今日の幽体離脱時の映像は鮮明で印象深い内容だったのですが、んーブログに落とし込みにくいですねぇ。それがなぜか正義の聖闘士(セイント)が氷の大地に大集合、邪悪の大中心との最終決戦、さらにかつて邪悪に染まって改心した聖闘士も地の底から復活していわゆる汚れ役のような仕事をしてくれて他の正義の聖闘士の戦いをサポートしてくれたりしていました。もちろん強姦殺人魔、明仁、文仁、徳仁、悠仁と最終決戦という意味ですよ。で、それはともかくフラー14の新規デザインに少しずつ入っていきましょう。今回のフラー14も「キャラありフラー」となり、脳内である程度デザインおよびギミックが完成していて、これからクロッキーにラフを描いて形にしてきます。14、15、17は既にアイデアが決まっていて、以前フラー10を完成させた時「まず10まで描く」という目標は達成した事を書きましたが次の目標はもちろん「フラー20まで描く」という事になりますので、使命遂行のブログを書きつつ脳内では新たなフラーのデザイン3Dモデルが日々グニュグニュと動いている状態です。まだアイデアが出ていない16、18、19、20についても順次考えていきましょう。おもしろいキャラの登場、さらに「キャラなしフラー」も「指揮機」として意味のあるものになりますので新規デザインする必要があるでしょう。さらにヨハネ氏搭乗機フラー02をver2.0にバージョンアップする必要もあるでしょう。インスピレーションは降っているのです。しかし皆さまにお伝えするのが難しい内容のものが多数ありどうにもブログとして皆さまにご紹介できません。ユキ(以前飼ってた白文鳥)が登場するメセ、さらにピーチピチ(佳子)がブログを書きました、といったものまであります。実際には難しいのでしょうがピーチピチにはぜひとも自分レベルでブログを開設、運営して欲しいものです。えー時間がありません、まずはここまで(祈)†

2020年7月15日

「ゴミにしか見えない」こちらは14日に霊団が降らせたインスピレーションとなります。意味はもちろん、皆さまが強姦殺人魔、明仁、文仁、徳仁、悠仁の事をこのように感じていらっしゃるという事ですが、一部の嫉妬男子などは「タッキーお前の事じゃね?」などと思う事もあるでしょう。それに関しては、2012年6月に霊性発現を果たし、霊団の霊力に感応できるようになって以降、ブログ、ツイッターにて果てしなく霊的内容を語り続けてきましたので軽蔑、嘲笑を浴びるのは僕にとっては日常茶飯事であり、今さら何も思う事はありません。「また“コレ”が来やがったよ」とただただその無知ぶりに呆れ果てるのみです。僕の事を悪く言う御仁はどうぞお好きになさって下さい。僕をバカにし強姦殺人魔、明仁、文仁、徳仁、悠仁を擁護するというのなら、あなたは「強姦殺人ほう助」となります。僕から言わせれば、僕をバカにし明仁、文仁、徳仁、悠仁を賛美する発言をする嫉妬男子は「根性なし」だと思っています。真の悪に立ち向かう勇気もなく奴隷の女の子たちを救出する行動力もなく、暗殺の危機に身を晒して全力で女の子たちを助けてあげようとしている僕の事を、本名も語らず自撮りも晒さずコソコソ影に隠れながら口だけでブツブツ悪口を言ってくるのです。これを卑怯者と言わずに何と言うのでしょうか。

はい嫉妬男子は放っておくとして、聡明かつ善良な皆さまは強姦殺人魔、明仁、文仁、徳仁、悠仁の事を「もはやコイツらはゴミにしか見えない」と完全に呆れ果てている、そこまでのレベルの理解に到達して下さったと、僕としてもそう信じずにはいられないメセとなります。霊性発現前の僕、さらにはテレビを観ていた時代の僕という言い方をしても差し支えありませんが(※霊性発現が2012年6月、テレビを全く観なくなったのが確か2012年3月頃だったと思います)その頃の僕などは画家として自分の作品のクオリティを高める事に人生の全てをかけていましたので、日本の天皇一族が大量強姦殺人魔であるなどという事は露の一粒ほども知らず、全く1ミリたりとも針の先ほどの興味関心も持っていませんでした。ただ漠然とこのバカどもがテレビに出てくると、なぜか分からないながらもムカムカする、という感じでしたね。そのムカムカ、怒りが一体何であるかなど考える事さえしませんでした。「お前らなんか知るか」これが霊性発現前の僕の強姦殺人魔、明仁、文仁、徳仁、悠仁に対する正直な感想だったと思います。ただ唯一ピーチピチ(佳子)だけは「カワイイ女の子だなぁ、全然親と似てなくておかしいなぁ」とは思っていましたが。

しかし霊性発現を果たしイエス様、守護霊様、霊団から強姦殺人魔、明仁、文仁、徳仁、悠仁の邪悪の正体、奴隷の女の子たちの存在および女の子たちの悲劇の惨状、そしてピーチピチ(佳子)の思念を徹底的にインスピレーション、幽体離脱にて受け取らせて頂く生活に突入し、初期の頃は僕も初めて聞かされる情報のオンパレードでしたので大変なショックを受け、なかなかブログに落とし込む事ができませんでしたが、そこは霊団の導きの妙によって徐々にブログに書く事ができるようになり、以前の僕もそうであったように明仁、文仁、徳仁、悠仁の邪悪の正体を知らない、完全に洗脳にやられてしまっている人たちからブログ、特にツイッター経由で果てしなく軽蔑、嘲笑、誤解、嫉妬、侮蔑、罵倒を浴びせられながらの毎日に突入する事となり、大変な精神的試練を味わわされる事となったのでした。職場でこれまで仲良く接してくれていた人たちが180度コロッと態度を変えて「コイツはクスリをやっている」と影で言われたりもしました。過去ブログでその時の様子も書いていますが、もう再UPはしません。ただその時は本当に孤独の深奥を味わって何度も泣いたものでした。

