本書を恩師間部詮敦(まなべあきあつ)氏の霊に捧ぐ(訳者)
まえがき
私は、かねがね、今まで自分が読んだ霊界通信を1冊にまとめてみたいと思っていたのであるが、その望みがようやく本書となって実現した。引用したものには私なりの解説を加えてある。全般的に観たかぎりでは、これで死後に関する一通りの知識は得られるのではないかと自負している。
もちろん人によっては説明不足の感を抱かれる箇所が無きにしもあらずだろうと思う。私もその点は充分意識しており、もっと専門的なものを出さなくてはと思うのであるが、それには大変な時間と労力とを要する。そういった科学的あるいは分析的な仕事は後輩にゆずって、私としては、ひと先ず、そういった専門的な仕事の資料を提供するだけで満足させていただきたいと思う。
死後に関する資料はすでに相当な分量にのぼる。時間と労力と情熱のある若い学徒は霊界(注1)の社会制度、生活手段、教育、進化といった個々の問題について詳しく分析研究して、ひとつ霊界の百科辞典のようなものを拵えてもらいたいものである。私としては、本書が死後に関する一般的知識を得る上でお役に立てば、それで満足である。
これまで死後の問題は信仰の領域とされてきた。が19世紀半ばから霊媒の組織的調査研究が盛んになるにつれて、その霊媒を通じて死後の事情が次々と明るみになってきた。むろん、その内容において必ずしもすべてが一致しているわけではない。その矛盾については本文で取り上げるが、少なくとも死後の世界の存在は単なる“信仰”から“事実”となってきた。
今や問題は果たして死後はあるかではなくて、死後は一体いかなる世界かということである。本書は、私が入手し得たかぎりの資料に基いて、その大まかな全体像を紹介したものである。かくして明るみにされた世界は、人間の理性を納得させるだけの合理性に貫かれた、あくまでも明るく進歩的な“動”の世界である。
深遠なる生命哲学の問題はさておいて、少なくとも肉体の死後に、ひとりの例外もなく、生命躍如たる明るい世界が待ちうけているという知識は、この悩み多き人生を生き抜く上で大いなる励みになるに相違ない。
おしまいに、本書の編纂に当って次の著書のお世話になった。記して感謝の意を表したい。
W・H・エバンズ
Practical Occultism
by J.J.Morse
モールス「実用神秘学」
In the Dawn Beyond Death
by C.D.Thomas
トーマス「死の彼方の夜明けに」
Life Beyond Death with Evidence
by C.D.Thomas
トーマス「実証による死の彼方の生活」
They Survive
by G.Cummins
カミンズ「彼らは今も生きている」
The Life Beyond the Veil
by G.V.Owen
オーエン「ヴェールの彼方の生活」
Arcana of Spiritualism
by H.Tuttle
タトル「スピリチュアリズムの秘義」
Heaven and Hell
by E.Swedenborg
スエーデンボルグ「天国と地獄」
Great Harmonia
by A.J.Davis
デービス「偉大なる調和」
Views of our Heavenly Home
by A.J.Davis
デービス「天界の住処」
Nature’s Divine Revelations
by A.J.Davis
デービス「大自然の神的啓示録」
(日本語訳は便宜上の直訳に過ぎない – 訳者)
■2023年12月27日UP■「おかげでだいぶ助かりました」殉教の死を遂げた方々が僕を使用して仕事しているのです(祈)†霊的知識を獲得した人は、宜しくないおこないをして帰幽した先にどれだけの地獄が待ち受けているかを知っているので自動的に悪行にブレーキがかかるのです。シルバーバーチ霊も仰っていますように、邪悪な人間というのは霊的成長における「幼児」であり、霊的知識が全く頭に入っていないワガママのお子ちゃまであり、物的金銭を人より多く所有する事でしか自己表現ができない原初的人間という事になるのです。金銭など帰幽後、1円も霊界に持って行けません。そして霊界生活にお金など必要ありません。必要なものは全て思念で拵える事ができます。物質界生活中にお金をため込んでも自分の未来にとって全く無意味という事を悟れていない人間という事なのです。人間は本来が霊であり、その霊が修行のために一時的にトレーニングセンターである物質界に肉体という鈍重な衣服をまとって降下しているのであり、そのトレーニングセンターでのおこないが帰幽後の生活環境、霊界にて赴く境涯を高くしたり低くしたりするという霊的知識の基本中の基本さえ知らない人間が、その無知から邪悪なおこないをするのです…続きを読む→
■2024年5月15日UP■「何のために霊能やってるんだ」物的手段に訴えるな、霊団に従え、という意味です(祈)†この地球、この宇宙は全て【神】のものです。今僕たちがまとっている肉体さえ僕たちのものではありません。全て神からの賜りものであり、僕たちの所有物などというモノは存在しません。物的金銭を蓄積する事ほど愚かな事はありません。肉体は100%朽ち果てるようにできているのですから人間は自動的に帰幽して物質界を離れます。その時、霊界に物質は持って行けません。100兆円稼いでも1円も霊界に持って行けないのです。物質界での金銭の蓄積は全く無意味である事を物質界生活者が理解するのはまだ1000年以上先の話かも知れません。物質界生活中に僕たちがやるべき事は「心を鍛える」という事です「自分を磨く」という事です。それが帰幽後の霊界生活に役立つのであって、霊界人生に何の役にも立たないおこないは、少なくとも僕、たきざわ彰人のブログをご覧の皆さまには慎んで頂きたい、その悟りの壁を突破して頂きたいと願わずにはいられません…続きを読む→