『ベールの彼方の生活③』【4 悪の効用】【1918年1月8日 火曜日】こうした暗黒の境涯において哀れみと援助を授ける使命に携わっているうちに、前もって立てられた計画が実は吾々自身の教育のために(上層界において)巧妙に配慮されている事が判ってきました。訪れる集落の1つ1つが→
『ベールの彼方の生活③』→順序よく吾々に新たな体験をさせ、吾々がその土地の者に救いの手を差しのべている間に、吾々自身も、一段と高き界から幸福と教訓を授けんとする霊団の世話に与(あずか)るという仕組みになっていた訳です。その仕組みの中に吾々がすでに述べた原理の別の側面、→
『ベールの彼方の生活③』→すなわち神に反抗する者たちの力を逆手にとって神の仕事に活用する叡智を読み取って頂けるでしょう。【彼らの納得を得ずに、ですか。】彼らの反感を買わずに、です。暗黒界の奥深く沈み込み、光明界からの影響力に対して反応を示さなくなっている彼らでさえ、→
『ベールの彼方の生活③』→神の計画に貢献すべく活用されているという事です。やがて彼らが審判の日(1巻5章参照)へ向けて歩を進めいよいよ罪の清算が行われるに際して、自分でこそ気が付かないが、そういう形でのわずかな貢献も、少なくともその時は神の御心に対して反抗的態度を→
『ベールの彼方の生活③』→取らなかったという意味において、聖なるものとして考慮に入れてもらえるのです。【でも前回に出た総督はどうみてもその種の人間ではないと思いますが、彼のような者でもやはり何かの有用性はあったのでしょうか。】ありました。彼なりの有用性がありました。
『ベールの彼方の生活③』つまり彼の失脚が、かつての仲間に、彼よりも大きな威力をもつ者がいる事を示す事になったのです。同時に、悪事は必ずしも傲慢さとは結びつかず、天秤は遅かれ早かれいつかは平衡を取り戻して、差引勘定がきっちりと合わされるようになっている事も教える事になりました。
『ベールの彼方の生活③』もっとも、あの総督自身はそれを自分の存在価値とは認めないでしょう。と言うのも、彼には吾々の気持が通じず、不信の念ばかりが渦巻いていたからです。それでも、その時点ですでに部分的にせよそれまでの彼の罪に対する罰が与えられたからには、それだけのものが→
『ベールの彼方の生活③』→彼の償うべき罪業から差し引かれ、消極的な意味ながらその分だけ彼にとってプラスになる事を理解すべきです。もっとも、貴殿の質問には大切な要素が含まれております。総督の取り扱い方は本人は気に入らなかったでしょうが、実はあれは、あそこまで総督の横暴を許した→
『ベールの彼方の生活③』→他の者に対する見せしめの意味も含まれておりました。吾々があの界へ派遣され、あのホールへ導かれたのもそれが目的でした。その時はそうとは理解しておらず、自分たちの判断で行動したつもりでした。が、実際には上層界の計画だったという訳です。
『ベールの彼方の生活③』さて、貴殿の方さえ宜しければもっと話を進めて、吾々が訪れた土地、そこの住民、生活状態、行状、そして吾々がそこの人たちにどんな事をしてあげたかを述べましょう。あちらこちらに似たような性質の人間が寄り集まった集落がありました。寄り集まるといっても→
『ベールの彼方の生活③』→一時的なもので、孤独感を紛らすために仲間を求めてあっちの集落、こっちの集落と渡り歩き、嫌気がさすとすぐにまた荒野へ逃れていくという事を繰り返しています。その様子は見ていて悲しいものです。ほとんど例外なく各集落には首領(ボス)が―そして→
『ベールの彼方の生活③』→押しの強さにおいてボスに近いものを持つ複数の子分が―いて睨みをきかせ、その威圧感から出る恐怖心によって多くの者を隷属させている。その1つを紹介すれば―これは実に荒涼とした寂しい僻地を延々と歩いてようやく辿り着いた集落ですが―まわりを→
『ベールの彼方の生活③』→頑丈な壁で囲み、しかもその領域が実に広い。中に入ると、さっそく衛兵に呼び止められました。衛兵の数は10人ほどいました。そこが正門であり、翼壁が2重になっている大きなものです。みな図体も大きく、邪悪性も極度に発達している。吾々を呼び止めてから→
『ベールの彼方の生活③』→キャプテンがこう尋問した。「どちらから来られた?」「荒野を通って行く途中ですが…」「で、ここへは何の用がおありかな?」その口調には地上時代には教養人であった事を窺わせるものがあり、挙動にもそれが表れていた。が今ではそれも敵意と侮蔑で色づけされている。
『ベールの彼方の生活③』それがこうした悲しい境涯の常なのです。その尋問に吾々は―代表して私が―答えた。「こちらの親分さんが奴隷のように働かせている鉱山の労働者たちに用事がありまして…」「それはまた結構な旅で…」いかにも愉快そうに言うその言葉には吾々を騙そうとする→
『ベールの彼方の生活③』→意図が窺える。「気の毒にあの人たちは自分たちの仕事ぶりを正しく評価し悩みを聞いて下さる立派な方が早く来てくれないものかと一生懸命でしてな」「中にはこちらの親分さんのところから一時も早く逃れたいと思っている者もいるようですな。あなた方もそれぞれに」→
『ベールの彼方の生活③』→「頭の痛い事で…」これを聞いてキャプテンのそれまでのニコニコ顔が陰気なしかめっ面に一変した。ちらりと見せた白い歯は血に飢えた狼のそれだった。その上、彼の気分の変化とともに、あたりに一段と暗いモヤが立ちこめた。そしてこう言った。
『ベールの彼方の生活③』「この私も奴隷にされているとおっしゃるのかな?」「ボスの奴隷であり、ヒモでいらっしゃる。まさしく奴隷であり、さらに奴隷たちの使用人でもいらっしゃる」「でたらめを言うとお前たちもオレたちと同じ身の上にするぞ。ボスのために金と鉄を掘らされる事になるぞ」
『ベールの彼方の生活③』そう言い放って衛兵の方を向き、吾々を逮捕してボスの館へ連れて行くように命じた。が私は逆に私の方からキャプテンに近づいて彼の手首に私の手を触れた。するとそれが彼に悶えるほどの苦痛を与え、引き抜いていた剣を思わず放り出した。私はなおも手を離さなかった。
『ベールの彼方の生活③』私のオーラと彼のオーラとが衝突して、その衝撃が彼に苦痛を与えるのであるが、私には一向に応えない。私の方が霊力において勝るために、彼は悶えても私には何の苦痛もない。貴殿もその気があれば心霊仲間と一緒にこの霊的力学について勉強なさる事です。
『ベールの彼方の生活③』これは顕と幽にまたがる普遍的な原理です。勉強なされば判ります。さて私は彼に言った。「吾々はこの暗黒の土地の者ではありませんぞ。主の御国から参った者です。同じ生命を受けておりながら貴殿はそれを邪悪な目的に使って冒涜しておられる。」→
『ベールの彼方の生活③』→「今はまだ貴殿はこの城壁と残忍なボスから逃れて自由の身となる時期ではない」彼はようやくその偉ぶった態度の薄い殻を破って本心をのぞかせ、こう哀願した。「なぜ私はこの地獄の境涯とあのボスから逃れられないのですか。他の者は逃れて、なぜこの私だけ…」
『ベールの彼方の生活③』「まだその資格ありとのお裁きがないからです。これより吾々がする事をよくご覧になられる事です。反抗せずに吾々の仕事を援助して頂きたい。そして吾々が去ったあと、その事をじっくりと反復なさっておれば、そのうち多分その中に祝福を見出されるでしょう」
『ベールの彼方の生活③』「祝福ね…」そう言って彼はニヤリと笑いさらに声に出して笑い出したが、その笑いには愉快さはひとかけらも無かった。が、それから一段と真剣な顔つきでこう聞いた。「で、この私に何をお望みで?」「鉱山の入口まで案内して頂きたい」「もしイヤだと言ったら?」
『ベールの彼方の生活③』「吾々だけで行く事にする。そして貴殿はせっかくのチャンスを失う事になるまでですな…」そう言われて彼はしばらく黙っていたが、やがて、もしかしたらその方が得かも知れないと思って、大きな声で言った。「いや、案内します。案内します。少しでも善行のチャンスが」→
『ベールの彼方の生活③』→「あるのなら、いつも止められているこの私にやらせて頂きます。もしあのボスめが邪魔しやがったら、今度こそ“ただ”じゃおかんぞ」そう言って彼は歩き出したので吾々もそのあとに続いた。歩きながら彼はずっと誰に言うともなくブツブツとこう言い続けた。
『ベールの彼方の生活③』「彼奴とはいつも考えや計画が食い違うんだ。何かとオレの考えを邪魔しやがる。さんざん意地悪をしてきたくせに、まだ気が済まんらしい。云々…」そのうち振り返って吾々にこう述べた。「申し訳ありません。この土地の者はみな、ここでしっかりしなくては、」→
『ベールの彼方の生活③』→「という時になるといつも頭が鈍るんです。たぶん気候のせいでしょう。もしかしたら過労のせいかも知れません。どうかこのまま私に付いてきて下さい。お探しになっておられるところへ私がきっとご案内いたしますので…」彼の物の言い方と態度には軽薄さと冷笑的態度と→
『ベールの彼方の生活③』→冷酷さとが滲み出ている。が、今は霊的に私に牛耳られているためにそれがかなり抑えられていて、反抗的態度に出ないだけである。吾々は彼の後に付いて行った。いくつか市街地を通ったが、平屋ばかりが何のまとまりもなく雑然と建てられ、家と家との間隔が広く空き、→
『ベールの彼方の生活③』→空地には目を和ませる草木1本見当たらず、じめじめした場所の雑草と、熱風に吹かれて葉が枯れ落ち枝だけとなった低木が見える程度である。その熱風は主として今吾々が近づきつつある鉱山の地下道から吹き上げていた。家屋は鉱山で働く奴隷労働者が永い労働のあと→
『ベールの彼方の生活③』→ほんのわずかの間だけ休息を取るためのものだった。それを後にしてさらに行くと、まもなく地下深く続く坑道の大きな入口に来た。が、近づいた吾々は思わず後ずさりした。猛烈な悪臭を含んだ熱風が吹き出ていたからである。吾々はいったんそれを避けてエネルギーを→
『ベールの彼方の生活③』→補充しなければならなかった。それが済むと、心を無情にして中に入り、キャプテンの後に付いて坑道を下りて行った。彼は今は黙したままで、精神的に圧迫を感じているのが分かる。それは、そうでなくても前屈みになる下り道でなおいっそう肩をすぼめている様子から窺えた。
『ベールの彼方の生活③』そこで私が声を掛けてみた。振り向いて吾々を見上げたその顔は苦痛にゆがみ、青ざめていた。「どうなされた?ひどく沈んでおられるが…この坑道の人口に近づいた頃から苦しそうな表情になりましたな」私がそう言うと彼はえらく神妙な調子で答えた。
『ベールの彼方の生活③』「実は私もかつてはこの地獄のような灼熱の中でピッケルとシャベルを握って働かされた1人でして、その時の恐ろしさが今甦ってきて…」「だったら今ここで働いている者に対するひとかけらの哀れみの情が無いものか、自分の魂の中を探してみられてはどうかな?」
『ベールの彼方の生活③』弱気になっていた彼は私の言葉を聞いて坑道の脇の丸石の上に腰を下ろしてしまい、そして意外な事を口にした。「とんでもない。とんでもない。哀れみが必要なのはこの私の方だ。彼らではない…」「でも、そなたは彼らのような奴隷状態から脱し、鉱山から出て、」→
『ベールの彼方の生活③』→「今ではボスと呼んでいる男に仕えている、結構な身の上ではありませんか」「貴殿の事を私は叡智に長けた人物とお見受けしていたが、どうやらその貴殿にも、1つの奴隷状態から一段と高い権威ある奴隷になる事は粗末なシャツをトゲのある立派なシャツに着替える」→
『ベールの彼方の生活③』→「ようなものである事をご存じないようだ…」恥ずかしながら私はそれを聞いてはじめて、それまでの暗黒界の体験で学んだ事にもう1つ教訓を加える事になりました。この境涯に住む者は少しでもラクになりたいと望み、奴隷の苦役から逃れて威張れる地位へ上がる→
『ベールの彼方の生活③』→チャンスを窺っている。が、ようやくその地位に上がってみると、心に描いていた魅力は一転して恐怖の悪夢となる。それは残虐で冷酷な悪意の権化であるボスに近づく事に他ならないからである。なるほど、これでは魅力はすぐに失せ、希望が幻滅とともに消えてしまう。
『ベールの彼方の生活③』それでも彼らはなおも昇級を志し、野心に燃え、狂気のごとき激情をもって悶える。その事を私は今になってやっと知った。その何よりの実物教訓が今すぐ目の前で、地獄の現場での数々の恐怖の記憶の中で気力を失い、しゃがみ込んでいる。その哀れな姿を見て私はこう尋ねた。
『ベールの彼方の生活③』「同胞としてお聞きするが、こういう生活が人間として価値ある事と思われるかな?」「人間として…か。そんなものはこの仕事をするようになってから捨てちまった―と言うよりは、私をこの鉱山に押し込んだ連中によって剥ぎ取られちまった。今じゃもう人間なんかじゃ」→
『ベールの彼方の生活③』→「ありません。悪魔です。喜びと言えば他人を痛めつける事。楽しみと言えば残虐行為を1つ1つ積み重ねる事。そして自分が味わってきた苦しみを他の者たちがどれだけ耐え忍ぶかを見つめる事となってしまいました」「それで満足しておられるのかな?」彼はしばらく→
『ベールの彼方の生活③』→黙って考え込んでいたが、やがて口を開いた―「いいや」それを聞いて私は再び彼の肩に手を置いた。私のオーラを押しつけた前回と違って、今回は私の心に同情の念があった。そして言った。「同胞(とも)よ!」ところが私のその一言に彼はきっとして私を睨みつけて→
『ベールの彼方の生活③』→言った。「貴殿はさっきもその言葉を使われた。真面目そうな顔をしながらこの私をからかっておられる。どうせここではみんなで愚弄し合っているんだ…」「とんでもない」と私はたしなめて言った。「そなたが今仕えている男をボスと呼んでおられるが、彼の権威は、」→
『ベールの彼方の生活③』→「そなたが彼より授かった権威と同じく名ばかりで実質はないのです。そなたは今やっと後悔の念を覚えはじめておられるが、後悔するだけでは何の徳にもなりません。それが罪悪に対する自責の念の部屋へ通じる戸口となってはじめて価値があります。この土地での」→
『ベールの彼方の生活③』→「用事が終わって吾々が去った後、今回の私との出来事をもう一度はじめから反芻し、その上で、私がそなたを同胞と呼んだ訳を考えて頂きたい。その時もし私の援助が必要であれば呼んで下さい。きっと参ります―そうお約束します。ところで、もっと下りましょう。」→
『ベールの彼方の生活③』→「ずっと奥の作業場まで参りましょう。早く用事を終えて先へ進みたいのです。ここにいると圧迫感を覚えます」「圧迫感を覚える?でも貴殿が苦しまれる謂れはないじゃありませんか。ご自分の意志でここへ来られたのであり、罪を犯した結果として連れて来られた訳では」→
『ベールの彼方の生活③』→「ないのですから、決してそんなはずはありません」それに対する返事として私は、彼が素直に納得してくれれば彼にとって救いになる話としてこう述べた。「主にお会いした事のある私の言う事をぜひ信じてほしい。この地獄の暗黒牢にいる者のうちの1人が苦しむ時、」→