そんな苦しい使命遂行の生活が何年も続きました。(現在も続いているんですよ)僕としては霊団の導きに従えば従うほど画家の人生からほど遠い生活を強要され、自分のキャラとかけ離れた活動(要するに僕の大キライな“宗教”的活動という事でしょうか)をやらされている事に激しい怒りを感じ、初期の頃は霊団に対する怒りを表には出すまいとして堪えていましたが、現在はもうそんなレベルの怒りはとっくに超えてしまっているために、霊団に対する怒りを躊躇する事なく公言するようになってしまっています。そこは本当は宜しくないと自分でも分かっているのですがとにかく僕の心にある霊団に対する怒りのレベルが尋常ならざる宇宙レベルの怒りであるために、それを抑え込んでしまったら心がやられるという自己防衛のような意味もあって、今ではあからさまに霊団に対する怒りをブログに書くようになっています。もちろん霊団は僕をイジメているのではありませんよ。「イエス様の怒涛の連続顕現」で、イエス様が1週間以上、何とも言えない表情で僕にお願いしてきたのには壮大極まる理由があったのです。それは僕などという陳腐な男の小我を振り回すなどとんでもない、イエス様が地上人、要するにキリスト教徒から浴びせられてきた2000年の冒涜と関わりがあるお願いだったのです。

現在僕が果てしなく行っている「イエス様ハンドリング」強姦殺人魔、明仁、文仁、徳仁、悠仁を死刑、滅亡させる使命遂行は2014年7月10日「隔離フィールド」の発動によって開始され、それ以降「愛の試練(霊障イペルマルシェ)」を筆頭に様々な霊的試練(要するに教化と強化)を霊団は僕に降らせ続け、僕の精神力を段階的に徹底的に鍛え続けここまでやってきました。ある青年のように僕の活動を初期の頃からご覧頂いている方は日本にほとんど皆無と思われますので、僕のこれまでの試練克服の道のりは何をどう説明してもご理解頂けないものと思われますが、アナログ絵123の説明にありますように霊団は悲願成就のブループリントをとっくの昔に完成させており、その計画通りに僕を鍛え続けていたという事なのです。強姦殺人魔、明仁、文仁、徳仁、悠仁の事を「宇宙一のバカ」「人類の恥」「人間のクズ」「地球ワースト1」このように公言する事ができているのも、霊団の教化と強化の賜物であるという事なのです。ですので本当は霊団に怒りをぶつけるのは筋違いであり感謝せねばならないところなのですが、何しろ僕は聖人でも賢者でも何でもありません、ただの画家ですのでそこまで達観する事はもちろんできないのです。

しかしそんな苦しい精神的試練を要する使命遂行生活が続き、強姦殺人魔、明仁、文仁、徳仁、悠仁の邪悪の正体が確実に日本国民の皆さまに拡散、浸透していったものと思われます。誰もが最初は霊覚者などと名乗る僕、たきざわ彰人の事を疑いの視線で見つめた事でしょう。「不敬罪」で激しく通報された事もありました。しかし様々なイヤな思いを味わわされながらも僕にはこの物質界に残されて何が何でも達成せねばならない「イエス様との男と男の鉄の約束」がありますので、それを思って何とか首の皮1枚グッとこらえて情報拡散を続けてきました。Twitterを筆頭にありとあらゆるブログ、SNS等のサービスから締め出され続け、凍結、アカウント削除、中には何の警告もなく一方的に僕のアカウントを削除してくる反社会的サービスも多々ありました。(※1番、反社会的だったのはMastodonマストドンでしょう。これは間違いなく自信をもって言えます。社会経験のない者がインスタンスの管理者になっている事が一般的社会人的常識を逸脱した運営につながっている理由だろうと僕は感じました。警告メールひとつどのように書いていいのかもわからない人間がインスタンス管理者をやっているという事です。社会人の経験がない、要するにプログラムとにらめっこしているだけでコミュニケーション能力がないんですね。Twitterにも散々ヒドイ目に遭わされ続けていますので褒める気には到底なれませんが少なくとも社会常識に基づいて運営されています)

僕は何も間違った事はしていない、強姦殺人魔を死刑にするという当たり前の事を公言しているだけなのに、幾度となく物質界の仕組(ブログ、SNS等)にヒドイ目に遭わされ続けました。その僕の心の奥の怒りの炎が皆さまにご想像頂けるでしょうか。僕は物質界が大キライです。「帰幽カモン」を公言し続け、一刻も早く肉体を脱ぎ捨てて霊界生活に突入したくてたまらない男です。悪人が善人のマスクをかぶってのうのうと暮らし、正しい行いをする者が果てしなく軽蔑、嘲笑を浴びせられ、誰もみな奴隷の女の子が殺され続けている事に目を閉じ続けている物質界が本当に心の底から大キライですが、ほんの一部の方々であっても、声にこそ出さないが僕の語る内容を信じて下さり「このままではいけない何とかしなくては」と思って下さっている方がいらっしゃるのかも知れない、それが今回霊団が降らせてきたインスピレーション「ゴミにしか見えない」の真の意味なのではないか、希望的観測も含めてそのように考えます。

