※当時のコメントがところどころに残されていますが、ご参考までにそのまま掲載させて頂きます(祈)
『シルバーバーチの霊訓①』
いったいあなたとは何なのでしょう。ご存知ですか。自分だと思っておられるのは、その身体を通して表現されている一面だけです。それは奥に控えるより大きな自分に比べればピンの先ほどのものでしかありません。
『シルバーバーチの霊訓①』
ですから、どれが自分でどれが自分でないかを知りたければ、まずその総体としての自分を発見する事から始めなくてはなりません。これまであなたはその身体に包まれた“小さな自分”以上のものを少しでも発見された経験がおありですか。
『シルバーバーチの霊訓①』
今あなたが意識しておられるその自我意識が本来のあなた全体の意識であると思われますか。お分かりにならないでしょう。
『シルバーバーチの霊訓①』
となると、どれが普段の自分自身の考えであり自分自身の想像の産物なのか、そしてどれがそのような大きな自分つまり高次元の世界からの霊感であり導きなのか、どうやって判断すればよいのでしょう。
『シルバーバーチの霊訓①』
そのためには正しい物の観方を身につけなくてはなりません。つまりあなた方は本来が霊的存在であり、それが肉体という器官を通して自己を表現しているのだという事です。
『シルバーバーチの霊訓①』
霊的部分が本来のあなたなのです。霊が上であり身体は下です。霊が主人であり身体は召使いなのです。霊が王様であり身体はその従僕なのです。霊はあなた全体の中の神性を帯びた部分を言うのです。
『シルバーバーチの霊訓①』
それはこの全大宇宙を創造し運用してきた大いなる霊と本質的には全く同じ霊なのです。つまりあなたの奥にはいわゆる“神”の属性である莫大なエネルギーの全てを未熟な形、あるいはミニチュアの形、つまり小宇宙の形で秘めているのです。
『シルバーバーチの霊訓①』
その秘められた神性を開発しそれを生活の原動力とすれば、心配も不安も悩みも立ちどころに消えてしまいます。
『シルバーバーチの霊訓①』
なぜなら、この世に自分の力で克服できないものは何一つ起きない事を悟るからです。その悟りを得る事こそあなた方の勤めなのです。それは容易な事ではありません。
僕のツイートをご覧の皆さん。守護霊様からのインスピレーションは本当に素晴らしいのです。僕だけでなく皆さんにも個別の光輝と愛にあふれた守護霊がついて下さってるのです。どうか皆さんも艱難辛苦に身を晒し、自分の守護霊からのインスピレーションを認識するようになって頂きたいのです(祈)
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『シルバーバーチの霊訓①』
身体はあなたが住む家であると考えればよろしい。“家”であって“あなた自身”ではないという事です。家である以上は住み心地よくしなければなりません。手入れが要る訳です。しかし、あくまで住居であり住人ではない事を忘れてはなりません。
『シルバーバーチの霊訓①』
この宇宙をこしらえた力が生命活動を司っているのです。生命は物質ではありません。霊なのです。そして霊は即ち生命なのです。生命のあるところには必ず霊があり、霊のあるところには必ず生命があります。
『シルバーバーチの霊訓①』
あなた自身も生命そのものであり、それ故に宇宙の大霊との繋がりがあり、それ故にあなたもこの無限の創造進化の過程に参加する事ができるのです。
『シルバーバーチの霊訓①』
その生命力は必要とあらばいつでもあなたの生命の井戸からくみ上げる事ができます。その身体に宿る霊に秘められた莫大なエネルギー、あなたの生命活動の動力であり活力であり、あなたの存在を根本において支えている力を呼び寄せる事ができるのです。
『シルバーバーチの霊訓①』
あなた方にはそれぞれに“この世で果たすべき仕事”があります。それを果たすためにはこうした知識を摂取し、それを活力としていく事が必要です。霊に宿された資質を自らの手で発揮する事です。
『シルバーバーチの霊訓①』
そうする事は暗闇で苦悩する人々に光を与える小さな灯台となる事であり、そうなればあなたのこの世での存在の目的を果たした事になります。
『シルバーバーチの霊訓①』
宇宙にはある計画に沿った“摂理”というものがあります。私たちはそれにきちんと合わさるように出来上がっているのですが、それに合わすか否かは本人の意志による選択の自由が与えられています。
『シルバーバーチの霊訓①』
東洋のことわざに“師は弟子に合わせて法を説く”というのがあります。霊的に受入れる準備ができればおのずと真理の扉が開かれるのです。こちらから求めなくても良いのです。豁然と視野が開き、そこから本当の仕事が始まります。
『シルバーバーチの霊訓①』
と言っても私どもはあなた方の生活から問題も悩みも苦しみもなくなるというお約束はできません。お約束できるのは全ての障害を乗り越え、不可能と思われる事を可能にする手段をあなた方自身の中に見出すようになるという事です。
『シルバーバーチの霊訓①』
内部に宿る資質の中の最高のもの、最奥のもの、最大のものを発揮しようと努力する時、私ども霊界の者の中であなたに愛着を感じ、あなたを援助する事によって多くの人々の力になりたいと望む霊を呼び寄せる事になるのです。
『シルバーバーチの霊訓①』
悲しいかな、あまりに多くの人々が暗黒の霧に取り巻かれ、人生の重荷に打ちひしがれ、病める身と心と魂を引きずりながら、どこへ救いを求めるべきかも分らずに迷い続けております。私どもはこうした人々に救いの手を差しのべなければならないのです。
再び「帰幽日」と思われる超鮮明メッセージを受取らせて頂きました。今度こそ!今度こそこの数字の通りになりますように(本気祈)もちろん公表はしません。帰幽完了まで地上に霊的知識のタネを蒔いて×100 蒔きまくるのです☆テキストを撃って×100 撃ちまくるのです☆(祈)
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『シルバーバーチの霊訓①』
もし私どもが霊性の開発が容易であるとか、暗闇の中にささやかなりとも光明をもたらしたいと願う人々の仕事が楽に達成されるかのような口を利く事があれば。その事自体がすでに私どもの失敗を証言している事になりましょう。
『シルバーバーチの霊訓①』
決してそんな容易なものではありません。歴史を見てもその反対を証言する事ばかりです。真理と誤謬とがいつ果てるともない闘いを続けております。たぶん“完全”が成就されるまで続く事でしょう。しかし完全ということは事の性質上絶対に成就される事はありません。
『シルバーバーチの霊訓①』
その意味で私どもは長く困難で苦労の多い仕事に携わっている訳です。これより先どれほどの偏見と反感と敵意と誤解と迷信と故意の敵対行為に遭遇しなければならないかは、あなた方には想像もつかないでしょう。怖気づかせようと思って言っているのではありません。
『シルバーバーチの霊訓①』
事を成就するためにはそのあるがままの背景を理解しておく必要があるからです。私にはその大変さがよく分るのです。これまでも私は可能な限りの力を駆使して、克服不可能と思われた障害を克服して、あなた方の世界へ近づいてまいりました。
『シルバーバーチの霊訓①』
私一人の力ではありません。私は地上へ戻るべく選ばれた霊団の一人です。なぜその必要があるのか。
『シルバーバーチの霊訓①』
それは今、地上人類に降りかからんとしている苦難があまりに恐ろしいものであるために、霊界の力を結集して地上のあらゆる地点に橋頭堡を築かなければ、人類自らが人類を、そして地球そのものを破滅に陥れる事になるからです。
『シルバーバーチの霊訓①』
人類は物質文明を自負しますが、霊的にはきわめてお粗末です。願わくはその物質文明の進歩に見合っただけの霊性が発達する事を祈ります。つまりこれまで“物”に向けられてきた人間的努力の進歩に匹敵するだけの進歩が精神と霊性の分野にも向けられればと思います。
『シルバーバーチの霊訓①』
進歩に霊性が伴わない今の状態では、使用する資格のないエネルギーによって自ら爆破してしまう危険があります。そこで私どもは、地上生活全体の根幹であるべき霊的真理に従って各自が生活を営めるように、という事を唯一の目的として努力しているのです。
もはや地上にも下層界にも理解者のいない僕にとっては向こうの方々とのコミュニケーションしか興味ないのです。いつでもどんなメッセージでも受取れるように僕の霊的チャンネルは24時間フルオープンなのです☆って本当は帰幽して直接コミュニケーションに切り替えたいところなのですが(祈)
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『シルバーバーチの霊訓①』
嫉妬心、口論、諍い、殺人、戦争、混乱、羨望、貪欲、恨み、こうしたものを地上より一掃する事は可能です。そしてそれに代って思いやりの心、親切、優しさ、友愛、協力の精神によって生活の全てを律する事ができます。
『シルバーバーチの霊訓①』
それにはその根幹として、霊性において人類は一つであるとの認識が必要です。決して救いようのないほど暗い面ばかりを想像してはいけません。明るい面もあります。なぜならそうした障害と困難の中にあっての進歩は、たった一歩であっても偉大な価値があるからです。
『シルバーバーチの霊訓①』
全てが陰気で暗く侘しく感じられるこの地上において元気づけてあげる事ができれば、それだけであなたの人生は価値があった事になります。そして一人を二人に、二人を三人としていく事ができるのです。
『シルバーバーチの霊訓①』
霊の宝は楽々と手に入るものではありません。もしそうであったら価値はない事になります。何の努力もせずに勝利を得たとしたら、その勝利は本当の勝利と言えるでしょうか。何の苦労もせずに頂上を征服したとしたら、それが征服と言えるでしょうか。
『シルバーバーチの霊訓①』
霊的進化というものは先へ進めば進むほど孤独で寂しいものとなっていくものです。なぜなら、それは前人未踏の地を行きながら後の者のために道標を残していく事だからです。そこに霊的進化の精髄があります。
『シルバーバーチの霊訓①』
援助を求める真摯な熱意が等閑にされる事は決してありません。喪心からの祈りによる霊的つながりが出来ると同時に、、援助を受入れる扉を開いた事になります。その時に発生する背後での霊的事情の実際はとても言語では説明できません。
『シルバーバーチの霊訓①』
元来地上の出来事を表現するように出来ている言語は、それとは本質的に異なる霊的な出来事を表現する事は不可能です。どう駆使してみたところで、高度な霊的実在を表現するにはお粗末なシンボル程度の機能しか果たせません。
『シルバーバーチの霊訓①』
いずれにせよ、その霊的実在を信じた時、あなたに霊的な備えができた事になります。すなわち一種の悟りを開きます。
『シルバーバーチの霊訓①』
大勢の人が真の実在であり全ての根源であるところの霊性に全く気づかぬまま生きております。こうして生きているのは霊的存在だからこそである事、それが肉体を道具として生きているのだという事が理解できないのです。
『シルバーバーチの霊訓①』
人間には霊がある、あるいは魂があると信じている人でも、実在は肉体であって霊はその付属物であるかのように理解している人がいます。本当は霊が主体であり肉体が従属物なのです。つまり真のあなたは霊なのです。生命そのものであり、神性を有し、永遠なる存在なのです。
シルバーバーチ霊が多大な犠牲を払って地上人類にもたらしてくれた“ダイヤモンドの輝き”に譬えられる珠玉の霊的真理。僕たちはその美しい霊言の数々に触れる事で、大切な知識を得るチャンスを与えて頂いたのです。人類の宝とも言える霊界通信の書籍は、すぐ手の届くところにあるのです☆(祈)
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『シルバーバーチの霊訓①』
肉体は霊がその機能を行使できるように出来上がっております。その形体としての存在はほんの一時的なものです。用事が済めば崩壊してしまいます。がその誕生の時に宿った霊、これが大事なのです。その辺の理解ができた時こそあなたの内部の神性が目を覚ました事になります。
