ここで語るにはボリュームがありますので機会を改めてお話する事になるかも知れませんが、僕は出版社を立ち上げる事はできるとしてもISBNの取得はどうやらムリっぽいという事がだいぶ分かりました。

で、それでも「自伝的書籍」を完成させた、あとは出版にこぎつけるだけ、という状況になったとしましょう。現時点で紙の書籍に落とし込む方法はふたつ「Amazonのペーパーバックを自力で作り、ASINコード賦与でAmazon以外で販売できなくてもガマンする」か、「MyISBNというサービスを使ってISBN付与の状態で書籍を安価で制作する」ではないかという仮の結論に到達してます。

ただ、この両者ともに負の要素がありまして、僕の書く書籍は内容的にどのみち遅かれ早かれ出版停止、登録削除の憂き目に遭う可能性が大変高いのです。だから自分で出版社を立ち上げて全部自分責任でやるとか言い出している訳ですが、このお話もボリュームがありますのでまた今度。

いつもの事ですが今日も霊団に対する反逆の思念が心に燃え盛り、何が何でも締め切られたドアをこじ開けねばならない、そのために今自分にできる事を必死に模索し続けていました。ムダな努力と思われるでしょうが、僕にとってそれが全人生なのです。死んでも認められない、許せない事情があるのです。これもまた日を改めて。

さぁ明日の山のアタック準備ですので今日の作業はココまで。明日は撮影はイマイチな天候ですが置かれた環境で撮れる限りのモノを撮ってこなければなりません。帰還後の長文ブログはかろうじて書けそうです。

「ベールの彼方の生活 2巻」テキスト見直し20%完成中。この書籍も読み返すほどにスバラシイ。何としても全文テキスト化を完了させ、WordPress掲載のみならず、いつかきっと復刊にこぎつけられると信じて作業を続けるしかありません。まずは明日の山に集中中(祈)†
「中止します」地球圏霊界は大量強姦殺人魔を容認し放置するという意味です(祈)†■2023年4月26日UP■
「中止します」地球圏霊界は大量強姦殺人魔を容認し放置するという意味です(祈)†
僕を苦しめる事そのものが当初からの目的だったのではないか。僕に物質界の邪悪の情報拡散をさせる事によって、邪悪の滅亡時期を若干早める事はできるだろうが、僕一代で目的達成させようとは考えていない。で、霊界側としては僕の物質界生活中にできる限りの仕事をさせつつ、僕の霊格も可能な限り高めさせておいて、帰幽後も僕を仕事(物質界浄化活動)に活用し続けるつもり。そういう長いスパンで僕という霊の道具を使い倒すというのが当初からの(もっと言えばイエス様の)計画で、それで助けられないのに奴隷の女の子の事を延々と僕に教えてきて苦しみを倍加させる事で(苦難を与えるという意味)僕の霊格を高めさせたという事なのではないか)…続きを読む→
「ゾウです」永遠の視点では勝者だが物質界生活中は最悪をやらされるという意味です(祈)†■2023年3月22日UP■
「ゾウです」永遠の視点では勝者だが物質界生活中は最悪をやらされるという意味です(祈)†
聖書には真実でない事がたくさん書かれています。人類史上最大の汚辱と言っても過言ではない「ニケーア会議」の時に様々なウソが聖書に書き加えられ、そのウソが世界中に広まっていき、イエス様の2000年の苦悩へとつながっていったのです。キリスト者はイエス様の御名を悪用して私腹を肥やす事を2000年にわたって続けてきました。特に中世ヨーロッパの暗黒時代が最悪で、キリスト教の要職についていた人間たちは、自分たちの地位、生活を守るために真実を公言する人間を徹底的に処刑してきました。キリスト教の人間が「主よ、主よ」とイエス様の御名を連呼する時、それはイエス様に対する最大級の侮辱であり、イエス様の悲しみをさらに増幅させ、積年の誤謬(ごびゅう)を払拭するどころかさらに加速させ続ける、イエス様をさらに十字架にかけ続ける許されざる呪いの行為となります。僕、たきざわ彰人からお願いしたい事としましては、間違いだらけの聖書を読むのはやめましょう。「シルバーバーチの霊訓」を筆頭とした正真正銘の霊関連書籍に目を通すようにしましょう。そして教会に足を運ぶのもやめた方がイイでしょう…続きを読む→

