ガリラヤの山々や谷間は、日没の美しい輝きの中で、金色と朱色の花輪飾りにおおわれているように見えた。その輝きの光景のなかにイエスの姿が映っていた。村の入り口あたりで水差しを運んでいる女が歩いているのが目にうつった。
イエスは昔から老人と女性には優しかったので、彼女のそばに駆け寄り、水差しを持ってあげましょうと申し出た。その女は顔をあげ旅人にほほ笑みかけた。すると突然、彼女の微笑は泣き顔に急変した。イエスが腕でしっかりとだきしめながら言った。
「お母さん!お母さん!私ですよ!家に帰ってきたんですよ!」
明くる日、2人は野原へ行って木の下に腰をおろした。2人ともあふれるような喜びの気持ちを極力おさえながら話しだした。それでもマリヤの声は鳥のようにはずんでいた。その声がイエスの心にしみわたるのであった。それは喜びの極致であった。
「ねえイエス!おまえの声はすぐわかったわ。でもおまえの顔はすっかり大人になっているので本当に分からなかったわね。ナザレを出て行った頃とはまるで違うんだもの」
マリヤの言ったとおり、イエスの顔は樫の木よりも浅黒く、砂漠の焼け付く陽光によって真っ黒に日焼けしていた。余り上背(うわぜい)はなかったが、堂々たる男に成人し、目の輝きには威厳があった。マリヤはこのような息子を産んだことにしみじみと誇りを感じた。2人は、日が没し月が上がってきた頃には全く1つに結ばれていた。
後になって、この時の思い出を弟子のヨハネに次のように語ったという。『あの時が私の生涯にとって最も嬉しい時であった。心が全く1つにとけあっていたので、何ひとつこの世の煩いが2人の間に侵入してくることがなかった』
月が丘の上高くこうこうと姿を現す頃になって、マリヤはしばらく黙りこくっていた。満たされた思いに満足していた。それから彼女は、今までのことについて語り始めた。
ヨセフの病気のこと、医者からも見放されてしまったことなどを話した。さらに、トマスとセツの兄弟喧嘩、サラが妹いじめをすることなどをつけ加えた。イエスは母に何とか家中の者がみんな円満に暮らしていけるように努力することを約束した。
母は言った。「だけどトマスのことが心配なの。きっと、おまえを歓迎しないと思うわよ、なんといっても頑固なんだから。おまえがナザレに居た頃のことを思うと本当に自信がないわ」
イエスは言った。「すべては時が解決してくれますよ。そんなにくよくよすることはありません。トマスには特に用心してかかりますからね。私はね、お母さん、平和をもたらすために帰ってきたんですよ。でもまだ私の本当の使命を果たす時は来ておりませんけどね」
マリヤは、この言葉を聞いて安心した。案の定、イエスが家に帰ってからサラの心をとらえ、とても良い印象をみんなに与えたので、サラの心は静まり、トマスもイエスを快く迎え入れた。
イエスがナザレの家に帰ってきてから、家中の者が喜びにつつまれ、ぎくしゃくする者は1人もいなかった。セツとトマスでさえ仲良く話し合っていた。イエスは又1銭のお金も受け取らないでトマスの大工仕事を手伝った。トマスも長男が心から協力してくれることを喜び、とても鼻が高かった。
イエスはすべてのことにおいて控え目にふるまった。ただ母マリヤにだけは親愛の情を傾けていた。家の中では自分が長男ぶることを一切さけ、家の主人はトマスであるという態度をとり続けた。
そんな訳で兄弟たちは次第に自分の悩みをイエスに打ち明けて相談するようになり、イエスも根気よく話を聞いてやった。ただ聞くだけであった。セツはイエスのもとにやってきて、相談をもちかけた。「お兄さんが帰ってきたので母さんがとても喜んでいますから、僕の結婚も許してもらえると思うんですが」
