ひとつ耳を疑うインスピレーションが降っていまして、霊団の言う通りには絶対になる訳がないと思っているのですが、実は現在の「イエス様ハンドリング」霊的使命遂行開始(2014年7月)より前に、全く同じ内容のブログを書き残しているのです。

つまり霊団は僕を霊性発現させた当初からそれを考えていた、実現を狙っていたと予測できるのですが、とにかく重大極まる内容ですので今回の長文ブログのタイミングではそのインスピレーションについては触れない方が賢明だろうと考えます。

他にも説明すべきインスピレーションが複数ありますので、まずはそちらに注力しましょう。軽はずみにおかしな事は絶対書けない、そういうインスピレーションなのです。僕はずっと霊団がフラーを推してくるのを不可解に思っていたのですが、その理由が今回のインスピレーションなのかも知れないと思ったりします。つまり「アキトくんがおかしな事を考えて謙虚が崩れてしまうくらいならフラーを描かせておいた方がまだ害がない」という意味のような気がしてきました。

とにかくこのインスピレーションについては書きません、書けません。気持ちを切り替えて山のアタックに集中しましょう。まぁ霊団の言う通りになどなるはずがないと思っていますので、あまり深く考えない方がよさそうです。霊団にとっても僕がおかしな事を考え始めてしまうよりその方が都合がいいのでしょう。んースイッチを切り替えましょう(祈)†

■2021年10月6日UP■
「イエス様、間違っているが気に入って活用している」この意味について説明してみましょう(祈)†
キリスト教は「ひとりの人間を超人的ポジションに祭り上げて肝心の霊的知識をなおざりにする」という人類最大の愚行を犯しました。その間違いを僕たち人類は2度と繰り返してはならない、今回霊団が降らせてきたイエス様に関する幽体離脱時映像には、そういうイエス様、もっと言えば霊界全体の積年の悲願が込められているのではないかと思ったりもするのでした。イエス様は【神】ではありません。イエス様はずば抜けて霊格の高いひとりの霊能者だったという事です。【神】とはこの全宇宙を経綸する自然法則の事であり、断じてひとりの人間ではありません。ましてや「宇宙一のバカ」強姦殺人魔、明仁、文仁、徳仁、悠仁が【神が人間になった】などという事は天地がひっくり返っても全宇宙が爆発して滅んでも死んでも絶対に有り得ません…続きを読む→
■2021年9月11日UP■
「イエス様を最大の信奉とせず」これはスピリチュアリズム底流の大原則です(祈)†
これまで人類はイエス様はじめ世界中の宗教の創始者等を超人的ポジションに祭り上げおかしなラベル、呼び名を付けてその人物やラベルばかりを崇めて肝心の霊的知識つまり中身をなおざりにしてきました「キリスト教の2000年の長きに亘る人類の呪い」がまさにその典型であり、その失敗を2度と繰り返さないために霊界側は「スピリチュアリズム」を勃興させ、人々の関心の対象を「人物やラベル」から「霊的知識そのもの」へとシフトさせたという事。もし霊団側が僕という霊の道具を使用して霊的知識普及の仕事をする事があるのであれば、僕という霊媒から降る霊言は今回のインスピレーション「イエス様を最大の信奉とせず」にありますようにイエス様に注目を集めさせるのではなく霊的知識そのものに関心を集めさせるという意味…続きを読む→
■2021年9月3日UP■
「いい加減にしてくれジャマ」これはキリスト教の2000年の呪いという意味ではないでしょうか(祈)†
インスピレーション「いい加減にしてくれジャマ」の説明に戻ってみましょう。これはつまり霊界サイドは物質界に正しい霊的知識を普及させようとして、それこそ2000年前のイエス様の犠牲の降誕の時からイヤそれ以前からずっと仕事をしている訳ですが、キリスト教という呪いが物質界に蔓延してしまった事で霊的知識普及の大事業が遅れに遅らされてしまった。それを受けての霊界高級霊の方々の「我々には成すべき仕事が山のようにあるんだよ、そろそろジャマも本気でいい加減にしてくれ」という意味が込められているのではないかと僕は思ったのです…続きを読む→
■2021年3月31日UP■
「返して頂く」2000年の冒涜から「私の名誉を返して頂く」というイエス様のご意志ではないでしょうか(祈)†
僕はキリスト教と全く無縁の人生を送ってきた、仏教だの新興宗教だのと言ったものにも全く関わりを持った事もなく、むしろ最高に胡散臭いと思っている。教会に足を運んだ事も1度もなく聖書も1度も読んだ事がない、今後も一切読むつもりはない。イエス様という人物にも何の興味も関心も持った事がなくデザインの世界で生きてきた、霊性発現を果たすまではイエス様の事など全く考えない人生でした。つまり脳内および心がキリスト教の「ドグマ」に全く侵されていない、僕という人間はイエス様にとって良い意味で「何も分かってない頭カラッポの人間」で、仕事をお願いするにあたりいろいろ都合がよかったのではないか。「シルバーバーチの霊訓」を筆頭とした、日本一のスピリチュアリスト近藤千雄先生翻訳の霊関連書籍は、宗教大キライの僕でも読み進める事ができた、現在でも「人生のバイブル」と思えるほどにスンゴイ気に入っている…続きを読む→

