【4/5】これが死後の世界だ (1)衣服

抜粋を掲げる前に、スエーデンボルグの思想的特徴を説明しておこう。彼の思想を一語で言えば、神人同形同性説である。すなわち「宇宙は1個の人間に似た存在」であり、また「天界のあらゆる社会もそのひとつひとつが1個の人間のような存在」であり、そして「天使は完全なる人間的容姿を具えている」と説く。
その天使も彼の説によれば元は1個の人間であった。その点はデービスも同じ説を唱えている。デービスはそれを「物的生活のいちばん大きな目的は、生命の樹に完全無欠なる人間を実らせることである」と表現している。
スエーデンボルグはさらにこう説明する。
「宇宙は全体的に観ても部分的に観ても1個の人間に似た存在である。“主”の人間性が発現して全大宇宙となったのであるから、それは当然のことである。」
これを彼は6段階にわたって説明している。
「(1)“主”とは宇宙神のことである。
(2)その“主”の人間性が発現して宇宙となった。
(3)宇宙には無数の社会が存在する。その社会のひとつひとつがいわば小さな宇宙であり、そこに生活する天使はさらに小さな宇宙である。
(4)宇宙全体は1個の人間に似た存在である。
(5)天界に存在するあらゆる社会も同じく1個の人間に似た存在である
(6)天使は完全なる人間的容姿を具えている。」
この説明は「人間的容姿はいわば生命の樹に実った果実であり、永遠にその形体を維持する」というデービスの言葉の説明ともなっている。
このようにデービスの思想とスエーデンボルグの思想との間には非常に似通った所が多く発見されるが、デービス自身は右の言葉の載っている『大自然の神的啓示録』を著した時、まだスエーデンボルグの思想を全然読んでいなかったという。このことは大いに注目に値しよう。
もっともふたりの思想にキリスト教的色彩が色濃く見られることも注目しておく必要がある。特にスエーデンボルグの方には“暴君的”とも言えるほどの強烈な神学的影響が見られる。それに比べればデービスの方はよほどアカ抜けしていると言える。
では続いて『天国と地獄』から死後の世界の実情を伝える節を掲げることにする。霊魂の“衣服”とか“住居”とかを云々すると、知識人ぶった人はいかにも軽蔑的な笑いを浮かべるが、そういう人は実際は何も知らないのであるから相手にするには及ばない。スエーデンボルグは霊魂の衣服についてこう述べている。
「天使がもともと人間であり、また社会の一員としての生活を営む以上は、衣服や住居そのほか地上と同じ生活必需品をちゃんと備えている。ただ全てが地上のものより上等で完全に近いというに過ぎない。より上等で完全に近いわけは、彼らの精神構造がより高等で完全に近いからにほかならない。
その高等さ、その完全さは到底地上の言語では説明できないほどで、従って彼らが耳を傾け、目で観察するところのものも、言語を絶するほど高等であり完全である。天界では自己の叡智に相当したものが叶えられるのである。
「それ故、天使がまとうところの衣服はその天使の内的自我によく似合ったように出来ている。また内的自我と衣服との間にそういった相関関係が生じるということは、衣服が立派に実在物であることを示している。天使にかぎらず、天界のすべての生活者は自己の叡智の程度に応じた衣服をまとっている。
もちろん理智の発達程度には大なり小なりの差があるから、衣服の美しさ、完全さにも、いろいろな違いが見られる。高級な天使の衣服には、“炎”のごとき光輝を発するものと“光”のごとき光輝を発するものとがあり、程度が下がるに従ってその輝きの度が弱まり、しまいにはただ“明るさ”と“白さ”を留めるだけとなる。それがさらに下がると、今度は種々様々な“色”が見えるようになる。しかし宇宙最奥の天界に住む天使は何まとっていない。
「理智は神的真理の悟りから生じるものであるから、理智の程度に適合した衣服は同時に神的真理の悟りの程度にも適合している。それ故、衣服が“理智に適合している”と表現しても“神的真理に適合している”と表現しても意味は同じである。
また“炎”は善性の象徴であり、“光”はその善性に包まれた真理の象徴であるから、同じ程度の高級な天使の衣服に“炎”の如く輝いているものと“光”の如く輝いて見えるものとがある。
その輝きが失われていくことは、神的善性と神的真理の理解の程度が低くなっていくことを示し、最後に色だけとなることは、真理を好き勝手に理解していることの証拠である。明るさと白さとは“真理”を象徴し、色彩は多様性を象徴する。宇宙の最奥の天使は純粋無垢であり、無垢とは赤裸のことであるから、彼等は何もまとっていない。
「天界の衣服は実際に“見る”ことができるばかりでなく、手で“触わる”こともできる。また、われわれと同じように幾着もの衣服を揃えており、必要に応じて適当に着更えている。脱いだものはわれわれと同じように何処かに仕舞っておく。こういったことは天界の衣服が“衣服らしきもの”といったものでなく、衣服そのもの、つまり実在物であることを物語っていると言えよう。
私は又、天使がいろいろな型の衣服を持っていることも確かめている。その仕入れ先を尋ねてみたら、“みな主から戴いたものです。ご褒美として授かったものばかりです。時には戴いたことを知らずにいることもあります”という返事であった。
又、こうも言われた。“私たちの衣服も色が褪せたり綻びたりします。純白に輝いていたものが、何んとなく色褪せて見えることがあります。これもやはり心の状態の変化から生じることです。私たちといえども知性と叡智に動揺を来すことがあるのです。”

