大事業への参加を求められたあと私が最初に手がけたのは下層界の浄化活動でした。太古においては下層の3界(※)が地球と密接に関係しており、また指導もしておりました。その逆も言えます。
『ベールの彼方の生活④』すなわち地球のもつ影響力を下層界が摂り入れていった事も事実です。これは当然の事です。なぜなら、そこの住民は地球からの渡来者であり、地球に近い界ほど直接的な影響力を受けていた訳です。(※いわゆる“4界説”に従えば“幽界”に相当すると考えていいであろう―訳者)
『ベールの彼方の生活④』死の港から上陸すると、ご承知の通り、指導霊に手引きされて人生についてより明確な視野をもつように指導されます。そうする事によって地上時代の誤った考えが正され、新しい光が受け入れられ吸収されていきます。しかしこの問題で貴殿にぜひ心に留めておいて頂きたいのは→
『ベールの彼方の生活④』→地上生活にせよ天界の生活にせよ、強圧的な規制によって縛る事は決してないという事です。自由意志の原則は神聖にして犯すべからざるものであり、間断なく、そして普遍的に作用しております。実はこの要素、この絶対的な要素が存在している事による1つの結果として→
『ベールの彼方の生活④』→霊界入りした者の浄化の過程において、それに携わる者にもいつしかある程度の誤った認識が蔓延するようになったのです。霊界へ持ち込まれる誤った考えの大半は“変質”の過程を経て有益で価値ある要素に転換されていましたが、全部とはいきませんでした。
『ベールの彼方の生活④』論理を寄せ付けず、あらゆる束縛を拒否するその自由意志の原理が、地上的な気まぐれな粒子の下層界への侵入を許し、それが大気中に漂うようになったのです。永い年月のうちにそれが蓄積しました。それは深刻な割合にまでは増えませんでした。そしてそのまま→
『ベールの彼方の生活④』→自然の成り行きに任せてもよい程度のものでした。が、当時においては、それは“まずい”事だったのです。その理由はこうです。当時の人類の発達の流れは下流へ、外部へ、物質へ、と向かっていました。それが神の意志でした。すなわち神はご自身を物的形態の中に→
『ベールの彼方の生活④』→細かく顕現していく事を意図されたのです。ところがその方向が下へ向かっていたために勢いが加速され、地上から侵入してくる誤謬の要素が、それを受け入れ変質させていく霊的要素をしのぐほどになったのです。そこで吾々が地上へ下降していくためには下層界を浄化する→
『ベールの彼方の生活④』→必要が生じました。地上への働きかけをさらに強化するための準備としてそれを行ったのです。【なぜ“さらに強化する”のですか。】地球はそれらの界層からの働きかけを常に受けているのですが、それはその働きかけを強めるために行った―つまり、→
『ベールの彼方の生活④』→輪をうまく転がして谷を無事に下りきり、今度は峰へ向けて勢いよく上昇させるに足るだけの弾みをつける事が目的でした。それはうまく行き、今その上昇過程が勢いよく始まっております。結局吾々には樽の中のワインにゼラチン状の化合物の膜が果たすような役割を→
『ベールの彼方の生活』→果たしたのです。知識欲にあふれ一瞬の油断もなくがっちりと手を取り合った雲なす大軍がゆっくりと下降していくと、そうした不純な要素をことごとく圧倒して地球へ向けて追い返しました。それが過去幾代にもわたって続けられたのです(この場合の“代”は3分の1世紀―訳者)
『ベールの彼方の生活④』間断なくそして刃向う者なしの吾々の働きによって遠き天界と地上との感覚が縮まるにつれて、その不純要素が濃縮されていきました。そしてそれが次第に地球を濃霧の如く包みました。圧縮されていくその成分は場所を求めて狂乱状態となって押し合うのでした。
『ベールの彼方の生活④』騒乱状態は吾々の軍勢がさらに地球圏へ接近するにつれて一段と激しくそして大きく広がり、次第に地上生活の中に混入し、ついにはエーテルの壁を突き破って激流の如く侵入し、人間世界の組織の一部となっていきました。見上げれば、その長期にわたって上昇し続けていた→
『ベールの彼方の生活④』→霧状の不純要素をきれいに取り除かれた天界が、その分だけ一段と明るさを増し美しくなっているのが分かりました。下へ目をやればその取り除かれた不純なる霧が―いかがでしょう、この問題をまだ続ける必要がありましょうか。