『シルバーバーチの霊訓①』
肉体的束縛を突き破ったのです。魂の芽が出始めたのです。ようやく暗闇の世界から光明の世界へと出てきたのです。あとは、あなたの手入れ次第で美しさと豊かさを増していく事になります。
『シルバーバーチの霊訓①』
そうなった時こそ地上生活本来の目的である霊と肉との調和的生活が始まるのです。霊性を一切行使する事なく生活している人間は、あたかも目、耳、あるいは口の不自由な人のように、霊的に障害のある人といえます。
『シルバーバーチの霊訓①』
霊性に気づいた人は真に目覚めた人です。神性が目を覚ましたのです。それは、その人が人生から皮相的なものではなく霊という実在と結びついた豊かさを摂取できる発達段階に到達した事の指標でもあります。
『シルバーバーチの霊訓①』
霊の宝は地上のいかなる宝よりもはるかに偉大であり、はるかに美しく、はるかに光沢があります。物的なものが全て色褪せ、錆びつき、朽ち果てたあとも、いつまでも存在し続けます。
『シルバーバーチの霊訓①』
魂が目を覚ますと、その奥に秘められたその驚異的な威力を認識するようになります。それはこの宇宙で最も強力なエネルギーの一つなのです。その時から霊界の援助と指導とインスピレーションと知恵を授かる通路が開けます。
『シルバーバーチの霊訓①』
これは単に地上で血縁関係にあった霊の接近を可能にさせるだけでなく、血縁関係はまるで無くても、それ以上に重要な霊的関係によって結ばれた霊との関係を緊密にします。その存在を認識しただけいっそう深くあなたの生活に関わり合い、援助の手を差しのべます。
『シルバーバーチの霊訓①』
この霊的自覚が確立された時、あなたはこの世的手段をもってしては与える事も奪う事もできないもの―磐石不動の自信と冷静さと堅忍不抜の心を所有する事になります。
『シルバーバーチの霊訓①』
そうなった時のあなたは、この世に何一つ真にあなたを悩ませるものはないのだ―自分は宇宙の全生命を創造した力と一体なのだ、という絶対的確信を抱くようになります。
「現代の日本に於けるスピリチュアリズムの第一人者、近藤千雄先生の著書・訳書の一覧です」というサイトもあります☆ http://www.paperbirch.com/books/kondo.html 僕はここに紹介されている書籍をほぼ9割読破しました☆これらの書籍は人類の宝なのです☆超超超超超オススメです☆(祈)
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『シルバーバーチの霊訓①』
人間の大半が何の益にもならぬものを求め、必要以上の財産を得ようと躍起になり、永遠不滅の実在、人類最大の財産を犠牲にしております。どうかどこでもよろしい、種を蒔ける場所に一粒でも蒔いてください。冷やかな拒絶に会っても相手になさらぬ事です。
『シルバーバーチの霊訓①』
議論をしたり伝道者ぶった態度に出てはいけません。無理して植えても不毛の土地には決して根づきません。根づく所には時が来れば必ず根づきます。あなたを小ばかにして心ない言葉を浴びせた人たちも、やがてその必要性を痛感すれば向こうからあなたを訪ねてくる事でしょう。
『シルバーバーチの霊訓①』
私たちを互いに結びつける絆は神の絆です。神は愛をもって全てを抱擁しています。これまで啓示された神の摂理に忠実に従って生きておれば、その神との愛の絆を断ち切るような出来事は宇宙のいずこにも決して起きません。
『シルバーバーチの霊訓①』
宇宙の大霊である神は決して私たちを見捨てません。従って私たちも神を見捨てるような事があってはなりません。宇宙間の全ての生命現象は定められたコースを忠実に辿っております。
『シルバーバーチの霊訓①』
地球は地軸を中心に自転し、潮は定められた間隔で満ち引きし、恒星も惑星も定められた軌道の上を運行し、春夏秋冬も永遠の巡りを繰り返しています。
『シルバーバーチの霊訓①』
種子は芽を出し、花を咲かせ、枯死し、そして再び新しい芽を出す事を繰り返しています。色とりどりの小鳥が楽しくさえずり、木々は風にたおやかになびき、かくして全生命が法則に従って生命活動を営んでおります。
『シルバーバーチの霊訓①』
私たちはどうあがいたところで、その神の懐の外に出る事はできないのです。私たちもその一部を構成しているからです。どこに居ようと私たちは神の無限の愛に包まれ、神の御手に抱かれ、常に神の力の中に置かれている事を忘れぬようにしましょう。
シルバーバーチはいわば霊的知識の初心者の方々へ向けた書籍ですが、もっと高度な霊的知識に興味を持たれた方は僕の過去ブログ「さらにさらに書籍紹介です♪」にて様々な霊関連の書籍を紹介していますのでぜひ参考にしてみてください。知識を得て損する事など一つもないのですから☆(祈)
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アナログ絵77
霊団が指し示す道は“これ”なのです。僕は画家時代から一貫してケコーンの意思はないと公言し続けてきましたが、イエス様に「この道を行きなさい」と言われたら自由意志を行使してそのご意思に従うのです(祈)

【たきざわ彰人(あきと)の呪い―背後霊団へ“遠隔霊障”のお願い】僕のブログを通してお読み下さっている日本の方々に、最大級の感謝の念を捧げます(祈)山を愛する霊覚者・たきざわ彰人です。交霊会開催、そして21ピーチピチとの件、そして21ピーチピチの父親が5人Kしてる→
→S○Xバ○のレ○プ魔で、6人目として僕の事もKそうとしていたという、この揺るがざる事実を日本の方々が正しく、正しく理解して下さる事を切に切に願ってやみません。僕は去年7月から“隔離フィールド内の聖戦”に突入し、そのバカ(未熟霊)に速攻で勝利し、それ以降はイエス様から直接→
→“愛の試練(霊障イペルマルシェ)”を賜り続け、徹底的に精神力を鍛えられながらここまでやってきました。愛の試練は現在も賜り続けています。(ブログ「「愛の試練」についてお話をさせて頂きました。MP3をUPします」spiritualist.sakura.ne.jp/160219.html参照)
つまり、今このブログを書いている最中も複数の霊障を常時浴びながら書いている、という事です。セブンでつま先立ちで仕事をしている時も、複体(ダブル)の三半規管をいじられて身体を右に左にガックンガックン揺さぶられるのです。休憩時間にポメラでテキストを撃っている時も、→
→最高に頭を絞められて意識を遠くさせられたり、集中できないように邪魔されるのです。山でのナイトアタック中も、暗闇のトレイルを進みながら最高に三半規管をいじられて、僕は何度も前後左右にふらつかされて転倒しそうになりながら、手も使ってハイスピードで暗黒の樹林帯をガンガン→
→登攀しているのです。僕のこの生活…ご覧の方々にはまず想像できないでしょうね。普通の方が現在の僕の状態、霊障イペルマルシェ状態に突入して生活したら、間違いなく心が恐怖で満たされ、確実に心が壊れるでしょう。「こんな状態ではもう生きられない」と、自Kすること間違いなしなのです→
→(霊能者、江○啓之は、守護霊から賜った霊的試練から逃げて大声で歌い始めた男です。江○も屈してしまった霊的試練を僕は現在も浴び続け、しかも完全に克服しているのです)が、しかし、実はこの“三半規管”の霊障に関してだけは、僕以外に“体験者”がいるのです。それは→
→“セブンのオーナーの奥さん”です。ではなぜ、オーナーの奥さんは僕の霊団に三半規管をいじられてフラつかされる“ハメ”になってしまったのでしょうか(笑)それはこういう事です。以前の事ですが、オーナーの奥さんは、僕に対してある“思念”を抱きました。→
→(思念の内容は、まぁまぁまぁまぁ笑。若い奥さんですから)すると、その奥さんの思念に対して、僕の霊団が「奥さん、たきざわ彰人は我々高級霊が使用する道具です。あなたのオモチャではありませんよ。今考えている事を実行に移すのは、およしなさい…(愛念)」という感じで、→
→優しく、ソフトに、ごく軽く、ごく弱く、奥さんの三半規管に影響力を行使して、奥さんは立っている事もままならないほどフラフラの状態になってしまい、医者の診断で「良性なんとか目まい症」みたいな感じに診断され、セブンの仕事もできなくなってしまったのです。
ま、その後のすったもんだは省きましょう(笑)で、このセブンのオーナーの奥さんの一件が何を意味するのか?ここが大事なのです。つまり、僕の霊団は、霊性発現していない一般ピーポー、霊的なモノ、霊力に感応しない一般の人間をも“霊障状態”にできる、という事なのです。
日本の皆さま、宜しいですか。このブログで僕が何を言おうとしているのか。今回、僕は当ブログにて、守護霊様率いる背後霊団に向けて、正式に“お願い”をさせて頂きます。(もっとも、僕の思念はとっくに霊団はご存知なのですが、こうして形にするのも大事なのです)そのお願いとは…。
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21ピーチピチの父親に対する【遠隔霊障】のお願いです(本気祈)
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つまり、セブンのオーナーの奥さんにしたように、霊団の手により21ピーチピチの父親を“霊障状態にして下さい”と正式にお願いをさせて頂くのです。オーナーの奥さんに対しては、ごくごく軽く、弱く、→
→ソフトタッチに三半規管に影響力を行使された霊団ですが、今回の僕のお願いは“MAXレベル”を希望致します。どうか、霊団の手により21ピーチピチの父親の三半規管をMAXレベルでメッチャクチャに!グッチャグチャに!テテーイテキにいじくり倒して頂きたいのです。
21ピーチピチの父親の身体を、全く立っていられないほどグラングランのグチャングチャンに揺さぶりまくって頂きたいのです。父親に地上最大級の恐怖を与えてやりましょう。寝ている時以外はずっとふらつかされっぱなし、日常生活など送れない状態に突入させ、生活を破壊させ、→
→寝たきりの状態に突入させるのです。そして体力・気力ともに衰えさせ、衰弱させ、心を恐怖と絶望感で徹底的に満たし、確実に自Kに追い込むのです。守護霊様はじめ霊団のメンバーの方々、どうか僕のこのお願いを聞き入れて頂きたいと思います。えー、今後のためにも、→
→その三半規管をいじられてフラつかされる霊障に“名称”を付けましょうか(笑☆)僕は以前、怒涛の勢いで霊的知識をツイッターのタイムライン上にコピペツイートしていましたが、その怒涛ツイートの事を「フレイボム」と呼んでいました。タイムライン上で霊的知識が爆発してタネが日本に→
→いっぱい広がる事をイメージして付けたのですが、それを利用して、今回の霊障を『三半フレイボム』という名前にさせて頂きます(笑)
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…たきざわ彰人(あきと)の呪い…
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21ピーチピチの父親、よくも1年以上、交霊会の邪魔をしてくれたな。
よくも1年以上、イエス様のご意思遂行を邪魔してくれたな。よくも、よくも、ずっと、ずっと、徹底的に僕の事を邪魔し続けてくれたな。僕、たきざわ彰人は1歩も退く気はない。絶対に諦めない。必ず○○を自Kに追い込むよ。確実に仕留めるよ。破壊力MAXレベルの三半フレイボム、→
→とくと味わうがいい。徹底的に○○に恐怖を与えてやるよ。たきざわ彰人の呪い…21ピーチピチの父親、○○は100%自Kするよ。必ず自Kさせるよ。霊団主導で○○を呪いKすよ。確実にやってやるよ。必ず、必ず○○を自Kさせるよ。三半フレイボムで○○を寝たきりにさせるよ。
絶対に、絶対に、21ピーチピチの父親、○○を自Kに追い込むよ。僕はイエス様のご意思遂行を絶対に諦めないよ。聖霊に対する罪…21ピーチピチの父親、三半フレイボムでグラングランに身体を揺さぶられ、たきざわ彰人の呪いで恐怖にガックガクに震わせてやるよ。
