僕は山の経験年数はかなりのモノがあると思っていますが、山に行ったら必ず撮影をして帰ってきますのでこれまでの積算撮影枚数は把握しきれないほど膨大な量となっています。しかし、その膨大画像をもってしても、今後の復刊の作業にあたって「何か足りない気がする」と思い始めています。

というのも、撮影枚数イコール「使える画像枚数」ではないからです。帰ってきてシルキー(PC)で見てみると「アチャーこれは失敗撮影だなぁ」というものもたくさんあるのです。さらにグラデーション撮影の画像になると枚数が限られてきますのでなおさら「書籍に画像を使用するには枚数が足りない」という事になってしまいます。

今までも十分撮影にチカラを入れて山のアタックに臨んでいましたが、さらに撮影頻度を上げる事も視野に入れないといけないかも知れません。そうなると山での行動時間を増やす以外に方法はない事になりますが、僕ももうジイサンなのであんましムリしない方がイイかなぁ。イヤァー(使える)画像が足りない困った。

で、今日の作業はココまで、明日の山の準備に入りますが、今のところアタック帰還後の長文ブログネタはほとんどありません。このまま霊団がダンマリを決め込んでくるなら物的ブログを書いてやろうかと思ったりもしてます。ずっと心に温めてある状態で書けずにいるものとかあるので、それ書いてやろうかと思ったりもしてます。

霊団の仕事やる気ゼロの態度がムカムカしてどうしようもありませんが、明日は一応グラデーションが撮れそうな天候ですので、まずは撮影に集中中。ちなみに山の行動時のドリンクに問題を抱えていまして、ここ最近はずっと白湯でアタックしていたのですが、明らかにゴール間近になるとフラフラしてくるのを感じて「このまま行くと悲劇がやってくるかも」という危機感が襲ってきていました。

ゴールした駐車場にある自販機で三ツ矢サイダーとか買ってがぶ飲みしたりしちゃうんですよ。つまり明らかにエネルギーが枯渇している、白湯に問題があるという事です、当たり前ですよね、山で大汗かいて白湯飲むって通常有り得ませんからね。

で、先週からテストでホットカルピスを導入したらガブガブ飲める。身体的、エネルギー的にも今のところ問題なさそうなので、しばらくホットカルピステストを続けてみるつもりです。このカルピスは山以外で飲んじゃダメ、日常生活もガブガブ飲むと100%太る。事実1kg増えました。で、飲むのやめて体重戻りました。そこだけ要注意。ハイ一旦切ります(祈)†

「飴(あめ)ちゃん投げつける」僕の反逆に対して霊団が猛烈に不快感を示しています(祈)†■2023年9月13日UP■
「飴(あめ)ちゃん投げつける」僕の反逆に対して霊団が猛烈に不快感を示しています(祈)†
認めたくありませんが、まぁ脱出は結局実現しないでしょう。最後の最後まで閉じ込められる事になるでしょう。しかしそう思ってあきらめながら暮らすのは僕的には絶対に有り得ないのです。僕はいつでも全力です。自分にできる事を全力でやるのです。とにかく当分は絵を描き続けます。死んだ魚の眼をしながら無目的でただ物質界に残り続けるなんて死んでもガマンできない。何かに燃えなければ生きられない。霊団が使命遂行やる気なしの態度をこれほどハッキリ撃ち出しているんだから僕は僕本来の燃えるモノを追いかける以外にないだろう。いつかは反逆から手を引かざるを得なくさせられるだろうと容易に予測できますが、その「下を向きながら生きる」姿勢が許せないんだよ。最後の1秒まで全力でやるべき事をやれよ。人の人生これだけブチ壊してるんだから責任を果たせよ…続きを読む→
「懐疑の念は消え」僕の霊団に対する憎しみが消えるという意味、僕だってそうあって欲しいですよ(祈)†■2023年10月25日UP■
「懐疑の念は消え」僕の霊団に対する憎しみが消えるという意味、僕だってそうあって欲しいですよ(祈)†
物理霊媒の場合は単純にエクトプラズム量が多い人間を霊媒として使用し、その人間の性格、霊格は関係しないという事なのだそうですが、霊言霊媒という事になるとその霊媒の人間性、人格、霊格が降らせる霊言のクオリティに大きく影響するのだそうです。つまり霊媒の霊格が低ければ降らせる霊言も程度の低い、クオリティの落ちたものになる、イヤ、そもそも支配霊とその人間との間に霊格の差がありすぎて融合する事ができず霊媒として使用できないという事もあります。逆に霊媒の霊格が高ければ高いほど支配霊は語りたい事を自由に語れるようになり、霊言のクオリティが上がるという事になります。支配霊をリーダーとした交霊会運営のための霊団側は高いレベルの霊言を降らせる準備が常に整っています。しかしそのクオリティを維持しながら物質界に霊言を降らせる事は至難の業で、霊媒側の受容能力、信頼感の欠如、霊格の低さ等が障害となって、だいたいにおいて霊側が犠牲を強いられる事になり、当初予定していたものよりクオリティの低い霊言を降らさざるを得なくさせられるのが常のようなのです…続きを読む→
「この道の方が正しかった」強姦殺人魔を滅ぼさない、人生破壊が正解という意味、断じて許せぬ(祈)†■2023年11月29日UP■
「この道の方が正しかった」強姦殺人魔を滅ぼさない、人生破壊が正解という意味、断じて許せぬ(祈)†
間もなく僕が公言している内容を一般の方々が恐怖に縮こまる事もなく暗殺の危機におびえる事もなく当たり前のように公言する時代がやってきます。なぜなら人々を永遠に脅迫で押さえつける事は絶対にできないからです。最終的には正義が必ず勝利を収めるようになっているのです。なぜなら僕たちの心には【神】がプレゼントして下さった「理性、良心」が具わっているからです。その理性、良心がイヤでも人々を正しい行動に駆り立て、遅かれ早かれ邪悪は滅ぼされるのです、単なる時間の問題です。ただ僕の希望としては「いつか皆さまも「宇宙一のバカ」大量強姦殺人魔、明仁、文仁、徳仁、悠仁の邪悪の正体を公言するようになる」のではなく、できれば今すぐに公言して頂きたい気持ちです。僕の使命遂行をご覧の方々の多くが「たきざわ彰人ガンバレ、強姦殺人魔をやっつけてくれ」と他力本願的に思っておられるかも知れませんが、イエイエ僕という人間には全く何のチカラもありません。社会は個人が集まってできています。ひとりひとりが行動を起こす事によって大きなムーブメントになっていきます…続きを読む→

1913年12月12日 金曜日

背後から第10界の光を受け、前方から上層界の光を浴びながら私は例の山頂に立って、その両界の住民と内的な交わりを得ていた。そしてその両界を超えた上下の幾層もの界とも交わることが出来た。

その時の無上の法悦は言語に絶し、絢爛(けんらん)にして豪華なもの、広大にして無辺のもの、そして全てを包む神的愛を理解する霊的な眼を開かせてくれたのである。

あるとき私は同じ位置に立って自分の未来の国へ目をやっていた。眼前に展開する光の躍動を見続けることが出来ず、思わず目を閉じた。そして再び見開いた時のことである。その目にほかならぬ私の守護霊の姿が入った。私が守護霊を見、そして言葉を交わしたのは、その時が最初であった。

守護霊は私と向かい合った山頂に立ち、その間には谷がある。目を開いた時、あたかも私に見え易くするために急きょ形体を整えたかのように、私の目に飛び込んで来た。事実そのとおりであった。うろたえる私を笑顔で見つめていた。

きらびやかに輝くシルクに似たチュニック(首からかぶる長い服)を膝までまとい、腰に銀色の帯を締めている。膝から下と腕には何もまとっていないが、魂の清らかさを示す光に輝いている。

そしてそのお顔は他の個所より一段と明るく輝いている。頭には青色の帽子をのせ、それが今にも黄金色へと変ろうとする銀色に輝いている。その帽子にはさらに霊格の象徴である宝石が輝いている。

