とにかく何をどう頭をひっくり返してもブログに書けない事を言われています。僕のブログを楽しみにしている方がいらっしゃるとは思えないものの、明日のブログは申し訳ありませんが少し短めに書かせて頂きます。説明できるインスピレーションについては少し書くつもりです。
今日の山での撮影画像のUPは明日とさせて頂き、まずはダメージの回復に集中中。そしてフラー22の作業を急ぎましょう(祈)†
「皇族は強姦殺人魔」山を愛する霊覚者・たきざわ彰人です(祈)†
皇族などと自称する明仁、文仁、徳仁、悠仁は「処刑遊び」と称して奴隷の女の子を四肢切断、強姦殺人しまくっています。死刑にしましょう(祈)†
とにかく何をどう頭をひっくり返してもブログに書けない事を言われています。僕のブログを楽しみにしている方がいらっしゃるとは思えないものの、明日のブログは申し訳ありませんが少し短めに書かせて頂きます。説明できるインスピレーションについては少し書くつもりです。
今日の山での撮影画像のUPは明日とさせて頂き、まずはダメージの回復に集中中。そしてフラー22の作業を急ぎましょう(祈)†
しばらく霊団のインスピレーションを無視する事に決めました。永遠に許せない事を言われているからです。とはいえ作業自体は止まる事はありませんのでしばらく物的内容のブログを書きつつ、長文を撃たない分、パワーの余剰が生まれますので、そのパワーを絵に回します。
霊性発現前、もしかしたら画家活動開始前(つまり10数年前)相当昔に使用していたノート(画像右ブラック)何とまだ電源が入ります、驚きですが使うつもりはありません。この旧ノートを「分解練習のお勉強」に使用して、45分ノートの分解清掃を実現させようかなぁと思ったのですが、考えが甘いようです。
さぁ明日のアタックに集中します。今週は長文ブログはなしです。しばらく霊団が降らせるインスピレーションをクロッキーにもメモしません。メモらなければ即日で忘れますので完全に無視となります。それくらい本当の本気で怒っているという事です。まずはココまで(祈)†
『シルバーバーチの霊訓①』
運命の十字路にさしかかるごとに右か左かの選択を迫られます。つまり苦難に敢然と立ち向かうか、それとも回避するかの選択を迫られる訳ですが、その判断はあなたの自由意志に任されています。もっとも自由といっても完全なる自由ではありません。
『シルバーバーチの霊訓①』
その時点において取り巻かれている環境による制約があり、これに反応する個性と気質の違いによっても違ってくるでしょう。地上生活という巡礼の旅において、内在する神性を開発するためのチャンスはあらかじめ用意されております。
『シルバーバーチの霊訓①』
そのチャンスを前にして積極姿勢を取るか消極姿勢を取るか、滅私の態度に出るか自己中心の態度に出るかは、あなた自身の判断によって決まるという事です。地上生活はその選択の連続と言ってもよいでしょう。
『シルバーバーチの霊訓①』
選択とその結果、つまり作用と反作用が人生を織りなしていくのであり同時にまた、寿命尽きて霊界へ来た時に待ち受けている生活、新しい仕事に対する準備が十分に出来ているか否か、能力的に十分か不十分か、霊的に成熟しているか否か、といった事もそれによって決まります。
『シルバーバーチの霊訓①』
その事に関して忘れてはならないのは、持てる能力や才能が多ければ多いほど、それだけ責任も大きくなるという事です。
『シルバーバーチの霊訓①』
地上へ再生するに際して各自は、地上で使用する才能についてあらかじめ認識しております。才能がありながらそれを使用しない者は、才能の無い人より大きい責任を取らされます。当然の事でしょう。
『シルバーバーチの霊訓①』
悲しみは魂に悟りを開かせる数ある体験の中でも特に深甚なる意味を持つものです。悲しみはそれが魂の琴線に触れた時、一番よく魂の目を覚まさせるものです。魂は肉体の奥深く埋もれているために、それを目覚めさせるためにはよほどの体験を必要とします。
『シルバーバーチの霊訓①』