たきざわ彰人の呪い、○○に徹底的に恐怖を与えてやるよ。徹底的に絶望感を与えてやるよ。2度と立ち上がれないようにしてやるよ。必ず○○を自Kに追い込むよ。守護霊様はじめ霊団の方々、本当に僕のお願いを聞き入れて頂きたいと思います(本気願)
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21ピーチピチの父親、たきざわ彰人の呪いで確実に自Kさせるよ…(祈)
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アナログ絵76
人間扱いされていないももちゃんはじめ奴隷の女の子たちに、僕にできる精一杯をしてあげたいと思うのです。僕は当たり前の事を言っていると思うのですが、皆さま、いかがでしょうか?(祈)

ar7_akito

仮病で同情を誘う、って聞こえた。
04-05 20:27

逃げたかった、って聞こえた。逃げればいいじゃないですか。
04-05 20:22

火、あぶらないでください、って聞こえた。焼きKす気か。
04-05 20:18

またちょっと良くない事をやろうとしてるなぁ、って聞こえた。
04-05 20:06

昨日のインスピレーション、松○修造氏が試合に勝利して「やったー!」と叫んでコート内に観客がなだれ込む映像、実はこれには2年前からの“伏線”があるのです。書けるようなら書いてみますが正直厳しいかも。それに書いてみたところで誰にも理解しては頂けないでしょうからね、悲しいですね(祈)
04-05 13:08

アタック帰還。気だるさに包まれつつ明日の作業の準備中。日々受取らせて頂いてるインスピレーションには2面性があり、僕はそのポジのメセに重きを置いて諸作業をしてます。霊団、ネガなメセなど送らないで下さい。イエス様のご意思成就以外に何があると言うのですか。今日もホント頼みます(祈)
04-05 12:51

【人食人種に関する霊団からの追加情報】さっそく本題に入ります。霊団から、21ピーチピチの父親の“兄”の人食人種ぶりについての追加情報を受け取らせて頂きましたので、簡潔に紹介させて頂きます。まずインスピレーション「最下層の所で兄に」これは○居地下で奴隷の女の子たちが兄の相手を→
→させられているというメッセージです。「うしろだされちゃった」「とても生意気な奴とやる」とも受け取らせて頂いています。○居内には8人の奴隷の女の子がいると霊団から情報を受け取らせて頂いていますが、その中に、兄に食って掛かる生意気な女の子がいるという事です。が、僕から言わせれば→
→と言うより国民の総意だと思いたいですが、小さな女の子の人格を完全に無視して幽閉状態でイジメの限りを尽くし、最後は四肢切断してKし、その肉を食する兄が、女の子に対して何を意見が言えるというのでしょうか?インスピレーション「お前らブタだ」これに全て帰結します。この兄は奴隷の→
→女の子の事を人間と思っていないのです。家畜扱いしているのです。インスピレーション「仕事、食べる事が生きがい」「全然反省していない、ビジネスだもん」このメセからも分かるように、この兄は女の子をKして食べる事が自分の仕事だと言っているのです。ご覧の皆さま、どのようにお感じに→
→なられますか?そんな仕事が地球上にありますか?どう考えてもおかしいと首を傾げてしまいますよね?インスピレーション「全部盗品」とも受け取らせて頂いています。国民の血税で他人の宝物(赤ちゃん)を盗みまくり、イジメまくり、Kしまくり、その肉を食べまくっている…それが自分の仕事→
→なのだそうです。この兄の意見に“納得”できる方がいらっしゃいましたら挙手をお願い致します…。いる訳がありませんよね?さらに、重い電子トビラが開かれ、中から防寒服を着た男性が現れ、様々なタイプの肉が運ばれる映像も霊視にて拝しています。兄はとにかく少女の肉を食べる事が生きがい→
→という事なのです。日本の皆さま、シルバーバーチ霊も「ラベルはどうでもよろしい」とおっしゃっておられるように、僕たちも神から授かった“理性”を駆使して正しい、十全な判断をしなければなりません。この兄の鬼畜の所業、許せますか?皆さまにも冷静にお考え頂きたいと思います。
そして、21ピーチピチの父親とその兄は、僕に何もかもバラされた事によって、僕の暗K計画も頓挫してしまいました。バラされる前に暗Kしなければ意味がありませんからね。そしてその状況を受けてインスピレーション「いいよKさなくて、生き残る事になったぞ、ブタうれしいか」と受け取らせて→
→頂きました。これは兄が奴隷の女の子をKす事をやめた、というメッセージなのですが、“ブタうれしいか”の一言がどうにも心に引っかかります。女の子の命に全く価値を見出していない、Kす事が自分の仕事だと言い張るこの兄に、国民の心に響く、国民を助ける仕事が果たしてできるでしょうか?
はい、ショートブログという形にて再び霊団から受け取らせて頂いた情報を紹介させて頂きました。21ピーチピチの父親とその兄が、奴隷の女の子をイジメ抜き、Kしまくり、その人肉を食べまくり、何の良心の呵責も持ち合わせておらず、女の子をブタ扱いしているという事がお分かり頂けた事と思います。
霊団から、21ピーチピチの父親とその兄が“逃亡”というメセを複数受け取らせて頂いています「笑いながら逃げる」「笑顔で手を振って逃げる」といった感じに。おふたり、これだけの事実が露呈した状況で、一体どの顔で国民の前に登場すると言うのですか?一体どの顔で国民に向けてお言葉を→
→発せられるというのでしょうか。おふたりが語るその言葉に、国民は真摯に耳を傾けると思いますか?もう十分でしょう。2013年4月、僕はイエス様の“怒涛の連続顕現”に浴させて頂き、霊的知識普及の使命をお願いされてしまいました。そして僕は苦悶の末にそのご意思に従う決断をし、現在まで→
→霊団からの大変厳しい教化、および強化を受けてここまで来ました。つまりこういう事です。2013年の時点でイエス様は現在の状況を見抜いておられた、という事です。その未来に向けて僕を徹底的に鍛え上げていた、という事なのです。つまり全てはイエス様はじめ高級霊の方々の手中にある、→
→という事です。僕はイエス様のご意思を遂行します。霊媒として機能します。おふたり、交霊会の邪魔をやめて下さい。イエス様が僕という道具を使用して霊的仕事をなさいます。それを邪魔する事は“聖霊に対する罪”に値するのです…(祈)
アナログ絵74

当ブログにて交霊会開催のためのサークルメンバーを“公開募集”した、その日の夜の事です。幽体離脱時に、過去ブログ「青いグミと赤いグミ」に匹敵するほどの超超超超超高精細な映像メッセージを受取る事となりました。ここ数週間は、霊団側から霊的使命と全く関係のない“娯楽性”の強いメッセージばかりが降ってきていたのですが、今回は久しぶりに僕が背負ってしまった使命に即した内容のメッセージでしたので、あまりに鮮明な内容だったという事もあり、ここに紹介してみようと思います。
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それはなぜか「テニスの試合」でした。その試合の詳細情報は不明なのですが(霊団が僕に伝えたいメッセージと関係ない情報なのでカットしたのでしょう)分った事としては、その試合をしているのが、皆さんよくご存知の「松○修造」氏で、その試合が何らかの世界大会で、修造氏はその世界大会での初勝利を目指している、そしてその試合の解説者を「神和○純」氏がつとめている…といった内容でした。
その試合の中で松○修造氏は敵にすでに2セットを奪われ、さらにはマッチポイントを握られてしまい、あと1本落とせば敗北という絶体絶命の状況でした。そして敵との厳しいラリーが続く中、その映像の中に突然“僕の声”がカットインしてきて「イヤまだだ、よく見ろ」と言うのでした。きっと観客席で試合の様子を見ている僕の声だったのではないかと思います。そして次の瞬間、修造氏のギリギリのショットが決まって何とかマッチポイントをしのいだのでした。
そしてその後、修造氏は何とかそのセットをものにし、解説者席の神和○純氏が松○修造氏の激闘の様子、ならびにこの試合に至るまでの経緯等を話しながらハンカチを片手に大泣きに泣くのでした。世界大会の男子シングルスは5セットマッチですのでまだ試合は続きます。現在↓
【松○修造氏 1 ― 2 対戦相手】
…という事ですが、今回の幽体離脱でのメッセージに登場している「松○修造」氏、ならびに「神和○純」氏は“ご本人の霊体”だったのでしょうか…肉体に包まれている時は全く認識していなくても、幽体離脱して霊体をまとった時はあらゆる霊的事象に瞬間的に精通する事ができます。ひょっとしたら僕の背後霊団の方々に“出演依頼”をされて、僕の現在の使命遂行にまつわる状況を霊団の方々から聞いて「そういう事なら」と引受けて下さった…のかも知れません。もしそうなら、おふたり、ありがとうございます。
そして試合は8時間にも及び(5セットマッチの試合時間としては異常に長いです)苦闘の末に松○修造氏が3対2で大逆転勝利を決めたのでした。解説者席の神和○純氏は「これで始まる」とつぶやいてさらに泣くのでした。このおふたりの演出によるテニスの試合から、僕は瞬間的に霊団からのメッセージを汲み取りました。『諦めるな』これ以外にありません。マッチポイントを握られ絶体絶命の状態になっても諦めず戦った松○修造氏の姿は、まさに現在僕が置かれている“使命遂行”にまつわる状況と酷似していると理解できたのでした。
交霊会を開催するためのサークルメンバーをどうやっても集める事ができず、霊媒として仕事できずに地上に残され続ける状況に置かれてしまっている僕に向けての「何とか頑張れ」という霊団からのメッセージだった訳です。そして解説者の神和○純氏が「これで始まる」といって大泣きしていたのは、“マッチポイントをしのいで逆転勝利する”これが→“絶対不可能と思われたサークルメンバーを集める事ができる”という事を意味し、ようやく交霊会開催にこぎつける事ができた、という意味だとすぐに理解できたのでした。
そしてもうひとつ、神和○純氏の“解説者”というポジション…あれは守護霊様のポジションではないか?そんな気もしたのでした。帰幽を望んで揺れまくる僕を守護霊様は高みから“あんな感じ”で涙をためて見つめておられるのかも知れない…そう思うと僕は途端に申し訳ない気持に襲われるのでした。守護霊様…いつも揺れまくりで申し訳ありません(謝)
で、この超超超超超鮮明に内容を反芻する事ができた今回の幽体離脱でのメッセージ映像、実はまだ続きがあるのです。8時間の激闘で勝利した翌日、松○修造氏は呼び出されてある場所に向かいます。「きっとテニスコートだろう」そう思った修造氏はラフなネクタイとジャケット姿だったのですが、到着してみると、何とそこは日本の皇族の方々が大勢集まる豪華式典会場だったのです。皇族の方々は全員、式典用のスーツを身にまとっています。
ラフな服装の修造氏は、豪華な会場の様子を“何事か”と目を丸くしながら見ていたのですが、ほどなくして会場中央のステージに案内されました。周りに皇族の方々が囲むように陣取っています。松○修造氏がステージを見ると、何と!目の前に「天○陛下」がおられるではありませんか。えー、僕などという男が、こんなブログでこんな事を書くのは無礼の極みである事は重々承知しているのですが、幽体離脱中に見てしまったものは、メッセージとして受取ってしまったものは仕方ないのです。事実は事実として書かねばなりません。事実、修造氏の目の前に、我が日本国の「天○陛下」がおられたのです。
僕は自分が霊体を通して見たまま、聞いたままをここに紹介させて頂いてます。式典用のスーツに身を包んだ天○陛下は、目の前で驚きの表情をしている松○修造氏に贈り物をするのでした。次々とステージ上に巨大な壷や宝飾品が運ばれ、たちまちステージ上は豪華な品々でいっぱいになるのでした。修造氏は目の前の品々を口をあんぐりと開けてただただ見つめるのでした。。。そしてここまでで幽体離脱が終了し、僕は肉体に帰還したのでした。
