『ベールの彼方の生活③』【2 小キリストとの出会い】【1918年1月3日 木曜日】さて彼らのすぐ側まで来てみると、大きくなったり小さくなったりする炎を囲んで、不機嫌な顔つきでしゃがみこんでいる者もいれば横になっている者もいた。吾々の立っている位置はすぐ後ろなのに→
『ベールの彼方の生活③』→見上げようともしない。最も、たとえ見上げても吾々の存在は彼らの目に映らなかったであろう。彼らの視力の波長はその時の吾々の波長には合わなかったからです。言いかえれば吾々の方が彼らの波長にまで下げていなかったという事です。そこで吾々は互いに手を握り合って→
『ベールの彼方の生活③』→(エネルギーを強化して)徐々に鈍重性を増していった。すると1人2人と、なにやら身近に存在を感じて、落ち着かない様子でモジモジし始めた。これが彼らの通例です。つまり何か高いものを求め始める時のあの苛立ちと不安と同じものですが、彼らはいつもすぐにそれを→
『ベールの彼方の生活③』→引っ込める。と言うのも、上り行く道は険しく難儀に満ち、落伍する者が多い。最後まで頑張ればその辛苦も報われて余りあるものがあるのですが、彼らにはそこまで悟れない。知る手掛かりと言えばこの度の吾々のように、こうして訪れた者から聞かされる話だけなのです。
『ベールの彼方の生活③』そのうち1人が立ち上がって、薄ぼんやりとした闇の中を不安げに見つめた。背の高いやせ型の男で、手足は節くれだち、全身が前かがみに折れ曲がり、その顔は見るも気の毒なほど希望を失い、絶望に満ち、それが全身に漂っている。その男がヨタヨタと吾々の方へ歩み寄り、→
『ベールの彼方の生活③』→2、3ヤード離れた位置から覗き込むような目つきで見つめた。その様子から吾々はこの暗黒の土地に住む人間のうち少なくとも一握りの連中には、吾々の姿がたとえ薄ぼんやりとではあっても見る事ができる事を知った。「もしもし、拝見したところ大そうやつれて」→
『ベールの彼方の生活③』→「いらっしゃるし、心を取り乱しておられる。何か吾々にできる事でもあればと思って参ったのですが…」すると男から返事が返ってきた。それは地下のトンネルを通って聞こえる長い溜息のような声だった。「一体お前さんはどこの誰じゃ。1人だけではなさそうじゃな。」→
『ベールの彼方の生活③』→「お前さんの後ろにも何人かの姿が見える。どうやらこの土地の者ではなさそうじゃな。一体どこから来た?そして何の用あってこの暗いところへ来た?」それを聞いて私はさらに目を凝らしてその男に見入った。と言うのは、その不気味な声の中にもどこか聞覚えのあるもの→
『ベールの彼方の生活③』→少なくともまるで知らない声ではない何ものかが感じられたのである。そう思った次の瞬間に“はた”と感づいた。彼とは地上で住ぐ近くに住む間柄だったのである。それどころか、彼はその町の治安判事だった。そこで私が彼の名を呼んでみた。が私の予期に反して彼は少しも→
『ベールの彼方の生活③』→驚きを見せなかった。困惑した顔つきで私を見つめるが、よく判らぬらしい。そこで私がかつての町の名前を言い、続いて奥さんの名前も言ってみた。すると地面へ目を落とし、手を額に当ててしきりに思いだそうとした。そうしてまず奥さんの名前を思い出し、私の顔を→
『ベールの彼方の生活③』→見上げながら2度3度とその名を口ずさんだ。それから私が彼の名前をもう1度言ってみた。すると今度は私の唇からそれが出るとすぐに思い出してこう言った。「わかった。思い出した。思い出した。ところで妻は今どうしてるかな。お前さんは何か消息を持ってきて」→
『ベールの彼方の生活③』→「くれたのか。どうして俺をこんなところに置いてきぼりにしやがったのかな、あいつは…」そこで私は、奥さんがずっと高い界にいて、彼の方から上がって行かない限り彼女の方から会いに下りてくる事はできない事を話して聞かせた。が、彼にはその辺の事がよく→
『ベールの彼方の生活③』→呑み込めなかったようだった。その薄暗い界でよほど感覚が鈍っているせいか、そこの住民のほとんどが自分が一体どの辺りにいるのかを知らず、中には自分が死んだ事すら気付いていない者がいる。それほど地上生活の記憶の蘇る事が少なく、たとえ蘇ってもすぐに消え失せ、→
『ベールの彼方の生活③』→再び記憶喪失状態となる。それゆえ彼らの大半はその暗黒界以外の場所で生活した事があるかどうかも知らない状態である。しかしそのうちその境涯での苦しみをとことん味わってうんざりし始め、どこかもう少し“まし”なところで“まし”な人間と共に暮らせない→
『ベールの彼方の生活③』→ものかと思い始めた時、その鈍感となっている脳裏にも油然として記憶が甦り、その時こそ良心の呵責を本格的に味わう事になる。そこで私はその男に事の次第を話して聞かせた。彼は地上時代には、彼なりの一方的な愛し方ではあったが、奥さんを深く愛していた。
『ベールの彼方の生活③』そこで私はその愛の絆をたぐり寄せようと考えた。が、彼は容易にその手に乗らなかった。「それほどの(立派になった)人間なら、こんな姿になった俺の所へはもうやって来てはくれまいに…」彼がそう言うので「ここまで来る事は確かにできない。あなたの方から」→
『ベールの彼方の生活③』→「行ってあげる他はない。そうすれば奥さんも会ってくれるでしょう」これを聞いて彼は腹を立てた。「あの高慢ちきの売女(ばいた)め!俺の前ではやけに貞淑ぶりやがって、些細な過ちを大げさに悲しみやがった。今度会ったら言っといてくれ。せいぜいシミ1つない」→
『ベールの彼方の生活③』→「きれいな館でふんぞり返り、ぐうたら亭主の哀れな姿を眺めてほくそ笑むがいい、とな。こちとらだって、カッコは良くないが楽しみには事欠かねえんだ。口惜しかったらここまで下りてくるがいい。ここにいる連中みんなでパーティでも開いて大歓迎してやらぁ。」→
『ベールの彼方の生活③』→「じゃ、あばよ、だんな」そう吐き棄てるように言ってから仲間の方を向き、同意を求めるような薄笑いを浮かべた。その時である、別の男が立ち上がってその男を脇へ連れていった。この人はさっきからずっとみんなに混じって座っており、身なりもみんなと同じように→
