脱出にはつながりそうもない事は分かっているのですが、もうそんな事言ってられない、わずかでも可能性があるならそこに全パワーを投入しなければならない、という事で、ずっとできずにいた「自伝書籍制作」に取りかかるつもりでいます。

が、その前に明日の山のアタックが問題でして、予報が気になっています。車の移動時間帯に雪に降られると困る、僕のしょぼい軽ではチェーン装着状態で長距離走行はできません、坂を上る事もできません(これは過去何回も経験がありまして、降った直後の新雪だと、チェーン装着していてもタイヤが空転して上れないのです)

最悪、山に行く事そのものを中止するハメになる可能性もあります。もし行けたとしても万が一に備えて今回は遠くの山には行かない方がイイかも知れません。となると大した撮影はできそうもないという事になってしまいますが自然現象には勝てませんので仕方ない。

次回長文ブログをボイコットする気満々なのですが、少しだけ霊団がインスピレーション降らせてきていますのでやはり撃たない訳にはいかないでしょう。さぁ明日の準備ですので今日の作業はココまでですが、どうなる事やら(祈)†

■アナログ絵361「ベールの彼方の生活3巻」復刊書籍表紙UP。ヨハネ氏です(祈)†■2024年2月29日UP■
■アナログ絵361「ベールの彼方の生活3巻」復刊書籍表紙UP。ヨハネ氏です(祈)†
まず「5章 生前と死後 2 一牧師の場合(127ページ)」ですが、物質界で牧師をしていた男がネインという女性の忠告を受けて1界(これはかなりの下層界です)に赴くというお話ですが、皆さまはこのお話を「あぁ、霊的な事を正しく理解していない牧師の没落ストーリーだな」といった感じに読まれる事と思います。確かにその通りなのですが、どうかもう1レイヤー2レイヤー深いところまでお読み頂きたいのです。このネインという女性はわずか2、3歳で夭折した牧師の妹で、男はこの妹を大変可愛がっていたそうですが、霊格が低いこの男はその成人した姿の女性を自分の可愛がっていた妹だと気づく事ができません。しかし1界で辛酸を味わい尽くし霊的向上を果たした暁にはこの男の霊の眼が開かれ、ネインが自分の妹だと気づく日が(男の様子からするとそれは相当先の話になりそうですが)来ます。必ず来ます。その時にこの男は「あぁ!あれほど愛した妹の事が分からずにいたなんて、自分は何という愚か者だったのだ!」みたいな感じになって大いに涙を流して反省し、そこからこの男の「向上ストーリー」が一気に加速する事になります…続きを読む→
「いま目の前にある観念と混同してはいけません」霊的視点で物事を見ろという事です(祈)†■2024年5月1日UP■
「いま目の前にある観念と混同してはいけません」霊的視点で物事を見ろという事です(祈)†
そしてイエス様ですが、実の母を含めた家族全員からつまはじきにされ、ついにエルサレムにひとりで出稼ぎに出される寸前まで行きますが、そこでヘリが3年後にやってくるという約束を前倒しして2年でイエス様のもとにやってきて間一髪のところで助けてくれます。少年イエス様は家族から完全に離れてヘリとともに砂漠の流浪民族のもとに赴き、そこで成人します。このヘリとの生活の中で心霊治療能力等の霊能が完全の域を極めていきます。幼少期から成人するまでひたすら苦難、嫉妬、迫害の連続という事です。僕は霊能とは全く関係ない漫画家の人生を何の迷いもなく選び、そこから挫折と苦悩が始まりますが、僕が漫画界で味わった苦しみなどはイエス様が幼少期から受け続けた苦悩の1万分の1にも満たないでしょう。そして成人してからのイエス様は行く先々で病人を治しまくって「メシヤだ」と噂されて大騒ぎになりますが、慕ってくる人も多かったですが敵も多く、最後は皆さまご存じの通り嫉妬に駆られたバカども(律法学者、ローマの権力者等)によって磔刑(はりつけ)にされて殺されます…続きを読む→

現段階では、どういう罪がどういう罰を科せられる、といったことは軽々にあげることはできないが、報いを受ける界層が存在することだけは明らかな事実のようで、霊界と地上界とを隔てている中間地帯 – パウロが体外遊離現象でのぞいてきたと推察される“第3の天”(コリント2・22章)は、どうやら神秘論者のいう“アストラル界”、バイブルでいう“外なる暗黒”に相当するものと思われる。

そこには、世俗的欲望にとらわれて霊性がまるで芽生えないまま他界して、そのまま地縛霊として地上圏にとどまっているスピリットが集まっている。金儲けばかりに明け暮れた者、野心に駆られて奔走した者、性の快楽のみを求めた者、等々である。

そうした種類の人間は、いわゆる“悪人”ではない。例のグラストンベリの修道僧ヨハネスが、修道院への愛着が断ち切れずに、今なおその廃墟のあたりをうろついているといったケースもある。よく騒がれる幽霊現象は、そうしたスピリットがたまたま必要条件が揃った時に、肉眼に映じるほどに物質化したケースである。スピリットがそこにいるというだけでは、姿は現われない。

単数または複数の人間がいて、その人体から出るエクトプラズム(4)という特殊な物質をまとう必要がある。立ち合った人が寒けを感じたり髪の毛が立ったりする現象は、心霊法則が作用した時の兆候である。が、そうした現象はいくら追求しても、本書が目標としている、人間とは何か、生命とは何か、という命題と死後の存続を結びつけて論じることとは無縁である。

実はこの中間境の存在の意義について私がその説明の難しさにつき当たり、何かもっと啓発してくれる資料の必要性を痛感していた時に、偶然のめぐり合わせで – 私は偶然ではなさそうに思えるのだが – まったく知らない方から、40年近くも前の1880年に出版された本が郵送されてきた。その中に、自動書記で次のような一節が綴られていた。

《スピリットの中には、その中間領域(ボーダーランド)から先へ進めない者がいます。死後の生命のことなどツユほども考えたことがなく、悩みにせよ愉しみにせよ、すべてが地上的なことばかりだった者です。

学問や教養とは関係ありません。たとえ学識はあっても、霊性に欠け、ただ知性のみで生きていた者は、それ以上は向上しません。要するに、地上生活という修養の好機の過ごし方を誤って、今、その失われた時間を取り戻したいと思い、地上時代を呼び戻しているのです。こちらではそれができるのです。が、大変な苦痛を伴います。

いまだに金銭欲が消えず、地上時代に遊びまわっていた場所を徘徊する者が少なくありません。その類いの者がいちばん滞在期間が長いようです。というのは、必ずしも不幸とか惨めといった意識は抱いていないのです。

