今シーズンのスノーシューアタックは開始当初から足に異常を感じていました。今までスノーシューが「重い」などとは感じた事もなかったのに今シーズンはスノーシューの重さが妙に足にダメージを与えていました。

そして先週からいよいよ身体の異常が顕著となり、両腕、両足がしびれるようになってしまいました。先週はそのしびれのせいでブログすら書けなかったのですが、今回の雪山では終始全身がしびれっぱなしの状態となりました。

両腕、両足、あばら、背中、後頭部、頭頂部、どこもかしこもしびれっぱなし。撮影のためにザックを下ろす事すらできず「これはどう考えてもムリだ」と早々に判断して慌ててUターンして駐車場に戻ろうとします。

雪の上を下っているだけですから身体の負荷など少ないはずなのに全身がしびれてまともに歩けない。「今日はゴールできないかも知れない」と本気で思いました。そして「帰幽」の空気を強く感じました。

全身しびれっぱなしですが痛みは全くありません。このまま意識が遠くなってそのまま帰幽するのかも知れないと思いながら下り続けます。残念ながら帰幽させてはもらえませんでしたが、しびれる足を引きずってギリギリゴール。着替えも地獄でしたが根性で済ませて速攻で車をスタート。

まだ日の出2時間前ですので真っ暗、道も空いているのでどんどん先を急ぎます。今日は登攀も少なかったので足のダメージは全然なく、現在、足も身体も軽いです。じゃあさっきのしびれは何だったんだ。霊団がスノーシューをやめさせようとしているとしか思えない。なぜやめさせる必要がある?意味不明。

本当に残念ですが今シーズンのスノーシューは今日をもって終了とし、来週以降は標高を下げて足からスノーシューを外します。マイッタナァ、スノーシュー大好きだったのにこんな事になるなんて。明日の長文ブログにて「しびれ」について少し書こうと思います。

正直言って今日感じた「帰幽」の空気感は実現してほしかった。あのフワフワの状態のまま意識を失って帰幽したかった。一体僕はいつまで苦しい状態に閉じ込められねばならないというのか。今日は全く撮影ができず最悪でした。来週以降、開き直って雪ではない撮影に集中します(祈)†

今週3回目の薬購入です、とんだ出費になってしまっていますが、万が一先週と全く同じ状況になったりしたらシャレなりませんので、先行防御で薬を手元に置いておく事としました。これで少なくとも「腕が痛くて撃てない」という状況だけは回避できるはずです。

復刊に向けての書籍データ制作続行中ですが、この作業をやってみたところでまるっきり脱出につながりませんので、もう脱出だけ個別に実行に移すしかないと思い始めています。というのも、もう身体的に限界値を突破しているからです。これ以上は絶対ムリ、現に先週から明らかに症状が現れています。これ以上耐えるのはムリです。もう霊団が何を言ってきても完全に無視して行動を起こす可能性が濃厚です。事実ムリなんだから。

さぁもう明日の山のアタック準備ですので今日の作業はココまでですが、一応「ベールの彼方の生活2巻」テキスト流し込み95%完成中。またキンドルファイヤーを使用して最終校正をおこない、表紙を描き、復刊者コメントを撃って印刷テストにもつれ込みます。

反逆(脱出)を掲げて一体何年が経過しているでしょう、その間、ありとあらゆるアクションを起こしてきましたが恐ろしい事にひとつたりとも脱出実現につながっていないのです。今回も霊団にいいようにやられる可能性がなくもないですが、もう精神論、理想論ではなく具体的に身体的症状に苦しめられているのですから脱出を決行するしかないのです。

もうこれ以上はムリ、絶対ムリ、今度という今度こそ脱出してみせる。その前にまずは雪山撮影に集中中(祈)†

「失われた10年を返せ」人生破壊、人権蹂躙の究極形、永遠に理解できないのです(祈)†■2022年3月30日UP■
「失われた10年を返せ」人生破壊、人権蹂躙の究極形、永遠に理解できないのです(祈)†
僕、たきざわ彰人は、全く違う人生を送るはずでした。「山を愛する“画家”・たきざわ彰人」として生涯1000作品を描く事を固く心に誓っていたのでした。しかし、壮絶な負荷を自分に課しての絵画作品の描画(一切手抜きをしなかったという事)そして山での果てしない修行によって肉体、精神の浄化が進んだからなのでしょうか、僕の人生は「霊性発現(2012年6月)」という想像だにしない展開に突入したのでした。自身の背後霊団の声が1日中霊聴に聞こえ始め、霊体のアチコチでスイッチがカチ、カチ、と入れられる感覚が走り、その後、猛烈な「法悦状態」に突入し、だいぶ長い間(正味6~8ヶ月くらいだったでしょうか)法悦の霊力が降り続け、僕はずっと鼻がキィィィン、頭、身体がフワァァァ、という状態で生活していたのでした…続きを読む→
「怒られる」とずっと霊団から言われ続けているのです。本末転倒の究極形(祈)†■2022年6月8日UP■
「怒られる」とずっと霊団から言われ続けているのです。本末転倒の究極形(祈)†
物質界での行いがそのまま帰幽後の霊界における境涯を決定します。善い行いをした者は幸福な美しい境涯(上層界)に、私利私欲に走り他人を傷つけた者は暗黒の惨めな境涯(下層界)に赴きます。「神の因果律」の働きにより機械的自動的にそうなるのです。物質界における邪悪発生の原因は「人間は肉体が死んだらそれで終わり」と思っている事に全て起因します。肉体の死後も霊界で人生が継続される事、物質界での行いの賞罰が寸分の狂いもなく自分に降ってくる、自分の行いに全て自分で責任を取らされるという霊的知識の基本中の基本を全く理解していない事から物質界の邪悪が発生しているのです。奴隷の女の子を強姦殺人し続け、国民に延々とウソニュースを流し続け、国民の宝物を搾取し続けたその先に、どれほどの地獄が待ち受けているか。それを全く理解していない事が全ての原因なのです…続きを読む→

1913年10月13日 月曜日

例のコロニーでの、あなたの喜びそうな体験をもう1つお話しましょう。私にとっても初めての体験で興味深いものでした。全体として1つのグループを形成している各種の施設を次々と案内して頂いていると、屋外パビリオンのようなものに出ました。

何本もの高い円柱の上に巨大なドームが乗っているだけで囲まれている内部に天井がありません。建物の周りについている階段から壇上に上がると、その中央に縦横3フィート、高さ4フィートばかりの正方形の祭壇が設けてあります。

その上に何やら日時計のようなブロンズ製の平たい板が立ててあり、直線やシンボル、幾何学的図形等がいろいろと刻まれてありました。その真上のドーム中央部に通路があり、そこから入って行くとその施設の器機の操作室に出るとの話でした。

私たちをその文字盤(と呼んでおきましょう)の周りに並ばせて案内の方はその場を離れてドームの天井へ上がり操作室へと入られました。何が起きるのか判らないまま私たちはじっとその文字盤を見つめておりました。すると様子が変化し始めました。

まず空気の色彩と密度が変わってきました。辺りを見ますと、さっきまでの光景が消え、円柱と円柱との間に細い糸で出来たカーテン状のものが広がっておりました。様々な色調の糸が編み合わさっています。それが見る見るうちに1本1本に分かれ、判然とした形態を整えていきました。

すっかり整え終わった時、私たちは周りを林によって囲まれた空地の中に立っておりました。そしてその木々がそよ風に揺れているのです。やがて小鳥のさえずりが聞こえ、木から木へと飛び交うきれいな羽根をした小鳥の姿が目に入りました。

