※文中に当時の僕のコメントが挿入されていますが、削除するのが面倒ですので(汗)ご参考までにそのまま掲載させて頂きます。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
真理の行進を阻止できる力は地上には存在しません。無数の霊媒を通じて地上へ流入しつつある霊力を挫けさせる事のできる者はいません。いかなる官憲の力、いかなる政治力、いかなる国家権力をもってしても地上から霊力を駆逐する事はできません。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
時すでに遅しです。すでに無数の道具すなわち霊媒や霊感者を通じて地上へ霊力が流入しており、慰安と援助と指導と治癒、そして霊的実在についての確信をもたらしております。霊的真理の勢いを阻止しようとしても、もはや時すでに遅しです。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
いかなる手段を企てても、結局は挫折します。巨大な霊の潮流が地上へ地上へと押し寄せているからです。これまでもありとあらゆる弾圧の手段が企てられてきました。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
磔刑がありました。宗教裁判がありました。火あぶりの刑がありました。肉体的拷問、精神的拷問、その他こうして痛めつけられる事によって魂が救われるのだという狂気の信仰を抱く偏狭な宗教家によって、身の毛もよだつ手段が次々と案出されました。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
しかし、そのいずれも結局は効を奏しませんでした。“光”を見た霊覚者が次々と輩出し、導いてくれる霊力を信じ、永遠の真理を喘ぎ求めている人類への使命感に燃えて、その光の指し示すところに忠実に従ったのでした。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
今の時代にはもはや磔刑や火あぶりの刑は無くなりました。が、今あなた方は投獄という刑に直面しております。しかし、これまでにすでに獄舎も霊的真理に対しては無力である事が証明されております。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
一世紀近くも続いているスピリチュアリズムの運動がそれくらいの事で阻止できると思われますか。絶対にできません!
僕が地上に残って霊的知識普及の任に就くに当り(たぶん)7名の霊団の方々が新たに僕に協力して下さる事になりました。本当に次から次へと光栄な展開の連続なのです。今後その方々からも多数のインスピレーションが降ってくるものと思われます。受容力を増し、常に正しく受取れるようにします(祈)
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『シルバーバーチの霊訓⑦』
官憲力にせよ政治力にせよ、霊力を阻止せんとする企てをものともしない忠誠心に燃えた同志がいてくれる限り、私たちの仕事に挫折はありません。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
私たちがこうして地上へ戻ってきたのは、唯物思想が生み出してきた利己主義による不公正と、無知と迷信を助長させてきた誤った宗教的教義に終止符を打つためです。その両者が結びつくと、人類全体を包み込んでしまうほどの暗黒を生み出す事になります。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
が、今や正しい霊的真理の光が地上に根づき、もはやそれが根絶やしになる事は有得ません。闘いの手を緩めてはなりません。真理は必ず勝つのです。どうしても切り抜けなければならない困難はある事でしょう。が、それが何であろうと、きっと克服できます。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
真理の証を手にした者が、薄暗い片隅をコソコソ歩いたり、首をうなだれヨタヨタした足取りで歩く必要はもうなくなりました。背筋を伸ばし、霊の使者として人類の霊的再生のために、―
『シルバーバーチの霊訓⑦』
―全ての者が等しく自由と寛容を享受できる“新しい世界”を招来するために、神のお召にあずかったのだという誇りを持って下さい。人間の霊性―これは神の霊性そのものなのです―を抑圧し弾圧し、その発現を阻止せんとするもの全てが姿を消してしまう事でしょう。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
これからも霊の道具に対する攻撃は続くでしょう。心の奥でそういうものの存在を毛嫌いする人がまだまだ多いからです。しかしそれ位の事で霊の絶え間ない奔流が阻止できると考えても、もう時すでに遅しです。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
満ち潮の急いで押し寄せ、地上の何ものによっても阻止できなくなっております。小さな流れだった時から阻止できなかったものが、大潮流となってから阻止できるはずがありません。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
私が会得した叡智のひとつは、全体像を把握するという事です。私は“俗世にあって俗人となるなかれ”という訓えの通りの立場にあります。あなた方のように目先の出来事に動かされる事がありません。あなた方は物質界に身を置いている以上、―
『シルバーバーチの霊訓⑦』
―その日その日の出来事に右往左往させられても無理のない事です。が私の住処は霊界にあり、あなた方のご存知ない別の次元の摂理の働きを体験しております。その私の目に巨大な霊力が地球へ押し寄せているのが見えます。それで勝利は間違いないと確信しているのです。
3月下旬、僕は幽体離脱中にある“聖なる団体”の代表と思われる女性と固く握手しました。その横で、僕のその様子を見て泣いて喜んでいる女性がいました。今にして思えば、その女性こそ守護霊様だったのでは?と思うようになりました。守護霊様は僕の決断を喜んでくださるでしょうか(祈)
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『シルバーバーチの霊訓⑦』
苦しい思いをさせられる人もいる事でしょう。しかしそれは先駆者として払わねばならない当然の犠牲なのです。どんな事があっても自分の持ち場を死守し、そこから逃げ出す事があってはなりません。自分にあずけられた真理の宝石を死守するのです。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
真理を知った者の勇気ある生き方の手本を示すのです。かりそめにも“ごらんなさい。霊的真理を吹聴していた人間がこのざまですよ”などと言われるような事のないように心掛けてください。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
いかなる事態が生じようと、誰がいかなる攻撃に遭おうと、私たちの仕事は止まる事なく続けられます。病に苦しむ人の身体を癒し、悲しみに打ちひしがれた人の心を癒し、インスピレーションと真理を次々と送り届けて、少しでも多くの人々を目覚めさせてまいります。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
それを阻止できるほどの力は地上には存在しません。それが宗教という名の外衣まとったものであろうとなかろうと、もう時すでに遅しです。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
良くなる前には悪くなる事があるものです私は少しも心配しておりません。今は時代が違います盤石の基礎ができております。その事は何度も申上げております。もっともっと不自由な思いをさせられる方が身のためです。それがより大きな自由を得させてくれるからです。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
しかも、その迫害の首謀者がスピリチュアリズムを目の敵にしている連中である事は実は有難い事なのです。一致団結して共同の敵を迎え撃つ体制を整えさせてくれる事になるからです。所詮、神の道具の全てを投獄する訳には行かないのです。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
霊的真理普及のために捧げられている集会の門の全てを閉鎖させる事はできないのです。教会にはもはや霊的真理を追い払う力は無くなりました。皆さんは一握りの者が権力を振り回したあの暗黒時代(中世ヨーロッパ)に引き戻されたのではありません。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
それとは事情が異なります。今は一段と啓発された時代です。男女の区別なく自由を、霊の生命ともいうべき自由を味わっております。その自由はさらに大きくなる事はあっても、抑圧される事は有得ません。
シルバーバーチ霊が多大な犠牲を払って地上人類にもたらしてくれた“ダイヤモンドの輝き”に譬えられる珠玉の霊的真理。僕たちはその美しい霊言の数々に触れる事で、大切な知識を得るチャンスを与えて頂いたのです。人類の宝とも言える霊界通信の書籍は、すぐ手の届くところにあるのです☆(祈)
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『シルバーバーチの霊訓⑦』
その自由の炎を燃やし続けさせる事が私たちの仕事の一環でもあるのです。魂に訴えて生きる熱情を燃え立たせ、自由を守る意欲に点火し、霊力によって生活態度が一新され活気づけられる、そうした方向へ手引きしてあげる事です。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
いったん束縛から解放された魂は隷属の状態を嫌うようになるものです。(当り前の事を言っているようであるが、人間は抑圧され続けると何かに隷属している方が気楽に思える病的奴隷根性が芽生えてくる事実を踏まえて述べている―訳者)
『シルバーバーチの霊訓⑦』
これまで私たちは多くの人間を聖職者の策謀の檻から救い出し、神学の手枷をはずしてあげ、教義の足枷から解き放してあげてきました。もう何ものにも束縛されなくなった自由の喜びを味わっている人が無数にいます。今や自由の身となったのです。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
自由の空気を満喫しています。自由開放の陽光の中で生きております。ありません!心配のタネは何一つありません。神の道具として目覚めていく霊媒が増えれば増えるほどスピリチュアリズムは勢力を増してまいります。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
一人でも多くの人を我々の霊力の行使範囲に手引きしてあげる事が目的です。これは二つの側面を持った仕事です。一つは各自が潜在的に所有する霊的原動力を発動させる事であり、もう一つはその人たちを背後霊の影響力下に置いてあげる事です。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
私は、同じ愛でも、家族的な絆に根ざした愛より奉仕的精神に根ざした愛の方がはるかに尊いと信じている者の一人です。奉仕的精神から発動した愛の方がはるかに偉大です。自分という“一個”の存在の心と知性と魂を“多数”の人間の運命の改善に役立てようとする時、―
『シルバーバーチの霊訓⑦』
―そこにはその見返りとしての己の栄光を一かけらも望まない“光り輝く存在”を引き寄せます。生きる喜びを一かけらも味わう事を許されない無数の魂の存在を地上に見ているからです。
世界心霊宝典、全5巻【霊訓】【不滅への道(永遠の大道)】【スピリチュアリズムの真髄】【ジャック・ウェバーの霊現象】【人間個性を超えて(個人的存在の彼方)】これらも超オススメです☆が悲しいかな、絶版が多いです(涙)でも僕は古書で全巻揃え全部読みました☆人類の宝なのです(祈)
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『シルバーバーチの霊訓⑦』
もし皆さんが霊の目をもって見る事ができれば、宇宙の全次元の存在の場をつないでいる絆をご覧になる事ができるのですが、それがご覧頂けないのが残念です。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
それをご覧になれば、地上の誰一人として見棄てられたり取り残されたり無視されたり見落される事がない事、霊的なつながりが人間に知り得る限りの最低界から人間が想像し得る限りの最高界まで連綿として続いている事を理解される事でしょう。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
その全次元を通じて“光り輝く存在”が隈なく待機し、連絡網を通じて霊力を一界また一界と送り届け、最後は物的チャンネル(霊媒・霊能者)を通して地上へ届けられます。それはそれは強大なエネルギーです。その真の威力は言語による説明の域を遥かに超えております。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
皆さんの協力を得て私たちはずいぶん多くの成果をあげてまいりました。しかしまだまだ目標には到達しておりません。多くの仕事が為されましたが、これからも多くの仕事が為される事でしょう。そうとは知らずに影響を受けている人が大勢います。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
自分では無意識のまま霊力の通路となって役立っている人が大勢います。ご本人は何かしら感じるものがありながらも、それを説明できず、ましてや霊の世界、死後の世界からの働きかけとは思いもよりませんが、―
『シルバーバーチの霊訓⑦』
―しかし、ふだんの生活の中で常識では考えられない事が起きている事に気づいています。そういう人は皆さんから近づきやすい条件をそなえている事になります。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
地上生活が五感のみによって営まれているとする古い概念が打ち破られた事は大きな収穫です。今や新しい概念が地上生活に行きわたりつつあります。
“妖精”を扱った書籍もあります☆【妖精物語 実在する妖精世界】【妖精世界 霊視した妖精の姿】【妖精 妖精写真は物語る】の3冊です☆個人的に【妖精世界】の巻末に掲載されている「生命の進化」という図があるのですが、この図はすんごい図だと思います。全生命が繋がってると分ります(祈)
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『シルバーバーチの霊訓⑦』
少しずつ身を削ぎ落とし古い概念を新しい概念と調和させようとする試みが為されつつある証拠がたくさん見られます。過去一世紀にわたるキリスト教正教の歴史は、固定化した古い教義を新しい知識でもって解釈し直し、―
『シルバーバーチの霊訓⑦』
―それがそれまでに説かれてきたものとは違って象徴的な意味でしかなかった、という受取り方に向かう努力の長い記録であったと言えます。よくご覧になれば、それが延々と続けられてきている事がお分りになると思います。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
先見の明ある牧師たちは“いや、これはもう通用しない。科学と知識と発明・発見によってこの宇宙はわれわれの先輩が考えたものよりはるかに大きい事が分ったのだ”と言います。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
むろん一方には新しいワインを古いポットに注ぎ込もうと一生懸命になる日和見主義者もいます。が、全体として物の考え方に柔軟性が出てきております。教義の説き方も過去のお座なりの用語は用いられなくなっております。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
硬直した古い概念から抜けきれない者は次第に勢力を失っていきつつあります。近代的概念を摂り入れようとする者が次第に勢力を伸ばしつつある事を忘れてはなりません。それが進化というものの必然的な結果なのです。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
今なおその異常な精神構造のゆえにまったく進歩というものが止まっている人間がいる事は事実です。頑迷な形式主義に凝り固まった人間がいる事はいます。しかし、それはもはや大多数を占めていません。五十年前とはだいぶ違います。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
キリスト教界にも健全な合理的精神が働き始めております。知識の進歩とともに、かつての人間味たっぷりの神の概念が姿を引っ込めざるを得なくなりました。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
宇宙の広大さと複雑な組織、そこに満ちあふれる生命活動、人間に視界を超えた波動と放射線等について明かされた知識が、宗教についての概念を完全に塗り変えました。科学が四次元世界の存在を指摘している時代に、かつての天国と地獄の話が信じられる訳がありません。
怒涛の幽体離脱、インスピレーション、さらに下層界からの攻撃、メチャメチャ降りまくってます。しかしそれらの情報を総合して、まだ確定ではありませんが、あくまで予想でしかありませんが、僕は間もなく画家活動を再開するかも知れません。それも思いもよらない形での再開となるかも知れません(祈)
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『シルバーバーチの霊訓⑦』
我々の仕事は必ず勝利を収めます。真理は必ず勝つものだからです。ただ警戒を怠らないで頂きたいのは、真理を求めてあなた方に近づく人たちの中には自分たちの宗教の一部を補修するのに都合の良いものだけを盗み取ろうとする者がいる事です。それを許してはなりません。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
私たちが真理普及のための道具、霊的才能を発揮できる者を一人でも多く求めるのは、その霊的真理によって霊的生命がますます勢いを増してくれる事を目的としているのです。そこに成長が得られるのです。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
霊的真理によって真の自我に目覚めた魂は、その真理の意味するところを決して忘れません。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
霊界には、いついかなる時も、インスピレーションによる指導と鼓舞の手段を用意した霊の大軍が控えております。真剣に求めてしかも何一つ手にする事ができないという事は絶対にありません。求める者には必ず救助と援助と指導とが与えられます。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
かつて地上のためにこれほど大規模な活動が行われた事はありません。真摯に求める者のために生きた真理の水を用意し、叡智に満ちた驚異的現象を用意し、―
『シルバーバーチの霊訓⑦』
―霊の貯蔵庫が無尽蔵である事、いかなる要求にも応えられる事、誰であろうと、どこにいようと、その恩恵にあずかることができる事を知って頂く態勢ができております。生まれや地位、身分、職業、民族、国家の別は関係ありません。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
仕事で地下に潜っていても、海洋へ出ていても、空を飛んでいても、列車に乗っていても、船に乗っていても、工場で働いている時も事務所で働いている時も、お店でお客の相手をしている時も、家で家事に携わっている時も、常に霊力の恩恵にあずかる事ができるのです。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
霊的貯蔵庫との波長がうまく調和しさえすれば、その恩恵にあずかる事ができます。各自がもつ受容能力に似合った分だけを授かります。何と素晴らしい真理でしょう。それなのになお地上にはそれを否定する人がいます。
幽体離脱中に再びユキ(僕が以前飼ってた白文鳥)と出会いました。僕が口笛で呼ぶと飛んできて僕の唇の前でホバリングするのです。でもユキの羽毛は全身白のはずなのに今日のユキはカラスみたいに全身真っ黒だったのです。ユキは僕が帰幽を諦めた事を残念に思ってくれてるのかも知れません(祈)
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『シルバーバーチの霊訓⑦』
迫害の手段に出る者は決まって彼らが意図したものとは全く異なる結果を招来するものです。あなた方の時代、このスピリチュアリズムの世紀においても同じ事です。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
