モーゼスの「霊訓」(下)

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モーゼスの「霊訓」(下)

W・S・モーゼス著
近藤千雄訳

Spirit Teachings
by William Stainton Moses
(c)Spiritualist Press (1952)
(現 Psychic Press Ltd.)
20 Earlham Street, London,
WC2H 9LW, England.

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▶写真説明

中巻の写真と同じく、1872年、モーゼス33歳の時にスピーア博士といっしょに撮ったもの。写真左の横向きの霊姿は霊団のひとりのレクター。The College of Psychic Studies 所蔵。Mary Evans Picture Library 特約。

スピーア博士の後ろに立っているモーゼスは半入神状態となっていて、意識がもうろうとしている表情が窺える。これは出現した霊のエクトプラズムの濃度が高くて、心霊写真の域を超えて物質化現象となっているためである。エクトプラズムは神経細胞の一種で構成されているために、あまり多く抽出されると意識が薄れ、さらに昏睡状態となってしまう。

レクターはその後『霊訓』としてまとめられた通信の大半の筆記係をつとめることになるが、この時点ではまだ本格的な通信は始まっておらず、モーゼスの身辺に異常現象が多発していた。この写真もそのひとつである。

スピーア博士ならびにレクターに関しては上巻<参考資料>を参照されたい。

前2巻(上)(中)のあらましと本巻の特色 訳者

ステイントン・モーゼスはオックスフォード大学で厳格なキリスト教神学を学び、それを唯一絶対の真理であると信じ、卒業後は英国国教会の牧師としてそれを誇りをもって説いてましたが、30歳ごろから体調を崩し、医師のスタンホープ・スピーア博士による治療を受け、そのまま博士宅で療養生活を送りながら、博士の子息の家庭教師をすることになりました。

インペレーターと名のる霊団の最高指導霊の説明によりますと、神学を学ばせたのも、体調を崩させたのも、そしてそれが縁でスピーア博士宅で過ごすことにさせたのも、すべて霊団側の予定どおりの計画であったといいます。

博士の奥さんが大変熱心なスピリチュアリストで、当時の第1級の霊能者、たとえばスピリチュアリズム史上もっとも多彩な霊能者といわれるホームなどの交霊実験に出席していたことから、当然の成り行きとして奥さんからスピリチュアリズムについて聞かされることになり、モーゼスはそれに反発を覚えながらも、少しずつ馴染んでいくことになりました。

そうするうちにモーゼス自身の霊能が発現し、身辺にさまざまな異常現象が発生しはじめます。その中でもいちばん驚異的だったのはモーゼス自身が宙に浮き上がったことでした。が、そのうち腕がひとりでに動いて文章が綴られるようになりました。いわゆる自動書記現象です。

初めのうちはこれといった意味のない内容のものが書かれていましたが、ある時点からキリスト教の教義と真っ向から対立する見解が“インペレーター”の署名のもとに述べられはじめます。

反発を覚えたモーゼスが一体あなたは何者かと問うと、地上で“ナザレのイエス”と呼ばれたお方の命令をうけて参った一団の頭(かしら)である、という返事です。地上時代の名前は?と問うと、霊にとっては地上時代の名前は意味がないので言わぬ、と言います。

では一体何の目的あってのことか、と問えば、人工的教義によって生命を失ってしまったキリスト教に代って、正しい霊的真理(スピリチュアリズム)を説くことであるという返事です。

こうした調子で、キリスト教の教義を中心として広く人間生活に関わる一般問題や霊の世界のこと、霊界と地上界とのつながり等に関する問答が延々と続けられますが、キリスト教神学がこびりついているモーゼスにとってはそれがどうしても受け入れられず、問答が次第に議論となり、やがて激論となり、モーゼスの方は体調を崩し、一方インペレーターの側はモーゼスのしつこさに手を焼いて“総引き上げ”の最後通牒を突きつけるまでに至ります。

その危機一髪の時に、たまたまモーゼスの親友が他界し、さっそくインペレーターと会って、願わくば人間としてのモーゼスの心境をおもんぱかって今少しの猶予を、と嘆願します。

この辺の経緯はまさに本通信の圧巻で、互いに見栄も打算も名誉心も排し、霊団側は使命の貫徹を、モーゼスはひたすらに真実を求めて正面からぶつかり合ったその熾烈(しれつ)さは、人類史上、他に類を見ないもので、私も訳者としての立場を忘れて、しばし感涙にむせぶことも一再ではありませんでした。

これをクライマックスとして、以後はモーゼスも精神的平静を取り戻し、多少の心理的ぶり返しはありながらも、霊団から授けられた霊的教訓を新しい啓示として受け入れるようになります。

この(下)巻では、そうした落着いた心境の中でモーゼスがバイブルの中の説話の由来について質問し、それに対して霊団側のそれぞれに詳しい霊が回答しています。

総体的に言えば、すべての宗教の源流はインドにあり、エジプトを経由し、さまざまに変形しながら語り継がれてきたもので、その中にはただの神話や伝説、作り話、寓話等が混じり合っていること、しかし同時に、いずこの国にも霊的啓示の系譜というものがあり、根底においては、人類の進化に適応した霊的真理の進歩のあとが一貫して認められるはずである、といった解説がなされています。

それと併行して注目すべきことは、邪霊集団の暗躍に関する警告がくり返し述べられていることで、これは、昨今の日本の心霊事情にかんがみても、よくよく心すべきことであると思われます。

最後のモーゼス自身による締めくくりの言葉は、その数行だけを読めば当たり前のことのようで、ほぼ10年間に及んだ、文字どおり死にもの狂いのモーゼスの真理探求の葛藤のあとをたどってくると、読む者に厳粛な感慨を呼び起こさずにはおかないでしょう。

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第23節 イエスに至る霊的系譜

[1873年11月2日。私から提出した質問が無視され、バイブルに記録が見られる時代のキリスト教系全体の、“神”の啓示の発達のあとを本格的に解説してきた。これが、並行して進行している多くの啓示のうちのひとつであることは、以前から予告されていた。]

メルキゼデクからモーセへ

これよりわれわれは、太古において同じく人間を媒体として啓示が地上にもたらされたその過程について述べたいと思います。バイブルに記録を留める初期の歴史を通じて、そこには燦然と輝く偉大な霊の数々が存在する。彼らは地上にあっては真理と進歩の光として輝き、地上を去ってのちは後継者を通じて啓示をもたらしてきました。

そのひとり – 神が人間に直接的に働きかけるという信仰が今より強く支配していた初期の時代のひとりに、メルキゼデク(1)の名で知られる人物がいました。彼はアブラム(2)を聖別(3)して神の恩寵の象徴としての印章を譲りました。これはアブラムが霊力の媒体として選ばれたことを意味します。

当時においては、まだ霊との交わりの信仰が残っていたのです。彼は民にとっては暗闇に輝く光であり、神にとっては、その民のために送った神託の代弁者でした。

ここで、今まさに啓発の門出に立つそなたに注意しておきますが、太古の記録を吟味する際には、事実の記録と、単に信仰の表現にすぎないものとを截然と区別せねばなりません。

初期の時代の歴史にはつじつまの合わない言説が豊富に見うけられます。それらは、伝えられるような秀でた人間の著作によるものではなく、歴史が伝説と混じり合い、単なる世間一般の考えと信仰とがまことしやかに語り継がれた時代の伝説的信仰の寄せ集めにすぎません。

それゆえ、確かにそなたらのバイブルと同様に、その中に幾つかの事実も無きにしもあらずですが、その言説のひとつひとつに無条件の信頼を置くことは用心せねばなりません。

これまでのそなたは、それらの説話を絶対的同意の立場から読んできました。これからは新しい光より有益で興味ぶかい見地から見る必要があります。

神は“創世記”に述べられているような、神人同形同性説的な存在ではありません。また、その支配はそれに相応しい霊を通して行なわれてきたのであり、けっして神みずからが特別に選んだ民のみを愛されたのではありません。

神と人間との結びつきは、いつの時代にも一様にして不変です。すなわち人間の霊性の開発に応じて緊密となり、動物的本能が強まればそれだけ疎遠となり、肉体的ならびに物質的本能の為すがままとなります。

かの初期の時代において、選ばれたアブラムに神の聖別を与えたのがメルキゼデクです。が、キリスト教徒もマホメット教徒もこぞって称えるそのアブラムは、メルキゼデクのような直接の霊的啓示には与(あずか)らなかった。

アブラムはその死とともに影響力を失い、在世中のみならず死後も、人間界に影響といえるほどのものは及ぼしていません。そなたには不審に思われることかも知れませんが、地上にその名を馳せた霊の中にも、同じような例が数多くあるのです。

地上での仕事が終ってのち、地上と関わった新たな仕事を授からないことがあるのです。在世中の仕事に過ちがあったのかも知れません。そして、死後その霊的香気を失い、無用の存在となり果てるのです。

「十戒」の価値

メルキゼデクは死後ふたたび地上圏へ戻り、当時の最大の改革者 – イスラエルの民をエジプトから救い出し、独自の律法と政体を確立した指導者モーセを導きました。霊力の媒介者として、彼は心身ともに発達した強大な人物でした。

当時すでに、同時代の最高の学派において、すばらしい知的叡智、エジプト秘伝の叡智が発達していました。人を引きつける彼の強烈な意志が、支配者としての地位にふさわしい人物としました。

彼を通じて強力な霊団がユダヤの民に働きかけ、それがさらに世界へと広がっていきました。大民族の歴史的大危機に際して、その必要性に応じた宗教的律法を完成させ、政治的体制を入念に確立し、法と規律を制定しました。

その時代はユダヤ民族にとって、のちに他の民族も同様に体験した段階、すなわち古きものが消えてゆき、霊的創造力によってすべてのものが装いを新たにする、霊的真理の発達段階にあったのです。

ここにおいても又、推理を誤ってはなりません。モーセの制定した法律は、そなたたち説教者が説いているような、いつの時代にも適用されるべき普遍的なものではありません。

その遠く古き時代にのみ適応したものが授けられたのです。すなわち当時の人間の真理の理解力の程度に応じたものが、いつの時代にもそうであったように、神の使徒によって霊的能力を持つ者を通して授けられたのです。

当時のイスラエルの民にとって第1に必要な真理は、彼らを支配し福祉を配慮してくれるのは唯一絶対の神であるということでした。エジプトの多神教的教義に毒され、至純な真理の宿る霊的恩義を知らない民に、その絶対神への崇敬と同胞への慈悲と思いやりの心を律法に盛り込んだのです。

今日なお存続している例の「十戒」は、変転きわまりない時代のために説かれた真理の一端にすぎません。もとより、そこに説かれている人間の行為の規範は、その精神においては真実です。が、その段階を超えている者に字句どおりに適用すべきものではありません。

あの「十戒」は、イスラエルの騒乱から隔絶し、地上的煩悩の影響に超然としたシナイ山の頂上において、モーセの背後霊団から授けられました。

霊団は、今日の人間が忘れているもの – 完全な交霊のためには完全な隔離が必要であること、純粋無垢の霊訓を授けるには、低次元の煩雑な外部的影響、懸念、取り越し苦労、嫉妬、論争等から隔絶した人物を必要とすることを認識していたのです。それだけ霊信が純粋性を増し、霊覚者は誠意と真実をもって聞き届けることができるのです。

モーセは、その支配力を徹底させ民衆に影響力を行きわたらせる通路として、70人もの長老 – 高い霊性をそなえた者 – を選び出さねばなりませんでした。当時は霊性の高い者が役職を与えられたのです。モーセはそのための律法を入念に仕上げ、実行に移しました。

そして地上の役目を終えて高貴な霊となったのちも、人類の恩人として末永くその名を留めているのです。

モーセからエリヤへ、エリヤからエリシャへ

メルキゼデクがモーセの指導霊となったように、そのモーセも死後エリヤ(4)の指導霊として永く後世に影響を及ぼしました。断っておくが、今われわれは、メルキゼデクからイエスに至る連綿たる巨大な流れを明確に示すために、他の分野における多くの霊的事象に言及することを、意図的に避けております。

その巨大な流れの中に数多くの高級霊が出現しているが、今はその名を挙げるのは必要最少限に留め、要するにそれらの偉大なる霊が地上を去ったのちも、引き続き地上へ影響を及ぼしている事実を指摘せんとしているところです。

また、他にも多くの偉大なる霊的流れがあり、真理普及のための中枢が数多く存在しました。が、それは今のそなたには関わりはないでしょう。イエスに至る巨大な流れこそ、そなたにとって最大の関心事であろう。もっとも、それらをもって真理の独占的所有権を主張するような、愚かにして狭隘な宗閥心だけは捨ててもらわねばなりません。

偉大なる指導者エリヤ、イスラエル民族が授かった最高の霊は、かつての指導者モーセの霊的指揮下にありました。ユダヤ民族が誇るこのふたりの指導者への崇敬の念は、神がモーセの死体を隠し、一方エリヤを火の馬車に乗せて天国へさらって行ったという寓話にも示されています。(5)

崇敬の念のあまりの強さが、こうした死にまつわる奇怪な物語を生んだのです。指摘するまでもないと思うが、霊が生身の肉体をたずさえて霊の世界に生き続けるなどということは、絶対にありません。偉大な仕事を成し遂げた霊が次の世界から一段と強力に支配することを教えるための寓話にすぎません。

エリヤはその後継者エリシャ(6)に自分の霊を倍加して授けたという。が、それは、エリシャが倍加された徳を賦与されたという意味ではない。そのようなことは有りえないことだからです。

そうではなく、エリヤの霊力による輝かしい業績が後継者の時代に倍の勢力をもって働きかけ、エリシャがそれを助成し実践していったという意味です。

そのエリヤもまた、のちの世に地上へ戻り、指導に当たりました。そなたも知っているように、かの“変容”の山上でモーセとともにイエスの側にその姿を見せました。ふたりはその後ヨハネにも姿を見せ、それよりのちにも再び地上を訪れることがあることを告げたとあります。

[私はこの通信の書かれた11月2日の時点では、最後の一文にあるような、ふたりがのちに再び地上に戻ると述べたというくだりが理解できなかった。それがヨハネ黙示録11・3その他に出ている“ふたりの証人”のことであることが分ったのは最近のことで、それも、私の無名の友人が送ってきたヨハネ黙示録に関する小論文を読んで、はじめてそれと気づいた。

もしもその小論文を見なかったら、知らずじまいになるところだった。その小論文はたまたまそのふたりの証人とふたりの予言を扱ったもので、私にとっては実にタイミングよく届けられたのだった。

右の通信で私はいろいろと質問をしたが、その中でメルキゼデクの前後にも神の啓示を受けた霊覚者がいたかどうかを尋ねた。すると – ]

知られざる霊覚者たち

無論です。われわれは今、最後にイエスに至る系譜の最初の人物としてメルキゼデクを持ち出したにすぎません。その系譜の中にさえ名を挙げるのを控えた人物が大勢います。すでに述べたように、その多くが神の啓示を受けていたのです。エノク(8)がそのひとりでした。

彼は霊覚の鋭い人物でした。同じくノア(9)がそのひとりでした。もっとも、霊覚は十分ではありませんでした。デボラ(10)も霊覚の鋭い人物であり、歴史上で“イスラエルの士師”と呼ばれている行政官はすべて、霊感の所有者であるという特殊な資格をもって選ばれたのでした。

そのことについて詳しく述べている余裕はありません。ユダヤの歴史に見られるその他の霊力の現われ方については、こののち述べることもあるでしょう。今はまずその古い記録全般に視点を置き、さらにその中の霊的な流れの中から、イエスに連なるひとつだけに絞っていることを承知されたい。

– あなたはそうした古い記録を文字どおりに受け取ってはならぬとおっしゃったことがあります。“モーセ五書”(11)のことですが、あれはひとりの著者によるものでしょうか。

モーセ五書

あの五書はエズラ(12)の時代に編纂されたものです。散逸の危険性のあったさらに太古の時代の記録を集め、その上に伝説または記憶でもって補充した部分もあります。モーセより前には生の記録は存在しません。「創世記」の記述も、想像の産物もあれば伝説もあり、他の記録からの転写もあります。

天地創造の記述や大洪水の物語は伝説にすぎません。エジプトの支配者ヨセフに関する記述も、他の記録からの転写です。ともあれ、現在に伝えられる“五書”はモーセの手になるものではありません。エズラとその書記たちが編纂したものであり、その時代の思想と伝説を表わしているにすぎません。

もっとも、モーセの律法に関する記述は他の部分にくらべて正確です。何となれば、その律法の正確な記録が聖なる書として保存され、その中から詳細な引用がなされたからです。

こうした事実を述べるのは、論議の根拠として“五書”の原文が引用される際に、いちいちその点を指摘する面倒を省くためでもあります。記録そのものが字句どおりには正確でないのです。

ことに初めの部分などはまったく当てにならず、後半も、当てになるのは、わりに正確な記録が残されている、モーセの律法に関する部分のみです。

– 想像の産物だとおっしゃいましたが…..

散逸した書を補充する必要があり、それを記憶または伝説から引き出したのです。

– アブラハム(14)のことは簡単にあしらっておられるようですが…。

そういうわけではない。神の使者としてその霊的指導に当たったモーセにくらべて、霊格の程度が低かったというにすぎません。こうした問題を扱うにおいて、われわれはいちいち人間界の概念にはこだわりません。アブラハムは人間界ではその名を広く知られているが、われわれにとっては、さして重要な人物ではない。

– エノクとエリヤの生身での昇天 – あれは何だったのでしょう?

生身の昇天は原始的迷信

伝説的迷信にすぎません。民衆の崇敬を得た人物の死には、とかく栄光の伝説がまとわりつのです。太古において民衆に崇(あが)められ畏敬の念をもってその名が語られた人物は、生身のまま天の神のもとへ赴いたとの信仰が生まれたものです。

霊力の行使者であり、民衆の最高指導者であったモーセも、その死に神秘的な話が生まれた。生前においては神と直接(じか)に親しく話を交わし、今やその神のもとへ赴いたと信じられた。

同様に、人間的法律を超越し、何ひとつ拘束力というものを知らず、あたかも風のごとく来り風のごとく去って行った神秘的な霊覚者エリヤ – 彼もまた生身のまま天へ召されたと信じられました。いずれの場合も、その伝説の根底にある擬人的な神と物的天国の観念による産物でした。

前にも述べたように、人間は神と天国に関して、その霊的発達程度以上のものは受け入れることはできません。古代においては神を万能の人間 – すべての点で人間的であり、さらにその上にある種の特性、人間の自然の情として、かくありたい、と憧れる特質をそなえた“人間”として想像しました。

言い換えれば、人類の理想像にある特性を付加し、それを“神”と呼んだのです。これは決してあざ笑うべきことではありません。程度の差こそあれ、人類の歴史は同じことの繰り返しなのです。

啓示はすべて、元は神より出でても、生身の霊覚者を通過し、しかもその時代の人類の発達程度に適合させねばならない以上、人間的愚昧の霧によって曇らされるのは必定です。それは地上という生活環境においては避けがたい自然の結果というべきです。

そこで、人間の知識が進歩し叡智が発達するにしたがい、当然、神の概念も改められることを要します。人間がその必要性を痛感してはじめて、新たな光が授けられるのです。

(そなたたちの中には、神と霊的生活と進歩に関して、われわれの教説からは何ひとつ学ぶものはないと言う者がいるが、その者たちには、今述べたことが最良の回答となろう。)

天国についても同じです。そなたたちは前時代の者が想像していた天国の概念を大幅に改めてきました。今どき、生身のまま天国の館に赴くなどと信じる愚か者はいないはずです。地上で崇められた人物が生身をたずさえて擬人的な神のもとへ昇天していくなどと信じる時代は、もはや過去のものとなりました。

まさかそなたはその生身をたずさえて、全知全能の神のまわりで、あたかも教会でするように、讃美歌三昧に耽るなどとは想像しないでしょう。そのよう
な天国は根拠のない夢想にすぎません。霊の世界へ入るのは霊のみです。

肉体のまま天空のどこかへ連れて行かれ、そこで地上とまったく同じように、人間と同じ容姿の神、ただ能力において人間を超越しているというにすぎない神のもとで暮らすなどという寓話は、そなたはもう卒業しているはずです。

そのような天国は、予言者ヨハネに象徴的に啓示された天国像からの借用にすぎません。そのような神が存在するわけがないことくらいは、そなたにもわかるはずです。死はすべての人間に訪れます。が、生身のままではありません。

地上の務めを終えた疲れ果てた身体から脱け出て、栄光ある魂として、より明るい世界、いかなる霊覚者の想像をも絶する輝ける天国へと召されるのです。

– 伝説の中にも、あとで事実であったことが判明したものが沢山あります。問題は、事実と伝説とを見分けることが困難なこと、毒草を抜こうとして薬草までいっしょに抜いてしまう危険があることです。神話の中にもちゃんとした意味をもち、立派な真理を含んだものがあります。

空想と誤謬と真実の選り分けが大切

それはその通りです。そなたたちが聖なる記録としているものの中に混入した伝説は、多くの場合、偉大なる人物にまつわる迷信的信仰です。神話の中に真理の核が包蔵されていることも事実です。

これまでもたびたび指摘したことですが、人間はわれわれのような霊とその影響力と目的に関して、あまりに誤った概念を抱いてきました。その原因には人間としてやむを得ない要素もありますが、克服できる要素もあります。知性の幼稚な段階では、その知性の理解力を超えたものは絶対に理解できないのが道理です。

それはやむを得ないことです。それまで生きてきた環境、体験した唯一の環境とまったく異なる環境の霊的生活を正しく想像できるわけはありません。そこで、図解と比喩をもって教えねばならないことになります。これもやむを得ないことです。

ところが人間は、比喩として述べた言葉と観念をそのまま掻き集めて、そこからつじつまの合わない愚かな概念を築き上げます。これよりのち、そなたたちも知識の進歩とともに、その過程をよりいっそう明確に理解することになるでしょう。

また人間は、神の啓示はすべて普遍的適用性をもち、一字一句に文字どおりの意味があるものと思い込んできました。われわれの説き方がいわば親が子に教えるものと同じであることが分らなかった。

抽象的な真理の定義を説いても、子供の頭では理解できません。子供は教えられた事がらをそのまま受け止めます。それと同じ態度で人間は啓示の一言一句を、あたかも数学的にそして論理的に正確なものとして受け止め、その上に愚かしい自己矛盾に満ちた説を打ち立てます。

子供は親の言葉を躊躇なく受け入れ、それを金科玉条とします。それが実は譬え話にすぎなかったことを知るのは、大人になってからのことです。人類は、神の啓示をそれと同じように扱ってきたのです。比喩的表現にすぎないものを言葉どおりに解釈してきました。間違いだらけの、しかも往々にして伝説的記録にすぎないものを、数学的正確さをもって扱ってきました。

かくして今なお、嫉妬に狂う神だの、火炎地獄だの、選ばれた者のみの集まる天国だの、生身のままの復活だの、最後の審判だのといった愚かきわまる教説を信じつづけております。

これらは言わば幼児の観念であり、大人になれば自然に卒業していくべきものです。霊性において成人した人間は、すべからくそうした幼稚な概念を振り棄てて、より高い真理へと進まねばなりません。

しかるに現実は、原始的迷信、愚かきわまる作り話がそのまま横行しております。想像力に富む民族が描いた誇張的映像がそのまま事実として受け入れられています。数々の空想と誤謬と真理とがまさに玉石混淆(こんこう)となり、より高い真理を理解した理知的人間にはとても付いて行けません。

そうした支離滅裂の寄せ集めをひとつに繋いでいるものは、ほかならぬ信仰心です。われわれはその信仰心を切断し、信仰心で無批判に受け入れてきたものを、理性でもって検討し直しなさいと言っているのです。きっとその中に、人類の幼児時代から受け継がれた人間的産物を多く見出すことでしょう。

煩わしく、かつ無益なものに反発を覚えることでしょう。が、同時に、その残りの中に、理性に訴えるもの、体験によって裏付けされたもの、そして神から出たものを発見することでしょう。父なる神が、子なる人間のために用意した計画の一端を暗示するものを手にすることでしょう。

しかし今のそなたには、それ以上のことは望めません。今のそなたの心にあまりに多く巣くっている愚かな誤謬と誤解とから解放された、新しい局面を切り開くことのみで良しとしなければなりません。

過去は、根本においては、現在へ投げかける照明として、そしてまた未来を照らすほのかな光としての価値を有するものであることを、そなたもそのうち次第に認識していくことでしょう。

これで分ってくれるでしょうが、われわれの現在の仕事の目的もそこにあります。すなわち神と生命と進化についてそなたたちがこれまで抱いてきた思想をより純粋なものに近づけ、恥ずべき要素を排除することです。

そのためにはまずキリスト教の教義の誤りと、神の真理として罷り通ってきた人間的想像の産物と、理性的には反発を覚えつつも信仰心によって受け入れられ、今や歴史的事実のごとく結晶してしまった伝説を指摘せねばならないのです。

われわれとしては、そなたに忍耐づよい真摯な思考を要求するほかはありません。また、われわれの為すことをすべて破壊的と受け取ってはなりません。夾雑物が取り除かれれば、建設も可能となるでしょう。

それまでは、もしもそなたの目にわれわれが破壊的思想をまき散らしていると見えるならば、それは、より神々しい神の、より崇高な神殿、より聖なる聖堂を築かんがための予備工事として、まず夾雑物を掻き集め、それを取り除かんとしているにすぎないと理解してもらいたい。

†インペレーター

[注釈]

(1)Melchizedek 旧約聖書「創世記」14・18

(2)Abram ユダヤ人の始祖

(3)聖なる仕事のために世俗から離す。

(4)Elijah 紀元前9世紀ごろのヘブライの予言者。

(5)旧約聖書はこのふたりにまつわる話が大半を占める。

(6)Elisha エリヤの後継者

(7)ある日イエスが弟子たちとともに高い山に登った時、イエスがこの世のものとも思えない神々しい姿に変わったという。マタイ17・1~13、マルコ9・2~13。

(8)Enoch(9)Noah(10)Deborah いずれも旧約聖書中の人物。

(11)旧約聖書の最初の五書 – 「創世記」「出エジプト記」「レビ記」「民数記」「申命記」

(12)Ezra 紀元前5世紀ごろのヘブライの律法学者で祭司。

(13)Joseph「創世記」30・22~24

(14)Abraham 前出のアブラムと同一人物。

(15)仏教でいう“成仏する”ということで、そこで霊的存在としての本来の自覚を取り戻すが、そのままそこの界層の住民となるわけではない。地上でいかに高潔と思われている人間でも、意識的・無意識的に何らかの罪過を犯しているもので、これは物質界に身を置く人間の宿命といえる。

その償い – 言うなれば“後片づけ”のために再び地上圏へ戻らねばならないのが通例である。それは誰かの背後霊となって生活を共にする方法を取る場合もあれば、もう1度肉体をまとう – いわゆる再生の形を取る場合もある。が、どういう霊がどういう手続きのもとにどういう経路で再生するかは、高級霊でも知り得ないものらしい。

いかにも知り尽くしているような再生論を述べたり、これまでの幾度かの再生の旅をさかのぼって調べてあげますなどと、高級霊でも知り得ないことをいかにも分った風な態度で述べて、高額な料金を取る自称霊能者がいるので、用心が肝要である。

私は、再生はあるかないかと問われれば“ある”と答えるが、それ以上のことは論じないことにしている。論じてみても何の益もないからである。インペレーターも“再生はあるが、地上の人間が考えているようなものとは違う”と述べている。しょせん肉体にくるまれた人間には理解できない性質のものなのである。

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第24節 霊的啓示の黎明(れいめい)と黄昏(たそがれ)

[旧約聖書の時代と新約聖書の時代との間に記録のない時代があることについて尋ねてみた。]

霊力の満ち引き

その時期の記録は何ひとつ残っていません。その期間は、霊界からの働きかけが、特殊な場合を除いて、控えられたからです。そのことについては今は詳説しません。われわれが今目的としているのは、メルキゼデクに始まりイエスに至る大いなる霊力の流れを指摘することにあるからです。

取りあえずそなたとしては、その期間は暗黒と荒廃と霊的飢饉の時代であったこと、そしてその時代が終ったのち、ようやくわれわれが再び人間の心に黎明への希望を目覚めさせることを得たところであると理解すればよい。

今その最初の光が射し込んだ – その光の中のささやかな一部をわれわれの霊団が受け持っているのです。人間がようやく辺りの暗黒に気づき、その帷(とばり)が取り除かれて光が射し込むことを待ち望んだからです。

同じことがすべての民族についても言えます。時として地上的・物質的要素があまりに強く蔓延し、霊的なものが完全に地上から消滅したかに思える時期がありますが、実際にはそうではありません。

暗黒の時期が去り黎明の時が到れば、潜んでいた霊的胚芽が芽を出しはじめます。再び霊力の流れが起こり、人間はかつての真理より一段と高い霊的真理に目覚めます。その過程はあたかも、その日の仕事に疲れた者が休息を求めて横になるのにも似ているでしょう。

あたりのことが皆目わからない。精神は心労で擦り減り、身体も疲労困ぱいです。内外ともに陰うつな空気が漂っている。やがて寝入ってしまう。そして睡眠によって身体は元気を取り戻し、精神は立ち直り、太陽が再びその温かい光を注いでくれていることを知ります。その時、夜明けに味わう、あの躍動する喜びが蘇ります。

人類はその長い歴史において同様の体験を繰り返してきたのです。その時まで満足していた古い霊的教訓に知性がうんざりしはじめます。と同時に、物的要素が勢力を揮いはじめ、疑念と仲違いが生じ、根を張り、その影響が出はじめます。

それまでの真理がひとつまたひとつと疑いの目で見られるようになり、ひとつまたひとつと否定されていきます。そして、ついに神の真理の光が人間の目から被い隠されたことを自覚します。

太陽は霊的地平線の彼方へと沈み、不活発と陰うつと暗黒の夜が始まります。神の使者も活動を手控えます。地上を無知と絶望の夜が支配するにまかせ、眠れる魂が目を覚まして光を求める時期の到来を待ち望みつつ、ひたすらに耐え忍びます。

魂は死んだのではなく、ただ眠っているにすぎません。いつかは必ず訪れる覚醒の時期が到来します。そして、その夜明けの黎明の中において神の使者は、暗黒と絶望の中に光と喜びをもたらしてくれた神への讃歌を、高らかに謳(うた)うのです。

旧約聖書の最後の記録とともに終息した霊的期間と、新たに黎明期を迎えた霊的期間との間には、このような暗黒の時代があったのです。そなたたちの時代のすぐ前に、その黎明期があったのです。今こそわれわれは、そなたを霊的黎明に向けて導かんとしているのです。

疑ってはなりません。そなたにとっては今こそ黎明期となるべき時期であり、その夜明けは新たなる知識の夜明けであり、より広き知識の夜明けであり、より確信に満ちた信仰の夜明けとなることを疑ってはなりません。

その夜明けの光は前期の黄昏どきの薄明かりよりはるかに強く、かつ鮮明であることでしょう。ひたすらに待ち望むことです。その夜明けの光を見落とし、再び寝入り、折角の好機を見失うことのないよう、啓示への備えを怠ってはなりません。

啓示の需要と供給

[そうした暗黒の時期はかならず啓示の時代の前後に訪れるものなのかとの問いに – ]

用語が少しばかり適切さを欠いております。その時期はかならずしも“暗黒”の時期とはかぎりません。動揺と内的興奮のあとの休息と安らぎの時期であることもあります。地上生活に譬えてみれば、身体が栄養補給のために休息の時を必要とするのと同じです。

地上人類が摂取しうるだけの真理はすでに十分に与えられています。さらに多くを必要とする時期までは、それまでの過程が継続されます。真理が啓示されるには、それに先立って真理への渇望がなければなりません。

– ということは、啓示はまず内部から発するもの – つまり主観的ということでしょうか。

内部的希求と外部的啓示とが一致するということです。さきにも述べたように、人間は受け入れる能力にあまるものは授かりません。背後霊の指導のもとに徐々に意識を広げつつ、ある段階に至れば一段と次元の高い知識の必要を痛感します。その時こそ新たなる啓示が与えられる時です。

神学者の中には、人間みずからがその内的思考力によって論理的ないし思索的思想体系を生み出すのではないかと弁ずる者がいるようですが、彼らは神の使者たる背後霊というものの存在を知りません。

この通信が始まった当初われわれは、人間は霊的指導の媒体にすぎないと述べました。自分の思考の産物と思い込んでいるものも、実は背後霊の働きかけの結果なのです。

優れた神学者の中には真相のかなり近くまで踏み込んでいる者も確かにいます。その者たちが、もしも背後霊の存在についての知識を持ち合わせていれば、バイブルが完全にして誤りのない啓示であり、一言一句たりとも付加あるいは削除は許されないものと思い込んでいる者よりも、さらにさらに真相に近づくことができるであろうに、と残念に思います。

地上の人間の実生活にとっては、人間の思考作用と啓示との関連性について、あまり細かく分析・検討する必要はありません。分離できないものを分離しようとしたり、断定できないものを断定しようとしてみても、しょせんは迷いを深めるばかりです。

そなたとしては、要するに霊的準備が知識に先行するものであること、霊的準備さえ整えば進取的精神は真理へのより高い見解を獲得するものであること、そしてその見解が実は背後霊の示唆にほかならないことを知れば足ります。啓示というものは人間の必要度と相関関係にあるのです。

