最悪を極めています。本当に最低最悪の状況に閉じ込められています。が、間もなくその場所から離れられると信じます、いくら何でもそこまでヒドイ事はしないだろうと思うからです。そろそろ脱出できる、絶対脱出できる、そう思わなければ生きられない。

「私の霊界紀行」テキスト見直し99%完成中。終わり次第すぐ次の書籍のOCR変換テキスト見直しに入ります。シルバーバーチの霊訓3巻を見直す予定。とにかくテキストを片っ端から揃えてAffinityPublisherに流し込める状態にするのです。何としても復刊してみせる、何としても脱出してみせる。

明日はまた新たな撮影ポイントの偵察に行ってくるつもりです、天候は微妙なのでグラデーション撮影はたぶんムリでしょうが、山の撮影画像は書籍にも使用します、もはや山の撮影は仕事ですのでどういう状況だろうと撮れる限りのモノを撮ってこなければなりません。

アタック帰還後の長文ブログの内容で今から気が重いインスピレーションがあります。それについて書かない訳にはいかないと思いますので多少説明すると思いますが、ただ絵を描きたかっただけの僕がなぜこんな事を書かなければいけないのでしょうか。もういい加減にして欲しい。

あとモチョトだけ表紙のカラーリングを続行して、それで今日は止めて明日の準備に入りましょう。新規のザックの事も考えないと。不具合があって撮影できないなんて事になったらシャレならん。背負い心地はイイですけど使い込んでみないとまだ分からない。まずはココまで(祈)†

「他人のために」僕という霊媒から新規の霊言が降れば人々のお役にも立てると思いますが(祈)†■2024年2月14日UP■
「他人のために」僕という霊媒から新規の霊言が降れば人々のお役にも立てると思いますが(祈)†
これまで物質界で犠牲の使命遂行をおこなってきた無数の霊覚者たちも、全体から見た時に無限分の1といえる極小の活動をしていたと言えます。ひとりの人間が永遠の中の一瞬である物質界生活中にできる仕事量など、宇宙の永遠の営みの中のホンの些細な出来事でしかありませんが、それをひとりひとりがおこなって積み重ねていく以外に地球圏全体を霊的に向上させる方法はないのかも知れません。恐ろしく気の遠くなる話ですが。で、霊団が僕にやらせようとしているのが「霊媒として機能して新規の霊言を物質界にもたらす事」のようなのですが(「宇宙一のバカ」大量強姦殺人魔、明仁、文仁、徳仁、悠仁を滅亡させる事、奴隷の女の子を救出する事じゃネィのかよ、だったら霊性発現以降のこの11年は一体何だったんだよ、と言いたくて仕方ありませんが)確かに霊言を降らせてそれを拡散させる事ができれば、多くの方々のお役に立つ事ができるのでしょう。僕もぜひその状況になって欲しいと思っています。拡散の準備ならすっかり整っています。書籍復刊のための作業を経てAffinityPublisherへの苦手意識もだいぶ克服されており、書籍をガンガン作るスキルがかなり身に付いてきていますので、霊言さえ降れば、それを余す事なく書籍化して皆さまにお読み頂ける状態にする事ができます…続きを読む→
「7ヶ月で死刑」これが霊団が僕を最悪の中に閉じ込め続ける最大の理由のようです(祈)†■2024年2月7日UP■
「7ヶ月で死刑」これが霊団が僕を最悪の中に閉じ込め続ける最大の理由のようです(祈)†
コイツらが僕を憎もうが憎むまいが、奴隷の女の子を信じられない人数、強姦殺人しまくって遊んできたコイツらは「神の因果律」によって自動的機械的に帰幽後、暗黒の底の底に落ちていく事になります。そこに僕の裁量などありません。自分のおこないによって自分を地獄に落としている、ただそれだけの事です。「宇宙一のバカ」大量強姦殺人魔、明仁、文仁、徳仁、悠仁、コイツらは自分たちが1番偉いと本気で信じ込んでいます、この宇宙、上には上がいる事を全く理解できません、物質界生活中、生まれてから死ぬまでワガママ放題、自分の全人生をウソで塗り固め、国民を虐げて私腹を肥やし続けてきた奴らですから人格が全く形成されていません、幼稚極まるガキという事です。そんな奴らが反省などできる訳がありませんからいつまでもどこまでも暗黒の底の底でのたうち回りながら僕に対する憎しみを燃やし続ける事になるでしょう。しかしその憎しみの念は上層界で進歩向上の生活を送る僕には全く届きません。霊界は思念フィルタリングという機能がありますので下層界の邪念は上層界に届かないのです。(※「ベールの彼方の生活2巻」7章 天界の高地 3 霊界の情報処理センター 参照)…続きを読む→

1913年11月26日 水曜日

語りたいことは数多くある。霊界の組織、霊力の働き – それが最上界より発し吾々の界層を通過して地球へ至るまでに及ぼす影響と効果、等々。その中には人間に理解できないものがある。また、たとえ理解はできても信じてもらえそうにないものもある。