あなた方は図らずも多くの敵をこしらえてしまいました。そして私がしばしば述べておりますように、彼らはスピリチュアリズムを阻止せんとして、ありとあらゆる陰湿な手段を平気で講じます。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
宗教家をもって任ずる者、宗教というものが自ずから要求する神聖なる責務を自覚しなければならないはずの聖職者自らが、あらゆる倫理・道徳の規範にもとる態度を取っています。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
その態度はまさしく宗教という言葉から連想されるものと正反対です。しかし彼らがいかに力を結集して挑んでも、霊力の地上への降下を阻止する事はできません。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
今やいかなる組織をもって霊力の流れを阻止しようとしても、時すでに遅しです。古びた法律や条件を引っぱり出すかも知れません。国家や警察の権力を操るかも知れません。しかし霊力の地上への顕現を阻止する事はできません。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
これまでに起きた事はもとより、これから生じるであろう出来事も、霊に目覚めた者が不安や恐怖を抱くほどのものは何一つありません。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
忠誠心と自信とをもち、背後より支援してくれるその力の存在を忘れる事なく、真理はいかなる反抗勢力に遭っても、真理であるがゆえに耐え抜くものである事を確信して邁進すべきです。
シルバーバーチ霊だけでなく“ホワイトイーグル霊”も地上に珠玉の霊的知識をもたらしてくれています☆【ホワイト・イーグル霊言集】【霊性進化の道 ホワイト・イーグルの霊示】【天使と妖精 ホワイト・イーグルの霊示】の3冊です。僕たちが地上生活中に知るべき大切な知識の宝庫なのです(祈)
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『シルバーバーチの霊訓⑦』
私はいつも、昨日や今日の出来事によってすぐに揺らぐような事のない永遠不変の原理を説いております。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
永遠の実在―不変の摂理の働きに基礎をもつ実在の一部なのです。この知識を活用する事によって、決断に際して不安も恐れもなく、自分が携えている真理は必ずや勝利を収めるのだという確信をもつ事ができます。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
この真理は既に地上に根づいております。役割を忠実に果たしておられる皆さんの存在が白日のもとに晒される事になりますがそれをむしろ天命として喜んで受止めるべきです。なぜならそれは我々の説く真理によって困惑すべき者を困惑させていきつつある事の証左だからです。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
本当はとうの昔に取り除かれるべきだったものを今、新しいほうきによって掃き取っているところなのです。その過程にも教訓的要素が意図されております。が、掃き取られる側がそう大人しく引き下がる訳がないでしょう。当然の成り行きとして、そこに闘争が生じます。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
それも栄誉ある闘争の一部です。その背後には霊の大軍が控えております。光り輝く天使の群れの援助を得ているわれわれに絶対に挫折はありません。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
かなり前に私は皆さんにこう申上げた事があります。我々に敵対する勢力は古い言いがかりを体よく飾り、法律と国家権力を盾にして攻撃してくるでしょう、と。しかし時すでに遅しです。それ位の事で霊力が挫ける事はありません。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
私たちの勢力は、生命が永遠である事、人間は例外なく死後も生き続ける事、愛に死はなく死者への哀悼は無用である事、そして宇宙には誰にでも分け隔てなく与えられる無限の霊的叡智と愛とインスピレーションの泉がある事を教えたくて戻ってくる男女で構成されているのです。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
特別に神から特権を授かる者は一人もいません。真摯なる者、謙虚なる者、ひたすらに真理を求める者、古い伝説や神話をかなぐり棄て、いったん受入れた真理に素直に従う用意のできた者のみが、新しい世界の価値ある住民としての特権を得るのです。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
教会、法律、裁判官といえどもインスピレーションの泉に蓋をする事はできません。その流れは止めどもなく続きます。皆さんは何者をも恐れる事なく、人類を迷信の足枷から解き放し、無知の束縛から救い出す真理の擁護者としての決意をもって邁進しなくてはいけません。
僕が言うのもなんですがm(_ _)m みなさん、本を読みましょう☆素敵な本はたくさんあります。(ブログ“さらにさらに書籍紹介です♪”参照) そして困難、苦難から逃げることなく、勇気をもって真正面から立ち向かいましょう☆艱難辛苦の先に光がある、これだけは間違いありません☆(祈)

※文中に当時の僕のコメントが挿入されていますが、削除するのが面倒ですので(汗)ご参考までにそのまま掲載させて頂きます。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
【英国空軍に所属していた息子の戦死に心を痛めている夫婦が招待された。ご主人はある新聞社の編集を担当しておられる。夫妻はそれまで幾人かの霊媒を通じて息子との交信を求めてきたが効を奏していない。そこでご主人がシルバーバーチにこう尋ねた】―
『シルバーバーチの霊訓⑦』
―【他界した者との交信を求めてあの霊媒、この霊媒と回り歩くのは良い事でしょうか。もし誰か他の人がうまく交信に成功した時に、交信のできない霊へのメッセージを託す事は可能でしょうか―】私の目には人間の心と魂とが映ります。外部の身体は映りません。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
苦悩の淵に沈まれたあなたの心は私にはよく分ります。ですからあなたの心の奥底で動めいているものを私が知らずにいると思ってはいけません。あなたはまさに悲しみのドン底を体験されました。そしてその悲しみを少しでも和らげてくれるものを求めておられます。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
しかし、こんな事を申上げては非情に思われるかも知れませんが、あなたが求めておられるものを叶えられなくしているのは、知らず知らずとはいえ実はあなたご自身である事を知って下さい。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
宇宙には科学の実験室における如何なる分析検査にもひっかからず、化学薬品によってもメスによっても分析できず、しかもこれまで大きさを測定し重量をはかり切開できた他のいかなるエネルギーをも超越する力が存在します。私が言っているのは愛の力の事です。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
その愛は全生命の根源であり、宇宙を創造した大霊すなわち神の属性であるが故に死滅する事はありません。それはまさに生命の息吹でありエッセンスなのです。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
この愛さえあれば、縁で結ばれた者同士はあらゆるハンディキャップ、あらゆる障害、あらゆる妨害を乗り越えて、いつかは必ずお互いを見出し合います。
悩んでる方、苦しんでる方、シルバーバーチをはじめとした霊関連書籍をぜひ手に取って見て下さい。悩み苦しみの根本原因が分ります。僕たち人間の存在位置ならびに存在理由、そして地上に降下した意味が分ります。そして僕たち地上人類が地上で為さねばならない大切な霊的事実が分ります(祈)
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『シルバーバーチの霊訓⑦』
息子さんの事はよく存じております。聡明な、まばゆいばかりの青年でした。あなたは今その息子さんの事で心を痛めておられます。が、その息子さんは実は今もあなた方のお側にいるのです。死んでしまったのではありません。生命に満ちあふれた姿で生きておられます。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
いつかはその存在を証明する事に成功するでしょう。そして傷ついた心をみずから癒す事になるでしょう。どうか私の言う事を素直に信じてください。息子さんは(戦死によって)何の傷害も受けておられません。精神的能力も霊的能力もまったく健全です。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
そのうちきっと、今だにあなたを取り巻いている濃いモヤを取除けるようになるでしょう。それをぜひとも突き破らねばなりません。しかしそれは大変努力のいる事です。実に困難な事です。いかに困難なものか、例をあげてみましょうか。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
私はこうして地上との交信を可能にしてくれる通信網を操るための訓練に二十年以上も費してまいりましたが、今日の地上を取り巻く環境が(戦争のために)あまりに混沌とし、騒乱と険悪さに満ちているために止むを得ずその繊細な通信網を最小限にしぼって、―
『シルバーバーチの霊訓⑦』
―ようやくこの霊媒との連絡を確保しているのが実情なのです。お子さんがあなた方を喜ばせてあげられないのはお子さんが悪いのではありません。地上に近い霊界の下層界における混沌状態のせいでありそれにもう一つ大切な原因として、―
『シルバーバーチの霊訓⑦』
―無理もない事とはいえ、絶対的確証を得ないと気が済まないあなたのその冷やかな分析的精神構造があります。しかし私もお手伝いします。そのうち悲しみの鈍痛を忘れかけている時がある事に気づかれるようになる事を、ここで断言しておきましょう。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
胸も張裂けんばかりの苦悩を味わうのも愛する事を知った者であればこそです。(「あなたもですよ」と夫人の方を向きさらに続ける)だからこそこうして私たちが戻ってくるのです。私がお届けする知識によって大勢の人々の人生を台無しにしている“無知”を一掃するのです。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
地上の人々が霊的な摂理を理解し、内部に具わっている霊的資質が自然に発揮されるような自然な生活を送れば、二つの世界の間にかかっているベールが突き破られ、全ての障害が撤去される事でしょう。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
その障害はことごとく人間の無知と迷信と偏見によってこしらえられたものばかりなのです。言うなれば闇の勢力です。ぜひとも打ち破って、愛と力と導きと光明がふんだんに地上へ届けられるようにしなければなりません。
皆さん、地上のどんな高価なものより何より大切な霊的知識を得ましょう☆人類の宝とも言える書籍は沢山あります(ブログ“「霊」関連書籍の総括”参照)地上は修行場です。僕たちはそれぞれ越えるべき課題を携えて地上に降下して来てるのです。それを知って暮すのと知らずに暮すのでは大違いです(祈)
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『シルバーバーチの霊訓⑦』
私がいつも知識の普及を口にするのはそのためです。霊的知識こそが自らを閉じ込めている牢獄から魂を解放する大きな力となるのです。自由という名の陽光の中で生きるべきでありながら暗い魂の牢獄の中で暮している人が多すぎます。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
あなたもその仕事に参加できます。知識を伝達する機関(新聞社)にお勤めだからです。地上生活の総決算をする時、つまり地上に別れを告げて霊の世界へと移られると、誰がするというのでもなく、自家作用によって自分で自分を裁く事になります。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
その時の判決の基準は地上で“何を考えたか”でもなく“何を信じたか”でもありません。世の中のために“どれだけ自分を役立てたか”という事です。私が説いているのは“人のために”という福音です。人のために惜しみなく自分を役立てなさいと言っているのです。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
そうするとあなたがこの世に存在した事によって世の中が豊かになる訳です。簡単な事なのです。改めて説くのもおかしいくらい当り前の事なのです。ですがやはり真実です。地上世界は単純さという本通りから外れてややこしい複雑な脇道に迷い込んでおります。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
あまりに複雑なものに惑わされて単純な真理が受入れられなくなっている精神構造の人が大勢います。ですが単純な真理は単純であるが故にこそ強いのです。【続いて霊界の息子さんの事について夫人にこう語った】―
『シルバーバーチの霊訓⑦』
―そのうちお子さんは新しい世界で発見した事が伝えられるようになって、奥さんはその驚異に満ちた話に圧倒される事でしょう。ですがその前にどうか次の事をよく理解して下さい。冷たい事を言うと思わないで下さい。本当の事を謙虚にそして真摯な気持で申上げます。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
死は、死ぬ人自身にとって少しも悲劇ではありません。あとに残された人にとってのみ悲劇なのです。暗黒の世界から光明の世界へと旅立つ事は悲しむべき事ではありません。あなたが悲しむ時、それは実はわが子を失った自分の身の上を悲しんでいらっしゃるのであり、―
『シルバーバーチの霊訓⑦』
―自由の身となった息子さんの事を悲しんでおられるのではありません。息子さんは地上にいた時よりずっと幸せなのです。もう肉体の病に苦しむ事がないのです。刻々と蝕まれていくという事もありません。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
内部の霊的資質を開発し、それを何の障害に邪魔される事もなく自由に発揮し、それを必要とする人のために存分に役立てる事ができるのです。
故人を悼むのは断じて間違いです。故人は鈍重極まる肉体牢獄から解放され遥かに精妙な幽質の身体をまとい自由を満喫してるのです。旅立った事を祝ってあげるべきです。臭い煙の出る棒(線香)何万本に火を付けてもあなたの霊性は1ミリも向上しません。日本人の方、そろそろ大切な事を理解しましょう。
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『シルバーバーチの霊訓⑦』
あなたは見慣れた“あの姿”が見られなくなった事を淋しがっておられるのです。物的身体が二度と見られなくなった事を嘆いておられるのです。しかし本当の息子さんは立派に元気で生きておられるのです。ただその手で触ってみる事ができないだけです。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
どうかその物的感覚の世界、五感というお粗末な魂の窓の向うに目をやり霊的実在を知る事によって得られる叡智を身につけるよう努力なさって下さい。死は生命に対して全く無力です。生命は常に意気揚々としています。愛する息子さんは決してあなたの元を去っていません。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
むしろ死によって霊的にはさらに身近な存在となっているとも言えるのです。無論その事が今のあなたに理解できない事は私も承知しております。なぜならあなたは物質の世界に生き、物質の目で見つめておられ、霊の世界のすばらしい壮観がご覧になれないからです。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
しかしいつの日かその物質のベールが取除かれて霊的な目が開かれれば、あなたも新しい世界の目も眩まんばかりの光輝をご覧になり、人生には完璧な償いの法則があり全てが神の摂理によって治められている事を理解される事でしょう。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
私も何とか力になってあげたいと思っているのですが、そのためにはあなたと私とは同じ人生を二つの異なった角度から眺めている事を忘れてはなりません。【ご主人から地上の人間としての心掛けについて問われて―】私に言わせればそれは至って簡単な事であり、―
『シルバーバーチの霊訓⑦』
―なぜ地上の人間がそれを難しく考えるのか理解に苦しみます。あなたも他の全ての人間と同様に為すべき何らかの仕事があってこの物質界に誕生して来られたのです。時には内省の時をもって、果たしてこれが自分にとっての本当の仕事なのだろうか、―
『シルバーバーチの霊訓⑦』
―世の中を啓発する上で少しでも役に立っているだろうか、知識の蓄積を怠っていないだろうか、獲得した霊的真理を人に分け与える努力をしているだろうか、これで最善を尽していると言えるだろうか―正直に自分に問いかけてみる事です。そうすれば自ずと答が出てまいります。
シルバーバーチ霊が多大な犠牲を払って地上人類にもたらしてくれた“ダイヤモンドの輝き”に譬えられる珠玉の霊的真理。僕たちはその美しい霊言の数々に触れる事で、大切な知識を得るチャンスを与えて頂いたのです。人類の宝とも言える霊界通信の書籍は、すぐ手の届くところにあるのです☆(祈)
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『シルバーバーチの霊訓⑦』
それだけでいいのです。自分に正直になり最善を尽す―それだけでいいのです。宗教的信条や教義などは必要ないのです。自分は今何を為すべきかを素直に認識するだけでいいのです。その心掛けを日常生活で徹底させれば決して道を誤る事はありません。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
この物質界に誕生してきた目的を成就させている事になるのです。私たち霊界の者の目には、本当は存在してはならない暗闇の中で生きている何億何十億とも知れぬ神の子が見えます。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
荒れ果てた惨めな家屋で空腹と渇きに苦しみながら生得の権利であり神からの遺産であるところの“魂の自由”を奪われた生活を送っています。その一方には己の飽くなき貪欲を満たさんがためにそうした無数の同胞を虐げ続ける事に知恵をしぼっている者もいます。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
そこで私は霊性に目覚めた方々に申上げるのです―勇気をもって闘いなさい。あらゆる不正、闇、横暴、不公平と闘いなさい。その人の背後には人間的煩悩から解放された霊の大軍が控え、鼓舞し援助し、決して見捨てるような事はいたしません、と。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
これが知識を伝達する手段をお持ちの方に私からお願いしている事です。私の言わんとしている事がお分りですね。為さねばならない事が沢山あります。あなたも含めて死後の存続の確証を得たいと望んでおられる方に申上げたいのは、―
『シルバーバーチの霊訓⑦』
―確証はおろか霊的知識に巡り合う機会すら得られない人が無数にいるという事です。あなたも私たちと同じ視野に立って地上世界をご覧になる事です。そうした無数の人たちが、いずこへ向うべきかも分らぬまま疑念と不安を抱きつつ狼狽し、途方に暮れた生活を送っております。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
道を見失っております。と言って永年に亘って権威があるかに思ってきた宗教はもはや信じられなくなっております。暗中模索と挫折の繰返しです。そこで私たちは考えたのです―よい道具(霊媒・霊能者)さえ用意できれば、―
『シルバーバーチの霊訓⑦』
―安心と確信と自信を生み出す知識の光をふんだんに地上へもたらす事ができるであろう。そして神が意図された通りの生き方、つまり平和と協調と愛にあふれた生活ができ、神の一部としての霊性が要求するところのものを追求する事に勤しむ事になるであろう、と。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