人間の独自性の主張は愚か

真理普及の仕事において、人間がしきりに自分の存在価値を求めようとすることに、われわれは奇異の念さえ覚えます。いったい人間はどうありたいと望むのでしょうか。

背後から密かに操作せずに、直接五感に訴える手段で精神に働きかけ、思想を形成すればよいとでもいうのでしょうか。奇術師が見事な手さばきで観客を喜ばせるように、目に見える不可思議な手段に訴える方がより気高く有効であるとでも思っているのでしょうか。

われわれが厳然たる独立性をもつ存在であることを示すに足るだけのものは、すでに十分に提供したつもりです。われわれの働きを小さく見くびることはいい加減にして、われわれがそなたの精神に働きかける影響を素直に受け入れてほしいと思います。

われわれはその精神の中の素材を利用するからこそ、印象が強くなるのです。われわれの仕事にとって不必要なものまで取り除いているのではないかとの心配は無用です。

– そんな懸念はもっておりませんが、ただ私も自分の個性だけは確保しておきたいという気持はあります。また、偉大な思想家の中には、もっと広い観点から神の啓示を完全に否定している者も大勢います。彼らが言うには、人間は自分に理解できないものを受け取るわけがないし、自分が考え出したはずもない内容の啓示を外部から受けて、それが精神の中に住み込むことは有りえないというのですが…。

そのことに関してはすでに述べてあります。それがいかに誤った結論であるかは、いずれ時がたてば、そなたにもわかるであろう。そなたはわれわれの仕事を何やら個性をもたない、自発性のない機械のように考えたがるようですが、それに対してわれわれは断固として異議を唱えるものです。

第一、自分の行為をすべて自分の判断のもとで行なっていると思うこと自体が誤りです。そなたには単独的行為などといえるものは何ひとつない。常にわれわれによって導かれ、影響を受けていると思うがよい。

[右の通信から数日後に私は、この霊訓から得た新しい光に照らしながら福音書を読み直してみた上で結論を述べてみた。それまでとはまったく異なった角度から観たもので、それが正しいといえるかどうか、新しい解釈といえるかどうかを尋ねてみた。]

大体においてその結論が正しいといえよう。が、格別に新しいものではありません。これまでも神学的束縛から脱して障害もこだわりもなく真理を追求した者は、とうの昔にそうした結論に達しています。その啓示を得た者は大勢いるのです。

モーゼスの不満

– では、なぜ私にその人たちの説を読ませてくれないのですか。面倒が省けるでしょうに…。

そなたはそなたなりの道をたどって結論に到達する方がよいからです。それから、それを他人の結論と比較すればよろしい。

– あなたの態度はいつもそうです。まわり道をさせられているように思えてなりません。仮りにあなたのおっしゃる通りだとしても、なぜこんなに長い間、私を誤謬の中で生きさせてきたのですか。

それは、すでに述べたように、そなたがその真理を理解する状態になかったということです。これまでの人生は、そなたが思うほど長かったわけでもないが、進歩のための周到な準備期間でした。その時点においては有益であり、進歩を促進するものでした。

が、それとても、より高い真理の理解へ導くための準備であったということです。今の段階についても同じことが言えます。いずれ将来において今を振り返り、この程度のことがなぜあれほどまでに驚異に思えたのであろうかと、不思議に思えることでしょう。

そなたの全存在である霊的生命は、常に進歩を求めます。が、その初期は、その後の発達のための準備期間にすぎません。

神学もそなたの訓育の一環としてどうしても通過しなければならない必須段階のひとつだったのであり、われわれとしても、そなたがその誤った見解を摂取していくのをあえて阻止しなかったし、また阻止しようにも、できなかった。その誤った教義をそなたの精神から取り除くことが、これまでの仕事における最大の難題でした。

が、われわれはそれを着々と片付け、今やそなたの目にも、啓示の問題に関して、われわれをしてその誤った見解を取り除き正しい知識を吹き込むことを可能ならしめた数々の知識を見出すことができるでしょう。

神学の中にあってはいかに尊ぶべきものであろうと、単なる語句に対する因襲的信仰が根を張っているかぎり、われわれは何も為し得ません。われわれとしては、人間を通して得られる啓示に、それがバイブルの中にあるなしに関わりなく、それなりの価値をそなたが見出せるようになるまで待つほかはありません。

議論に際して何かというとバイブルを持ち出すようでは、われわれは何も為し得ません。そのような者は理性的教育の及ぶところではありません。

イエスの生涯とその訓えの中には、われわれの側から照明を当てる前に、そなたみずからの判断で改めて検討し直すべきことが数多く存在します。その生涯に関する記録を検討すれば、多分そなたは、その信憑性、出所、権威等の問題について再考を促されることでしょう。

イエスの出生にまつわる話、その語録に基づく贖罪説 – イエス自身が説いたものとイエスの御名のもとに説かれているもの – それから奇跡、磔刑(はりつけ)、そして復活へと目が向くであろう。

また神および同胞に対する責務についてのイエスの教えとわれわれが説くところとの比較、祈りについてのイエスの見解と弟子たちの見解、同じくイエスと弟子たちによる運命の甘受と自己犠牲に関する説、慈善、懺悔と回心への寛容、天国と地獄、賞と罰、等々が目にとまることであろう。

真理の探求には勇気が必要

今やそなたも、そうした問題について正面から検討する用意ができた。これまでのそなたは、そうした問題については先入的結論をもって対応するのみでした。まずもって、その記録の信憑性を検討するがよい。

そこに記載されている言語のもつ正当な価値を検討することです。誇張的表現をそぎ落とし、事実そのものを直視されたい。神がかり的表現を冷静な理性の光に照らして検討されたい。

伝説・神話・因襲の類いにすぎないものを払いのけ、何ものにも拘束されずに、たどりつく結論を恐れることなく、勇気をもって自分の判断力ひとつで検討してみられよ。勇気をもって神を信じ、真理を追求するのです。啓示とは何かについて真剣に、そして冷静に、勇気をもって思考するのです。

そうした勇気ある真理探求は、それまで夢想だにしなかった知識と、いかなる在来の教義も与え得ない安らぎを与えてくれることでしょう。自分ひとりで求めたことのない者には知り得ない、神とその真理とを知ることでしょう。

はるか遠い他国をひとりで訪れそこに生活してみてはじめてその国の真実の姿を知り得るように、神の真理についてその実相に触れることでしょう。その者の背後には啓発の任務を帯びた霊団 – 人類に真理と進歩をもたらすための霊が集結することでしょう。

かくして旧(ふる)い偏見は崩れ去り、誤謬は新たな光に後じさりし、それ相応の暗闇の中へと消えて行き、魂は、何ものにも囚われない目で真理を見つめることになるでしょう。何ひとつ恐れることはありません。イエスもこう述べております – “真理こそ魂を解き放してくれるのです。その時、真実の意味であなた方は自由の身となるのです”(2)と。

[私はそれが現実に可能であるならば、何を犠牲にしても、ぜひそうありたいと思うと述べた。私は面白くなかった。そして自分ひとりであがくにまかされていることに不満を表明した。]

われわれは決してそなたを放置しておくわけではない。援助はします。が、そなたが為すべきことを肩代りすることはしません。それはそなた自身において為さねばなりません。そなたが努力していれば、われわれも真理へと手引きします。

われわれを信じて、ぜひとも実践されよ。それが最良の道であり、それ以外には真理を学ぶ道はありません。われわれが語って聞かせたところで、そなたは信じようとしないであろうし、理解しようともしないでしょう。

キリスト教の啓示の問題以外にも、そなたが目を向けねばならないものが数多くあります。キリスト教以外の神の啓示、キリスト教以外の霊的影響力の流れ等々の課題があるのですが、今はまだその時期ではありません。

これにて止めよ。神の啓発のあらんことを。

[注釈]

(1)背後霊についてのくわしい解説は上巻第1節に出ているので参照していただくことにして、ここで一言だけ付け加えれば、“背後霊”という用語は善なる霊、つまりその人間のためを思っていてくれている霊のことを指しており、意識的にせよ、無意識的にせよ、何らかの障(さわ)りを起こしている霊は含まない。これは因縁霊とか憑依霊と呼ぶべきである。

(2)ヨハネ8・32ほか。中巻18節の後注(3)を参照。

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第25節 旧約聖書の実像

[これまでに得た新たな観点からモーセ関係の記録の本質を検討してみて私は、その中に神の観念が徐々に発達していく様子を明瞭に読み取ることができ、結局“モーセ五書”はひとりの作者によるものではなく、数多くの伝説と伝承の集成にすぎないという結論に達した。その点について意見を求めると – ]

われわれの手引きによるバイブルの再検討において、そなたは正しい結論に達した。そなたその方向へ手引きしたのは、個々の書が太古の人間の伝説や伝承をまとめたものにすぎず、いかに信の置けぬものであるかを知ってもらうためです。そのカギを知らない者には見分けのつかないものなのです。この点は、われわれとしても、とくと訴えたいところです。

古代の宗教書から引用した言説にどこまで信を置くべきかは、むろんそなた自身の理解力にもよるが、それと同時にその引用した書の実像と、その言説のもつ特殊な意味にもよります。

最古の書の中にも崇高な神の概念を見出すことが可能である一方、その後に出た新しい書の中に、この上なく冒瀆的で、きわめて人間的な、不愉快千万な概念を見出すこともできます。

たとえば人間の姿をして人間と格闘する神、対立する神への報復の計画を人間と相談する神、血の酒宴を催し、敵の血をすすって満腹する残忍至極の怪物としての神、友人の家の入口に座し、仔ヤギの肉とパンを食する人間としての神、等々。

その説くところはひとつひとつ質が異なり、それをいくら集めたとて、正しい理性でもって判断すれば個々の話以上のものとはなり得ません。そなたは、無知ゆえに真相を捉えそこねて過ちへと迷い込むことのないよう、そうした言説は奥に秘められた意味を理解することが肝要です。

啓示の質は霊媒で決まる

重ねて言うが、啓示とは時代によって“種類”を異にするのではなく“程度”を異にするのみです。

その言葉は、しょせん、人間的媒体を通して霊界から届けられるものであり、霊媒の質が純粋にして崇高であれば、それだけその霊媒を通して得られる言説は信頼性に富み、概念も崇高さを帯びることになります。

要するに霊媒の知識の水準がすなわち啓示の水準ということになるわけです。ゆえに、改めて述べるまでもあるまいが、初期の時代、たとえばユダヤ民族の古記録に見られる時代においては、その知識水準はきわめて低く、特殊な例外を除いては、その概念はおよそ崇高と言えるものではありませんでした。

人類創造の計画の失敗を悔しがり、悲しんですべてをご破算にするような、情けない神を想像した時代から、人間は知識において飛躍的に進歩を遂げてきました。

より崇高にして真実に近い概念を探ろうとすれば、人間がその誤りの幾つかに気づき、それを改め、野蛮的想像力と未熟な知性の生み出した神の概念に満足できなくなった段階に到達した時代にまで下らねばなりません。野蛮な時代は崇高なものは理解し得ず、したがってより崇高なものは何ひとつ啓示されませんでした。

それは、神の啓示は人間の知的水準に比例するという普遍的鉄則に準ずるものです。人間のそもそもの過ちの根元は、その愚かにして幼稚きわまる野蛮時代の言説をそのまま受け継いできたことにあります。神学者がそれをすべての時代に適用さるべき神の啓示であるとしたことにあります。その過ちをわれわれは根底から改めたいと願っているのです。

もうひとつ、それよりさらに真理を台なしにするものとして、神は全真理をバイブルの全筆録者を通じて余すところなく啓示し、したがって根元的作者は神であるがゆえに、そこに記録された文字は永遠にして絶対的権威を有するという信仰があります。この誤りはそなたの頭からはすでに取り除かれています。

その証拠に、もはやそなたは、神が矛盾撞着だらけの言説の作者であるはずはなく、時代によって相反することを述べたはずもないということを理解してい
ます。霊界からの光が無知蒙昧な霊媒を通じて送られ、その途中で歪められたために、そういう事態になったのです。

そうした誤った言説に代ってわれわれは、啓示というものがそれを送り届ける霊の支配下にあり、その崇高性、その完全性、その信頼性に、その霊による“程度”が生じると説きます。

またそれゆえに、そのひとつひとつについて理性的判断をもって臨むべきであること、つまり純粋な人間的産物を批判し評価するのと同じ態度で判断すべきであると説くのです。そうなれば、聖典を絶対的論拠とすることもしなくなるでしょう。

すべての聖典を1個の資料として提供されたものとして取り扱うことになるでしょう。そうした批判的精神でもって臨む時、聖典そのものの出所と内容について、これまで是認され信じられてきたものの多くを否定せねばならないことに気づくはずです。

モーセ五書

さて、そなたは“モーセ五書”について問うている。これは、前にも少し触れたように、何代にもわたって語り伝えられた伝説と口承(こうしょう)が散逸するのを防ぐ目的で、エズラが集成したものです。

その中のある部分、とくに“創世記”の初めの部分は、記述者が伝説にさらに想像を加えたものにすぎません。ノアの話、アブラハムの伝説等がそれであり、これらは他の民族の聖典にも同一のものが見られます。“申命記”の説話もみなそうであり、エズラの時代に書き加えられたものです。

その他についても、その蒐集はソロモンとヨシアの時代の不完全な資料によってなされたものであり、それが又、さらにそれ以前の伝説と口承にすぎなかったのです。いずれの場合も、モーセ自身の言葉ではありません。また律法に関する部分の扱いにおいても、真正な原典からの引用部分は例外として、他に真正なものはひとつも存在しません。

いずれバイブルの初期の書に見られる神の概念について詳しく述べることになりましょうが、今は、そうした書が引用している話や伝説は、他の資料によってその真正さが確認された場合を除けば、その歴史的記述も道徳的説話も、一顧の価値もないものであることを指摘するに止めます。

[この通信は結果的に私自身の調査を確認するところとなった。編纂者が引用したのはエロヒスト(1)とヤハウィスト(2)のふたりの記録までたどることができると考えた。

それは例えば“創世記”第1章および第2章の[3]と第2章の[4]の天地創造の記述の対比、ゲラルにおけるアビメレク王によるサラの強奪(“創世記”第20章)と同第12章の[10]~[19]および第26章の[1]~[2]の対比に見られる。この見解が正しいか否かを尋ねた。]

それも数多い例証の中のひとつにすぎません。こうした事実を認識すれば、その証拠がそなたの身辺にいくらでも存在することに気づくでしょう。問題の書はエズラのふたりの書記エルナサン(3)とヨイアリブ(4)が引用した伝説的資料です。

数が多く、サウル王(5)の時代に蒐集されたものもあれば、さらに前の、いわゆる“イスラエルの士師”(6)の時代に蒐集されたものもあり、またソロモン(7)とヘゼキア(8)とヨシア(9)の時代に蒐集されたものもある。いずれも口承で伝えられた伝説に格好をつけたものにすぎません。

啓示の本流がメルキゼデクに発することはすでに指摘しました。それ以前のものはどれも信が置けません。霊に導かれた人物に関する記録も、必ずしもすべてが正確とはいえません。が、全体としての啓示の流れは、これまでわれわれが述べてきた通りであったと思えばよろしい。

[旧約聖書の聖典がそのような形で決められたとなると、“預言書”についてはどの程度まで同じことが言えるのかを尋ねた。]

預言者

あの預言の書はすべて、エズラ王の権威のもとに、現存していた資料を加え配列したにすぎません。そのうちのハガイ書(10)、ゼカリア書(11)、マラキ書(12)は、その後に付け加えられたものです。ハガイはエズラ書の編纂に関わり、またマラキとともにその後の書を付加して、ついに旧約聖書なるものを完成させました。

このふたりとゼカリアの3人は常に親密な間柄を保ち、大天使ガブリエル(13)とミカエル(14)がその霊姿を予言者ダニエル(15)の前に現わして使命を授けた時に、その場に居合わせる栄誉に浴しています。予言者ダニエルは実に優れた霊覚者でした。

有り難きかな神の慈悲。有り難きかなその御力の証。

– “ダニエル書”第10章にある“幻(まぼろし)”の話ですか。

ヒデケル(16)の土手のそばでの出来事でした。

– 同じものです。ということは、予言者の言葉からの抜粋にすぎないということでしょうか。

抜粋にすぎません。それには、もともと隠された意味があり、表面には出ておりません。霊現象の多発する時代が過ぎ去ろうとする時に、過去の予言の記録から抜粋されたのです。そして再び霊の声の聞かれる時代まで、聖典も閉じられたままになったのです。

– ダニエルは大予言者、つまり霊覚者であったと言われますが、当時は霊的能力は珍しくなかったのでしょうか。

ダニエルは格段に優れた霊的能力を具えておりました。霊的時代の幕が閉じられるころは、霊的能力も滅多に見られなくなっていきました。が、今の時代に比べれば霊力の開発に熱心でした。霊力と霊的教訓を大切にし、よく理解しておりました。

– となると、旧約聖書に見られる類の霊言や霊視の記録が相当失われているに相違ありません。

まさしくその通りです。記録する必要もなかったのです。記録されていたものでも、そなたたちのバイブルから除外されたものもまた多くあります。

[それから2、3日後の11月16日に、かねてより約束の、神の概念についての通信を要求したところ – ]

神の概念の発達

聖書に見られる神の概念については、これまでにも折にふれて述べてまいりました。このたびは次の諸点、すなわち神の概念が徐々に進歩してきていること、ゆえにアブラハムの神はヨブの神に劣ること、われわれが常に指摘している基本的真理 – 神の啓示は人間の霊的発達と相関関係にあり、人間の能力に応じて神が顕現されるものであることは、バイブルの至るところに見られることなどを、さらに明確に致したく思います。

その基本的概念を念頭に置いた上で、アブラハム、ヤコブ、モーセ、ヨシュア、ダビデ、エゼキエル、ダニエルの各書を読めば、われわれの指摘する通りであることが一目瞭然となるでしょう。

初期の族長時代においては、絶対的最高神は数々の人間的概念のもとに崇敬されていました。アブラハム、イサク、ヤコブの親子3代にわたる神は、それを神として信じた当人にとっては優れた神であったかも知れませんが、近隣の族長の神よりも優れていたというにすぎません。

アブラハムの父は、そなたも知るとおり、変った神々を信じていた。息子の神とは別の複数の神を信じていました。いや、実は当時はそれが当たり前のことだったのです。各家族がそれぞれの代表としての神をもち、崇め、誓いを立てていたのです。そのことは最高神のことをエホバ・エロヒムと呼んだことからも窺えるでしょう。(17)

さらに、思い出すがよい、ヤコブの義父ラバンはヤコブが自分の神々を盗んだと言って追求し脅迫までしている。そのラバンはある時、家族の神々の像を全部まとめてカシの木の根もとに埋めて隠したりしている。こうした事実を見ても、エホバと呼ばれている神はアブラハムとイサクとヤコブの神なのです。つまり唯一絶対の神ではなく、一家族の神にすぎなかったのです。

そうした家族神がモーセとその後継者ヨシュアの時代にイスラエルの国家神へと広がっていったのは、イスラエルの民が一国家へと成長した段階になってからのことでした。モーセでさえ、その絶対神の概念においてまだ、“他の神より優れた神”といった観念から完全に抜け切っていたとは言えません。

そのことは、神々の中でエホバ神に匹敵するものはいないという言い方をしていることからも窺えよう。その類の言説が記録の中に数多く見られます。

かの「十戒」の中においてさえ、それを絶対神の言葉そのものであると言いつつ、イスラエルの民はその絶対神以外の神を優先させてはならぬと述べたりしています。ヨシュアの死の床での言葉を読むがよい。そこにも、“他の神よりも優れた神”の観念を見ることができるでしょう。

真の意味での絶対神に近い観念が一般的になってきたのは、そうした人間神の観念に反発を覚えるまでに成長してからのことでした。“預言書”ならびに“詩篇”を見れば、神の観念がそれ以前の書にくらべてはるかに崇高さを増していることに気づくはずです。

この事実に疑問の余地はありません。神はバイブルの中においてさまざまな形で啓示されています。崇高にして高邁(まい)なものもあります。“ヨブ記”と“ダニエルの書”がそれです。

一方、卑俗にして下品なものもあります。歴史書と呼ばれているものがそれです。が、全体としてみた時、そこに神が人間の理解力にふさわしい形で啓示されてきていることを窺うことができるでしょう。

また、それは必ずしも直線的に進歩の道をたどって来たともかぎりません。傑出した人物が輩出した時は、神の概念も洗練され品格あるものとなりました。必ずそうなっております。ことにイエスが絶対神を説いた時がきわだってそうでした。

今なお優れた霊が霊覚者を通じて、その崇高なる神の観念を伝え、より明るい真理の光を地上にもたらしつつあります。そなたが生きてきた全世代を通してその働きは続いており、かつてよりはるかに明るい神の観念が啓示されつつあります。

備えのない者は見慣れない眩(まぶ)しさに目をしばたかせ、目を被い、暗闇へと逃げ込みます。神の真理を正視しうるまでに魂の準備ができていなかったからにほかなりません。

– 聖火の伝達者ということになると思います。確かに歴史を見れば時代より1歩先んじた人物がいたことは容易に知ることができます。思うに、人類の歴史は発展の歴史以外の何ものでもなく、同じ真理でも、その時点での能力以上のものは理解できないことがわかります。

そうでなければ、永遠の成長ということが言えなくなるわけですから…。いずれにせよ、まだまだ私は知らないことばかりです。

自分の無知に気づかれたことは結構なことです。それが向上の第1歩なのです。そなたは今やっと真理の神殿のいちばん外側の境内に立ったようなものであり、奥の院にはほど遠い距離にあります。

まず外庭を幾度も回って知り尽くしたのちに初めて中庭に入ることを許されるのです。まして奥の院を拝するにふさわしい時が到来するまでには、永く苦しい努力を積まねばなりません。

が、それでよいのです。焦らぬことです。祈ることです。静かに、忍耐づよく待つことです。

†インペレーター

[注釈]

(1)Elohist 旧約聖書の最初の6書の中で神のことを Elohim と呼んでいる部分の編者のこと。注(17)も参照。

(2)Yahwist 旧約聖書の最初の六書の中で神のことをYahwehと呼んでいる部分の編者のこと。

(3)Elnathan

(4)Joiarib

(5)Saul イスラエル第1代の王。

(6)Judges of Israel 裁き人、執権者。

(7)Solomon 紀元前10世紀のイスラエルの王で、ダビデの子。

(8)Hezekiah 紀元前8~7世紀のユダ王国の王。

(9)Joshia 紀元前7世紀のユダ王国の王。

(10)Haggai 紀元前5世紀のヘブライの予言者。

(11)Zechariah 紀元前6世紀ごろのヘブライの予言者。

(12)Malachi 紀元前5世紀のユダヤの予言者で、これは本書でインペレーターと名のっている霊であるという。

(13)Gabriel バイブルにいう7大天使のひとりで、宇宙経綸をあずかる神庁の最高位の霊であるとされている。

(14)Michael バイブルにいう4大天使のひとりで、悪の勢力との対抗をあずかる霊団の最高位の霊であるとされている。

(15)Daniel 紀元前6世紀のヘブライの予言者。

(16)Hiddekel チグリス川のこと。トルコ、イラクを通り、ユーフラテス川と合流してペルシャ湾に注ぐ。

(17)エロヒムというのはイスラエル民族の神の呼称で、それもモーセ以降に生まれた概念であるから、エホバ・エロヒムといえば限られた特殊な神ということになり、絶対神ではないことになる。

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第26節 新局面の展開

[1874年1月16日。この日までの相当期間ずっと通信が途絶え、新しい局面に入りつつあるようでもあり、また、私が例の身元確認の問題について猜疑心を棄て切れずにいるために、霊団側がいっさい手を引いたようにも思えた。この猜疑心が何かにつけて障害となり、この自動書記通信だけでなく、サークルによる交霊会にも支障を来していた。

それが突如、この日になって様子が一変して、新たな指示とともに、一種の回顧のようなものが綴られた。その中から、私的な問題に関わらない部分を紹介する。]

これまでの回顧

ここで、これまでわれわれがそなたを正しい方向へ導こうとして努力してきた跡を振り返ってみるのも無駄ではないでしょう。少なくともわれわれが述べてきたことを詳細に検討し直し、われわれがそなたのために計画している広大な真理の視界を見渡してみるよう勧めるのは許されるでしょう。

それによって、そなたがこれまで抱き続けてきたものよりはるかに崇高な神の概念が説かれていることを知ってもらえるでしょう。

そなたが重ねて証拠や実験を求めてきた反論に対しても、われわれは無益と思いつつもひとつひとつ応対してきた。それでもなおかつ、そなたの心に巣くう猜疑心を拭(ぬぐ)い去ることができなかったのは、そなたの猜疑的な姿勢がもはやひとつの習性となり、その猜疑心の靄(もや)を突き抜ける機会を滅多に見出しえなかったからにほかなりません。

そなたは、突き抜けることのできない帷(とばり)でみずからを包み込んでいます。その帷が上がるのは時たまでしかありません。

われわれはむしろ、そうしたそなたとわれわれとの関わり合いをつぶさに見てきたサークルの同志の扱いにおいては、成功したと言えます。それを究極における成功を暗示する証と見なし、感謝しているところです。

つまり、そなたのその、他を寄せつけない猜疑に満ちた精神状態をも、最後に解きほぐすことができるということです。いくら真剣な気持からとはいえ、われわれが大義名分としているものを受けつけようとしないそなたの心を得心させる証拠は、われわれは持ち合わせません。

そのことが、われわれの仕事の最大の障害となっています。ことに、そなたがわれわれの障害となる条件を頭から無視して執拗に要求する特別の実験は、応じようにもまずもって応じられないだけに、なおさら大きな障害となっています。

これはぜひともよく理解し、心しておいてほしいことです。猜疑心から実験を計画し、われわれを罠にはめんとするような魂胆は、その計画自体を破壊してしまいます。もしもわれわれがそなたが怪しむようないかがわしい存在であるならば、そのような悪魔の使者とはこれ以上関わり合わぬがよろしい。

が、もしもそういうつもりはないと言うのであれば、いさぎよくその不信の念を棄て去り、率直さと受容性に満ちた雰囲気を出してほしく思う。たとえわずかの間であっても素直な心で交わるほうが、今のそなたの頑固な猜疑に満ちた心で何年もの長きにわたって交わるよりは、はるかに有益な成果を生み出すことでしょう。

われわれはそなたの要求に“応じたくない”のではない、“応じられない”のです。サークルの同志からの筋の通った要求は大事に取ってある。かりに要求どおりの対応ができなくても、又の機会に何とか致しましょう。これまでのそなたとの関わり合いを振り返れば、われわれが常にそうしてきていることがわかるであろう。それが交霊の一般的原理のひとつなのです。

身元の証拠の段階性

さらに、そなたがしつこくこだわっているところの、そなたの指図にもとづく実験を、かりに特別な証拠的情報を提供するという形で催した場合、たとえそなたの思惑どおりに運んだとしても、その情報は十中八九、そなたの意志とサークルの意志との混同によって、不完全で信頼のおけないものとなるでしょう。

そして結局は、そなたの目的は挫折することになるでしょう。が、証拠ならば、すでにわれわれに可能なかぎりのものを提供してあります。そなたのこだわっている問題、すなわち霊の身元確認の問題も、最近1度ならずその証拠となるものを提供しており、そなたもその価値をしぶしぶながらも認めております。

このところわれわれは、これまで以上の働きかけは手控えています。が、これまでに行なってきたところを振り返ってみられれば、同志とのサークル活動においても、こうしたそなただけとの交霊においても、あくまでも完全な受容的態度を維持するよう努め、理性的判断に基づいて受け入れるべきは受け入れ、拒否すべきは拒否し、最終的判断は又の機会までお預けにするようにとのわれわれの助言が、当を得ていたことが納得してもらえるものと信じます。

証拠にも段階があることを忘れてはなりません。そして、それ自体は無意味と思われるものでも、それ以前の、あるいはそれ以後の事実または言説によって大幅にその価値を増すことも有り得ることを心してほしい。

今のそなたにはいかに曖昧に思えることも、これよりずっと後になって明確になることも有り得ます。そして、長期間にわたって積み重ねられた数々の証拠が日を追ってその価値を増すことにもなります。

平凡な成果にせよ特殊な成果にせよ、こうしてそなたに語りかけるわれわ
れの誠意が一定不変であることが、何よりも雄弁にその事実を物語っていよう。少なくともそなたは、われわれがそなたを誑(たぶら)かしているとは言い得ないであろう。

われわれは断じて邪悪な影響を及ぼしてはいません。われわれの言葉には真実味と厳粛さとが籠っています。われわれこそ神の福音を説く者であり、そなたの必要性に合わせて、そなたの啓発を意図しつつ説いているのです。

それゆえ、そのわれわれが、果たして致命的かつ永遠の重要性をもつ問題について、そなたを誑かさんとする者であるか否かは、そなたみずからが責任をもって判断をすべきことであり、われわれの関与し得るところではありません。

これほどの証拠と論理的帰結を前にしながら、あえてを邪霊の類と断ずる者は、よほど精神の倒錯した理性に欠ける人間であり、およそ、そなたのようにわれわれを知り尽くした人間のすることではありません。われわれの言葉を、とくと吟味することです。

全能なる神の導きのあらんことを。

†インペレーター

霊視能力の発現と幽体離脱の体験

[この頃を境に、死後の存続を納得させる証拠が次々と届けられた。それについては、細かく述べていると霊訓の流れが逸(そ)れる恐れがあるので、控える。あるものは筆記の形できた。

筆跡、綴り方、用語などが生前そのままに再現されていった。私の指導霊によって口頭で伝えられたものもある。ラップで送られてきたものもある。また私の霊視で確認したものもある。

このように手段はさまざまであったが、ひとつだけ一致する特徴があった。述べられた事実が正確そのもので、間違いが何ひとつ見出せなかったことである。その大部分はわれわれサークルのメンバーには名前しか知られていない人物、時には名前すら知られていない人物であった。

友人や知人の場合もあった。かなりの長期間にわたって続けられたが、それと並行して、私の霊視能力が急速に発達しはじめ、他界した友人と以心伝心で長々と話を交わすことができるようになった。

私の潜在能力が開発されたらしく、情報が与えられたあと、それを霊視によって確認させてくれたりした。その霊視力はますます威力を増していき、ついには霊的身体が肉体から離脱して行動しながら、実に鮮明な映像を見るようになった。

その中には地上の出来事でないシーンの中で意識的に生活し行動する場面もあり、またドラマチックな劇画のようなものが私の目の前で展開することもあった。

その内容は明らかに何らかの霊的真理ないしは教訓を伝えようとするものだったが、そうした映像と関連した証拠によってその真実性を得心することができたのは、わずかにふたつだけだった。

というのも、映像を見る時の私は必ず入神しており、自分が目撃しているものが果たして実際にそこに存在しているのか、それとも私の主観にすぎないのかの判断ができなかったからで、そのふたつだけは後で具体的証拠によって実在を確認することができたということである。そのふたつの場合の光景は本物だったわけであるが、他のすべての映像も本物であったと信じている。

が、ここではそうした問題を検索すべきではない。思うにそうした映像は、私の霊的教育の一環だったと認めざるを得ない。霊側は私の霊視したものが実在であることを示そうとしたのであり、潜在的能力が開発されたのは、肉眼で見えないものの存在を教え確信させようとする意図があったということである。

この1月(1874年)にはスピーア博士のご子息のまわりに発生していた霊現象に関連した通信の幾つかが活字となって発表された。ご子息の音楽的才能を発達させるためであることは知らされていた。

通信は前年の4月14日と9月12日に書かれたものだった。そして2月1日に、私から出した質問がきっかけとなって、さらに情報が届けられられた。プライベートな事柄を述べたあと次のように綴られた – ]

音楽と霊性

昨夜の雰囲気は音楽には良くありませんでした。貴殿はまだ、良い音楽の出る条件をご存知ないようです。霊界の音楽を聞くまでは、音のもつ本当の美しさはわからないでしょう。

音楽も、地上の賢人が考えるよりはるかに、われわれがよく口にする霊的条件の影響を受けているものです。地上なりの最高の音楽を生み出すためにも、霊的要素がうまく調和しないといけません。調和した時にはじめてインスピレーションが閃きます。

スピーア少年が師匠の指導を受けていた部屋は雰囲気が乱れておりました。それで、成果は良くなかったと言ったのです。音楽家も演説家と同じです。演説家の口から言葉が出るに先だって、聴衆との霊的調和ができていないといけません。

それを演説家は直感的に感じ取るのですが、往々にしてそのつながりが出来ていなくて、インスピレーションが演説家と聴衆との間の磁気的連絡網を伝わらないために音楽が死んでしまい、まるで訴える力をもっていないことに気づいていません。

最高の成果が得られるのは、音楽家なり演説家なりが背後霊団に囲まれて、本人の思念または本人に送られてくる思念がその影響で純化され、調和し、霊性を賦与された時です。

言葉でも、冷たくぞんざいに発せられたものと、心を込めて発せられたものとでは大いに違うように、音楽もまったく同じことが言えます。音はあっても魂がこもっていない。

聞いていると、わけはわからないが、何となく心に訴えるものがないことに気づきます。冷ややかで、平凡で、薄っぺらで、ただの音でしかない。物足らなさを感じさせます。

一方、魂のこもったメロディーは、地上よりはるかに美しい純粋な霊界の思念を物語っていて、豊かな充実感を覚えさせる。霊の叫びが直接、霊へと響くのです。魂がみなぎり、いかに反応の鈍い人間にも訴える無形の言葉を有しています。