私にとっては曽て見たこともない種類のものであった。石そのものが茶色であり、それが茶色の光を発し、まわりに瀰漫(びまん)する生命に燃えるような、実に美しいものであった。

「さ、余のもとへ来るがよい」ついに守護霊はそう呼びかけられた。その言葉に私は一瞬たじろいだ。恐怖のためではない。畏れ多さを覚えたからである。
そこで私はこう述べた。

「守護霊様とお見受けいたします。その思いが自然に湧いてまいります。こうして拝見できますのは有難いかぎりです。言うに言われぬ心地よさを覚えます。私のこれまでの道中をずっと付き添ってくださっていたことは承知しておりました。

私の歩調に合わせてすぐ先を歩いて下さいました。今こうしてお姿を拝見し、改めてこれまでのお心遣いに対して厚く御礼申し上げます。ですが、お近くまで参ることは出来ません。

この谷を下ろうとすればそちらの界の光輝で目が眩み、足もとを危くします。これでは多分、その山頂まで登るとさらに強烈な光輝のために私は気絶するものと案じられます。これだけ離れたこの位置にいてさえ長くは耐えられません。」

「その通りかも知れぬ。が、この度は余が力となろう。汝は必ずしも気付いておらぬが、これまでも何度か力を貸して参った。また幾度か余を身近に感じたこともあるようであるが、それも僅かに感じたに過ぎぬ。

これまで汝と余とはよほど行動を共にして参った故に、この度はこれまで以上に力が貸せるであろう。気を強く持ち、勇気を出すがよい。案ずるには及ばぬ。これまで度々汝を訪れたが、この度、汝をこの場へ来させたそもそもの目的はこうして余の姿を見せることにあった。」

そう述べたあと暫しあたかも彫像の如くじっと直立したままであった。が、やがて様子が一変しはじめた。腕と脚の筋肉を緊張させているように見えはじめたのである。

ゴース(クモの糸のような繊細な布地)のような薄い衣服に包まれた身体もまた全エネルギーを何かに集中しているように見える。両手は両脇へ下げたまま手の平をやや外側へ向け、目を閉じておられる。そのとき不思議な現象が起きた。

立っておられる足もとから青とピンクの混じり合った薄い雲状のものが湧き出て私の方へ伸びはじめ、谷を越えて2つの山の頂上に橋のように懸かったのである。高さは人間の背丈とほぼ変らず、幅は肩幅より少し広い。それがついに私の身体まで包み込み、ふと守護霊を見るとその雲状のものを通して、すぐ近くに見えたのである。

そのとき守護霊の言葉が聞こえた。「参るがよい。しっかりと足を踏みしめて余の方へ向かって進むがよい。案ずるには及ばぬ。」

そこで私はその光り輝く雲状の柱の中を守護霊の方へと歩を進めた。足もとは厚きビロードのようにふんわりとしていたが、突き抜けて谷へ落ちることもなく、1歩1歩近づいて行った。守護霊が笑顔で見つめておられるのを見て私の心は喜びに溢れていた。

が、よほど近づいたはずなのに、なかなか守護霊まで手が届かない。相変らずじっと立っておられ決して後ずさりされたわけではなかったのであるが…

が、ついに守護霊が手を差し出された。そして、更に2歩3歩進んだところでその手を掴むことが出来た。するとすぐに、足もとのしっかりした場所へと私を引き寄せて下さった。

見ると、はや光の橋は薄れていき、私の身体はすでに谷の反対側に立っており、その谷の向うに第10界が見える。私は天界の光とエネルギーで出来た橋を渡って来たのであった。

それから2人は腰を下ろして語り合った。守護霊は私のそれまでの努力の数々に言及し、あの時はこうすればなお良かったかも知れぬなどと述べられた。褒めて下さったものもあるが、褒めずに優しく忠告と助言をして下さったこともある。決してお咎めにはならなかった。

又そのとき2人の位置していた境界についての話もされた。そこの栄華の幾つかを話して下さった。さらに、そのあと第10界へ戻って仕上げるべき私の仕事において常に自分が付き添っていることを自覚することがいかに望ましいかを語られた。

守護霊の話に耳を傾けているあいだ私は、心地よい力と喜びと仕事への大いなる勇気を感じていた。こうして守護霊から大いなる威力と高き聖純さを授かり、謙虚に主イエスに仕え、イエスを通じて神に仕える人間の偉大さについて、それまで以上に理解を深めたのであった。

帰りは谷づたいに歩いたのであるが、守護霊は私の肩に手をまわして力をお貸し下さり、ずっと付き添って下さった。谷を下り川を横切り、そして再び山を登ったのであるが、第10界の山を登り始めた頃から言葉少なになっていかれた。

思念による交信は続いていたのであるが、ふと守護霊に目をやるとその姿が判然としなくなっているのに気づいた。とたんに心細さを感じたが、守護霊はそれを察して、「案ずるでない。汝と余の間は万事うまく行っている。そう心得るがよい」とおっしゃった。

そのお姿はなおも薄れて行った。私は今一度さきの場所へ戻りたい衝動に駆られた。が、守護霊は優しく私を促し、歩を進められた。が、そのお姿は谷を上がる途中で完全に見えなくなった。そしてそれきりお姿を拝することはなかった。

しかしその存在はそれまで以上に感じていた。そして私がよろめきつつも漸く頂上に辿りつくまでずっと思念による交信を保ち続けた。そうして頂上から遠く谷越えに光輝あふれる11界へと目をやった。しかし、そこには守護霊の姿はすでに無かった。

が、その場を去って帰りかけながら今一度振り返った時、山脈伝(づた)いに疾走して行く1個の影が見えた。さきほどまで見ていた実質のある形体ではなく、ほぼ透明に近い影であった。それ太陽の光線のように疾走するのが見えたのである。やっと見えたという程度であった。

そしてそれも徐々に薄れていった。が、その間も守護霊は常に私と共に存在し、私の思うこと為すことの全てに通暁しているのを感じ続けた。私は大いなる感激と仕事への一層大きな情熱を覚えつつ山を下り始めたのであった。

あの光輝あふれる界から大いなる祝福を受けた私が、同じく祝福を必要とする人々に、ささやかながらも私の界の恵みを授けずにはいられないのが道理であろう。それを現に同志とともに下層界の全てに向けて行なっている。こうして貴殿のもとへも喜んで参じている。自分が受けた恩恵を惜しみなく同胞へ与えることは心地よいものである。

もっとも、私の守護霊が行なったように貴殿との間に光の橋を架けることは私にはできない。地上界と私の界との懸隔が今のところあまりに大きすぎるためである。しかし、イエスも述べておられるように、両界を結ぶにも定められた方法と時がある。

イエスの力はあの谷を渡らせてくれた守護霊より遥かに大きい。私はそのイエスに仕える者の中でも極めて霊格の低い部類に属する。が、私に欠ける聖純さと叡智は愛をもって補うべく努力している。

貴殿と2人して力のかぎり主イエスに仕えていれば、主は常に安らぎを与えてくださり、天界の栄光から栄光へと深い谷間を越えて歩む吾々に常に付きそってくださることであろう。†

