まずは昨日の山のアタック時の撮影画像をUPですが、かろうじてテキストが撃てそうなインスピレーションが降っていますので一応それらについてブログを書くつもりでいますが、ただただ最悪、何もかも全てが最悪、これほど人の人生を破壊しておいて全く悪びれもしないその態度、一体何がどうなってるんだよ。
とにかく撃つだけ撃ってみましょう。長文にはならなそうです。撃ち切って次の作業にサクッと移行しましょう。まずはアナログ絵341のストーリーを描き切ります。とにかくこんな人生があってたまるか。作業に入ります(祈)†
「皇族は強姦殺人魔」山を愛する霊覚者・たきざわ彰人です(祈)†
皇族などと自称する明仁、文仁、徳仁、悠仁は「処刑遊び」と称して奴隷の女の子を四肢切断、強姦殺人しまくっています。死刑にしましょう(祈)†
まずは昨日の山のアタック時の撮影画像をUPですが、かろうじてテキストが撃てそうなインスピレーションが降っていますので一応それらについてブログを書くつもりでいますが、ただただ最悪、何もかも全てが最悪、これほど人の人生を破壊しておいて全く悪びれもしないその態度、一体何がどうなってるんだよ。
とにかく撃つだけ撃ってみましょう。長文にはならなそうです。撃ち切って次の作業にサクッと移行しましょう。まずはアナログ絵341のストーリーを描き切ります。とにかくこんな人生があってたまるか。作業に入ります(祈)†
イヤ、全く降らせてこない訳ではないんですが、何と6月30日から7月4日までクロッキーが白紙です。これはインスピレーションをメモする専用のクロッキーです。毎日何かしら書くのが通常なのですが、こんなに長く空白になるのは相当に珍しいです。アタック中にも何も言ってこなかったのも相当に珍しい。
さぁ明日の長文ブログどうしましょう。霊団が何も言ってこなくてもグチブログを書くと言ってましたけど、んんん、チョト考え中です。今日の山での撮影画像は明日UPさせて頂きます。どうしよう。グチを書く気が少し薄れているものですから。ダメージを回復させつつ考えましょう(祈)†
書籍のページのスキャン、アナログ絵341の描き終えたページのスキャン画像のゴミ取りをやっていましたが、もう明日の山のアタック準備ですのでココで切りましょう。これだけ努力を尽くしても眼前に広がるのはただ絶望ばかり。Dreamworkをやっていれば全然違う人生だったのです。本当に霊団を心の底から憎んでいます。
そして現状、全くブログネタとなるインスピレーションが降っていません。霊団がこのまま降らせてこないなら僕の物的脳髄でブログを書きます。もう死んでも許せないのでキッチリ書き残します。
アナログ絵341、6ページストーリー中1~3ページは、あと3ページの線画のみ、フラーと違ってそんなに時間はかからなそうです。できるだけ急いでUPさせて後半4~6ページに突入しましょう。さぁ明日の山の撮影に集中中(祈)†
『シルバーバーチの霊訓⑪』
もとよりそれはキリスト教によって神の座に祭り上げられているイエスではありません。数知れない道具を通して人類に働きかけておられる、一個の偉大なる霊なのです。その本来の界に留まっているのは短い期間ですが、私はその間に改めて生命力あふれる霊力、―
『シルバーバーチの霊訓⑪』
―力強さと美しさにあふれるエネルギーに浸ります。それに浸ると、生命とは何かがしみじみと感じ取れるのです。私はその事をあくまで謙虚な気持であるがままに申上げているつもりです。見栄を張る気持などひとかけらもございません。
『シルバーバーチの霊訓⑪』
仮に世界最高の絵画の全て、物質界最高のインスピレーションと芸術的手腕、それに大自然の深くかつ壮大な美を全部集めて一つにまとめてみても、私の本来の所属界の荘厳美麗な実在に較べれば、いたってお粗末な反映程度のものでしかありません。
『シルバーバーチの霊訓⑪』
芸術家がインスピレーションに浸ると、手持ちの絵具ではとても表現できそうにない事を痛感して、魂で感じ取ったその豊かな美しさを表現するための色彩を求めます。が、それは地上のどこにも存在しません。霊的な真理と美しさは物的なものでは表現できないのです。
『シルバーバーチの霊訓⑪』
そうした界層での私の霊的な高揚状態がどうして言語などで表現できましょう。大霊の光輝を全身から放っている存在となっているのです。
