—–二章6
『ベールの彼方の生活①』
【念力による創造実験 一九一三年十月八日 水曜日】私たちからの通信の奥深い意味を理解なさろうとする方にとって大事な事が幾つかあります。今夜はそうした表面を見ただけでは判らない事―
『ベールの彼方の生活①』
―普通の物の考え方では見落されがちな問題を扱う上で役に立ち指針となるものをお教えしようと思います。その一つは人間界から放射された思念がこちらへ届く時の様子です。善性を帯びた思念には輝きが見られますが善性が欠ける思念にはそれが見られません。
『ベールの彼方の生活①』
その光輝は元々本人の身体から出ており、それで私たちはその色彩(オーラ)を見て霊的性格を判断する事が出来ます。単に明るい暗いとか明るさの程度がどの段階であるといった事だけでなくその人のどういう面が優れていて、どういう面に欠点があるという事まで判断します。
『ベールの彼方の生活①』
その判断に基づいて長所をさらに伸ばし欠点を矯正していく上で最も適当な指導霊を当てがう事になります。一種のプリズム方式によって性格を分析し、それに基づいて診断を下します。これは肉体に包まれた人間の場合であって、こちらではそんな事をする必要はありません。
『ベールの彼方の生活①』
と言うのは、こうした事は霊的身体(※)に関わる問題であり、こちらでは霊体は当然誰の目にも丸見えであり、それが言わば魂の完璧な指標なのですから、その人の霊的性格が全部分ってしまいます。言い落しましたが、そうした色彩は衣服にも反映しますから、―
『ベールの彼方の生活①』
―その中の支配的な色彩を見て、この人はどの界のどの程度の人だという判断を下す訳です。しかし思念は精神的行為の“結果”ですから、その霊が生活している環境を見てもどういう思念を抱いている人であるかが判ります。単に見えるだけでなく肌で感じる事が出来ます。
『ベールの彼方の生活①』
地上より遥かに正確でしかも強烈です。(※日本の心霊学ではこれを幽体と霊体と神体とに分けるのが常識となっているが本書では霊体という用語を肉体とは別の“霊的な身体”という意味で用いる事にする。霊界についても同じである―訳者)
【過去コメ】僕は果てしなくナイトアタック(深夜の山行)を繰り返し、闇の恐怖を克服してかなりのレベルの勇気に到達したと思ってました。日本においてはそうだったかも知れませんがインディアンの方々の勇気には到底及ばないと理解しました。視線を上に向けられるって素敵です☆僕はまだまだなのです(祈)
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『ベールの彼方の生活①』
こういう風に考えていけば私たちが強烈な思念を働かせれば、その思念が目に見える客観的存在となって顕現する事が当然有得る事になります。という事は美しいものを意識的に拵える事も出来るという訳です。【何か例を挙げていただけますか―】
『ベールの彼方の生活①』
よろしい。その方がよく分って頂けるでしょう。ある時こうした問題を勉強している仲間が集まって、どの程度進歩したかを試してみましょうという事になりました。そこで美しい森の空地を選び、全員である一つの像を念じてその出来具合を見ました。
『ベールの彼方の生活①』
私たちが選んだのは後で調べるのに都合が良いように固くて長持ちするものという事で象に似た動物でした。象とは少し違います。こちらにはいますが地上ではもう絶滅しました。私たちは空地で円座を組み、その動物を想像しつつ意念を集中しました。
『ベールの彼方の生活①』
すると意外に速くそれが目の前に姿を現しました。こんなに速く出来るものかと皆で感心しました。しかし私たちの目には二つの欠点が見えました。一つは大きすぎるという事。全員の意念を加減する事を忘れたのです。もう一つは確かに生きた動物ではあるけれど、―
『ベールの彼方の生活①』
―部分的には石像のようなところもある事です。生きた動物を想像して念じた者が多かったからそうなったので、結局は石と肉の混合のような妙なものになってしまいました。他にも挙げれば細かい欠点がいろいろと目立ちます。例えば頭部が大きすぎて胴が小さすぎました。
『ベールの彼方の生活①』