【もう一組の夫婦は娘を失っていたが、今はもう連絡も取れて得心している。その日の要望は、自分たちだけで霊的交信がもてるようになりたいので、そのためのアドバイスを聞く事であった。趣旨を聞いてシルバーバーチはこう答えた】―
『シルバーバーチの霊訓⑦』
―お二人が今お考えになっている事を実現するのは容易ではありません。戦争という特殊情勢が地上と霊界との関係に大きく影響しており連絡が大変混乱している事をまず認識しなければなりません。ご自宅で交霊会を催そうとしてもなかなかうまく行かないのはそのためです。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
永年の経験をもつ霊媒と強力な背後霊団を控えているサークルにおいてさえ今は交信が非常に難しくなっております。まして初心者であるあなた方がうまく行かなくても不思議ではありません。まず第一に、まだ霊的能力そのものが十分な時間をかけた鍛練をされておりません。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
指導と強化がなされておりません。まだこれからという段階です今の状態で行うと近づいた霊の誰にでも好きに操られてしまいます。それに霊力を補助してくれるメンバーが足りません。【「忍耐がいると思っております」と夫人が言うと】―
『シルバーバーチの霊訓⑦』
―それもそうですがメンバーが少なくとも三人以上は必要です。お二人だけでは霊力の相乗効果が十分に出ません。その結果そちら側からドアを開ける事ができても、そのドアから入ってくる“お客さん”を整理する力が足りない事になります。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
すると当然、開けっ放しの入口からゾロゾロと際限もなくお客さんが入ってきて混乱してしまいます。そうした点を改めない限り成功は望めないと思います。(その“成功”の意味が大切であろう。そうしたお客さんが“しゃべる”霊言現象にしても)―
『シルバーバーチの霊訓⑦』
―(“書く”自動書記現象にしても、現象そのものなら簡単に“成功”するであろうけど果たしてその“通信霊”が期待した通りの人物なのか、それともイタズラ霊がそう名のっているに過ぎないのかが問題である。)―
『シルバーバーチの霊訓⑦』
―(これには霊媒の霊格と入神の程度、審神者(さにわ)の霊格と体験を直感力が絡んでくるのでそう簡単には片付けられないが。一番危険なのは唯々諾々として何でも有難く拝聴してしまう安易な好奇心と慢心である―訳者)
『シルバーバーチの霊訓⑦』
【メンバーの一人が「招かれざる客が入らないようにするのが支配霊の役目ではないのでしょうか」と聞くと―】そうなのですが、そのためにはそれなりのエネルギーを供給してもらわねばなりません。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
【「その門番の事ですが、どんな責任を負っているのですか」とご主人が尋ねる―】門番の仕事は門の番をする事です。ですがそのためには入って欲しくない霊を締め出すために必要な“柵”を拵えられるだけのエネルギーを供給してもらわねばなりません。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
そのエネルギーはあなた方人間から頂くのであり、それが総合されてはじめて威力を発揮するものである事をご存知でしょうか。出席者一人一人から少しずつ頂いて、それを責任者である支配霊がまとめるのです。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
そこで霊界側で用意したエネルギーをミックスして交霊会の運営のために使用するのです。もし誰かれの区別なく通りがかりの霊のどうぞお入りくださいと言わんばかりにドアを開けっ放しにしておくと、みんな喜んで入ってきます。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
なぜかと言うと、それは言わば薄暗い場所に明りを灯すのと同じで、その明りを見て低級な霊が続々と寄り集まってきます。すると門番も制し切れなくなります。それだけのエネルギーを十分に具えていないからです。このサークルではそういう事態は起こりません。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
何十年も掛けてメンバーを厳選した上でサークルを構成しているからです。それでも極めて稀にではありますが、急に邪魔が入って少しの間中断せざるを得なかった事はあります。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
ですが悪だくみをもった者ばかりとは限りません。いろんなタイプの霊がいるものです。ただ単に地上の人間と話をしてみたいと思う者、好奇心から割り込んでくる者、軽薄な見栄からおせっかいを焼く者など、いろいろです。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
【シルバーバーチは、そうした交霊会を開く事を考えるよりも二人は霊的知識という宝を手にしているのだから、それを知らないまま悲しんでいる同じ境遇の人たちに教えてあげる仕事に精を出すべきである事を説いた。すると哲学に興味をもつご主人が哲学的質問を出した】―
『シルバーバーチの霊訓⑦』
―【宇宙創造の目的についてどういうお考えをお持ちですか。その目的に付随して、なぜこんなに多くの苦痛と邪悪と苦闘とが無ければならないのか、それが分りません。人類の立場からはそうした目的が理解できないのです】―
『シルバーバーチの霊訓⑦』
―目的はあります。永遠の時の中で成就すべき目的があります。生命は無窮の過去から存在し未来永劫に亘って存在し続けます。しかしその生命の辿る道は、一つの頂上を極めると次の頂上が見えてくるという、果てしない進化の道程です。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
一つの頂上を極めるごとにあなたの霊的資質が向上して行くのです。鍛練によって人間は内部の神性が目覚め、より広くより豊かなものを表現してまいります。地上的な垢が落され霊の純金が姿を現します。これは当然の事ながら苦痛を伴わない過程では有得ません。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
がそれも宇宙的機構に仕組まれた一部―比較対照の中で真理に目覚めるように意図された機構の一部なのです。苦痛を知らずして健康の有難さを知る事はできません。日蔭を知らずして日向の有難さは分りません。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
そうした事の全てがリズムと調和の中で展開する創造活動の一大パノラマを演じているのです。人間は永遠の海を当てもなく波に翻弄されるコルクではありません。永遠の創造活動の中の不可欠の存在なのです。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
自分の努力、自分の行為、自分の生活がそうした永遠の創造過程に何がしかの貢献をしているのです。神の息吹の一部であり、無限なる霊の一部であり、永遠なる宇宙の一部であり、それが自分を通して働き、雄大なる宇宙的機構に光輝を加える事になるのです。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
【とりあえず私たちにもそれが分るとしましょう。苦と楽の効用は理解できます。しかし為になっているとは思えない存在がたくさんあるように思うのです―】人間生活の事でしょうか。―
『シルバーバーチの霊訓⑦』
―【人間生活もそうですが特に小鳥や昆虫のような動物の世界においてです。比較対照という機構を理解するよう要求されても自分の置かれた苦しい立場からしか見つめる事ができません】―
『シルバーバーチの霊訓⑦』
―こう申しては失礼ですが、あなたは物事をガラス越しに薄ぼんやりと見つめておられます。真剣ではいらっしゃるかも知れませんが極めて小さなレンズで覗いて全体を判断しようとなさっております。あなたにはまだ永遠の尺度で物事を考え判断する事がおできになりません。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
この途方もなく巨大な宇宙の中にあってホンの小さなシミほどの知識しかお持ちでないからです。しかし今それよりは少しばかり多くの知識を私たちがお授けしている訳です。少しだけです。全知識をお授けしましょうとは申上げません。それは私たちも持合わせていないのです。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
私たちはあなた方より少しばかり多くの知識を手にしているだけです。あなた方より少しばかり永い生活体験があるからにすぎません。あなた方がこれから行かれる世界、私たちが本来の住処としている世界において自然法則の仕組と働きのいくつかを見てきているからです。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
その体験と、私たちよりさらに多くを知っておられる上層界の方々から教わった事を土台として私たちは宇宙人生の計画と目的について一段と明確な認識を得ております。そこに完璧な摂理の働きを見ております。自然の摂理です。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
手落ちという事を知らない法則。絶対に誤る事のない法則、極大から極小に至るまでの宇宙間の全存在の全側面を認知し、何一つ無視する事のない法則、全てを包括し、全ての活動に責任をもつ法則です。私たちはその法則の完璧さに驚嘆しております。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
絶対に誤る事がないのです。そして私たちはこれまでに明かして頂いたその完璧さ故に愛と叡智と慈悲によって育まれた完全な計画の存在を知り、現時点で理解し得ない事、まだ明かして頂いていない側面もまた同じく完璧な法則によって支配されているものと確信しております。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
そう確信するだけの資格があると信じるのです。その法則が構想においても働きにおいても完璧であるからには、当然その中に人間的な過ちに対する配慮も用意されているに決まっております。埋合せと懲罰が用意されております。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
邪悪の矯正があり、過ちと故意の悪行に対する罰があり、何の変哲もなく送った生活にもきちんとした裁きが為されております。私から申上げられるのはそれだけです。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
私がこれまで送ってきた三千年に亘る生活において“自分は神の法則によって不当に扱われている―不公平だ”と真剣に言える者を一人も知りません。私の知る全ての者が神の永遠の公正はその規模において無限であり、その適用性において完全である事を認めております。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
【霊界にも時間があるのでしょうか。ある事が行われなくなって霊が困るという事がありますか―】地球と接している幽質の界層を超えてしまうと、あなた方が理解しておられるような時間は存在しなくなります。こちらの世界は地球の自転とは何の関係もありません。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
昼も夜もなく季節の変化もありません。地上世界で使用されている意味での時間はありません。太陽は見たところ昇ったり沈んだりしていますが、こちらにはそういうものがないのです。以上が最初のご質問に対する答です。二番目のご質問はよく分りませんでした。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
もう少し分りやすく述べてください。【ここで変って夫人が「定期的に開かれているサークルを中止したら娘が残念がるかという事です」と言うと―】それに対してはイエスと言う答しかないでしょう。ですが次の事を知って頂かねばなりません。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
私もあなた方の世界の事は少しばかり体験しており、いろいろと難しい面がある事を理解しておりますが、そうした中で忙しい時間の幾ばくかを割いて背後霊との霊的な交流をもつ事を心掛けて下さると、背後霊はとても助かるという事です。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
そしてこれは何度も申上げている事ですが、背後霊とのつながりを求め、たとえ表面的には何の反応もなくても、霊的には必ず何かが起きているのです。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
ですから例えばテーブルも何も用いずに何分間か、ただお二人で座って黙祷するというだけでもいいのです。言葉に出すのもいいかも知れません。がそれも必ずしも必要ではありません。心を空にして穏やかな気持の中で精神を統一するだけで十分です。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
その統一状態の中で霊の力が働くのです。そうした静かな精神状態というのが物的生活に振回されている騒々しさに一時的なストップをかける事になります。その僅かな時間を霊性の開拓と、自宅内での霊的存在の認識へ向けた事になります。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
地上の人間は静かな精神状態をもつ事の効用を十分に認識しておりません。私がよく申上げているようにあなた方にとって無活動の時が私たちにとって活動の時なのです。あなた方が静かに受身の心でじっとしている時が私たちにとって一番近づきやすいからです。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
今お二人がお嬢さんをご覧になられたらビックリなさいますよ。どんどん大きくなっております。今ではもうお二人が知っているかつてのあの少女ではありません。【「成長したと思う事があります」と母親が言う。既に何人もの霊媒を通じて色々と証言を得ているからである】―
『シルバーバーチの霊訓⑦』
―もちろんご両親への愛は変っていませんよ。それが一番大切なのです。【最後に二人がシルバーバーチに礼を言いかけると、いつものようにこう述べた―】私が言ったからといって何もかも信じる事はありません。私だって間違った事を言っているかも知れません。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
あなた方にとってなるほどと得心のいった事だけを受入れて下さればいいのです。これは私がいつもお願いしている事です。あなた方は私たちに手を貸し私たちはあなた方を援助するという形で、お互い協力し合いながら宇宙の真理を究めていくのです。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
お互いがお互いから学ぶ事がたくさんあります。誰一人として間違いを犯さない者はいませんし、、全能者ではないからです。私たちだってみな人間的存在です。永遠の旅をする巡礼者なのです。

※文中に当時の僕のコメントが挿入されていますが、削除するのが面倒ですので(汗)ご参考までにそのまま掲載させて頂きます。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
今はまさに地上のあらゆる思想・制度が“るつぼ”の中へ放り込まれ、改革を余儀なくさせられている重大な時期です。古い制度が消滅し、昨日の権威への敬意を失った男女が、果たして明日は何をもたらしてくれるであろうかと期待しております。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
無数の平凡な男女が、かつてない苦しみの中でかつてない勇気を出す事によって、そこに人間の到達しうる限りの高所と、理想に燃えた時の人間の忍耐力の可能性を示しました。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
しかし同時にこの時期は、短かったとはいえ人間の残忍性の奥をのぞかせた時期でもありました。つまり人間の到達しうる限りの気高さと醜さの極限を見せてきました。言いかえれば人間の霊性の素晴らしさを見せると同時に、堕落した時の極悪非道ぶりも見せつけたのです。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
しかし、いずれも同じく人間のした事です。霊と肉の両極から成り立っている存在だからです。そのどちらがより強く人間を操るかによって生じる差にすぎません。霊の道を選ぶか、それとも肉の道を選ぶかの差です。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
私たち霊界の者にはもはや肉体はありません。ですから、民族、国家の別、肌の色、教義、階級の違いの観点から物事を処理する事はしません。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
人間がとかくこだわる境界線とか制限区域といった観念にはとらわれません。全人類を神性という共通の要素をもった霊的存在として見ます。一人一人が全体にとって無くてはならぬ存在なのです。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
肉体が死ぬと人間は霊界の存在となり、地上的束縛の全て―それまで自分の本来の姿を見る目を曇らせてきたもの、無意味な残酷さへ追い立ててきた狭量さ、長い間地上のガンとなってきたケチくさい不寛容精神と利己主義の全てをかなぐり棄てます。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
大切なのは、あなた方は元々霊的存在であり果たすべき霊的宿命をもってこの地上にあるという認識です。これからの新しい時代は霊的真理を土台として築かなければなりません。証拠をもって立証されたという意味において真理といえるものを土台としなければなりません。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
その霊的真理から生まれる寛容精神と善意と愛と奉仕精神と協調心をもって臨めば、地上に恒久的平和と調和のとれた世界を招来する事ができるでしょう。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
古い概念にとらわれ、憎み合い、国家間の不和、民族と肌の色と階級の違いにこだわり続けている限り、地上に戦争のタネは尽きない事になります。戦争は、とどのつまりは、憎悪と利己心と物質的な私利私欲から生まれるものだからです。
シルバーバーチ霊が多大な犠牲を払って地上人類にもたらしてくれた“ダイヤモンドの輝き”に譬えられる珠玉の霊的真理。僕たちはその美しい霊言の数々に触れる事で、大切な知識を得るチャンスを与えて頂いたのです。人類の宝とも言える霊界通信の書籍は、すぐ手の届くところにあるのです☆(祈)
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『シルバーバーチの霊訓⑦』
かつて崇高な精神の持ち主たちを暴虐と暗黒の地上の浄化へと駆り立てたのと同じ精神が、この度の大戦が終結したあとに訪れる世界においても人々を鼓舞しなければいけません。それ以外に地上再生の道はありません。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
私たちの世界には、かつて地上において自由解放の理念のために、いわゆる“一死奉公”の精神に殉じた人々が数え切れないほどいます。その人たちを二度と裏切る事があってはなりません。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
かつての暗黒時代に見事に開花した理想主義の理念を忘れてはなりません。すべてが荒涼として絶望的に見えた時代になお息づいていた僚友精神を忘れてはなりません。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
人類はイザとなれば至善至高のものを出すだけの力を具えているのです。奉仕活動への呼びかけ、全ての者にとって地上をより良く、より公平に、より豊かにしようとする願望に対して応える資質を、人間は立派に具えているのです。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
ところが残念ながら、いつの時代にも飽くなき欲望に駆られる人間、自分の利益しか考えない人間、人類全体の福祉、人類の理想、人類の全てに宿る神からの霊的遺産に対してまるで無頓着な人種がいるものです。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
