『シルバーバーチの霊訓⑤』
【牧師「私がさっき引用した言葉はマタイ伝第五章の終りに出ているのですが普遍的な愛について述べた後でそう言っております。また“ある者は隣人を愛し、ある者は友人を愛するが、汝らは完全であれ。神の子なればなり”とも言っております」―】
『シルバーバーチの霊訓⑤』
【―「神は全人類を愛してくださる。だから我々も全ての人間を愛すべきであるという事なのですが、イエスが人間に実行不可能な事を命じるとお思いですか」】(この質問にシルバーバーチは呆れたような、あるいは感心したような口調でこう述べる)
『シルバーバーチの霊訓⑤』
あなたは全世界の人間をイエスのような人物になさろうとするんですね。お聞きしますがイエス自身、完全な生活を送ったと思いますか。【牧師「そう思います。完全な生活を送られたと思います」】一度も腹を立てた事がなかったとお考えですか。
『シルバーバーチの霊訓⑤』
【牧師「当時行われていた事を不快に思われた事はあると思います」】腹を立てた事は一度もないとお考えですか。【牧師「腹を立てる事はいけない事であると言われている、それと同じ意味で腹を立てられた事はないと思います」】そんな事を聞いているのではありません。
『シルバーバーチの霊訓⑤』
イエスは絶対に腹を立てなかったかと聞いているのです。イエスが腹を立てた事を正当化できるかどうかを聞いているのではありません。正当化する事なら、あなた方は何でも正当化なさるんですから…。
『シルバーバーチの霊訓⑤』
(ここでメンバーが割って入ってイエスが両替商人を教会堂から追い出した時の話を持ち出した)私が言いたかったのはその事です。あの時イエスは教会堂という神聖な場所を汚す者どもに腹を立てたのです。ムチをもって追い払ったのです。それは怒りそのものでした。
『シルバーバーチの霊訓⑤』
それが良いとか悪いとかは別の問題です。イエスは怒ったのです。怒るという事は人間的感情です。私が言いたいのはイエスも人間的感情を具えていたという事です。
『シルバーバーチの霊訓⑤』
イエスを人間の模範として仰ぐ時、イエスもまた一個の人間であった―ただ普通の人間より神の心をより多く体現した人だった、という風に考える事が大切です。分りましたか。【牧師「わかりました」】
生命あるものは人間も動物も植物も全て放射を行ってます。もちろん地球も放射を行ってます。その放射物が高く舞い上がり層を形成して幽界、霊界となり、さらに精錬された放射物が上昇を続けて高級界が形成され、それがどこまでもつながってるのです。霊界も地球の放射物から形成されてるのです(祈)
『シルバーバーチの霊訓⑤』
私はあなたのためを思えばこそこんな事を申上げるのです。誰の手も届かないところに祭り上げたらイエスさまが喜ばれると思うのは大間違いです。イエスもやはり我々と同じ人の子だったと見る方がよほど喜ばれるはずです。
『シルバーバーチの霊訓⑤』
自分だけ超然とした位置に留まる事はイエスは喜ばれません。人類とともに喜び、ともに苦しむ事を望まれます。一つの生き方の手本を示しておられるのです。イエスが行った事は誰にでもできる事ばかりなのです。
『シルバーバーチの霊訓⑤』
誰もついていけないような人物だったら、せっかく地上へ降りた事が無駄だった事になります。【(話題が変って)牧師「人間にも自由意志があるのでしょうか」】あります。自由意志も神の摂理の一環です。
『シルバーバーチの霊訓⑤』
【牧師「時として人間は抑えようのない衝動によってある種の行為に出る事があるとは思われませんか。そう強いられているのでしょうか。それともやはり自由意志で行っているのでしょうか」】あなたはどう思われますか。
『シルバーバーチの霊訓⑤』
【牧師「私は人間はあくまで自由意志をもった行為者だと考えます」】人間には例外なく自由意志が与えられております。ただしそれは神の定めた摂理の範囲内で行使しなければなりません。
『シルバーバーチの霊訓⑤』
これは神の愛から生まれた法則で、神の子の全てに平等に定められており、それを変える事は誰にもできません。その規制の範囲内において自由であるという事です。
現在抜粋中のシルバーバーチ5巻に収録されている「十一章 青年牧師との論争」この章は壮絶です。僕も含め日本人はキリスト教と言われてもピンと来ない人が多いかと思いますが、これを読むと聖職者が十数世紀に亘っていかに人類に過った概念を押付けてきたかが分ります。一読の価値ありです(祈)
■2020年11月28日UP■明仁、文仁、徳仁が逮捕されるかも知れない幽体離脱時映像を霊団が降らせてきました(祈)†この3人は悠仁を除く明仁、文仁、徳仁の3人であると考えるのが最もスマートでしょう。年老いた3人は言い訳するヒマもないといった感じで速攻で手錠をかけられ連行されていくのでした。で、霊体の僕を含め10人程度がいたその部屋にポリーチェ(POLICE)4人ほどが来たのですが、もちろん僕は逮捕、連行されませんでした。逮捕どころか僕は脅迫罪の訴えをポリーチェに反故(ほご)にされているのですから僕の方からポリーチェを訴えるのが筋というもので、霊団が降らせた映像では一応そのようになっていました…続きを読む→ ■2021年1月21日UP■「強姦殺人魔を『さま』をつけて呼ぶ」この洗脳を完全に撃ち破らねばならないのです(祈)†「私はその映像が見たい、その情報を知りたい」などとは一言たりとも言っていないのに反射動作でテレビのスイッチを入れると半強制的に洗脳映像が流されてきてそれを見させられ、自分の人生と何の関係もないニュースの事で頭の中をイッパイにさせられてしまって、肝心な「問題の核心部分」に注意、関心が向かないようにさせられ、あさっての方向を見させられながら日々の生活を送らされている。これが「宇宙一のバカ」強姦殺人魔、明仁、文仁、徳仁、悠仁がメディアを牛耳って自分たちの邪悪の正体を隠し通すために徹底的に国民の洗脳を行っている、その具体的手法となります。僕がブログで散々書きまくっています【視点外し】という事になります。(※僕は霊性発現3ヶ月前、2012年3月頃から一切テレビを見ない生活に突入し、部屋にそもそもテレビがない状態で8年以上経過していますが何ひとつ困った事態になった事がないという経験に基づいて「視点外し」のお話をしています。テレビを見なくなった今、つくづく心から「テレビを見ていた時代は何て関係ない情報に翻弄されて頭の中を別の方向にもっていかされて生活していたんだろう」と思うからです)…続きを読む→ ■2021年11月10日UP■「コイツらだけは絶対許さない」強姦殺人魔、天皇一族に対する皆さまの思念です(祈)†「この強姦殺人魔どもに対してこれ以外の感情が湧くというのであれば、どういう事なのか説明してもらいたい」という事になります。人間としてこれ以上当たり前の感情はないという意味です。その当たり前の感情がなぜこれほど長い年月にわたって公の場で語られる事が無かったのか、それが「洗脳」と「脅迫」と「視点外し」という事になると思います。まず「洗脳」ですが、世界中の強姦殺人魔は総じてメディアを牛耳っています。そのメディアを駆使して徹底的に自分が善人で国民に人気があって親しまれているという趣旨のニュースを休みなく流しまくり認識を捻じ曲げ続けてきます…続きを読む→