『ベールの彼方の生活③』→みすぼらしかったが、その挙動にどことなく穏やかさがあり、また吾々にとっても驚きに思えるほどの優雅さが漂っていた、その人は男に何事かしばらく語りかけていたが、やがて連れ立って私の所へ来てこう述べた。
『ベールの彼方の生活③』「申し訳ございません。この男はあなた様のおっしゃる事がよく呑み込めてないようです。皆さんが咎めに来られたのではなく慰めに来られた事が分かっておりません。あのようなみっともない言葉を吐いて少しばかり後悔しているようです。あなた様とは地上で知らぬ仲では」→
『ベールの彼方の生活③』→「なかった事を今言って聞かせたところです。どうかご慈悲で、もう一度声を掛けてやって下さい。ただ奥さんの事だけは遠慮してやって下さい。ここに居ない事を自分を見捨てて行ったものと考え、今もってそれが我慢ならないようですので…」私はこの言葉を聞いて→
『ベールの彼方の生活③』→驚かずにはいられなかった。あたりは焚き火を囲んでいる連中からの怒号や金切り声や罵り声で騒然としているのに、彼は実に落ち着き払って静かにそう述べたからです。私はその人に一言お礼を述べてから、さきの男の所へ行った。私にとってはその男がお目当てなのである。
『ベールの彼方の生活③』と言うのも、彼はこのあたりのボス的存在であり、その影響力が大であるところから、この男さえ説得できれば、あとは楽であるとの確信があった。私はその男に近づき、腕を取り、名前を呼んで微笑みかけ、雑踏から少し離れたところへ連れて行った。それから地上時代の→
『ベールの彼方の生活③』→話を持ち出し、彼が希望に胸をふくらませていた頃の事や冒険談、失敗談、そして犯した罪のいくつかを語って聞かせた。彼は必ずしもその全てを潔く認めなかったが、いよいよ別れ際になって、そのうちの2つの罪をその通りだと言って認めた。これは大きな収穫でした。
『ベールの彼方の生活③』そこで私は今述べた地上時代の事にもう一度思いを馳せて欲しい…そのうち再び会いに来よう…君さえ良かったら…と述べた。そして私は彼の手を思い切り固く握りしめて別れた。別れたあと彼は1人でしゃがみ込み、膝をあごのところまで引き寄せ、向こうずねを抱くような格好で→
『ベールの彼方の生活③』→焚き火に見入ったまま思いに耽っていました。私はぜひさきの男性に会いたいと思った。もう一度探し出して話してからでないと去り難い気がしたのです。私はその人の事を霊的にそろそろその境涯よりも一段高いところへ行くべき準備ができている人ぐらいに考えていました。
『ベールの彼方の生活③』すぐには見つからなかったが、やがて倒れた木の幹に1人の女性と少し距離を置いて腰掛けて語り合っているところを見つけた。女性はその人の話に熱心に聞き入っています。私が近づくのを見て彼は立ち上がって彼の方から歩み寄ってきた。そこで私はまずこう述べた。
『ベールの彼方の生活③』「この度はお世話になりました。お陰さまであの気の毒な男に何とか私の気持を伝える事ができました。あなたのお口添えが無かったらこうはいかなかったでしょう。どうやらこのあたりの住民の事についてはあなたの方が私よりもよく心得ていらっしゃるようで、お陰で」→
『ベールの彼方の生活③』→「助かりました。ところで、あなたご自身の身の上、そしてこれから先の事はどうなっているのでしょう?」彼はこう答えた。「こちらこそお礼申し上げたいところです。私の身の上をこれ以上隠すべきでもなさそうですので申し上げますが、実は私はこの土地の者ではなく」→
『ベールの彼方の生活③』→「第4界に所属している者です。私は自ら志願してこうした暗黒界で暮らす気の毒な魂を私にできる範囲で救うためにここに参っております」私は驚いて「ずっとここで暮らしておられるのでしょうか」と尋ねた。「ええ、ずいぶん長いこと暮らしております。でも、」→
『ベールの彼方の生活③』→「あまりの息苦しさに耐えかねた時は、英気を養うために本来の界へ戻って、それから再びやって参ります」「これまで何度ほど戻られましたか」「私がこの土地へ初めて降りてきてから地上の時間にしてほぼ60年が過ぎましたが、その間に9回ほど戻りました。」→
『ベールの彼方の生活③』→「初めのうちは地上時代の顔見知りの者がここへやってくる事がありましたが、今では1人もいなくなりました。みんな見知らぬ者ばかりです。でも1人ひとりの救済のための努力を続けております」この話を聞いて私は驚くと同時に大いに恥じ入る思いがした。
『ベールの彼方の生活③』この度の吾々一団の遠征は一時的なものにすぎない。それを大変な徳積みであるかに思い込んでいた。が、今目の前に立っている男はそれとは次元の異なる徳積みをしている。己れの栄光を犠牲にして他の者のために身を捧げているのである。その時まで私は1個の人間が→
『ベールの彼方の生活③』→同胞のために己れを犠牲にするという事の真の意味を知らずにいたように思う。それも、こうした境涯の者のために自ら死の影とも呼ぶべき暗黒の中に暮らしているのである。彼はそうした私の胸中を察したようです。私の恥じ入る気持を和らげるためにこう洩らした。
『ベールの彼方の生活③』「なに、これも主イエスへのお返しのつもりです―主もあれほどの犠牲を払われて吾々にお恵みを下さったのですから…」私は思わず彼の手を取ってこう述べた。「あなたはまさしく“神の愛の書”の聖句を私に読んで聞かせて下さいました。主の広く深き美しさと愛の厳しさは」→
『ベールの彼方の生活③』→「吾々の理解を超えます。理解するよりも、ただ讃仰するのみです。が、それだけに、少しでも主に近き人物、言うなれば小キリストたらんと努める者と交わる事は有益です。思うにあなたこそその小キリストのおひとりであらせられます」が、彼は頭を垂れるのみであった。
『ベールの彼方の生活③』そして私がその髪を左右に分けられたところに崇敬の口づけをした時、彼は独り言のようにこう呟いたのだった。「勿体ないお言葉―私に少しでもそれに値するものがあれば―その有難き御名に相応しきものがひとかけらでもあれば…」