それ故私は、その中でも比較的単純な原理と作用に限定しようと思う。その1
つがいわゆるインスピレーションの問題である。それが吾々と人間との間でどのように作用しているかを述べよう。

ところで、このインスピレーションなる用語は正しく理解すれば実に表現力に富む用語であるが、解釈を誤ると逆に実に誤解を招き易い用語でもある。たとえば、それは吾々が神の真理を人間の心に吹き込むことであると言っても決して間違ってはいない。が、それは真相のごく一部を述べているに過ぎない。

それ以外のもの – 向上する力、神の意志を成就する力、それを高尚な動機から成就しようとする道義心、その成就のための叡智(愛と渾然一体となった知識)等々をも吹き込んでいるからである。

故に人間がインスピレーションを受けたと言う場合、それは1つの種類に限られたことではなく、また例外的なものでもない。いかに生きるべきかを考えつつ生きている者 – まったく考えぬ者はまずいないであろうが – は何らかの形で吾々のインスピレーションを受け援助を得ているのである。

が、その方法を呼吸運動に譬えるのは必ずしも正しいとは言えない。それを主観的に解釈すればまだしもよい。人間が吸い込むのは吾々が送り届けるエネルギーの波動だからである。人間は山頂において深呼吸し新鮮なる空気を胸いっぱいに吸い込み爽快感を味わうが、吾々が送り届けるエネルギーの波動も同時に吸い込んでいるのである。

が、これを新しい神の真理を典雅なる言葉で世に伝える人々、あるいは古い真理を新たに説き直す特殊な人々のみに限られたことと思ってはならない。病いを得た吾が子を介抱する母親、列車を運転する機関士、船を操る航海士、その他にもろもろの人間が黙々と仕事に勤しんでいるその合間をぬって、時と場合によって吾々がその考えを変え、あるいは補足している。

たとえ当人は気づかなくともよい。大体において気づいていない。が、吾々は出来る範囲のことをしてそれで満足である。邪魔が入らぬかぎりそれが可能なのである。

その邪魔にも数多くある。頑(かたくな)な心の持ち主には無理して助言を押しつけようとはしない。その者にも自由意志があるからである。また、われわれの援助が必要とみた時でも、そこに悪の勢力の障害が入り込み、吾々も手出しが出来ないことがある。悪に陥(おとしい)れんとする邪霊の餌食となり、その後の哀れな様は見るも悲しきものとなる。

それぞれの人間が、老若男女を問わず、意識すると否とに拘らず、目に見えぬ仲間を選んでいると思えばよい。当人が、吾々霊魂(スピリット)がこの地上に存在していること、つまり目に見えぬ未知の世界からの影響を受けているという事実をあざ笑ったとしても、善意と正しい動機にもとづいて行動しておれば、それは一向に構わぬことである。

それが完全な障害となる気遣いは無用である。吾々は喜んで援助する。なぜなら当人は真面目なのであり、いずれ自分の非を認める日も来るであろう – いずれ遠からぬ日に。

ただ単に、その時点においては吾々の意図を理解するほどに鋭敏でなかったということに過ぎない。人間が吾々の働きかけの意図を理解せず、結果的に吾々が誤解されることはよくあることである。

水車は車軸に油が適度に差されているときは楽に回転する。これが錆つけば水圧を増さねばならず、車輪と車軸の磨耗が大きくなり、動きも重い。又、船員は新たに船長として迎えた人が全く知らない人間であっても、その指示には一応忠実に従うであろうが、よく知り尽くした船長であれば、たとえ嵐の夜であっても命令の意味をいち速く理解してテキパキと動くであろう。

互いに心を知り尽くしている故に、多くを語らずして船長の意図が伝わるからである。それと同じく、吾々の存在をより自然に、そしてより身近かに自覚してくれている者の方が、吾々の意図をより正しく把握してくれるものである。

それ故ひと口にインスピレーションと言っても意味は広く、その中身はさまざまである。古い時代の予言者は – 今日でもそうであるが – その霊覚の鋭さに応じて霊界からの教示を受けた。霊の声を聞いた者もおれば姿を見た者もいた。いずれも霊的身体に具わる感覚を用いたのである。

また直感的印象で受けた者もいる。吾々がそうした方法および他の諸々の方法によって予言者にインスピレーションを送るその目的はただ1つ – 人間の歩むべき道、神の御心に叶った道を歩むための心がけを、高い界にいる吾々が理解し得たかぎりにおいて、地上の人間一般へ送り届けることである。

もとより吾々の教えも最高ではなく、また絶対に誤りが無いとも言えない。が、少なくとも真剣に、そして祈りの気持と大いなる愛念をもって求める者を迷わせるようなことには絶対にならない。祈りも愛も神のものだからである。そしてそれを吾ら神の使徒は大いなる喜びとして受け止めるのである。

またそれを求めて遠くまで出向くことも不要である。なぜなら地上がすでに悪より善の勢力の方が優勢だからである。そしてその善と悪の程度次第で大いに援助できることもあれば、行使能力が制限されることもある。