そうした種類の人間に対して皆さんは敢然と立ち向かわなくてはいけません。これは終りなき闘いです。貪欲と利己主義への闘いです。人類を本来の歩むべき道から堕落させ、せっかくの遺産を詐取しようとする連中です。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
開発可能な人間の霊的資質の奥を披露し、虐げられた人々や生活に困窮している人たちの救済に身を捧げようとする者、地上の豊かな恵みを全ての人に平等に行きわたらすための活動に奉仕する人たちに、喜びと勇気とを与えてあげる事も目的としております。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
これまでに成就してきた事は、これから成就していくべきものに較べれば、物の数ではありません。数え切れ無いほどの人々があなた方のなさっている事に一抹の恐れを抱きつつも期待の眼差しを向け、苦悶の中にあって自分たちに幾らかでも慰めを与えてくれるだろうか、―
『シルバーバーチの霊訓⑦』
―絶望の中にある自分たちに一かけらでも希望の光を与えてくれるのか、混沌としているこの時代に少しでも平穏をもたらしてくれるだろうかと思っております。そこに私たちの耕すべき土地があり、そこに、いつかはきっと花を咲かせてくれる知識の種を蒔いてあげたいのです。
ご覧の方々へ。昨日も書きましたが僕は、イエス様に怒涛の連続顕現をして頂きました。そしてほぼ毎日、素敵な法悦状態に浴させて頂いてます。この法悦、本当にものすんごいのです。こんな僕に霊界の方々はここまでして下さるのです。最高に光栄なのです。本当に皆さんにも知って頂きたいのです(祈)
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『シルバーバーチの霊訓⑦』
われわれは見せかけは独立した存在ですが、霊的には一大統一体を構成する部分的存在です。そうしてどこにいても周りには物的束縛から解放された先輩霊の一大軍勢が待機し、地上へ働きかけるための手段(受容性に富む人間)を求めて常時見張りを続けており、―
『シルバーバーチの霊訓⑦』
―過去の過ちを繰り返させぬために、そして平凡な日常生活から人間が叡智を学び地上生活が実のあるものになってくれるように霊的知識を少しでも多く授けたいと願っている、そうした事実を認識して、これからの仕事に臨もうではありませんか。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
われわれは愛と叡智によって導かれて、知識とインスピレーションによって支えられている、偉大にして遠大な目的のための道具である事を片時も忘れぬようにいたしましょう。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
私たちの仕事はこちら側とそちら側の双方に存在する“無明”という名のベール、人間精神が暗黒であるがゆえに生み出される愚かさと無知と迷信のベールを取り除く事です。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
あなた方は今まさに、その無知を助長し真理の普及を妨げ啓発と改善に抵抗してきた勢力の崩壊と解体を目の当りにしておられます。その勢力は結局私たちに霊的生活への備えが何もできていない人間的難破貨物、人生の海を何処ともなく漂う漂流物というツケを回してくれました。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
そうした人生の落伍者を啓発し、地上で犯した悪業の全ての償いをさせるための努力が延々と続けられねばならないのです。とは言っても、私たちは別に難解な真理を説いているのではありません。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
至って単純な事ばかりなのです。至って分りやすい筋の通った事ばかりであり、それがなぜこうまで誤解を受けなければならないのか、なぜこうまで反撃されねばならないのか、なぜこうまで敵意を向けられねばならないのか、ただただ呆れ返るばかりなのです。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
もし私たちのもたらすメッセージが人類に永遠の地獄行きを宣告し、いったん神に見放されたら二度と救われるチャンスはないと説き、神とは人間を憎しみをもって罰し、責め立て、ムチ打つ事までする恐ろしい魔神であると述べているのであれば、―
『シルバーバーチの霊訓⑦』
―こうした敵対行為も容易に理解できましょう。しかし私たちのメッセージは愛と奉仕のメッセージなのです。生命は永遠にして無限であり、死は存在しない事、人間の一人一人が宇宙の創造という大目的の一翼を担う存在であると説いているのです。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
人間は物的身体ではなく永遠なる霊的存在であり、年齢とともに衰える事なく、内部の神性が開発されるにつれてますます光輝を増していく存在であると説いているのです。
何度も言ってます。僕がなぜこれほどまで果てしなくパワーをかけまくって抜粋を続けてると思われますか。これがほんのおふざけだと思われますか。僕たちは、地上生活中に知らないといけない大切な事があるんです。だからタネを蒔きまくってるのです。それがイエス様、守護霊様のご意志なのです(祈)
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『シルバーバーチの霊訓⑦』
また私たちは老化も病気も霊の成長を妨げることはない事、死によって物的身体がもたらしていた一切の痛みと苦労と障害から解放されると申し上げております。死は決して愛する者との間を永遠に引き裂くものでない事、いつかは必ず再会の時が訪れる事、―
『シルバーバーチの霊訓⑦』
―それも、どこやら遠い遠いところにある掴みどころのない空想的な境涯においてではなく、物的世界に閉じ込められている人間が理解しうるいかなる生活よりもはるかに“実感”のある実在の世界において叶えられると申し上げているのです。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
善は自ら報酬をもたらし、悪と罪は自ら罰と断罪を受けると私は説くのです。向上するのも堕落するのも本人の行為一つに掛っているのです。人生のあらゆる側面を神の摂理が支配しており、それをごまかす事も、それから逃れる事もできません。誰にもできません。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
たとえ豪華な法衣をまとっていても、あるいは高貴な“上級聖職階”を授かっていても、神とあなたとの間の仲介役のできる人は一人もいないのです。あなたに存在を与え、全生命を創造された大霊の力から片時も離れる事はないのです。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
苦しみを味わった者にはそれ相当の償いがあり、しくじった者には何度でも更生のチャンスが与えられるのです。神から授かった才能が永遠に使用される事なく放置される事はありません。いつかはそれを存分に発揮できる環境が与えられます。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
以上、私たちが宣言する“良い知らせ”の幾つかを述べてみました。まじめな男女の心にきっと喜びをもたらす事柄ばかりであるはずです。なのに私たちは宗教界のリーダーをもって任じる者たちからの反抗に遭っております。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
地上世界を暗黒の奈落へと突き落とした張本人たち、復讐心に燃える神、残忍にして嫉妬深く、専横で独裁的で執念深い存在の物語にあふれさせた宗教家たち、教義の方が行為に優先するなどと説き、神の裁きも信仰の告白によってお目こぼしがあるかのように説く者たち、―
『シルバーバーチの霊訓⑦』
―こうした者たちが私たちに反抗し、私たちの説く霊的真理は悪の親玉、暗黒の魔王が仕掛けているワナであると宣伝する訳です。しかし時すでに遅しです。彼らにはもはや人類の宿命をねじ曲げる力はありません。人間の一人一人に宿る霊性の発露を妨げる事はできません。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
それが神の摂理なのです。今私は彼らに対して酷しい言葉を用いましたが、私の心の奥では彼らに対する大いなる憐みの情を抱いております。なぜなら私の目的は彼らを非難する事ではなく、真理と知識を叡智を普及する事にあるからです。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
知識こそ全ての者が所有すべき宝です。無知は未知なるものへの恐怖心を生みます。この恐怖心こそ人間の最大の敵なのです。判断力を曇らせ、理性を奪い、いい加減な出来心で行動する人間にしてしまいます。これでは人生から喜びと美しさと豊かさを見出す事はできません。
シルバーバーチ以外で僕が好きな書籍の紹介です。「私の霊界紀行 驚異の幽体離脱体験記」です☆著者が離脱にて訪れた様々な界層について紹介されてます。著者の指導霊が離脱中の著者にイタズラするシーンなどが紹介されている部分もあって、単純に読み物としてもおもしろいと思います☆(祈)

※文中に当時の僕のコメントが挿入されていますが、削除するのが面倒ですので(汗)ご参考までにそのまま掲載させて頂きます。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
【シルバーバーチの交霊会には時おりレギュラーメンバーの他に新参者が招かれる。その日も一人の招待客が出席していた。その客の質問に対するシルバーバーチの答えは、さながらスピリチュアリズムの要約の観があるので紹介しよう―】
『シルバーバーチの霊訓⑦』
私達霊団の仕事の一つは地上へ霊的真理をもたらす事です。これは大変な使命です。霊界から見る地上は無知の程度が酷すぎます。その無知が生出す悪弊は見るに耐えかねます。それが地上の悲劇に反映しておりますが、実はそれがひいては霊界の悲劇にも反映しているのです。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
地上の宗教家は、死の関門をくぐった信者は魔法のように突如として言葉では尽くせない程の喜悦に満ちた輝ける存在となって一切の悩みと不安から解放されるかに説いていますが、それは間違いです。真相とは程遠い話です。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
死んで霊界へ来た人は―初期の段階においては―地上にいた時と少しも変りません。肉体を棄てた―ただそれだけの事です。個性は少しも変りません。性格は全く一緒です。習性も特性も性癖も個性も地上時代そのままです。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
利己的な人は相変らず利己的です。貪欲な人は相変らず貪欲です。無知な人は相変らず無知のままです。悩みを抱いていた人は相変らず悩んでいます。少なくとも霊的覚醒が起きるまではそうです。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
こうした事があまりに多すぎる事から、霊的実在についてある程度の知識を地上に普及させるべしとの決断が下されたのです。そこで私のような者が永年にわたって霊的生命についての真理を説く仕事に携わってきた訳です。霊的というとこれまではどこか神秘的な―
『シルバーバーチの霊訓⑦』
―受取られ方をされてきましたがそういう曖昧なものでなしに実在としての霊の真相を説くという事です。そのためには何世紀にもわたって受継がれてきた誤解、無知、偏見、虚偽、欺瞞、迷信―人類を暗闇の中に閉じ込めてきた勢力の全てと闘わねばなりませんでした。
世界心霊宝典、全5巻【霊訓】【不滅への道(永遠の大道)】【スピリチュアリズムの真髄】【ジャック・ウェバーの霊現象】【人間個性を超えて(個人的存在の彼方)】これらも超オススメです☆が悲しいかな、絶版が多いです(涙)でも僕は古書で全巻揃え全部読みました☆人類の宝なのです(祈)
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『シルバーバーチの霊訓⑦』
私たちはそうした囚れの状態に置かれ続けている人類に霊的解放をもたらすという目的をもって一大軍団を組織しました。お伝えする真理はいたって単純なものなのですが、それにはまず証拠になるものをお見せする事から始めなければなりません。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
即ち偏見を捨てて真摯な目的、真実を知ろうとする欲求をもって臨む者なら誰にでも得心がいくものである事を明らかにしなければなりません。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
あなた方の愛する人々はそちら側からチャンスを与えてくれれば、然るべき通路(霊媒)を用意してくれれば、死後もなお生き続けている事を証明してくれます。これは空想の産物ではありません。何千回も何万回も繰返し証明されてきている事実を有のままに述べているのです。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
もはや議論や論争の枠を超えた問題です。最も見ようとしない盲目者、事実を目の前にしてもなお認める事ができなくなってしまった歪んだ心の持ち主は論外ですが。以上が第一の目的です。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
“事実ならばその証拠を見せて頂こう。我々はもはや信じるというだけでは済まされなくなっている。あまりに永い間気まぐれな不合理極まる教義を信じ込まされてきて我々は今そうしたものにほとほと愛想をつかしてしまった。”―
『シルバーバーチの霊訓⑦』
―“我々が欲しいのは我々自身で評価し、判断し、測定し、考察し、分析し、調査できるものだ”―そうおっしゃる物質界からの挑戦にお応えして、霊的事実の証拠を提供するという事です。それはもう十分に提供されているのです。既に地上にもたらされております。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
欲しい人は自分で手にする事ができます。それこそが私がこれまであらゆる攻撃を耐え忍び、これからもその砦となってくれる“確定的事実”というスピリチュアリズムの基礎なのです。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
もはや“私は信じます。私には信仰というものがあります。私には希望があります”といった事では済まされる問題ではなくなったのです。“事実なのだからどうしようもありません。立証されたのです”と断言できる人が数え切れないほどいる時代です。
シルバーバーチ以外で僕が好きな書籍の紹介です。「レッドマンのこころ」です。これを読んでインディアンの方々が超トレイルランナーだと知りました☆超人的体力で山野を爆走、馬も追いつけないほど足が強靭☆しょぼいトレイルランナーの僕にとってインディアンの方々は憧れの的なのです☆(祈)
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『シルバーバーチの霊訓⑦』
人類史上初めて宗教が実証的事実を基盤とする事になりました。神学上のドグマは証明しようのないものであり、当然議論や論争がありましょう。が死後の存続という事実はまともな理性をもつ者なら必ず得心するだけの証拠が揃っております。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
しかし証明された時点から本当の仕事が始まるのです。それでおしまいとなるのではありません。まだその事実を知らない人が無数にいます。その人たちのために証拠を見せてあげなくてはなりません。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
少なくとも死後にも生命があるという基本的真理は間違いないのだという確証を植えつけてあげる必要があります。墓の向うにも生活があるのです。あなた方が“死んだ”と思っている人たちは今もずっと生き続けているのです。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
しかも地上へ戻ってくる事もできるのです。現に戻ってきているのです。しかしそれだけで終ってはいけません。死後にも生活があるとはどういう事を意味するのか。どういう具合に生き続けるのか。その死後の生活は地上生活によってどういう影響を受けるのか。―
『シルバーバーチの霊訓⑦』
―二つの世界の間にはいかなる因果関係があるのか。死の関門を通過した後どういう体験をしているのか。地上時代に口にしたり行ったり心に思った事が役に立っているのか障害になっているのか、こうした事を知らなくてはいけません。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
また死後、地上に伝えるべき教訓としていかなる事を学んでいるのか。物的所有物の全てを残していった後に一体何が残っているのか。死後の存続という事実は宗教、科学、政治、経済、芸術、国際関係、人種差別問題にいかなる影響を及ぼすのか、―
『シルバーバーチの霊訓⑦』
―といった事も考えなくてはいけません。そうなのです。そうした分野の全てに影響を及ぼす事なのです。なぜなら新しい知識は永い間人類を悩ませてきた古い問題に新たな照明を当ててくれるからです。もう一つ申し上げたい事があります。―
『シルバーバーチの霊訓⑦』
―そうした問題と取組んでいく上において私たちは暗黒の勢力と反抗勢力、そしてそうした勢力に加担する事で利益を確保している者たちに対して間断なき闘いを続けていかねばなりませんが、同時に不安、取越苦労といった“恐怖心”との闘いも強いられているという事です。
僕がするかも知れなかった霊的知識普及活動。それについて考えるほど「僕はその器ではない」と思うのです。そういう責任重大な仕事をするための「環境」が僕には全く無いからです。予定外の少年が予定外にタネを蒔いて予定外に効果をあげちゃった…僕は霊界の方々にこんな風に見られてるのかも(祈)
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『シルバーバーチの霊訓⑦』
地上の人間と霊界の人間との間にはその関係を容易にする条件と、反対に難しくする条件とがあります。誤解、敵意、無知、こうした障害はお互いの努力によって克服していけるものです。そのために私たちが存分に力を発揮する上で人間側に要求したい心の姿勢があります。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
あなた方は肉体を携えた霊であり、私たちは肉体のない霊です。そこに共通したものがあります。“霊”という繋がりです。あなたも今この時点において立派に霊的存在なのです。死んでから霊的存在になるのではありません。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
死んでから霊体を授かるのではありません。死はただ単に肉体という牢獄から解放するだけです。小鳥が鳥かごを開けてもらって大空へ飛び立つように、死によってあなた方は自由の身となるのです。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
基本的にはあなた方人間も“霊”としてのあらゆる才能、あらゆる属性、あらゆる資質が具わっております。今はそれが未発達の形で潜在している訳です。最も僅かながら既に発現しているものもあります。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
その未発達のものをこれからいかにして発現していくか、本当のあなたを表現していくにはどうしたらよいか、より大きな自我を悟り、神からの素晴らしい遺産を真にわがものとするにはどうすればよいかを私たちがお教えする事ができるのです。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
しかしいかなる形にせよそうした使命を帯びて地上へ戻ってくる霊は、必然的にある種の犠牲を強いられる事になります。なぜならそのためには波長を地上の低い波長にあわさなければならない―人間と接触するために霊的波長を物的波長に転換せねばならないからです。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
人類の大半を占める人たちがまだ霊的なものを求める段階まで達していません。言いかえれば霊的波長を感受する能力を発揮しておりません。ごく少数の人たちを除いて大部分の人々はそのデリケートな波長、繊細な波長、高感度の波長を感じ取る事ができないのです。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
