シナリオの本を読んでますが本当は霊関連書籍のテキスト化を進めないといけないのです(祈)†

お勉強のプライオリティは霊関連書籍の方がはるかに上という事は分かっているのですが、とにかくまずは脱出を完了させない事には話が始まりません。あそこに閉じ込められたまま次のアクションという事は有り得ません。しっかり脱出を完了させて、そこからようやく気持ちが次のステップに進めます。
自伝書籍を出したところで、その後2冊3冊4冊と霊的内容の書籍を出し続ける事ができたとしても、僕、たきざわ彰人がそもそも無名ですのでまず脱出にはつながらない事が容易に予測できますが、そう言ってやらなかったら永久に閉じ込められる事が決定になってしまいますのでダメでも何でも作業するしかないのです。
しかしこの思い出の書籍(シナリオの本)は読みごたえがあります、お勉強になります。何とかこの内容を自伝に活かしたいと思ってアレコレ頭をひねっているところです。自伝内に挿入する絵も描き進めています。何しろ枚数が尋常ではありませんので日々少しずつでも描いていかないと一向に終わりが見えません。
ホンットウに…この絶望感はどうやったら僕の心から排除できるのでしょうか。今のところ帰幽以外にないといった感じですが、そこまでしてひとりの人間をイジメ倒し、本人の意向を無視し続ける霊団の人間性がサッパリ理解できません。作業続行中(祈)†

「悔し涙を拭う必要はありません」これは帰幽後に悲しみが喜びに変わるという意味です(祈)†
次第にあの土地の光輝と雰囲気が馴染まなくなり、やむなく光輝の薄い地域へと下がって行った。そこで必死に努力してどうにか善性が邪性に勝(まさ)るまでになった。その奮闘は熾烈にしてしかも延々と続き、同時に耐え難く辛き屈辱の体験でもあった。しかし彼は勇気ある魂の持ち主で、ついに己れに克(か)った。その時点において2人の付き添いに召されて再び初めの明るい界層へと戻った。そこで私は前に迎えた時と同じ木蔭で彼に面会した。その時は遥かに思慮深さを増し、穏やかで、安易に人を軽蔑することもなくなっていた。私が静かに見つめると彼も私の方へ目をやり、すぐに最初の出会いの時のことを思い出して羞恥心と悔悟の念に思わず頭を下げた。私をあざ笑ったことをえらく後悔していたようであった。やがてゆっくりと私の方へ歩み寄り、すぐ前まで来て跪き、両手で目をおおった。鳴咽(おえつ)で肩を震わせているのが判った。私はその頭に手を置いて祝福し、慰めの言葉を述べてその場を去ったのであった。こうしたことはよくあることである。†…続きを読む→

「従ってもらう」恐ろしいインスピレーション、反逆を無に帰せられる可能性(祈)†
霊団がそのつど僕に書かせてきたブログひとつひとつはしょーもないものだったと思いますが、霊団は大局を見て僕にそれらブログを書かせてきたのであり、その大目的は他でもない、イエス様を総指揮官とした「スピリチュアリズム普及の大事業」の推進に他なりません。ごく初期の頃の無料ブログ時代には「ピーチピチ(佳子)骨肉腫で帰幽イイわぁぁぁ♪」というブログを霊団によって書かされた事もありました。そのブログをお読みになった多くの方々は「おぉぉ!これは正真正銘のヴァカが現れたな、このたきざわ彰人とかいうヤツは完全に頭がイッちゃってるな」と思った事でしょう。そのブログも、それ以外のブログも全て霊団が降らせるインスピレーションに基づいて書いた(書かされた)モノであり、僕だってテキスト撃ちながら「コレは何なんだろうなぁ」と思っていたのですよ。しかしインスピレーションに従わなければ霊性発現した意味が無くなってしまいますので「なんだかなぁ」と思いつつもあのようなブログを連発して書いていたのです。しかしそれらアフォブログのおかげというべきか、僕、たきざわ彰人の存在および「宇宙一のバカ」大量強姦殺人魔、明仁、文仁、徳仁、悠仁の邪悪の正体は年を追うごとに日本国民に知れ渡っていきました。全ては大計画「イエス様のご意志遂行、スピリチュアリズム普及」のためだったのです…続きを読む→
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