『ベールの彼方の生活③』8章 暗黒界の探訪【1 光のかけ橋】【1917年 大晦日】ここまでの吾々の下降の様子はいたって大まかに述べたにすぎません。が、これから吾々はいよいよ光輝が次第に薄れゆく境涯へ入っていく事になります。これまでに地上へ降りて死後の世界について語った霊は、→
『ベールの彼方の生活③』→生命躍如たる世界については多くを語っても、その反対の境涯についてはあまり多くを語っておりません。いきおい吾々の叙述は理性的正確さを要します。と言うのも、光明界と暗黒界について偏りのない知識を期待しつつも、性格的に弱く、従って喜びと美しさによる→
『ベールの彼方の生活③』→刺戟を必要とする者は、その境界の“裂け目”を吾々と共に渡る勇気がなく、怖じ気づいて背を向け、吾々が暗黒界の知識を携えて光明界へ戻ってくるのを待つ事になるからです。さて、地上を去った者が必ず通過する(既にお話した)地域を通り過ぎて、吾々はいよいよ→
『ベールの彼方の生活③』→暗さを増す境涯へと足を踏み入れた。すると強靱な精神力と用心深い足取りを要する一種異様な魂の圧迫感が急速に増していくのを感じた。それというのも、この度の吾々は一般に高級霊が採用する方法、つまり身は遠く高き界に置いて通信網だけで接触する方法は→
『ベールの彼方の生活③』→取らない事にしていたからです。これまでと同じように、つまり自らの身体を平常より低い界の条件に合わせてきたのを、そこからさらに一段と低い界の条件に合わせ、その界層の者と全く同じではないが“ほぼ”同じ状態、つまり見ようと思えば見え、触れようと思えば触れられ→
『ベールの彼方の生活③』→吾々の方からも彼らに触れる事のできる程度の鈍重さを身にまとっていました。そしてゆっくりと歩み、その間もずっと右に述べた状態を保つために辺りに充満する雰囲気を摂取していました。そうする事によって同時に吾々はこれより身を置く事になっている暗黒界の住民の→
『ベールの彼方の生活③』→心情をある程度まで察する事ができました。その土地にも光の照っている地域がある事はあります。が、その範囲は知れており、すぐに急斜面となってその底は暗闇の中にある。そのささやかな光の土地に立って深い谷底へ目をやると、一帯を覆う暗闇の濃さは物凄く、→
『ベールの彼方の生活③』→吾々の視力では見通す事ができなかった。その不気味な黒い霧の上を薄ぼんやりとした光が射しているが、暗闇を突き通す事はできない。それほど濃厚なのです。その暗闇の世界へ吾々は下って行かねばならないのです。貴殿のご母堂が話された例の“光の橋”は→
『ベールの彼方の生活③』→その暗黒の谷を越えて、その彼方のさらに低い位置にある小高い丘に掛かっています。その低い端まで(暗黒界から)たどり着いた者はいったんそこで休憩し、それからこちらの端まで広い道(光の橋)を渡って来ます。途中には幾つかの休憩所が設けてあり、→
『ベールの彼方の生活③』→ある場所まで来ては疲れ果てた身体を休め、元気を回復してから再び歩み始めます。と言うのも、橋の両側には今抜け出て来たばかりの暗闇と陰気が漂い、しかも今なお暗黒界に残っているかつての仲間の叫び声が、死と絶望の深い谷底から聞こえてくるために、→
『ベールの彼方の生活③』→やっと橋までたどり着いても、その橋を通過する時の苦痛は並大抵の事ではないのです。吾々の目的はその橋を渡る事ではありません。その下の暗黒の土地へ下って行く事です。【今おっしゃった“小高い丘”、つまり光の橋が掛かっている向こうの端のその向こうは】→
『ベールの彼方の生活③』→【どうなっているのでしょうか。】光の橋の向こう側はこちらの端つまり光明界へつながる“休息地”ほどは高くない尾根に掛かっています。さほど長い尾根ではなく、こちら側の端が掛かっている断崖と平行に延びています。その尾根も山のごとく聳えており、→
『ベールの彼方の生活③』→形は楕円形をしており、すぐ下も“休息地”との間も、谷になっています。そのずっと向こうは谷の底と同じ地続きの広大な平地で、表面はでこぼこしており、あちらこちらに大きなくぼみや小さな谷があり、その先は一段と低くなり暗さの度が増していきます。
『ベールの彼方の生活③』暗黒界を目指す者は光の橋にたどり着くまでにその斜面を登ってこなければならない。尾根はさほど長くないと言いましたが、それは荒涼たる平地全体の中での話であって、実際にはかなりの規模で広がっており、途中で道を見失って何度も谷に戻ってしまう者が大勢います。
『ベールの彼方の生活③』いつ脱出できるかは要は各自の視覚の程度の問題であり、それはさらに改悛の情の深さの問題であり、より高い生活を求める意志の問題です。さて吾々はそこで暫し立ち止まり考えを廻らしたあと、仲間の者に向かって私がこう述べた。
『ベールの彼方の生活③』「諸君、いよいよ陰湿な土地にやってまいりました。これからはあまり楽しい気分にはさせてくれませんが、吾々の進むべき道はこの道であり、せいぜい足をしっかりと踏みしめられたい」すると1人が言った。「憎しみと絶望の冷気が谷底から伝わってくるのが感じられます。」
『ベールの彼方の生活③』「あの苦悶の海の中ではロクな仕事はできそうにありませんが、たとえわずかでも、一刻の猶予も許せません。その間も彼らは苦しんでいるのですから…」「その通り。それが吾々に与えられた使命です」そう答えて私はさらにこう言葉を継いだ。
『ベールの彼方の生活③』「しかも、ほかならぬ主の霊もそこまで下りられたのです。吾々はこれまで光明を求めて主のあとに続いてきました。これからは暗黒の世界へ足を踏み入れようではありませんか。なぜなら暗黒界も主の世界であり、それを主みずから実行して見せたからです」(暗黒界へ落ちた)→
『ベールの彼方の生活③』→(裏切り者のユダを探し求めて下りた事。訳者)かくして吾々は谷を下って行った。行くほどに暗闇が増し、冷気に恐怖感さえ漂い始めた。しかし吾々は救済に赴く身である。酔狂に怖いものを見に行くのではない。そう自覚している吾々は躊躇する事なく、しかし慎重に、→
『ベールの彼方の生活③』→正しい方角を確かめながら進んだ。吾々が予定している最初の逗留地は少し右へそれた位置にあり、光の橋の真下ではなかったので見分けにくかったのです。そこに小さな集落がある。住民はその暗黒界での生活にうんざりしながら、ではその絶望的な境涯を後にして→
『ベールの彼方の生活③』→光明界へ向かうかというと、それだけの力も無ければ方角も判らぬ者ばかりである。行くほどに吾々の目は次第に暗闇に慣れてきた。そして、ちょうど闇夜に遠い僻地の赤い灯を見届けるように、あたりの様子がどうにか見分けがつくようになってきた。あたりには朽ち果てた→
『ベールの彼方の生活③』→建物が数多く立ち並んでいる。幾つかがひとかたまりになっているところもあれば、1つだけぽつんと建っているのもある。いずこを見てもただ荒廃あるのみである。吾々が見た感じではその建物の建築に当たった者は、どこかがちょっとでも破損するとすぐにその建物を→
『ベールの彼方の生活③』→放置したように思える。あるいは、せっかく仕上げても、少しでも朽ちかかるとすぐに別のところに別の建物を建てたり、建築の途中でいやになると放置したりしたようである。やる気の無さと忍耐力の欠如があたり一面に充満している。絶望からくる投げやりの心であり、→
『ベールの彼方の生活③』→猜疑心からくるやる気の無さである。ともに身から出た錆であると同時に、同類の者によってそう仕向けられているのである。樹木もある事はある。中には大きなものもあるが、その大半に葉が見られない。葉があっても形に愛らしさがない。煤けた緑色と黄色ばかりで、→
『ベールの彼方の生活③』→あたかもその周辺に住む者の敵意を象徴するかのように、ヤリのようなギザギザが付いている。幾つか小川を渡ったが、石ころだらけで水が少なく、その水もヘドロだらけで悪臭を放っていた。
『ベールの彼方の生活③』そうこうしているうちに、ようやく目指す集落が見えてきた。市街地というよりは大小様々な家屋の集まりといった感じである。それも、てんでんばらばらに散らばっていて秩序が見られない。通りと言えるものは見当たらない。建物の多くは粘土だけで出来ていたり、→
『ベールの彼方の生活③』→平たい石材でどうにか住居の体裁を整えたにすぎないものばかりである。外は明り用にあちらこちらで焚き火がたかれている。そのまわりに大勢が集まり、黙って炎を見つめている者もいれば、口ゲンカをしている者もおり、取っ組み合いをしている者もいるといった→
『ベールの彼方の生活③』→具合である。吾々はその中でも静かにしているグループを見つけて側まで近づき、彼らの例の絶望感に満ちた精神を大いなる哀れみの情をもって見つめた。そして彼らを目の前にして吾々仲間同士で手を握り合って、この仕事をお与え下さった父なる神に感謝の念を捧げた。

