お勉強のプライオリティは霊関連書籍の方がはるかに上という事は分かっているのですが、とにかくまずは脱出を完了させない事には話が始まりません。あそこに閉じ込められたまま次のアクションという事は有り得ません。しっかり脱出を完了させて、そこからようやく気持ちが次のステップに進めます。

自伝書籍を出したところで、その後2冊3冊4冊と霊的内容の書籍を出し続ける事ができたとしても、僕、たきざわ彰人がそもそも無名ですのでまず脱出にはつながらない事が容易に予測できますが、そう言ってやらなかったら永久に閉じ込められる事が決定になってしまいますのでダメでも何でも作業するしかないのです。

しかしこの思い出の書籍(シナリオの本)は読みごたえがあります、お勉強になります。何とかこの内容を自伝に活かしたいと思ってアレコレ頭をひねっているところです。自伝内に挿入する絵も描き進めています。何しろ枚数が尋常ではありませんので日々少しずつでも描いていかないと一向に終わりが見えません。

ホンットウに…この絶望感はどうやったら僕の心から排除できるのでしょうか。今のところ帰幽以外にないといった感じですが、そこまでしてひとりの人間をイジメ倒し、本人の意向を無視し続ける霊団の人間性がサッパリ理解できません。作業続行中(祈)†

「悔し涙を拭う必要はありません」これは帰幽後に悲しみが喜びに変わるという意味です(祈)†■2023年6月21日UP■
「悔し涙を拭う必要はありません」これは帰幽後に悲しみが喜びに変わるという意味です(祈)†
次第にあの土地の光輝と雰囲気が馴染まなくなり、やむなく光輝の薄い地域へと下がって行った。そこで必死に努力してどうにか善性が邪性に勝(まさ)るまでになった。その奮闘は熾烈にしてしかも延々と続き、同時に耐え難く辛き屈辱の体験でもあった。しかし彼は勇気ある魂の持ち主で、ついに己れに克(か)った。その時点において2人の付き添いに召されて再び初めの明るい界層へと戻った。そこで私は前に迎えた時と同じ木蔭で彼に面会した。その時は遥かに思慮深さを増し、穏やかで、安易に人を軽蔑することもなくなっていた。私が静かに見つめると彼も私の方へ目をやり、すぐに最初の出会いの時のことを思い出して羞恥心と悔悟の念に思わず頭を下げた。私をあざ笑ったことをえらく後悔していたようであった。やがてゆっくりと私の方へ歩み寄り、すぐ前まで来て跪き、両手で目をおおった。鳴咽(おえつ)で肩を震わせているのが判った。私はその頭に手を置いて祝福し、慰めの言葉を述べてその場を去ったのであった。こうしたことはよくあることである。†…続きを読む→
「従ってもらう」恐ろしいインスピレーション、反逆を無に帰せられる可能性(祈)†■2025年1月22日UP■
「従ってもらう」恐ろしいインスピレーション、反逆を無に帰せられる可能性(祈)†
霊団がそのつど僕に書かせてきたブログひとつひとつはしょーもないものだったと思いますが、霊団は大局を見て僕にそれらブログを書かせてきたのであり、その大目的は他でもない、イエス様を総指揮官とした「スピリチュアリズム普及の大事業」の推進に他なりません。ごく初期の頃の無料ブログ時代には「ピーチピチ(佳子)骨肉腫で帰幽イイわぁぁぁ♪」というブログを霊団によって書かされた事もありました。そのブログをお読みになった多くの方々は「おぉぉ!これは正真正銘のヴァカが現れたな、このたきざわ彰人とかいうヤツは完全に頭がイッちゃってるな」と思った事でしょう。そのブログも、それ以外のブログも全て霊団が降らせるインスピレーションに基づいて書いた(書かされた)モノであり、僕だってテキスト撃ちながら「コレは何なんだろうなぁ」と思っていたのですよ。しかしインスピレーションに従わなければ霊性発現した意味が無くなってしまいますので「なんだかなぁ」と思いつつもあのようなブログを連発して書いていたのです。しかしそれらアフォブログのおかげというべきか、僕、たきざわ彰人の存在および「宇宙一のバカ」大量強姦殺人魔、明仁、文仁、徳仁、悠仁の邪悪の正体は年を追うごとに日本国民に知れ渡っていきました。全ては大計画「イエス様のご意志遂行、スピリチュアリズム普及」のためだったのです…続きを読む→

脱出できないのがいちばん苦しいですが、霊性発現以降の体験談を逐一説明するのも、これもまた苦しい作業なのです。中には「そんなもん説明したくネィよ」というモノも複数ありますが、んーまぁ今回の自伝書籍ではそういった「僕にとってイヤなモノ」も何とか説明するつもりです。全部説明しないでだいぶ端折るでしょうが。

思い出の書籍を読んでのお勉強を続行してますが、この知識を駆使すれば書きたくない不愉快なエピソードをキャンセルできる訳ではなく、その部分は悲しいですが、しかしその僕にとってイヤなエピソードを「話の盛り上がり」として活用できるならお勉強した意味もあった事になるかも知れません。

どうしても、どうしても、脱出をあきらめる事はできません、霊団にどれだけ脅されても最後の1秒まで闘う覚悟です。ずっと本は書きたい、出したいと思っていましたのでとにかくまず1本UPさせましょう。そしてその勢いのまま2作3作と作り続ける事ができれば僕的には嬉しいです。

250316キャンドル作戦

ちなみに現在、節約アイデアで「キャンドル」を使用し、部屋の照明を落として、机上のスタンドとPCディスプレイの自発光の光で作業するという事をやってますが、作業自体はこれでも問題ないのですが、このキャンドルは照明とはなり得ませんね。ただ机の上がファンタジーの雰囲気になるというだけでそれ以上の効果は一切ありません。

電気代節約という事で考えたアイデアなのですが、ググってみると、部屋の照明を消してもあまりたいした節約にはならなそうですね。しかしまず1ヶ月継続して電気代の減り具合を自分で確認してみましょう。このキャンドルは2回目の購入はナシですね。コレだったら部屋でヘッドライトを使用した方がよほど節約になるかも知れない。

フゥゥ作業続行中。できるだけ早く自伝書籍の原稿撃ちに入ります。そして霊関連書籍のテキスト化も続行中。やるべき作業は殺人的にあります。あの閉じ込められているところでの無意味な時間を作業時間に変換したい。もうあそこには1秒も居たくないんだよ。絶対に1歩も退かないぞ(祈)†

