先ほどのインスピレーションでそういう感じの事を言われているのです。何ひとつ結果らしい結果に到達していない、不完全燃焼感MAX、先日の長文ブログでも「中止します」というインスピレーションを書きましたように、もう霊団は使命遂行をやめるかのような事を言ってきます。それやめてあと僕は何をして生きろって言うんだよ。

ただ無目的にボケっと物質界に取り残されろとでもいうのか。そんな状態にさせられてたまるか。この霊団のやる気のなさは一体何なんだ。この12年ただひたすら僕の人生を破壊し続けただけ、それ以外何もしていない。霊界の人間の仕事というのはこんなチャランポランで許されるものなのか。

「イエスの少年時代」のカラーリングに入りつつ「イエスの成年時代」の線画をどうするか考え中。宗教画の空気感にしたくないのですが、今回は多少そういう要素を盛り込まざるを得ないかなぁと思っています。

急げ、とにかく急げ、書籍データはガンガン完成させておくんだ。そしてAmazonへのUPまで完成させておいて販売開始状態で待機させておくのです。何冊もその状態にしておくのです、あとは1クリックで販売開始できるように。

「宇宙一のバカ」大量強姦殺人魔、明仁、文仁、徳仁、悠仁は滅亡させようとしない、奴隷の女の子たちはひとりたりとも助けようとしない、僕という霊媒を機能させて新規の霊言を降らせようとしない、じゃああと一体何をしろというのか。もう復刊しかないのです。さぁ線画どしよかな(祈)†

「悔し涙を拭う必要はありません」これは帰幽後に悲しみが喜びに変わるという意味です(祈)†■2023年6月21日UP■
「悔し涙を拭う必要はありません」これは帰幽後に悲しみが喜びに変わるという意味です(祈)†
次第にあの土地の光輝と雰囲気が馴染まなくなり、やむなく光輝の薄い地域へと下がって行った。そこで必死に努力してどうにか善性が邪性に勝(まさ)るまでになった。その奮闘は熾烈にしてしかも延々と続き、同時に耐え難く辛き屈辱の体験でもあった。しかし彼は勇気ある魂の持ち主で、ついに己れに克(か)った。その時点において2人の付き添いに召されて再び初めの明るい界層へと戻った。そこで私は前に迎えた時と同じ木蔭で彼に面会した。その時は遥かに思慮深さを増し、穏やかで、安易に人を軽蔑することもなくなっていた。私が静かに見つめると彼も私の方へ目をやり、すぐに最初の出会いの時のことを思い出して羞恥心と悔悟の念に思わず頭を下げた。私をあざ笑ったことをえらく後悔していたようであった。やがてゆっくりと私の方へ歩み寄り、すぐ前まで来て跪き、両手で目をおおった。鳴咽(おえつ)で肩を震わせているのが判った。私はその頭に手を置いて祝福し、慰めの言葉を述べてその場を去ったのであった。こうしたことはよくあることである。†…続きを読む→
「これから闇の中へ出発します」明仁、文仁、徳仁、悠仁が地獄に赴くという意味です(祈)†■2023年6月7日UP■
「これから闇の中へ出発します」明仁、文仁、徳仁、悠仁が地獄に赴くという意味です(祈)†
実情はそれどころではない。人間は霊界へ来たからとて地上時代といささかも変わるものではない。その好み、その偏執、その習性、その嫌悪をそのまま携えてくるのである。変わるのは肉体を棄てたということのみである。低俗なる趣味と不純なる習性をもつ魂は、肉体を棄てたからとて、その本性が変わるものではない。それは誠実にして純真なる向上心に燃える魂が死とともに俗悪なる魂に一変することがあり得ぬのと同じである。汝らがその事実を知らぬことこそわれらにとって驚異というべきである。考えてもみるがよい。純粋にして高潔なる魂が汝らの視界から消えるとともに一気に堕落することが想像できようか。しかるに汝らは、神を憎み善に背を向けて肉欲に溺れた罪深き魂も、懺悔1つにて清められて天国へ召されると説く。前者があり得ぬごとく後者も絶対にあり得ぬ。魂の成長は1日1日、一刻一刻の歩みによって築かれていくのである…続きを読む→
「愛の試練・霊障イペルマルシェ」再び。まだやってくるか、超頭にくるんですよ(祈)†■2023年5月31日UP■
「愛の試練・霊障イペルマルシェ」再び。まだやってくるか、超頭にくるんですよ(祈)†
眠気防止対策でポテチを食べたりするのですが、今回に関しては全く効果がなく、とにかく運転中に目が閉じまくり何度も反対車線に飛び出しそうになります。僕は上半身を激しく前後にガクガク動かしながら(ハンドルに近付けたり遠ざけたりして)運転を続けますが、何をどうやっても目が閉じ続けます。駐車場に続く林道セクションに入ってからも全く目が開く事はなく、180度カーブを曲がり切れなくて何度も岩の壁にぶつかりそうになりながら、頭を振って上半身を徹底的にゆさゆさ動かし続けて強引に目を開けながら運転を続け、かろうじて駐車場に到着したのでした。そして車内で着替えを始めると、さっきまでの運転時の目を閉じられていた状態がウソみたいにまるっきり普通に着替えているのです。猛烈に眠いのであれば着替え中も眠いはずです。その瞬間に「これは完全におかしい、超久々にバーバネル氏がやりやがったんだな」と理解したのでした…続きを読む→