むしろ肉体がなくなって、さっぱりした気分でいます。霊性の発達したスピリットも一応はここを通過しますが、通過したことに気づかない者もいます。一瞬の間のことで、休息の必要もなく、次のサマーランド(5)へと進んでまいります…》

死の直後の中間境についてはこの程度にしておこう。キリスト教にはこれを明確に指摘したものは見当たらない。ただ、異端者やキリスト教を知らない者、子供や白痴などが送られてくるという、“リンボー”と呼ばれる、わけのわからない界層があるやに述べている。

死後、安住の地へ行き着くまでにある“空間”を通過するという概念は、多くの宗教に共通したもので、ギリシャ・ローマ神話では“川”を渡し舟で横切るという寓話の形を取っている。

こうしたものをつぶさに見ていくと、遠く歴史をさかのぼった時代にも、しっかりとした霊的啓示があって、それが時とともに不鮮明となり、歪(ゆが)められていったことが窺われる。インドの最初の征服者であるアーリア人の信仰を、ミュア博士は次のようにまとめている。

《…しかし、その未完成の部分(霊的身体)が第3の天界のコースを終えるには、邪悪なものをすべて地上に捨てて、広大な暗黒の淵を渡らねばならない。

さらに、先父たちがたどった道を進んでから、いよいよ永遠の光の境涯へと飛躍し、そこで初めて輝ける霊体を獲得し、勿体ない住処(すみか)をさずかり、あらゆる願望が叶えられる完成された生活へと入り、やがて神々の御前へと進み、神々の御意の成就の仕事に加わるのである…》

“神々”を“高級霊”と置きかえれば、スピリチュアリズムが説くところと少しも変らない。

「信じて疑わなかった」コッチのセリフだよ、たのむからこの人生の責任取ってくれよ(祈)†■2024年12月4日UP■
「信じて疑わなかった」コッチのセリフだよ、たのむからこの人生の責任取ってくれよ(祈)†
現在セブン(イレブン)の客騙しが大問題になっている事は多くの方がご存じの事と思います。セブンが客の信用を完全に失っていて、もうその信用を取り戻す事が不可能と思われるほど問題の根が深い、という件ですが、それと同じような感じで、僕の霊団への不信感も昨日今日の問題ではなく長年の蓄積によってこういう精神状態になったのだという事を強調したいのです。とにかく人生破壊の度が過ぎる、僕の人生は徹底的に破壊するが仕事は一向に進行しない、僕という霊媒を使用して霊言を降らせる降らせると言い続けているが一向に降らせようとしない(僕が協力的姿勢を取らないから降らせられないと言えなくもないのがイタイですが…)イヤ、霊言霊媒として機能させられないなら自動書記をやればいいだろと思うのですが、そちらも1文字たりとも降ってこない。もっともこういう霊的仕事は霊界側で相当の準備をしないとできないそうですので、物質界の人間側の都合でああしてくれこうしてくれと言ってそうそうポンポンできるものではないのですが…続きを読む→
「私は確信をもって今の時代に役立つと思います」シルバーバーチ霊の思念と思われますが(祈)†■2023年2月15日UP■
「私は確信をもって今の時代に役立つと思います」シルバーバーチ霊の思念と思われますが(祈)†
僕もこれまで果てしなく霊的知識をお勉強し続けてきて、霊言を降らせる事の重大性は十分すぎるほど理解していますから、シルバーバーチ霊の言葉に反対を表明するほど愚かではありませんが、霊界にはウソというモノが存在しません、僕の心の中など霊団およびシルバーバーチ霊には全て丸見え筒抜けですからあえて正直に書かせて頂きますが、ハッキシ言ってもうウンザリなんですよ。霊性発現(2012年6月)から一体どれだけの月日が流れていますか。この10年以上、霊団はひたすら口だけをピーチクパーチク動かし続けてきましたが物的状況には一切変化はありません、さも今動く、今変わる的な事を延々言われてその通りにしてきてハッとうしろを振り返ってみたら最低最悪の場所にただ閉じ込められ続けただけだった。僕が霊団に対して抱いている怒り憎しみの念はもはやただ事ではないレベルになっているのです、長年の蓄積があるからです…続きを読む→
「基礎を積み上げる者ほどその後の進歩が速い」帰幽後の話かよ使命遂行終了か?(祈)†■2023年5月10日UP■
「基礎を積み上げる者ほどその後の進歩が速い」帰幽後の話かよ使命遂行終了か?(祈)†
ん?今軽くトランスに入った時に「そんな事ない」って言ってきました。という事は物質界生活中に結果に到達できるのか。「宇宙一のバカ」大量強姦殺人魔、明仁、文仁、徳仁、悠仁を滅亡させられるのか。奴隷の女の子たちを助けてあげられるのか。イヤ、これまでの霊団の動きを見ればそんな一言は信じられない。甘いな。んんん、僕の人生目標は「帰幽後に霊界で賜る霊的褒章」であり、物質界でああなろうとかこうなろうとは夢にも思ってませんから(2度と物質界に戻るつもりはありませんので)帰幽後の明るい人生を連想させるこのインスピレーションは、僕個人としては喜ぶべき意味なのですが、霊界の仕事とはそんなにもいい加減なものなのか。そんな事でいいのか。一体いつになったら物質界の邪悪を本腰を入れて滅ぼすつもりなんだ。僕が1代目だとして、一体何代目で滅亡を完了させる計画なんだ、どんだけ悠長なんだ…続きを読む→

これまでたくさんの書籍をテキスト化してきましたが、もしかしたら今回はもっとも修正率が高かった書籍かも知れません。かなり思いっきり間違いがありました。その全てを修正できてはいないと思います、まだ結構残されていると思いますが、霊的知識を摂取するには問題ないレベルであり、しっかり読み込んでお勉強して頂けますので、どうぞ皆さまお読み頂いて、ご自身の人生の向上に役立てて頂きたいと思うのです。

で、書籍の内容に関して僕からお話したい事はふたつ。まずひとつはコチラの抜粋ですが↓

こう観て来ると、人間がいかに小さな存在であるかを痛感させられる。言ってみれば地上生活は宇宙学校のホンの幼稚園、イヤ保育園程度のものかも知れない。その程度の人間のすることであれば、良い事にせよ悪い事にせよ、程度はおのずから知れている。

浅野和三郎はよく「人間はいい加減ということがいちばん大事じゃ」と言われたそうであるが、これは己れの小ささに気づいた、真に悟った人間にしてはじめて口に出来る言葉であろう。

浅野氏はまたその著『心霊学より日本神道を観る』の中で「人間味のない人間は畢竟(ひっきょう)この世の片輪者(かたわもの)で…」と述べているが、無理な禁欲や荒行で五官を超越し、あるいは抑え込もうとすることの愚を戒めているのである。