「行為のひとつひとつに責任を取らされます」僕の人生はやはりカルマの解消なのでは(祈)†■2023年5月3日UP■
「行為のひとつひとつに責任を取らされます」僕の人生はやはりカルマの解消なのでは(祈)†
イエスは死を超越した真一文字の使命を遂行していたのであり、磔刑(はりつけ)はその使命の中における1つの出来事に過ぎない。それが生み出す悲しみは地上の人間が理解しているような“喜び”の対照としての悲しみではなく、むしろ喜びの一要素でもある。なぜならテコの原理と同じで、その悲しみをテコ台として正しく活用すれば禍転じて福となし、神の計画を推進する事になるという事でした。悲劇をただの不幸と受止める事がいかに狭い量見であるかは、そうした悲しみの真の“価値”を理解して初めて判る事です。さてイエスは今まさに未曾有の悲劇を弟子たちにもたらさんとしておりました。もし弟子たちがその真意を理解してくれなければ、この世的なただの悲劇として終わり、弟子たちに託す使命が成就されません。そこでイエスは言いました「汝らの悲しみもやがて喜びと変わらん」と。そして遂にそうなりました…続きを読む→
「悔し涙を拭う必要はありません」これは帰幽後に悲しみが喜びに変わるという意味です(祈)†■2023年6月21日UP■
「悔し涙を拭う必要はありません」これは帰幽後に悲しみが喜びに変わるという意味です(祈)†
次第にあの土地の光輝と雰囲気が馴染まなくなり、やむなく光輝の薄い地域へと下がって行った。そこで必死に努力してどうにか善性が邪性に勝(まさ)るまでになった。その奮闘は熾烈にしてしかも延々と続き、同時に耐え難く辛き屈辱の体験でもあった。しかし彼は勇気ある魂の持ち主で、ついに己れに克(か)った。その時点において2人の付き添いに召されて再び初めの明るい界層へと戻った。そこで私は前に迎えた時と同じ木蔭で彼に面会した。その時は遥かに思慮深さを増し、穏やかで、安易に人を軽蔑することもなくなっていた。私が静かに見つめると彼も私の方へ目をやり、すぐに最初の出会いの時のことを思い出して羞恥心と悔悟の念に思わず頭を下げた。私をあざ笑ったことをえらく後悔していたようであった。やがてゆっくりと私の方へ歩み寄り、すぐ前まで来て跪き、両手で目をおおった。鳴咽(おえつ)で肩を震わせているのが判った。私はその頭に手を置いて祝福し、慰めの言葉を述べてその場を去ったのであった。こうしたことはよくあることである。†…続きを読む→

イヤ「悲しい」とは言ってきます。そう言われて一体どうしろというのか。僕はこれ以上はムリという限界の限界まで振り絞って努力している。「イエスの成年時代」「イエスの弟子達」の書籍データ作成も開始しています。もうこれ以上がんばりようがないところまでやっているつもりですが、それで悲しい言われる。一体何がどうなっているというのでしょうか。

AffinityPhotoのアドオンが50%オフの間に入手しておくべきだという事で結局アドオンを4つ手に入れました。もうこれで止めます、これらを書籍表紙の描画にフル活用します。で、チョトアドオンに数字を取られてしまったのでおーふぁん的なモノがまた来月にズレ込んでしまいますが、いよいよ殺人的にメンドクサくてやりたくなかった作業に着手せざるを得なくなるでしょう。

一応目標としては5月末までに1冊目の書籍をAmazonでペーパーバック、電子書籍のふたつを揃えて販売開始状態にもっていくつもりです。たぶん次月にズレ込むでしょうがとにかくやる以外に脱出の方法がないので進めます。年間目標としては年5冊ペース、できるなら年6冊ペースで復刊し続けるという考えでいます。

というのも、年4冊ペースだと僕が物質界に残されている間に70冊超の霊関連書籍の復刊が達成されずに僕が帰幽してしまうという計算になってしまうからです。最低でも年5冊ペースを維持しないと70冊超全ての復刊が達成されないという計算なのでそういう目標にしているという事です。口で言うのと実際にやるのとでは天と地の差があるのですが。

次回長文ブログがピンチです、今のところ全然ブログネタとなるインスピレーションが降っていません。もうヤダこの人生、いつまでやらされるんだ。何としても打開してやる。

とはいえ僕の人生はもはや完全に霊団の手の中にあるので打開できず閉じ込められて終わる可能性が濃厚ですが、そう言われてあきらめながら下を向いて生きるのはまっぴらゴメンだ。最後の1秒まで悪あがきしてやる。「イエスの少年時代」の表紙を悩みつつも描きます(祈)†

「完全に離れさせる」僕を使命遂行から離す、危機を回避させるという意味です(祈)†■2022年11月30日UP■
「完全に離れさせる」僕を使命遂行から離す、危機を回避させるという意味です(祈)†
奴隷の女の子たちの悲劇の惨状の認知、そして霊的知識普及活動がだいぶ進行した事に対する、霊団の一定の評価の言葉と受け取っていいのかも知れません。もっと突っ込んで言えば「宇宙一のバカ」大量強姦殺人魔、明仁、文仁、徳仁、悠仁の邪悪の正体を公言する仕事は、霊界側からすれば「どの霊能者にお願いしてもやってくれなかった仕事」なのでしょう。それを僕がやってくれたので感謝しているという意味もたぶん含まれているのではないでしょうか。もっとも「そう言うセリフは結果に到達させてから言ってくれ」と僕は言いたいですが。霊界上層界から霊眼で物質界を見下ろした時、今まで「宇宙一のバカ」大量強姦殺人魔、明仁、文仁、徳仁、悠仁の洗脳に完全にやられていた多くの人間が真実に目覚めていく様子がつぶさに観察できるのでしょう、それで「感謝」という言葉が出てくるのだと思いますが、物的肉眼には全く何の変化も映りません…続きを読む→
「霊界にはたどり着く」当たり前だろ、霊団がもう使命遂行やる気ゼロという意味です(祈)†■2022年12月14日UP■
「霊界にはたどり着く」当たり前だろ、霊団がもう使命遂行やる気ゼロという意味です(祈)†
僕は間違いなく「宇宙一のバカ」大量強姦殺人魔、明仁、文仁、徳仁、悠仁に殺される→霊団はその危機を回避させようとして明仁、文仁、徳仁、悠仁および奴隷の女の子の情報を僕に降らせないようになっている(イヤ少しは降らせてきていますが)→僕の使命遂行の力点を明仁、文仁、徳仁、悠仁の滅亡および奴隷の女の子の救出から交霊会開催へと転換させようとしている→しかしサークルメンバー問題が解決しないので僕の霊媒発動はない→邪悪は滅ぼそうとしない、奴隷の女の子は助けようとしない、交霊会はできない、全く目標に到達せずただ苦難ばかりを延々とやらされる状況に突入しているために、僕の霊団への怒りが制御不能に達する→交霊会ができない不足分を「絶版書籍の復刊」の作業で補いつつ、霊団に破壊された生活を何とか少しでも改善させようと僕は「反逆」を開始するが、一向に反逆は完成しない…続きを読む→
「エゴイスト」そういうセリフは明仁、文仁、徳仁、悠仁を倒してから言ってくれよ(祈)†■2023年1月11日UP■
「エゴイスト」そういうセリフは明仁、文仁、徳仁、悠仁を倒してから言ってくれよ(祈)†
「宇宙一のバカ」大量強姦殺人魔、明仁、文仁、徳仁、悠仁は全く滅亡させようとせず放置している。奴隷の女の子はひとりたりとも救出しようとせず完全に見殺しにしている。僕の人生を完全に破壊したが、使命遂行は全く前進させない。最低最悪のところに何が何でも閉じ込め続けようとしてくる。誰だって怒るに決まってるだろ。反逆するに決まってるだろ。人の心を一体何だと思ってるんだよ。人の人生を一体何だと思ってるんだよ。一体あんたたちの頭の中は何がどうなってるんだよ。これだけヒドイ状態にさせられても僕がエゴイストだと非難されなければならないのか。それはよかったですね…続きを読む→

どうしても宗教画のマネをしたくない、そういう雰囲気にしたくない(僕は宗教と名の付くモノを心底毛嫌いしていますので)しかしあまりにも現実とかけ離れている絵を描いてしまうのもどうなのか、本が本なだけに(イエス様を題材にした本なので)テケトーな絵を描く訳にもいかない。

アレコレ迷いつつも描かない訳にもいかないので一応原稿用紙に線画を描き始めています。んー、どうなんだろう、イヤもう描くしかない止まる訳にもいかない。この表紙の絵は問題アリかも知れません。

今回の「イエスの少年時代」の表紙には「ある人物」をスゴク描きたかったのですが、その人物の資料が全くないので完全に僕の独断、あてずっぽうで描く事になってしまうため「さすがにそりゃマズいだろう」という事でその人物を登場させるのを泣く泣く取りやめました。描きたかったのに残念。

