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-----2章01
『母と子の心霊教室』【第2章 「エーテル界」とはどんなところだろう】第1章では人間がどのようにできあがっているかということ、それからもうひとつ、「死ぬ」ということはどのようなものか、ということを学びました。人間は肉体とエーテル体と精神の3つからできています。
『母と子の心霊教室』では肉体を捨(す)てた人々がいくエーテル界とはいったいどんな世界なのでしょうか。第2章ではそれを勉強することにしましょう。【1 目覚(めざ)め】みなさんもよく知っているとおり、人間はいろんな死に方をします。
『母と子の心霊教室』ある人はながいながい病気のすえ、苦しみながら息をひきとります。ちょっと考えると気の毒な気がしますね。でもよく考えてごらんなさい。病気をしていたのはエーテル体ではなくて肉体なのです。エーテル体はけっして病気をしません。けがもしません。
『母と子の心霊教室』病気をしたり足が不自由になったりするのは肉体だけです。その肉体を捨(す)ててしまうのですから、気の毒ではなく、ほんとうはしあわせなはずです。
『母と子の心霊教室』みなさんだって歯がズキズキ痛(いた)むようなときは、眠(ねむ)っているときがいちばんらくだと思うでしょう。それは、エーテル体と精神とが肉体から離(はな)れるからです。苦しみながら死んでいく人が必ずしも気の毒ではないことが、→
『母と子の心霊教室』→これでわかるでしょう。もうひとつの死に方は交通事故や戦争などでアッという間に死んでしまう場合です。こういう死に方を即死(そくし)といいますね。即死(そくし)した人は病気した人とちがって、はじめのうち自分が死んだことに気づかず、→
『母と子の心霊教室』→まだ地上にいるような気持ちで、あちらこちらをウロウロすることがあります。しかし病死した人も即死(そくし)した人も、はじめのうちはしばらくゆっくりと休んで、無理なことをしないように気をつけなければなりません。
『母と子の心霊教室』それはちょうど、病気が治ったばかりの人が無理なことをしてはならないのと同じことです。ですからエーテル界にはそういう人たちのために病院のような建物が設けられております。病院といっても地上の病院とはだいぶちがいます。
『母と子の心霊教室』お医者さんも看護婦(かんごふ)さんもいますが、けっして注射(ちゅうしゃ)をしたり薬を飲ませたりするのではなく、これからの生活に使うエーテル体と精神とをつよくがっちりとしてあげるのです。
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-----2章02
『母と子の心霊教室』【2 サマーランド(常夏(とこなつ)の国)】このような休憩(きゅうけい)と準備をする世界を、サマーランド“常夏(とこなつ)の国”と呼(よ)んでいます。みなさんの中で、夏がきらいだという人はいないでしょう。
『母と子の心霊教室』野山は青々と茂(しげ)り、空には入道雲(にゅうどうぐも)が出て、みんな海水浴に行ったり遠足をしたりして1日中遊びまわります。常夏(とこなつ)の国では1年中そのような季節がつづくのです。
『母と子の心霊教室』いえ、実際に常夏(とこなつ)の国へ行ってきた人の話では、地上の夏よりもっともっとすばらしいのだそうです。緑の野原、美しい森、さわやかなせせらぎ、青々とした湖。野山へ出ると、地上では見られないような美しい花が咲き乱(みだ)れております。
『母と子の心霊教室』もちろん、家もあれば庭もあり、高いビルもあります。図書館もあります。音楽会や絵の展覧会(てんらんかい)を開くための大きなホールもあります。その上、エーテル体はおなかがすいたり、寒くて冷えたりすることがありませんので、→
『母と子の心霊教室』→みんな元気いっぱい、仲良(なかよ)くしあわせに暮(く)らしております。
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-----2章03
『母と子の心霊教室』【3 エーテル界の学校】今から約100年ほど前に、アメリカのアンドリュー・ジャクソン・デービス(口絵写真)という人がエーテル界を見物して、そのようすをたくさんの書物に著(あらわ)しました。
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『母と子の心霊教室』その中でデービス先生はエーテル界の学校のことを、だいたいつぎのように説明しております。エーテル界の学校は美しい庭園にかこまれていて、地上の学校と同じようにおおぜいの生徒がいくつかの組にわかれて勉強しています。
『母と子の心霊教室』みんな子どものときに地上を去った人ばかりです。もちろん各組には担任(たんにん)の先生がついておられます。また、それぞれの組にはその組を示す旗があり、生徒はみんな自分の組の目じるしになるバッジをつけております。
『母と子の心霊教室』その旗の色とバッジを見れば、この人はどの組の生徒で、どんなことを学んでいる人だということがわかるようになっているのです。たとえば紫色の旗を立てた組があります。そして、生徒は“海”をあらわすバッジをつけております。
『母と子の心霊教室』この組は神が人類の“父”であり、人間はみな兄弟であることを学んでいるのです。またある組は青色の旗を立て“灯台”をあらわしたバッジをつけております。この組では正しいことと悪いことの区別を学び、また神が自然の中でどのようにあらわれているかを→
『母と子の心霊教室』→勉強します。また音楽にあわせてダンスをしたり、遠くまでハイキングにいったり、あるいはゲーム遊びをしたり…。しかし、そうしているあいだにもいろんなことを勉強します。
『母と子の心霊教室』たとえば、ダンスをする時の一人ひとりの動き方は、1年中の星座(せいざ)の動き方にあわせたりして、ダンスを楽しみながら天体の動きを学ぶわけです。
『母と子の心霊教室』デービス先生はまた、ある学校の生徒がよその学校を訪問(ほうもん)するために、野を越(こ)え山を越(こ)えて、楽しそうに歌を歌いながら元気よく行進している光景も見たと書いておられます。楽しくなるではありませんか。
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-----2章04
『母と子の心霊教室』【4 デービス先生の心霊(しんれい)学園】エーテル界の学校のすばらしさに感心したデービス先生は、友だちをまじえて、ぜひ地上にも同じような学校を建てようと考えました。それにはつぎのような理由がありました。
『母と子の心霊教室』ひとつはキリスト教の日曜学校の子供たちが牧師さんの説くことを暗記するだけで、自分で考えることをしないこと。第2は、その牧師さんの説教の中には、心霊学(しんれいがく)からみてまちがっていることがたくさんあり、→
『母と子の心霊教室』→子どもたちがおとなになってから信仰心(しんこうしん)をなくしてしまう原因になっていること。そして第3番目には、真理を学んで心をつよく美しくするだけでなく、からだも丈夫(じょうぶ)にしなくてはならないこと。
『母と子の心霊教室』こうした考えは今のみなさんにはあたりまえのように思えるかもしれませんが、そのあたりまえのことが100年もまえにはとんでもないことのように思われたのです。当時は牧師さんの教えをよく守り、よく勉強することがいちばん立派(りっぱ)なことと→
『母と子の心霊教室』→されていたからです。しかし、デービス先生たちはこれを実行に移しました。そしてこれに「心霊(しんれい)学園」という名前をつけました。この「学園」という言葉はギリシャのアリストテレスという偉(えら)い哲学者(てつがくしゃ)が、→
『母と子の心霊教室』→アテネの町はずれの森の中に建てた学校につけたものです。心霊(しんれい)学園は日曜ごとに開かれ、先生も生徒もいっしょうけんめいでした。生徒たちは、おもに地上生活とエーテル界の生活についての真理を学び、→
『母と子の心霊教室』→また何ごとも自分自身で考え、人が言ったことや書物に書いてあることを、そのまま暗記するようなことは絶対にしませんでした。
『母と子の心霊教室』今ではアメリカやイギリスにはたくさんの心霊(しんれい)学園ができておりますが、どれもデービス先生の建てたものにならったものです。
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-----2章05
『母と子の心霊教室』【5 考えたことがそのまま実現する】ふたたびエーテル界の話にもどりましょう。地上では生きていくためにはお金がいりますね。お金を得るためにはいっしょうけんめいはたらかねばなりません、ところが、エーテル界ではその必要がまったくないのです。
『母と子の心霊教室』たとえば、画家が絵をえがく場面を想像してみてください。まず、これからえがこうとする絵を頭の中で想像するでしょう。想像したら、こんどはそれをえがくのに必要な絵具を用意するでしょう。それから何日も何ヶ月もかかって画用紙の上にかきあげていきます。
『母と子の心霊教室』そのあいだには絵具が足りなくなることもあるでしょう。気に入らなくて最初からかきなおすこともあるでしょう。ところがエーテル界では、頭にうかべたことがそのまま目の前に実現するのです。絵具を用意する必要もありませんし、時間をかける必要もありません。
『母と子の心霊教室』必要なのは、“実現させようとする意思”、それだけなのです。この意思さえあれば、どんなものでもこしらえることができるのです。そういうとみなさんは、ではアイスクリームもチョコレートも自分で作れるのかな、と考えることでしょう。作れますとも。
『母と子の心霊教室』お菓子(かし)だけでなく服でも靴(くつ)でも、すきなものがすぐに作れます。ですが、エーテル界には「必要なもの」と「必要でないもの」があるのです。そのわけはみなさんにもわかるでしょう。そうです。肉体の性質とエーテル体の性質がまったく異なっているからです。
『母と子の心霊教室』第1に、エーテル体はおなかがすくようなことがありませんから、どんなにおいしい料理をこしらえても、それを食べる必要がないのですからつまりません。それに、あまりおいしいものばかり見ていると、いつの間にか少しもほしいと思わなくなってくるのです。
『母と子の心霊教室』つぎに、エーテル体は寒さを感じませんから、きちんとした服装(ふくそう)をしていればよく、オーバーなどを作る必要はありません。ずっと前のことですが、私はチョコレート工場を見学したことがあります。そのときに聞いたことですが、そこの工員さんはほしいだけ、→
『母と子の心霊教室』→チョコレートを食べてよいことになっているのだそうです。「いいなあ」「うらやましいなあ」みなさんはきっとそう思うでしょう。ところがそこの工員さんたちは、チョコレートなんかひとかけらもほしくありません、といっておりました。毎日毎日見ているからです。
『母と子の心霊教室』私もみなさんに負けないくらいチョコレートがすきですが、3時間もかかって工場を見学しているうちに、少しもほしいと思わなくなってしまいました。常夏(とこなつ)の国でも同じなのです。
『母と子の心霊教室』すきなものがいくらでも作れるようになると、いつの間にかそれがほしくなくなってくるのです。すると別のものがほしくなります。こうして自分のすききらいがつぎつぎに変わっていき、あとでふり返ってみると、地上にいたときとはぜんぜんちがった人間になっているものです。
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-----2章06
『母と子の心霊教室』【6 エーテル界の仕事】みなさんは大きくなったら、なにになりたいですか。学校の先生?飛行機のパイロット?それとも病院の看護婦(かんごふ)さん?それぞれ「ああいう人になりたい」とか「こういう仕事がしたい」とか、いろいろ希望があることでしょう。
『母と子の心霊教室』ですが、みんながみんな自分の思った通りの仕事につけるとは限らないようです。画家になりたくても絵だけでは生活できないので、しかたなしに銀行につとめたり、音楽家になりたいと思っていた人が、家の都合(つごう)で洋服屋さんになったりすることもあります。
『母と子の心霊教室』こういうことは、地上のように、食べなくては生きていけない世界ではしかたのないことです。では、だれひとり仕事をしなくなってしまうのではないかしら、と考える人がいることでしょう。ところが実際はそうではないのです。
『母と子の心霊教室』エーテル界の人はみんな自分がいちばんすきだと思う仕事に、いっしょうけんめい熱中しております。絵のすきな人は絵を、音楽のすきな人は音楽を、いっしんに勉強しております。
『母と子の心霊教室』遊んでいる人などひとりもいません。どんなに忙(いそが)しくても、みんな自分のすきな仕事をしているのですから、少しもいやな顔をしません。みんなしあわせそうです。
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-----2章07
『母と子の心霊教室』【7 ポチもミケもいる】みなさんの中には動物を飼(か)っている人がおおぜいいることでしょう。そういう人たちはきっと「犬(いぬ)や猫(ねこ)はどうなるのかなあ」と心配しているにちがいありません。でも安心してください。
『母と子の心霊教室』常夏(とこなつ)の国に住んでいる人に聞いてみますと、犬(いぬ)や猫(ねこ)もちゃんと生き続けているということです。ですが、それは人間にかわいがられているものに限るのだそうです。
『母と子の心霊教室』ということは、みなさんがかわいがってやりさえすれば、いつまでもその動物といっしょに暮(く)らすことができるということなのです。うれしいことですね。
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-----2章08
『母と子の心霊教室』【8 悪い人もいる】ところで、みなさんの中には「悪い人たちはどうなるのだろう。悪いことをした人も今までのお話のように幸福な暮(く)らしがゆるされるのだろうか。もしそうだとしたら、それは不公平なことだ」と不服をいう人がいるかもしれません。
『母と子の心霊教室』おっしゃるとおりです。私が今まで述べたことは、地上で善い行いをした人たちのことばかりでした。では、地上で悪いことをした人は、死んでからどうなるかということをつぎにお話いたしましょう。
『母と子の心霊教室』じつは、エーテル界というのは、目に見えない死後の世界のことを、ひと口にそういっているだけで、ほんとうはエーテル界にもたくさんの世界があるのです。地上の学校にも幼稚園(ようちえん)から小学校、中学校、高等学校そして大学というふうに→
『母と子の心霊教室』→たくさんあるでしょう。それと同じことです。地上生活はその中の幼稚園(ようちえん)のようなものです。地上を去って最初にいく世界を「幽界(ゆうかい)」といいますが、ここはエーテル界の小学校のようなところです。
『母と子の心霊教室』さっき説明した常夏(とこなつ)の国というのは、その幽界(ゆうかい)のそのまた1部分のことなのです。さて、みなさんの中には、よく勉強する人と、なまけてばかりいる人とがいるでしょう。そして、小学校で熱心に勉強していた人は、中学校へ上がっても先生から教わることが→
『母と子の心霊教室』→スラスラとよくわかりますが、なまけてばかりいた人はとても困(こま)ります。よくわからないのでますます勉強がいやになり、楽しいはずの学校が少しも楽しいところではなくなってしまいます。これと同じように、地上で悪いことばかりしていた人は幽界(ゆうかい)へ行った→
『母と子の心霊教室』→時にひじょうに困(こま)ります。地上でお友だちだった人からものけ者にされるし、新しいお友だちもできません。そのうちひとりぼっちで暗いところで暮(く)らすようになっていくのです。
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-----2章09