悲しみ、無念、病気、不幸等は地上の人間にとって教訓を学ぶための大切な手段なのです。もしその教訓が簡単に学べるものであればそれは大した価値のないものという事になります。
『シルバーバーチの霊訓①』
悲しみの極み、苦しみの極みにおいてのみ学べるものだからこそ、それを学ぶだけの準備の出来ていた魂にとって深甚なる価値があると言えるのです。
『シルバーバーチの霊訓①』
真理は魂が悟る準備ができた時に初めて学べるのです。霊的な受入れ態勢ができるまでは決して真理に目覚める事はなく、こちらからいくら援助の手を差しのべてもそれを受入れる準備の出来ていない者は救われません。霊的知識を理解する時機を決するのは魂の発達程度です。
『シルバーバーチの霊訓①』
魂の進化の程度が悟りの時を決するのです。肉体に包まれているあなた方人間が物質的見地から宇宙を眺め、日常の出来事を物的ものさしで測り、考え、評価するのは無理もない事ですが、それは長い物語の中のほんの些細なエピソード(小話)にすぎません。
『シルバーバーチの霊訓①』
魂の偉大さは苦難を乗り切る時にこそ発揮されます。失意も落胆も魂のこやしです。魂がその秘められた力を発揮するにはいかなるこやしを摂取すればよいかを知る必要があります。それが地上生活の目的なのです。
『シルバーバーチの霊訓①』
失意のドン底の時はもう全てが終わったかの感じを抱くものですが、実はそこから始まるのです。あなた方にはまだまだ発揮されていない力、それまで発揮されたものより遥かに大きな力が宿されているのです。それは楽な人生の中では決して発揮されません。
『シルバーバーチの霊訓①』
苦痛と困難の中にあってこそ発揮されるのです。金塊もハンマーで砕かないとその純金の姿を拝む事ができないように、魂という純金も悲しみや苦しみの試練を経ないと出てこないのです。それ以外に方法がないのです。他にあると言う人がもしいるとしても私は知りません。
『シルバーバーチの霊訓①』
人間の生活に過ちはつきものです。その過ちを改める事によって魂が成長するのです。苦難や障害に立ち向かった者が気楽な人生を送っている者よりも大きく力強く成長していくという事は、それこそ真の意味でのご利益と言わねばなりません。
『シルバーバーチの霊訓①』
何もかもがうまくいき、日なたばかりを歩み、何一つ思い患う事のない人生を送っていては魂の力は発揮されません。何かに挑戦し、苦しみ、神の全計画の一部であるところの地上という名の戦場において魂の武器庫の扉を開き神の武器を持出す事、それが悟りを開くという事です
まずはiPad壁紙1枚追加です。コチラは「iPad Pro 12.9インチ」に合わせたサイズ(つまり最大サイズ)で制作していますが、正方形画像ですので基本的にどのタブレットでも問題なく使用できます。宜しければダウンロードしてご自由にお使い下さい。zipの解凍の説明はしなくていいですよね。
で、実は「全然描きやすいジャン、コレでイイジャン」と線画を描くのに100円のシャーペンを愛用していたのですが、さすがに具合が悪くなりまして「ムリもないか」という事で「製図用、絵画用プロ仕様」といった感じのシャーペンを急きょ購入(大した金額ではありませんでしたので)それで描き進めていますが確かにコレはイイ、もっと早くコレにすべきでした。
フラー22設定資料の線画を描き進めていますが、ようやく汎用モードを描き終えました。あとは航行モードを描いて、スキャンしてAffinityPhoto上の作業を経てアナログ絵336としてUPできます。来週にはUPできると思いたいです、イヤ目指しましょう。先がつかえてるんだから急がないとダメ。
そして次回長文テキスト撃ちの事でまた頭がイッパイになっています。昨日霊団に言われた事を重点的に説明する事になると思います。とはいえ本当にこの気持ちをどう説明したらいいのでしょう。一体何のための霊性発現だったのか、ここまでヒドイ目に遭わされなければならないものなのか。この10年はあまりにもヒドすぎる。っとと、まずは切りましょう(祈)†