「シルバーバーチの霊訓」より→「霊的成長は思いやりの心、寛容の精神、同情心、愛、無私の行為、そして仕事を立派に仕上げる事を通して得られます。言いかえれば内部の神性が日常生活において発揮されてはじめて成長するのです」

「シルバーバーチの霊訓」より→「邪な心、憎しみ、悪意、復讐心、利己心といったものを抱いているようでは自分自身がその犠牲となり、歪んだ、ひねくれた性格という形となって代償を支払わされます」

「シルバーバーチの霊訓」より→「人間は自分の魂の庭師のようなものです。魂が叡智と崇高さと美しさを増していく上で必要なものは神が全部用意してくださっております。材料は揃っているのです。あとは各自がそれをいかに有効に使用するかに掛っております」

「シルバーバーチの霊訓」より→「人間的な感情を具えた神は、人間が勝手に想像したもの以外には存在しません。悪魔も人間が勝手に想像したもの以外には存在しません。黄金色に輝く天国も、火焔もうもうたる地獄も存在しません
。それもこれも視野の狭い人間による想像の産物です」

「シルバーバーチの霊訓」より→「神とは法則です。それを悟る事が人生最大の秘密を解くカギです。なぜなら世の中が不変不滅、無限絶対の法則によって支配されている事を知れば、全てが公正に裁かれ、誰一人としてこの宇宙から忘れ去られる事がない事を悟る事ができるからです」

「シルバーバーチの霊訓」より→「神が全てを知り尽くしているのも法則であればこそです。法則だからこそ何一つ見落される事がないのです。法則だからこそ人生のあらゆる側面がこの大宇宙にその存在場所を得ているのです」

「シルバーバーチの霊訓」より→「人生のありとあらゆる側面が、いかに些細な事でも、いかに大きな問題でも、決して見逃される事がありません。全てが法則によって経綸されているからです。法則なくしては何者も存在し得ません。法則は絶対です」

「シルバーバーチの霊訓」より→「人間の自由意志が混乱を惹き起こし、その法則の働きを見極めにくくする事はあっても、法則そのものは厳然と存在し機能しております。私は神学はこれまで人類にとって大きな呪いとなっていたと信じます。しかしその呪われた時代は事実上過ぎ去りました」

「シルバーバーチの霊訓」より→「私たちは神の摂理を説いているのです。摂理こそ地上に健康と幸福をもたらすと信じるからです。教会で(聖書を絶対のものとして)説教している人達はいずれその誤りを初めから是正させられる日が来ます。法則から誰一人逃れる事も免れる事もできません」