「イエスの成年時代」「イエスの弟子達」の表紙に登場させるつもりの人物もだいたい決めてあるのですが、その人物をググるとどうしても宗教画が出てきてしまうのです。どうしても僕はコッチの雰囲気にしたくないんです。コッチに行くくらいならキャラキャラした方がイイ。

「イエスの少年時代」AffinityPublisherへのテキスト流し込みは完了してます、さらに作業スピードをアップさせる事に成功しています。あとは既にやった事ですがもう一度最終校正をやった方がイイでしょう、これがシチメンドクサイ。しかしやるしかない。

霊団から相当に絶望的な事を言われていまして気持ちが散逸状態ですが「感情と手は別レイヤー」ですから作業だけは何が何でも続行させねばなりません。自動書記テストも続行してますが、そのトランス時に霊団がまたムカつく事を言ってくるんですよ。しかしもうやる以外にないんだ(祈)†
「霊体で会議に参加し続けてるんですよ」物的脳髄でその様子を全く反芻できません(祈)†■2023年1月25日UP■
「霊体で会議に参加し続けてるんですよ」物的脳髄でその様子を全く反芻できません(祈)†
どの人間も例外なく物質界に降下するにあたり、指導霊と相談したうえで「こういう試練を体験すればこれだけ向上を果たせる」と考え、自分でその人生を選択して降下してくるのだそうで、つまり奴隷の女の子たちも「殺される人生をあえて選択して降下してきた人間たち」という事になるのですが、僕はそう言われて奴隷の女の子たちを見殺しにする気にはどうしてもなれません。これは僕の個人的意見ですが、物質界に降下するにあたり、基本的には「こういう人生を送る事になる」という概要は決まっているのでしょうが、中には例外もあるのではないかと思っているのです。僕の「霊性発現」はその例外に当たるのではないかと思っているからです…続きを読む→
「私は確信をもって今の時代に役立つと思います」シルバーバーチ霊の思念と思われますが(祈)†■2023年2月15日UP■
「私は確信をもって今の時代に役立つと思います」シルバーバーチ霊の思念と思われますが(祈)†
僕もこれまで果てしなく霊的知識をお勉強し続けてきて、霊言を降らせる事の重大性は十分すぎるほど理解していますから、シルバーバーチ霊の言葉に反対を表明するほど愚かではありませんが、霊界にはウソというモノが存在しません、僕の心の中など霊団およびシルバーバーチ霊には全て丸見え筒抜けですからあえて正直に書かせて頂きますが、ハッキシ言ってもうウンザリなんですよ。霊性発現(2012年6月)から一体どれだけの月日が流れていますか。この10年以上、霊団はひたすら口だけをピーチクパーチク動かし続けてきましたが物的状況には一切変化はありません、さも今動く、今変わる的な事を延々言われてその通りにしてきてハッとうしろを振り返ってみたら最低最悪の場所にただ閉じ込められ続けただけだった。僕が霊団に対して抱いている怒り憎しみの念はもはやただ事ではないレベルになっているのです、長年の蓄積があるからです…続きを読む→
「ゾウです」永遠の視点では勝者だが物質界生活中は最悪をやらされるという意味です(祈)†■2023年3月22日UP■
「ゾウです」永遠の視点では勝者だが物質界生活中は最悪をやらされるという意味です(祈)†
聖書には真実でない事がたくさん書かれています。人類史上最大の汚辱と言っても過言ではない「ニケーア会議」の時に様々なウソが聖書に書き加えられ、そのウソが世界中に広まっていき、イエス様の2000年の苦悩へとつながっていったのです。キリスト者はイエス様の御名を悪用して私腹を肥やす事を2000年にわたって続けてきました。特に中世ヨーロッパの暗黒時代が最悪で、キリスト教の要職についていた人間たちは、自分たちの地位、生活を守るために真実を公言する人間を徹底的に処刑してきました。キリスト教の人間が「主よ、主よ」とイエス様の御名を連呼する時、それはイエス様に対する最大級の侮辱であり、イエス様の悲しみをさらに増幅させ、積年の誤謬(ごびゅう)を払拭するどころかさらに加速させ続ける、イエス様をさらに十字架にかけ続ける許されざる呪いの行為となります。僕、たきざわ彰人からお願いしたい事としましては、間違いだらけの聖書を読むのはやめましょう。「シルバーバーチの霊訓」を筆頭とした正真正銘の霊関連書籍に目を通すようにしましょう。そして教会に足を運ぶのもやめた方がイイでしょう…続きを読む→

1913年12月11日 木曜日

前回の続きである。彫像の立つ空地は実は吾々が上層界からの指示を仰ぐためにしばしば集合する場所である。

これより推進すべき特別の研究の方向を指示するために無数の霊の群れを離れて吾々を呼び寄せるには、こうした場所が都合が良いのである。そこへ高き神霊が姿をお見せになり、吾々との面会が行われるのであるが、その美しい森を背景として、天使の御姿は一段と美しく映えるのである。

その空地から幾すじかの小道が伸びている。吾々は突き当りで右へ折れる道を取り、さらに歩み続ける。道の両側には花が咲き乱れている。キク科の花もあればサンシキスミレもあり、そうした素朴な花が恰(あたか)もダリヤ、ボタン、バラ等の色あざやかな花々の中に混って咲いていることを楽しんでいるかのように、一段と背高(せいだか)に咲いているのが目に止まる。

このほかにもまだまだ多くの種類の花が咲いている。と言うのは、この界では花に季節がなく、常夏の国の如く、飽きることなく常に咲き乱れているのである。

そこここに更に別の種類の花が見える。直径が一段と大きく、それが光でできた楯の如く輝き、あたりはあたかも美の星雲の観を呈し、見る者によろこびを与える。この界の花の美しさは到底言語では尽くせない。すでに述べたように、すべてが地上には見られぬ色彩をしているからである。

それは地上のバイブレーションの鈍重さのせいであると同時に、人間の感覚がそれを感識するにはまだ十分に洗練されていないからでもある。このように – 少し話がそれるが – 貴殿の身のまわりには人間の五感に感応しない色彩と音とが存在しているのである。

この界にはそうした人間の認識を超えた色彩と音とが満ち溢れ、それが絢爛(けんらん)豪華な天界の美を一段と増し、最高神の御胸において至聖なる霊のみが味わう至福のよろこびに近づいた時の“聖なる美”を誇示している。

やがて吾らは小川に出る。そこで道が左右に別れているが、吾々は左へ折れる。その方角に貴殿が興味を抱きそうなコロニーがあり是非そこへ案内したく思うからである。その川から外れると広い眺めが展開する。そこが森の縁(ふち)なのであるが、そこに一体何があると想像されるか。ほかでもない。そこは年中行事を司るところの言わば“祝祭日の聖地”なのである。

地上の人間はとかく吾々を遠く離れた存在であるかに想像し、近接感を抱いていないようであるが、つばめ1羽落ちるのも神は見逃さないと言われるように、人間の為すことの全てが吾々に知れる。

そしてそれを大いなる関心と細心の注意をもって観察し、人間の祈りの中に1しずくの天界の露を投げ入れ、天界の思念によって祈りそのものと魂とに香ばしい風味を添えることまでする。

このコロニーには地上の祝祭日に格別の関心を抱く天使が存在する。そうして毎年めぐり来る大きい祝祭日において、人間の思念と祈願を正しい方向へ導くべく参列する霊界の指導霊に特別の奉納を行う。

私自身はその仕事には関わっていない。それ故あまり知ったかぶりの説明は出来ないが、クリスマス、エピファニー、イースター、ウィットサンデー(※)等々に寄せられる意念がこうした霊界のコロニーにおいて強化されることだけは間違いない事実である。

(※これらは全て霊界の祝祭日の反映であり従って地上の人間の解釈とは別の霊的意義がある。それについてはステイントン・モーゼスの霊界通信『霊訓』が最も詳しい。 – 訳者)

