの1かけらを取りあげて神の偉大なる叡智に評価を下してはなりません。
ある時1匹のアリが仲間に言いました。「なあ、オレたちはアリマキよりは頭がいいんだよな。あいつらを働かせてオレたちが要るものを作らせてるんだから…」
「そりゃあそうさ」と仲間は答えました。ところがそこへアリ食いが現われて、そのアリたちの知恵も一瞬のうちに消えてしまいました。アリ食いは日なたで寝そべってこうつぶやきました。
「アリたちはあんなことを言ってやがったが、みろ、オレはその上を行ったじゃないか。だが、オレよりもっと大きな知恵をもったヤツがいるに違いないんだ…」
人間がアリと同じような考えでいても、宇宙にはもっと大きい、そしてそれに似合った力を具えた存在がいるのです。そういう大きな存在はせっかちな結論は下しません。それを知恵が足りないからだと考えてはなりません。
アーネル†
■2023年11月22日UP■
■2024年4月24日UP■これも日を改めて書くかも知れませんが、まず宇宙書籍80%ほど読み終わっていますが、シルバーバーチ霊を筆頭としたスピリチュアリズム関連の書籍と宇宙書籍との決定的違いは「不安に駆られる、恐怖を感じる」という事だと僕は思いました。
この恐怖という感情は霊的仕事をするにあたって大きな障害となり、シルバーバーチ霊も再三にわたって恐怖や心配の念を払いなさいと警告しておられます。このお話はちゃんと説明しようとすると長くなりますのでココでは止めます。
ただ、地球圏物質界での生活を余儀なくされている僕たちに勇気と希望を与えるシルバーバーチ霊の言葉は、地球圏霊界上層界の高級霊の方々によって案出された叡智の結晶であり、マイナスの感情を抱かせないよう徹底した配慮のもとで霊言を降らせていたんだという事が逆説的に分かったのでした。
んー語りたい、チョト止めます。反逆の物的アイデアを実行しようとしているのですが、んーやはりこれも問題がありまして足踏み中です。しかしそれでは永遠に脱出できない。自動書記嘆願の祈りを再びやりましたが別に何も返答はなし。しかし自動書記テスト、嘆願の祈りを続行するしかないでしょう。
「シルバーバーチ愛の力」テキスト見直しを開始しています。復刊の望みがほぼ断たれている状況で、何とか自力で本を書けないかと思って作業を急いでいるところですが、もし原稿を書き上げるとしても完成は相当先になるでしょう。つまり脱出も絶望的という事になり、それで精神的に完全にやられているのです。
本当にこのまま永遠に脱出できず閉じ込められるというのか。そのシナリオだけは死んでも拒否する。何としても考える(祈)†
■2023年10月18日UP■
■2023年10月25日UP■えーコチラ「シルバーバーチの霊訓 3巻」はOCR変換テキストの見直しが完了していたのですが、タグ挿入、WordPressへのUPを忘れて放置状態でした。昨日それに気付いて慌ててタグ挿入をおこなってUPさせました。
現在スキャンすべき書籍は手元になし(間もなく2冊到着予定)あとはOCR変換テキストを見直してWordPressへの全文UPをガンガンおこなうだけですが、復刊に向けてあれだけガンバッてきたのになぜやめなければならないのか、本1冊出すのになぜあれほど制限が加えられねばならないのか、本当に物質界というのは狂った世界だなと呆れ果てていますが、テキスト化だけは完了させておくのです。どこかでこのテキストが活きる時がきます、必ず来ます。
で、自分で本を書くにあたってシルバーバーチ霊のお話をテキスト化完了させておく必要があり「モーゼスの霊訓 下」のテキスト見直しを一旦止めてシルバーバーチ霊の書籍のテキスト未完成分を先行で見直そうと思います。現在「シルバーバーチの霊訓 4巻」見直し中。まだまだ先は長く絶望感が募りますがやるしかない。
長文ブログネタとなるインスピレーション枯渇中、それならそれで撃つ事があります。先週書けなかった内容を撃ちます。自動書記はいつになったら発動するのか。いつになったら新規の霊言が降るのか。僕はやめない、テスト続行させます。復刊の作業がなくなったので気分転換にストーリーを描く可能性アリ。もうガマンできませんので(祈)†
■2023年3月22日UP■1918年3月15日 金曜日
– 今夜はどういう目的でいらしたのでしょうか。
