以前霊団に対しておこなっていた「自動書記の嘆願の祈り」はまるっきり無視されていたためそのままになっていたのですが、また少し復活させています。自動書記で新規の霊言が降ってきてそれを書籍化できるようになれば一気に活路が開けるからです。しかし霊団は僕のこの祈りを取り合うつもりは全くないようです。

「ベールの彼方の生活4巻」の表紙のカラーリングを大急ぎでおこなっています、AffinityPhotoのアドオンをさらにひとつ追加入手しています、それも駆使して表紙を完成させ、あとは「復刊者コメント」を撃って書籍データ完成となります。止まらず印刷テストに回して次の書籍制作に入ります。電子書籍データも作らないと。忙しすぎる。

久々に幽体離脱時に香世子さんが登場してくれました、感謝なのですが申し訳ありません、意味はよく分かりませんでした。あまりメッセージ性はなかったようです。止まる理由がない、止まるイコール閉じ込められるという事になりますので何としても動き続ける。カラーリング続行中(祈)†

「目に見えぬ者によって動かされている、その事実を知る事です」僕もそうありたいと思ってますよ(祈)†■2023年11月8日UP■
「目に見えぬ者によって動かされている、その事実を知る事です」僕もそうありたいと思ってますよ(祈)†
この間部詮敦氏という霊能者が時代を抜きん出たずば抜けた人格者だったという事が分かるのです。近藤先生がこれから物質界生活中になされる仕事の重大さをいち早く見抜き、大学在学中に何と毎週近藤先生のもと(キャンパス内)に足を運んであれこれ教えておられたそうなのです。実の子でもないのにまるで自分の息子のように面倒を見ていたという事です。そして近藤先生が書籍の中で予測で書いていた事ですが、間部詮敦氏は若き日の近藤先生の守護霊および指導霊の存在が当然霊視で見えていたはずですが、それを結局一言も言わず帰幽したのだそうです。どういう事かと言いますと、近藤先生にはその仕事の重大性からとてつもない高級霊団が付いていた事が容易に想像できるのですが、それを若き日の近藤先生に伝えてしまったら近藤先生がのぼせ上ってしまう(霊団に言わないようにクギを刺されていたという事もあるかも知れませんが)ので間部詮敦氏は近藤先生の霊団の事を一言も言わなかった。これはとてつもない事だと思うのです。見えてるんだからフツー言うだろう。隠し通したって本当にスゴイ…続きを読む→
「言う事を聞きなさい」んーイエス様のお言葉のようにも聞こえる、耳がイタイ(祈)†■2023年11月15日UP■
「言う事を聞きなさい」んーイエス様のお言葉のようにも聞こえる、耳がイタイ(祈)†
肉体は自動的に朽ち果てるようにできていますから、その肉体をまとっての人生で幸福を得ようと考える事がそもそも本末転倒であり近視眼の極致であり、歳をとる事もなく傷つく事もない永遠の若さを保っている霊体をまとっての霊界人生の方に真実の幸福があるのは至極当然の事であり、その霊界生活に備えて物質界で自分を鍛えなければならないのです。「宇宙一のバカ」大量強姦殺人魔、明仁、文仁、徳仁、悠仁、コイツらはその「物質界の学び」を全てキャンセルしてワガママ放題で生活し、仕事もせず奴隷の女の子を四肢切断、強姦殺人しまくって遊んでいます。つまり物質界で学ぶべき事を一切学ばずに帰幽する、霊界生活に何の備えもできていない人間という事になるのです。何の備えもできていませんからもちろん霊界生活に順応もできません、高級霊の方々から仕事を言いつけられる事もありません資格がないのですから。全く役立たずの人間、何の使い道もありませんから当然暗黒の底の底に落ちてそこで反省させられる訳です。それも物質界での苦しい期間をはるかに超える長い年月にわたって暗黒の中で悶絶する事になるので…続きを読む→
「だいたい2まで書けています」新規の霊言が霊界側で2巻分書き上がっているようです(祈)†■2023年11月22日UP■
「だいたい2まで書けています」新規の霊言が霊界側で2巻分書き上がっているようです(祈)†
「イエスが全部おこなうから」これは僕という霊の道具を使用しての霊的使命遂行の全仕事をイエス様がおこなっているという意味ですが、皆さまにくれぐれもお間違えのないようにして頂きたいのは、イエス様は「スピリチュアリズム普及の総指揮官」であり、個的形態をまとって物質圏付近に降下などできるはずもないはるかはるか向上を果たした超高級霊のお方です。そのイエス様が僕などというグズるお子ちゃまの面倒を見るためにアレコレ手を焼く事は絶対にありません。全体を計画し、想像もつかないほどの大人数の部下(天使)を従えて、指示を与えて仕事を推進するのであり、イエス様が直々に手を動かして仕事をするという事は有り得ないのです。しかし「スピリチュアリズムの真髄」の中に、イエス様が天使の大軍勢を従えて霊媒マッカロウ氏のところまで降下してこられ、実際に霊言を語ったという事が紹介されています。ですのでイエス様が僕という霊媒を使用して霊言を語るという可能性は絶無ではないのかも知れませんが、限りなくゼロに近いでしょう…続きを読む→