アナログ絵74
MP3録音を受けて描かせて頂きました。霊団のご意思「我ら最強」です。イエス様ハンドリング(霊の導きに従う)を貫けば、どんな困難も必ず克服し、交霊会開催に辿り着けるのです。100の光の霊団、最強!!(祈)

ar7_akito

霊団、了解…(祈)
03-08 14:30

ブログ「21ピーチピチの父親は5人Kしてますよ」の内容をタイムラインに流しまくってますが、霊団から、Kされた21ピーチピチの真実の母親に関する更なる追加情報も受取らせて頂いてます。さらに追加でブログ書く事も考え中。もちろんタイムラインに流し込めるようにブロック化した状態で(祈)
03-08 12:52

アタック帰還。まぁしょうもないMP3をUPしてしまいましたが、あの楽曲の歌詞「思い知ったか」「我ら最強」の部分が霊団のご意思という事なのです。21ピーチピチの父親は2014年5~7月、僕の存在を知った時、最高にバカにしてました。それに対する霊団の「思い知ったか」なのです(祈)
03-08 12:25

インスピレーション「ミキちゃん元気ー♪(セブンの女の子です。走り始めたって霊団から聞いたけどミキちゃんホント?細く強くしなやかになってね♪ミキちゃんは間違いなくシルバーバーチを手にしたわ♪若くして霊的真理に触れられてよかったわね♪今度一緒に走りましょーね♪とか言って笑)」
03-08 12:07

インスピレーション「交霊会を何が何でも行います(僕はそのためだけに地上に残されてるのですから当然です)」「霊団側の開けろ開けろ(僕にMP3録音をさせた霊団の意図)」「開けるまでやめないよ(霊団側の開けろ開けろ。ブログの内容をタイムラインに流し続けます)」
03-08 12:07

インスピレーション「マージかー、ここまでするか、いやいやホントに、大ショック、勇気ありすぎ、とにかくスッゴイ(MP3を聞いた人の感想)」「歌詞がホントです、思い知ったか(MP3の歌詞が霊団のご意思という事)」「とにかく全てにおいて完全勝利(霊団の力です、我ら最強!)」
03-08 12:07

イエス様が僕を霊媒として機能させるために地上に残したのです。僕はイエス様ハンドリング、何としてもイエス様のご意思を遂行します。1歩も退く気はありません。必ず交霊会を行います。皆さまにはぜひ楽しみにお待ち頂ければと思います(祈) t.co/jvenhnc3qH
03-08 12:07

→僕の使命遂行を邪魔する事はできません。そして21ピーチピチのお母さまを中心とした女性たちの協力を得て、自動書記現象、霊言現象にて間もなく新時代の霊言を日本の皆様にお届けする事ができるようになります。僕はイエス様に怒涛の連続顕現でお願いされてしまって地上に残されている身です。
03-08 12:07

→排除するために、これらの情報を僕に降らせて下さったのです。それを僕が降ったままにツイートし、ブログを書く事でジャマーを排除した、これが真実なのです。霊団によれば「完全に掌握した」のインスピレーションからもお分かりの通り、21ピーチピチの周りにおられる男性陣はもう→
03-08 12:06

ここまで全力で時間とパワーをかけてウソをつきまくるなんて、そんな事があるはずがないでしょう?僕はそんなにヒマ人ですか?ウソのブログを書くと僕にお金が入ってくるとでも言うのですか?そんな訳ありませんね。霊団が僕を霊媒として機能させるために、その邪魔をする21ピーチピチの父親を→
03-08 12:06

霊団が何度も僕の脳内に反芻させてくる、アニメ「マシンロボ クロノスの大逆襲」のOP曲、子門真人氏が歌う曲「勝利のマシンロボ」これは霊団がこの曲の歌詞になぞらえて、僕も含めて「我ら最強」と仰ってるのですが、この楽曲を紹介しようにもMP3を持っていませんので、せっかくなので→
→歌ってみました(照恥)車内でiPhoneボイスメモ録音しましたので暇な方は聞いてみて下さい。そして僕が「イエス様ハンドリング完全勝利のテーマだ」と思念を抱いたら、ピィィンっていつもの高い波長が霊聴に降りましたので『イエス様ハンドリング完全勝利』のテーマとさせて頂きました。→
→霊団が最強なのであって僕は単なる受信装置ですが、そう言って頂けて光栄です。しかしこのアニソン、相当おもしろいですよね♪ま、歌う僕も僕ですが、歌わせる霊団もちょっとどうかと思いますよホントに(笑汗)いつものように僕のサーバーとTwitSoundの両方にMP3をUPしますので→
→まぁなんて言うか…聞いてやって下さい…(本気照)
僕のサーバー
spiritualist.sakura.ne.jp/160307.html
TwitSound(こちらはダウンロード可能、データ保持期限:2016年06月15日)
twitsound.jp/musics/tsh26nK3C