林はなおも広がり美しい森の趣きとなってきました。ドームも消え、屋根のように樹木が広がっているところを除いては一面青空が広がっておりました。再び祭壇と文字盤に目をやると、同じ位置にちゃんとありましたが、文字盤に刻まれた図形やシンボルは祭壇の内部から発しているように思える明りに輝いておりました。

やがて上の方から案内の方の声がして文字盤を読んでみるようにと言われます。最初のうちは誰にも読めませんでしたが、そのうち仲間の中で1番頭の鋭い方が、これは霊界の植物と動物の身体を構成する成分を解説しているものですと言いました。

その文字盤と祭壇とがどのような関係になっているのかも明らかとなりましたが、それは人間の言語で説明するのはちょっと無理です。ですが判ってみるとなるほどと納得がいきました。そのあと案内の方が再び私たちのところへ来られ、その建物の使用目的を説明して下さいました。

ここの研究生たちが“創造”についての進んだ科学的学習を行うためには創造に使用される基本的成分について十分に勉強しておかねばならないようです。それは当たり前と言ってしまえば確かに当たり前の事です。

この建物は研究生が最初に学習する施設の1つで、例の文字盤は上の操作室にいる研究生が自分なりに考えた成分の組み合せやその比率などの参考資料が記されているのです。案内して下さった方はその道の研究で相当進んだ方で、さっきの森のシーンも同じ方法で拵えたものでした。

進歩してくると、その装置を使用しなくても思い通りのものが創造できるようになります。つまり1つずつ装置が要らなくなり、ついには何の装置も使わずに自分の意念だけで造れるようになる訳です。そこで私たちは、そうした能力が実生活においてどのような目的に使用されるかを尋ねてみました。

するとまず第1に精神と意志の鍛練が目的であるとの事でした。その鍛練は並大抵のものではなく大変な努力を要するとの事で、それが一通り終了すると次は同じくこの界の別のカレッジへ行って別の科学分野を学び、そこでもさらに多くの段階の修練を積まねばなりません。

その創造的能力が本当に自分のものとなり切るのは幾つもの界でそうした修練を経たのちの事です。その暁にはある1人の大霊、大天使、あるいは能天使(本当の呼び方は知りません)の配下に属する事を許され父なる宇宙神の無限の創造的活動に参加する事になります。その時に見られる創造の過程は荘厳を極めるとの事です。

お話を聞いた時はそれは多分新しい宇宙ないしは天体組織の創造 – 物的か霊的かは別として – の事かも知れないと考えたりしました。が、そんな高い界の事は現在の私たちにはおおよその概念程度の事しか掴めません。しかもそこまで至るには人智を絶した長い長い年月を要する事です。

もちろんそういう特殊な方向へ進むべき人の場合の話です。どうやらそこを訪れた私たち5人の女性にとっては、向上の道は別の方角にあるようです。でも、たとえ辿るべき宿命は違っても様々な生命活動を知りたいと思うものです。

全ての者が宇宙の創造に参加するとは限らないと私は思います。遥か彼方の、宇宙創造神の玉座に近いところには、きっと創造活動とは別に、同じく壮大にして栄光ある仕事があるものと確信しております。

芝生の外郭を通って帰る途中で、別の科学分野を学ぶために別のカレッジへ行っていた研究生の一団と出会いました。男性ばかりではありません。女性も混じっております。

私がその女性たちにあなた方も男性と同じ分野を研究しているのですかと尋ねると、そうですと答え、男性は純粋に創造的分野に携わり、女性はその母性本能でもって産物に円(まる)みをもたせる働きをし、双方が相俟って完成美を増す事になるという事でした。

もちろん完成美といってもその界での能力の範囲内で可能な限り美しく仕上げるという意味です。まだまだ天界の低地に属するこの界では上層界への進歩が目的であって、完璧な完成という事は有り得ないのです。やがて私たちはこの円形のコロニーの校長先生と出会ったところに帰り着きました。

– なぜそのお方のお名前を出されないのですか。

お名前はアーノルとおっしゃいます。少し変わったお名前で、地上の人間はとかく霊の名前に拘るので、出すのを控えていただけで他意はありません。霊の名前の由来はあなたには理解し難いのでこれ以後もただ名前を述べるに留めて意味には言及しない事に致します。

– そうですね。その方が回りくどい説明が省けていいでしょう。

そうなのです。でも私たちがこうして霊界の生活を説明する時の霊的情況の真相がもし理解できれば手間が掛るほど間違いが少ないという事が判って頂けると思います。例のアーノル様のコロニーでの私たちの体験と教訓を思い出して下さい。

– それにしても名前を出すという事がなぜそうまで難しいのでしょうか。難しいものであるという話は再三聞かされておりますが。

その難しさを説明するのがまた難しいのです。人間の立場から見れば何でもない事のように思えるでしょうけど。こういう説明ではどうでしょう。あなたもご存知の通りエジプト人にとっては神ならびに女神の名称には、頑迷な唯物主義の英語系民族(アングロサクソン)が考える以上に深い意味があったのです。

名前に何の意味があると言うのか – そう思われるかも知れませんが、私たち霊界人から観ると、そしてまた(こちらへ来てから得た資料で知ったのですが)古代エジプトの知恵から観ても、名前には大いに意味があるのです。

名前によってはそれを繰り返し反復するだけで現実的な力を発揮し、時には危害さえもたらすものがあります。地上にいる時は知りませんでしたが、こちらへ来てそれを知ったのです。

それで私たちは、あなたには多分愚かしく思えるかも知れませんが、“名前”という実在に一種の敬虔さを抱くようになるのです。最も物分かりの悪い心霊学者が期待するほどに霊界通信で名前が出てこないのは、それだけが理由ではありません。

こうして地球圏まで降りて来ますと、名前によっては単に口にしたり書いたりする事さえ、あなたが想像する以上に困難な事があるのです。その辺の事情は説明が難しいです。こちらの4次元世界の事情にもっともっと通じて頂かないと理解できないでしょう。

この“4次元”という用語も他に適当な用語が無いから使用しているまでです。では2、3の例を挙げてそれで名前の問題は終わりにしましょう。その1つは例のモーセが最高神の使者から最高神の名前を教えてもらった話(※)ですが、今日まで誰1人としてその名前の真意を知り得た者はおりません。

(※この説話は旧約聖書「出エジプト記3章」に出ているが、ステイントン・モーゼスの『霊訓』の最高指導霊インペレーター、実は旧約聖書時代の予言者マラキによると、これは紀元前130年頃の予言者、今で言う霊言霊媒チョムを通じて告げられたもので、その時の言葉は Nuk – Pu – Nuk 、英訳すれば I am the I am 、すなわち“私は有るがままの存在である”となり、宇宙の普遍的エッセンス、生命の根源をさすという – 訳者)

次はそれより位の低い天使がヤコブから名前を聞かれて断られています。アブラハムその他、旧約聖書中の指導者に顕現した天使は滅多に名を明かしておりません。新約聖書においても同じように殆どが“天使”と呼ばれているだけです。

名前を告げている場合、例えばガブリエルの場合(※)も、その深い意味は殆ど理解されておりません。(※同じく『霊訓』によると、ガブリエルは同じ大天使の中でも“守護救済”の任に当たる天使団の最高位の霊であり、ミカエルは悪霊・邪霊集団と“戦う天使団”の最高霊であるという – 訳者)

– ところであなたの名前 – そちらでの新しいお名前は何でしょうか。明かす事を許されているのでしょうか。

もちろん許されておりますが、賢明ではありません。明かした方がよければ明かします。でも差し当っては差し控えます。理由(わけ)はよく判って頂けなくても、あなたの為に良かれと思っての事である事は判って頂けるでしょうから。

