【2/8】シルバー・バーチの霊訓3巻 1章 戦時下の交霊会から

– ここで少し話題が変わって、空襲で一緒に死亡した家族は霊界でも一緒かという質問が出た。すると –
「それは一概には言えません。これは答え方に慎重を要する問題です。落胆される方がいては困るからです。1つは再び一緒になる事を望むか望まないかに掛かっています。
死後の世界での結びつきは結ばれたいという願望が大切な絆(きずな)となるという事、そして地上では死後あっさりと消滅してしまう絆によって結ばれている家族がいるという事を理解ください。
もし家族の間に何か共通したものがあれば – たとえば自然な愛とか情とか友愛といったものがあれば、それによってつながっている絆は切れません。夫婦関係と同じです。地上には結婚という“しきたり”だけで夫婦である場合がたくさんあります。
霊的には結ばれていないという事です。結びつけるものが何もないという事です。こうした夫婦の場合は死が決定的な断絶を提供する事になります。が反対に霊的次元において結ばれている場合は、死がより一層その絆を強くします。事情によって色々と異なる問題です。」
– 死んだ事に気づかない場合はどうなりますか。
「死んだ事に気づかない場合はそれまでと同じ状態が続きます。が、こうしたご質問に対しては一概にイエスともノーとも言えない事がたくさんあります。他にも色々と事情があるからです。
(訳者注 – ここではこれ以上の事は述べていないが、他の箇所ではその“事情”として、その時点での各自の霊格の差、その後の霊的向上の速さの違い、償(つぐな)わねばならない地上生活の中身 – それが原因ですぐさま再生を必要とする場合もあり得る – 等々があると述べている。
これは他の霊界通信の多くが異口同音に説いている事で、シルバーバーチがさきの答の中で“落胆される方がいては困るから”慎重を要する問題だと言ったのは、総体的に言えば家族的な絆はそう永続きするものではないのに、現段階の人類はあまりに情緒的絆が強すぎて、むしろそれが向上の妨げにさえなっている事情を踏まえての事である事を理解すべきである。この問題は断片的にではあるが今後もよく出てくる。)
– 戦死の場合でも誰がいつ死ぬという事は霊界では分っているのでしょうか。
「そういう事を察知する霊がいます。が、どれくらい先の事が察知できるかはその時の事情によって異なります。愛の絆によって結ばれている間柄ですと、いよいよ肉体との分離が始まると必ず察知します。そしてその分離がスムーズに行われるのを手助けするためにその場に赴きます。
霊界の全ての霊に知られるわけではありません。いずれにせよ、死んだ時 – 地上から見た言い方ですが – ひとりぽっちの人は1人もいません。必ず、例外なく、まわりに幾人かの縁ある霊がいて、暗い谷間を通ってくる者を温かく向かえ、新しい、そして素晴らしい第2の人生を始めるための指導に当ります。」
■2023年9月27日UP■「じゃあねー♪」霊団が僕から離れるのだそうです、別にそれでイイですけど(祈)†
「帰幽後に霊界で賜る霊的褒章」を人生目標としている僕にとっては、この霊団が降らせる物的苦難を乗り越えた先に得られる霊的喜びは想像を絶するものがあり、大いに耐え忍ぶ意味があるという事になるのですが、何かが引っかかるのは僕だけなのでしょうか。僕個人の霊的進歩向上の事は考えてくれているようだが、物質界の邪悪を滅ぼす気は全くない、強姦殺人され続けている奴隷の女の子たちの事など見向きもしない、この霊界上層界の人間たちの思考回路は一体何がどうなっているのか。やはり僕が公言している「物質界は地球圏霊界の刑務所」という言葉は正解だと思います。刑務所の生活環境を良くしてしまったら刑務所として機能しなくなってしまいます。やはりコイツら(霊団)は物質界の問題を解決するつもりが本当にないんじゃないのか。ただ僕のようにできるだけ多くの人間を向上させようとしている、そちらが上位の目的であり、物質界の邪悪性はその向上のためのトリガーとして必要だから改善させる訳にはいかないという事なのではないか…続きを読む→
■2023年12月27日UP■「おかげでだいぶ助かりました」殉教の死を遂げた方々が僕を使用して仕事しているのです(祈)†
霊的知識を獲得した人は、宜しくないおこないをして帰幽した先にどれだけの地獄が待ち受けているかを知っているので自動的に悪行にブレーキがかかるのです。シルバーバーチ霊も仰っていますように、邪悪な人間というのは霊的成長における「幼児」であり、霊的知識が全く頭に入っていないワガママのお子ちゃまであり、物的金銭を人より多く所有する事でしか自己表現ができない原初的人間という事になるのです。金銭など帰幽後、1円も霊界に持って行けません。そして霊界生活にお金など必要ありません。必要なものは全て思念で拵える事ができます。物質界生活中にお金をため込んでも自分の未来にとって全く無意味という事を悟れていない人間という事なのです。人間は本来が霊であり、その霊が修行のために一時的にトレーニングセンターである物質界に肉体という鈍重な衣服をまとって降下しているのであり、そのトレーニングセンターでのおこないが帰幽後の生活環境、霊界にて赴く境涯を高くしたり低くしたりするという霊的知識の基本中の基本さえ知らない人間が、その無知から邪悪なおこないをするのです…続きを読む→



















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