『ベールの彼方の生活③』→「主はその肩に鮮血のごとき赤色のルビーを1つお付けになる。吾々がそれに気づいて主の目を見ると主も同じように苦しんでおられるのが判ります。こうして吾々なりの救済活動に携わっている者も、主と同じほどではないにしても、少なくとも苦しむ者と同じ苦しみを」→
『ベールの彼方の生活③』→「覚えるという事実においては主と同じであるという事を嬉しく思っております。ですから、そなたの苦しみが吾々の苦しみである事、そしてそなたの事を同胞と呼ぶ事を驚かれる事はありません。大いなる海の如き愛をもって主がそう配慮して下さっているのですから」

『ベールの彼方の生活③』【3 冒涜の都市】【1918年1月4日 金曜日】その集落を後にしてから吾々はさらに暗黒界の奥地へと足を踏み入れました。そこここに家屋が群がり、焚き火が燃えている中を進みながら耳を貸す意志のある者に慰めの言葉や忠告を与えるべく吾々として最善の努力を→
『ベールの彼方の生活③』→したつもりです。が、残念な事にその大部分は受け入れる用意はできていませんでした。反省してすぐさま向上の道へ向かう者は極めて少ないものです。多くはまず強情がほぐれて絶望感を味わい、その絶望感が憧憬の念へと変わり、哀れなる迷える魂に微かな光が輝き始める。
『ベールの彼方の生活③』そこでようやく悔恨の情が湧き、罪の償いの意識が芽生え、例の光の橋へ向けての辛い旅が始まります。が、この土地の者がその段階に至るのはまだまだ先の事と判断してその集落を後にしました。吾々には使命があります。そして心の中にはその特別の仕事が待ち受けている→
『ベールの彼方の生活③』→土地への地図が刻み込まれています。決して足の向くまま気の向くままに暗黒界を旅しているのではありません。ただならぬ目的があって高き神霊の命によって派遣されているのです。行くほどに邪悪性の雰囲気が次第に募るのを感じ取りました。銘記して頂きたいのは、→
『ベールの彼方の生活③』→地域によって同じ邪悪性にも“威力”に差があり、また“性質”が異なる事です。同時にまた、地上と同じくその作用にムラが見られます。邪悪も全てが1つの型にはまるとは限らないという事です。そこにも自由意志と個性が認められるという事であり、どれだけ永い期間→
『ベールの彼方の生活③』→それに浸るかによって強烈となっているものもあれば比較的弱いものもある。それは地上においても天界の上層界においても同じ事です。やがて大きな都市にたどり着いた。守衛の一団が行進歩調で行き来する中を、どっしりとした大門を通り抜けて市内へ入った。
『ベールの彼方の生活③』それまでは姿を見せるために波長を下げていたのを、今度は反対に高めて彼らの目に映じない姿で通り抜けた訳です。大門を通り抜けてすぐの大通りの両側には、まるで監獄の防壁のような、がっしりとした作りの大きな家屋が並んでいる。そのうちの何軒かの通風孔から→
『ベールの彼方の生活③』→毒々しい感じの明かりが洩れて通路を照らし、吾々の行く先を過ぎっている。そこを踏みしめて進むうちに大きな広場に来た。そこに1つの彫像が高い台の上に立っている。広場の中央ではなく、やや片側に寄っており、そのすぐ側に、その辺りで一番大きい建物が立っていた。
『ベールの彼方の生活③』彫像はローマ貴族のトーガ(ウールのゆるやかな外衣)をまとった男性で、左手に鏡を持って自分の顔を映し、右手にフラゴン(聖餐用のぶどう酒ビン)を持ち、今まさに足もとの水だらいにドボドボとぶどう酒を注いでいる―崇高なる儀式の風刺(パロディ)です。
『ベールの彼方の生活③』しかもその水だらいの縁には様々な人物像がこれまた皮肉たっぷりに刻まれている。子供が遊んでいる図があるが、そのゲームは生きた子羊のいじめっこである。別のところにはあられもない姿の女性が赤ん坊を“逆さ”に抱いている図が彫ってある。全てがこうした調子で→
『ベールの彼方の生活③』→まじめなものを侮っている―童子性、母性、勇気、崇拝、愛、等々を冒涜し、吾々がその都市において崇高なるものへの憧憬を説かんとする気力を殺がせる。卑猥にして無節操きわまるものばかりである。辺り一体が不潔と侮辱に満ちている。どの建物を見ても構造と装飾に→
『ベールの彼方の生活③』→唖然とさせられる。しかし初めに述べた如く吾々には目的がある。嫌な事を厭ってはならない。使命に向かって突き進まねばならない。そこで吾々は意念を操作して姿をそこの住民の目に映じる波長に落としてから、右の彫像のすぐ後ろの大きな建物―悪の宮殿―の→
『ベールの彼方の生活③』→門をくぐった。土牢に似た大きな入り口を通り抜けて進むと、バルコニーに通じる戸口まで来た。バルコニーは見上げるようなホールの床と天井の中間を巻くようにしつらえてあり、所々に昇降階段が付いている。吾々はその手すりの所まで近づいてホールの中をのぞいた。
『ベールの彼方の生活③』そこから耳をつんざくような強烈な声が聞こえてくるが、しばらくはそれを発している人物が見えなかった。そうして吾々の目が辺りを照らす毒々しい赤っぽい光に慣れてくると、どうやら中の様子が判ってきた。すぐ正面に見えるホールの中央にバルコニーへ出る大きな階段が→
『ベールの彼方の生活③』→らせん状に付いている。それを取り囲むようにして聴衆が群がり、階段もその中程まで男女がすずなりになっている。が、その身なりはだらしなく粗末である。そのくせ豪華に見せようとする意図が見られる。例えば黄金や銀のベルトに首飾り、銀のブローチ、宝石をあしらった→
『ベールの彼方の生活③』→バックルや留め金を身に付けている者がそこら中にいる。が、全部模造品である事は一目で判る。黄金に見えるのもただの安ピカの金属片であり、宝石も模造品である。その階段の上段に演説者が立っている。大きな図体をしており、邪悪性が他を威圧する如くにその図体が→
『ベールの彼方の生活③』→他の誰よりも大きい。頭部にはトゲのある冠をつけ、汚らしい灰色をしたマントを羽織っている。かつては白かったのが性質(ガラ)が反映して煤けてしまったのであろう。胸の辺りにニセの黄金で作った2本の帯が交叉し、腰の辺りで革紐で留めてある。足にはサンダルを履き、→
『ベールの彼方の生活③』→その足もとに牧羊者の(先の曲がった)杖が置いてある。が、見ている吾々に思わず溜息をつかせたのは冠であった。トゲはいばらのトゲを黄金であしらい、陰気な眉の辺りを巻いていた。帰れるものなら今すぐにも帰りたい心境であった。が、吾々には目的がある。
『ベールの彼方の生活③』どうしても演説者の話を最後まで聞いてやらねばならなかった。その時の演説の中身を伝えるのは私にとって苦痛です。貴殿が書き取るのも苦痛であろうと思います。が、地上にいる間にこうした暗黒界の実情を知っておく事です。なぜなら、こちらの世界にはもはや地上のような→
『ベールの彼方の生活③』→善と悪の混在の生活がない。善は高く上がり悪は低く下がり、この恐ろしい暗黒界に至っては、善による悪の中和というものは有り得ない。悪が悪と共に存在して、地上では考えられないような冒涜行為が横行する事になります。なんと、彼が説いていたのは“平和の福音”だった。
『ベールの彼方の生活③』そのごく一部だけを紹介して、あとはご想像にお任せする事にしたい。「そこでじゃ、諸君、吾々はその子羊を惨殺した獣を崇拝するために、素直な気持ちでここに参集した。子羊が殺害されたという事は、吾々が幸福な身の上となり呪われし者の忌まわしき苦しみを」→
『ベールの彼方の生活③』→「乗り越えて生きていこうとする目的にとっては、その殺害者は事実上の吾々の恩人という事である。それ故、諸君、その獣が子羊を真剣に求めそして見出し、その無害の役立たず者から生命の血液と贖いをもたらしてくれた如くに、諸君も、常に品性高き行為にご熱心で」→
『ベールの彼方の生活③』→「あるからには、その子羊に相当するものを見つけ出し、かの牧羊者が教え給うた如くに行うべきである。諸君の抜け目なき沈着さをもって、子羊のごとき惰性の中から歓喜の情熱と興奮に燃える生命をもたらすべきである…そして女性諸君、“げす”な優美さに毒された」→
『ベールの彼方の生活③』→「その耳に私より一服の清涼剤を吹き込んで差し上げよう。私を総督に選出してくれたこの偉大なる境涯に幼児はやって参らぬ。がしかし、諸君に申し上げよう。どうか優しさをモットーとするこの私と、私が手にしているこの杖をとくと見て欲しい。そして私を諸君の」→
『ベールの彼方の生活③』→「牧羊者と考えて欲しい。これより諸君を、多すぎるほどの子供を抱えている者の所へこの私がご案内しよう。その者たちは、かつてせっかく生命を孕みながら、余りに深き慈悲ゆえに、その生命を地上に送って苦をなめさせるに忍びず、生け贄としてモロック(※)の」→
『ベールの彼方の生活③』→「祭壇に捧げた如く、その母なる胸より放り棄てるほど多くの子供を抱えている。さ、諸君、生け贄とされた子をいとおしみつつも、その子の余りに生々しき記憶に怯え、それを棄て去らんと望む者の所へ私が連れて参ろう」→
『ベールの彼方の生活③』→(※子供を人身御供として祭ったセム族の神。レビ記18・21、列王記23・10。訳者)こうした調子で彼は演説を続けたが、その余りの冒涜性の故に私はこれ以上述べる気がしません。カスリーンに中継させるのも忍びないし、貴殿に聞かせるのも気が引けます。
『ベールの彼方の生活③』それを敢えて以上だけでも述べたのは、貴殿ならびに他の人々にこの男の善性への冷笑と愚弄的従順さの一端を知って頂きたかったからであり、しかも彼がこの境涯にいる無数の同類の1つのタイプにすぎない事を知って頂くためです。いかにも心優しい人物を装い、いかにも→
『ベールの彼方の生活③』→遠慮がちに述べつつも、実はこの男はこの界層でも名うての獰猛さと残忍さを具えた暴君の1人なのです。確かに彼はその国の総督に選ばれた事は事実ですが、それは彼の邪悪性を恐れての事だった。その彼が、見るも哀れな半狂乱の聴衆を“品性高き者”と述べたものだから、→
『ベールの彼方の生活③』→彼らは同じ恐怖心にお追従も手伝って彼の演説に大いなる拍手を送った。彼はまた聴衆の中の毒々しく飾った醜女たちを“貴婦人”と呼び、羊飼いに羊が従う如くに自分に付いて来るがよいと命じた。するとこれまた恐怖心から彼女たちは拍手喝采をもって同意し、彼に従うべく→
『ベールの彼方の生活③』→全員が起立した。彼はくるりと向きを変えて、その巨大な階段を登ろうとした。彼は次の段に杖をついて、やおら1歩踏み出そうとして、ふとその足を引いて逆に1歩2歩と後ずさりし、ついに床の上に降りた。全会衆は希望と恐怖の入り混じった驚きで、息を呑んで→
『ベールの彼方の生活③』→身を屈めていた。その理由は他ならぬ階段の上段に現れた吾々の姿だったのです。吾々はその環境において発揮できる限りの本来の光輝を身にまとって1番上段に立ち、さらに霊団の1人である女性が5、6段下がったところに立っていました。エメラルドの玉飾りで→
『ベールの彼方の生活③』→茶色がかった金色の髪を眉の上あたりでしばり、霊格を示す宝石が肩のあたりで輝いており、その徳の高さを有りのままに表している。胴の中ほどを銀のベルトでしばっている。こうした飾りが目の前の群集の安ピカの宝石と際だった対照を見せている。両手で白ゆりの花束を→
『ベールの彼方の生活③』→抱えているその姿は、まさしく愛らしい女性像の極致で、先ほどの演説者の卑猥な冒涜に対する挑戦でした。男性も女性もしばしその姿に見とれていたが、そのうち1人の女性が思わずすすり泣きを始め、まとっていたマントでその声を抑えようとした。が、他の女性たちも→
『ベールの彼方の生活③』→甦ってくるかつての女性らしさに抗しきれずに泣き崩れ、ホールは女性の号泣で満たされてしまった。そうして、見よ、その悲劇と屈従の境涯においては久しく聞く事のなかった純情の泣き声に男たちまで思わず手で顔を覆い、地面に身を伏せ、厚い埃りも構わず床に→
『ベールの彼方の生活③』→額をすりつけるのであった。が、総督は引っ込んでいなかった。自分の権威に脅威が迫ったと感じたのである。全身に怒りを露わにしながら、ひれ伏す女性たちの体を踏みつけながら、大股で、最初に泣き出した女性のところへ歩み寄った。それを見て私は急いで→
『ベールの彼方の生活③』→階段の1番下まで降りて一喝した―「待たれよ!私のところへ来なされ!」私の声に彼は振り返り、ニヤリとしてこう述べた。「貴殿は歓迎いたそう。どうぞお出でなされ。我輩はここにいる臆病な女どもが貴殿の後ろのあのご婦人の光に目が眩んだようなので」→
『ベールの彼方の生活③』→「正気づかせようとしているまでじゃ。みんなして貴殿を丁重にお迎えするためにな…」が、私は厳しい口調で言い放った。「お黙りなさい!ここへ来なされ!」すると彼は素直にやって来て私の前に立ったので、続けてこう言って聞かせた。「あの演説といい、」→
『ベールの彼方の生活③』→「その虚飾といい、冒涜の度が過ぎますぞ!まずその冠を取りなさい。それからその牧羊者の杖も手放しなさい。よくも主を冒涜し、主の子等を恐怖心で束縛してきたものです」彼は私の言う通りにした。そこで私はすぐ側にいた側近の者に、先ほどよりは優しい口調で→
『ベールの彼方の生活③』→こう言って聞かせた。「あなた達は余りに長い間臆病すぎました。この男によって身も心も奴隷にされてきました。この男はもっと邪悪性の強い者が支配する都市へ行かせる事にします。これまでこの男に仕えてきたあなた達にそれを命じます。そのマントを脱がせ、」→
『ベールの彼方の生活③』→「そのベルトを外させなさい。主を愚弄するものです。彼もいつかはその主に恭順の意を表する事になるであろうが…」そう言って私は待った。すると4人の男が進み出てベルトを外し始めた。男は怒って抵抗したが、私が杖を取り上げてその先で肩を抑えると、→
『ベールの彼方の生活③』→その杖を伝って私の威力を感じておとなしくなった。これで私の意図が叶えられた。私は彼にそのホールから出て外で待機している衛兵に連れられて遠い土地にある別の都市へ行き、そこでこれまで他人にしてきたのと同じ事を“とくと”味わってくるようにと言いつけた。
『ベールの彼方の生活③』それからホールの会衆にきちんと座り直すように言いつけ、全員が落着いたところで最初に紹介した歌手に合図を送った。すると強烈な歌声がホール全体に響きわたった。その響きに会衆の心はさらに鼓舞され、そこにはもはやそれまで例の男によって抑えられてきた束縛の跡は→
『ベールの彼方の生活③』→見られなかった。あたりの明かりから毒々しい赤みが消え、柔らかな明るさが増し、安らかさが会場にみなぎり、興奮と感激に震える身体を爽やかに包むのでした。【どんな事を歌って聞かせたのでしょうか。】活発な喜びと陽気さにあふれた歌―春の気分、夜の牢獄が→
『ベールの彼方の生活③』→破られて訪れる朝の気分に満ち、魂を解放する歌、小鳥や木々、せせらぎが奏でるようなメロディを歌い上げました。聖とか神とかの用語は1語も使っておりません。少なくともその場、その時には一切口にしませんでした。彼らにとって何よりも必要とした薬は、それまでの→