– 結構です。あなたの判断にお任せします。

そのうちあなたにも判る日が来ます。その時は「生命(いのち)の書」(※)の中に記されている人々にいかなる栄光が待ち構えているかを理解されるでしょう。この書の名称も一考に値するものです。軽々しく口にされておりますが、その真意は殆ど、あるいは全然理解されておりません。

(※正式には Book of Life of the Lamb で「キリストの生命の書」。天国に召されるのを約束された聖人を意味するとされている – 訳者)ではあなたにもローズにもそしてお子たちにも、神の祝福のあらん事を。

ルビー(まえがき参照)が間もなく行けるようになると言ってちょうだい、と私に可愛らしく告げてます。“指図を書き留められる”ようになって欲しいなどと言ってますよ。まあほんとに無邪気な子ですこと。みんなから可愛がられて。ではさようなら。

「最後まで完成してる」僕から降らせる霊言の原稿が霊界側で既に完成しているそうです(祈)†■2024年1月3日UP■
「最後まで完成してる」僕から降らせる霊言の原稿が霊界側で既に完成しているそうです(祈)†
「霊的知識普及のための客寄せパンダ」というもので、霊団は試練の境涯である物質界から苦難の元凶(「宇宙一のバカ」大量強姦殺人魔、明仁、文仁、徳仁、悠仁)を取り除く事はしない。取り除いてしまったら物質界の存在意義(刑務所としての機能)が果たせなくなってしまうので邪悪は残し続けるが、霊的知識拡散のための「客寄せパンダ」としてこの強姦殺人魔どもを最大活用した、という事なのではないか。さらに言うと「神の因果律」の一環として、明仁、文仁、徳仁、悠仁、コイツらに徹底的に恥をかかせるという目的も含まれていたのではないかと僕は思っているのです。僕はこのバカヤロウどもはインペレーター霊の仰る「個的存在消滅」でイイと思っていますが霊界上層界の方々はそうは思っていなくて、何とかコイツらに反省させて進歩向上の糸口をつかませようとしているのかも知れない、それで大恥をかかせて心変わりをさせようとしているのかも知れない、なんて思ってみたりもするのです。そんなムダな努力する必要ネィだろ、コイツら(明仁、文仁、徳仁、悠仁)は絶対反省なんかできネィよ、人間失格なんだよ、霊の海に埋没して存在消滅すればイイんだよ(地獄より下という事)と僕は思うのですが上層界の方々は憐れみをもって眺めますのでそういう視点なのかも知れない…続きを読む→
■2020年6月10日UP■
TrailMovie「迫真の演技」強姦殺人魔、明仁、文仁、徳仁、悠仁がやはり泣いてごまかすつもりのようです。皆さま決してダマされないように(祈)†
幽体離脱時の映像ですが、えー何でしょうあれは、ゴジラみたいな着ぐるみを着た怪獣が現れます。この怪獣が強姦殺人魔、明仁、文仁、徳仁、悠仁という設定のストーリーだったのですが、霊体の僕がその怪獣に説明を求めます。「幼い女の子をレイプしまくり強姦殺人しまくってきた自身の大罪について釈明できるものならしてみて下さい」という感じに。するとその着ぐるみの怪獣は何も答えずただバタバタ暴れ出す、という映像でした。そして離脱帰還してトランスを維持していると「何も答えられない」と霊団が霊聴に響かせてきたのでした。何て事のないショートストーリーですが、この映像の中に明仁、文仁、徳仁、悠仁の「ガキっぷり」が如実に表れていますね…続きを読む→
■2021年9月3日UP■
「いい加減にしてくれジャマ」これはキリスト教の2000年の呪いという意味ではないでしょうか(祈)†
インスピレーション「いい加減にしてくれジャマ」の説明に戻ってみましょう。これはつまり霊界サイドは物質界に正しい霊的知識を普及させようとして、それこそ2000年前のイエス様の犠牲の降誕の時からイヤそれ以前からずっと仕事をしている訳ですが、キリスト教という呪いが物質界に蔓延してしまった事で霊的知識普及の大事業が遅れに遅らされてしまった。それを受けての霊界高級霊の方々の「我々には成すべき仕事が山のようにあるんだよ、そろそろジャマも本気でいい加減にしてくれ」という意味が込められているのではないかと僕は思ったのです…続きを読む→

ずっと身体がおかしいです。100%霊団がやってる事だと思ってますが現在またしても両腕がしびれている状態です。まだテキスト撃てますが、長文を撃つタイミングになったら痛くさせてきてまた何も書かせない状態にしてくる可能性が十分にあります。

イヤ、だからあんたたちは一体何がしたい人間なんだよ。使命遂行者の作業は徹底的に妨害してくるが物質界の邪悪には指1本触れようともしない。僕の身体をグチャグチャにしてまで、そこまでして邪悪を守り通そうとしてくるのか。

「ベールの彼方の生活2巻」AffinityPublisherへのテキスト流し込み80%完成中。苦しい作業をどれだけ続けても全く脱出につながらない、あとどれだけ努力したら僕は脱出できるんだ、このまま閉じ込められ続けるのは死んでも認めない。この人生が許せない。ひとつくらい結果らしい結果に到達させろ。いい加減にしてくれ(祈)†

※身体が全然元の状態に戻らない

こう書いても皆さまにはご理解頂けませんが、霊団が僕の頭をいじくりまわしてふらつかせてくるのは霊性発現初期の頃にありました「愛の試練、霊障イペルマルシェ」の変形だと思っています。本当に不愉快の極みでありムカついてしょうがないのですが、霊団はそれをやる事によって僕の頭の中を書き換えられるとでも思ってやがるのでしょうか。

実は次回長文ブログネタとなるインスピレーションがまたしても枯渇してまして、このまま行くようであれば先週の両腕の激痛を筆頭とした複数の異常について書き残そうかなぁと思っています。イヤ書き残すべきでしょう。そして僕は霊団との付き合いが長いです、コイツらの考えはだいたい分かってます。

またテキスト撃つ段階になって両腕をしびれさせて撃てなくさせてくる可能性もなきにしもあらずです。が今回はしびれさせられても撃ち切ってみせます、2週連続でやられてたまるか、死んでも撃ってやる。

で「行動には動機がある」ですから、霊団がなぜ腕を使えなくさせてくるかという理由ですが、これはずっと書き続けています、霊団が果てしなく僕に仕掛け続けてくる「スピードダウン」の「拷問版」といったたたずまいでしょう。性格悪すぎるんだよ、他の方法があるはずだろ。

「ベールの彼方の生活2巻」のテキストをAffinityPublisherに流し込んでいます。で、この先さらに作業が地獄のように続く訳ですから、自動化できるところは自動化させて自分で自分を助けないといけないという事で、AffinityPublisherには「セクションマネージャ」「目次作成」等の機能があり、それらを使いこなせるようになろうとしているのですが、どうにもセクションマネージャが使えない。どういう事なんだろう、よく分からないなぁ。結局手動でテキストを流し込んでいます。

「ベールの彼方の生活1巻」の書籍が手元に到着するのはまだ先、この待ち時間の間に2巻の作業をできるだけ進めておいて2巻も一気に印刷テストに持ち込みます。絶対止まらない。復刊、脱出を死んでもあきらめない。

そしてフラー26航行モード線画70%完成中。間もなく設定資料を描き始められそうです。フラーの新規デザインはもう遅れまくっていて正直どうしようかなぁと思っているところですが、それでも何でも描き続けています。さぁ次回長文テキスト撃ち、どうなる。腕をしびれさせてきてもやってやる(祈)†

