この件について長文ブログのタイミングで長々と説明するつもりはありません、ココでもごくさわりを述べるにとどめますが、一応2025年7月ナンチャラカンチャラ問題に関するムービーを見たりしているのです。で、その中にひとつ、霊的知識から見た時に明らかに間違っている部分を発見しています。

それについて説明しようとするとかなり長文を撃つハメになります、自伝に集中しますのでそのヒマはない、という理由ともうひとつ、僕はこの件は静観すべき、あまり深入りしたり騒いだりすべきではないと思っていまして、今はコメントは差し控えます、いつか書くかも知れませんが。

もし本当に重要な事なら霊団が言ってくるはずですが、霊団は2025年の事はカケラさえも言ってきません。これはあくまでも僕の所感ですが、予言だの何だのと騒いでいますが、僕はどうも「霊的なニオイ」ではなく「経済のニオイ」を感じるのです。一旦止めましょう。

自伝表紙の選択範囲を切っています。やるべき作業なら一生かかっても終わらないくらいたくさんあります、プライオリティの低いテキストを撃って時間を浪費する訳にはいきません。現在、自伝挿入の絵、18枚完成中、一体何枚まで行くのか。間違いなくあと80枚以上描く事になるでしょう。止まっているヒマはない手を動かせ(祈)†

「物質界に無数の光を照らしております」この言葉の通りなら僕も嬉しいのですが(祈)†■2022年1月19日UP■
「物質界に無数の光を照らしております」この言葉の通りなら僕も嬉しいのですが(祈)†
「神のご意志を物質界に送り届ける仕事」となりますから、その重大性は言語に絶するレベルとなります。霊団の「もう身勝手は許されません」の警告は、僕がこれまで何度となく幼稚、小我から反逆を繰り返してきた事に対する「アキトくん、これからはもうそのようなワガママは許されなくなる、重大性が桁違いだからだ」という意味となり、それは僕も激しく了解するところです。もし霊団が言っている通りになるのだとしたら、現在物質界に存在する霊界通信よりさらに進んだ内容の霊言を霊団が降らせてくる事になり、その霊言を物質界全土に広める事は「神のご意志を遂行する大中心の中の大中心の仕事」という事になり…続きを読む→
■2021年3月31日UP■
「返して頂く」2000年の冒涜から「私の名誉を返して頂く」というイエス様のご意志ではないでしょうか(祈)†
僕はキリスト教と全く無縁の人生を送ってきた、仏教だの新興宗教だのと言ったものにも全く関わりを持った事もなく、むしろ最高に胡散臭いと思っている。教会に足を運んだ事も1度もなく聖書も1度も読んだ事がない、今後も一切読むつもりはない。イエス様という人物にも何の興味も関心も持った事がなくデザインの世界で生きてきた、霊性発現を果たすまではイエス様の事など全く考えない人生でした。つまり脳内および心がキリスト教の「ドグマ」に全く侵されていない、僕という人間はイエス様にとって良い意味で「何も分かってない頭カラッポの人間」で、仕事をお願いするにあたりいろいろ都合がよかったのではないか。「シルバーバーチの霊訓」を筆頭とした、日本一のスピリチュアリスト近藤千雄先生翻訳の霊関連書籍は、宗教大キライの僕でも読み進める事ができた、現在でも「人生のバイブル」と思えるほどにスンゴイ気に入っている…続きを読む→
「駐車場で待つように」霊の導きに従う事は難しい、普通こんな状態では待てません(祈)†■2024年10月9日UP■
「駐車場で待つように」霊の導きに従う事は難しい、普通こんな状態では待てません(祈)†
霊団は僕に「宇宙一のバカ」大量強姦殺人魔、明仁、文仁、徳仁、悠仁の邪悪の正体および奴隷の女の子の悲劇の惨状を猛烈怒涛に教えてきました。僕は初期の頃こそ戸惑いましたが、精神的に克服してからはそれら情報を徹底的に拡散していきました。そしていくつかの具体的攻撃も受けつつ(【1】僕を引っ越しさせてその家を放火して僕を殺す計画があった【2】文仁がセブン時代に僕を脅迫してきた、僕は脅迫罪でポリーチェPOLICEに訴えを起こしていますが反故にされています【3】ポリーチェが理不尽な出頭要請をしてきて僕をポリグラフ検査(ウソ発見器)にかけようとしていた、等々)それらを霊団の導きを受けて回避しながら使命遂行を続行してきました。あえて断言しますが僕はこの12年、いつ暗殺されてもおかしくありませんでした。現在もかなり危険な状況と言って間違いないでしょう。そしてあるところから霊団は「宇宙一のバカ」大量強姦殺人魔、明仁、文仁、徳仁、悠仁および奴隷の女の子に関する情報をほとんど降らせてこなくなり、僕という霊媒を使う使うと、そればかり言ってくるようになります…続きを読む→

自伝のテキストを撃ち、撃ってはそれを説明する絵を描くという事を急ピッチで進めています。すぐには脱出できない事は分かっています。しかしいつか、最終的には脱出します。閉じ込められたまま終わるという事は絶対にしません。必ず出てみせます。

まずは書籍1冊目として自伝をキッチリ完成までもっていき、その勢いのまま2冊3冊と書くつもりでいるのです。僕はこれまで脱出のためにありとあらゆるカードを切ってきて、ことごとくそれがダメにさせられていますので(近々のモノでは2サイトで脱出というのがありました)もう残されたカードは多くありません。

僕は復刊を目指して書籍データを7冊完成させているのです。その経験を活かさない手はないでしょう。7冊作って1冊も販売状態にできない、コレはフツーに悔しいじゃないですか。まずは1冊完成させて出版にこぎつけるのです。