例の顕現で学んだ教訓についての叙述を続けたいと思います。
– 例の類似性についてのお話の最後の部分がよく理解できませんでした。私には今1つ要領を得ない感じがしました。私は正しく受けとめていたでしょうか。
結構でした。取り損ねられたのは応用についての部分です。あの時はすでに消耗が度を越していたようです。今夜はその補足説明をしようと思います。さて、物的世界を支配する原理、すなわち物質の形態による外部への生命の顕現は霊的世界にも当てはまります。
まずスパイラルですが、これはそれ自体まさしく霊的世界に見られる原理の物的類似物と言えます。それは当然のことで、物的原子のすべてが意念の操作による産物だからです。
その意念の大根源が神です。その神から湧(わ)き出た動的意念が中間の界層を整然たる順序をへて降下し、物質の中に究極の表現を見出しているのです。したがって物的世界に見られるものは、そうした中間層を通過してきたエネルギーの産物なのです。前の例ではそのエネルギーがスパイラル運動によって発せられているのが分かります。
これは、もしそのエネルギーが流れる霊的界層においてもスパイラルの原理が働いているからこそであって、もしそうでなかったら有り得ないことです。ではどういう具合に働いているかを述べてみたいと思います。
実はヤシの葉状の王冠がそのスパイラルの原理の1つの象徴でした。スパイラル状に編まれておりましたし、例の顕現の中で王冠のまわりに集結した天使群も当然スパイラル状に整列しておりました。それが彼らの仕事の象徴のようなもので、その位置の取り具合によって吾々に教訓を読み取らせる意図があったのです。
では次にこれを動物的生命の創造に見てみましょう。そもそも“感覚”による動作が最初に見られるのは植物です。そしてそこにもスパイラルの原理がはっきりとした形で現れているのが分かります。たとえば豆科の植物は他のつる科の植物もみなそうであるように、スパイラル状に伸びます。典型的なスパイラルを描くものもあれば、少し形の崩れたのもありますが…
樹液の流れも幹を上昇しながら直線から曲線へ移行しようとする傾向を見せます。巻きひげによって登っていく植物も、ひげをスパイラル状に巻きつけて支えています。空中を遠く飛び散る種子も同じような曲線を描きながら地面へ落下します。
こうしたことはすべてスパイラルの原理の働きの結果で、太陽から送られるバイブレーションが地上の植物にまで届くのにもそれが作用しています。つまり虚空を通過してくる際にはミニチュアの形でスパイラル運動が生じ、みずから天体の回転を真似ているのです。
さてこれを動物界に見てみると、やはり同じ原理が働いていることが分かります。たとえば、小鳥は空中を飛ぶのにも滑空するのにも決して一直線は描かずに曲線を描く傾向があり、長い距離を行くとやはりスパイラル運動をしていることが明らかになります。
同じことが海中の動物にも陸上の動物にも言えます。ただ、進化すると、高等なものほどそれが明確に認められなくなります。自由意志が行使されるようになるからで、それが中心的原則から外れた行動を生むようになります。逆に自由意志が少なくなるほどその原則が明確に見られます。
たとえばカタツムリの殻をごらんになればよく分かります。海の動物の殻にも同じものが数多く見られます。自由意志に代って本能が作用しているからです。
一方、人間に関して言えば、個々の人間の個性よりも各民族全体を指導する大精神(※)に関わる事象においてそれが顕著に見られます。
たとえば文明は東から西へと進行し、幾度か地球を循回しています。その地球は太陽を中心として動いている。しかし太陽の子午線は赤道に沿って直線上に走っているわけではなく、地球がどちらかに傾くたびに北に振れたり南に振れたりしている。
こうした地球の動きは太古における地球の動きの名残りであり、同じスパイラル運動が支配している星雲から誕生したことを示しております。こうして現在は顕著なスパイラル運動はしていないとはいえ、地球上の文明の進路が続けて2度同じコースをたどることは決してありません。
文明の波が前と同じ経線のところまで戻ってきた時には地球自身の両極が何度か – 北極が南へ、南極が北へ – 傾いております。かくして太陽からの地球へのエネルギーの放射の角度が変わると、文明の進路も変化します。