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…はい。いかがだったでしょうか。過去ブログ「青いグミと赤いグミ」同様、僕の出演はなく、あくまで僕は映像の閲覧者としてのメッセージだった訳ですが(僕の声のカットインはありましたが)とにかく、とにかく、超鮮明映像で内容を正確に反芻する事ができたのでした。松○修造氏、神和○純氏との出会いに留まらず、まさかまさか、幽体離脱中に「天○陛下」にお会いするという、日本人として最高といえる光栄な状況に浴させて頂いてしまったのです。僕は過去、2度ほどイエス様と幽体離脱にてお会いしていますが、今回の件はそれに匹敵する状況に間違いないのです。
上記にも書きました。肉体をまとっている時は正しく認識できなくても、霊体をまとった時はあらゆる霊的事象を正しく、瞬時に理解する事ができるのです。ひょっとしたら天○陛下も、僕が霊媒として発動する事、僕という通路を通して日本という国に新時代の霊言がもたらされる事の重大性、霊的意義を霊体を通して正しく認識して下さり、霊団の要請を受けて僕に向けたメッセージに協力して下さったのかも知れません。もしそうなら、天○陛下、本当に、本当に、光栄の極みです、ありがとうございます。
そして今回の天○陛下のご出演は、これは僕の予測であり、そういうインスピレーションは受取っていないのですが、きっと現在僕に協力して下さっている“後白河天皇”が先頭に立って天○陛下に出演依頼をされたのではないか、と予測しています。後白河天皇には過去、イエス様と対で何度も顕現して頂いてます。僕はそこに“日本”という国に対する強烈な“想い”を感じました。僕がサークルメンバーを集める事を諦めずに霊媒として発動し、霊的仕事をする事が日本に大きな霊的褒章をもたらす…だから頑張れ…こういう感じの後白河天皇のご意思が今回の天○陛下の出演につながったのではないかと思うんです。同じ“天皇”ですものね。
僕が今回見させて頂いたこのストーリー、皆さん、どうお感じになられましたか?僕は信じます。きっと誰しも同じような感想を抱いたと。それは…松○修造氏がマッチポイントをしのいで大逆転勝利を収める、つまり、サークルメンバーを集めようがない絶望的局面においても決して諦めずにメンバーを召集し、交霊会を開催して現代の日本に新時代の霊言を降らせるという霊的仕事をやりきる事によって、帰幽後に霊界にて現在の僕では想像もできないような霊的褒章を賜る事ができる…だから頑張れ『諦めるな』…そういう霊団からのメッセージに絶対に!絶対に!間違いがないのです。
※ちなみにひとつ補足を。松○修造氏の前に巨大な壷や宝飾品が次々と運ばれた時の事ですが、どれもとても大きくて重そうな壷なのに、それらがいかにも軽そうに“ヒョイッ、ヒョイッ”と運ばれてくるのです。僕はその様子を見て「またこの動きか」と苦笑いしたのでした。重力の影響を受けない向こう(霊界)の“動き”は、地上の動きを見慣れている僕たち地上人には、時に奇異に、そしておかしく映る事があります。過去ブログ「帰幽後の次男の様子」でも霊界でのヒトやモノの動きについて詳しく紹介していますので、良ければそちらも参考にしてみて下さい。
はい。こんな感じで、またしても幽体離脱にて霊団からの猛烈なるご意思、メッセージを受取った訳ですが、ブログにて“サークルメンバーの公開募集”をしても全く無反応。もちろんです。当然です。こうなる事は分っていたのです。こんなブログを書いたって集まる訳がないんです。しかし、しかし、霊団の方々は僕との帰幽の約束を反故にしてまで僕を地上に残し続け「何とか頑張れ」とひたすらメッセージを送ってくるのです。
あなた方(霊団)のおっしゃりたい事は良く分りますし、この霊的仕事を果たす事の重大性も十分!十分!認識しています。しかし実際に、具体的にどう行動しろというのです?もうサークルメンバーを集める手立てがないじゃないですか?もう方法がないのに何をどうがんばれというのですか?霊界の無限の叡智をもって導くはずのあなた方でさえ導く術を失い、ついには僕に使命遂行を“丸投げ”するような状況に突入してるではないですか。霊界の方々が“お手上げ”なのに、陳腐な物的脳髄に包まれた地上の僕にこれ以上何をしろとおっしゃいます?現在の僕は霊団の方々に本気でこう言いたい気分なのです。
しかし、しかし、今ブログを書いてる時、またしても法悦の霊力が頭に降ってきてキィィィンってなるのです。テキストを撃ってる最中に軽くトランスに入りかけた時「急いで!急いで!」という声が(どなたかは分りませんでした)霊聴に響くのです。「諦めるな」「何とか頑張れ」霊団からのメッセージはひたすら“コレ”なのです。もう長文のテキストを撃つ事自体が苦痛で、正直イヤでイヤで仕方ないですし、何で絵を1ミリも描かずにコレほどまでテキスト撃ちまくらなきゃならないのかと思うと、どうしても怒りがこみ上げてきてしまいますが、そこを何とかこらえてこうしてテキストを撃ってる訳です。
ハッキリ言って、もう僕には交霊会のサークルメンバーを集めるアイデアはありません。んー…しかし、過去ブログでも少し書きましたが、僕の心の中に、切らずにしまってある“奇想天外カード”というものがまだひとつだけ残ってます。しかしこのカードの内容はあまりにもブッ飛んでおり、僕はこのカードは切らないまま帰幽するつもりでいたんです。しかし、コレほどまで霊団からメッセージを受取ってしまうと、もうこのブッ飛んだカードをその当人に向けて投げるしかないのかも知れません。んー…、うー…(祈)

順調に事が運んでいれば、僕は2012年12月16日(日)をもって帰幽完了していたはずなのです。イヤでイヤで仕方ないこの地上を離れて素敵な生活の場へ行けるのを最高に楽しみにしていたのです。しかし僕の帰幽はその後も何度も何度も延期となってしまうのでした。
そして12月16日の帰幽延期のあとしばらくして、12月20日頃から、僕は「撃って出る」と称して、僕が今まで守護霊様の導きに従って果てしなく読みまくってきた霊関連の書籍の内容を抜粋してツイッター上にUPしまくるという無謀な行為に出ました。なぜ撃って出たのか、理由は自分でもよく分りません。でもきっと、黙ってる訳にはいかない、そんなような気持だったのかも知れません。
帰幽を今か今かと心待ちにしながら、これが僕の地上における最後の仕事だという認識のもとに、毎日ひたすら本の内容を抜粋し続け、霊的知識のタネを蒔きまくりました。来る日も来る日もテキストを撃ちまくっていたのです。そんなある日、僕は守護霊様から「ミスター・アルファ星」というインスピレーションを受取らせて頂きました。
何度も何度も帰幽が延期される中、悶々としながらもひたすら本の内容の抜粋を続けた事が、どうたら僕の予想を超えて成果が出ていたようなのです。「ミスター・アルファ星」の意味はきっと、僕が蒔いた霊的知識の光が徐々にWeb経由で人々へ広がっている事を意味しているのではないか…そんなふうに思ったりするのでした。
そんな中ついに、3月20日(祝)に帰幽できる、しかも帰幽方法が「交通事故」から「山」に変更になるという守護霊様からの超鮮明メッセージ映像を受取らせて頂き、僕の心は躍ったのですが、その後イエス様の「何ともいえない表情」での顕現があり、(この時の様子はブログ“何とも言えない表情のイエス様”をご覧下さい)僕はそのご意志を読み取り、そして従い、自ら帰幽延期を宣言したのでした。
つまりそれほど、イエス様まで顕現してくださって僕に帰幽を踏みとどまらせようとするほど、僕が果てしなく行ってきた「撃って出る」行為が成果を挙げていたのだと思われるのです。僕が蒔きまくった霊的知識のタネが、少しずつ人々の心に根づいて、あちこちで花を咲かせているのかも知れない、そんな気がしたのでした。
そして帰幽延期を自ら宣言して約1ヶ月、既に指導霊の男性から「4月23日に山で帰幽完了」というメッセージを受取っていて、僕はその日を心待ちにしつつ、ラストスパートとばかりにテキストを撃って撃って撃ちまくっていました。しかし、4月23日が近づくにつれてまたしても状況が変化し始めました。何と、連日連夜、毎晩のようにイエス様が僕に顕現してくださるようになったのです。
とにかく何度も×100 イエス様が顕現してくださるのです。そこに笑顔はありません。何かを訴えかけるようなイエス様の眼差し(時にまばたきもありました)がひたすら僕に向けられ続けるのでした。そこに強烈なメッセージを感じるのは当然の話なのです。そしてそのイエス様の「ご意志」は、僕は大体分っていました。それが僕の願望と正反対のものである事も分っていました。それは…
イエス様は僕に、地上に残って霊的知識のタネをもっと蒔いて欲しい、霊的真理普及活動の使命を担ってもらいたい…連日連夜の怒涛の!怒涛の!!怒涛の!!!連続顕現に込められたイエス様の強烈な「ご意志」は、そうであるに違いない事を僕はほぼ確信していました。しかし…僕は帰幽したくてしたくてたまらなかったのです。これ以上地上に残るのがどうしてもイヤだったのです。
悩みました。数日間、最高レベルに悩みました。僕はどうしても4月23日で帰幽完了して、霊界にて思念描画に突入して紫外色赤外色に触れたかったのです。本当にどうしても地上に残りたくありませんでした。しかし、こうも考えました。イエス様にここまで!ここまで!して頂いて、それで為すべきを為さずに向うに帰ったら、ぼくは間違いなく100%後悔するだろう…と。
そしてその日も再びイエス様が怒涛に連続顕現してくださるのです。僕は心の中で泣きながらその顕現を浴び続けていました。そして起床後、顕現の様子、そしてその前後の霊的現象を思い浮かべながらごはんを食べている時、何て言うか、急に、本当に急に、「あぁぁもう残ります!地上に残ります!帰幽は諦めます!ご意志に従います!」と、半ば衝動的に声に出して宣言してしまったのでした。
その時の自分の精神状態をうまく反芻できません。でもきっと、もうそうする以外に選択肢はなかったんだろうと思います。永遠に比べてほんの一瞬の地上生活、その一瞬の苦難を耐える事もできなくて、幼稚に泣いて向うに帰ってどんな顔でイエス様にお会いすればいいのか…向うに帰ればちゃんと絵に戻れるんだから、もう覚悟を決めて地上の仕事をやるしかない…そんな心境だったんじゃないかって思うんです。
…とまあそんな感じで(滝汗)僕はまたしても自分の願望とまるっきり!まるっきり!正反対の決断をして、天界のイエス様に向って声に出して宣言してしまったのでした。そしてその後、4月23日に予定通り山にアタックに行きましたが、もちろんそこでの帰幽はなく、何事もなく無事にゴールしてしまうのでした(悲涙)これにて、僕が最高に!最高に!待ち望んでいた「帰幽(肉体を脱ぎ捨てて本来の場所、霊界へ帰る事)」の可能性は完全に消失してしまったのでした…(祈)
そして現在、僕が新たに担う事となってしまった、僕にはあまりにも重い責任である、霊的知識普及の使命に関する計画が霊界の方々によって着々と練られている模様で(そう連想させる数々のインスピレーションを既に受取っています)現在待ち期間、いわゆるタイムラグ発生中です。実はその使命に関する「会議」に、僕も幽体離脱にて参加させて頂いてます。最も、その会議の内容はこの物的脳髄などではまるっきり反芻できませんが。(※僕の霊体には記憶されてます。帰幽すればその記憶が蘇る、という訳です)
どういう形で使命遂行となるのかまだ判断できませんが、間もなく僕を取り巻く状況が少しずつ変化し始めるものと思われます。霊的知識普及の使命遂行に当り、僕の才能である「絵」の能力を活かす事ができるのか、果たして絵に戻れるのか、そこがやはり気になるところですが、僕が背負ってしまった「使命」があまりに大きく重すぎるので、何かもうそんな個人的な願望など言ってられないような気分でもあり、そんな複雑な心境を抱えつつ、とにかく今は心静かに待つという状況です。
ちなみにイエス様の怒涛の連続顕現の時、その顕現と平行してさまざまなインスピレーションも流星のように僕に降りまくっていました。実はその中に、(たぶん)7名からなる霊団が新たに僕に協力して下さる事になった、というメッセージがあったのですが、その霊団のリーダーと思われる方が、100%確定ではありませんが(でもこの予想でほぼ間違いないと思ってます)誰でも知っている、ある歴史上の天才画家の方だったのです。