今回も例によって山にアタックしてきましたが、そこで一言では言い表せない出来事に遭遇しました。
僕はいつもトレイルを進みながら、野鳥の美しい鳴き声が近くから聞こえると「鳥チャン、ステキ♪」などとつぶやきつつ進むのですが(僕のアタック中のデフォルト風景です恥)そんな中、いきなり地面に小鳥がいるのを発見。えー♪こんな近くで野鳥を見られるなんてラッキー☆などと思い、逃げられないようにそーっと見ていると…逃げる様子が全くなく、よたよたしながら羽を膨らませている…あれ?様子がおかしいぞ…何か、明らかに苦しそうだぞ!!
よく観察してみると、さっきから全く鳴いていない。くちばしに何らかのダメージがあるもよう。これではエサも食べられないのでは…。そんな事を考える僕を、小鳥は目を細めながらじっと見てくるんです。小鳥に見つめられて、僕はドキッとしました。実はこの件には伏線があるのです。
ここ1ヶ月ほどの間に、実は2回「野鳥が逃げずにまっすぐ僕の方を見つめて鳴いてくる」という出来事が起きています。あまりに不自然だったのでよくおぼえているんです。さらに、僕の以前の飼い鳥だった白文鳥の「ユキ」も、若い時の艶のある羽で、真っ赤なくちばしを輝かせながら、ものすごく鮮明な映像で数回夢に登場しています。単なる夢と言ってしまえばそれまでですが。
今回もそれなのか?などと思っていると、何と小鳥の方から僕の手に乗らんばかりの勢いで近付いてきたのです。「野鳥」が自分に危害を加えるかも知れない人間に自ら近付いてくるなんて、よっぽどの事だったに違いありません。その苦しそうな表情を見て、よっぽど痛くて心細くて寂しかったから近付いてきたのではないか…そんな考えが瞬間的に頭をよぎり、僕は一気に…もう…(涙)
っと、そこにハイカーの鈴の音。僕は反射的に小鳥と距離を置き、道の反対側に移動して荷物をチェックする真似をしてハイカーの注意を自分に向けさせました。どうやらその作戦は成功したようで、ハイカーは小鳥のいる方を見向きもせず通り過ぎていきました。
ここは鳥獣保護区。野生動物に手出しは厳禁です。でもこのまま放っておいたらこの小鳥はどうなってしまうのか。せめて人の目に付かない場所に移動させてあげたい。僕はそう思い、ハイカーが遠くに行ったのを確認してから、両手で小鳥をそっと包み込むようにして、ルートを外れ森の中へ入っていき、緑が深くて目立たないポイントまで来たのを確認してからゆっくり小鳥を放しました。
「何もしてあげられなくてごめんなさい…」
そう言って僕が立ち去ろうとした時、小鳥はじっと、ただじっと僕をまっすぐに見つめ続けていました。
こんなに…こんなに見つめられたら…僕は…(涙考)
小動物が傷つく、こんな事は自然界で当たり前に行われている営みです。別に感傷に浸る必要などないんです。頭では解っています。でも、伏線絡みでこうも続くと、そこに潜む意味を考えずにはいられません。
小鳥の、あの傷ついた様子では、たぶん今夜は…(悲)この、駆け巡る感情は何なのでしょうか…(考)ただひとつ、これだけはハッキリ言えます。あの時、小鳥が僕をまっすぐに、本当にまっすぐに見つめてきたあの眼差しを…僕はこれからも忘れる事はないと思います…(祈)