こうしてその文明は言うなれば地球にとっての“新たな発見”という形をとっていくわけです。(幻の大陸と言われている)レムリアとアトランティスの位置についての憶測を考えていただけば、私の言わんとするところがお分かりいただけるでしょう。
(※地球の守護神のこと。これを人間的容姿を具えた神さまのように想像してはならない。地球の魂そのものであり、無形の霊的存在であり、前巻で述べた通り、これがキリストの地球的顕現である。人間はすべてその分霊を受けて生まれる。それを最も多くそして強力に体現したのがイエス・キリストということである – 訳者)
それだけではありません。この原理は文明のたどるコースだけでなく文明の産物そのものをも支配しています。これは説明がさらに困難です。こちらの世界ではそれを鮮明に認識することができます。
と言うのも、人類の精神的活動の様子が地上より生き生きと見えるだけでなく、広範囲の年代のことを1度に見ることができるからです。そういう次第で私は、人類の歩みが着実に上へ向いていること、しかしそれは巨大なスパイラルを描いていると明言することができます。
その意味を分かっていただくには“太陽の下に新しいものなし”(旧約・伝道の書1・9)という言葉を思い出していただくのが1ばん良いでしょう。これは文字どおりの真理というわけではありませんが、ある程度は言い当てております。
貴殿は、新しい発見が為されたあとでそれに似たものがすでに何千年も前に予測されていたということを聞かされたことがあるでしょう。私は予測されていたという言い方は賛成できません。
そうではなくて、このたびの新しい発見はそれに先立つ発見が為された時に科学が通過しつつあったスパイラル状の発達過程の位置のすぐ上の時期に当たるということです。発明・発見のスパイラルはあくまでも上昇しながら循回しているわけです。ですから発明・発見が“新しい”というのは、前回の循回の時のものの“新しい翻案”という意味においてのみ言えることです。
– 例を挙げていただけませんか。
エーテル分子(※)の人類の福祉のための活用がそのよい例といえるでしょう。この分野の科学は実にゆっくりとした段階で研究されてきたことにお気づきでしょう。とりあえず“燃焼”の段階から始めてみましょう。燃焼によって固体が気化されました。
次に、これによって熱を発生させることを知り、さらに熱によって生産した蒸気を利用することを知りました。続いて同じ気化熱を蒸気を媒介とせずに利用することを知り、さらに繊細なバイブレーションを活用することを知り、今日では急速に蒸気が電気へと変りつつあります。
が、さらに次の段階への1歩がすでに踏み出されており、いわゆる無線の時代へ移行しつつあります。
(※エーテルの存在はかつてオリバー・ロッジなどが主張していたが今日の科学では否定される傾向にある。がこの通信霊アーネルは第3巻でも明らかにその存在を認めた説明をしている。
“エーテル”といい“霊”といい、地上の人間がそう呼ぶから霊の方でもそう呼んでいるまでのことで、科学が存在を認めようと認めまいと、あるいは、たとえ認めてそれをどう呼ぼうと、霊の方は存在の事実そのものを目(ま)のあたりにした上で語っているのであるから、現在の科学理論でもって通信の内容の是非を論じるのは主客転倒であろう。なおこの1節は過去1世紀間の科学の発達を念頭に置いてお読みいただけば理解がいくであろう – 訳者)
ところが実はこうした一連の発達は、完成の度合こそ違え、現代の人間にはほとんど神話の世界の話となっている遠い過去の文明の科学者によって為されたことがあるのです。そしてさらに次の段階の発達も見えているのです。
それは“エーテルの活動”に代わって“精神の波動”(※)の時代が来ているということです。このことも実はすでに優れた先駆者の中にはその先見の明によって捉らえた人がいたのです。
が、道徳的に十分に発達していない人間によって悪用されるといけないので、その発表を止められていたのです。現代の人類でもまだ科学として与えられるにはもう少し霊的進化が必要でしょう。今の段階で与えられたら、益になるより害になる方が大きいでしょう。