はい、では最後に強姦殺人魔、明仁、文仁、徳仁、悠仁の邪悪の正体について復習して終わりと致しましょう。自分の事を天皇だの皇族だのと自称する(自称なんですよ、コイツらは偉くも何ともない正真正銘のバカなんですよ、特に徳仁は本当に頭がカラッポのスカポンタンです。本物のバカなんですよ。そして文仁も自分が国民女子にモテていると本気で信じ込んでいる究極のS〇Xバカなのです)この「宇宙一のバカ」どもは霊団いわく「大偽善」テレビを筆頭とする各種メディアを牛耳って徹底的に国民を洗脳するウソニュースを流し続けてきました。その洗脳に費やされた年月は黒船来航以降、明治維新以降、まさに気が遠くなるほどです。そして明仁、文仁、徳仁、悠仁はじめ昭和天皇裕仁等、過去の天皇一族も最大級の強姦殺人魔でした。昔は現在のような情報インフラが発達していませんでしたから城の中に隠れて本当にヒドイ蛮行が繰り返されていました。その「処刑遊び」を21世紀にもなって続けている人類史上最大級のバカこそ強姦殺人魔、明仁、文仁、徳仁、悠仁という事になります。

コイツらが四肢切断、強姦殺人し続けた奴隷の女の子の人数は、霊団いわく「総殺害数487」ですが、細かい数字はともかく天文学的人数の幼い女の子、全て盗んだ女の子ですが、その女の子たちが泣いて助けを求めるのを笑いながら殺して死肉を食べて遊ぶ、3千余年の人類創世の歴史始まって以来の究極無二のキチ〇イである事を、善良なる日本国民の皆さまに正しくご理解頂かねばなりません。今回霊団が降らせてきたインスピレーション「ゴミにしか見えない」これこそ正解であり、明仁、文仁、徳仁、悠仁が「人間界のゴミ」「宇宙のゴミ」であり、人間界、霊界を追放されて人間以外のモノ、土中を這うミミズのような存在となって(過去ブログでも書きましたがこのような言い方はミミズに失礼。ミミズは神から賜った仕事を立派に果たしているのです)千年万年の地獄の苦悶を味わわされる事になる事を僕、たきざわ彰人は絶対的に信じきります。「ゴミにしか見えない」何としても皆さまにこのインスピレーションのような理解に到達して頂かねばなりません。僕たち日本国民はあまりにも長い年月にわたって洗脳され続けてしまいました。これは最大級に反省せねばならないポイントであり「黒歴史まとめ」と僕も公言し続けていますように、この邪悪の歴史、そして僕たち国民にとっては恥辱の歴史とも言えるものを未来の人類、後世に正しく伝える作業をせねばなりません。強姦殺人魔、明仁、文仁、徳仁、悠仁、このような人類史上最大級の邪悪が未来永劫物質界に登場する事のないよう、チリの一粒も残さず完膚なきまでに滅ぼし切らねばなりません。星の砂一粒ほどもこの邪悪のタネを物質界に残してはなりません。つまり【絶滅】させるという事です。僕、たきざわ彰人はイエス様の御名を連呼し続ける責任にかけて、イエス様と交わした約束の重みにかけて、皆さまと共に強姦殺人魔、明仁、文仁、徳仁、悠仁の死刑、滅亡を実現させたいと切に切に祈るものです(祈)†

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複雑な思いを抱えつつのブログとなりました。僕の真意は皆さまに理解されなくても一向に構いません。僕がどれだけ誤解されようとも強姦殺人魔、明仁、文仁、徳仁、悠仁だけは何としても死刑、滅亡させ、奴隷の女の子たちを僕の全存在にかけて、イエス様の御名にかけて救出しなければならないのです。間もなくプロセス実行。間もなくプロセス実行(祈)†

『シルバーバーチの霊訓①』
霊とは何かを言語によって完璧に描写する事は絶対に不可能です。無限だからです。言語は全て有限です。私はこれからそれを何とか説明してみようと思いますが、いかにうまく表現してみたところで霊力のほんのお粗末でぎこちない描写でしかない事をご承知ください。

『シルバーバーチの霊訓①』
宇宙の大霊すなわち神が、腹を立てたり残酷な仕打ちをしたりわがままを言ったりするような“人間的”存在ではない事は、すでにご承知でしょう。

『シルバーバーチの霊訓①』
何度も言ってきたように、神とは法則であり、その背後に働く精神であり、森羅万象の無数の顕現を支える力です。それは生命そのものであり、生命を構成する根源的要素です。その中に極小と極大の区別もありません。

『シルバーバーチの霊訓①』
こうした大まかな表現によって私たちは自分本来の姿、つまりミクロの神でありミニチュアの宇宙である自我について、どうにかその片鱗をつかむ事ができます。全体を理解するにはあまりに大きすぎます。

『シルバーバーチの霊訓①』
あなた方がこうして地上に生を享けたのは、その内部の神性を少しでも多く発現させるためです。それは永遠に終る事のない道程です。なぜなら神性は無限に顕現するものだからです。

『シルバーバーチの霊訓①』
神性の本性として自発的に顕現を求め、それがあらゆる種類の美徳と善行、つまり親切、同情、寛容、慈愛、哀れみ、友情、情愛、無私の愛となって表現されます。その量が多ければ多いほど、それを発現している霊は偉大である事になります。

