【9/18】霊関連書籍の内容の抜粋です(祈)†『ベールの彼方の生活④』【3 キリストについての認識の浄化】【1919年3月18日 火曜日】

アナログ絵326_3

—–8章3
『ベールの彼方の生活④』【3 キリストについての認識の浄化】【1919年3月18日 火曜日】前回はキリストについて語り、キリスト教徒がそうと思い込んでいるものより大きな視野を指摘しました。今回もその問題をもう少し進めてみたいと思います。実は吾々キリスト教界を担当する霊団は→

『ベールの彼方の生活④』→いよいよ地球に近づいた時点で一旦停止しました。吾々の仕事の様々な側面をいっそう理解するために、全員に召集令が出されたのです。集合するとキリスト自らお出ましになり、吾々の面前でその形体をはっきりお見せになりました。中空に立たれて全身を現されました。

『ベールの彼方の生活④』その時の吾々の身体的状態はそれまで何度かキリストが顕現された時よりも地上的状態に近く、それだけにその時のキリストのお姿も物的様相が濃く、また細かいところまで表に出ておりました。ですから吾々の目にキリストのローブがはっきりと映りました。

『ベールの彼方の生活④』膝のところまで垂れておりましたが、腕は隠れておらず何も付けておられませんでした。吾々は一心にそのローブに注目しました。なぜかと言えば、そのローブに地上の人間が様々な形で抱いているキリストへの感情が反映していたからです。それがどういう具合に吾々に→

『ベールの彼方の生活④』→示されたかと問われても、それは地上の宗教による崇拝の念と教理から放出される光が上昇してそのローブを染める、としか言いようがありません。言わば分光器のような働きをして、その光のもつ本質的要素を分類します。それを吾々が分析してみました。

『ベールの彼方の生活④』その結果分かった事は、その光の中に真の無色の光線が1本も見当たらないという事でした。いずれもどこか汚れており、同時に不完全でした。吾々はその問題の原因を長期間かけて研究しました。それから、いかなる矯正法をもってそれに対処すべきかが明らかにされました。

『ベールの彼方の生活④』それは荒療治を必要とするものでした。人間はキリストからその栄光を奪い取り、代って本来のものでない別の栄光を加える事をしていたのです。が加えられた栄光はおよそキリストにふさわしからぬ“まがいもの”でした。やたらと勿体ぶったタイトルと属性ばかりが目につき、→

『ベールの彼方の生活④』→響きだけは大げさで仰々しくても、内実はキリストの真の尊厳を損なうものでした。【例を挙げていただけませんか。】キリスト教ではキリストの事を神(ゴッド)と呼び、人間を超越した存在であると言います。これは言葉の上では言い過ぎでありながら、その意味においては→

『ベールの彼方の生活④』→なお言い足りておりません。キリストについて2つの観点があります。1つの観点からすれば、キリストは唯一の絶対神ではありません。至尊至高の神性を具えた最高神界の数ある存在のおひとりです。父と呼んでいる存在はそれとは別です。それは人間が思考しうる限りの→

『ベールの彼方の生活④』→究極の実在の表現です。従って父はキリストより大であり、キリストは父に所属する存在であり神の子です。しかし別の実際的観点からすれば、吾々にとってキリストは人間が父なる神に帰属させているいかなる権能、いかなる栄光よりも偉大なものを所有する存在です。

『ベールの彼方の生活④』キリスト教徒にとって最高の存在は全知全能なる父です。この全知全能という用語は響きだけは絶大です。しかしその用語に含ませている観念は、今こうして貴殿に語っている吾々がこちらへ来て知るところとなったキリストの真の尊厳に比べれば貧弱であり矮小です。

『ベールの彼方の生活④』その吾々ですらまだ地上界からわずか10界しか離れていません。本当のキリストの尊厳たるや、果たしていかばかりのものでしょうか。キリスト教ではキリストは父と同格である、と簡単に言います。キリスト自身はそのような事は決して述べていないのですが、→

『ベールの彼方の生活④』→さらに続けてこう言います―しかるに父は全能の主である、と。ではキリストに帰属すべき権能はいったい何が残されているのでしょう。人間はまた、キリストはその全存在をたずさえて地球上へ降誕されたのであると言います。そう言っておきながら、天国の全てを→

『ベールの彼方の生活④』→もってしてもキリストを包含する事はできないと言います。こうした事をこれ以上あげつらうのは止めましょう。私にはキリストに対する敬愛の念があり、畏怖の念をもってその玉座の足台にひざまずく者であるからには、そのキリストに対して当てられるこうした→

『ベールの彼方の生活④』→歪められた光をかき集める事は不愉快なのです―たまらなく不愉快なのです。そうした誤った認識のために主のローブは全く調和性のない色彩のつぎはぎで見苦しくなっております。もしも神威というものが外部から汚されるものであれば、その醜い色彩で主を汚してしまった→

『ベールの彼方の生活④』→事でしょう。が、その神聖なるローブが主の身体を守り醜い光をはね返し、それが地球を包む空間に戻されたのです。主を超えて天界へと進入する事態には至らなかったのです。下方へ向けて屈折させられたのです。それを吾々が読み取り、研究材料としたのです。