ろうそくの火が灯っている部屋の中で、パリサイ人はうろうろと歩きまわっていた。彼の手と唇は常に忙しそうに動いていた。親しい律法学者や少年イエスが立っている前で、ぶつぶつ呟いていた。机の上には沢山の本が積んであった。パリサイ人は言った。

「平和について調べてみたが、この聖書からは何にも解答が得られなかった。一体どうしたらよいのじゃ。どんなふうに読んだらよいのじゃ。我が民族が異邦人に対して膝をかがめ、カイザルに頭を下げねばならないとは」

パリサイ人は不平をならしていた。そばにいた律法学者は、てっきり自分の主人であるこの方が少年イエスのことを嫌っていらいらしているのかと思った。彼は主人の耳もとでささやいた。

「上さま、お心の中を隠さず御告げ下さい。この少年を部屋から追い払いましょうか?」パリサイ人は立ち止まってイエスの力を眺め、ニヤリと笑った。「乞食少年だと!ばかを言うでない。この方は計り知れない宝物の持主じゃ。しかもわしの不注意な発言を絶対外部にもらさぬ立派な鍵を持っておられる方じゃ」

居合せた律法学者は、次第にイエスの容ぼうから信頼と平和を感じとっていた。パリサイ人は大きな独りごとを言った。「そうだ!平和だ。我々が住む地上にかって平和があっただろうか」

彼はきびしい調子で律法学者に言った。「もう行ってもよろしい。イエスよ!こっちに来て、わしのそばにかけなさい」律法学者は部屋のすみに行ったが、部屋から出ようとはしなかった。自分の主人が、神殿内をうろついていた少年を余りにも大切にするので、すっかりうろたえてしまった。

イエスはパリサイ人の足もとに座った。このパリサイ人は豊富な知識を持ち、しかも「選民の旗手」とまで言われた程の人物であった。彼は大祭司の怒りやサンヒドリンの反対をものともせず、ローマに対して柔軟な姿勢をとり続けてきたからである。しかし彼を悩ませる問題が山積していた。

「外国の勢力が武器をもって我がユダヤ民族を征服してしまった。彼らは徹底的にローマ型に変革しようとしているのじゃ。だがのう、我がユダヤ民族は、たとえ捕虜になっても唯一の神への信仰は捨てないだろう。我々にはメシヤが速やかにやってきて、ローマ人を我が領土から追い出し、我がユダヤ民族が地上を支配するという言い伝えがある。

なあイエスよ、わしはこの祭の間、2度も同じ夢を見たのじゃ。1人の男がやってきて、わしを外につれ出し、エルサレムの街が見えるところまで行ったのじゃ。空が白みかける頃、ものすごい光があらわれて、そこら中の景色が一色になってしまったのじゃ。わしがオリブ山の頂上に立っていると、沢山の人が集まっているのが見えたのじゃ。

戦いの叫び声がきこえてきて、嘆きの声がみなぎり、死の翼がわしのそばを通り抜けていったのじゃ。夜があけると、あの死の翼が神殿めがけて突進し、金色の塔を粉々に破壊してしまうのじゃ。わしはそのものすごい光のことや、それがどこからやって来たのか知るようになったのじゃ。

高い天空に暗い穴があいていて、そこから煙のようなものが舞い降りてきたのじゃが、実は、それが何と、悪霊の頭ベルゼブルが率いる軍団だったのじゃ。夢の中の幻が段々と細くなってきて再び1本の大きな炎となり、天空に昇り消えていったと同時に、エルサレムの街やうごめく人々の姿も消えてしまったのじゃ。

それからまた戦いの叫び声がきこえ、ベルゼブルがあらわれおった。この光景が際限なく繰り返されてから、遂に神殿の金色の屋根が吹きとんでしまい、大きな支柱は目茶苦茶に崩れ落ち、祭壇が破壊され、大きな壁は粉みじんになり、全部地中に呑まれてしまったのじゃ。イエスよ、この恐ろしい夢の解きあかしをしてくれないか」

暫くしてイエスは口を開いた。「ラビ、その夢は神の御告げです。それは先生にとって悲しみではなく、平和の訪れです。世の終りが近づいています。時が熟しているのです。メシヤが間もなく現れて、神の王国をお建てになるでしょう。その時が来たら、この神殿も、先生が夢でごらんになったように滅びてしまうのです。その夢はまさにその時が近づいていることの徴なのです」