『シルバーバーチの霊訓①』
いかにすればこの驚異的な潜在的神性を意識的に発現させる事ができるのでしょうか。それに関して地上には各種の学説、方法、技術があります。いずれも目指すところは同じで、脳の働きを鎮め、潜在的個性を発現させて本来の生命力との調和を促進しようというものです。

『シルバーバーチの霊訓①』
要するに物的混沌から抜け出させ、霊的静寂の中へと導く事を主眼としておりますが、私はどれといって特定の方法を説く事には賛成しかねます。各自が自分なりの方法を自分で見出していくべきものだからです。

『シルバーバーチの霊訓①』
ある種のテクニックを身につければ病気を自分で治し、体内の不純物を排出し、欠陥を矯正する事ができるようになります。自我の全ての側面―霊と精神と身体の調和を成就する事ができます。

『シルバーバーチの霊訓①』
かくして霊性が本来の優位を確保していくに従って霊的叡智、霊的理解、霊的平穏、霊的静寂が増し、不滅の霊力との真のつながりを自覚するようになります。

『シルバーバーチの霊訓①』
人間は霊的存在である以上、宇宙の大霊すなわち神の属性を潜在的に所有しております。あなた方一人一人が神であり、神はあなた方一人一人なのです。一人一人が神の無限の霊力の一翼を担っているのです。

『シルバーバーチの霊訓①』
地上への誕生はその大霊の一部が物質と結合する現象です。その一部に大霊の神性の全てが潜在的に含まれております。いわば無限の花を開かせる可能性を秘めた種子と言えましょう。

『シルバーバーチの霊訓①』
その可能性の一部が霊界からの働きかけによって本人も気づかぬうちに発揮されるという事があります。むろん無意識よりは意識的の方が望ましいに決まっています。ですが無意識であっても、全然発揮されないよりはましです。

『シルバーバーチの霊訓①』
人間が同胞に向けて愛の手を差しのべんとする時、その意念は自動的に霊界の援助の力を呼び寄せます。その、人のために役立とうとする願望は魂をじっとしていられなくします。

『シルバーバーチの霊訓①』
そして、やがて機が熟して魂が霊性に目覚める時が来ます。その時からは自己の存在の意義を成就する目標へ向けて意識的に邁進するようになります。

『シルバーバーチの霊訓①』
霊格が向上するほど生命活動が“協調”によって営まれている事を悟るものです。自分一個で生きているものは何一つありません。お互いが力を出し合って生きております。

『シルバーバーチの霊訓①』
一人一人が無限の連鎖関係の中の一つの単位なのです。そんな中でなぜ初心者が熟練者の手助けを拒絶するのでしょう。私たちがこうして地上に戻ってあなた方を手助けし、手助けされたあなた方が同胞の手助けをする。そこにお互いの存在の理由がある訳です。

『シルバーバーチの霊訓①』
一人だけ隔離された生活をするようにはなっていないのです。みんなと協力し合って生きていくように出来ているのです。この見解を世界中に広めなければなりません。

『シルバーバーチの霊訓①』
すなわち世界の人間の全てが霊的につながっており、いかなる人間も、いかなる人種も、いかなる階級も、いかなる国家も、他を置き去りにして自分だけ抜きん出る事は許されないのです。

「現代の日本に於けるスピリチュアリズムの第一人者、近藤千雄先生の著書・訳書の一覧」→ http://www.paperbirch.com/books/kondo.html
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『シルバーバーチの霊訓①』
登るのも下るのもみんな一緒です。人類だけではありません。動物も一緒です。なぜなら生命は一つであり、無限の宇宙機構のすみずみに至るまで、持ちつ持たれつの関係が行きわたっております。

『シルバーバーチの霊訓①』
独善的考えから他の全ての方法を軽蔑して独自の悟りの境地を開く事も不可能ではありません。が私はそうした独善的な生き方には反対です。私の理解した限りにおいて宇宙の摂理は協調によって成り立っており、他の存在から完全に独立する事は絶対に不可能です。

『シルバーバーチの霊訓①』
他人の援助を頼まずに独力で事を成就しようとする気構えは、それ自体は必ずしも利己的とは言えません。私はただ、その方法はお勧めしないと言っているのです。

『シルバーバーチの霊訓①』
自分を他人に役立てる事、これが霊的存在の真の価値だと私は信じます。私はその心掛けで生きて参りました。それが宇宙の大霊の意志だと信じるからです。そうではないと思われる方は、どうぞご自分の信じる道を歩まれるがよろしい。

『シルバーバーチの霊訓①』
人類の手本と仰がれている人々は、病に苦しむ人には霊的治癒を、悲しみの人には慰めの言葉を、人生に疲れた人には生きる勇気を与えて多くの魂を鼓舞してきました。要するに己を犠牲にして人のために尽したのです。それが神の御心なのです。

『シルバーバーチの霊訓①』
悲しみの涙を拭ってあげる。病を治してあげる。挫折した人を勇気づけてあげる。苦境にある人に援助の手を差しのべてあげる。それがたった一人であっても立派に神の意志を行為で示した事になります。

『シルバーバーチの霊訓①』
そんな事をする必要はないと説く教えは絶対に間違っております。救いの手を差しのべる事は決して間違っておりません。それを拒絶する方が間違っております。

『シルバーバーチの霊訓①』
もちろんそこに動機の問題もあります。見栄から行う善行もありましょう。がそれも何もしないよりはましです。邪な考えに発した偽善的行為、これはいけません。魂にとって何の益もありません。摂理をごまかす事はできないのです。完璧なのです。