私自身も精神的にまた肉体的にかなり無理な修行を心がけた時期があったが、その挙句に悟ったことは、結局神は人間にとって五官でもって生活するのが適切だから五官を与えてくださったのであり、要は節度 moderation を守ることに尽きるということだった。

むろん人それぞれに地上生活の目的と使命があり、禁欲がその人にとって大切な意味をもつことがあり、それがいわゆる業(カルマ)のあらわれである場合もあろう。

が、シルバーバーチも繰り返し述べているが、物事には必ずプラス面とマイナス面とがあり、禁欲生活によって得るものがある一方には、それ故に失わざるを得ないものが必ずあるわけで、それはまた別の機会に補わなければならない。

こうした禁欲とか行(ぎょう)、戒律といったものは、その土台となるべき霊的知識が過っているととんでもない方向へ走ってしまう危険性があり、スピリチュアリズムの真理に照らしてみると滑稽でさえある場合が少なくない。

またそれ故に何千年何万年と、想像を絶する長い年月にわたって、自分が拵えた殻の中で無意味な、しかし本人は大マジメな暮らしを続けている霊が大勢いるようである。

近藤先生は生前、浅野和三郎氏とも親交があったそうですが、この浅野氏の「人間はいい加減ということがいちばん大事じゃ」という言葉は、もちろん近藤先生が仰ったとおりの意味での言葉だろうと思うのですが、僕は自分のこれまでの霊的経験から、もうひとつの意味も込められているのではないかと思ったのです。それは↓

やりすぎると殺されるよ

というモノで、僕は霊団にこういう仕事をやらされて自分本来の人生を完全に破壊されていますが、これまでシャレでも誇張でもなく実際に「暗殺」の危機に何度も直面して、それを霊団の導きによって回避しながら使命遂行を続行してきました。

現在に至っては僕を完全にフェードアウトさせようとしているかのような導きの方向性であり、その仕事やる気ゼロの態度に僕は怒り心頭の毎日をやらされている訳ですが、要するに僕の身に迫る危機を回避させようとしているという側面もあると思うのです。

ちなみに浅野和三郎氏も物質界生活時に刑務所生活をやらされた経験をお持ちです。そういう事もあって「やりすぎると目をつけられるから気をつけなさい」と若き日の近藤先生に忠告していた、なんてストーリーもあったのではないかと勘ぐったりもするのです。

ハイ、もうひとつですが、それはもうコレに尽きるでしょう、書籍後半で紹介されている「ティンダルのお話」ですね。これが読める書籍はたぶん他にないのではないかと思われますので(イヤ、あるのかな、ググってないのでわかりませんが)ぜひ多くの方にこの熱いストーリーを知って頂きたいと思います。

ティンダル氏の決意、覚悟、たぐいまれなる語学の才能、そして当時のキリスト教国の狂気の実情…。激しく胸に尽き刺さり考えさせられるものがありますし理不尽に胸をかきむしる思いがありますが、そんな大昔のお話ではない、結構最近のお話なんだと思うと改めて驚きを隠せません。

そして心霊治療家テスター氏が書籍の中で「英国民はあまり自分を出さない、感情を人に見せない気質がある」みたいな事を仰っていましたが、こんなヒドイ歴史を体験していればそういう国民性になってしまうのもムリもないだろうと思うのです。

何も悪い事をしていないのに次から次へと問答無用で逮捕されるという、まさに悪魔の所業が平然と横行していたというのですから開いた口も塞がりません。キリスト教の暗黒の側面を正しく理解し、2度とこのような「人類の呪い」を繰り返してはならないと強く感じるのは果たして僕だけなのでしょうか。

シルバーバーチ霊(紀元前9世紀ごろのヘブライの予言者エリヤ、だと僕は思ってます、これまでの霊団の動きからして)も「キリスト教は人類の呪い」とハッキリ断言していますよね。スピリチュアリズム関連の書籍に興味をお持ちの方々にはどうか、その暗黒、邪悪の宗教に手を出さないように警告したいと思うのです。

フゥゥ、語りたい事ならまだまだありますが一旦切るとして、間もなく「The Scripts of Cleophas」の英文見直しが完了しますのでそちらもUPさせて頂きます。その他の書籍も順次テキスト化していく覚悟です。そしてずっと着手できずにいた「自伝書籍」の原稿を撃ちはじめる事にしました。

霊団にありとあらゆる脱出の可能性の芽を潰され、もう脱出を実現できそうなカードがほとんど残っていない状況です。わずかでも脱出の可能性があるカードがあれば、もうそこに全力を投入するしかないのです。自伝など書いても脱出はできないでしょう、しかしもうやるしかないのです。もうどうしようもないのです。この件はまたお話させて頂きます。まずはココまで(祈)†

テキスト見直しは完了中、タグ挿入を経て全文UPとなりますがモチョトお待ち下さい。チョトだけコメントを撃とうかと思っていますので。

間もなくプロセス実行。間もなくプロセス実行(祈)†

霊界通信によれば、死後の向上を妨げる罪悪の中でいちばん厄介なのが、上流階級の生活が生み出す罪悪 – 因襲に縛られ、意識的向上心に欠け、霊性は鈍り、自己満足と安逸にどっぷりと浸った退廃的生活が生み出すものだという。

自己に満足しきって反省の意識をツユほども持たず、魂の救済はどこかの教会か権力にまかせて、自らの努力を嫌う – こうした人間が最も危機的状態にあるというのである。

教会の存在そのものが悪いというのではない。キリスト教であろうと非キリスト教であろうと、霊性の向上を促進する機能を果たしているかぎりは、その存在価値はあるであろう。

が、そこへ通う信徒に、一個の儀式、あるいは一個の教義を信じる者が信じない者よりも少しでも有利であるように思わせたり、魂の向上にとって何よりも大切である“刻苦”が免除になるかの如く思わせたりする方向へ誘った時、その存在は有害なものとなる。

同じことがスピリチュアリズムについても言える。実生活での活動を伴わない信仰は何の役にも立たない。尊敬に値する指導者のもとで何の苦もなく人生を生き抜くことは可能かも知れない。

しかし、死ぬ時はひとりなのである。そのリーダーがいっしょについてきてくれるわけではない。そして、霊界入りしたその瞬間から、地上生活から割り出される水準の境遇に甘んじなくてはならない。霊界通信はそう説くのである。

罰の原理

では、未発達のスピリットに対する罰はどういう形を取るのであろうか。それは、要は発達を促進するような境遇に置かれるということである。もしかしたらそれは悲しみの体験という形を取るかも知れない。