また聞くところによれば“父なる神”をキリスト教とは別の形で信仰する民族の祝祭日にも、同じように霊界から派遣される特別の指導霊の働きかけがあるということであるが、確かにそういうことも有りえよう。

かくて地上の各地の聖殿における礼拝の盛り上がりは、実はこうして霊界のコロニーから送られる霊力の流れが、神への讃仰と祈願で一体となった会衆の心に注がれる結果なのである。貴殿はそのコロニーの建物について知りたがっているようであるが、建物は数多く存在し、そのほとんどが聳(そび)えるように高いものばかりである。

その中でもとくに他を圧する威容を誇る建物がある。数々のアーチが下から上へ調和よく連なり、その頂上は天空高く聳え立つ。祝祭日に集まるのはその建物なのである。その頂上はあたかも開きかけたユリの花弁がいつまでも完全に咲き切らぬ状態にも似ており、それに舌状の懸花装飾が垂れ下がっている。

色彩は青と緑であるが、そのヒダは黄金色を濃縮したような茶色を呈している。見るもあざやかな美しさであり、天空へ向けて放射される讃仰の念そのものを象徴している。

それはあたかも芳香を放出する花にも似て、上層界の神霊ならびに、全てを超越しつつしかも全ての存在を見届け知り尽している創造の大霊へ向けて放たれてゆく。

吾々はこの花にも似た美しい聖殿があたかも小鳥がヒナをその両翼に抱き、その庇護の中でヒナたちが互いに愛撫し合うかのような、美しくも温かき光景を後にする。そしてさらに歩を進める。

さて、小川の上流へ向けて暫し歩き続けるうちに、道は上り坂となる。それを登り続けるとやがて山頂に至り、そこより遥か遠くへ視界が広がる。実はそこは吾々の界と次の界との境界である。どこまで見渡せるか、またどこまで細かく見極めるかは、開発した能力の差によって異るが、私に見えるままを述べよう。

私は今、連なる山々の1つの頂上に立っている。すぐ目の前に小さな谷があり、その向うに別の山があり、更にその向うに別の山が聳えている。焦点を遠くへやるほどその山を包む光輝が明るさを増す。

が、その光はじっと静かに照っているのではない。あたかも水晶の海か電気の海にでも浸っているかのように、ゆらめくかと思えば目を眩ませんばかりの閃光を発し、あるいは矢のような光線が走り抜ける。これは外から眺めた光景であり、今の私にはこれ以上のことは叙述できぬ。

川もあれば建物もある。が、その位置は遥か彼方である。芝生もあれば花を咲かせている植物もある。樹木もある。草原が広がり、その界の住民の豪華な住居と庭が見える。が、私はその場へ赴いて調べることはできない。ただ、こうして外観を述べることしかできない。

それでも、その景色全体に神の愛と、えも言われぬ均整美が行きわたり、それが私の心を弾ませ足を急(せ)かせる。なぜなら、その界へ進み行くことこそ第10界における私の生活の全てだからである。

託された仕事を首尾よく果たした暁には、その素晴らしき界の、さる有難きお方(※)からの招きを受けるであろう。その時は喜び勇んで参ることであろう。(※ザブディエルの守護霊のこと。その守護霊にも守護霊がおり、そのまた守護霊がおり、連綿として最後は守護神に至る。 – 訳者)

が、このことは貴殿も同じことではなかろうか。私とその遥か遠き第11界との関係はまさに貴殿と他界後の境涯と同じであり、程度こそ違え素晴らしいものであることにおいては同じである。

この界につきてはまだ僅かしか語っていないが、貴殿の心を弾ませ足を急かせるには十分であろう。ここで再び貴殿をさきの空地へ連れ戻し、あの彫像の如く常に目をしっかりと上方へ向けるよう改めて願いたい。

案ずることは何1つない。足もとへ目をやらずとも決して躓くことはない。高きものを求める者こそ正しい道を歩む者であり、足もとには吾々が気を配り事なきを期するであろう。

万事は佳きに計らわれている。さよう、ひたすらに高きものを求める者は万事佳きに計らわれているものと思うがよい。なぜなら、それは主イエスに仕える吾らを信頼することであり、その心は常に主と共にあり、何人たりとも躓かせることはさせぬであろう。

では、この度はここまでとしよう。地上生活はとかく鬱陶(うっとう)しく、うんざりさせられることの多いものである。が、同時に美しくもあり、愛もあり、聖なる向上心もある。

それを少しでも多く自分のものとし、また少しでも多く同胞に与えるがよい。そうすれば、それだけ鬱陶しさも減じ、天界の夜明けの光が一層くっきりと明るく照らし、より美わしき楽園へと導いてくれることであろう。†

「物質界再降下」させられるような事を言われています。絶対ヤダ断固拒否(祈)†■2022年10月19日UP■
「物質界再降下」させられるような事を言われています。絶対ヤダ断固拒否(祈)†
奴隷の女の子を「処刑遊び」と称して四肢切断、強姦殺人しまくり死肉を食べまくっている「宇宙一のバカ」大量強姦殺人魔、明仁、文仁、徳仁、悠仁が「私は病人です」と言ってきたとして、それとコイツらの大罪と何の関係があるのですか、という事です。幼い女の子を500人1000人、強姦殺人した人間が、病気になるとその大量強姦殺人罪が帳消しになるのですか。皆さま【神】は僕たち人間全員に「理性、良心」という絶対に狂う事のない判定装置を組み込んでおられます。皆さまの理性、良心はどのような回答を導き出しますか。あえて断言しますが、メディアが流してくる情報は99%ウソです。明仁、文仁、徳仁、悠仁が大粒の涙を流して「私は病人です、許して下さい」と演技映像を流してきたとして、皆さまはそのウソ泣き演技にコロッとダマされるおめでたい国民ではないはずです…続きを読む→
■アナログ絵345「フラー01ver3.0カラーリング」UP。イエス様搭乗機です(祈)†■2022年10月12日UP■
■アナログ絵345「フラー01ver3.0カラーリング」UP。イエス様搭乗機です(祈)†
Dreamwork、画家時代を彷彿とさせる壮絶な描画負荷を経てようやくフラー01ver3.0、イエス様搭乗機を完成までもってくる事ができました。この機体は本当に長い道のりでした。イエス様搭乗機のひとつ前の機体、フラー01ver2.0がだいぶ古い機体でしたのでどうしてもバージョンアップの必要性がありました。キャラのレオ(ライオンちゃん)の変形ギミックをどうしても完成させられなくて何度もボツを繰り返しては立ち上がり、フラー本体のカラーリングではパーツひとつひとつに個別にグラデーションをかけねばなりませんでしたので大変な時間がかかってしまいました。何度も心が折れながらの作業となりました。やっとの思いで塗り終えてみて、全体を眺めてみて、まぁまぁ納得のいく機体に仕上がったのではないでしょうか。色を塗るのはもうご勘弁といった感じですがストーリーは白黒原稿ですので、ぜひストーリー上にはこの機体を登場させたいものです…続きを読む→
「続けられなくさせられる」霊的使命遂行を続けられなくさせられるという意味です(祈)†■2022年11月16日UP■
「続けられなくさせられる」霊的使命遂行を続けられなくさせられるという意味です(祈)†
人の夢を破壊して、全然違う人生をやらせて、あげくの果てに何の結果にも到達せず元に戻れだと?だったら時間を返せ。お前らのちょっかいのせいで描けるはずだったのに描けなくさせられた作品の責任を取れ。何より奴隷の女の子を見殺しにする事を決定した、それを納得させる説明をしてみろ、できるものならやってみろ。おかしい、コイツら(霊団)完全におかしい。しかし霊団がこれほどおかしい事を言ってくるその理由は、それくらい僕に危機が迫っているという事の裏返しでもあるのです。普通なら自分を守ってくれているのですから感謝すべきなのでしょうが、僕は「帰幽カモン」です。この狂った腐った物質界に1秒たりとも残っていたくない男です。僕の生き死にはどうでもいいから仕事を達成させろよ!…続きを読む→