『シルバーバーチの霊訓①』
イエスが“慈悲の心は耐え忍ぶもの”と語ったのは神の意志の偉大さを説かんとしたのです。善行はそれ自体の中に報酬が宿されております。

【過去コメ】僕の体験をどれだけ力説しても皆さんには分かって頂けないと思います。本を読んで知識は得られるでしょうが実際に霊的体験をするには日常生活において艱難辛苦を克服し霊性発現させるしかないのです。どうかそれぞれの生活の場において困難に真正面から立ち向かう勇気をもって欲しいのです

ブログカードは重要です。Googleのクローラーがリンクを辿ってあちこち訪れるようにしてあげてクロール数を増やすのはとっても重要です。プラグインを減らそうと現在ググりまくっているところです、何しろ便利で簡単ですのでサクッと使ってしまうのですが、もっとWordPressの根幹の部分をしっかりお勉強する必要があります。セキュリティにもだいぶ関心が向くようになりました。あと、今日書く予定だった霊団からのインスピレーションに基くブログも書かねばなりません。1秒たりともじっとしているヒマはありません。やらねばならない作業のオンパレードなのです(祈)†

2020年7月4日

霊団のインスピレーションに基くブログを書くつもりだったのですが急きょ変更、ピーチピチ(佳子)の物的ニュースを見つけましたのでその件について書かせて頂きます。ニュースのURLはすぐ見られなくなってしまいますのでとにかく皆さまにはこのピーチピチ(佳子)の嬉しそうなダンス姿をご覧頂きたいと思うのです。

そしてこのピーチピチがダンスを喜んで踊っている姿こそが、以前書きましたこれらのブログ↓
こちらで書きました「ピーチピチがダンスを封印」というニュースが「ウソ」であった事の証明になると思うのですが皆さまいかがお感じになられるでしょうか。ブログでも書きましたようにピーチピチはダンスが好きなのです。それは誰にも奪えないピーチピチのアイデンティティそのものです。ましてや赤ちゃんの自分を盗んで幼い時からさんざん自分をヒドイ目に遭わせて来た文仁はじめ明仁、徳仁、悠仁、この「宇宙一のバカ」の強姦殺人魔どもを守るためになぜピーチピチが大好きなダンスをやめねばならないのでしょうか。このピーチピチの踊っている姿をご覧下さい。この生き生きとした表情を見ても皆さまは「ダンスやめろ」と仰るのでしょうか。それは僕に「絵を描くのやめろ」と言うのと全く同じ意味であり、僕がもしそのような事を言われたら、持てる全てのパワーを駆使し、考え得る全てのアイデアを出し尽くしてでも僕にそのような暴言を吐いた人物を徹底糾弾するでしょう。ピーチピチ(佳子)に「ダンスをやめろ」と言う事、そして僕、たきざわ彰人に「絵を描くのをやめろ」と言う事は、その人物の人格そのもの、存在そのものを否定する最大級の人権侵害であり侮辱であり、断じて許されるものではありません。(憲法違反、という事にもなるのかな?)

えー物的ニュースはとにかく「視点外し」で埋め尽くされていますので「強姦殺人魔、明仁、文仁、徳仁、悠仁の邪悪の正体」および「奴隷の女の子たちの存在」について完全無視を決め込み国民の視点、興味、関心を別の方向に逸らそうとする内容で埋め尽くされており、ピーチピチに逆風、批判とひたすら書かれていますが、こんなものは情報操作、印象操作であり、ピーチピチの本心はピーチピチのみが知るところであり第3者にあれこれ言われる筋合いはないのです。「テレビは洗脳」と僕は公言してはばかりませんが、これらWebで流されてくるニュースがことごとく国民に間違った印象を植え付けようとして流されている事に最大注目して頂きたいのです。僕たち善良なる日本国民が見つめる真実は1点「強姦殺人魔、明仁、文仁、徳仁、悠仁を国をあげて守り通そうとして国民を徹底的に洗脳し続け、奴隷の女の子を何が何でも殺し続けようとしている」という事です。物的ニュースでは女性宮家がどうこうと書かれていますが、ピーチピチ(佳子)にはぜひ大切な1点「奴隷の女の子たちの救出」この大問題の解決のための最善の選択をして頂きたいと思うのです。

