【3/9】シルバー・バーチの霊訓3巻 4章 誰にでもわかる真理を

聖職者の本来の仕事は聖堂や教会等、宗教的行事の取り行われる“建造物の管理”でした。原初形態においては両者の関係はうまく行っておりました。が、ある時代から聖職者の方が神示を受ける霊媒にばかり関心が向けられる事を不愉快に思いはじめました。
そしてそれまでに入手した神示を資料として、信条、儀式、祭礼、ドグマ、教説等を分類して綱領を作るという、いわゆる神学的操作を始めたのです。今日そのどれ1つとして霊の資質や生活や発達と実質的に関わりのあるものはありません。
かくして真の宗教の概念が今日では曖昧となってしまいました。宗教というと何かお決まりの儀式の事を思い浮かべ、“聖典”と呼ばれるものを読み上げる事と考え、讃美歌を歌い、特別な衣装を着る事だと考えるようになりました。
何やら難しい言説を有難く信奉し、理性的に考えれば絶対におかしいと思いつつもなおそれにしがみつきます。私たちはいかなる神学、いかなる教義、いかなる信仰告白文にも関心はありません。私たちが関心をもつのは人間の霊性であり、私たちの説く事もすべて、絶対的に従わねばならないところの霊的自然法則に向けられています。
人間のこしらえたものを崇めるわけにはいきません。宇宙の大霊によって作られたもののみを実在として信じます。そこに宗教の捉え方の違いの核心があります。
人のために役立つ行為、霊性に動かされた行為、無私と利他的行為、自分より恵まれない人ヘ手を差しのべる事、弱き者へ力を貸してあげる事、多くの重荷に喘ぐ人の荷を1つでも持ってあげる事 – これが私たちの説く宗教です。
“神とイエスと聖霊は3にして1、1にして3である”などと説く事が宗教ではありませんし、“宗教的”であるとも言えません。それを口にしたからといって霊性はみじんも成長しません。朝から晩まで讃美歌を口にしたからといって霊性が増えるわけではありません。
バイブル(キリスト教)を読んでも、タルムード(ユダヤ教)を読んでも、コーラン(イスラム教)を読んでも、バガバッド・ギーター(ヒンズー教)を読んでも、その他いかなる“聖なる書”と呼ばれるものを目が疲れるほど読んでも、それだけで霊性が成長するわけではありません。
“宗教的”と見なされている行事をすべて行っても、それによって一層価値ある人生へ魂を鼓舞しなければ、言いかえれば内部の霊性を少しでも多く顕現させる事にならなければ、私たちが考えている意味での宗教的人間になるわけではありません。
ラベルはどうでもよいのです。形式はどうでもよいのです。口先だけの文句はどうでもよいのです。大切なのは“行い”です。“行為”です。つまり各人の毎日の“生活”そのものです。
■2025年1月15日UP■「済まされないと思うよ」ふたつの意味があります、どのみち最悪の意味となります(祈)†
皆さまはこの「宇宙一のバカ」大量強姦殺人魔、明仁、文仁、徳仁、悠仁を「洗脳」によって善人だと勘違いさせられ、この大犯罪者どもを陛下だの殿下だの、さまだのと呼んで頭を下げ、血税をプレゼントしてコイツらの強姦殺人ライフをサポートしてあげている事になるのです。その事に気付いている人がこの日本に一体何人いるでしょうか。使命遂行開始ごく初期の頃、僕は真実を理解していない、洗脳に完全にやられてしまっている多くの人間たちからさんざん攻撃を浴びせられてきました。ブログやSNSに僕を侮辱する内容の書き込みが何度も届き、車の運転中に突然ドアをバンバン叩かれて罵声を浴びせられた事もあります。セブン(イレブン)にいた時も僕を侮辱する目的でふたり組の男が入店し、半暴力沙汰になって僕がALSOK(アルソック)を呼んだ事までありました。皆さまはあと何千回何万回この事実を聞かされれば洗脳を撃ち破る事ができますか。皆さまはそんなに強姦殺人魔が好きですか。正しいおこないをする僕のような人間が憎いですか。「宇宙一のバカ」大量強姦殺人魔、明仁、文仁、徳仁、悠仁と、僕、たきざわ彰人、どちらが帰幽後、至福の境涯に赴くと思わますか。この全宇宙を経綸する【神】は、大量強姦殺人魔と僕、どちらに祝福をお与えになると思われますか。どちらのおこないを佳しとすると思われますか。こんな当たり前の事をいちいち説明しないと分かりませんか。そろそろいい加減に洗脳から目覚めて頂かないと困ります…続きを読む→
■2025年2月5日UP■「直進しろ」ド直球で脅してきます、霊団は何が何でも僕を閉じ込める気です(祈)†
スピリチュアリズム勃興から現在まで、膨大な霊的知識が物質界にもたらされてきました、それらを読み返すだけでも十分すぎるほど霊的知識を獲得する事ができます。そして今、霊団が僕という霊媒を使用して新規の霊言を降らせるとして、以前のスピリチュアリズム勃興時代と同レベルの霊言を降らせるというのはチョト考えにくいと普通思うのではないでしょうか。僕という霊媒を機能させるのであれば、スピリチュアリズム勃興時よりも1歩2歩進んだ内容を降らせようと考えるのがもっとも自然ではないでしょうか。その進んだ内容の霊言を降らせるためには霊媒の精神状態、霊格も進んでいなければならないのは言うまでもありません。精神的に未熟な霊媒から高等な霊言を降らせる事ができるでしょうか、できる訳がありません。「霊訓」を降らせた霊媒モーゼス氏を見ればそれは1発で分かります。モーゼス氏は高潔の極みのような人物でした。だからこそあれほどの高等な霊言を降らせる事ができたのです。で、霊団がどこまで考えているのかは知りませんが、僕という霊媒を使用するにあたり、考えられる限り僕の精神状態を鍛えて霊格を高めて、降らせる霊言のレベルを上げようとしているのではないか、と考えれば霊団が異常なまでに僕を閉じ込めようとしている理由がギリ分からなくもない、という事になるのですが、やらされている僕はたまったモノではありません…続きを読む→
■2025年2月26日UP■「もう再生はない」物質界再降下させられずに済むなら助かりますが、僕の場合は…(祈)†
物質界に再降下させられずに済むのはこれ以上なくうれしい事なのですが、残念ながら僕の場合は「反逆の代償」という負の要素がありまして、間違いなく帰幽後に反逆の責任を苦悶と恥辱というカタチで取らされる事になります。この全宇宙は「神の身体」であり【神の因果律】の効果範囲外の世界というモノはこの全宇宙に存在しませんので、人間はひとりの例外もなく自分のおこないに100%自分で責任を取らねばなりません。その言わば「借金返済」ともいうべき人生の負債をすっかり払い終わらなければ上層界に赴く事はできません。僕はそれを知識として知っているのに反逆をやめようとしないのですから、愚かとしか言いようがないのですが、僕にも小我なりに「強行に反逆しなければならない理由」というモノがあっての事なのです。もちろんその小我の理由が愚か、つまり悟れていないという事になるのですが……続きを読む→
























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