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夜空に広がる巨木の枝、あの光の瞬きひとつひとつがすべて生命…
そして僕たち人類は、この無数の生命のほんの一種でしかない…
あの輝きに対して、僕たちがどれほどの光を放っているというのか…
そう思うと、僕たちのポジションが少し理解できたような気がした…
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闇の中で柔らかな光を放つ人影は、僕に微笑んでいるようにも見える…
僕ももう驚く訳でもなく、ただじっとその光輝の存在を見つめている…
今、僕はふたつの世界の境界線上にいる、そして…
徐々に僕は向こう側の世界に近付いている、そんな気がした…
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復活したこの“滅私”の意味を込めた真っ白なブログをご覧の皆さま、山を愛する霊覚者、たきざわ彰人です。僕のブログをご覧頂き、心からの感謝の念を捧げます。さて、隔離フィールド内の聖戦に勝利し、神のご意志にあらがい続けた未熟霊がミキサーにかけられて幽体も霊体もバラバラに引き裂かれて暗黒の底の底に落ち、人間界から消滅して久しいですが、今回の隔離フィールドでの体験から、やはり日本の皆さまにお知らせせねばならないと強く思う事があり、もうあんなバカの事は書かないつもりだったのですが、再びブログにて説明をさせて頂こうと思います。
過去ブログ「隔離フィールド予想図」にて、僕が絶対の自信をもって『未熟霊=バカ』という法則を公言しましたが、なぜこの法則にたどり着いたのかを説明させて頂きます。未熟霊が僕の霊聴に響かせてきた言葉の“バカさ加減”を日本の皆さんに知って頂く事で、邪霊という言葉を使用するのが誤りである事、恐怖心を抱くのが誤りである事を何としても強調しておきたいからです。今後、僕のように地上の試練(艱難辛苦)を突破して霊性発現を果たす方が現れるかも知れません。そうなればその方は間違いなく低級霊から、向上した事に対するいやがらせ攻撃を幽体離脱中に浴びる事となります。しかし、その妬み攻撃は何ら恐れる必要はないものなのだという事を、僕は体験者として強く強く訴えかけたいのです。
はい、では僕が隔離フィールド内で(既に暗黒に没して消滅した)未熟霊から響かせられた様々な言葉の中から、特に強調しておきたい“アホ”エピソードを3つご紹介させて頂きます。
■タバコの銘柄を連呼する
僕は生まれて1本もタバコを吸った事はありません。なのでタバコの煙の立ち込める場所に行く事ができないのですが、この未熟霊は、その僕の“タバコ嫌い”の性格を利用して僕に幼稚極まる嫌がらせの声を霊聴に響かせてきたのでした。例えば「ラー○、ラー○、ラー○、ラー○、ラー○…」「メ○ウ○、メ○ウ○、メ○ウ○、メ○ウ○、メ○ウ○…」みたいな感じに。ご覧の皆さん、いかがお感じになられますか?ふぅ(タメ息)これのどこが“邪霊の恐怖”なのでしょうか?ただし、ずっと響かせ続けられるために、僕の心が0.000000000000001秒くらい“イラッ”となるのです。たったそれだけの事なのです。未熟者ですから根性もありません。僕がその言葉をオールスルーしていると、タバコの銘柄を連呼するのをやめてまた他の事を言い出す始末なのです。もう一度言いますよ、これのどこが“邪霊の恐怖”なのでしょうか?単なる“言葉遊び”なのです。
■ひたすら自己紹介する
未熟霊、未熟者ですから、性格、人格がまるっきり形成されていません。幼稚なお子ちゃまな訳です。皆さんの周りにも例えばこういう人間がいらっしゃいませんか?人の話に全く耳を傾けようとせず、何かというと明けても暮れても自分の話をしまくって悦に浸る、そういうタイプの人間が。僕に攻撃を仕掛けてきて隔離フィールドに捕らえられた未熟霊も、まさにこのタイプなのです。「オレは○○だよ!」「オレは19○○年に帰幽したよ!」「オレはこうこうこうやって死んだよ!」「コッチは最悪だよ!」「オレはこういう女が好きだよ!」「オレはこういうのが大嫌いだよ!」
はい、こんな感じで僕が行なっている使命遂行と1ミリも関係ない全く無価値な事を延々霊聴に響かせてくるのです。ただし、その陳腐極まる自己紹介があまりにもしつこいので、僕の心が0.000000000000001秒くらい“イラッ”となるのです。たったそれだけの事なのです。今回僕に攻撃を仕掛けてきた未熟霊は、まさにコレなのです!!完全におバカちゃんなのです!!ご覧の皆さん、このどうでもいい自己紹介を相手にする必要がありますか?こんな未熟者に恐怖心を抱いたり、話に耳を傾けたり、立場に立って考えてみたりする必要など1ミリもないのです。全ては自己責任、この宇宙は神の因果律によって完璧に統制されているのですから、向上したくない者はいつまでもアホな事をのたまわっておればよいのです。とにかく『オールスルー』これでいいのです。
■女の声色で響かせてくる
僕はデフォルトで“おねえ言葉”で話す男なのですが(照)例えば、僕がある思念を抱くと、その思念を女の声色でおねえ言葉で(要するにからかって)僕の霊聴に響かせてくるのです。えーと、こんな感じです。僕が「あ、セブン(イレブン)に行かなきゃ」と思念を抱くと、女の高い声色で「セブンに行くわ♪」とか「セブンカフェとコーンマヨを買うわ♪」とか「ナナコに1000円チャージするわ♪」みたいな感じで響かせてくるのです。未熟霊は僕をからかって恐怖心を煽っているつもりだったのでしょう。しかし、ご覧の皆さん、大人の目線で、冷静に考えてみて下さい。これのどこが“邪霊の恐怖”なのですか?こんなもの、完全にガキの遊び、まるっきりお笑い、ギャグなのです。地上の試練に正しく身を晒し、ある程度の忍耐力を身につけた者ならば、こんな陳腐極まる“言葉遊び”などに惑わされる事などないはずなのです。
霊聴に「セブンに行くわ♪」と響かせる事で僕に恐怖心を抱かせようとしていた未熟霊の心が全く信じられません。未熟、幼稚にもほどがあります。皆さん、こんな未熟者を相手にする必要がどこにありますか?恐怖心を抱く必要がどこにありますか?とにかく!とにかく!!とにかく!!!完全に『オールスルー』この心の姿勢でいいのです。完全無視!!!1ミリたりとも相手にする必要などないのです。
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はい、この3つのエピソード以外にも色々ある事はあるのですが、アホらしくて書く気にもなれません。もうこれくらいの説明で十分ではないでしょうか。僕のブログを読んで下さっている日本の皆さん、いかがお感じになられたでしょうか。山を愛する霊覚者、たきざわ彰人から、皆さんに向けて強く×1億 進言させて頂きたい事があります。『邪霊』『悪霊』この言葉、文言は断固として日本の文化から、人々の心から、そして国語辞典から抹消すべきです!!!そう思う理由はただひとつ!上記に説明したように認識が間違っているからです!!!
説明してきた通り、実際は恐怖の攻撃でも何でもないのです。おバカちゃんの“言葉遊び”なのです。さも恐怖感を連想させる『邪霊』『悪霊』この言葉は、僕たち日本人はもう使ってはなりません。『未熟霊』『低級霊』この呼び方が最も的を得ていると、隔離フィールド内の聖戦において獲得した霊的体験によって心底そう思っています。今回発動した隔離フィールドにしてもそうです。己の身の程をわきまえた分別ある大人の霊であれば、あまりにも霊格に差のある僕に攻撃など仕掛けてこなかったはずです。調子に乗って僕を殺しにきたら、高級霊の方々によって一瞬で隔離フィールドに捕らえられてしまったのです。まさに“ハエがハエ取りに捕まった”こういうシチュエーションなのです。
過去ブログにて公言させて頂いた法則『未熟霊=バカ』僕はこれを、霊界共通普遍絶対の法則であると、もうそれくらい言ってしまってもいいくらいに完全なる自信をもって公言させて頂きます。『オールスルー』この心の姿勢を日本の皆さんにどうしても知って頂きたいのです。未熟霊、未熟者にしょうもない嫌がらせを受けたとしても完全無視!これでいいのです。相手にする価値ゼロなのですから。そんなバカの事は放っておいて上を見ましょう。霊的向上を目指しましょう。イエス様のお顔を直視し、艱難辛苦に飛び込みましょう。僕、たきざわ彰人から日本の皆さんにこの言葉を送らせて頂きます。
『艱難辛苦カモン☆』
『霊性発現カモン☆』
以上、失礼致しました(祈)