そこで私たちの方から言わば“階段を下りなければ”ならないのです。そのためには当然それまで身につけた霊的なものの多くをしばらくの間、置き去りにしなければなりません。本当なら人間側にも階段を上がってもらって、お互いが歩み寄るという形になれば有難いのですが―
『シルバーバーチの霊訓⑦』
―それはちょっと望めそうにありません。しかし人間が霊的存在である事に変りありません。霊的資質を発揮し、霊的な光輝を発揮する事ができれば、不安や疑いの念などは全て消滅してしまいます。霊は安心立命の境地において本来の力を発揮するのです。
霊関連の書籍をさらに追加購入して通読。読むほどに地上にて霊能を発揮して偉業を達成する方々はまさに「選ばれた人々」であり、それに比べ僕は何の使命も帯びずに個人的な進歩向上目的で降りてきた幼稚な少年だったと改めて痛感するのです。僕はよほど稀有なパターンだったのではないかと(考)
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『シルバーバーチの霊訓⑦』
私たちが闘わなければならない本当の敵は“無用の心配”です。それがあまりに多くの人間の心に巣食っているのです。単なる観念上の産物、本当は実在しない心配事で悩んでいる人が多すぎるのです。そこで私は取越苦労はお止めなさいと繰返し申上げる事になるのです。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
自分の力で解決できないほどの問題に直面させられる事は決してありません。克服できない困難というものは絶対に生じません。重すぎて背負えないほどの荷物というものは決して与えられません。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
しかも溢れんばかりの自信に満ちた雰囲気の中で生きていれば、霊界から援助し、導き、支えてくれるあらゆる力を引寄せる事になるのです。このように霊的な問題は実に広大な範囲にまたがる大きな問題なのです。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
人生のあらゆる側面に関わりをもっているのです。という事はこれからという段階にいらっしゃるあなたには、探検旅行にも似た楽しみ、新しい霊的冒険の世界へと踏み込む楽しさがあるという事でもあるのです。どうか頑張ってください。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
【死後どれくらいたってから地上へ戻ってくるのでしょうか―】それは個々の事情によって異なります。こちらへ来て何世紀にもなるのに自分の身の上に何が起きたかが分らずにいる人もいます。【自分が死んだ事に気がつかないのです(メンバーの一人が口添えする)―】
『シルバーバーチの霊訓⑦』
一方にはちゃんとした霊的知識を携えた人もいます。そういう人は適当な霊媒さえ見つかれば死んですぐにでもメッセージを送る事ができます。そのコツを心得ているのです。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
このように、この問題は霊的知識があるか否かといった条件によって答えが異なる問題であり単純に“こうです”とはお答えできません。私たちが手を焼くのは、多くの人が死後について誤った概念を抱いたままこちらへ来る事です。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
自分の想像していた世界だけが絶対と思い、それ以外では有得ないと思い込んでいます。一心にそう思い込んでいますから、それが彼らにとって現実の世界となるのです。私たちの世界は精神と霊の世界である事を忘れないでください。思った事がそのまま現実となるのです。
皆さん、本を読みましょう。知識を得ましょう。無知の暗闇を突き破りましょう。僕たちは大切な事を悟るために地上という修行場に降下して来ているのです。霊界こそ僕たちの本来の住処であり、地上は霊界の光によってできた影にすぎません。どうか、どうか皆さんにも霊的知識を得て頂きたいのです(祈)
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『シルバーバーチの霊訓⑦』
【ここでシルバーバーチはレギュラーメンバーの中で心霊治療能力をもっている人に一言助言してから再びその新参者に―】この心霊治療というのも私たちの大切な仕事の一つなのです。治療家を通路として霊界の治療エネルギーが地上の病的身体に注がれるのです。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
このように私たちの仕事にはいろんな側面、いろんな分野をもった非常に巾の広い仕事です。初心者の方は面食らう事もあると思いますが間違いなく真理であり、その真実性を悟られた時にあなたの生活に革命が起こります。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
宗教の世界では“帰依”という事を言います。お決まりの宣誓文句を受入れ信仰を告白する―それでその宗教へ帰依した事になるというのですが、本当の帰依というのは霊的真理に得心がいって、それがあなたという存在の中にしっくりと納まる事をいうのです。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
その時からその人は新しい眼を通して、新しい確信と新しい理解とをもって人生を見つめます。生きる目的が具体的に分るようになります。神が全存在のために用意された計画の一端が分りはじめるからです。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
ある人は政治の分野において生活の苦しい人々、社会の犠牲となっている人々、社会に裏切られた人々、よるべなき人々のためにその霊的知識を生かそうと奮い立ちます。ある人は宗教の世界へ足を踏み入れて、死に瀕している古い教義に新しい生命を吹き込もうとします。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
ある者は科学の実験室に入り、残念ながらすっかり迷路にはまってしまった科学者の頭脳に霊的なアイディアを吹込もうと意気込みます。また芸術の世界へ入っていく者もいる事でしょう。要するに霊的真理は人生の全ての分野に関わるものだという事です。それは当然の事です。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
なぜなら生命とは霊であり、霊が即ち生命だからです。霊が目を覚まして真の自分を知った時、即ち霊的意識が目覚めた時、その時こそ自分とは何者なのか、いかなる存在なのか、なぜ存在しているのかという事に得心がいきます。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
それからの人生はその後に宿命的に待受ける、より豊かでより大きな生命の世界への身支度のために、“人のために自分を役立てる”事をモットーとして生きるべきです。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
どうぞこれからも真理探究の旅をお続けください。求め続けるのです。きっと与えられます。要求が拒絶される事は決してありません。あなたの成長にとって最善のものが与えられます。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
我々は大いなる神の計画の中に組み込まれている事、一人一人が何らかの存在価値をもち、小さすぎて用の無い者というのは一人もいない事、忘れ去られたりする事は決してない事を忘れないようにしましょう。そういう事は断じてありません。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
宇宙の大霊の大事業に誰しも何らかの貢献ができるのです。霊的知識の普及において、苦しみと悲しみの荷を軽くしてあげる事において、病を癒してあげる事において、同情の手を差しのべる事において、寛容心と包容力において、我々の全てが何らかの役に立つ事ができるのです。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
かくして各自がそれぞれの道において温かき愛と悠然たる自信と確固たる信念をもって生き、道を見失った人があなた方を見て、光明への道はきっとあるのだと感じ取ってくれるような、そういった生き方をなさってください。それも人のために役立つという事です。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
【その日の交霊会はそれで終り、続いて次の交霊会に出たシルバーバーチは、その間に帰っていた本来の上層界での話に言及してこう述べた―】いつもの事ながら、いよいよ物質の世界に戻る事になった時の気持はあまり楽しいものではありません。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
課せられた仕事の大変さばかりが心にあります。しかし皆さん方の愛による援助を受けて、ささやかながら私の援助を必要としている人たち、そしてそれを受止めてくださる人たちのために、こうして戻ってくるのです。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
これまでのしばしの間、私は本来の住処において私の僚友とともに過してまいりましたが、どうやら私たちのこれまでの努力によって何とか成就できた仕事についての僚友たちの評価は、私が確かめた限りにおいては満足すべきものであったようです。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
これからも忠誠心と誠実さと協調精神さえ失わなければ、ますます発展していく神の計画の推進に挫折が生じる気遣いは毛頭ありません。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
その原動力である霊の力が果たしてどこまで広がり行くのか、その際限を推し量る事は私にもできません。携わっている仕事の当面の成果と自分の受持ちの範囲の事情についての情報は得られても、その努力の成果が果たして当初の計画通りに行っているのかは知りませんし―
『シルバーバーチの霊訓⑦』
―知るべき立場にもないのです。私たちの力がどこまで役立っただろうか―多くの人が救われているだろうか、それとも僅かしかいなかっただろうか―そんな思いを抱きながらも私たちはひたすら努力を重ねるだけなのです。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
しかし上層界には全ての連絡網を通じて情報を集めている霊団が控えています。必要に応じて大集会を催し、地上界の全域における反応をあらゆる手段を通じてキャッチして、計画の進捗具合を査定し評価を下しているのです。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
かくして私たちにすら知り得ない領域において、ある種の変化がゆっくりと進行しつつあるのです。暗闇が刻一刻と明るさを増しつつあり、霧が少しずつ晴れていきつつあり、モヤが後退しつつあり、無知と迷信とドグマによる束縛と足枷から解放される人が益々増えております。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
自由の空気の味を噛みしめております。心配も恐怖もない雰囲気の中で精神的に、霊的に自由に生きる事の素晴らしさに目覚めつつあります。自分がこの広い宇宙で決して一人ぼっちでない事、見捨てられ忘れ去られた存在でない事、無限なる愛の手が常に差しのべられており、―
『シルバーバーチの霊訓⑦』
―今まさに自分がその愛に触れたのだという事を自覚しそして理解します。人生は生き甲斐のあるものだという事を今一度改めて確信します。そう断言できるようになった人が今日、世界の各地に広がっております。かつてはそれが断言できなかったのです。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
こうした事が私たちの仕事の進捗具合を測るものさしとなります。束縛から解放された人々、二度と涙を流さなくなった人々がその証人だという事です。これから流す涙は嬉し涙だけです。心身ともに健全となった人々、懊悩する事のなくなった人々、―
『シルバーバーチの霊訓⑦』
―間違った教義や信仰が作り出した奴隷状態から逃れる事ができた人々、自由の中に生き、霊としての尊厳を意識するようになった人々、こうした人たちはみな私たちの努力、人類解放という気高い大事業に携わる人たち全ての努力の成果なのです。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
これからもまだまだ手を差しのべるべき人が無数にいます。願わくは私たちの手の届く限りにおいてその無数の人々のうちの幾人かでも真の自我に目覚め、それまで欠けていた確信を見出し、―
『シルバーバーチの霊訓⑦』
―全人類にとって等しく心の拠り所となるべき永遠の霊的真理への覚醒をもたらしてあげられるように―更生力に富み活性力と慰安力にあふれ、気高い目標のために働きかける霊の力の存在を意識し、―
『シルバーバーチの霊訓⑦』
―代って彼らもまたいずれはその霊力の道具となって同じ光明をますます広く世界中に行きわたらせる一助となってくれるよう、皆さんとともに希望し、祈り、決意を新たにしようではありませんか。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
真理はたった一人の人間を通じてもたらされるものではありません。地球上の無数の人々を通じて滲透していくものです。霊力の働きかけがある限り人類は着実に進歩するものである事を忘れないで下さい。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
今まさに人類は霊的遺産を見出しはじめ、霊的自由をわがものとしはじめました。そこから湧き出る思い、駆り立てられるような衝動、鼓舞されるような気持は強烈にして抑え難く、到底抑え通せるものではありません。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
霊の自由、精神の自由、身体の自由に憧れ、主張し、希求してきた地球上の無数の人々を、今、その思いが奮い立たせております。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
こうして、やがて新しい世界が生まれるのです。王位は転覆され、権力的支配者は失脚し、独裁者は姿を消していきます。人類はその本来の存在価値を見出し、内部の霊の光が世界中に燦然と輝きわたる事でしょう。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
それは抑え難い霊的衝動の湧出によってもたらされます。今まさにそれが更生の大事業を推進しているのです。私が決して失望しない理由はそこにあります。私の目に人類の霊的解放というゴールへむけての大行進が見えるからです。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
【ここでメンバーの一人が「歴史を見ても人類の努力すべき方向は既に多くの模範が示してくれております」と言うと―】そうなのです。訓えは十分に揃っております。今必要なのはその実行者です。(と述べ最後にこう締めくくった)
『シルバーバーチの霊訓⑦』
そこで、その実行者たるべきわれわれは、悲しみに打ちひしがれた人々、重苦しい無常感の中にあって真実を希求している無数の人々の身の上に思いを馳せましょう。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
われわれの影響力の行使範囲まで来た人々に精一杯の援助を施し、慰めを与え、その悲しみを希望に変え孤独感を打ち消して、人生はまだお終いではないとの確信をもたせてあげましょう。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
無限の宝を秘めた神の貯蔵庫から霊力を引き出しましょう。われわれに存在を与え給い、みずからのイメージに似せて創造し給い、神性を賦与してくださった大霊の生きた道具となるべく、日常生活においてわれわれ自身を律してまいりましょう。
『シルバーバーチの霊訓⑦』
われわれがその大霊の計画の推進者である事を片時も忘れず、謙虚さと奉仕の精神と、託されたその信託への忠誠心をもって臨む限り何一つ恐れるものはない事、いかなる障害物も太陽の輝きの前の影のごとく消滅していくとの確信のもとに邁進いたしましょう。

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-----注釈
『母と子の心霊教室』【注釈(ちゅうしゃく)イエス・キリストについて―訳者(やくしゃ)】このシルバーバーチの霊言集(れいげんしゅう)もふくめて、スピリチュアリズムには“信頼(しんらい)できる霊界(れいかい)通信”という、折り紙をつけられたものが→
『母と子の心霊教室』→10種類ほどありますが、そのいずれにおいても“イエス・キリストは、いったいどういう人物だったのか”について、同じようなこと、それも、これまでキリスト教で説かれてきたものとはまったくちがうことが説かれております。
『母と子の心霊教室』スピリチュアリズムがキリスト教界からきらわれる原因はそこにあるのですが、その内容をまとめるとおよそつぎのようになります。イエスは神のとくべつのひとり子ではなく、他のすべての人間と少しも変わらないひとりの人間であった。
『母と子の心霊教室』いいかえれば、イエスが神の子であるというのと同じ意味において、人間のすべてが神の子であるというのです。ただ、イエスはなみはずれた人格をそなえていた上に、強力な霊的(れいてき)能力をもっていて、病気治療(ちりょう)をはじめとして、→
『母と子の心霊教室』→奇跡的(きせきてき)な現象(げんしょう)をつぎつぎと起こしてみせることができました。そのために、特別の人間であるように思われたまでのことでした。死後イエスは向上の一途(いっと)をたどり、ますます高い霊格(れいかく)と大きな霊力(れいりょく)→
『母と子の心霊教室』→を身につけて、いま地上人類のために大霊団(だいれいだん)を組織して、活発に指揮命令(しきめいれい)をくだしているということです。が、じつはこれは地上的な観点からのべたことであって、霊的(れいてき)な観点に立っていえば、→
『母と子の心霊教室』→イエスはもともとたいへん霊格(れいかく)の高い天使的存在で、地球の守護神から使命をさずかって地上へ誕生(たんんじょう)したということらしいのです。そのイエスが“天にましますわれらが父”と呼んだ神さまは、じつは地球の守護神なのです。
『母と子の心霊教室』つまり、人類ぜんぶの親にあたるのです。民族によって言語がちがうために、その呼び方もまちまちで、それを後生の人が、名前がちがえば中身もちがうと思いこみ、自分の国のものが正しいのだと主張しあってきました。が、心霊学(しんれいがく)のおかげで→
『母と子の心霊教室』→正しい霊界(れいかい)通信の見分け方が確立されてみると、けっきょくは同じことをいっていたことがわかってきました。将来(しょうらい)は、きっと全世界に通用する霊的(れいてき)な教えがまとめられることでしょう。
『母と子の心霊教室』いまのところ、それをとりあえずスピリチュアリズムと呼んでおりますが、そうなったときは、その名称もいらなくなることでしょう。
『母と子の心霊教室』シルバーバーチをはじめとする多くの霊(れい)はじつは、そうした世界共通の霊的(れいてき)真理の普及のために、活躍(かつやく)していることを知っていただきたいと思います。
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-----付録01
『母と子の心霊教室』<付録>古代霊(こだいれい)シルバーバーチ、子どもと語る シルバーバーチというのは、1920年代後半から50年余りにわたって霊媒(れいばい)モーリス・バーバネルの口を借りて→
母と子img23
『母と子の心霊教室』→教訓を語りつづけた古代霊(こだいれい)のことで、紀元前1000年ごろ地上で生活したそうです。もちろん仮の名です。本名を教えてくださいと、これまで何度もお願いしたのですが、そのたびにこういうのでした。
『母と子の心霊教室』「それを知ってどうしようというのでしょう?人間は名前や肩書(かたが)きにこだわるからいけないのです。もしも私が、歴史上有名な人物だとわかったら、私がこれまで述べてきたことがいっそうありがたいものに思えるのでしょうけど、」→
『母と子の心霊教室』→「それはひじょうにまちがった考えです。私が地上で王様であったとしても、あるいは平凡(へいぼん)な人間であったとしても、そんなことはどうでもよいことです。私が述べていることがなるほどと思われたら、それを真理として信じてください。」
『母と子の心霊教室』「そんなことがあるものかと思われるなら、どうぞ信じないでください。それでいいのです」名前のせんさくはその後しだいにされなくなり、ついに最後まで明かされずにおわりました。そして1981年7月の霊媒(れいばい)の死をもって、→