「この道の方が正しかった」強姦殺人魔を滅ぼさない、人生破壊が正解という意味、断じて許せぬ(祈)†■2023年11月29日UP■
「この道の方が正しかった」強姦殺人魔を滅ぼさない、人生破壊が正解という意味、断じて許せぬ(祈)†
間もなく僕が公言している内容を一般の方々が恐怖に縮こまる事もなく暗殺の危機におびえる事もなく当たり前のように公言する時代がやってきます。なぜなら人々を永遠に脅迫で押さえつける事は絶対にできないからです。最終的には正義が必ず勝利を収めるようになっているのです。なぜなら僕たちの心には【神】がプレゼントして下さった「理性、良心」が具わっているからです。その理性、良心がイヤでも人々を正しい行動に駆り立て、遅かれ早かれ邪悪は滅ぼされるのです、単なる時間の問題です。ただ僕の希望としては「いつか皆さまも「宇宙一のバカ」大量強姦殺人魔、明仁、文仁、徳仁、悠仁の邪悪の正体を公言するようになる」のではなく、できれば今すぐに公言して頂きたい気持ちです。僕の使命遂行をご覧の方々の多くが「たきざわ彰人ガンバレ、強姦殺人魔をやっつけてくれ」と他力本願的に思っておられるかも知れませんが、イエイエ僕という人間には全く何のチカラもありません。社会は個人が集まってできています。ひとりひとりが行動を起こす事によって大きなムーブメントになっていきます…続きを読む→
「何であたしがこんな重荷を背負わなきゃいけないの?」シルキーが悪用されるという意味です(祈)†■2021年11月24日UP■
「何であたしがこんな重荷を背負わなきゃいけないの?」シルキーが悪用されるという意味です(祈)†
僕を殺して口を利けないようにしてからシルキーを盗む、という意味で間違いないものと思われます。この「家族の一員に」というのは「デ〇〇ニー」の事を言っているような気がしてなりませんが。つまりデ〇〇ニーが僕の反論がない状態でシルキーのキャラクターを完全に書き換え霊的意味を完全に抜け落ちさせ、シルキーが我々のキャラであると世界中を洗脳する作品を発表する事によって僕、たきざわ彰人の存在を世界中の人間の脳内から消させる、という意味ではないかと思われます。そしてトランス時に霊団が見せてきた映像で、シルキーが「何であたしがこんな重荷を背負わなきゃいけないの?」とすごいイヤそうにしていたのです…続きを読む→
「地上とのつながりがすでに無くなっていた」これは僕への最大級の脅し文句です(祈)†■2023年12月20日UP■
「地上とのつながりがすでに無くなっていた」これは僕への最大級の脅し文句です(祈)†
僕の予測ですが(これが正解だと思ってます、最悪の正解ですが)霊界側はもう何もしない、このまま僕を閉じ込め続ける事だけを考えている、交霊会も実は全然やる気がないのではないか、という気さえしています。事実全然やってないじゃないですか。インスピレーションだけを徹底的に降らせて、あとは僕にテキスト撃たせて拡散させる、それが霊界側としてはいちばんカンタン、ラク、消費パワーが少なくて済む、物質圏付近に降下する犠牲的作業をせずに済む、その霊界側にとって犠牲の少ない方法(インスピレーションのテキスト化)で十分に成果を上げているので、それで霊団は「ラクだから大好き大好き♪」とムカつく事を言ってくるのではないか、などと思ったりもするのです。霊界高級霊の方々が犠牲的降下をせずにインスピレーションという霊にとってのごく自然かつ通常の通信方法で仕事をおこなえる僕という「霊の道具」をできるだけ長く物質界に閉じ込めておケツひっぱたいてこき使うつもり、これが霊団側の真相なのではないか…続きを読む→

1913年 10月11日 土曜日

昨夜は時間がなくて簡単な叙述に終わってしまったので、今日は引き続きあのコロニーでの体験のいくつかを述べてみたいと思います。そこには色んな施設があり、その殆どは地上の人間で死後の世界について疑問に思っている人、迷っている人を指導するにはどうすれば1番効果的かを研究するためのものです。

昨夜お話した私たちの体験を比喩として吟味されれば、その中に託された教訓を膨らませる事ができると思います。さて、あのあと指導霊の一団の引率で私たちは既にお話した境界の外側へ出ました。

そこは芝生地ですが、それが途方もなく広がっているのです。そこは時おり取り行われる高級界の神霊の“顕現”する場の1つです。召集の通達が出されますと各方面からそれはそれは大勢の群衆が集合し、その天界の低地で可能な限りの様々な荘厳なるシーンが展開します。

そこを通り過ぎて行くうち次第に登り坂となり辿り着いたところは台地になっていてそこに大小様々な建物が幾つか立っております。その中央に特別に大きいのが立っており、私たちはそこへ案内されました。入ってみるとそこは何の仕切りも無いただの大きなホールになっております。

円形をしており周りの壁には変わった彫刻が施されております。細かく調べてみますとそれは天体を彫ったもので、その中に地球もありました。固定されているのではなく回転軸に乗っていて、半分が壁の中にあり半分が手前にはみ出ております。

その他動物や植物や人間の像も彫られていて、その殆どが壁のくぼみ、つまり“入れ込み”に置いてあります。尋ねてみますとそこは純粋な科学教育施設であるとの事でした。私たちはその円形施設の片側に取付けられているバルコニーに案内されました。

そこは少し出っ張っていますので全体が一望できるのです。これからそこの設備がどういう風に使用されるかを私たちのために実演して見せて下さる事になりました。腰掛けて見ておりますと、青い霞のようなものがホールの中心付近に立ち込め始めました。

と同時に一条(すじ)の光線がホールの中をさっと走って地球儀の上に乗っかりました。すると地球儀がまるでその光を吸収していくかのように発光し始め、間もなく光線が引っ込められた後も内部から輝き続けました。と見ているうちに今度はもう少し強烈な別の光線が走って同じように地球儀の上に乗りました。

すると地球儀がゆっくりと台座から離れ、壁から出て宙に浮きました。それがホールの中央部へ向けて浮上し、青い霞の中へ入ったとたんに膨張し始め、輝く巨大な球体となって浮かんでおります。その様子は譬えようもなく美しいものでした。それが地球と同じようにゆっくりと、実にゆっくりとした速度で回転し、その表面の海洋や大陸が見えます。

その時はまだ地上でよく使われる平面図にすぎませんでしたが回転を続けていくうちに次第に様子が変わって来ました。山脈や高地が隆起し、河や海の水がうねり、さざなみを立て、都市のミニチュア、建物の細々(こまごま)とした部分までが見えはじめたのです。

きめの細かさがどんどん進んで、人間の姿 – 最初は群集が、やがて1人1人の姿が見分けられるようになりました。直径80フィートから100フィートもあろうかと思える球体の上で生きた人間や動物が見えるというシーンは、とてもあなたには理解できないでしょう。

がそれがこの施設の科学の目的なのです。つまり各天体上の存在を1つ1つ再現する事です。その素晴らしいシーンはますます精度を増し、回転する球体上の都市や各分野で急がしく働いている人間の様子まで見えるようになりました。

広い草原や砂漠、森林、そこに生息する動物類の姿まで見えました。さらに回転していくうち今度は内海や外洋が見えてきました。あるものは静かに波打ちあるものは荒れ狂っております。そしてそこここに船の姿が見えます。つまり地上生活の全てが目の前に展開するのでした。

私は長時間そのシーンに見入っておりました。するとその施設の係の方が下の方から私たちに声を掛けられました。おっしゃるには私たちが今見ているのは現時点での実際の地上の様子で、もしお望みであれば過去へ遡(さかのぼ)って知性をもつ存在としての人類の起源までを再現できますという事でした。