「神殿が滅びるのは我々ユダヤ人が滅びること、いや、イスラエルの神への信仰が滅びることになりはせんか?わしはなあ、この夢は、昔わしが怖れていたことが実現するのではないかと心配しとるんじゃ。

つまり、我がユダヤ民族が滅びるのではなくて、異教徒にやっつけられて、異教の神々を拝まされるようになるということじゃ。そんな夢にどうしてわしが落ち着いておられると思うのじゃ。それこそ大変な痛みなのじゃ」

イエスは続けて説明した。「この夢はたしかに天国が間近かに実現するという兆です。私の天の父上様が私にそのようにおっしゃっているのです。今の神殿が亡くなったあとには、人の手にて造られない神殿が、神の御手によって建てられ、我が民族の栄光になるであろうと、おっしゃっています」

パリサイ人は驚いてイエスを睨みつけながら尋ねた。「なんて変なことを言うのじゃ、手にて造らぬ神殿などあるものか。神殿が亡くなったらどうやって神を讃え崇めるのじゃ」

「それはちゃんと聖書に記されているじゃありませんか。“主の民は牛のように閉じこめられ、荒廃と飢餓がやってくる。主の民は嘲けられ、拒否され、長老たちは刃にかけられる”と。また別なところで預言者が言っているではありませんか。

苦難の後、これはおそらく口ーマの支配のことを言ってるのだと思いますが、“主なる神は再びシオン(エルサレムのこと)を建てられ、そこではもはや戦いも荒廃もなく、祭司や長老が人類を治めるであろう”と。その上、この預言者はすばらしいことを言ってます。

“太陽はもはや昼間の光とはならず、月も我らを照らす明かりとはならない。主なる神御自身が永遠に我らを照らす光として輝き、栄光となる。嘆きの日が終るとき、あなたがたはその地を嗣ぐであろう”と。(旧約聖書イザヤ書60・19~21)」

パリサイ人は言った。「それはそうだが、神殿が滅び、我々が飢え死にしたら、もうなにもかもおしまいになるんじゃないか?」「太陽が消え失せ、月も光も失うというのは、この世の終りを指して言ってるとお考えでしょうが、そうではないんですよ、先生!預言者が選民イスラエルに約束したのは此の世のことではなく、破滅の後にやってくる“神の国”のことを指しているのです。

エルサレムが深められ、民が救いに与るのは、全く新しい世界、新しい時代になされるのです。神御自身が光となって治められる王国は、此の世を超えた、天の御父の国なのです。

それは肉眼には映らず、霊眼で見ることのできるすばらしい王国なのです。“永遠の光のうちに過ごす”と記されているように、神の光のうちに歩いている人間には、手で拵えたような鈍重な神殿はもう必要ないのです。真理と愛のための殿堂と言っても、手のかわりに理性によって、大工の道具や人力のかわりに霊の力によって建てられる殿堂です」

パリサイ人は悲しそうに頭を振りながら言った。「それはとっても美しい夢だね、イエス!!でもわしはねえ、本気で考えているんだがね、ユダヤ人がみんな立ち上って、ローマ人をわしらの領地からつまみ出したら、どんなに痛快なことじゃろう。

わしは本当のところ、死んでからどうなるのかわからんのじゃ。お前はきっとわしのことを頼りないと思っておるじゃろうが、預言者が言われたように、死の向こう側にはすばらしい王国が在ればどんなにうれしいことかのう。イスラエルはきっと今年の夏の終り頃には萎れた草の葉のようになっちまうだろう。

サドカイ人や大祭司などは、この国をローマに売りとばそうと虎視眈々としているようじゃ。いずれ此の国は裏切られ、祖国の名も地上から抹殺されてしまうだろう。民衆が決起したら、彼らは反乱のかどで死刑にされたユダのように、みな殺しにされてしまうじゃろう」

イエスは言った。「ラビ、剣をとる者は剣で滅びます」「わかっとる。けれどもいったい救いはどこからやってくるのじゃ、一体全体!」

老賢者“シケム”は少年イエスを見つめながら優しく尋ねた。イエスはあたかも親が息子に対して同情を示すときの柔和な眼差で老賢者を眺めていた。老賢者は吃驚りした。これでは、まるで立場が全く反対ではないかと思ったからである。