イエスは、今までのいきさつをすべて聞いてからセツに言った。「おまえは、トマスにあと2年間働くと約束したそうだが、どんな事情があるにせよ、それを破るのはよくないのではないか」
「だけど母さんは許して下さいました」「この家を切りまわしているのはトマスだ。いくら母さんが許してくれたとしても、トマスの許しがなければ駄目なのではないか」
セツは苦しみながらわめいた。「約束だのなんだの、もう僕には通用しないんだ!ルツと一緒の時だけが僕の慰めと生きがイエスはじゅんじゅんと話してきかせ最後に言った。
「セツよ、本当の愛は肉欲をすててしまうことなんだよ。おまえは恋する人のそばに朝な夕な行きたいと思っているのだろうが、本当に彼女を愛しているならば、おまえが1人前になって、正式に求婚する時が来るまで待つことなんだ」
セツは顔をしかめながら熊のように歩き回った。セツは叫んだ。
「もう聞きたくない!兄さんだっておれのことを止められやしない!もう待てないんだよ。おれだって一家を構えて妻を食わしてやれることぐらいできるんだ!」
イエスは手に持っていた棒で土の上に文字を書きながら言った。「あるところに数人の男がいた。彼らはこの世の何よりも女をあさっていた。彼らは肉欲を満たすために、あちこちで盗みを働いたり、人をだましたりして次第に堕落していった。
こういう男たちは、女性を尊敬することができない輩(やから)なんだ。自分の名誉を守れる男は、女性の名誉を守るんだよ。人間は、愛と欲とをよく見分けることが大事なんだ。欲望は己を滅ぼし、本当の愛は、いつまでも誠実を保つ、これだよ」
イエスはほほ笑みながらセツに言った。「くどいようだがね、本当の愛は肉欲をすててしまうんだよ」セツは冷静になっていた。次の日には、イエスの言ったことが心の奥深く残っているのを感じていた。
多くの女たちもイエスのところに相談にやってきた。若い女も、年をとった女もいたが、すべての女たちに対してイエスは全く平等に扱い、やさしく振る舞い、よき相談相手になっていた。イエスは女のみてくれなどには全く関係なく、良き友人として耳を傾け、あらん限りの誠意を示していた。ある女たちは、イエスを誘惑しようとしたが、全く無駄であった。
数日が過ぎてまたセツはイエスに言った。「僕はね、兄さんのことをじっと観察してたんだ。それで兄さんが言ってた愛と欲望は違うものなんだということがはっきりわかるようになったんだ。だから僕は兄さんの言うことに従う決心をしたんだよ。トマス兄さんに約束したとおり、一生懸命やってみるさ。約束を果たしてからルツのところに正式に結婚を申し込みに行くよ。それまでの間ぼくの意志がくずれないように僕を見守っていてください、お兄さん」
イエスは今すぐそのことを母に伝えるように言った。母マリヤは、セツの言うことを聞いてびっくりした。イエスのおかげでセツが立ち直ったと母は嬉しそうにトマスに伝えた。家の中は、喜びと平和がみなぎっていた。
トマスの妻サラだけが悪の根源であった。彼女はセツの悪口を夫に告げ、自分をひどくいじめるなどと作り話を耳うちした。更に悪いことに、セツが仕事を終えてからルツとこっそり逢い引きしているなどとタチの悪い作り話を夫に告げた。
サラにそそのかされたトマスは、セツに口もきかず、ひどい仕事だけをやらせた。しかしイエスを模範としていたセツは、どんなにきびしい仕打ちを受けても我慢することができた。
ある日のこと、急にトマスは口を開いてセツを「ウソつき」「馬鹿者」と、罵り始めた。セツは叫んだ。「もうこんな家にいたくない!おれは、おまえの奴隷じゃないぞ!馬鹿とは何だ!あまりにもひどいじゃないか!」
トマスはたて続けに罵倒したので、セツはいたたまれず、オリーブの林へのがれて行きサメザメと泣いた。トマスの横にはイエスと母マリヤがいた。母のきびしい表情を感じながらイエスは言った。