『母と子の心霊教室』【9 自分がまいた種は自分が刈(か)りとる】では、悪いことをした人は、いつまでも暗いところで暮(く)らさねばならないのかというと、けっしてそうではありません。みなさんだっていまの成績が悪くても、これから熱心に勉強すれば、→
『母と子の心霊教室』→高等学校にだって大学にだって行けるはずです。それと同じように自分の行いや心がけを反省して、これからは正しい人間になろうと一心に努力すれば、神様はいつでも救いの手を差しのべてくださり、明るく美しい世界へつれて行ってくださるのです。
『母と子の心霊教室』「だったら、悪いことをしても神様にお願いして、上の世界へつれていっていただけばいい」と考える人がいるかもしれません。しかし、それは絶対に許されないことなのです。そのわけをつぎに説明しましょう。
『母と子の心霊教室』たとえば、いま私がチョコレートを口の中に入れたとしましょう。チョコレートはすぐにとろけて、あの甘(あま)いおいしい味がします。が、それは私の舌に「甘(あま)いなあ」「おいしいなあ」と感じるはたらきがそなわっているからであって、→
『母と子の心霊教室』→けっして私が善いことをしたごほうびではありません。また熱いストーブに手を触(ふ)れたらやけどをするにきまっていますが、これは私がなにか悪いことをした罰(ばつ)ではないでしょう。さわってはいけないものにさわった、そのまちがった行いによる→
『母と子の心霊教室』→結果がそうなったにすぎません。心がけの悪い人が暗いところへいって、ひとりでさびしく暮(く)らすのも同じことです。人間にはしてよいことと、してはいけないことがあって、いけないことをすると自然に苦しい状態になるのです。
『母と子の心霊教室』けっして神様が怒(おこ)って罰(ばつ)をあたえているのではありません。反対に、いつも善い行いをしておれば、心がますます美しく清くなって、いっそう幸福な境遇(きょうぐう)になります。
『母と子の心霊教室』むかしのことわざに「自分のまいた種は自分で狩(か)りとらねばならない」というのがありますが、これは真理であるだけでなく、とても大切なことを教えております。
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-----2章10
『母と子の心霊教室』【10 エーテル界はすぐそばにある】ところで、エーテル界といっている死後の世界は、いったいどこにあるのでしょうか。昔の人は、死んだ人は遠い西の果てにいくと考えたものですが、心霊学(しんれいがく)によって、→
『母と子の心霊教室』→それがまちがいであることがわかりました。であは、どこにあるのでしょう?驚(おどろ)いてはいけません。じつはエーテル界は私たちのすぐ身のまわりにあるのです。そうです。私たちの地球と同じ場所にあるのです。
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『母と子の心霊教室』むろん死後の世界の方が、地球よりずっと広くて大きいのですから、正確にいえば、エーテル界の中に地球が包まれているといった方がよいでしょう。これだけ説明すれば、死ぬということがただ肉体を捨(す)てるだけのことであることがよくわかったでしょう。
『母と子の心霊教室』ちょうど潜水夫(せんすいふ)があの重い潜水服(せんすいふく)を脱(ぬ)ぐのと同じだと思えばよろしい。けっして遠くへ行ってしまうのではありません。そうすると、死んだおじいさんやおばあさん、お父さんやお母さん、それから兄弟やお友だちなどは、→
『母と子の心霊教室』→いまもみなさんのすぐ身のまわりにいて元気に生活していることになるわけです。このことがまだよくわからない人がいるかもしれませんので、これをもっと別の方法で説明してみましょう。
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-----2章11
『母と子の心霊教室』【11 物体にはすきまがいっぱいある】私がいまこの本を書くために使っている机はカシの木でできております。持ち上げようとするとたいへん重いですし、たたいてみるととても固くて手が痛(いた)いほどです。
『母と子の心霊教室』ところが、物質のことを専門(せんもん)に研究している物理学者の話によりますと、物体は分子(ぶんし)という非常に小さな粒子(りゅうし)でできており、その分子(ぶんし)は原子(げんし)というさらに小さな粒子(りゅうし)からできているのだそうです(図を見て下さい)。
『母と子の心霊教室』両方とも、どんなに性能のよい顕微鏡(けんびきょう)によっても見ることができないほど小さなもので、このほんのページだけでも、何百万個という分子(ぶんし)と原子(げんし)とでできているということです。
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『母と子の心霊教室』では、みなさんはその原子(げんし)はいったい何からできていると思いますか。私も知って驚(おどろ)いたのですが、原子(げんし)は、電子(でんし)というさらにさらに小さな粒子(りゅうし)と原子核(げんしかく)とによってできていて、→
『母と子の心霊教室』→しかも、その電子は原子核(げんしかく)のまわりを休みなく回っているのです。さて、図を見てください。電子(でんし)と電子(でんし)とのあいだにはなにもありませんね。じつはそこがたいせつなところなのです。
『母と子の心霊教室』どのようにたいせつなのか、それを知っていただくためにつぎのような実験をしてみてください。みなさんは紅茶(こうちゃ)はすきですか。コーヒーの方がすきですか。いや、それはどちらでもよろしい。→
『母と子の心霊教室』→どちらにしてもみなさんは砂糖(さとう)を入れて飲みますね。よろしい、では、コーヒーでも紅茶(こうちゃ)でもいいですから、今日はとくに正確に分量をはかってカップに入れてください。つぎに、いつものように砂糖(さとう)を入れます。
『母と子の心霊教室』そして、その砂糖(さとう)が完全に溶(と)けてなくなるまでスプーンでよく混ぜてください。さて、舌の先でちょっとなめてみてください。甘(あま)いでしょう。そのはずです。砂糖(さとう)が入っているのですから。
『母と子の心霊教室』ではつぎにもう1度カップの分量をはかってみてください。どうです。増えていますか、それとも減っていますか。おそらく増えても減ってもいないはずです。ではいったい、砂糖(さとう)はどこへ行ってしまったのでしょう。
『母と子の心霊教室』たしかにカップの中に入れたのですから、カップの中のどこかにあるはずです。どこでしょう?そうなのです。いま説明したように、物体にはすきまがいっぱいあります。水も物体ですから、ちょっと見るとすきまはなさそうでも、実際にはすきまだらけで、→
『母と子の心霊教室』→むしろすきまの方が多いくらいなのです。そこで砂糖(さとう)は、そのすきまの中に入ってしまったのだということになります。けっして手品のように消えてなくなったのではありません。
『母と子の心霊教室』これでエーテル界が地球と同じ場所に存在(そんざい)できるわけがよくわかったでしょう。
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-----2章12
『母と子の心霊教室』【12 バイブレーションの話】みなさんはなにによって物を見ますか?「目です」―きっとそう答えるでしょう。なるほど目がなくてはなにも見ることができませんね。では、目があればかならず物が見えるのでしょうか。そうはいいきれませんね。
『母と子の心霊教室』だって、まっ暗いところではなにも見えないではありませんか。すると物が見えるためにはなにか別のものが必要であることになりますが、それは、いったいなんでしょうか。それは“光”です。光がなかったら、どんなに視力のいい目をしていてもなにも見えません。
『母と子の心霊教室』では、光とはいったいどんなものなのでしょう?みなさんの家には振(ふ)り子(こ)のついた時計がありませんか。あったら振り子の動くようすをよく観察してごらんなさい。右と左にいったりきたりして、休みなく動いていますね。
『母と子の心霊教室』また、もしピアノがあれば、あの大きなふたを開けて、キー(鍵盤(けんばん))をたたくと弦(げん)がどのように動くかを調べてごらんなさい。上下にはげしく動いているのがわかるでしょう。
『母と子の心霊教室』もっと気をつけてみると、高い音ほどはげしく振動(しんどう)していることにも気づくことでしょう。このような振動(しんどう)をバイブレーションといいます。つまり、ピアノの音はバイブレーションによって生じているのです。
『母と子の心霊教室』それと同じで、光もバイブレーションから生じているのです。つまり光も振動(しんどう)しているのです。ではつぎに、音はどのようにして聞こえるのでしょうか。それは、私たちの耳に音のバイブレーションを感じとる器官がそなわっているからです。
『母と子の心霊教室』そして音のバイブレーションには、はげしいものからゆるやかなものまでいく種類もあるのですが、私たちの耳はその1部分しか感じとることができません。
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『母と子の心霊教室』あまりはげしく振動(しんどう)する高い音や、反対にあまりゆるやかすぎる低い音は聞こえないようになっているのです。これと同じことが光にもいえます。すなわち、光にも細かく振動(しんどう)するものから大きく振動(しんどう)するものまで→
『母と子の心霊教室』→いくとおりもあって私たちの目に映(うつ)るのはそのごく1部だけなのです(図を見てください)。振動(しんどう)の波の大きすぎる光の中には、人間の目には映(うつ)らずに、皮膚(ひふ)にぬくみを感じさせるものもあります。
『母と子の心霊教室』これは光線といわずに熱線といいます。そのほかレントゲン写真に使うX線(エックスせん)とか、ラジオや電話、あるいは電報などに使われる無線(電磁波(でんじは))というのもあります。さて、ここでラジオのことを考えてみましょう。
『母と子の心霊教室』みなさんがダイヤルをまわすと、いろんな放送局の放送が入ってきますが、スイッチを切ると、それきりなにも聞こえなくなります。では、聞こえないときは放送局が放送をやめているのでしょうか。そうではありませんね。
『母と子の心霊教室』放送局は放送を続けているのですが、みなさんのラジオがそれを受信するのを中止しているにすぎません。その証拠(しょうこ)に、もう一度スイッチを入れると、また放送が聞こえてきます。人間はちょうどこのラジオのようなものです。
『母と子の心霊教室』この地球上で生活している間は目・耳・鼻・皮膚(ひふ)・舌の5つの器官に感じられるものばかりを受信していますが、肉体を捨(す)ててエーテル界へ行くと、こんどはエーテル体に感じられるものばかりを受信するようになります。
『母と子の心霊教室』ですから、エーテル界にいる霊(れい)の姿(すがた)を見ようと思えば、肉体から出てエーテル界まで行かなければならないわけです。これで、ふだん私たちの目に死んだ人の姿(すがた)が見えないわけがわかったでしょう。
『母と子の心霊教室』また、目に見えないからそんなものは存在しない、と考えるのはまちがいであることもわかったでしょう。しかし、中には肉体をもっていながら、エーテル体をはたらかせてエーテル界を見物したり、その世界の人たちと話をしたりすることができる人がいます。
『母と子の心霊教室』はじめに紹介(しょうかい)したデービス先生もそのひとりですが、そのような人を“霊能者(れいのうしゃ)”とか、“霊媒(れいばい)”と呼(よ)んでいます。第3章では、そういった人たちについてくわしく説明することにしましょう。
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-----2章注釈
『母と子の心霊教室』【注釈(ちゅうしゃく) 心霊(しんれい)用語について―訳者(やくしゃ)】心霊学(しんれいがく)というのは、いまからおよそ140年前に、米国で発生した心霊(しんれい)現象がきっかけとなって発達してきたものです。
『母と子の心霊教室』そして現在までのところその用語は、古い神話や伝説の中で使われていたものに、新しい意味を加えて使用しているのです。そのために、古い用語についての先入観念(せんにゅうかんねん)が、正しい理解を邪魔(じゃま)することがあり、→
『母と子の心霊教室』→そのいちばんよい例が“霊(スピリット)”という言葉です。心霊学(しんれいがく)で霊(れい)といったときは、個性をそなえた実際の存在(そんざい)を意味しますが、一般の人は影(かげ)も形もないものとして受けとめる傾向があります。
『母と子の心霊教室』先祖の○○霊(れい)の供養(くよう)を欠かさない人が、心霊学(しんれいがく)でいう霊(れい)については、そんなものは存在(そんざい)しないといったりする、奇妙(きみょう)なことが生じるわけです。
『母と子の心霊教室』本書ではそうした点を考慮(こうりょ)して、死後の世界のことを「エーテル界」と呼(よ)び、そこで使用するからだのことを「エーテル体」と呼(よ)びました。英米でもそのように配慮(はいりょ)している人がいます。
『母と子の心霊教室』エーテルというのはetherealといい、“霊妙(れいみょう)な”とか、“天上的な”といった意味があります。じつをいうと、エーテル界には段階的に下から上へといくつもあり、それに応じてエーテル体にもいく種類かがあるわけです。
『母と子の心霊教室』そしてそれぞれに個別の呼(よ)び方をしているのですが、いまのべたとおり、その用語にはとかく先入観念(せんにゅうかんねん)がつきまといがちですし、本書は文字どおりの入門書である点を考えて、→
『母と子の心霊教室』→とくにやむを得ない場合をのぞいて、なるべく「エーテル界」「エーテル体」を使用しています。
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-----1章01
『母と子の心霊教室』第1章「人間」とはなんだろう【1 真理を学ぼう】みなさんの住んでいる地球上には、よくわからないことがたくさんあります。その証拠に、みなさんはよく「あれは何?どうしてそうなるの?」という質問をしてお父さんやお母さんを困らせることがあるでしょう。
『母と子の心霊教室』あまりつぎつぎとむずかしい質問をすると「これこれ、いい加減にしないか。お父さんは今いそがしいんだよ」といって逃げていく、ずるいお父さんもいることでしょう。ですが、ほんとうはそのお父さんやお母さんも、子どものころはみなさんと同じようにたくさんの質問をして→
『母と子の心霊教室』→おじいさんやおばあさんを困らせたことがあるのです。では、そのように物を知りたがるのは、みなさんたち少年少女だけでしょうか。けっしてそうではありません。おとなも子どもも、男も女もみんな、わからないことを聞いたり研究したりすることがだいすきです。
『母と子の心霊教室』そして、毎日わからないことをいっしんに研究している人を「科学者」といいます。科学者にもいろいろあります。空の星のことを研究している人、植物のことを研究している人、人間のからだの構造を調べている人、ほかにもまだまだたくさんいます。
『母と子の心霊教室』こういう人たちは望遠鏡(ぼうえんきょう)や顕微鏡(けんびきょう)を使って、星や植物やからだについての正しい知識、つまり真理を学ぼうとしているのです。なぜ真理を学ぶのでしょう。
『母と子の心霊教室』それは、真理を知れば知るほど生活がゆたかになり、人間がしあわせになるからです。では真理を研究しているのは科学者だけでしょうか。けっしてそうではありません。美しい絵や楽しい音楽をつくっている人たち、この人たちもやはり絵や音楽についての真理を勉強しているのです。
『母と子の心霊教室』けっきょくみなさんのまわりにあるもの全部―机の上の本やえんぴつ、みなさんが着ている衣服、台所にあるガスやマッチ、壁にかかっている絵、これらはみな、真理を研究した人びとのおかげなのです。