「死ぬ決定だからな死ぬ死ぬ死ぬ」それと僕を閉じ込める事とは関連がネィだろう(祈)†■2025年1月8日UP■
「死ぬ決定だからな死ぬ死ぬ死ぬ」それと僕を閉じ込める事とは関連がネィだろう(祈)†
そもそも僕は「帰幽カモン」です。物質界に1秒も残されていたくないのです、一刻も早く帰幽して霊界生活に突入したいのです。なのでやるべき仕事をキッチリやり切ってとっとと帰幽できれば別にそれでいいのです。必要以上に物質界に残り続けようとか、肉体の寿命を延ばして長生きしようとか、そういう事は全く考えていないのです。物質界に残り続ける事は不幸以外の何ものでもありませんからね。霊的知識をどうかお勉強して下さい。ですので僕の本音としては「僕の物的生命の生き死になんかどうでもイイから物質界の邪悪をこのタイミングで滅ぼせよ。それを達成して帰幽できれば僕は全然それでイイんだよ」という事になるのですが、霊団はそうは考えていないようなのです。んーまぁ、霊団が僕を守ろうとしている事はなんとなく分かるので、そこをあまり責めてはいけないのかも知れませんが、霊団がやっている事はただダラダラ事態を引き延ばしているだけ、実際は何もやってない、という事になるのでそこが頭にくるのです。そして僕がいちばんムカつくのは、僕が「宇宙一のバカ」大量強姦殺人魔、明仁、文仁、徳仁、悠仁に殺されるのを防御する事と、僕を最悪のところに閉じ込める事とは何の関連性もネィだろう、ただ殺されないようにするだけだったら閉じ込める必要はネィだろう、という事です…続きを読む→
「メッセージだけを見て欲しい」霊団が物質界の邪悪に目をつぶろうとしているのです(祈)†■2023年3月15日UP■
「メッセージだけを見て欲しい」霊団が物質界の邪悪に目をつぶろうとしているのです(祈)†
しかしそれは「順番が逆だろ」まず奴隷の女の子たちを助けてあげて、それから交霊会だろ、と僕は思うのです。というのも、奴隷の女の子たちを完全に見殺しにした状態で僕という霊媒を霊団が使用して霊言を降らせたとしましょう。その降ってきた内容がさながら「シルバーバーチの霊訓」を彷彿とさせるような高尚な内容だったとしましょう。その霊団が降らせてきた内容が、人類を救うとか、世界を救うとか、人間は国家も肌の色も関係なく全員が神から神性の火花を賜って個的存在を与えられた、神を共通の親とした霊的兄弟、霊的大家族であり、戦争で敵国の兵士を撃ち殺す事は自分の家族を殺す事と同義であり愚かな事であり、したがって全世界が助け合っていかなければならないとか、そういう心を撃つ美しい内容だったとしましょう…続きを読む→
「我々の言葉を信じなさい」帰幽後に全ての埋め合わせがおこなわれるという意味です(祈)†■2023年3月8日UP■
「我々の言葉を信じなさい」帰幽後に全ての埋め合わせがおこなわれるという意味です(祈)†
2000年前のイエス様が物質界に降下しておこなった仕事はもちろん「霊的知識普及」であり「神のご意志遂行」であり、それが現在も「スピリチュアリズム普及」というカタチで継続しているのです。このスピリチュアリズム普及の霊界での総指揮官はイエス様です。どうか霊関連書籍でお勉強して頂きたいです。そのイエス様が、一体何がどうなっているのか僕などというよく分からない画家に「怒涛の連続顕現」で霊的仕事を猛烈にお願いしてきたのです。僕は激しく拒絶しましたが1週間近くイエス様に何とも言えない表情で怒涛にお願いされ続けて僕は根負けしてしまい、この使命遂行をやる“ハメに”なってしまったのです。それから10年(霊性発現が2012年6月、隔離フィールド発動(事実上の使命遂行開始合図)が2014年7月ですから正確にはほぼ9年という事になるでしょうか)僕はずっとそのイエス様と約束した仕事を続けてきたのです…続きを読む→

そんなものに囚われていないで、いつの時代にも新鮮で、いつの時代にも生き甲斐の源泉となり、いつの時代にも美しく輝く人物 – ガリラヤの山腹をさまよい、子供たちと戯れ、いかなる身分の人とも純真無垢な同胞意識で交わり、形式や儀式を避けてその奥に秘められた意義を求め、罪深き人間を赦し、貧しい者の味方となり、いかなる決断を下すに当たっても慈悲心と広い視野に立っていた人物、すなわちナザレイエスにもっと心を向けてはどうだろうか。

その崇高な人間性に、さらに、これまで見てきたような霊的能力をそなえた人物像を描いた時、そこに人類史における空前絶後の、真の意味でのスーパーマン – 他のいかなる歴史的人物よりも神に近い存在を想起せずにはいられない。

そのイエス・キリストの教えが秘めている影響力を、皮肉にも“キリスト”の名を冠する教会の硬直した神学と比較した時、いかに教会という組織がドグマと形式と排他性と虚飾と非寛容性に堕して、人間の生きざまの手本としての“主”から遠く離れてしまっているかを知って驚くのである。

もはや“キリスト”と“キリスト教会”との間には救いようのない敵対関係すら生じており、両者を並べて論じることができなくなってしまった – 教会は教会として、キリストはキリストとして、切り離して論じなければならないほどである。

もとより、キリスト教会にも秀でた人物がいることはよく知っている。私自身、多感な青年時代の7年間を、キリスト教集団の中でもとくに戦闘的要素が強いとされている、イエズス修道会で生活したことがある。そこにはかつてスポーツ選手だった人もいれば、学者だった人もおり、ふつうの紳士もいた。

その人たちは世間から隔絶した狭い世界で生活していながら、人間的にはみんな尊敬に値する立派な人たちばかりだった。イエズス会の信者はとかく詭弁を弄すると言われているが、そんなところはみじんもなかった。

同じことが国教会についても非国教会についても言える。各派の教義そのものについての議論となると態度を硬化させるが、人間的には実に見上げた人物がたくさんいる。さらに、同じことが名もない一般の人についても言える。古い信仰の中で育てられ、本書で扱ってきたような霊的事象については何も知らないでいて、尊敬に値する純粋な霊性を身につけている人を、私は大勢知っている。