そのお方が誰であるか、現時点ではまだ僕の使命遂行の状況が混沌としてますので、僕の独断で霊界の方々にご迷惑をおかけする訳には行きませんので公表は控えます。ただ逆説的に、それほどのお方、かの天才画家の方が僕に協力してくださるのなら、当然僕は絵に戻るのではないか、そんな予測もできたりもする訳です。いつか、遠い未来にそのお方が誰であるかを公表できる日が来るかも知れません。まぁ、これほど思いっきり公言しまくっている僕の性格上、いつかは言う事になると思いますが(汗笑)
この地上において、僕の過去ブログやツイッターの内容をじっくりしっかり読み込んで、僕の置かれた状況を正確に認識している人はほぼ皆無と思われますが(悲)それでもこうしてデータとして書き残す事によって、いつか、どこかで何らかの役に立ったら、それだけで僕の労力も無駄にならなかったと思える、きっとそう思える日が来ると信じ、こうしてひたすら長文ブログをUPするのでした…(祈)

僕は去年7月頃に「あのお方(軽々しく名を呼んではいけません)」のお顔を拝させて頂くという光栄な状況に浴させて頂いています。その時の詳しい状況は過去ブログ「具体的な解説をしちゃいます。」の中の「■05 お優しそうな満面の笑顔の男性」の項で紹介していますので、ぜひそちらをご覧頂くとして、数日前に何と再びあのお方、もうお名前を書かせて頂きますがイエス様のお顔を拝させて頂いたのでした。
前回、去年7月の時は「満面の笑顔」にて登場してくださったのですが、今回のお顔の顕現はその時とは全く状況が違いました。それは今僕を取り巻く“帰幽”にまつわる状況をかんがみての事だと思われるのです。
初期の帰幽のメッセージを受取ってから何ともう9ヵ月半が過ぎています。帰幽を今か今かと心待ちにしている僕にとっては、これはもう絶望的な待ち期間で、正直心が折れる寸前、忍耐の限界値をはるかはるか超えた苦しい状態な訳です。背後霊団側ももちろんその僕の心を理解しているので「あるある!あるよ!」みたいな感じで僕に様々なメッセージ、さらには「ジャック・ウェバーの霊現象」と同一の「寝袋離脱現象」まで演出して頂き(詳しくはブログ「“たきざわ彰人”版 ジャック・ウェバーの霊現象」をご覧下さい)いよいよ帰幽が近づいている事をひしひしと感じつつ、何とか絶望的待ち期間を耐え続けていた訳です。
そして僕はこの“待ち期間”の間に「撃って出る」と称して、僕が今まで果てしなく読んで勉強してきたたくさんの書籍の内容をツイッター内で“抜粋”しまくるという無謀な行為に出ました。この撃って出る行為が僕にどういう影響を及ぼすのかはあらかじめ知っていました。シルバーバーチ霊が書籍の中で何度も言っているからです「霊能者、霊覚者は苦しみにおいてほぼ同じ人生を辿る」と言った感じに。
しかし、僕は間もなく帰幽する、そう思っていたので、攻撃を身に浴びるのも覚悟の上であえて撃って出た訳です。帰幽前の、地上における最後の仕事にしよう、そう決意しての事だったのです。そして僕は自分が「霊覚者」であるとツイッター、ブログ等のプロフィールでわざと公表し、霊的知識のタネをこれでもかこれでもかと蒔きまくり始めたのです。そして僕の周りを取り巻く状況もタネ蒔きに比例して変化していったのです。
それは全て予想範囲内の事でした。そうなる事は分っていたのです。僕の言う事が理解できない人々からのあからさまな軽蔑と嘲笑が次第に僕に浴びせられ始めたのです。ついに頭がおかしくなったとか、薬をやってるとか、カゲでそういう事を言われ始めたのです。それはそれは悲しかったです。今まで僕に好意的な態度で接してくれていた女性が180度回転して正反対の言葉を僕に浴びせ始めた事も本当に悲しい出来事でした。でも僕の周りの人々のそういう反応も全て想定範囲内、こうなる事は百も承知、はなから覚悟の上で撃って出たのです。
僕が今の理解レベルに到達するまで、それは長く苦しい道のりでした。何年もかかって書籍を読み続け、果てしなく山にアタックを繰り返して心身を鍛えまくり、作品制作においても徹底的に描きまくっていたのです。説明しても分ってもらえないでしょうが「何もここまで描かなくても、もっと簡単に描けるでしょ」と突っ込まれそうな部分まで、僕は徹底的に描きまくり、自分に対して高い作業負荷をかけ、それこそ連日連夜「フルパワー発動」をかけて描いて描いて描きまくっていたのです。どうしても!どうしても!自分の作品が描きたかったからです。
そんな高負荷な作業が流星のように降って来る生活を繰り返しているうち、ある日「霊性の発現」となった訳です。僕が現在の霊的知識の理解、及び霊的現象の体験に至るまで、大ざっぱな説明ですがこういう経緯があった訳です。それを、よう分らん僕のような男に二言三言ああですよこうですよと言われたからといって周りの人がすぐ「ああそうですね、よく分ります」とはならないのは容易に想像して頂けると思います。まさにシルバーバーチ霊の言う通り、霊的知識の理解は魂に受け入れ準備が整わなければできない、その言葉の通りなのです。
しかし、僕は抜粋をやめませんでした。撃って出る行為をひたすら続けました。僕に向けられる軽蔑と嘲笑もエスカレートし、針のむしろに立たされていきましたが、それでもなお僕はタネを蒔いて蒔いて蒔きまくりました。もうすぐ帰幽できる、あとちょっとの辛抱だ、耐えてこのまま進むんだ、僕は自分にそう言い聞かせて何とか苦しい状況をこらえていました。たきざわ彰人としての作品を描きまくっていた時から僕は何度もこう公言してきました「一歩も退く気はない」と。今こそそれを実践する時だ、そう言って自分で自分を鼓舞していたのです。
しかし…明けても暮れても帰幽しないのです。僕は地上に取り残され、その間も撃って出る行為はひたすら続けたので、僕の周りの状況は当然さらに悪化の一途を辿って行く訳です。帰幽すると思ったからこそ僕は撃って出たのに、延々と帰幽が延期され、そしてついに僕は耐え難き総攻撃を身に浴びる事となり、居場所を失い孤立の極致を迎えたのでした。
僕は忍耐の限界に達し、逃げるように八ヶ岳に向かっていました。もう山しか行く場所がなかったのです。そしてひとり暗黒の森をヘッドライトでトボトボ進み続け、その後拓けた笹原のような場所で日の出となり、太陽に向かって「もう僕は地上に居場所がありません。お願いです、早く帰幽させてください。そちらに行かせてください」と切望するのでした。こんな事を書くのは恥ずかしいですが、僕は八ヶ岳を歩きながら、心の中で子供のように叫んで泣いていました。
しかし森の中を進みながら、あきらかに「戻りなさい」と言われてる感覚が何度も走るのでした。僕は呼吸を荒げながらも、いつでもメッセージを受取れるように精神を集中し続けていました。法悦に近い霊力も何度か弱く降ってきました。そして「守護霊様は僕がこういう形で帰幽する事を望んではいないのではないか…」次第にそういう思いが僕の心を駆け巡り、拭い去る事ができなくなっていくのでした。
帰りの運転中もメッセージらしきものがあり、やはり守護霊様は「戻りなさい」と言っていると改めて感じるのでした。しかしやはり、僕はどうしても総攻撃を身に浴びて身の置き場所を失った所に再び戻る気がせず、弱い心、小我を優先してしまい「僕はもう戻りません」と守護霊様に対して心の中で宣言してしまうのでした。
そしてその夜です。睡眠中に、守護霊様からと思われる超鮮明映像のメッセージを受取ったのでした。その内容の詳細説明は省略させて頂きます。要点だけ述べると、僕はずっと「交通事故で帰幽する」というメッセージを受取り続けてきましたが、その夜のメッセージでは帰幽方法が「交通事故」から「山」に変更されていて、しかも電光石火でいとも簡単に帰幽完了する…そんな内容だったのです。
今までどれだけ願っても望んでも、どうしても帰幽できなかったのに、その夜のメッセージの内容が拍子抜けするほど簡単に帰幽できるかのようなものだったので「あれ?こんな簡単に変更、実行できるならなぜ今までしてくれなかったの?」というシンプルな疑問が浮かぶのでした。そして一つの仮説が僕の中に浮かんでくるのでした。「交通事故」という帰幽方法をあくまで言い続けたのは、僕に地上で頑張らせるためだと。もし簡単な帰幽方法を告げていたら僕は努力をやめてただぼーっと待ち続けていたかも知れない…と。
そしてもう一つ、そのメッセージの裏側に、守護霊様の僕に対する“あきらめ”の感情が混じっているような気がしたのです。今までの壮絶かつ絶望的な帰幽待ちの状況があまりにも軽々しく一変するのを見て、まるで「あなたの頑張りもここまでのようだから、もうやめにしましょう…」守護霊様にそんなふうに言われた気がしたのでした。
僕は守護霊様の期待を裏切ってしまったのかも知れないという思いと、でも帰幽できるならその方がいいという二つの思いのはざまで揺れていました。どうしても帰幽したくてたまらない僕は、出発できるならもう何でもいい…そこまで考えていたのです。そんな気持ちが心に渦巻きながらも僕は寝袋の中で目を閉じ続け、必死にどうすべきか考えを巡らせていました。そしてその時、ついにあのお方、そう、イエス様のお顔が再び僕の前に顕現してくださったのです。
ゆっくり、そしてハッキリお顔のイメージが僕の眼前で整えられ、広がっていきました。(もちろんこの時目は閉じてます)そのお顔を見て僕はすぐにイエス様だと分りました。しかし、その表情に「笑顔」はありませんでした…。本当に何と言えばいいのでしょう、そのイエス様のお顔は「何とも言えない表情」まるで、何かを訴えかけんとするような、そんな表情だったのです…。
僕はその後起床し、再びテキストを打ち始めました。本の内容をカタカタ打ちながら、今までのありとあらゆる出来事を頭の中でひたすら反芻し続けていました。そしてしばらくして一つの考えが頭を支配していくのでした。僕が帰幽するのは間違いない。でも僕がこうして“撃って出た”事が、僕が想像している以上に効果をあげていて、僕の蒔いたタネを受取って書籍を手にした人が結構いるのではないか…と。事実そう思える兆候がいくつかあったのです。
守護霊様による、あきらかに帰幽を先送りしていると思われるその動き。そして八ヶ岳での「戻りなさい」というメッセージ。それは、「ここで抜粋をやめるのは惜しい、もう少し続ければさらに霊的知識の入口に立つ人が増える、あなたはその手助けができるのですよ…」そういう事なのではないか…と。
そしてこの考えを決定づけたのが、やはりイエス様のあの「何ともいえない表情」だったのです。お顔の顕現の時、お言葉は発せられませんでした。しかし、「キミがもう少し地上で頑張ったら、もっとたくさんの人が霊的知識に目覚め、その人達を救う事になるんだよ…ここでやめてしまっていいのかい…」そんなふうに言われたような、何となくそんな気がしたのでした。
そしてもうひとつ、前回、去年7月の顕現の時、イエス様のお顔に“ヒゲ”はありませんでした。ブログ内でも2回ほどイエス様のお顔の線画をUPさせて頂いてますが、それを見て頂ければ良く分かると思います。しかし今回の顕現ではお顔に“ヒゲ”を生やしておられました。その時はその意味が分らず「あれ?」としか感じられなかったのですが、今にして思えばそれはイエス様の「地上時代のお顔」なのだと理解しました。つまり「もう少し地上で頑張りなさい」という事を暗示していたのではないか、そんな気もしたのでした。
…と、こういう理解に到達してからもしばらく悩み続けました。僕は本当に帰幽したくて×100 たまらなかったからです。テキストを打ち続けながら僕はひたすら悶々と考え続けました。 僕がもう少し地上に残って“撃って出る”行為を続ける事が、イエス様及び守護霊様の“ご意志”なのだとしたら…しかしそのご意志に従う事は、僕が最高に望み続けている帰幽をさらに遅らせるという、僕にとって痛恨の選択でもある。悩みました。しばらくの間、最高レベルに悩みました…。そしてこの間、ずっと僕に法悦の霊力が降り続けていたのでした。
そして、考えに考え抜いて、ようやく、本当にようやく、心を決める事ができたのです。イエス様、そして守護霊様のご意志に従い、イヤでイヤでしょうがないけど(涙)もう少し地上に残って撃って出ると。霊的知識のタネをあともう少し、蒔いて蒔いて蒔きまくってやると。(って、今でも本心では迷い続けてますが滝汗)