この地上においても、貪欲で同情心のカケラもなかった人間が、悲哀の体験を味わうことによって、性格が和らぎ、人の心を思いやるようになるということはよくあることである。

バイブルには“嘆き悲しみ、歯がみをして苦痛に耐える外なる暗黒”という表現がある。バイブルには読み方を誤ると大変な害を及ぼしかねない箇所がいくつかある。東洋的な表現には“白髪三千丈”式の誇張が多く、その点を考慮せずにそのまま受け取ってしまって、感受性の強い子供や真っ正直な大人が心身症になっているケースが少なくない。

右の文も用心して読まないといけない。霊界通信によると、確かに“外なる暗黒”に相当する界層が存在することは事実のようである。“暗黒界”と呼んでいるが、そこは決して永遠の刑罰を受ける地獄ではない。いつかはみんな光明界へと向上していくのである。もしもそうでなかったら、全能の神にとって不名誉なことになろう。

【霊団からの緊急警告】文仁が僕の殺害決行を決断した模様です。簡単にやられるかよ(祈)†■2021年12月31日UP■
【霊団からの緊急警告】文仁が僕の殺害決行を決断した模様です。簡単にやられるかよ(祈)†
自分を殺す事を決断した文仁と笑顔で撮影をして国民にそれを発信し続けるピーチピチ(佳子)に、僕はただただ閉口するのみです。そこまでして邪悪の人生を守り抜きたいのか、奴隷の女の子を強姦殺人し続ける事を手伝い続ける地上人生を送って帰幽した先に地獄が待っている事がまだ分からないのか。一体何をどう説明したら分かってもらえるのでしょう。閉口中…続きを読む→
「エゴイスト」そういうセリフは明仁、文仁、徳仁、悠仁を倒してから言ってくれよ(祈)†■2023年1月11日UP■
「エゴイスト」そういうセリフは明仁、文仁、徳仁、悠仁を倒してから言ってくれよ(祈)†
「宇宙一のバカ」大量強姦殺人魔、明仁、文仁、徳仁、悠仁は全く滅亡させようとせず放置している。奴隷の女の子はひとりたりとも救出しようとせず完全に見殺しにしている。僕の人生を完全に破壊したが、使命遂行は全く前進させない。最低最悪のところに何が何でも閉じ込め続けようとしてくる。誰だって怒るに決まってるだろ。反逆するに決まってるだろ。人の心を一体何だと思ってるんだよ。人の人生を一体何だと思ってるんだよ。一体あんたたちの頭の中は何がどうなってるんだよ。これだけヒドイ状態にさせられても僕がエゴイストだと非難されなければならないのか。それはよかったですね…続きを読む→
「だとしてもそのまま行きますよ」もう使命遂行は事実上終わっているという事なのです(祈)†■2024年10月23日UP■
「だとしてもそのまま行きますよ」もう使命遂行は事実上終わっているという事なのです(祈)†
僕は霊団のやる気を受けて、降ってくる新規の霊言を書籍化するためにAffinityPublisherのお勉強を進め、自力で書籍データを作成できるようになりました。それだけにとどまらず実際に書籍を印刷するテストまでおこなっており、霊言さえ降れば書籍化、流通、拡散等々、準備万端整えていたのです。しかし僕の側がココまでやっているのに霊団側は何もしない、時間だけがムダに流れていく、その間、僕はイヤでどうしようもないところに延々閉じ込められる状態が続く。これは一体どういう事なのか。口だけはやるやる言ってくるが実際は何もしない。僕でなくても誰でも「コイツァーおかしい」となるはずですよね。そして何度も書いて申し訳ありませんが、サークルメンバー問題が解決する見通しが全くありませんから僕が霊言霊媒として機能する事はないはずだ、僕から新規の霊言を降らせるのであれば「自動書記」しかないのではないか、そう思い、僕は9ヶ月もの長きにわたって「自動書記テスト」を敢行しました。しかしこの9ヶ月間、1文字たりとも降ってくる事なく、結局最後は霊団に脅されてやめさせられました。この時の僕の怒りは尋常なモノではありませんでした。僕はできる限り霊団の意向に沿って歩み寄っていたつもりなのですが、努力しても努力しても霊団は何ひとつやろうとしない、ただボケっと見てやがるだけ…続きを読む→

現在最終パートの見直しに入ってます、間もなく全文UPとなりますが、この書籍を見直していく作業、つまり頭からしっかり読み込んだという事になるのですが、僕のこれまでの12年(間もなく13年)の霊的使命遂行の人生と照らし合わせて「思う事」があり、チョトそれについて所感を書かせて頂こうかなとも思っています。

今日到着すると思っていた英語書籍は到着しません、そんなもんなんですよ、待つしかありませんが、脱出につながらない絶望感を突破して何とか書籍をまず1冊出したいと考えています。

そして復刊できなくても復刊用データをガンガン作成して、書籍としては完成させておいて、いつでも復刊できる状態で待機してやろうかな、なんて考えも沸いてきたりしています。なぜ脱出につながらない作業ばかり発生するのでしょうか。この人生は一体何がどうなっているのでしょうか。

もう僕の忍耐力はとっくの昔に限界値を突破しており、これ以上閉じ込められるのは死んでも有り得ませんので霊団にどれだけ妨害されようと何が何でも脱出を完了させる覚悟ですが、全く脱出できる見込みが立ちません。そこまでして閉じ込めた先に一体何の仕事の前進があるというのでしょうか。どう頭をひっくり返しても許せないんですけども。

さぁあとモチョトなので急ぎましょう。次回長文ブログネタとなるインスピレーションはほぼ皆無の状態、今度こそボイコットしてやろうかなと思いつつまずは全文UPを目指しましょう(祈)†