現在AffinityPhotoのアドオンが50%オフなので「今買うしかない」という事で4つアドオンを入手した関係で、おーふぁん的なモノに着手するのがさらに遅れていますが(億劫で手が出せずにいるというのが真相ですが)何とか来月あたりぐらいから復刊に向けた具体的事務作業に移行したいと考えています。

その前にできる限り書籍データを作っておいて自分で自分を助けないといけない、という事で怒涛に作業をしています。「イエスの成年時代」「イエスの弟子達」の表紙の線画も連続で描いてしまおうと思っています。OCR変換テキストの見直しといういちばん大変な作業がまだ恐ろしいほど残っていますので、できる事からガンガン片付けていかないといつまでたっても終わりません。

↑で、ひとつ余興の撮影をしてみました。僕はいつも霊団が降らせるインスピレーションをクロッキーにメモしているのですが(メモっておかないと速攻で忘れてしまうのです、何しろ毎日の事ですから)そのクロッキーがこれまでの積算で13冊、で、昨日で13冊目のページがイッパイになって今日から14冊目を使い始めました。

これらクロッキーの中身はチョト見せられませんが、全ページ“インスピレーションのメモ”なのです。霊性発現以降のこの12年の間に霊団と僕との間でどのようなやりとりがなされていたか、この14冊のクロッキーをご覧頂ければその壮絶怒涛ぶりを少しは皆さまにもご想像頂ける…と有り難いのですがどうでしょう。

とにかく尋常ではないインスピレーション量、メモっておかないと即日で忘れます、イヤ忘れながらでないと使命遂行を続行できません。その週に降ったインスピレーションをブログに書き残したらもうスッパリ忘れて次のインスピレーションの方を向くようにしないととても追いつかないんです。この14冊分のインスピレーションの全てを物的脳髄で記憶しておくのがムリな事は皆さまも想像に難くない事と思います。

これらクロッキーは霊団とのコミュニケーションの履歴となりますが、正直言ってあまりうれしいモノではありません。使命遂行がだいぶ進展しているならモチョト前向きな事も言えるのですが、人生破壊の極致、最低最悪の人生をやらされていますので見返す気にもなりませんムカつくだけですので。

さぁ表紙の線画のゴミ取りを終わらせて次の線画に移りましょう。霊団は本作れないみたいなふざけた事を言ってきますが完全無視。そんなモノ相手にしてられるか。僕は死んでも脱出するんだ。霊団が書籍復刊に難色を示し始めたその経緯が「Dreamwork(画家活動)をやめさせられた時のシチュ」とそっくりなのです。