その言葉が魂に伝わり、魂はそれによって身体的感覚を鎮められ、乱れた心に調和をもたらします。生命のない音が音楽の魂を吹き込まれて鼓動を始める。聞く者は心の充実を覚える。それはまさに地上の肉体と天国へ舞い上がる霊との差です。

物質的・地上的なものと、天上的・霊的なものとの差です。大聴衆を前にした音楽会において、真の音楽の聞かれる条件が滅多に整わないのは、そのためです。聞き取りにくい霊の声を明確に述べさせたいのであれば、もっと調和のある雰囲気を作り出すことです。

[この通信にはふたりの世界的作曲家(1)と、他に数名の私の知人の署名が(生前そのままに)記してあった。]

[注釈]

(1)Mary Evans Picture Library に依頼して写真撮影してもらったモーゼスの自動書記ノート数ページの中に、たまたまこの2月1日の問答の部分が入っていたので、訳文を添えて紹介しておく。

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≪訳文≫
「昨夜チャーリーに付き添っていたのはどなたですか」
指導霊です。が、霊的にいちばん強く働きかけたのはベンジャミン・クックです。チャーリーに格別の関心をもっているのです。そのほかにもいました。
「誰ですか」
ご披露しましょう。
(フェリックス)
「どなたですか。フェリックスという名は初めてですが。」(メンデルスゾーン)

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<訳文>
「えっ!これはその方の自筆ですか」
いかにも – われわれが手を貸しましたが。今もここに来ております。それに、もうひとり –
(ベートーベン)
「ベートーベン!昨夜もいらしたのですか」
いました。そろって出席しておりました。そして今もここに来ております。スピーア少年の音楽教育を手伝い、愉しみと喜びを感じておられます。

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≪訳文≫
「うれしいですね。メンデルスゾーンはご自分の曲をお聞きになったわけですね」
そういうことです。自分でも気に入っている曲が大勢の人の前で演奏される場に立ち合ったわけです。ですが、良い演奏にとっては状態が思わしくありませんでした。本当の音楽を鑑賞するための条件について、貴殿はまだまだ勉強が必要です。霊界の音楽を聞くまでは、響きというものの真髄はわかりません。

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第27節 古代インドの霊的思想

[ある書物でインドが人種と宗教の揺籃の地であるとの説を読んだことがあり、われわれの交霊会でも、その問題に触れた霊言を聞いたことがあった。その点を質すと、プルーデンスがこう綴った – ]

救世主信仰は太古からある

その通りです。今の貴殿の信仰の底流となっている宗教的概念の多くは、インドにその源流を発しています。インドに発し、太古の多くの民族によって受け継がれてきています。その原初において各民族が受けた啓示は単純素朴なものでしたが、それにインドに由来する神話が付加されていったのです。

たとえば救世主出現の伝説は太古からあります。いずれの民族も自分たちだけの救世主を想像しました。キリスト教の救世主信仰も、もとをたどればインドの初期の宗教の歴史の中にその原型を見出すことができます。

インドの伝承文学の研究がこれまで貴殿が勉強してきた言語的側面と大いに関わりがあるように、その遠く幽(かす)かな過去のインドの歴史の宗教的側面の研究は、今の貴殿にとって必要欠くべからざるものです。関心を向けていた
だきたい。援助する霊を幾人か用意してあります。

インド、ペルシャ、エジプト、ギリシャ、ローマ、ユダヤ – これらの民族とその知的発達に応じた神の概念の啓示の流れについて、今こそ学ぶべきです。ジャイミニー Djeminy(1)とヴェーダ・ヴァーサ Veda Vyasa(2)がソクラテスとプラトンの先輩であったことを知らねばなりません。

そのことに関しては、その時代に地上生活を送りその事実に詳しい者が、いずれ教えることになるでしょう。が、その前に、地上に残る資料をみずからの手で蒐集する努力を積まねばなりません。指導はそれが終了したのちのことになります。

さらに、その資料の中に人間がいつの時代にも自分たちを救ってくれる者の存在の必要性を痛感してきたこと、そして又、そうした救世主にまつわる伝説が太古から繰り返されてきている事実を見出さねばなりません。

数多くの伝説を生んだ神話のひとつが、純潔の処女デーヴァキ- Devaki の奇跡の子クリシュナ Chrishna(3)の物語であることもわかるであろうし、そうした事実が、これまでキリスト教の中で闇に包まれていた部分に光を当てることにもなるでしょう。

もっとも、われわれはこの事実を重大なものとして、早くから指摘しております。貴殿の異常な精神状態がその分野に関する無知と相まって、われわれに手控えざるを得なくさせてきたのです。

このほかにも、まだまだ取り除かねばならない夾雑物があります。これを取り除かないかぎり、正しい思想体系の構築は望めません。大まかな荒筋においてさえ、貴殿にはまだ奇異に思えるものが多い。まずそれに馴染んだ後でなければ、細部へ入ることはできません。

たとえば、古代の4大王国、すなわちエジプト、ペルシャ、ギリシャ、ローマの哲学と宗教は、その大半がインドから摂り入れたものです。インドの大革命家であり説教者であったマヌ Manou(4)がエジプトではマーニー Manes となり、ギリシャではミノス Minos となり、ヘブライ伝説ではモーセ Moses となった。

いずれも固有名詞ではなく“人間”Man を意味する普通名詞でした。偉大な真理の開拓者は、その顕著な徳ゆえに民衆から The Man と呼ばれたのです。(5)民衆にとっては人間的威力と威厳と知識の最高の具現者だったわけです。

大思想家マヌ

インドのマヌはイエスより3000年も前の博学な学識者であり、卓越した哲学者でした。いや実は、そのマヌでさえ、それよりさらに何千年も前の、神と創造と人間の運命について説かれたバラモンの教説の改革者にすぎません。

ペルシャのゾロアスター(6)が説いた真理も、すべてマヌから学んだものでした。神に関する崇高な概念は、元をたどればマヌに帰します。法律、神学、哲学、科学等の分野において古代民族が受けたインドの影響は、貴殿らが使用する用語がすべてマヌ自身が使用した用語と語源が同じであることが事実であるのと同様に、間違いない事実であるとの得心がいくでしょう。

近代に至ってからの混ぜものがその本来の姿を歪めてしまったために、貴殿は類似点を見出し得ないかも知れませんが、博学な言語学者ならば、その同一性を認めることでしょう。

一見したところ世界の宗教はバラモンの伝承的学識の中に類似性を見出せないように思えますが、実はマヌが体系づけ、マーニーがエジプトに摂り入れ、モーセがヘブライの民に説いた原初的教説から頻繁に摂取してきたのです。哲学および神学のあらゆる体系にヒンズー(インド)的思想が行きわたっています。

たとえば古代インドの寺院において、絶対神への彼らなりの純粋な崇拝に生涯を捧げたデーヴァダーシー Devadassi と呼ばれる処女たちの観念は、古代エジプトではオシリス Osiris の神殿に捧げられる処女の形をとり、古代ギリシャではデルポイ Delphi の神殿における巫女(みこ)となり、古代ローマではケレース神 Ceres の女司祭となり、のちに、かの女神ウェスタ Vesta に身を捧げた処女となって引き継がれていったのです。

こうしたことは、われわれが教えたいことの一例にすぎません。ともかく貴殿の注意をその方向へ向けてもらいたい。われわれはきわめて大まかな概略を述べたにすぎません。細かい点は、これから後に埋め合わせることにしましょう。貴殿はまだ概略以上のことは無理です。

– 確かに私は知らないことばかりです。それにしても、あなたは人間がまるで霊の道具にすぎないような言い方をされます。できのいい道具、お粗末な道具、物わかりのいい道具、悪い道具…。

これまでもしばしば述べてきたとおり、知識はすべて霊界からもたらされます。実質はわれわれの側にあり、人間はその影にすぎません。地上世界でも、教えやすい者ほど多くを学ぶことになるのと同じく、われわれとの交わりにおいても、素直な者ほど多くを学ぶことになります。貴殿に学ぶ心さえあれば、いくらでも教える用意があります。

真理は常に相対的

– 人間には大して取り柄はないということですか?

従順さと謙虚さの取り柄があります。従順にして謙虚な者ほど進歩します。

– 万一霊側が間違ったことを教えた場合はどうなります?

すべての真理には大なり小なりの誤りは免れません。が、その滓(かす)はいずれ取り除かれます。

– 霊によって言うことがことごとく違う場合があります。どれが正しいのでしょう?真実とはいったい何なのでしょう?

言うことが違っているわけではありません。各霊が自分なりの説き方をしているまでです。ゆえに細部においては異なるところはあっても、全体としては同じことです。そのうち貴殿も、“悪”と呼んでいるものが実は“善”の裏側にすぎないことがわかるようになるでしょう。

地上では混じり気のない善というものは絶対に有り得ません。それは空しい夢想というものです。人間にとって真理はあくまでも相対的なものであり、死後も長期間にわたって相対的であることは免れません。

歩めるようになるまではハイハイで我慢しなければなりません。走れるようになるまでは歩くだけで我慢しなければなりません。高く舞い上がれるまでは走るだけで我慢しなければなりません。

プルーデンス

事故死者の霊がモーゼスに憑依

[私が『霊の身元』と題する記事で紹介した、例の他界したばかりの霊による不気味な影響力を受けたのはこの頃だった。ある人がベーカー通りに近い通路の舗装工事中にローラー車の下敷きとなって悲惨な死を遂げ、私がたまたまその日に現場を通りかかったのである。

そのとき私はその事故のことは知らなかった。そしてその夜、グレゴリー夫人宅でデュポテ男爵による交霊会に出席したところ、その霊が出現した。2月23日(1874年)にその件について尋ねると、その霊の述べた通りであることがインペレーターからの通信で確認された。]

その霊がそなたに取り憑くことができたこと自体が驚きである。そなたがその男の死の現場の近くを通りかかったからです。そのことはあまり気にせぬ方がよい。心を乱される恐れがあります。

– (最近他界した)私の友人がまだ眠りから覚めないでいるのに、なぜその男はすぐに目を覚ましたのでしょう?

非業の死を遂げたあとの休眠を取っていないまでのことです。本当は休眠した方がよいのです。休眠しないと、そのままいつまでも地縛の霊となります。そうした霊にとっては休息することが進歩への第一歩となります。未熟な霊はなるべく休眠を取り、地上生活を送った汚れた場所をうろつかないことが望ましいのです。

– あのような、想像するだけでぞっとするような死に方をして、霊は傷つかないのでしょうか。

肉体がひどい傷を受けても、霊まで傷つくことはありません。ただし、激しいショックは受けます。それがために休息できず、うろつきまわることになるのです。

– あの霊は死の現場をうろつきまわっていた?それがどんな具合でこの私に取り憑いたのでしょうか。

あのような死に方をした霊は、よく現場をいつまでもうろつきまわるものです。そこをそなたが通りかかった。そなたは極度に過敏な状態にあるから、磁石が鉄を引きつけるように、霊的影響を何でも引き寄せてしまうのです。

この種の霊的引力は、そなたにはまだ理解できないであろう。が、それではいけない。地上では低い次元での霊的引力の作用が現実にあるのです。日々の交わりの中で引力と斥力とが強力に作用しています。

大半の人間は気づいていませんが、すべての人間、とくに霊感の鋭い者は、その作用を受けております。肉体が無くなれば、いっそうその作用は強烈となります。五感を通して伝達されていたものが、親和力と、それと相関関係にある排斥力の直覚的作用に代るのです。

が、この件に関してはあまり気にせぬがよい。あまり気にしていると、ふたたび親和力の法則が働いて、未発達霊の害毒を引き寄せることになります。彼には特別の思いがあってのことではありません。そのことは、あの気の毒な霊も、そなたに取り憑いたことで何の益にもならなかったことで知れます。

†インペレーター

[注釈]

(1)インド哲学のご専門の方の助言によれば、Jaimini が正式の綴りであるという。モーゼスの記憶の層にある英語の知識が外来語の綴りの邪魔をしたのかも知れない。

(2)ジャイミニーの師

(3)Krishna と綴られることもある。

(4)原文の綴りのままであるが、同じインド哲学のご専門の方の助言によれば、Manu が正しく Manou という綴りは有り得ないという。訳者の推測では、英語の母音は長音化する傾向があるので、マヌがマヌーとなり、しかも語尾がuで終ってウーと発音する単語は純粋の英語には存在しないので、モーゼスの英語感覚の影響を受けてouとなったのであろう。

ouをウーと発音するものならsoup(スープ),group(グループ),route(ルート)など、いくらでもある。

(5)現在でも、その年で最も活躍の目覚ましかった人を The Man of the Year などと呼ぶ。

(6)Zoroaster 紀元前600年頃の宗教家。ゾロアスター教の開祖。Zarathustra とも。

(7)Spirit Identity 心霊誌 Light に連載されたもので、その後1冊にまとめられて1878年に出版されている。

それによると、実は“事故死”ではなく“自殺”である。また、デュポテ霊媒による交霊会となっているが、初めから交霊会を催す予定だったのではなく、会食のために集まった時の出来事である。

食事が終った直後にモーゼスが自動書記の衝動にかられ、あわてて紙とエンピツが用意された。すると“自殺した – 今日自殺した – ベーカー通り – 霊媒が通りかかった”と綴られた。

そのあとは乱れて読めなくなった。というのはモーゼスの興奮の度がひどくなり、やがて入神状態となって立ち上がり、こんどは霊言現象となって「そうだ!そうだ!自殺したんだ – 血だ、血だ、血の海だ!」

と叫んだ。憑依現象はそれだけで終ったのであるが、モーゼスはそれから数時間にわたってひどい不快感に悩まされ、完全に抜け切るまでに数日かかったという。

この事実で興味ぶかいのは、会食に集まった者の誰ひとりとしてその事故のニュースを知らなかったことである。みんな翌日の新聞でそれが事実であることを知ったのだった。

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第28節 古代エジプト人の宗教的生活

[1874年2月26日。この頃に催した交霊会で、わけのわからない直接書記の現象が出た。奇妙な象形文字で書かれていた。それについて尋ねると – ]

古代エジプトからの通信

そなたには解読できないであろうが、あの文章は大変な高級霊によるものです。その霊は、当時としては最も霊的に発達していた偉大なる国家エジプトに生をうけました。当時のエジプト人は霊の存在とその働きかけについて、今のそなたよりはるかに現実味のある信仰を抱いておりました。

死後の存続と霊性の永遠不滅性について、そなたたちが賢人と仰いでいる人たちよりはるかに堅固な信仰をもっていました。彼らの文明の大きさについてはそなたもよく知っていよう。その学識はいわば当時の知識の貯蔵庫のようなものでした。

まさしくそうでした。彼らには唯物主義の時代が見失っている知識がありました。ピタゴラス(1)やプラトン(2)の魂を啓発した知識、そしてその教えを通してそなたたちの時代へと受け継がれてきた知識がありました。

古代エジプト人は実に聡明にして博学であり、われわれの霊団のひとりがいずれ、そなたが知らずにいる多くのことを教えることになろう。地上にあってすでに神と死後について悟りを得ていた偉大なる霊が、三千有余年もの歳月を隔てて今、その地上時代の信仰の不変の本質の証人として参るのです。

その霊が霊界にて生活したその三千有余年、それはそなたの偏狭な視野をもってすれば大いなる時間の経過と思えるであろうが、その時代の流れが新たな真理の視野を開かせ、古い誤謬を取り除かせ、古い思索に新たな光を当てさせ、同時に、神と、人間の生命の永遠性についての信念をいっそう深めさせることになりました。

[私は、それにしても、いったい何のためにわれわれに読めない文字で書いてよこしたのかが理解できないと述べ、その霊の地上での名前を尋ねた。]

いずれ教える時も来よう。が、地上での身元を証明するものは早くから失われています。直接書記から何の手掛かりも得られないのと同じで、彼の名を知る手掛かりはありません。

その霊は地上時代からすでに、物的生活が永遠の生命のささやかな第1歩にすぎないことを悟っていました。そして死後、彼自身の信ずるところによれば、地上で信じていた太陽神ラー Ra のもとまでたどり着いたのです。

[彼も、ある一定期間の進歩の後に絶対神の中に入滅してしまうと信じているのかどうかを尋ねた。]

日常生活即宗教

古代エジプト人の信仰に幾分そうした要素がありました。思想家たちは、段階的進化の後に人間臭がすっかり洗い清められ、ついには完全無垢の霊になると信じました。その宗教は死後においては向上進化、現世では有徳の生活でした。

他人と自己に対する義務を忘れず、いわば日常生活が即宗教でした。この点に関しては、そなたの知識の進歩をみて改めて説くことになろう。差し当たり古代エジプト神学の最大の特質 – 肉体の尊厳 – 肉体の尊厳には、正しい面と間違った面とがあることを知れば十分です。

エジプト人にとっては、生きとし生けるものひとつひとつが神であり、したがって人間の肉体もまた神聖なものであり、死体も可能なかぎり長期間、自然の腐敗を防ごうとしました。その技術の証拠(ミイラ)が今なお残っております。

肉体の健康管理も度がすぎると感心しませんが、適切な管理は正しくもあり、賢明でもあった。彼らはすべての物に神が宿ると考えた。その信仰自体は結構でした。が、それが、神も人間的形体をそなえたものと信じさせるに至った時、死体の処理を誤らせることになったのです。

無限の時間をかけ、無数の再生を繰り返すという輪廻転生の教義は、永遠の向上進化を象徴するために作り出された誤りのひとつでした。こうした誤りがあらゆる動物的生命を創造主の象徴と見なし、数かぎりない転生の中において人間もそれに生まれ変るものとする信仰を生んだのですが、この信仰は死後の向上進化の過程の中で改めていかねばなりません。

が、その中には、神を宇宙の大創造力と見なし、その象徴であるところのすべての生命が永遠に向上進化する、という大真理がこめられていることは事実です。

象徴と霊的核心

動物の生命を崇拝するということが、そなたには愚かしく浅はかに思えるとしたら – そう思うのも無理からぬことですが – 信仰というものは外面的な象徴的現象を通して、それが象徴するところの霊的本質へと向けられるものであること、そして真理を内蔵した誤謬はいわば外殻であり、それは、やがて時とともに消え失せ、あとに核心を残していくための保護嚢(のう)である場合もあることを忘れてはなりません。

中核の概念、つまり真理の芽は決して死滅しません。その概念が媒体によって歪められ、本来の姿とは異なる形をとることはあります。が、いったんその媒体を取り除けば、本来の姿を取り戻します。

さきに話題に上(のぼ)せたエジプトの霊も、またその時代の仲間たちも、今では地上世界の自然をすべて絶対神の一時的現象と見なし、したがって、いかなる形にせよ地上的生命を崇拝の対象とすることは感心しないが、そうした自然崇拝を通して神を求め模索する霊を、不当な批判の目をもって迎えるべきではないことを今では悟っています。その辺のところが、そなたには理解できるであろうか。

– ある程度できます。すべてが神を理解する上で存在価値を有していることは理解できますですが私は、エジプトの神学はインドの神学に比べて唯物的で土臭いところがあると思っていました。世界の宗教に関するあなたの通信を読むと、エジプトはインドから刺激を受けているような印象を受けます。思うに、すべての真理に誤りが混入しているように、どの誤りにもある程度の真理が含まれており、真理といい誤謬といい、両者は相対的なものであり絶対的ではないようです。

今ここでインドの神学の特質について詳しく述べるつもりはないが、そなたの述べるところは真実です。われわれとしては、ただ、真理というものが今の時点でのそなたには不快に思えるような形で存在していたこと、そして古代人には理解されていたそれらの真理も、近代に至ってその多くが完全に消滅してしまっていることを知ってもらおうとしているまでです。そなた自身の知識と古代人の知識とを評価するに当たっては、謙虚であることが大切です。

– わかります。そうした問題について近代人がこうまで無知であるとは知りませんでした。私自身も具体的には何も知りませんし、いかなる形にせよ、古代の宗教を軽蔑することこそ愚かであることがわかります。例の古代霊はそうした時代に生活したわけですが、彼はエジプトの司祭だったのでしょうか?

彼はオシリス Osiris に司える予言者のひとりであり、深遠にして一般庶民には説き聞かせられない神秘に通暁しています。オシリスとイシス Isis とホルス Horus – これが彼の崇拝した三一神(3)でした。

オシリスが最高神、イシスが母なる神、そしてホルスが人間の罪の犠牲者としての、子なる神でした。彼はその最高神を、そなたたちの歴史家がエジプトから借用した用語でいみじくも表現した I am the I Am、(4)すなわち宇宙の実在そのものであることを理解していた。生命と光の大根源です。それを意味するエホバ Jehovah という用語を、モーセがテーベ(5)の司祭たちから借用したのです。

– 原語ではどう表現されていたのでしょう?

NuK – PU – NUK. I AM THE I AM.

この通信を送ってきたのは例のラーの予言者です。“光の都”オン On 、ギリシャ人が“太陽の都”と呼ぶ都市ヘリオポリス Heliopolis の予言者で、そなたたちのいうキリスト教時代より1630年も前に生活しています。その名をチョム Chom といった。彼は遠い太古の時代からの霊魂不滅の生き証人です。このわたしがその真実性を保証します。

†インペレーター

– エジプト神学を勉強するよい記録は入手できないものかと尋ねるとプルーデンスが –

その必要はないでしょう。当時の記録もほとんど残っていません。ミイラの棺の中に納められた埋葬の儀式に関する書きものは、すべてその古記録からの抜粋です。前にも述べたように、死体の管理がエジプトの宗教の特徴でした。葬儀は長くかつ精細をきわめ、墓石ならびに死体を納めた棺に見られる書きものは、エジプト信仰の初期の記録から取ったものです。

こうしたことに深入りする必要はないでしょう。今の貴殿に必要なのは、貴殿が軽蔑する古代の知識にも真理の芽が包蔵されていたという、厳粛な事実を直視しそして理解することです。それだけではありません。エジプト人にとって宗教は日常生活の大根幹であり、すべてがそれに従属していたのです。

芸術も文学も科学も、いわば宗教の補助的役割をもつものであり、日常生活そのものが精細をきわめた儀式となっていました。信仰がすべての行為に体現されていました。昇っては沈む神なる太陽が、生命そのものを象徴していました。

人間はふたつのソティス周期、(6)つまりおよそ3000年におよぶ向上の旅ののちに再び地球に戻ることを繰り返し、最後には生命の光の源泉たる神・ラーの純白の光の中に吸収されつくすと信じました。

純潔と質素と霊夜の生活

斎戒の儀式が日常生活に浸透し、家業にも霊的雰囲気が漂っていました。為すことすべてが死後の生活に関連づけられていたのです。1日1日に主宰霊または主宰神がおり、その加護のもとに生活が営まれるという信仰がありました。各寺院にすぐれた予言者、司祭、神官、士師、書記がいました。

そのすべてが神秘的伝承に通暁し、大自然の隠れた秘密と霊交の奥義をきわめるために、純潔と質素の生活に徹しました。古代エジプト人は実に純粋にして学識ある霊的民族でした。もとより、今の人間に知られている知識で彼らが知らなかったものが多々あるのは事実です。が、深い哲学的知識と霊的知識の明晰さにおいては、現代の霊覚者も遠く及びません。

また宗教の実践面においても、現代人はその比ではありません。われわれは、顕と幽にまたがるこれまでの長い生活を通じて、宗教とは言葉ではなく行動によって価値評価すべきであるとの認識をもっております。

天国へ上る“はしご”がどれであるかは大して構いません。誤った信仰が少なからず混入しているものです。今も昔も、人間はおのれの愚かな想像を神の啓示と思い込んでは、視野を曇らせています。

その点はエジプト人も例外ではありません。確かにその信仰には少なからず誤りがありました。が、同時に、それを補い、生活に気高さを与えるものも又、多く持っておりました。少なくとも物質一辺倒の生活に陥ることはありませんでした。常にどこかに、霊的世界との通路を開いていました。

神の概念は未熟ではありましたが、日常生活の行為ひとつひとつに神の働きかけがあるものと信じました。売買の取引きにおいても、故意に相手を出し抜くようなことは決してしませんでした。たしかに一面において、滅びゆくもの・物的なものに対する過度の執着が見られましたが、それ以外のものを無視したわけではありませんでした。

現代にも通じるものがあることに貴殿も気づかれるであろう。現代生活はあまりにも物質的であり、土臭く、俗悪です。思想も志向もあまりに現世的です。霊性に欠け、気高い志向に欠け、霊的洞察力に欠け、霊界の実在および霊界との交信の可能性についての信仰に現実味が欠けております。

われわれが指摘せずとも、貴殿には古代エジプトの相違点がわかるであろう。と言って、われわれは古代エジプトの宗教をそのまま奨揚するつもりはありません。ただ、貴殿の目に土臭く不快に思えるものも、彼らにとっては生きた信仰であり、日常生活を支配し、その奥に深い霊的叡智を包蔵していたことを指摘せんとしているまでです。

– わかります。ある程度そういうことが確かに言えると思います。あらゆる信仰形式について同様のことが言えるように思います。それはすべて、永遠の生命を希求する人間の暗中模索の結果であり、その真実性は当人の啓発の程度によって異なります。

それにしても、現代という時代についてあなたがおっしゃることは、少し酷(こく)です。確かに物質偏重の傾向はあります。しかし一方にはそれを避けんとする努力も為されております。好んで物質主義にかぶれている者は少ないと思います。

宗教・神・死後などに関する思想が盛んな時代があるとすれば、現代こそその時代といえると考えます。あなたの酷評は過去の無関心の時代にこそ向けられるべきで、少なくとも無関心から目覚め、あなたの指摘される重大問題に関心を示している現代には当てはまらないと思うのですが…。

現代は過渡期

そうかも知れません。確かに貴殿が言うように、現代にはそうした問題に関心を示す傾向が多く見られます。その傾向があるかぎり希望も持てるというものです。が、他方には人間生活から霊的要素を排除しようとする強い願望があることも事実です。

すべてを物質的に解釈し、霊との交わりを求め、霊界の存在を探究しようとする行為を、幻想あるいは妄想とまでは言わないまでも、少なくとも非現実的なものとして粉砕しようとする態度が見られます。

ひとつの信仰形態から次の信仰形態へと移行する過渡期には、必然的に混乱が生じるものです。

古いものが崩れ、新しいものがまだ確立されていないからです。人間はどうしてもその時期を通過しなければなりません。そこには必然的に視野を歪める傾向が生じるものです。

– おっしゃる通りです。物事が流動的で移り変りが激しく、曖昧となります。むろんそうした時には混乱に巻き込まれたくないと望む者も大勢います。あまりに長いこと物質中心に物事を考えてきたために、物質はしょせん霊の外殻にすぎないという考え方にどうしても付いていけない者もいます。それは事実であるとしても、古代ギリシャは別格として、現代ほど霊的摂理と自然法則についての積極的な探究が盛んな時代は、私の知るかぎり、他になかったという信念は変りません。

貴殿がそう考えるのは結構であり、われわれとしても、いたずらにその信念を揺さぶりたいとは思いません。ただ貴殿の目に卑俗で土臭く見える信仰の中にも真理が包蔵されていることを、ひとつの典型をあげて指摘したまでのことです。

モーセの律法の基本はエジプト思想の複製

– モーセはエジプトの知恵をそっくり学んで、その多くを自分の律法の中に摂り入れたのだと思いますが…

まさしくその通りです。割礼の儀式もエジプトの秘法から借用したものです。ユダヤの神殿における斎戒の儀式も、すべてエジプトからの借用です。また司祭の衣服をリンネルで作ったのもエジプトを真似たものです。

神の玉座を護衛する霊的存在ケルビム(7)の概念もエジプトから来ています。いや、そもそも“聖域”だの“至聖所”だのという概念そのものが、エジプトからの借用にすぎない。

ただ、確かにモーセは、教えを受けた司祭から学び取ることには長(た)けてはいたが、惜しむらくは、その儀式の中に象徴されている霊的観念までは借用しなかった。霊魂不滅と霊の支配という崇高な教義は、彼の著述の中にその所を得ていません。貴殿も知るように、霊がたどるべき死後の宿命に関する言及は一切見られない。霊の出現も偶然に誘発された単なる映像と見なしており、霊の実在という大切な真理とは結びついていません。

– その通りです。エジプトの割礼の儀式はモーセの時代以前からあったのでしょうか。

ありましたとも。証拠が見たければ、今なお残されているアブラハム以前の、宗教的儀式によって保存されている遺体を見てみるがよい。

– それは知りませんでした。モーセは信仰の個々の条項まで借用したのでしょうか。

三一神の教義はインドのみならず、エジプトにも存在していた。モーセの律法には霊性を抜きにしたエジプトの儀式が細かく複製されました。

– それほどのエジプトの知恵の宝庫がなぜ閉じられたのでしょうか。孔子、釈迦、モーセ、マホメットなどは現代にも生き続けております。マーニー(8)はなぜ生き残らなかったのでしょう?

彼の場合は、他へ及ぼした影響としてのみ生き残っているにすぎません。エジプトの宗教は特権階級のみにかぎられていました。ために、国境を越えて広がる勢いがなく、末永く生き残れなかったわけです。聖職者の一派の占有物としての宗教であり、その一派の滅亡とともに滅んでしまいました。ただし、その影響は他の信仰の中に見られます。

三一神の概念

– 三位一体(さんみいったい)の観念のことですが、あれは元はインドのものですか、エジプトのものですか。

創造力と破壊力とその調停者という三一神の概念は、インドにおいては Brahm, Siva, Vishnu、エジプトにおいては Osiris, Typhon, Harus となりました。エジプト神学には他に幾通りもの三一神がありました。ペルシャにも Ormuzd, Ahriman, Mithra というのがありました。

エジプトでは地方によってさまざまな神学が存在しました。最高神としての Pthah、太陽神すなわち最高神の顕現としての Ra、未知の神 Amun といったように、神にもかずかずありました。

– エジプトの三一神はオシリスとイシスとホラスであるとおっしゃったように記憶していますが…

生産の原理としてのイシスを入れたまでです。つまり創造主としてのオシリス、繁殖原理としてのイシス、そしてオシリスとイシスとの間の子としてのホルス、ということです。三一神の概念にもいろいろあったのです。大切なのは全体の概念であって、そのひとつひとつは重要ではありません。

– では、エジプトはインドから宗教を移入したということでしょうか。

部分的にはそういうことが言えます。この分野に関しては、詳しく語れる者がわれわれの霊団にはいません。

プルーデンス

– 以上は1874年2月28日に書かれたものである。4月8日にさらに回答が寄せられた。その間にも他の問題に関するものが数多く書かれた。以下はインペレーターによるもの。

“魂”の宗教と”身体”の宗教

さきにそなたはインドとエジプトとの関係について問うている。インドの宗教が“魂”の宗教であったのに対して、エジプトの宗教は本質的には“身体”の宗教でした。雑多な形式的儀式が多く、一方のインドでは瞑想が盛んでした。

インド人にとっては神とは肉眼では見出すことのできない霊的実在であり、一方エジプト人にとっては、すべての動物的形態の中に顕現していると信じられました。インド人にとっては時間は“無”、すなわち無窮であり、全体でした。

エジプト人にとっては、過ぎ行く時の一刻一刻に聖なる意味がありました。このように、エジプトはすべての面においてインドと対照的でした。が、ペルシャのゾロアスターがそうであったように、インドから最初の宗教的啓発を受けています。

前にも述べたように、エジプトの信仰の他に類を見ない良さは、日常生活のすべてがその信仰に捧げられたことです。信仰が日常生活のすべての行為を支配していたのです。そこに信仰の力がありました。すべての自然、とりわけ動物の生命を神の顕現とする信仰でした。

たとえばエジプト人が牛の偶像の前にひれ伏した時、彼らにとってそれは存在の神秘 – 神の最高の表現を崇拝したことになるのでした。そうした古代エジプトの教義を形成し、われわれの説く教義とも大いに共通する身体の管理、宗教的義務感、全存在に内在する神の認識等は、改めてそなたたちの時代に摂り入れられて然るべきものです。

– 結局エジプトの神学は、インドの神秘主義の反動だったと思うのです。あなたはエジプトの込み入った儀式を立派であるかのように述べておられますが、私から見れば、エジプトの聖職者の生活には大変な時間の浪費があったし、几帳面に沐浴とヒゲ剃りをしたのは愚かとしか言いようがありません。

そうとばかりも言えません。あの儀式にはあれなりに、あの時代と民族にとっては必要なものでした。もっとも、われわれが指摘せんとしているのは、その底に流れる概念です。エジプトにおいては、芸術も文学も科学も、すべて宗教のためのものでした。

と言って、日常の暮らしが礼拝によって窮屈に縛られていたわけではありません。むしろ生活の行動のすべてが、礼拝の行為の厳粛さの程度にまで高められたのです。そう理解してはじめてエジプトの宗教の良さを知ったことになります。

これほど崇高な信仰は他に見出せません。神の見守る中での生活、身のまわりのものすべてに神を認識し、すべての行為を神に捧げ、神が純粋であるごとく自分の心も霊も身体も潔く保ち、それを神に、ひたすら神に捧げる。これこそ神のごとき生活を送ることであり、たとえ細かい点において誤りがあろうと、それはあえて問われるほどのものではありません。

– 確かに、われわれ人間は偏見が大きな障害となります。しかし、あなただって、人間の信仰が絶対に偏見がないということが有り得ないことは認めるはずです。たとえば、あなたが立派だとおっしゃるエジプト人の生活が今そっくり現代に再現されたとしても、それが必ずしもあなたが理想とされるものとはならないでしょう。

霊性に応じて責務が決まる

確かになりません。時代は常に進歩し、より高い知識を獲得していきます。発達段階の低い別の民族に適したものが、必ずしも現代に合うとはかぎりません。が、獲得したものがある一方には、失ったものもある。そして、その失ったものの中には、いかなる形式の信仰にも等しく存在すべきものがあります。

それが、おのれへの義務と神への献身です。これは決してエジプトの信仰のみの占有物ではありません。イエスの生涯とその教えの中では、むしろそれが高度に増幅されて具現されています。

しかるに、そなたたちはそれを忘れ去った – 真の宗教の証ともいうべきものを失った。その点において、そなたたちが軽蔑し批難している者の方が、そなたたちを凌いでいることを、とくと認識する必要があります。

常づね述べてきたことですが、人間の責務は、その人間の宿す内的な光によって大小が決まります。啓示を受けた者は、その質が高ければ高いほど、それだけ責務が小さくなるどころか、逆に大きくなるのです。

信じる教義のいかんにかかわらず、正直さと真摯さと一途(いちず)さとによって向上した者も多いし、その信仰にまつわる期待の大きさが重荷となって向上を阻害された者もまた多い。われわれにはその辺の真相がよく見て取れるのです。

信仰の形式 – そなたにはその形骸しか見えていないが – は大して重大ではありません。生まれついての宿命があり、それは否応なしに受け入れざるを得ない。問題はそれをどう理解するかにあり、それによって進化が決定づけられます。

地上でユダヤ人となるかトルコ人となるか、マホメット教徒となるかキリスト教徒となるか、バラモン教徒となるかパルシー教徒(9)となるか、それは生まれついての宿命的めぐり合わせといえます。が、その環境を向上進化の方向へ活用するか、それとも悪用して堕落するかは、その霊の本質に関わる問題です。

地上にて与えられる機会は霊にとってさまざまであり、それをいかに活用するかによって、死後の生活における向上進化に相応しい能力が増す者もあり、減る者もいるわけです。その辺のことはそなたにもわかるであろう。

ゆえに、パリサイ主義的クリスチャンが侮蔑をこめて見下す、慎ましく謙虚な人間にとっても、あるいは恵まれた環境と向上の機会の真っただ中に生をうけた人間にとっても、真の向上の可能性においては、いささかも差はないのです。

要は霊性の問題です。そなたはまだその問題に深く立ち入る段階に来ておりません。そなたは形骸にのみこだわっている。核心には到達しておりません。

霊的視野と人間的視野

– しかし、いくら真面目とはいえ、野蛮な呪物信仰者に比べれば、クリスチャンとして高度な知識と完全な行ないの中で、その能力と機会のかぎり精一杯生きている者の方が、はるかに上だと信じますが…

全存在のホンのひとかけらほどにすぎない地上人生にあっては、取り損ねたら最後、2度と取り返しがつかないというほど大事なものは有り得ません。そなたたち人間は視野も知識も、人間であるがゆえの宿命的な限界によって拘束されています。

本人には障害に思える出来事も、実は背後霊が必要とみた性質 – 忍耐力、根気、信頼心、愛といったものを植えつけるために用意した手段である場合があります。他方、ぜいたくな環境のもとで周囲の者にへつらわれ、悦に入った生活に自己満足することが、実は邪霊が堕落させようとして企んだワナである場合があります。

そなたの判断は短絡的であり、不完全であり、見た目に受けた印象のみで判断しています。背後の意図が読めず、また邪霊による誘惑と落とし穴であることが理解できない。こうした問題は今のそなたには正しい判断は不可能です。

なお、そなたの言い分についてであるが、人間はおのれに啓示され、そして理解し得た最高の真理に照らして受け入れ、そして行動するというのが絶対的義務です。それを基準として魂の進化の程度が判断されていくのです。

魂みずからが宿命の決定者

– “最後の審判”を説かれますか?

