– でも、私たちは聖人君子の状態で生まれてくるわけではないでしょう?

「それはそうです。しかし恨みを晴らすために、あるいは思い切り貪欲をむさぼる事を目的に生まれてくるのと、善悪を知らない言わば“原料”の状態で生まれてきて1個の製品となっていくのとは意味が違います。」

– その違いを“悪行を犯す、犯さない”で説明できないでしょうか。

「出来ない事はありません。ただ私はあなたの表現の仕方に賛成できないのです。私は人間の魂の発達の目標をあなたのおっしゃる“聖人君子”となる事だとは思いませんし、又、罪悪の恐ろしさを知るために地上へやってきて人類みんなで悪い事をし合う事だとは考えません。

その考えは絶対に間違っています。確かに中にはある種の悪だくみを抱いて地上へやってくる者もいないではありません。しかし、その数は極めて限られています。

真の悪人と言える人間は、幸いにして極めて少数です。罪悪の大半は – それを罪悪と呼ぶならばの話ですが – 無知、間違った育ち方、過った教育、迷信等から生まれているものです。」

– 地上で欲の深かった子供は霊界でもしばらく欲深で、その意味で地上的体験をした事にならないでしょうか。

「あなたがおっしゃるのは、もし子供が生まれつき欲が深い場合は、死後もその貪欲性が意識に刻み込まれたままか、という事でしょうか。もしそうでしたら、それは有りうる事です。

ですが、寿命が短ければその貪欲性の発現するチャンスも少ないわけですから、それだけ矯正が容易という事になります。地上でほとんど発現しなかった貪欲性と、50年も70年も生きて完全にその人の本性の一部となってしまった貪欲性とでは大変な差があります。」

「あるんですよねぇ復活」僕が反逆をやめて復活という意味、フッ、甘いな(祈)†■2025年12月10日UP■
「あるんですよねぇ復活」僕が反逆をやめて復活という意味、フッ、甘いな(祈)†
反逆者の僕が言っても説得力がないですが、僕は一応「イエス様の怒涛の連続顕現」を受けて(自伝の中でも詳細に説明していますが)イエス様と約束して使命遂行人生に突入したという経緯の人間です。なので「イエス様との約束は果たす」という僕なりの責任感を持っているつもりです。その思いがあるから、この13年間ムカつかされ続けても耐えて使命遂行を続けてきたのです。この霊的仕事を果たしきる事の重大性をじゅうぶん認識しているから何とか耐えてココまでやってきたのです。霊的知識によりますと、霊界の人間は守護を任された物質界の人間を、あえて限界までしごくという事をやるそうですが、僕から言わせれば「しごきにも限度があるだろ、あんたたちのやっているのは完全にイジメであり許せぬ」という事になるのです。お子ちゃまの理由と言われるのでしょうが、それでも僕なりのれっきとした理由があって反逆しているのです…続きを読む→
■アナログ絵384-528、一挙UP。自伝に挿入した線画群です。本文なしでは分からないかも(祈)†■2025年12月27日UP■
■アナログ絵384-528、一挙UP。自伝に挿入した線画群です。本文なしでは分からないかも(祈)†
絵をたくさん挿入すれば当然ページ数が膨らみます、自伝は500ページオーバーの大著となってしまいましたが、長文をダラダラ読む、という状態にならないよう文章を細かく段落で切って、できる限り平易な表現を心掛けました…続きを読む→