採用版表紙とボツ版表紙、両方のゴミ取り完了中、ボツ版はこのままで採用版のカラーリングをおこないます。何が何でも霊団に閉じ込められた場所から脱出しようとしてもがき続けていますが、さらにその場所を離れたい気持ちが加速しています。どうしても脱出してみせる、これ以上閉じ込められるのは死んでも有り得ない。

出版社設立してみたところで脱出につながらない可能性が高いとしても、もうこれをやるより他にどうしようもないのです。というのも、以前Pythonだの何だのと言って書籍を何冊も入手して猛烈にお勉強していた時がありましたが、アレももちろん脱出するためのお勉強だったのです。

しかしPythonを扱えるようになったとして、そのスキルを駆使した仕事を探そうとすると、どう探しても「使命遂行をやめなければできない仕事ばかり」だったため(お勉強そのものはそんなにイヤではなかったのですが)それで泣く泣くプログラマ系スキルを駆使しての脱出をあきらめざるを得なかった、という事がありました。

使命遂行を続行させつつ脱出を実現させるとなると一気にハードルが跳ね上がります。それで現状もう出版社設立、書籍復刊しか思いつけない状態になっているのです。霊的知識普及と全く関係ない事に人生のパワーの大半をもっていかれる活動をする訳にはいかないのです、どうしてもコレしかないのです。

「ベールの彼方の生活4巻」は表紙と復刊者コメントで完成、即印刷テストをおこない、止まらず次の書籍データの作成に入りつつ(現在“私の霊界紀行”テキスト見直し80%完了中)いよいよ復刊に向けての具体的事務作業にも取り掛かります。

僕はもう「霊的使命遂行」という足かせがあるのでただ脱出するだけの簡単な事がこれほどまで実現できずにいるのです。霊団の閉じ込め方が異常というのもありますが。使命遂行を続行しつつ脱出する、これを何が何でも実現させるのです。

ポーランド(ワルシャワ)からの異常な機械的アクセスはなくなりました。世界中で同じ案件が発生していたようですがすっかりなくなりましたね。ボロボログチャグチャの山の道具を新調する件ですが、最後にザックが残されていたのですが先ほどタイムセールで安くなっていたので思い切って入手しました。コレをもってボロボロ新調計画はほぼ完了となります。