説きません。審判は霊がみずから用意した霊界の住処(すみか)に落着いた時に完了します。そこに誤審はありません。不変の摂理の働きによって落着くべきところに落着きます。そして一段と高い位置への備えが整うまで、その位置でしかるべき処罰を受け、それが完了すれば向上します。

その繰り返しが何回となく行なわれていくうちに鍛練浄化のための”動”の世界を卒業し、静なる瞑想界へと入寂(10)します。

– ということは、審判は1回きりでなく何回もあるということでしょうか?

そうとも言えるし、そうでないとも言えます。数かぎりなく審判されるとも言えるし、1度も審判されないとも言えます。要するに魂は絶え間なく審判されているということです。常に変化する魂にみずからを適応させているということです。そなたたちが考えているような、全人類を一堂に集めてひとりひとり審問するなどということはありません。あれは寓話にすぎません。

鍛練浄化の世界の各段階において、霊はそれまでの行ないによってひとつの性格を形成します。その性格にはそれなりに相応しい境涯があり、そこへ必然的に落着くことになる。そこには人間が考えるような審判というものはありません。

即座に結果が出るのです。討議もお裁きもなく、もろもろの行状の価値がひとまとめに判断されます。地上のような裁判のための法廷などは必要ありません。魂みずからが自分の宿命の決定者であり、裁判官なのです。このことは、進化についても退化についても例外なく当てはまります。

究極の世界のことはわからない

– ひとつの界層または境涯から次の界層へ行く時は、死に似た変化による区切りがあるのでしょうか?

似たようなものはあります。それは、霊体が徐々に浄化される – 低俗な要素が拭い去られるという意味で似ているということです。上層界へ行くほど身体が純化され、精妙となっていきます。

ゆえに、その変化はそなたたちが死と呼ぶものから連想するほど物的なものではありません。脱ぎ捨てるべき外衣を持たないからです。が、霊が浄化してゆく過程であること、つまり一段と高い境涯への向上という点においては同じです。

– そうやって不純物が拭い去られると、霊は瞑想界へと入り完全に浄化され尽くすということですか?

そうではない。すべての不純物が取り除かれ、最後に純粋無垢の霊的黄金のみが残る。それから内的霊界である瞑想界へと入って行くのですが、そこでの生活は、実は、われわれにも知ることができないのです。

わかっているのはただ、ひたすらに神の属性を身につけ、ひたすらに神に近づいて行くということのみです。友よ、完成された魂の最後にたどり着くところは、それまでひたすらに求めてきた大神 – 巡礼の旅路のためにその神性の一部を授かってしばしの間別れていた、父なる神の御胸であるのかも知れぬのですぞ!

が、それも、そなたと同様われわれにとっても単なる推測にすぎません。そのような高度な問題は脇へ置き、今のそなたにとって意義あることのみを知り得ることで、有り難き幸せと思うがよい。もしも宇宙の神秘のすべてに通暁してしまえば、そなたの精神はもはや活動の場が無くなるであろう。

ともかく、そなたが地上にて知り得ることは多寡が知れています。が、たとえ限りはあっても、より高きものを求めることは許されます。切望することによって魂を浅ましい地上的気苦労に超然とさせ、真にあるべき姿に一段と近づくことを得さしめることでしょう。

神の御恵みのあらんことを!

†インペレーター

[注釈]

(1)Pythagoras ギリシャの哲学者・数学者・宗教家。

(2)Platon ギリシャの哲学者。本名アリストクレス Aristocles。

(3)Trinity 三位一体説。

(4)旧約聖書では I am that I am. となっている。他からの働きかけによって作られたものでなく、時を超越して、みずから存在し続けるもの、すなわち実在。

(5)Thebes ナイル河中流域の都市。

(6)Sothic cycle 古代エジプト暦によって古代エジプト史の絶対年代を決定する際の基準のひとつ。1周期が1460年。

(7)Cherubim 創世記 3・24 その他。

(8)前節参照

(9)Parsee ゾロアスター教の一派。

(10)第3節参照

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第29節 邪霊集団の暗躍

[1874年3月15日。この頃までに、他人の名を詐称する霊が出没しているから用心するようにとの警告がしきりに出され、その特殊なケースが実際に他のサークルで起きたことで、一段としつこくなっていた。その問題に関連して数多くの通信が送られてきたが、その中でただひとつ普遍的な内容をもつものを紹介する。]

進歩派と逆行派

このところわれわれの要請がしつこくなっているが、それは、人を騙すために他人の名を詐称する霊にはめられる危険性について、これまで再三警告してきたことを改めて繰り返す必要を痛感しているからです。いわゆる”未熟霊”の暗躍です。

その種の霊がひき起こす面倒や困難の危険性がそなたの身近に迫っており、その餌食(えじき)とならぬよう、最近とくに注意を促したばかりであろう。いかにもわれわれに協力しているかに見せかける霊が存在することを、われわれは確かめている。その目的とするところは、われわれの仕事に邪魔を入れ進行を遅らせることにあります。

この点については十分に説明しておく必要がありそうです。すでに聞き及んでいようが、今そなたを中心として進行中の新たな啓示の仕事と、それを阻止せんとする一味との間に、熾烈(しれつ)な反目があります。

われわれの霊団と邪霊集団との反目であり、言い換えれば、人類の発達と啓発のための仕事と、それを遅らせ挫折させんとする働きとの闘いです。それはいつの時代にもある善と悪、進歩派と逆行派との争いです。

逆行派の軍団には悪意と邪心と悪知恵と欺瞞に満ちた霊が結集します。憎しみに煽られる無知蒙昧(もうまい)な者もいれば、真の悪意というよりは、悪ふざけ程度の気持から加担する者もいます。

要するに、程度を異にする未熟な霊がすべてこれに含まれます。闇の世界から光明の世界へと導こうとする、われわれをはじめとする他の多くの霊団の仕事に対して、ありとあらゆる魂胆からこれを阻止せんとする連中です。

そなたにそうした存在が信じられず、地上への影響の甚大さが理解できないのは、どうやら彼らの暗躍の実情がそなたの肉眼に映じないからであるらしい。

その集団に集まるのは必然的に地縛霊、未発達霊の類です。彼らにとって地上生活は何の利益ももたらさなかった。その意念の赴(おもむ)くところは、彼らにとって愉しみの宝庫ともいうべき地上でしかなく、霊界の霊的な喜びには何の反応も示しません。

かつて地上で通い慣れた悪徳の巣窟をうろつきまわり、同質の地上の人間に憑依し、哀れな汚らわしい地上生活に浸ることによって、淫乱と情欲の満足を間接的に得ようとします。

肉体的煩悩から抜け出せない霊たち

肉欲の中に生き、肉欲のためにのみ生き、今その肉体を失った後も、肉欲のみは失うことのできない、そうした哀れな霊たちは、感応しやすい同類を地上に求め、深みに追いやることをもって生きる拠(よ)り所とします。それをおいて他に楽しみを見出すことができないのです。

地上では肉体はすでに病に蝕まれ、精神はアルコールによってマヒされていた。それが、かつての通い慣れた悪徳の巣窟をさ迷い歩き、取り憑(つ)きやすい呑んだくれを見つけては、けしかける。

けしかけられた者たちは一段と深みにはまる。それが罪もない妻や子の悲劇を広げ、知識と教養の中心たるべき都会の片隅に、不名誉と恥辱の巣窟を生む。そうすることに、彼らは痛快を覚え、満足の笑みをもらすのです。

こうした“現実”がそなたたちの身のまわりに“実在”するのです。それにそなたたちは一向に気づいていない。そのような悪疫の巣がある – あるどころか、ますます繁栄しのさばる一方でありながら、それを批難する叫び声は地上のいずこより聞こえるであろうか。なぜどこからも批難の声が上がらぬのであろうか。

なぜか – 実はそこにも邪霊の働きがあるのです。その陰湿な影響力によって人間の目が曇らされ、真理の声がマヒされているからにほかなりません。その悪疫は歓楽街のみに止まりません。そこを中心として周囲一円に影響を及ぼし、かくして悪徳が絶えることがないのです。

かつての呑んだくれは – そなたたちの目には死んだと思えるであろうが – 相も変らず呑んだくれであり、その影響もまた、相も変らず地上の同類の人間の魂を蝕みつづけているのです。

死刑制度の犠牲者

一方、人間の無知の産物である死刑の手段によって肉体から強引に切り離された罪人の霊は、憤怒に燃えたまま地上をうろつきまわり、決しておとなしく引っ込んではいません。

毒々しい激情をたぎらせ、不当な扱いに対する憎しみを抱き – その罪は往々にして文明社会の副産物にすぎず、彼らはその哀れな犠牲者なのですが – その不当行為への仕返しに出ます。地上の人間の激情と生命の破壊行為を煽ります。次々と罪悪をそそのかし、自分が犠牲となったその環境の永続を図ります。

一体いつになったら人間は、毎日のように、否、時々刻々と処罰している罪悪が実は混雑した都会生活の産み出す必然の副産物にすぎないことを悟るのであろうか。根本の腐敗の根元をそのままにして、何ゆえに醜い枝や葉のみを切り落とすのであろうか。

協同責任において産み出した哀れむべき仲間を、何ゆえに無慈悲に処分するのであろうか。それは生者の側の利己主義的手段であるのに、その利己主義者がなぜ憎悪に燃える霊を敵にまわして自業自得をくり返すのであろうか。

ああ、友よ、そなたたちの旧時代的刑法が誤った認識の上に成り立っており、犯罪防止どころか、むしろ悪用を産み出していることに気づくまでには、そなたたち人間は、まだまだ幾多の苦難を体験しなければならないでしょう。

こうして地上社会の誤りの犠牲となって他界し、やがて地上界に舞い戻る邪霊の群れは、当然のことながら進歩と純潔と平和の敵です。われわれの敵であり、われわれの仕事への攻撃の煽動者となります。至極当然の成り行きであろう。

久しく放蕩と堕落の地上生活に浸りきった者が、死後一気に聖にして善なる霊に変わるであろうか。肉欲の塊(かたま)りが至純な霊に、獣のような人間が進歩を求める真面目な霊に、そう易々と変われるものであろうか。

それが有り得ぬことくらいは、そなたにもわかるはずです。彼らは人間の進歩を妨げ、真理の普及を阻止せんとする狙(ねら)いにおいて、他の邪霊の大軍とともに、まさに地上人類とわれわれの敵です。

真理の普及がしつこい抵抗に遭うのは彼らの存在のせいであり、そなたにそうした悪霊の影響力の全貌の認識は無理としても、そうした勢力を無視して彼らに攻撃のスキを見せることだけはないよう心掛けてもらいたい。

われわれはその危険性を、声のかぎり警告するものです。その働きが常に潜行的であり、想像を超えた範囲に行きわたっているだけに、なおのこと危険なのです。地上の罪悪と悲劇の多くは、そうした邪霊が同種の人間に働きかけた結果にほかなりません。

地上の名誉を傷つけ、体面を辱(はずか)しめるところの、文明と教養の汚点ともいうべき戦争と、それに伴う数々の恐怖もまた、彼らの仕業です。大都会を汚し、腐敗させ、不正と恥辱の巷(ちまた)と化す犯罪を醸成するのも、彼らなのです。

諸悪の根元 – 物質文化と大都会

そなたたち文明人は知識の進歩を誇り、芸術と科学の進歩を誇り、文化と教養の進歩を誇ります。文明を誇り、自国を飾り立て高揚するキリスト教を地上の僻地にまで広めんと、大真面目で奔走しています。

いや、それどころか、それを“そなたたちだけ”に授けられた神の万能薬として、他国へ押しつけんとしています。その押しつけんとする宗教と文明がもたらしている現実については、言わぬが華であろう。

繰り返し説いてきたように、そなたたちの説く宗教は、真実のキリスト教の名に値する単純素朴にして純粋な信仰の、退廃的所産にほかなりません。誇りとしている文明も文化もうわべのみの飾りにすぎず、化膿した傷口はとうてい隠し切れず、霊眼には歴然として正視できません。それが人間性に及ぼす影響に至っては、その本来の崇高な感覚を汚し、空虚さと欺瞞と利己主義しか産み出せません。

その点においては、人間本来の感性を文明によって矮小化されず麻痺されることのなかった砂漠の民アラブ人、あるいはアメリカ・インディアンの方が、人を出し抜きペテンにかけることに長けた文明国の狡猾な商人、あるいは文化的生活に毒された巧妙な弁舌家、淫乱きわまる文明人よりはるかに高潔であることが、往々にして見受けられます。

地上の大都会は、まさに悪徳と残忍と利己主義と無慈悲のるつぼです!魂は真理に飢え、打ちひしがれる思いの中で途方に暮れています。霊的影響力を受けつけない雰囲気の中で暮らす彼らは、より清く、より平静な雰囲気を求めて悶え苦しんでいます。

が、その悶えも、取り囲む闇の帷(とばり)を突き抜けることはできません。必死の向上心も、繰り返される悪の誘いに打ち砕かれます。折角の決意も邪霊に奪われます。

かくして彼らは、次第にそうした邪霊の働きかけへの抵抗力を失っていきます。その段階に至れば、自暴自棄の念を吹き込むのは、いとも簡単です。それが悪徳を大きく助長し、救いへの正道がほぼ完全に閉ざされます。

では、そうした不純と淫乱と懊悩の巷 – 実はすぐ目と鼻の先の、そなたの同胞の住む都会であり、そこでは財産(かね)さえあれば少なくとも身体的労苦からは逃れられるが – そうした巷から霊界入りする人間は、その後いかなる経過をたどるのであろうか。

彼らの住む環境は、見た目には、霊と肉を堕落させる恥ずべき環境とは思えない。が、そこに漂う霊的雰囲気は俗悪臭に満ちあふれている。金儲けのみが人生であり、愉しみといえば飲食と酒色です。雰囲気は金銭欲と権力欲と、その他ありとあらゆる形の利己心です。

そうした環境で暮らす人間の魂が死後いかなる状態に置かれるか – そなたは一度でも想像してみたことがあるであろうか。魂の糧となるべきものを知らず、成長もなく、たずさわる仕事もない。

発育はいびつとなり、落着くところは古巣の地上でしかなく、カネと欲の巷に舞い戻ったところを、待ち受けていた邪霊につかまり、そそのかされ、欲望をいっそう掻き立てられ、われわれには近づき難い存在となります。

そうなったが最後、悪徳の巣窟である歓楽街の酒色に溺れる霊と同じく、われわれは手を施すすべを知りません。辺りはむせ返る雑踏 – そこではカネのみが物を言い、利己心と貧欲と盗みが横行しています。邪霊集団の行動の中心地であり、そこから毒々しい影響力が発散されていきます。

富裕階級の退廃と堕落

が、人間はそれに一向に気づいていません。諸悪の根元について無知であり、その諸悪に格好の場を提供している点において愚かというべきです。悪の環境を永続させているのは、その愚かさにほかなりません。そして、地上に生命が誕生し発達し霊性を開発していく、その本来の原理・原則を理解せしめんとするわれわれの努力を、いっそう困難なものにします。

たとえば結婚生活のもつ重大な意義について、これまでにもそれを正しく理解した高邁な改革者が幾人もいました。われわれも、そなたに理解しうる範囲で、見解を述べてきました。世の中がさらに進歩した時点において説くべきものが、まだまだ数多く残っております。が、今はまだその時期ではありません。

差し当たりわれわれとしては、結婚生活というものが病気と犯罪と貧困と精神病等の重大な問題と密接に結びついている問題であることを指摘するに止めておきます。

それが人間との関わりにおいてわれわれを悩ませ混乱させているのです。その多くが結婚生活にまつわる愚劣な思想、さらには無謀きわまる犯罪的処罰 – 犯罪的であると同時に、より一層愚かしい法律に帰せられるべきです。

そのことは無知・無教養の階層に劣らず、教養ある上流階級についても言えることです。否、むしろその最大の罪は、富裕階層にあるでしょう。人間はこれまでの結婚にまつわる観念を大いに改めねばなりません。

結婚の美名のもとに行われる堕落の大根源を抹殺するには、まず、これまでそなたたちが良しとしてきたものに代って、幸福と進歩のための、より真実にして神聖な規範を学ばねばなりません。

われわれを誤解してはなりません!われわれは放縦を唱道する者ではありません。世に言う社会的自由の伝道者ではありません。愚か者は自由と放縦とを履き違えて堕落します。その堕落した観念をわれわれは軽蔑をもって拒否します。

かの恥ずべき人身売買、もっとも神聖な生命の法則の侮辱ともいうべき社会的奴隷制度を軽蔑する以上に、われわれは結婚の美名のもとに行われる人身売買を軽蔑するものです。

そなたは、肉体が霊の道具であること、その肉体の発達を促す健康の法則と条件が、霊が肉体に宿って送る地上生活にとって必須のものであることを理解しておりません。そのことに関しては前にも述べましたが、ここで一言だけ付け加えるならば、他の面においても同じことですが、この問題においてもそなたたちはわれわれの敵に味方する結果となっております。

キリスト教徒が大切にしている純粋で崇高な霊的福音が地上にもたらされて、はや十九世紀の歳月が流れました。しかるにそなたたちは、真の向上に資する面においても、叡智においても、真の宗教性においても、ほとんど成長らしい成長をしておりません。

いや、むしろイエスがその修行時代を過ごしたエッセネ派(1)にも及びません。イエスにもっとも辛辣な非難を浴びせた律法学者やパリサイ派と同列です。

そなたは何もご存知ない。肉体と霊の問題 – この世のみならず死後の生活にも関わる重大な意味をもつこの問題について、そなたはまるでわかっておりません。

以上、かつて言及しておいた、われわれに敵対する邪霊集団について、その幾つかを明らかにしてみました。彼らは勢力を結集してわれわれの仕事を挫折させ、悩ませ、傷つけんとしてスキを窺っています。しかも人間の無知ゆえに堕落していく霊によって、時々刻々、その勢力を拡充していきつつあります。

ますます巧妙化する妨害手段

これまでわれわれは、もう一方の集団、すなわち人類のため、人類の発展のために尽力している霊の集団については述べずにきました。人類を救済し、未来に希望をもたせる犠牲と献身の行為、素朴にして気高い生きざま、心豊かな行為については、あえて述べずにおきました。

それは、われわれの差し当たっての仕事が、その反対の暗黒面を描いてみせることにあるからです。出来るだけその方向へそなたの注意を向けさせてきました。

言っておくが、われわれはその内面の姿を“有るがままに”描いているのです。この通信の底流にある深刻な事実、すなわち善と悪との対立、その悪の勢力を助長する人間の過ちは、われわれが担う仕事の今後の進展に大きく関わる重大な事実だからです。今しがた述べたことも、われわれに敵対する組織的集団についてすでに述べたことを繰り返したにすぎません。

が、これ以後ますます繁くなりゆくであろうことが予想される特殊な敵対手段については、述べることを控えてきました。それは、客観的心霊現象が頻繁となり、それを求める欲求がつのるにつれて、邪霊集団が意図的に手の込んだ策を弄(ろう)し、肝心の霊的真理に対する不信感を煽る企(たくら)みのもとに、多くの霊媒が輩出する可能性が大きくなるということです。

これは特殊な敵対手段であり、きわめて大きな危険性を秘めています。と言うのは、程度の低い霊ほど物的なものへの働きかけが強力であり、巧妙であり、時として憎悪に満ちているのです。彼らは、目を見張るような心霊現象を起こす霊媒を養成し、超自然力に興味をもつ者を得心させようと、強力に働きかけています。

いったん得心させれば、あとは簡単です。トリックとペテンを弄し、同時に真面目そうな道徳的教説を混じえつつ、徐々に疑念を誘い、はじめ霊の存在に向けられた不信感と猜疑心とが次第に心霊現象そのものと、肝心の道徳的教訓にまで広がっていきます。

心霊現象は単に人間の目を見張らせ面白がらせるためのものではありません。肝心の目的は霊的教訓にあります。それに対する不信感を煽る手段として、これに勝る巧妙なものはありません。

人間は最後にこう言い始める – われわれは色々とやってみた。みずからも実験してみた。そして真相がわかった。結局はペテンか愚劣にして不道徳きわまる教説を説くか、あるいは間違いだらけか、要するに、これは悪魔の仕業に違いない、と。

そう考えはじめた連中に正と邪を見分けるようにと説いてみたところで、もはや無駄です。揺らぎはじめた信頼がそれを許しません。はじめは信じてかかったものがニセモノであることが証明されたわけであり、信頼の殿堂は瓦礫(がれき)となって散乱します。基礎が十分でないということであり、それでは建造物を支えることができなかったということです。

ハデな現象は要注意

繰り返し述べるが、これほどわれわれの仕事をマヒさせる悪魔的策謀はありません。このことを、われわれは厳粛な気持ちでもって警告するものです。必ずわれわれの警告にしたがって行動してもらいたい。

次から次へと、やたらに派手な現象を演出してみせてくれる時は用心するがよい。そうした類は大体において低級で未発達な霊の仕業です。その演出には往々にして“招かれざる客”がたずさわっています。驚異的現象も、あまり度を越すと、ことに結成したばかりのサークルにおいては、大いに危険性があります。

心霊実験は必要です。われわれは決してある種の人間にとっての効用を過小評価するものではありません。求める者すべてに納得のいく証拠を提供してあげたいとは思います。が、そうした物理的現象のみに偏った興味、魂の成長にほとんど役に立たない、うわべの興味にの始してもらっては困ります。

そうした現象にしか興味を抱かない者の目には、われわれの行なうことが時として人間のすることよりお粗末に映ることすらあります。が、われわれは現象そのものを目標としているのではありません。目標は一段高い次元にあります。

また、この世のものとは異質の存在がこの世に干渉できることを証明することだけで満足しているわけでもありません。もしもそれがすべてであるとするならば、そうした事実を知ることは、害にこそなれ益にはならないでしょう。

われわれはたったひとつの至上命令を下されているのです。その使命達成のために地上圏へ戻ってきたのです。それ以外に地上に用はないのです。その使命が何であるかは、すでにそなたにも分っているはずです。

信仰心が冷却し、神の存在と霊魂不滅への信仰が衰えかけた時、われわれは、人間が神の火花を宿すがゆえに永遠不滅であることを証しに来るのです。旧(ふる)い時代の信仰の誤りを指摘し、向上進化をもたらす人生を説き、発達と向上の未来永劫(えいごう)へと目を向けさせるためです。

われわれが不本意ながらも、物質を操る霊の威力の発達のためにその本来の目標を脇へ置くことがあるのは事実ですが、あくまでも目的のためのやむを得ない手段として必要とみた上でのことであって、決してそれが望ましいことと考えているからではありません。

かりに無害であるとしても、われわれは同じ忠告をするであろう。が、現実には、われわれが最も恐れている反抗集団による攻撃手段とされており、それゆえ、そうした物的現象を無やみに求めたり、それをもってわれわれとの交霊の目的とすることを、声を大にして警告するものです。

前座のあとに真打ちが控えている

心霊現象は、あくまでも霊の実在を確信させるための手段にすぎないことを心得られたい。そのひとつひとつが霊の世界から物質の世界への働きかけの証なのです。“それだけのもの”と理解し、それを霊的神殿を建立するための基礎として活用してほしい。

現象はどういじくってみたところで、それ以上の価値は出てきません。それに、霊側がこれ以上やっても無駄とみた時は、そうした現象を得意とする低級霊に譲って引き上げてしまうものです。かくして折角の奥深い啓示の機会が逃げ去ることにもなります。

あくまでも現象を基礎として、そこから一歩踏み出さないといけません。現象にたずさわる知的存在の本性はいったい何であるのか、いずこより来るのか、その意図は何なのか、等々を知ろうとしなければなりません。

そなたたちとて、きっと、それが神の計画であり、その拠ってきた根源も意図も至純であり、必ずや何らかの恩恵をもたらすものであるとの確信を得たいと思うことであろう。魂のたどる宿命と、人間が死と呼ぶところの変化にもっとも有効に対処できる心がけについて、納得のいく指針を得たく思うことであろう。

それは当然の成り行きです。なぜなら、万が一われわれが人類と同類でないとすれば、われわれの体験がそなたたちにいったい何の役に立つのでしょう。万が一そなたたち人間の不滅性を語れないとすれば、われわれがこうして存在し続けていることをいくら徹底的に証明してみたところで、いったい何の意味があるのでしょう。奇々怪々な話になるでしょう。これほど奇妙な話もないことになります。

そなたが首尾よく現象的なものを超えて真理のための真理探究にまで進めば – 要するにわれわれの意図を信じてくれればということになるが – その暁には、そなたがまだ知らずにいる世界に案内することができるでしょう。

その世界については、すでにはるかに奥深い啓示を手にしている真摯な求道者が他の国には大勢いるのです。そなたの国ではまだその恩恵にあずかれる者はわずかです。

こうした自動書記による通信も、テーブルラップ(2)その他のぎこちない手段に比べれば、よほど進んでいるかに思えるであろうが、そうした物理的手段をへない直接的な霊と霊との感応に比べれば、足もとにも寄れません。

最高の交霊手段はインスピレーション

スピリチュアリズム勃興の地である米国においては、地上と霊界の二重の生活を送ることができるまでに霊感が発達し、霊界との交信を日常茶飯事としている者が大勢います。

英国民の精神の不信心性と興味の唯物性と、雰囲気の低俗性のゆえに、われわれの思うに任せないことが、米国では着々と成果を挙げていきつつあります。われわれの仕事は、俗事を処理するようなわけにはまいりません。

われわれは心を読み取ってしまいます。ゆえに、実際には興味を覚えないのに、いかにも興味ありげに装ってみたところで – そなたがそうだというのではありません – 心底から信じないままわれわれの仕事に手を貸してくれたところで、何の益にもなりません。

いつの時代にも、いずこの国においても、常にそうでした。高級な霊的真理を地上へ送り届けんとする努力が時おりなされます。が、時期尚早であることを悟って手を引くことがあります。

もっとも、このたび指摘するのはそのことではありません。心霊実験にまつわる危険性について警告し、物理現象はそろそろ卒業して霊的知識へと進むよう忠告しようとしているまでです。

進歩には受け入れ態勢が先行せねばなりません。が、われわれとしては、そなたが少しでも早く物的束縛から脱して、ひたすら霊的真理の追求に専心する日の到来を望み祈るのみです。その目標に向かって迷わず突き進まねばなりません。有象無象(うぞうむぞう)の意見を振り切り、地上の生活者として、出来うるかぎり物的感覚から脱け出なければなりません。

永遠なる父よ!私たちはあなたの御名のもとに勤(いそ)しみ、あなたの真理の啓示のために遣わされました。その真理が私たちが語りかける者の心を高め、そして清め、地上的なものを超えて霊的感覚を目覚ましめ、私たちの説くところを悟らしめます。

願わくば彼ら地上の者の心に信仰心を育みたまえ。それが真理への渇望を生み、地上的利害を超えて霊的啓示を学ばしめることになればこそでございます。

†インペレーター

– 私は、右に述べられたことがすべて真実であることに疑いは挟まないが、そういう邪霊の働きを抑制するための法と秩序が霊界にないのが理解できない、と述べた。何だか彼らは好きに振舞い、何の支配も受けていない感じがするのである。同時に、彼らが他人の名を騙るという事実が不思議に思える。なぜそんなことに興味を覚えるのかが理解できない、と述べた。

イタズラを楽しみとする低級霊

われわれの世界に法も秩序もないかに想像するのは間違いです。そちらの側で整えるべき条件を整えてくれないことが、われわれの秩序ある努力を挫折させているにすぎません。

交霊会を催すに際しては、まずそれなりの条件を整えてくれないといけません。それさえ励行してくれれば、これまでのようなイタズラや混乱の半分は除去されるでしょう。もっとも、そなたたちのいう悪の要素が完全に抹殺される日は来ません。

何となれば、そうした体験も霊的鍛練のひとつだからであり、われわれとて、そなたの進歩を促す過程を免除してやるわけにはいかないのです。そなたもその過程を通過する必要があるのです。まだまだ学ばねばならないことが多々あります。こうした実際に即した体験もその勉強のひとつと心得るがよい。

邪霊が他人の名を騙る問題については、これ以後も多くを知ることになろうが、取り敢えず述べておけば、こちらにはそうしたイタズラを楽しみとする低級霊がおり、ある条件下において実に手の込んだ詐術を弄(ろう)する才能をもっているということです。

人間が望んでいるとみた人物の名を騙り、いかなる人物でも実にうまく真似て応対する。こうした霊は、サークルのメンバーが用心を怠らず、霊側で守護の任に当たる者が鋭く睨(にら)みを利(き)かせれば、大ていは締め出すことができるものです。

むやみに交霊会を催し、新参者を不用意に参加させ、霊的条件への配慮を怠り、それがために霊側の厳戒態勢が整わないようでは、彼らの侵入を許す危険が大です。われわれの知るかぎりでは、大半の交霊会ではその種のイタズラ霊の侵入を許しているとみてよいでしょう。

単なる好奇心から現象を求める。霊界の知人・友人を次々と呼び寄せる。それが本当に当人なのか騙りなのかを見分ける用心を怠る。あれこれと愚にもつかぬ質問をし、その返事を大真面目で聞いて鵜呑みにする。これでは低級霊がそれを楽しみとして何の不思議があろう!