前ブログでも書きました通り、僕に攻撃を仕掛けてきた未熟霊(ずっと邪霊と記載していましたが今後は未熟霊という表現に統一させて頂きます。説明後述)は、現在「隔離フィールド」とでも呼ぶべき、現在の日本で入手できるどの霊関連書籍にも記載されていない、僕にとっても初体験の霊現象によって隔離状態にされています。たきざわ彰人の活動をこれまでご覧頂いていた方が、もし再びこの復活した(滅私の意味を込めた)真っ白なブログを見て下さっているとしたら、心より感謝致します。この未熟霊は僕を殺しに来ました。しかし現在は霊団の手により(イエス様ならびに高級霊の方々と言った方が正解かも知れませんが)何の霊的影響力も行使できない状態にさせられていますので、繰り返しになりますが、どうぞご安心下さい。
さて、以前からお話してきた通り、僕は霊聴がメインで霊視は殆どありませんので隔離フィールドを霊眼で実際に見た訳ではありません。しかしこれまでの壮絶なる霊的体験測から、隔離フィールドとはこのようなものだろうという相当の自信を持った予測を立てています。今回このブログにて「神叶」のインスピレーションを2013年1月5日に受け、それに従いイエス様のご意志を遂行しようとする僕と、その使命遂行を何が何でも阻もうとした未熟霊との闘いの中で発動した新たな(と言っていいと思います)霊現象「隔離フィールド(仕方がないので僕が命名しました)」について図を交えて説明させて頂こうと思います。↓
field.jpg
はい。理解してみれば実に簡単な仕組みです。前ブログにて説明した通り(ベールの彼方の生活 第3巻“暗黒界の探訪”を参照して下さい)霊格の差を利用して、精妙な波長の僕の霊体はフィールドをラクラク通過できますが、波長の低い幽体をまとった未熟霊はフィールドを通過できず、ずっと閉じこめられた牢屋の状態、という霊現象なのです。見ていませんので分かりませんが、たまご型のフィールドで伸縮自在、霊団の方々がその時の事情に応じて思うままに変形、変質させる事ができる、そんな感じなのではないでしょうか。仕組みは実に簡単です。しかし、この隔離フィールドにはイエス様をはじめとした高級霊の方々の、深遠なる叡智と愛の多重奏とも言える重大な意味が込められているのです。その意味を僕なりに考えて箇条書きにしてみます。こんな感じです。↓
-----隔離フィールドの意味-----
■01 日本における交霊会の開催を阻み続けた未熟霊を封じ込める。
■02 “暗黒界の探訪”と同じ試練を地上の僕に与える。
■03 短期間で未熟霊の攻撃を克服させ急激に僕の霊格を高める。
■04 イエス様および高級霊の方々の“信託及び愛の表現”である。
-----以上-----
はい。ひとつずつ説明させて頂きますが、まずは簡単にこの未熟霊から受けた攻撃の内容について簡単に触れておきます。寝ている時は、僕は幽体離脱していますから隔離フィールド外にいる訳ですが(上記の図の通り)霊界から帰還して肉体をまとっている間は、ずっと未熟霊が近くにいる状態で、1秒の休みもなく様々な声を霊聴に響かせられながら生活をしていた、という事なのです。皆さんにはその状況が中々想像できないかも知れませんが、その言葉はまさに悪意、殺意、陰湿、陰気、嫉妬、妬み、淫猥、愚弄、卑劣、混乱、煽動、とにかく不愉快の極みであり、僕の心は大いにイエス様のご意思、使命遂行とは別の方向に持っていかされてしまうのでした。
もちろん隔離フィールド発動当初は全てが初体験ですので、多少恐怖を感じました。しかし恐怖心を克服して完全勝利している今、改めて未熟霊に響かせられていた言葉を思うほどに、この霊は単なる未熟者であると絶対の自信をもってここに公言させて頂きます。あれをしろだの、あそこへ行けだの、果てしなく隠語を響かせてきたり、○○とS○Xしろだの、ウ○コしろだの、僕の思念を読み取って語尾を正反対にして響かせたり(僕が必要ないと思念を抱くと必要あると響かせてきたり)とにかく単なる言葉遊びなのです。霊関連書籍に精通しておられる方ならお分かりのように、善、光は満たされた状態で、悪、闇は欠如した状態です。邪霊などと言いますが、要するに未熟で幼稚な子供がバシャバシャ水遊びをしているだけなのです。
僕はこの未熟霊に響かせられる声を、ずっと“オールスルー”要するに無視してきました。相手にする必要など全くない陳腐なものだからです。隔離フィールド内での聖戦に勝利した僕から、今後、地上の試練を克服して霊性発現を果たした方に向けて僭越(せんえつ)ながらアドバイスをさせて頂きます。霊性発現を果たしたら、幽体離脱中に低級霊から様々な嫌がらせを受ける事が大いに予測されます。僕も散々いやがらせを浴び続けてきましたので。しかし上記に記したような超然とした態度で、完全に“オールスルー”を決め込んで頂きたいと思うのです。どんな不愉快な事をされても、どうしようもない事を延々聞かされても、それは試練に飛び込む勇気がなくて嫉妬している未熟者のしている事であり、物質界で起こる全ての事象は神の因果律によって統制されている訳ですから、向上するもしないも完全に自己責任なのです。
そういう陳腐なる事をやっている限りいつまでも向上できませんよ、どうぞご自由に、という態度でいいのです。僕のブログをご覧の皆さん、自分で自分を下層界に貶めているだけの未熟者の事など放っておきましょう。そんな事より上を見ましょう。イエス様のご意思を地上において遂行する事の方がはるかにはるかに大事なのですから。僕のブログをお読みの方で、今後、低級霊から陳腐なる嫌がらせを受ける方がもしおられましたら、僕が隔離フィールド内の未熟霊に対して取った、この“オールスルー”の心の姿勢をぜひぜひ参考にして頂きたいと思うのです。
はい、では本題に移ります。上記の箇条書きについて説明させて頂きます。
■01 日本における交霊会の開催を阻み続けた未熟霊を封じ込める。
これは読んで字の如くですよね。霊的知識の光が地上に広がるのを阻み続け、邪魔し続けてきた未熟霊が神の因果律に触れ、隔離フィールドが発動して牢屋に閉じ込められた…ただ単にそれだけの事です。ではなぜ僕の肉体も隔離フィールド内にあるのか。ここです。ここが大変深遠な意味を持っているのです。
■02 “暗黒界の探訪”と同じ試練を地上の僕に与える。
■03 短期間で未熟霊の攻撃を克服させ、急激に僕の霊格を高める。
はい。このブログを正しく理解するにあたり「ベールの彼方の生活」第3巻の“暗黒界の探訪”を熟読して頂く事が必須条件となりますので、もしまだお読みになっていない方がおられましたら、ぜひ書籍を手に取って頂きたいと思います。この隔離フィールドは、地上で肉体をまとった状態で“暗黒界の探訪”と全く同じ試練を僕に与える、そういう霊現象でもあったのです。今回の聖戦において僕は“暗黒界の探訪”では語られていない、様々な霊的体験をする事となりました。下層界に下降して低劣な思念を常時浴びながら、鉄の心でもって使命遂行するという事が一体どういう事であるのか…それを短期間で身をもって味わう事となったのでした。