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-----1章02
『母と子の心霊教室』【2 いちばんむずかしい問題】むかし、ある有名な詩人が「人間がまっ先に研究しなければならないものは“人間”である」といいました。少し変に思われますが、よく考えてみると、なるほどそうだと思います。
『母と子の心霊教室』人間については、昔から多くの偉(えら)い人たちがいろいろと研究してきましたが、これほどおもしろくて、これほどむずかし問題はありません。みなさんも人間について考えてみたことがあるでしょう。ない?そんなはずはありません。
『母と子の心霊教室』その証拠(しょうこ)に、みなさんはこんな疑問(ぎもん)をもったことはありませんか。「いったい、自分はどこから来たのだろう?」「ぼくのからだが、知らないうちにだんだん大きくなっていくのはなぜだろう?」
『母と子の心霊教室』「わたしとポチやミケとは、どんなところがちがっているのかしら?」「ポチやミケは、なぜ言葉が話せないのだろう?」「死んだらぼくたちはどうなるのだろう?」こういう問題は花や魚の研究よりずっとおもしろそうですね。
『母と子の心霊教室』ですがまた、ずっとむずかしそうでもあります。では、これからみなさんといっしょに、人間について少しずつ勉強していきましょう。
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-----1章03
『母と子の心霊教室』【3 生きているものは変化する】みなさんはすでに学校で、私たち人間のからだの成長のしかたや、血液・胃・筋肉などのはたらきについていろいろと教わっているはずです。
『母と子の心霊教室』ところが不思議なことに、人間のからだは1日ごとに、いえ1秒ごとにすりへり、すりへると思うと、すぐそのあとから新しいものができているのです。皮膚(ひふ)や頭の毛などは、ほとんど休みなしに死んだり生まれかわったりしております。
『母と子の心霊教室』しかし、いちばんながい部分になると、すっかり新しくなるまでに7年もかかります。そうすると私たちのからだは7年ごとに、まったく新しいからだに生まれかわっていることになります。
『母と子の心霊教室』このようにつぎからつぎへと変化していくことは、それが生きていることの証拠(しょうこ)なのです。死んだものは変化しません。たとえば、カシの木を植えると、しだいに背が高くなり、枝(えだ)もぐんぐん太くなっていき、毎年春になれば新しい葉をつけます。
『母と子の心霊教室』ところが、ためしにその枝(えだ)を切りとって、それでおもちゃのポストでもこしらえてごらんなさい。いつまでたってもポストの大きさは変わりません。それはポストに、カシの木を“生きさせて”いた生命(いのち)というものがないからです。
『母と子の心霊教室』生きているものはつねに変化します。植物・魚・虫・小鳥、どれをみても必ず変化しています。では植物を例にとって、それがどのように変化していくかをいっしょに見てみましょう。
『母と子の心霊教室』まず私たちがタネをまくと、そのタネから芽が出て、明るい方に向かってぐんぐんのびながら枝(えだ)をだし葉をつけます。やがて花が咲(さ)き、実(み)をつけます。
『母と子の心霊教室』その実(み)の中には前と同じタネが入っていて、それをまくと、ふたたび同じように芽をだし、同じように生長して、またおなじ実をつけます。植物は昔からこういう生活を数え切れないほどくり返しているのです。
『母と子の心霊教室』こんどは蝶(ちょう)の生活を見てみましょう。図を見て下さい。蝶(ちょう)の生活は卵からはじまります。その卵は植物の葉について、やがて幼虫(ようちゅう)がかえります。これをみなさんは“毛虫”と呼(よ)んでおります。
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『母と子の心霊教室』しばらくすると、その幼虫(ようちゅう)は、自分の身体に糸のようなものをグルグルと巻(ま)きつけて、図3に見るような、まるい袋(ふくろ)をこしらえます。これをマユといい、毛虫の寝床(ねどこ)のようなものです。
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『母と子の心霊教室』その寝床(ねどこ)の中から、いよいよあの美しい蝶(ちょう)が出てきて、花から花へと飛びまわり、そのうち、どこかの植物の葉に卵を生みつけます。するとその卵からふたたび幼虫(ようちゅう)が生まれて、同じような順序をたどりながら最後にまた蝶(ちょう)になります。
『母と子の心霊教室』これが蝶(ちょう)の生活です。おもしろいことに、よく研究してみると人間にも蝶(ちょう)と同じような変化があるのです。私たち人間はお母さんのからだから生まれます。そのときは話すことも歩くこともできません。
『母と子の心霊教室』それが少しずつ歩けるようになり言葉も話せるようになって、ついには、地球上でいちばんすぐれた動物となります。もちろん大きくなっていくうちには、さっき説明したように、私たちのからだはつぎからつぎへと変化しています。しかし、その変化はいつまでも続くのではありません。
『母と子の心霊教室』いつかは、もうこれ以上新しくなれないという時期がやってきます。ところがありがたいことには、私たち人間は肉体だけでできているのではないのです。ためしにお母さんにたのんで、お母さんがまだみなさんぐらいの少女だったころの写真を見せていただきなさい。
『母と子の心霊教室』それをひと目みたみなさんはきっと「へー、これがお母さん?」といって、そのちがいに驚(おどろ)くことでしょう。顔・手・足、なにもかも今のお母さんとはずいぶんちがっております。
『母と子の心霊教室』なのに、お母さんはやっぱりお母さんであり、からだはすっかり変わっていても、どこかに少女のころと少しも変わっていないところがあることに気がつくでしょう。
『母と子の心霊教室』そうすると私たちは目に見える肉体のほかに、いつまでも変化しない“別のもの”があるにちがいないということになります。それはいったいどんなものでしょうか。
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-----1章04
『母と子の心霊教室』【4 人間は3つの要素からできている】じつは、心霊学(しんれいがく)が教えるところによると、人間には肉体のほかに「エーテル体」と「精神」のふたつの要素があるのです。肉体については学校で教わっているはずですから、→
『母と子の心霊教室』→ここではエーテル体と精神のふたつについて説明しましょう。まずエーテル体はふつうの眼(め)では見ることができませんが、肉体とそっくりの形をしていて、いつも肉体といっしょに動きます。
『母と子の心霊教室』生まれたときも肉体とおなじ大きさで、肉体が成長するにつれてエーテル体もいっしょに大きくなります。ただエーテル体には肉体にまねのできないふたつの大きな特徴(とくちょう)があります。第1は、けっして年をとらないことです。
『母と子の心霊教室』すなわち、肉体は年をとるとしだいに元気がなくなってきますが、エーテル体はいったん形ができあがるとけっして年をとらず、いつまでも若々しく元気にあふれています。第2の特徴(とくちょう)は、いつも完全であることです。
『母と子の心霊教室』すなわち、肉体はけがをすると傷(きず)あとができたり、事故のために足を折るとそのまま一生涯(いっしょうがい)不自由になってしまいますが、エーテル体はけっしてそういうことがないのです。さてこのふたつの特徴(とくちょう)をよく考えてみましょう。
『母と子の心霊教室』エーテル体はけっして年をとらない。いつまでも元気である。けがもしない。片足がなくなってもエーテル体の足はちゃんと残っている。そうすると人間は、たとえ肉体がほろびて地上からいなくなっても、今度はそのエーテル体を使って→
『母と子の心霊教室』→どこかで生活しているはずだ、ということにならないでしょうか。事実そうなのです。肉体はなくなってもエーテル体はけっしてほろびません。ですから地上でからだに障害(しょうがい)のあった人も、死んでつぎの世界へいくと完全なからだに→
『母と子の心霊教室』→もどることができますし、生まれつき目が不自由だった人も、立派(りっぱ)に物が見えるようになります。ほろびた肉体はそのまま土にもどってしまい、やがては植物の栄養分となって、ふたたび生きもののからだになっていきます。
『母と子の心霊教室』さっき私は、お母さんの子どものころの写真を見ると、顔やからだはすっかり変わっているのにどこかに少しも変わっていないものがあるといいましたが、ではその変わっていないものというのは、いったいなんでしょうか。
『母と子の心霊教室』それがじつは「精神」なのです。精神のはたらきにはいろいろあります。物事を考えたり、覚えたり、真理を研究したり、知恵(ちえ)をしぼったりすることは、みな精神のはたらきです。精神がなかったら手足を動かすこともできません。
『母と子の心霊教室』「生きているものは変化する」といいましたが、つぎつぎと新しくなっていくのも精神のはたらきがあるからなのです。そうすると精神は非常にたいせつなものだということになりますね。そうです。人間がもっているものの中で精神がいちばんたいせつなのです。
『母と子の心霊教室』その精神は私たちが地上にいるあいだ、つまり肉体を使って生きているあいだは脳(のう)と神経によって肉体を動かし、いろんな生活をします。
『母と子の心霊教室』しかし、さっきもいったとおり、肉体はいつか使えなくなるときがきます。そうすると精神は肉体を捨(す)てて、こんどはエーテル体を使って生活するようになるのです。
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-----1章05
『母と子の心霊教室』【5 「死」とはなんだろう】それでは地上にいるあいだはずっと肉体の中にいるのかというと、そうではありません。私たちがこころよい眠(ねむ)りにつくとエーテル体は肉体から離(はな)れます。
『母と子の心霊教室』その離(はな)れる距離(きょり)は近いときもあれば遠いときもありますが、どんなに遠く離(はな)れても、かならず銀色をした「生命の糸」によってつながれております。
『母と子の心霊教室』そのふたつのからだ、すなわち肉体とエーテル体とが一体となったときに目が覚めるのです。肉体から離(はな)れているあいだ、エーテル体は地上の遠いところへ見物に出かけたり、エーテル界(エーテル体で生活するつぎの世界)を訪(おとず)れたりしますが→
『母と子の心霊教室』→そのときのことを目が覚めてからはっきり思い出すことはめったにありません。しかし、ある人はいつでも自分のすきなときに肉体からぬけ出て、自分の思う場所へ旅行し、しかもそのときのことをあとで肉体にもどったときにはっきりと思い出すことができます。
『母と子の心霊教室』こういう人を「霊能者(れいのうしゃ)」といい、そういう現象を「幽体離脱現象(ゆうたいりだつげんしょう)」といいますが、これについてはあとでくわしく説明しましょう。では、もしその生命の糸が切れてしまったらどうなるでしょう。
『母と子の心霊教室』もちろん2度と肉体にもどれなくなってしまいます。「死んでしまった」というのは、生命の糸が切れてしまったことなのです。ですから「死」とはエーテル体が肉体を捨(す)てて、そのままつぎの世界で新しい生活をはじめる、→
『母と子の心霊教室』→その出発点ということができるのです。ここでもういちど、蝶(ちょう)の生活を思い出してください。毛虫はいよいよ蝶(ちょう)になる前は小さなマユの中にいますね。その毛虫をみなさんはまさか、かわいそうだとは思わないでしょう。
『母と子の心霊教室』なぜなら、なるほどマユの中はきゅうくつですが、もうすぐあの美しい蝶(ちょう)になって、広々とした花畑を飛びまわることができるのですから…。
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『母と子の心霊教室』人間が死ぬということは、ちょうどこの蝶(ちょう)のように肉体というきゅうくつなマユからぬけ出るのと同じことなのです。別のたとえでいえば、夜に寝(ね)て翌朝(よくあさ)別の世界に目を覚ますのと同じようなものだと思えばよいでしょう。
『母と子の心霊教室』すると死ぬのが恐(おそ)ろしいという人は寝(ね)るのがこわい人ということになってしまいませんか。おかしいですね。そうです。死とはけっして恐(おそ)ろしいものでも悲しいものでもないのです。
『母と子の心霊教室』その反対にとてもしあわせな、すばらしいものなのです。なぜなら、こんどは地上よりはるかに自由で美しい世界で生活するのですから…。ところで、死んだらすぐに地獄(じごく)か極楽(ごくらく)へいくと説く人がいますが、これはまちがっています。
『母と子の心霊教室』私たちはただ肉体のかわりにエーテル体を使って新しい生活をはじめるだけです。その世界は地上よりずっと明るくて、気持ちのよい世界です。が、けっして遊んでばかりいる世界でもありません。さらに新しい真理を学びながら、いちだんと心の清らかな人間になるように努力するのです。
『母と子の心霊教室』かりにお友だちが亡(な)くなったとしましょう。きっと、みなさんは悲しくてならないでしょう。残念でならないでしょう。ですがけっしてそのお友だちのことを“かわいそう”だと思ってはいけません。
『母と子の心霊教室』なぜならば、お友だちはこの宇宙(うちゅう)から消えてしまったのではなく、今いったように、地上よりいちだん高い世界で、新しい生活を始めながら、いつかはみなさんも同じ世界に来ることを楽しみに待っているのですから…。これは非常にたいせつなことなのです。
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-----1章注釈
『母と子の心霊教室』【注釈―この世でうけた生命(いのち)はたいせつに―訳者(やくしゃ)】“浜までは海女(あま)も蓑(みの)きるしぐれかな”という俳句(はいく)があります。海女(あま)というのは海にもぐって魚貝や海草などをとる女の人のことですが、→
『母と子の心霊教室』→その海女さんの1人がこれから海へ向かって出かけようとしたら雨が降(ふ)りはじめました。すると、どうせ海にもぐってぬれてしまうのに、浜まではきちんと蓑(みの)を着ていった、というのです。これはなんでもないことのようで、とてもたいせつな事を教えております。
『母と子の心霊教室』この本を読んで、死後の世界のすばらしさを知ったみなさんの中にもし“だったら地上で苦しい思いをしないで、さっさと死んだほうがいいのではなかろうか”と考える人がいたら、それはたいへんなまちがいです。
『母と子の心霊教室』この本の付録で紹介(しょうかい)するシルバーバーチという3千年も前にこの世を去った霊(れい)が、そのながい霊界(れいかい)生活で知ったいちばんたいせつなことは、地上生活には地上でしか学べないたいせつなことがあり、それをきちんと身につけないで死ぬと、→
『母と子の心霊教室』→その足らないところを埋めあわせるために、霊界(れいかい)でいろいろとやっかいなことが起き、人によってはもう1度地上へ生まれてこなければならないこともあると述べております。
『母と子の心霊教室』仏教のお経(きょう)の中にも「人間としてこの世に生まれてくるのはとてもむずかしいことなのに、自分たちはいまこうして生まれてきているではないか。また、正しい真理を知ることもなかなかむずかしいことなのに、今こうして学んでいるではないか。」
『母と子の心霊教室』「もしもこの世でしっかりと身につけなかったら、いったいいつ身につけるのだ。いまのうちにしっかりと修養(しゅうよう)しようではないか」と説いているところがあります。みなさんもぜひ、そういう心がまえでたくましく生きていただきたいと思います。
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-----訳者まえがき