– そんなことでは、これで絶対に大丈夫という確信を得ることができませんし、立派で筋の通ったものと思い込んでいたものが、結局はトリックだったということにならない保証はどこにもないのではありませんか。背後にそうした邪悪な勢力が存在する以上、絶対に安全といえる人がいるでしょうか。

猜疑心を注ぎ込む邪霊たち

その問いに対しては、すでに述べたことを繰り返すのみです。われわれの信頼性と誠意と客観性については、そなたはすでに証明済みです。証拠の上に証拠を重ねてきました。

われわれの道徳的意識の程度は、すべての面で一貫している誠意 – これまでに授けてきた教訓に一貫する基調をもって証明してきたつもりです。それは、そなたみずからの判断によって評価されたい。

そなたの評価を得てはじめて世のすべての人に至純にして至善なる教訓として公開されることになります(3)。そなたは今すでにそれを、全体の傾向として、崇高にして善なるものであることは認めている。

われわれの身元、われわれの仕事、そしてわれわれの目的に関して、そなたは一個の人間について評価を下すのと同じように評価を下せるだけの情報を手にしています。

– おっしゃる通りです。この通信の最初に私が指摘した霊などは、もし引っ掛かっていれば、容易に私の信念を揺るがせかねなかったと思われます。

それは十分に有り得たことです。万一の場合、われわれがその働きにどこまで対抗できたかはわかりません。が、そのような危険に足を踏み入れることは、われわれはご免被(こうむ)ります。

あの場合にしても、どう警告したところで、彼らはそれに対抗して巧みに取り入り、うまく人の名を騙(かた)って、あげくには、ただでさえ心もとないそなたの信念に致命的な打撃を与えていたことでしょう。

そなたにとっては、真実、危険です。何にもまして、矛盾した偽りの言説はそなたに猜疑心を誘発せしめることでしょう。その猜疑心は最後にはわれわれへの信頼をも覆し、われわれは退散のやむなきに追い込まれることでしょう。

低級霊の餌食となりやすいタイプの人間

– 確かにこれは、関わりあうと実に危険な存在であるように思われます。

何ごとにせよ、乱用は感心しません。正用は結構であり、それを常に心掛けるべきです。軽薄な心でもって霊界と関わりをもつ者、単なる好奇心の対象にすぎないものに低俗な動機からのめり込んでいく者、見栄っ張りのうぬぼれ屋、軽率者、不実者、欲深者、好色家、卑怯者、冗舌家 – この種の者にとっては危険が実に大です。

われわれとしては、性格的に円満を欠く者が心霊的なものに関わることは、絶対に勧められません。ゆゆしい危険性をはらんでいるからです。密かな魂胆を宿さず、賢明にして強力な背後霊に守られ、その指示に忠実に行動する者のみがこの道にたずさわるべきであり、それも、細心の注意と誠心からの祈りの念をもって臨むべきです。

不用意な関わりあいは断じて許せません。また、円満な精神と平静な感情の持ち主でなければ、とても霊界との完全な関わりあいは不可能であり、せっかくの地上生活に新たな禍いの種子を持ち込むことになります。

節度のない精神、興奮しやすい感情、衝動的かつ無軌道な性格の持ち主は、低級霊にとって格好の餌食となります。その種の人間が霊的なことにたずさわることは危険です。とくに、その求めるものが単なる驚異的現象、好奇心の満足、あるいは虚栄心の慰めにすぎない場合は、なおさらのことです。その種の人間には、神の訓えは耳に届きません。

願わくば、聞く耳をもつ者が低級霊の干渉を首尾よく切り抜け、低級界を後にして、高級界の、より聖純な大気の中へと進んでくれることを望むこと、切なるものがあります。

– それは、しかし、世間一般の人にとっては要求が高すぎるのではありませんか。大方の者は何となく取っつきにくい教訓めいた話よりは、頭をコツンと叩かれたり(4)、イスやテーブルが浮揚するのを見る方を好むものです。

確かにそなたの言う通りです。それはわれわれも十分に承知しています。が、現在の段階はあくまでも“通過せねばならない”段階と考えるべきです。われわれの仕事にも物理現象は付随します。

が、それは真の目的ではありません。われわれが期待している本来の発展の“地ならし”程度に考えないといけません。これより後も、各地でいっそう盛んに見られるようになるでしょう。

われわれはそれに伴うところの危険性について警告しつつも、現在そなたが置かれている知的段階においては、それも必要であることを決して偽りはしません。遺憾には思うものの、その必要性は認めます。この件に関しては付言すべきことがまだまだありますが、今は控えます。しばし休息されよ。

– わずかばかりの休息の後に、次のような通信が追加された。

良識に欠ける霊たち

邪霊集団の暗躍と案じられる危険性については、すでに述べました。それとは別に、悪意からではないが、やはりわれわれにとって面倒を及ぼす存在があります。

元来、地上を後にした人間の多くは、格別に進歩性もなければ、さりとて格別に未熟ともいえません。肉体から離れていく人間の大半は、霊性においてとくに悪でもなければ善でもありません。

そして、地上に近い界層を一気に突き抜けていくほど進化した霊は、特別の使命でもないかぎり、地上へは戻って来ないものです。地縛霊の存在についてはすでに述べました。

言い残したものに、もう一種類の霊団がいます。それは、悪ふざけ、茶目っ気、あるいは人間を煙に巻いて面白がる程度の動機から交霊会に出没し、見せかけの現象を演出し、名を騙り、わざと間違った情報を伝えたりします。

邪霊というほどのものではないが、良識に欠ける霊たちであり、霊媒と列席者を煙に巻いて、いかにも勿体(もったい)ぶった雰囲気で通信を送り、いい加減な内容の話を持ち出し、友人の名を騙り、列席者の知りたがっていることを読み取っては、面白がっているにすぎません。

交霊会での通信に往々にして愚にもつかぬものがある、とそなたに言わせる要因がそこにあります。茶目っ気やイタズラ半分の気持から、いかにも真面目くさった演出をしては、それを信じる人間の気持をもてあそぶ霊の仕業が、その原因となっています。

列席者が望む肉親を装って、いかにもそれらしく応対するのも彼らです。誰でも出席できる交霊会において身元の正しい証明が不可能となるのも、彼らの存在のせいです。最近、誰それの霊が出たとの話題がしきりに聞かれるが、そのほとんどは彼らの仕業です。

通信にふざけた内容、あるいはバカバカしい内容を吹き込むのも彼らです。彼らは真の道徳意識は持ちあわせません。求められれば、いつでも、どんなことでも、ふざけ半分、イタズラ半分にやってみせます。その時どきの面白さ以上のものは求めない。人間を傷つける意図はもたない。ただ面白がるのみです。

人の道を誤らせ、邪悪な欲望や想念を抱かせるのも彼らです。霊媒をひそかに操り、高尚な目的を阻止しようとします。高尚で高貴な目的が彼らには気に食わず、俗悪な意図を示唆します。要するにその障害物、妨害物となってやろうとするのです。関わるのは主として物理的現象です。

大体においてその種の現象が得意であり、列席者を迷わせる魂胆をもって、混乱を引き起こさせるような現象を演出します。数々の奇策を弄して霊媒を騙し、それによって引き起こされる当惑の様子を見て、ほくそえみます。

憑依現象をはじめとする数々の心霊的障害は、彼らの仕業である場合がよくあります。いったん付け入れば、どうにでも心理操作が可能なのです。個人的に霊を呼び出して慰めを求める人たちを愚弄するのも彼らです。いかにもそれらしく応対し、うれしがらせるような言葉を述べて欺きます。

しっかりとした意志の疎通が行なわれることがあることはあります。しかし次の会では巧みに本人を出し抜いてイタズラ霊が出現し、名を騙り、それらしく応対しながらその中につじつまの合わない話を織り混ぜたり、まったくの作り話を語ったりします。そうした霊に付け入られないためにも、一身上の話題はなるべく避ける方が賢明です。

†インペレーター

[注釈]

(1)Essene 紀元前2世紀ごろから存在していたユダヤ教の一派で、禁欲・独身・財産共有を特徴とし、心身の清廉を説き、実践した。

イエスが一時期この一派に属していたらしいことは、バイブルの中のイエスの言動によっても推察がつくが、今世紀半ばに死海のほとりの洞窟から発見された巻き物、いわゆる“死海文書”によってその事実の可能性がますます濃厚となった。

しかし、イエスの信仰態度は“愛”を基調として、その時その場における自分の判断による行為を尊び、戒律や教義による束縛を排した点に最大の特質がある。それが取りも直さずスピリチュアリズムの基本的な教えでもあるのである。

(2)テーブルがひとりでに傾斜して、1本の脚が床を叩き符牒によって通信を送ってくる。

(3)本書の形での公表は、霊側は当初から意図していたことが窺われる。もしかしたら、こうして日本でも翻訳紹介されることも、遠大な計画の中に組み込まれていたのかも知れない。

(4)心霊実験会では霊がメガホンなどで列席者の頭や肩をポンポンと叩いてまわることがよくある。訳者も体験がある。心情的にはなぜかそれを“うれしく”思うことは事実である。

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第30節 霊界の祝祭日

– 霊は、祝い祭る、ということが好きのようである。そのせいであろう、キリスト教の祝祭日に関連した特別のメッセージが数多く寄せられている。一例として、3年連続して送られてきたイースターメッセージを紹介しておく。1874年のインペレーターによるメッセージに比べると、1875年に別の霊がサインしたものが、雰囲気も異なり観点も違う点に気づかれるであろう。

イエスの虚像と実像

– イースター、1874年。前の年の同日にドクターとプルーデンスから送られた通信に言及したところ、次のようなメッセージが届けられた。

あの通信が届けられたころのそなたの心境と現在の認識とを比べれば、そなたの進歩のよい指標となろう。重大な問題についてその後いかに多くを学び、どれほど考えを改めてきたかがよくわかるであろう。あのころ、われわれは、いわゆる“復活”が肉体の復活ではなく“霊”の復活であることを説きました。

遠い未来ではなく、死の瞬間における霊の蘇りの真相を説き明かしました。それは、その時点においてはそなたにとって初耳でした。が、今は違います。当時理解に苦しんだことについて、今は明確な理解ができております。

イエスの地上での使命を、今われわれ使者を通して進展中の仕事についても説きました。イエスの真の神性 – そなたらが誤って崇拝してきた“主”の本来の偉大さについても説きました。

イエスみずからが述べたように、イエスもそなたたちと同じ1個の人間であったこと、ただ比類ない神性を体現した至純・至高の人間の理想像であったことを説きました。愚かしい神学によってでっち上げられたイエスの虚像を取り除くことによって、そこに地上の人間の理想像としての霊覚者イエスの実像を明かすことができました。

イエスは肉体をたずさえて昇天したのではありません。が、決して死んでしまったわけでもありません。霊として弟子たちに姿を見せ、共に歩み、真理を説きました。われわれも同じことをする日が到来するかも知れません(1)。

今そなたが見ているのは、これから始まる新しい神慮 – 人間が空想し、神学者が愚かにも説いた人類の終末の審判者としての“主”の出現ではなく、われわれ使者を通じての新たな使命(実は旧い真理の完成)、地上への新しい福音の啓示という形による“主”の出現 – の前ぶれとしての“しるしと不思議(2)”なのです。

すでに地上に進行しつつあるその活動の一環を、われわれも担っているのです。イエスの指揮のもとに新しい福音を地上にもたらすことが、われわれの使命なのです。今はその一部しか理解されないでしょう。

が、いずれ、のちの時代に、それが神から授けられた人類への啓示の一環であり、過去の啓示の蓄積の上に実現されたものとして評価されることでしょう。

俗世にあって俗世を超越する

このところそなたの反抗性が減り受容的態度が増してきたことで、われわれによる直接的な働きかけが目立って容易になってきました。忍耐づよく待つ心とともに、祈りの気持と不動の精神をぜひとも堅持してもらいたい。目指す目標から目を外らせてはなりません。

今まさに地上に届けられつつある神の聖なるメッセージを、繰り返し、じっくりと噛みしめることです。進歩の妨げとなる障害物を、つとめて排除してもらいたい。

もっとも、日々の勤めをおろそかにしてもらっては困ります。そのうち、今より頻繁にそなたを利用する時期も来よう。が、今はまだその時期ではなさそうです。そのためには、まだまだ試練と準備とが必要です。

友よ、その時期までには、そなたは火の如き厳しい鍛練を必要とすることを覚悟されたい。地上的意識を超えて、高級霊の住まう高き境涯へと意識を高めねばなりません。これが、われわれからの復活祭(イースター)のメッセージです。

死せるものから目覚め、魂を蘇らせよ。

地上世界の低俗な気遣いから超脱せよ。

魂を縛り、息を詰まらせる物質的束縛を振り捨てよ。

死せる物質から生ける霊へ、俗世的な取り越し苦労から霊的な愛へ、地上から天界へと目を向けられよ。

地上生活にまつわる気苦労から霊を解放せよ。

これまでの成長の補助的手段にすぎなかった物的証拠ならびに物理的現象を捨て去り、そなたの興味を地上的なものから霊的真理の正しい理解へと向けられよ。

イエスが弟子たちに申したであろう – “この世を旅する者であれ。この世の者となるなかれ”と。次のバイブルの言葉もそなたの心の糧とされよ。

“そなたたち、眠れる者よ、目覚めよ。死せる者の中より起きよ。キリストが光を与えん(3)。”

常に向上心を

– 私がこの世的なことに無駄な時間を費してきたとおっしゃっているように聞こえますが…

そうは言っていない。たとえ霊的教育を一時的に犠牲にしても、物理的実験等、地上の人間として必要なことはしなくてはならないと言ってきたつもりです。

が、われわれの願いは、そうした客観的証拠がもはや必要としない段階においては、そこから霊的教訓の段階へと関心を向けてくれることです。常に向上を心掛けてくれることを望んでいるのです。そして、そなたに求めることをすべての人間に求めているのです。

– さらに幾つか質問したあと私は、霊的に向上していくと俗世の仕事に不向きとなり、ガラスケースにでも入れておくほかはないほど繊細(デリケート)となる – つまり霊界との関係にのみ浸りきり、世間的な日常生活に耐えられなくなるが、それが霊媒としての理想の境地なのか、と尋ねた。

霊媒には環境も背後霊もまったく異質の別のタイプがあります。その種の霊媒にとってはそうなっていくことが理想でしょう。そなたもいずれはそのように扱うことになるでしょう。もともとそなたを選んだのは、そうしたもくろみがあってのことです。

だからこそ自制心に欠け邪霊の餌食となりやすい人間となるのを防ぐために、あえて時間を犠牲にしてきたのです。時間を掛けるだけ掛ければ、疑念と困難が薄れ、代って信念が確立され、過度の気遣いも必要でなくなり、その後の進歩が加速され、安全性が付加されると考えたのです。

焦ったからとて、その時期の到来が早まるものではありません。たとえ早まるとしても、われわれは急ぎません。が、霊的向上心の必要性だけは、われわれの仕事に関わるすべての人間に促してきました。同時に、物理的基盤が確立した以上、こんどは霊的構築の段階に入るべきであることも、常づね印象づけてきたつもりです。

– ここで私は、かつて述べたことがあることを改めて述べた。すなわち、私はあくまでも私の信じる道を歩むつもりであること、世間でスピリチュアリズムの名のもとに行なわれているものの多くが無価値で、特には有害でさえあること、霊媒現象というものはおよそ純粋な福音であるとは思えず、むやみに利用すると危険である、といったことだった。

さらに私は、信念が必要であることは論をまたないが、私には私なりの十分な信念ができていること、これ以上いくら物理的証拠を積み重ねても、それによって信念が増すものではないことを付け加えた。すると –

“山をも動かす”信念

そなたの信念が十分に確立されていると思うのは間違いです。信念が真実の意味で拡充され純粋さを増した時、今そなたが信念と呼んでいる、冷ややかにして打算的かつ無気力な信念とは、およそ質を異にするものとなるでしょう。

今の程度の信念では、本格的な障害に出遭えば、呆気なく萎(しぼ)むことでしょう。まだまだそなたの精神に染み込んでおりません。生活の重要素とはなっておりません。ある種の抵抗に遭うことで力をつけることはあるでしょうが、霊界の邪霊集団の総攻撃に遭えば、ひとたまりもないでしょう。

真実の信念とは“用心”の域を脱し、打算的分析や論理的推理、あるいは司法的公正を超越した無条件の“あるもの”によって鼓舞されたものであらねばなりません。魂の奥底から燃えさかる炎であり、湧き出る生命の泉であり、抑えようにも抑え難いエネルギーであらねばなりません。

イエスが“山をも動かす(4)”と表現した信念はこのことだったのです。それは、死に際しても拷問に際しても怯(ひる)まぬ勇気を与え、長く厳しい試練を耐え忍ぶ勇気を与え、勝利達成への道程にふりかかる幾多の危険の中を、首尾よくゴールへ向けて導いてくれるはずのものです。

この種の信念をそなたはご存知ない。そなたの信念はまだ信念とはいえません。ただの論理的合意にすぎません。自然に湧き出る生きた信念ではなく、常に知的躊躇を伴った検討のあげくに絞り出された、“知的合意”にすぎません。

安全無事の人生を送るには間に合うかも知れませんが、山をも動かすものではありません。証拠を評価し、蓋然性を検討するには適当かも知れませんが、魂を鼓舞し元気づけるほどの力はありません。

知的論争における楯としての効用はあるでしょうが、世間の嘲笑と学者の愚弄の的とされる行為や崇高な目的の遂行において圧倒的支配力をふるう、魂の奥底から絶え間なく湧き出る信念ではありません。その辺の認識がそなたには皆無です。

が、心しておかれたい。そのうちそなたも過去を振り返って、よくも今の程度の打算的用心をもって信念であると勿体ぶり、かつ又、その及び腰の信念でもって神の真の扉が開かれるのを夢想したものであると、驚き呆れる時も到来しよう。その時節を待つことです。その時節が到来すれば、信念に燃え崇高な目的に鼓舞された生ける身体の代りに大理石の彫像を据える愚はしなくなるでしょう。

とにかく、そなたにはまだ信念といえるものはありません。

– あなたは物事を決めつけるところがあります。おっしゃることは正しくても、いささか希望を挫(くじ)けさせるものがあります。それにしても“信仰は神からの授かりもの(5)”である以上、私のどこが責められるべきなのか、理解に苦しみます。私は“拵えられた”ものです。

違います。今のそなたは、内と外より影響を受けつつ、そなたみずから造り上げてきたものです。外部の環境と内部の偏向、それに霊的指導が加わった産物です。そなたは誤解しています。われわれが批難したのは、その名に値しないものを信念であると広言したこと、そのことだけです。

案ずるには及びません。そなたは崇高な真理への道を歩みつつあります。なるべく現象的なものを控え、内的なもの、霊的なものの開発を心がけてほしい。信念を求めて祈られよ。そなたがいみじくも“神からの授かりもの”と呼ぶものが魂に注がれ、その力によって、より高い知識へと導かれるよう祈られよ。そなたの、その“あらぬ気遣い”がわれわれの妨げとなっております。

†インペレーター

– イースター、1875年。午前中、かなりの数の霊が集まっているのを感じていた。そのことに言及したあと、それまでとはまったく異質の影響力のもとに、次のようなメッセージが綴られた。ただし筆記者はいつもの霊(レクター)である。

物質からの復活

すでに述べたように、われわれもよく祭日を祝います。イースターも、貴殿たちにとってと同じように、われわれにとっても祝日です。もっとも、祝う理由が異なり、その意義についての知識も次元が違います。

われわれにとってもイースターは復活を祝う日には違いないが、肉体の復活ではありません。“物質の”復活ではなく、“物質からの”復活であり、“霊の復活”です。それのみではない。物的信仰と物的環境からの復活でもあり、用を終えた死せる肉体から霊が昇天するように、地上的・物的なものから魂が解放されることです。

すべての物的存在に霊が内在するように、何事にも霊的な意味があることは貴殿も学ばれた。その意味において、キリスト教が祝うこの復活の教理は、われわれにとっても格別の意味を持つものです。

キリスト教徒は主イエスの、死による支配からの脱出を祝う。その際、それを肉体のままの復活であると信じるのは誤りですが、霊にとって死は存在しないという偉大な真理を、そうとは知らないまま祝ってはいる。

それは、われわれにとっては人間が真理を部分的にせよ霊的に理解していることを喜ぶ日であり、さらに又、この日に結実したイエスの大使命の成就を喜ぶ気持はさらに大です。貴殿たちが信じたがるように、死が征服されるというのではない。生命の永遠性について、おぼろげながらも理解しはじめたということです。

イエスは体質的にも非凡

– イエスの肉体的体質とその生涯の霊的な意義について尋ねると –

人類救済のために偉大な霊が地上に降誕した例はイエスひとりにかぎられたことではない、と言うに留めておきましょう。そうした救世主によって人類が得る救いは、その時代の必要性に応じたものです。

そうした特殊な降誕については、こののちさらに述べることになるでしょう。差し当たっては、人間の身体にも民族によって程度の差があるごとく、そうした救世主にも平凡な人間とは異なる次元において程度の差がある、と言うに留めておきます。

俗性と官能性とを多分にそなえた肉体もあれば、霊性の高い、洗練された肉体もある。中でもイエスは最も洗練された霊性の高い身体をそなえ、しかも、それがわずか“3年”の活動にそなえて“30年”もの鍛錬と修養を重ねられたのです。

[このとき私の脳裏に、3年のために30年を費すのは不釣合だ – もったいない、という思いが走った。]

救世主の仕事が地上生活の期間のみに限られていると思うのは間違いです。ナザレのイエスの場合に見られるように、本当の影響はその死後の余波にある場合がよくあります。イエスの仕事はその3年の間に“始まった”のであり、そして“今なお続いている”のです。

イエスの生活の特質は、威厳と謙虚の合体でした。偉大さと平凡さの結合にありました。偉大さが発揮されたのは誕生時と死亡時、そのほか、ヨルダンにおいて霊やイエスを試し、その使命を神聖なものと認めた時(6)など、その生涯の節目にいくつか見られます。

イエスを知る住民たちは、イエスがその生誕より死に至るまで尋常の人間でないことに気づいていました。その生涯が俗世間の社会生活や家族関係によって束縛されるべき人物でないことを知っておりました。

生活は庶民的だった

と言って、イエスを取り巻く生活の和気あいあいとした雰囲気は、イエスにとって心地よいものでした。そのことを住民はよく理解していました。バイブルは、そうしたイエスと住民との関わりについての叙述がきわめて不十分です。

イエスの言葉と行為とが住民に及ぼした影響に関するものがあまりに少なく、他方、いつの時代にもあるように、新しい真理に盾突(たてつ)いた当時の学者ならびに貴族階級の愚かな誤解についての言及があまりに多すぎます。

律法学者、為政者、パリサイ派、ならびにサドカイ派の学者は、こぞってイエスの敵にまわりました。今もイエスが当時のありのままの姿で教えを説いたならば、現代の知識人、博士、神学者、科学者と呼ばれる階層の者もこぞってイエスを嫌い、あるいは迫害もしかねないでしょう。

仮りに貴殿がわれわれのこうした仕事について語ることになった時、貴殿はまさかそうした階層の人たちからの証言を得たいとは思わないでしょう。イエスの言行についての記録がそうした無知な知識階層による迫害の叙述に偏り、平凡な住民とともに暮らした生活の中で見せた道徳的気高さについての叙述があまりに少なすぎるところに問題があります。

編纂者はイエスの直接の教えを受けた者との接触はなく、当時の風聞(うわさ)をもとに間接的に資料を得たにすぎません。これでは、あたかも何世紀も後になって歴史を編纂するのにも似ています。その点をよくよく心していただきたい。

イエスの背後霊団

イエスの生涯は、世に知られているかぎりでは3年と数ヵ月でした。それまでの30年はそのための準備期間でした。その間ずっとイエスは、その使命達成に意欲と愛を寄せる天使の一団からの指示を受けておりました。

常に霊界と連絡をとっていたのです。その身体が霊の障害とならなかっただけ、それだけ自然に天使の指導を受け入れることができたのです。

地上の救済のために遣わされる霊は、そのほとんどが、肉体をまとうことによって霊的感覚が鈍り、それまでの霊界での記憶が遮断されるのが常です。が、イエスは例外でした。その肉体の純粋さゆえに霊的感覚が鈍らされることがほとんどなく、同等の霊格の天使たちと連絡をとることができていました。

天使たちの生活に通じ、地上への降誕以前の彼らの中における自分の地位まで記憶していました。長時間にわたる入神も苦になりませんでした。そのことはバイブルに幾つかの例を見出すことができる – 荒野の誘惑の話、瞑想の習慣の話、山上における祈り、あるいはゲッセマネの園での苦悶…いずれも誤り伝えられてはいますが。

さらに又、イエスが語ったという天地創造以前の神の栄光の中での生活の回想についても、すでに貴殿もわれわれが授けた知識によって思い当たるものがあるでしょう。そうしたものが数多くあるのです。

イエスにとっては肉体がほとんど束縛とならず – それはまさに仮りの上着であり物質と接触する時にしか必要でなく – その生涯は、ふつう一般の人間とは質こそ同じであっても、次元において異っていました。清らかにして素朴であり、崇高にして情愛に満ち、また人々から愛される人間でした。

そうした生活は同時代の者には決してその真価が理解されないものです。イエスが誤解され、曲解され、誹(そし)られ、思い違いをされたのは当然の結果でした。それは、一般より抜きんでた者に大なり小なり共通して言えることですが、イエスにおいてはまた格別でした。

犠牲としての死の真意

その聖なる生涯が、人間の無知と悪によって、その半ばにして終焉を迎えたわけです。キリスト教徒がイエスは地上人類の犠牲となるために降誕したと述べる時、彼らはその真実の意味を理解していません。

確かに、イエスは人類の犠牲となるために地上に降りました。が、その意味は、熱烈なキリスト教信者が説く意味とは異なります。カルバリの丘(8)でのあの受難のドラマは人間の為せる業であり、神の意図したものではありませんでした。

使命遂行に着手したばかりの時点においてイエスを葬ることは、神の悠久の目的の中にはなかったのです。それは人間の為せる行為であり、邪悪にして憎むべき、かつ忌まわしい出来事でした。

イエスは、他のすべての改革者が救世主であったのと同じ意味において(程度は他に抜きん出ていたが)人類を救いに来たのであり、その至上の目的のために自分の肉体を犠牲にしたのです。その意味においては確かにイエスは人類を救い、そして人類のために死ぬために地上に降りた。

しかし、あのカルバリの丘での終末のシーンに至る人間の愚かしい行為があらかじめ神によって予定されていたという意味においては、イエスはそのような目的をもって降誕したのではありません。これはきわめて重大な意味をもつ問題です。

もしもイエスが地上生活を全(まっと)うしていれば、人類がいかに大きな恩恵をこうむっていたか、それは計り知れないものがあります。が、時期尚早だったのです。当時の人間は、その施された恵みのほんのわずかだけ味わって棄て去った – それを受け入れる用意ができていなかったのです。

同じことがすべての偉大な指導者についても言えます。まわりの者は理解し得るものだけ取って残りを後世へ譲り、ないしは性急のあまり脇へ押しやって目を呉れようともしない。そして後世の人間がその時期尚早にすぎた霊を崇め敬慕し、肝心の教えを勝手に曲解する…これ又、由々しき問題です。

受け入れの機が熟さないうちに真理を押しつけることは、われわれには許されていません。否、それは神ご自身の計画の中にはないはずです。大神の統べ始められる全宇宙は、整然たる進化と組織的発展の中に営まれねばなりません。

今も同じです。今もし人類にわれわれの授ける真理を受け入れる用意があれば、地上はかつて天使が神の真理の光を届けた時以来の全啓示に俗することができるでしょう。が、今はまだその時期ではなさそうです。

一握りの備えある者のみが、後世の者が喜んで喉の渇きを潤すであろう真理を、今受け入れていくのです。その意味においてイエスの地上での生涯は失敗であり、後世への潜在的影響力となることで終ってしまったと言えるでしょう。

のちにキリストの名を冠する教会が誕生して、天使の影響のもとに、イエスの生涯が象徴する真理をかき集めました。が、悲しいかな、今やその真理も長い間の慣習によって慢性化し、真の威力を失うに至っております(9)。

貴殿も知るとおり、キリスト教界の三大勢力(10)は、イエスの生涯の出来事のいくつかを祝うという点においては一致しています。その三大勢力以外に精進日と祭日を祝うことを拒否する派がありますが、これは感心しません。

彼らは真理の一部をみずから切り取ったも同然です。が教会は主イエスを記念してクリスマス、エピファニー、イースター、アセンション、ペンテコステ等を祝います。これらはイエスの生涯の節目であり、それぞれが霊的な意義を秘めた出来事なのです。それを説明しましょう。

クリスマス Christmas(キリスト降誕祭) – これは霊の地上界への生誕を祝う日であり、愛と自己否定を象徴します。尊い霊が肉体を仮りの宿とし、人類愛から自己を犠牲にする。われわれにとってクリスマスは“無私の祭日”です。

エピファニー Epiphany(救世主顕現祭) – これは、その新しい光の地上への顕現を祝う日であり、われわれにとっては“霊的啓発の祭日”です。地上に生まれ来るすべての霊を照らす“真実の光明”の輝きを意味します。光明をひとりひとりに持ち運び与えるというのではなく、光明に目覚めた者がそれを求めて来るように、高く掲げるのです。

レント Lent(受難節) – これは、われわれにとっては真理と闇との闘いを象徴します。敵対する邪霊集団との格闘です。毎年訪れるこの時節は、絶え間なく発生する闘争の前兆を象徴します。葛藤のための精進潔斎の日であり、悪との闘いのための精進日であり、地上的勢力を克服するための精進日です。

グッドフライデー Good Friday(聖金曜日) – これは、われわれにとっては闘争の終焉(しゅうえん)、そうした地上的葛藤の末に訪れる目的成就、すなわち“死”を象徴します。ただし、“新たな生へ向けての死”です。それは自己否定の勝利の祭日です。つまりはキリストの生涯のもつ意味の理解と達成の祝日です。われわれにとっては精進潔斎の日ではなく、愛の勝利を祝う日です。

イースター Easter(復活祭) – これは復活を祝う日であるが、われわれにとっては完成された生命、蘇る生命、神の栄光を授けられた生命を象徴します。今まさに自己を克服しつつある霊、そして又、これより克服へ向かう霊の祝いであり、物的束縛から解き放たれた蘇れる生命の祭です。

ペンテコステ Pentecost(聖霊降臨祭) – キリスト教ではこれも霊の洗礼と結びつけていますが、われわれにとっては実に重大な意義をもつ日です。それは、“キリスト”の真の意味を認識した者へ霊的真理がふんだんに注がれることを象徴しており、グッドフライデーの成就を祝う日です。人間がその愚かさから、自分に受け入れられない真理を抹殺し、一方、その踏みにじられた真理をよく受け入れた者が高き霊界にて祝福を授かる。霊の奔流を祝う日であ
り、神の恩寵の拡大を祝う日であり、真理の一層の豊かさを祝う日です。

アセンション Ascension(昇天祭) – これは地上生活の完成を祝う日であり、霊の故郷への帰還を祝う日であり、物質との最終的訣別を祝う日です。クリスマスをもって始まった人生が、これをもって終焉を告げる。生命の終焉ではなく、地上生活の終焉です。存在の終焉ではなく、人類への愛と自己否定によって聖化された、ささやかな生涯の終焉です。使命の完遂の祭です。

以上が、キリスト教会の祝日に秘められた霊的な意味です。われわれの仕事の最高責任者であられる方(インペレーター)がキリスト教的独善主義の壁を打ち崩し、迷信に新たな光を当ててくださったお蔭で、われわれが今こうして、すべての行事に秘められた真理の芽を披露することを許されたのです。人間的誤謬が取り除かれれば、それだけ多くの神の真理が明かされることになるのです。
われわれは、貴殿がこれまでに授かった教訓を補足し、完成したいと望んできました。これまでは破壊することが必要でしたが、今や構築を必要とする段階となりました。神の子羊、人類の救い主イエスがユダヤの無知と迷信の中から神の真理を救い出したごとく、代ってわれわれが同じ真理を人間的神学の破壊的重圧から救い出さねばなりません。

イエスは真理を求めてあえぐ魂を地上的煩悩から救い出し、邪霊の支配から解き放しました。われわれは魂を人間的ドグマの束縛から解放し、自由の真理を高揚して人間に知らしめ、それが神からの啓示であることを悟らせたいのです。

磔刑(たくけい)と復活 – 自己犠牲と新生

[イースターメッセージ、1876年。私は“死”と“生命”の問題、とりわけ霊性に関わる象徴的側面について一段と踏み込んだ教えを請うた。質問の中で私は、“死”と“復活”との霊的関係に言及し、肉体の死は新たな生への入口を象徴し、霊的な死は霊的新生への道であると考えてよいかと尋ねた。するとインペレーターが – ]

その件に関しては、昨年のイースターに述べたことを参照するがよい。そなたの言う象徴性が説明されています。すなわち物質からの復活であり、物質の復活ではないということです。キリスト教会が祝い続けてきたもろもろの祭日のもつ霊的意義についても述べてある。参照するがよい。

[言われるままに私は、1875年のイースターメッセージを読んだ。教会の祭日が象徴的に解説してある。クリスマスは自己否定、エピファニーは霊的啓発、レントは霊的葛藤、グッドフライデーは愛の勝利、イースターは蘇った生命、ペンテコステは豊かな霊的真理、アセンションは使命の成就を意味する、とある。]

その通りである。人間像の模範であったイエスの生涯は、地上に始まった生命の進歩的発展が、そなたたちの用語で言えば、天国にて完成される – 自己否定の中に誕生し、昇天の中に終焉を迎えることを意味しています。

そのイエスの生涯の中に、霊が肉体と結合し、そして解放されていく過程を、ひとつの物語を読むごとくに読み取ることができよう。天使の加護のもとでの30余年の準備期間は、イエスの使命にとって相応しいものであり、3年という短い期間も、人間の理解能力に相応しいものを行使するには十分でした。