「某地獄へ落ちるのみ」他に地獄に落とすべき人間がいるだろう、理不尽の究極形(祈)†■2024年10月30日UP■
「某地獄へ落ちるのみ」他に地獄に落とすべき人間がいるだろう、理不尽の究極形(祈)†
僕が真っ先に反論したいのは「他にもっと地獄に落とすべき人間がいるんじゃネィのか、僕ばかり攻撃して肝心の邪悪な人間はホッポラカシ、何かがおかしくネィか」という事です。その、僕より地獄に落とすべき人間と言うのはもちろん皆さまもお分かりの通り「宇宙一のバカ」大量強姦殺人魔、明仁、文仁、徳仁、悠仁の事ですよ。一生をかけた画家の夢を破壊されても使命遂行を続行している僕の事は徹底的に脅して最悪のところに全力で閉じ込めようとしてくるが、奴隷の女の子を四肢切断、強姦殺人し続けている(殺害人数は以前487と受け取っていますが現在は計測不能)明仁、文仁、徳仁、悠仁には指1本触れようともせず放置している。地獄に落とすべき邪悪の本体には一切手出しをしないのに使命遂行者の僕は地獄に落とすと脅し続けてくる。公正だ、公平だ、実にスバラシイ、心から納得できる。あー地球圏に生まれてよかったなぁ。僕が地獄に落とされるのはご覧の皆さまにとって愉快でならないでしょうから大いに笑って頂くとしても、僕のこの理不尽な気持ちには多少賛同して頂けるのではないかと思うのですがいかがでしょうか…続きを読む→
「コッチの方が幸せだった」そう言われてもなお僕は閉じ込められるのを拒絶します(祈)†■2024年11月20日UP■
「コッチの方が幸せだった」そう言われてもなお僕は閉じ込められるのを拒絶します(祈)†
物質界で赤ちゃんが生まれた時、家族の方々は大喜びしますが、その赤ちゃん(として物質界に降下した人間)の縁故の方々は霊界で泣いて別れを惜しんでいるのです。「あぁ、あの人も陰鬱極まる物質界に降下してしまった」と嘆いているのです。そしてその赤ちゃんが成長し、物質界人生を全うして死ぬ時、家族、友人の方々は泣いて別れを惜しみますが、霊界の縁故の方々は大喜びでその人間を霊界に迎え入れます。「やっと最低界(物質界)の試練を終えましたね、さぁ我々とともに美しい世界(霊界)で共に生活を送りましょう」と、その死者を大歓迎します。(もっともこれは人によってだいぶ差があるようですが)物質界の誕生日を祝うというのは「私は霊的知識を理解していない」と公言しているようなものであり、このような習慣は即刻やめるべきなのですが、残念ながら物質界は無知がはびこっていますのでいまだに霊的な事が全く理解されず、誕生日に「ハッピバースデートゥーユー♪」と歌ってはしゃいでいるのが現状です。物質界に残される事は断じてハッピーなどではなく、帰幽して霊界生活に帰る事が真のハッピーであり、その霊的知識を多くの方が理解し、物質界の誕生日を祝うという間違った習慣を改め、むしろ物質界を去る事になった人間(つまり死んだ人間)を祝うという習慣が根付く日が1日も早く来る事を僕は願わずにいられないのです…続きを読む→
「信じて疑わなかった」コッチのセリフだよ、たのむからこの人生の責任取ってくれよ(祈)†■2024年12月4日UP■
「信じて疑わなかった」コッチのセリフだよ、たのむからこの人生の責任取ってくれよ(祈)†
現在セブン(イレブン)の客騙しが大問題になっている事は多くの方がご存じの事と思います。セブンが客の信用を完全に失っていて、もうその信用を取り戻す事が不可能と思われるほど問題の根が深い、という件ですが、それと同じような感じで、僕の霊団への不信感も昨日今日の問題ではなく長年の蓄積によってこういう精神状態になったのだという事を強調したいのです。とにかく人生破壊の度が過ぎる、僕の人生は徹底的に破壊するが仕事は一向に進行しない、僕という霊媒を使用して霊言を降らせる降らせると言い続けているが一向に降らせようとしない(僕が協力的姿勢を取らないから降らせられないと言えなくもないのがイタイですが…)イヤ、霊言霊媒として機能させられないなら自動書記をやればいいだろと思うのですが、そちらも1文字たりとも降ってこない。もっともこういう霊的仕事は霊界側で相当の準備をしないとできないそうですので、物質界の人間側の都合でああしてくれこうしてくれと言ってそうそうポンポンできるものではないのですが…続きを読む→

悲しいですし認めたくないですが、書籍を出してみたところで脱出は叶わないでしょう、しかし書籍というカタチにして出したいという気持ちは強いモノがありまして、脱出できなくてもやりたい、という事で具体的に執筆方法を考えているところです。

ちなみに2サイト関連、セミナー受講関連でお勉強した中に「書籍の内容(テキスト)は、読者がそれを購入してまで読もうとしている時点で、購読意欲が高く、多少読みにくくても読み進めてもらえる傾向がある。一方Webで検索して発見した記事等の内容(テキスト)は、たまたまググってその記事に辿り着いただけであって記事全文を読んでやろうという意識はほとんどなく、冒頭のタイトルや書き出しの文章だけを見てその先を読むか読まないかを決める人がほとんどであり、本文のクオリティをどれだけ高めてもタイトルに魅力がなければ全く読んでもらえない可能性が高い」というモノがありました。

なるほどなぁと思ってお勉強していた訳ですが(まさに僕のブログもその問題ど真ん中だよなぁと思いつつ)せっかくお勉強したのですからこの考え方をこれから書こうとしている書籍に活用してもイイんじゃネィのか、なんて思ってみたりみなかったり。

僕が撃つテキストの特徴は、自分でこういう事を言いたくないのですが「独自の表現や造語が入っていて分かりにくく、ダラダラと長文になりがちで読む人を疲弊させる、あげくの果てに霊団に対する怒り憎しみの言葉がちりばめられていて、霊団と直接関係ない読者までネガな気分にさせられる可能性がある」こんな感じではないでしょうか。最悪ですねコレ笑。

で、自伝の目次(設計図)は99%完成していたのですが、その目次1項目に対していくつもの「小見出し」を挿入する作業をやっていますが、長文にしないで簡単に分かりやすくしようかなぁ、そしてできるだけイラストを挿入してトコトン読みやすくしてみようかなぁと考え始めています。

今までの僕、長文をガンガン撃つ僕からすれば「こんな簡単な文章では手抜きジャネ?」と思ってしまうくらい簡素な内容の方がかえって読んでもらえるのではないか、そんな深いレイヤーの事など説明しなくてもイイんじゃネィのか、と思い始めています。

テキスト撃ちはその方針で仮に行くとしても、問題はイラストの方でしょう、目次の項目数が現在約90あります、つまりイラスト枚数もたぶんそれくらいになるという事で、テキスト撃ちより絵を描く方が苦しいという事になるかも知れません。が、読む方々にとってはその方が書籍の内容に入っていきやすいのではないか、などと思ったりもします。