『ベールの彼方の生活④』地上の人間でも見る目をもつ者ならば、吾々の働きかけが過去2、3世紀の間に特に顕著になっているのを見て取る事ができるでしょう。今日もし当時の変動の中に吾々の働きを見抜けないという人がいれば、それはよほど血のめぐりの悪い人でしょう。
『ベールの彼方の生活④』実はその恐ろしい勢力が大気層―地上の科学用語を拝借します―を突き破って侵入した時、吾々もまたすぐそのあとについてなだれ込んだのでした。そして今こうして地上という最前線にいたり、ついに占領したという次第です。
『ベールの彼方の生活④』しかし、ああ、その戦いの長くかつ凄まじかった事といったらありませんでした。そうです。長く、そして凄まじく、時として恐ろしくさえありました。しかし人類の男性をよき戦友として、吾々は首尾よく勝利を得ました―女性もよき戦友であり、吾々はその気概を見て、→
『ベールの彼方の生活④』→喜びの中にも驚嘆の念を禁じ得ませんでした。そうでした。そうでした。地上の人類も大いに苦しい思いをされました。それだけにいっそう人類の事を愛しく思うのです。しかし忘れないで頂きたい。その戦いにおいて吾々が敵に深い痛手を負わせたからには、味方の方も→
『ベールの彼方の生活④』→少なからず、そして決して軽くない痛手を受けたのです。人類と共に吾々も大いなる苦しみを味わったという事です。そして人類の苦しむ姿を近くで目の当たりにするにつけ、吾々がともに苦しんだ事をむしろ嬉しく思ったのです。吾々が地上の人々を助けたという事が→
『ベールの彼方の生活④』→吾々のためにもなったという事です。人類の窮状を見た事が吾々のために大いに役立ったのです。【(第1次)世界大戦の事を言っておられるのですか。】そのクライマックスとしての大戦についてです。既に述べた通り、吾々の戦いは過去何代にもわたって続けられ、→
『ベールの彼方の生活④』→次第にその勢いを募らせておりました。そのために多くの人が尊い犠牲となり、様々な局面が展開しました。今その全てを細かく述べれば恐らく貴殿はそんな事まで…と意外に思われる事でしょう。少しだけ挙げれば、宗教的ならびに神学的分野、芸術分野、政治的ならびに→
『ベールの彼方の生活④』→民主主義の分野、科学の分野―戦争は過去1千年の間に大変な勢いで蔓延し、ほとんど全てのエネルギーを奪い取ってしまいました。しかし吾々は勝利を収めました。そして今や太陽をいっぱいに受けた峰へ向けて天界の道を揃って歩んでおります。
『ベールの彼方の生活④』かの谷間は眼下に暗く横たわっております。そこで吾々は杖をしっかりと手にして、顔を峰へ向けます。するとその遠い峰から微かな光が射し、それが戦争の傷跡も生々しい手足に当たると、その傷が花輪となって吾々の胸を飾り、腕輪となって手首を飾り、→
『ベールの彼方の生活④』→破れ汚れた衣服が美しい透し細工のレースとなります。何となれば吾々の傷は名誉の負傷であり、衣服がその武勲を物語っているからです。そして吾々の共通の偉大なるキャプテンが、その戦いの何たるかを理解し傷の何たるかもむろん理解しておられる、キリストに→
『ベールの彼方の生活④』→他ならないのです。では私より祝福を。今夜の私はいささかの悲しみの情も感じませんが、私にとってその戦いはまだ沈黙の記憶とはなっておりません。私の内部には今なお天界の鬨(かちどき)の声が上がる事があり、また当時の戦いを思い出して吾々の為にした事、→
『ベールの彼方の生活④』→またそれ以上に、吾々が目にした事、そして地上の人々のために流した涙の事を思い起こすと、思わず手を握りしめる事すらあるのです。もちろん吾々とて涙を流したのです。1度ならず流しました。何度も流しました。と言うのも、吾々には陣頭に立って指揮される→
『ベールの彼方の生活④』→キリストのお姿が鮮明に見えても、人間の粗末な視力は霧が重くかかり、たとえ見えても、ほんの薄ぼんやりとしか見えませんでした。それがかえって吾々の哀れみの情を誘ったのでした。しかしながら、自然にあふれ出る涙を通して、貴殿らの天晴れな戦いぶりを驚きと→
『ベールの彼方の生活④』→少なからぬ畏敬の念をもって眺めたものでした。よくぞ戦われました。美事な戦いぶりでした。吾々は驚きのあまり立ち尽くし、互いにこう言ったものでした―吾々と同じく地上の人たちも同じ王、同じキャプテンの兵士だったのだと。
『ベールの彼方の生活④』そこで全ての得心がいき、なおも涙を流しつつ喜び、それからキリストの方へ目をやりました。キリストは雄々しく指揮しておられました。そのお姿に吾々は貴殿らに代って讃仰の祈りを捧げたのでした。 アーネル†