人間の霊も、その発達過程においては、教会が祝う祭に象徴される過程をたどります。すなわち自己否定の誕生に始まり、完成された生命の祝福に終わる。

自己否定の中に誕生した生命が犠牲的生活の中で進化を遂げつつ、敵対するもの(日常生活、自己、および敵の中に見出される反作用の原理)との不断の葛藤の中に成長し、物的なものから超脱し、イースターの朝、物質の墓から昇天し、それを機に、豊かな聖霊の洗礼を受けて新しい生命として生まれ変わり、ついには地上生活の徳性によって用意された境涯(11)へと進む。

日々新たに

これこそ霊の進化であり、磔刑と復活によって端的に象徴されている霊的新生の過程と言えよう。古い自我が死に、その墓場から新たな自我が誕生する。肉体的欲求に縛られてきた自我が十字架にかけられ、新たな自我が神聖な霊的生活を送るべく昇天する。

肉体的生活の終焉は霊の新生です。そしてその過程が自我の磔刑 – パウロの言う“日毎の死(12)”です。霊的生活に停滞があってはなりません。麻痺があってはなりません。不断の成長であり、日々の生活における真理の体得であらねばなりません。

地上的なもの、物質的なものの抑制と、それに呼応した霊的なもの、天上的なものの啓発であらねばなりません。言い変えるならば、美徳を積むこと、そして人間生活の模範として示されたイエスの生活についての理解を深めることです。

物質的なものからの超脱と霊的なものへの発展 – あたかも火のごとき、すべてを焼き尽くすほどの熱誠によって焼き払うごとく、物的な汚れを清めていくことです。それは自我と、自我にまつわるすべてのものとの闘いであり、
神の真理の終りなき悟りのための行(ぎょう)です。

これを除いて他に霊の浄化の方法はありません。鍛練の炉は自己犠牲です。これに例外はありません。ただ、霊的な炎が一段と大きく燃えさかる偉大な霊においては、その過程が急速であり、かつ一時期に凝縮されることがあります。

他方、鈍重な霊においては、その炎がくすぶり、浄化の過程も延々と、幾度も繰り返されることになります。いち早く地上的なものから脱し、浄化の炎を有り難く受け入れる者は幸いです。そうした者は進化も急速であり、浄化も確実です。

– その通りだと思います。が、その闘争は酷(きび)しく、何から克服していくべきか迷います。

3つの敵

まず内部(うち)より始めよ。往古(いにしえ)の賢人は、魂の敵の表現において見事でした。魂には3つの敵がある – おのれ自身と、それを取り囲む物的環境、そして向上を阻止せんとする邪霊集団です。これを古人は“俗世”と“肉体”と“悪魔”と表現しています。

まずおのれ自身、すなわち“肉”の克服から始めるのです。肉体的欲求と感情と野心の奴隷とならぬよう、そして我欲を抑え、隠者的独房から出て、宇宙的同胞主義の自由な視野の中に生き、呼吸し、そして行動すべく、まずおのれ自身を克服することです。これが第一歩です。まず自分自身を十字架にかけなければいけません。そうすれば、おのれを埋葬した墓地から、物的束縛のない魂が自由に羽ばたくことでしょう。

これさえ成就されれば、その魂にとって、目に映じる物を忌み、永遠の価値あるものに憧れるようになるのは、さして困難ではありません。真理は永遠なるものの中にのみ発見されのであることを悟り、そう悟った時から、外界の物的形体を真理の影 – 人を迷わせ真実の満足を与えない外敵 – として、ひたすらそれとの闘争を続けることになるでしょう。

物質は殻であり、それをはぎ取ってはじめて真理の核が得られることを知ります。また、物質は往々にして人を誤らせる儚(はかな)い幻影であり、その奥に、悟った者のみに見出せる霊的真理が隠されている。そう悟った魂にとっては、もはや、物的なものを避けてその殻の内部の真理を求めるように改めて説き聞かされる必要はありません。

表面上(うわべ)の意味が霊的理解力においてまだ幼児の段階にある者のためのものであること、その奥に象徴的な霊的真理が潜んでいることを悟っております。物質と霊との相関関係を理解し、その表面的事象が幼児のささやかな理解力にかなう真理を伝えるための粗末な証でしかないことも理解している。

その魂にとっては、真実の意味において“身を捨ててこそ浮かぶもあれ(13)”なのです。その生活は魂のための生活です。何となれば、すでに“肉”を征服し、“世間”も、もはや魅力はないからです。

が、霊的知覚が鋭敏さを増すにつれて、邪霊の敵対行為も目立ってくるものです。不倶戴天の敵ともいうべき邪霊集団が行く手を阻み、この試練の境涯を通して絶え間なく煩悶の種子を蒔き散らします。信仰厚き魂はそのひとつひとつを首尾よく克服していくことでしょう。

が、地上生活においてそれが完全に絶える日は、ついぞ訪れぬものと覚悟されたい。何となれば、それはより高度の霊的才能を発達させるための手段なのであり、より幸せな境涯へ向上する資格を得るための踏み台だからです。

魂の不滅の輝き

以上が、簡単ではあるが、進歩的人間のたどる生活です。すなわち、おのれを十字架にかける自己犠牲と、世間の誘惑に打ち克つための自制と、邪霊との対抗に耐えるための霊的葛藤の生活です。そこに停滞は許されません。休息もありません。そして終息もありません。

“1日1日が死であり”、“そこから新たな生活が始まります”。不断の闘争であり、そこから止まることのない進歩が得られるのです。魂に内在する霊的な灯火(ともしび)が徐々にその光度を増し、ついに完全な光輝となるための絶え間ない闘争です。そなたたちのいう天国は、こうした厳しい闘争の末においてのみ得られるものです。

– Sic itur ad astra.(14)(これぞ不滅の輝きへの道なり)これこそがキリスト教において、仏教において、それから神秘学(オカルト)においても中心的思想となっています。イエスの言葉の中にも、その生涯を通して鼓舞し続けた同じ思想が随所に見られます。問題はいかにしてその理想をこの俗世で生かすかということです。

そこにこそ、イエスが述べた通り、地上の住民とならず地上を旅する者であらんとするための闘争があるのです。この高度な理想は、日常の雑務に心を奪われている者には、まずもって実現は不可能です。

だからこそわれわれは、そなたの関心をできるかぎり物理的交霊実験から逸らそうとしてきたのです。危険とみたのです。物理的現象から超脱するよう努力せねばなりません。構ってはなりません。理想の霊的な交わりは日常的煩悩に追いまくられなくなった者にのみ可能です。

– ずっと以前に私は、霊媒に徹しようとすれば世俗的生活と相容(あいい)れなくなると思うと述べたことがあります。つまり霊的過敏性が急速に発達していくために、世間との接触に適応できなくなる – あるいは、とにかくその霊媒の性格がふつうの生活をしにくくさせるものとなり、そういう種類の影響ばかり引き寄せるようになる、と。

そうした傾向は多分にあります。だからこそわれわれは、あまり物質的すぎる現象を控え、危険性の少ない精神的現象を発達させてきたのです。とにかく、われわれがすべてを良きに計らっていると信じるがよい。危険なのは、背後霊が背後霊としての仕事がやりにくくなった時です。そうなった時の危険性は深刻です。が、案ずるには及びません。そなたの歩むべき道は見通しがついている。ただ、今は闇の力がはびこる暗黒の時期に差しかかっている。辛抱強く待つことです。

†インペレーター

イエスの生涯が象徴するもの

[イースター、1877年]

神の祝福のあらんことを!この時節の恒例として、生命の復活と再生について述べたく思います。

このキリスト教の祭日のもつ素朴な象徴的意義については述べません。すでに述べてあるからです。すなわち葛藤のあとに得られる勝利について説きました。そなたも人間イエスの生涯の中に霊の向上進歩がいかに象徴的に表現されているかを学んだことであろう。その認識を改めて促しておきたい。

さて、救世主イエスは、神の使命を帯びて、至福の天界における霊的生活から地上へと降りられた。至純なる霊が1個の人体に宿り、ベツレヘムの飼い葉おけの中で誕生した。ありとあらゆる不完全さと煩悩をそなえ、進歩のための唯一の手段である悲しみと誘惑と試練から逃れることのできない、1個の人間となられたのです。

そこに、進歩の唯一の手段としての、霊から物質への降誕のひとつの典型を読み取っていただきたい。遠い過去より存在し続け、必要かつ十分な発達を遂げた霊が、他の手段では絶対に得られない進化の不可欠の要素としての葛藤と試練を求めて、いよいよ物質的身体による生活の場に降りたということです。

かくして人類の境涯へと誕生したイエスは、たちまちにして“この世の君(15)”サタンによる迫害に身をさらされた。時の権力者たちは、こぞってイエスに敵対し、神の子であることの証を要求した。そして遂に磔刑に処する命令を下した。イエスの説くところが彼らの主張するところと相容れなかったからです。

すでに述べたように、向上進歩の道程において新たな段階に差しかかるごとに天使の一団が見守っているが、その恩恵は、格闘と煩悶[のちに“葛藤”の意であるとの説明があった]の末でなくしては得られません。危険を冒すこともなく、必死の努力をすることもない、ただのんびりと夢見るような生活の中からは得られません。

もし得られるとすれば、それはもはや恩恵とはいえません。葛藤の中にこそ恵みがあるのであり、敵対するものを克服し、闘い抜いた末の勝利の中にこそ存在するのです。このことを、とくと心するがよい。肉体をたずさえて生をうけた霊には、常にこれを滅ぼそうとする霊が付きまとうことを知るがよい。

幼な子イエス

幼なき日のイエスも、そうした外敵の危険を察知した両親によって、安全の地を求めてエジプトへ連れて行かれました。そしてその地で豊かな霊的知識を身につけることになります。エジプトは太古より神秘的知識の宝庫であり、のちにイエスが披露した知識の多くは、そのエジプト滞在中に摂取したものでした。

そなたにとっては、もはやそうした闘争の意味について改めて探る必要はあるまい。敵に取り囲まれ、怯(おび)えるその霊は、エジプトをおいて他のいずこに避難と武装の場所を求めるべきか – 先人が苦闘の中に蓄積した神秘的知識と体験の記録の豊富な土地にそれを求めたのは、けだし賢明だったと言えよう。

神秘的知識の豊富なエジプトこそ、闘う霊が悪との闘争に備えて知識を身につけ、徳性を涵養して、霊的武力をそなえる兵器庫のようなものでした。

と言うのは、実を言えばエジプトへの脱出にはふたつの意味があったのです。ひとつには安全な土地への逃避でしたが、今ひとつは、教育のための留学の目的もあったのです。

すなわち徳性を涵養し、その中から霊的闘争の武器を身につけるために、エジプトという深遠な神秘的哲学の地へ隠棲したのであり、一方、他の地に比して平穏無事な雰囲気の中に安らぎと憩いを求めたのです。

瞑想、徳育、そして霊的闘士としての成長 – イエスも、そのか弱い幼少時代から青年期に至る時代をこうして過ごし、体力の増強と並行して獲得した知識の中で、徳性が涵養されていったのです。まさに叡智と体力の増強の時期でした。

準備期から伝道期へ

救世主イエスの象徴的生涯のひとつの典型ともいうべき時代が、これにて終了します。準備期が終わり、公的生活が始まります。

つまり、大衆の求めるものをはるかに超えた進歩と発達を限られた地上時代に成就すべく必死に自分にムチ打つ霊に、いよいよ第2の時期、われわれのいう“伝道期”に入るに先立って、その準備を整える期間を与えられて、可能なかぎりの真理を摂取したということです。

そなたには改めて説くまでもあるまいが、霊的進歩にとっては、ありとあらゆる形式の利己主義を粉砕し、才能を自分のために使用せず、生活のすべてにおいて“惜しみなく授かれる者は惜しみなく施せ(16)”の戒律を厳守することが必須の条件なのです。

ゆえに、自分に与えられたものは、それを求める者と分かち合わねばなりません。真理は、少なくとも通俗的なものは、世の人々に等しく分け与えねばなりません。しかし、より深い、より天上的な真理は、イエスがひとりで山頂にこもって孤独な瞑想の中で自分自身と対峙(たいじ)し、背後霊団(17)との交わりの中に霊的生気を取り戻すことをしたように、その葛藤の合間の魂の憩いとすべく、大切に、純粋のまま取っておかねばなりません。

その時のイエスには、その体験を共にすべき地上の友はいなかった。ただひとり霊体に宿って地上を遠く高く離れた(18)。その時の情景は、ひとりを除いて、弟子たちには見ることができませんでした。そのひとりだけは幾度か、神の使徒イエスを包むその最高の霊的現象を目撃する栄誉に浴したのでした。

[のちに、そのひとりとは聖ヨハネであるとの説明があった。いつ、どこで、という指摘はなかったが、ヨハネはたびたびイエスの光輪現象(19)を目撃している。]

この意味において、背後霊との交わりと同時に、地上の同志との交わりの中に霊的真理による救いと喜びを分かち合うことができる者は幸いです。霊的真理は、分かち合うことによっていささかもその恩恵が減少するものではありません。一途な目的と、真摯にして完全な共感の絆さえあれば、見る者が増えたからといって真理の光が減少するものではありません。

しかし、求道の世界では、たとえ同じ道を歩んでいても、二人三脚は滅多に望めるものではありません。たとえ目指すものは同じでも、それぞれにたどるべき道があることを知り、それぞれに瞑想と祈りのための山頂をもち、ひとりでそこに引き込もる時を持たねばなりません。

その宗教的向上心の生活と相まった陶冶(とうや)の生活は、来るべき奉仕的社会生活への準備なのです。救世主イエスは、エジプトで霊的知識を身につけ、瞑想の生活によって霊性を涵養し、純粋性をまとい、慈悲心に駆り立てられ、福音を授けるべく熱意に燃えて、隠遁の生活からようやく大衆の中へと入って行きました。

イエスは真理に対する不敵な信念に燃えていました。が、決して破壊主義者ではありませんでした。破壊することではなく真理を成就することこそ、彼の眼目でした。荒れ果てた荒野とすることではなく、実りをもたらし花を咲かせるために土地を掘り起こし、耕作し、種子を蒔くことでした。

材料は手もとにあるものを使用し、その埃(ほこ)りを払い、生命を失った儀式も彼の誠意に満ちた言葉の魔法にふれて、生きた真理の象徴と化しました。骨と皮ばかりのやせこけた人間が生気を取り戻し、死体に霊が戻り、死者が蘇り、そして立ち上がったのです。

霊的再生は自然の摂理

誠実な目をもってすれば、こうした流れの中に突然の断絶も、一時期の粗暴な終焉も、現在と過去との懸隔もなかったことがわかるであろう。すべては推移であり、緩やかな目覚めであり、それは今なお自然界に見られる通りです。

1年の終わりと始まりとに急激な断絶はありません。そなたたちの目には前年に埋められた墓の石蓋がいかなる力によって取り除かれたかがわからない。ある時はすべてが冷ややかにして生気なく、陰うつであり、もはや過去のものとなったかに思える栄光を悲しむ。が、やがて変化が生じます。人間的武力や権力によるのではなく、目に見えない霊力によって起こされるのです。

太陽がふたたび光を放ちます。その光は、死せる年が閉じ込められていた牢獄のカギを開け、花が芽を出し、恥ずかしげに、そして半ば恐怖を抱きつつ頭をもたげます。

やがて足もとはエメラルドのじゅうたんと化し、緑の平野が広がり、そして、見よ!やせ細れる者が生気を取り戻す、復活の季節(とき)が勢いよく訪れる…というよりは、死せる過去が静かに地上に戻る。これが大自然に年毎に黙示される霊的再生の寓話なのです。

同じ教訓を救世主イエスの生涯の中からも読み取ってもらいたい。伝道のために祖国に戻った時、ユダヤの民の生活はあたかも冬の木々のごとくに霊性を失い、寒々としていました。

樹液が流れを止めたかに見えた。枝に一葉も見られず、無気味ささえ漂っていた。疲れた旅人の喉をうるおす果実ひとつなく、目を楽しませる一輪の花すら見当たらなかった。まさしく死の疫病がすべてに蔓延しておりました。

そうした中に“神の使者”“選ばれし救世主”イエス、“正義と真理の太陽(サン)” – これは“息子(サン)”でもあった(20)。両者に差異はない – が、死せるがごとき裸の枝に啓蒙の光と暖かさを注いだのです。

そして、見よ、その変化を!空虚な形式主義が霊的真理に輝き、冷ややかな教説が健全な生命によって生気を取り戻した。古き時代の説話に新たな奥深い意義がもたらされた。社会生活は向上し、改められ、尊さを増していった。宗教はかつてなく高度にその霊性を増した。

イエスは形式に代って霊的意義を、けばけばしい儀式に代って静かな人知れぬ祈りを、見せびらかし的宗教 – 人に見せんがための宗教 – に代って、人目につかない隔離された部屋での、自分と神とのふたりきりの交わりを説いた。

これを要するに、野蛮にして空虚、高慢にして偽りだらけの形式主義を排し、代って温順にして霊性に富んだ求道の生活を説いたのです。その真実の例証は、騒々しい市場にはなくて静かな個室にあり、パリサイ派にあらずして収税史(21)にあり、大衆の目にあらずして大神の監視の前にありました。

生命の旅路

大自然とイエスの生涯に寓された教訓は、霊的生命の旅路にも見られます。学び得たかぎりの知識をたずさえ、徳性を培った魂は、試練の生活ののちに新たな生命の旅へと出発(たびだち)します。形式と儀式とにこだわってきた過去が、霊性を賦与されて新たな道が開けます。

信仰に目覚めた魂の目には、それまで単なる現象にすぎなかったものの裏に秘められた霊的意味が見えます。むき出しの枝が緑の衣をまといます。死んだように放置された儀式の形骸が霊性を賦与されて、新たな生命の息吹きを取り戻します。

古いものが廃棄されるのではありません。質が変えられるのです。果たすべき義務が免除されるのではありません。逆に、より鋭い熱意と配慮をもって果たすことになるのです。憂き世の苦労の繰り返しが短縮されるのではありません。その長い過程が、ささやかな善行の霊的意義によって、楽しく、かつ誇り高いものとして感じられるようになるということです。

あまりの冷たさ、あまりの生気のなさに絶望し、“ああ、主よ、この形骸にはたして生命があるのでしょうか”と幾度も魂に叫ばしめた無味乾燥の儀式が、復活霊の息吹きによって生命と温もりと現実味を帯びます。それなりの効用を果たした古い儀式が、新たな環境に適応した生活へと再生されます。

古い生命力より一段と強さを増し、過去の美しさより一段と霊性を増して新生されます。若さを取り戻したのです。霊的に啓発された目をもってみれば、真理はひとかけらたりとも滅びることはなく、必要に応じて神の研究室にて再化合され、再生されていくものであることを知ります。

かくして魂は、それを取り巻く自然界全体の復活に参加するのです。生命を新たにし、高度な知識を獲得し、奥深い真理を悟り、貯えた力をたずさえて、啓発と発展のための手段を授けに、同胞のもとへ赴くのです。

その時はもう、平凡な人間とは物の見方が違っています。行為も異なります。何の変哲もない外観の内側に神の潜在力を読み取るようになります。いかなる厄介物といえども、剪定によって発育を促し、枯れ枝の刈り込みによって若い枝が生長するとみれば、そのための労も厭いません。

こうして同胞のための公的奉仕の生活に勤みつつ、一方においては、絶え間なく霊的向上のための生活 – 真理への憧れと発展、霊との交わり、物質的・地上的なものからの超脱によって1歩でもイエスの完全な模範に近づかんとする修養を怠りません。こうした隠れた霊的向上の生活こそ、同胞への伝道の生活の源泉なのです。

伝道者の宿命

主イエスの地上生活の終末シーンもまた象徴的意義を秘めています。それは、敵意と侮蔑と迫害を煽る時代的偏見と闘う伝道者の宿命であり、気に入らない真理に対する地上的報復なのです。

イエスの生涯の記録を歴史的事実として理解できるそなたには、その悲劇的最期に至る一連の迫害の生涯が当然予想されるものであり、それ以外の生涯は到底有り得なかったことに理解がいくことであろう。

恐れることを知らないイエスの出現に危惧の念を覚えた卑劣な神学者たちは、民衆をけしかけて一斉にイエスを攻撃させました。そうしなければ、自分たちがその虚飾の姿を赤裸々にさらされることになっていたかも知れません。

尊大にして虚飾に満ちたパリサイ主義者は、もしもパリサイ人をしてイエスに対する怨恨を抱かしめなかったならば、イエスがマグダラのマリヤ(22)と収税吏を戒めた以上の厳しい言葉で糾弾されていたかも知れません。

見せかけのみの儀式主義に堕し、金の力で容易に地位と権力を獲得できた当時のユダヤ教は、もしもそうした地位と権力を有する者が、聖櫃(せいひつ)(23)にさえ不敬をはたらく忌々しいナザレイエスを憎むべき大罪人に仕立てなかったならば、やがて大革命が生じ、律法学者やパリサイ派教徒よりも収税吏や売春婦の方が高い地位と権力とを手中にすることになるかも知れないと危惧した。が、そうしたことは到底有り得なかったであろうことは、そなたにも理解がいくであろう。

イエスの至純さと至善さは、怨恨を呼ばずにはおかないものでした。妥協を許さない真摯な態度は、嫉妬心を惹起(じゃっき)せずにはおきませんでした。その説くところの教義はあまりに厳しく、一般民衆にはついて行けませんでした。

その生活上の戒律はあまりに霊的にすぎ、放縦と安逸の時代にはそぐわなかった。つまるところ、そうした高度の教えを受け入れる用意のない時代がイエスを十字架にかけたのでした。空虚と不純の時代が、罪悪の首謀者たちの立てた恥辱の木にイエスを磔刑(はりつけ)にすることにより、至純・至聖な“真理の子”に報復したのでした。

そういう次第だったのです。今なお、形而下的にはともかく、形而上的には多くの例証を見ることができます。中には神の使者の活動の波がたまたま通過した時代に、その波にのって時代相応の真理を説き、それが首尾よく世に受け入れられ、その功ゆえに名誉と賞賛を得た改革者がいました。また中には、さらに多くの世俗的知恵に長(た)け、より多く世のために尽くした人物もいました。

が、そうした指導者は稀れです。大抵の指導者はイエスのように真理の代償として屈辱と恥辱の中に死を迎えます。真実を説いた指導者に死が与えられる。が、その教えには復活と新たな生命が与えられる。そしてその指導者の姿がこの世から消えてはじめて、その教えの真価が理解される。その例は改めて列記していくまでもないであろう。

物質の霊化

イエスが十字架にかけられた時、そこには実に少数の同志しか居合わせませんでした。悲劇のどん底にあってもなお鋭い直感と情愛が変わることのなかった2、3の女性と、公然と信仰の告白もせず、きわめて臆病でさえありながら、実はもっとも忠実な側近であった隠れた弟子のヨセフとニコデモのふたりのみであり、他はすべて逃走したのでした。

そして新しい真理の伝道者、新たな福音の宣教師は今いずこにあるのか – 身罷(みまか)ってしまったのです。そして彼の説いた福音は今いずこに?これ又、どうみても葬られたとしか思えなかった。それゆえ、誰ひとりとして福音のこともイエスのことも思い出さず、注意すら払わなかった。

しかし、人間の判断はとかく性急です。かの埋葬場所の入口の蓋を取り除いたのは誰なのかは知るよしもなかった。ただ、時おり地上に新生をもたらす“霊”の力が力を取り払い、死せる肉体に生命を吹き込んだとのみ信じました。が、実はそれは天使の仕業だったのです(24)。

それと同じ力 – 完全に死んだものと思って埋葬した肉体に新たな生命を吹き込んだと信じられた力が、イエスの福音に生気を吹き込み、善悪さまざまな風説の中で育み、ついに諸国に波及させ、当時の霊的真理の強大な原動力とならしめたのでした。

それを個々の革命家に当てはめてみられよ。たどるべき宿命は同じです。神の真理として説くところがその時代の心に訴えようが訴えまいが、あるいは仮りに訴えたとしても、それれが時宜(じぎ)を得たものとして喜んで受け入れられようが、それとも余計なことをする革新者のおせっかいと受け取られようが、真理は真理として受け入れられるべく闘いの道を歩まねばならないのです。

それが神の選別の方法なのです。そして抵抗が大なれば大なるほど、それだけ真理普及にかける意気込みも大となります。踏みつけられれば踏みつけられるほど、信念は深く固く根を下ろします。

その闘いの生涯がイエスのごとき終焉を迎えるか、あるいは信念の弱さ、または慎重な配慮によって、その悲劇的運命が避けられるか – それは大した問題ではありません。

真理の言葉そのものが最後の勝利へ向けて首尾よく闘争をくぐり抜けることが肝要なのです。それはちょうど、イエスが修行時代において孤独と瞑想の生活の中で誘惑者と敵対者と闘い、苦悩の中で身を修め、受難の末に勝利を手にしたのと同じです。

愛の摂理の成就

修行時代を終え、新たな生命をたずさえて公的生活に入ったのちのイエスの生涯は、目覚めた魂に訪れる変化の象徴でした。この世に在りつつこの世の住民とならない生活 – 地上への“訪問者”としてこの世の慣習に順応しつつも、それに隷属しない生き方、それをイエスは示しました。

またイエスは常に、すべての霊的影響力に見られるかの最も強力な原理、すなわち“愛の摂理”によって鼓舞され続けました。イエスが姿を現わす時、あるいは何かを為す時、それは常に愛に発していました。そなたたちの手に残された記録は乏しく、かつ誤りに満ちているとはいえ、その原理を示す事象は十分に盛り込まれています。

イエスは愛の摂理を成就し、そして相応しい境涯へと昇天して行きました。2度と御姿を拝することも、直接(じか)にお会いすることもできません。もはや形体をそなえた存在ではないからです。今や霊的恩寵の源泉であり、“影響力”としての存在となっておられます。

みずからの発意によって地上界へ降誕する霊は、ことごとくその“愛”によって鼓舞されているのです。言いかえれば、彼らの使命はイエスと同じく愛の摂理に発しているのです。

人間的情愛にせよ、宇宙的博愛にせよ、その愛は高級界の存在を引き寄せます。そして、界たすべき使命を終えれば、彼らも又、父なる神、普遍的宇宙神のもとへ帰って行きます。

種子の死

希望に燃えよ!そなたは真理の枯渇を嘆きすぎます。暗く寒い冬にあってはその寒さに震え、冬の後には必ず春が訪れている事実を忘れる。つまり“死”あってこそ“蘇り”があり、新しい生活、より広い視野と生き甲斐と目的をもった生活へと導かれるものであることを忘れている。

そうした生活には必ず死が先立つものであること – そなたたちが死と呼んでいるものは、神の真理に関するかぎり、豊かな実りをもたらすための必須条件としての“種子の死”にすぎないことを、そなたはご存知ない。

生へ向けての死 – これこそが魂のモットーなのです。より次元の高い生へと昇華されていく死です。墓場における勝利であり、死を通じての勝利です。霊的真理を扱うに当たっては、このことを忘れてはなりません。

輝きと静けさの中にある時こそ油断は禁物です。空気は淀み、焼けつく炎熱の時、潤いが渇ききり、太陽が容赦なく照りつける時、か弱い植物はしぼみ、萎(しな)びていきます。

ゆえに、安逸と安楽の時、事が順調に運んでいる時、そして世をあげて“真理の言葉”を賞賛する時、その時こそ、やがてそれが萎び、輪郭がかげり、伝来の世俗的信仰の中に埋没していくことを案ずる必要があるのです。

すべての者が無条件に真理を受け入れる時こそ、その真理もやがて改められる必要性が生じ、より深い真理が要求される時が到来しつつあるものと覚悟するがよい。

それとは逆に、強烈な抵抗の中にある時こそ、大いに意を強くするがよい。何となれば、その産みの痛みによってこそ頼もしい後継者が誕生し、その気力と精神力とによって抵抗をはね除け、神の規範を一段と有利な闘いの場へと導いてくれるであろうからです。

救世主イエスの誕生から復活への生涯の過程には、そうした趣旨が秘められている。これは永遠に変ることのない比喩なのです。

[注釈]

(1)使徒行伝2・43

(2)中巻でも述べたように、この通りの言葉は現行のバイブルには見当たらないが、イエスのインドでの生活をテーマにした H.Kersten: Jesus Lived in India によると、インドのある礼拝堂の巨大なアーチに次のような文章が刻まれているという。“イエス曰く「この世は橋である。渡るのはよいが、そこに定住してはならない」と。”表現は違うが、言っていることは同じである。イエスは各地でこうした生き方を説いたのであろう。

(3)エペソ5・14

(4)マタイ17・20

(5)聖書(バイブル)全体に流れる基本的教説。

(6)マタイ3~4その他

(7)スピーア博士宅で行なわれた霊言現象の中でインペレーターが「主イエスはかつて1度も物質界に生をうけたことのない霊の一団によって支配され鼓舞されていました」と述べている。日本でいう自然霊である。

(8)Calvary ゴルゴタ Golgotha のラテン名。イエスが十字架にかけられた地名。

(9)中巻第16章・注(1)参照。

(10)カトリック、プロテスタント、ギリシャ正教。

(11)人間は日常生活において死後に落着く環境を築きつつあるというのが、高級霊界通信に共通した説である。

(12)コリント前15・31

(13)To die has been gain.

(14)ローマの詩人バージルの叙事詩「アエネイス」の中の名句で、星への道、すなわち不滅への道はかくのごとし、という意味。(ラテン語)

(15)the Prince of the World(ヨハネ12・31その他)

(1)マタイ10・8

(17)西洋でいう天使、日本でいう自然霊によって構成されていたという。(注(7)参照)

(18)幽体離脱現象。体外遊離ともいう。

(19)俗に、後光がさす、と言っているもので、一種の変容または変貌現象。

(20)Sun(太陽)とSon(息子)は語源も発音も同じ。

(21)当時の民衆の尊敬を得ながら、現実には空理空論をもてあそんでいるに過ぎないパリサイ派の宗教学者よりも、人に嫌われ軽蔑される職業でありながらも、社会にとっては無くてはならぬ存在である収税吏の方が上であるということ。

(22)伝説的には、かつて売春婦で、イエスの教えで信仰に目覚めた女性とされているが、中巻でも触れたように、エリオットの『聖書の実像』によると“マグダラのマリヤ”の“マグダラ”には“癒やされた”という意味があるという、つまりイエスの霊力によって難病が癒やされた美貌の女性で、その感謝の印として生涯イエスに物質面で貢(みつ)いだということらしい。売春婦とされたのは、イエスを妬む者たちがでっち上げた中傷であろう。

(23)モーセの律法が記された巻物などが納めてある入れもので、ユダヤ教では神聖にして侵すべからざるもの。

(24)シルバーバーチは、イエスの死体はどうなったのかという質問に答えて、ただ一言“Banished.”と答えている。これは目の前から姿が無くなることを意味する語で、ここでは心霊学でいう“物質の気化現象”が起きたことを言っている。物品引奇現象(アポーツ)では、いったん気化して室内に持ち込み、それから再物質化するということが行なわれているが、イエスの肉体は気化されたまま大気中の元素に還元されてしまった。それを背後霊団がやったというのである。

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第31節 進歩と堕落

[1876年4月26日。本節で紹介する通信は、通信霊の身元が強力な証拠によって確認されたケースに関するものである。

数多い同類のケースの中でもこれが一段と際立っており、こうしたケースがとかく騙されやすく、かつその可能性が十分に有り得る点を考慮しても、果たしてこれほど一貫した完ぺきな一連の証拠が単なる詐称や自己欺瞞といった説で説明がつくであろうかと考えると、それはまず不可能であるとしか言いようがない。通信は私が生涯親しくしていた友人の気の毒な死に関するものである。

ある時ハドソン氏(1)邸での交霊会で、その友人の映像が写真に写り、その後ずっと私の身辺にいるのを霊視し、かつ感じ取ってもいた。その写真が撮られた時、私は入神していた。

撮り終わってから別の霊がその霊の名前を教えてくれて、その像の乾板上の位置まで指摘してくれたが、現像してみるとその通りに写っており、映像は良くなかったが、その会に出席する前から脳裏をかすめていた友人の“面影”が容易に見て取れた。

実はこのケースにはもうひとつ特徴的な要素が付随しているのであるが、残念ながら内容上それは公表できない。とにかく映像的にも性格的特徴の点においても、その友人であるとの確認が得られた、と述べるに止めさせていただく。

この写真に関して最初に得た通信は、心霊写真を霊界側がどうやってこしらえているかということだった。それによると、ひとりの霊が私のまわりで活発に動いて、複数の技術者に指示を与えていたという。

像のまわりのあの被(おお)いのようなものは、時間とエネルギーを節約するための処置だそうで、頭部は完全に形を整えていたが、他の部分は言わば”スケッチ”程度のものだったという。

そうした部分的物質化の作業にも、それなりの勉強を積んだ大勢の技術者がたずさわるという。ひとりの心霊写真霊媒が撮る写真の映像が全体的にどれも似通った傾向が見られるのはそのためだという。

インペレーターとしては2度と物理的心霊現象には関わりたくなかったし、協力したのは、どうしても協力せざるを得ない時のみにかぎったもので、この度のこともインペレーターの意志にそったものではないとの説明があった。

その友人の霊は生前ずっと私の仲間だった人物で、当日その交霊会に出たのには特殊な理由があった。したがって彼の方が他の誰よりも写真に出るのが容易だった。もっとも私はふたりの友人を伴っていて、そのふたりのための証拠を得ることが目的だったのであって、私個人のためではなかった。

そういうわけで、友人はM霊の世話でその交霊会に出席し、M霊が技術者を指示して顔を整え、被いをスケッチしたというのである。面影は霊質の素材でこしらえ、実際にポーズを取り、それから撮影したという。こうした通信のあと、インペレーターが次のように述べた – ]

これよりそなたの友人のことについて述べたいと思うが、その前に、われわれはそなたが再び物理的現象に関わるのを防ぐべく、出来るかぎりのことをしたことを一言申し添えておく。

ようやく落着いてきた正常なエネルギーが再びその方向へ駆り立てられるのを望まなかったからです。そこで、われわれはそなたがその気持にさせられるような環境に置かれるのを阻止せんとしました。

以前にも説明したが、われわれは、そなたがいつまでも物理的段階にとどまっているのを不可として、交霊会を中止させました。友人がそなたに付きまとうのも好ましくないと見ていました。彼は霊的状態が良くありません。ゆえに、なるべくなら彼のことを構わずにいてほしかったのです。

が、いったんこうして関わった以上は、彼を向上の道へ向けて手助けしてやらねばなりません。M霊は、そなたが○○との交際と会話を通じてその友人へ強く思いを寄せたことで、彼の境涯へ引きつけられたと説明していたが、その通りです。霊と霊との間の親和力の法則です。そなたも知っていよう。

自殺した者の身の上

– 知っています。ですが、親和力は必ずしも法則どおりに働いていないし、むしろその通りの結果が現実に出るのは稀れのように見受けられます。で、彼は今、幸せではないのでしょうか。

どうして彼が幸せであり得よう。神が進歩と発展を願ってその魂を宿した聖なる神殿(肉体)に冒瀆行為(自殺)を働いたのです。霊的成長の機会を無駄にし、真の自我である神の火花の宿る聖殿を、思いのかぎりに破壊したのです。そして今、魂に何の用意も出来ていない見知らぬ土地へ、道連れもなしにひとりで旅立ったのです。

父なる神の前から逃亡したも同然です。その彼がどうして幸せであり得よう。死して不敬にして不遜、かつ強情であり、生きては無分別にして怠惰、かつ利己的であり、さらには、寿命を全うせずして他界することによって地上の縁故者に苦痛と悲しみをもたらした。その彼にどうして心の安らぎが見出せよう。

無益に過ごした生活がその代償を求めます。永年にわたって培われた利己性が今なお彼を支配し、心の落着きを見出せなくします。生活そのものが利己的であり、地上で目指したものが利己的であり、今なお自己中心にしか考えていない。

哀れにして分別を欠き、未熟であり、さような者には、悔恨の情が目覚めて精神的再生に至るまで、心の安らぎは与えられません。彼は今、まさしく“宿無し”の身です。

– 向上の望みはあるのでしょうか。

ある。望みはあります。すでに魂の奥に罪の意識が目覚めつつあります。霊的暗闇を通して、おぼろげながら地上時代の愚かさと邪悪性が見えつつあります。かすかながらも、自分の置かれている荒廃した状態についての知識に目覚め、光を求めはじめています。そなたの近くに留まっているのはそのためです。そなたは犠牲を払ってでも彼を救ってやらねばなりません。

– それはもう喜んで…ですが、どういう具合にすればよいのでしょう?

