2020年7月4日

えー昨日のトランス時に「意味がスッゴイあった事になりますよ」「何でもかんでも止めたかった」このように霊団が霊聴に降らせてきています。本日UPしました「地上時代の守護霊様かも」 wp.me/pa9cvW-2H6 (※ある青年がコメントを寄せて下さっています、そちらもぜひご覧下さい。 bit.ly/2lXJTrB ある青年ブログ bit.ly/2kXjxFV )の内容と突き合わせてみると…アリ?ヤパーリ暗殺されるんじゃないかと考え始めてます。チョト説明しますと「意味がスッゴイあった事になりますよ」これは僕の使命遂行によって強姦殺人魔、明仁、文仁、徳仁、悠仁の邪悪の正体が徹底的に国民周知の事実となった、僕の代でコイツらを滅亡させる事はできなかったけど大きな布石を残す事になった、スッゴク意味があったよ、という風にも読む事ができ、さらに「何でもかんでも止めたかった」これも過去形で霊団が降らせていますよね。明仁、文仁、徳仁、悠仁が幼い奴隷の女の子たちを「処刑遊び」で四肢切断、強姦殺人しまくっているその人類史上最悪の蛮行を何でもかんでも止めたかった、アキトくん、キミの代ではムリだったけど十分に滅亡につなげる仕事ができたよ、そういう風にも意味を読み取れますよね。

さらに「地上時代の守護霊様かも」こちらで書きました、守護霊様がジャケットのホコリを振り払って僕と旅に出発する映像ですが、これもホコリ(物質界)を振り払って守護霊様と共に霊界上層界での進歩向上の生活に突入する、さらに部屋をホコリまみれに、というのも「もう物質界には戻らない」完全なる出発で、もう地上圏との関わりが断たれる、という風にも読めます。えー幾度となく公言していますように僕は「帰幽カモン」です。物質界に残されるのがイヤでイヤで仕方なく一刻も早く帰幽して霊界生活に突入したいと切望している男ですから、今回霊団が降らせたインスピレーションが「帰幽」のメセ、つまり僕が暗殺されるという意味なら、それはそれで一向に構わないのですが、ただ霊団、そして守護霊様、あなた方は本当にそれでいいんですか?僕からどうしてもこう投げかけてしまいます。強姦殺人魔、明仁、文仁、徳仁、悠仁を死刑、滅亡させ、奴隷の女の子たちを救出する事を言い出したのは僕ではなくあなた方です。そんな根性なしの導きでいいんですか、もっと本気で死ぬ気で導いて下さいよ、そう言わない訳にはいきません。

「スナイパーチーム(POLICE)に撃たれても止血してブログ書く」 wp.me/pa9cvW-1v0 このようにブログも書いていますように僕は最後の1秒まで絶対にあきらめませんよ。イエス様との約束を完璧に果たし切るまで最後の最後まで前進し続けますよ。ですから守護霊様、簡単にあきらめるようなメッセージを降らせないで頂きたいと思うのですが、とはいえ守護霊様は僕より僕の事をご存じですから守護霊様がそうだと仰るならそうなのでしょう。僕は守護霊様に永遠の恭順を誓います。ただ強姦殺人魔、明仁、文仁、徳仁、悠仁の死刑および奴隷の女の子たちの救出を最後の1秒まであきらめないで下さい、この一言だけは言わせて頂きます。そして返す返すもピーチピチ(佳子)の心理状態を考えてしまいます。そこまでして何が何でも奴隷の女の子を殺す事に協力し続けたいのか、自分が文仁、紀子と血がつながっていない赤の他人で、赤ちゃんの時に文仁に盗まれて邸内に入った女の子である事を何が何でも隠し通すつもりなのか、もうみんな知ってるのにその態度を取り続けるというのならピーチピチはだいぶ残念な目線で国民に見られる、そして誰もピーチピチの言う事を信じなくなるでしょう。キミは本当にそんな自分でいいのかい。一緒に女の子たちを助けてあげましょう、これ以上ない当たり前の事を僕は言っているだけだよ。こんな簡単な事をなぜ実行できないんだい。どうしても首を傾げてしまいます。はい、まだまだブログを書き続け強姦殺人魔、明仁、文仁、徳仁、悠仁の邪悪の正体を徹底拡散し続けます。たとえ守護霊様と霊界の旅に出発するのだとしても(それは僕的に超うれしい事ですが)霊の道具の僕は最後の1秒までイエス様のご意志遂行を続けます。まずはここまで(祈)†