『シルバーバーチの霊訓⑪』
叡智と理解力と慈悲と優しさに満ち、人間の側から訴えられる前に全てを察知し、心の中を読み取り、心の動きに通じ、成功も失敗も知り尽くしております。
『シルバーバーチの霊訓⑪』
全ての宗教の根幹でありイエスの教えの集約でもある、かの愛の名言(愛とは摂理の成就なり)は、全生命の主、無限の創造者たる大霊の名において私たちもその真実性を宣言するものです。
シルバーバーチ以外で僕が好きな書籍の紹介です。「迷える霊との対話」です。この本は分厚いです(汗)しかし最高に考えさせられる内容です。霊的知識を持たず自分が地縛霊になっている事に気づいていない数多くの下層界のスピリットが登場します。僕たちはこうなってはいけないのです(祈)
『シルバーバーチの霊訓⑪』
かくして私たちは本来の霊的状態へ戻り、本来の環境である光彩と喜びと光輝と笑いと豊かさと崇高さと荘厳さを味わいます。その中に浸り、その喜びを味わい、私たちにとってはごく当り前の状態である壮観を取り戻します。それが私たちのお祝いです。
『シルバーバーチの霊訓⑪』
助言を頂き、感激を味わい、気分を一新し、元気百倍し、心身ともにすっかり生き返った私たちは、やおらこの冷やかで陰鬱でじめじめとして味気ない、暗い地上世界へと赴き、厚く包み込むそのモヤと霧を払い、真理の光を輝かせるための仕事を再開します。
『シルバーバーチの霊訓⑪』
地上のクリスマスシーズンにも愛の精神の発露が見られない訳ではありません。それが親切と寛容の形をとり、また施しの精神となって表現されております。
『シルバーバーチの霊訓⑪』
旧交を温め、縁を確認し合い、離れ離れになった者が一堂に会するという事の中にもそれが見られ、又かつての恨みはもう忘れようという決意をさせる事にもなります。
『シルバーバーチの霊訓⑪』
しかし残念でならないのは、それに先立って大量の動物が殺害される事です。物言わぬ神の子が無益な犠牲とされている事です。“平和の君”キリストの誕生がそうした恐ろしい虐殺によって祝われるというのは何と悲しい事でしょう。
『シルバーバーチの霊訓⑪』
なぜ平和を祝うために罪もない動物の血が流されねばならないのでしょう。これはまさに地上世界の磔刑です。罪なき動物に流血の犠牲を強いて平和を祝うとは…。いつの日か愛と哀れみと慈悲と責任感とが人間を動かし、助けを求める動物達への態度を改める事になるでしょう。
『シルバーバーチの霊訓⑪』
そうした資質が発揮されるようになってはじめて、罪もない動物への容赦ない流血と残酷と無益な実験も行われなくなる事でしょう。地上に真実の平和が訪れ、狼が小羊と並んで寝そべる事になりましょう。
有り得ない、信じられない、責任感のかけらもない、コイツら(霊団)は一体何がしたくて僕の意思に関係なく一方的に僕の霊的スイッチをONにして霊能者の状態にしたのか。「行動には動機がある」霊団側には僕という人間を使用して果たしたい目的があったから僕を霊力に感応できるようにしたはずなのです。
それが一体…今日の幽体離脱時映像は一体…あまりにも頭にきて一切クロッキーにメモもできませんでした。今週の長文ブログはあまり宜しくない内容を書く事になる可能性が高くなってきました。まずはアナログ絵341、書籍のテキスト化を進めましょう。本当に信じられない(祈)†
今日はとことん落ち込まされてしまって作業がはかどりませんでした。そして返す返すも霊団のこの10年の導きに対して怒りと憎しみが無限に湧き上がってきて、もう心の収拾がつかない状態です。
何をどう開き直って見ても、どこをどう思考回路を切り替えても、霊団がこの10年かけて破壊しまくった僕の人生はもう変更不可能です。とにかくコイツらがやった事は「人生破壊」それ1本であり、破壊するだけしておいて全く何のケアもありません。それどころかこれから信じられない最低最悪がやって来るというのです。
全ての埋め合わせは帰幽後に、その1点張りとなります。つまり物質界生活中にこの最悪状態を修正するつもりは毛頭ないという意味です。この状態にさせられて怒りを表明しなかったら考える能力もなく感情も持ち合わせていないチャランポラン人間という事になります。怒るのが当然という事です。