「絶対やるとの使命感に燃えて下さい」そう思ってるから僕もここまでやってるんでしょ(祈)†■2023年11月1日UP■
「絶対やるとの使命感に燃えて下さい」そう思ってるから僕もここまでやってるんでしょ(祈)†
普段上層界で生活している高級霊の方々は波長が低すぎる物質圏付近には降下する事さえできず、降下したとしてもごく短時間しか滞在できないそうです。つまり高級霊であればあるほど最低界の物質界と縁が切れているという事です。で、そこまで上層界では無い境涯で生活している霊は物質圏付近に仕事で降下する事がありますが(僕は間違いなく降下の仕事をやらされるものと思われますが)インペレーター霊が書籍の中でお話しておられますように、物質圏付近に降下すると、地上生活時代の記憶がよみがえり、それが進歩の逆、退歩につながってその霊にとってマズい事になるという事があるそうです。たとえば霊体生活者はもう肉体がありませんが、物質圏に降下すると昔の肉体的煩悩がよみがえってきてそれが退歩につながるのだそうです。もうひとつ、物質界生活時に間違った霊的知識、宗教観等を学んでしまって、帰幽後にその自分の間違いを指導霊に修正してもらって向上を果たした人物が物質圏付近に降下すると、その過去の誤った概念がよみがえってきて霊界で学んだ内容が帳消しになってしまい、それがまた退歩につながるのだそうです…続きを読む→
■2020年9月3日UP■
「75~80」これはアナログ絵75から80という意味ですが、この通りになるという事なのか?(祈)†
人として当然の責任を取れ!ひとりの人間の人生をここまでメチャクチャにして「ゴメン」の一言で済む訳ないだろ。プライドを持って最後まで責任ある仕事をしろ、それでも「宇宙一のバカ」強姦殺人魔、明仁、文仁、徳仁、悠仁を死刑、滅亡させられず奴隷の女の子たちを救出してあげられなかったらとにかく責任を取れ。あんたたちの悲願だろ!あんたたちが僕にやらせたんだろ!目に見える結果に到達するまで死ぬ気で仕事しろ!…続きを読む→
「信じて疑わなかった」コッチのセリフだよ、たのむからこの人生の責任取ってくれよ(祈)†■2024年12月4日UP■
「信じて疑わなかった」コッチのセリフだよ、たのむからこの人生の責任取ってくれよ(祈)†
現在セブン(イレブン)の客騙しが大問題になっている事は多くの方がご存じの事と思います。セブンが客の信用を完全に失っていて、もうその信用を取り戻す事が不可能と思われるほど問題の根が深い、という件ですが、それと同じような感じで、僕の霊団への不信感も昨日今日の問題ではなく長年の蓄積によってこういう精神状態になったのだという事を強調したいのです。とにかく人生破壊の度が過ぎる、僕の人生は徹底的に破壊するが仕事は一向に進行しない、僕という霊媒を使用して霊言を降らせる降らせると言い続けているが一向に降らせようとしない(僕が協力的姿勢を取らないから降らせられないと言えなくもないのがイタイですが…)イヤ、霊言霊媒として機能させられないなら自動書記をやればいいだろと思うのですが、そちらも1文字たりとも降ってこない。もっともこういう霊的仕事は霊界側で相当の準備をしないとできないそうですので、物質界の人間側の都合でああしてくれこうしてくれと言ってそうそうポンポンできるものではないのですが…続きを読む→

イヤーいま読んでもスバラシイですね。霊関連書籍に出会ってからは「コレを超えるモノは物質界にない」という気持ちになり、物的書籍にほとんど興味を示さなくなったのですが、この本は100%物的内容であるにもかかわらずとてもおもしろいです。

何とかこのお勉強の内容を活かして自伝設計図を完成させ本文撃ちに入りたいですが、頼むからこの作業の先に脱出があってくれと、それだけを祈り願う気持ちです。2サイトの事は完全に頭から消えてしまいましたね、わざわざドメイン取得までして立ち上げたのに…。

まずはこの書籍を読み切ってその内容を自伝に反映させる事に集中しましょう。ちなみに以前“ある脱出アイデア”というモノを実行するために“節約”をやっていましたが、それは現在も継続中で、しかもかなり進行してます。

チョトここで細かい事はお話できないのですが「そこまでするか」というところまで切り込んで徹底的に節約しています。節約すればするほど脱出に役立つのです。コレはもう継続決定です。脱出実現を死んでもあきらめない、物質界人生最後の1秒まで霊団の横暴と闘うぞ(祈)†

「ゾウです」永遠の視点では勝者だが物質界生活中は最悪をやらされるという意味です(祈)†■2023年3月22日UP■
「ゾウです」永遠の視点では勝者だが物質界生活中は最悪をやらされるという意味です(祈)†
聖書には真実でない事がたくさん書かれています。人類史上最大の汚辱と言っても過言ではない「ニケーア会議」の時に様々なウソが聖書に書き加えられ、そのウソが世界中に広まっていき、イエス様の2000年の苦悩へとつながっていったのです。キリスト者はイエス様の御名を悪用して私腹を肥やす事を2000年にわたって続けてきました。特に中世ヨーロッパの暗黒時代が最悪で、キリスト教の要職についていた人間たちは、自分たちの地位、生活を守るために真実を公言する人間を徹底的に処刑してきました。キリスト教の人間が「主よ、主よ」とイエス様の御名を連呼する時、それはイエス様に対する最大級の侮辱であり、イエス様の悲しみをさらに増幅させ、積年の誤謬(ごびゅう)を払拭するどころかさらに加速させ続ける、イエス様をさらに十字架にかけ続ける許されざる呪いの行為となります。僕、たきざわ彰人からお願いしたい事としましては、間違いだらけの聖書を読むのはやめましょう。「シルバーバーチの霊訓」を筆頭とした正真正銘の霊関連書籍に目を通すようにしましょう。そして教会に足を運ぶのもやめた方がイイでしょう…続きを読む→
「悔し涙を拭う必要はありません」これは帰幽後に悲しみが喜びに変わるという意味です(祈)†■2023年6月21日UP■
「悔し涙を拭う必要はありません」これは帰幽後に悲しみが喜びに変わるという意味です(祈)†
次第にあの土地の光輝と雰囲気が馴染まなくなり、やむなく光輝の薄い地域へと下がって行った。そこで必死に努力してどうにか善性が邪性に勝(まさ)るまでになった。その奮闘は熾烈にしてしかも延々と続き、同時に耐え難く辛き屈辱の体験でもあった。しかし彼は勇気ある魂の持ち主で、ついに己れに克(か)った。その時点において2人の付き添いに召されて再び初めの明るい界層へと戻った。そこで私は前に迎えた時と同じ木蔭で彼に面会した。その時は遥かに思慮深さを増し、穏やかで、安易に人を軽蔑することもなくなっていた。私が静かに見つめると彼も私の方へ目をやり、すぐに最初の出会いの時のことを思い出して羞恥心と悔悟の念に思わず頭を下げた。私をあざ笑ったことをえらく後悔していたようであった。やがてゆっくりと私の方へ歩み寄り、すぐ前まで来て跪き、両手で目をおおった。鳴咽(おえつ)で肩を震わせているのが判った。私はその頭に手を置いて祝福し、慰めの言葉を述べてその場を去ったのであった。こうしたことはよくあることである。†…続きを読む→
霊団はもう何もやる気がないそうですが、僕はうしろに戻るつもりはない前進あるのみ(祈)†■2023年7月19日UP■
霊団はもう何もやる気がないそうですが、僕はうしろに戻るつもりはない前進あるのみ(祈)†
物質界に邪悪がはびこる、その根本原因は「霊的知識の無知」にあります。人間に死はなく、肉体の死後も霊的表現媒体(幽体、霊体等)をまとって霊界で永遠に生き続けるという霊的真理を知らず、物質界での人生のみが人間の人生だと考える事が全ての邪悪の出発点なのです。物質界で大量強姦殺人の人生を送ると帰幽後に霊界でどれほどの地獄をやらされるか、その「霊界と物質界の因果関係」もっと言うと【神の因果律】を全く理解していないから平然と犯罪をおこなう事ができるのです。神の因果律から逃れる方法はこの全宇宙に存在しません。なぜなら「宇宙は神の身体」だからです。僕たちは現時点で神の中に存在しているのですから、神の法則の効果範囲外に出るなどという事は有り得ないのです。自分のおこないが自分の帰幽後の人生にどれほど致命的欠陥、悲劇をもたらすかを知っていれば、おのずと自分のおこないに責任感が生じ、愚かな言動にブレーキがかかるはずなのです。邪悪なおこないをしている人間たちというのは「何も知らない人間」という事なのです。だから霊的知識の普及が急務なのです…続きを読む→