老賢者が若い長老の足もとにひれ伏して、知恵と慰めを得ようとしているかのように振る舞っていたからである。イエスが再び話し出すと、その声は以前にナザレの学校でこのパリサイ人の心を虜にしてしまったときの美しい旋律と同じように響き出した。

「ラビ僕がこうして座っていても、本当の僕のことがお見えにならないのです。先生が僕の頭に手をおき、僕が先生の手をつかんでいても、それが本当の僕ではないんです」

「お前は何と馬鹿なことを言い出すんじゃ?わしは、ちゃんとお前が見えるし、うす暗いろうそくの光の中でもお前のことがはっきりわかっとるぞ」イエスはすかさず言った。

「ラビ!!僕の顔は、ただのお面(マスク)です。僕の手や頭は、被(カバー)です。僕はこの頭や体でもありません。この手足でもないのです。本当の僕とは、ここに来いとか、あそこに行けとか、僕に指示を与える理性なんです。

本当の僕とは、僕の唇を開いて話をさせたり、色々な言葉を出させる霊の力なんです。でも先生の目にはその僕の本体は見えないのです。先生が僕のことが解るというのは、僕と話しているときに働く理性のおかげなのです。この体は本当の僕ではありません。本当の僕は、僕のことを動かしている支配者なんです。僕の言ってることに賛成していただけますか、先生」

「もちろんだよ、イエス!わしは、唯物主義のサドカイ人のやつらとはちがうからな、お前の言っていることはよくわかるとも、でもな、今は国民のことで悩まされ、神殿の崩壊という不吉な夢におびえているわしに、それがどんな助けになるんじゃ?」

イエスは答えた。「先生は目に見える外面的なものが崩壊することを恐れていらっしゃいます。外面だけのものはすべて失われていきます。人間の寿命は、せいぜい60年ぐらいでしょう。でも魂の寿命はどれくらいでしょうか。恐らく永遠ではないでしょうか。私たちが本当に神様から選ばれた民族であるならば、私たちは立派な神の子等ではありませんか。

魂が永遠に生きながらえるということは、私たちの知識では捉えることができません。それを考えれば、地上のひとときに於ける<誇り>だの<権力>なんて一体何でしょうか?

地上のものはすべて溶けて亡くなってしまうものばかりです。ですから地上的な勝利だとか財宝なんかに目を奪われてはなりません。それよりも盗人や征服者などのいない、したがって、戸に鍵をかけることも、逃げまわることも必要ない天に宝をつみ上げようじゃありませんか」

老賢者“シケム”は溜息をついて言った。「せめても、わしが死ぬ前に、エルサレムを治めるイスラエルの救済者を見たいもんじゃ。我がイスラエル民族だけが地上に正義の王国を築くことができると信じておるのじゃ。預言者もそう言ってるのだが、まさか嘘を言ってるわけじゃあるまい」

「もちろんですとも、ラビ!私たちが生きている時にそれは実現すると思いますよ。誰が一体時の徴を読みとることができるでしょうか。天の父なる神様が僕に告げて下さいました。“正義の王国は、ここにある、あそこにあるというふうに建てられるものではなく、人の心の中に築かれるものだ”とおっしゃいました。別な言葉で言いますと、人の心の中に、愛と喜びの王国が築かれていなければ、決して神の王国は地上にやってこないということです」

イエスの話を聞いているうちに、このパリサイ人の心には、イエスのいだいている幻の意味が少しずつ解りかけてきた。彼はイエスの頭に手をおいて言った。
「本当にお前は、わしの先生じゃ。一体どこからそんなすばらしい知恵を仕入れてきたのじゃ。ガリラヤには、これ程勝れた学者や長老がおらんのじゃないか」

「僕の知っていることは、みんな天のお父様からいただいたものなんです。ガリラヤの山々を、夜明けごろ歩き、お父様とお話しするんです。天のお父様こそ僕の生命、力の泉なんです。だから僕はお父様と全くひとつになっているんです」

老賢者がやさしくイエスに言った。「明日の朝、わしと一緒に神殿に行こう。そして威張りくさっている律法学者たちに、お前の話をきかせてやろう。彼らは、わしが今晩混乱したように、お前の話を聞いて、きっと混乱するじゃろう」