念の配分が片寄っている事を示すものです。こういう具合にして欠陥を知り、その修正方法を研究します。実験してみてはその成果を検討し再びやり直します。今紹介したのがその一例という訳です。
『ベールの彼方の生活①』
そうして拵えた像から注意を逸らして語り合っていると、その像が徐々に姿を消して行きます。そこでまた新たにやってみる訳です。私たちは同じモデルは二度と使用しない事にしました。送念の仕方が一つのパターンにはまってしまう恐れがあるからです。
【過去コメ】僕の体験をどれだけ力説しても皆さんには分かって頂けないと思います。本を読んで知識は得られるでしょうが、実際に霊的体験をするには日常生活において艱難辛苦を克服し、霊性発現させるしかないのです。どうかそれぞれの生活の場において困難に真正面から立ち向かう勇気をもって頂きたいのです(祈)
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『ベールの彼方の生活①』
そこで今度は果実の付いた樹木にしました。オレンジの木に似ていますが少し違います。今度は前よりはうまく行きました。失敗点の主なものとしては果実が熟したものと熟してないものとがあった事。それから葉の色が間違ってましたし枝の長さにまとまりがありませんでした。
『ベールの彼方の生活①』
こうして次から次へと実験し、その度に少しずつうまくなって行きました。あなたにはこうした学習の愉しさや失敗から生まれる笑いやユーモアがある程度は想像して頂けると思います。
『ベールの彼方の生活①』
死後の世界には冗談も、従って笑いも無いかのように想像している人は、いずれその考えを改めて頂かねばなりません。そうしないとこちらへ来てから私たちとお付合いがし難い―いえ私たちの方がその方たちとお付合いし難いのです。
『ベールの彼方の生活①』
でもそういう人でもやがてこの世界の愛に目覚め、至って自然にそして屈託なく振舞う事ができる事を知り、そうならないとまともに相手にしてもらえない事を悟るようになります。地上というところはそれとは反対のように思いますが、いかがですか。
『ベールの彼方の生活①』
いえ地上には地上なりに生きてそれなりの教育を得る事です。そうすればこちらへ来て―ただブラブラするだけ、あるいはもっと堕落すれば別ですが―当り前に生活すれば進歩も速いのです。そして学べば学ぶほど自由に使いこなせるエネルギーに感嘆するのです。
『ベールの彼方の生活①』
【アストリエル霊、昨日出られた方ですがここに来ておられますか―】今夜はお出でになりません。お望みであればまたお出でになりましょう、きっと。【どうも。でもあなたにも来て書いて頂きたいですね―】ええ、それはもちろん。あの方も私も参りますよ。
『ベールの彼方の生活①』
あなたのためでもあり同時に私たちにとってもこうして霊感操作をする事が、今述べたのと同じように意念や霊力の使い方を勉強する上でも良い訓練になるのです。私たちが述べている事が映像となってあなたの意識に入ってくるのが見えませんか。【見えます―】
『ベールの彼方の生活①』
【―時には実に鮮明に見える事があります。そういう事だとは思ってもみませんでした―】おやおや、そうでしたか。でもこれでお判りでしょう、さっきの事を書いたのもそれなりの目的があったという事が。あなたはそれがどうもピンと来ない―多分その通りだったのでしょう。
『ベールの彼方の生活①』
それは私たちも認めます―と思っておられましたし、一体何をを訴えんとしているのかといささか不愉快にさえ思っておられた。ね、そうではなかったかしら。私たちはあなたのその様子を見てニコニコしていたのですよ。でもあなたは私たちの思念を、―
『ベールの彼方の生活①』
―ほぼ私たちが念じた通りに解釈しておられましたし、そうさせた私たちの意図も意念というものがあれほど鮮明に、そして実感をもって眼前に現れるものである事を判って頂く事にあったのです。では、さようなら。あなたに、そしてあなたのお家族に神の祝福を。
【過去コメ】僕が霊関連書籍の抜粋において守ってる事は「僕の小我で着色しない、原文のまま抜粋する」事です。それはそうです。僕などはイエス様はじめ高級霊の方々、もっと言えば“神”の道具にすぎないのですから何をでしゃばって書きますか…って事なのです。最も完全に守れてるとは断言できませんが…(祈)