自伝ですので事実を変えて書く訳にはいきませんが、僕の霊性発現にまつわる体験談を説明しつつも読む方に退屈させないような展開を盛り込めないか、アレコレ考えているところです。とりあえず絵は相当たくさん入れて分かりやすくするつもりですがそういう事ではなく、起承転結のように盛り上がって読み終わるような構成にしたいです。

困ったなぁ、考えすぎかなぁ、やりすぎるとかえってグチャグチャになって分かりにくくなる、テーマをひとつに絞って簡潔に書いた方が読む人の心に響くでしょう。しかしそれではカットする部分が相当多くなってしまう、さぁどぉぉするか。

9月初旬を書籍UPに設定してますが、こんな調子では相当ズレ込みそうです。作業はこれで終わりではありません、まだまだ殺人的にやる事があるのです、モタモタしてはいられません。が、急いでテケトーに書く訳にもいきません。

ハァァ、脱出できませんがこの作業自体はやってておもしろいです。僕に合ってると思います。何とか設計図を完成させて本文撃ちに入りましょう。書籍に挿入する絵も描き始めています、何しろ枚数が尋常ではありませんので(たぶん80~100枚近くになると予測)先行先行でガンガン描いて行かないと一向に終わりが見えません。

「The Scripts of Cleophas」来週に訳文全文UP…イヤ、モチョトかかるかなぁ、本当に苦しい作業ですので手が止まりまくりなのです。作業時間が欲しい、そういう意味でも何としても脱出したい、霊団の閉じ込めの導きを何とか乗り越えたい。しかし物的手段で霊の導きを超えるのは不可能。イヤでも閉じ込められるというストーリーが通常です。それがどうしてもイヤで猛烈に反逆しているのです(祈)†

「何のために霊能やってるんだ」物的手段に訴えるな、霊団に従え、という意味です(祈)†■2024年5月15日UP■
「何のために霊能やってるんだ」物的手段に訴えるな、霊団に従え、という意味です(祈)†
この地球、この宇宙は全て【神】のものです。今僕たちがまとっている肉体さえ僕たちのものではありません。全て神からの賜りものであり、僕たちの所有物などというモノは存在しません。物的金銭を蓄積する事ほど愚かな事はありません。肉体は100%朽ち果てるようにできているのですから人間は自動的に帰幽して物質界を離れます。その時、霊界に物質は持って行けません。100兆円稼いでも1円も霊界に持って行けないのです。物質界での金銭の蓄積は全く無意味である事を物質界生活者が理解するのはまだ1000年以上先の話かも知れません。物質界生活中に僕たちがやるべき事は「心を鍛える」という事です「自分を磨く」という事です。それが帰幽後の霊界生活に役立つのであって、霊界人生に何の役にも立たないおこないは、少なくとも僕、たきざわ彰人のブログをご覧の皆さまには慎んで頂きたい、その悟りの壁を突破して頂きたいと願わずにはいられません…続きを読む→
「ロスタイムをここまで利用するのは普通では有り得ない」もう十分だ帰幽にしてくれ(祈)†■2024年7月17日UP■
「ロスタイムをここまで利用するのは普通では有り得ない」もう十分だ帰幽にしてくれ(祈)†
そして何の仕事をやらされるのかと思えば(その仕事内容を検討する霊界で催された会議に僕も霊体で参加しています。もっともその会議の内容は全く物的脳髄で反芻できませんでしたが)「宇宙一のバカ」大量強姦殺人魔、明仁、文仁、徳仁、悠仁の邪悪の正体および奴隷の女の子の悲劇の惨状の情報拡散というとんでもない仕事だったのです。霊界高級霊の方々は僕の心の中が丸見えです、僕より僕の事が分かっています。つまり僕なら物質界の邪悪の脅迫に屈せず仕事を続行できると踏んでこの仕事をやらせたのです。そして事実、僕はイエス様を筆頭とした霊界高級霊の方々の期待通り(なのかどうか今となっては疑問ですが)天皇一族が強姦殺人魔であると徹底的に拡散していきました。その情報拡散の中でSNS(Twitter)のアカウントをどれだけ消されてきた事でしょう、もう覚えていないほどやられてきました。そしてこれ以上消されないためにWordPressを開始したのです。つまりどれだけヒドイ目に遭わされても全く使命遂行をやめるつもりがなかったという事です。その部分は霊団の予測的中だったという事です…続きを読む→
「タダ事じゃないんだからね」霊界側でさらに僕を閉じ込める作戦が進行中のようです(祈)†■2025年1月1日UP■
「タダ事じゃないんだからね」霊界側でさらに僕を閉じ込める作戦が進行中のようです(祈)†
帰幽後、ごく普通の善良な人間はたいてい2界か3界に赴きます。3界は幽界上層界に相当し霊界全体ではまだまだ下層界にあたりますが、それでも「サマーランド、パラダイス」と呼ばれたりするほど幸福な世界で、物質界で叶えられなかった夢が何でも叶う境涯と言われています。霊関連書籍によりますと物質界からいきなり4界に向上する人間は極めてまれであり、物質界在籍の人間の向上スピードとしてはこの4界到達というのが最高記録なのではないかと思われます。で、先ほど僕がその上の5界に既に到達していると書きましたよね。僕がこれまでお勉強してきた霊的知識に照らし合わせると、物質界からいきなり5界に到達できるというのは有り得ないと僕は思っていて、それで霊団の言う「アキトくん5界だよ」というのはウソだと思っている訳ですが、霊団はたびたび「霊界新記録」とかそういう事を言ってきたりしていましたから、もしかしたら僕は本当に5界に到達していたのかも知れません。しかし現在は霊団に対する反逆の影響で僕の霊格は相当に下がっているはずですから、もう帰幽後に5界に赴くという事はなくなったとみて間違いないでしょう。まさに自業自得という感じですが…続きを読む→

以上で、イエス・キリストによる“しるしと不思議”が近代スピリチュアリズムの現象と原理的には完全に同じであることが分かっていただけたであろう。

したがってスピリチュアリズムというのは、決してキリスト教に取って代ろうとするものではないどころか、イエス・キリストの言動について今日まで語り継がれてきたものが驚くほど正確であり、これまで多くの真面目な求道者にとって大きな“躓(つまず)き石”となってきた奇跡的現象が、スピリチュアリズムのお蔭で真実性に富むものであることが証明される形となったのである。