まず祈ってあげることです。祈りの力によって、高い世界のあけぼのを招来してあげることです。不幸な魂に、働くことの楽しい雰囲気を味わわせてあげることです。彼の魂は、聖純にして爽快な雰囲気がどういうものであるかがわかりません。

そなたにとって彼の存在は不快かも知れませんが、そなたがそれを教えてやらねばなりません。そもそも彼を呼び寄せたのはそなた自身なのです。そして彼は、そなたの誘いに素直に従っています。

彼の存在は我慢してやらねばなりません。われわれの警告と願いを無視してやったことであり、もはや取り返しはつきません。せめてもの慰めは、そうした努力によって、そなたも神の聖なる仕事にたずさわることになるということです。

利己主義の罪悪

– 私が呼び寄せたというのはどうかと思います。でも、私は何でも致します。彼は精神に異常を来していたのであり、責任を問うわけにはいかないと思います。

責任に問われるべきであったし、今なお問われて然るべきです。彼自身も今そのことに気づきはじめています。彼がみずからを傷つけた最後の罪業の種子は、すでに怠惰な無為の生活の中で蒔かれていた。彼は病的ともいうべき内向的性癖を培い、助長していた。自己のみを考察していた。

それも進歩や発展のためにではなく、また欠点を反省し徳を養うためでもなく、利己的排他性の中で行なっていた。言わば、歪められた利己主義の暗闇に包まれていたのです。それが彼に病をもたらし、あげくには霊界の誘惑者の餌食となり、破滅へと追いやられたのです。霊界から鵜の目鷹の目で見張っている邪霊に身をさらしてしまったのです。

その意味において彼は、そなたの言うごとく“狂って”いました。が、その狂気の行為は、彼のそれまでの所業の結果にほかなりません。しかも、彼は今その死によって心に傷を負わせた縁故者に、同じ邪悪な影響を及ぼしています。自分自身への災禍(わざわい)が今や、他の愛する人たちへの災禍となっているのです。

– 本当に恐ろしいことです!天罰の厳しさを見せつけられる思いがします。怠惰で利己的な人生がいかに霊的な病を生むかがよくわかります。利己的な罪悪の根源であるように思えます。

利己主義は魂の病巣であり、そなたが想像する以上に、多くの魂がこれに蝕(むしば)まれております。まさしく魂を麻痺させるものです。その利己主義がさらに内向的となれば、いよいよもって致命的となります。利己主義にもきわめて毒性の少ないものがあります。つまり活動性によってその毒性が中和され、場合によっては善性につながる行為の原動力となることすらあります。

たとえば他人から褒められたいとの欲求から善行に励む利己主義もある。やかましく言われまい、面倒を起こすまいとの配慮から善行に励み、それで満足する程度の利己主義もある。

余計な気遣いを避けるために、いかなる指図にも従うわけです。いずれも魂の進歩にとっては障害となるものであり褒められるべきものではないが、魂を蝕み、破滅と死へ追いやる悪疫とはいえない。

彼の場合は、いかなる善行も活動も伴わない卑劣な利己主義でした。怠惰にして無益、自己満足以外の何ものでもありませんでした。いや、自己満足以上のものでさえあった。何となれば、全生涯が病的な自己詮索によって曇らされ、汚され、その輪郭が浸蝕されていたからです。

この種の利己主義は自己にとっても縁ある人にとっても残酷な影響を及ぼします。罪にも段階があります。彼の罪はとりわけ度が深かった。これは彼のことではあるが、他人事(ひとごと)としてではなく、そなた自身のこととして聞くがよい。

か、しばし休むがよい。その間にわれわれがそなたの心から邪気を取り除いておこう。

[私は大いに動揺した。が、やがて入神に似た深い眠りに落ち、その間にある心なごむ光景を見せられ、目を覚ますと、すっかり気分が爽快になっていた。]

自殺は利己主義の極

今ここで彼の無益な人生を事細かに詮索する必要はないでしょう。魂が異常な利己主義によって蝕まれ、その終末は自我意識の破壊でした。そなたのいう意味では確かに狂っていた。が、その狂える精神が支配するかぎり、自殺の手を押し止めることは何者にもできなかった。平衡感覚を失い、取り巻く誘惑霊の餌食となっていったのです。

しかし、そなたの罪の評価は幼稚です。あの状態を誘発したのは彼自身なのです。魂そのものが自分を敵に売り渡し、破壊するに任せたのです。彼の場合は、遺伝的精神病が正しい判断と行為とを狂わせたのとは異なります。自殺は利己的怠惰の所産にほかなりません。

理性の力を奪い、自殺という行為へ追いやったのは、誘惑の魔手でした。その誘惑は人によって別の形を取ることもあります。が、自己破滅にせよ、他人への危害にせよ、その他いかなる形の自己満足も、その根源においては同じです。

授かった才能の使用を怠り、行為の生活を欠き、病と苦痛をみずから想像してそれに没入し病的快感を覚えるような魂は、間違いなく病を得ます。存在の原理は活動することにあります – 神のため、同胞のため、そして自己のためにです。

ひとりのためにでなくすべての人のためにです。その摂理を犯す時、必ず悪が生じます。停滞する生活は腐敗し、周囲へも腐敗をもたらします。邪悪であると同時に有害です。同胞の精神をも骨抜きにし、悪徳の中枢である堕落の素地を築いていきます。

悪がいかなる形態を取るかは問題ではありません。根源は同じなのです。彼の場合は個人的危害の形を取り、無益な生涯をご破算にしました。悲しみと恥辱の中での終焉であり、縁ある人々の心まで傷つけることになりました。

生命の糸(2)が切れた時、彼は暗黒と苦痛の中に自分を見出した。生命の糸が切れても当分肉体から離れることができなかった。みずから傷つけた魂の宮が墓地へ葬られたのちも、そのまわりを漂っていた。

無意識のまま、みずから動く力もなく、衰弱し、傷つき、困惑していた。落着く場がない。招かれざる客には歓迎される場はないのです。一面暗闇に包まれ、その暗闇の中に、彼と同様みずから破滅を招き、寄るべなき孤独の中に閉じ込められている同類の霊が、次から次へと、薄ぼんやりとした姿を見せる。彼が近づくと、半醒半夢の彼の不快さが一段と強化されていきます。

良心の目覚めが救済のカギ

その悲劇 – 本人は悲劇であることを半分も自覚していませんが – それを少しでも和らげ、魂を癒やすための手段が講じられることになったのは、初めて良心の心の呵責の身震いが、天使に届いた時でした。

暗闇の中で良心が目を覚ました時、天使はすぐさま近づいて、その麻痺した良心の回復を加速させ、悔恨の情を目覚めさせるべく、手段を講じたのです。はた目には残酷に映るかも知れませんが、天使はあえて彼の置かれた惨めな状態に気づかせ、その罪の深さを映像として眼前に映し出す手段に出たのです。

悔恨の門をくぐり抜けずして魂の安住の地へたどり着くことはできません。ゆえに苦痛という犠牲を払ってでも良心の回復を加速せねばならないのです。
その努力も、しばし効を奏しませんでした。が、徐々にではあるが、ある程度まで罪の意識を目覚めさせることに成功し、彼は、今や嫌悪感さえ覚えるようになったその悲劇から抜け出す道を手探りで求めはじめました。

が、しばしば元へ引き戻されもしました。誘惑霊が周りを取り囲んでそうするのです。が、実はそうした過程の中にも、彼の罪に対する当然の報いが容赦なく計算されていたのです。誘惑霊たちはそうとは気づきません。彼はただその低劣きわまる本能のおもむくままに動いているにすぎません。が、その実、彼らも又、因果律の行使者なのです。

彼が救出される道はただひとつ、何らかの善行への欲求が芽生え、その行為を通じてみずからの救済に勤しむことです。そこにたどり着くまでには、悔恨と不愉快な労苦の道を旅せねばなりません。それをおいて他に魂の清められる手段はありません。利己主義の罪は自己犠牲によって拭わねばなりません。怠惰は労苦によって根絶せねばなりません。

彼の魂は苦難によって清められねばなりません。それが向上進歩の唯一の道です。その道が彼の場合は、過去の誤った生活によって歩行困難、いや、ほとんど不可能にされています。しかし、努力によってたとえ1歩でも進まねばなりません。

しばしば転倒することでしょう。後戻りすることもあるでしょう。が、それによって、これでもか、これでもかと徹底的に忍耐力を試されるのです。1歩1歩と、悲しみと悔恨と恥辱の中に、時には意気消沈し、時には絶望の底から叫びつつも、その道を歩まねばなりません。

しかも、あちたりを取り巻く誘惑 – 向上せんとする魂を挫折させてやろうと企む邪霊たちのささやきと闘いつつ歩まねばなりません。言うなれば“火の洗礼”を受けつつ進まねばなりません。これをもって“罰”というのです。それが、他のいかなる手段によっても得られない、天国への唯一の道なのです。

罪はみずから償うべきもの

むろん、天使の援助の手は片時たりとも控えられることはありません。向上心の芽生えた霊を援助し、挫折しかける霊を元気づけることが、天使にとって光栄ある使命なのです。

とは言え、たとえ慰めることはできても、当人の痛みひとつたりとも代りに贖(あがな)うことはできません。摂理への背反の天罰を、ひとつたりとも和らげてやるわけにはいきません。代償として支払うべき余徳などもありません。

友人といえども重荷を肩代りしてやることはできないし、疲れ果てた背中から、それを下ろしてやるわけにもいきません。衰えゆく精力を補い扶助するための補助的援助は許されても、重荷そのものは、あくまでも罪を犯した本人が背負わねばなりません。

それは、無為に過してきた人生が生む避け難い天罰です。それに耐えることによって半ば消えかかった火花がふたたび点火され、魂を導く灯火として、大きく燃え上がることになるかも知れない。

あるいは、そうした天使の声に耳を貸さず、相も変らず暗闇と孤独の中をさ迷い歩き、奮い立つ気力も持たず、繰り返される煉獄の苦痛にさいなまれることによってのみ、魂の毒々しさが浄化されることになるかも知れない。

そうした罪障消滅に費やされる期間(とき)は、そなたたちには永遠のごとく感じられるかも知れません。あるいは、状況が固定化する前に魂が目覚め、奮い立つこともあります。そして、必死の努力によって光明へと近づき、みずから進んで浄化のための苦難を求め、残った気力でもって地上の悪癖をかなぐり捨て、新たな生命に目覚めることになるかも知れません。

それは有り得ることではあります。が、そう滅多にあるものではありません。性癖はそう簡単に変えられるものではないのです。浄化の炎も、そう易々と燃え立つものではありません。利己主義や不徳の中で死を迎えた者は、往々にして死後もなお利己的であり、不道徳であり、死後の環境がすなわち地上生活の証にほかならないのです。

かすかながらも向上心の芽生えはじめた彼のために、援助の力が授けられることを祈ってやるがよい。光が暗闇を照らし、迷える魂が天使の働きかけによって慰められるよう、祈ってやるがよい。彼の病にとっては、そうした祈りこそ最高の良薬です。

[右の通信を読んで私は、これでは向上のために努力しようとする者の気勢を殺(そ)ぐことになりはしないか – 人間にとっては理想があまりに高すぎる、と述べた。すると – ]

時々刻々の審判

とんでもない!われわれの述べたところでも、まだまだ実情のすべてではないのです。また、いささかの誇張も潤色も施しておりません。彼のような無為の生涯が招来する孤独的荒廃と悲劇的境遇の真の恐ろしさは、われわれにはとてもそのすべてを語ることはできません。そうした生涯の後に魂が抱く悔恨の情がいかに痛烈なものであるかは、とても言葉で言い尽くせるものではありません。

その後に魂がたどる過程は、いかに立派な理想を言ってみたところで、われわれにも、いかんともし難いことです。ただ、永遠にして不変の因果律の働きを述べることしかできません。

身に染みた利己主義と犯した罪過が完全に焼き清められるまでは、悲惨と悔恨の情から免れることはできません。われわれがそう定めたのではない。永遠にして全知全能なる大神が定め給うた摂理なのです。そなたの身近かに証を見ることのできる法則の働きを指摘したまでです。

いつのことかもわからない死後の遠い遠い先のある日、全人類が招集されて“記録天使”とやらが“審判の書”を提出し、それを手にしたキリスト神がひとりひとりに判決を下し、罪人は永遠の火刑に処せられることなどということはありません。断じてありません。行為のひとつひとつが確実に魂に刻み込まれ、思念のひとつひとつが漏れなく記され、性癖のすべてが死後の性格的要素として持ち越されるという形での審判はあります。そのことを人間が忘れがちであるために指摘しておきたかったのです。

罪状の評決には参考とすべき手回り品も何も要りません。魂そのものの深奥に静かに進行するものであることを教えておきたいと思います。審判者は魂自身なのです。魂が自分と語り合い、おのれ自身の命運を読み取るのです。参考とすべき書類は、道義的分別の記録のみです。地獄とは、魂みずからが罪悪を焼き尽くそうとする悔恨の炎のことです。

しかもそれは、全人類が他界してしまった遠い遠い先にて一斉に行なわれるのではなく、死と同時に、良心の目覚めと同時に、新たな生命への蘇りと同時に始まるのです。気絶状態でもあるまいに、遠い彼方の、うっすらとしたモヤのような光の中で行なわれるのではなく、確固にして確実、瞬時にして必定(ひつじょう)なのです。

なぜこのようなことを申すかと言えば、われわれについて世間では、霊の教えは宗教から恐怖心を取り除き、人間は動機によってのみ支配され、いかなる行為をしようと、いかなる教義を信じようと、すべての者が無条件に救われると説いているかに宣伝されているからです。

われわれはそのような無分別きわまる教理を説いているのではありません。そなたは、今はもうその点の理解ができていよう。が、そなたもそこに至るまでは、繰り返し繰り返し説き聞かさねばならなかった。

すなわち、人間は“みずから”の将来を“みずから”築き、“みずから”の性格に“みずから”押印し、“みずから”の罪悪の報いに“みずから”苦しみ、そして“みずから”救済していかねばならない、ということです。

われわれがこうした人生の暗黒面を取りあげたのは、彼の生涯がまさにその見本のようなものであったからにすぎません。気品と美と天使の支配に満ちた明るい側面については、これまでたびたび言及してきました。

あふれんばかりの神の愛と慈悲、その神とそなたたちとの間を絶え間なく取りもつ天使の優しい心くばりについては、改めて述べるまでもなかろう。時にはこうした暗い側面 – 孤独と荒廃、邪悪による誘惑の存在について認識を改めておくのも無駄ではあるまい。

絶対的摂理の存在

理想が高すぎるとの意見であるが、そのようなことはない。もしも高すぎということになれば、高き理想は向上心に燃える魂を鼓舞するためにしか役に立たないことになります。

確かに向上心のない魂にとっては高すぎるであろう。が、人生が利己主義と罪悪とによって蝕まれていない者、熱誠に燃え、ますます向上せんと心がける魂にとっては決して高すぎることはない。

友よ、よくよく銘記されよ。人生には、いかなる者にも逃れ得ぬ摂理というものがある。人生とは旅であり、闘争であり、発展です。その旅は常に上り坂であり、しかも道中は茨(いばら)に満ち、難路の連続です。

闘争は目的成就まで絶え間なく続きます。発展は低次元より高次元への霊的向上であり、地上の幼児的人格からキリスト的大人の霊格への発達です。この摂理だけは絶対に曲げられません。悪との闘争なくしては完全なる善への到達は望めません。

自分を取り巻く邪悪との葛藤を通して純化されていくのが、永遠に変らぬ必然性です。神より放たれた火花が、その父なる神のもとに帰り、その御胸に安住の地を見出すに至る道なのです。

真の幸福は、最高の理想を目指して生きることによってのみ獲得されるものであることを、そなたは今さら説き聞かされるまでもないと思うが、いかがであろうか。

怠惰な者、無精者はそれを知らないこと、邪悪な者、みずから望んで悪事を働く者には縁のないものであることは、改めて説くには及ぶまいと思われるが、いかがであろうか。

地上の幸福は天上界を目指す魂の中にのみ湧き出るものであり、その道程において克服した危険と困難を振り返ることの中に見出されるものであることも、改めて述べるまでもなかろうと思われるが、いかがであろうか。

天使は常にそうした魂を補佐しようとして見守っていること、天使はそのことを名誉と心得ていること、そして理想に燃える魂は決して致命的危害はこうむらぬものであることを改めて説くまでもあるまいと思うが、いかがであろうか。

たとえ勝利の宣言がなされても、闘争もなく、利己的かつ恥ずべき安逸の中に得られたものは真の勝利とは言えません。勝利は葛藤の末に得られるもの、平和は艱難(かんなん)ののちに得られるもの、そして、発展は着実な成長の末に得られるものです。

[私は、当然そうであると思うと答え、人生の準備期においてはなるべく多くの知識を蓄積し、できるだけ多くの仕事をし、その上で叶えられるかぎりの安らぎを享受すべきであると思うと述べた。しかし、仕事と知識(とくに神そのものと神の未来についての知識)が安らぎまたは安息に先立つものである以上、瞑想の余地がないことになると思うと付け加えた。]

人生の3要素

違う。人生には3つの要素がある。瞑想と祈り、崇拝と讃仰、そして3種の敵(3)との葛藤です。瞑想の生活は自己の認識にとって必須のものです。着実な成長の重要素です。それには当然祈りが伴います。すなわち肉体に閉じ込められた魂と、父なる神およびわれわれ神の使徒との霊的交わりです。

次に、魂がおのれを見出していく無数の局面 – 神の声なき声に耳を傾けるための静かなる孤独、あるいは神の物的表現であるところの大自然との触れ合い、あるいは人間のしつらえた厳(おごそ)かな神殿にて神を恭々しく讃える聖なる歌の斉唱、さらに又、言葉に出ず、他人の耳にも届かない魂の奥底からの、やむにやまれぬ向上心、こうしたものを通じて、神によって植えつけられた讃仰の本能がそのはけ口を求めるのです。

これは、絶え間ない悪との闘いには欠くべからざるものです。われわれはそれを過小評価するどころか、その必要性を主張するものです。そなたも今少し安らかな思索の時を持つよう配慮することを勧める。そなたの生活は静寂を欠いております。

– 彼の無節操な行為の中には必ずしも彼の責任に帰すべきでないものもあったことはお認めになるでしょう?

無論である。人間の身体に欠陥のある場合、あるいは調子を狂わせている場合があり、そのためにそれに宿る魂の意志に反した行為に出ることがある。狂気が脳の病から来ている場合もよくある。そうした場合には、魂に責任はありません。事故による傷害によって精神に異常をきたすこともあり、先天的異常の場合もあり、過度の不幸や懊悩による場合もあります。

そうした原因に由来する時は誰にも咎められるいわれはありません。ましてや、公正なる神による咎めは絶対にありません。神は霊的動機と意図によって審判を下されるからです。

われわれがそなたの友人を咎めたのは、あの不幸な結末が、生涯にわたる罪悪の生み出したものであるからにほかなりません。それに関しては彼に責任があったし、今なお責任がある。そして彼も今そのことに気づきはじめております。

全能なる神よ、叡智を育み、そして授け給え。

†インペレーター

[注釈]

(1)F.A.Hudson 英国初の心霊写真霊媒で、本巻ならびに中巻の口絵写真の説明文を参照。

(2)霊的身体と肉体とを結び付けている帯状の紐。日本では古来“玉の緒”と呼び“魂の緒”と綴ることもある。霊視すると銀色(シルバー)に輝いて見えるので、英語ではシルバーコードと呼ぶことが多い。

(3)第30節“イースターメッセージ、1876年”を参照。

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第32節 真理

[その後に届けられたインペレーターからの通信の一例として、次のメッセージを紹介しておく。内容的にいっそう崇高さを増した霊訓の典型を見る思いがする。驚異的なスピードで綴られたもので、書かれたままを紹介するが、一語の訂正の必要もなかった。綴られている間の私は、強力にして崇高な影響力が全身に泌みわたるのを感じていた。]

真理の理解に試練は不可欠

イエス・キリストの祝福のあらんことを。この度は、2度と訪れぬかも知れないこの機に、そなたの疑問に答え、必須の真理を授けておきたく思います。

このところ、そなたのもとに届けられた何通かの手紙によって、われわれが警告しておいた艱難辛苦の時代の到来が、われわれのみならず、他の霊団によっても予期されていることがわかるであろう(1)。

備えを怠らないでもらいたい。間違いなく到来する。苦悩は必要だからこそ訪れるのです。イエスもそう悟り、そう説いている。魂には鍛練が必要なのです。身体に鍛練が必要なのと同じです。

鍛練なくして深い真理は悟れません。何人(なんぴと)といえども、悲しみの試練を経ずして栄光ある頂上へ登ることは許されません。真理へのカギは霊の世界にあるのです。試練によって鍛えられていない魂が勝手に真理をもぎ取ることは許されません。よくよく心されたい。

安逸と放縦の道は、夏の日を夢見心地で過ごす者には楽しいかも知れません。それに引きかえ、克己と自己犠牲と自己修養の道は、茨と岩だらけの上り坂です。が、それが悟りと霊力の頂上へたどり着く道なのです。イエスの生涯をよく吟味し、そこから教訓を学び取るがよい。

さらに、今こそわれわれと邪霊集団との熾烈な闘争の時期でもある。その煽りがそなたにも感じ取れるであろうことを述べたことがありますが、神の摂理の大いなる発展の時期には、それは付きものなのです。言わば夜明け前の暗黒であり、成長の前提条件としての憂うつの体験であり、真摯な魂が浄化される試練の時期なのです。

イエスはそれを、かのゲッセマネにおける苦悩の時に“今やあなたがたの時、そして暗黒の時(2)”と述べました。今こそ、その時です。しかも容易には過ぎ去らないでしょう。辛酸をなめ尽くさねばならないのです。

それぞれの時代に授けられた啓示は、時の流れとともに人間的誤謬が上乗せされ、勝手な空想的産物が付加されていく。それが時とともに生気を失い、訴える力を失う。批判の声に抗し切れず、誤謬がひとつまたひとつと暴かれ、信仰の基盤が揺さぶられ、人間はついに大声をあげて叫ぶ – 真理とは何ぞや!と。

それに答えて新たな、より崇高な真理の誕生となります。産みの苦しみが世界を揺るがせ、その揺りかごのまわりに霊界の力が結集してこれを守る。その闘争の噴煙と轟音はまさに強烈です。

理解の仕方は各人各様

その新たな真理の光に空が白み、雲が晴れると、高い塔から眺める霊的洞察力に富む者は、いち早く新時代の到来を察知し、その夜明けを歓迎します。“喜びは暁とともに来らん(3)”“悲しみと嘆きは消えゆかん(4)”かくして夜の恐怖、“暗黒の力”が過ぎ去ります。

しかしそれは、すべての者にとっての話ではありません。相も変らず光を見る目を持たず、真理の太陽が煌々と頭上に輝くまで気づかない者が圧倒的多数を占めます。彼らは新たな真理の夜明けに気づくことなく、ただ眠り続けます。

こういう次第で、すべての人間が等しく真理を理解する時代は決して訪れないのです。いつの時代にも、真理に対して何の魅力も感じない者、なまじ上り坂を行くことが危険を伴う者、古い時代から多くの者によって踏みならされてきた道を好む者が数多くいるものです。

暁の到来を告げる空の白みをいち早く察知する者がいる一方には、そうした人種もいつの時代にもいるものです。ゆえに、すべての者に同じ視野が開かれることを期待してはなりません。そのような夢のごとき同等性は有り得べくもないのです。有り得ないだけでなく、望ましくもありません。

神秘の奥義を詮索するに足る力を授かっている者がいる一方には、極力それを避けねばならない者もいるものなのです。そこで大衆を導く指導者と先達(せんだつ)が必要となるわけです。そ

の任に当たる者は、それなりの準備と生涯にわたる克己の修養が要請されます。それを理性によって律し、我欲を抑え、魂が一切の囚われを捨てて自由に振舞えるようであらねばなりません。そのことに関しては、とうに述べてある。心するがよい。

大方の者がこれぞ真理なりと信じていることが、そなたには空(うつ)ろに、かつ気まぐれに見えるからとて、少しも案ずるには及びません。そういうものなのです。真理にもさまざまな段階があります。多くの側面をもつ水晶から無数の光が発せられています。

その光の一条(ひとすじ)たりとて、すべての魂によって曇りのない目で受け止められるとはかぎりません。わずかな人間、ごく一握りの者に、その無数の光の中からはぐれた一条、あるいは二条三条、もしかしてそれ以上の光が届くにすぎません。それも、多くの媒体を通して届けられるために、ようやく届いた時は、すでにその透明度が曇らされています。

これはいかんともし難いことです。それゆえにこそ、さまざまな真理の見方が生じるのです。それゆえにこそ、さまざまな見解・誤解・誤謬・錯誤が罷り通ることにもなるのです。真理を豁然として大悟したと豪語しても、その多くは、束の間の真理を垣間見たにすぎません。

それに自己流の見解を付加し、敷衍(ふえん)し、発展させ、そうするうちに折角の光を消し、一条の貴重な真理の光が歪められ、破壊されます。かくして真理が台なしにされて行きます。咎められるべきは、真理の中継者の不完全さです。

深遠なる真理は独り静かに味わうべきもの

あるいは、こうも見ることができる。ひとりの向上心に燃える魂の熱望にこたえて授けられたものを、当人は万人に等しく分け与えられるべきであると思い込みます。そこで宝石が小箱から取り出され、一般に披露される。ユリの花が切り取られて人前に飾られるのと同じです。

とたんに純粋さが失われ、生気が半減し、萎縮し、そして枯死する。彼にとってあれほど美しく愛らしく思えた真理が、忙(せわ)しい生存競争の熱気と埃りの中で、あえなく新鮮味を失っているのを見て驚きます。おのれの隠れ処においてはあれほど純にして真なるものが、世に遺伝されると、見る間に精彩を失い、場違いの感じを受けるのを知って驚異すら覚えます。

彼がもしも賢明であれば、こう悟るところです – ヘルモン(5)の露は魂の静寂と孤独の中でこそ純化されるものであること、花は夜の暗闇の中でこそ花弁を開き、真昼の光の中では萎(しぼ)むものであること、すなわち至聖にして至純なる真理は霊感によって魂より魂へとひそかに伝達されるものであり、声高らかに世に喧伝されるべきものではないのだ、と。

むろん真理には、あたかも切り出したばかりの磊々(らいらい)たる岩石のごとき粗野なものもある。これは言わば、すべての建築者が等しく使用すべき土台石です。が、至純なる宝石は魂の神殿に仕舞い置き、独り静かに挑むべきものです。

ゆえに、ヨハネが天界の都市の宝石を散りばめた壁と門の話(6)をした時、彼はすべての者の目に映じるはずの真理の外形を物語ったのでした。ただし、彼がその奥の院に置いたのは至純なる真理の光ではなく、主イエスの存在と栄光のみでした。

そなたがこうした事実を悟れずにいることこそ驚異と言わざるを得ません。そなたにとって絶対的真理と思えるものも、実はそなたの求めにこたえて、完全な真理の輪を構成する粒子のひとつ、ほんのひとかけらが授けられたにすぎません。

そなたがそれを必要としたからこそ授けられたのです。そなたにとってはそれで完璧であり、言わば“神”であろう。が、別の者にとっては不可解なものであり、魂の欲求を満たしてくれる声は聞けず、求める美を見出すことはできません。

見せびらかしたくても、それは無駄です。すぐに生気を失い、その隠された魅力も、人の心を改めさせるだけの力は持たないでしょう。それはあくまでもそなた自身のものであり、そなたひとりのものなのです。そなたの魂の希求に応じて神から授けられた、特殊な需要に対する特殊な供給なのです。

真理というものには秘宝的要素があります。必然的にそうなるのです。何となれば、真理はそれを受け入れる用意のある魂にのみ受け入れられるものだからです。日用品として使用するには、その香気があまりに儚(はか)なすぎます。その霊妙なる芳香は、魂の奥の院においてのみ発せられるべきものです。

このことを、とくと心に留めおかれたい。さらに又、受け入れる用意できていない者に押しつけることは、真理を粗暴に扱うことになり、そなたにとっては天啓であっても、そうとは思えない者には取り返しのつかない害毒すら及ぼしかねないことも心されたい。

求道(ぐどう)の生活こそ人生の至高の目的

さらに忘れてならないことは、真理のための真理探求を人生の至高の目的として生きることこそ、地上にあっての最高の目標であり、いかなる地上的大望(たいもう)よりも尊く、人間の為し得るいかなる仕事にもまして気高いものであるということです。

人間生活に充満する俗悪な野心については今は取り上げません。虚栄から生まれ、嫉妬の中に育まれ、ついには失望に終る人類の闘争と野心 – これらは、紛(まご)うかたなき“ソドムの林檎(7)”です。

しかるに、他方には、目覚めた魂へのひそかな誘惑 – 同胞のために善行を施し、先駆者の積み上げた石塚(ケルン)にもうひとつ石を積み上げんとする心があります。彼らは自分の生活を大きく変えた真理を熱誠をこめて広めようと、勇み立ちます。もうその真理に夢中です。胸に炎が燃え上がり、その教えを同胞に説きます。

その説くところは気高いかも知れません。そして、聞く者の欲求にかなえば、同類の心にこだまして魂を揺るがせ、何らかの益をもたらすかも知れません。が、その逆となるかも知れません。

ある者にとって真理と思えることは、“その者にとって”真実であるにすぎず、その声は荒野に呼ばわる者の声にすぎず、聞く者の耳には戯言(たわごと)にしか響きません。彼の殊勝な行為が無駄に終ります。それだけのエネルギーを真理のいっそうの探究のために温存し、人に説く前に、より多くを学ぶべきだったのです。

教えることは結構です。しかし、学ぶことはさらに望ましい。また両者を両立させることも不可能ではありません。が、学ぶことが教えることに先立つものであることを忘れてはなりません。

そして、真理こそ魂が何よりも必要とするものであることを、しかと心得られたい。真理を宿す神秘の園に奥深く分け入る求道者は、その真理が静かに憩う聖域を無謀に荒らすことがあってはなりません。その美しさは、つい語りたくなるでしょう。

自分が得た心の慰安を、聞く耳をもつ者に喧伝したく思うかも知れません。が、自分の魂の深奥に、神聖な控えの間、清き静寂、人に語るにはあまりに純粋にして、あまりに貴重な秘密の啓示を確保しておかねばなりません。

