■2013年11月6日にUPしたブログ「現在の僕の霊的状況と全く同じストーリー」

イエス様の怒涛の連続顕現により、霊的知識普及というあまりにも責任重大な使命を賜って以降の僕の“霊的状況”を、ブログ・ツイッターで随時チェックして正確に把握しておられる方は殆どいらっしゃらないでしょうが、前ブログでも書いたように現在の僕は“正反対の極致中の極致”という状況に立たされています。
そして実は、その現在の僕の霊的状況に酷似した、ある“ストーリー”が実際にあるのです。それは僕も持っている、新スタートレック・DVDボックス全7巻の中の第5巻に収録されている『超時空惑星カターン』というストーリーです。この内容はまさに!まさに!現在の僕がおかれている霊的状況にピタリ一致するものなのです。
軽く内容を紹介しますと、エンタープライズ号がある未踏地域を調査していた時、未確認の人工衛星を発見し、それを調査中に艦長のジャンリュック・ピカードが人工衛星からある“チカラ”を受けて失神してしまい、艦内で数分間意識不明の状態になってしまうが、ほどなく意識が戻る。しかし実はその数分の間に、ピカード艦長は本来の自分とは全く別の人生を数十年間も送っていた…というものなのです。
その人工衛星は、実は当の昔に絶滅してしまった「カターン」という惑星に暮す人類が、自分たちの存在を後世に残すために打ち上げたもので、ピカード艦長の肉体は数分間艦内で倒れただけですが、精神はその人工衛星のチカラによって絶滅前のカターンに飛ばされ、カターンの人々との共同生活を余儀なくされてしまうのです。
その生活を通じて、カターンの人々はピカード艦長に自分たちの暮しや文化を深く理解してもらおうとしたのですが、ピカード艦長にしてみれば、いきなり現実から突き放されて、自分が望まない惑星での生活を強いられてしまい、なんとか元の現実(エンタープライズ号)に戻ろうとあらゆる手を尽すのですが、カターンの人々との暮しが何年も続く中で、徐々にその本来の自分ではない状態を受け入れざるを得なくなっていく…おおまかにそんな感じのストーリーなのです。
このピカード艦長の、いきなり本来の自分の場所であるエンタープライズからカターンに飛ばされ、全く別の文化圏での生活を余儀なくされ、エンタープライズ号に戻りたいのに戻れず、本来の自分を取り戻そうともがくその姿が、まさに現在の僕の霊的状況そのままなのです。
僕は幼少の頃からずっと絵に関わって生きてきました。成人後もデザイン関係の仕事を転々としスキルを磨きながら、いつか自分の作品を徹底的に満足できるまで描きまくりたいという願望を常に心の底に抱き続けていました。そして、普通の男性なら誰もが抱くであろう全うな願望…素敵な女性と結婚して幸せな家庭を築く、という人生のルートを選ばずに、Dreamwork(ドリームワーク)と称した画家としての苦難のルートを選び、果てしない山へのアタックと高負荷の作品描画の生活へと突入していったのです。その道を選ばなければ描き続けられなかったからです。そうやって現在の僕の“人格”が形成されていったのです。
そのこれまでの歩みを全て無かった事にして、完全に絵から離れて全く別の人生を1から歩まねばならなくなる、現在の僕もまさにそういう状況な訳です。この「カターン」のDVDを観ていた時、僕は涙が流れっぱなし、鼻水が垂れっぱなしでした。モニタ内のピカード艦長が完全に自分と重なって、心をえぐられるような思いがしたからです。
そのストーリーでは、本来の自分に戻ろうと必死にもがくピカード艦長を、妻や(本当の妻ではないのですが)街の人々が暖かく支える事で徐々にピカード艦長の心がエンタープライズから離れていき、ついにはその妻と子供をもうけ、孫まで出来ておじいちゃんとなって行き、家族に囲まれて人工衛星の打ち上げを見つめるのでした。
泣きました、僕は最高に泣きました。僕もこうやって今まで自分の全存在をかけて追求してきた“絵”の事を忘れて、今の自分と全然別の人生を受け入れていくのか…そう思うと涙が止まりませんでした。実は“フランス人の女性と結婚する”というインスピレーションを既に2回受取っています。そうです、僕にとって「フランス」という国は「カターン」という惑星そのものなのです。
僕はそのルートを選ばずに“闘い”のルートを選択したからこそ現在の人格に到達している訳です。それを何が悲しくて“棄てた選択肢”に戻らねばならないのでしょう?僕には結婚の意志はないのです。それでもその道を進めというのですか?これほどまでに僕が望まないルートを進めというメッセージが降って来るのは、きっと“霊媒”としての仕事をするためには横に誰かがいなければならない、そういう事なのではないか?(シルバーバーチ霊のホームサークルのように)そんな風に思ったりもするのです。
もし、もし僕がこれまで公言しまくってきた霊的事象に興味を持って下さる方がいたとしたら、もしよければ、この『超時空惑星カターン』というストーリーをご覧になって頂きたいと思います。僕が抱くこの気持を100%理解は出来なくても、多少なりとも僕が突入している“正反対”の状況の雰囲気だけでも味わって頂けるのではないかと思うのです。
そんな、僕がどうしても棄てたくない、僕という存在そのものと思っている“絵”について、数日前こういうツイートをしました。少し紹介します↓