厳しい言い方になってしまいますがピーチピチ(佳子)が奴隷の女の子たちを見殺しにしてケコーンとか一般ピーポーとかになって、奴隷の女の子たちを助けてあげられたのにそれを無視してフェードアウト、もしくは完全にすっとぼけ続けてウソ笑顔で公務を続ける、という事になったらピーチピチ、キミが一番苦しい状況に追い込まれる事になるのよ。もうみんな真実を分かってるのにひとりでウソつき続けてウソ笑いで生き続けるのは相当厳しい事になると思うわよ。ピーチピチ、自分が一番幸せになれる人生選択肢は何かな?もちろん分かってるわね。イエス様が「光の道」をずっと前からお膳立てして下さっているって僕はずっと言ってるわね。奴隷の女の子たちを救出して、自分が文仁、紀子と1ミリも血がつながっていない「赤の他人」である事を国民の皆さまに正直にお話して、身も心もスッキリして胸を張って光の道を歩むのよ♪本当にピーチピチ(佳子)奴隷の女の子たちを救出した先にこそキミの幸せはあるのよ、そんな事わざわざ僕に言われなくたって分かってるわよね。くれぐれも道を踏み外す事にないようにたのむわよ♪さらにWebニュースには、ピーチピチが就職も進学もしないで普段何をやっているのかと出ていますが、だぁかぁらぁっ!このピーチピチの躍動するダンス画像を見て下さい。目標を掲げて好きな事に突き進む生き生きとしたピーチピチの姿をご覧下さい。このアグレッシブなピーチピチが何もせず家に閉じこもる人生を自ら選ぶ訳がないでしょう。明仁、文仁、徳仁に「アレをするな、コレをするな」と脅されて八方ふさがりにさせられているに決まっているでしょう。霊団も数日前「あたしはあんたたちが憎いです」というピーチピチの思念を降らせています。あんたたちとはもちろん明仁、文仁、徳仁、悠仁の事ですよ。皆さま本当に常識でお考え下さい。ピーチピチ(佳子)にはなりたい自分、夢見る人生があります。それを強姦殺人魔、明仁、文仁、徳仁、悠仁に邪魔されているんですよ。ピーチピチにとってコイツらは家族でも何でもないのです、ピーチピチが自分の人生、女性として当たり前の幸せを享受できるようにそろそろ僕たち国民がピーチピチに「助け船」を出してあげるべきだと思うのですが皆さまいかがでしょうか。僕は何か間違った事を言っているでしょうか。最後にピーチピチにメッセージを。あのねピーチピチ、もうみんなキミが赤の他人だって分かってるのにこれ以上すっとぼけ続けるという事なら、キミはだいぶキビシイ未来がやってくる事になると思うよ。もう国民の皆さまに正直に話しておかないと苦しいと思うよ。そして何より、奴隷の女の子たちを助けてあげられるのに助けようとせず見殺しにしてフェードアウトするという事なら、物質界ではすっとぼけ続ける事ができても帰幽後に下層界で相当キビシイ反省をやらされる事になるのよ。それは今のキミが想像できる反省をはるか超えるモノになるわよ。考えてもごらんなさい。明仁、文仁、徳仁、悠仁に四肢切断、強姦殺人され続けている幼い女の子たちを助けられない理由などというものがあるなら教えてちょうだい。そんな理由は霊界、物質界、この全宇宙に存在しないのよ。「女の子たちを殺す手伝いをするよりほかどうしようもなかったんです」こんな言い訳が通用する訳ないでしょう。ピーチピチ、キミの幸せはどっちの方向にあるのかな?強姦殺人魔、明仁、文仁、徳仁、悠仁に協力して奴隷の女の子を殺す手伝いをする方向かな?それともイエス様ハンドリングの協力者となって奴隷の女の子たちを助けてあげる方向かな?どっちの方向にキミの幸せがるのかな?もちろん分かるわね。完全にすっとぼけて彼氏とフェードアウト(国外逃亡)する方向にもキミの幸せはないわよ。みじめな一生を送る事になるわよ。ピーチピチ、キミのキャラは影に隠れてコソコソ生きるキャラではなく、花(フラー)の咲き乱れる光射す善の道を笑顔で胸を張って、何ならダンスしながら進む、キミはそういうキャラだと思うわよ♪自分のキャラ特性はもちろん分かっているわね♪僕はキミに説教なんかしたくないわよ♪常識で考えてちょうだい♪そして超シンプルに「どのルートが自分が一番幸せになれるルートか」という考え方をしてちょうだい。答えはひとつしかないわね♪ピーチピチ♪常識的判断をたのむわよホントにもぅ♪(本気祈)†

『シルバーバーチの霊訓⑫』
流血の悲劇を何度繰り返してもなお懲りない為政者が牛耳る地上では、その苦難や悲哀の中で摂理を学ぶしか方法がありません。本当は愛と互助の精神を発揮する行為の中で学んで欲しいのですが、それができない以上、摂理に逆らった事をして痛い思いをするほかありません。

『シルバーバーチの霊訓⑫』
地上で“偉い人”が必ずしも霊界でも偉いとは限りません。こちらでは魂の偉大さ、霊性の高さ、奉仕的精神の強さが重んじられます。こうしたものは物的な金ピカの輝きが消えたあとも末永く残ります。

『シルバーバーチの霊訓⑫』
霊的な目が開かれ、霊力によってもたらされる愛を受け、霊的真理の啓示を手にした者がそのあとで人のために役立つ事を何一つしないようでは、神から大きなお咎めを受けます。なぜなら、知らずに怠けたのではなく、知っていながら怠けたからです。

『シルバーバーチの霊訓⑫』
既成宗教に籍を置く者はいずれ、これまでに犯した過ちのすべてに責任を取らねばならない日がやってまいります。摂理を免れる方法はありません。神の目はごまかせないのです。

『シルバーバーチの霊訓⑫』
特に霊の声を聞いた者(心の奥では気づいている人)はその反動は大きくなります。その声に素直にしたがえない者は、何も知らずに信じている者より大きな報いを受けます。

『シルバーバーチの霊訓⑫』
クリスチャンになったからといって、それで“地の塩”(地上の人間としての理想像)になった訳ではありません。どこかの教会に所属したからといって“地の塩”になる訳でもありません。

『シルバーバーチの霊訓⑫』
こちらの世界へ来ると、地上でどういう肩書きをしていたかは問題にされません。特定の教義を擁護しても何にもなりません。評価されるのはただ一つ、地上生活において内部の霊性をどれだけ発揮したかです。