『ベールの彼方の生活③』→奴隷的状態からの解放感を味わうように個性に刺激を与える事でした。そこで彼は生命と喜びと友愛の楽しさを歌い上げたのでした。と言って、それで彼らがいきなり陽気になった訳ではありません。言わば絶望感が薄らいだ程度でした。そのあとは吾々が引き受け、訓戒を与え→
『ベールの彼方の生活③』→かくしてようやくそのホールが、かつては気の向かぬまま恐怖の中で聞かされていた冒涜の対象イエス・キリストの崇拝者によって満たされる日が来ました。崇拝といっても、善性にあふれた上層界でのそれとは較べものになりませんが、調和の欠けた彼らの哀れな声の中にも→
『ベールの彼方の生活③』→このたびの吾々のように猜疑心と恐怖心に満ちた彼らの邪悪な感情のるつぼに飛び込んで苦心した者の耳には、どこか心を和ませる希望の響きが感じられるのでした。それからあとは吾々に代わって訪れる別の霊団によって強化と鍛錬を受け、それから先の長くかつ苦しい、→
『ベールの彼方の生活③』→しかし刻一刻開けてゆく魂の夜明けへ向けての旅に備える事になっており、吾々は吾々で、さらに次の目的地へ向けて出発したのでした。【そのホールに集まったのは同じ性質の者ばかりですか。】“ほぼ”同じです。大体において同質の者ばかりです。性格的に欠けたところの→
『ベールの彼方の生活③』→ある者も少しはおりました。それよりも、貴殿には奇異で有り得ない事のように思える事実をお話しましょう。彼らのうちの何名かがさきの総督の失脚のお伴をする事になった事です。彼の邪悪性の影響を受けて一心同体と言えるほどにまでなっていたために、彼らの個性には→
『ベールの彼方の生活③』→自主的に行動する独立性が欠けていた訳です。そのために、それまで総督の毒々しい威力の中で仕えてきた如くに、その失脚のお伴までする事になった。が、その数はわずかであり、別の事情で別の土地へ向かう事になった者も少しばかりいました。しかし大多数は→
『ベールの彼方の生活③』→居残って、久しく忘れていた真理を改めて学び直す事になりました。遠い昔の話は今の彼らにとっては新鮮に響き、かつ素晴らしいものに思えるらしく、見ている吾々には可哀想ににさえ思えました。【その後その総督はどうなりましたか。】今も衛兵が連れて行った→
『ベールの彼方の生活③』→遠い都市にいます。邪性と悪意は相も変わらずで、まだまだ戻っては来れません。この種の人間が高尚なものへ目を向けるようになるのは容易な事ではないのです。【衛兵が連れて行ったと言われましたが、それはどんな連中ですか。】これはまた難しい質問をなさいましたね。
『ベールの彼方の生活③』これは神について、その叡智、その絶対的支配についてもっと深く悟るまでは、理解する事は困難な問題の1つです。一言で言えば神の支配は天国だけでなく地獄にも及んでいるという事で、地獄も神の国であり(悪魔ではなく)神のみが支配しているという事です。
『ベールの彼方の生活③』さきの衛兵は実は総督を連れて行った都市の市民です。邪悪性の強い人間である事は確かであり、神への信仰などおよそ縁のない連中です。ですが総督を連行するよう命ぜられた時、誰がそう裁決したのか聞こうともせず、それが彼にとって最終的な救済手段である事も知らぬまま→
『ベールの彼方の生活③』→文句も言わずに命令に従った。この辺の経緯の裏側を深く洞察なされば、地上で起きる不可解な出来事の多くを解くカギを見出す事ができるでしょう。大ていの人間は悪人は神の御国の範囲の外にいるもの―罪悪や災害は神のエネルギーが誤って顕現したものと考えます。
『ベールの彼方の生活③』しかし実は両者とも神の御手の中にあり、悪人さえも、本人はそうと知らずとも、究極においてはそれなりの計画と目的を成就させられているのです。この問題はしかし、今ここで扱うには少し大きすぎます。
『ベールの彼方の生活③』では、お寝みになられたい。吾々の安らぎが貴殿のものとなるよう祈ります。

『ベールの彼方の生活③』【2 小キリストとの出会い】【1918年1月3日 木曜日】さて彼らのすぐ側まで来てみると、大きくなったり小さくなったりする炎を囲んで、不機嫌な顔つきでしゃがみこんでいる者もいれば横になっている者もいた。吾々の立っている位置はすぐ後ろなのに→
『ベールの彼方の生活③』→見上げようともしない。最も、たとえ見上げても吾々の存在は彼らの目に映らなかったであろう。彼らの視力の波長はその時の吾々の波長には合わなかったからです。言いかえれば吾々の方が彼らの波長にまで下げていなかったという事です。そこで吾々は互いに手を握り合って→
『ベールの彼方の生活③』→(エネルギーを強化して)徐々に鈍重性を増していった。すると1人2人と、なにやら身近に存在を感じて、落ち着かない様子でモジモジし始めた。これが彼らの通例です。つまり何か高いものを求め始める時のあの苛立ちと不安と同じものですが、彼らはいつもすぐにそれを→
『ベールの彼方の生活③』→引っ込める。と言うのも、上り行く道は険しく難儀に満ち、落伍する者が多い。最後まで頑張ればその辛苦も報われて余りあるものがあるのですが、彼らにはそこまで悟れない。知る手掛かりと言えばこの度の吾々のように、こうして訪れた者から聞かされる話だけなのです。
『ベールの彼方の生活③』そのうち1人が立ち上がって、薄ぼんやりとした闇の中を不安げに見つめた。背の高いやせ型の男で、手足は節くれだち、全身が前かがみに折れ曲がり、その顔は見るも気の毒なほど希望を失い、絶望に満ち、それが全身に漂っている。その男がヨタヨタと吾々の方へ歩み寄り、→
『ベールの彼方の生活③』→2、3ヤード離れた位置から覗き込むような目つきで見つめた。その様子から吾々はこの暗黒の土地に住む人間のうち少なくとも一握りの連中には、吾々の姿がたとえ薄ぼんやりとではあっても見る事ができる事を知った。「もしもし、拝見したところ大そうやつれて」→
『ベールの彼方の生活③』→「いらっしゃるし、心を取り乱しておられる。何か吾々にできる事でもあればと思って参ったのですが…」すると男から返事が返ってきた。それは地下のトンネルを通って聞こえる長い溜息のような声だった。「一体お前さんはどこの誰じゃ。1人だけではなさそうじゃな。」→
『ベールの彼方の生活③』→「お前さんの後ろにも何人かの姿が見える。どうやらこの土地の者ではなさそうじゃな。一体どこから来た?そして何の用あってこの暗いところへ来た?」それを聞いて私はさらに目を凝らしてその男に見入った。と言うのは、その不気味な声の中にもどこか聞覚えのあるもの→
『ベールの彼方の生活③』→少なくともまるで知らない声ではない何ものかが感じられたのである。そう思った次の瞬間に“はた”と感づいた。彼とは地上で住ぐ近くに住む間柄だったのである。それどころか、彼はその町の治安判事だった。そこで私が彼の名を呼んでみた。が私の予期に反して彼は少しも→
『ベールの彼方の生活③』→驚きを見せなかった。困惑した顔つきで私を見つめるが、よく判らぬらしい。そこで私がかつての町の名前を言い、続いて奥さんの名前も言ってみた。すると地面へ目を落とし、手を額に当ててしきりに思いだそうとした。そうしてまず奥さんの名前を思い出し、私の顔を→
『ベールの彼方の生活③』→見上げながら2度3度とその名を口ずさんだ。それから私が彼の名前をもう1度言ってみた。すると今度は私の唇からそれが出るとすぐに思い出してこう言った。「わかった。思い出した。思い出した。ところで妻は今どうしてるかな。お前さんは何か消息を持ってきて」→
『ベールの彼方の生活③』→「くれたのか。どうして俺をこんなところに置いてきぼりにしやがったのかな、あいつは…」そこで私は、奥さんがずっと高い界にいて、彼の方から上がって行かない限り彼女の方から会いに下りてくる事はできない事を話して聞かせた。が、彼にはその辺の事がよく→
『ベールの彼方の生活③』→呑み込めなかったようだった。その薄暗い界でよほど感覚が鈍っているせいか、そこの住民のほとんどが自分が一体どの辺りにいるのかを知らず、中には自分が死んだ事すら気付いていない者がいる。それほど地上生活の記憶の蘇る事が少なく、たとえ蘇ってもすぐに消え失せ、→
『ベールの彼方の生活③』→再び記憶喪失状態となる。それゆえ彼らの大半はその暗黒界以外の場所で生活した事があるかどうかも知らない状態である。しかしそのうちその境涯での苦しみをとことん味わってうんざりし始め、どこかもう少し“まし”なところで“まし”な人間と共に暮らせない→
『ベールの彼方の生活③』→ものかと思い始めた時、その鈍感となっている脳裏にも油然として記憶が甦り、その時こそ良心の呵責を本格的に味わう事になる。そこで私はその男に事の次第を話して聞かせた。彼は地上時代には、彼なりの一方的な愛し方ではあったが、奥さんを深く愛していた。
『ベールの彼方の生活③』そこで私はその愛の絆をたぐり寄せようと考えた。が、彼は容易にその手に乗らなかった。「それほどの(立派になった)人間なら、こんな姿になった俺の所へはもうやって来てはくれまいに…」彼がそう言うので「ここまで来る事は確かにできない。あなたの方から」→
『ベールの彼方の生活③』→「行ってあげる他はない。そうすれば奥さんも会ってくれるでしょう」これを聞いて彼は腹を立てた。「あの高慢ちきの売女(ばいた)め!俺の前ではやけに貞淑ぶりやがって、些細な過ちを大げさに悲しみやがった。今度会ったら言っといてくれ。せいぜいシミ1つない」→
『ベールの彼方の生活③』→「きれいな館でふんぞり返り、ぐうたら亭主の哀れな姿を眺めてほくそ笑むがいい、とな。こちとらだって、カッコは良くないが楽しみには事欠かねえんだ。口惜しかったらここまで下りてくるがいい。ここにいる連中みんなでパーティでも開いて大歓迎してやらぁ。」→
『ベールの彼方の生活③』→「じゃ、あばよ、だんな」そう吐き棄てるように言ってから仲間の方を向き、同意を求めるような薄笑いを浮かべた。その時である、別の男が立ち上がってその男を脇へ連れていった。この人はさっきからずっとみんなに混じって座っており、身なりもみんなと同じように→
『ベールの彼方の生活③』→みすぼらしかったが、その挙動にどことなく穏やかさがあり、また吾々にとっても驚きに思えるほどの優雅さが漂っていた、その人は男に何事かしばらく語りかけていたが、やがて連れ立って私の所へ来てこう述べた。
『ベールの彼方の生活③』「申し訳ございません。この男はあなた様のおっしゃる事がよく呑み込めてないようです。皆さんが咎めに来られたのではなく慰めに来られた事が分かっておりません。あのようなみっともない言葉を吐いて少しばかり後悔しているようです。あなた様とは地上で知らぬ仲では」→
『ベールの彼方の生活③』→「なかった事を今言って聞かせたところです。どうかご慈悲で、もう一度声を掛けてやって下さい。ただ奥さんの事だけは遠慮してやって下さい。ここに居ない事を自分を見捨てて行ったものと考え、今もってそれが我慢ならないようですので…」私はこの言葉を聞いて→
『ベールの彼方の生活③』→驚かずにはいられなかった。あたりは焚き火を囲んでいる連中からの怒号や金切り声や罵り声で騒然としているのに、彼は実に落ち着き払って静かにそう述べたからです。私はその人に一言お礼を述べてから、さきの男の所へ行った。私にとってはその男がお目当てなのである。
『ベールの彼方の生活③』と言うのも、彼はこのあたりのボス的存在であり、その影響力が大であるところから、この男さえ説得できれば、あとは楽であるとの確信があった。私はその男に近づき、腕を取り、名前を呼んで微笑みかけ、雑踏から少し離れたところへ連れて行った。それから地上時代の→
『ベールの彼方の生活③』→話を持ち出し、彼が希望に胸をふくらませていた頃の事や冒険談、失敗談、そして犯した罪のいくつかを語って聞かせた。彼は必ずしもその全てを潔く認めなかったが、いよいよ別れ際になって、そのうちの2つの罪をその通りだと言って認めた。これは大きな収穫でした。
『ベールの彼方の生活③』そこで私は今述べた地上時代の事にもう一度思いを馳せて欲しい…そのうち再び会いに来よう…君さえ良かったら…と述べた。そして私は彼の手を思い切り固く握りしめて別れた。別れたあと彼は1人でしゃがみ込み、膝をあごのところまで引き寄せ、向こうずねを抱くような格好で→
『ベールの彼方の生活③』→焚き火に見入ったまま思いに耽っていました。私はぜひさきの男性に会いたいと思った。もう一度探し出して話してからでないと去り難い気がしたのです。私はその人の事を霊的にそろそろその境涯よりも一段高いところへ行くべき準備ができている人ぐらいに考えていました。
『ベールの彼方の生活③』すぐには見つからなかったが、やがて倒れた木の幹に1人の女性と少し距離を置いて腰掛けて語り合っているところを見つけた。女性はその人の話に熱心に聞き入っています。私が近づくのを見て彼は立ち上がって彼の方から歩み寄ってきた。そこで私はまずこう述べた。
『ベールの彼方の生活③』「この度はお世話になりました。お陰さまであの気の毒な男に何とか私の気持を伝える事ができました。あなたのお口添えが無かったらこうはいかなかったでしょう。どうやらこのあたりの住民の事についてはあなたの方が私よりもよく心得ていらっしゃるようで、お陰で」→
『ベールの彼方の生活③』→「助かりました。ところで、あなたご自身の身の上、そしてこれから先の事はどうなっているのでしょう?」彼はこう答えた。「こちらこそお礼申し上げたいところです。私の身の上をこれ以上隠すべきでもなさそうですので申し上げますが、実は私はこの土地の者ではなく」→
『ベールの彼方の生活③』→「第4界に所属している者です。私は自ら志願してこうした暗黒界で暮らす気の毒な魂を私にできる範囲で救うためにここに参っております」私は驚いて「ずっとここで暮らしておられるのでしょうか」と尋ねた。「ええ、ずいぶん長いこと暮らしております。でも、」→
『ベールの彼方の生活③』→「あまりの息苦しさに耐えかねた時は、英気を養うために本来の界へ戻って、それから再びやって参ります」「これまで何度ほど戻られましたか」「私がこの土地へ初めて降りてきてから地上の時間にしてほぼ60年が過ぎましたが、その間に9回ほど戻りました。」→
『ベールの彼方の生活③』→「初めのうちは地上時代の顔見知りの者がここへやってくる事がありましたが、今では1人もいなくなりました。みんな見知らぬ者ばかりです。でも1人ひとりの救済のための努力を続けております」この話を聞いて私は驚くと同時に大いに恥じ入る思いがした。
『ベールの彼方の生活③』この度の吾々一団の遠征は一時的なものにすぎない。それを大変な徳積みであるかに思い込んでいた。が、今目の前に立っている男はそれとは次元の異なる徳積みをしている。己れの栄光を犠牲にして他の者のために身を捧げているのである。その時まで私は1個の人間が→