今日明日中に描き始めるつもりでいたのですが、キャラデザがまだ固まりませんのでモチョト時間がかかりそうです。「シルバーバーチの霊訓3巻」のテキスト見直しを続行しつつ「イエスの少年時代」の書籍データの作成を続行しつつ、表紙用のキャラデザを煮詰めましょう。

霊団からは絶望的な、突き放すような事を言われていますが、そう言われてどうしろというのか。僕は僕にできる事を最大限やっている、これ以上努力できない限界の限界までやっている。何を言っているのかサッパリ意味不明。次回長文ブログも暗雲が立ち込めていますがまずは眼前の作業に集中するより他にどうしようもありません。

書籍データはガンガン作り続けていくのです。作れば作るほどあとあと自分を助ける事になるはずだからです。先行、先行、とにかく作りまくる(祈)†

「イエスの少年時代」「イエスの成年時代」「イエスの弟子達」この3冊の表紙の線画を一気に描いてしまおうかと思っているのですが、その表紙に描こうと思っている人物の大ざっぱな外観だけでも参考にしようという事でググるのですが、宗教画しか出てこない。僕は宗教臭の漂うモノが大キライなのです。これヤダ、参考にしたくない。

とはいえまるっきりあてずっぽうで描く訳にもいかないし、困ったな。んー、その道の人に怒られると思いますが(怒られる以前に相手にされないでしょうが)やはり僕なりの絵で現代風に描いてみようと思います。どうしても宗教画のマネをする気にはなれない。

AffinityPublisherでひとつ新たな作業法を試しています。コレをする事によりこれまでより若干作業スピードが向上するものと思われます。何しろ僕が復刊しようとしている冊数が70冊以上ありますので、少しでも自分で自分を助けるアイデアを出していかないと苦しいばっかりになってしまいますので。

そして法律事務所からの返事が来ない事で(著作隣接権者の連絡先を入手したかったのです)いよいよ回避したかったおーふぁん的なモノをやらざるを得なくなりました。もう避けて通れませんやるしかありません。先行で書籍データを複数作成しておいて正解でした。

で、おーふぁん的なモノはサイトを見た限りで言うと正味1ヶ月程度かかるとの事ですので、一応目標を「5月末までにまず最初の1冊目をペーパーバック、電子書籍、両方揃えた状態でAmazonで販売状態にもっていく」という風に設定する事とします。まぁたぶんズレ込むと思いますがとにかくまず1冊販売開始状態にする事を目指します。

さぁ表紙どしよかな。いちばん無難なのは、ももちゃん、シルキーを前面に出す事ですが、この3冊に関してはチョト違うかな。現在クロッキーに向かってアレコレ思案しているところです、キャラデザのラフを描いています。さぁ困った。「シルバーバーチの霊訓3巻」テキスト見直し45%完成中ですが一旦止めて線画に集中しないといけません(祈)†
「牛ちゃんイイわぁぁぁ♪」牛ちゃんと思いっきり遭遇♪よかったわぁぁぁ♪(祈)†■2022年6月22日UP■
「牛ちゃんイイわぁぁぁ♪」牛ちゃんと思いっきり遭遇♪よかったわぁぁぁ♪(祈)†
撮影中ずっと話しかけていたので結構疲れましたが、長い撮影を終えて「ゴールタイムが遅れるからもう帰るわよ♪牛ちゃんまた来るわよ♪」と言ってデジ一眼をザックにしまっていると、牛ちゃんが僕の動きに合わせて大移動を開始。僕が帰る方向にずっとついてくるのでした。そして柵の一番端まで来てそこでたくさんの牛ちゃんが群れながら僕を見送ってくれたのでした。僕は少し感動しつつ牛ちゃんに声をかけながら手を振ってお別れし、ゴールの駐車場に急いだのでした。僕は物質界では徹底的にヒドイ目に遭わされながら生活しています。霊団に完全に人生を破壊され心の中は怒りでイッパイの状態で使命遂行していますが、今回のアタックでは牛ちゃんたちのおかげで少し心が安らいだのでした。牛ちゃんは霊界の人間(霊団)と違って優しかったです…続きを読む→
「天使を喜ばせる事にはほぼ成功している」人間の霊と天使は別個の存在です(祈)†■2022年8月10日UP■
「天使を喜ばせる事にはほぼ成功している」人間の霊と天使は別個の存在です(祈)†
霊界と物質界つまり顕幽をつなぐ通信方法としてもっとも健全かつ正常な手段が「インスピレーション」であり、霊界側にとっても、物質界の人間が霊的チャンネルを開いてくれてインスピレーションを受け取れるようになってくれる事が一番手間が省けるという事なのです。霊媒現象を実現させようと思ったら、異なる次元間にあんなメンドクサイ橋、こんなメンドクサイ橋をかけねばならず、また決まって人間側の無理解、無知、不信心が障害となって霊界側の長年の準備が泡と消されてしまうという事が往々にしてあるそうです…続きを読む→
「あなたを守りたい」これがつまり奴隷の女の子を助けないという意味なのです(祈)†■2022年10月5日UP■
「あなたを守りたい」これがつまり奴隷の女の子を助けないという意味なのです(祈)†
僕が奴隷の女の子を救出すると、その霊団が降らせて教えてきた物的攻撃に晒される事になり、霊団はその攻撃から僕を守るために奴隷の女の子の救出をあきらめざるを得ないといったような事を言っているのです。そして奴隷の女の子の事をあきらめさせるために交霊会の事をずっと言い続けてくるのです。「アキトくんの気持ちは分からないでもないが、奴隷の女の子たちは自らの罪障消滅のため、霊的向上のために自ら志願してその人生を選択し、奴隷の女の子として物質界に降下した人間なのだ。それよりキミは自分の使命遂行を成功させる事を考えなさい」とでも言っている霊団の声が聞こえてきそうです。要するに奴隷の女の子たちを見殺しにするのは非情というのとは違う、霊的視点に立って考えないと真実の理解には到達しない、という事なのですが、この心の中に渦巻く釈然としない気持ちはどうやっても拭う事ができません…続きを読む→

1913年12月9日 火曜日

私の望み通り今宵も要請に応じてくれた。ささやかではあるが、これより貴殿をはじめとして他の多くの者にとって有益と思えるものを述べる私の努力を、貴殿は十分に受け止め得るものと信ずる。

たとえ貴殿は知らなくても、貴殿にそれを可能ならしめる霊力が吾々にあり、それを利用して思念を貴殿の前に順序よく披瀝して行く。いたずらに自分の無力を意識して挫けることになってはならない。

貴殿にとってこれ以上は無理と思える段階に至れば、私の方からそれを指摘しよう。そして吾々も暫時ノートを閉じて他の仕事に関わるとしよう。

では今夜も貴殿の精神をお借りして引き続き第10界の生活について今少し述べようと思う。ただ、いつものように吾々の界より下層の世界の事情によってある程度叙述の方法に束縛が加えられ、さらには折角の映像も所詮は地上の言語と比喩の範囲に狭(せば)められてしまうことを銘記されたい。

それは已むを得ないことなのである。それは恰(あたか)も1リットルの器に10リットルの水は入らず、鉛の小箱に光を閉じ込めることが出来ぬのと同じ道理なのである。

前回のべた大聖堂は礼拝のためのみではない。学習のためにも使用されることがある。ここはこの界の高等学院であり、下級クラスを全て終了した者のみが最後の仕上げの学習を行う。

他にもこの界域の各所にさまざまな種類の学校や研究所があり、それぞれに独自の知識を教え、数こそ少ないがその幾つかを総合的に教える学校もある。この都市にはそれが3つある。

そこへは“地方校”とでも呼ぶべき学校での教育を終えた者が入学し、各学校で学んだ知識の相対的価値を学び、それを総合的に理解して行く。この組織は全世界を通じて一貫しており、界を上がる毎に高等となって行く。