民衆から最高の権威者として尊敬されてきたこの老賢者は、少年イエスの中に秘められている、あふれるような知恵に接し、小躍りした。その夜も次の日も、このパリサイ人は、まるで我が子のようにイエスと共に居る喜びを味わった。自分の本当の息子に関しては、ただ悲しい思い出しか残っていなかった。彼の息子は、ユダに従って、ローマに敵対行為をとったため、あえなく死刑の露と消えていったからである。

「怒られる」とずっと霊団から言われ続けているのです。本末転倒の究極形(祈)†■2022年6月8日UP■
「怒られる」とずっと霊団から言われ続けているのです。本末転倒の究極形(祈)†
物質界での行いがそのまま帰幽後の霊界における境涯を決定します。善い行いをした者は幸福な美しい境涯(上層界)に、私利私欲に走り他人を傷つけた者は暗黒の惨めな境涯(下層界)に赴きます。「神の因果律」の働きにより機械的自動的にそうなるのです。物質界における邪悪発生の原因は「人間は肉体が死んだらそれで終わり」と思っている事に全て起因します。肉体の死後も霊界で人生が継続される事、物質界での行いの賞罰が寸分の狂いもなく自分に降ってくる、自分の行いに全て自分で責任を取らされるという霊的知識の基本中の基本を全く理解していない事から物質界の邪悪が発生しているのです。奴隷の女の子を強姦殺人し続け、国民に延々とウソニュースを流し続け、国民の宝物を搾取し続けたその先に、どれほどの地獄が待ち受けているか。それを全く理解していない事が全ての原因なのです…続きを読む→
「神は苦しみを用意して下さいました」んー試練にも限度があると思うのですが(祈)†■2023年3月29日UP■
「神は苦しみを用意して下さいました」んー試練にも限度があると思うのですが(祈)†
解決しなければならない問題もなく、挑むべき闘争もなく、征服すべき困難もない生活には、魂の奥に秘められた神性が開発されるチャンスはありません。悲しみも苦しみも、神性の開発のためにこそあるのです。「あなたにはもう縁のない話だからそう簡単に言えるのだ」 – こうおっしゃる方があるかも知れません。しかし私は実際にそれを体験してきたのです。何百年でなく何千年という歳月を生きてきたのです。その長い旅路を振り返った時、私はただただ宇宙を支配する神の摂理の見事さに感嘆するばかりです。1つとして偶然というものが無いのです。偶発事故というものが無いのです。すべてが不変絶対の法則によって統制されているのです。霊的な意識が芽生え、真の自我に目覚めた時、何もかも一目瞭然と分るようになります。私は宇宙を創造した力に満腔の信頼を置きます。あなた方は一体何を恐れ、また何故に神の力を信じようとしないのです。宇宙を支配する全能なる神になぜ身を委(ゆだ)ねないのです。あらゆる恐怖心、あらゆる心配の念を捨て去って神の御胸に飛び込むのです。神の心を我が心とするのです…続きを読む→
「この窓から神秘に入る」帰幽後、僕が突入する状況について霊団が言ってきましたが(祈)†■2023年4月19日UP■
「この窓から神秘に入る」帰幽後、僕が突入する状況について霊団が言ってきましたが(祈)†
インペレーターの霊訓より抜粋 私がこの地上を去ったのは遙か遠い昔のことになりますが、このたび戻ってまいりましたのは、この霊媒を通じて霊的啓示を届けんがためです。それが私の使命なのです。私の属する界層からこの地上へ戻ってくる霊はきわめて稀です。が、大神が特殊な使命のためにこの私を遣(つか)わされたのです。天界と地上との間の階梯(はしご)はつねに掛けられております。が、人間の側の不信心が天使の働きかけを遮断してまいりました。 – あなたは神の僕(しもべ)ですか。いかにも。神の僕として選ばれ使命を仰せつかることは、われわれ仲間の間にあってはただならぬことです。私はこの霊媒を通じての使命を終えたのちは2度と個的身体をまとって戻ることのできない境涯へと赴きます。他の霊を通じて影響力を行使するのみとなるでしょう。皆さんはすべからく大神の導きを求めねばなりません。おのれを恃(たの)む者は滅びる、滅びる、滅びる…(とくに厳粛な調子で述べた)。神は光明と導きを求める者を決してお見捨てにはなりません。決して、決して、決して……続きを読む→