『ベールの彼方の生活③』→同胞のために己れを犠牲にするという事の真の意味を知らずにいたように思う。それも、こうした境涯の者のために自ら死の影とも呼ぶべき暗黒の中に暮らしているのである。彼はそうした私の胸中を察したようです。私の恥じ入る気持を和らげるためにこう洩らした。
『ベールの彼方の生活③』「なに、これも主イエスへのお返しのつもりです―主もあれほどの犠牲を払われて吾々にお恵みを下さったのですから…」私は思わず彼の手を取ってこう述べた。「あなたはまさしく“神の愛の書”の聖句を私に読んで聞かせて下さいました。主の広く深き美しさと愛の厳しさは」→
『ベールの彼方の生活③』→「吾々の理解を超えます。理解するよりも、ただ讃仰するのみです。が、それだけに、少しでも主に近き人物、言うなれば小キリストたらんと努める者と交わる事は有益です。思うにあなたこそその小キリストのおひとりであらせられます」が、彼は頭を垂れるのみであった。
『ベールの彼方の生活③』そして私がその髪を左右に分けられたところに崇敬の口づけをした時、彼は独り言のようにこう呟いたのだった。「勿体ないお言葉―私に少しでもそれに値するものがあれば―その有難き御名に相応しきものがひとかけらでもあれば…」

『ベールの彼方の生活③』8章 暗黒界の探訪【1 光のかけ橋】【1917年 大晦日】ここまでの吾々の下降の様子はいたって大まかに述べたにすぎません。が、これから吾々はいよいよ光輝が次第に薄れゆく境涯へ入っていく事になります。これまでに地上へ降りて死後の世界について語った霊は、→
『ベールの彼方の生活③』→生命躍如たる世界については多くを語っても、その反対の境涯についてはあまり多くを語っておりません。いきおい吾々の叙述は理性的正確さを要します。と言うのも、光明界と暗黒界について偏りのない知識を期待しつつも、性格的に弱く、従って喜びと美しさによる→
『ベールの彼方の生活③』→刺戟を必要とする者は、その境界の“裂け目”を吾々と共に渡る勇気がなく、怖じ気づいて背を向け、吾々が暗黒界の知識を携えて光明界へ戻ってくるのを待つ事になるからです。さて、地上を去った者が必ず通過する(既にお話した)地域を通り過ぎて、吾々はいよいよ→
『ベールの彼方の生活③』→暗さを増す境涯へと足を踏み入れた。すると強靱な精神力と用心深い足取りを要する一種異様な魂の圧迫感が急速に増していくのを感じた。それというのも、この度の吾々は一般に高級霊が採用する方法、つまり身は遠く高き界に置いて通信網だけで接触する方法は→
『ベールの彼方の生活③』→取らない事にしていたからです。これまでと同じように、つまり自らの身体を平常より低い界の条件に合わせてきたのを、そこからさらに一段と低い界の条件に合わせ、その界層の者と全く同じではないが“ほぼ”同じ状態、つまり見ようと思えば見え、触れようと思えば触れられ→
『ベールの彼方の生活③』→吾々の方からも彼らに触れる事のできる程度の鈍重さを身にまとっていました。そしてゆっくりと歩み、その間もずっと右に述べた状態を保つために辺りに充満する雰囲気を摂取していました。そうする事によって同時に吾々はこれより身を置く事になっている暗黒界の住民の→
『ベールの彼方の生活③』→心情をある程度まで察する事ができました。その土地にも光の照っている地域がある事はあります。が、その範囲は知れており、すぐに急斜面となってその底は暗闇の中にある。そのささやかな光の土地に立って深い谷底へ目をやると、一帯を覆う暗闇の濃さは物凄く、→
『ベールの彼方の生活③』→吾々の視力では見通す事ができなかった。その不気味な黒い霧の上を薄ぼんやりとした光が射しているが、暗闇を突き通す事はできない。それほど濃厚なのです。その暗闇の世界へ吾々は下って行かねばならないのです。貴殿のご母堂が話された例の“光の橋”は→
『ベールの彼方の生活③』→その暗黒の谷を越えて、その彼方のさらに低い位置にある小高い丘に掛かっています。その低い端まで(暗黒界から)たどり着いた者はいったんそこで休憩し、それからこちらの端まで広い道(光の橋)を渡って来ます。途中には幾つかの休憩所が設けてあり、→
『ベールの彼方の生活③』→ある場所まで来ては疲れ果てた身体を休め、元気を回復してから再び歩み始めます。と言うのも、橋の両側には今抜け出て来たばかりの暗闇と陰気が漂い、しかも今なお暗黒界に残っているかつての仲間の叫び声が、死と絶望の深い谷底から聞こえてくるために、→
『ベールの彼方の生活③』→やっと橋までたどり着いても、その橋を通過する時の苦痛は並大抵の事ではないのです。吾々の目的はその橋を渡る事ではありません。その下の暗黒の土地へ下って行く事です。【今おっしゃった“小高い丘”、つまり光の橋が掛かっている向こうの端のその向こうは】→
『ベールの彼方の生活③』→【どうなっているのでしょうか。】光の橋の向こう側はこちらの端つまり光明界へつながる“休息地”ほどは高くない尾根に掛かっています。さほど長い尾根ではなく、こちら側の端が掛かっている断崖と平行に延びています。その尾根も山のごとく聳えており、→
『ベールの彼方の生活③』→形は楕円形をしており、すぐ下も“休息地”との間も、谷になっています。そのずっと向こうは谷の底と同じ地続きの広大な平地で、表面はでこぼこしており、あちらこちらに大きなくぼみや小さな谷があり、その先は一段と低くなり暗さの度が増していきます。
『ベールの彼方の生活③』暗黒界を目指す者は光の橋にたどり着くまでにその斜面を登ってこなければならない。尾根はさほど長くないと言いましたが、それは荒涼たる平地全体の中での話であって、実際にはかなりの規模で広がっており、途中で道を見失って何度も谷に戻ってしまう者が大勢います。
『ベールの彼方の生活③』いつ脱出できるかは要は各自の視覚の程度の問題であり、それはさらに改悛の情の深さの問題であり、より高い生活を求める意志の問題です。さて吾々はそこで暫し立ち止まり考えを廻らしたあと、仲間の者に向かって私がこう述べた。
『ベールの彼方の生活③』「諸君、いよいよ陰湿な土地にやってまいりました。これからはあまり楽しい気分にはさせてくれませんが、吾々の進むべき道はこの道であり、せいぜい足をしっかりと踏みしめられたい」すると1人が言った。「憎しみと絶望の冷気が谷底から伝わってくるのが感じられます。」
『ベールの彼方の生活③』「あの苦悶の海の中ではロクな仕事はできそうにありませんが、たとえわずかでも、一刻の猶予も許せません。その間も彼らは苦しんでいるのですから…」「その通り。それが吾々に与えられた使命です」そう答えて私はさらにこう言葉を継いだ。
『ベールの彼方の生活③』「しかも、ほかならぬ主の霊もそこまで下りられたのです。吾々はこれまで光明を求めて主のあとに続いてきました。これからは暗黒の世界へ足を踏み入れようではありませんか。なぜなら暗黒界も主の世界であり、それを主みずから実行して見せたからです」(暗黒界へ落ちた)→
『ベールの彼方の生活③』→(裏切り者のユダを探し求めて下りた事。訳者)かくして吾々は谷を下って行った。行くほどに暗闇が増し、冷気に恐怖感さえ漂い始めた。しかし吾々は救済に赴く身である。酔狂に怖いものを見に行くのではない。そう自覚している吾々は躊躇する事なく、しかし慎重に、→
『ベールの彼方の生活③』→正しい方角を確かめながら進んだ。吾々が予定している最初の逗留地は少し右へそれた位置にあり、光の橋の真下ではなかったので見分けにくかったのです。そこに小さな集落がある。住民はその暗黒界での生活にうんざりしながら、ではその絶望的な境涯を後にして→
『ベールの彼方の生活③』→光明界へ向かうかというと、それだけの力も無ければ方角も判らぬ者ばかりである。行くほどに吾々の目は次第に暗闇に慣れてきた。そして、ちょうど闇夜に遠い僻地の赤い灯を見届けるように、あたりの様子がどうにか見分けがつくようになってきた。あたりには朽ち果てた→
『ベールの彼方の生活③』→建物が数多く立ち並んでいる。幾つかがひとかたまりになっているところもあれば、1つだけぽつんと建っているのもある。いずこを見てもただ荒廃あるのみである。吾々が見た感じではその建物の建築に当たった者は、どこかがちょっとでも破損するとすぐにその建物を→
『ベールの彼方の生活③』→放置したように思える。あるいは、せっかく仕上げても、少しでも朽ちかかるとすぐに別のところに別の建物を建てたり、建築の途中でいやになると放置したりしたようである。やる気の無さと忍耐力の欠如があたり一面に充満している。絶望からくる投げやりの心であり、→
『ベールの彼方の生活③』→猜疑心からくるやる気の無さである。ともに身から出た錆であると同時に、同類の者によってそう仕向けられているのである。樹木もある事はある。中には大きなものもあるが、その大半に葉が見られない。葉があっても形に愛らしさがない。煤けた緑色と黄色ばかりで、→
『ベールの彼方の生活③』→あたかもその周辺に住む者の敵意を象徴するかのように、ヤリのようなギザギザが付いている。幾つか小川を渡ったが、石ころだらけで水が少なく、その水もヘドロだらけで悪臭を放っていた。
『ベールの彼方の生活③』そうこうしているうちに、ようやく目指す集落が見えてきた。市街地というよりは大小様々な家屋の集まりといった感じである。それも、てんでんばらばらに散らばっていて秩序が見られない。通りと言えるものは見当たらない。建物の多くは粘土だけで出来ていたり、→
『ベールの彼方の生活③』→平たい石材でどうにか住居の体裁を整えたにすぎないものばかりである。外は明り用にあちらこちらで焚き火がたかれている。そのまわりに大勢が集まり、黙って炎を見つめている者もいれば、口ゲンカをしている者もおり、取っ組み合いをしている者もいるといった→
『ベールの彼方の生活③』→具合である。吾々はその中でも静かにしているグループを見つけて側まで近づき、彼らの例の絶望感に満ちた精神を大いなる哀れみの情をもって見つめた。そして彼らを目の前にして吾々仲間同士で手を握り合って、この仕事をお与え下さった父なる神に感謝の念を捧げた。

残念ながら消去してしまった過去ブログをご覧頂いていた方へ、こちらにて復活をさせて頂きました、山を愛する霊覚者、たきざわ彰人です。僕のブログ、過去2度の消去の憂き目に遭い、今回3回目の再UPとなりました。最初は2014年7月に発動した「隔離フィールド」内の聖戦の影響で僕の心が“滅私”の心境に達し、自らの手でブログを消去してしまいましたが、その後すぐに「ある霊媒」という名で復活、そして名前を「たきざわ彰人」に戻して果てしなく活動を続け、2015年11月、やむにやまれぬ事情により(詳細説明はできないのです、ご容赦を)2回目のブログ消去となってしまったのでした。
とはいえ、僕はこれまでブログ、ツイッターにて果てしなく撃ち続けてきた全テキストデータを完全な形で保持していますので、こうして3度目のブログ復活もできた…という事なのです。2015年の僕は、イエス様ハンドリング(霊の導きに従う)により、本来の活動、霊的知識普及の使命遂行とはだいぶ違う方向性に導かれ続けていました。が、それも全ては霊団側の巧妙なる計画の一部であった、という事のようなのです。霊団側の目的はただひとつ、霊的知識普及です。それを“より効果的”に進めるための土壌整備の1年間であった、そう言えると思います。僕の小我に関係なく「たきざわ彰人」という名はずいぶんと広まったもようですし…(滝汗)
「たきざわ彰人」の存在がだいぶ知れ渡ったところで、ここで再び“原点”に帰るブログをUPさせて頂こうと思います。僕は2012年12月で帰幽完了していたはずの男です。守護霊様から「地上学校の卒業証書」を頂戴している身であり、地上の試練を突破、終了しているのです。もう地上に残り続けなくてよい男なのです。しかし2013年4月、イエス様に「怒涛の連続顕現」にて霊的知識普及の使命遂行の“お願い”をされてしまい、僕は苦難の末にそのイエス様のご意思に従う決意をし、ここまでイエス様ハンドリングで活動の限りを尽くしてきた…という経緯なのです。
未だに交霊会を執り行えずにいるのは残念の極みではありますが、現代の日本には“珠玉の霊関連書籍”がたくさん存在します。ぜひ多くの日本の方々に、下記に紹介する書籍を手に取って頂き、親しんで頂きたいと思うのです。僕たち地上人が、地上生活中に獲得、得心せねばならない霊的知識の宝庫の書籍群だからです。いつか、そう遠からぬうちに僕が霊媒発動を果たし、無事に交霊会が行なえた暁には、これらの書籍の内容よりもさらに進んだ内容の霊言が降ってくる可能性が大いに予測されますので、ぜひそちらの方も楽しみにお待ち頂ければと思います。
僕は1歩も退く気はありません。霊団からも「(使命遂行は)まだ4分の1」「(使命遂行全体の)計画終わっていない」とインスピレーションを受け取らせて頂いています。2015年は、残り4分の3のための土壌整備だった訳です。2016年以降に、僕が何らかの環境で霊媒発動する事を強く強く信じ、今後も霊団の導きに全力で従いながら使命遂行を続ける覚悟です。では、下記リストを参考にして頂き、ひとりでも多くの日本の方々に霊関連書籍に触れるキッカケを得て頂きたいと思います(祈)
-----僕が購入・読破した全書籍-----
■シルバー・バーチの霊訓 1巻~12巻
 アン・ドゥーリー他編 近藤千雄訳
■霊界通信 ベールの彼方の生活 1巻「天界の低地」篇・2巻「天界の高地」篇・3巻「天界の政庁」篇・4巻「天界の大軍」篇
 G.V.オーエン著 近藤千雄訳
■インペレーターの霊訓 続「霊訓」
 W.S.モーゼス著 近藤千雄訳
■世界心霊宝典1 霊訓
 W.S.モーゼス著 近藤千雄訳
■世界心霊宝典2 不滅への道(永遠の大道)
 G.カミンズ著 梅原伸太郎訳
■世界心霊宝典3 スピリチュアリズムの真髄
 J.レナード著 近藤千雄訳
■世界心霊宝典4 ジャック・ウェバーの霊現象
 H.エドワーズ著 近藤千雄訳
■世界心霊宝典5 人間個性を超えて(個人的存在の彼方)
 G.カミンズ著 梅原伸太郎訳
■ホワイト・イーグル霊言集
 グレース・クック著 桑原啓善訳
■霊性進化の道 ホワイト・イーグルの霊示
 グレース・クック著 桑原啓善訳
■天使と妖精 ホワイト・イーグルの霊示
 グレース・クック著 桑原啓善訳
■霊の書(上・下巻)
 アラン・カーデック著 桑原啓善訳
■私の霊界紀行 驚異の幽体離脱体験記
 F.C.スカルソープ著 近藤千雄訳
■新装版 迷える霊との対話 スピリチュアルカウンセリングによる精神病治療の30年
 C.A.ウィックランド著 近藤千雄訳
■スピリチュアル・ストーリーズ 天使がくれたおくりもの
 オリーブ・バートン著 近藤千雄訳
■ペットは死後も生きている スピリチュアリズムが明かす動物の死後
 シルビア・バーバネル著 近藤千雄訳
■霊力を呼ぶ本 生きがいの発見
 モーリス・バーバネル著 近藤千雄訳
■これが心霊の世界だ 果てしなき生命