『母と子の心霊教室』→シルバーバーチの声もついに聞かれなくなってしまいました。しかし、残された霊言(れいげん)は12巻の書物となって出版され、日本でも翻訳(ほんやく)されています。その中からシルバーバーチが子どもと語っている部分を紹介(しょうかい)しましょう。
『母と子の心霊教室』【ジョン少年との対話】11歳のジョン君にとってはそれが最初の交霊会(こうれいかい)でした。おさないときに妹を失い、こんどは父親を事故で失って、母親とふたりきりになりましたが、母親がシルバーバーチを通じて聞いたふたりからのメッセージを、→
『母と子の心霊教室』→いつもジョン君に聞かせていたので、11歳の少年ではあっても、すでに死後の世界の存在(そんざい)を自然に信じるようになっていました。まずシルバーバーチの方から、お父さんと妹が今ここに来てますよといい、ふたりともジョン君とおなじように、→
『母と子の心霊教室』→わくわくした気持ちで待ってますよ、というと【ジョン】「僕は妹のことをよく知らないのです」【シルバーバーチ】「でも、妹の方はジョン君のことをよく知っておりますよ」【ジョン】「僕がまだ小さかったときに見たきりだと思います」
『母と子の心霊教室』【シルバーバーチ】「いいえ、その小さいときから今のように大きくなるまで、ずっと見守っております。ジョン君には見えなくても、妹の方からはジョン君がよく見えるのです。」
『母と子の心霊教室』「おなじくふたつの目をしていても、ジョン君の目とはまったくちがうのです。壁(かべ)やドアを突き通して見ることができるのです」【ジョン】「そうらしいですね。僕知ってます」
『母と子の心霊教室』【シルバーバーチ】「ジョン君のような目をもっていなくても、よく見えるのです。霊(れい)の目で見るのです。霊(れい)の目で見ると、はるか遠い遠い先まで見えるのです」
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-----付録02
『母と子の心霊教室』【霊(れい)に年令はない】【ジョン】「今、妹はいくつになったのですか」【シルバーバーチ】「それはとてもむずかしい質問ですね。なぜむずかしいかを説明しましょう。私たち霊(れい)の成長のしかたは、ジョン君とはちがうのです。」
『母と子の心霊教室』「誕生日(たんじょうび)というものがないのです。年がひとつ増えた、2歳になったというようないい方はしないのです。そういう成長のしかたではなくて、霊的(れいてき)に成長するのです。いいかえれば、パーフェクト(完全)へ向けて成長するのです」
『母と子の心霊教室』【ジョン】「パーフェクトというのはなんですか」【シルバーバーチ】「パーフェクトというのは魂(たましい)の中のすべてのものが発揮(はっき)されて、欠点も弱点もない、1点非のうちどころのない状態です。それがパーフェクトです。」
『母と子の心霊教室』【ジョン】「いいかえればピースですか」(訳者(やくしゃ)注―ここではなんの悩みも心配もないという意味)【シルバーバーチ】「そうです。パーフェクトになればピースが得られます。しかし、じつをいうと“これがパーフェクトです”といえるものは」→
『母と子の心霊教室』→「存在しないのです。どこまでいっても、それは永遠につづく過程のひとつの段階にすぎないのです。いつまでもつづくのです。おわりというものがないのです」
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-----付録03
『母と子の心霊教室』【死は悲しいことではない】【ジョン】「でも、パーフェクトに手が届(とど)いたら、それでおわりとなるはずです」【シルバーバーチ】「パーフェクトには手が届(とど)かないのです。いつまでもつづくのです。これはジョン君には想像できないでしょうね」
『母と子の心霊教室』「でも、ほんとにそうなのです。霊的(れいてき)なことには、はじまりもおわりもないのです。ずっと存在(そんざい)してきて、休みなく向上していくのです。ジョン君の妹も大きくなっていますが、地上のようにからだが大きくなったのではなくて、」→
『母と子の心霊教室』→「精神と霊(れい)が大きくなったのです。成熟(せいじゅく)したのです。内部にあったものが開発されたのです。発達したのです。でもからだのことではありません。いくつになったかは地上の年令の数え方でしかいえません。」
『母と子の心霊教室』「そのことよりもジョン君に知ってほしいことは、もうわかってきたでしょうけど、妹とお父さんはいつもジョン君のそばにいてくれてるということです。これは、まだまだ知らない人が多いたいせつな秘密(ひみつ)です。いつもいっしょにいてくれるのです」
『母と子の心霊教室』「ジョン君を愛し、力になってあげたいと思っているからです。こんなことは人に話しても誰(だれ)も信じてくれませんよね?みんな目に見えないものは存在(そんざい)しないと思っているからです。このことを理解しないために地上では多くの悲しみが」→
『母と子の心霊教室』→「生じております。理解すれば“死”を悲しまなくなります。死ぬことは悲劇(ひげき)ではないからです。あとに残された家族にとっては悲劇(ひげき)となることがありますが、死んだ本人にとっては少しも悲しいことではありません」
『母と子の心霊教室』「新しい世界への誕生(たんじょう)なのです。まったく新しい生活の場へ向上していくことなのです。ジョン君もそのことをしっかりと理解してくださいね。妹のことは小さいときに見たことがあるからよく知ってるでしょ?」
『母と子の心霊教室』【ジョン】「いま、この目で見てみたいです」【シルバーバーチ】「目を閉じれば見えることがあると思いますよ」【ジョン】「この部屋にいる人が見えるようにですか」【シルバーバーチ】「まったく同じではありません。さっきもいったように」→
『母と子の心霊教室』→「“霊(れい)の目”で見るのです。霊(れい)の世界のものは肉眼では見えません。同じように霊(れい)の世界の音は肉体の耳では聞こえません。今お父さんがとてもうれしいとおっしゃってますよ。」
『母と子の心霊教室』「もちろん、お父さんはジョン君のことをなんでも知っています。いつも面倒(めんどう)をみていて、ジョン君が正しい道からそれないように導いてくれているのですから」
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-----付録04
『母と子の心霊教室』【考えることにも色彩(しきさい)がある】【ジョン】「僕に代わって、礼をいってくださいね」【シルバーバーチ】「今の言葉はちゃんとお父さんに聞こえてますよ。ジョン君にはまだちょっと理解はむりかもしれませんね」
『母と子の心霊教室』「でも、ジョン君がしゃべること、考えてることもみなお父さんにはわかるのです。フラッシュとなってお父さんのところに届(とど)くのです」【ジョン】「どんなフラッシュですか」【シルバーバーチ】「ジョン君がなにかを考えるたびに小さな光が出るのです」
『母と子の心霊教室』【ジョン】「どんな光ですか。地上の光とおなじですか。僕たちの目には見えないのでしょうけど、マッチをすったときに出るフラッシュのようなものですか」【シルバーバーチ】「いえ、いえ、そんなんじゃなくて小さな色のついた明かりです」
『母と子の心霊教室』「ローソクの明かりに似ています。でも、いろんな色があるのです。考えの中身によってみな色がちがうのです。地上の人間の思念は、そのように色彩(しきさい)となって私たちのところに届(とど)くのです。」
『母と子の心霊教室』「私たちには人間が色彩(しきさい)のかたまりとして映(うつ)ります。いろんな色彩(しきさい)をもったひとつのかたまりです。訓練のできた人なら、その色彩(しきさい)のひとつひとつの意味を読みとることができます」
『母と子の心霊教室』「ということは、隠(かく)しごとはできないということです。その色彩(しきさい)が人間の考えていること、欲しがっているもの、そのほかなにもかも教えてくれます」
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-----付録05
『母と子の心霊教室』【スピリチュアリズムはなぜたいせつか】【ジョン】「スピリチュアリズムを知ると、どんな得(とく)をするのでしょうか」【シルバーバーチ】「知識はすべてたいせつです。なにかを知れば、知らないでいるときよりその分だけ得をします。」
『母と子の心霊教室』「知らないでいることは、暗やみの中を歩くことです。知るということは、光の中を歩くことです。ジョン君はどっちの道を歩きたいですか」【ジョン】「光の中です」【シルバーバーチ】「でしたら、少しでも多くのことを知らなくてはいけません」
『母と子の心霊教室』「知識はたいせつな財産です。なぜならば、知識から生きるための知恵(ちえ)が生まれるからです。知識が少ないということは持ち物が少ないということです。わかりますね?ジョン君はいま地球という世界に住んでいます」
『母と子の心霊教室』「自分では地球という世界は広いと思っていても、宇宙(うちゅう)全体から見ればほんのひとかけらほどの小さな世界です。その地球上に生まれたということは、その地球上の知識をできるだけ多く知りなさいということです」
『母と子の心霊教室』「それはつぎの世界での生活に備えるためです。そこでスピリチュアリズムのことですが、人生の目的を知るということはとてもたいせつなことなのです。なぜなら、それを知らずにいることは、なんのために生きているかを知らずに生きていることになるからです」
『母と子の心霊教室』「そうでしょ?ジョン君のお母さんは前よりずっと幸せです。亡(な)くなられたお父さんや妹のことについて正しい知識を得たからです。そう思いませんか?」【ジョン】「そう思います。前よりも助けられてることが多いみたいです」
『母と子の心霊教室』【シルバーバーチ】「ほら、ジョン君の質問に対する答えがそこにあるでしょ?さてつぎの質問は?」
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-----付録06
『母と子の心霊教室』【原子爆弾(げんしばくだん)は善か悪か】(付録の原書の出版は1952年)【ジョン】「地上の人間が発明するものについて、霊(れい)の世界の人たちはどう思っていますか。たとえば原爆(げんばく)のことなんかについて」
『母と子の心霊教室』【シルバーバーチ】「これは大きな質問をされましたね。地上の人たちがどう考えているかは知りませんが、私が考えていることを正直に申しましょう。地上の科学者は、戦争のために実験と研究にはっぱをかけられ、その結果として原子エネルギーという」→
『母と子の心霊教室』→「秘密(ひみつ)を発見しました。そしてそれを爆弾(ばくだん)に使用しました。しかしほんとうは、人類が精神的・霊的(れいてき)にもっと成長して、それを正しく扱(あつか)えるようになってから発見すべきだったのです」
『母と子の心霊教室』「もうあと100年か200年のちに発見しておれば、地上人類はいまより進歩していて、その危険(きけん)な秘密(ひみつ)の扱(あつか)い方に手落ちがなかったでしょう。いまの人類は、まだまだ“うっかり”の危険性(きけんせい)があります」
『母と子の心霊教室』「原子エネルギーは益にも害にもなるものを秘(ひ)めているからです。ですから、ジョン君の質問に対する答えは、地上人類が精神的・霊的(れいてき)にどこまで成長するかにかかっています。わかりますか?」
『母と子の心霊教室』【ジョン】「最後におっしゃったことがよくわかりません」【シルバーバーチ】「では、説明のしかたを変えてみましょう。原子エネルギーの発見は、時期が早すぎたということです。人類全体としては、まだ自分たちが発見したものについて、」→
『母と子の心霊教室』→「正しく理解する用意ができていなかったために、それが破壊(はかい)の目的のために利用されてしまったのです。もしも十分な理解ができていたら、有意義(ゆういぎ)な目的のために利用されたことでしょう」
『母と子の心霊教室』「さて、最初の質問にもどりますが、もしも、地上の科学者のすべてが、霊的(れいてき)なことについての正しい知識をもっていれば、そうした問題で悩(なや)むこともなかったことでしょう。出てくる答えはきまっているからです」
『母と子の心霊教室』「霊的(れいてき)な理解力ができていれば、その発見のもつ価値を認識し、その応用は人類の福祉(ふくし)のためという答えしか出てこないからです」
『母と子の心霊教室』【ジョン】「それがほんとにどんなものであるかがわかったら正しい道に使うはずです」【シルバーバーチ】「そのとおりです。自分の発明したもののとり扱(あつか)いに悩(なや)むということは、まだ霊的(れいてき)理解力ができていないということです」
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-----付録07
『母と子の心霊教室』【霊(れい)と幽霊(ゆうれい)のちがい】【ジョン】「幽霊(ゆうれい)と霊(れい)とは、どうちがうのですか」【シルバーバーチ】「これはとてもいい質問ですよ。幽霊(ゆうれい)も霊(れい)の1種です。」→
『母と子の心霊教室』→「が、霊(れい)が幽霊(ゆうれい)になってくれては困るのです。地上の人たちが幽霊(ゆうれい)と呼(よ)んでいるのは、地上生活がとてもみじめだったため、いつまでも、地上の雰囲気(ふんいき)からぬけ出られないでいる霊(れい)が」→
『母と子の心霊教室』→「姿(すがた)を見せた場合か、それとも、よほどのことがあって、つよい憎(にく)しみや恨(うら)みを抱(いだ)いたその念が、死後もずっと残っていて、それがなにかの拍子(ひょうし)にその霊(れい)の姿(すがた)となって見える場合の、」→
『母と子の心霊教室』→「いずれかです。幽霊(ゆうれい)さわぎの原因は、たいてい最初に述べた霊(れい)、つまり地上世界からぬけ出られない霊(れい)のしわざである場合が多いようです。」
『母と子の心霊教室』「死んで地上を去っているのに、地上で送った生活、自分の欲望(よくぼう)しか考えなかった生活が、その霊(れい)を地上にしばりつけるのです」【ジョン】「もう、質問はありません」
『母と子の心霊教室』【シルバーバーチ】「以上の私の解答に、ジョン君は何点をつけてくれますか」【ジョン】「僕自身、その答えがわからなかったんですから…」【シルバーバーチ】「私の答えが、正しいかまちがっているかが、ジョン君にはわからない―よろしい!」
『母と子の心霊教室』「わからなくても少しもかまいません。たいせつなのはつぎのことです。ジョン君は地上の身近な人たちによる愛情で包まれているだけでなく、私たち霊(れい)の世界の者からの、大きな愛情によっても包まれているということです」
『母と子の心霊教室』「目には見えなくても、ちゃんと存在(そんざい)しています。触(さわ)ってみることができなくても、ちゃんと存在しています。なにか困(こま)ったことがあったら、静かにして、私かお父さんか妹か、だれでもいいですから心の中で念じてください。」
『母と子の心霊教室』「きっとその念が通じて援助にまいります」(S・フィリップス編(へん)『シルバーバーチの霊訓⑥』より抜粋(ばっすい))
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-----付録08
『母と子の心霊教室』【ふたりの幼児(ようじ)と語る】交霊会(こうれいかい)の正式のメンバーではないけど、シルバーバーチの“お友だち”として毎年クリスマスが近づくと招待されて、シルバーバーチと楽しいお話をさせてもらっている子どもがいます。
『母と子の心霊教室』ルース(女児)とポール(男児)のふたりです。この日もふたりがいっしょに招かれていました。まず、シルバーバーチがつぎのようなお祈(いの)りをしました。
『母と子の心霊教室』「神よ。なにとぞ私たちにあなたの愛、あなたの叡智(えいち)、あなたの慈悲(じひ)を知る力を授(さず)けたまえ。素朴(そぼく)さと無邪気(むじゃき)さをもってあなたに近づき、童子(どうじ)のごとき心をもつ者のみに示される真理を」→
『母と子の心霊教室』→「悟(さと)らしめたまわんことを。あなたは不変にしてしかも変転きわまりない大自然の栄光(えいこう)の中のみならず、童子(どうじ)の無邪気(むじゃき)さの中にも顕現(けんげん)しておられるからでございます」
『母と子の心霊教室』それからふたりに向かって、あたかも父親のような慈愛(じあい)に満ちた口調(くちょう)で、目にこそ見えなくてもたびたびふたりの家を訪(おとず)れていることをのべてから、さらにこうのべました。
『母と子の心霊教室』「私はあなたたちと遊んでいるのですよ。妖精(ようせい)や天使といっしょに、そしてとくにあなたたちに霊(れい)の世界のすばらしさを教えようとしている人たちといっしょに、あなたたちのお家(うち)を訪(おとず)れているのですよ」
『母と子の心霊教室』すると、最近になって、霊視(れいし)能力が出はじめたルースが、ときどき寝室(しんしつ)で見かける“光”はなんですかとたずねました。ポールもルースといっしょにいるときに同じものを見かけることがあるのです。
『母と子の心霊教室』シルバーバーチは、それが妖精(ようせい)と天使が見せてくれているものであることを説明してから、ルースに向かって「あの光はその妖精(ようせい)たちがたずさえてくる“守護(しゅご)の光”で、あなたたちをとりまいております」と述べ、→
『母と子の心霊教室』→こんどはポールに向かって「霊(れい)の世界には、地上で遊ぶチャンスがあたえられないうちに連(つ)れてこられた子どもが、それはそれはおおぜいいるのです。そういう子どもたちを、あなたたちと遊ばせるために連れもどすことがあります」
『母と子の心霊教室』「あなたたちとの遊びを通して、まだいちども体験したことのないものを得ることができるのです」ルースがシルバーバーチに、こうして霊界(れいかい)からお話をしにもどってきてくださることにお礼をいうと、→
『母と子の心霊教室』→【シルバーバーチ】「いえ、いえ、あなたたちこそ、私の話を聞きにきてくれてありがとう。こうしてお話をしにくることによって私は、みなさんが私のお話から得られる以上のものをいただいているのです。おふたりの心には、私のほんとうの住処(すみか)」→
『母と子の心霊教室』→「である高い境涯(きょうがい)の純粋(じゅんすい)さが反映(はんえい)しております。その純粋(じゅんすい)さは、地上近くで仕事をしている霊(れい)にとって、とてもたいせつなものなのです」
『母と子の心霊教室』「それをおふたりの心の中に見つけて、いつも慰(なぐさ)められております」【ルース】「霊界(れいかい)のお友だちに会いにもどられるのは楽しいですか」【シルバーバーチ】「もちろん楽しいですとも。ルースちゃんだって、」→
『母と子の心霊教室』→「もしお家(うち)から遠く離(はな)れて暮(く)らして、ながいことお父さんお母さんに会わずにいたら、いよいよお家へ帰ることになったと聞かされたときは、うれしくないですか。私はもうすぐ、私のほんとうの家に帰って、そこでおおぜいの」→
『母と子の心霊教室』→「私の愛する霊(れい)、私を愛してくれてる霊(れい)、私にこの使命をさずけてくださった霊(れい)と会うことになっております。ですが、それは、人生の旅を理解するための知識を必要としている、地上のさらにおおぜいの人たちのお役に立つための」→
『母と子の心霊教室』→「力をいただくためです」【ルース】「私も、妖精(ようせい)が見られるのが楽しみです」【シルバーバーチ】「そういう楽しみをさずかったことを感謝しなくてはいけませんよ。なにも感じない人がたくさんいるのですから」
『母と子の心霊教室』ここでふたりが霊媒(れいばい)のひざに座(すわ)って、シルバーバーチに口づけをさせてほしいといいました。それがおわってから、こんどは霊界(れいかい)についてなにか楽しい話をしてくださいと頼(たの)みました。すると―
『母と子の心霊教室』【シルバーバーチ】霊界(れいかい)にも広い広い動物の王国があることをごぞんじでしょうか。そこでは動物界のあらゆる種類のものが―動物も小鳥も―襲(おそ)ったり恐(おそ)ろしがったりすることなく、仲(なか)よくいっしょに暮らしております。
『母と子の心霊教室』ライオンが子羊(こひつじ)とならんで寝(ね)そべっても、けんかもせず、“えじき”になることもありません。美しい花園もたくさんあります。そこに咲(さ)いている花ばなはそれぞれの種類に似合った色彩(しきさい)、濃(こ)さ、形をしています。
『母と子の心霊教室』地上では見られない色がたくさんあります。また美しい湖、山、大きな川に小さな川、豪華(ごうか)な羽毛(うもう)と、目の覚めるような色彩(しきさい)をした小鳥がたくさんいます。昆虫(こんちゅう)もきれいな種類のものがたくさんおります。
『母と子の心霊教室』地上で見かけるものよりは変異(へんい)しています。(物質界での)さなぎの段階(だんかい)を通過して、ほんとうの美しい姿(すがた)をみせているのです。【ポール】「地上で、もしも子羊(こひつじ)がライオンのそばに寝そべったら、」→
『母と子の心霊教室』→「まるごと食べられてしまいます」【シルバーバーチ】「地上の話ではありませんよ。こちらの世界のお話ですから大丈夫(だいじょうぶ)です」【ルース】「シルバーバーチさんのお家(うち)はきれいでしょうね」
『母と子の心霊教室』【シルバーバーチ】「それはそれは美しくて、とても言葉ではいいあらわせません。絵かきさんがえがこうとしても、ぜんぶの色あいを出す絵の具が地上にはありません。音楽でその美しさを表現しようにも、地上の楽器では出せない音階があります」