Dreamwork、霊団にちょっかい出されずにあのまま画家作品を描き続けていたら全然違う人生になっていたのです。大成功までは行かなかったでしょうが、まぁまぁ数字が取れて絵1本で生きていける状態になっていたと思うんです。それが霊的に見た時によろしくないという事で霊団が止めてきた。

そのせいで僕は最悪人生を11年やらされてきた。そして今、書籍復刊も止めようとしているかのような事を言ってくる。霊関連書籍の全ページスキャンを開始してから間もなく2年が経過します。その間、70冊以上の書籍を入手、スキャン、OCR変換と怒涛に作業をしてきてようやくここまで作業が進行しているのです。

Dreamworkつまり僕の絵描きとしての人生を破壊された時と同じように、これまでの2年間の努力をまた霊団によって無に帰せられるのかと思うと宇宙大爆発的に怒りがこみ上げてきます。たぶん書籍をガンガン復刊させて行ったら、まぁまぁ数字が取れて脱出が実現するのでしょう、それで止めるような事を急に言い始めたという事だと思うのです、以前はこんな事言ってませんでしたから。

霊団によってブチ壊された人生を完全ではないにしろある程度立て直そうと何年もかけて努力しているとそれも破壊しようとしてくる、本当に人間のクズですよコイツら。Dreamworkの二の舞をやらされてたまるか。2度も夢を破壊されてたまるか。今回ばっかりはキッチリやらせてもらうぞ。もっとも僕のやる気とは別のところで(著作権の問題で)復刊できなかったりという可能性も残されていますが。

っとと、思わず長文撃っちゃった。ゴミ取りに戻ります。とにかく、このまま閉じ込められるのは死んでも許さない、絶対に脱出してみせる。作業続行中。Dreamworkの恨み、ナメてもらっては困るよ(祈)†
「進化とはなかよしの事」深いインスピレーションですが僕には耳が痛いですね(祈)†■2023年10月18日UP■
「進化とはなかよしの事」深いインスピレーションですが僕には耳が痛いですね(祈)†
「宇宙一のバカ」大量強姦殺人魔、明仁、文仁、徳仁、悠仁の邪悪の正体の情報拡散だけは徹底的に僕にやらせて、僕の次の世代の使命遂行者が仕事をやりやすいように畑だけは耕しておくが、滅ぼす事は僕の代ではやらない。霊団はタダ僕にその苦しいタネ蒔きを続けさせて霊的に向上させて帰幽させる事だけを考えていたのではないか。交霊会やるやるとずっと言い続けてまるっきりやろうともしない、サークルメンバー問題も全く解決させようともせず交霊会をおこなう環境など全然整っていないのに、ただ口だけ延々とやるやる言い続けてくる。これもどう考えてもおかしい。バーバネル氏が支配霊というのもおかしい。物質界生活中に僕にできるだけ霊的知識を獲得させておくために交霊会交霊会言い続けてお勉強させるのが真の目的だったのではないか。つまり僕の仕事の本当の舞台は霊界であって、帰幽後にイエス様(さすがに直で仕事を賜る事はないと思いますが間接的にはあるかも知れません)から言いつけられる仕事をおこなう事の出来る霊的知識および霊格を物質界生活中に身につけさせるためにムチャクチャな試練を浴びせられているという事なのではないか…続きを読む→
「死んだ人間にできるだけ真実を教えようとします」僕が霊界の仕事をしているという意味です(祈)†■2023年10月4日UP■
「死んだ人間にできるだけ真実を教えようとします」僕が霊界の仕事をしているという意味です(祈)†
【神】が経綸するこの全宇宙には目的があり、それは「進化」の一語に尽きると思います。全天体、全存在(生命)が進化を目的として永遠とも思える霊的向上の旅を続けています。霊的進化のゴールと言える至福の境涯ニルバーナは存在せず、神の御胸に向けての永遠の進化の旅が続くのですが、僕たちが現在在籍している地球圏は神が経綸する全宇宙の中のほぼ最低ランクの存在の場であり全く進化が足りません。イエス様を最高指揮官とした地球圏経綸の任に当たる天使の方々は、物質界の知的暗黒時代(特に中世ヨーロッパ)を打破して霊的知識を普及させるべく「スピリチュアリズム」を勃興させました。これまでの地球圏霊界でこれほど大々的な計画が実行に移された事はないそうです。イエス様がそこまでしなければならなかった理由は、物質界で学ぶべき事を何も学ばずに無知のまま帰幽して下層界にたむろする、シルバーバーチ霊の言葉を借りれば「難破貨物」ともいうべき低級霊があふれかえってそれがいよいよ上層界にまで悪影響を及ぼし始めてきた事が一因だそうです…続きを読む→
霊団はもう何もやる気がないそうですが、僕はうしろに戻るつもりはない前進あるのみ(祈)†■2023年7月19日UP■
霊団はもう何もやる気がないそうですが、僕はうしろに戻るつもりはない前進あるのみ(祈)†
物質界に邪悪がはびこる、その根本原因は「霊的知識の無知」にあります。人間に死はなく、肉体の死後も霊的表現媒体(幽体、霊体等)をまとって霊界で永遠に生き続けるという霊的真理を知らず、物質界での人生のみが人間の人生だと考える事が全ての邪悪の出発点なのです。物質界で大量強姦殺人の人生を送ると帰幽後に霊界でどれほどの地獄をやらされるか、その「霊界と物質界の因果関係」もっと言うと【神の因果律】を全く理解していないから平然と犯罪をおこなう事ができるのです。神の因果律から逃れる方法はこの全宇宙に存在しません。なぜなら「宇宙は神の身体」だからです。僕たちは現時点で神の中に存在しているのですから、神の法則の効果範囲外に出るなどという事は有り得ないのです。自分のおこないが自分の帰幽後の人生にどれほど致命的欠陥、悲劇をもたらすかを知っていれば、おのずと自分のおこないに責任感が生じ、愚かな言動にブレーキがかかるはずなのです。邪悪なおこないをしている人間たちというのは「何も知らない人間」という事なのです。だから霊的知識の普及が急務なのです…続きを読む→