 モーリス・バーバネル著 近藤千雄訳
■母と子の心霊教室 不思議な心の世界
 チャールズ・パーマー著 近藤千雄訳
■霊性を開く あなたを支えるもの
 ルース・ウェルチ著 近藤千雄訳
■背後霊の不思議 あなたの運勢を開く
 M.H.テスター著 近藤千雄訳
■私は霊力の証を見た 奇跡の心霊治療
 M.H.テスター著 近藤千雄訳
■現代人の処方箋 心霊学に学ぶ
 M.H.テスター著 近藤千雄訳
■霊体手術の奇跡 霊医ウィリアム・ラング
 G.チャプマン著 近藤千雄訳
■これが死後の世界だ 開かれた来世
 W.H.エバンズ著 近藤千雄訳
■これが超能力だ あなたの潜在能力を開発する
 ホーラス・リーフ著 近藤千雄訳
■心霊と進化と 奇跡と近代スピリチュアリズム
 アルフレッド・R・ウォーレス著 近藤千雄訳
■レッドマンのこころ
 アーネスト・シートン著 近藤千雄訳
■妖精物語 実在する妖精世界
 アーサー・コナン・ドイル著 近藤千雄訳
■妖精世界 霊視した妖精の姿
 G.ホドソン著 近藤千雄訳
■妖精 妖精写真は物語る
 E.L.ガードナー著 近藤千雄訳
■コナン・ドイルの心霊学
 コナン・ドイル著 近藤千雄訳
■霊界通信 イエスの少年時代 貧窮の中の小さな王者
 G.カミンズ著 山本貞彰訳
■霊界通信 イエスの成年時代 神と人間のはざまで
 G.カミンズ著 山本貞彰訳
■霊界通信 イエスの弟子達 パウロ回心の前後
 G.カミンズ著 山本貞彰訳
■聖書の実像
 G.M.エリオット著 山本貞彰訳
■イエス・キリスト失われた物語 聖書が書かなかった生と死の真実
 フロリゼル・フォン・ロイター著 近藤千雄訳
■古代霊は語る シルバー・バーチ霊訓より
 近藤千雄訳編
■シルバーバーチのスピリチュアルな法則
 フランク・ニューマン著 近藤千雄訳
■シルバーバーチのスピリチュアル・メッセージ
 トニー・オーツセン著 近藤千雄訳
■シルバーバーチの新たなる啓示
 トニー・オーツセン著 近藤千雄訳
■シルバーバーチ 最後の啓示
 トニー・オーツセン著 近藤千雄訳
■シルバーバーチ 今日のことば
 近藤千雄訳編
■霊界通信 子桜姫物語
 浅野和三郎著
■ブルーアイランド スピリチュアリズムが明かす死後の世界
 エステル・ステッド編 近藤千雄訳
■<あの世>からの現地報告[三部作]その(1)死後の世界も自然界である
 アンソニー・ボージャ著 近藤千雄訳編
■霊は実在する、しかし 真贋乱舞の中で
 近藤千雄著
■霊的人類史は夜明を迎える スピリチュアリズム誕生の系譜
 近藤千雄著
■人生は本当の自分を探すスピリチュアルな旅
 近藤千雄著
-----おまけの推薦本-----
■かもめのジョナサン
 リチャード・バック著 五木寛之訳
…はい。現時点で日本語訳されている霊関連書籍は大体こんな感じではないかと思われます。もちろんまだ他にもありますが、真実性に乏しい、怪しい書籍を手にしてしまって誤った知識に身を晒さないためにも、上記に紹介した「信頼の置ける」書籍を一人でも多くの方々に手にして頂き、何度も何度も納得がいくまで通読して頂きたいと思っています。
(※「かもめのジョナサン」は霊関連書籍ではありませんが、霊的知識を得心した方が読めば、この小説のストーリーがスピリチュアリズムの内容と完全に一致する事が理解して頂けると思います。)
今後の霊団側の導きの方向性によりますが、僕の地上での活動はまだまだ続くのでしょう。いつか、いつか、僕が霊媒として機能し、無事に交霊会が行なえる日が来る事を…ただただ信じ、イエス様ハンドリングを続ける所存です…(祈)

『シルバーバーチの霊訓⑩』【訳者あとがき】本書は原題をLight from Silver Birchといい、そのまま訳せば、シルバーバーチからの光、ないしは光明という事になる。これまでの霊言集の表題は“シルバーバーチの教え”“シルバーバーチの導き”“シルバーバーチの叡智”→
『シルバーバーチの霊訓⑩』→“シルバーバーチの哲学”といったパターンになっているが、意味するところはみな同じである。編者パム・リーバとは2度会っている。最初はバーバネルの秘書をしていた時で、社長室のある3階から下りてきて私を迎え、折り返し3階まで案内してくれた。いかにも貞淑な→
『シルバーバーチの霊訓⑩』→物腰が印象に残っただけで、顔はあとで思い出せるほどはっきりは覚えていなかった。2度目に会った時はバーバネル亡きあとで、サイキックニューズ社のスタッフの1人として働いていた。私の事を覚えていてくれて、私が来ている事を知ってわざわざ2階の編集室から→
『シルバーバーチの霊訓⑩』→下りてきてくれた。その時始めてとても美しい方である事を知った。ハデな美しさではなく、奥に何かを秘めた清楚な美しさで、才色兼備とはこういう人に使う言葉であろうと思ったりした。
『シルバーバーチの霊訓⑩』私が「今シルバーバーチを訳しているけど、そのうちあなたの編集なさったものも訳しますよ」と言ったらOh,lovely!(まあ、すてき!)と言って、まるで童女のようなあどけない仕草で、うれしそうにしたのが印象的だった。本文の136ページでシルバーバーチが→
『シルバーバーチの霊訓⑩』→「この霊媒と奥さんと私とは1個のインディビジュアリティに所属しております」と述べている。つまり霊的な親族(アフィニティ)、いわゆる類魂同士であるという意味であるが、私は永年バーバネルの秘書を務めたリーバ女史もアフィニティの1人として計画の推進のために→
『シルバーバーチの霊訓⑩』→生まれてきていると思う。スワッハーもしかり、速記係のムーア女史もしかりである。話を戻して、続いて私が「その後バーバネルから何か通信がありますか」と尋ねたところ、自動書記とか霊聴という形ではないけど、霊感的に近くにバーバネルの存在を感じる事は→
『シルバーバーチの霊訓⑩』→よくあるといった主旨の事を語ってくれた。バーバネルは今でもサイキックニューズをはじめとしてスピリチュアリズム関係の仕事を霊界から援助してくれている事は、当然想像できるところである。さて本書にはバーバネルが他界する直前の霊言も収められており、→
『シルバーバーチの霊訓⑩』→1938年に始まった原典シリーズも本書が最後となる。日本語シリーズとしてはオーツセンのMore Philosophyの残り半分を主体として構成したものを次の第11巻とし、最終巻は全霊言集の他にサイキックニューズ紙やツーワールズ誌に引用されている→
『シルバーバーチの霊訓⑩』→珠玉の言葉や祈りをもれなく集めて“総集編”としたいと考えている。もちろんそれでシルバーバーチの霊言が全て出つくす訳ではない。分量としてはむしろ残されているものの方が多いのではないかと推測している。現に最近の情報では、すでに次のシリーズを企画中の→
『シルバーバーチの霊訓⑩』→ようである。シルバーバーチファンにとっては嬉しいかぎりであるが、それはそれとして、本シリーズは全12巻をもって完結としたい。実は2年ほど前に別々の機会に2度“このあとシルバーバーチを新たに出す予定はあるのか”と尋ねた事があるが、2度とも→
『シルバーバーチの霊訓⑩』→その予定はないと言っていた。それが今になって新しい企画がされたという事は、シルバーバーチの霊言がその後も世界的にますます注目されている事の表れであり、それは言い換えれば、現代人がこうした霊的な叡智を要求しはじめているという事であろう。
『シルバーバーチの霊訓⑩』『古代霊は語る』がきっかけとなってついに12巻もの霊言集が出せる事になった。振り返ってみると、これまでの展開ぶりは私自身にとっても“まさか”の1語につきるもので、これも潮文社の理解なくしては不可能な事だった事は言うまでもないが、その背後に大規模な→
『シルバーバーチの霊訓⑩』→霊界からの働きかけがある事を痛切に感じている。私も1個の道具としてその計画の中に組み込まれているのであろう。今後の計画がどう進展するかは知るよしもないが、“すべては良きに計られる”とのシルバーバーチの言葉を信じて→
『シルバーバーチの霊訓⑩』→地道に歩んで行きたいと思っている。(1987年)
『シルバーバーチの霊訓⑩』【新装版発行にあたって】多くの読者に支持され、版を重ねてきた、このシリーズが、この度、装いを新たにして出される事になりました。天界のシルバーバーチ霊もさぞかし喜ばしく思っていてくれている事でしょう。 平成16年1月  近藤 千雄

『シルバーバーチの霊訓⑩』【12章 シルバーバーチと私 モーリス・バーバネル】私と心霊との関わりあいは前世にまで遡ると聞いている。もちろん私には前世の記憶はない。エステル・ロバーツ女史の支配霊であるレッドクラウドは死後存続の決定的証拠を見せつけてくれた恩人であり、→
『シルバーバーチの霊訓⑩』→その交霊会において『サイキック・ニューズ』紙発刊の決定が為されたのであるが、そのレッドクラウドの話によると、私は、今度生まれたらスピリチュアリズムの普及に生涯を捧げるとの約束をしたそうである。私の記憶によればスピリチュアリズムなるものを→
『シルバーバーチの霊訓⑩』→始めて知ったのはロンドン東部地区で催されていた文人による社交クラブで無報酬の幹事をしていた18歳の時の事で、およそドラマチックとは言えない事がきっかけとなった。クラブでの私の役目は2つあった。1つは著名な文人や芸術家を招待し、様々な話題について→
『シルバーバーチの霊訓⑩』→無報酬で講演してもらう事で、これをどうにか大過なくやりこなしていた。それは多分にその名士たちが、ロンドンでも最も暗いと言われる東部地区でそういうシャレた催しがある事に興味をそそられたからであろう。私のもう1つの役目は、講演の内容いかんに係わらず、→
『シルバーバーチの霊訓⑩』→私がそれに反論する事によってディスカッションへと発展させてゆく事で、いつも同僚が、なかなかやるじゃないかと、私の事を褒めてくれていた。実はその頃、数人の友人が私を交霊会なるものに招待してくれた事があった。もちろん始めての事で、私は大真面目で出席した。
『シルバーバーチの霊訓⑩』ところが終わって始めて、それが私をからかうための悪ふざけであった事を知らされた。そんな事もあって、たとえ冗談とは言え、10代の私は非常に不愉快な思いをさせられ、潜在意識的にはスピリチュアリズムに対し、むしろ反感を抱いていた。
『シルバーバーチの霊訓⑩』同時にその頃の私は他の多くの若者と同様、すでに伝統的宗教に背を向けていた。母親は信心深い女だったが、父親は無神論者で、母親が教会での儀式に1人で出席するのはみっともないからぜひ同伴してほしいと嘆願しても、頑として聞かなかった。
『シルバーバーチの霊訓⑩』2人が宗教の是非について議論するのを、小さい頃からずいぶん聞かされた。理屈の上では必ずと言ってよいほど父の方が母をやり込めていたので、私は次第に無神論に傾き、それから更に不可知論へと変わって行った。こうした事を述べたのは、次に述べるその社交クラブでの→
『シルバーバーチの霊訓⑩』→出来事を理解して頂く上で、その背景として必要だと考えたからである。ある夜、これといって名の知れた講演者のいない日があった。そこでヘンリー・サンダースという青年がしゃべる事になった。彼はスピリチュアリズムについて、彼自身の体験に基づいて話をした。
『シルバーバーチの霊訓⑩』終わると私の同僚が私の方を向いて、例によって反論するよう合図を送った。ところが、自分でも不思議なのだが、つい最近ニセの交霊会で不愉快な思いをさせられたばかりなのに、その日の私はなぜか反論する気がせず、こうした問題にはそれなりの体験が無くてはならないと→
『シルバーバーチの霊訓⑩』→述べ、従ってそれを全く持ち合わせていない私の意見では価値がないと思う、と言った。これには出席者一同、驚いたようだった。当然の事ながら、その夜は白熱した議論のないまま散会した。終わるとサンダース氏が私に近づいて来て、“調査研究の体験のない人間には”→
『シルバーバーチの霊訓⑩』→“意見を述べる資格はないとのご意見は、あれは本気でおっしゃったのでしょうか。もし本気でおっしゃったのなら、ご自分でスピリチュアリズムを勉強なさる用意がおありですか”と尋ねた。“ええ”私はついそう返事をしてしまった。
『シルバーバーチの霊訓⑩』しかし“結論を出すまで6ヶ月の期間がいると思います”と付け加えた。日記をめくってみると、その6ヶ月が終わる日付がちゃんと記入してある。もっとも、それから半世紀たった今もなお研究中だが…。その事がきっかけで、サンダース氏は私を近くで開かれている→
『シルバーバーチの霊訓⑩』→ホームサークルへ招待してくれた。定められた日時に、私は、当時婚約中で現在妻となっているシルビアを伴って出席した。行ってみると、ひどくむさ苦しいところで、集まっているのはユダヤ人ばかりだった。若い者も老人もいる。あまり好感はもてなかったが、→
『シルバーバーチの霊訓⑩』→まじめな集会である事は確かだった。霊媒はブロースタインという中年の女性だった。その女性が入神状態に入り、その口を借りていろんな国籍の霊がしゃべるのだと聞いていた。そして事実そういう現象が起きた。が、私には何の感慨もなかった。
『シルバーバーチの霊訓⑩』少なくとも私の見る限りでは、彼女の口を借りてしゃべっているのが“死者”である、という事を得心させる証拠は何一つ見当たらなかった。しかし私には6ヶ月間勉強するという約束がある。そこで再び同じ交霊会に出席して、同じような現象を見た。
『シルバーバーチの霊訓⑩』ところが会が始まって間もなく、退屈からか疲労からか、私はうっかり“居眠り”をしてしまった。目を覚ますと私はあわてて非礼を詫びた。ところが驚いた事に“居眠り”をしている間、私がレッドインディアンになっていた事を聞かされた。それが私の最初の霊媒的入神だった。
『シルバーバーチの霊訓⑩』何をしゃべったかは自分には全く分からない。が、聞いたところでは、シルバーバーチと名のる霊が、ハスキーでノドの奥から出るような声で、少しだけしゃべったという。その後現在に至るまで、大勢の方々に聞いて頂いている。地味ながら人の心に訴える→
『シルバーバーチの霊訓⑩』→(と皆さんが言って下さる)響きとは似ても似つかぬものだったらしい。しかし、その事がきっかけで、私を霊媒とするホームサークルができた。シルバーバーチも、回を重ねるごとに私の身体のコントロールがうまくなっていった。コントロールするということは、→
『シルバーバーチの霊訓⑩』→シルバーバーチの個性と私の個性とが融合する事であるが、それがピッタリうまく行くようになるまでには、何段階もの意識上の変化を体験した。初めのうち私は入神状態にあまり好感を抱かなかった。それは多分に、私の身体を使っての言動が私自身に分からないのは不当だ、→
『シルバーバーチの霊訓⑩』→という生意気な考えのせいであったろう。ところが、ある時こんな体験をさせられた。交霊会を終わってベッドに横になっていた時の事である。眼前に映画のスクリーンのようなものが広がり、その上にその日の会の様子が音声つまり私の霊言と共に、ビデオのように→