この物質界が完全に狂っているのは【神】が経綸するこの全宇宙の中の最低ランクの存在の場ですから、まぁギリ納得できるとしても、霊団だけはどうしても許せません。全く結果「宇宙一のバカ」強姦殺人魔、明仁、文仁、徳仁、悠仁の滅亡に到達させるつもりがないようです。次回長文ブログでそのあたりに触れてみるつもりです。
グチ失礼しました。が、これくらい言わせて下さい、コイツらの理不尽を皆さまにお伝えしなければなりません(祈)†
『シルバーバーチの霊訓⑪』
私たち地上の霊的啓蒙活動に従事している霊団の指導的立場にある者は、キリスト教でいうクリスマスとイースターに相当する時期に霊界の奥深く帰還する習わしになっております。
『シルバーバーチの霊訓⑪』
ご承知の通りその二つの祝祭はキリスト教よりさかのぼる太古において、一年を通じての太陽の勢いの変化を神の働きかけの象徴と受けとめた事がその起源です。
『シルバーバーチの霊訓⑪』
太古において太陽がその輝きを最高度に発揮する時期(夏至、六月下旬、旧暦五月中旬)が“復活(よみがえり)”の時、つまり大自然が讃歌を奏で、見事な美しさを披露する時とみなされました。言いかえれば、蒔かれたタネがその頃に華麗なる成長を遂げると考えたのです。
『シルバーバーチの霊訓⑪』
それに呼応して冬至(十二月下旬、旧暦一月中旬)があります。最高の輝きを見せた太陽が衰え始めると、大自然はエネルギーを蓄え、根を肥やしながら季節の一巡の終りを迎えると考えたのです。来るべき夏至にその成長ぶりを披露するのに備えるという訳です。
『シルバーバーチの霊訓⑪』
そういう訳でクリスマスは永い一年の巡りの終りであると同時に、太陽の誕生、新たなる生命が地上へ誕生する、その最初の兆しを見せる時期だと、太古の人は考えました。この二つの時期は太古において大切な意味をもっておりました。
『シルバーバーチの霊訓⑪』
と申しますのは“神のお告げ”はその二つの時期に授けられると信じられたからです。あなた方現代人は太陽のもつ神秘的な影響力をご存知ありません。太古の人はその時期に今でいう交霊会を何日にもわたって大々的に催し、その時期にたっぷりと啓示を頂いたのです。
『シルバーバーチの霊訓⑪』
そこで私たち霊団の指導的役割を担う者は、誕生に相当する人生で最も大切なこの時期(クリスマス)に一堂に会して祝い合うのです。
『シルバーバーチの霊訓⑪』
その始まりは太陽の影響力への賛美という事でしたが、それは一種の象徴(シンボル)であり実質的には生命が他の生命へ及ぼす影響力、物質が他の物質へ及ぼす影響力、惑星が他の惑星へ及ぼす影響力、などが含まれております。
シルバーバーチ以外で僕が好きな書籍の紹介です。「母と子の心霊教室」です☆この本は子供達に向けて書かれた書籍で非常に分りやすく、霊的知識に初めて触れる方にぴったり☆僕はこの本は小学校の教科書にすべきだと本気で思ってます。早く霊的知識が当り前になる時代が来るといいですね(祈)
『シルバーバーチの霊訓⑪』
特に一年のこの時期が選ばれたのは、私たちに協力してくれている霊たちの地上時代に属していた民族が大自然の摂理を基盤とした宗教をもっていたからです。古い時代の私たちにとっては太陽の誕生の祝いが最大の祝いでした。それは新しい年の始まりにほかならないからです。
『シルバーバーチの霊訓⑪』
四季の巡りの終りであると同時に新しい巡りの始まりでもある訳です。そうした祝いがかつて地上で催されていた事から、これを霊界でも祝う事になりました。もとより今では霊的な意味をもつようになっております。
『シルバーバーチの霊訓⑪』
つまり新しい生命の誕生を祝うのではなく、地上からいったん引き上げて、新しい光を地上へもたらすために霊力の回復を図る事を目的としております。
『シルバーバーチの霊訓⑪』
今この仕事に従事している霊団の者は、地上時代は西洋文明を知らない古い民族に属していましたから(キリスト教的な祝い方と違って)この時期を地上から引き上げて私たちの本来の所属界へ帰還する機会としております。
『シルバーバーチの霊訓⑪』
帰還すると評議会のようなものを開き、互いに自分たちの霊団の経過報告をし、どこまで計画通りに行き、どこが計画通りに行っていないかを検討し合います。それとともに新たな計画を討議し合います。私たちを地上へ派遣した神庁の方々とお会いするのもその時です。