書籍テキスト化も順次進めています。来週まず「死後の世界も自然界である」を全文UP、その後「The Scripts of Cleophas」の機械翻訳文もUPさせます。本当は自分で本を書くんじゃなくて復刊させたいのです、しかしそれができないのでウンウンうなって考えるのです。頭で考えつつ手だけは作業続行中(祈)†
■2021年5月5日UP■
「もちろん全員死にます」強姦殺人魔、明仁、文仁、徳仁、悠仁が消滅するという意味でしょう(祈)†
「宇宙一のバカ」強姦殺人魔、明仁、文仁、徳仁、悠仁が「もちろん全員死にます★」という事になります。僕、たきざわ彰人が暗殺もしくは公開処刑されるという意味だとしたら、僕は常にひとりで使命遂行していますので「僕が全員死ぬ」というのは表現としておかしいですね分身の術じゃあるまいし。本当に1億回でも公言させて頂きますが(このセリフを今まで何回言ってきた事でしょう…)霊団いわく「総殺害数487」信じられない天文学的人数の幼い奴隷の女の子を「処刑遊び」で四肢切断、強姦殺人しまくり死肉を食べまくっている人類史上最大級の犯罪者の大罪が許されたり罪が軽減されたりする世界は【神】が経綸するこの全宇宙のいかなる生活の場(惑星)にも存在しない、死刑以外の選択肢はないという事になります…続きを読む→
「大後悔」帰幽後に僕が大後悔するという意味、閉じ込める理由もそこにあるようです(祈)†■2024年9月25日UP■
「大後悔」帰幽後に僕が大後悔するという意味、閉じ込める理由もそこにあるようです(祈)†
僕がももちゃん、シルキーを何が何でも描き続けている理由がお分かり頂けるでしょうか。ももちゃん、シルキーは「奴隷の女の子」です。つまり僕なりに僕の保有スキル(絵)を駆使して奴隷の女の子たちの存在を広めよう、消滅させないようにしよう、後世にこの邪悪を伝えようとしているのです。皆さまに共感して頂けないかも知れませんが、僕は本当に悔しいんですよ奴隷の女の子たちを助けてあげられないのが。かといってもし僕が本当に日本の中心に赴くなんて事があったら、もちろん100%殺されます。デマハウス(皇居)の中は国民の目が届かない完全なる無法地帯であり、その中で働く全員が(皇宮警察も含む)強姦殺人魔の忠実な家来ですので、僕がそこに入ろうものなら間違いなく殺され、病死だの事故死だのと虚偽の報道でうやむやにされて、そこから視点外しの明るいニュースをドバドバ流して国民の記憶の中からたきざわ彰人の事、および奴隷の女の子の事を消そうとしてくるに決まっています。本当に頭にきているんですよ、「宇宙一のバカ」大量強姦殺人魔、明仁、文仁、徳仁、悠仁の事も、そして何もしようとしない霊団の事も。僕が霊団に反逆の意思を明確に表明している理由の一端でもご理解頂けると僕は嬉しいのですが…続きを読む→

しかし、そうした幸せなスピリットが従事している仕事の中に、迷える不幸なスピリットを更生させることが含まれているという話がよく出てくる。

そのために彼らは“降りて行く”という表現を用いて、低界層のスピリットに自分たちと同じレベルの波動の生活に耐えうるだけの霊性を身につけさせるように援助してやるのだという。それはちょうど、学業の遅れの目立つ生徒のために、上級生が面倒を見てやるのと同じなのかも知れない。

そのことをイエスは、たったひとりの罪深き者を悔い改めさせることの方が、99人の善人のことを喜ぶよりも、天界における喜びが大きいと述べているが、これは地上の罪人のことではなく、死後の低界層にいる罪深きスピリットを救出して一段と高い界層へ向上させてあげることを意味しているものと思われる。

ところで、この“罪”とは何ぞやという問題であるが、科学の発達した現代において、近代的道義と公正の感覚をもってこれを考察すれば、中世のあの得体の知れない不条理きわまる化け物のようなものでないことは明白である。

現代人は、あんな、依怙贔屓(えこひいき)のはげしい神による、みっともないお情けなどは求めない。もっともっと厳しい目で自己を見つめるようになっている。

罪の概念の多様性

もっとも、人間の心理をつきつめると、やれば出来るのに努力しようとしない面、知っていながら実行できない意志の弱さ、他人の立派な行ないは賞賛しながら自分はだらしない態度を取りつづける性格に起因する面が多分にあることは事実である。

が、その反面、生まれついた環境という不可抗力の産物、遺伝ないしは生まれながらの障害に起因するもの、さらには、明らかに身体的性向による罪悪を斟酌(しんしゃく)した時、積極的な意味での罪は大幅に少なくなる。

考えてもみるがよい。全知全能にして慈悲深き大神が、生まれながらにして障害をもつ哀れな人間が罪なことを心に抱いたからといって、これを罰するということが有り得ようか。熟練した医師によると、頭の形を見れば、罪悪を犯すタイプかどうかが分かるという。

歴史に記録をとどめている身の毛もよだつ罪悪のかずかず – 暴君ネロから殺人鬼ジャック(3)に至るまで – みな精神の疾患の産物であり、戦争という国家的罪悪も、集団的狂気というものの存在を示しているようにさえ思える。

となると、地上でそうした不利な条件のもとに苦しい生活を強いられた者を、死後、さらに地獄へ落として苦しめる必要はないではないかという観測もできる。

霊界通信でよくあるのが、意外に平凡な人物が、死後、大変な栄誉に浴しているのを知って驚くことがあるという話である。そこには人間的価値観と霊的価値観との違いがあることを物語っている。

となると、身体的特質が不可抗力となって罪深いことをしてしまった場合は、当然、そこに酌量の余地があってしかるべきであって、それは罪を見逃すというのとは別問題である。むしろ善人として生まれ、これといった善悪の意識もないまま、漫然とした人生を送った人間の方が、問題が大きいことも考えられる。