…ってな訳で、僕は帰幽したくて×1億 たまらないのに、イエス様と守護霊様のご意志に従い、もう少し地上に残るというまるっきり正反対の選択をしてしまった訳です(滝汗)正直まだ心は揺れてますが、永遠の時に比べてたかだか数ヶ月の辛抱ならしなければいけないと、今まで勉強してきた知識に照らし合わせて無理やり自分を納得させてる状況です(悲)
でもこうするしかありません。考えるほどにそう思います。守護霊様、背後霊団の方々、そしてイエス様が、このしょぼい画家の僕に、ここまで!ここまで!!ここまで!!!してくださっているのです!!!究極!究極!!究極!!!光栄な事なのです☆この皆さんの心、“愛”を、僕のアホな小我の判断でむげになどできる訳がないんです。今は苦しくても導きに従う事が最終的に僕のためになる、そう思うからこそ僕にこれほど強烈にメッセージを届けてくださっているのです(祈)
おまけに…過去ブログ「あのお方(軽々しく名を呼んではいけません)」でも紹介していますが、イエス様の地上時代の生涯を克明に紹介した霊界通信「クレオファスの書」を僕は何度も読み返しました。そこには少年時代、青年時代を通しての様々な苦悩の体験談が綴られているのです。その内容と比較すれば、今僕が味わっている苦悩など蚊が刺したようなものだ…そう思えるようでなければいけません。ちなみに「クレオファスの書」は日本語訳では以下の3冊があります↓
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■霊界通信 イエスの少年時代 貧窮の中の小さな王者
 G.カミンズ著 山本貞彰訳
■霊界通信 イエスの成年時代 神と人間のはざまで
 G.カミンズ著 山本貞彰訳
■霊界通信 イエスの弟子達 パウロ回心の前後
 G.カミンズ著 山本貞彰訳
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しかし、あぁぁ何で“撃って出ちゃった”んだろうなぁ、って。こんな事しなければとっくに帰幽できてたはずなのに(汗笑)って、後悔はしてませんけど。苦しい事ばかりでしたが短い間に貴重な経験をさせて頂きましたから。今回は地上にもう少し残るという選択をしましたが、このまま延々と延期っていうのは本当にやめてくださいね!イエス様、守護霊様、僕は帰幽したくて×1兆 仕方ないんです(滝汗)これは本当にお願いします!(本気祈)

過去ブログ「みなさまへ。」でも書きましたが、僕は幼少の頃から現在に至るまで、ずっとひとつの衝動に突き動かされてきました。それは“自分の作品を描きたい”という、魂の深奥から湧き上がる根源的なメッセージでした。
デザインの職場を転々としながら、僕は仕事に追われて一向に自分の作品が描けない事に猛烈なフラストレーションを感じて日々を過していました。しかし、自分の作品ばかり描いて仕事をせずにいては生活が成り立ちません。デザイン系の仕事は大抵都内で、通勤時間がどうしても往復3~4時間掛ってしまいます。さらにこの手の仕事は残業がとても多く、帰宅した時は疲れ切っていて、そこから「よし!自分の作品を描くぞ!」とはどうしてもならず、明日のためにお酒を飲んで寝る…こんな生活サイクルなのでどうしても自分の作品を描く時間を捻出できないのでした。
しかし魂の深奥から湧き上がる“自分の作品が描きたい”というメッセージをどうやっても拭い去る事ができず、いつしか僕は、自分の作品を描くために仕事、生活、その他のあらゆるものを犠牲にして作品制作に没入する、という夢を抱き始めたのです。その夢の事を僕は「Dreamwork(ドリームワーク)」と呼んでいました。
僕はこのブログにて、自分が日々浴させて頂いている霊的現象について徹底的に公言しまくっていますが、今回は視点を変えて、僕の霊性発現前の生活の様子について書いてみようと思います。僕のブログ、ツイッターを見て下さっている方々の中に「どうやったら霊性発現できるのだろう?どうやったらインスピレーションを受取ったり霊の声を聞けるようになるのだろう?」という疑問を抱いている方がおられるかも知れません。僕が霊性発現に至った直接の原因であるこのドリームワークについて知る事で、そのヒントを得られるかも知れません。
上記に書いた通り、僕は自分の内部からの声に次第にあらがえなくなっていき、その頃得ていた幾ばくかの霊的知識に照らし合わせて「僕は自分の作品を描くために地上に降下したんだ、だからこんな描きたい衝動が続くんだ、これこそ僕の道なんだ」次第にそう思うようになっていったのです。しかし自分の作品を描くためには“制作時間”を生み出さねばなりません。デザインの仕事を続ける限り制作時間を生み出す事が不可能であるのは上記に説明した通りで、僕は何とか他の方法がないものかずっと考えていました。
仕事もちゃんとやって生活の糧を得つつ自分の作品を描く時間も確保する…これは相当に高いハードルでした。この時期、現実の生活とドリームワークとの間で心が揺れまくりながら、あらゆる職場に面接に行きました。しかし仕事は一向に決まりませんでした。が不思議な事に、面接に落ちるたびに僕は心のどこかでホッとしているのでした。「ここに就職してもまた以前のように自分の作品が描けないフラストレーションに苛まれる」という考えがあったからだと思います。
そして考えに考えた結果、僕は一大決心をしました。仕事もして生活資金を得つつ、作品の制作時間も確保する方法はもうこれしかないと思ったのです。それは地元の、通勤時間の掛らない、しかも残業が発生しない仕事を選び、勤務時間は生活が成り立つギリギリの短さにして、それ以外の時間を全て作品の制作に当てる…という決断でした。僕の地元に、こういうデザインの仕事はありません。つまり、僕は自分の作品を描くためにデザインの仕事を捨てたのです。これはずっとデザインの世界で生きてきた僕にとって、まさに“崖からダイブする”に等しい破天荒極まる決断だったのです。
仕事を選ぶにあたり僕が考慮した点はただふたつ。家から近い事と残業せずにすむ事。そういう視点で探してたどり着いた仕事は、デザインの要素が1ミリたりとも無い、クリエイティビティを発揮する要素が1ミリたりとも無い、今まで僕が果てしなく学び続けてきたPhotoshop、Illustrator等のデザインのスキルを全く必要としない、僕にとって究極に“無意味”な仕事でした。
こんな事を書くのはどうかとも思いますが、僕は過去、ある職場で「グッドデザイン賞」を受賞した事もあります。グッドデザイン賞とは、日本のデザイン界で最高の賞、そんな認識でいいと思います。そんな、グッドデザイン賞をとった僕が、こんな場所でこんなデザインと何の関係もない仕事をしている…。この時、僕の心にわずかに残されていたプライドが音を立てて崩れ去っていったのでした。
その、ドリームワークのためにやむなく選択した、デザインと何の関係もない仕事、その職場で着る白い服の事を僕はずっと「囚人服」と呼んでいました。そしてその職場で働く時間の事を僕はずっと「刑期」と呼んでいました。そう呼んでしまうくらい、その職場での仕事がイヤでイヤで仕方ありませんでした。正直に書きますが、デザインの職場にいた時と比べて、収入はほぼ半減しました。その職場で働き始めた当初は、僕にその仕事に対する愛着がゼロだった事、デザインの仕事への未練等もあってミスの連続で、叱られてばかりいました。
しかし僕はグッと…グッとこらえてひたすら低姿勢を貫きました。全てはドリームワークのため、自分の作品を心のまま思いっきり描くため。僕はデザインの仕事を捨ててこんなデザインと何の関係もない仕事に移ってまでも、どうしても!どうしても!!どうしても!!!自分の作品が描きたかったのです。来る日も来る日も僕は心の中で唱え続けました「何としても自分の作品を描くんだ、そのためには何が何でもこらえろ」と…。
そんな収入不足の厳しい生活が続く中、何とかその時使用していた“旧PC”よりも高性能のPCを購入し、そのPCでいよいよ自分の作品、1作目を描き始めたいともがいていたのですが、描く時間を減らして勤務時間を増やす事がどうしてもイヤで、僕は待ち切れず遂に性能の劣る“旧PC”でドリームワークを強行スタートする決断を下したのでした。そしてこの時と時期を同じくして“山を愛する画家・たきざわ彰人”としてのブログとツイッターを開設したのでした。
こうしてかなり強引に作品制作をスタートさせましたが、それ以前から果てしなく行っていた“山へのアタック”が、自分の作品のクオリティ向上に大いに意味を持つようになっていきました。作品数を増やすためには“アイデアストック”が必要です。そのアイデアは全て山にアタック中に撮ったデジカメの画像や、苦しさの中で考えた事、また、この時期も少し読んでいた「シルバーバーチの霊訓」の内容が深く関わっていたのです。僕の絵には“ストーリー”が付随しています。そのストーリーは霊訓の内容を僕なりに咀嚼して考えたものがとても多かったのです。
僕は自分の作品を描くにあたって、絶対に“手抜き”をしませんでした。旧PCの性能の限界、そして自分のその時点での想像力、表現力の限界の限界までしぼり出して絵を描くと固く心に誓っていました。それはそうです。自分の心の声に従うためにあらゆるものを犠牲にしてドリームワークに突入したのに、ここで横着して適当な絵でも描こうものならドリームワークの“意味”そのものが吹き飛んでしまいます。なので1枚描きあげるのにとても時間がかかりました。
でも僕はようやく自分の作品を心のまま、思うままに描ける事に大きな喜びを感じていたのです。デザインの職場でどんなに頑張って仕事をしても、仕事での制作物は全て会社のものであり、最終的には全て手放さねばなりません。僕はそれで過去、大いに悔しい思いをした事があり、そんな経験も手伝って、苦しい生活を送りながらも、自分の作品に没頭できる事に幸せを感じていたのです。そして1作、1作と描きあげるほどに僕の絵のクオリティも確実に上がっていくのが実感でき(あくまで個人的所感ですが)ますます僕は燃えるように絵に没頭していったのでした。
“絵”と比例して、山へのアタックも加速度的に過酷さを増していきました。何しろ毎週必ず山に行って限界まで身体をしぼり続けていましたので当然体力がつく訳です。とにかく一度も休みませんでした。1年は52週間ですので年52回アタックしていた訳です。僕のスタミナ、そして足まわりはどんどん強化されていきました。
そして僕は常に、日の出3時間くらい前に登山道入口を出発して、真っ暗闇、暗黒の森の中をヘッドライト、ハンドライトで照らしながら単独でガンガン上り(僕は常に単独行です)日の出前、最も気温が低い時間帯に、その日のコースの中で最も標高の高いポイントに到達して、朝日と共に稜線上を駆け回り、ほぼノンストップで8~10時間登下降を繰返してゴールする…こういうアタックの手法だったのです。現在ももちろん続けています。
スタートから最初の3時間の暗黒の時間帯、ナイトアタックと僕は呼んでいますが、シルバーバーチ霊も言っています「光と闇は表裏一体」と。闇を知らずして光にはたどり着けない、そんな考えから闇の中を進み始めたのですが、もちろん最初は恐怖感でいっぱいで、毎週ふるえながらのアタックでした。しかし、しかし、自分でも驚いたのですが、果てしなく繰返すほどに僕の心の中から“恐怖心”がどんどん消えていき、しまいには“闇がないと退屈”と思えるほどになったのです。
この“恐怖心”が心の中から消えた事で、絵の描き方も変わっていきました。普通ならやらないような作業負荷の高い描画法、それに挑戦する勇気みたいなものが沸いてきて、僕の作品の描き方はさらにさらに細かく、徹底的に細部にまでこだわった表現へと変わっていったのでした。「そんなめんどくさい大変な描き方なんかしなくても、もっと簡単な方法があるでしょ?」僕がしていた描き方は、まさにこういう風に突っ込まれそうな描き方だったのです。
しかし、ナイトアタックにより恐怖心を克服し、作業負荷の高い描画法で描く勇気を得たおかげで、作品のクオリティはさらにさらに上がっていき、苦しい生活と苦しい作業負荷にもだえつつも、心は「僕はここまで描けるようになっている!」と喜びに打ち震えたのでした。