『ベールの彼方の生活④』吾々に明かされた矯正法は、ほかでもない、“地上的キリストの取り壊し”でした。まさにその通りなのですが、何とも恐ろしい響きがあります。しかしそれは同時に、恐ろしい現実を示唆している事でもあります。説明しましょう。建物を例にしてお話しすれば、→

『ベールの彼方の生活④』→腕の良くない建築業者によって建てられた粗末なものでも建て直しのきく場合があります。全部取り壊さずに建ったまま修復できます。が一方、全部そっくり解体し、基礎だけを残して全く新しい材料で建て直さなければならないものもあります。

『ベールの彼方の生活④』地上のキリスト観は後者に相当します。本来のキリストの事ではありません。神学的教義、キリスト教的ドグマによって“でっち上げられたキリスト”の事です。今日キリスト教徒が信じている教義の中のキリストは“本来のキリスト”とは似ても似つかぬものです。

『ベールの彼方の生活④』ぜひとも解体し基礎だけを残して、残骸を片づけてしまう必要があります。それから新たな材料を用意し、光輝ある美しい神殿を建てるのです。キリストがその中に玉座を設けられるにふさわしい神殿、お座りになった時にその頭部をおおうにふさわしい神殿を建てるのです。

『ベールの彼方の生活④』この事―ほんの少し離れた位置から私が語りかけている事を、今さらの如く脅威に思われるには及びません。この事は既に幾世紀にもわたって進行してきている事です。ヨーロッパ諸国ではまだ解体が完了するに至っておりませんが、引き続き進行中です。

『ベールの彼方の生活④』地上の織機によって織られた人間的産物としての神性のローブをお脱ぎになれば、天界の織機によって織られた王威にふさわしいローブ―永遠の光がみなぎり、愛の絹糸によって柔らか味を加え、天使が人間の行状を見て落とされた涙を宝石として飾られたローブを→

『ベールの彼方の生活④』→用意しております。その涙の宝石は父のパビリオンの上がり段の前の舗道に蒔かれておりました。それが愛の光輝によって美しさを増し、その子キリストのローブを飾るにふさわしくなるまでそこに置かれているのです。それは天使の大いなる愛の結晶だからです。 アーネル†

■2021年9月15日UP■
「いよいよ存在価値がなくなっていく」お分かりですね、明仁、文仁、徳仁、悠仁の事ですよ(祈)†
日航ジャンボ機を墜落させて自分たちの邪悪の正体を公言しようとした人間を一気に殺したのも、その他いくらでもある事と思いますが、それらの行動には全て「動機」があるという事になります。その動機こそ霊団が言ってきた「人生イコールS〇X」この言葉ひとつに集約されるのです。コイツらの人生の目的、行動の動機は「S〇X1本」です。幼い奴隷の女の子を「処刑遊び」で四肢切断、強姦殺人し続けるために全てのウソをついているのです。抵抗する術を知らない盗んできた(パレットから買ってきた)女の子たちをレイプし続けるために生まれてから死ぬまで自分の人生の全てをウソで塗り固めるのです。コイツらは何もかも全てがウソなのです。そこまでしてウソをつき続ける理由が「S〇Xを守るため」という事なのです…続きを読む→
■2021年9月11日UP■
「イエス様を最大の信奉とせず」これはスピリチュアリズム底流の大原則です(祈)†
これまで人類はイエス様はじめ世界中の宗教の創始者等を超人的ポジションに祭り上げおかしなラベル、呼び名を付けてその人物やラベルばかりを崇めて肝心の霊的知識つまり中身をなおざりにしてきました「キリスト教の2000年の長きに亘る人類の呪い」がまさにその典型であり、その失敗を2度と繰り返さないために霊界側は「スピリチュアリズム」を勃興させ、人々の関心の対象を「人物やラベル」から「霊的知識そのもの」へとシフトさせたという事。もし霊団側が僕という霊の道具を使用して霊的知識普及の仕事をする事があるのであれば、僕という霊媒から降る霊言は今回のインスピレーション「イエス様を最大の信奉とせず」にありますようにイエス様に注目を集めさせるのではなく霊的知識そのものに関心を集めさせるという意味…続きを読む→
■2021年9月10日UP■
■アナログ絵326「タワー展望ブリッジ」のストーリーUP。キツイ絵のオンパレードでした(祈)†
宇宙船クレスには「ふたつのブリッジ」が存在します。通常、ブリッジと言えば、艦長の守護霊様が指揮を執る、船の運行全般を司る「シップのブリッジ」の事を指しますが、もうひとつ、クレスで生活する人たちの生活全般の管理を仕事とした「タワーの展望ブリッジ」というものが存在します。今日は、ももちゃん、シルキーが展望ブリッジの見学にやってきました。これも霊的お勉強の一環です。シルキー「何コレ、タワー内の状況が全部1発で分かるようになってる」ももちゃん「人数がスゴイ、ホント、クレスって大きな船だよね」トライブ崎柿崎「たとえば今、この小学校で催し物のための新たなコンサートホールを思念で作っているところよ」シルキー「こ、こんな大きいのを作ってるんですか?」ももちゃん「でも何か、うまくいってないみたい」トライブ崎柿崎「小学校の子供たちが思念でモノを作るお勉強をしてるけど、子供たちだけではうまく作れないのよ、そういう時に、ホラ」…続きを読む→

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Posted by たきざわ彰人(霊覚者)