『母と子の心霊教室』「“マーセルおじさん”―シルバーバーチの肖像画(しょうぞうが)をえがいた心霊(しんれい)画家のマーセル・ポンサン氏で、その日も出席していた―に聞いてごらんなさい。あの人は絵かきさんです」
『母と子の心霊教室』「ときおりインスピレーションで見た霊界(れいかい)の美しさをえがく絵の具がないとおっしゃるはずですよ」【ルース】「寝ているあいだに霊界(れいかい)へ行くことがあるそうですけど、そのときのことを覚(おぼ)えてないのですけど…」
『母と子の心霊教室』【シルバーバーチ】「大きな精神で体験したことが、人間の小さな脳(のう)に入りきれないからです」【ポール】「シルバーバーチさんは英語がじょうずですね」【シルバーバーチ】「そのことをありがたいと思っております」
『母と子の心霊教室』「こうなるまでにながい時間がかかりました。ポール君がおしゃべりできるようになるのと、ほぼ同じくらいの年数がいりました。この“ぎこちない”地上の言葉をしゃべるようになるために、ずいぶん練習しました。私の世界ではそんな面倒(めんどう)がいりません」
『母と子の心霊教室』「言語はしゃべらないのです。こちらはこころの世界です。あるがままが知れてしまうのです」【ポール】「ウソをついても、知られないようにすることができますか」【シルバーバーチ】「ウソというものが存在(そんざい)できないのです」
『母と子の心霊教室』「神のおきてをごまかすことはできないからです。あるがままの姿(すがた)が映(うつ)しだされるのです。見せかけも、ごまかしも、ぜんぶはぎとられてしまい、そのままの姿(すがた)がみんなに見られるのです」
『母と子の心霊教室』「でも、それをこわがるのは、自分のことしか考えない人たちだけです」【ルース】「霊(れい)や妖精(ようせい)がいることを信じることができて、うれしいです。いつまでも信じていたいと思います」【シルバーバーチ】「そうですとも」
『母と子の心霊教室』「その信仰(しんこう)を忘(わす)れてはいけませんよ。人に笑(わら)われても気にしてはいけませんよ。こんなすてきな信仰(しんこう)がもてて幸せだなあと、それだけを思っていればよろしい。それを笑う人はなにも知らないのですから」
『母と子の心霊教室』【ポール】「僕たちは、どのようにして物事を思い出すのでしょうか」【シルバーバーチ】「ひとつのことを知ると、それは“記憶(きおく)の部屋”にしまわれます。そして、その知識が必要になると、知りたいという欲求(よっきゅう)が“てこ”になって」→
『母と子の心霊教室』→「(タイプライターのキーのように)その知識を引き出します。すると記憶(きおく)がよみがえってきて、使用される野を待ちます。使用されるとまた記憶(きおく)の部屋へもどされます。いちど学んだことはけっして失われません」
『母と子の心霊教室』「いったん覚(おぼ)えたことはけっして忘(わす)れません」【ルース】「じゃ、あたしたちが考えていることが、ぜんぶそちらからわかるのですか」【シルバーバーチ】「親しい間柄(あいだがら)の霊(れい)にはわかります」
『母と子の心霊教室』「人間の心の中は開いた本のようなものです。親しい人にはみな読みとれます。親しくない人にはわかりません。近づけないからです」続いて話題が、シルバーバーチの、インディアンとしての地上時代の生活に移りました。
『母と子の心霊教室』まず山のふところでの“水”に左右された生活のようすを語りました。その生活は素朴(そぼく)で、現代文明にありがちな問題や、せかせかしたところがなかったこと、日がくれると子どもの霊(れい)がやってきて“よい子はもう寝る時間ですよ”と→
『母と子の心霊教室』→告げてくれたこと、寝入ると、霊(れい)の世界へ遊びにいったことなどを話して聞かせました。そして最後にこうのべました。「では、もうひとつだけお話してお別れすることにいたしましょう」
『母と子の心霊教室』「私は間もなく地上を離(はな)れて、いくつもの界を通過して、私のほんとうの住まいのある境涯(きょうがい)へいき、そこで、何千年ものあいだ知りあっている人たちとお会いします。地上のためにはたらいている人たちばかりです」
『母と子の心霊教室』「しかも、たびたび苦しい思いをさせられています。私はこれからそこへいって、かつて身につけた霊力(れいりょく)をとりもどしてきます。そこへいって、私はこれから先の計画を教えていただき、これまでに、私がおおせつかった仕事をちゃんと」→
『母と子の心霊教室』→「やりとげているかどうか、どこまで成功し、どこが失敗したか、それをつぎの機会にやりなおすことができるかどうかをお聞きします。それからみんなでそろって大集会に出席して、そこで、あなたたちがイエスさま(後注)と呼んでいる方とお会いします」
『母と子の心霊教室』「するとイエスさまは、美しさと優(やさ)しさと理解と同情にあふれたお言葉をかけてくださいます。そのときの私たちは、神さまのマントで包まれます。愛の衣(ころも)で包まれます。そして神さまの尊(とうと)い力で身をかためて、」→
『母と子の心霊教室』→「一人ひとりに授(さず)けられた新しい使命に向かって出発します。おふたりのような子どもから“シルバーバーチさんが大すき”といわれると、私はいつも“ああよかった”と思います。なぜなら、私たちの仕事は愛を得てはじめてなしとげられるものであり」→
『母と子の心霊教室』→「愛の反応(はんのう)を見いだして、はじめて仕事がうまくいっていることを知るからです。どうか、その天界の光が、みなさんの毎日の生活に反映(はんえい)されることを祈ります。神の恵(めぐ)みが、いつもみなさんとともにあることを祈(いの)ります」
『母と子の心霊教室』「ここにおいでのみなさんはいままさに、神が託(たく)された霊団(れいだん)の保護のもとにいらっしゃいます」こうしてふたりの子どもにとって、その年で最高の1日が終わったのでした。(A・W・オースティン編『シルバーバーチの霊訓⑤』より抜粋)
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-----10章01
『母と子の心霊教室』第10章 おしまいに 1848年3月31日―みなさんはこの日がどんな日か覚(おぼ)えていますか?そうです。アメリカのハイズビル村で、フォックス姉妹が不思議な物音の正体をつきとめた日です。
『母と子の心霊教室』そのことがきっかけとなって心霊(しんれい)研究がさかんになり、心霊学(しんれいがく)が生まれたことはすでにのべました。さらにまた、心霊学(しんれいがく)を土台として、→
『母と子の心霊教室』→人間の正しい生き方についての考えや教訓が生まれ、これをスピリチュアリズムと呼(よ)んでいることも学びました。前章において、その内容の1部をみなさんにわかる範囲(はんい)で説明しました。
『母と子の心霊教室』【1 心霊現象(しんれいげんしょう)はむかしからあった】ところで世の中には、このスピリチュアリズムを、新しい宗教(しゅうきょう)だという人がいます。これはまちがっています。なぜかというと、スピリチュアリズムと同じ考えや信仰(しんこう)、→
『母と子の心霊教室』→あるいは心霊(しんれい)現象そのものが、人間の歴史が記録に残るようになるずっと前から存在しており、心霊学(しんれいがく)がこれに科学的な説明をほどこしたにすぎないからです。
『母と子の心霊教室』今日でも、アフリカの土人の間では、いちばんすぐれた霊能(れいのう)をもった者が、尊敬(そんけい)されて酋長(しゅうちょう)になっていますが、どの民族でも最初のころはみなそうだったのです。
『母と子の心霊教室』歴史を調べてみると、心霊(しんれい)現象がずいぶん古くからあったことがわかります。たとえば、いまから3000年ほど前の、中国やエジプトの遺跡(いせき)から掘り出されたものをみますと、心霊治療(しんれいちりょう)を施(ほどこ)している→
『母と子の心霊教室』→ようすをえがいた絵がたくさんあります。
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-----10章02
『母と子の心霊教室』【2 偉大(いだい)な指導者はみな霊能者(れいのうしゃ)だった】また、みなさんもよく知っているギリシャの大哲学者(てつがくしゃ)ソクラテスは、大切な仕事をするときは、かならず背後霊(はいごれい)の指示にしたがっていたそうです。
『母と子の心霊教室』ソクラテスがあまり霊(れい)の話や死後の世界のことを口にするので、悪魔(あくま)の使いだとされて裁判(さいばん)にまでかけられ、最後は毒を飲まされて死んだのでした。いよいよ毒を飲むとき、ソクラテスはまわりの者にこういったそうです。
『母と子の心霊教室』「やってはならないことを私がしかけると、いつも霊(れい)の声がして止めてくれるのだが、いまはなんの声も聞こえない。どうやら私も死ぬ時期がきたらしいから、よろこんで飲ませていただくことにしよう」と。
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『母と子の心霊教室』ソクラテスはよほどすぐれた霊能者(れいのうしゃ)だったようですね。おなじころ、ギリシャのデルポイという都に“アポロの神託所(しんたくじょ)”というのがあったことも、見逃(みのが)せないたいせつな史実です。
『母と子の心霊教室』なにか大事なことが起きると、政治をあずかる人びとが、どうすべきかを神さまから聞くために、アポロという神さまをまつっているデルポイの神殿に参拝(さんぱい)して、霊媒(れいばい)を通じてのお告げ(霊言)を聞きました。
『母と子の心霊教室』この事実は、やはりこの時代にも、スピリチュアリズムとおなじ考えや信仰(しんこう)があったことを物語っております。
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-----10章03
『母と子の心霊教室』【3 無知ほどこわいものはない】さらに時代が新しくなると、よくごぞんじのイエス・キリストという大宗教家(しゅうきょうか)があらわれます。バイブル(聖書)にはイエスが語った言葉といっしょに、イエス自身が見せた奇跡的(きせきてき)な→
『母と子の心霊教室』→現象や病気なおしの話がのっています。これをキリスト教の信者は、イエスが神の特別の子だからできたのだと信じているのですが、じつはぜんぶ心霊(しんれい)現象だったわけです。その証拠(しょうこ)に、イエス自身こういっているではありませんか。
『母と子の心霊教室』「私にできることは、あなたたちにもできるのです。いえ、私以上のことができるのです」このイエスの言葉どおり、いまでは世界中の霊能者(れいのうしゃ)がイエスにおとらぬ、→
『母と子の心霊教室』→すばらしい現象を見せています。けっきょくイエスは特別の神の子ではなく、ひとりのすぐれた霊能者(れいのうしゃ)だったわけです。そのイエスは、ごぞんじのとおり“はりつけ”にされて死にました。ソクラテスは毒を飲まされて死にましたが、→
『母と子の心霊教室』→これと同じように、心霊(しんれい)能力をもった者が、悪魔(あくま)の使いだとされて殺されたり、いじめられたりした話はほかにもたくさんあります。フランスのジャンヌ・ダルクの話もよく知っているでしょう。
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『母と子の心霊教室』イギリスとの戦いで、霊(れい)の指示にしたがって、みごとにイギリス軍を破った少女の話です。ジャンヌ・ダルクもソクラテスと同じく霊聴力(れいちょうりょく)をもっていたのです。ところが、のちにイギリス軍に捕(と)らえられたとき、→
『母と子の心霊教室』→魔法使(まほうつか)いだとされて、火あぶりの刑によって殺されてしまったのです。なんというひどいこと、いや、なんとまちがったことをしたことでしょう。真理を知らないということがどんなに恐ろしいことか、こうしたわずか2、3の例でも→
『母と子の心霊教室』→よくわかっていただけたと思います。
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-----10章04
『母と子の心霊教室』【4 最後のおねがい】もちろん現在でも、スピリチュアリズムのことをなにも知らない人が、まだまだおおぜいいます。ずっと前のことですが、私にもこんな体験がありました。それは、私が事故にあって入院していたときのことですが、→
『母と子の心霊教室』→ベッドでスピリチュアリズムの新聞を読んでいると、隣(となり)のベッドに寝(ね)ていた人が、「あの、ちょっとお聞きするのですが、あなたはスピリチュアリズムを信じておられる方ですか」と聞きます。
『母と子の心霊教室』その聞き方が、いかにも珍(めずら)しいことを聞くような感じなので、「ええ、そうですが、それがどうかしましたか?」と、逆に聞き返しました。するとその人は、「いや、いや、ただあなたがそれを読んでおられるので、きっとそうだろうと思っただけなんです」→
『母と子の心霊教室』→「そういう方がこの世にいることは、以前から耳にしていたのですが、実際にお目にかかったのはあなたが最初なんです」といって、じろじろ私の顔を眺(なが)めます。そこで私も言ってやりました。
『母と子の心霊教室』「そうですか、ではどうぞ、お気のすむまで見つめてくださいよ」どうやらその人は、私がスピリチュアリズムを信じているから珍(めずら)しがったのではなくて、スピリチュアリズムを信じている人も、ふつうの人と少しも変わらないことを知って→
『母と子の心霊教室』→感心したようすでした。そうです、その人はそれまで、スピリチュアリズムを信じるような人間は、よほど変わった人間だろうと思っていたわけなのです。どうかみなさんも、これから先のながいながい人生で、とりかえしのつかない過(あやま)ちを→
『母と子の心霊教室』→おかすことなく、清く正しく美しく、しかも死後の生活に役立つような、意義ある地上生活を送るために、正しい知識すなわち真理をひとつでも多く身につけ、それを人にもわけてあげてください。
『母と子の心霊教室』それが私の最後の、そしていちばん大きなお願いなのです。   おわり
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-----9章01
『母と子の心霊教室』第9章 スピリチュアリズムの教え 以上で、私は心霊(しんれい)能力がどんなもので、それがどんな現象を起こすかを説明いたしました。こうした能力は、ふつうの能力といろんな点で異(こと)なっているので“異常能力”と呼ばれることがあり、→
『母と子の心霊教室』→それがひき起こす現象を“異常現象”と呼ぶことがあります。しかし、これまでの私の説明でもおわかりのとおり、心霊(しんれい)能力というのは、人間が生まれながらにそなえているもので、ただそれを、実際に使いこなす人が少ないというに→
『母と子の心霊教室』→すぎないのですから、ほんとうは自然なものなのです。こうした分野を専門(せんもん)に研究することを心霊(しんれい)研究といい、その結果をまとめたものを心霊学(しんれいがく)ということは、もうみなさんごぞんじですね。
『母と子の心霊教室』ところがです。ほんとうのことをいうと、その心霊学(しんれいがく)を知っただけでは、心霊(しんれい)能力や心霊(しんれい)現象のもつ意味をぜんぶ知りつくしたことにはならないのです。では、どこまでいけばよいのでしょうか?
『母と子の心霊教室』それは、心霊学(しんれいがく)を土台として、人間の正しい心の持ち方や生き方について考え、それを実際の生活において実行し、身につけていかなくてはならないのです。ほんとうはそれが目的なのです。
『母と子の心霊教室』そうした教訓をまとめたものを、スピリチュアリズムといいます。では、スピリチュアリズムはどんな教えを説いているのでしょうか?この章では、その中でもとくにみなさんにとってたいせつと思われるものを取りあげて説明しておきましょう。
『母と子の心霊教室』【1 心のもち方にも責任がある】第6章のはじめのところで、記憶(きおく)について説明し、さらに、精神には意識的なものと、無意識のものがあることをのべました。意識的なものを顕在(けんざい)意識といい、無意識なものを潜在(せんざい)意識と→
『母と子の心霊教室』→いうのですが、記憶(きおく)は潜在(せんざい)意識がうけもつ仕事です。さて、この記憶(きおく)というのは、ひじょうにたいせつなことを教えています。まず第1に、潜在(せんざい)意識は、いったん記憶(きおく)したものは→
『母と子の心霊教室』→けっして忘(わす)れませんから、ながいあいだたつうちに、その記憶が性格に影響(えいきょう)をおよぼしてきます。正しい知識と清潔な考えをもった人は、すなおで、人にすかれる性格となり、→
『母と子の心霊教室』→まちがった知識や悪い知恵をはたらかせている人は、おとなになってから人にきらわれるような性格の持ち主になってしまうものです。もちろん、そうした性格はオーラにあらわれますから、霊能(れいのう)のある人が見ると、この人はどういう人だということが→
『母と子の心霊教室』→すぐにわかります。ところで、私は第6章でサイコメトリという能力を説明しました。あの能力をよく考えてみますと、潜在(せんざい)意識に宿されたものは、今も述べたように、性格に影響(えいきょう)をおよぼすだけでなく、→
『母と子の心霊教室』→その人がさわったものにまで、影響(えいきょう)をあたえていることがわかります。これが、私たちが注目しなくてはならない第2の教訓です。私たちの心の動きはちょうどラジオの電波のようなものです。
『母と子の心霊教室』放送局から放送された電波が宇宙(うちゅう)全体に広がっていくように、私たちが心に思ったことは、思想波となって宇宙(うちゅう)に広がります。すると当然、私たちの心の動きは自分自身だけでなく、他人にもなんらかの影響(えいきょう)を→
『母と子の心霊教室』→あたえていることになり、同時に他人からの思想波の影響(えいきょう)もうけていることになります。昔からいわれることわざに、“朱(しゅ)に交(まじ)われば赤くなる”というのがありますが、これは、悪い友だちとつき合っていると、→
『母と子の心霊教室』→自分も悪い人間になってしまうから、良い友だちを選びなさいと教えているのです。これはたしかに正しいことにちがいないのですが、なにか物足りないもの、あるいは生(なま)ぬるいものを感じないでしょうか。
『母と子の心霊教室』というのは、もう1歩ふかく考えてみますと、私たちは確かに悪い影響(えいきょう)もうけますが、良い影響(えいきょう)をあたえることもできるのです。
『母と子の心霊教室』たとえきらいな友だちとつきあっても、その人の悪い影響(えいきょう)に負けないで、自分の方から良い思念を出してその人を良い方に感化するように努力してはどうでしょうか。心霊学(しんれいがく)を学んだみなさんは、ぜひそこまで行ってほしいものです。
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-----9章02
『母と子の心霊教室』【2 自分から出たものは自分にもどってくる】みなさんはブーメランという道具を知っていますか?オーストラリアの土人が鳥などの狩猟(しゅりょう)や遊びに使う器具で、くの字型にまがった簡単な棒切(ぼうき)れなのですが、おもしろいことに、→
『母と子の心霊教室』→これを空に向けて高く放り投げると、ぐるぐる回りながらまた自分のところにもどってくるのです。こんな話をするのは、じつは、私たち人間の心もこれとまったく同じ動き方をするからです。
『母と子の心霊教室』すなわち、いつも明るい心で、人によろこばれるような事をしていると、かならず、その人にうれしいことや楽しいことが訪(おとず)れます。
『母と子の心霊教室』反対に、いつも暗いことばかり考え、人を憎(にく)んだりねたんだりしていると、かならず、その人にいやなことやおもしろくないことが訪(おとず)れるものなのです。
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『母と子の心霊教室』善い行いは良い結果を生み、悪い行いは悪い結果を生む―これは人間の力では絶対に変えることのできない摂理(せつり)(きまり)なのです。どんなに神さまにお祈(いの)りしてもむだです。どんな信仰心(しんこうしん)をもっていても関係ありません。
『母と子の心霊教室』かならずそうなるのです。その結果はすぐつぎの瞬間(しゅんかん)に出るとはかぎりません。いろんな事情で早かったりおそかったりしますが、きっと訪(おとず)れることにまちがいないのです。
『母と子の心霊教室』それは、ブーメランがもどる速さはちがっていても、かならずもどってくるのと同じことです。
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-----9章03
『母と子の心霊教室』【3 言葉も行いも“心”がたいせつ】なにごとも心が第1です。たとえば絵をえがく場合を考えてごらんなさい。まず最初に、なにをえがこうかと考えて、だいたいの構図を心にうかべてから絵筆をとります。最初の構図がよければ立派(りっぱ)な絵ができあがり→
『母と子の心霊教室』→構図がよくないと、どんなに上等の絵筆を使っても、よい絵はできません。もちろん、構図がよくてもえがき方がわるければよい絵はできませんから、よい絵をえがくためにはえがき方の練習も必要ですが、しかしどんなにえがき方が上手でも、→
『母と子の心霊教室』→最初の構図がよくなければ、けっしてよい絵はできません。これと同じことが、ふだんの生活にもいえるのです。毎日をきちんとした考えのもとに生活している人は、性格もきちょうめんで悪い誘惑(ゆうわく)にも負けませんが、→