是非その美事な現象をもっともっと見せて頂きたいと申し上げると、その方は現象の全てをコントロールしていると思われる器機のあるところへ行かれました。その話の続きは後にして、今あなたの心の中に見えるものについて説明しておきましょう。

そのホールは暗くはありません。全体が隅々まで明るいです。ですが球体そのものが、強烈でしかも不快感を与えない光に輝いているために、青い霞の外側が何となく薄暗く見えるまでです。その霞のあるところが球体の発する光輝の領域となっているようでした。

さて、程なくしてその回転する球体上の光景が変化し始めました。そして私たちは長い長い年月を遡り、人間がようやく森林から出て平地で集落を拵えるようになった頃の地上の全生命、人間と動物と植物の太古の姿を目(ま)のあたりにし始めました。

さて、ここでお断りしておかねばならないのは、太古の歴史は地上の歴史家が言っているような過程を辿ってはいないという事です。当時の現象は“国家”と“世紀”の単位でなく“種”と“累代”(※)の単位で起きておりました。(※地質学的時代区分を2つ以上含む最大の単位 – 訳者)

何代もの地質学的時代がありました。人間が鉄器時代とか石器時代、氷河期と呼んでいる時期を見ますと実に面白い事が発見されます。あらかじめある程度の知識をもつ者には、どうもその名称がでたらめである事が判るのです。

と言いますのは、例えば氷河期は当時の地球の1、2の地域には当てはまるかも知れませんが、決して全体が氷で覆われていた訳ではない事が、その球体を見ていると判るのです。それも大てい一時代に1つの大陸が氷で覆われ、次の時代には別の大陸が覆われていたのです。

が、そうした歴史的展開の様子は地球が相当進化したところで打ち切られました。そしてさっきも述べたように人類の出現はその時はすでに既成事実となっておりました。

どんどん様相を変えて行くこの多彩な宝石のような球体に魅入られ、これが他ならぬ我が地球なのかと思い、それにしては自分たちが何も知らずにいた事を痛感していると、その球体が次第に小さくなって元の壁の入れ込みの中へ戻り、やがて光輝が薄れて行き、ついには最初に見かけた時と同じただの石膏の彫り物のようなものになってしまいました。

この現象に興味をそそられた私たちが指導霊に尋ねると、そこの施設についていろいろと解説して下さいました。今見た地球儀にはもっと科学的な用途がある事、あのような美しい現象を選んだのは科学的鍛練を受けていない私たちには美しさの要素の多いものが適切と考えたからである事、科学的用途としては例えば天体と天体との関連性とか、それぞれの天体の誕生から現在までの進化の様子が見られるようになっている事、等々でした。

壁にはめ込まれた動物も同じような目的に使用されるとの事でした。地球儀の時と同じように光線が当たると光輝を発してホールの中心部へやって来ます。そこでまるで生きた動物のように動き回ります。事実ある意味でその間だけは生きた動物となっているのです。

それが中央の特殊な台に乗っかると拡大光線 – 本当の名称を知らないので仮で呼んでおきます – を当てられ、さらに透明にする光線を当てられます。するとその動物の内臓が丸見えとなります。

施設の人の話によりますと、そうやって映し出される動物や人間の内部組織の働き具合を見るのは実に見ごたえのあるものだそうです。そのモデルに別の操作を施すと今度は進化の過程を逆戻りして次第に単純になって行き、ついには哺乳動物としての原初形態まで遡っていく事ができます。

つまりその動物の構造上の発達の歴史が生きた姿のまま見られるという訳です。面白いのはその操作を誤ると間違ったコースを辿る事がある事で、その時は初期の段階が終った段階で一たん元に戻し、もう1度やり直して、今度は正しいコースを取って今日の段階まで辿り着くという事があるそうです。

また、研究生が自分のアイデアを組み入れた進化のコースを辿らせてみる事もできるそうです。動物だけでなく、天体でも国家でも民族でも同じ事ができるそうですが、それを専門的に行う設備が別のホールにあるとの事でした。

1度話に出た(2章4参照)子供の学校の構内に設置されていた球体は実はこの施設の学生の1人が拵えたのだそうです。もちろんここにあるものよりはずっと単純に出来ております。もしかしたらこの施設の美しさを見た後だからそう思えるのかも知れません。

今日はこれ位にしておきましょう。他にも色々と見学したものがあるのですが、これ以上続けると長くなりすぎるので止めにします。何か聞きたい事があるみたいですね。

その通りです。私は月曜日の勉強会に出席しておりました。あの方が私に気づいておられたのも知っておりました。私の述べた言葉は聞こえなかったようですけど。ではさようなら。明日またお会いしましょう。

<原著者ノート>最後のところで言及している勉強会の事について一言述べておく必要がある。前の週の月曜日の事である。私はその日、礼拝堂の手すりと手すりの間に着席し、勉強会のメンバーは聖歌隊席で向い合って着席していた。聖歌隊席の至聖所側の1番端で私の右手になる位置にE婦人が着席していた。

そのE婦人が後で語ってくれたところによると、私が会の最後の締め括りの言葉を述べている最中に私の母親が両手を大きく広げ、情愛溢れる顔で祭壇から進み出て私のすぐ後ろまで来たという。その姿は輝くように美しく、まるで出席しているメンバーと少しも変わらない人間の身体をまとっているようだったという。

E婦人の目には今にも私を抱きしめるかに見えたそうで、あまりの生々しさに一瞬自分以外の者には見えていない事を忘れ、今にも驚きの声を出しそうになったけど、どうにかこらえて目をそらしたという。私が質問しようと思っていたのはその事だった。

「目に見えぬ者によって動かされている、その事実を知る事です」僕もそうありたいと思ってますよ(祈)†■2023年11月8日UP■
「目に見えぬ者によって動かされている、その事実を知る事です」僕もそうありたいと思ってますよ(祈)†
この間部詮敦氏という霊能者が時代を抜きん出たずば抜けた人格者だったという事が分かるのです。近藤先生がこれから物質界生活中になされる仕事の重大さをいち早く見抜き、大学在学中に何と毎週近藤先生のもと(キャンパス内)に足を運んであれこれ教えておられたそうなのです。実の子でもないのにまるで自分の息子のように面倒を見ていたという事です。そして近藤先生が書籍の中で予測で書いていた事ですが、間部詮敦氏は若き日の近藤先生の守護霊および指導霊の存在が当然霊視で見えていたはずですが、それを結局一言も言わず帰幽したのだそうです。どういう事かと言いますと、近藤先生にはその仕事の重大性からとてつもない高級霊団が付いていた事が容易に想像できるのですが、それを若き日の近藤先生に伝えてしまったら近藤先生がのぼせ上ってしまう(霊団に言わないようにクギを刺されていたという事もあるかも知れませんが)ので間部詮敦氏は近藤先生の霊団の事を一言も言わなかった。これはとてつもない事だと思うのです。見えてるんだからフツー言うだろう。隠し通したって本当にスゴイ…続きを読む→
「言う事を聞きなさい」んーイエス様のお言葉のようにも聞こえる、耳がイタイ(祈)†■2023年11月15日UP■
「言う事を聞きなさい」んーイエス様のお言葉のようにも聞こえる、耳がイタイ(祈)†
肉体は自動的に朽ち果てるようにできていますから、その肉体をまとっての人生で幸福を得ようと考える事がそもそも本末転倒であり近視眼の極致であり、歳をとる事もなく傷つく事もない永遠の若さを保っている霊体をまとっての霊界人生の方に真実の幸福があるのは至極当然の事であり、その霊界生活に備えて物質界で自分を鍛えなければならないのです。「宇宙一のバカ」大量強姦殺人魔、明仁、文仁、徳仁、悠仁、コイツらはその「物質界の学び」を全てキャンセルしてワガママ放題で生活し、仕事もせず奴隷の女の子を四肢切断、強姦殺人しまくって遊んでいます。つまり物質界で学ぶべき事を一切学ばずに帰幽する、霊界生活に何の備えもできていない人間という事になるのです。何の備えもできていませんからもちろん霊界生活に順応もできません、高級霊の方々から仕事を言いつけられる事もありません資格がないのですから。全く役立たずの人間、何の使い道もありませんから当然暗黒の底の底に落ちてそこで反省させられる訳です。それも物質界での苦しい期間をはるかに超える長い年月にわたって暗黒の中で悶絶する事になるので…続きを読む→
「だいたい2まで書けています」新規の霊言が霊界側で2巻分書き上がっているようです(祈)†■2023年11月22日UP■
「だいたい2まで書けています」新規の霊言が霊界側で2巻分書き上がっているようです(祈)†
「イエスが全部おこなうから」これは僕という霊の道具を使用しての霊的使命遂行の全仕事をイエス様がおこなっているという意味ですが、皆さまにくれぐれもお間違えのないようにして頂きたいのは、イエス様は「スピリチュアリズム普及の総指揮官」であり、個的形態をまとって物質圏付近に降下などできるはずもないはるかはるか向上を果たした超高級霊のお方です。そのイエス様が僕などというグズるお子ちゃまの面倒を見るためにアレコレ手を焼く事は絶対にありません。全体を計画し、想像もつかないほどの大人数の部下(天使)を従えて、指示を与えて仕事を推進するのであり、イエス様が直々に手を動かして仕事をするという事は有り得ないのです。しかし「スピリチュアリズムの真髄」の中に、イエス様が天使の大軍勢を従えて霊媒マッカロウ氏のところまで降下してこられ、実際に霊言を語ったという事が紹介されています。ですのでイエス様が僕という霊媒を使用して霊言を語るという可能性は絶無ではないのかも知れませんが、限りなくゼロに近いでしょう…続きを読む→