WordPress固定ページ「暗殺」
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2020年7月4日

昨日霊団が降らせてきた映像がどのような内容だったのかを反芻できた範囲で短く書き残す事とします。まず舞台は「宗教の町」とも言える場所で、今からそうですね、200~300年前ぐらいの時代設定でしょうか。チョト分かりませんがそんなに昔ではありません。日本には見えませんでしたね。シルクロード的雰囲気の漂う国のようにも感じましたが。で、その町はとにかく石を高く積み上げる事が民衆の生活の一部になっていて、積み上げた石が団地のような立方体で屋上部分が平らになっていてみんなそこに集まって座っているのです。このように石を高く積み上げては平らな屋上に登るという事を繰り返しており、それが幸せになる方法と信じているようなのです。まぁ要するに国王に洗脳されてそういう無意味な作業をやらされているという事なのですが。そこに異邦人の男性という設定で霊体の僕が現れます。僕もその高く積み上げられた石の立方体に登りますが、一緒に登る町の女性の話しぶりから「なるほど、無意味な事をやらされちゃってる人たちなんだな」と理解するのでした。

と、そこに絵に描きました女性が現れます。男性モノのようなジャケットを着て動きが軽快です。その女性と異邦人の僕は一緒に旅に出発する事になり、女性が長く家を空けている間に家が荒らされるのを防ぐために、部屋中にホコリを降らせて女性の部屋を廃墟のように見せるカモフラージュを行います。僕もその作業を手伝い、その後女性はジャケットのホコリを勢いよく振り払って僕(異邦人)と出発する…といった映像でした。幽体離脱中もそう感じましたが、離脱帰還後のトランス時にも霊団が「ウマが合う」と霊聴に降らせてきました。その女性と異邦人の僕が意気投合して一緒に旅に出たという意味ですね。で、うまく説明できないのですが幽体離脱時の映像を反芻する時、霊団が「強調」の作業をしてくる事があります。今回の女性もその強調(顔のイメージ等)があったのですが、ただ、この女性が地上時代の守護霊様のお姿という事を確信するまでには至りませんでした。とはいえこれは霊性発現かなり初期の頃に書いた事ですが、霊的メッセージの意味を理解する時「前日の僕の行為および思念」と「降ってきたメッセージ」とを「突き合わせる」事で回答が得られる、という事があり、今回に関しては前日に守護霊様のブログを書きましたので「なに?これが守護霊様って事か?」という理解に到達した訳です。ただ霊団にもうちょっと確証を降らせて欲しかったですね。現時点でもまだ、この絵に描いた女性が地上時代の守護霊様のお姿である事を完全に信じるところまではいっていません、そこが残念ですね。

ただ、この女性が守護霊様だとしましょう。であればこの映像の意味はモノスンゴイ「愛の表現」だと思いませんか皆さま。守護霊様と僕がウマが合って一緒に旅に出ちゃうんですよ。スゴイ愛情表現だと思います。そしてこの「旅」とは、現在の僕の物質界での犠牲の人生の事を表していて、その僕を導く守護霊様も、身は霊界上層界に置きながらも僕を日々導き一緒に旅をしている、そういう意味かも知れません、んーだとすれば素晴らしいメッセージですね☆はい、今回の映像はこれ以上深いレイヤーまでは理解できませんでしたので説明は以上です。守護霊様に関連してアナログ絵ストーリーも描く予定です(シルキーミッションと関係があります)そちらの作業も急ぎましょう。もしこの絵に描いた女性が守護霊様の「本当のお姿」だったとしたなら(僕がいつも描いている背の低いお姿は本当の守護霊様のお姿ではないんですよ)2012年6月に霊性発現を果たして以降、初めて真のお姿を拝した事になります。霊関連書籍に精通すれば、自身の守護霊と面会を果たすという事は光栄の極致であり、上層界の高級霊でさえも自身の守護霊には滅多にお目にかかれない事を理解できますが、その滅多にない事が僕の身に何度も何度も起こっている訳です。イエス様、守護霊様のお姿の顕現にこれほど浴させて頂いている僕の霊的状況がいかに特殊極まる状況であるか、「イエス様ハンドリング」と題して行っているイエス様のご意志遂行がいかに責任重大な仕事であるかを皆さまにご想像頂きたいですが、これは霊的知識の土台がなければ真の理解は難しいでしょう。何とか分かって頂きたいのですが…(祈)†