『母と子の心霊教室』訳者(やくしゃ)まえがき 今から25年も前のことですが、私は英国から送られてきたこの本の原書を手にして、これはぜひとも翻訳(ほんやく)して、日本の少年少女のみなさんに読んでいただきたいと思いました。訳(やく)はその年のうちにできていたのですが、→
『母と子の心霊教室』→それがこのたびようやく単行本として出版していただけることになり、私は今うれしい気持ちでいっぱいです。出版までに、なぜそんなにながくかかったかといいますと、当時はまだ心霊(しんれい)知識が普及(ふきゅう)していなくて、→
『母と子の心霊教室』→少年少女向けの心霊書(しんれいしょ)をだすには早すぎたということです。それでその年はガリ版ずりにして、スピリチュアリスト(心霊仲間(しんれいなかま))のあいだだけで読んでもらい、それから数年後に、日本心霊(しんれい)科学協会の月刊誌(げっかんし)→
『母と子の心霊教室』→「心霊(しんれい)研究」に10回にわたって連載(れんさい)していただき、そして今回、それに全面的に改訳(かいやく)をほどこしたものを出版していただくことになったわけです。
『母と子の心霊教室』では、この本の出版をお願いすることになったのは、もうすでに正しい心霊(しんれい)知識が普及(ふきゅう)してきたからかというと、残念ながらそうではないのです。
『母と子の心霊教室』最近たしかに心霊的(しんれいてき)なことが、テレビや雑誌(ざっし)などでさかんに報じられるようになりましたが、困ったことに、正しい心霊(しんれい)知識よりも間違った心霊知識、あるいは危険(きけん)な心霊知識の方が多いように思えるのです。
『母と子の心霊教室』しかも、意外に多くの青少年が心霊的(しんれいてき)なものに関心があることもわかってきて、このままでは、日本の青少年がまちがった先入観(せんにゅうかん)を植え付けられてしまうのではないかと→
『母と子の心霊教室』→心配し、その正しい基礎(きそ)知識を教えてくれるものとして、この本を出版する必要性を痛感(つうかん)したのです。何ごとも基本が大事です。心霊的(しんれいてき)な基礎(きそ)知識を学ぶ本として、このパーマー先生の本は最高だと信じます。
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『母と子の心霊教室』先生は英国のパブリックスクールでながいあいだ教えられ、最後は校長先生までなさった方です。私はこの本を手に入れてから、翻訳(ほんやく)の許可(きょか)をいただくための手紙を書いたのがきっかけとなって、その後パーマー先生と数え切れないほど文通を交わしました。
『母と子の心霊教室』「日本語版に寄せて」を書いてくださったのもそのころのことでした。「日本は自然の美しい国だと知人から聞いて、私もぜひいちどこの世に生きているうちに行ってみたいと思っているのですが、ずいぶんお金もかかりそうですし、それに私もだいぶ年なので…」
『母と子の心霊教室』と、いかにも質素を第一とした、スピリチュアリストらしい手紙をいただいたこともありましたが、それから間もなく、今から10数年前に亡くなられました。しかし、先生の青少年への希望は、この本の中に、立派に生き続けていると思います。
『母と子の心霊教室』私は翻訳(ほんやく)にあたって、その中に書かれている心霊(しんれい)知識といっしょに、先生の青少年への温かい愛情を伝えたいと思って、訳(やく)し方にいろいろと工夫をこらしました。
『母と子の心霊教室』ところで、心霊学(しんれいがく)のことはこれがはじめてという方にとっては、信じられないことや理解できないことが多いことと思います。そこで理解のむずかしそうなところは、私が“注釈(ちゅうしゃく)”という形で初心者向けに解説をほどこしておきました。
『母と子の心霊教室』それから、こうしたことが信じられないという方には、私からつぎのことを申しあげたいと思います。人類はこれまでさまざまな“信じられないこと”を発見してきました。地動説(ちどうせつ)がそうですし、原子(げんし)エネルギーがそうですし、→
『母と子の心霊教室』→宇宙(うちゅう)ロケットがそうですし、電子工学(でんしこうがく)の分野にいたっては日進月歩(にっしんげっぽ)の勢いで発明・発見がなされております。みなさんは別に驚きは感じないかもしれませんが、それはそうしたことが常識となった生活環境の中にいるからです。
『母と子の心霊教室』しかし私たちの生活環境(せいかつかんきょう)は、よく考えてみると、大宇宙(だいうちゅう)から微生物(びせいぶつ)にいたるまで不思議なことだらけなのです。その中でもいちばんの謎(なぞ)はじつは“人間そのもの”なのです。
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『母と子の心霊教室』人間については、はっきりとわかったことはなにひとつないといってもいいのです。たとえば、なぜ人間は物ごとを“考える”のか。なぜ“よろこび”、なぜ“悲しむ”のか。夜“寝て”朝なぜひとりでに“目が覚める”のか。
『母と子の心霊教室』その人体ができあがるいちばん最初は、目に見えないほど小さな細胞(さいぼう)でした。それが大きくなって科学を研究し、芸術を鑑賞(かんしょう)し、文学を語りスポーツを楽しむという、じつにさまざまな活動をするようになる、→
『母と子の心霊教室』→その知性と才能とエネルギーはいったいどこから生まれてくるのか、みな謎(なぞ)ばかりなのです。そうした謎(なぞ)について、ああでもない、こうでもないと思いあぐねていたときに、それを見事に説き明かしてくれる新しい思想が生まれました。スピリチュアリズムがそれです。
『母と子の心霊教室』そのくわしい内容は、これからパーマーさんが説明してくださいますが、それを読むにあたってのたいせつな心構えについてひとこと述べておきます。
『母と子の心霊教室』地動説(ちどうせつ)を最初にとなえたコペルニクスは、それまでの天文学者がみな地球を中心に考えていたのを、心の中で自分を太陽へと運んでいき、太陽に立って各天体の動きを観察したら、すべてがあっさりと解決したといいます。
『母と子の心霊教室』そこから地動説(ちどうせつ)が生まれたのです。つまり太陽が地球のまわりを回っているのではなくて、地球が太陽のまわりを回っていることがわかったのです。これは、当時の人にはとても理解がむずかしかったはずです。
『母と子の心霊教室』その証拠(しょうこ)に、その地動説を支持したガリレイが宗教裁判(しゅうきょうさいばん)にかけられ、その説を改めるように強迫(きょうはく)された話は、みなさんもよくごぞんじでしょう。さて、これまでの人間の科学は、物質科学の1分野として扱われてきました。
『母と子の心霊教室』つまり人間は物質であって、それから精神が生まれるのだと考えてきました。が、スピリチュアリズムによってそれはまちがいであり、人間はもともと“霊(れい)”であって、その霊(れい)が肉体を道具として地上生活を送っているのだと考えるようになりました。
『母と子の心霊教室』そう考えてみると、すべてがなるほどと納得(なっとく)がいくのです。いってみれば、現代人はコペルニクスと同じ発想の転換(てんかん)が必要となってきたわけです。今までのような物質中心の物の考え方をしていては、スピリチュアリズムは理解できないでしょう。
『母と子の心霊教室』私は高校生のときにスピリチュアリズムを知ってから、30年にわたってこの思想を勉強してきました。数え切れないほどの原書を読み、そのうちの重要なものを翻訳(ほんやく)してきましたが、青少年向けの心霊書(しんれいしょ)としてはこれが最初で、→
『母と子の心霊教室』→しかも最高のものであると信じます。本書によって、みなさんが正しい心霊(しんれい)知識を身につけ、今後ますます多くなっていくことが予想される心霊(しんれい)情報を、正しく判断できるようになってくださることを望んでやみません。
『母と子の心霊教室』それがこの本を書かれたパーマー先生の願いでもあるのです。 1986年5月 近藤千雄(こんどうかずお)
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-----原著者のあいさつ
『母と子の心霊教室』【日本語版に寄せて―原著者(げんちょしゃ)のあいさつ】私は英国のある学校の校長先生です。ながいあいだ8才から18才までの少年少女を教えてきましたので、みなさんが“物を知ることがたいへんすきであること”、そしてまた、よくわからないことは→
『母と子の心霊教室』→“何でも聞いてみようとすること”もよく知っております。また私は“人間とは何か”ということを研究する「心霊学(しんれいがく)」について、おとなの人たちにたびたび教えてまいりました。
『母と子の心霊教室』ところがたいへん残念なことに、おとなのための心霊(しんれい)の本はたくさんあるのに、みなさんのような少年少女のための心霊(しんれい)の本がほとんどといってよいほどないのです。これではいけないと思って書いたのがこの本です。
『母と子の心霊教室』ほんとうのことをいうと、私がこの本を書き始めた時は、英国の少年少女のことばかり考えておりました。まさかこの本が、遠い日本のみなさんにまで読んでいただくことになるとは、夢(ゆめ)にも思わなかったからです。
『母と子の心霊教室』ですが、英国の子どものためになるものは、きっと日本のみなさんにもためになるにちがいありません。おしまいにひとつだけお願いがあります。それは、ひと通りこの本を読みおわったら、こんどはこの本に書いてあることを基礎(きそ)として、自分自身でどしどし勉強して→
『母と子の心霊教室』→いただきたいということです。この本に書かれたことは、人間についての知識のほんの一部にすぎません。私にも、書きたいと思いながら書けなかったことが山ほどあるのです。どうかみなさんも自分で本を読んだり実験したりして、人間についてなるべく多くのことを学んでください。
『母と子の心霊教室』そうすれば「死ぬ」ということがつぎの世界への入り口であること、また、今でもその世界のお友だちがみなさんを助けてくれていることが、ますますはっきりとわかってくることでしょう。 1960年4月 チャールズ・パーマー
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守護霊様はじめ背後霊団の皆様、地上のたきざわ彰人です。いつもお世話になっております。今回このブログという場所を借りて、霊界の皆様に向けて僕のメッセージを送らせて頂こうと思います。こんなブログなど書かなくても心に想念を抱くだけで皆さんに僕の考えが伝わる事は分っていますが、こうしてテキストとして残す事で、僕の“責任”の所在を明らかにするという意味も込めてUPさせて頂きます。
2012年6月頃から霊性発現して以降、法悦状態に包まれた事から始まって、実に様々なインスピレーションや霊聴、幽体離脱でのメッセージを受取らせて頂いている事、本当に光栄な事なのですが、その“導き”の方向性は常に、常に、常に、僕の心の願望と正反対のものでした。一度たりとも僕の願望に沿ったメッセージが降ってくる事はありませんでした。現在に至っても全くその状況に変化はありません。
地上の人間の“有限の視野”から眺めた価値観ではなく、霊界から俯瞰で眺めた“無限の視野”から導かれるメッセージの方が大局で見た時に正しい、という事は知識として知っています。なのでこれまでもその考えに照らして、自分の考えを殺して何とか導きに従い続けてきました。しかし霊界の方々の導きに従えば従うほど、ますます正反対の状況が悪化していき、現在に至っては制御不能な怒りを伴うほどの正反対の極致中の極致の環境に僕は閉じ込められてしまっています。
何とか、何とか我慢して背後霊団の皆様のメッセージに従い続けてきました。しかし、これ以上自分の心に嘘をつき続けたら確実に心が壊れます。改めてここに書かずとも霊界の方々には僕の小さな心の中など全てお見通しなのは経験からもよく理解していますが、我慢の限界という事もあり、ここに本音を吐露させて頂きます。
霊的知識普及の使命の重大性は重々承知しています。イエス様のあの怒涛の、怒涛の、怒涛の、連続顕現がその重大性を物語っている事は僕もよく理解しています。しかし、一人の人間の個性、能力をここまで無視する事が果たして許されるのでしょうか?
僕は自分の全存在をかけて“絵”のクオリティを追求するために果てしなく勉強し、高い負荷を自分にかけ続けてきました。その僕の“絵”の能力を霊界の方々は霊性発現以降一貫して“完全否定”していらっしゃいます。そして僕の心が全く望んでいない、今まで生きてきて興味すら抱いた事のない、全く別ジャンルの勉強をひたすら僕にやらせようとメッセージを送り続けています。たった一人の地上の人間に対して、霊界の方々が大勢で押寄せてひたすら正反対の事を要求する、この導きの“方向性”…。
あまりにもひどすぎると思っています。
あまりにもひどすぎると思っています。
あまりにもひどすぎると思っています。
この導きの方向性、僕の心の願望とあまりにも正反対の極致すぎて、本当に僕の心は怒りでいっぱいなのです。この怒り、不満の感情を乗越えて、霊媒としての仕事を全うし、地上に新時代の霊言をもたらすという“栄光ある仕事”を果たす事ができるのなら、僕の小さな地上的願望など無視しても取るに足らない事は僕も一応理解していますし、霊界の方々もそういうお考えでおられる事も理解しています。しかし、もう不満を表明せずにはいられない、それほど僕はこの正反対の導きに対して怒りを抱いているのです。
“神のご意思”に従い、霊的知識普及の使命を果たし切って帰幽した暁に、霊界にて得られるであろう“霊的褒章”は、きっと僕の想像を遥か遥か超える素晴しいものなのでしょう。しかし、僕はもう霊的褒章なんていりません。理由は、僕に正反対の事を言い続けてきた方々とはお会いしたくないからです。高級霊の方々からインスピレーションを賜るという光栄に浴させて頂きながら、僕はここまで無礼、非礼な事を言ってしまうほど、現状の導きに対して不満を抱いているのです。
導きに従えば従うほど、僕がずっと脱出したいと願っていた環境に果てしなく監禁状態にされてしまう…正直に言わせて頂きます。これは拷問です。本当にひどいと思っています。なので、とにかく帰幽後は僕の事はそっとしておいて欲しいです。もう正反対の事を言う方々とはお会いしたくないのです。
過去、僕が帰幽後に暮すであろうと思われる“白い家”の映像インスピレーションを2度ほど受取らせて頂いた事がありますが、僕はもう家すらいりません。霊体には食事も休息も睡眠も必要ありませんから、僕は霊界の森や山や清流を旅するように暮しながら様々な動物たちと触れ合って生きたいです。何度も公言していますがここに再び宣言します。僕は帰幽後、僕に正反対の事を言ってこない動物たちと心静かに暮します。僕に正反対の事を言い続けてきた方々とはお会いしたくありませんし、共に暮すつもりもありません。
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現在僕のフランス語学習をサポートして下さっていると思われるフランス人助力霊の方々(正確に把握はできていませんが、フランス人の男女2名の方が助力霊としてついて下さっているものと予測しています)お2人、本当に申し訳ありません。正直言って僕はフランス語を好きになれそうもありません。日本人の僕にはどうにも理解し難いフランス語特有の数々の発音、これに僕は日々嫌な思いをさせられているからです。
僕がこの不愉快極まるフランス語学習を何とか忍耐をもって続け、ある程度の語学レベルに到達し、霊媒としての仕事が開始され、フランスと日本に新時代の霊言がもたらされたら、それは本当に素晴しい事ですし僕もそういう仕事ができた事を光栄に思うと思います。しかしその道のりは僕の心の願望と正反対の極みであり、日々の学習は僕の心に猛烈な怒りをもたらします。正直言ってどこまで耐えてやっていけるか自信はありません。