そのスピリチュアリズムがなぜキリスト教を代表する人たちによって非難と憎悪の的にされなければならないのであろうか。

一方、われわれは、新約聖書で語られているキリストの言動のすべてが、一言一句ゆるがせにできないほど正確なものであるという考えが誤解であることも指摘したいのである。その考えのために、古来、どれほど多くの弊害が生じてきたことであろうか。

できることなら – まず無理かも知れないが – キリスト教会が思い切った態度で、新約聖書の中から明らかに改ざんされていると思われる箇所、あるいは挿入話であると考えられるものを取り除く作業をやってほしいものである。そうしたものが、どれほどバイブルの印象を汚し、純正と思われる話の価値まで下げてしまっていることであろうか。

一例をあげると、マタイ伝23章にバラキヤの息子ザカリヤがエルサレムの神殿内で殺された話が出ている。キリストの口から出た話のように書かれているが、ヨセフスの『ユダヤ戦記』によると、これは実際はエルサレムが戦火に巻き込まれた時に起きたことであって、37年も後の話である。これによって現行のマタイ伝はキリスト没後に書かれたものであることは明らかである。

こうした点をキリスト教会が満場一致で改めるなどということは奇跡中の奇跡で、まず考えられないことである。というのも、キリスト教会としては新約聖書の冒頭を飾るテクストは“教会”の存在を強く位置づけるものにしたいからである。が、残念ながら、キリストの時代に“教会”はカケラほども存在しなかったのである。

マタイ伝の信憑性をさらに失わしめる事実に、キリストと弟子の漁師たちがラテン語やギリシャ語で会話を交わした – それどころか、語呂合わせのダジャレまで言い合った、ということになっていることである。改ざんの目的は明々白々である。

ローマ・カトリック教会の教皇制度は完全にこの福音書を土台としている以上、これがそう近い将来に改められることは、まず考えられないことである。

古代の大思想家といわれる人物たちが、オリンポス山の男女の神々が闘争を繰り返したという神話を本気で信じた – 少なくとも信じた上での著作を残している事実が今日のわれわれには“驚異”に思えるように、現代のクリスチャンの道徳的勇気の欠如と知的正直さの欠落が、われわれの子孫にとって“奇っ怪”きわまるものに思える時代が到来することであろう。

キリスト教精神は実に崇高である。それを理性と進歩の流れに乗せるためには、そうした他愛ない改ざんや挿入箇所を修正し、さらに、すでに主張したように、重点の置きどころをキリストの“死”から“生きざま”へと改める必要がある。

が、正統派はそういう問題には深入りしたがらない。信仰が阻止するのか、それとも他に何か理由があるのかは知らないが、いずれにせよ彼ら上層部の者は、同じ教会内で批判的な考えをもつ者たちにとって、その問題が足もとに散らかっている邪魔な石ころであることに気づいていない。

信じやすい人間にとっては簡単に信じられることでも、理知的思考力に富む人間にはとても信じられないことがあるものだ。“仔羊の血によって救われる”だの、“有り難き主の御血によって清められる”といったセリフは、信心深い人間を快い感情で満たすかも知れないが、思慮深い人間にはグロテスクに思えるであろう。

身代りの贖罪説は理性的にみてとても承服できるものではないが、その問題は別として、そもそもその概念は異端のパルティアの神話から来たもので、トーロボーリアムというミトラ神の儀式において、新しい改宗者に雄牛の血で洗礼を施したことに由来する。そんな野蛮な儀式から出た概念が、思慮深く、かつ感性の鋭い現代人に訴えるはずがない。

「片手落ちというものがありません」あくまでも霊界側の視点でのお話です(祈)†■2022年6月1日UP■
「片手落ちというものがありません」あくまでも霊界側の視点でのお話です(祈)†
僕の物質界生活中に結果が出るとは言っていない、僕の帰幽後に霊界側が計画した通りの結果に到達する。「宇宙一のバカ」強姦殺人魔、明仁、文仁、徳仁、悠仁の滅亡も、僕の物質界生活中には達成できないとしても、僕の帰幽後にそのようになる。奴隷の女の子たちの救出も、僕の物質界生活中には実現できない、しかし女の子たちは強姦殺人されて以降に霊界で十分すぎる埋め合わせがあるのだから何も心配する必要はない。だいたいこういう意味でいいでしょう。大俯瞰的視点で永遠という時間の尺度で全体を眺めれば「素晴らしい結果に到達した」と言えるのでしょうが…続きを読む→
「誰のせいでもない」そいつぁーおかしいだろう、あんたたち(霊団)が主原因だろう(祈)†■2023年6月14日UP■
「誰のせいでもない」そいつぁーおかしいだろう、あんたたち(霊団)が主原因だろう(祈)†
現在の苦難を耐え抜かなければその罪障消滅が達成されず、キミはまた物質界に再降下しなければならなくなるんだよ。我々はキミのためを思ってキミをその苦しみの中に閉じ込めているんだよ。罪障消滅が達成されなかったらキミがまた苦しい思いをする事になるんだよ。これで終わりにするためにその苦しみに耐えるんだ。という意味で霊団が僕を脅し続けているのかも知れません。イヤ、僕のこれまでの人生をよくよく振り返ってみた時に、僕はそういう理由で物質界に降下した人間じゃないと思う。幼少の頃から絵を描き続け、マンガ家も経験し、Dreamworkに突入して死ぬまで絵を描き続ける事を固く固く決断していた。僕はそういう罪障消滅目的の人間ではないと思う、そうだったら絵の才能を賦与されていないと思う。僕に関してはそれはちょっと違うと思う。現在の僕の状況は霊性発現によって「後説」で賜ってしまった追加試練だと思う。守護霊様の管轄内で生活していた時はこんな状況には全くならなかった。「100の光の霊団」の管轄に切り替わってから僕の人生が一気におかしくなった…続きを読む→
「7ヶ月で死刑」これが霊団が僕を最悪の中に閉じ込め続ける最大の理由のようです(祈)†■2024年2月7日UP■
「7ヶ月で死刑」これが霊団が僕を最悪の中に閉じ込め続ける最大の理由のようです(祈)†
コイツらが僕を憎もうが憎むまいが、奴隷の女の子を信じられない人数、強姦殺人しまくって遊んできたコイツらは「神の因果律」によって自動的機械的に帰幽後、暗黒の底の底に落ちていく事になります。そこに僕の裁量などありません。自分のおこないによって自分を地獄に落としている、ただそれだけの事です。「宇宙一のバカ」大量強姦殺人魔、明仁、文仁、徳仁、悠仁、コイツらは自分たちが1番偉いと本気で信じ込んでいます、この宇宙、上には上がいる事を全く理解できません、物質界生活中、生まれてから死ぬまでワガママ放題、自分の全人生をウソで塗り固め、国民を虐げて私腹を肥やし続けてきた奴らですから人格が全く形成されていません、幼稚極まるガキという事です。そんな奴らが反省などできる訳がありませんからいつまでもどこまでも暗黒の底の底でのたうち回りながら僕に対する憎しみを燃やし続ける事になるでしょう。しかしその憎しみの念は上層界で進歩向上の生活を送る僕には全く届きません。霊界は思念フィルタリングという機能がありますので下層界の邪念は上層界に届かないのです。(※「ベールの彼方の生活2巻」7章 天界の高地 3 霊界の情報処理センター 参照)…続きを読む→