『シルバーバーチの霊訓④』
私たちの使命はれっきとした目的ないし意義をもつ証拠を提供し心霊的法則というものが存在すると立証する一方、生きる喜びと霊的教訓を授けるという事です。物理的法則を超えた別の次元の法則の存在を証明するだけでなく霊についての真理を啓示するという事です。
『シルバーバーチの霊訓④』
そうした使命をもつ私たちには、真っ向から立ち向かわねばならない巨大な虚偽の組織が存在します。過去幾世紀にも亘って積み重ねられてきた誤りを改めなければなりません。人間が勝手に拵えた教義を基盤として築き上げられてきた虚飾の大機構を解体しなくてはなりません。
『シルバーバーチの霊訓④』
私たちの努力は常に、物質界の神の子等にいかにして魂の自由を見出し、いかにして霊的真理の陽光を浴び、いかにして教義の奴隷となっている状態から抜け出るかをお教えする事に向けられております。これは容易な仕事ではありません。
『シルバーバーチの霊訓④』
なぜなら、いったん宗教という名の足枷をはめられたが最後、迷信という名の厚い壁を突き破って霊的真理が浸透するには永い長い年月を要するからです。
『シルバーバーチの霊訓④』
私たちは霊的真理の宗教的意義をたゆまず説き続けます。その霊的な重要性に目覚めれば、戦争と流血による革命よりはるかに強烈な革命が地上世界にもたらされるからです。それは魂の革命です。その暁には世界中の人々が受けて当たり前のもの―
『シルバーバーチの霊訓④』
―霊的存在としての様々な自由を満喫する権利を我が物とする事でしょう。私たちが忠誠を捧げるのは教義でも書物でも教会でもありません。宇宙の大霊すなわち神とその永遠不変の摂理です。
『シルバーバーチの霊訓④』
いずれ地上に強力な霊力が注がれ世界各地で霊的勢力の働きかけが認識されていきます。これまで蔓延ってきた利己主義と無知に歯止めをかける大きな仕事があるからです。それはいつか成就されますが途中の段階で大きな産みの苦しみを味わわなくてはならないでしょう。
『シルバーバーチの霊訓④』
その仕事を支援せんとして私どもの世界から大勢のスピリットが馳せ参じております。あなた方の顔見知りの人、血のつながりのある人もいれば、愛のつながりによって引かれてくる人もいます。
『シルバーバーチの霊訓④』
背後霊というとあなた方はすぐに顔見知りの名前を思い浮かべがちですが、一方にはまったくあなた方の知らない人たちで、ただ自分の力を役立てる事にのみ喜びを覚えて援助してくれている人たちがいる事も、どうか忘れないでください。
『シルバーバーチの霊訓①』
この交霊会に出席される方々が、もし私の説く真理を聞く事によって楽な人生を送れるようになったとしたら、それは私が神から授かった使命に背いた事になります。
『シルバーバーチの霊訓①』
私どもは人生の悩みや苦しみを避けて通る方法をお教えしているのではありません。それに敢然と立ち向かい、それを克服し、そしていっそう力強い人間となってくださる事が私どもの真の目的なのです。
『シルバーバーチの霊訓①』
霊的な宝はいかなる地上の宝にも優ります。それはいったん身につけたらお金を落とすような具合になくしてしまう事は絶対にありません。苦難から何かを学び取るように努める事です。耐え切れないほどの苦難を背負わされるような事は絶対にありません。
『シルバーバーチの霊訓①』
何らかの荷を背負い、困難と取り組むという事が旅する魂の本来の姿なのです。それはもちろん楽な事ではありません。しかし魂の宝はそう易々と手に入るものではありません。もし楽に手に入るものであれば、何も苦労する必要などないでしょう。
『シルバーバーチの霊訓①』
痛みと苦しみの最中にある時は中々その得心がいかないものですが、必死に努力し苦しんでいる時こそ魂にとって一番の薬なのです。私どもは、いくらあなた方の事を思ってはいても、あなた方が重荷を背負い悩み苦しむ姿をあえて手を拱いて傍観する他ない場合がよくあります。
『シルバーバーチの霊訓①』