『シルバーバーチの霊訓⑩』→映し出されたのである。そんな事がその後もしばしば起きた。が、今はもう見なくなった。それは他ならぬハンネン・スワッハーの登場のせいである。著名なジャーナリストだったスワッハーも、当時からスピリチュアリズムに彼なりの理解があり、私は彼と3年ばかり、→
『シルバーバーチの霊訓⑩』→週末を利用して英国中を講演して回った事がある。延べにして25万人に講演した計算になる。1日に3回も講演した事もある。こうした事で2人の間は密接不離なものになっていった。2人は土曜日の朝ロンドンをいつも車で発った。そして月曜の早朝に帰る事もしばしばだった。
『シルバーバーチの霊訓⑩』私は当時商売をしていたので、交霊会は週末にしか開けなかった。もっともその商売も、1932年に心霊新聞『サイキック・ニューズ』を発行するようになって、事実上廃業した。それからスワッハーとの関係が別の形を取り始めた。彼は私の入神現象に非常な関心を→
『シルバーバーチの霊訓⑩』→示すようになり、シルバーバーチをえらく気に入り始めた。そして、これほどの霊言をひとにぎりの人間しか聞けないのは勿体ない話だ、と言い出した。元来が宣伝好きの男なので、それをできるだけ大勢の人に“分けてあげる”べきだと考え、『サイキック・ニューズ』紙に→
『シルバーバーチの霊訓⑩』→連載するのが一番得策だという考えを示した。初め私は反対した。自分が編集している新聞に自分の霊現象の記事を載せるのはまずい、というのが私の当然の理由だった。しかし、ずいぶん議論したあげくに、私が霊媒である事を公表しない事を条件に、私もついに同意した。
『シルバーバーチの霊訓⑩』が、もう1つ問題があった。現在シルバーバーチと呼んでいる支配霊は、当初は別のニック・ネームで呼ばれていて、それは公的な場で使用するには不適当なので、支配霊自身に何かいい呼び名を考えてもらわねばならなくなった。そこで選ばれたのが→
『シルバーバーチの霊訓⑩』→「シルバーバーチ」(Silver Birch)だった。不思議な事に、そう決まった翌朝、私の事務所にスコットランドから氏名も住所もない1通の封書が届き、開けてみると銀色の樺の木(シルバー・バーチ)の絵はがきが入っていた。その頃から私の交霊会は、→
『シルバーバーチの霊訓⑩』→「ハンネン・スワッハー・ホームサークル」と呼ばれるようになり、スワッハー亡きあと今なおそう呼ばれているが、同時にその会での霊言が『サイキック・ニューズ』紙に毎週定期的に掲載されるようになった。当然の事ながら、霊媒は一体誰かという詮索がしきりに→
『シルバーバーチの霊訓⑩』→為されたが、かなりの期間秘密にされていた。しかし顔の広いスワッハーが次々と著名人を招待するので、私はいつまでも隠し通せるものではないと観念し、ある日を期して、ついに事実を公表する記事を掲載したのだった。
『シルバーバーチの霊訓⑩』ついでに述べておくが、製菓工場で働いていると甘いものが欲しくなくなるのと同じで、長い間編集の仕事をしていると、名前が知れるという事について、一般の人が抱いているほどの魅力は感じなくなるものである。シルバーバーチの霊言は、2人の速記者によって記録された。
『シルバーバーチの霊訓⑩』最初は当時私の編集助手をしてくれていたビリー・オースチンで、その後フランシス・ムーアという女性に引き継がれ、今に至っている。シルバーバーチは彼女の事をいつもthe scribe(書記)と呼んでいた。
『シルバーバーチの霊訓⑩』テープにも何回か収録された事がある。今でもカセットが発売されている。1度レコード盤が発売された事もあった。いずれにせよ会の全てが記録されるようになってから、例のベッドで交霊会の様子をビデオのように見せるのは大変なエネルギーの消耗になるから止めにしたい→
『シルバーバーチの霊訓⑩』→とのシルバーバーチからの要請があり、私もそれに同意した。私が本当に入神しているか否かをテストするために、シルバーバーチが私の肌にピンを突き刺してみるように言った事がある。血が流れ出たらしいが、私は少しも痛みを感じなかった。心霊研究家と称する人の中には→
『シルバーバーチの霊訓⑩』→我々が背後霊とか支配霊とか呼んでいる霊魂(スピリット)の事を、霊媒の別の人格にすぎないと主張する人がいる。私も入神現象にはいろいろと問題が多い事は百も承知している。問題の生じる根本原因はスピリットが霊媒の潜在意識を使用しなければならない事にある。
『シルバーバーチの霊訓⑩』霊媒は機能的には電話器のようなものかも知れないが、電話器と違ってこちらは生きものなのである。従ってある程度はその潜在意識によって通信内容が着色される事は避けられない。霊媒現象が発達するという事は、取りも直さずスピリットがこの潜在意識をより完全に→
『シルバーバーチの霊訓⑩』→支配できるようになる事を意味するのである。仕事柄、私は毎日のように文章を書いている。が、自分の書いたものをあとで読んで満足できたためしがない。単語なり句なり文章なりを、どこか書き改める必要があるのである。ところが、シルバーバーチの霊言にはそれがない。
『シルバーバーチの霊訓⑩』コンマやセミコロン、ピリオド等をこちらで適当に書き込むほかは、1点の非のうちどころもないのである。それに加えてもう1つ興味深いのは、その文章の中に私が普段まず使用しないような古語が時おり混ざっている事である。シルバーバーチが(霊的な繋がりはあっても)→
『シルバーバーチの霊訓⑩』→私と全くの別人である事を、私と妻のシルビアに対して証明してくれた事が何度かあった。中でも1番歴然としたものが初期の頃にあった。ある時シルバーバーチがシルビアに向かって“あなたが解決不可能と思っておられる問題に、決定的な解答を授けましょう”と→
『シルバーバーチの霊訓⑩』→約束した事があった。当時私たち夫婦は、直接談話霊媒として有名なエステル・ロバーツ女史の交霊会に毎週のように出席していたのであるが、シルバーバーチは、次のロバーツ女史の交霊会でメガホンを通してシルビアにかくかくしかじかの言葉で話しかけましょう、→
『シルバーバーチの霊訓⑩』→と言ったのである。むろんロバーツ女史はその事については何も知らない。どんな事になるか、私たちはその日が待遠しくて仕方がなかった。いよいよその日の交霊会が始まった時、支配霊のレッドクラウドが冒頭の挨拶の中で、私たち夫婦しか知らないはずの事柄に→
『シルバーバーチの霊訓⑩』→言及した事から、レッドクラウドはすでに事情を知っているとの察しがついた。交霊会の演出に天才的なうまさを発揮するレッドクラウドは、その事を交霊会の終わるぎりぎりまで隠しておいて、わざと我々夫婦を焦らさせた。そしていよいよ最後になってシルビアに向かい→
『シルバーバーチの霊訓⑩』→次の通信者はあなたに用があるそうです、と言った。暗闇の中で、蛍光塗料を輝かせながらメガホンがシルビアの前にやってきた。そしてその奥から、紛れもないシルバーバーチの声がしてきた。間違いなく約束した通りの言葉だった。もう1人、これは職業霊媒ではないが、→
『シルバーバーチの霊訓⑩』→同じく直接談話を得意とするニーナ・メイヤー女史の交霊会でも、度々シルバーバーチが出現して、独立した存在である事を証明してくれた。私の身体を使ってしゃべったシルバーバーチが、今度はメガホンで私に話しかけるのを聞くのは、私にとっては何とも曰く言い難い→
『シルバーバーチの霊訓⑩』→興味ある体験だった。他にも挙げようと思えば幾つでも挙げられるが、あと1つで十分であろう。私の知り合いのある新聞社の編集者が世界大戦でご子息を亡くされ、私は気の毒でならないので、ロバーツ女史に、交霊会に招待してあげて欲しいとお願いした。
『シルバーバーチの霊訓⑩』名前は匿しておいた。が、女史は、それは結構ですがレッドクラウドの許可を得て欲しいと言う。そこで私は、では次の交霊会で私からお願いしてみますと言っておいた。ところがそのすぐ翌日、ロバーツ女史から電話が掛かり、昨日シルバーバーチが現れて、是非その編集者を→
『シルバーバーチの霊訓⑩』→招待してやって欲しいと頼んだというのである。ロバーツ女史はその依頼に応じて、編集者夫妻を次の交霊会に招待した。戦死した息子さんが両親と“声の対面”をした事は言うまでもない。
『シルバーバーチの霊訓⑩』【訳者付記】ここに訳出したのは、モーリス・バーバネル氏の最後の記事となったもので、他界直後に、週刊紙『サイキック・ニューズ』の1981年7月下旬号、及び月刊誌『ツー・ワールズ』の8月号に掲載された。

※文中に当時の僕のコメントが挿入されていますが、削除するのが面倒ですので(汗)ご参考までにそのまま掲載させて頂きます。
『シルバーバーチの祈り⑩』
これより霊的世界に属する摂理の一端を啓示させて頂くに当り、その成功を宇宙の大霊にお祈り致します。大霊について、また大霊と宇宙間の全生命現象及びそこに住まう大霊の子等との繋がりについて、より明確な理解を得さしめる事ができますよう、お祈り致します。
『シルバーバーチの祈り⑩』
幾世紀もの永きにわたって大霊はあまりにも誤解され、小さく見くびられ、制約されてまいりました。そこで私どもは完全なる法則の働きとしての大霊の真の姿を啓示せんとしているところでございます。
『シルバーバーチの祈り⑩』
大霊はすべての生命現象の背後に存在するものでございます。宇宙間に存在するものはすべて大霊の活力と栄養を得ているからこそ存在できているのでございます。進化のあらゆる段階にある創造物がその摂理に絶対的に従っております。
『シルバーバーチの祈り⑩』
雄大なるものも慎ましきものも、強きものも弱きものも、小鳥も花も、海も山も、丘も谷も、晴天の日も雨の日も、嵐も稲妻も、およそ大霊の表現でないものは無いのでございます。
『シルバーバーチの祈り⑩』
私どもはすべてが大霊の霊的イメージに似せて創造されている事、その存在を通して大霊の神性が表現されている事、動き呼吸し生きていられるのは大霊が内部に宿っているからであり、また大霊の内部に存在しているからである事を啓示せんと致しております。
『シルバーバーチの祈り⑩』
その親と子の関係に割って入れる者は誰一人いません。なぜなら無限なるその貯蔵庫に納められている全インスピレーション、全真理、全叡智、全知識は子等が向上心と謙虚さと奉仕的精神をもってその道具となる事を望みさえすれば、誰にでも手にする事ができるものだからです。
『シルバーバーチの祈り⑩』
また私どもは人間の魂の中に例外なく潜在している偉大さ、誤解によって閉じ込められ、使用される事を待ち望んでいる強大な力、日常生活の中で身体を通して勢いよく顕現して霊的高揚を覚えさせる力をお見せしたく思っております。
『シルバーバーチの祈り⑩』
すべての子等が充実した生活、美にあふれた生活、地上に生を享けた目的を得心した生活を送り、望みさえすれば得られる地上ならではの豊かさと愉しさと利点を手にして欲しく思うのでございます。
『シルバーバーチの祈り⑩』
要するに私どもは大霊を子等に近づけ、また子等を大霊に近づけ、立ちはだかる障害を克服し制約と限界を無くして、子等が大霊の存在を知り仕事の中でその御心を顕現して行けるようにしてあげる事を目的としているのでございます。
『シルバーバーチの祈り⑩』
ここに、ひたすらに人のために役立つ事をのみ願うあなたの僕インディアンの祈りを捧げます。
新たな霊団の方々の協力により、僕の背後霊団のメンバー構成がさらにさらに変更になってるものと思われます。僕ひとりにそれほど多くの光り輝く方々が助力して下さってるのに、僕のアホな小我で皆さんのご意志をむげになどできる訳がないんです。僕はもう重い重い責任を帯びてしまったのです(祈)
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『シルバーバーチの祈り⑩』
私は、たとえ声は聞こえなくても、たとえ姿は見えず手に触れる事はできなくても、私たちが常にお側にいる事を皆さんに知っていただきたいと思います。
『シルバーバーチの祈り⑩』
愛するがゆえに私どもは皆さんのまわりに、またすぐお側に待機しており、その愛が、皆さんにそして皆さんを通して愛を必要とする人々に手を差しのべる事を可能にしてくれるのです。
『シルバーバーチの祈り⑩』
か弱い人たち、元気を失くした人たち、路傍に倒れている人たち、社会の落伍者たち、いずこへ向うべきかを知らぬまま人生に疲れ果てている人たち、もはや俗世の宗教に安らぎを見出す事ができず、しかもなお真実を求めている人たち、―
『シルバーバーチの祈り⑩』
―魂は自由を求めつつも教義とドグマと、対立する宗派の教えによってがんじがらめにされている人たち―こうした人たちに愛の手を差しのべる事ができるのでございます。
『シルバーバーチの祈り⑩』
私どもの教える真理は永遠にして無限なる大霊の真理です。一人のものではなく、すべての人に分け与えられるべきものです。全人類をその温かき抱擁の中に収めてしまうのです。
『シルバーバーチの祈り⑩』
願わくば皆さん方のすぐ身のまわりに存在する強大な力、休みなく地上へ注がれている大いなる愛、皆さんを通して顕現する事を求めているインスピレーション、啓示される事を待ちわびている真理、地上を啓発せんとしている叡智の存在に気づかれん事を。
『シルバーバーチの祈り⑩』
願わくば人のために役立つ仕事を通して自らを強大なる霊力に近づけ、その莫大なエネルギー、万物の背後に控える大霊と一体となり、その摂理に順応し、その知識を豊かに体得する事によって、大霊の道具として子等のために役立たれん事を。神の祝福のあらん事を。
「撃って出る」と称して僕が意図せず始めた、この果てしない霊的知識のタネ蒔きが、僕の人生を180度変えてしまいました。これにて僕の「帰幽」は完全に消失してしまいました(悲)本当なら僕は2012年12月16日(日)で帰幽完了して、霊界にて思念描画を思う存分堪能してたはずなのです(祈)

※文中に当時の僕のコメントが挿入されていますが、削除するのが面倒ですので(汗)ご参考までにそのまま掲載させて頂きます。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
【私がこれまでに会った人の中には、自分はスピリチュアリストであると言いながら相変らず何かの既成宗教に属している人がいます。スピリチュアリズムを信じるようになったら、それまでの宗教は捨てるべきではないでしょうか―】私はそうしたラベルには煩わされません。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
実はこの私自身が果たしてスピリチュアリストなのかどうか定かでないのです。スピリチュアリストであるとの認証を頂いた訳ではないからです。ご自分の事をどうお呼びになるかは問題ではありません。大切なのは毎日をどう生きるかです。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