書籍シナリオの基礎技術

イヤーなつかすぃー、この書籍、マンガ家をやめた直後、20代の時に猛烈に読んでいた書籍です。この書籍に感動した事がキッカケで本を怒涛に読む人生に突入していったのです。(マンガ家をやめてからストーリー構築方法のお勉強を本格的に始めたのです、順番がおかしいですよね、どうりでモノにならなかった訳です…)

僕の人生を決定づけた思い出の1冊を再入手しました。ちなみに奥付を見るとこのようにあります↓

1985年 初版発行
2021年 36版発行
著者 1997年没

36版!スバラシイ、すさまじい、著者没後も増版されている、うーん、美しすぎる。「シルバーバーチの霊訓1巻」もこういう感じに版数を重ねていますが、こちらは絶版になってしまっていますのでそこが問題です。それで復刊してみせると意気込んで法律の壁に阻まれてナンチャラカンチャラ…このお話は一旦止めましょう。

“あるセミナー受講”は本当に大失敗でしたが(ムービーを全然見る気になれません)その失敗がこの思い出の書籍の再入手を呼び込んだ、という事にしましょう、そうでも正当化しないと失敗の精神的ダメージが大きくなってしまいますので…。

さぁ分かったつもりになっていただけですっかり忘れてしまっている内容をしっかり復習して自伝書籍のクオリティUPにつなげ、ひいては脱出につなげましょう。そのための再入手なのですから。

霊団がどぉぉしよぉぉもネィ事を言ってきてます。それでイイのか、あんたたちはそれでイイのか、そう言われて僕にどぉぉしろというのか。イヤどうもできません、僕はただ眼前の作業を全力でこなす事しかできません。

もし霊団の言う通りの状況に突入するなら勝手にすればイイ、そんな事にはならないと思ってます、この12年ずっとその手の事を言い続けてきて1度たりともその通りになっていないのですから冷めて聞くに決まっているのです。

さぁお勉強、テキストとの格闘、書籍用の線画も相当数描かないといけない、一生かかっても終わらないレベルの作業が積み重なっているのです、ボケっとしているヒマはない、やるべき事に集中中。そしてもちろん脱出を実現させてみせる(祈)†
「死ぬなコリャ」なんだ?殺されるところに行かせるつもりか?もうあきらめたか?(祈)†■2025年2月19日UP■
「死ぬなコリャ」なんだ?殺されるところに行かせるつもりか?もうあきらめたか?(祈)†
何しろ反逆の度がヒドイですし、シャレじゃなく本気で地球圏霊界を離れたいと切望していますから、そんな人間が帰幽後も仕事の核を担う存在として重宝される訳がありませんよね。「ポイッ」ってされるに決まってます。僕は帰幽後、アブラハムのように誰からも顧(かえり)みられない相当残念な状態になるのではないでしょうか。だったら、どうせ最悪人生が待ってるんだったら殺されても何でもイイからやるべき事をやった方がイイんじゃネィのか、と思ったりもするのです。僕などという反逆者を帰幽後も仕事の道具の中核として使う事はないだろう、なら、今までどの霊能者に頼んでもやってくれなかった仕事をドッカーンとやらせて一気に帰幽させて、あとはどうとでも好きにしなさい、キミの仕事は終わったよ、みたいにすればイイんじゃネィのか、と思ったりもするのです。もう最悪、物質界生活時も最悪、帰幽後の霊界生活も最悪、もう夢も希望もないという感じです。本当に返す返すも霊的仕事を遂行するというのは、これほどまで不愉快をやらされるものなのかと驚きを隠せません。イジメの度がヒドすぎる…続きを読む→
「直進しろ」ド直球で脅してきます、霊団は何が何でも僕を閉じ込める気です(祈)†■2025年2月5日UP■
「直進しろ」ド直球で脅してきます、霊団は何が何でも僕を閉じ込める気です(祈)†
スピリチュアリズム勃興から現在まで、膨大な霊的知識が物質界にもたらされてきました、それらを読み返すだけでも十分すぎるほど霊的知識を獲得する事ができます。そして今、霊団が僕という霊媒を使用して新規の霊言を降らせるとして、以前のスピリチュアリズム勃興時代と同レベルの霊言を降らせるというのはチョト考えにくいと普通思うのではないでしょうか。僕という霊媒を機能させるのであれば、スピリチュアリズム勃興時よりも1歩2歩進んだ内容を降らせようと考えるのがもっとも自然ではないでしょうか。その進んだ内容の霊言を降らせるためには霊媒の精神状態、霊格も進んでいなければならないのは言うまでもありません。精神的に未熟な霊媒から高等な霊言を降らせる事ができるでしょうか、できる訳がありません。「霊訓」を降らせた霊媒モーゼス氏を見ればそれは1発で分かります。モーゼス氏は高潔の極みのような人物でした。だからこそあれほどの高等な霊言を降らせる事ができたのです。で、霊団がどこまで考えているのかは知りませんが、僕という霊媒を使用するにあたり、考えられる限り僕の精神状態を鍛えて霊格を高めて、降らせる霊言のレベルを上げようとしているのではないか、と考えれば霊団が異常なまでに僕を閉じ込めようとしている理由がギリ分からなくもない、という事になるのですが、やらされている僕はたまったモノではありません…続きを読む→

本当にこの英文見直しは地獄です。いつまでもはできそうにありません。しかしまだ未着手の英語書籍が、えーっと…チョト把握しきれないくらいありまして、間違いなく物質界生活中に全ての作業は完了させられないでしょうからプライオリティを付けて上位のモノからテキスト化しないといけません。

自動書記霊媒カミンズ女史から降った霊言で未翻訳のモノがいくつもあり、僕はそれらをプライオリティ上位に設定しているのでやるしかないのです。近藤先生翻訳の日本語書籍のテキスト化も、もちろんプライオリティ上位です。とにかく急がないと作業が終わらないうちに僕が帰幽してしまいます。まぁ帰幽カモンですからそれでもイイんですけども。

自伝書籍の目次の小見出し書き出しも90%完成中、そしてシナリオの再勉強をしてその内容を反映させ、少しでも読みやすくおもしろくするつもりでいるのです。このシナリオのお勉強はおもしろいです。これは続けられる。