「故なくして兄弟を怒る者は神の審判(さばき)にさらされるであろう。しかし兄弟に対して馬鹿者とののしる者は地獄に落ちるであろう」トマスはこの言葉を聞いて、ますます怒り狂った。
「おれがここの主人なんだ。おれにたてつくなら、ここからたたき出してやるぞ!黙れ!さっさと自分の仕事をやるんだ。2度とおれに刃向かうんじゃないぞ!」しかしイエスは黙っていなかった。
「実の弟をののしるなんて、全くあきれたもんだ!セツの心はひどく傷ついているから、このままでは家を出て行ってしまうだろうよ。しかもこの恨みをあちこちにばらまけば、我が家のいい恥さらしになるだろうよ。
これでおまえの仕事もおしまいだね。こんなおまえだとわかったら、みんなおまえから離れていってしまうからね。ひとつの国が分裂したら必ず滅びるものだ。家庭も同じだ。分裂する家は必ず滅びてしまうんだよ」
イエスはほほ笑みながらトマスに言った。「さあ!おまえの心の中から憎しみの感情を追い出してしまいなさい!そして今すぐセツのところに行って謝ってくるんだね。そうしたら又平和な家庭が戻ってくるだろうよ」
トマスは仏頂面をさげて仕事場からすごすごと出て行き、オリーブの林に向かった。セツを見つけてから、許してくれと懇願した。2人は今までの事を水に流して、もとの仲になった。しかしトマスの心中はおだやかではなかった。母や弟ユダ及び使用人の面前でイエスに恥をかかされたからである。
その頃のイエスは、全身から神秘的な輝きを放つことがしばしばあり、彼のもとにやってくる多くの人々に勇気と喜びを与えていた。時がたつにつれてトマスの恨みも朝露が太陽に照らされて蒸発するように次第と消えていった。妻のサラだけが相変わらず悪の種であった。彼女は、どうにかしてみんなから慕われているイエスを自分の虜にしようとたくらんでいた。
イエスは丘の斜面に立って大勢の人々の相談にあずかっていた。斜面の草むらで車座に座り、1つの大家族のようであった。子供の問題や様々な悩み事、あるいは病気のことで相談を受けた。1人1人の母親に与えられる手短な答えは、まことに的確で、その言葉は、宝のように大切にされた。
話し合いが終わるとイエスは子供たちと遊び、折りにふれて神の創造にかかわる真理をたとえ話にして聞かせるのであった。
自然界の生命、例えば、種から芽が生じ、葉がはえて花が咲くといった植物の神秘、彼がアラビアの砂漠で経験したあらゆる出来事、彼をアラビアへ導いてくれた不思議な星の光、狼から羊を守るために生命を落とした羊飼い、鳥、けもの、人間、王様、次から次へとつきることなく、すばらしい話を聞かせるのであった。
イエスの話には、必ずためになる真理が含まれており、話を聞いた直後には、この意味は、ああだ、こうだとしきりにささやきあっていた。どの話も、神の深い慈悲を感じさせる内容ばかりであった。
さて、イエスの夕べの集まりのことが伝わると、あちこちから問題を解決したいと願っている女たちが集まってきた。特に悲嘆にくれている女や、卑しいと見られている女が、何日も旅をしてやってくるようになった。
そんな様子を見たサラは、始めのうちはイエスを好いていたのであるが、次第に妬むようになり、ついに憎むようにさえ変化していった。そこでサラは夫に言った。「素情のよくない女や、卑しい女が夜イエスのところにやってくるそうよ。きっと悪い噂がたつようになると思うわ。そうなれば、あなたの仕事に傷がつき、仕事ができなくなるんじゃないかしら」
トマスはこのことを母マリヤに話した。そしてこのような集まりを続けるなら、ここから出ていってもらうと言い出した。大事な息子を失うまいとして、マリヤはイエスにそのことを伝えた。彼女は、女たちを集めないで、同じ年輩の男たちを集めたらどうかと勧めた。