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レオナルド・ダ・ヴィンチ先生。あなたが僕に協力して下さるというインスピレーションを受取った時、僕は“やった!これで絵に戻れる!”と思いました。地上を代表する天才画家であるダヴィンチ先生から絵のインスピレーションを受取り、それに従って作品を描く事ができると、僕の心は喜びで満ちあふれたのでした。ところが現状はこれです。僕は1ミリたりとも“絵”を描く事ができず、明けても暮れても自分の心の願望と正反対の行動をとらされ続けています。
先日、せめてアナログ絵に戻ろうと、A2のケント紙を新規購入し、その紙にほんの数本シャーペンで線を描いただけで、その夜に“延期”というインスピレーションを受取った、あの時の僕の“怒り”は尋常なものではありませんでした。「こんなちょっとも描かせてもらえないのですか!」と、僕は寝袋の中で怒りに打ち震えたのでした。僕の使命遂行に協力して下さっている事、心から感謝はしているのですが、ダヴィンチ先生と“絵”の共同作業ができなかった事、本当に残念に思っています。
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モーリス・バーバネル氏。あなたのようなものすごい方に協力して頂けるようになった事、心から光栄に思います。しかし僕とあなたとでは器が違いすぎます。あなたは地上降下前から霊的使命を帯びておられたお方、僕は霊的使命など一切関係なく、ただ単に個人的進化向上を目的として絵の才能を賦与され地上に降下した、ただの少年な訳です。そもそも器が違います。
僕などという男にあなたと同じ仕事ができるとは思えませんが、もしあなたの100分の1でも霊的知識の普及に貢献できたのなら、それはもちろん光栄ですし嬉しくもあります。しかし上記に果てしなく書いていますように僕の心はこの正反対の導きに対して猛烈に不満と怒りを抱いていますので、こんな精神状態では正しく霊媒現象を発動する事は不可能では、と思っています。正直言って僕はこの“使命”は途中で頓挫するだろうと予測しています。耐えられるところまではもちろんやるつもりではいますが。
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イエス様。こんな僕に何度も何度も、本当に何度も顕現して頂きまして心から感謝致します。過去ブログ「あのお方(軽々しく名を呼んではいけません)」にて僕は…“いつか、いつか、あなたさまの顕現の様子(顕現の様子については“ベールの彼方の生活”にて多数紹介されています、参考までに)その荘厳極まる、想像を絶する、美と叡智の極致、そのお姿を“描く”事を許される画家になりたいと願っています。”…こういう願望を書かせて頂きました。
しかし、しかし、誠に、誠に、申し訳ありませんが、この願望、却下させて頂きます。理由は苦しくて描けないからです。この地上での経験を思い出してしまい、苦しくなって描き続けられなくなってしまうと思っているからです。本当に申し訳ありません。僕は帰幽後、人間をモチーフとして作品は描きません。僕が描くのは鳥たちや動物たち、そして自然物です。
しかしもうひとつ…僕はこんな無礼なブログを書いてしまうほど現状の霊的導きについて不満を抱いていますが、“この霊的知識普及の使命を自らの意思で遂行する”という約束をイエス様と交わしたという事実は消える事はありませんので、最高に苦しい現状ではありますが、僕にできるところまではやらせて頂こうと思っています。ちっとも成果が出せなかったら申し訳ありません。しかしそれが僕という人間の器の限界だと思いますので、どうかお許し頂きたいと思います。
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僕は“画家”の看板は絶対に下ろしません。たとえ地上生活中に絵に戻れなくとも、この画家の看板を掲げ続ける事が、僕の“自由意志”を守る最後の砦だと思っているからです。この看板を下ろしてしまったが最後、僕の自由意志は完全に消失します。…とはいえ、既に現状で僕は自由意志を剥奪された“操り人形”も同然の状況に突入していますので、こんな小さな事で我を張ってみたところで空しいばかりではあるのですが。
背後霊団の方々、先日は幽体離脱にてチンパンジーとの出会いを演出して頂きましてありがとうございました。あのチンパンジーと手を取り合った時に僕たち2人を包み込んだあの法悦、喜悦…本当に言語を絶する素晴しい感動的な体験でした。あの経験のおかげで、帰幽後、動物たちと暮していく実感が少し持てたような気がします。
画家のはずの僕が絵を全く描かせてもらえずに、果てしなく心の願望と正反対の事をやらされているこの現状、何をどうやっても納得はできません。“神のご意思”を遂行するためには、これほどまで自分を殺し続けなければならないのかと、その使命の責任の重さに今にも潰されそうな気持です。ただ、僕の心は本当に不満と怒りでいっぱいですが、それでも何とか、やれるところまではやってみようと思っています。
そのかわりと言っては何ですが、今回このブログにて、自分の心を守るために無礼を承知であえて僕の正直な気持を吐露させて頂きました。守護霊様ならびに背後霊団の方々、以上です。失礼致しました(祈)
たきざわ彰人

はじめに、このブログを読むにあたり、皆さんに心に留めておいて頂きたい2つのキーワードがあります。それは、霊的知識普及の使命遂行における…
【意志】と…
【環境】
です。これからこの2つの言葉の意味を解説していきます。
まず【意志】について。僕は幽体離脱やインスピレーションにて様々な、本当に様々なメッセージを背後霊団から日々受取らせて頂いてますが、そんな中、数週間前ですが幽体離脱にてある小さな女の子との出会いがありました。その女の子は7歳くらいの日本人の女の子で、フワッとした可愛らしいサマードレスを着ていました。
それについてツイートした内容がありますので、まずはそちらをご覧下さい↓
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今日の幽体離脱、小さい女の子が紙で作った手作りのお家の模型をプレゼントしてくれて「早く帰ってきてね」って言うのでした。僕は「こんなスゴイのありがとう」ってお礼を言ったのですが、使命遂行があるのでまだ霊界に帰れない事が分ったからでしょうか、その女の子は泣き出してしまうのでした→
→きっと「このお家に帰ってきてね」って事だったんでしょう。そんな風に言ってもらえて本当に嬉しかったです。そしてしばらくその女の子と遊んだのでした。そして離脱から帰還後、トランスを維持してるとイエス様が顕現して微笑んで下さったのでした…地上で僕に出来る限りをさせて頂きます…(祈)
昨日、幽体離脱中に小さい女の子から手作りのお家の模型をプレゼントしてもらった事を書きましたが、その「お家」は正直僕の目にはどうしてもお家には見えなかったのです。でも女の子がそういうんだからお家なんだろう、と思っていたのですが、そのお家の「意味」が分りました!青空天井です→
→「ベールの彼方の生活」をお読み頂けば分りますが、霊界の家は青空天井(屋根が無い)である事が多いそうです。つまりあの小さい女の子は、その子なりに霊界の家を忠実に再現して模型を作ってくれていたのです。すごい!女の子☆この苦しい使命を何とか果たし切ってああいう家で暮したいです(祈)
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まずは女の子がプレゼントしてくれた“お家”ですが、長方形の厚紙を地面に見立てて、その上に、スーパーマリオの“土管”みたいな(こんな事言ったら女の子に怒られちゃうかもしれませんが汗)形にボール紙を丸めたものを地面の厚紙の上にピタッとくっつけたような、そんな紙の模型だったのです。地面に見立てた厚紙の上に何やらメッセージが書きこまれていたのですが、その内容までは反芻し切れませんでした(残念)
あの形あのままではないのでしょうが、きっとあの女の子が現在暮らしている“お家”は、模型と同じく青空天井で、天界の光がふんだんに注ぎ込まれ、土管の空洞の中は沢山の壁で仕切られ部屋になっていて、壁そのものも光輝を放って明るく室内を照らしている、そんなお家なのではないか…なんて予測したりもするのでした。(詳しくは“ベールの彼方の生活”をご覧下さい)
そしてこの時の幽体離脱での出来事は、僕の“使命遂行”への心、決意が本物であるかを見るための“最終意志確認”だったのでは…と思うのです。なぜそう思うか、それは女の子の“様子”でした。
この最終意志確認をするにあたり、霊界の子供たち(幼くして他界した子供たちは高い界で生活してます)の中から、僕を本当に“好きに”なってくれた女の子が、僕の使命遂行の最終意志確認の“試験官”として特別に選ばれたのではないか、そう予測するのです。
そして女の子は僕への好意を込めて“本気”で「早く帰ってきてね」と言ったんだと思います。そして当然僕がその願いを聞き入れてくれるものと思っていたんだと思います。僕はその女の子にプレゼントのお礼を言いながら、背中を軽くポンポンって叩く感じでハグしました。その時“僕はまだ地上でやらなきゃいけない仕事があるからココ(霊界)には帰って来れないんだ”と心に思っていました。その僕の“真意”を霊体を通して感じ取ってしまい、女の子は思わず泣き出してしまった。という事だと思うのです。
その僕の様子を見て、つまり“帰幽”を踏みとどまり、地上に残って使命を遂行する意志、決意が本物である事を確認し、離脱から帰還後のトランス時に、イエス様が“ニヤリ”って感じで顕現して下さったんだと思います。
帰幽が決定していた僕に、何とか使命に燃えて欲しいとの思いからこの約半年間、イエス様はじめ高級霊の方々から実に様々なインスピレーション等のメッセージを受け取らせて頂きました。そのおかげで、何とかあれほど最高レベルに待ち望んだ“帰幽”をあきらめ、イエス様のご意志に従って地上に残って使命を果たす【意志】は固める事ができたのでした。
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そして次は【環境】ですが、これについてはブログ「イエス様、怒涛の連続顕現の“意味”と“その後”」にてイエス様のご意志に従い、帰幽をあきらめ地上に残る事を天界のイエス様に向って声に出して宣言した直後から、ずっと!ずっと!ずっと!一貫したメッセージが僕に降り続けていました。それは…僕がどうしても首をタテに振る事が出来なかった“ある条件”についてのメッセージでした。
そもそも僕が画家時代、連日連夜フルパワー発動を繰り返して高負荷な作品を描きまくっていたのは、現在の環境から脱出して長野県に移住し、北アルプス、南アルプスを攻めまくりながら画家として生涯を送る、という大目的があったからです。しかし上記の通りイエス様のご意志に従った直後、最初に受け取ったメッセージが、ずっと脱出したいと思っていたこの環境に“何とか留まってもらえまいか”というものだったのです。
最初にこのメッセージを受け取った時は本当にビックリしました。「何でいきなりそんな正反対のものが降って来るんですかぁぁ!」って、僕は心の中でふんぞり返って仰天してしまったのでした。そしてそれ以降、ずっとその僕が受け入れる事の出来ない“ある条件”を受け入れて欲しいというメッセージ、僕の心の願望と完全に正反対のメッセージが果てしなく徹底的に降り続けたのでした。
なぜその条件を受け入れて欲しいのか、僕には正確には分りません。しかし一番最初にそのメッセージが降って来て、それ以降も降り続けているところを見ると、使命遂行にとってとても大切なファクターである事だけは間違いないと思います。しかしその“ある条件”(詳しい説明はごめんなさい、個人的問題なのです謝)を僕はどうしても受け入れる事ができず、その心の壁を超える事ができず、僕は完全に混乱してしまったのでした。
しかし霊団側も必死の様子で、何とか僕にその心の壁“小我”“地上的概念”とでも言えばいいでしょうか、それを改めさせようと、なっにっがっなっんっでっもっ!僕にインスピレーションを送り続けるのでした。僕は悩みました。悩み続けました。最高レベルに苦悩しました。心の中で進んだり戻ったりを何度も何度も繰り返しました。
そしてある時は“これで僕は完全に心を入替えた!これでイエス様の導きに従える!”と思った事もあったのです。…が、霊界の方々には我々地上の人間の心の中など全てお見通しなのです。やはりその時の僕は“単に口で言っている”だけで、心の底から僕がどうしても受入れられなかった“ある条件”を受入れたのではなかったと理解したのでした。
そして、あるアタック(山へ行く事)前日「山でビックリ」というインスピレーションを受け取らせて頂いたのですが、実はそれは「山から帰ってきたらビックリ」という事であったと翌日知る事になりました。アタック帰還翌日に、猛烈!!!壮絶!!!なる怒涛の顕現に浴させて頂いたからです。その中には、今まで何度もイエス様と対で顕現して下さった後白河天皇の単独顕現もありました。
これについてもツイートしてますので、こちらをご覧下さい↓
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怒涛!怒涛!怒涛!「使命遂行布陣予想図」で描いた方々がインスピレーションにて怒涛に顕現して下さり、僕が当初から首をタテに振れずにいるある件について猛烈に影響力を行使したのです。それが使命遂行に向けての最後の障害のようです。ここが潮時のようです。心を変えないといけません(祈)
今日の怒涛のインスピレーションの中に後白河天皇のお顔の顕現もありました。しかも僕が「使命遂行布陣予想図」で描いた絵に合わせた容姿で顕現して下さったのです。僕に分り良い様にして下さったんだと思います。後白河天皇の顕現は「日本」という国に対して重大な意味を含んでると思うんです(祈)
今日の怒涛のインスピレーションの中に「開かれし者の心が狭い為に…」という文章の顕現もあったのです。つまり僕の心が狭い為に霊団側の計画が発動できずにいる…という事なんだと思います。我を捨て「神の道具」に徹するというのは地上に籍を置く人間にとって最高に難しい壮絶な試練なのです(祈)
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…はい。この怒涛の顕現ですが、今にして思えば、後白河天皇の単独顕現は僕に向けての最後の“呼びかけ”であったと思われます。つまり「何としても現在の環境(日本)に留まった状態で使命遂行してもらえまいか」というイエス様、後白河天皇、霊団の方々の最後の訴えであったと、後になって理解したのでした。
そして、今まで何度もイエス様が後白河天皇と対で顕現して下さったのも、幽体離脱での「伝道指南」の時にイエス様が日本の軽自動車に乗っておられたのも、全て僕に現在の環境に何とか残って頑張って欲しいというメッセージが含まれていたんだと、これも後になってようやく理解できたのでした。
僕がそういう理解に到達した直後、使命遂行の【環境】についてはイエス様のご意志に沿う事ができなくなってしまった事を決定づけるインスピレーションを受け取る事になってしまったのです。
その【環境】に関しての新たな展開を思わせるインスピレーションの様子についてもツイートしてますので、こちらをご覧下さい↓
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実は「ヨーロッパ」「フランス」「パリ」というインスピレーションを受取ってます。守護霊様、これは一体…まさかパリ移住とかじゃないですよね(滝汗)ヨーロッパアルプスに近くなるのは嬉しいですけど(悩考)一応導きに従いフランス語入門書籍注文。僕は語学苦手なので難しいと思いますが…(祈)
数日前の幽体離脱の内容、僕は部屋を完全に引き払い、鍵を管理人に返す、というものでした。そして離脱から帰還後、いつものようにトランスを維持してると、山によくある道標に思いっきり「フランス」と書いてあるインスピレーションが降ってきました。その後さらにトランスを維持してると→