いよいよ復刊に向けて具体的に動く事になります。書籍データ作成も止まらず続行中。電子書籍データ(リフロー)も作らないといけない。止まっているヒマなど1秒もない。何が何でも脱出するために全力を出し切るのです。まだお話したい事はあるのですがまずはココまで(祈)†
「高級霊が中止などしない」僕の役割は遠大な霊界計画の0.0001%という事です(祈)†■2023年3月1日UP■
「高級霊が中止などしない」僕の役割は遠大な霊界計画の0.0001%という事です(祈)†
皆さまご存じのように2000年前のイエス様は律法学者どもの嫉妬を受けて磔刑にされ殺されました。僕は歴史に詳しくありませんが、イエス様以外にも信じられない人数の霊的使命遂行者が王などと自称する人間や、キリスト教の要職についている人間たちに徹底的に迫害され殺され続けてきました。※訳者、近藤千雄先生の著書の中にはそういった歴史の暗部を紹介しているモノがいくつかあります。何としてもそれらをテキスト化完了させ、多くの方にお読み頂ける状態にしなければなりません。物質界に使命遂行のために降誕した多くの高級霊の方々が、ことごとく軽蔑、嘲笑、迫害を受けて殉教の死を遂げています。しかし霊界側は「スピリチュアリズム勃興」という大計画まで発動し、霊的知識普及を大々的に進めてここまでやってきました。このインスピレーションは霊界側が気の遠くなる長い年月にわたって推進している霊的大事業を中止などする訳がないという意味であり、他でもないイエス様が僕などという画家くずれの人間に対して「怒涛の連続顕現」で猛烈に仕事をお願いしてきたのも、その大計画推進の道具のひとつとして僕を使用するためだった、という意味になるのです。…続きを読む→
「ゾウです」永遠の視点では勝者だが物質界生活中は最悪をやらされるという意味です(祈)†■2023年3月22日UP■
「ゾウです」永遠の視点では勝者だが物質界生活中は最悪をやらされるという意味です(祈)†
聖書には真実でない事がたくさん書かれています。人類史上最大の汚辱と言っても過言ではない「ニケーア会議」の時に様々なウソが聖書に書き加えられ、そのウソが世界中に広まっていき、イエス様の2000年の苦悩へとつながっていったのです。キリスト者はイエス様の御名を悪用して私腹を肥やす事を2000年にわたって続けてきました。特に中世ヨーロッパの暗黒時代が最悪で、キリスト教の要職についていた人間たちは、自分たちの地位、生活を守るために真実を公言する人間を徹底的に処刑してきました。キリスト教の人間が「主よ、主よ」とイエス様の御名を連呼する時、それはイエス様に対する最大級の侮辱であり、イエス様の悲しみをさらに増幅させ、積年の誤謬(ごびゅう)を払拭するどころかさらに加速させ続ける、イエス様をさらに十字架にかけ続ける許されざる呪いの行為となります。僕、たきざわ彰人からお願いしたい事としましては、間違いだらけの聖書を読むのはやめましょう。「シルバーバーチの霊訓」を筆頭とした正真正銘の霊関連書籍に目を通すようにしましょう。そして教会に足を運ぶのもやめた方がイイでしょう…続きを読む→
「死んだ人間にできるだけ真実を教えようとします」僕が霊界の仕事をしているという意味です(祈)†■2023年10月4日UP■
「死んだ人間にできるだけ真実を教えようとします」僕が霊界の仕事をしているという意味です(祈)†
【神】が経綸するこの全宇宙には目的があり、それは「進化」の一語に尽きると思います。全天体、全存在(生命)が進化を目的として永遠とも思える霊的向上の旅を続けています。霊的進化のゴールと言える至福の境涯ニルバーナは存在せず、神の御胸に向けての永遠の進化の旅が続くのですが、僕たちが現在在籍している地球圏は神が経綸する全宇宙の中のほぼ最低ランクの存在の場であり全く進化が足りません。イエス様を最高指揮官とした地球圏経綸の任に当たる天使の方々は、物質界の知的暗黒時代(特に中世ヨーロッパ)を打破して霊的知識を普及させるべく「スピリチュアリズム」を勃興させました。これまでの地球圏霊界でこれほど大々的な計画が実行に移された事はないそうです。イエス様がそこまでしなければならなかった理由は、物質界で学ぶべき事を何も学ばずに無知のまま帰幽して下層界にたむろする、シルバーバーチ霊の言葉を借りれば「難破貨物」ともいうべき低級霊があふれかえってそれがいよいよ上層界にまで悪影響を及ぼし始めてきた事が一因だそうです…続きを読む→

1913年11月24日 月曜日

更に言えば、いついかなる時も吾らの存在を意識することは好ましいことであり、吾らにとって何かと都合が良い。事実、吾らはいつも近くにいる。もっとも、近くにいる形態はさまざまであり意味も異る。

距離的に近くにいる時は役に立つ考えや直感を印象づけるのが容易であり、又、仕事がラクに、そして先の見通しも他の条件下よりは鮮明に見えるように順序よく配慮することが出来る。

吾らの本来の界にいる時でも、人間の心の中および取り巻く環境で起きている事柄のみならず、その事情の絡み合いがそのまま進行した場合どういう事態になるかについての情報をも入手する手段がある。

こうして接触を保ちつつ吾らは監督指導が絶え間なく、そして滞りなく続けられるよう配慮し、挫折することのないよう警戒を怠らない。それが出来るのも吾らの界、および吾らと人間との間に存在する界層を通じて情報網が張りめぐらされているからであり、必要とあらば直接使者を派遣し、場合によっては今の吾々がそうであるように、自ら地上へ降りることも可能だからである。

更にその方法とは別に、吾らの如き守護の任にある者が本来の界に留まったまま、或る手段を講じて自分に託された人間と接触し、然るべく影響を行使することも可能である。これで理解が行くことと思うが、創造主の摂理は全界層を通じて一体となって連動し、相関関係を営んでいる。

宇宙のいかなる部分も他の影響を受けないところは1つとして無く、人間が地上において行うことは天界全域に知れ亘り、それが守護霊の心と思想に反映し、守護霊としての天界での生活全体に影響を及ぼすことになる。