ちなみに僕は山で数回“ひらめき”とも言えるような体験をしています。その時はもちろん現在のように霊性発現していませんので、詳しくは理解できなかったのですが、今にして考えれば、それは間違いなく守護霊様からのインスピレーションであったと理解できるのです。その“ひらめき”のうちのひとつを過去ブログ「幼稚な反逆の果てに」でも紹介しています。もしよければ読み返してみて頂きたいと思います。
ナイトアタックと同じく僕が重要視しているものが“雪山アタック”です。ドリームワーク突入前、2009~2010シーズンに人生初の雪山アタックをスノーシューにて敢行しました。そしてここで僕の霊的知識の理解に大きな助けとなる“習慣”が生れました。アタック前日の夕方頃に登山道入口に到着して、車内で寝袋に入りながら3時間ぐらい「シルバーバーチの霊訓」をじっくりしっかり読み、その後眠り、日の出3時間前にスタートする、という“車中泊”です。
この車中泊を毎週行った事で、普段は仕事に追われてなかなか読み進められない「シルバーバーチの霊訓」を、週に1回必ず“どっぷり”読む時間を作れるようになったのです。この車中泊の習慣は本当に大きかったと思います。前日の夜に読んだ内容を反芻しながら山の中をハイスピードで息あがりまくりでアタックしていたのです。苦しみの中でシルバーバーチ霊の言葉に何度背中を押された事か。特に僕が気に入っていた言葉は『真一文字に突き進みなさい』でした。この言葉はドリームワーク突入後の作品制作の苦しさからも何度も僕を救ってくれました。
※ちなみに、この雪山アタックで1度遭難しかけた事があります。過去のmixiアカウントでその時の様子を日記に書きました。そのテキストを保管してありますので、せっかくですのでここに原文のまま紹介してみたいと思います。これをお読み頂ければ、僕がどんなアタックをしていたのか、その雰囲気を感じて頂けるのではと思います↓
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ヘブン↑ヘル↓ヘブン↑ 2010年01月18日15:12
※まず、最初にご報告します。今回(日曜日)のアタックで、危うく遭難しかけました。。。日記は長文になってます、スミマセン…m( _ _ )m
家庭内の事情で、殆ど仮眠できずに向かった今回(日曜日)のアタック。いつものようにロープウェイ山麓駅でスタート前の仮眠をしようとしたのですが、なんという超低温((( ;゚Д゚)))車内にも関わらず震えが止まらない。あまりの寒さに「今日はこのまま帰ろうか」という考えまでよぎる始末(苦)結局睡眠不足のままスタート…しようとしたら、イキナリハイドレーションが凍ってる!!(本気驚)車内は一体何℃だったんだ!! (´д`)急遽ヒーターでチューブを温め、ムリヤリスタート☆
ただ、いざスタートしてみれば今日の天候がモチベーションをトコトン上げてくれました( ゚д゚)♪美しい、本当に美しい朝焼け…(麗)今シーズン一番の画像が撮れるかも知れないと、寒さを無視して上り続け、山頂駅を越え、北横岳に向かう。(画像01→画像ではなかなか伝わらないかもしれませんが、今回の朝焼けの美しさは感動モノでした( ;∀;)☆)
木の枝に積もったパウダースノーがダイヤモンドダスト気味にサラサラ舞い落ちる中、北横岳山頂に到着。ココに至るまでの道のりも、山頂での光も本当に美しい…(画像02→雲ひとつないドピーカン☆寒さに負けて帰らなくて良かったヽ(´ー`)ノ)しばし山頂の景観を堪能♪「何コノ美しい惑星♪」などと思いながらさらにその先を目指します。
しかし、ココからでした。北横岳以降、踏み跡が一切無くなり、新雪を切り裂いてラッセル気味に下るトレイルが延々と続く事になります。今週末はずっと天気が良かったので、土曜のうちにハイカーの方々によって踏み跡が付けられて、安心して進めるのではとの思いから今回日曜スタートにしたのですが、出会う人なし、踏み跡一切なし、ズブズブの新雪で、時々見つけるリボンのみがルート確認手段という状態がずっと続きます。。。「ヤヴァイかなぁ、切り込みすぎかなぁ、引き返すなら今かなぁ…考」などと自問自答(゚Д゚;)
そうやって悩んでるうちに岩場へ突入。何度か足が岩と岩の間に“ズボッ”と入る。雪の下の岩の状況は全く分からない。岩の隙間に体ごと入ってしまうかもという恐怖を抱えつつ、「モチツケ!!」と自分に言い聞かせてハイドレーションで給水しようとしたら、チューブ全体が凍ってコンクリートみたいになっている。・゚・(ノд`)・゚・。ココまで凍ってしまってはもう修復不可能。凍結防止のあらゆる手段を講じても、それを越える低温が襲いかかって来る。もうどうしようもないのだろうか。性能の限界なのだろうかと、アレコレ考えつつ給水無しのまま先へ進む。。。
今まで何とかリボンを頼りに進んできたものの、あるポイントでついにルートがわからなくなってしまう。地図によれば、ココから小屋まで距離は僅かのはず。高台から林の向こうを覗くと、拓けた双子池と小屋が僅かに確認できる。道は発見できない、でももう目と鼻の先に小屋がある。何とか先に進みたかったのですが、道がわからないんじゃしょうがない。コレは引き返し時だなと判断し、今まで自分が付けてきた踏み跡を辿って戻ると決めました。
しかし、新雪の急斜面を上ろうとした途端状況が一変。。。足を上げても上げても雪が崩れて体が下に落とされてしまう。しばらく格闘しましたが、全く上れない。「上って帰るのは不可能」…コノ事実を突き付けられ、次第に私は冷静さを失っていきます。「あとちょっとなんだ、もう下るしかない!」とコンパスを取り出し、高台から小屋の方向を確認、眼前に広がる林を一直線に下る事を決断しました。
誰もいない、何も頼るものもない、360度の白の中に異質なオレンジがひとつ。「ドクッ、ドクッ」と、自分の心臓の音が聞こえる。コレカラ道なき林の中を突っ切る、上っては帰れない、ココを下るしかないと、思考がどんどん狭められていきます。これが「パニック」というものなのだろうか?人々はこういう状況に陥ってケガをしたり遭難したりするのだろうか?
「遭難」という言葉が頭に浮かんだ瞬間、全身に電気が走って雪の上にしりもちをついてしまう。
でももう行くしかない。今まで感じた事のない恐怖を無視し、コンパスを片手に林の中にアタックしていきます。今自分が下っているルートは、間違いなく普段人が通るルートではないとわかる景観。雪に埋まり、つんのめりながら双子池と小屋のある方向へ一直線に下って行きますが、途中コンパスを新雪の中に落として見失ってしまう。「ハァ、ハァ…」しかし何故か雪をほじくってコンパスを探そうとしない自分。「距離は大した事ない、大丈夫だ、コッチに下るんだ」と、そのまま下り始める。頭の片隅で「ヤッパリ自分はパニック状態に陥っている」と再認識。
途中何度も腰や胸まで埋まり、スノーシューが枝か何かに引っかかって抜けなくなり、無理に引き抜こうとしてふくらはぎが攣りそうになる。こんなとこで足にダメージを負う訳にはいかない。距離は短い、時間もまだ午前中でたっぷりある、なにより好天で無風。道こそ見失っているものの、そんなに慌てる必要はない。頭では分かっているんです。なのに息アガリマクリでバタバタと下ってしまう。
セルフコントロールができないままもがくように下って行くうち、林の隙間から僅かに雪原のような双子池のシルエットが見え隠れ。「落ち着け、慌てるなオレ!!」呪文のように自分に言い聞かせながら、何とか林を下りきり、無事双子池に脱出できました。。・゚・(ノД`)・゚・。短い距離と時間ではあったものの、白の世界でひとり道を見失う恐怖がどれほどのものなのか、そして山でのパニックというものも人生で初めて知る事となりました。その後、ヘロヘロの体でやっと林道につながる分岐に到着…これでもう道迷いの心配はない (((´・ω・`) (画像03→林道分岐にて「ダメー!」のポーズ泣)
その後、雪崩の跡が残る林道を進みながら、モウヒタスラ大反省会。。。今回は本当にこの天候に助けられたなぁと。。。もし先週のようなホワイトアウト状態で道を見失っていたら、違う結末だったかも知れない…(´Д`ノ)ノ怖 せっかくの美しい白と青の間を、コンナ気持ちで通らなければいけないなんて。。。もっと楽しい気持ちで今日を送るつもりだったのに。。。北横岳以降の判断の甘さをタダタダ反省しきりでした。
そんな時、たまたま出会ったスノーシューのハイカーの方に「どちらまでですか?」と何の気なしに声をかけたら、その男性は口をパクパクさせながら手を振っている。ん?コレはもしや?と思い「聾の方ですか?」と手話で返すと、その男性はびっくりした様子で「手話できるんですか?」と返してきてくれて、そこからものすごい久しぶりに手話を使って会話する事に☆
手話を使わなくなって久しいのでかなり忘れてる部分がありましたが(;´∀`)車で日帰りで来てますとか、今日は上の方で最高の写真が撮れますよとか、そんな事を話しマシター(〃▽〃)キャー♪ヤッパ手話は楽しいなぁと、以前勉強していた時の気持ちが蘇り「手話技能検定3級」を取った事も無駄ではなかったと改めて思う事が出来ました☆別れ際に、聾の男性が何度も「手話ありがとう」と言ってくれて、さっきまでの沈んだ気持ちが少し晴れたような気がしました♪こちらこそホントにありがとうございました!!ノ(´д`*)♪イヤシカシ、スノーシューと手話がリンクするとは夢にも思わなかった(照考)
偶然の聾の男性との出会いのおかげでやっと気持ちも元気になってきて、山頂駅からの下りで少し走ったりして、美しいトレイルを堪能する心の余裕も生まれ、1日の間に数日分の経験をしたような気だるさに包まれつつ、無事に、ホントに無事に(汗)山麓駅にゴールしました。。。ノ(´д`*)マイッタ
ハァ…もう、何とも一言では言いきれませんし、ホントは自重すべきなのでしょうが、それでもやっぱりまた行くと思います。。。モチロン今まで以上に細心の注意を払って(-Д-) コレに勝る「学び」はないと思うから…(祈)
長々と読んで下さった方、ありがとうございました☆(゚∀゚)☆
長文失礼致しました(*_ _)/
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…はい。現在の僕とかなり文章の書き方が違いますが(照汗)僕はこんな無謀なアタックを果てしなく×100繰返していたのです。車中泊にて「シルバーバーチの霊訓」を毎週読みながら。それにしてもこの時の僕は、未来の自分がこんな霊的状況に突入するとは夢にも思っていなかったのです。ただがむしゃらに山へのアタックを繰返して自分の心と身体を鍛え、ドリームワークに突入する方法を日々模索していたのでした。
さて話はドリームワーク突入後に戻ります。果てしない山へのアタックと、高負荷の作品描画によって、僕の日常生活における苦悩は加速度的に上昇していきます。しかし上記にも書きました『真一文字に突き進みなさい』僕はこの言葉をそのまま実行していたのです。何が何でも!何が何でも!徹底的に!自分の作品をクオリティにこだわって描きまくっていたのです。デザインの職場にはもう戻らない、自分の作品を何としても描き続ける、と。そしていつしか、僕の心の中に新たな“夢”が生れたのです。
それは、長野県民になって北・南アルプスを攻めまくりながら画家として生涯を送る、そして100歳ぐらいまで生きて生涯1000作品を描く…というものでした。イヤでイヤで仕方ない、デザインと何の関係もないあの職場の囚人服を脱ぎ捨て、刑期を満了して、山の麓で画家として作品のクオリティを日々追求しながら暮らす…きっと最高に苦しい日々だろうけど、でもこんな風になれたらどんなに素晴しいだろう…こんな事を考えながら来る日も来る日も旧PCに向って描きまくっていたのでした。
車中泊を含んだ山へのアタックはさらにさらに続きました。身体の面ではスタミナ及び足まわりが以前の自分では考えられないほど強靭になり、どんな急斜面でもガンガン上れるようになっていきました。そしてどれだけ激しくアタックしても翌日に足が全く筋肉痛にならず、ヒザも全くノーダメージでした。2012年7月頃が僕の身体のピークだったと思います。現在はそのピークからだいぶ落ちてしまってはいますが。