僕の頭はとことんいじくってきてふらつかせてくるが物質界の邪悪「宇宙一のバカ」大量強姦殺人魔、明仁、文仁、徳仁、悠仁は完全に放任し、何もしようとしない者たち。コイツら(霊団)の仕事とは一体何なのか。何がしたくて生きているのか。

ベールの彼方の生活2巻の作業に入っています。復刊を何が何でも実現させる、そして死んでも脱出を完了させる、そのために今できる事を全力でやる以外にないのです。コイツら(霊団)はもう僕を閉じ込める事以外何も考えていないのだから。

このまま閉じ込められ続けて一生を終える事を僕は絶対に認めない。皆さまは「いつまでも過去を振り返って」と宜しくない印象を持たれる事と思いますが、しかしやはりコイツらにちょっかい出されずにDreamwork(画家の人生)を続行していたら全然違う人生になっていたはずで、それを思うと憎んでも憎んでも憎み足りないのです。

このまま閉じ込められはしない、死んでも脱出する。今できる全てをやる。まだ頭ふらつかせてきやがる。人格を疑う(祈)†

数日前の苦しい状態はほぼ脱し、完治までは行かなくてもほぼ問題なく生活できるまでになっていますが、今日は霊団が一体何を考えてそういう事をやってくるのか知りませんが、1日中ずっと頭をグチャグチャいじくってきやがって、まっすぐ歩けないようなふらつかされっぱなしの状態にさせられていました。

このテキストを撃っている今もやってきます。頭フラフラさせてくるのです、だからテメィラは何がしたいんだよ、1日中この状態、ムカつかされっぱなしなのです。しかしフラー26汎用モードのゴミ取り完了中。航行モード線画は40%完成中といったところ。さらに「ベールの彼方の生活2巻」の表紙の線画も描き始めています。

守護霊様デザインによって作られた僕の性格はあんたたちだって分かってるだろ「1歩も退く気はない」だ。頭ふらつかされたくらいで手を止める訳ないだろ、そんなに止まって欲しいんだったら僕にこの仕事やらせなければよかっただろ。やってる事が根本的におかしんだよ。

あまりに頭にきて先ほど思わずシャウトしてしまいました。ご近所迷惑になりますので1発で止めましたが。データアップロード済みの「ベールの彼方の生活1巻」の到着は1月末~2月頭と予測、まだ当分届きませんので、その間に2巻の作業を進めないといけません。

土日を挟んでいるので昨日出したメールの返信もきません。このまま無視される可能性も十分にあります。本当にどれだけ手を尽くしても復刊できないという事になれば、最悪「同人」で出す事も視野に入れないといけませんが、それでは流通できない、未来に残せない、それでは意味がない、本当に困ります。

僕は反逆(脱出)を絶対にあきらめないんだよ、帰幽1秒前まで脱出に向けた努力を続けるんだよ。頭ふらつかせてきたってムダなんだよ。とにかく死んでも脱出を完了させる。そのために今できる全力をやるのです。これ以上閉じ込められるのは死んでも許さない、脱出する事だけは決定中、これは変更なし(祈)†
「じゃあねー♪」霊団が僕から離れるのだそうです、別にそれでイイですけど(祈)†■2023年9月27日UP■
「じゃあねー♪」霊団が僕から離れるのだそうです、別にそれでイイですけど(祈)†
「帰幽後に霊界で賜る霊的褒章」を人生目標としている僕にとっては、この霊団が降らせる物的苦難を乗り越えた先に得られる霊的喜びは想像を絶するものがあり、大いに耐え忍ぶ意味があるという事になるのですが、何かが引っかかるのは僕だけなのでしょうか。僕個人の霊的進歩向上の事は考えてくれているようだが、物質界の邪悪を滅ぼす気は全くない、強姦殺人され続けている奴隷の女の子たちの事など見向きもしない、この霊界上層界の人間たちの思考回路は一体何がどうなっているのか。やはり僕が公言している「物質界は地球圏霊界の刑務所」という言葉は正解だと思います。刑務所の生活環境を良くしてしまったら刑務所として機能しなくなってしまいます。やはりコイツら(霊団)は物質界の問題を解決するつもりが本当にないんじゃないのか。ただ僕のようにできるだけ多くの人間を向上させようとしている、そちらが上位の目的であり、物質界の邪悪性はその向上のためのトリガーとして必要だから改善させる訳にはいかないという事なのではないか…続きを読む→
「身の安全」とにかく僕の身に危機が迫っていて霊団はそれを回避させるつもりのようですが(祈)†■2023年10月11日UP■
「身の安全」とにかく僕の身に危機が迫っていて霊団はそれを回避させるつもりのようですが(祈)†
どんな死に方をしても霊体には一切ダメージはありません。飛行機事故だろうと爆死だろうと溺死だろうと。そもそも肉体と霊体では振動数が違いますので。しかし、いわゆる自然ではない急激な死に方をすると、もともと人間は肉体からそういう急激な離れ方をしないようになっているので、帰幽後に霊体(幽体)の調整が必要になり、場合によってはそれが長くかかる事があるそうです。つまり日航ジャンボ機墜落テロで500人もの国民が「宇宙一のバカ」大量強姦殺人魔、明仁、文仁、徳仁、悠仁(美智子)の手によって殺されましたが、それと同じようにこの強姦殺人魔どもは僕、たきざわ彰人の事もだまし討ちで飛行機に乗せて墜落死させようと画策している事は十分に考えられる事です。そうなった時、僕は肉体から自然ではない急激な離れ方をする事になり(かといって霊体になんのダメージもありませんが)調整が長くかかってしまって霊団が僕の帰幽後にやらせようとしている指導霊の仕事に支障が出てしまうから結果殺されるとしてもそういう急激な殺され方にはならないようにしている、という事かも知れません…続きを読む→
「懐疑の念は消え」僕の霊団に対する憎しみが消えるという意味、僕だってそうあって欲しいですよ(祈)†■2023年10月25日UP■
「懐疑の念は消え」僕の霊団に対する憎しみが消えるという意味、僕だってそうあって欲しいですよ(祈)†
物理霊媒の場合は単純にエクトプラズム量が多い人間を霊媒として使用し、その人間の性格、霊格は関係しないという事なのだそうですが、霊言霊媒という事になるとその霊媒の人間性、人格、霊格が降らせる霊言のクオリティに大きく影響するのだそうです。つまり霊媒の霊格が低ければ降らせる霊言も程度の低い、クオリティの落ちたものになる、イヤ、そもそも支配霊とその人間との間に霊格の差がありすぎて融合する事ができず霊媒として使用できないという事もあります。逆に霊媒の霊格が高ければ高いほど支配霊は語りたい事を自由に語れるようになり、霊言のクオリティが上がるという事になります。支配霊をリーダーとした交霊会運営のための霊団側は高いレベルの霊言を降らせる準備が常に整っています。しかしそのクオリティを維持しながら物質界に霊言を降らせる事は至難の業で、霊媒側の受容能力、信頼感の欠如、霊格の低さ等が障害となって、だいたいにおいて霊側が犠牲を強いられる事になり、当初予定していたものよりクオリティの低い霊言を降らさざるを得なくさせられるのが常のようなのです…続きを読む→