1913年12月15日 月曜日

さて私は、いずれの日か召されるその日までに成就せねばならない仕事への情熱に燃えつつ、その界をあとにしたのであったが、ああ、その環境ならびに守護霊から発せられた、あの言うに言われぬ美しさと長閑(のど)けさ。

仮りにそこの住民がその守護霊の半分の美しさ、半分の麗しさしかないとしても、それでもなお、いかに祝福された住民であることか。私は今その界へ向けて鋭意邁進しているところである。

しかし一方には貴殿を手引きすべき責務がある。もとよりそれを疎(おろそ)かにはしないつもりであるが、決して焦ることもしない。大いなる飛躍もあるであろうが、無為にうち過ごさざるを得ない時もあるであろう。

しかし私が曽て辿った道へ貴殿を、そして貴殿を通じて他の同胞を誘(いざな)う上で少しでも足しになればと思うのである。願わくは貴殿の方から手を差しのべてもらいたい。私に為し得るかぎりのことをするつもりである。

私は心躍る思いのうちにその場を去った。そしてそれ以来、私を取り巻く事情についての理解が一段と深まった。それは私が重大な事柄について一段と高い視野から眺めることが出来るようになったということであり、今でもとくに理解に苦しむ複雑な事態に立ち至った折には、その高い視野から眺めるよう心掛けている。

つまりそれは第11界に近い視野から眺めることであり、事態は立ちどころに整然と片づけられ、因果関係が一層鮮明に理解できる。貴殿も私に倣(なら)うがよい。

人生の縺(もつ)れがさほど大きく思えなくなり、基本的原理の働きを認識し、神の愛をより鮮明に自覚することであろう。そこで私は、今置かれている界について今少し叙述を続けてみようと思う。

