【10/2】霊関連書籍の内容の抜粋です(祈)†「シルバーバーチの霊訓⑩」
『シルバーバーチの霊訓⑩』
【霊界通信によっては、宇宙的キリストと人間としてのキリストの二つの言い方をしているのがあります。同じ存在の二つの側面を言っているのでしょうか―】あなたは名称に惑わされています。まずイエスという人物がいました。その人物の姓はキリストではありません。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
一方、キリスト的生命力、つまり霊力が存在します。人間イエスと、そのイエスを動かした霊力とを区別してお考えになれば全てがすっきりします。【イエスが述べた正確な言葉を自動書記か何かで入手する事は可能でしょうか―】何とも申せません。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
問題は当時イエスの言葉を記録した人物が一人もいなかった事です。ですからそれを伝えるには記憶に頼らねばならない訳です。がしかし、イエスの教えの肝心かなめは“愛”です。“己を愛する如く隣人を愛せよ。汝に敵対する者にも優しくすべし”です。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
愛とは摂理(神の心)の通りに行う事です。人類の救済にとってこれ以上に必要なものがあるでしょうか。愛は霊性の最高の表現です。大霊から下さるものです。それを私たちがあなた方にお届けしているのです。イエスの使命は霊的実在を証明してみせる事でした。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
もし今の時代にイエスが出現して二千年前と同じ事を説いたら、果たして耳を傾ける人がいるかどうか私は極めて疑問に思います。【間違った教えを携えて霊界入りする者が多すぎるとおっしゃいましたが、ヨハネの福音書にはイエスを信じる事によって―】
『シルバーバーチの霊訓⑩』
【永遠の生命を授かると述べられています―】それは間違いです。人間は一人の例外もなく死後も生き続けるのです。何かの教義や信条、あるいはドグマを信じる事によって永遠の生命を授かるのではなく不変の自然法則によって生き続けるのです。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
それ自体は宗教とは何の関係もありません。因果律と同じ一つの法則なのです。今引用なさった文句は地上に大きな混乱のタネを蒔き人類を分裂させてきた言葉の一つです。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
一冊の書物、それも宗教の書、聖なる書が、普通の書が起こそうにも起こせないほどの流血の原因となってきたという事は、何という酷い矛盾でしょうか。宗教の目的は人類を不変の霊的関係による同胞性において一体ならしめる事にあるはずです。
インスピレーションを意識し、その有難さを知る事の出来る人は幸せである。なぜなら霊界との交信法としてはインスピレーションが一番正常なものであり、人生の旅路で一番人間を元気づけてくれるのもこのインスピレーションだからである。―【霊性を開く】より
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『シルバーバーチの霊訓⑩』
【イエスは本当に磔刑にされたのでしょうか―】そんな事について私の意見をご所望ですか。どうでもいい事ではないでしょうか。大切なのはイエスが何を説いたかです。磔刑にされた時にどういう事が起きたかは、いくら議論してもラチは明かないでしょう。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
私にもその“立証”はできません。ですからその事についてはお答えしません。無意味に人を断罪するのは私の趣味ではないからです。それは私の使命ではありません。(訳者注―イエスの処刑についてはいろんな説がある。―)
『シルバーバーチの霊訓』
(一般には聖書の通りにその場で死亡して何日か後に蘇った事になっているが、実は処刑されたのはイスキリという名の弟だったとか、完全に死んだと思って埋葬したが本当は死んでいなくて生き返って国外へ逃げたとかの説があり、それぞれにもっともらしい論拠を揃えている―)
『シルバーバーチの霊訓⑩』
(国外へ逃亡したとする説にも、ローマへ行ったという説と日本へ来たという説、そして最近ではインドへ行ったという説があり、いずれの場合もかなりの高齢で他界した事になっている。無論シルバーバーチはその事についての真実を知っているはずであるが、―)
『シルバーバーチの霊訓⑩』
(人間がとかくこだわる“証拠”となると何も提示できないからと言って返答を断っている。無論これは言い訳であって本心はやはり最後で述べている通り、自分が述べる事によって前文の諸説のどれかを、あるいは全部を否定する事になるのを避けたのであろう。―)
『シルバーバーチの霊訓⑩』
(どうでもよい事だからである。シルバーバーチはイエスの出生についても死についても途中の事蹟についても、あまり深入りした事を言っていない。使命ではないからであろう。)
『シルバーバーチの霊訓⑩』
私の使命は人生の基本である霊的原理に関心を向けさせる事です。人間はどうでもよい事にこだわり過ぎるように思います。イエスが本当に処刑されたかどうかは、あなたの魂の進化にとって何の関係もありません。肝心な事に関心を向けなさい。
「死んでも謝るよ」明仁、文仁、徳仁、悠仁が自身の大罪を許してもらえると思っている思念です(祈)†
霊団は「死んでも謝るよ」と明仁、文仁、徳仁、悠仁の思念を降らせました。抵抗する術を知らない幼い女の子を徹底的に強姦殺人しまくっている「悪魔」が許される世界というのは、物質界にも、僕たち人間の本来の生活の場である霊界にも、地球圏霊界を突破した無限の宇宙に広がる無限の生活の場においても一切ありません…続きを読む→
「良いイメージを持ってもらうのがピーチピチ(佳子)には重要ですから」について説明してみます(祈)†
1億回でも強調し正しい理解に到達してもらわなければならない大切な事ですので「タッキーしっつこいよ」と思われるとしても何度でも言わせて頂きますが、霊団が仰るようにピーチピチ(佳子)が「国民に良いイメージを持ってもらう」ためには「奴隷の女の子たちの救出」が最低必要条件であるという事です…続きを読む→
■2016年10月20日にUPしたブログです■"寝たら同じだ"またしても幽体離脱にてイエス様から直接メッセージを賜りました(祈)†
要するに霊団が「イエス様からのメッセージ」である事を強調するためにイエス様のお姿をまとって、幽体離脱中の霊体の僕と出会うという形をとっているという事です。まぁ、イエス様ご本人と離脱中に直接お会いしたと、そう信じていれば別に何も問題はないのですが、真相はこういう感じなのでしょう、霊団の演出という事です…続きを読む→
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