(※エーテルの波動は言わば物的科学の原理ということであり、精神の波動は霊的科学の原理のことと解釈できるが、ただ最近見られる程度のもので超能力の威力を予測してはならない。まだまだ幼稚すぎるからである – 訳者)
それは別として、現段階の科学の発達は、同じ分野に関して、前回の周期(サイクル)の時にストップしたままの段階よりはさらに発展することでしょう。
前回のサイクルにおいて科学の発達が下降しはじめ、それまでに成就されたものが霊界側に吸収されて、次のサイクルが巡ってきた時点で、それまでの休息の時代に霊界で担当の霊によってさらに弾(はず)みをつけられたものが、受け入れるだけの用意の出来た人類に授けられることになります。
霊界を内側と呼ぶならば地上界は外側ということになり、すでに述べたエーテル原子の動きと同じ原理が地上界に再現されていることになります。この問題にはまだまだ奥があるのですが、それを貴殿が理解できるように言語で述べることは不可能です。
要するにこれまで説明してきた原理がいま私が例を挙げたような力学においてだけでなく、政治においても、植物および動物の“種”の育成においても、天文学においても、化学においても働いていると理解していただけば結構です。
– 占星術と錬金術とは現代の天文学と化学との関係と同じ類似性をもつものだったのでしょうか。
それは違います。断じてそうではありません。今夜の話は(人間の歴史の)世紀を単位としたものではなくて(地球の歴史の)代(エオン)を単位としています。占星術と錬金術はその2つの現代の科学の直接の生みの親であり、私のいう巨大なスパイラルの中の同じサイクルに属し、その距離はわずかしか離れておらず、少し傾斜した同じ平面にあります。
私のいう類似物とは違いますが、ただ、化学については一言だけ付け加えておきたいことがあります。それで今夜はおしまいにしましょう。
化学というのは高級神霊が中心的大精神に発したバイブレーションが多様性と変異性とへ向けての流れを統御していく活動の中でも最も外的な表現であるということです。すなわち神に発した生命の流れが霊の段階を通過して物質となって顕現する活動の中で、化学的物質が分化の過程によって細分化され、さらに分子となっていきます。
そして最低の次元に到達するとその衝動がこんどは逆方向へ向かい、上方へ、内部へと進行します。分析化学にたずさわる人はその統一性から多様性へと向かう衝動にしたがっているわけです。反対にそれを統合しようとする化学者はその流れに逆らっているわけですから、試行錯誤の多い、効率の悪い仕事にたずさわっていることになります。
多様性から統一性へと向かわせようとしているからです。言わば内部におけるコースがまだまだ外部へ向けてあくまでスパイラル状に行進を続けようとしているのに、その人だけは宇宙原子の1ばん外側のスパイラルで踵(きびす)を返してしまっているのです。
この通信は前回の通信と照らし合わせて検討してください。
アーネル†
■2022年1月5日UP■
■2022年2月16日UP■
■2022年3月2日UP■この宇宙書籍の内容についてはいろいろ語りたくなる事がありますが、まず思う事として、シルバーバーチ霊はこの書籍にある内容と同等もしくはそれ以上の事を知っておられたはずですがひとことたりとも言及していません。そこに様々な意図が伺えるのですが、あくまで僕の小我の予測としてそれらについてブログを書きたい衝動もあります。
で、先ほど出したメールの回答を頂きました。僕の質問内容はどうやら実現可能のようです、となるとこのアイデアを実行して脱出につなげる事も可能となりますが、いくつか懸念材料がありまして、脱出はしたくてどうしようもありませんが安易に簡単には飛び込めません。さぁどうするか。モチョト質問してみようかな。
ある英語書籍を注文してだいぶ経過しますがまだ到着しません。以前AffinityPhotoの英語書籍を注文したが受け取れなかったという事が2回ありましたので、海外から送られてくる書籍の受け取りには注意が必要です。
無事受け取る事ができたら早速スキャン、OCR変換をおこない翻訳して、WordPressに全文UP…と言いたいところですがグチャグチャな訳文でとても掲載できないという事になる可能性が大です。僕の力量で果たしてそれら機械訳文を読みやすい日本語文章に書き直す事ができるのか、たぶん挫けると思いますが…。