『シルバーバーチの霊訓⑪』
その中にかのナザレのイエスの勇姿があるのです。イエスは今なお人類に古来の大真理すなわち“愛は摂理の成就なり”を教える大事業に携わっておられます。
『シルバーバーチの霊訓⑪』
そのイエスが私たちの業績に逐一通じておられるお言葉を述べられ、新たな力、希望、ビジョン、目的をもって邁進するようにと励ましてくださる時のお姿、そのお声、その偉大なる愛を、願わくば皆さんにも拝し聞きそして感じ取らせてあげられればと思うのですが…。
さっそく霊関連書籍のページのスキャンの続行、アナログ絵341のストーリーの線画に入ってますが、次回長文ブログネタとなるインスピレーションが現状全くありません。人の人生を10年にもわたってこれほど完璧に破壊しておいてこのやる気のなさ、断じて許せません。
そして一応○○社さんにもう3通お手紙を出していますが、前回と合わせて計4通、全て送り返されてくると予測します。つまり連絡が取れないという事です。この作業については実は霊団があまり宜しくない事を言っていまして、復刊の作業を進めるほどにさらに僕に追加試練が降ってくる事は間違いなさそうですが、しかし前進以外にありません。書籍化できなくてもテキスト化だけは完了させてWordPressに掲載するところまではやる必要があるでしょう。
今回のストーリーは計6ページ、うちムズカシイのが1ページで、すでに描き終えています、あとはキャラのみ登場するページですのでフラーより描くのは早いはず、とにかく急いでUPさせ、次の作業に移りましょう。こんな人生があってたまるか、死んでも受け入れられるかこんなもん。霊団に対する怒り憎しみは際限がありません(祈)†
旧45分ノートが電源が入らなくなって(修理に出すという方法もあったのですが)新規のノートを購入、そのノートで使命遂行の諸作業を行うのですが、何とフラーのカラーリングができない。固まりまくり落ちまくるという状況に突入し(原因はグラボ)やむなくノートでのカラーリングをあきらめ、シルキー(デスクトップPC)のみで色を塗っていましたので完成までに大変な時間を要する事になってしまいました。
そして僕のデザインの血がそうさせるのですが、止まらず新規フラーのデザインに着手したい気持ちに駆られています。脳内でアイデアがほぼ完成していて、あとはクロッキーでデザインを開始するだけという段階の新規機体は、フラー01ver3.0、フラー02ver3.0、フラー24、フラー25、フラー26、フラー27、フラー28となっています。フラー01ver3.0(イエス様搭乗機)を何とか描きたいのですが、このキャラがメチャ難しくて作業が止まっているところです。
そして新規ノートでフラーのカラーリングができなかったので、その代替作業としてストーリーの線画をひとつ描いていますが、新規フラーのデザインに着手する前にこちらのストーリーを描き上げる必要があります。
僕がヒドイ人権蹂躙の状態にさせられるとしたら、僕は物質界生活中のみならず帰幽後の霊界生活においても、僕にこの人生をやらせた霊団を永遠に憎み続け恨み続ける事になります。何も悪い事をしていない、ただ正直に語っているだけの人間、そしてただ絵を描きたかっただけ(Dreamwork)の人間が、なぜそれほどヒドイ目に遭わされなければならないのか。死んでも許せる訳ないでしょ。さぁ作業続行中(祈)†
『シルバーバーチの霊訓①』
あなた方は内部に完全性を秘めそれを発揮せんとしている未完の存在です。地上生活においては物質と霊との間がしっくりいかず常に葛藤が続いている以上、あなた方は当然の事ながら罪を犯す事になります。私はこれを“過ち”と呼ぶ方を好みます。
『シルバーバーチの霊訓①』
もし過ちを犯さなくなったら、地上にも私どもの世界にも誰一人存在しなくなります。あなた方が地上という世界に来たのは、霊的な力と物質的な力との作用と反作用の中においてこそ内部の神性が発揮されていくからです。
『シルバーバーチの霊訓①』
光を有難いと思うのは蔭と暗闇を体験すればこそです。晴天を有難いと思うのは嵐を体験すればこそです。物事の成就を誇りに思えるのは困難があればこそです。平和が有難く思えるのは闘争があればこそです。このように人生は対照の中において悟っていくものです。