「んーゴメンね面倒起こすわ」やればいい、ますます僕の心は霊団から離れていく(祈)†
要するに霊界生活とはひたすらに向上、向上の人生であり、上層界の天使から仕事を賜り、それを果たし切る事によってひとつ、またひとつと上の境涯へ赴き、ついには2度と物質圏付近に降下できなくなるまでに物質臭を脱ぎ捨てる時が来るのですが、霊団メンバーももちろん僕という霊の道具を使用しての仕事で自身の向上を目指している人間たちという事になります。そしてもちろん使われている僕も(仕事を果たし切れば)帰幽後に向上を果たす事ができる訳で、僕は人生目標を霊界に置いている人間ですから「だったらブーブー文句言ってないで仕事やればイイじゃネィか」となるのですが、あまりにも自分の心と正反対の状況に閉じ込められているために反逆せずにいられなくなっているという事なのです。で、霊団が言っているのは「この使命遂行を果たし切ればアキトくんも我々と一緒に上層界に召される事になるんだよ、しかしキミの反逆が度を越せばキミも向上できないし、我々も責任を取らされて向上できないという事になるんだよ」と言ってきている訳です。んーこれは心を締め付けられるインスピレーションですね。僕だってもちろん向上したいですよ、2度とイヤ永遠に物質界に降下したくないと思っていますし…続きを読む→

「完全にランオフ」霊団のやる気のなさの象徴、だったらこの人生の責任取ってくれ(祈)†
霊団が言ってくる事はもう「殺されるから強姦殺人魔の方に行くな」の一点張りで、物質界の問題を解決するつもりが全くない様子なのです。イヤ、チョト待ってくれよ、この使命遂行をやらせたのは他でもないあんたたちだよな。やらせておいて「殺されるから手を引け」とは、これではまるで最初から何もしないつもりだったと受け取られても仕方ないんじゃあないか。霊界上層界の人間というのはある程度のところまで未来を見通す事ができます。つまり僕にこの使命遂行をやらせたらああなる、こうなるという事があらかじめ分かっていたという事です。で、今になってこういう事を言ってくる、つまり最初から強姦殺人魔をどうするつもりもなかった、ただ僕の人生を破壊する事だけが目的だった、という事にならないか。僕は実は霊性発現初期の頃から霊団に対する怒りの念を持っていました。無料ブログ時代にもその怒りをぶちまけた事が何回かありました。その初期からの怒りは結局おさまる事はなくむしろ増幅していき、現在の「反逆」へとつながっていく訳です。…続きを読む→

「ももちゃんシルキー詳細描画に入ります」ストーリーをさらに描き進める事になるのかどうか(祈)†
つまり僕が今後アナログ絵ストーリーでももちゃんとシルキーを長らく描き続けていくという意味に取れるメセとなります。となるとつまり僕が暗殺されるならももちゃんとシルキーを描き続けられなくなるはずですから、上記の「お前を殺すぞ」のインスピレーションはやはり明仁、文仁、徳仁、悠仁の「最後の悪あがきの脅しの言葉」であって僕の暗殺の可能性は低いと予測します。特にシルキーは重要です。ハイそしてこのインスピレーションが僕はずっと首を傾げている内容なのですが、霊団によると僕が描き続けている使命遂行キャラクターの中で「シルキーが1番人気」なのだそうで、今回も霊団がそれを強調してきたという事になります。まぁ人気がないよりはあった方がもちろんいい訳ですが描いている僕的には「なぜシルキー?」とだいぶ首をかしげてしまうのです。以前「スマホ待受フルカラーイラストダウンロードプレゼントをやりたい」と書いていた事がありますがAffinityPhotoにだいぶさわり慣れてきた事もありますので時間とパワーが許すならシルキーの待受を制作してみたいものです…続きを読む→
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