「シルバーバーチの霊訓」より→「一旦心眼が開かれ霊力を伴った愛を受入れた人、つまり霊的真理の啓示に目覚めた人がその後万一それなりの責任を果たさなかったら。その人は一層大きな罰を被ります。なぜならそうと知りつつ怠ったのであり、そうとは知らずに怠ったのではないからです」

「シルバーバーチの霊訓」より→「立派な霊媒になれるはずなのに銀貨30枚で霊的才能を売ってしまっている人が数多くいます。(最後の晩餐の直前にイエスの弟子の一人ユダが、イエスを捕縛せんとする側と密通して銀貨30枚を貰った事から“裏切りの値”としてよく用いられる)」

「シルバーバーチの霊訓」より→「神は人間の全てに内在しております。未だ人間は遺伝的に動物的性向を宿してはおりますが、同時にそれらの全てに優るものとして神の属性も宿しており、それを機能させ発揮しさえすれば地上生活を神のごとく生きる事ができます」

「シルバーバーチの霊訓」より→「あらゆる病を治し困難を克服する力を人間一人一人が宿している事実を地上人類は未だに悟っておりません。心身が衰弱した時に引き出せる霊力の貯蔵庫を一人一人が携えているのです。“神の御国は汝等の心の中にある”この真意を理解する人が何と少ないのでしょう」

「シルバーバーチの霊訓」より→「その、より大きな自我と接触する方法は神の摂理に則った生活を送る事ですが、それを実行する人が何人いるでしょうか。生活は行為だけで成り立っているのではありません。口にする事、心に思う事によっても成り立っております」

「シルバーバーチの霊訓」より→「行為さえ立派であれば良いというものではありません。むろん行為が一番大切です。しかし口をついて出る言葉、心に思う事もあなたの一部です。人間は往々にして思念の“主人”ではなく“奴隷”になっている、とはよく言われる事です」

「シルバーバーチの霊訓」より→「私たちは一人の例外もなく神の一部です。赤い肌をした者もいれば黒い肌をした者もおり、黄色い肌をした者もいれば白い肌をした者もいます。が、その一つ一つが全体の組織の一部を構成しているのです」

「シルバーバーチの霊訓」より→「そのうち神の摂理が地上全土で理解され、あらゆる肌色をした人種が混り合い、お互いに愛念を抱いて生活する調和のとれた地上天国が実現する日が来ます。が、今のあなた方にはそうした肌の色の違いが何を意味しているかは理解できません」

「シルバーバーチの霊訓」より→「全民族が融合し合うまでは地上にいかなる平和も訪れません。言いかえれば表面の肌色でなくその奥の魂を見つめるようになるまでは真の平和は訪れません。このサークルがほぼ世界中の民族から構成されているのも地上人類への教訓が意図されているのです」

僕は守護霊様の導きに従い、果てしなく読書してきました。それだけでも十分霊的知識の理解を深める事ができましたが、今こうして“抜粋”する事でさらに内容を復唱し、さらに×10 理解が深まっていくのを感じます。勉強して無駄な事なんて何もないと自らの体験を通して心底実感するのです(祈)