帰りの下り道で例の川のところで右へ折れ、森に沿って曲りくねった道を辿り、右手に聳える山々も眺めつつ平野を横切った。その間ずっと瞑想を続けた。
そのうち、その位置からさらに先の領域に住む住民の一団に出会った。まずその一団の様子から説明しよう。

彼らのある者は歩き、ある者は馬に跨(またが)り、ある者は四輪馬車ないしは二輪馬車に乗っている。馬車には天蓋(てんがい)はなく木製で、留め具も縁飾りもすべて黄金で出来ており、さらにその前面には乗り手の霊格と所属界を示す意匠が施されている。身にまとえる衣装はさまざまな色彩をしている。

が、全体を支配しているのは藤色で、もう少し濃さを増せば紫となる。総勢300名もいたであろうか。挨拶を交わしたあと私は何用でいずこへ向かわれるのかと尋ねた。

その中の1人が列から離れて語ってくれたところによれば、下の第9界からかなりの数の一団がいよいよこの10界への資格を得て彼らの都市へ向かったとの連絡があり、それを迎えに赴くところであるという。それを聞いて私はその者に、ぜひお伴させていただいて出迎えの様子を拝見したく思うので、リーダーの方にその旨を伝えてほしいと頼んだ。

するとその者はにっこりと笑顔を見せ、「どうぞ付いて来なさるがよろしい。私がそれを保証しましょう。と申すのも、あなたは今そのリーダーと並んで歩いておられる」と言う。

その言葉に私はハッとして改めてその方へ目をやった。実は、その方も他の者と同じく紫のチュニックに身を包んでおられたが何の飾りつけもなく、頭部の環帯も紫ではあるが宝石が1つ付いているのみで、他に何の飾りも見当らなかったのである。

他の者たちが遥かに豪華に着飾り、そのリーダーよりも目立ち、威厳さえ感じられた。その方と多くは語らなかったが、次第に私よりも霊格の高いお方で私の心の中を読み取っておられることが判って来た。その方は更にこうおっしゃった。

「新参者には私のこのままの姿をお見せしようと思います。と申すのは、彼らの中にはあまり強烈な光輝には耐えられぬ者がいると聞いております。そこで私が質素にしておれば彼らが目を眩ませることもないでしょう。あなたはつい最近、身に余る光栄は益よりも害をもたらすものであることを体験されたばかりではなかったでしょうか。」

その通りであることを申し上げると、さらにこう言われた。「お判りの通り私はあなたの守護霊が属しておられる界の者です。今はこの界での仕事を仰せつかり、こうして留まっているまでです。

そこで、これより訪れる新参者が“拝謁”の真の栄光に耐え得るようになるまでは気楽さを味わってもらおうとの配慮から、このような出で立ちになったわけです。さ、急ぎましょう。皆の者が川に到着しないうちに追い付きましょう。」

一団にはわけなく追いつき、いっしょに川を渡った。泳いで渡ったのである。人間も、馬も、ワゴンもである。そして向こう岸に辿り着いた。そこから私の住む都市を右手に見ながら、山あいの峠道に来た。そこの景色がこれ又一段と雄大であった。

左右に堂々たる岩がさながら大小の塔、尖塔、ドームの如く聳え立っている。そこここに植物が生い繁り、やがて2つの丘を両肩にして、そのあいだに遠く台地が広がっているのが見えて来た。そこにも1つの都市があり、そこに住む愉快な人々の群れが吾々の方を見下ろし、手を振って挨拶し、愛のしるしの花を投げてくれた。

そこを通り過ぎると左右に広がる盆地に出た。実に美しい。まわりに樹木が生い茂った華麗な豪邸もあれば、木材と石材で出来た小じんまりとした家屋もある。

湖もあり、そこから流れる滝が、吾々がたったいま麓を通って来た山々から流れてくる川へ落ちて行く。そこで盆地が自然の岩で出来た2本の巨大な門柱の間を1本の道が川と並んで通っている。