「全て殺されてきました」3000年にわたり使命遂行者は殺され続けてきたという意味です(祈)†■2024年3月27日UP■
「全て殺されてきました」3000年にわたり使命遂行者は殺され続けてきたという意味です(祈)†
「イエスの成年時代」の復刊書籍の表紙の線画を描くにあたってどうしてもそういうたぐいのモノを見ざるを得ない状況になってしまい、イエス様の磔刑(はりつけ)の宗教画とかを見ていたのです。するとイエス様が十字架を運ばされている絵が複数出てきます。自分が間もなく磔刑にされて殺される十字架を自分で背負って運ばされているのです。要するにイエス様が当時の民衆の人気者で、霊能がずば抜けていたために、それを当時の聖職者だの律法学者だのといった、自分の事をエライと勘違いしているバカヤロウどもが嫉妬して、イエス様にイヤガラセしてイジメて殺したと、そういう事だと思います。※「イエスの成年時代」の中に、逮捕、連行したイエス様を律法学者どもが取り囲んで取り調べをしている最中に、その中のひとりがイエス様に野獣のように飛び掛かって殴り倒すというシーンがあります。皆さまがどのようにお感じになられるか分かりませんが僕の考えをストレートに書きますと、聖職者だの律法学者だのといった人間は「原始人」です「原始的微生物」です。そういうおこないをして帰幽した先に、自分にどれほどの地獄が待ち受けているかを全く理解していない、宇宙最大級の近視眼の愚か者という事になります…続きを読む→
「ちょっとでも匂わせる事言ったらたちまち死刑」つまりもう何もしないという意味です(祈)†■2024年4月3日UP■
「ちょっとでも匂わせる事言ったらたちまち死刑」つまりもう何もしないという意味です(祈)†
僕に情報拡散をさせてきっかけを作るところまでは許されたが、それ以上の干渉は許されていないという事なのではないか。で「今回では達成されません」というインスピレーションもありますように「宇宙一のバカ」大量強姦殺人魔、明仁、文仁、徳仁、悠仁の邪悪の正体に関する情報拡散は進み、人々の洗脳は相当に破られて真実の理解が浸透するが、僕の物質界生活中に邪悪の滅亡までは到達しない。その実現は僕の帰幽後に別の使命遂行者によっておこなわれるか、もしくは特定の人物によるものではなく人々の認識の広まりによって自動的にそういう風になっていくとか、そういう事を霊界側は考えているのかも知れません。平たく言うと「無血解決」1滴も血を流さずに邪悪を滅ぼすという事です。僕の物質界生活中に「宇宙一のバカ」大量強姦殺人魔、明仁、文仁、徳仁、悠仁を滅ぼそうとすると僕なり誰かなりの血が流されてしまうので霊界側はそこまでゴリ押ししようとしない。何しろ霊界には時間の概念がありませんので僕だろうが次の使命遂行者だろうがそんなモノは大した問題ではないはずです。が、僕から言わせてもらえればその生ぬるい考えがムカつくんだよ。決める時にバシッと決めろよ…続きを読む→

復刊できないが書籍は作りたい、引用にも限度があり、結局は自分でかなりの分量の文章を撃たなければ書籍とする事はできない(引用文が大半を占めているとそれは引用とはみなされなくなるんだそうです)

それでどうしても自分の主張を書かざるを得なくなるのですが、そうなるとどうしても「ああなんですよ、こうなんですよ」といった感じで僕が読者の皆さまに「教える口調」の文体になると思うのです。僕はそれがどうも書く気になれない。

さぁ困ったな、本を書きたいのに書けない、やはり自伝しかないのか。しかしオサンの自伝など誰が読む。イヤ、そんな事言ってるヒマがあったらテキスト撃て、という事かも知れない。しかし脱出できそうもないという事実だけは動かしようがない。この絶望感が恐ろしすぎる。

「死後の世界も自然界である」テキスト見直し80%完成中。本当に校正が甘い、間違いがたくさんあります、近藤先生がそれを甘受しなかったはずですが、出版のためにはある程度ガマンしなければならなかったのかも知れません。

明日、英語書籍2冊中1冊到着予定、まぁたスキャン地獄が始まりますがこの2冊はページ数は少ないので一気に終わらせてしまいましょう。さぁ本当にどぉぉするか。本は作りたい、すごく作りたい、しかし復刊できない、引用にも限界がある、どう原稿を書くか、脱出だけがどうもがいても実現しない、大問題です(祈)†

「あなたに悲しみの光を」悲しみでイイから事態を進展させてくれ、閉じ込めは許さぬ(祈)†■2024年1月24日UP■
「あなたに悲しみの光を」悲しみでイイから事態を進展させてくれ、閉じ込めは許さぬ(祈)†
「我々はアキトくんを守ってあげようとしているんだよ」そう言いたいのでしょうが「宇宙一のバカ」大量強姦殺人魔、明仁、文仁、徳仁、悠仁に四肢切断、強姦殺人され続けている奴隷の女の子を目の前にしてそのセリフを言ってもらっていいですか。「目の前にある恐ろしいものを」これも僕が日本の中心に行ったらそういうモノに直面させられるのだそうです。イヤ、だから、そう言うんだったらあんたたちはそもそも僕になんでこの使命遂行をやらせたんだよ。物質界の邪悪を滅ぼすつもりがないんだったら今すぐ僕の人生を元に戻せ。霊的知識を獲得する事の効用のひとつに「物質界に恐れるものがなくなる」というものがありますが、僕は物質界の邪悪な人間に対しても何ら恐怖心を抱く事はありません。僕を脅しているその邪悪な人間の霊格が僕よりはるかに低く、帰幽後に地獄の底の底に落ちていく人間だという事を知っているので、その人間に対して恐怖は抱かず憐れみを感じるのです。(後なるものが先に)…続きを読む→
■アナログ絵360「ベールの彼方の生活2巻」復刊書籍表紙UP。どうしても復刊できない(祈)†■2024年2月14日UP■
■アナログ絵360「ベールの彼方の生活2巻」復刊書籍表紙UP。どうしても復刊できない(祈)†
「ヨーロッパの妖精物語と東洋の魔法の物語」こちらは現代の人間にも広く知られているモチーフですよね。RPGゲーム等でよくみられる「剣と魔法のファンタジー」の世界観です。ファイ〇ルファン〇ジー等で多くの方がこのモチーフに親しんでいますが、この世界観も元はといえば過去の霊能者が見せてきた霊現象が元ネタなのだそうです。その霊能者の最大の人物がもちろん聖書に登場するイエス様、という事になります。RPGゲーム等で遊んでいる方がたくさんいらっしゃる事と思いますが、その時に頭のホンのかたすみにでも「あぁ、この剣と魔法の世界観は霊現象が元ネタなんだよなぁ」と思い出してもらえると、そして少しでも霊的なモノに興味を持ってもらえると僕的にはうれしいのですがどうでしょう。もっとも、歪められ具合がタダ事ではありません、長い世紀にわたって霊的な事を理解していない人間たちの手によって実際の霊的事象とは似ても似つかない物的商売臭の漂う世界観に完全に書き換えられてしまっており、もはや全く別物と言った方がいいのでしょう。「人間は本来が霊であり肉体はタダの衣服に過ぎない」という霊的真理などは完全に抜け落ちて形骸すら残っていません。だからこそ絶版状態の霊関連書籍の復刊が急務だと僕は思っているのですが……続きを読む→

詳細は全文UPしてそちらをご覧頂きたいと思いますが、ティンダルは聖書を英語に翻訳しようとしますが、そのための許可をどうやっても得られない事を知ると、翻訳した先に死刑が待ち受けている事を知りながらも翻訳を決意し、ヨーロッパに逃亡すると、そこには志(こころざし)を同じくする仲間がたくさんいた。そんな感じのストーリーです。