■2021年1月16日UP■
霊団が「罰金」と降らせてきました。やれるもんならやってみろ逆手にとって徹底攻撃してやるぞ(祈)†
もし本当に僕が「罰金」などという愚劣極まる事を言い渡されるのだとしたら、もちろん「書類」が僕に届くはずですね。僕はもちろんその書類をスキャンしてブログにUPし、皆さまに真実を訴えかけるツールとして、そして「宇宙一のバカ」強姦殺人魔、明仁、文仁、徳仁、悠仁を最大攻撃するツールとして、いわば「逆手にとって最大活用」するつもりです。信じられない人数の幼い女の子を「処刑遊び」で四肢切断、強姦殺人しまくり死肉を食べまくって遊んでいる人類史上最大級の犯罪者を逮捕、死刑にするという人間としてこれ以上当たり前の事はないという常識を公言しているだけの僕が「罰金」などという狂った憂き目に遭わされるというのなら、僕はその理不尽を物質界に残された最後の1秒まで皆さまに訴えかけ続けます。僕が画家時代からずっと公言し続けている「座右の銘」ともいえる言葉をご存じでしょうか「1歩も退く気はない」…続きを読む→
■2021年1月28日UP■
「もうウソは必要ないと思う」明仁、文仁、徳仁、悠仁が必要ないという皆さまの思念です(祈)†
もっと噛み砕いて分かりやすい表現で言ってみましょう、こうです。すっとぼけ続けている。という事です。公の場でメディアに向かって「たきざわ彰人、お前そろそろいい加減にしなさい」などと怒りの発言をしたらどうなりますか。僕のブログに一気にアクセスが集中してネット中に議論が噴出するはずです。で、ここで皆さまお考え下さい。もしコイツら、明仁、文仁、徳仁、悠仁が何も犯罪行為をしていない、心にやましい事がないのであれば議論が沸き上がって何も困る事はないはずです。かえって自分の身の潔白が証明される事になって願ったり叶ったりのはずです。しかし「宇宙一のバカ」強姦殺人魔、明仁、文仁、徳仁、悠仁はその議論が勃発しないように視点外しに終始していますね。行動には動機がある。つまりこうです、コイツらの邪悪の正体は実はもうとっくの昔に「周知の事実」なのです…続きを読む→
■2021年1月30日UP■
「ももちゃんシルキー詳細描画に入ります」ストーリーをさらに描き進める事になるのかどうか(祈)†
つまり僕が今後アナログ絵ストーリーでももちゃんとシルキーを長らく描き続けていくという意味に取れるメセとなります。となるとつまり僕が暗殺されるならももちゃんとシルキーを描き続けられなくなるはずですから、上記の「お前を殺すぞ」のインスピレーションはやはり明仁、文仁、徳仁、悠仁の「最後の悪あがきの脅しの言葉」であって僕の暗殺の可能性は低いと予測します。特にシルキーは重要です。ハイそしてこのインスピレーションが僕はずっと首を傾げている内容なのですが、霊団によると僕が描き続けている使命遂行キャラクターの中で「シルキーが1番人気」なのだそうで、今回も霊団がそれを強調してきたという事になります。まぁ人気がないよりはあった方がもちろんいい訳ですが描いている僕的には「なぜシルキー?」とだいぶ首をかしげてしまうのです。以前「スマホ待受フルカラーイラストダウンロードプレゼントをやりたい」と書いていた事がありますがAffinityPhotoにだいぶさわり慣れてきた事もありますので時間とパワーが許すならシルキーの待受を制作してみたいものです…続きを読む→
■2021年6月2日UP■
「長持ちさせようとは思っていません」霊団の言葉ですが、全然そうなってないだろ(祈)†
「ピーチピチ(佳子)の発言にばかり注目するな」と霊聴に言ってきたのですが、これは霊団から皆さまへの警告と思われます。つまり「宇宙一のバカ」強姦殺人魔、明仁、文仁、徳仁、悠仁がパレットから奴隷の女の子を購入し続け四肢切断、強姦殺人し続け死肉を食べ続けている邪悪の真実、ピーチピチ(佳子)は奴隷の女の子たちと全く同じ手法で文仁が赤ちゃんの時に美人から盗んだ女の子であり、文仁、紀子と1ミリも血がつながっていない「赤の他人」であるという真実、そして奴隷の女の子たちの存在、悲劇の実情に国民の注目、関心が集まらないように「視点外し」のニュースを休みなく流し続けて国民が真実に目覚めないようにしている、つまり(どういう経緯かは僕にも分かりませんが)ピーチピチを逮捕とか言っているのも要するに「視点外し」で、国民の注意関心および議題を問題の本質から逸らすのが目的という事です…続きを読む→