次回長文ブログネタとなるインスピレーション、相変わらず枯渇状態です。このままという事であれば先週書けなかったある内容について書くつもりです。霊団が僕という霊媒をもし使用するつもりでいるならとても大事な内容となります。自動書記テスト現在もど真ん中で続行中ですが全く文章が綴られる事はありません。しかし続けます。語りたい事はまだまだありますがまずはココまで(祈)†
■2021年3月26日UP■
■2021年8月13日UP■何をどう頭をひっくり返しても復刊で脱出できない事が判明してしまいましたので(イヤ、脱出ぬきにしても使命遂行、霊的知識普及としてやるべきなのかも知れませんが復刊数に上限を設けられるって一体どういう事なのか)そういう事ならと間髪入れずにあるメールを出しました。
もっとも返信が来るとは限りません無視されるかも知れませんし、返信があったとしても僕の嘆願が断られて結局脱出につながらない可能性もだいぶ高いです。チョトムリなお願いごとのメールなのです。さぁ脱出につながるのかどうか。
なんの時間稼ぎか、それは「僕を結果的に閉じ込めるための時間稼ぎ」です。アレやれ、アレやるな、コレやれ、コレやるなと言ってアッチに振り回しコッチに振り回し、そうこうしているうちに時間だけがどんどん過ぎていき、ハッと気づいてうしろを振り返ると結局閉じ込められただけで何の事態の進展もなかった、というストーリーにするつもりなんですよ霊団は。
もうそれをそのまま受け入れる訳にはいかネィんだよ。僕にも感情というモノがあるんだよ、イヤなモノはイヤなんだよ、ダメなものはダメなんだよ、もう限界なんだよ脱出するんだよ。
これはDreamwork(画家時代)から考えていた「移住」の事で、現在の僕の生活状況では移住など死んでもできませんが、しかしあれこれググって情報だけは頭に入れておき、いつでも実行できるようにしておくのです。本気の本気の本気で脱出するつもりだからここまで考えているのです。
しかし復刊にはまいりました。ココまで猛烈怒涛に作業してきたというのに復刊数の上限って…。まぁもう復刊事務作業がイヤでイヤでどうしようもありませんでしたからどのみち続けられなかっただろうと思いますが、とにかく一旦離れます。それっきり2度と戻らない可能性99.999%ですが書籍データまで作ってあるのにもったいないですよね。同人で出しちゃおうかな(祈)†
■2020年9月9日UP■
■2020年9月21日UP■
■2020年9月28日UP■1918年3月11日 月曜日
– 創造的活動にたずさわる天使の大群とともに例の大学の大ホールで体験されたことや学ばれたことについて語っていただけませんか。
私が仲間の学徒とともに大学を見学することになってすぐさま気がついたことは、すべてが吾々の理解を促進する知識の収集に好都合に配置されていることでした。すべてが整然と構成されているのです。
巨大な造化の序列の間には向こうの端が遠くかすんで見えるほどの長い巾広いもの( avenues とあるが並木道、本通り、通路等の訳語しか見当たらない – 訳者)で仕切られています。と言っても、序列のどれ1つとして他から隔離されたものはないので、それはただの“仕切り”division ではなく、横切って通るための“路”road でもなく、実はそれ自体が両隣りを融和させる機能をそなえた“部門”department なのです。
そこを見学しているうちに吾々は、創造活動において造化の天使が忠実に守っている基本原則がいくつかあることを知らされて感心しました。その原則は無機物にも植物にも動物にも本質的には同じものが適用されています。
しかし最も進化せる界層に顕現されている叡知と巧みさに満ちた豪華けんらんたる多様性も、原初においては単純な成分の結合に端を発し、永い進化の時を閲(けみ)しながら単純なものから複雑なものへと発達し、ついに今日見るがごとき華麗な豊かさへと至っていることを思えば、その事実は当然のことと言えるでしょう。
私が言わんとすることを例を挙げて説明してみましょう。
その仕切りの1つを通って行くと、天体がいかにして誕生したかが分かるようになっていました。左側は神の思念が外部へ向けて振動し鼓動しつつ徐々に密度を増し、貴殿らのいうエーテルそのものとなっていく様子が分かるようになっていました。