そこから教訓を学び取り霊的に成長してもらいたいと願い祈りながらです。知識には必ず責任が伴うものです。その責任を取ってもらう訳です。霊はいったん視野が開かれれば悲しみは悲しみとして冷静に受け止め、決してそれを悔やむ事はないはずです。
『シルバーバーチの霊訓①』
燦々と太陽の輝く穏やかな日和には人生の教訓は身に沁みません。魂が目を覚まし、それまで気づかなかった自分の可能性を知るのは時として暗雲垂れ込める暗い日や、嵐の吹きまくる厳しい日でなければならないのです。
『シルバーバーチの霊訓①』
地上の人生は所詮は一つの長い闘いであり試練です。魂に秘められた可能性を試される戦場に身を置いていると言ってもよいでしょう。魂にはありとあらゆる種類の長所と欠点が秘められております。
『シルバーバーチの霊訓①』
すなわち動物的進化の段階の名残である下等な欲望や感情もあれば、あなた方の個的存在の源泉である神的属性も秘められております。そのどちらが勝つか、その闘いが人生です。
『シルバーバーチの霊訓①』
地上に生まれてくるのはその試練に身を晒すためなのです。人間は完全なる神の分霊を享けて生まれてはいますが、それは魂の奥に潜在しているのであって、それを引き出して磨きをかけるためにはぜひとも厳しい試練が必要なのです。
昨日ボヤいていた「あるアイデア」はやはりボツという事にしました、申し訳ありません、どういうアイデアだったかもお話もしません。別に大したものではありませんでしたので。それより霊団が2日連続で全然何も言ってこなかったのですが今日まとめてドッカーンと幽体離脱時映像およびインスピレーションを降らせてきました。
それを受けてまた少し霊団の意図、僕の置かれている状況を理解したような気がします。そしてそれは全然イイ事ではなくて僕にとっては最悪のストーリーという事になり、どうやっても承諾する気になれないのです。申し訳ありません説明できないのです。長文ブログでも書けません。ただひとつ間違いなく言える事は↓
という事です。iPad壁紙のテンプレートを作り込んだりしていました。次回のUPから少しだけ変更になります。このiPad壁紙は可能性が広がるコンテンツのような気もしてますのでしばらく試行錯誤しつつ続けてみます。とにかく最悪。コイツらと縁を切りたい。帰幽後は地球圏霊界と完全に決別したい(祈)†
『シルバーバーチの霊訓⑨』
必需品を永遠に供給していくための摂理があり、それに順応しさえすれば、あなたは必要な物に事欠く事は有得ません。空腹や渇きに苦しむような事は決してありません。しかし、必要以上のものは授かりません。
『シルバーバーチの霊訓⑨』
あなたの成長度に合ったものを授かるのであって、多すぎる事も少なすぎる事もなく、高すぎる事も低すぎる事もありません。摂理ですから、それ以外に有りようがないのです。
『シルバーバーチの霊訓⑨』
霊は物質による制約には負けません。全生命の原動力であり全存在の始源である霊は、あなたが地上生活で必要なものは全て供給してくれます。その地上生活の目的は至って単純です。本来のあなたである霊的本性を開発強化して死後に待ち構える次の生活の身支度をする事です。
『シルバーバーチの霊訓⑨』
となると、ありとあらゆる人生体験、楽しい事も苦しい事も、光も陰も、有利な事も不利な事も、愛も憎しみも、健康も病気も、その一つ一つがあなたの霊的成長にとって何らかのプラスになるという事です。
『シルバーバーチの霊訓⑨』
真理の顕現には無限の形態があります。真理とは無限なる大霊から出るものであり、顕現の媒体となる人物の進化の程度によってその形態が違ってくるからです。その真理の理解は単純・素朴さを通して行われます。
『シルバーバーチの霊訓⑨』
私たちの説く真理は無辺・無限の大霊の真理です。すべての人のためのものであり、一宗一派、一個人のものではありません。全人類を愛の抱擁の中に包まんとして働きかけております。
『シルバーバーチの霊訓⑨』