→「丘の上の6人衆」とでも呼びたくなるような、高台に立つ6人の姿を見たのでした。その方々はきっと「使命遂行布陣予想図」でも描いたダヴィンチ先生率いる霊団の6名ではないかと思いました。人数が合ってるだけでなく、その方々の服装が何とも“中世”を思わせる雰囲気に満ちていたからです→
→この予測が正しいかは分りませんが、僕がパリに移住したら協力して下さる霊団の方々である事は間違いないと思いました。とは言え僕はフランス語どころか英語も全然話せません。一応勉強を開始するつもりではいますが正直独学でモノになるとは思えません。使命遂行の“環境”が混沌としてます(祈)
昨日、現在の環境に留まるかパリへ移住かの二択の話をしましたが、一応パリ移住の方向で考え始めてます。しかしこのルートについて以前の男性指導霊から「何も良い事ないよ」と言われてます(※)本当に移住したら、それはそれは厳しい使命遂行の状況に突入するのは間違いないものと思われます(祈)
詳細はブログで書きますが、僕は霊団から「現在の環境に残る」「フランス移住」の二択を迫られていましたが、事実上フランス移住が決定したと言えるインスピレーションを受取りました。状況がとても複雑なのでここでは説明できませんが、これでフランス語を猛勉強せねばならなくなりました…(祈)
正直語学には自信ありませんが、使命遂行に当って僕はフランス語を勉強するしかなくなってしまいました。帰幽が決定してたはずの僕に更に更に追加の試練が降って来る訳です。この使命、壮絶です。でも今まで浴させて頂いた霊的状況を思い返すほど、ここで引き下がる訳には行かないと思えるんです(祈)
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(※)修正。長野県民になりたいと考えていた時にそう言われたのでした。間違ってしまいました、失礼しました(謝)つまり僕が画家時代に目標としていた“長野移住”は使命遂行のためのルートには入ってないよ、という事を示していたんだと思います。
…はい。山によくある道標に書かれた文字…超超超超超鮮明に「フランス」と書いてあったのです。その鮮明さが“環境の変化が決定した”というイメージを僕に強力に印象づけたのでした。「あぁ、もう間違いない。僕は行かなきゃいけないんだ。イエス様のご意志に完全な形で沿う事ができなくなってしまった…」そう理解した瞬間でした。自分の小我を越えられなかった、その自分の未熟さが心底身に沁みました。
という訳で、僕はイエス様のご意志を受け取らせて頂いて以降、何とか自分の心を変えようと努力を続けてきたつもりですが、帰幽をあきらめて地上に残って使命遂行する【意志】は本心から固める事ができたのですが、現在の【環境】に留まる事は心から承諾できずに終ってしまったのでした。
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この長文ブログを読んで下さった方々、感謝致します☆そしてその方々の多くがこう思ったのではないかと思うんです。「そんなにイヤなものを受入れる必要はないのでは?自分の考えで行動すればいいじゃないか、人間には自由意志があるんだし…」と。僕だってもちろんそう思ってます。いつもそういう考えとの格闘なのです。僕は最高レベルに帰幽したいですし、どうしても地上に残るというのであれば、せめて絵に戻りたいと常々考えてます。
しかし!しかし!イエス様はじめ霊団の方々から降って来るインスピレーションは…詳しく説明するのは難しいのですが、地上的概念を完全に突き抜けて、帰幽後の霊界生活全体まで含めた超俯瞰の視点から送られて来る、まさに“大上段”から振りかぶって来るメッセージなのです。この“インスピレーション”に浴させて頂いていない皆さんにはどうしても僕の語る言葉が理解できないのかも知れません。皆さんにとって“ノー”である事が僕にとっては“イエス”である事もあるのです。
『禍を転じて福となす』『汝らの悲しみもやがて喜びと変わらん』これです。地上の苦しみ、悲しみを耐え忍び、乗り越えてこそ本来の生活の場である霊界にて真の幸福を味わえる“資格”を手にする事ができる…そういう視点からのメッセージを果てしなく果てしなく受け取らせて頂いて来たのです。しかし地上において肉体をまとった状態でその心の境地に“100%”到達するのは至難の業であり、今回のブログの通り、僕も完全にはその心の域まで達観できなかった…という事なのです。
僕は自由意志を行使して「使命を遂行する」と決断しました。なので、何故いきなりフランスなのか正直意味が分りませんが(きっと帰幽して霊界側から俯瞰で見れば納得のいく理由があるのでしょう、今は肉体に包まれてるので理解できないんだと思います)導きの“セカンドルート”への準備として、フランス語教材数点購入、現在猛勉強中です。フランス語、最高に難しい言語ですね…はぁ、どうなる事やら。。。
今回の内容を受けて、僕なりにイエス様に対する自分の信仰度、忠誠度をあえて自己採点するなら…まぁ30点といったところでしょうか。ダメダメな未熟者という訳です。使命遂行の状況がこういう事になってしまいましたが、僕なりに出来る限りの事はさせて頂きたいと考えていますので、イエス様、守護霊様、高級霊の方々…今後ともよろしくお願い致します…(祈)

※このブログは僕の実母、長男を交霊会に参加させるための、プリントアウトして封書の形にして実母、長男に受取らせ強引に内容を読ませる“封書攻撃”の書面の内容を掲載したものです。前回の封書攻撃では、実母は受取って内容を読んだようですが、長男に充てた封書を実母が隠して長男に渡さなかった可能性があります。今回もそうなる可能性が大です。(WebにもUPしているのでひょっとしたら長男がそちらを見た可能性もある事はあるのですが)何という、何という目の閉じっぷりなのでしょうか。全くもって信じられません…。
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現在、僕は9ヶ月近く拒絶し続けてきた、現状に留まって使命遂行するという■01のルートを“次男の帰幽”という大ナタが振るわれた事により、完全に!完全に!強制的に歩まされています。僕の背後霊団は僕の自由意志を完全に剥奪しました。完全に操り人形の状態にさせられました。地上の法律に照らせば、これは間違いなくひとりの人間の自由を奪う人権侵害であり100%犯罪です。しかし霊界の法律(因果律)に照らせば犯罪ではないのでしょう。事実、僕は操り人形の状態に突入させられてしまっている訳ですから。
はぁ…とはいえ次男の“一死奉公”によって、僕を霊媒とした『交霊会』の準備が霊団側で実に着々と進められ、僕の準備もだいたい整い、あとは“サークルメンバー”さえ整えば、即!即!ダブルデジタル霊媒、発動!という、あと一歩のところまで来ています。しかし、しかし、■01ルートの主要人物である実母、長男はまるっきり!まるっきり!霊的事象に感応せず、無知からくる誤った判断によって交霊会の参加を拒み、次男が命をかけて2人にもたらしてくれた地上人生最大の、霊的知識に目が開くビッグチャンスを無に帰そうとしています。
次男のためにも、そして地上の多くの人々に新時代の最新の霊言をもたらすためにも、僕は実母、長男を交霊会に参加させるための“もうひとつのカード”を切らねばならなくなりました。僕にここまでのカードを切らせたのはあなた方が無知の究極形であるが故です。実母、長男よ。心して、心して読みなさい。
僕は男3人兄弟の三男です。しかし、僕には『センナちゃん』という、とっても照れ屋で可愛らしい妹がいます。2012年6月初旬に幽体離脱で面会を果たしました。その時の様子は過去ブログ「センナちゃん」にも紹介していますので、そちらもご覧下さい。過去ブログには、センナちゃんが僕の姉ではないかという予測を書きましたが、その後、センナちゃんがとってもとっても可愛らしい声で、何回も僕の事を「おにいちゃん」と呼ぶ声を霊聴にて聞きましたので、センナちゃんが僕の妹である事を理解したのでした。
実母よ、しっかりと読みなさい。僕の妹という事は、時期的にいうと、ちょうど僕たち一家が“千寿荘”というアパートで生活していた時期と一致すると思われます。ちょうどその頃、日本は“スーパーカーブーム”で、僕は自由帳にスーパーカーの絵をたくさん描いて、同じ千寿荘に住む同年代の子供たちの前でスーパーカーの絵の発表会を開いて遊んでいた、ちょうどそんな時期です。ちょうどその頃、センナちゃんは地上生活をスタートするはずだったのです。
が、実母および実父の無分別極まる行いにより、センナちゃんは地上生活を1ミリも体験できないまま、地球の空気を1ミリたりとも呼吸できないまま、霊界へ強制的に戻されてしまいました。これは僕の勝手な予測ですが、実母はセンナちゃんが自分のおなかの中にいる事を知った直後、性別も判別できないようなごく初期の段階で(判別しようともしなかったでしょう)誰にも知られないように速攻でセンナちゃんを……ひょっとしたら実父にさえその事実を告げずに……僕はこんな風に予測するのです。
この予測の根拠は『センナちゃん』という“名前”です。この名前、間違いなく霊界にて付けられた名前だと思われます。実母、実父に、このような名前を命名するセンスはないと断言します。つまり、今おなかの中にいる子供の名前をどうしようか、そういった話し合いすら何もなかったのではないか?センナちゃんに地上生活を体験させてあげるつもりなど全くなく、センナちゃんの気持などお構いなしに無分別の極みの行為を何の迷いもなしに行った…この予測、まぁまぁ的を得ていると思って書いています。
実母よ。「身に覚えがない」などとは言わせませんよ。僕は実際にセンナちゃんに会ってるのです。霊界にて成長し、成人女性となったセンナちゃんの顔をしっかり!はっきり!見ているのです。そのセンナちゃんの顔、過去ブログにUPした線画そのままとはさすがに言いません。が、まぁまぁセンナちゃんの“雰囲気”を描き表していると自負しています。僕と同じ“くせっ毛”を揺らしながら照れて下を向く、とっても可愛らしい女の子なのです。
センナちゃんが霊界でどのような生活を送り、成長していったかを知る事のできる書籍があります。「ベールの彼方の生活」および「スピリチュアル・ストーリーズ」です。実母にはぜひともこの2冊を熟読して頂き、センナちゃんの霊界での暮らしぶりに思いを馳せて頂きたいと思います。
あなたが今、地上の何をおいても真っ先にせねばならないのは、センナちゃんに「謝罪」の念を送る事です。我々地上の人間の心の中などは、霊界の方々には完全に丸見え、筒抜けですので、心の中に思念を抱くだけでその本人に必ず思いは伝わります。なのであなたがセンナちゃんに謝罪の気持を抱けば、遥か遥か高い境涯で生活しているセンナちゃんにも必ず伝わるはずなのです。
実母よ、いかがですか。これだけの霊的事実を突きつけられても、あなたはまだ「何が霊だ、嫌だそんなの」などと低劣極まる発言を続けますか。次男は向うでピンピンしていて今では地上的な煩いから解放されて清々としているというのに、まだ毎日線香に火をつけ続けるという無意味な行動を続けますか。次男が命がけで作ってくれた、霊的知識に目が開く、地上生活最大のビッグチャンスを、これだけ言ってもまだ無駄にするつもりですか。
僕は過去、イエス様に「母も愛してやれ」という文字のインスピレーションを受取らせて頂いた事があります。しかしイエス様には大変申し訳ないのですが、僕はあなたを愛する事はとてもできません。しかし交霊会に参加だけはしてください。既に高齢のあなたには、これが最後の、最後の、霊的向上のチャンスであり、そのチャンスを次男が身を投げ打って作ってくれたのです。この最後のチャンスを無駄にすれば、あなたを待っている帰幽後の生活はまさに“地縛霊”のそれであり、悲惨、凄惨なものとなる事は間違いがないのですから。
いいですか。交霊会において、仕事をするのは僕なのです!大変なのは僕および霊団の方々なのであって、あなた方(実母、長男)は、ただ静かに椅子に座っていればいいだけの事なんです。僕の背後霊団は、僕に対しては様々なメッセージを送り、あらゆる要求をしてきてますが、あなた方に対しては何も求めていません。ただ座っているだけで、僕という霊的通路を通して次男が語りかけてきてくれるかも知れないのです。それのどこに参加を断る理由があるというのでしょうか?全く理解不能です。
実母、長男、あなた方の無知から来る言い分など聞く耳を持ちません。とにかく、今は僕の語る言葉の意味が理解できなくて結構ですから、とにかく交霊会に“参加”だけはしてください。ここにもう一度開催日程を記載します、しっかり確認の上、当日は遅刻のないようお願い致します。過去ブログ「交霊会の準備(僕の家族へ)」および「第1回“交霊会”開催のお知らせ」をもう一度しっかりとお読み頂き、交霊会開催中の注意時事項にもしっかりと目を通しておいてください。
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『第1回 交霊会 開催日時』
2014年●月●●日(●)●●●時
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以上。次男が身を投げ打って作ってくれた最後のチャンスをあなた方(実母、長男)が無駄にすれば、次男は最高にガッカリする事でしょう。そしてあなた方の未来はとても、とても残念なものとなる事に間違いはありません。この僕の呼びかけに、それでもなお背を向けるのならどうぞご自由に。僕は既にあなた方以外の、叡智に富んだ頼れる方々に交霊会参加のお誘いをかけています。それである程度のサークルメンバーを確保できれば、もうあなた方は用済みです。あなた方にとって霊的知識に目が開く最後のビッグチャンス、無駄にしますか、活かしますか。選択はあなた方の自由意志に委ねられています。では。
たきざわ彰人

【21ピーチピチの父親が5人Kしている事に関する霊団からの追加情報】諸事情によりショートブログという形で書かせて頂きます。霊団から受け取らせて頂いた追加情報、まずは、21ピーチピチの真実の母親についてですが、18歳、女子高生の時に21ピーチピチを出産したと受け取らせて頂きました→
→そして21ピーチピチの真実の母親は、まだ自覚、責任があまり芽生えていない状態であった、そしてランチバーで21ピーチピチの父親と出会い、経緯は分かりませんが父親がその女子高生を最高に気に入ってしまい「キミにそっくりな女の赤ちゃんを俺にくれ」と要求を突きつけたのでしょう。
そして「たった120万」とインスピレーションを受け取らせて頂いています。これはまだ高校生だった真実の母親が産んだ女の子の赤ちゃんの“購入金額”です。つまり21ピーチピチの父親はかわいい女子高生から赤ちゃんを買った、という事です。真実の母親の方も「お金ももらえるし、まぁいいか」→
→という軽い心境だったのかも知れませんね。で、その後、彼氏とケコーンしたのでしょう、たぶん。そしてもうひとつ「25、K害の年齢」とインスピレーションを受け取らせて頂きました。つまり21ピーチピチが成長して7~8歳ぐらいの時だったのではないでしょうか?あまりにも真実の母親と→
→顔が似すぎているために、父親は自分がした愚行が国民に露呈するのを怖れ、25歳の真実の母親を何も告げずに邸内に呼び出した…するとそこには大勢のザクヤーが待機しており、問答無用でレ○プK害されてしまった…そんな流れであろうと予測します。以前から何度も書いてきたとおり、全ての原因は→
→この父親の頭の中がS○Xの事だけ、という事に由来しているのです。行動の動機が全てS○X。以前のブログで僕は、この21ピーチピチの父親の事を“ダークマター”と表現した事があります。人間の形をしているが中身は人間ではない、そんな意味でそのように書かせて頂いたのですが、今でも→
→同じように考えています。地上、霊界を包摂する宇宙レベルの○○、そんな風に書いた事もありましたね。日本の皆さまには、前アカウントでの僕の発言が真実に基いたものであった事をぜひ理解して頂きたいと切に切に願います。インスピレーション「母さんは完全に決まりましたよ」21ピーチピチの→