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ブログ書く時間がないのでツイートします。仏語学習の“不満”を抑える方法、僕にはこれしかないと思うんです。“絵”に戻る事。ただし以前のようなデジタル作品は描き上げるのに多大なパワーを要しますので学習に支障が出ます。なので作品のクオリティは落ちますが紙とペンでアナログ絵を描こうと→
→これなら仏語学習と平行して出来るかも知れません。1日1時間、必ず紙に向って絵を描く事であの不満と怒りを静めつつ勉強を続行できるのではと思うのです。大きい紙とボードを新規購入、到着次第チマチマ描き始めようかなと。ただ僕の作品の真骨頂である“色彩表現”がアナログ絵では→
→一切出来ませんのでかえってフラストレーションがたまる可能性もありますが。もう1年以上描いてませんので描き切れるか分りません。しかし、しかし、ご意思に従う事は最高レベルに難しいのです。フランス語の勉強、激しい不満と怒りを生み、そして“つまんない”のです。画家に戻りたいのです(祈)
アナログ絵に戻るための大きな紙、机に置く木のボード到着。早速シャーペンを手にとって、でも時間がなかったのでホンのちょっとだけ描いたんです。本当にちょっとだったのに、その夜のインスピレーションで“延期”のメッセージを受け取ったのでした。きっと使命遂行と帰幽が延期と言う事でしょう→
→少しラフ線を描いただけでそんなメッセージが降って来る…イエス様及び背後霊団は何が何でも僕を絵から離して別人格に書き換えようとするのです。神のご意思を遂行する“道具”として僕を使用する意図は理解してます。しかしそのご意思を受けて僕は寝袋の中で再び怒りの念に襲われるのでした(祈)
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僕の心の願望と正反対のフランス語の勉強を続けるのがどうしても苦しくて、どうしても絵に戻りたくて、でもデジタル作品にも戻れなくて、苦肉の策でアナログ絵に戻るというアイデアを実行に移した訳ですが、その時描いたのは本当にちょっとだけ、時間が無かったのでシャーペンで本当に!本当に!ちょこっと線を描いただけなんです。それだけで紙を仕舞い、お酒を飲んで寝たのです。
そんなちょこっと線を描いただけなのに、その夜の睡眠と覚醒の中間状態(トランス)の時に“延期”というインスピレーションが降ってきて「こんなちょっとも描かせてもらえないのですか!」と、僕は寝袋の中で猛烈な怒りに打ち震えてしまったのでした。目を閉じたままで足をばたつかせ、上体を何度もよじって無駄な抵抗をしてしまうのでした。
どれだけ書いても理解して頂けないのかも知れませんが、現在の僕は「霊的知識普及」というあまりにも重大すぎる使命を遂行するために、これほどまで今までの自分と違う自分になるように、イエス様、及び背後霊団の方々にこれでもか!これでもか!と徹底的に言われ続けている訳です。しかしそれがそんな簡単に出来るはずが無いという事を、上記に紹介したDVDで理解して頂けたら嬉しいのですが…(祈)
“5月に移住”と思われる(しっかり読む事ができませんでした)インスピレーションも受取っています。来年のゴールデンウィークあたりでしょうか。まだまだ現在の環境に閉じ込められて勉強を続けなければならないのかと思うとうんざりしてしまいますが、移住したところで状況が好転する訳ではないのです。
まだ決定ではありませんがパリに移住するとしましょう。パリの新進気鋭の画家・芸術家たちの活躍を横目に見ながら、僕は画家を名乗っていながら絵を1ミリも描かずに、自分の心と正反対の行動をとり続けなければならない訳です。人それを“拷問”というのですよ。人それを“地獄”というのですよ。イエス様、霊団の方々に対して無礼な発言である事は重々承知しているのですが、どうしてもこれが僕の本心なのです。
2012年12月16日で帰幽完了してとっくに地上を去っていたはずの僕が、こうも厳しい追加試練を地上で果たさねばならなくなってしまった…この霊的事実を(今までも何度となく公言してきましたが)一人でも多くの方々に理解して頂きたいというのが僕の希望です。その理解のためにも基本的な霊的知識、霊的真理に触れる事が何よりも大切です。
僕の苦しみはともかくとして、皆さんの生活のどんなシーンにも必ず役立つ、何よりも大切な霊的知識を霊関連書籍を通じて得て頂きたいと思います(ブログ“「霊」関連書籍の総括”参照)そして、僕がこの苦しみを乗り越えて霊媒としての仕事を開始し、フランスと日本に“新時代の霊言”をもたらす事が出来る事を願ってやみませんが、その道のりは僕の心と正反対の極みであり、僕などという男にそんな仕事が務まるのか、現状では100%断言できません。
長文ブログ、読んで下さった方、感謝致します。僕がこの使命を果たしきれず、霊言を地上にもたらす事ができなかったら申し訳ありません。それが僕という人間の限界点だったと笑ってやって下さい。この使命、過酷の極みですが、僕なりに出来るところまではやってみるつもりです(祈)

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