【2/2】シルバー・バーチの霊訓3巻 1章 戦時下の交霊会から

さて、以上は全て平和時の話です。これが戦時下になると、いろいろと問題が厄介となります。何しろ何の準備もできていない、何の用意もしていない人間が大挙して霊界へ送り込まれて来るのですから。みんな自分が死んだ事すら知りません。気の毒ですが、その大半はしばらく好きにさせておきます。
意識が霊界よりもはるかに地上に近いからです。手出しができないと観念して側(はた)でじっと見つめているのは、私たちにとっても悲しいものです。実に心苦しいものです。しかし、事情が事情だけに、彼らの方に受入れ態勢が整うまでは、いかなる援助もムダに終ってしまうのです。
言わば完全に目隠しをされているのと同じで、われわれの存在が見えないのです。死んだ事にも気づかずに死んだ時と同じ行為を続けております。地上戦で死んだ者は地上戦を、海上戦で死んだ者は海上戦を、空中戦で死んだ者は空中戦を戦い続けます。
そしてそのうち – 期間は各自まちまちですが – 様子が少し変だという事に気づき始めます。全体としては以前と変らないのに、気をつけて見るとどうも辻褄が合わない。奇妙な、あるいは無気味な事が繰り返されている事に気づきます。
殺したはずの相手が死んでない。銃を撃ったはずなのに弾丸が飛んで行かない。敵の身体に体当りしても相手は少しも動かない。触(さわ)っても気がづかない。大声で話しかけても知らん顔をしている。そしてその光景全体に霧(きり)のような、靄(もや)のような、水蒸気のようなものが立ち込めていて、薄ぼんやりとしている。
自分の方がおかしいのか相手の方がおかしいのか、それも分らない。時には自分が幻影に迷わされているのだと思い、時には相手の方が幻影の犠牲者だと考えたりします。
が、そのうち – 霊的意識の発達程度によってそれが何分であったり何時間であったり何日であったり何ヶ月であったり何年であったり何世紀であったりしますが – いつかは自覚が芽生えます。その時やっと援助の手が差し伸べられるのです。
1人ひとりその接触の仕方、看護の仕方が異なります。自分が死んだ事がどうしても信じられない者にもいろんな方法が講じられます。地上と接触する界層へ連れて行き、そこで地縛霊を扱っている霊団に預ける事もあります。本人の知っている人間で既に他界している事もよく知っている人のところへ連れて行く事もあります。
疑う余地がないわけです。このように同じ目的を達成するにも、さまざまな方法を講じるのです。さらには一時的にエーテル体つまり霊的身体を傷(いた)められたために看護してやらねばならない人がいます。いわゆる爆弾ショックのようなものを受けた者です。
意識が朦朧(もうろう)としており、手当が必要です。こちらにはそういう患者のための施設が用意してあり、そこで適切な手当をして意識を取り戻させ、受けた打撃を取り除いてやります。あくまで一時的な傷害です。その事をぜひ強調しておきたいと思います。
■2024年1月10日UP■「小さな思い出」この苦しみも帰幽後に笑って懐かしむようになるという意味です(祈)†
僕は物的情報は専門外ですので詳細説明は控えますが、あの大震災もこの大震災もコイツらがやった事であり、罪もない大勢の国民を無差別殺害しているのです。(地球深部探査船ちきゅう号という船を使って人工地震を引き起こしているのです、詳細はぜひググって頂きたいです。第2次世界大戦時の関東大震災も、アメリカの手による人工地震です)「行動には動機がある」明仁、文仁、徳仁、悠仁が人工地震を引き起こして無関係の国民を大量殺害している理由は、使命遂行開始ごく初期の頃に霊団が降らせてきたインスピレーション「人生イコールS〇X」これに帰着します。全ては「処刑遊び」と称して奴隷の女の子を強姦殺人する遊びを続けるためにおこなっている事なのです。イヤ他にもっと理由がある事と思いますが、物事というのは突き詰めていくとシンプルに行き着くというのが僕の持論です。コイツらの行動の動機の根源を辿るとS〇Xに行き着く、自分の日々のS〇Xを守るために国民を殺しまくっているという事になるのです。…続きを読む→
■2024年5月1日UP■「いま目の前にある観念と混同してはいけません」霊的視点で物事を見ろという事です(祈)†
そしてイエス様ですが、実の母を含めた家族全員からつまはじきにされ、ついにエルサレムにひとりで出稼ぎに出される寸前まで行きますが、そこでヘリが3年後にやってくるという約束を前倒しして2年でイエス様のもとにやってきて間一髪のところで助けてくれます。少年イエス様は家族から完全に離れてヘリとともに砂漠の流浪民族のもとに赴き、そこで成人します。このヘリとの生活の中で心霊治療能力等の霊能が完全の域を極めていきます。幼少期から成人するまでひたすら苦難、嫉妬、迫害の連続という事です。僕は霊能とは全く関係ない漫画家の人生を何の迷いもなく選び、そこから挫折と苦悩が始まりますが、僕が漫画界で味わった苦しみなどはイエス様が幼少期から受け続けた苦悩の1万分の1にも満たないでしょう。そして成人してからのイエス様は行く先々で病人を治しまくって「メシヤだ」と噂されて大騒ぎになりますが、慕ってくる人も多かったですが敵も多く、最後は皆さまご存じの通り嫉妬に駆られたバカども(律法学者、ローマの権力者等)によって磔刑(はりつけ)にされて殺されます…続きを読む→























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