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※ん?ジャケットのホコリを勢いよく振り払って出発する守護霊様の映像の意味は「過去を振り払う、もう戻らない」という意味の出発だった、という事か?ならなおさら素晴らしいメセですねぇ。さぁどうでしょう(祈)†

「シルバーバーチの霊訓」より→「我々一同は神の道具です。神の道具として役立つという事は光栄な事です。人のために役立つ事をする事ほど立派な宗教的行為はありません。それこそが霊のコインです。人のために自分を役立てる事は崇高な事です」

「シルバーバーチの霊訓」より→「それは人の生活を豊かにすると同時に自分の生活をも豊かにします。また、この世には自分の事を思ってくれる者はいないと思い込んでいる人々に慰めをもたらします」

「シルバーバーチの霊訓」より→「人のために役立っていると思う時、私たちは心の奥に安らぎと静けさと満足感を覚えます。宇宙の絶対的な支配力への全幅の信頼、神へ向けて一歩また一歩と近づかんとする努力の支えとなる堅忍不抜さは、人のために尽している中でこそ得られるのです」

「シルバーバーチの霊訓」より→「目標の頂点は宇宙の大霊すなわち神です。我々が生活するこの果てしない宇宙を創造し、ありとあらゆる存在に配剤するための摂理を考案した無限の愛と叡智の粋です」

「シルバーバーチの霊訓」より→「大霊と離れて何ものも存在しません。大霊がすべてなのです。大なるもの、小なるもの、複雑なもの、単純なもの、生命現象のありとあらゆる側面に対して神の配剤があるのです。霊の働きがあってこそ、すべてが存在できているのです」

「シルバーバーチの霊訓」より→「神の霊がすべてに潜在している以上、神との縁は切ろうにも切る事ができないのです。人間がいかなる説を立てようと、神がすべてに宿り給い、したがって神はすべてであり、すべてが神であるという事実は変える事はできません」

「シルバーバーチの霊訓」より→「無限なる創造主であり、その愛と叡智によって壮大な宇宙を経綸し、完全なる知性によって摂理を考案して、壮大な大きいものから顕微鏡的に小さいものまであらゆる存在を包摂し、一つ一つに必要な配剤をして下さっている大霊を超えた存在は、誰一人何一つありません」

「シルバーバーチの霊訓」より→「その摂理の作用は完全無欠であり、その支配の外に出られるものはありません。小さすぎるからといって無視されたり、見落されたり、忘れ去られたりする事はありません。それは大霊の一部が生きとし生けるものすべてに宿っているからです」

「シルバーバーチの霊訓」より→「言いかえれば神がその霊性の一部を各自に吹き込んだからこそ存在しているのであり、その霊性が神と我々とを結びつけ、また我々お互いを繋いでいるのです。その絆を断ち切る事のできる力は地上にも死後の世界にも存在しません」

『シルバーバーチの霊訓』
生命力すなわち霊がすべての存在、すべての人間に宿っているのです。その最高の形がほかならぬ人類という存在に見られます。人類の一人一人の中に、永遠に神と結びつけ、また人間同士を結び付けている霊性が宿っているのです。

『シルバーバーチの霊訓』
その絆こそ万全の宇宙的ネットワークの一環なのです。皆さんより永い経験をもつ私たち霊団の者も、この果てしない大機構を生み出された神の叡智の美事さに感嘆せずにはいられない事ばかりです。

『シルバーバーチの霊訓』
また私たちの心の視野を常に広げ、自分が何者であり、いかなる存在であるかについての認識を増やし続けてくれる真理と叡智とインスピレーションの絶え間ない流れ、私たちの一人一人に宿る霊の力、わがものとする事ができるにもかかわらず―