“あるセミナー受講”は本当に失敗しました。しかしやっちゃったものはもうしょうがない、開き直って自伝のクオリティを可能な限り極限まで高め、脱出につなげられるようにしましょう。

絵もモノスンゴイたくさん挿入するつもりです、コレも正真正銘地獄の作業となりますが、もうやるしかない、さっそく描き始めています。できるところからバンバンやらないと永久に終わらない。

なぜいつまでもどこまでも苦しい作業が続くんだ。いつになったら目に見える結果に到達するんだ、いつになったら脱出できるんだ。脱出などできないよ、という霊団の声が聞こえてきそうですが、その一言だけは死んでも認めないよ。その一言を言ってみろ、最終手段に撃って出てやるぞ。んんん、とにかく今できる事をガンガンやるのです(祈)†
「この窓から神秘に入る」帰幽後、僕が突入する状況について霊団が言ってきましたが(祈)†■2023年4月19日UP■
「この窓から神秘に入る」帰幽後、僕が突入する状況について霊団が言ってきましたが(祈)†
インペレーターの霊訓より抜粋 私がこの地上を去ったのは遙か遠い昔のことになりますが、このたび戻ってまいりましたのは、この霊媒を通じて霊的啓示を届けんがためです。それが私の使命なのです。私の属する界層からこの地上へ戻ってくる霊はきわめて稀です。が、大神が特殊な使命のためにこの私を遣(つか)わされたのです。天界と地上との間の階梯(はしご)はつねに掛けられております。が、人間の側の不信心が天使の働きかけを遮断してまいりました。 – あなたは神の僕(しもべ)ですか。いかにも。神の僕として選ばれ使命を仰せつかることは、われわれ仲間の間にあってはただならぬことです。私はこの霊媒を通じての使命を終えたのちは2度と個的身体をまとって戻ることのできない境涯へと赴きます。他の霊を通じて影響力を行使するのみとなるでしょう。皆さんはすべからく大神の導きを求めねばなりません。おのれを恃(たの)む者は滅びる、滅びる、滅びる…(とくに厳粛な調子で述べた)。神は光明と導きを求める者を決してお見捨てにはなりません。決して、決して、決して……続きを読む→
■アナログ絵382、383「2サイトのペルソナ」UP。素人資料で申し訳ありません(祈)†■2025年2月21日UP■
■アナログ絵382、383「2サイトのペルソナ」UP。素人資料で申し訳ありません(祈)†
「シルバーバーチの霊訓」は数冊持っていて、本当に素晴らしい内容だと思うが、スピリチュアリズム関連の書籍を全冊揃えようとまでは思っていない。霊的な事に興味があるが、現実の生活があるのでそれにばかり夢中になる訳にも行かず、本を読んだ知識の範囲内で思索を巡らしている。自分には霊能はなく、霊的なモノを感じ取った経験も1度もないが、霊視や霊聴ができたらどういう感じなんだろうと考える事はある。実際の生活に役に立つのだろうか。他界した知人と夢で出会って長々と話をした。内容が生々しくてとても夢とは思えなかった。まさか本当にその友人と会っているなんて事があるのだろうか。たきざわ彰人が公言している「帰幽カモン」の意味が分からない。死ぬ事がなぜカモンなのだろう。そんなに霊界生活とは素晴らしいものなのだろうか…続きを読む→

霊的能力の可能性に興味のある方から出されそうな話題のひとつに、霊能者のパワーを一時的に普通の人に貸すことができるのはなぜか、また、どれくらいの時間それが可能なのかというのがある。

D・D・ホームの霊能の中でも最も多く実験されたもののひとつに、燃えさかる石炭を素手で握ってみせる現象があるが、そのあとそれを列席者の頭の上に乗せても、まったく火傷(やけど)をしなかった。

カーター・ホールという人がしなやかな銀髪をかきわけて、そこへ真っ赤に燃える石炭を置いてもらい、その上に髪をかぶせるという実験を何度か試した記録が残っているが、彼の妻の証言によると、そのあと櫛で髪を整えてあげたら、石炭の燃えがらが落ちてきたのに、髪1本、焦げていなかったという。

この場合、ホームは超能力パワーを一時的にホール氏に貸し与えていることになる。同じことが、キリストとペテロとの間にもあった話がバイブルに出ている。
キリストが水の上を歩いてやってくるのを見て、ペテロが「私にも歩かせていただけませんか」と言うとキリストが「ではおいで」という。歩いてみると確かに歩けた。

が、もう少しでキリストのところまで来る寸前に強い風が吹いて、それで急に怖くなった。すると、とたんに水中に沈みかけた。とっさにキリストが手を差しのべて救い上げ、「まだまだ信じる心が足りない。なぜ疑ったのか」と言ったという(マタイ14章)。

その“貸し与えたパワー”はどれくらい持続するものだろうか。このことに関連して私が思い出すのは、同じくバイブルの中でキリストを中心とするサークルの者が、70人ばかりの信徒に悪霊を追い出す仕事を言いつけて送り出した話、また、新しい信徒が修行の旅に出るに際して、“清めてもらう”ためにエルサレムのキリストのもとに戻って来させた話である。

その時に、キリストは頭に手を置いたり、頭上で空を切ったりしてパワーを注ぎ込んだのではないかと思われる。現在、聖職位を授与する儀式で主教たちがやっているのがそれで、本来は霊的パワーを注ぎ込むのが目的だったはずである。

それが時の経過とともに風化し、形式だけが残ってしまった。今日では祝福を施す側も受ける側も、その本当の意味は分かっていない。“手を置く”(按手(あんしゅ))という儀式は、手そのものを置くことのほかに大切な意味があるのである。