されば人間は常に心と意念の働きに注意せねばならない。思念における行為、言葉における行為、そして実際の行為の全てが、目に映じ手を触れることの出来る人々に対してのみならず、目には見えず手を触れることこそ出来ないが、いつでも、そしてしばしば監視しながら接触している指導霊にも重大なる影響を及ぼすからである。

それのみではない。地上から遠く離れた界層にて守護の任に当る霊にも影響が及ぶ。私の界においても同じである。この先更にどこまで届くか、それは敢えて断言することは控えたい。が、強いて求められれば、人間の行いは7の70倍の勢い(※)をもって天界に知れ亘る、とでも答えておこう。

その行き着く先は人間の視野にも天使の視野にも見届けることは出来ない。何となれば、その行き着くところが神の御胸であることに疑いの余地はないからである。(※マタイ18・22。計り知れない勢いの意 – 訳者)

故に、常に完全を心がけよ。何となれば天に坐(ましま)す吾らが父が完全だからである。不完全なるものは神の玉座に列することを許されないのである。
では善と美を愛さぬ者の住む界層はどうなるか。実は吾らはその界層とも接触を保ち、地上と同じように、援助の必要があれば即座に届けられる。

縁が薄いというのみであって決して断絶しているわけではないからである。その界層の霊たちも彼らなりに学習している。その点は人間も変わらない。ただしその界の雰囲気は地上よりは暗い – ただそれだけのことである。彼らも唯一絶対なる神の息子であり娘であり、従って吾らの弟であり妹でもあるわけである。

人間の要請に応える如く彼らの魂の叫びに応えて吾らは援助の手を差しのべる。そうした暗黒界の事情については貴殿はすでにある程度のことを知らされている。が、ご母堂の書かれたもの(第1巻3章)にここで少しばかり付け加えるとしよう。

すでにご存知の通り、光と闇は魂の状態である。暗黒界に住む者が光を叫び求める時、それは魂の状態がそこの環境とそぐわなくなったことを意味する。そこで吾らは使者を派遣して手引きさせる。が、その方角は原則として本人の希望に任せる。つまり、いきなり光明界へ連れてくることはしない。

そのようなことをすれば却って苦痛を覚え、目が眩み、何も見えぬことになる。そうではなく暗黒の度合の薄れた世界、魂の耐えうる程度の光によって明るさを増し世界へ案内され、そこで更に光明を叫び求めるようになるまで留まることになる。

暗黒地帯を後にして薄明の世界へ辿り着いた当初は、以前に較べて大いなる安らぎと安楽さを味わう。その環境が魂の内的発達程度に調和しているからである。が、尚も善への向上心が発達し続けると、その環境にも調和しない時期が到来し、不快感が募り、ついには苦痛さえ覚えるに至る。

やがて自分で自分がどうにもならぬまま絶望に近い状態に陥り、自力の限界ぎりぎりまで至った時に、再び叫び声を上げる。それに応えて神の使者が訪れ、更に一段階光明界に近い地域へと案内する。そこはもはや暗黒の世界ではなく薄明の世界である。かくて彼はついに光が光として見える世界へ辿り着く。

それより先の向上の道にはもはや苦痛も苦悩も伴わない。喜びから更に大きな喜びへ、栄光からより大いなる栄光へと進むのである。ああ、しかし、真の光明界へ辿り着くまでに如何に長き年月を要することか。苦悶と悲痛の歳月である。

そしてその間に絶え間なく思い知らされることは、己れの魂が浄化しないかぎり再会を待ち望む顔馴染みの住む世界へは至れず、愛なき暗黒の大陸をとぼとぼと歩まねばならないということである。

が、私の用いる言葉の意味を取り違えてはならない。怒れる神の復讐などは断じて無い。「神は吾らの父なり」、しかして「父は愛なり」(ヨハネ)その過程で味わう悲しみは必然的なものであり、種子蒔きと刈り入れを司(つかさど)る因果律によって定められるのである。

吾々の界 – 驚異的にして素晴らしいものを数多く見聞きできるこの界においてすら、まだその因果律の謎を知り尽くしたとは言えない。全ての摂理が“愛”に発するものであることは、地上時代とは異り、今の吾々には痛いほどよく解る。

曽てはただ信ずるのみであったことを今は心ゆくまで得心することが出来ることも、憚(はばか)ることなく断言できる。が、因果律というこの厳粛なる謎については、まだまだ未知なるものがある。が、吾々はそれが少しずつ明かされて行くのを待つことで満足している。

それというのも、吾々は万事が神の叡智によって佳きに計られていることを信ずるに足るだけのものを既に悟っているからである。それは暗黒界の者さえいつの日か悟ることであろう。