それを見ると“動き”の本質が分かります。本質的には螺旋状(スパイラル)です。それが原子の外側を上昇して先端までくると、こんどは同じくスパイラル状に、しかしこんどは原子の内部を下降しはじめます(これが象徴的表現にすぎないことをこのあと述べている訳者)。
空間が狭いために小さなスパイラルでも上昇時よりもスピードを増します。そして猛烈なスピードで原子の底部から出ると再び上昇スパイラルとなりますが、スピードは少しゆるやかになり、上昇しきると再びスピードを増しながら内部を下向していきます。
原子は完全な円でなく、といって卵形でもなく、内部での絶え間ない動きの影響で長円形をしています。その推進力は外部からの動力作用で、もしその動力源をたどることができれば、きっと神の心に行き着くのではないかと私は考えています。
お気づきと思いますが、先端とか“底部”とか“上昇”とか“下降”という言い方は便宜上そう表現したまでのことです。エーテルの原子に上も下もありません。
さて、エーテルの原子を例に挙げたのは、これを他のさらに密度の高い性分へとたどっていくためのモデルとしていただくためです。たとえば地上の大気のガス物質を構成する原子にまでたどっても、やはり同じ運動をしております。
エーテルの原子の運動とまったく同じ循環運動をしております。細かい相違点はあります。同じスパイラルでも細長い形もあれば偏平なのもあります。スピードの速いのもあれば遅いのもあります。いずれにせよ原子の内側と外側のスパイラル運動であることに変わりはありません。
鉱物の原子を見てもやはり同じ原理になっていることが分かります。また1つの原子について言えることは、原子の集合体についても言えます。たとえば太陽系の惑星の動きもスパイラルです。但し、惑星を構成する物質の鈍重さのせいで動きはずっとゆっくりしています。
同じことが衛星の運動にも言えます。さらに銀河系の恒星をめぐる惑星集団、さらに銀河の中心をめぐる恒星集団についても言えます。ただし各原子の質量と密度の双方がスパイラル運動の速度に影響します。密度の高い原子から成る物質においては速度が遅くなります。
しかしその場合でも原子の内部での速度の方が外部での速度より速いという原則は同じです。内側の運動から外側の運動へと移る時は、動くのがおっくうそうな、ゆっくりとしたものになります。しかしあくまできちんと運動し、その運動は軸を中心としたスパイラルの形をとります。
月もいまだに軌道運動に関してその性則を維持しようとしています。地球を中心とするかつてのスパイラル運動をしようとしながら出来ずにいるかのごとく、みずからを持ち上げようとしては沈みます。地球も同じことを太陽のまわりで行っております。完全な円運動ではなく、完全な平面上の円運動でもありません。地軸に対しても平面に対しても少しずつずれており、それで楕円運動となるのです。
以上のようにエーテルの原子、地球のガス物質、および地球そのものについて言えることは太陽ならびに銀河の世界についても言えます。その運動は巨大なスパイラルで、恒星とその惑星が楕円を描きながら動いております。
こうした情況を吾々はその巾広い通りの左側に見たのです。がその反対側には物的創造物の霊的側面を見ました。つまり両者は表裏一体の関係になっているのです。そして吾々が位置している通りが両者を結びつける境界域となっているのです。
地上生活から霊界へと入る時はそれに似た境界域を横切るのです。そしてやがてその“部門”から次の“部門”へと移行することになります。横切る通りは言わば地球の人間と天界の人間とを隔てる境界ということになります。
– さっき述べられた原理すなわちスパイラル運動の原理のほかにも何か観察されたのでしょうか。
しました。あの原理を紹介したのは説明が簡単であり、同時に基本的なものでもあるから…いや多分基本的だから単純なのでしょう。では、もう1つの原理を紹介しましょう。基本的段階を過ぎると複雑さを増し説明が困難となります。が、やってみましょう。
吾々が知ったことは造化の神々はさきに述べたエーテル原子よりさらに遡(さかのぼ)った全存在の始源近くにおいて造化に着手されているということです。またエーテルの進化を担当するのも太古より存在する“偉大なる神々”であるということです。