その土地の人々が“海の門”と呼ぶこの門を通り抜けると、眼前に広々とした海が開ける。川がそのまま山腹を落ちてゆくさまは、あたかも色とりどりの無数のカワセミやハチドリが山腹を飛び交うのにも似て、さまざまな色彩と光輝を放ちつつ海へ落ちてゆく。

吾々も道を通って下り、岸辺に立った。一部の者は新参者の到着を見届けるために高台に残った。こうしたことは全て予定どおりに運ばれた。それと言うのも、リーダーはその界より一段上の霊力を身につけておられ、それだけこの界の霊力を容易に操ることができるのである。

そういう次第で、吾々が岸辺に下り立って程なくして、高台に残った者から、沖に一団の影が見えるとの報が大声で届けられた。その時である。川を隔てた海岸づたいに近づいて来る別の女性の一団が見えた。尋ねてみるとその土地に住む人たちで、これから訪れる人々と合流することになっているとのことであった。

迎えた吾々も、迎えられた女性たちも、ともに喜びに溢れていた。丸みを帯びた丘の頂上にその一団の長(おさ)が立っておられる。頭部より足まですっぽりと薄い布で包み、それを通してダイヤモンドか真珠のような生命力あふれる輝きを放散している。

その方もじっと沖へ目をやっておられたが、やがて両手で物を編むような仕ぐさを始めた。間もなくその両手の間に大きな花束が姿を現わした。そこで手の動きを変えると今度はその花束が宙に浮き、1つなぎの花となって空高く伸び、さらに遠く沖へ延びて、ついに新参の一団の頭上まで届いた。

それが今度は1点に集まって渦巻きの形を作り、ぐるぐると回転しながらゆっくりと一団の上に下りて行き、最後にぱっと散らばってバラ、ユリ、その他のさまざまな花の雨となって一団の頭上や身辺に落下した。

私はその様子をずっと見ていたが、新参の一団は初め何が起きるのであろうかという表情で見ていたのが、最後は大喜びの表情へと変わるのが判った。その花の意味が理解できたからである。すなわち、はるばると旅して辿り着いたその界では愛と善とが自分たちを待ちうけていることを理解したのであった。

さて、彼らが乗ってきた船の様子もその時点ではっきりして来た。実はそれはおよそ船とは呼べないもので、筏(いかだ)のようなものに過ぎなかった。どう説明すればよかろうか。たしかに筏なのであるが、何の変哲もないただの筏でもない。

寝いすもあれば柔らかいベッドも置いてあり、楽器まで置いてある。その中で1ばん大きいものはオルガンである。それを今3人の者が一斉に演奏しはじめた。その他にも楽しむためのものがいろいろと置いてある。その中でとくに私の注意を引いたのは、縁(へり)の方にしつらえた祭壇であった。

詳しい説明は出来ない。それが何のために置いてあるのかが判らないからである。さてオルガンの演奏とともに船上の者が一斉に神を讃美する歌を唱いはじめた。

すべての者が跪(ひざまず)く神、生命の唯一の源である神。太陽はその生命を地上へ照らし給う。天界は太陽の奥の間 – 愛の光と温もりの泉なり。太陽神とその配下の神々に対し、吾々は聖なる心と忠誠心を捧げたてまつる。そう唱うのである。

私の耳にはその讃美歌が妙な響きをもっているように思えた。そこで私はその答えはもしかしたら例の祭壇にあるかも知れないと思ってそこへ目をやってみた。が、手掛りとなるものは何も見当らなかった。私になるほどと得心がいったのは、ずっと後のことであった。

が、貴殿は今宵はもう力が尽きかけている。ここで一応打ち切り、あす又この続きを述べるとしよう。今夜も神の祝福を。では、失礼する。昼となく夜となく、ザブディエルは貴殿と共にあると思うがよい。