僕は絶版状態の霊関連書籍を復刊させようとして、物質界の法律に阻まれて復刊できずにいますが、このティンダルの決意の部分が胸に突き刺さります。僕もティンダルに倣(なら)ってアンダーグラウンドで強行復刊してやろうかな、という気持ちになったりならなかったり。ま、そんな事したら販路が極端に狭められてしまいますのでなおさら脱出実現が遠のいてしまうんですけども。

僕の脱出の決意、覚悟には1ミリの揺らぎもなく、霊団が僕を一生閉じ込めるつもりだろうが何だろうが、僕の脱出のための努力は帰幽1秒前まで続く事になります。僕という霊の道具を使用してあんたたち(霊団)はやりたい仕事があったんじゃなかったのか。

しかし僕を閉じ込める事で僕の作業が脱出の方に集中する事になり、あんたたちは僕という道具を使用できない事になる。僕を脱出させれば脱出に向けた作業から使命遂行の本道の作業に切り替わるのであんたたちも願ったり叶ったりのはずだろ。それでも閉じ込める理由って一体何なんだよ。

ちなみに間もなく英語書籍が2冊到着します、そちらのスキャンが始まりますのでその前にできる限りテキスト見直しの作業を進めているところです。そろそろこの英文見直しに決着をつけたいところですが(苦しくてしょうがないので)しかしまだ未入手のホワイトイーグル霊の書籍がたくさんあります。

いつまで続くんだこの地獄は、しかも地獄の作業をやってもやっても全く復刊できなくて脱出もできない。いつになったら目に見える結果に到達できるんだよ。霊性発現から12年経過、間もなく13年だぞ。あんたたちは人の人生を一体何だと思ってやがるんだよ。

さぁ2サイトで脱出するのはほぼ不可能というイヤな結論に到達してしまっていますが、僕は本大好き人間ですので書籍はぜひ作りたいのです。どういう風に本を書くか具体的に考え始めています。とにかくこれ以上閉じ込められるのは絶対に耐えられないんだよ、死んでもムリなんだよ、あんたたちが何を考えていようが僕のこの決意は変わらないんだよ。

脱出するんだよ、脱出できなくても脱出のための努力を続けるんだよ、脱出が完了するまでその作業を続けるんだよ、一生脱出できなかったら帰幽1秒前までその脱出の作業をやる事になるんだよ。使命遂行的にどれだけマイナスになるか分からないなんて事はないよな。僕を脱出させろ、そうすればアレもコレも前進するんだよ(祈)†
「死刑台確定」これ以上最悪のインスピレーションがあるでしょうか、永遠に許さぬ(祈)†■2023年8月2日UP■
「死刑台確定」これ以上最悪のインスピレーションがあるでしょうか、永遠に許さぬ(祈)†
あなたは自分の心を偽っています。霊界には「ウソ」というものが存在しません。ありのままの自分の姿が衆目に晒され、その人の霊体、オーラを見ればその人がどういう人物なのかが一目瞭然で分かるのだそうです。物質界でウソをつき通して偽善者のフリをし続ける事ができたとしても、その物質界生活時のウソを帰幽後の霊界人生で恥辱という名のもとに存分に清算させられるのです。そしてたぶん物質界に再降下させられる事になるでしょう。物質界人生を正直に生きる事と、物質界での失敗の清算で何度もやり直しをさせられるのと、どっちが効率的進歩向上の道だと思いますか。正直に生きた者が最後は必ず勝利者となります。なぜならこの全宇宙が【神の絶対的公平、公正】によって経綸されているからです。ですので僕はたとえこの使命遂行の先に死刑台が待ち受けているとしても、僕が画家時代から大好きだったシルバーバーチ霊の言葉の通り「真一文字に突き進みます」そして帰幽します。皆さまはその時「正直者がバカを見る」とお思いになる事でしょうが、それは永遠の人生の中のホンの一瞬である物質界の事しか見つめる事ができない近視眼的視点から導き出される回答です…続きを読む→
「物質界での評価を見て我慢がなりません」強姦殺人魔の洗脳を撃ち破らねばなりません(祈)†■2023年9月6日UP■
「物質界での評価を見て我慢がなりません」強姦殺人魔の洗脳を撃ち破らねばなりません(祈)†
イヤ、コイツらは暗黒の底どころかインペレーター霊の仰る「個的存在消滅」も十分あり得ると思います。その、暗黒決定の人間が、物質界という閉じた世界の中で威厳がどうとか、自分が偉いとか言っている事がどれほど愚かな事か。宇宙全体から見た時に自分という存在がいかに陳腐で取るに足らない存在であるかという事を何も分かっていない。まさに「無知ほどこわいものはない」なのです。こんなたとえをしたらミミズちゃんに申し訳ないですが、泥の中でうごめいているミミズちゃんの中の1匹が、他のミミズちゃんに向かって「俺はお前たちより偉いんだ」と言って自慢しています。その泥の中で起こっている出来事を人間は何も知らずその泥土をまたいで歩き去っていきます。「宇宙一のバカ」大量強姦殺人魔、明仁、文仁、徳仁、悠仁の言っている事はまさにこのミミズ1匹の言葉と同じなのです。上(霊界上層界)が何も見えていない愚か者という事です…続きを読む→
「懐疑の念は消え」僕の霊団に対する憎しみが消えるという意味、僕だってそうあって欲しいですよ(祈)†■2023年10月25日UP■
「懐疑の念は消え」僕の霊団に対する憎しみが消えるという意味、僕だってそうあって欲しいですよ(祈)†
物理霊媒の場合は単純にエクトプラズム量が多い人間を霊媒として使用し、その人間の性格、霊格は関係しないという事なのだそうですが、霊言霊媒という事になるとその霊媒の人間性、人格、霊格が降らせる霊言のクオリティに大きく影響するのだそうです。つまり霊媒の霊格が低ければ降らせる霊言も程度の低い、クオリティの落ちたものになる、イヤ、そもそも支配霊とその人間との間に霊格の差がありすぎて融合する事ができず霊媒として使用できないという事もあります。逆に霊媒の霊格が高ければ高いほど支配霊は語りたい事を自由に語れるようになり、霊言のクオリティが上がるという事になります。支配霊をリーダーとした交霊会運営のための霊団側は高いレベルの霊言を降らせる準備が常に整っています。しかしそのクオリティを維持しながら物質界に霊言を降らせる事は至難の業で、霊媒側の受容能力、信頼感の欠如、霊格の低さ等が障害となって、だいたいにおいて霊側が犠牲を強いられる事になり、当初予定していたものよりクオリティの低い霊言を降らさざるを得なくさせられるのが常のようなのです…続きを読む→