「子供たちがパンを求めているのに、どうして与えないでおられましょうか」とイエスは言った。マリヤは悲しかった。イエスが民衆のために実にすばらしい働きをしていることを知っていたからである。イエスの働きによって、苦しんでいる民衆がどんなに救われていたことであろう。
しかしイエスは、母親の涙を見て、マリヤの勧めに従って、夕ベの集まりを中止することになった。イエスは、すかさず、この原因は悪女サラの陰謀であることを察知した。それでイエスはサラと話す時には、「はい」と「いいえ」だけで応対することにした。
サラはもっと困らせようと夫トマスをたきつけた。トマスにイエスを追い出す考えを止めさせ、もっと家のために働か。せようという魂胆であった。みんなの仕事が終わってから、なおもイエスを職場に残らせ、ランプの灯のもとで難しい仕事をさせようというのである。
母の協力もあって、イエスはしごく愉快に困難な仕事をやってのけた。サラは内心この計略は失敗したと思った。なんとかイエスの心を掻き乱してやろうと思ったのであるが、彼はいつでも平然としていた。彼女にたいする態度はつねに丁寧で、変わったことと言えば、彼女が何を話しかけても、ただ「はい」と「いいえ」が返ってくるばかりであった。
さて、イエスはある安息日に、タボル山の頂上に登った。そこで夕方まで祈り続け、天の御父と深く交わっていた。イエスは山から降りてナザレの近くまでくると、突然、嵐になり、あたりは真っ暗になった。
しかし彼の頭や体からは、こうこうと光を放っていた。そこにマリヤ・クローパス(イエスの叔母)がやってきて、イエスの姿を見て驚いた。彼女は道端にひざまずき、礼拝するような格好でイエスに言った。「あなたは神様をごらんになったのね」
■2023年7月26日UP■「回心」僕の心の中の反逆の思念がだいぶ消されています、完全に操作されています(祈)†今度こそ、今度こそ、その場所から脱出してやると固く固く固く固く固く決意して、山のアタック帰還後にそのアクションを起こそうと準備万端整えて待機状態にしていたのです。それが一体何がどうなっているのか、あれほど強く決断したはずなのに、僕の心の中から反逆の思念がどんどん消えていくのです、おかしなおだやかさが広がっていくとでも言えばいいのでしょうか。僕は全然そんな風(おだやか)になるつもりはないのに、何が何でも反逆を実行し完結させるつもりでいるのに、全然反逆する気持ちが湧いてこなくなっていったのです。こんな事は有り得ない、それで「あ!また“パウロの波長”をやられたのか」と、後になって気づいたのでした。完全に心を書き換えられた、その威力のすさまじさに改めて驚愕した、という事がありました。つい2、3日前の事です…続きを読む→ ■2023年2月22日UP■「自分を霊媒にする事を考えるのです」僕は書籍テキスト化に全力を尽くします(祈)†「サークルメンバー問題」についてお話しますが、交霊会は霊媒ひとりではおこなえません。上記に説明したように低級霊のジャマが入りますのでそのジャマを排除せねばなりません。そこで必要になるのが「サークルメンバーつまり霊的仕事をおこなうためのある一定レベルの資格を有した数名の人間から抽出したエクトプラズム」なのです。サークルメンバーからエクトプラズムを抽出し、そこに霊界から持参した成分をミックスさせて、低級霊を締め出す「防御壁」のようなモノを拵えるのだそうです。その防御壁がなければ霊媒は低級霊のオモチャにされてしまうのですが、霊団が言うには僕という霊媒の交霊会ではその防御壁がしっかりしているので「邪悪が入る余地はない」のだそうです…続きを読む→