そこで吾々はずっと下って材質の密度が運動を鈍らせるにいたる段階における思念のバイブレーションを学習することになりました。そしてまず知ったことは、吾々学徒にとって最も困難なことの1つは、正しく思惟(しい)し正しく意志を働かせることだということです。
物質を創造していく上でまず第1にマスターしなければならないことは“スパイラル状に思惟する”ということです。これ以上の説明は私にはできません。スパイラルに思惟する – これを習慣的に身につけるのは実に困難な業(わざ)です。
しかし貴殿は別の原理を要求しておられる。それでは感覚的創造物 – 植物的生命の創造を観てみましょう。例の“通り”の1つを進んでいくと片側に地球ならびに他の惑星上の植物的生命が展示され、反対側にその霊的裏面が展示されていました。
それを観察して知ったことは、植物界の1つ1つの種に類似したものが動物界にも存在するということでした。それにはれっきとした理由があります。そしてそれは樹皮、枝葉という外部へ顕現した部分よりもむしろ、その植物の魂に関連しております。が、それだけでなく、よく観察するとその外見と魂との関係にも動物と植物の関連性を垣間(かいま)みることができます。
– どうもお話について行けないのですが…もう少し説明していただけますか。
では、いったん動物と植物の対比から離れて、それからもう1度その話に戻ってきましょう。その方が分かりやすいでしょう。天界はさまざまな発達段階の存在 – 権威において異なり、威力において異なり、性格において異なり、さらには各分野における能力において異なる存在がいます。
このことは地上に関しても言えることです。したがってそれは動物界についても言えることであることがお分かりでしょう。動物は種類によって能力がさまざまです。それぞれに優れた能力を発揮する分野があります。性格的にそうなっているのです。馬は蛇よりも人間と仲良くなりやすいですし、ハゲワシよりオウムの方が人間によく懐(なつ)きます。
さて、さきほど述べかけた類似の原理は、大ていの場合さほど明確でないにしても、植物界と動物界にも存在することが分かります。たとえば植物の代表としてカシの木を、動物の代表として小鳥を例にとって考えてみましょう。
カシの木は種子(どんぐり)を作って地上に落とします。これが土に埋もれて大地で温められ、内部の生命が殻を破って外部へと顕現します。実はそのどんぐりと小鳥は構造においても発生のメカニズムにおいても本質的にはまったく同じなのです。
この“内部から外部へ”という生命の営みは普遍的な法則であって、けっして破れることはありません。それは又、現在の宇宙を生んだ根源的物質の奥深くさかのぼっても同じです。エーテルの原子の説明を思い出してください。原子の最初の運動は内部に発します。そこでは速度が加速され、運動量が集積されます。外部に出ると両方とも鈍ります。
同じルールが他の分野についても言えることが分かりました。創造界の神々が順守すべき幾つかの統一的原理が確立されているということです。
そのうちの1つが、まず外皮があってその内部の美がそれを突き破って顕現し、その有用性に似合っただけの喜びが見る者の目を楽しませるということであり、また1つは2つの性 – 能動的と受動的 – であり、循環器系でいえば樹液と血液であり、呼吸器系でいえば毛穴と気孔であり、その他にもいろいろと共通の原理があります。
これ以上貴殿のエネルギーが続きそうにありません。これにて中止されたい。
アーネル†
訳者注 – 最後の部分がよく理解できないが、これは次の通信の冒頭でアーネル霊も指摘し、通信が正しく伝わっていないと言って、その補足説明を行っている。
しかし年代的にアーネル霊は中世の人間であり、オーエンは現代の人間であっても科学的には素人なので、内容の表現や用語に素人くささが出ている。大巾な書き変えは許されないので原文のまま訳しておいたが、読者はその趣旨を読み取る程度にお読みいただきたい。
■2020年6月3日UP■
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