10年ぶりに霊団が「法悦の霊力」をごく弱く降らせてきました。説明してみましょう(祈)†■2022年8月31日UP■
10年ぶりに霊団が「法悦の霊力」をごく弱く降らせてきました。説明してみましょう(祈)†
霊関連書籍「コナンドイルの心霊学」の中で、物質界生活中のイエス様の事を「罪深き人間を赦し」と表現しています。霊団がやっているのはこれと同じだと言えなくもないのかも知れませんが、イヤやはりそれもおかしい、そもそもコイツら(霊団)が僕に教えてきたんだから。許すなら最初から教えてこなければよかっただろ、霊団は僕より僕の性格を知っています。僕の性格は「1歩も退く気はない」です。その僕の性格を計算に入れて僕に「宇宙一のバカ」大量強姦殺人魔、明仁、文仁、徳仁、悠仁の邪悪の正体および、奴隷の女の子ももちゃんのSOSを教えてきたんじゃないのか。僕なら脅迫に屈せずにこの仕事をやり切ってくれると思ったから僕にコレをやらせたんじゃないのか…続きを読む→
「感謝の念は消えません」だからそれは帰幽後の話だろ、物質界の邪悪を滅ぼせよ(祈)†■2022年11月2日UP■
「感謝の念は消えません」だからそれは帰幽後の話だろ、物質界の邪悪を滅ぼせよ(祈)†
僕は「物質界は地球圏霊界の刑務所」と公言していますが、霊団の動きを見るほどに僕のこの言葉は本当に正解なんじゃないか?という気がしてなりません。つまり刑務所が住み心地良くなってしまったら刑務所としての機能が果たせなくなってしまうので邪悪を(今のところは)滅ぼすつもりがない。未熟霊の矯正に刑務所を活用し続けなければならないからだが、矯正する未熟者がすっかりいなくなった、つまり地球圏霊界全体がある程度のレベルまで向上を果たし、下層界にうごめく低級霊たちもほとんど向上を果たし姿を消し、下層界が空っぽになるくらいのところまで到達した暁には、刑務所である物質界の利用目的が消滅する事になるので、そうなって初めて物質界の邪悪を消滅させるとか、そういうアフォみたいに気の長い事を考えているのではないか、などと思ったりもするのです…続きを読む→
「人の心を救いたまえ」物質界の邪悪を滅ぼすな、奴隷の女の子を救出するな、という意味です(祈)†■2022年12月21日UP■
「人の心を救いたまえ」物質界の邪悪を滅ぼすな、奴隷の女の子を救出するな、という意味です(祈)†
明仁、文仁、徳仁、悠仁は物質界生活中は自身の犯罪をゴマかし通しすっとぼけ続ける事ができても帰幽後にその邪悪の行為の責任を寸分の狂いもなく取らされる、イヤ取らされるどころか神から賜った個的存在を剥奪されるかも知れない。奴隷の女の子たちには物質界で味わわされた悲劇、悲しみを補って余りある埋め合わせが待ち受けているのだから、何も悲しむ必要はない。霊団はそういう視点でインスピレーションを降らせているのかも知れませんが、今こうしている現在も奴隷の女の子たちは明仁、文仁、徳仁、悠仁によって四肢切断、強姦殺人され続けていると知っていてただ指をくわえて見ていろというのか。僕の悟りが足りないと霊団に言われるのかも知れませんがやはり釈然としません…続きを読む→

イヤー“あるセミナー受講”は失敗でした、全然ムービーを見る気になれません、つまんないんですもん。お金払ってるのに見ないってどういう事なんだろう。イヤ、何とか見るつもりですが、僕は元々マンガ家でした、ストーリー、シナリオ構築のお勉強は元々やっていたのですが、それを1から復習しているところなのです。そもそも興味があるジャンルですのでスンナリ入っていけます。

ただ単に自伝を書き残すのではなく、読んでまぁまぁおもしろい、ドンドン読み進めてしまって気付いたら最後まで読み切っていた、このシーンとこのシーンが好きなので読み返している、そういう風に思ってもらえるような書き方をしようと思ってお勉強し直しているのです。

もちろん僕の自伝ですから霊的内容になるのですが、僕は常々、霊的内容を扱った書籍、サイト等のイメージ、雰囲気が好きではありませんでした。霊的なモノだからこういう雰囲気にしなければいけないみたいな固定観念があるのでしょうか。僕にはそれがスゴク古臭く感じられてそこに入って行きたくないのです。

霊的な説明はしっかりしつつ、エンタメ的手法も適宜導入して読みやすく、おもしろくする必要はあると思います。どんなに素晴らしい内容を書いたとしてもそれが読んでもらえなければ何の意味もないからです。まだどうなるか分かりませんが、現在の僕にできる限りの表現手法を駆使して本を書いてみようかなと思っているところです。どうなる事やら。

霊団が絶望的な事を言ってきてますがまずは脱出の実現だ。脱出が完了したらその話に請け合う。“あるセミナー受講”はやってしまいましたが、自伝をおもしろくするためのお勉強を続行しましょう。可能な限りおもしろく書いてみましょう。何としても脱出につなげる、その必死さでココまでやっているのです(祈)†

■2021年9月10日UP■
■アナログ絵326「タワー展望ブリッジ」のストーリーUP。キツイ絵のオンパレードでした(祈)†
宇宙船クレスには「ふたつのブリッジ」が存在します。通常、ブリッジと言えば、艦長の守護霊様が指揮を執る、船の運行全般を司る「シップのブリッジ」の事を指しますが、もうひとつ、クレスで生活する人たちの生活全般の管理を仕事とした「タワーの展望ブリッジ」というものが存在します。今日は、ももちゃん、シルキーが展望ブリッジの見学にやってきました。これも霊的お勉強の一環です。シルキー「何コレ、タワー内の状況が全部1発で分かるようになってる」ももちゃん「人数がスゴイ、ホント、クレスって大きな船だよね」トライブ崎柿崎「たとえば今、この小学校で催し物のための新たなコンサートホールを思念で作っているところよ」シルキー「こ、こんな大きいのを作ってるんですか?」ももちゃん「でも何か、うまくいってないみたい」トライブ崎柿崎「小学校の子供たちが思念でモノを作るお勉強をしてるけど、子供たちだけではうまく作れないのよ、そういう時に、ホラ」…続きを読む→
「もっと早くコナンドイル氏がいるうちに始めていれば」拡散力という意味では?(祈)†■2022年2月23日UP■
「もっと早くコナンドイル氏がいるうちに始めていれば」拡散力という意味では?(祈)†
ご覧の皆さまには、作品シャーロック・ホームズを今後ご覧になる時、原作者アーサー・コナン・ドイル氏が「スピリチュアリズムのパウロ」と呼ばれるほど霊的知識の普及に尽力、貢献した人物であった事、作品ホームズはドイル氏の人物像の1側面であって全体像ではないという事を頭に入れた状態で作品をご覧頂きたいと思います。そして願わくばドイル氏執筆の霊関連書籍にも目を通して頂きたいと切に願うものです…続きを読む→
「怒られる」とずっと霊団から言われ続けているのです。本末転倒の究極形(祈)†■2022年6月8日UP■
「怒られる」とずっと霊団から言われ続けているのです。本末転倒の究極形(祈)†
物質界での行いがそのまま帰幽後の霊界における境涯を決定します。善い行いをした者は幸福な美しい境涯(上層界)に、私利私欲に走り他人を傷つけた者は暗黒の惨めな境涯(下層界)に赴きます。「神の因果律」の働きにより機械的自動的にそうなるのです。物質界における邪悪発生の原因は「人間は肉体が死んだらそれで終わり」と思っている事に全て起因します。肉体の死後も霊界で人生が継続される事、物質界での行いの賞罰が寸分の狂いもなく自分に降ってくる、自分の行いに全て自分で責任を取らされるという霊的知識の基本中の基本を全く理解していない事から物質界の邪悪が発生しているのです。奴隷の女の子を強姦殺人し続け、国民に延々とウソニュースを流し続け、国民の宝物を搾取し続けたその先に、どれほどの地獄が待ち受けているか。それを全く理解していない事が全ての原因なのです…続きを読む→