→お母さまの協力を得て、自動書記現象からスタートします。その後、サークルメンバーの問題が解決すれば霊言霊媒としても発動できるでしょう。僕を霊媒とした交霊会を必ず行います。僕という通路から降る新時代の霊言をどうぞお楽しみに(祈)
アナログ絵74

『ベールの彼方の生活③』【7 救出】【1918年1月18日 金曜日】そこまで来てみると、はるか遠くの暗闇の中からやって来た者たちも加わって、吾々に付いてくる者の数は大集団となっていた。いつもなら彼らの間で知らせが行き交う事など滅多にない事なのですが、この度は吾々のうわさは→
『ベールの彼方の生活③』→よほどの素早さで鉱山中に届いたとみえて、その数は初め何百だったのが今や何千を数えるほどになっていた。今立ち止まっているところは、最初に下りて来た時に隙間からのぞき込んだ場所の下に当たる。その位置から振り返っても集団の前の方の者しか見えない。
『ベールの彼方の生活③』が、私の耳には地下深くの作業場にいた者がなおも狂ったようにわめきながら駆けてくる声が聞こえる。やがてボスとその家来たちの前を通りかかると急に静かになる。そこで私はまずボスに向かって言って聞かせた。「そなたの心の中をのぞいてみると、先ほど口にされた」→
『ベールの彼方の生活③』→「丁寧なお言葉に似つかわしいものが一向に見当たりませんぞ。が、それは今は構わぬ事にしよう。こうして天界より訪れる者は哀れみと祝福とを携えて参る。その大きさはその時に応じて異る。そこで吾々としてもそなたを手ぶらで帰らせる事にならぬよう、今ここで」→
『ベールの彼方の生活③』→「大切な事を忠告しておく事にする。すなわち、これよりそなたは望み通りにこれまでの生き方を続け、吾々は天界へと戻る事になるが、その後の成り行きを十分に心されたい。この者たちはそなたの元を離れて、そなたほどには邪悪性の暗闇の濃くない者の元で仕える」→
『ベールの彼方の生活③』→「事になるが、その後で、どうかこの度の出来事を思い返して、その意味するところを“とく”と吟味してもらいたい。そして、いずれそなたも、そなたの君主でもあらせられる方の、虚栄も残忍性も存在しない、芳醇な光の国より参った吾々に対する無駄な抵抗の末に、」→
『ベールの彼方の生活③』→「“ほぞ”をかみ屈辱を覚えるに至った時に、どうかこうした私の言葉の真意を味わって頂きたい」彼は地面に目を落とし黙したまま突っ立っていた。分かったとも分からぬとも言わず、不機嫌な態度の中に、スキあらば襲いかかろうとしながら、恐ろしさでそれも→
『ベールの彼方の生活③』→出来ずにいるようであった。そこで私は今度は群衆へ向けてこう語って聞かせた。「さて今度は諸君の事であるが、この度の諸君の自発的選択による災難の事は一向に案ずるに足らぬ。諸君は“より強き方”を選択したのであり、絶対に見捨てられる気遣いは無用である。」→
『ベールの彼方の生活③』→「ひたすらに忠実に従い、足をしっかりと踏まえて付いて来られたい。さすれば程なく自由の身となり、旅の終わりには光り輝く天界の高地へとたどり着く事ができよう」そこで私は少し間を置いた。全体を静寂がおおった。やがてボスが顔を上げて言った。「おしまいかな?」
『ベールの彼方の生活③』「ここでは以上で留めておこう。この坑道を出て大地へ上がってから、もっと聞きやすい場所に集めて、これから先の指示を与えるとしよう」「なるほど。この暗い道を出てからね。なるほど、その方が結構でしょうな」皮肉っぽくそう述べている彼の言葉の裏に企みがある事を→
『ベールの彼方の生活③』→感じ取った。彼は向きを変え、出入口を通り抜け、家来を引き連れて都市へ向かって進み始めた。吾々は脇へ寄って彼らを見送った。目の前を通りすぎて行く連中の中に私はキャプテンの姿を見つけ、この後の私の計略を耳打ちしておいた。彼は連中と一緒に鉱山を出た。
『ベールの彼方の生活③』そして吾々もその後に続いて進み、ついに荒涼たる大地に出た。出てすぐに私は改めて奴隷たちを集めて、みんなで手分けして町中の家という家、洞窟という洞窟を回ってこの度の事を話して聞かせ、一緒に行きたい者は正門の広場に集まるように言って聞かせよと命じた。
『ベールの彼方の生活③』彼らはすぐさま四方へ散って行った。するとボスが吾々にこう言った。「彼らが回っているあいだ、宜しかったら拙者たちと共に御身たちを拙宅へご案内致したく存ずるが、いかがであろう。御身たちをお迎えすれば拙者の家族も祝福が頂ける事になるのであろうからのお」
『ベールの彼方の生活③』「無論そなたも、そしてそなたのご家族にも祝福があるであろう。が、今ただちにという訳には参らぬし、それもそなたが求める通りとは参らぬ」そう言ってから吾々は彼に付いて行った。やがて都市のど真ん中と思われるところへ来ると、暗闇の中に巨大な石の構築物が→
『ベールの彼方の生活③』→見えてきた。住宅というよりは城という方が似つかわしく、城というよりは牢獄という方が似つかわしい感じである。周囲を道路で囲み、丘のように聳え立っている。が、いかにも不気味な雰囲気が漂っている。どこもかしこも、そこに住める魂の強烈な暗黒性を反映して、→
『ベールの彼方の生活③』→真実、不気味そのものである。住める者がすなわち建造者にほかならないのである。中に通され、通路とホールをいくつか通り抜けて応接間へ来た。あまり大きくはない。そこで彼は接待の準備をするので少し待ってほしいと言ってその場を離れた。彼が姿を消すと→
『ベールの彼方の生活③』→すぐに私は仲間たちに、彼の悪だくみが見抜けたかどうか尋ねてみた。大半の者は怪訝な顔をしていたが、2、3人だけ、騙されている事に気づいていた者がいた。そこで私は、吾々がすでに囚われの身となっている事、周りの扉は全部カギが掛けられている事を教えた。
『ベールの彼方の生活③』すると1人がさっき入って来たドアのところへ行ってみると、やはり固く閉ざされ、外から閂で締められている。その反対側は帝王の間の1つ手前の控えの間に通じるドアがあるが、これも同じく閂で締められていた。貴殿はさぞ、少なくとも14人のうちの何人かは、→
『ベールの彼方の生活③』→そんな窮地に陥って動転したであろうと思われるであろう。が、こうした使命、それもこの暗黒界の奥地へ赴く者は、長い間の鍛錬によって恐怖心というものには既に無縁となっている者、善の絶対的な力を、いかなる悪の力に対しても決して傷つけられる事なく、→
『ベールの彼方の生活③』→確実に揮う事のできる者のみが選ばれている事を忘れてはならない。さて吾々はどうすべきか―それは相談するまでもなく、すぐに決まった事でした。15人全員が手をつなぎ合い、波長を操作する事によって吾々の通常の状態に戻したのです。それまでは→
『ベールの彼方の生活③』→この暗黒界の住民を装って探訪するために、鈍重な波長に下げていた訳です。精神を統一するとそれが徐々に変化して身体が昇華され、周りの壁を難なく通過して正門前の広場に出て、そこで一団が戻ってくるのを待っておりました。ボスとはそれきり2度と会う事は→
『ベールの彼方の生活③』→ありませんでした。吾々の想像通り、彼は自分に背を向けた者たちの再逮捕を画策していたようです。そして、あの後すぐに各方面に大軍を派遣して通路を封鎖させ、逃亡せんとする者には容赦ない仕打ちをするように命じておりました。しかし、その後はこれといって→
『ベールの彼方の生活③』→お話すべきドラマチックな話はありません。衝突もなく、逮捕されてお慈悲を乞う叫びもなく、光明界からの援軍の派遣もありません。至って平穏のうちに、と言うよりは意気地のない形で終息しました。それは実はこういう次第だったのです。例の帝王の間において、→
『ベールの彼方の生活③』→彼らは急きょ会議を開き、その邸宅の周りに松明を立て、邸内のホールにも明りを灯して明るくしておいて、ボスが家来たちに大演説を打ちました。それから大まじめな態度で控えの間のドアの閂をはずし、使いの者が接待の準備ができた事を告げに吾々の(いるはずの)→
『ベールの彼方の生活③』→部屋へ来た。ところが吾々の姿が見当たらない。その事がボスの面目をまるつぶしにする結果となりました。全てはボスの計画と行動のもとに運ばれてきたのであり、それがことごとくウラをかかれたからです。家来たちは口々に辛辣な嘲笑の言葉を吐きながらボスの元を→
『ベールの彼方の生活③』→去って行きました。そしてそのボスは敗軍の将となって、ただ1人、哀れな姿を石の玉座に沈めておりました。以上の話からお気づきと思いますが、こうした境涯では悲劇と喜劇とが至る所で繰り返されております。しかし全ては“そう思い込んでいる”だけの偽りばかりです。
『ベールの彼方の生活③』全てが唯一絶対の実在と相反する事ばかりだからです。偽りの支配者が偽りの卑下の態度で臣下から仕えられ、偽りのご機嫌取りに囲まれて、皮肉と侮りのトゲと矢がこめられたお追従を無理強いされているのです。《原著者ノート》救出された群集はその後“小キリスト”→
『ベールの彼方の生活③』→に引き渡され、例のキャプテンを副官としてその鉱山からかなり離れた位置にある広々とした土地に新しい居留地(コロニー)をこしらえる事になる。鉱山から救出された奴隷のほかに、その暗黒の都市の住民の男女も含まれていた。
『ベールの彼方の生活③』実はこの後そのコロニーに関する通信を受け取っていたのであるが、そのオリジナル草稿を紛失してしまった。ただ、この後(第4巻の)1月28日と2月1日の通信の中で部分的な言及がある。

『ベールの彼方の生活③』【6 強者よ、何ゆえに倒れたるや】【1918年1月15日 火曜日】そこで吾々はこの時とばかり一斉に声を張り上げて合唱しました。声の限りに歌いました。その歌声は全ての坑道を突き抜け、闇の帝王たるボスの獰猛な力で無数の霊が絶望的な苦役に甘んじている→
『ベールの彼方の生活③』→作業場や洞窟の隅々にまで響きわたりました。あとで聞かされた事ですが、吾々の歌の旋律が響いてきた時、彼らは仕事を中止して“その不思議なもの”に耳を傾けたとの事です。と言うのも、彼らの境涯で聞く音楽はそれとはおよそ質の異なるもので、しかも吾々の歌の→
『ベールの彼方の生活③』→内容(テーマ)が彼らには聞き慣れないものだったからです。【どんな内容だったのでしょう】吾々に託された目的に適った事を歌いました。まず権力と権威の話をテーマにして、それがこの恐怖の都市で猛威をふるっている事を物語り、次にその残酷さと恥辱と、→
『ベールの彼方の生活③』→その罠にかかった者たちの惨状を物語り、続いてその邪悪性がその土地にもたらした悪影響、つまり暗闇は魂の暗闇の反映であり、それが樹木を枯らし、土地を焦がし、岩場をえぐって洞窟と深淵をこしらえ、水は汚れ、空気は腐敗の悪臭を放ち、至るところに悪による→
『ベールの彼方の生活③』→腐敗が行き渡っている事を物語りました。そこでテーマを変え、地上の心地良い草原地帯、光を浴びた緑の山々、心和ませるせせらぎ、それが、太陽の恵みを受けた草花の美しく咲き乱れる平地へ向けて楽しそうに流れていく風景を物語りました。続いて小鳥の歌、→
『ベールの彼方の生活③』→子に聞かせる母の子守歌、乙女に聞かせる男の恋歌、そして聖所にてみんなで歌う主への讃仰の歌―それを天使が玉座に持ち来り、清めの香を添えて主に奉納する。こういう具合に吾々は地上の美を讃えるものを歌に託して合唱し、それからさらに一段と声を上げて、→
『ベールの彼方の生活③』→地上にて勇気をもって主の道を求め今は父なる神の光と栄光のもとに生きている人々の住処―そこでは荘厳なる樹木が繁り、豪華絢爛たる色彩の花が咲き乱れ、父なる神の僕として経綸に当る救世主イエスの絶対的権威に恭順の意を表明する者にとって静かなる喜びの→
『ベールの彼方の生活③』→源泉となるもの全てが存在する事を歌い上げました。【あなたの率いられた霊団は全部で何名だったのでしょうか。】7の倍にこの私を加えた15人です。これで霊団を構成しておりました。さて吾々が歌い続けていると1人また1人と奴隷が姿を現しました。青ざめ、→
『ベールの彼方の生活③』→やつれきった顔があの坑道この坑道から、さらには、岩のくぼみからも顔をのぞかせ、また吾々の気づかなかった穴や洞穴からも顔を出して吾々の方を覗き見するのでした。そしてやがて吾々の周りには、恐怖におののきながらもまだ光を求める心を失っていない者たちが、→
『ベールの彼方の生活③』→近づこうにもあまりそばまで近づく勇気はなく、それでも砂漠でオアシスを見つけたごとく魂の甦るのを感じて集まっていた。しかし中には吾々をギラギラした目で睨みつけ、魂の怒りを露わにしている者もいた。さらには吾々の歌の内容が魂の琴線に触れて、過去の過ちへの→
『ベールの彼方の生活③』→悔恨の情や母親の子守歌の記憶の甦りに慟哭して地面に顔を伏せる者もいた。彼らはかつてはそれらを軽蔑して道を間違えた―そしてこの道へきた者たちだった訳です。その頃から吾々は歌の調子を徐々に緩やかにし、最後は安息と安らぎの甘美なコードで“アーメン”→
『ベールの彼方の生活③』→を厳かに長く引き延ばして歌い終わった。するとその中の1人が進み出て、吾々から少し離れた位置で立ち止まり、跪いて“アーメン”を口ずさんだ。これを見た他の者たちは彼にどんな災難がふりかかるのかと固唾をのんで見守った。
『ベールの彼方の生活③』と言うのも、それは彼らのボスに対する反逆にほかならなかったからです。が、私は進み出て彼の手を取って立たせ、吾々の霊団のところまで連れて来た。そこで霊団の者が彼を取り囲んで保護した。これで彼に危害が及ぶ気遣いはなくなった。すると三々五々、あるいは→
『ベールの彼方の生活③』→10人20人と吾々の方へ歩み寄り、その数は400人ほどにもなった。そして、まるで暗誦文を諳んずる子供のようにきちんと立って、彼に倣って“アーメン”と言うのだった。坑道の蔭では舌打ちしながら吾々へ悪態をついている者もいたが、腕ずくで行動に出る者は→
『ベールの彼方の生活③』→いなかった。そこで私は、希望する者は全員集まったとみて、残りの者に向けてこう述べた。「この度ここに居残る選択をした諸君、よく聞いてほしい。諸君より勇気ある者はこれよりこの暗黒の鉱山を出て、先ほどの吾々の歌の中に出てきた光と安らぎの境涯へと赴く事になる。」
『ベールの彼方の生活③』「今回は居残るにしても、再び吾々の仲間が神の使いとして訪れた時、今この者たちが吾々の言葉に従うごとく、どうか諸君もその使いの者に従う心の準備をしておいてほしく思う」次に向きを変え、そこを出る決心をした者へ勇気づけの言葉を述べた。と言うのも、→
『ベールの彼方の生活③』→彼らはみな自分たちの思い切った選択がもたらす結果に恐れおののいていたからです。「それから私の同志となられた諸君、あなた方はこれより光明の都市へ向けて歩む事になるが、その道中においてボスの手先による脅しには一向に構ってはなりませんぞ。もはや彼は」→
『ベールの彼方の生活③』→「あなた方の主ではなくなったのです。そして、もっと明るい主に仕え、しかるべき向上を遂げた暁には、それに相応しい衣服を給わる事になります。が、今は恐れる事なく一途に私の言う事に従ってほしい。まもなくボスがやって来ます。全てはボスと決着をつけてから」→
『ベールの彼方の生活③』→「の事です。」そう述べてから、吾々がキャプテンと共にそこに入ってきた門、そして400人もの奴隷が通ってきた門の方へ目をやった。それに呼応するかのように、それよりさらに奥の門の方から騒々しい声が聞こえ、それが次第に近づいて来た。ボスである。
『ベールの彼方の生活③』吾々の方へ進みながら奴隷たちに、自分についてきて傲慢きわまる侵入者へ仕返しをするのだとわめいている。脅しや呪いの言葉も聞こえる。恐怖心から彼の後に付いてくる哀れな奴隷たちも彼を真似してわめき散らしている。私はボスを迎えるべく一団の前に立った。
『ベールの彼方の生活③』そしてついにそのボスの姿が見えてきた。【どんな人でしたか―彼の容貌です。】彼も神の子であり従って私の兄弟である点は同じです。ただ、今は悪に沈みきっているというまでです。それ故に私としては本当は慈悲の心から彼の容貌には構いたくないのです。
