【1/8】シルバー・バーチの霊訓 2巻 11章 新しい世界

ここで古くからのメンバーで第2次世界大戦に出征して無事生還した人がシルバーバーチに礼を述べた。実はこの人が出征する前 – D(ディー)デー(※)の前から – シルバーバーチはこのかたは真理普及の仕事のために必ず生きて帰りますと語っていたのである。
(※連合軍による北フランス攻略開始日すなわち1944年6月6日の事 – 訳者)礼を言われたシルバーバーチはこう語った。
「その事に関連して、私がなぜあなたのように私のもとに導かれてきた方に特別の関心をもつかを説明いたしましょう。(たとえ戦争の最中といえども)物事には偶然というものはないという事です。
特に私たちが携わっているこの仕事に関しては明確にそれが言えます。途轍(とてつ)もなく大きな仕事がわれわれの双肩にかかっているのです。われわれの1人1人が地上世界の新生のための役割を授かっているのです。
いつの時代にも地上に霊的真理が途絶える事のないようにと遠大な計画が推進されております。その計画の基礎はすでに確固たるものが出来上がっております。烈しい抵抗にあっても、悪口(あっこう)雑言の中にあっても、誤解されても、新しい真理の広がる事を快く思わぬ者による敵意を受けながらも、霊の力は着々と地上に注がれつつあります」
「決して新しい真理ではないでしょう」と兵役から戻ってきたメンバーが言うと、
「全ての真理と同じく、これも新しく且つ古いものです。全くオリジナルなものという意味での新しい真理は存在しません。表現の仕方において新しいという事はできます。つまり一点の疑問の余地もないまでに立証する証拠を伴っているという意味では新しいと言えます。
霊的真理に実証的事実を添えたという事です。かつては霊的真理は霊的手段によって理解するのみでした。それが今あなた方の時代においては物質の世界に身を置く者による挑戦に同じレベルで対処できるようになった – つまり霊的真理が五感によってその真実性を立証される事になった訳です。その意味で新しい訳です」
「それもそうですが、イエスは2000年前に今日の霊媒が見せている実際の証拠を数多く見せています」
「それは2000年前の話です。あなたはそうした現象に対して異常なほど懐疑的な人間の多い時代に生きておられます。その懐疑的な人間の中にはキリスト教界でもきわめて名の知られた方もいます。彼らはひそかに、時には公然と、バイブルの中の霊的事象をかならずしも信じていないことを認めております」
■2024年4月17日UP■「進歩に重大な障害をもたらす」これが霊団が僕を閉じ込める理由です、永遠に許さぬ(祈)†
訳者、近藤千雄先生が著書の中で何度も書いておられる事ですが、そもそも「守護霊」という言葉が間違いなのだそうです。この言葉はさも「人間を守ってくれる」かのような印象を与える言葉ですが、実際の守護霊の役割は全く逆で、守護を任された人間の罪障消滅をキッチリ完了させるために試練に立ち向かわせるのが仕事であり、守るどころか苦しめるのが仕事と言ってもいいくらいなのです。そういう意味では「守護霊」という名称より「監督霊」と言った方が正しいと近藤先生は仰っていました。僕も自分の体験からそのように思います。僕の守護霊様は僕が自発的に試練に立ち向かうようにウマく、本当にウマく仕向けました。そして僕は画家の試練Dreamworkと、山での修行というダブルの試練を自分に課す生活に突入し(イヤイヤやらされたのではなく自分の意思でノリノリで始めたのです)急速に向上を果たして一気に霊性発現にまで到達したのです。僕は守護霊様の事を「導きのプロ」と公言していますが、とにかく守護霊様は「やり方がウマすぎた」大大大Dai成功だった、という事です。それで霊団はムカついているが守護霊様は尊敬し永遠の恭順を誓うと言っているのです…続きを読む→
■2024年10月2日UP■「考えたらダメです厳禁」これは「小知を働かせてはならぬ」と同じ意味と思われます(祈)†
僕は何しろ霊団に本気の全力で反逆していますので、時々霊団をあからさまに軽蔑、侮蔑するような思念を心に燃やしたりします。それが宜しくない事は霊的知識的にも、これまでの経験上からも十分承知しているのですが、とにかく閉じ込められるのが頭にきて頭にきてどうしようもなくてそういう宜しくない事を考えたりするのです。(その僕の思念はもちろん霊団に伝わっているという事ですよ)で、霊団が「もっと我々を軽蔑しなさい」といった趣旨の事を言ってきていますが、これはもちろんその言葉の通りの意味ではなく逆説的な意味で言っているのでしょう。えっと、例えばですが、僕が帰幽後に向上したい一心で霊団におべっかを使うとしましょう。しかし霊界に“ウソ”というモノは存在しません。霊団には僕が本心ではないおべっかを言っている事が一目瞭然であり、僕はそれを知識として知っていますので、無意味なウソをつく事はせず、宜しくないと分かっていながらも霊団に対し罵詈雑言の思念をぶつける事があるのです。ウソの思念を並べ立てるよりその方がよほど正直だと思うからです…続きを読む→

















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