一体宗教とは何なのでしょう。教会や礼拝堂や寺院へ通う事でしょうか。人間のこしらえた教義を受入れる事でしょうか。私はローマカトリック教徒ですとか、プロテスタントですとか、仏教徒ですとか、ユダヤ教徒ですと名乗る事でしょうか。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
宗教とは宇宙の大霊すなわち神の御心に一歩でも近づく事になるような生き方をする事です。あなたの行為に中に神の御心が表現される事です。要するに宗教とは人のためになる行いをする事です。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
もし霊界との交信の事実を信じてその恩恵を受けている人が相変わらず従来の神学的教義にこだわり続けている時は、その人の事を気の毒に思ってあげる事です。その人はまだ梯子段の下の方、せいぜい中途までしか上がっていないからです。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
精神が従順で感化されやすく、与えられたものは何でも吸収していく幼少時に教え込まれた教義を棄てる事は容易ではありません。それがいつしか潜在意識のタテ糸となりヨコ糸となって、その深層を形成します。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
そうなると、自らその誤りに気づいて取除くという事は殆ど不可能に近いと思わないといけません。ですから我慢してあげる事です。我々だって、かつては間違った考えを抱いていたのを、その後の叡智の発達のおかげで棄て去った事があるではありませんか。
法悦は相変らず降って来ます。が現在の僕が使命と帰幽の間で揺れまくるグチャグチャな精神状態から徐々に脱してるからなのでしょうか、霊的現象は少ななくなってきてます。抜粋するほど僕がしている行為の重大性を認識して個人的な事言ってられない、やるしかない、そんな気持にもなり始めてます(祈)
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『シルバーバーチの霊訓⑩』
所詮人間の誰一人として完全の極致まで到達した人はいないのです。それには永遠の時を必要とするのです。我慢してあげるのです。手助けをしてあげるのです。議論し合ってはいけません。議論からは何も生まれません。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
詩人(※)が言っております―“議論をしても、入って来たのと同じドアから出て行くだけである”と。(英国の詩人フィッツジェラルドEdward Fitzgerald)自分の宗教の教義より先が見えない人の事は辛抱強く見守ってあげなさい。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
時が立てばあなたの場合もそうであったように、きっと機が熟します。【訳もなく塞ぎ込んでいる人間が多いのですが、若者に一体何が起きているのでしょうか。霊的に飢えているのでしょうか―】道を見失っているのです。彼ら若者は暴力の支配するこの時代に生を受けました。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
彼らの気持の中には大人は自分たちを裏切ったという考えがあります。また従来の宗教では救いは得られないとも考えております。【その考えは大人に責任を負わせすぎだとは思われませんか。誰しも自分なりの道があるはずです―】
『シルバーバーチの霊訓⑩』
私はそうした若者の考えに賛成であると言っているのではありません。私は現代の若者の心理を説明しているだけです。いずれは彼らも年配になるのです。【体験というものは掛けがえのないものです―】苦々しい体験ほど薬になるのです。楽な体験は往々にして毒になるものです。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
サークルメンバーの方なら私が何度も申上げているのでよくご存知でしょうが、しくじるという事の効用は、やり直しがきくという事です。【(旧約聖書の天地創造の話を持ち出して)ある人たちはその創造活動に宇宙人が参加したと言っておりますが、いかがでしょうか―】
『シルバーバーチの霊訓⑩』
申すまでもない事でしょうが、あなたは今、大気圏外から来た生物へ質問していらっしゃるのですよ!創世紀その他の話に惑わされてはいけません。あなたの理性に照らして受入れ難いものは拒否なさる事です。
法悦についてもう一つ。霊性発現当初(約1年前)と現在とでは浴させて頂く法悦の霊力の「質」が変ったように思います。使命遂行にあたり高級霊の方々からの霊力に浴させて頂くようになったからだと思われます。現在の霊力の方が何というか、繊細で、より波長が高い感じでキィィンってなるのです(祈)
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『シルバーバーチの霊訓⑩』
要するにあなたがお知りになりたいのは地球はどうやって誕生したかという、その“事実”なのですから。【その説がたくさんあるのです。どれが事実なのかが分らないのです―】生意気を言うようですが私はそうした“説”を超えたものを手にしております。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
この問題に関しては少しばかり知識があるのです。地球は無窮の過去から存在し続けております。始まりもなく終りもありません。(※)バイブルにもイエスが言ったとされる名文句があります―“アブラハムが生まれる前から私は存在している”と。―
『シルバーバーチの霊訓⑩』
―(※これは最後に引用されているバイブルの文句から察せられるように、地球という惑星を物的天体としてではなく霊的存在として考えた上での事である。地上の万物に霊が宿っているように地球そのものにも霊が宿っている―)
『シルバーバーチの霊訓⑩』
(―というよりは地球の霊が顕現したのが生きとし生けるものであると考える方が順序であろう。日本の古神道ではその生成過程を寓話風に物語っている―訳者)霊は無窮の過去から存在しております。ある時ひょんな事から創造されたのではありません。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
それが地球に宿り、数え切れないほどの年数をけみして、やっと生命として顕現しはじめたのです。生命は霊であり、霊は生命です。永遠の過去から無限の可能性を秘めているのです。その生命の誕生に大気圏外からの存在(※)が参加した事実はありません。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
内在していた生命力が無限の知性によって考案された進化の法則に従って顕現し、発達し、進化してきたのです(※天地創造についての質問に対する答の冒頭でシルバーバーチは自分の事を“大気圏外からきた生物”という冗談めいた表現をしているが、―)
『シルバーバーチの霊訓⑩』
(―これはもちろん“霊界からやってきた霊”の意味で言っている。ここで言っているのは他の惑星からのいわゆる宇宙人の参加はなかったという意味であって、霊界からの働きかけは大々的に行われたものと想像される。―)
『シルバーバーチの霊訓⑩』
(―生命の誕生はそれなくしては考えられない事で、今後の研究に待たれる面白くかつ重大なテーマであろう。―訳者)
インスピレーションについて。僕は日々受取らせて頂いてますが、睡眠と覚醒の中間状態いわゆるトランス状態の時に(意識があって目を閉じた状態)文字、映像、声、お顔の顕現等が僕の眼前に現れるのです。その理解は言語を超越していて瞬間的であり、その表現力はシルクのようで美しいものなのです(祈)
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『シルバーバーチの霊訓⑩』
【最近ではダーウィンの進化論がいろいろと批判を浴びております。ダーウィンはいろんな事実を見落しているようです―】いかなる発達段階にあっても全知識を手にする事ができない以上、見落される事実があるのは仕方のない事です。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
完全のみが全知識を含む事になるのですが、その完全性は地上はおろか霊界においても誰一人として達成した者はいないのです。進化について明言できる事は、物的進化も精神的進化も霊的進化も、全て大自然の摂理によって営まれているという事です。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
【私は人間がサルから進化したという説はあまり嬉しくないのですが…】もしかしたらサルの方も嬉しく思っていないかも知れませんよ!神の目から見ればサルは大切な存在である点では人間とまったく同等なのですから。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
(シルバーバーチがイエスの偉大さを述べ、地上において開始した地球浄化の大事業を死後もずっと続けており、シルバーバーチ自身もイエスの指揮の元で働いている事を述べると)―
『シルバーバーチの霊訓⑩』
【イエスの名のもとに行われた数々の歴史上の行為を見るのはイエスにとって心の痛む思いだったに相違ありません―】おっしゃる通りです。何度涙を流されたか知れません。もとよりそれはイエスの責任ではありません。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
スピリチュアリズムの七つの綱領の中には各自が各自の行為に責任をもつとうたった条文があるのをご存知でしょう。【イエスはどういうお顔の方だったのでしょうか―】地上の画家が描いている肖像とは似ていません。伝道時代に行動を共にした人たちとよく似ておりました。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
もし似ていなかったら使命は果たせなかったでしょう。(訳者注―原文から受けるニュアンスとしてはズバリ容貌を述べるのを避けているふしが窺える。―)
『シルバーバーチの霊訓⑩』
(―それは多分、とかくイエスが神格化され、神々しくて近づき難い存在だったように想像されがちなので、実際はいたって人間味を具えた、その意味で平凡なユダヤ人だったと言いたいのであろう。)
スタートから10時間経過。駐車場(スタート地点)に続くガレた下りを心地よく疾走してゴール、すると林道ゲート管理のおじさんが「あれ、さっきのオレンジの人、もう上まで行って帰ってきたの?」って話しかけてくれて僕は超照れつつしばし談笑。おじさんに良いゴールを演出して頂きました(祈)
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『シルバーバーチの霊訓⑩』
【霊界通信によっては、宇宙的キリストと人間としてのキリストの二つの言い方をしているのがあります。同じ存在の二つの側面を言っているのでしょうか―】あなたは名称に惑わされています。まずイエスという人物がいました。その人物の姓はキリストではありません。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
一方、キリスト的生命力、つまり霊力が存在します。人間イエスと、そのイエスを動かした霊力とを区別してお考えになれば全てがすっきりします。【イエスが述べた正確な言葉を自動書記か何かで入手する事は可能でしょうか―】何とも申せません。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
問題は当時イエスの言葉を記録した人物が一人もいなかった事です。ですからそれを伝えるには記憶に頼らねばならない訳です。がしかし、イエスの教えの肝心かなめは“愛”です。“己を愛する如く隣人を愛せよ。汝に敵対する者にも優しくすべし”です。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
愛とは摂理(神の心)の通りに行う事です。人類の救済にとってこれ以上に必要なものがあるでしょうか。愛は霊性の最高の表現です。大霊から下さるものです。それを私たちがあなた方にお届けしているのです。イエスの使命は霊的実在を証明してみせる事でした。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
もし今の時代にイエスが出現して二千年前と同じ事を説いたら、果たして耳を傾ける人がいるかどうか私は極めて疑問に思います。【間違った教えを携えて霊界入りする者が多すぎるとおっしゃいましたが、ヨハネの福音書にはイエスを信じる事によって―】
『シルバーバーチの霊訓⑩』
【永遠の生命を授かると述べられています―】それは間違いです。人間は一人の例外もなく死後も生き続けるのです。何かの教義や信条、あるいはドグマを信じる事によって永遠の生命を授かるのではなく不変の自然法則によって生き続けるのです。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
それ自体は宗教とは何の関係もありません。因果律と同じ一つの法則なのです。今引用なさった文句は地上に大きな混乱のタネを蒔き人類を分裂させてきた言葉の一つです。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
一冊の書物、それも宗教の書、聖なる書が、普通の書が起こそうにも起こせないほどの流血の原因となってきたという事は、何という酷い矛盾でしょうか。宗教の目的は人類を不変の霊的関係による同胞性において一体ならしめる事にあるはずです。
インスピレーションを意識し、その有難さを知る事の出来る人は幸せである。なぜなら霊界との交信法としてはインスピレーションが一番正常なものであり、人生の旅路で一番人間を元気づけてくれるのもこのインスピレーションだからである。―【霊性を開く】より
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『シルバーバーチの霊訓⑩』
【イエスは本当に磔刑にされたのでしょうか―】そんな事について私の意見をご所望ですか。どうでもいい事ではないでしょうか。大切なのはイエスが何を説いたかです。磔刑にされた時にどういう事が起きたかは、いくら議論してもラチは明かないでしょう。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