実在は物質の中には見出せません。その肉体の中にも発見できません。存在の種子は物的器官の中には見出せません。あなたは今からすでに霊的存在なのです。私たちの世界へ来てはじめて霊性を身につけるのではありません。
『シルバーバーチの霊訓⑨』
受胎の瞬間から人間も霊的存在なのです。その存在の源である霊という実在からあなた自身を切り離そうとしてもそれは絶対にできません。地上世界の全てが霊のおかげで存在しているのです。霊なくしては生命はありません。なぜなら生命とは霊であり霊は生命だからです。
『シルバーバーチの霊訓④』
私にできる事は永遠・不変の宇宙の原理・原則を指摘する事だけです。地上世界の事がすべて探求しつくされ、説明しつくされ、理解されつくしたあとに、なおかつ誰一人として完全に究める事も説明する事もできない永遠の摂理があります。
『シルバーバーチの霊訓④』
人間の全てが、日々決断を迫られる問題に直面した時に、自分が霊的存在である事、大切なのは物的なもの―それはそれなりに存在意義はあっても―ではなくてそれがあなたの本性、永遠の霊的本性に与える霊的な意義である事を自覚できればどれだけ素晴らしい事でしょう。
『シルバーバーチの霊訓④』
物的なものはいずれ朽ち果て元のチリに帰ります。野心、欲望、富の蓄積、こうしたものは何の役にも立ちません。所詮あなた方も霊的存在なのです。真の富はその本性に宿されているものだけであって、それ以上でもそれ以下でも有得ません。
『シルバーバーチの霊訓④』
その事を生涯を通じて悟っていかなくてはいけません。それを悟った時、あなたは真の自分を見出した事になり、自分を見出したという事は神を見出したという事になり、そうなった時のあなたこそ真の意味での賢者と言えるのです。
『シルバーバーチの霊訓④』
私の目にはあれこれと“大事な事”があって毎日あっちこっちへ走り忙しく暮らしながらその実“一番大事な事”を見落し、なおざりにしているために心が絶望的でヤケになっている大勢の人々の姿が見えます。このあたりに私どもが説く教えの核心があります。
『シルバーバーチの霊訓④』
その人たちが日々の生活の中に生きる喜び―神の子として当然味わうべき充足感を見出してくれるようにと願って霊界から舞い戻ってくるそもそもの目的がそこにある事が判って頂けるでしょうか。それはいわゆる宗教、教会、信条、教義といったものより大切です。
『シルバーバーチの霊訓④』
人類を分裂させ戦争と混沌と騒乱の原因となってきたその類のもののいずれにもまして大切です。がそれは自分という存在についての(霊的存在であるという)至って単純な事実にすぎないのです。なのにそれを悟っているのはごく僅かな人のみで大多数の人は知らずにおります。
んんん、これはやらないと思いますが、そのアイデアのための画像を少し作り始めたりしています。イヤァァァ、やらないと思う、なのに画像を作っちゃってるというのは、それくらい僕が切羽詰まっているという事の裏返しなのです。もうとにかく限界の限界、イッパイイッパイ、何とかならないかと思っているのです。
おおおぉぉぉぉぉぉ落ち着きましょう一旦止めましょう。フラー22設定資料に戻りましょう(祈)†
そのアイデアの発表前から絶対的自信をもって断言しますが、そのアイデアが実を結ぶ可能性、霊的使命遂行を前進させる事に繋がる可能性は0%です。絶対ムダな努力に終わる事と思われますが、しかし僕は物質界に残されている限りは全ての可能性にかけねばなりません。僕の人生目標は物的目的ではなく霊的目的ですので。
要するに「そーゆー事を考えてしまうくらい切羽詰まっている、限界ギリギリの状態」という事を言いたい訳ですね。やらなければならない作業が鬼のように地獄のようにあるのに全然できない、そのフラストレーションのレベルが尋常ではなくて「何とかならないか」と思って頭をひねったという事です。まぁこのアイデアは実行しないと思います、発表もしないと思います。
何とかテキスト撃ちとアナログ絵描画に全パワーを回せないものか、という事で有りもしないアイデアを考えてしまった、というお話でした。言わずにおきましょう悲しくなりますから(祈)†