つまり低級界より上級界へ向けて段階的に進級していく組織になっており、1つ進級することはそれだけ霊力が増し、且つその恩恵に浴することが出来るようになったことを意味する。

教育を担当する者はその大部分が1つ上の界の霊格を具えた者で、目標を達成すれば本来の界へ戻り、教えを受けた者がそのあとを継ぐ。その間も何度となく本来の上級界へ戻っては霊力を補給する。かくて彼らは霊格の低い者には耐え難い栄光に耐えるだけの霊力を備えるのである。

それとは別に、旧交を温めるために高級界の霊が低級界へ訪れることもよくあることである。その際、低級界の環境条件に合わせて程度を下げなければならないが、それを不快に思う者はまずいない。そうしなければ折角の勇気づけの愛の言葉も伝えられないからである。

そうした界より地上界へ降りて人間と交信する際にも、同じく人間界の条件に合わさねばならない。大なり小なりそうしなければならない。天界における上層界と下層界との関係にも同じ原理が支配しているのである。

が同じ地上の人間でも、貴殿の如く交信の容易な者もあれば困難なるものもあり、それが霊性の発達程度に左右されているのであるが、その点も霊界においても同じことが言える。

例えば第3界の住民の中には自分の界の上に第4界、第5界、あるいはもっと上の界が存在することを自覚している者もおれば、自覚しない者もいる。それは霊覚の発達程度による。

自覚しない者に上級界の者がその姿を見せ言葉を聞かせんとすれば、出来るだけ完璧にその界の環境に合わさねばならない。現に彼らはよくそれを行っている。

もとより、以上は概略を述べたに過ぎない。がこれで、一見したところ複雑に思えるものも実際には秩序ある配慮が為されていることが判るであろう。地上の聖者と他界した高級霊との交わりを支配する原理は霊界においても同じであり、さらに上級界へ行っても同じである。

故に第10界の吾々と、さらに上層界の神霊との交わりの様子を想像したければ、その原理に基いて推理すればよいのであり、地上において肉体をまとっている貴殿にもそれなりの正しい認識が得られるであろう。

– 判りました。前回の話に出た第10界の都市と田園風景をもう少し説明していただけませんか。

よかろう。だがその前に“第10界”という呼び方について一言述べておこう。吾々がそのように呼ぶのは便宜上のことであって、実際にはいずれの界も他の界と重なり合っている。

ただ第10界には自ずからその界だけの色濃い要素があり、それをもって“第10界”と呼んでいるまでで、他の界と判然と区切られているのではない。天界の全界層が一体となって融合しているのである。

それ故にこそ上の界へ行きたいと切に望めば、いかなる霊にも叶えられるのである。同時に、例えば第7界まで進化した者は、それまで辿ってきた6つの界層へは自由に往き来する要領を心得ている。

かくて上層界から引きも切らず高級霊が降りて来る一方で、その界の者もまた下層界へいつでも降りて行くことが出来るのであり、そのたびに目標とする界層の条件に合わせることになる。又その界におりながら自己の霊力を下層界へ向けて送り届けることも出来る。

これは吾々も間断なく行っていることであって、すでに連絡の取れた地上の人間へ向けて支配力と援助とを放射している。貴殿を援助するのに必ずしも第10界を離れるわけではない。もっとも、必要とあらば離れることもある。

– 今はどこにいらっしゃいますか。第10界ですか、それともこの地上ですか。

今は貴殿のすぐ近くから呼びかけている。私にとってはレンガやモルタルは意に介さないのであるが、貴殿の肉体的条件と、貴殿の方から私の方へ歩み寄る能力が欠けているために、どうしても私の方から近づくほかはないのである。

そこでこうして貴殿のすぐそばまで近づき、声の届く距離に立つことになる。こうでもしなければ私の思念を望みどおりには綴ってもらえないであろう。では、私の界の風景についての問いに答えるとしよう。最初に述べた事情を念頭に置いて聞いてもらいたい。では述べるとしよう。

都市は山の麓に広がっている。城壁と湖の間には多くの豪邸が立ち並び、その敷地は左右に広がり、ほとんどが湖のすぐ近くまで広がっている。その湖を舟で一直線に進み対岸へ上がると、そこには樹木が生い繁り、その多くはこの界にしか見られないものである。

その森にも幾筋かの小道があり、すぐ目の前の山道を辿って奥へ入ってゆくと空地に出る。その空地に彫像が立っている。女性の像で天上を見上げて立っている。両手を両脇へ下げ、飾りのない長いローブを着流している。この像は古くからそこに建てられ、幾世紀にも亘って上方を見上げて来た。

が、どうやら貴殿は力を使い果たしたようだ。この話題は一応これにて打ち切り、機会があればまた改めて述べるとしよう。その像の如く常に上方へ目を向けるがよい。その目に光の洗礼が施され、その界の栄光の幾つかを垣間みることができるであろう。†

■2021年6月2日UP■
超久々に霊団最接近の「ブゥン!ブゥン!」という振動音を霊聴に聞きましたが、その意味は…(祈)†
霊団が犠牲を払って地上圏に降下するのには“理由”があります(祈)†だいぶ前にこのようなブログを書いた事がありますが、ここで説明している「ブゥン!ブゥン!」という、霊団が僕の肉体に最接近した時に聞こえる高速振動音を今日再び霊聴に聞きました。ずっとそれが霊聴に響き続けていたせいで寝不足にさせられて正直カチンと来ていますが、この霊団最接近の意味は過去ブログでも「祝福」か「慰め」だと書いていますが、今回は間違いなく悪い方の意味だと予測します…続きを読む→
■2021年2月10日UP■
僕がこの8年間、霊団から強制的に見させられている最悪映像について説明してみます(祈)†
行動には動機がある、と公言し続けていますね。霊団はもちろん僕が刑務所映像を嫌がっている事を把握しています。しかし僕にこれだけ憎まれても見せ続けてくるのには理由、動機があるという事になります。その動機こそ他でもない「宇宙一のバカ」強姦殺人魔、明仁、文仁、徳仁、悠仁を死刑に追い込み奴隷の女の子たちを救出するため、もっと言えば、物質界に長らくはびこる邪悪、この「大量強姦殺人容認システム」とも言うべき仕組みを完全に破壊する、つまり、この大願悲願を成就させるためには霊の道具(アキトくん)にブログを書かせ続けねばならない(あと情報拡散もやらせねばならない)我々はインスピレーション(つまりブログネタ)は降らせる事ができる、が仕事の舞台は物質界なので、物質界に残した道具(アキトくん)がブログを書く時間を確保せねばならない、アキトくんがこの仕事を嫌がっているのは承知しているが、アキトくんがデザインの仕事に戻ってしまったら(ブログDreamworkでも説明していますようにデザインの仕事は大抵都内で通勤時間が往復3時間以上かかり、さらにデザインの仕事は残業が多いので)ブログを書く時間が消滅してしまう…続きを読む→
■2021年1月17日UP■
■アナログ絵316UP、ピーチピチ(佳子)の真実の母親「吉井園(よしいその)さん」です(祈)†
皆さまお分かりの事と思いますがピーチピチ(佳子)は文仁、紀子の娘ではありません「吉井園さんの娘」です。吉井園さんとピーチピチがあまりにもそっくりだったため(母娘なんだから似てて当然なのに)文仁が自分の赤ちゃんドロボーが国民に露呈するのを恐れて吉井園さんを強姦殺人したのです。文仁がピーチピチ(佳子)を盗んだ理由は「S〇X」です。この文仁こそ三千余年の人類創世の歴史始まって以来の究極無二のバカであり、天皇一族の滅亡の直接原因は他でもないコイツなのです。正真正銘のS〇Xバカなのです。はい、まずは絵の中に説明テキストを掲載しましたように、吉井園(よしいその)さんはピーチピチ(佳子)の真実の母親です。現在の「イエス様ハンドリング」霊的使命遂行ごく初期の頃に吉井園さんについて触れた事がありますが…続きを読む→