『シルバーバーチの霊訓⑫』
大切なのは各自の良心に恥じない生き方をするかどうかという事です。赤ん坊の身体に水を2、3滴ふりかけたからといって摂理がごまかされるものではありません。原因があって結果が生じる、この法則は変えられないのです。

『シルバーバーチの霊訓⑫』
洗礼によって魂は少しも影響を受けません。他人が代って魂を成長させる事はできないのです。地上生活を生きていく、その生き方によって自分で成長させなくてはいけません。

『シルバーバーチの霊訓⑫』
間違った行為による報いは他人によって取り払ってもらう訳にはまいりません。それを償うに足る行為と、その過ちがもたらす苦しみに耐える事によって、みずから処理していくほかはありません。

『シルバーバーチの霊訓⑫』
摂理は完全であり、自動的に作動します。誰一人それから逃れられる人はいません。自由意志も摂理の中に組み込まれております。その働きは一定の進化の段階まで到達すると分るようになります。

『シルバーバーチの霊訓⑫』
あなたは個性を築き魂の進化を促進するためにこの物質界へ来ているのです。利己主義の道を選べば、それなりの代償を払わないといけません。人道主義の道を選べば、人間的成長という形での報いがあります。そうした事はすべて摂理のもとに規制されております。

『シルバーバーチの霊訓⑫』
身分、職業、血筋、地位や肩書き、肌の色や国家の別、こうしたものには一切関わりなく、人間のすべてに“人のために役立つ事をするチャンス”が用意されています。それを怠ると、それだけの代償を払わされます。その摂理には誰一人干渉する事はできません。

『シルバーバーチの霊訓⑫』
過去は今体験している結果の原因を拵えた訳ですが、その結果に対する現在の対処の仕方が、代って将来の結果を生出す原因となる訳です。ですから今こそ良い種を蒔くように努力するのです。幼児に説教するような事を言うようですが、しかしそれが真実なのです。

『シルバーバーチの霊訓⑫』
人生の難問の一つ一つを、あなたが解決を迫られている課題として受止めなさい。それに挑戦していく過程の中で霊性が磨かれ、発達し、潜在的神性が表面に出てくるのです。

『シルバーバーチの霊訓⑫』
順風満帆に事が運んでいる時に感謝する必要はありません。難問が生じた時こそ感謝すべきです。あなたにとっての挑戦課題が突きつけられたのであり、それを真正面から受止める事によってあなたの霊性が一段と磨かれる、その絶好のチャンスだからです。

『シルバーバーチの霊訓⑫』
あなたが人生の嵐に遭遇するのを私たちが阻止してはならず、又その嵐の中で悪戦苦闘するのを防いであげる事もできません。そうした試練にあなたがどう対処しそこから教訓を学ぶために持てる才能をどう働かせるかを、側からじっと見守らねばならない事もあるのです。

『シルバーバーチの霊訓⑫』
実在に目覚めるためには晴天と嵐というような対照的な体験が必要です。憎しみも所詮は愛が正しい目的からそれて歪められたものに過ぎません。要は魂の成長に係わる問題です。

『シルバーバーチの霊訓⑫』
光を見出せるのは闇の中においてこそです。嵐の中にあってはじめて平穏無事のありがたさがが分ります。悲しみを味わってはじめて喜びを知るのです。人生は一見すると矛盾しているかに思える両極性で成り立っているのです。

シルバーバーチ以外で僕が個人的にオススメする書籍は、たくさんありますが中でも特に「霊界通信 ベールの彼方の生活 1巻~4巻」をオススメしたいです☆一人の例外もなく人間全員が暮らす事になる次の生活の場、霊界での生活の様子が可能な限り詳細にわたって紹介されてます☆(祈)
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『シルバーバーチの霊訓⑫』
健康を損うまでは健康の有難さは分りません。雨の日の鬱陶しさを耐え忍んではじめて晴天の有難さが分ります。それと同じく、苦難は肉体が自分ではなくそれを操っている霊こそ自分である事を悟るために神が用意した、一種の触媒です。

『シルバーバーチの霊訓⑫』
地上生活の問題は人間みずからの努力で解決していかねばなりません。問題が生じないように私が処置を施してあげる訳にはいきません。地上生活の本質そのものが絶えず問題と取り組むようにできているのです。

『シルバーバーチの霊訓⑫』
その問題と正面から取り組むのです。内部に潜む霊力を引き出して精一杯頑張るのです。そして、それでもなお十分でない時にはじめて、もう一歩踏み込んで、無限の宝庫からの援助を求めて祈るのです。

『シルバーバーチの霊訓⑫』
何の問題も生じないようでは、それは哀れなロボットと同じです。血の通わない操り人形です。あなたの内部には地上で開発すべき可能性が無限に秘められているのです。それは日向ぼっこをしているような呑ん気な生活、何一つ不自由のない生活の中では開発されません。

『シルバーバーチの霊訓⑫』
嵐の中で必死に舵取りをしている中においてこそ、内部の霊力が呼び覚まされ発達するのです。私にはこんな厳しい説教しかできなくて申し訳ありません。

『シルバーバーチの霊訓⑫』
私はその場限りの、ただ有難がられるだけの説教はしたくありません。人間はかくあらねばならないという、あるがままの真実をお教えする絶好のチャンスだと思って説いているのです。真実の自我を見出す最良の手段なのです。

『シルバーバーチの霊訓⑫』
ですから、言いにくい事を申すようですが、困難に遭遇したら、よくぞお出でくださいましたと歓迎する事です。それは困難のマスクをかぶった“友”なのです。