そのことを念頭に置けば、さまざまな思念や思いつきがいずこより来るか、得心がゆくことであろう。ではこれまでである。汝は疲れてきた。ザブディエル†

「進歩したい気持ちでいっぱいです」霊団以上に僕がそう思ってますよ(祈)†■2023年12月13日UP■
「進歩したい気持ちでいっぱいです」霊団以上に僕がそう思ってますよ(祈)†
私の霊団は7つのグループに分かれており、それぞれに特殊な使命があります。愛と叡智と知識の霊たち、洗練された高貴な霊たち、明るく愛想のいい霊たち、この低い地上界の単調であくせくした生活に天上的な光輝をもたらす霊たち、地上界の皆さんとの交わりを通じて低い界から高い界への進化という恩恵に浴さんとして働く霊たち – その霊たちの演出する現象が地上の人間にはまだまだ必要なのです。いずれのグループの霊たちも、みずからも進歩を求めている霊たちです。霊媒に体験と啓発を与え、霊媒と生活を共にし、霊媒とともに進歩せんと志す者たちです。霊媒に教えることによってみずからも学び、霊媒を向上せしめることによってみずからも向上せんとしているのです。われわれのこうした仕事は愛に発する仕事です。それみずからが報酬をもたらすのです。霊媒に祝福をもたらし、霊媒を通じて人類に祝福をもたらし、それがわれわれにとっての祝福となるのです。全能の父なる神の祝福のあらんことを…続きを読む→
「地上とのつながりがすでに無くなっていた」これは僕への最大級の脅し文句です(祈)†■2023年12月20日UP■
「地上とのつながりがすでに無くなっていた」これは僕への最大級の脅し文句です(祈)†
僕の予測ですが(これが正解だと思ってます、最悪の正解ですが)霊界側はもう何もしない、このまま僕を閉じ込め続ける事だけを考えている、交霊会も実は全然やる気がないのではないか、という気さえしています。事実全然やってないじゃないですか。インスピレーションだけを徹底的に降らせて、あとは僕にテキスト撃たせて拡散させる、それが霊界側としてはいちばんカンタン、ラク、消費パワーが少なくて済む、物質圏付近に降下する犠牲的作業をせずに済む、その霊界側にとって犠牲の少ない方法(インスピレーションのテキスト化)で十分に成果を上げているので、それで霊団は「ラクだから大好き大好き♪」とムカつく事を言ってくるのではないか、などと思ったりもするのです。霊界高級霊の方々が犠牲的降下をせずにインスピレーションという霊にとってのごく自然かつ通常の通信方法で仕事をおこなえる僕という「霊の道具」をできるだけ長く物質界に閉じ込めておケツひっぱたいてこき使うつもり、これが霊団側の真相なのではないか…続きを読む→
「おかげでだいぶ助かりました」殉教の死を遂げた方々が僕を使用して仕事しているのです(祈)†■2023年12月27日UP■
「おかげでだいぶ助かりました」殉教の死を遂げた方々が僕を使用して仕事しているのです(祈)†
霊的知識を獲得した人は、宜しくないおこないをして帰幽した先にどれだけの地獄が待ち受けているかを知っているので自動的に悪行にブレーキがかかるのです。シルバーバーチ霊も仰っていますように、邪悪な人間というのは霊的成長における「幼児」であり、霊的知識が全く頭に入っていないワガママのお子ちゃまであり、物的金銭を人より多く所有する事でしか自己表現ができない原初的人間という事になるのです。金銭など帰幽後、1円も霊界に持って行けません。そして霊界生活にお金など必要ありません。必要なものは全て思念で拵える事ができます。物質界生活中にお金をため込んでも自分の未来にとって全く無意味という事を悟れていない人間という事なのです。人間は本来が霊であり、その霊が修行のために一時的にトレーニングセンターである物質界に肉体という鈍重な衣服をまとって降下しているのであり、そのトレーニングセンターでのおこないが帰幽後の生活環境、霊界にて赴く境涯を高くしたり低くしたりするという霊的知識の基本中の基本さえ知らない人間が、その無知から邪悪なおこないをするのです…続きを読む→