1913年10月10日 金曜日

私たちの日常生活とあなた方の日常生活とを比較して見られれば、結局はどちらも学校で勉強しているようなものである事、実に大きな学校で沢山のクラスがあり、大勢の先生がおられる事、しかし教育方針は一貫しており、単純な事から複雑な事へと進むようになっている事、そして複雑という事は混乱を意味するのではなく、宇宙の創造主たる神を知れば知るほどその知る喜びによって一層神への敬虔なる忠誠心を抱くように全てがうまく出来あがっている事を悟るようになります。

そこで今日も従来からのテーマを取り上げて、こちらの世界で私たちが日頃どんな事をして過ごしているのか、神の愛がどのように私たちを包み、謙虚さと愛を身につけるにつれて事物がますます明快に理解されていくかを明らかにしてみましょう。

こちらの事情で大切な事の1つに叡智と愛のバランスが取れていないといけない事が挙げられます。両者は実は別個のものではなく1つの大きな原理の2つの側面を表しているのです。言わば樹木と葉の関係と同じで、愛が働き叡智が呼吸しておれば健全な果実が実ります。

解りやすく説明するために私たちが自分自身の事、及び私たちが指導する事を許された人々の世話をする中でどういう具合にその愛と叡智を取入れて行くか、1つの具体例をあげてみましょう。

つい先頃の事ですが、私たちは1つの課題を与えられ、その事で私たち5人で遠く離れたところにある地域(コロニー)を訪れる事になりました。目的は神の愛の存在について疑念を抱き、あるいは当惑している地上の人間に対して取るべき最良の手段を教わる事でした。

と言うのも、そうしたケースを扱う上でしばしば私たちの経験不足が障害となっていましたし、またあなたもご存知の通り地上にはそういう人が多いのです。

そこにあるカレッジの校長先生は地上では才能豊かな政治家だった方ですが、その才能が地上ではあまり発揮されず、こちらへ来て初めて存分に発揮できるようになり、結局地球だけが鍛練の成果が発揮される場でない事を身をもって理解された訳です。

訪問の目的を述べますと、その高い役職にも拘わらず、少しも偉(えらぶ)らず、極めて丁重で親切に応対されました。あなたたちなら多分天使と呼びたくなるだろうと思われるほど高貴な方で、もしそのお姿で地上に降りたら人間はその輝きに圧倒される事でしょう。

容姿もお顔も本当に美しい方で、それを形容する言葉としてはさしずめ“燦然たる光輝に燃え立つような”というところでしょう。親身な態度で私たちの話に耳を傾けられ時おり静かな口調で“それで?”と言って話を促され、私たちはついその方の霊格の高さも忘れて、恐れも遠慮もなく話しました。するとこうおっしゃいました。

「生徒の皆さん – ここにいる間は生徒という事にしましょう – お話は興味深く拝聴致しました。と同時に、そういうお仕事によくある問題でもあります。さて、そうした問題を私が今あっさり解決してあげれば皆さんは心も軽くお仕事に戻る事ができるでしょう。

が、イザ仕事に携わってみるとまたアレコレと問題が生じます。なぜか。それは1番に心に銘記しておくべき事というものは体験してみなければ解らない細々(こまごま)とした事ばかりだからです。それがいかに大切であるかは体験してみて初めて解るという事です。では私についてお出でなさい。大事な事をこれからお教えしましょう。」

私たちは先生の後について敷地内を歩いて行きました。庭では庭師が花や果物の木の剪定などの仕事に専念しておりました。小道を右に左に曲りながら各種の植込みの中を通り抜けました。小鳥や可愛い動物がそこここに姿を見せます。やがて小川に出ました。

そしてすぐ側にエジプトの寺院のミニチュアのような石の東屋(あづまや)があり、私たちはその中に案内されました。天井は色とりどりの花で出来た棚になっており、その下の1つのベンチに腰掛けると先生も私たちのベンチと直角に置いてあるベンチに腰を下ろされました。

床を見ると何やら図面のようなものが刻み込まれております。先生はそれを指さしてこうおっしゃいました。「さてこれが今私があなた方を案内して回った建物と敷地の図面です。この印のところが今いる場所です。ご覧の通り最初に皆さんとお会いした門からここまで相当の距離があります。

皆さんはおしゃべりに夢中でどこをどう通ったかは一切気にとめられなかった。そこでこれから今来た道を逆戻りしてみるのも良い勉強になりますし、まんざら面白くない事もないでしょう。無事お帰りになってお会いしたら先程お聞きしたあなた方の問題についてアドバイス致しましょう。」

そうおっしゃって校長先生は立ち去られました。私たちは互いに顔を見合わせ先生が迷路のような道を連れて回られた目的に気づかなかったその“うかつさ”を互いに感じて、どっと笑い出しました。

それから図面を何度も何度も調べました。直線と三角と四角と円がごちゃごちゃになっている感じで始めは殆ど判りませんでした。がそのうち徐々に判りはじめました。それはそのコロニーの地図で、東屋はその中心、ほぼ中央に位置しております。

が入口が記されておりません。しかもそれに通じる小道が4本あってどの道を辿ればよいかが判りません。しかし私はこれは大した問題でないと判断しました。と言うのも4本ともコロニーの外郭へ繋がっており、その間に何本もの小道が交叉していたからです。

その判断に到達するまでのすったもんだは省きましょう。時間が掛かりますから。とにかく私の頭に1つの案が浮かび、参考までに提案してみたところ皆んなそれはなかなか良い考えだと言い、これで謎が解けそうだと喜びました。と言って別に驚くほどの事ではないのです。

どの方向でも良いからとにかく外へ出て1番直線的な道を選んでみるというだけの話です。言い方がまずいようですね。要するに東屋からどちらの方角でも良いから1番真直ぐな道を取るという事です。そうすると必ず外郭へ出る。

その外郭は完全な円形をしているから、それに沿って行けば遅かれ早かれ門まで来る事になる訳です。いよいよ出発しました。道中は結構長くて楽しいものでした。そして冒険的要素が無い訳ではありませんでした。

と言うのも、そのコロニーはそれはそれは広いもので、丘あり谷あり森あり小川ありで、それがまた実に美しいので、よほど目的をしっかり意識していないと道が2つに岐れたところに来るとつい方向を誤りそうになるのでした。