『母と子の心霊教室』→なんの計画もなしにダラダラとした生活を送っている人は、だらしのない人間となり、悪い誘惑(ゆうわく)にもすぐ負けてしまいます。また、ひとつの仕事をする際に、かならず成功してみせるぞという信念でのぞむ人は成功しますが、→
『母と子の心霊教室』→どうでもよいと思ったり他人に頼(たよ)ったりする人は、けっして成功するものではありません。こんなことも考えられます。たとえば、他人といっしょに仕事をするときに、自分勝手(じぶんかって)なことをしたり、欲(よく)を起こしたり、→
『母と子の心霊教室』→やる気がなくて自分のうけもちをおろそかにしたりすると、自分ひとりだけでなく、いっしょに仕事をしている人みんなに迷惑(めいわく)をかけることになります。これで、なにごともまず心がけがたいせつであることがおわかりでしょう。
『母と子の心霊教室』昔から“人間は心に抱(いだ)く考えと同じような性質の人間になっていく”といわれます。つまり、いつも美しいことを考えている人は美しい人間となり、悪いことばかり考えている人は悪い人間になってしまうというのです。
『母と子の心霊教室』これは心霊学(しんれいがく)からみてもそのとおりであるといえます。
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-----9章04
『母と子の心霊教室』【4 お祈(いの)りも“まごころ”がたいせつ】みなさんは、神さまに手をあわせてお祈(いの)りをしたことがありますかあ?きっとあるにちがいありません。いや、中には毎朝・毎晩お祈(いの)りをしている感心な人もいるかもしれません。
『母と子の心霊教室』では、とくにそういう感心な人にお聞きしたいのですが、いったいお祈(いの)りはなんのためにするのでしょうか?いや、その前に、はたしてお祈(いの)りはほんとうに神さまに通じるのでしょうか。
『母と子の心霊教室』もちろん、さっき述べたように、私たちの考えたことは、思想波となって宇宙(うちゅう)へ広がるのですから、きっと、神さまのお耳に達しているにちがいありません。しかしお祈(いの)りといっても、ただ言葉を口にするだけでは思想波は出ませんから、→
『母と子の心霊教室』→神さまには通じないことになります。いまも述べたように、言葉や行いは心から生まれるのであって、言葉や行いから心が生まれるのではないのです。また私たちは、うっかりすると、お祈(いの)りとは神さまにお願いごとをするものだ、と考えがちです。
『母と子の心霊教室』もちろん人間はだれしも困(こま)ったときは神さまにお願いしたくなるものです。そして、それがほんとうにその人にとって“ためになる”ことであれば、神さまはきっとお聞き入れくださることでしょう。しかし、ほんとうのお祈(いの)りはもう少しちがいます。
『母と子の心霊教室』みなさんには、まだ少しむずかしすぎるかもしれませんが、ひと口にいうと、私たちの心の奥(おく)にある“まごころを力づよくだそうとする努力”がほんとうの祈(いの)りなのです。この世で、まごころほどつよいものはありません。
『母と子の心霊教室』みなさんが物ごとに一心になると、そのまごころが電波のようにエーテル界までいきわたり、それを感知した霊(れい)(ことに背後霊)は、みなさんが成功するようにいろんな手助けをしてくれます。それがほんとうに祈(いの)りがかなえられたというのです。
『母と子の心霊教室』なんの努力もせずにただ、ああしてください、こうしてくださいと祈(いの)っても、神さま、すなわちエーテル界の高級霊(こうきゅうれい)や背後霊(はいごれい)は見向きもしてくれません。
『母と子の心霊教室』それからまた、たとえ祈(いの)りがかなえられる場合でも、かならずしも“すぐに”とはかぎりません。あるときは何ヶ月も何年ものちにかなえられることがあります。そしてまた、そのかなえられ方も、かならずしもその人が期待しているとおりの→
『母と子の心霊教室』→ものではない、ということも知っておく必要があります。こうしたこと、つまり祈(いの)りのかなえられ方や時期などは、神さまがその人にとっていちばんよいように考えてくださるものです。
『母と子の心霊教室』ですからみなさんは、自分にあたえられた仕事や勉強にまごころをこめて精をだし、あとはぜんぶ神さまにおまかせすることです。それが私たち人間のいちばん正しい生き方なのです。
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-----9章05
『母と子の心霊教室』【5 人類はみな神の子であり兄弟である】神とはいったい何でしょうか?世界中には数多くの宗教(しゅうきょう)があります。そして、どの宗教(しゅうきょう)も神について説いていますが、どれもこれも、みな自分の宗教(しゅうきょう)の説く神こそ→
『母と子の心霊教室』→ほんとうの神であるといいはっております。おかしいとは思いませんか?スピリチュアリズムでは、霊(れい)からの通信、すなわち霊言(れいげん)現象とか自動書記によって得られたものを総合的に検討(けんとう)して、神についておよそつぎのように→
『母と子の心霊教室』→説いております。“神とは宇宙(うちゅう)の全生命の源(みなもと)である。神なくしてなにひとつ存在(そんざい)できない。いいかえれば、神は宇宙(うちゅう)の生みの親のようなものである。”→
『母と子の心霊教室』→“もちろん、人間はひとりの例外もなく神の分霊(ぶんれい)を受けて生まれている。したがって人類はみな兄弟であり姉妹である。だから人類はおたがいに助け合い愛しあわなくてはいけない。”→
『母と子の心霊教室』→“いや、人類どうしだけではない。この世の生命あるものすべてをたいせつにしなくてはいけない。”じつをいえば、こうした教えは、スピリチュアリズムがはじめて説いたものではありません。
『母と子の心霊教室』歴史に名を残している偉大な宗教家(しゅうきょうか)や哲学者(てつがくしゃ)たとえば、イエス・釈迦(しゃか)・マホメット・老子(ろうし)・プラトンといった人びとも、その言葉はちがっていても、内容においてはスピリチュアリズムと→
『母と子の心霊教室』→まったくおなじようなことを説いていたのです。それを、のちの人たちが、意味を取りちがえて解釈(かいしゃく)したために、いろんな説ができてしまったのです。神は人間のすべてに、そして宇宙(うちゅう)全体にやどっているのです。
『母と子の心霊教室』黒人と白人の区別もありません。人間と動物の差別もありません。ですから、人間はおたがいに愛しあい助けあい、動物でも植物でも、生命あるものすべてをかわいがってやらねばならないのです。
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-----9章注釈
『母と子の心霊教室』【注釈(ちゅうしゃく)“神”と“神さま”のちがいについて―訳者(やくしゃ)】本書で私は、神と神さまとふた通りに使いわけておりますが、これは、ぜひ区別して理解していただかねばなりません。
『母と子の心霊教室』神を論(ろん)ずる際に、とかくおかしがちな誤(あやま)りは、神というものが人間のような姿(すがた)かたちをしていて、どこか高いところから、人間をじっと見つめているかのごとく、想像することです。
『母と子の心霊教室』神とは、そんな人間的なものではなくて、宇宙(うちゅう)全体を支配している、絶対的な法則(摂理)をさします。たんに物理的な法則をさすのではなく、人間の行為、言葉、心の動きなどの、人間生活すべてにわたって支配しているもので、→
『母と子の心霊教室』→したがってこの意味における神は、祈(いの)りの対象とはなりえません。本書の最初は「真理を学ぼう」という題ではじまっていますが、これはいいかえれば「神を知ろう」ということになります。
『母と子の心霊教室』つぎに“神さま”と訳(やく)したのは、人間からみて祈(いの)りの対象とするにふさわしい霊(れい)のことです。たとえば一地方、一国家、あるいは海、山、川などの守護神(しゅごしん)がそれで、一人ひとりに個性があり、無数に存在します。
『母と子の心霊教室』日本の古典で“八百万(やおよろず)の神々”と呼(よ)んでいるのはこの部類に属します。たいせつなのは、こうした神々も“神の摂理(せつり)”の支配をうける点においては、人間と少しも変わらないということです。
『母と子の心霊教室』なお、日本では在世中の功績をたたえて“神さま”としてまつる風習があります。明治天皇をまつる明治神宮、乃木(のぎ)大将をまつる乃木(のぎ)神社など、数え切れないほどありますが、→
『母と子の心霊教室』→このたぐいは、右の2種類とは別に扱(あつか)わなければならないでしょう。
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-----8章01
『母と子の心霊教室』第8章 心霊治療(しんれいちりょう)の話 心霊学(しんれいがく)についてなにも知らない人は、霊(れい)の話や心霊(しんれい)現象のことを耳にすると「なあんだ、そんなことはみな悪魔(あくま)がやってることさ。だまされない方がいいよ」→
『母と子の心霊教室』→といって相手にしようとしません。前章で紹介(しょうかい)した心霊(しんれい)現象の話などは、最初はだれが聞いてもあまり気持ちのいいものではないので、それを悪魔(あくま)のしわざだと考えても無理のないことかもしれません。
『母と子の心霊教室』ところがです。もしも心霊(しんれい)現象のすべてを、悪魔(あくま)のしわざときめつけてしまうと、少し妙(みょう)なことになってしまうことが、ひとつだけあります。それは、心霊治療(しんれいちりょう)のことです。
『母と子の心霊教室』知っている人もいると思いますが、心霊治療家(しんれいちりょうか)は、ふつうのお医者さんが治しきれない病気を、つぎからつぎへと治しております。もしもこれが悪魔(あくま)のしわざだとすると、悪魔はなんと感心なことをするのでしょう。
『母と子の心霊教室』少し変だとは思いませんか?
『母と子の心霊教室』【1 人間は自分で治す力をもっている】ここまでを読んでくださった方は、もちろん、心霊(しんれい)現象は悪魔(あくま)のしわざだなんて思わないでしょう。心霊治療(しんれいちりょう)も同じことです。
『母と子の心霊教室』歩けなくて困(こま)っている人を歩けるようにしてあげ、目(め)の見えない人を良く見えるようにしてあげたりするのですから、これはもう悪魔(あくま)なんかじゃなくて、善良な霊(れい)のしわざにきまっています。
『母と子の心霊教室』では、霊(れい)はどうやって病気を治すのでしょうか。それは…ちょっと待ってください。その前に、ふたつほどみなさんに、ぜひ知っておいていただきたいことがあるのです。
『母と子の心霊教室』そのひとつは、私たち人間には、自分で自分の病気を治す力が備わっているということです。このことは、心霊学(しんれいがく)ができてからはじめてわかったことではなく、ずっと昔からよく知られていることです。
『母と子の心霊教室』みなさんはこれまで、何回かお医者さんへ通ったことがあるでしょう。そんなとき、お医者さんはどんなことをおっしゃいましたか?きっと、ただクスリをくださるだけでなく、大丈夫(だいじょうぶ)、すぐに治りますよとか、→
『母と子の心霊教室』→あんまりクヨクヨしてはいけませんよとか、家にじっとしていないで、外へ出てお友だちと元気に遊んでいいですよ、などとおっしゃったにちがいありません、これは、そういって、みなさんの気持ちをしっかりさせ、元気づけるためなのです。
『母と子の心霊教室』気持ちの上で元気になると、精神に宿っている“病気を治す力”がはたらいて、クスリでは治らないものまで治してしまいます。だからといって、お医者さんはいらないとか、クスリなんかなくてもいいのだといっているのではありません。
『母と子の心霊教室』お医者さんもクスリも、なくてはならないたいせつなものですが、それと同時に、人間の精神には、からだの病気まで治してしまう力が備わっているということを知っていただきたいのです。
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-----8章02
『母と子の心霊教室』【2 オーラとはなんだろう】もうひとつ知っていただきたいことがあります。それは、人間にはふつうの目には見えないオーラというものがあって、このオーラに心身の状態があらわれるということです。
『母と子の心霊教室』図を見てください。からだから放射(ほうしゃ)されているのがオーラです。これには2種類あって、Aは心身の状態をあらわすと同時に、外敵からからだを守る役目もします。
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『母と子の心霊教室』Bは宇宙(うちゅう)に存在(そんざい)する目に見えない生命素を摂取(せっしゅ)してくれます。いま、心身の状態というむずかしい言葉を使いましたが、からだの健康状態と、心の動きということです。
『母と子の心霊教室』そうです。オーラにはただからだの調子があらわれるだけでなく、心に思ったこと、感じたこと―楽しいとか悲しいとか、ありがたいとか憎(にく)らしいといった感情まであらわれて、それがまた、からだにいろいろと影響(えいきょう)をおよぼすのです。
『母と子の心霊教室』楽しいとか、ありがたいという気持ちは、からだにこのましい影響をおよぼします。反対に、悲しい気持ちや憎(にく)らしく思う気持ちは、からだにたいへんわるい影響をあたえます。
『母と子の心霊教室』心の持ち方ひとつで、健康にも病気にもなることが昔からいわれていますが、そのわけは、じつはこんなところにあるのです。いつも朗(ほが)らかで健康な人のオーラは、明るく元気そうで、見るからに美しい色をしています。
『母と子の心霊教室』反対に、いつもおもしろくないなと思ったり、からだのどこかがわるい人のオーラは、曇(くも)り空のように暗くてどんよりしています。そういう人は、いつまでたっても健康になれません。
『母と子の心霊教室』もし、お友だちにそんな人がいたら、明るく朗(ほが)らかな気持ちになるようにいってあげましょう。
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-----8章03
『母と子の心霊教室』【3 心霊治療(しんれいちりょう)にもいろいろある】さて私はさっき、人間には自分で病気を治す力があるといいましたが、これはもちろん軽い病気の場合の話です。重い病気の場合はやはりお医者さんに診(み)てもらって、クスリを使って→
『母と子の心霊教室』→治さなくてはなりません。ところが、病気の中には、残念ながら、お医者にも治しきれないものがたくさんあるのです。どうしても治りませんという意味で“不治(ふじ)の病(やまい)”と呼ばれているものまであるのですが、→
『母と子の心霊教室』→心霊治療(しんれいちりょう)では、その“不治(ふじ)の病(やまい)”までかんたんに治してしまうのです。その秘密はいったいどこにあるのでしょうか?じつをいうと、ひと口に心霊治療(しんれいちりょう)といっても、その方法にいく通りもあるのです。
『母と子の心霊教室』それを順々に説明していけば、自然にその秘密(ひみつ)もわかっていただけると思います。【精神療法(せいしんりょうほう)】まず最初は精神療法といって、患者(かんじゃ)の精神を治すことによって、からだの病気まで治してしまう方法です。
『母と子の心霊教室』たいていの治療家(ちりょうか)は、ふつうのお医者さんとちがって、患者のオーラを見ることができます。さきほどのべたとおり、オーラには心の悩みごとまであらわれますから、治療家がひと目見れば、この患者はどんな悩みごとをもっているということが→
『母と子の心霊教室』→わかります。それさえわかれば、あとはその悩(なや)みごとをとりのぞいてあげればよいのです。するとオーラが活発になりますから、少しぐらいの病気はそのうち治ってしまうのです。しかし、それで治らないときはどうすればよいのでしょう。
『母と子の心霊教室』【磁気療法(じきりょうほう)】みなさんは磁石(じしゃく)というのをごぞんじでしょう。そうです。クギなどの金属を吸(す)いつけるU時型の鉄です。その吸(す)いつける力を磁力(じりょく)というのですが、→
『母と子の心霊教室』→じつは、その磁気(じき)とおなじような性質をもったものが、私たちのからだにも流れていて、健康を保ってくれているのです。図のAがそれです。ところで、磁石(じしゃく)を使いすぎると、吸いつける力がよわくなることは→
『母と子の心霊教室』→ごぞんじでしょう。それとおなじで、私たちが運動しすぎたり、ながいあいだ病気で寝(ね)ていると、からだの磁気(じき)が減ってきて、健康を回復する力がなくなってきます。そんなとき、治療家(ちりょうか)は患者(かんじゃ)のからだに手をふれて、→
『母と子の心霊教室』→自分の磁気(じき)を分けてあげるようなことをするのです。つまり、自分の磁気(じき)で患者(かんじゃ)の不足している磁気(じき)を補(おぎな)ってあげるわけです。こうしたやり方を磁気療法(じきりょうほう)といいます。
『母と子の心霊教室』【心霊療法(しんれいりょうほう)】さて、右のふたつの方法でも治らないときに行うのが、霊の力で治す心霊療法(しんれいりょうほう)で、ふつう心霊治療(しんれいちりょう)といえばこれをさしています。
『母と子の心霊教室』この療法(りょうほう)でいちばんたいせつな点は、なんといっても実際に治療(ちりょう)にあたるのがエーテル界の医者であること、また、治療(ちりょう)に使用するのはエーテル界のエネルギーであって、治療家(ちりょうか)は、→
『母と子の心霊教室』→ただそのエネルギーが通過する道具にすぎないことです。磁気療法(じきりょうほう)で使用する磁気(じき)もエネルギーの1種ですが、これは治療家(ちりょうか)自身のものを分けてあげるのですから、地上のものということになります。
『母と子の心霊教室』ところが心霊療法(しんれいりょうほう)では、霊(れい)がエーテル界のエネルギーを使って治療(ちりょう)をするのですから、けっきょく治療家(ちりょうか)が霊媒(れいばい)となって1種の心霊(しんれい)現象を行っているといっても→
『母と子の心霊教室』→さしつかえないのです。その治療にあたる霊(れい)は、かならずとはいいきれませんが、たいてい地上でお医者さんをしていた人のようです。そういう霊(れい)は、きっとエーテル界へいっても、地上の病気の人を治してあげたいという気持ちを失わずに、→
『母と子の心霊教室』→その後も熱心に治療法(ちりょうほう)を勉強し、それを地上の治療家(ちりょうか)を通じて実行しているのでしょう。ありがたいことではありませんか。
『母と子の心霊教室』この心霊療法(しんれいりょうほう)でとくにすばらしいことは、患者(かんじゃ)が遠く離(はな)れたところにいても、すぐそばにいるのと同じ効果があらわれるということです。海をへだてた外国の患者(かんじゃ)でも治すことができるのです。
『母と子の心霊教室』正確に何時に治療するかは決めていないこともあります。そんなとき、患者(かんじゃ)はあさ起きてみて、すっかりよくなっているのを知ってびっくりしたり、食事をしている最中に急によくなるのを感じて、とたんにモリモリ食べはじめるということもあるのです。
『母と子の心霊教室』こうした治療法(ちりょうほう)を、遠隔治療(えんかくちりょう)または不在治療(ふざいちりょう)といっております。
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-----8章04
『母と子の心霊教室』【4 医学と心霊治療(しんれいちりょう)の協力が理想】こうした心霊治療(しんれいちりょう)の話を聞いてすぐに気づくことは、ふつうのお医者さんの治し方とまるでちがっていることでしょう。
『母と子の心霊教室』お医者さんは聴診器(ちょうしんき)とかレントゲン写真とかクスリなどをよく使いますが、心霊治療家(しんれいちりょうか)はただ手をあてたり祈(いの)ったりするだけで、道具というものをいっさい使用しません。
『母と子の心霊教室』そうしたちがいがあるために、お医者さんの中には、心霊治療(しんれいちりょう)はほんとうの治し方ではないといって相手にしようとしない人がいます。しかし、だれが考えてもわかるように、いくら治し方が正しくても、病気そのものが治らなければ→
『母と子の心霊教室』→なんにもなりませんし、心霊治療(しんれいちりょう)によって“不治(ふじ)の病(やまい)”がつぎつぎと治っているということは、心霊治療(しんれいちりょう)が正しい治療法(ちりょうほう)であることを物語っているのではないでしょうか。
『母と子の心霊教室』心霊治療家(しんれいちりょうか)は、けっしてお医者さんの治し方がまちがっているとは思っていません。医学はそれなりに正しいのですが、心霊治療(しんれいちりょう)も心霊学(しんれいがく)という立派(りっぱ)な学問にもとづいた新しい医学であり→
『母と子の心霊教室』→これも正しい治し方なのですから、医学にできないことは心霊治療(しんれいちりょう)で行い、心霊治療(しんれいちりょう)にできないことは医学がするというように、おたがいに協力しあえばよいのです。
『母と子の心霊教室』残念ながら協力してくれる医者はまだまだ少ないのですが、心霊治療(しんれいちりょう)は、霊的真理(れいてきしんり)にもとづいた正しい治療法(ちりょうほう)なのですから、おおぜいのお医者さんの協力を得て、心霊治療(しんれいちりょう)が広く利用されるようになる→
『母と子の心霊教室』→日がきっと来ることでしょう。その日が1日も早く来てほしいものですね。
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