故に人間は、各自、次の2つのことを心しなければならない。1つは、天界にて神に仕える者の如くに地上にありても常に魂の光を灯し続けることである。吾々が人間界と関わるのは神の意志を成就するためであり、そのために吾々が携えて来るのは他ならぬ神の御力だからである。

人間の祈りに対する回答は吾ら使徒に割り当てられる。つまり神の答えを吾々が届けるのである。故に吾々の訪れには常に油断なく注意しなければならない。

実は吾々は、かのイエスが荒野における誘惑と闘った時、またゲッセマネにおける最大の苦境にあった時に援助に赴いた霊団に属していたのである。(もっともあの時直接イエスと通じ合った天使は私よりは遥かに霊格の高きお方であるが。)

もう1つ心しなければならないことは、常に“動機”を崇高に保ち、自分のためでなく他人の幸せを求めることである。吾々にとっても、己れ自身の利益より同胞の利益を優先させる者の進歩が最も援助しやすいものである。

吾々は施すことによって授かる。人間も同じである。イエスも述べた如く、動機の大半は施すことであらねばならない。そこにより大きな祝福への道があり、しかもそこに例外というものは無いのである。

イエスの言葉を思い出すがよい。「私はこの生命(いのち)を捨てるに吝(やぶさ)かではない。が私はそれを私の子羊のために捨てるのである」と述べ、その言葉どおりに、そして、いささかの迷いもな潔(いさぎよ)く生命を捨てられた。が、捨てると同時に更に栄光ある生命をもって蘇られた。

ひたすら同胞への愛に動かされていたからである。貴殿も“我”を捨てることである。そうすれば、施すことの中にも授かることの中にも喜びを味わうことであろう。これを完全に遂行することは確かに至難のわざである。が、それが本来の正しい道であり、ぜひ歩まねばならぬ道なのである。それを主イエスが身をもって示されたのである。

花の導管は芳香を全部放出して人間を楽しませては、すぐまた補充し、そうした営みの中で日々成熟へと近づく。心優しき言葉はそれを語った人のもとに戻って来る。かくして2人の人間はどちらかが親切の口火を切ることによって互いが幸せとなる。

又、優しき言葉はやがて優しき行為となりて帰ってくる。かくて愛は相乗効果によって一層大きくなり、その愛とともに喜びと安らぎとが訪れる。また施すことに喜びを感じる者、その喜び故に施しをする者は、天界へ向けて黄金の矢を放つにも似て、その矢は天界の都に落ち、拾い集められて大切に保存され、それを投げた者が(死後)それを拾いに訪れた時、彼は一段と価値を増した黄金の宝を受け取ることであろう。†

「霊的知識なんて知った事か」文仁が原始人である事を証明する思念となります(祈)†■2022年3月23日UP■
「霊的知識なんて知った事か」文仁が原始人である事を証明する思念となります(祈)†
宇宙一のバカ、文仁は肉体の死後にも人生がある事、地上時代の行いと帰幽後の霊界生活との因果関係を全く理解しておらず、自分のこれまでの大量強姦殺人の人生が自分の未来を地獄の底に落としている事を全く理解しておらず、ただ自分を嫌っている幼い女の子をレイプする事しか頭にない原始人、という事になります。僕から皆さまにぜひ強調したい事としましては「霊的な事を子バカにするという事は、この原始人、文仁と同レベルの人間である事の証明となり、大変な恥となりますよ」という事です。皆さまはそんなに強姦殺人魔が好きですか。そんなに霊的な事がキライですか。今あなたが生き、動き、呼吸し、考えを巡らせる事ができるのは全て霊の賦活作用があるからなんですよ…続きを読む→
脅迫パワハラ詳細解説■2021年11月3日UP■
「脅迫パワハラ詳細解説」この件についてしっかり書き残すべきと判断しました(祈)†
僕を含めた数人のレギュラーメンバーは全く人員のサポートがない最少人数の状況で大変な重労働を日々やらされています「この人数でこの仕事量はどう考えてもおかしい」と誰でも思うヒドイ状況で、そんな状況ですから人も寄り付きません、ますますレギュラーメンバーの苦悩は加速度的に増す事になります。そしていよいよ「脅し」が表面化してきます。その職場でもっとも役職が高い人間が、あたりかまわず従業員を脅すようになっていきました。仕事中に遠くからその役職の一番高い人間の金切り声が聞こえてきます。新入社員をどう喝しているのです…続きを読む→
■2020年11月28日UP■
明仁、文仁、徳仁が逮捕されるかも知れない幽体離脱時映像を霊団が降らせてきました(祈)†
この3人は悠仁を除く明仁、文仁、徳仁の3人であると考えるのが最もスマートでしょう。年老いた3人は言い訳するヒマもないといった感じで速攻で手錠をかけられ連行されていくのでした。で、霊体の僕を含め10人程度がいたその部屋にポリーチェ(POLICE)4人ほどが来たのですが、もちろん僕は逮捕、連行されませんでした。逮捕どころか僕は脅迫罪の訴えをポリーチェに反故(ほご)にされているのですから僕の方からポリーチェを訴えるのが筋というもので、霊団が降らせた映像では一応そのようになっていました…続きを読む→