『シルバーバーチの霊訓』
霊の豊かさと神と同胞とのつながりについて何も知らずにいる地上の人たちのために活用すべき才能を授かっている事に、私たち霊団の者は改めて感謝の意を表明せずにはいられません。

『シルバーバーチの霊訓』
大自然の法則は、われわれ一人一人に生命を吹き込んでくださった創造神と常に一体関係にあるように、そして地上世界はおろか霊の世界のいかなる力によってもその絆が断ち切られる事がないように配慮してあるのです。

『シルバーバーチの霊訓』
さらにその霊の機構を愛の力が導き管理し常に調和を維持して、受け入れる用意のある者が霊力と叡智と真理とインスピレーションとを授かるための手段を用意しております。

『シルバーバーチの霊訓』
その上われわれ自らが道具となって、地上の人間生活を豊かにし、病める者を癒やし、喪に服する者を慰め、人生に疲れた者に力を与え、道を見失える者に導きを与える、全存在の始源からの崇高な霊力の恩恵をもたらす事ができるのです。

『シルバーバーチの霊訓』
われわれはそのための才能を授かっているのです。それを発達させる事によって、われわれが手にした掛けがえのない知識の恩恵にあずかれずにいる不幸な人たちのために活用する事ができます。

『シルバーバーチの霊訓』
要するに、この荘厳な霊力の流れる通路としていっそう磨きをかけ、受け入れる用意のできた人々に惜しみなく恩恵をもたらしてあげられるようになる事が、われわれの大切な務めなのです。

『シルバーバーチの霊訓』
魂は低く落ち込む事が可能であるだけ、高く向上する事もできます。それが両極の原理です。即ち作用と反作用は相等しいものであると同時に正反対のものであるという法則です。憎しみと愛、光と闇、嵐と静けさ、こうした“対”は同じコインの表と裏の関係にあるのです。

『シルバーバーチの霊訓』
私の好きな諺がバイブルの中にあります。“信仰に知識を加えよ”というのですが、私はこれを“知識を得たら、それに信仰を加味せよ”と言い変えたいところです。所詮すべての知識を手にする事はできません。

『シルバーバーチの霊訓』
あなた方は人の子であり、能力に限界があるからです。人生の嵐に抵抗し、何が起きようと磐石不動であるためには、その土台として霊的知識を必要としますが、限られた知識では全てを網羅する事はできません。その足らざる部分は信仰心で補いなさいと私は言うのです。

『シルバーバーチの霊訓』
本来の住処である霊界から地上へこうして戻ってきて皆さんの賛同を得るのに私たち霊団が愛と理性に訴えている事を、私は誇りに思っております。有無を言わせず命令する事はしません。ああして欲しいとか、こうしてくれとかの要求も致しません。

『シルバーバーチの霊訓』
あなた方の判断によって自由におやりになられるがよろしい。そして霊の世界から申し上げる事があなた方の理性を納得させる事ができず反発を覚えさせる時、知性が侮辱される思いをなさる時は、遠慮なく拒絶なさるがよろしい。

『シルバーバーチの霊訓』
私たちとしては皆さんが自発的に望まれた上で協力と忠誠を捧げてくださるように、皆さんの内部の卑俗なものではなく最高の判断力に訴えなければならないのです。と言って私たちの方からは何もしないというのではありません。

『シルバーバーチの霊訓』
それぞれの活動の分野、日常の仕事において援助を受けていらっしゃる事に気づかれるはずです。そしてそれとは別の分野において人のために役立つ事をするように導かれているのです。私も私なりに皆さんのお役に立ちたいと願っております。

『シルバーバーチの霊訓』
気づいていらっしゃらないかも知れませんが、これまでに味わった事のない精神的ないし霊的な豊かさをきっと手にされる事になる生き方にそって導かれていらっしゃいます。

『シルバーバーチの霊訓』
そうした中にあってさえ皆さんの心の中には次々と悩みが生じ疑問を抱かれるのも、地上の人間としては止むを得ない事として私は理解しております。がしかし、どう理屈をこねたところで、全宇宙の中にあって唯一の実在は“霊”である事を改めて申し上げます。