『ベールの彼方の生活③』彼が憎悪と屈辱をむき出しにしている姿を見た時の私の心にあったのは、それを哀れと思う気持だけでした。が、貴殿が要求されるからにはそれを細かく叙述してみましょう。それが“強者よ、何ゆえに倒れたるや”(サムエル書(2)1・19)という一節にいかに→
『ベールの彼方の生活③』→深い意味があるかを悟られる縁(よすが)となろうと思うからです。図体は巨人のようで、普通の人間の1.5倍はありました。両肩がいびつで、左肩が右肩より上がっていました。ほとんど禿げ上がった頭が太い首の上で前に突き出ている。煤けた黄金色をした→
『ベールの彼方の生活③』→袖無しのチュニックをまとい、右肩から剣を下げ、腰の革のベルトに差し込んでいる。錆びた(鎧)のスネ当てを付け、なめされていない革の靴を履き、額には色褪せた汚れた飾り輪を巻いている。その真ん中に動物の浮き彫りがあるが、それは悪の力を象徴するもので、→
『ベールの彼方の生活③』→それに似た動物を地上に求めれば、さしずめ“陸のタコ”(というものがいるとすればであるが)であろう。彼の姿の全体の印象を一口で言えば、“王位の模倣”で、別の言い方をすれば、所詮は叶えられるはずもない王位を求めてあがく姿を見る思いでした。その陰険な顔には→
『ベールの彼方の生活③』→激情と狂気と貪欲と残忍さと憎しみとが入り混じり、同時にそれが全身に滲みわたっているように思えた。実際はその奥には霊的な高貴さが埋もれているのです。つまり善の道に使えば偉大な力となったはずのものがマヒしたために、今では悪のために使用されているにすぎない。
『ベールの彼方の生活③』彼は“足を滑らせた大天使”なのです。それを悪魔と呼んでいるにすぎないのです。【地上では何をしていた人か判っているのでしょうか。】貴殿の質問には何なりとお答えしたい気持でいます。質問された時は私に対する敬意がそうさせているものと信じています。
『ベールの彼方の生活③』そこで私も喜んでお答えしています。どうぞこれからも遠慮なく質問されたい。もしかしたら私にも気づかない要因があるのかも知れません。その辺は調べてみないと分かりませんが、ただ、それに対する私の回答の意味を取り違えないで頂きたい。そのボスが仮に地上では→
『ベールの彼方の生活③』→この英国の貧民層のための大きな病院の立派な外科医だったとしても、少しもおかしくはありません。もしかして牧師だったとしても、あるいは慈善家だったとしても、これ又、少しも不思議ではない。外見というものは必ずしも中身と一致しないものです。とにかく彼は→
『ベールの彼方の生活③』→そういう人物でした。大ざっぱですが、この程度で我慢して頂きたいのですが…。【余計な質問をして申し訳ありません。】いや、いや、とんでもない。そういう意味ではありません。私の言葉を誤解しないで頂きたい。疑問に思われる事は何なりと聞いて頂きたい。
『ベールの彼方の生活③』貴殿と同じ疑問を他の大勢の人も抱いているかも知れない。それを貴殿が代表している事になるのですから…。さて、そのボスが今まさに目の前に立っている。わめき散らす暴徒たちにとっては紛れもない帝王であり、後方と両側に群がる人数は何千を数える。が、彼との間には→
『ベールの彼方の生活③』→常に一定の距離が置かれている―近付くのが怖いのである。左手にはムチ紐が何本も付いた見るからに恐ろしい重いムチがしっかりと握られていて、奴隷たちは片時もそのムチから目を離そうとせず、他の方向へ目をやってもすぐまたムチへ目を戻す。ところがそのボスが→
『ベールの彼方の生活③』→吾々と対峙したまま口を開くのを躊躇している、その訳は、彼が永い間偉そうに、そして意地悪くものを言うクセがついており、今吾々を目の前にして、吾々の落着き払った態度が他の連中のおどおどした態度とあまりに違うためにためらいを感じてしまったのです。
『ベールの彼方の生活③』そうやって向かい合っていた時である。ボスの後方に1人の男が正門のところで会った守衛の服装の2人の男に捕らわれて紐で縛られているのが私の目に入った。蔭の中にいたので私は目を凝らして見た。何とそれはキャプテンだった。私はとっさに勢いよく進み出て→
『ベールの彼方の生活③』→ボスのそばを通り―通りがかりにボスの剣に手を触れておいて―2人の守衛の前まで行き「紐をほどいてその男を吾々に渡すのだ」と命じた。これを耳にしたボスは激怒して剣を抜き私に切りかかろうとした。が、すでにその剣からは硬度が抜き取られていた。
『ベールの彼方の生活③』まるで水草のようにだらりと折れ曲がり、ボスは唖然としてそれを見つめている。自分の権威の最大の象徴だった剣が威力を奪われてしまったからである。もとより私自身は彼をからかうつもりは毛頭なかった。しかし他の者たち、すなわち彼の奴隷たちはボスの狼狽した様子に→
『ベールの彼方の生活③』→ユーモアではなく悪意から出る滑稽さを見出したようだった。岩蔭から嘲笑と侮りの笑い声がどっと沸きおこったのである。するとどうであろう。刀身が見る間に萎れ、朽ち果て、柄から落ちてしまった。ボスは手に残った柄を最後まで笑っている岩蔭の男をめがけて→
『ベールの彼方の生活③』→放り投げつけた。その時私が守衛の方を向くと、2人はあわててキャプテンの紐をほどいて我々の方へ連れて来た。とたんにボスのカラ威張りの雰囲気が消え失せ、まず私に、それから私の仲間に向かって丁寧におじぎをした。その様子を見ても、このボスは邪悪性が→
『ベールの彼方の生活③』→善性へ向かえばいつの日か、吾らが父の偉大な僕となるべき人物である事が分かる。「恐れ入った…」彼は神妙に言った。「あなた様は拙者より強大な力を自由に揮えるお方のようじゃ。その事には拙者も潔くカブトを脱ごう。で、拙者と、この拙者に快く骨身を惜しまず」→
『ベールの彼方の生活③』→「尽くしてくれた忠実な臣下たちをどうなさるおつもりか、お教え願いたい」いかにも神妙な態度を見せながらも、彼の言葉の至るところに拗ねた悪意が顔をのぞかせる。この地獄の境涯ではそれが常なのである。全てが“見せかけ”なのである。奴隷の境遇を唯一の例外として…
『ベールの彼方の生活③』そこで私は彼にこの度の使命を語って聞かせた。すると彼はまた“お上手”を言った。「これはこれは。あなた様がそれほどのお方とは存じ上げず、失礼を致した。そうと存じ上げておればもっと丁重にお迎え致しましたものを…しかし、その償いに、これからはあなた様に」→
『ベールの彼方の生活③』→「ご協力申し上げよう。さ、拙者に付いて参られたい。正門まで拙者が直々にご案内致そう。皆さんもどうぞ後に続かれたい」そう言って彼は歩き始め、吾々もその後に続き、洞窟や仕事場をいくつも通り抜けて、吾々が鉱山に入って最初にたどり着いた大きな門へ通じる→
『ベールの彼方の生活③』→階段の手前にある小さな門のところまで来た。

『ベールの彼方の生活③』【5 地獄の底】【1918年1月11日 金曜日】私の話に元気づけられたキャプテンの後に付いて、吾々は再び下りて行った。やがて岩肌に掘り刻まれた階段のところに来て、それを降りきると巨大な門があった。キャプテンが腰に差していたムチの持ち手で扉を叩くと、→
『ベールの彼方の生活③』→鉄格子から恐ろしい顔をした男がのぞいて“誰だ?”と言う。形は人間に違いないが、獰猛な野獣の感じが漂い、大きな口、恐ろしい牙、長い耳をしている。キャプテンが命令調で簡単に返事をすると扉が開けられ、吾々は中に入った。そこは大きな洞窟で、すぐ目の前の→
『ベールの彼方の生活③』→隙間から赤茶けた不気味な光が洩れて、吾々の立っている場所の壁や天井をうっすらと照らしている。近寄ってその隙間から奥をのぞくと、そこは急なくぼみになっていて人体の6倍ほどの深さがある。吾々は霊力を駆使して辺りを見回した。そして目が薄明かりに慣れてくると→
『ベールの彼方の生活③』→前方に広大な地下平野が広がっているのが分かった。どこまで広がっているのか見当もつかない。そのくぼみを中心として幾本もの通路が四方八方に広がっており、その行く先は闇の中に消えている。見ていると、幾つもの人影がまるで恐怖におののいているかのごとく→
『ベールの彼方の生活③』→足早に行き来している。時おり足に鎖をつけられた者がじゃらじゃらと音を立てて歩いているのが聞こえる。そうかと思うと、悶え苦しむ不気味な声や狂ったように高らかに笑う声、それとともにムチ打つ音が聞こえてくる。思わず目をおおい耳をふさぎたくなる。
『ベールの彼方の生活③』苦しむ者がさらに自分より弱い者を苦しめては憎しみを発散させているのである。辺り一面、残虐の空気に満ち満ちている。私はキャプテンの方を向いて厳しい口調で言った。
『ベールの彼方の生活③』「ここが吾々の探していた場所だ!どこから降りるのだ?」彼は私の口調が厳しくなったのを感じてこう答えた。「そういう物の言い方は一向に構いませんぞ。私にとっては同胞と呼んでくれるよりは、そういう厳しい物の言い方の方がむしろ苦痛が少ないくらいです。」→
『ベールの彼方の生活③』→「と言うのも、私もかつてはこの先で苦役に服し、さらにはムチを手にして他の者たちを苦役に服させ、そしてその冷酷さを買われてこの先の出入口にある区域で主任監督となった者です。そこはここからは見えません。ここよりさらに低く深い採掘場へ続く、いくつもある」→
『ベールの彼方の生活③』→「区域の最初です。それからさらにボスの宮殿で働くようになり、そして例の正門の衛兵のキャプテンになったという次第です。ですが、今にして思えば、もし選択が許されるものなら、こうして権威ある地位にいるよりは、むしろ鉱山の奥底に落ちたままの方が」→
『ベールの彼方の生活③』→「ラクだったでしょうな。そうは言っても、2度と戻りたいとは思わん。イヤです…イヤです…」そう言ったまま彼は苦しい思いに身を沈め、私が次のような質問をするまで、吾々の存在も忘れて黙っていた。「この先にある最初の広い区域は何をするところであろう?」
『ベールの彼方の生活③』「あそこはずっと先にある仕事場で溶融され調合された鉱石がボスの使用する凶器や装飾品に加工されるところです。出来上がると天井を突き抜けて引き上げられ、命じられた場所へ運ばれる。次の仕事場は鉱石が選り分けられるところ。その次は溶融されたものを鋳型に入れて」→
『ベールの彼方の生活③』→「形を作るところ。一番奥の一番底が採掘現場です。いかがです?降りてみられますか」私はぜひ降りてまず最初の区域を見る事でその先の様子を知りたいと言った。それでは、という事で彼は吾々を案内して通風孔まで進み、そこで短い階段を下りて少し進むと、→
『ベールの彼方の生活③』→さっきのぞいた隙間の下から少し離れたところに出た。その区域は下り傾斜になっており、そこを抜け切って、さっきキャプテンが話してくれた幾つかの仕事場を通りすぎて、ついに採掘場まで来た。私は何としてもこの暗黒界の悲劇のドン底を見て帰る覚悟だったのである。
『ベールの彼方の生活③』通っていった仕事場はすべてキャプテンの話したとおりだった。天井の高さも奥行きも深さも途方もない規模だった。が、そこで働く何万と数える苦役者は全て奴隷の身であり、時たま、ほんの時たま、小さな班に分けられて厳しい監視のもとに地上の仕事が与えられる。
『ベールの彼方の生活③』が、それは私には決してお情けとは思えなかった。むしろ残酷さと効率の計算から来ていた。つまり再び地下に戻されるという事は絶望感を倍加させる。そして真面目に、そして忠実に働いていると、またその報酬として地上へ上げてもらえる、という事の繰り返しにすぎない。
『ベールの彼方の生活③』空気はどこも重苦しく悪臭に満ち、絶望感からくる無気力がみんなの肩にのしかかっている。それは働く者も働かせる者も同じだった。吾々はついに採掘場へ来た。出入口の向こうは広大な台地が広がっている。天井は見当たらない。上はただの暗黒である。洞穴というよりは→
『ベールの彼方の生活③』→深い谷間にいる感じで、両側にそそり立つ岩は頂上が見えない。それほど地下深くに吾々はいる。ところが左右のあちらこちらに、さらに深く降りていくための横坑が走っており、その奥は時おりチラチラと炎が揺れて見えるほかは、ほとんどが漆黒の闇である。
『ベールの彼方の生活③』そして長く尾を引いた溜息のような音がひっきりなしに辺りに聞こえる。風が吹く音のようにも聞こえるが空気は動いていない。立坑もある。その岩壁に刻み込まれた階段づたいに降りては、吾々が→
『ベールの彼方の生活③』→今立っている位置よりはるか地下で掘った鉱石を坑道を通って運び上げている。台地には幾本もの通路が設けてあり、遠くにある他の作業場へ行くための出入口につながっている。その範囲は暗黒界の地下深くの広大な地域に広がっており、それは例の“光の橋”はもとより→
『ベールの彼方の生活③』→その下の平地の地下はるかはるか下方に位置している。ああ、そこで働く哀れな無数の霊の絶望的苦悶…途方もない暗黒の中に沈められ、救い出してくれる者のいない霊たち…。
『ベールの彼方の生活③』がしかし、たとえ彼ら自身も諦めていても光明の世界においては彼らの1人1人を見守り、援助を受け入れる用意のできた者には、この度の吾々がそうであるように、救助の霊が差し向けられるのである。さて私は辺りを見回し、キャプテンからの説明を受けたあと、まわりにある→
『ベールの彼方の生活③』→出入口の全ての扉を開けるように命じた。するとキャプテンが言った。「申し訳ない。貴殿の言う通りにしてあげたい気持は山々だが、私はボスが怖いのです。怒った時の恐ろしさは、それはそれは酷いものです。こうしている間もどこかにスパイがいて、彼に取り入るために」→
『ベールの彼方の生活③』→「吾々のこれまでの行動の一部始終を報告しているのではないかと、心配で心配でなりません」それを聞いて私はこう言った。「吾々がこの暗黒の都市へ来て初めてお会いして以来そなたは急速に進歩しているようにお見受けする。以前にも1度そなたの心の動きに」→
『ベールの彼方の生活③』→「向上の兆しが見られるのに気づいた事があったが、その時は申し上げるのを控えた。今のお話を聞いて私の判断に間違いがなかった事を知りました。そこで、そなたに1つの選択を要求したい。早急にお考え頂いて決断を下してもらいたい。吾々がここへ参ったのは、」→
『ベールの彼方の生活③』→「この土地の者で少しでも光明を求めて向上する意志のある者を道案内するためです。そなたが吾々の味方になって力をお貸し下さるか、それとも反対なさるか、その判断をそなたに一任します。いかがであろう、吾々と行動を共にされますか、それともここに留まって」→
『ベールの彼方の生活③』→「今まで通りボスに仕えますか。早急に決断を下して頂きたい」彼は立ったまま私を見つめ、次に私の仲間へ目をやり、それから暗闇の奥深く続く坑道に目をやり、そして自分の足もとに目を落とした。それは私が要求したように素早い動きであった。そして、きっぱりと→
『ベールの彼方の生活③』→こう言った。「有難うございました。ご命令通り、全ての門を開けます。しかし私自身はご一緒する約束はできません。そこまでは勇気が出ません―まだ今のところは」そう言い終わるや、あたかもそう決心した事が新たな元気を与えたかのごとく、くるりと向きを変えた。
『ベールの彼方の生活③』その後ろ姿には覚悟を決めた雰囲気が漂い、膝まで下がったチュニックにも少しばかり優雅さが見られ、身体にも上品さと健康美が増している事が、薄暗い光の中でもはっきりと読み取れた。それを見て私は彼が自分でも気づかないうちに霊格が向上しつつある事を知った。
『ベールの彼方の生活③』極悪非道の罪業のために本来の霊格が抑えられていたのが、何かをきっかけに突如として魂の牢獄の門が開かれ、自由と神の陽光を求めて突進し始めるという事は時としてあるものです。実際にあります。しかし彼はその事を自覚していなかったし、私も彼の持久力に→
『ベールの彼方の生活③』→確信がもてなかったので黙って様子を窺っていた訳です。そのうち彼が強い調子で門番に命じる声が聞こえてきた。さらに坑道を急いで次の門で同じように命令しているのが聞こえた。その調子で彼は次々と門を開けさせながら、吾々が最初に見た大きな作業場へ→
『ベールの彼方の生活③』→向かって次第に遠ざかっていくのが、次第に小さくなっていくその声で分かった。