本当にスゴイ絵の枚数になってしまいそうですが、絶対に絵があった方が分かりやすい。トコトン読みやすさにこだわるつもりでいますのでココは手を抜く訳にはいきません。フゥゥ苦しい、しかしやる、何が何でもやれ、すぐにはムリでも最終的には必ず脱出できる(祈)†
「我々の言葉を信じなさい」帰幽後に全ての埋め合わせがおこなわれるという意味です(祈)†■2023年3月8日UP■
「我々の言葉を信じなさい」帰幽後に全ての埋め合わせがおこなわれるという意味です(祈)†
2000年前のイエス様が物質界に降下しておこなった仕事はもちろん「霊的知識普及」であり「神のご意志遂行」であり、それが現在も「スピリチュアリズム普及」というカタチで継続しているのです。このスピリチュアリズム普及の霊界での総指揮官はイエス様です。どうか霊関連書籍でお勉強して頂きたいです。そのイエス様が、一体何がどうなっているのか僕などというよく分からない画家に「怒涛の連続顕現」で霊的仕事を猛烈にお願いしてきたのです。僕は激しく拒絶しましたが1週間近くイエス様に何とも言えない表情で怒涛にお願いされ続けて僕は根負けしてしまい、この使命遂行をやる“ハメに”なってしまったのです。それから10年(霊性発現が2012年6月、隔離フィールド発動(事実上の使命遂行開始合図)が2014年7月ですから正確にはほぼ9年という事になるでしょうか)僕はずっとそのイエス様と約束した仕事を続けてきたのです…続きを読む→
「復刊事実上消滅」「霊媒として機能する条件」について説明させて頂きます(祈)†■2024年7月3日UP■
「復刊事実上消滅」「霊媒として機能する条件」について説明させて頂きます(祈)†
「シルバーバーチ愛の摂理」より抜粋 ある日の交霊会で菜食主義の是非について問われて こんなことを言うとまたわたしは不評を買うことになるでしょうが、真実は真実として申し上げねばなりますまい。理想的な霊媒のあり方としては、アルコールや肉類、タバコ、その他、人体の質を低下させるものは極力控える方が霊媒の進化にとって良いに決まっています。地上にあっては霊は肉体を通して自我を表現するしかありません。となれば、その肉体の質が高ければ高いほど霊媒の表現力も大きくなる道理です。したがってその肉体を汚すもの、間違った刺激を与えるものは、いかなるものであっても霊にとっては障害であり良いものではありません。肉体は霊の宿なのですから。これでもうわたしの答えはお判りでしょう。動物の肉、タバコやアルコールによる刺激があなたの心霊的(サイキック)ないし霊的(スピリチュアル)な能力の開発に益があるでしょうか。もちろん無いに決まっています。適度に摂取するのであれば害は少ないというのは当たり前の理屈ですが、理想を言うならば、霊媒は大地からの産物のみに限るのが好ましいと言えます…続きを読む→

OCRこれが死後の世界だ038-039img

スエーデンボルグの『天国と地獄』の中にはスエーデンボルグ自身が実際に訪れて観察した死後の世界の様子が綴られている。それを読むと、死後の世界では生活状態と環境が本人の内的性格(本性)によって左右されていることを知る。

同時に、霊界通信によくある「子供は天界においても成長を続け、真理を獲得することによって最後は天使的資格を得る」という文句が非常に具体的に説明されている。中でもわれわれの興味をひく言葉に次のような一節がある。

「宇宙間どの事物をとってみても、それには必ずそれに先立つ何物かが存在する。言いかえれば自分で自分を拵えたものはひとつもない。これを推し進めて行くと、結局、森羅万象は宇宙の第一原理から生まれたことになるが、彼等(天使)はその第一原理のことを全生命の究極的存在と呼んでいる。

また天使にもやはり生活というものがある。なぜなら、生活とは存在し続けることであり、存在し続けることは第一原理との関係を保ち続けることだからである。第一原理との関係が切れた時、その時は存在が消滅する時である。」この文句の中にもデービスのいう自然界の一連性の原理を窺うことが出来るのである。

『天国と地獄』で終始一貫して説いていることは、死後の生活環境が心の持ち方と常に一致しているということである。これをスピリチュアリズム流に表現すれば“親和力の法則”の働きが強烈なのである。罪深い人間が天国に住んでいるようなことは絶対にない。有り得ないのである。

なぜなら、罪深い人間はその罪の深さに相当した“心の地獄”を背負って歩くことになっているからである。しかしそれは絶対的なもの – つまり永遠に変えられないものではない。生命は常に変化と向上を求めてやまない。それ故、改心して努力しさえすれば必ず天国への道が開けるのである。

心と環境とが一致するということは、地上生活にも言えないことはない。ただ地上ではカネというものに物を言わせることが出来るので、カネさえあれば、どんなに罪深い人間でも御殿のような家に住み、暖衣飽食の生活を楽しむことができる。

しかしその生活はあくまでカネの力によるものであって、心の美しさ豊かさを示すものではない。逆に物に囚われるだけ、それだけ心の方がおろそかにされ、それが続くと、常に変化と進化を求めてやまぬ魂は不快と焦燥とを覚えるようになる。

その不快と焦燥こそ悪魔に笑みをもたらしめる本当の不幸の表われなのである。結局、親和力の働きは地上も死後も同じことである。ただ死後の世界の方がより速やかに働くというに過ぎない。では次に、その具体的説明を『天国と地獄』から抜粋してみよう。」