法律事務所からの返事がなく、復刊のめどが未だに立たない状態での作業が続いています。テキストさえそろっていれば、AffinityPublisherへ流し込むのはだいぶ早くできるようになりました。電子書籍データの作成もそんなに難しいものではなさそうです、docxを制作するだけですので。

いちばん大変なのはOCR変換テキストの見直しなのです。これがまだ60冊近く残されています。現在「シルバーバーチの霊訓3巻」の見直し中ですが、とにかく時間がかかる。しかし新規の霊言が降ってこない以上やるしかない。フラーを描きたい衝動に苦しめられていますが今はこれをやるよりしょうがない。フラーをどれだけ描いても脱出につながりませんので。

霊団が、現在の僕の最悪の状況がペナルティであるようなニュアンスの事を言ってきてます。あぁそぉですか、そいつぁーおめでたい。自分の人生を破壊されても努力している人間をイジメるのがあなたたちの仕事ですか。んまぁご立派だこと。これだけヒドイ目に遭わされれば普通ならとっくに使命遂行やめているはずです。

っとと、このお話は深いレイヤーになってしまうので一旦止めて作業続行させましょう。イエスの少年時代、イエスの成年時代、イエスの弟子達、この3巻もデータ化を完了させましょう。そしてOCR変換テキストの見直しをガンバらないと、これが最大の障壁(祈)†

インスピレーションを読み返してますが、とにかく最悪がやってくるのです(祈)†■2022年3月2日UP■
インスピレーションを読み返してますが、とにかく最悪がやってくるのです(祈)†
この10年の努力は一体何だったのか。霊団におべっか使っていれば違う結末になったのか。霊界にはウソが存在しない事を知識として理解していたから僕は常に正直にブログを書いてきた。ウソを並べ立てて霊団を褒め称えておけば閉じ込められずに済んだとでもいうのか。1億歩譲って僕の事は仕方ないとしても、奴隷の女の子を全く助ける気がないというのは一体どういう事なのか。そもそも奴隷の女の子の存在を教えてきたのは霊団だ。教えてきたのに助けるつもりがない、ではなぜももちゃんの事を僕に教えてきたのか。ただの冷やかしだったのか。僕は「正直者がバカを見る」の状態にさせられます。真面目に使命遂行を続けてきた結果がこれですか。本当におもしろい…続きを読む→
「もうごまかしきれません」視点外しの洗脳はもう通用しないという意味です(祈)†■2022年1月12日UP■
「もうごまかしきれません」視点外しの洗脳はもう通用しないという意味です(祈)†
メディアと僕、皆さまがどちらを信じるかは皆さまの「理性、良心」にお任せ致しますが、霊団によると皆さまはメディアのウソ情報より僕のブログの方を信じて下さっているようにお見受け致します。とにかく「宇宙一のバカ」強姦殺人魔、明仁、文仁、徳仁、悠仁の邪悪の正体の情報拡散を徹底的に続行し、完全に全国民周知の事実とする事で明仁、文仁、徳仁、悠仁の「退路」を断ちましょう。言い訳できなくするという事です。そして確実に滅亡させて世界に向けて胸を張って堂々と結果報告ができるようでなければなりません。どこか他の国の人がこの仕事をやってくれるのではありません僕たち日本国民の仕事です。その部分の自覚は持つべきでしょう…続きを読む→
「コイツらだけは絶対許さない」強姦殺人魔、天皇一族に対する皆さまの思念です(祈)†■2021年11月10日UP■
「コイツらだけは絶対許さない」強姦殺人魔、天皇一族に対する皆さまの思念です(祈)†
「この強姦殺人魔どもに対してこれ以外の感情が湧くというのであれば、どういう事なのか説明してもらいたい」という事になります。人間としてこれ以上当たり前の感情はないという意味です。その当たり前の感情がなぜこれほど長い年月にわたって公の場で語られる事が無かったのか、それが「洗脳」と「脅迫」と「視点外し」という事になると思います。まず「洗脳」ですが、世界中の強姦殺人魔は総じてメディアを牛耳っています。そのメディアを駆使して徹底的に自分が善人で国民に人気があって親しまれているという趣旨のニュースを休みなく流しまくり認識を捻じ曲げ続けてきます…続きを読む→

こちらのテスト印刷書籍はテスト1発目で本の作り方もAffinityPublisherの使用法も全く何も分かっていなかった時の制作で、そこらじゅう穴だらけでとてもこのままでは使えませんので新たに作り直しているところです。テキストはありますのでそれを流し込んで、あとは表紙と復刊者コメントを用意すれば書籍完成となります。

その勢いを止めずにそのまま「イエスの成年時代」「イエスの弟子達」も一気に書籍化してしまいましょう、さらに電子書籍データも作成してしまいましょう。1秒たりとも止まっている時間はない。止まる理由がない。

Amazonでペーパーバック、電子書籍というカタチで復刊させるつもりで全ての作業をおこなっていますが、著作権問題とAmazonガイドラインというふたつの問題が障壁となって復刊が実現しない可能性もやはり残念ながら高いのではないかと見ています。

そうなると最悪ストーリー「同人で出す」という事になってしまいます。しかしこの同人のアイデアは脱出こそできませんが本を作るという意味では限りなく自由で、イヤでどうしようもない最悪の場所から1歩も出られない事を別の方法で解決さえできれば、復刊本を自由に楽しくジャンジャン作れる事になります。その別の方法がないんですけども…。

4ヶ所目の法律事務所からの返信はありません、たった今5ヶ所目にメールしました。なぜここまでやるかと言えばおーふぁん回避という事です。おーふぁんをやりたくないんです。著作隣接権者と連絡が取れればおーふぁんを回避できるのでしつこくメールを出し続けているのです。

霊団から相当に絶望的な事を言われています。普通だったらそんな事言われたらもう何もやる気がなくなる、もう使命遂行なんかどうでもよくなる、そういうレベルのヒドイ事を言われています。人生を破壊されてもここまでやっている人間に対して、どういう神経ならそういうセリフが吐けるというのか、もう人格を疑いますよ。とにかく作業だけは続行中「感情と手は別レイヤー」(祈)†
「J9」アナログ絵123に描いたゴールに到達するという意味だと信じたいですが(祈)†■2022年6月22日UP■
「J9」アナログ絵123に描いたゴールに到達するという意味だと信じたいですが(祈)†
そして仕事を休んで遠くの会場まで足を運ばされ、訳の分からないトランスの真似事のようなものを集団でやらされて(今にして思えば僕の回りにいた連中はみんな僕を信者にするためのグルメンバーだったのかも知れませんが)僕はそもそも宗教臭の漂うモノが大キライ、頭にきて頭にきてもうガマンできなくて途中で帰ってしまったのです。これは霊関連書籍に精通しておられる方なら理解できる事と思いますが、要するに霊団が「僕をそういうところ(いかがわしい宗教)から遠ざけて真っ当な霊的活動をさせるためにわざとそこに行かせてキライにさせた」という事なのですが、そうと分かっていてもあの体験は人生最悪でした。もう死んでも行きたくありません…続きを読む→
「私たちは始まっている頃に殺されました」何と「100の光の霊団」に関するメセです(祈)†■2022年7月20日UP■
「私たちは始まっている頃に殺されました」何と「100の光の霊団」に関するメセです(祈)†
【神】から神性の火花を賜って個的存在を獲得した僕たち人間は「永遠の存在であり死はありません」僕たち人間は物質界生活後も霊界で霊的表現媒体をまとって永遠に生き続けるのです。その永遠の人生の中のホンの一瞬である物質界生活中に善いおこないをするか悪いおこないをするかによって、その後の人生に天と地ほどの差が生じます。皆さま、このふたりの人間、どちらが【かしこい】と思われますか。先ほど、王の生活をうらやましいと思う事が、霊的知識の無知から導き出される愚劣の極致の発言と書きました。近視眼という事です。どちらの人生が僕たちの歩むべき人生だと思いますか。もっと言いましょう【神】は僕たち子等に、どちらの人生を歩んでもらいたいと望んでおられると思いますか…続きを読む→