そしてその試練を僕は“オールスルー”の心の姿勢で相当の短期間で克服し、こうして再び霊的知識のタネ蒔きを続けているのです。隔離フィールド発動前(2012年11月)から僕は既に4界に到達していた訳ですが、その4界を飛び越えて何と地上からいきなり“5界”に到達するという信じられない向上をする事となった訳です。「ベールの彼方の生活」の中でも、高級霊の方々がこの試練を克服する事によって4界から5界へ、または5界から6界へと向上して行きましたよね。僕は地上に身を置きながら、シルバーコードがまだ付いている状態でこの試練をイエス様から与えられ、それを克服して“5界到達”という信じられないメッセージを賜るに至ったのでした。
ちなみに隔離フィールド内で僕が浴びた試練の中には「ベールの彼方の生活」では語られていない性質のものもあります。僕が予測するに「ベールの彼方の生活」の時の霊媒、オーエン氏が霊的仕事をするにあたり、最後まで疑念を払拭できなかった事が関係あるのではと思っています。つまりこうです。暗黒界の探訪、その試練の内容を正直に通信してしまったら、オーエン氏が大いに震え上がってしまい、霊媒能力が慌ててしまって通信不能に陥る事を霊団側が危惧した、なので通信の内容を若干抑えめにして恐怖感の少ない内容にしたのではないか。僕は今回の隔離フィールドでの体験測でそう感じるのです。
陳腐なる未熟霊の事を事細かに説明するつもりなど毛頭ありませんが、僕が浴びる事となった試練には、現在の日本の方々にお伝えするのは時期尚早と思える攻撃が複数含まれているのです。僕の肉体に直接苦痛を与える攻撃もありました。が、これに関しては詳細に説明しない方が良いでしょう。いずれ、いずれ知らされる日も来るのかも知れません。とにかく全てが未体験ゾーンだった、と言うに留めさせて頂きます。
■04 イエス様および高級霊の方々の“信託及び愛の表現”である。
さぁ、そしてここです。イエス様はなぜ隔離フィールド内に僕も閉じこめたのか。ここに深遠な意味があるのです。イエス様ならびに高級霊の方々は、僕がこの試練を克服できる事を知っていたから、僕が未熟霊との闘いに勝利する事を確信していたから、この霊現象「隔離フィールド」を発動させたのです。僕はずっと「一歩も退く気はない」と公言し続けてきた男です。未熟霊に休みなく低劣な声を響かせられながらも、僕がひるまず使命遂行に向けて前進するであろうという事を霊界の方々は見抜いておられた。そういう意味も含まれていたという訳なのです。まさにイエス様ならびに高級霊の方々からの、僕に向けられた“信託及び愛の表現”なのです。「○○○くん(僕の本名)この試練を克服して素敵な境涯へいらっしゃい…」こういう愛だと思うのです。そして僕はそのイエス様のご意思の通りに5界に到達した、という事なのです。
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※自信をもって語る法則『 未熟霊 = バカ 』
日本の皆さん、今回の隔離フィールド内の聖戦において僕が辿り着いた法則がコレです。絶対の自信をもってご報告させて頂きます。この霊はとにかく未熟者、神、そしてイエス様のご意思にあらがい続ける愚か者なのです。向上したくない者は放っておけば良いのです。全ては自己責任。この先1000年でも2000年でもウ○コだのマ○コだのチ○コだの騒ぎ立てていれば良いのです。日本の皆さん、邪霊などという認識の誤った言葉を使用するのはもうよしましょう。単なるバカなのです。未熟者の事は放っておきましょう。無視しましょう。オールスルーでいいのです。恐怖心を抱く必要など1ミリたりとも!1ミリたりとも!!ないのです。心が全然鍛錬されていない、試練から逃げまくっているだけの、まるっきりお子ちゃまなのです。
「邪霊」という文言は、さも恐怖心、誤った認識を抱かせる響きがあります。が、今回僕が隔離フィールド内の聖戦において得た霊的体験測に基けば、この邪霊という言葉は大いに間違っていると強く強く宣言させて頂きます。実際は邪霊でも、悪霊でも何でもなく、頭が空っぽのおバカちゃんなのです。何ひとつ!何ひとつ!!恐れる必要などないのです!!『未熟霊』この呼び方が僕の中では一番シックリきます。(確かインペレーター霊もそう言っておられたような)とにかく未熟者、愚か者、今風に言えば「アホ」なのです。なので、邪霊という言葉は真実を言い表してはいませんので、国語辞典から抹消すべきだと僕は本気で思っています。僕、たきざわ彰人からスピリチュアリズムに興味を抱いておられる日本の皆さんに向けて、このように絶対の自信をもって進言させて頂きたいと思います。
はい、現在の僕は隔離フィールド内の聖戦に勝利し、攻撃以前よりはるかに壮絶なる勢いで霊的知識をツイートし、タイムライン上に霊言を蒔きまくっています。ひとりでも多くの方に霊的真理に触れて頂き、地上生活の意義を正しく認識して頂き、僕たちが今こうして肉体をまとっている時点で既に霊的存在である事、人類全体が父なる神から神性の火花を与えられて地上に存在している、いわば全人類が神を共通の父とした霊的大家族であるという、正しい認識をもって頂きたいと強く強く切望致します。
ドリームワークという試練を克服し(ブログ“Dreamwork(ドリームワーク)について”参照)霊性発現を果たす事ができた僕から、皆さんにどうしてもお知らせしたい事があります。それは、それぞれの生活の場において勇気をもって艱難辛苦に立ち向かう時、克服したその先に必ずやイエス様のお顔の顕現に拝させて頂くという光栄が待ち受けているという厳然たる霊的事実を、強く強く信じて頂きたいという事です。ホワイトイーグル霊もそうおっしゃっています。インスピレーションにおいて必ずや、必ずや、笑顔で顕現して下さいます。僕の時もものすんごい笑顔でした。地上的栄光など子供のおもちゃのようなものです。シルバーバーチ霊も“地上はトレーニングセンター”とおっしゃっています。地上の苦難、試練を真正面から浴び、霊的栄光、霊的褒章を目指しましょう。その法悦、歓喜は物的次元を飛び越えた言語に絶するものなのです。
現在の僕は、自分の生活を捨てるほどのレベルで怒涛のツイートをしながらさらに長文のブログも書く、さらに山にもしっかりアタックするという、目も回る、記憶も飛ぶような毎日を送っています。帰幽のメッセージは幽体離脱にてしっかり、ハッキリと受け取らせて頂いているのですが、僕の予測では、さらにさらに帰幽は延期させられるものと思われますので(今までもずっとそうでしたし悲)こんなバカ(未熟霊)の事は放っておいて、さらに次のブログで未来のお話ができたらいいなぁと思っています。
仏教だかキリスト教だか知りませんが、日本の皆さん、そんな形式ばったものはどうでもいいのです。そんな事よりイエス様のお顔を直視しましょう。僕たち日本人が一丸となって、イエス様のご意思を地上において“ど真ん中”で遂行しようではありませんか。(祈)