そして彼らがこの偉大にして美わしき光の世界へと向上進化して来てくれることが吾々にとっての何よりの慰めであり、また是非そうあらしむべく吾らが手引きしてやらねばならない。

そしてその暁には万事が有るがままにて公正であるのみならず、それが愛と叡智に発するものであることを認め、そして満足することであろう。吾々はそう理解しているのであり、そのことだけは確信をもって言える。

そして私もその救済に当たる神の使者の1人なのである。私が気づいていることは、かの恐ろしき暗黒の淵から這い上がって来た人たちの神への讃仰と祝福の念を、その体験のない吾々のそれと比較する時、そこに愛の念の欠如が見られないことである。些かも見られぬのである。

と言うのも、正直に明かせば、彼らと共に天界の玉座の光の前にひれ伏して神への祈りを捧げた折のことであるが、彼らの祈りの中に私の祈りに欠けている何ものかがあることに気づいたのである。そこで思わず、私もそれにあやかりたいものと望みかけて、ようやく思い止まったことであった。

それは許されぬことであろう。そして神はその愛ゆえに、吾々の内にあるものを嘉納(かのう)されるに相違ない。それにしても、かのキリストの言葉は実に美しく、愛がその美しさを赤裸々に見せる吾々の界において如実にその真実味を味わうのである。

神はその愛の中にて人間と交わりを保つ。神の優しき抱擁に身を任せ、その御胸に憩いを求める時、何1つ恐れるものはない。†

「みんなイエス様を支持しています」それは当然。霊界側が僕の小我を支持する訳ないでしょ(祈)†■2022年9月14日UP■
「みんなイエス様を支持しています」それは当然。霊界側が僕の小我を支持する訳ないでしょ(祈)†
これは物質界のお話ではありませんよ、霊界上層界のお話ですよ。要するにイエス様側近の天使の方々がイエス様の導きの方向性を支持しているという意味でしょうが、それは別に当たり前の事であり、僕も霊団に対して怒り憎しみを表明してこそいますが、イエス様が間違っているとか主張するほど愚か者ではありません。僕の小我の感情が大局で見た時に間違っているのは火を見るより明らかな事であり語るまでもありませんので、このインスピレーションに対する反論などみじんもありません。ただムカつくムカつかないで言ったらムカつくんですよ。まだ当分この最悪の状況をやらされると思ったらどうしても頭にくるんですよ…続きを読む→
「あなたを守りたい」これがつまり奴隷の女の子を助けないという意味なのです(祈)†■2022年10月5日UP■
「あなたを守りたい」これがつまり奴隷の女の子を助けないという意味なのです(祈)†
僕が奴隷の女の子を救出すると、その霊団が降らせて教えてきた物的攻撃に晒される事になり、霊団はその攻撃から僕を守るために奴隷の女の子の救出をあきらめざるを得ないといったような事を言っているのです。そして奴隷の女の子の事をあきらめさせるために交霊会の事をずっと言い続けてくるのです。「アキトくんの気持ちは分からないでもないが、奴隷の女の子たちは自らの罪障消滅のため、霊的向上のために自ら志願してその人生を選択し、奴隷の女の子として物質界に降下した人間なのだ。それよりキミは自分の使命遂行を成功させる事を考えなさい」とでも言っている霊団の声が聞こえてきそうです。要するに奴隷の女の子たちを見殺しにするのは非情というのとは違う、霊的視点に立って考えないと真実の理解には到達しない、という事なのですが、この心の中に渦巻く釈然としない気持ちはどうやっても拭う事ができません…続きを読む→
「霊体で会議に参加し続けてるんですよ」物的脳髄でその様子を全く反芻できません(祈)†■2023年1月25日UP■
「霊体で会議に参加し続けてるんですよ」物的脳髄でその様子を全く反芻できません(祈)†
どの人間も例外なく物質界に降下するにあたり、指導霊と相談したうえで「こういう試練を体験すればこれだけ向上を果たせる」と考え、自分でその人生を選択して降下してくるのだそうで、つまり奴隷の女の子たちも「殺される人生をあえて選択して降下してきた人間たち」という事になるのですが、僕はそう言われて奴隷の女の子たちを見殺しにする気にはどうしてもなれません。これは僕の個人的意見ですが、物質界に降下するにあたり、基本的には「こういう人生を送る事になる」という概要は決まっているのでしょうが、中には例外もあるのではないかと思っているのです。僕の「霊性発現」はその例外に当たるのではないかと思っているからです…続きを読む→