[ここで、大して重要でもない質問をしたのに対してこう綴られた – ]

違う。それについては、いずれ教えることになろう。われわれはそなた自身の試練のひとつであのを肩代りすることはできません。迷わずに、今歩んでいる道を突き進むがよい。それが真理へ直接続く道です。が、不安と苦痛の中を歩まねばならないことは必定です。

これまで導いてきた道は、そなたには過去の叡智を摂取し、先駆者に学ぶ必要があると見た上でのことです。地上とわれわれの世界との交霊関係の正道を歩まんとする者は、その最も通俗的な現象面にまとわりつく愚行と欺瞞によって痛撃を食らうであろうことは、早くから予期していたことです。

愚行と欺瞞が横行するであろう時を覚悟して待ち、これに備えてきました。この分野には過去の神秘学と同じくふたつの側面があり、またそうあらねばならないことを教えたく思います。ひとつの側面を卒業した今、そなたはもうひとつの側面を理解しなくてはなりません。

そのためには、人間と交信する霊がいかなる素性の者であるかを知らねばなりません。それをおいて他に、今そなたを悩ませている謎を正しく読み取る方法はありません。

真理というものが一体いかなる方法によっていかなる条件のもとに得られるものであるか、又いかにすれば誤謬と策謀、軽薄な行為と愚行とを避け得るかを知らねばなりません。

人間が安全な態勢でわれわれの世界との関わりを持つには、あらかじめこうしたことをすべて理解しておかねばなりません。しかも、それを学び終えた暁に、あるいは学びつつある時にも、その成功いかんは、ほとんど、あるいは全面的に、人間側にかかっていることを忘れてはなりません。

求道者たる者は我欲を抑え、最奥の魂を清め、不純な心を悪疫として追い払い、目指す目的をできるかぎり崇高なものとしなくてはなりません。真理を、万人が頭(こうべ)を垂れるべき神そのものとして崇敬せねばなりません。いずこへ到るかを案ずることなく、ひたすらに真理の探求を人生の目標としなければなりません。

その時はじめて神の使徒によって見守られ、魂の奥に真理の光を見出すことでしょう。

†インペレーター

[注釈]

(1)具体的に何のことかは述べられていないが、歴史的にみて、ほぼ30年後の第1次大戦、さらには50年後の第2次大戦も含めてのことと推察される。

(2)ルカ22・53“あなたがた”とはイエスを捕縛に来た兵士と裏切り者のユダのことであるが、それは同時に、背後の邪霊集団を意味していると解釈すべきであろう。

(3)詩篇30・5

(4)イザヤ書5・10

(5)Mount Herman シリアとレバノンの間に位置するアンチレバノン山脈の最高峰。

(6)ヨハネ黙示録21・11~21

(7)Sodomapples外観は美しいが、口に入れると灰に化すと伝えられるリンゴで、失望の種子、幻滅を意味する。

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第33節 通信、終息へ

[第四節で作曲家アーンの生涯について綴られた細かい事実を紹介したが、1873年9月12日には他に3人の作曲家、ベンジャミン・クック Benjamin Cooke ヨハン・ペプシュ Johann Pepusch ウェレスリー・アール Wellesley Earl sの生前の事実や日時についても、同じように細かく、かつ正確な言及がなされた。

3人とも私の知らない名前だった。まるで人名辞典のような簡略な記述で、内容的には他愛もない些細なこともあった。いずれもドクターの署名が記されたが、その中でドクター自身も“実に下らぬ内容です。貴殿の確信のためと思えばこそのことで、それだけがわれわれの目的です。地上生活のこまごましたことは今のわれわれには興味はない”と述べている。

1874年7月16日。病気で部屋に籠っていたところ、右の3人の音楽家に関連した情報がさらに送られてきた。私個人としては何の関わりもないのであるが、私が毎日のように会っていたひとりの人物と密接な関連のある内容だった。

この度の霊はジョン・ブロウ John Blow といい、“クリストファー・ギボン Christopher Gibbon の教え子で、ウェストミンスター寺院のヘンリー・パーセル Henry Purcell の後継者。少年時代からすでに作曲家だった”と書かれた。

生没年を質すと1648年~1768年と書かれた。これなどは表面的には私が異常に過敏な状態で“たまたま”部屋に引き籠っていたから得られた情報である。

実はそれよりもっとプライベートな証拠が、1873年10月5日に届けられていた。4節で書物からの“読み取り”ができる霊として紹介された霊が、古代の年代記から幾つかを抜き書きした。それは、およそのことは私も不案内というわけではなかった。

と言うのも、その主題が私の研究範囲に属することだったからであるが、その内容の極端な細かさと正確さは、私には付いていけないものだった。私はこまごまとした事実、とくに年月日を記憶することが苦手なタチなのである。

生まれつきそうした細かいことを扱いきれないのと、幅広い視野で物事を総合的に把握することの方が実際的であるという信念から、私は常日頃からそういう習慣をつけるべく努力してきた。

その観点から見て奇妙に思えるのは、私の手を通して書かれた通信のほとんどすべてが顕微鏡的な細かさをもち、インペレーターからのものを除いては、視野の広さと多様性に欠けていることである。

同じ頃、中世の錬金術学者ノートン Norton の著書からの26行が、それまでのどの通信とも異なる奇妙な古書体で書き出された。その抜粋をあとで校合(きょうごう)しようとしたが、困難をきわめた。と言うのは、関係書が乏しく、ノートンに関しては生没年すら曖昧なほどで、ほとんど知られていないからである。

通信によると古代のオカルト学者で霊媒的素質があり、それで地上へ戻りやすいということだった。そして彼の著作に、詩文で書かれた The Ordinal or Manual of Chemical Art(1)というのがあり、ヨーク大主教のネビル Richard Neville(2)に捧げられたものだった。

他にも紹介しようと思えば幾つかあるが、以上紹介したものに優る証拠性をもつものではない。相当な量の資料の中から適当に抜き出したものである。

が、もうひとつだけ、通信の真実性の証明の仕方に特徴があるので紹介しておこうと思う。事実を提供した霊がみずからその証明の方法に言及しているように思える。しかもその情報は、出席していた者の誰ひとりとして知らないことであったところにメリットがある。私の記録から引用する。

1874年3月25日。ある女性がテーブル通信で列席者の誰も知らない氏名と事実を伝えてきた。そこで翌日私の背後霊に事情を尋ねた。すると – ]

無名の女性の出現

あの霊はシャーロット・バックワースと名のっていたが、その通りです。われわれとは特に関係はないのであるが、たまたまあの場に居合わせ、貴殿にとって証拠になると考えて、通信を許した。交霊会の状態はわれわれにとって良くはありませんでした。

それをわれわれの手で改善することはできませんでした。非常に乱れていました。あのような日の後はえてしてそういうものです。貴殿が巻き込まれたあの連中の異質の雰囲気が、われわれの手ではどうしようもない混乱の要素を誘い込んだのです。

– 霊媒能力をもつ4人と一緒になってしまいました。私はいつもあの種の人間から悪い影響を受けるようです。

貴殿はあの種の人間の影響にどれほど過敏であるかをご存知ないようです。あの時に通信した女性霊は100年以上も前に地上を去った者で、1773年に急死し、何の備えもないまま霊界へ来た。

ジャーミン通りの友人の家で他界している。そこで娯楽パーティに出席していた。たぶん彼女自身からもっと詳しい話が聞けると思うが、われわれにはどうしようもありません。

[ここへ連れてきてほしいと言ったところ、それは自分たちには出来ないと言う。そこで彼女について何かほかに知っていることがあるかと尋ねた。]

あります。実は彼女自身もあの時もう少し述べたかったのであるが、エネルギーが尽きた。死後の長い眠りから覚めて、しばらく特殊な仕事に従事し、その間ずっと最近に至るまで、地上への雰囲気に近づいておりません。

雰囲気が調和性のある場所に引かれています。それは彼女の性格に愛らしさがあるからです。他界のしかたは急死だった。娯楽パーティで倒れ、その場で肉体から離れた。

– 死因は?

心臓が弱かった。それが激しいダンスで負担を増した。優しくて愛らしい性格ではあったが、いたって無頓着な娘だった。

– 何という人の家で、どこにありましたか。

われわれには分りません。彼女自身から告げることになろう。

[このあと別の話題が綴られたが、彼女に関する話はそれ以上出なかった。同日の午後になって簡単な通信が届けられた。私は忙しくて寛いだ気分になれないので、ペンを手にする気がしなかったが、次のような一節を書かされた。]

シャーロットが他界したのはドクター・ベーカー Dr.Baker とかいう人の家であったことを確認しました。12月5日です。それ以上のことは分りません。が、以上で十分であろう。

レクター

身元を確認

[通信そのものもそうであったが、内容の確認が思いがけない形で叶えられた。当初右の事実を確認する手掛かりはまず無いとあきらめていた。そしてその件をすっかり忘れていた。その後少しして、スピーア博士が古書の好きな知人を自宅に呼び、私を入れた3人で談笑したことがあった。

その部屋には滅多に読まれたことのない莫大な数の本が床から天井までぎっしりと書棚に並べられていた。話の途中でスピーア博士の友人 – A氏と呼んでおく – が1番上の棚の本を取り出すためにイスを運んでいった。

そこには「記録年鑑」ばかりが並んでいる。A氏はほこりの中から1冊を取り出し“1年1年の貴重な出来事の記録が載っていて、まず載ってないことは無いほどですよ”と言った。

それを聞いた時、私の頭に例の女性の死について確認する記録があるかも知れないという考えが閃いた。インスピレーションの経験のある方ならよくご存知の、いわく言い難い閃きだった。内的感覚に語りかけられた声のようなもの、と言ってもよい。

そこで私は、1773年版の年鑑を探り出して、当時話題になった死亡事故の記録の中に、右の通信にある通りの、ある上流家庭でのパーティで起きたセンセーショナルな女性死亡事件を発見した。

その本は厚くほこりを被り、5年ほど前にそこに置かれてから1度も動かされた形跡がなかった。私の記憶では、その年鑑はきちんと配列されていた。そして1度も手を触れた跡がなく、A氏の古書趣味がなかったら、われわれの誰ひとりとして取り出して調べてみる考えは起きなかったのではないかと思われる。

このことに関してひとつだけ付け加えておくと、1874年3月29日にあるメッセージが綴られ、最初私にはそれが読めなかった。一度も見たことのない筆跡で、まるで体力の衰えた老人が震えながら書いたような感じだった。

署名もされているのであるが、いつもの書記が判読して教えてくれるまでは、私には読めなかった。結局それは私の知らない老齢の婦人からのメッセージで、われわれがいつも交霊会を催す家からあまり遠くない所にある家で、100歳近い高齢で他界していることが分った。

姓名も住所も公表できない。理由はご理解いただけると思う。今生きておられる縁故者に許しを乞う立場にないし、その気にもなれない。邸宅の名前と位置、死亡年月日がいずれもメッセージの通りであったとだけ述べておく。

メッセージを伝えたそもそもの日付(と思われるもの)は、その婦人が1872年12月に他界しているという注目すべき事実を伝えることで、“天寿を完うして、地上生活の疲れを癒やしてきた”ということであった。目覚めると同時にかつての家に引き寄せられ、それからすぐ近くのわれわれのサークルに引き寄せられたという次第である。(3)

通信の終息

この件にかぎらず、霊の身元に関するものはすべてインペレーターが指示しており、私がしつこく要求してきた身元の確認、というよりは、死後の個性の存続の証拠を提供するという確固たる意図があったものと信じている。

そのいずれも、明らかに計画性をもって運ばれていることがわかる。私からの勝手な要求が容(い)れられたことは1度もなく、その計画を変更させることは、ついに出来なかった。通信の連続性がこの頃から途切れている。このあたりで一応区切りをつけるのが妥当であると考える。

時たま思い出したように通信が出ることはあっても、この厖大な量の“霊訓”を一貫して支えてきた強烈なエネルギーは見られなくなった。所期の目的が達成され、その後も通信はあっても間隔が開くようになり、やがて1879年(4)ごろを境に、この自動書記による通信は事実上終りを告げ、もっと容易で単純なものに代ってしまった。

私が保存してある通信ノートの中から他の貴重な個所を抜き出すのは簡単である。多分これからその作業に取り掛かることになろう。が、取りあえず以上紹介した通信がそれなりに完結しており、他に類を見ない貴重な体験の標本として、十分にその意義をもつものと思う。

本書を締めくくるに当たってあえて言わせていただきたいのは、この“霊訓”は人間とは別個の知性の存在を強力に示唆する証拠として提供するものである。その内容は読む人によって拒否されるかも知れないし、受け入れられるかも知れない。

しかし、真摯に、そして死に物狂いで真実を求めてきた一個の人間のために、人間の脳とは別個の知的存在がたゆむことなく働きかけ、そしてついに成功したという事実をもし理解できないとしたら、その人は、本書の真の意義を捉え損ねたことになるであろう。](完)

[注釈]

(1)直訳すれば「化学的技法の手引き」

(2)15世紀の英国の貴族・政治家。

(3)震える文字で書かれたということは、晩年はそういう症状が出ていたことを示唆しているが、それは必ずしも、霊界で今も震えているということではない。地上界に戻ると、なぜか、死に際の身体的ならびに精神的な特徴が再現されるというのが一般的な傾向である。

(4)インペレーター霊団による通信が終ったということで、その後も残り火のような形で断片的な通信があったようである。幼児の落書きのようなもので始まってからの年数はほぼ十年にわたっていることは事実であるが、『霊訓』のエッセンス、つまりインペレーター霊団が意図したものが届けられたのは1973年から75年にかけての3年間に集中している。それをモーゼスがすんなりと受け入れなかったというだけである。

なお本節に出てくる日付を見ると、モーゼスは必ずしも古いものから新しいものへという順序にこだわらずに、内容を中心にして編集していることがわかる。

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人類史上における『霊訓』の意義 あとがきに代えて – 訳者

本書は、形の上ではモーゼスという霊媒的素質をもつキリスト教信者を通して、目に見えない知的存在が人間のすべてがたどる死後の道程を啓示したものである。

しかしその内容は、モーゼスが幼少時から教え込まれ、大学でも徹底的に研究し、唯一絶対と信じ、かつ、卒業後は牧師として誇りをもって説いてきたキリスト教信仰を根底から覆し、代って真実の霊的真理を説くもので、その働きかけに対してモーゼスがあくまでも人間的立場から遠慮容赦のない反論を試みつつも、ついに得心していく過程をモーゼス自身がまとめて公表したものである。

モーゼス自身が再三断わっているように、本書に収められたのは、ほぼ10年間にわたって送られてきた厖大な量の通信のホンの一部である。主としてインペレーターと名のる最高指揮霊が、右に述べたモーゼスの霊的革新の目的にそって啓示した通信を採録してあるが、記録全体の割合からいうと、プライベートなこと、些細なこと、他愛もないことの方が圧倒的に多いようである。

が、それはモーゼスの意志で公表されていない。実際問題としては些細なこと、プライベートなことの方が、科学的ないし論理的なものよりもむしろ人間の心に訴える、という点においては重要な価値をもつことがあり、その意味では残念なことではあるが、もともと霊団の意図がそこになかったことを考えれば、それもやむを得なかったと言わざるを得ない。

通読されて実感されたことであろうが、モーゼスにとって、その10年間の顕幽にまたがる論争は人生のすべてを賭けた、正に真剣勝負そのものだった。一切の見栄と打算を排した、赤裸々な真理探求心のほとばしりが随所にうかがわれて、私も訳していきながら、つい訳者としての立場を忘れてその激流に呑み込まれ、ある時は同じ人間としてモーゼスの苦衷に同情の涙を流し、またある時はそうした人間的な情に超然としたインペレーターの凜然とした、それでいて懐の深い、愛の配慮を忘れない態度に、思わず感動の涙を流したことも一再ではなかった。

とくに圧巻といえる“最後通告”をめぐる白熱の攻防のあたりを訳す時は、和服の懐に“タオル”をしのばせて机に向かう毎日だった。“ハンカチ”では間に合わなかったのである。

このたびの改訳のための読み直しに際しても、それは変らなかった。それは、ひとつには高校時代にこのスピリチュアリズムとの出会いがあって以来30年余り、目に見えず耳にも聞こえない、それでいて強烈に魂を揺さぶる影響力によってぐいぐいとこの道一筋を歩まされてきた自分自身が、モーゼスと重ね合って見えたからかも知れない。

ひとつだけドラマチックな例をあげれば、20代半ばに経済上の理由からこの翻訳の仕事に見切りをつけ、大阪のある商社に入社することになって、下宿先まで決まり、荷物をほどいてから、晴ればれした気分で社長宅へ挨拶に伺ったところ、なんと、その前日に思いがけない事情から会社が倒産したことを知らされた。社長の詫びの言葉を聞きながら私は、心の奥で背後霊団の影響力の物すごさと自分の宿命のようなものを思い知らされた。

この道一筋の覚悟はその時決まった。(むろん、いくら大義のためとはいえ、霊団が一個の会社をつぶすようなことをするわけはない。私の“凡夫の迷い”を覚まさせるために、倒産の運命にある会社を選んで、そういうきわどい体験をさせたのであろう。)

モーゼスの苦悩に秘められた教訓

さて、モーゼスは生涯独身だった。求道に生きる人間にとって、“食”を断つには限界があっても、“性”を超越することは大して困難なことではない。そんなことよりモーゼスにとって耐え難かったのは、宗教的信仰の根本的転換だった。

しかもそれが、目に見えず耳にも聞こえない、得体の知れない影響力が自分の手を使って書き綴る通信文によって強要されたのである。それに応じるのは確かに抵抗があったことであろう。よほどの霊的理解力がなくてはできないことであろう。

これほどの大事業のためにあれほどの霊団が霊媒として選んだのであるから、モーゼスは本来よほど霊格の高い霊の降誕だったはずである。それほどの人物にして、なおかつあれほどの精神的葛藤を余儀なくされたのである。この事実から私は、次のふたつのことを推察している。

ひとつは、物的身体に宿って地上に誕生するということは、人間の自覚や想像をはるかに超えて、本来の霊的感覚を大きく鈍化(マヒ)させるということである。

われわれは生まれてこの方、脳を中枢とした意識的生活に馴染み、これを当たり前と思っている。確かに、赤ん坊の時から幼児期、思春期、青年期、そして成人という過程における意識の発達と拡張のパターンは、それ自体、一応完成されたものであり、そのパターンを順調にたどる場合と、それが狂う場合、つまり正常と異常とがあることを考えると、正常に発達した場合にそれがすべてであると思うようになるのは、当然の成り行きであろう。だからこそ霊的意識というものが別個に存在することの理解が困難となるわけである。

しかし、近代スピリチュアリズムによって、それが一種の錯覚であることがわかってきた。われわれも本来は霊的存在であり、霊としての前世(先在)がある。それがこの物的分子で構成された肉体 – といっても実質的には脳髄と連結することによって、本来の霊的波動が物的波動に転換されてしまう。

ここで霊的感覚の鈍化が生じ、それまでの記憶のすべて – 霊としての先在のことも、それ以前の地上での前世のことも – 忘れてしまう。ある霊はこれを“ベールで閉ざされてしまう”と表現している。

高級霊の降誕は国籍離脱の大冒険

シルバーバーチ霊が語ったところによると、霊媒のバーバネルが母胎に宿る以前から英語の勉強をし、母胎に宿った瞬間からその育成に関与し、18歳に初めてその発声管を使用して地上界へ語りかけるようになるまで、ずっとその準備をしたという。ということは、バーバネルの先在つまり霊界における意識的生活においては、シルバーバーチ霊をはじめとする霊団との打ち合わせが出来ていたはずである。

ところが18歳になるまでのバーバネルは霊的なことに関心もなければ体験もなく、ビジネスマンになって大きな仕事をする野心を抱いていたという。18歳になって間もなくいきなりトランス状態にされた時は、そのことに大変な反発を覚えたほどである。肉体に宿るまでの霊的意識と、誕生後の肉体的意識とは、それほど違うものなのである。

本巻にも“地上の救済のために遣わされる霊は、そのほとんどが肉体をまとうことによって霊的感覚が鈍り、それまでの霊界での記憶が遮断されてしまうのが常です。が、イエスは例外でした”とあり、続編の More Spirit Teachings の中でもインペレーターが霊言で“高級霊といえども、肉体に宿ることによって先在の記憶を失うものです。この種の降誕は一種の自己滅却です。もしくは国籍離脱にも似た行為です”と述べている。

犠牲とか自己滅却とかいうといかにも立派そうに響くが、実は大変な危険を伴う冒険なのである。中には俗世的煩悩に負けて本来の使命を忘れ、とんでもない過ちを犯してしまう高級霊もいる。そういう霊の死後の苦痛は並大抵のものではないらしい。

地上世界は監獄ではない

こうした事実を短絡的に捉えて“地上は監獄だ”などと説くご仁がいるが、とんでもない幼雅な考えである。物質という、波動的にもっとも鈍重な環境で意識的生活を送るためには、それなりの防備機能をそなえなくてはならず、そのために霊的意識が芽生えにくくなるのはやむを得ないことである。

それをもって、バチが当たった者ばかりが送り込まれるところのように思う、そのいじけた考えの方が、私に言わせれば、むしろ“座敷牢的”発想である。

地上世界が、全体としてきわめて閉ざされた世界であることは事実であるが、それゆえにこそ地上特有の生活条件が生じ、そこで、前世で偉かった者も卑しかった者も、聖人も罪人も、その記憶をいったんおあずけにして、初めての地上人生の気持で生きるところに意義がある。前世のことが事細かに簡単に思い出されるようになったら大変である。

重ねて言うが、地上生活はきわめて貴重なのである。死後、霊界へ戻ってから掛けがえのない意義をもつことになる。ある霊界通信によると、霊格と純粋性は高くても、霊力が弱いために、ある界層から上へ突入することができずにいる高級霊が多いという。そういう霊が霊力強化のために地上へ降誕する例はいくらもあるのである。その地上に、われわれは今まさに生をうけている。有り難いと思い、大切に生きねばならない。

霊能者といえども前世の回想は不可能

少し本題からそれるが、最近、米国を中心に、前世へのチャネリングとかがまことしやかに語られ、著書が出版され、それが映画化までされて日本でも話題になっているようである。

が、右に述べたことからも容易に察しがつくように、イエスのような、ごく稀れなケースを例外として、前世をまるでビデオテープを再生するように回想できる人間はまずいないと思ってよい。むろん、瞬間的に垣間見たり直感したりする人は多いであろう。が、そうした体験とビデオ的回想とは次元が異なる。

それをあたかも、瞑目するだけで簡単に見て取れるかの態度で語って聞かせて大金を取る悪徳霊能者がいる。あえて“悪徳”と言ったのは、大金を取るからだけではない。分りもしないものを、いかにも分ったような態度で、いい加減な作り話を聞かせることで余計な先入観念を植えつけてしまい、その後の人生に後遺症のようなものを残してしまうからである。

再生とか前世といった、何の証拠もなく、どこまで本当かの判断もできず、したがって責任も取ってもらえないものは、人間はあまりあげつらうべきではないというのが、私の持論である。原理的に考えても、そんなことが分る人がいるわけがないのであるから、甘言に誘われて、ムダなカネを払ってまで、いい加減な情報を聞かされることのないよう、用心が肝要である。

人類の最大の過ち – 暗黒時代

本題に戻って – では、それほどまでの危険性をはらむ地上への降誕を果たしたモーゼスに、なぜ霊団側は、キリスト教という“誤謬だらけ”と非難する宗教をまっ先に学ばせたのであろうか。

これがもうひとつの重大なテーマであり、本稿の主題でもある。その背景には、地球を霊的に浄化する、つまりスピリチュアライズする(これがスピリチュアリズムの語原)ための大事業の発端となった事情の縮図があるものと私は推察している。

続編に次のようなインペレーターの霊言がある。“イエスが神であるとの概念が生まれたのは死後かなりの年数がたってからのことでした。そしてそのことは、イエスご自身にとっては迷惑千万なことでした。”

これは中巻で紹介したニケア会議でのキリスト教のでっち上げを示唆しているのであるが、私は、他の数多くの霊界通信を参考にした上での結論として、どうやら地球圏の上層界においては、ニケア会議後ほどなくして到来した“暗黒時代”を予測し、その反動として生じる数々の不幸な出来事に対処する手段を講じた – それが近代スピリチュアリズムであるとみている。(“近代”を付した理由については後で述べる。)

その“不幸な出来事”を具体的に言えば、西洋史に有名な“暗黒時代”は、一口で言えば人間の霊性の抑圧と封殺の時代といえる。キリスト教という人工の宗教の権威を楯に、これと対立するものはもとよりのこと、これとソリの合わないもの、異質のものをことごとく排除していった。

宗教はもとよりのこと、教育、芸術、文化、その他ありとあらゆる面にわたって拘束し、とくに霊的能力をもった者、ならびにこれを信じる者は、悪魔の使いとして拷問・火あぶり・斬首等で片っぱしから処刑してしまった。

まさに血も凍るような時代だった。インペレーターもシルバーバーチも口を揃えて、キリスト教を“呪うべき宗教”と言うが、その背景にはそうした狂った所業があるからであることは言うまでもないが、同時に、それが生み出す後世への悪影響がまた由々しきものだったからでもある。

その暗黒時代は歴史的には一応西暦1000年ごろまでとされているが、実質的にはルネッサンス末期(16世期)まで続き、その余波は現代にまで及んでいると私は見ている。それを如実に物語る格好の例が最近のニュースにあった。

ガリレオがコペルニクスの地動説を支持した“かど”で宗教裁判にかけられたのが17世紀半ばのことで、ガリレオは目が見えなくなったまま獄死している。そのことを“間違ったことだった”と、ローマカトリック教会が正式に認める“法王の声明”が出されたのがつい先頃のことで、ほぼ350年もたっている。

何を今さら勿体ぶって、と言いたくなるが、こうした事実は、巨象のごとく太った人工的宗教組織の病的体質を垣間見せていると言えよう。

霊性を何よりも重んずべき宗教が、その霊を封殺することによって権力組織を構築し維持せんとしたことは、狂気の沙汰としか言いようがないが、この『霊訓』の全3巻を通してインペレーターが繰り返し警告している邪霊集団の存在を考慮すれば、それも納得がいく。要するに邪霊集団がやりたい放題のことをやったということであろう。

知性と霊性のアンバランスが生んだ世界大戦

が、やがて物質科学が急速に発達し、科学万能の時代が訪れる。19世紀にはダイナマイトが、そして20世紀には原子爆弾が発明され、いずれも大規模な殺戮に使用されたと – いうよりは、それが戦争を大規模なものにしていった。ダイナマイトが発明されなかったら、第1次大戦も第2次大戦も起きなかったであろうし、そうなると原子爆弾も発明されなかったはずである。

ダイナマイトを発明したノーベルの遺言によって、それによる莫大な収入を基金とした“ノーベル賞”が創設されたというのは、なんとも皮肉な話ではある。ノーベルの痛恨の償いの気持がそうさせたのであろう。こう述べる私には、ノーベルを批難する気持は毛頭ない。

シルバーバーチによると、知性の発達に霊性の発達が伴わなかったことに、地上人類の悲劇の原因があるというのであるが、そうした原因を生み出したさらに奥の原因を探れば、良きにつけ悪しきにつけ世界をリードしている西欧において、暗黒時代という長期間の霊性封殺の時代があったことに行き着くと私は見ている。

さきに私は、地球圏の上層界において、こうした事態に対処するための方策が検討されたと述べたのは、そうした知性と霊性とのアンバランスを是正するための方策が検討されたと言い変えてもよいもので、まず幽界の上層部から浄化活動が開始された。

というのは、人間の発する悪想念は、ちょうど排気ガスが大気圏に漂いフロンガスがオゾン層を破壊するように、地球の霊的大気圏を汚染しているのである。それを浄化することから始めて、1848年に至ってようやく地上界に直接働きかけるところまで来た。それがハイズビル事件だったのである。

このように、スピリチュアリズムつまり地球浄化のための働きかけは、イエスの死後ほどなくして開始され、それが物質界に及んだのが19世紀半ばだった。そのころはすでに“科学時代”に入っており、欧米諸国の第1級の科学者が心霊現象の研究に熱中した。

これを英国の博物学者アルフレッド・ウォーレスが“近代スピリチュアリズム”と呼んだ。言うなれば科学的スピリチュアリズム – “科学の洗礼を受けたスピリチュアリズム”ということである。

モーゼスは人類の代弁者

モーゼスの『霊訓』はそうしたさ中に届けられた。さきに述べたように、霊媒とされたモーゼスは、地上への降誕に先立つ“先在”の時代に、インペレーターを直接の責任者とする霊団との“打ち合わせ”ができていたはずである。

しかし、いよいよ肉体に宿ってしまうと、少なくとも脳を中枢とする意識には、その打ち合わせのことが蘇ってこない。それが結果的にはモーゼスを、徹頭徹尾キリスト教の擁護者としての立場を固持させることになった。が、私はそこにこそ大きな意義があったと見るのである。

つまりモーゼスをキリスト教の代弁者としての立場に立たせ、呪うべき暗黒時代の産物であるキリスト教神学の誤りと過ちとを説き聞かせた。それにモーゼスが激しく抗弁し、スピリチュアリズムを批判し、かつ嫌悪感をあらわにした。それを受けて立ったインペレーターが懇切丁寧に真実の霊的教義を説いて聞かせた。

読者も同感なさることと思うが、その内容は理路整然として知性と良識にあふれており、霊界側で用意周到な準備がなされていたことを窺わせるものである。が、それでもなおモーゼスは、それをあくまでもキリスト教的観点からしか見ようとしなかった。あまりのしつこさに一時は総引き上げの警告まで出すに至るが、折よく(?)そのさ中に他界した友人の取りなしによって事無きを得る。

危険をはらんだギリギリの選択

そうした、芝居じみたところがみじんもない、魂と魂との真剣勝負の熾烈(しれつ)さがこの『霊訓』の最大の特徴であり、読む者をして、ひとりキリスト教にかぎらず、宗教的教義というものの功罪についての認識を改めさせずにはおかない。

が、それは、ひとつ間違えば取り返しのつかない悲劇に終る危険と背中合わせの、ギリギリの選択だったのである。その大冒険の地上の主役として選ばれたモーゼスは、よほど霊格の高い霊であったことは間違いない。

現今の既成宗教の堕落と逸脱ぶりは、常識をモノサシとして見ても、度が過ぎていることは誰の目にも明らかである。宗教は組織化するときまって堕落する。組織化がすなわち堕落というわけではない。宗教の本来の使命は霊的真理の普及にあるのに、肝心のその霊的真理をおろそかにして、営利追求と権力の座の奪い合いに明け暮れているところに堕落の要因がある。

真実の宗教的生活に組織は無用である。私はよく読者から“面会”の要請を受けるが、すべてお断わりしている。その必要性を認めないからである。

私という1個の人間に会う前に、こうした人類史上永遠に残るであろう高級霊からの教えとの出会いがあったのであるから、もうそれで十分なはずである。ひとり静かに高級霊の言葉を繰り返し味わうことは、その霊と対峙することであり、それこそ最高の宗教的生活なのである。

訳者の立場から言うのはどうかと思いながらも、あえて言わせていただけば、インペレーターやシルバーバーチといった高級霊の教えがこうして日本にも紹介されることになったのも、霊界側の計画の中に組み込まれていたはずである。

高級霊が働きかける時のビジョンは、人間の想像をはるかに超えて遠大であり緻密である。私はその紹介者のひとりにすぎない。その使命をこうして曲りなりにも果たすことができて、私は厳粛な気持の中に喜びを噛みしめているところである。

ついでに申せば、私が紹介したこれらの霊的啓示に匹敵するものは、これ以後、百年単位でなく千年単位の将来にかけて、まず地上世界へはもたらされないであろうと確信する。それほど、その淵源も内容も崇高なのである。

今こそ迫られている人類の課題

人類は、この地上に誕生してからまだ日が浅い。青二歳といってよい程度の年令であろう。その若さゆえに犯してきた数々の過ちや愚行のツケが、今、地球環境の破壊という形で回ってきている。

メルキゼデクに始まった高級神霊の降誕という形での霊力の流入はイエスをもって終了し、今、スピリチュアリズムという名のもとに、霊界からの働きかけとなって進展している。

そうした中にあって、皮肉にもイエスの名のもとにこの地上に呪うべき害毒を残したキリスト教を俎上にのせて、地上という物質界に身を置く人間としての正しい生き方を説いたこの『霊訓』は、人類にとって計り知れない意義をもつものと信じる。

モーリス・バーバネルがその全生涯を入神霊媒(トランスミーディアム)として、シルバーバーチの叡智あふれる教訓の通路となったように、ステイントン・モーゼスも、主として自動書記霊媒(ライティングミーディアム)として、インペレーターの峻厳な教訓の通路としての生涯を終えた53歳の若さだった。

そうした犠牲的生涯を送った“使者”の労苦に報いる道は、ひたすらその教えを日常生活の中で実践・体得していく以外にないであろう。

平成2年6月

近藤 千雄

謝辞

本書の翻訳に当たって、キリスト教関係の用語については鎌倉の元牧師・山本貞彰氏に、インド思想関係の用語についてはインド哲学ご専門の東京外語大学教授・奈良毅氏に校閲していただいた。といって、最終責任は、むろん、私・近藤にある。ここに記して感謝の意を表する次第である。

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Posted by たきざわ彰人(霊覚者)祈†