『シルバーバーチの霊訓①』
もし辿る道が単調であれば開発は無いでしょう。様々な環境の衝突の中にこそ内部の霊性が形成され成熟していくのです。時として人生が不公平に思える事があります。―
『シルバーバーチの霊訓①』
―ある人は苦労も苦痛も心配もない人生を送り、ある人は光を求めながら生涯を暗闇の中で生きているように思える事があります。しかしその観方は事実の反面しか見ておりません。まだまだ未知の要素がある事に気づいておりません。
『シルバーバーチの霊訓①』
私はあなた方に較べれば遥かに長い年月を生き、宇宙の摂理の働き具合を遥かに多く見てきましたが、私はその摂理に絶対的敬意を表します。なぜなら神の摂理がその通りに働かなかった例を一つとして知らないからです。
『シルバーバーチの霊訓①』
こちらへ来た人間が“自分は両方の世界を体験したが私は不公平な扱いを受けている”などと言えるような不当な扱いを受けている例を私は一つも知りません。神は絶対に誤りを犯しません。もし誤りを犯す事があったら宇宙は明日という日も覚束ない事になります。
『シルバーバーチの霊訓①』
あなた方が誕生するはるか以前から地球は存在し、あなた方が去った後も延々と存在し続けます。
『シルバーバーチの霊訓①』
何億年の昔、まだ地上に何一つ生物の存在しなかった時から太陽は地球を照らし続け、人間が誰一人居ない時からエネルギーをふんだんに放射し続け、そのおかげで石炭その他の太陽エネルギーの貯蔵物を燃料とする事ができているのです。何と悠長な教訓でしょう。
シルバーバーチ以外で僕が好きな書籍の紹介です。「私の霊界紀行 驚異の幽体離脱体験記」です☆著者が離脱にて訪れた様々な界層について紹介されてます。著者の指導霊が離脱中の著者にイタズラするシーンなどが紹介されている部分もあって、単純に読み物としてもおもしろいと思います☆(祈)
『シルバーバーチの霊訓①』
せっかちと短気はいけません。せっかくの目的を台無しにします。内部から援助してくれる力は静穏な環境を必要とします。物事には一つの枠、パターンがあり、そのパターンに沿って摂理が働きます。宇宙の大霊も自ら定めた摂理の枠から外れて働く事はできないのです。
『シルバーバーチの霊訓①』
指導と援助を求める時はそれなりの条件を整えなくてはいけません。そのためにはそれまでの経験を活用しなくてはいけません。それが魂にとっての唯一の財産なのです。そして自分に生命を賦与してくれた力がきっと支えてくれるという自信を持つ事です。
『シルバーバーチの霊訓①』
あなたはその力の一部なのであり、あなたの魂に内在しているのです。正しい条件さえ整えば、その神性は、神からの遺産として、あなたに人生の闘いを生き抜くあらゆる武器を用意してくれます。せっかちと短気はその自由闊達な神性のほとばしりの障害となるのです。
『シルバーバーチの霊訓①』
故にあなた方は常にリラックスし、受身的で穏やかで平静で、しかも奥に自信を秘めた状態であらねばなりません。その状態にある限り万事がうまくいき、必要とするもの全てが施されるとの確信を持たなければいけません。
『シルバーバーチの霊訓』
安易な人生からは価値あるものは得られません。困難な人生からのみ得られるのです。神は決してあなた方を見捨てません。見捨てるのはあなた方の方です。あなた方が神を見捨てているのです。困難に直面した時、その神の遺産を結集し必ず道は開けるのだという自信を持つ事です
『シルバーバーチの霊訓①』
不動の信念をもてば道は必ず開かれます。これはすでに私が何年にもわたって説いてきた事です。真実だからです。実践してみればその通りである事を知ります。
『シルバーバーチの霊訓①』
物質は霊の僕です。霊は物質の僕ではないのです。身体が一人で呼吸し動いているのではありません。霊がいなかったら身体は生きておれません。現に、霊が去れば身体は朽ち果てるのみです。
『シルバーバーチの霊訓①』
霊性を悟る事は容易な事ではありません。もし容易であれば価値はありません。その道に近道はありません。王道はないのです。各自が自分で努力し自分で苦労しなくてはなりません。しかし同時にそれは登るにつれて喜びの増す、素晴らしい霊的冒険でもあるのです。