『シルバーバーチの霊訓⑫』
霊の褒章がもし簡単に手にできるものであれば、それは手にするほどの価値はない事になります。成就、達成、こうしたものには犠牲がつきものです。がその犠牲には必ず償いがあります。物的に失ったものは、それよりはるかに価値のあるものによって埋め合わせがあります。

『シルバーバーチの霊訓⑫』
大半の人間の魂は居眠りをしております。小さな神性の火花が休眠状態にあります。それを煽って大きく燃え上がらせる必要があります。その触媒となるのが困難であり危機であり悲しみであり別れであり病気です。

シルバーバーチ霊が多大な犠牲を払って地上人類にもたらしてくれた“ダイヤモンドの輝き”に譬えられる珠玉の霊的真理。僕たちはその美しい霊言の数々に触れる事で、大切な知識を得るチャンスを与えて頂いたのです。人類の宝とも言える霊界通信の書籍は、すぐ手の届くところにあるのです☆(祈)

WordPressがやはり外部から操作されている空気感を感じてます。首を傾げる事がいくつもあるのです。アクセス数はGoogleのお勉強じゃなくてWordPressの方に問題がある気がしてきました。これは使命遂行の根幹問題ですからトコトン調査する必要がありそうです(祈)†

2019年10月26日

※僕的に残念ながら今ブログは物的内容を書かせて頂きます。まず、僕のブログに興味関心を持って下さっている方の中で「たきざわさん、あんたのブログを深いレイヤーまで読み込んでみたいと思うんだけどぶっちゃけ記事数が多すぎてどこからどう読んでいいのか分かんないんだよ実際のところ、んっとにもぅ」という方がおられるかも知れません。そんな方はこういう閲覧方法などいかがでしょうか。まずGoogleの検索窓に「site:」を入れて次にURLを入れます。「site:akito-takizawa.com/」こういう感じに。(画像参照)すると僕のWordPressブログ内の全記事が順位付けで表示され、全ヒット数も表示されます(約780件だそうです)このページをタブで開きっパにしておいて様々なページに飛びながら記事を見て回る、なんて事もできそうです。

※とはいえ現在ほとんどの方がスマホ等モバイルデバイスでWeb閲覧をしています。GoogleSearchConsoleによると僕のWordPressブログは「モバイルファースト」のサイトとして登録されたそうです。モバイルで見る方が見やすいサイト構成になっているという事でしょう、これは僕のチカラではなく僕が使用しているWordPressテーマがそのような仕様になっているからです。で、僕は別にこれまで全く何も勉強せず無知の状態でブログ運営をしていた訳ではありません、ありとあらゆる手段を講じてこれまでやってきましたので、普通にやっていればもっとアクセスは上昇しているはずなのです。僕のブログのアクセスが上がらない最大の理由は僕のブログが掲げている「テーマ」に他ならないと思います。そのテーマとは↓
「強姦殺人魔、明仁、文仁、徳仁、悠仁を死刑、滅亡させる」
「霊的知識、霊的体験に基き徹頭徹尾霊的内容のブログを書く」
このふたつという事になると思うのですが、この両方がことごとく「人々にドン引きされるテーマ」という事で、それがアクセスが上がり切らない最大のネックだと僕は考えるのです。とはいえ上記のふたつのテーマは僕が物質界に残されてやるべき仕事そのものであり、僕のキャラでありアイデンティティそのものであり、これを捻じ曲げて全然別の人間を演じて全くこの使命遂行と関係のないブログを書く訳にはいかないのです、そういう訳にはいかないのです。イエス様との約束がありますから。

んー、物的内容はここまでにしましょう。とにかくお勉強はするだけはします、お勉強して損する事など何もありません、きっとアクセス上昇につながる糸口を見つけられると思いますので。ただ物的数字は上がり切らないのですが霊団は「もう終わり」「もう決まり」とインスピレーションを降らせ続けていて、昨日も「ホントの話なんですよ」と、僕のブログをご覧の方の思念を降らせています。皆さまはひとりの例外もなく霊覚者などと名乗る僕の事を、および日本の天皇一族、明仁、文仁、徳仁、悠仁を強姦殺人魔と公言してはばからない僕の事を10歩も20歩もドン引きしてご覧になる事と思いますが、物的数字には表れていませんが多くの方々が「たきざわ彰人ホントらしいぞ」「たきざわ彰人マジみたいだぞ」みたいに思って下さっているという事だと僕は強く強く信じます。えぇえぇそうなんですよ、マジなんですよ、明仁、文仁、徳仁、悠仁、コイツらは女の子を遊びで四肢切断、強姦殺人しまくって死肉を食べまくっている「宇宙一のバカ」なんですよ。その強姦殺人魔を日本という国をあげて擁護し賛美し守り通そうとして国民を徹底的に洗脳し続けているんですよ。もうその洗脳は聡明な皆さまによって撃ち破られています、あとは皆さまが脅しにビビっているのをビビらなくさせるだけです。皆さまはもう目覚めています、ただビビっているだけです。しかしそのビビりが消えるのは時間の問題です。僕たちでピーチピチ(佳子)の背中を優しく押してあげて、奴隷の女の子たちの救出に立ち上がらせてあげましょう。強姦殺人の片棒を担がされている現在のピーチピチ(佳子)の状態から解放してあげましょう。んー、何とかブログのアクセスを上げようとしていろいろ策を講じているたきざわ彰人でした。まずはここまで(祈)†