そして心の面でも強靭さが増していき、高負荷の作業を恐れる事なくさらにさらに高精細な作品制作へと突入していったのです。そしてこの時さらに、僕の作品は01~37作までは“A4”サイズなのですが、思い切って作品サイズを“A2”まで上げる計画も立てていました。A2はA4の4倍の大きさです。描画の負荷も4倍になります。A4のキャンバスで描いている現在でさえこれほど厳しい状況なのに、僕はさらなる壮絶な作業負荷を自分にかけようとしていたのでした。
そしてそして、自分の絵を描くので精一杯の状況の中でも“車中泊”のおかげで毎週「シルバーバーチの霊訓」を読み続ける事ができた僕の霊的知識の理解度は段階的に上昇していき、読み始めた当初の「ふぅん、そんな事もあるんだ」ぐらいの理解から「霊が本来の自分で肉体は自分ではない」という霊的真理の初期的段階の理解に到達しつつありました。1冊ずつ、少しずつ買い足していった「シルバーバーチの霊訓」の書籍が、この頃ようやく1~11巻まで揃い(12巻はこの時は買うつもりはありませんでしたが霊性発現後に購入しました)霊的知識の理解がさらにさらに進んでいったのでした。
しかし、生活は一向に改善しません、苦しみは増すばかり。それはそうです。絵を描く時間を確保するために勤務時間を最小限に抑えていましたので、収入が増えるはずがないのです。作品制作においても、僕は一切妥協せずに自分に対して高い作業負荷をかけ続けていましたので、1作品仕上げるのにもとても時間が掛るようになってしまいました。そこで、これ以上作品のリリーススピードを落とさないために、日常生活のあらゆるものを“切り捨てる”事で強引に絵を描く時間を確保し始めたのです。
例えば、日常生活のあらゆる事象に“プライオリティ”をつけ、これは生活に絶対必要(食事等)これはなくても生活は可能(テレビを見る等)といった具合に分け、プライオリティの低いものは一切やらない、いわば“切り捨てる”訳です。すると切り捨てた分の時間が捻出できますのでそれを作品制作にあてる、といった感じで、生活全体を見直して切り捨てられるファクターは徹底的にやらない、そしてそのぶん描く、という事までやっていたのです。
33~37作を描いていたあたりは、A4からA2キャンバスに移行したくて悶々としながら旧PCで作業していました。A4キャンバスで作品を描いている現状で既に旧PCの性能の限界値にきており、どう考えても旧PCでA2作品を描く事は不可能でした。しかしA2作品を描くための、より高性能の新仕事PC「シルキー」を購入するためには絵を描く時間を犠牲にして、あのイヤでイヤで仕方ない仕事の勤務時間を増やさねばなりません。その完全に板ばさみの状況に、ある日、僕は職場で思いっきり“キレた”のでした。
…と言っても暴れたとか大声を張り上げたとかではなく、あくまでも“心の中”でのお話です。僕はこの時点ではもちろん霊性発現していなかったので自分の背後霊団の事を全く認識していませんでした。しかし車中泊によって「シルバーバーチの霊訓」の知識がかなり頭に入っていましたので、きっと自分にもいるんだろう、ぐらいには思っていたのです。そしてその背後霊団に向って僕は心の中で思いっきり叫んだのでした「もうパワー(霊力)だけ送ってくれ!使い方はコッチで決める!」って感じで。
苦しみが増すばかりで一向に改善しない描画環境に、僕はこんな感じで幼稚にキレてしまったのでした。そしてその日の仕事が終って帰宅し、旧PCの電源を入れたら…モニタはずっとブラックアウト…旧PCは一向に立ち上がりません。その後もいろいろ試しましたが結局“旧PC”は2度と立ち上がる事はありませんでした。
このクラッシュのタイミング…僕は背筋がゾクゾクしていました。旧PCは自分の背後霊団の手によって起動不能にされたのではないか?その考えを心から拭う事ができませんでした。車中泊のおかげで、霊の力でこの程度の物理現象を起こす事などたやすい、という事も知識として知っていましたので、旧PCは霊団の霊力によってクラッシュしたのでは…そう感じたのでした。
眠りについた旧PCを見つめながら、僕はこれからどう動くべきか考えていました。すると次々とアイデアが浮かんできて、僕はネット用ミニノートPCを引っ張り出してあれこれ調べ始めました。僕が旧PCクラッシュを受けてとった次の行動とは…新仕事PC「シルキー」をローン購入するために現在の週5日の勤務を週6日として、1日の休みにも必ず山にアタックする…というものだったのです。あんな幼稚に“キレて”しまうほど過酷極まる現状なのに、僕はさらなるさらなる激しい試練を自分に課す事を決断したのでした。
この決断をした事によって僕の生活は完全に休みなしの過酷の極致の状況に突入したのです。しかし僕はドリームワークに突入して以降、ツイッターでいつもいつもこう書いていました。「1歩も退く気はない」と。なのでこの時も「何としても自分の作品を描き続ける」という心の底からの願望を曲げる事はしなかったのです。それ以降の生活は、もう…目も回る状況、毎日が火の車、といった感じで、作品制作と仕事と雑務に追われまくって1秒たりともじっとしていない、まさに記憶も飛ぶような生活を送っていたのでした。
この「シルキー」を購入する計画を決めた週の奥多摩山塊アタックの時、僕は初めて自分の背後霊団に向って、真っ暗な空を見上げながら声に出して「旧PCクラッシュ、むしろありがとうございました」と宣言したのでした。この時が初めて自分の背後霊団をありありと認識した瞬間でした。といってもまだ霊力を感識するまでには至っていませんでしたが。
そして今にして思えば、この旧PCクラッシュを受けてどの方向に動くかという“分岐”が、僕の背後霊団が仕掛けた霊性発現に向けての“最終選択肢”であったのだと認識するに至ったのでした。そしてその選択肢で僕は正しい選択をした…という事なのでした。
そしてそして、週6で仕事して1日の休みに山にアタックし、描画ペースも落とさないという生活を怒涛のように送っていたこの時期から、僕の体質が明らかに以前と変わり始めるのが分りました。それ以前から肉はあまり食べない生活だったのですが、かろうじて鶏ムネ肉だけは食べていたのです。しかしある時、その鶏肉を口に入れた時、何とも表現しようのない“不快な味”を感じたのです。それがきっかけで肉類が完全に食べられなくなったのでした。魚についても同様の“不快な味”の体験をして食べられなくなり、僕は何て言うか、自動的といった感じで野菜中心の食事に変化していったのでした。
ホワイト・イーグル霊の霊言、M・H・テスター氏やM・バーバネル氏の書籍の中にもこの“食事”について言及している部分があります。僕は意図せずホワイト・イーグル霊の語る食生活に突入していった…という事なのです。ドリームワークを開始して果てしなく山へアタックし、自分の作品を描きまくるという生活を送る事によって、僕の霊体が次第に変化していった結果なのだと思います。
そしてある時ぶっ倒れました。ま、当然ですね。完全に休みなしでしたから。仕事を早退させてもらって、ごはんも食べず丸1日ぐっすりたっぷり眠りました。それでケロッと全快しました。そして週5日に戻しました。そして新仕事PC「シルキー」を購入し、ついにA2作品の描画に突入していったのです。ちなみに、シルキーを購入するまでの、PCが無かった期間にアナログ絵の38、39作を描きました。描くのを中断したくなかったんですね。
さあ、そしてついにココからです。A2作品の描画に突入してからが凄かったのです。まずA2の最初の作品、40作は失敗作でした。それはA2キャンバスの上でA4の作品と同じ描き方をしてしまったからです。つまりA4の絵を拡大してキメが粗くなったような、全体が薄まったような、そんな描き方をしてしまったのです。要するにA2の広大なキャンバスに“恐れ”をなして、負荷の少ない手抜きな描き方をしてしまったのです。これではA2キャンバスに突入した意味が無い、A4の4倍の作業負荷を恐れる事なく広大なキャンバスを細かく描き進めなければならない事を思い知らされたのでした。
そしてついに描き始めた41作。過去ブログでも少し書きましたが、この41作、そして42作、この2作品は僕のアイデアストックに一切なかった作品で、ほぼ全てインスピレーションに従って描いたのです。A4の4倍の作業負荷に身を浸しながら描き続けている時、突然「あ、こういう風に塗ったらいいんじゃないか」って急にひらめいたり、突然ペンツールの新しい使い方を発見したり、朝、目覚める直前にイメージが降ってきて「あ、そう描けばいいのか」と理解したり、ストーリーの内容が自然と頭に浮かんだり…41作42作描画時はひたすらこんな感じだったのです。
今にして思えばあの時既に守護霊様からのインスピレーションを複数受取らせて頂いていたのだと、霊性発現後になって改めて理解したのです。そして実は41作42作の“ストーリー”も、守護霊様から僕にあてて送られたメッセージであった事が後になって分ったのでした。要約すると、41作は「間もなく帰幽しますよ」42作は「霊団の導きに謙虚な心で応えなさい」というメッセージだったのです。
そんな、インスピレーションを浴びまくる状況の中で描き上げたこの2作品は、今までのA4作品とは完全に次元の違う作品として仕上がったのでした。広大なA2キャンバスのどの部分を見ても決して1色でベタ塗りしたような手抜きな場所はない、僕は細かいところまで徹底的に!徹底的に!描き進めたのでした。この2作品を描き上げた時の僕の疲労感及び満足感は人生最大のものでした。「1歩も退く気はない」この言葉を常に心に唱えつつ、僕はさらに作品数を増やすべく猛烈に43作の作業に没頭するのでした。
そして2012年7月頃からです。「シルバーバーチの霊訓」1巻~11巻を車中泊にてかなり読み進み、そろそろ「ベールの彼方の生活」に突入してもよいのでは?と思い始め、そして「ベールの彼方の生活」1巻を購入して車内で読み始めたあたりから、不思議な事が複数起こりました。朝焼けの森林限界の岩場を進んでいる時、野鳥が逃げずにまっすぐ僕の方を向いてさえずってくる、という事が2回あり、僕が以前飼っていた白文鳥のユキが超鮮明映像で何度も夢に登場するようになり、そして2012年7月のブログ「小鳥に見つめられて」にて書いた出来事が起こったのです。
その「小鳥に見つめられて」のなかで出会ったのは“ノビタキ”という野鳥の若いオスで、羽毛のカラーリングが、僕が山へアタックする時に着ているウェアのカラーリングとピタリ一致するのです(オレンジ&ブラックです)つまり、僕も間もなくそのノビタキちゃんと同じ状況になりますよ、つまり“帰幽”を告げるメッセージであったと理解するに至ったのでした。そして過去ブログ「みなさまへ。」さらに「こうなったからには…書いちゃいます。」と続いていく訳です。
…はい。僕の“ドリームワーク”と称した生活の様子、いかがだったでしょうか。僕はこんな感じで自分の心の底からの声に従い、猛烈に山にアタックを繰返して心身を鍛えながら、自分の絵を描いて描いて描きまくっていたのです。その結果「霊性の発現」となった訳です。「皆さんも僕と同じようにしてみては?」とはもちろん言いませんが、誰にも地上に降下した“目的”が必ずあって、それを遂行するための“才能”が賦与されています。なので皆さんにもぜひ自分の心の底、魂の深奥から湧き上がる“声”に耳を傾けて頂きたいと思うのです。誰の中にもきっとなにかあるはずです。
今回のブログ、過去に例を見ないほどの超超超長文となってしまいましたが、僕の本心としてはこれでもまだ書き足りない、僕がドリームワークに懸けた“想い”を全然伝え切れていない、まだまだ書きたい事がいっぱいある…そんな心境です。でもさすがにここまでにします(滝汗)
それにしても僕は上記に紹介したように、とにかく“描いて描いて描きまくりたい”男なのですが、それが現在は全く絵を描かせてもらえずに本来の自分と違う事を延々しなければならないという、最高に矛盾した状況に突入しちゃってる訳です。最高に描きたいのに1ミリも描けない…この気持を皆さんにホンの少しでも理解して頂けたら、僕はすごく嬉しいです(祈)