しかし必ずしも最短で直線的な道を選んだ訳ではないと私は思うのですが、私はついに外郭に辿り着きました。ついでに言うとその外郭は芝生の生い茂った幅の広い地帯になっていて、全体は見えなくてもその境界の様子からして円形になっている事はすぐに判ります。

そこで左へ折れ、そのまま行くと間違いなく円形をしていて無限軌道のように続いておりました。どんどん歩いていくうちに、ついに最初に校長先生にお会いした門のところまで来ました。

先生は、よく頑張りましたと言って迎えて下さり、その足で建物の前のテラスに上がり、それまでの冒険談 – 私が書いたものより遥かに多くの体験 – をお聞かせしました。先生は前と同じように熱心に耳を傾けて下さり

「なるほど。結構立派にやり遂げられまし目的を達成し、ここまで帰って来られたのですから。ではお約束通りあなた方の学ばれた教訓を私から述べさせて頂きましょう」と言って次のような話をされました。

「まず第1に行きたいと思う方向を確認する事。次に近道と思える道ではなく1番確実と思える道を選ぶ事。その道が1番早いとは限りません。限りなく広がると思えたこのコロニーの境界領域までまずやって来る。その境界線から振り返るとそれまで通り抜けて来た土地の広さと限界の見当がつく。

要はそれまでの着実さと忍耐です。望むゴールには必ず達成されるものです。又、その限られた地域とその先に広がる地域との境界領域に立って見渡すと、曲りくねった道や谷や小森が沢山あって、あまり遠くまで見通せなくても全体としては完全に釣合いが取れている – 要するに完全な円形になっており内部は一見すると迷路でごた混ぜの観を呈していても、より大きい、あるいはより広い観点から見ると全体として完全な統一体で、実質は単純に出来ている事が判るはずです。

小道を通っている時は迷うでしょうけど。それにその外郭を曲線に沿って行くと限られた範囲しか目に入らなかったでしょう。それでもその形からきっと求める場所つまり門に着けると判断し、その理性的判断に基づいた確信のもとに安心して辿って来られた。

そして今こうして辿り着き、少なくとも概略においてあなた方の知的推理が正しかった事を証明なさった訳です。さてこの問題は掘り下げればまだまだ深いものがありますが、私はここであなた方をこの土地にいて私を援助してくれている仲間たちにお預けしようと思います。

その人たちがこの建物や環境をさらにご案内し、お望みならもっと広い地域まで案内してくれるでしょう。面白いものが沢山あるのです。その方たちと私が述べた教訓について語り合われるとよろしい。少し後でもう1度お会いしますのでその時に話したい事や尋ねたい事があればおっしゃって下さい」

そうおっしゃって私たちにひとまず別れを告げられると、代って建物の中から楽しそうな一団が出てきて私たちを中へ招き入れました。まだまだ続けたいけどあなたにはまだお勤めが残っているから今日はこの辺で止めにしましょう。少しの間とはいえこうして交信のために降りてくるのは楽しい事です。あなたを始め皆さんに神の祝福を。母とその霊団より。

「何とも言えぬ光景だった」上層界から使命遂行を眺めての感想ですが、過去形で言うな(祈)†■2023年6月28日UP■
「何とも言えぬ光景だった」上層界から使命遂行を眺めての感想ですが、過去形で言うな(祈)†
「宇宙一のバカ」大量強姦殺人魔、明仁、文仁、徳仁、悠仁が地獄に落ちるのは自己責任、アキトくんには何の責任もないし、キミが物質界生活中にこの者たちを滅ぼさなくても自動的に肉体が朽ちて帰幽して地獄に落ちるのだからどちらでも結果は同じである。奴隷の女の子たちに関しても自ら犯した過去の大罪の罪障消滅を目的として物質界に降下した人間なのだから、苦難の人生をやらされるのが当たり前(自己責任)それを助けてあげたら本人のためにならない、アキトくんの気持ちは分からないでもないが帰幽して我々(イエス様)と同じ視点から眺められるようになれば納得できるであろう。つまり「宇宙一のバカ」大量強姦殺人魔、明仁、文仁、徳仁、悠仁を物質界生活中に滅ぼせなくてもそれは別にアキトくんの努力不足ではなく、奴隷の女の子を助けてあげられない事もキミのせいじゃない。我々(イエス様)は絶対的有利なポジションに立っているので、その人間たちをアキトくんの霊的進歩向上に大いに活用させてもらった…続きを読む→
「悔し涙を拭う必要はありません」これは帰幽後に悲しみが喜びに変わるという意味です(祈)†■2023年6月21日UP■
「悔し涙を拭う必要はありません」これは帰幽後に悲しみが喜びに変わるという意味です(祈)†
次第にあの土地の光輝と雰囲気が馴染まなくなり、やむなく光輝の薄い地域へと下がって行った。そこで必死に努力してどうにか善性が邪性に勝(まさ)るまでになった。その奮闘は熾烈にしてしかも延々と続き、同時に耐え難く辛き屈辱の体験でもあった。しかし彼は勇気ある魂の持ち主で、ついに己れに克(か)った。その時点において2人の付き添いに召されて再び初めの明るい界層へと戻った。そこで私は前に迎えた時と同じ木蔭で彼に面会した。その時は遥かに思慮深さを増し、穏やかで、安易に人を軽蔑することもなくなっていた。私が静かに見つめると彼も私の方へ目をやり、すぐに最初の出会いの時のことを思い出して羞恥心と悔悟の念に思わず頭を下げた。私をあざ笑ったことをえらく後悔していたようであった。やがてゆっくりと私の方へ歩み寄り、すぐ前まで来て跪き、両手で目をおおった。鳴咽(おえつ)で肩を震わせているのが判った。私はその頭に手を置いて祝福し、慰めの言葉を述べてその場を去ったのであった。こうしたことはよくあることである。†…続きを読む→
「飴(あめ)ちゃん投げつける」僕の反逆に対して霊団が猛烈に不快感を示しています(祈)†■2023年9月13日UP■
「飴(あめ)ちゃん投げつける」僕の反逆に対して霊団が猛烈に不快感を示しています(祈)†
認めたくありませんが、まぁ脱出は結局実現しないでしょう。最後の最後まで閉じ込められる事になるでしょう。しかしそう思ってあきらめながら暮らすのは僕的には絶対に有り得ないのです。僕はいつでも全力です。自分にできる事を全力でやるのです。とにかく当分は絵を描き続けます。死んだ魚の眼をしながら無目的でただ物質界に残り続けるなんて死んでもガマンできない。何かに燃えなければ生きられない。霊団が使命遂行やる気なしの態度をこれほどハッキリ撃ち出しているんだから僕は僕本来の燃えるモノを追いかける以外にないだろう。いつかは反逆から手を引かざるを得なくさせられるだろうと容易に予測できますが、その「下を向きながら生きる」姿勢が許せないんだよ。最後の1秒まで全力でやるべき事をやれよ。人の人生これだけブチ壊してるんだから責任を果たせよ…続きを読む→

本のデータはいくらでも作れるのに一向に復刊できない、このウンザリ感はタダ事ではありませんが、とにかく本を作るスキルだけは着実に上がっているのでしょう、そう思わなければやってられません。

フラー26のゴミ取り続行中。あとに控える作業が殺人的な量ですのでとにかく急いでます。このまま最悪に閉じ込められる人生がどうしても許せない、何としても脱出しなければいけない、しかしどうもがいても1歩も出られない。しかし帰幽1秒前まであきらめない。間もなく霊団主導でさらなる最悪に突入させられる可能性アリ(祈)†