私にもその“立証”はできません。ですからその事についてはお答えしません。無意味に人を断罪するのは私の趣味ではないからです。それは私の使命ではありません。(訳者注―イエスの処刑についてはいろんな説がある。―)
『シルバーバーチの霊訓⑩』
(一般には聖書の通りにその場で死亡して何日か後に蘇った事になっているが、実は処刑されたのはイスキリという名の弟だったとか、完全に死んだと思って埋葬したが本当は死んでいなくて、生き返って国外へ逃げたとかの説があり、それぞれにもっともらしい論拠を揃えている―)
『シルバーバーチの霊訓⑩』
(国外へ逃亡したとする説にも、ローマへ行ったという説と日本へ来たという説、そして最近ではインドへ行ったという説があり、いずれの場合もかなりの高齢で他界した事になっている。無論シルバーバーチはその事についての真実を知っているはずであるが、―)
『シルバーバーチの霊訓⑩』
(人間がとかくこだわる“証拠”となると何も提示できないからと言って返答を断っている。無論これは言い訳であって本心はやはり最後で述べている通り、自分が述べる事によって前文の諸説のどれかを、あるいは全部を否定する事になるのを避けたのであろう。―)
『シルバーバーチの霊訓⑩』
(どうでもよい事だからである。シルバーバーチはイエスの出生についても死についても途中の事蹟についても、あまり深入りした事を言っていない。使命ではないからであろう。)
『シルバーバーチの霊訓⑩』
私の使命は人生の基本である霊的原理に関心を向けさせる事です。人間はどうでもよい事にこだわり過ぎるように思います。イエスが本当に処刑されたかどうかは、あなたの魂の進化にとって何の関係もありません。肝心な事に関心を向けなさい。
「背後霊団予想図Ver3.0」の絵は既に完成していてこれからブログ本文を書く予定だったのですが一旦中止させて頂きます。まだ分りませんが、もうそれを書く必要が無くなる可能性が出てきました。状況がはっきりするまでは書籍の抜粋に集中しようと思います。分ったらまたここに書きます(祈)
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『シルバーバーチの霊訓⑩』
あなたは今あなたなりの役割―人を助け霊性を開発し悟りを深めるためのチャンスを提供してくれる、この地上という生活の場に来ていらっしゃるのです。火星にも人間のような存在がいるのかとか、千年後に間違いなく復活するのかとか、そんな事を心配してはいけません。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
大切なのは日常生活での身の処し方です。あなたなりの最善を尽せばよいのです。それによって大霊とのより大きい調和が得られます。それは晴れやかさ、静けさ、安らぎ、自信という形をとります。神の心を我が心としようと心掛ける者全てに必ず訪れるものです。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
【人類はいつかは戦争のない平和な暮しができるようになるでしょうか―】これは難しい問題です。まず理解して頂かねばならないのは、神は人間に自由意志というものを授けられているという事です。自由意志のない操り人形にしてもよかったのです。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
が、自由意志による選択の余地を与えられる事によって、人間も永遠の創造的進化の過程に参加する機会がもてる事になったのです。人間は地上をエデンの園、楽園、天国にする事も出来れば、暗く荒涼とした恐ろしい悪の園にする事も出来ます。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
そこに選択の余地が残されているのです。戦争、暴力、貪欲、情欲、利己主義がはびこるのは物質中心の考え方をするからです。そういう考え方をするのは、これほど多くの宗教が存在しながら大半の人間が肉体が死ねば全ておしまいと思っているからです。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
死後にも実感を伴った生活―地上生活の賞罰が清算される世界が存在するという事実が信じられず、地上生活が唯一の生活の場であると考えます。すると当然、物質が全てなら思い切り欲望を満足させておこう、という事になります。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
それが戦争を生み、憎み合い、征服し合い、殺し合う事になります。もっともこれは真相の一面を述べたまでです。有難い事に他方では人間のわがままによる混乱を抑制するための摂理も間違いなく働いております。
シルバーバーチの霊訓、全12巻の他に【古代霊は語る シルバーバーチ霊訓より】【シルバーバーチのスピリチュアルな法則】【シルバーバーチのスピリチュアル・メッセージ】【シルバーバーチの新たなる啓示】【シルバーバーチ 最後の啓示】【シルバーバーチ 今日のことば】等もあります(祈)
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『シルバーバーチの霊訓⑩』
その一環として私たちは地上に霊的実在についての知識をもたらすための大事業に携わっているのです。霊媒の活用によって人間が霊的天命を背負った霊的実在である事を証明する事ができます。その天命を全うするも損うも、日常生活における身の処し方一つに掛っております。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
因果律、すなわちタネ蒔きと刈取りの摂理は絶対に狂いません。良い行いをすればそれだけ幸せを味わいます。利己的な行いをすればそれだけ苦しい思いをさせられます。摂理はごまかせません。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
死の床で幾ら懺悔の言葉を述べても既に始動している因果律の働きを止められるものではありません。こうした真理を理解する人が増すにつれて戦争が減り、平和な地域が広がっていきます。これは一朝一夕に出来る事ではありません。私には以上のようなお答しかできません。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
自分の役目を果たすのです。自分なりの最善を尽すのです。縁あって近づく人の力になってあげる事です。親切に、寛容に、そして慈悲の心をもって接するのです。機会さえあればどこででも人のために役立つ事を心掛ける事です。それが世の中に貢献するゆえんとなります。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
【時折味わう精神的な苦悩は外部から来るのではなく内部から湧いてくるのでしょうか―】どちらからでもあります。よく理解して頂きたいのは、地上生活は霊界の生活と違って両極性(相対性)から成っている事です。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
霊界では同じ発達段階の者が同じ界層で生活しておりますが、地上では様々な発達段階の者が混ざり合って生活しております。という事は対照的なものを見たり体験したりする機会が得られるという事です。かくして光があれば闇があり、温かさがあれば冷たさがある事になります。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
そこに地上生活の存在理由があるのです。そうした両極の体験を通じて魂が真の自我に目覚めていくのです。言い替えれば地上は学校です。そこで色々と学ぶ事によっていつかは住む事になる霊の世界での生活に必要な教訓を身につけるのです。
世界心霊宝典、全5巻【霊訓】【不滅への道(永遠の大道)】【スピリチュアリズムの真髄】【ジャック・ウェバーの霊現象】【人間個性を超えて(個人的存在の彼方)】これらも超オススメです☆が悲しいかな、絶版が多いです(涙)でも僕は古書で全巻揃え全部読みました☆人類の宝なのです(祈)
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『シルバーバーチの霊訓⑩』
苦悩を味わうという事は、その反対である喜びを味わえるという事です。度々申上げておりますように地上での出来事は正反対であると同時に相等しいという事があります。つまり同じコインの表と裏の関係です。魂が自我に目覚めるのは様々な体験の中においてこそです。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
それは鋼を鍛える過程、あるいは原鉱を砕いて黄金を磨き出す工程と同じです。【多くの人間の間で精神的革命ともいうべきものが進行しているのを感じます。これは霊界からの働きかけの当然の結果で、今それが実現されつつあるのだと思います―】
『シルバーバーチの霊訓⑩』
地上世界は今“るつぼ”の中にあります。バイブルの中の説話のような善と悪との戦いがあります。富の神マモンの崇拝、あくなき貪欲と強欲と権力欲、高尚なものや霊的なものの抑圧―要するに私が地上のガンと呼んでいる利己主義が生み出す不幸があります。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
それと同時に、世俗的な意味での宗教はその威力、影響力、指導力を失っております。卑しくも知性を具えた者には到底信じ難い教義に今なお忠誠を尽しているようでは、既成の宗教に背を向ける者がますます増えていくのは当然の成り行きです。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
それに加え科学が間違った方向へ進みつつあります。果たして人類に益をもたらすのか、地球を破滅に陥れるのではないかと思える恐ろしいものを次々と拵えております。人類は今まさに危機の十字路に立たされており私たちが総力をあげて救済活動に乗出したのもそのためです。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
それは平和と調和と親善と和合と協調を達成する唯一の方向を示して指導しているところです。その唯一の方向とは、地上の一人一人が霊的な一大家族の一員であり、その親にあたるのがあなた方の言う神、私の言う大霊であるという認識です。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
私たちは何としてもこの仕事を成遂げる覚悟です。ここにお集まりの皆さんを初めとしてスピリチュアリズムの仕事に携わっておられる方はみな霊的大軍勢の一翼を担っておられるのです。
シルバーバーチ霊だけでなく“ホワイトイーグル霊”も地上に珠玉の霊的知識をもたらしてくれています☆【ホワイト・イーグル霊言集】【霊性進化の道 ホワイト・イーグルの霊示】【天使と妖精 ホワイト・イーグルの霊示】の3冊です。僕たちが地上生活中に知るべき大切な知識の宝庫なのです(祈)
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『シルバーバーチの霊訓⑩』
だからこそ試され鍛えられて、割当てられたこの重大な仕事で万が一にも挫折の無いようにしなければならないのです。霊は物質に勝ります。物質の世界には霊力よりも強力な力は存在しません。たとえ時間は掛っても必ず勝利を収めます。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
真理を手にした者には悲観主義も絶望も入る余地はありません。神が人間の頭を一番高いところに置かれたのは、見上げる事ができるようにという事からです。見下ろすようにという事であったら足もとに頭が付いている事でしょう。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
人類の霊的解放の仕事に携わる者は試練と挑戦を受けなくてはなりません。それが霊的発達の不可欠の要素で、それ以外に方法がないのです。いずれ霊界へ来られて地上時代を振返ってご覧になれば苦しい体験ほど大切な意義をもっていた事を知って神に感謝なさる事でしょう。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
遠い昔から人間は地球の悲劇の予言をいくつもして来ました。地球の終末の日時まで告げているものもあります。そこへキリストが再臨して人類を救うというのがキリスト教の信仰のようですが、そういう事にはなりません。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
キリストは二千年前に“地上での使命”をきちんと終えています。今は私の住んでいる同じ“霊界においての使命”に奨励しておられます。それが今我々の携わっている霊的真理普及の活動の指揮・命令です。地球が一夜のうちに破滅する事はありません。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
宇宙の大霊が無限の愛と叡智とをもって摂理を案出し、それによって巨大なもの、微細なもの、複雑なもの、単純なものの区別なく、存在のあらゆる側面を経綸しているのです。それは一歩一歩の進化という形で働くのであって、大変革によって一挙に行われるのではありません。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
人間の力にも制限が加えられています。人間にできない事があるという事です。自由意志が与えられていますが、それにも限界があります。
【イエスの少年時代 貧窮の中の小さな王者】【イエスの成年時代 神と人間のはざまで】【イエスの弟子達 パウロ回心の前後】この3冊はぜひ皆さんにも手にとって頂きたいです。こんな僕に何度も何度も顕現して下さっているイエス様の壮絶な地上時代が通信霊によって克明に記述されているのです(祈)
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『シルバーバーチの霊訓⑩』
【地球の将来はどうなるのか教えて頂けませんか―】たった一人の人間によっては無論の事、何人の人が一緒になっても地球を破壊する力は持てませんから地球はこれからも永遠に存在し続けます。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
地球にもたらす害にも、それを引き起こす手段にも、地球の存在自体に終止符を打たせるほどの規模にはならないように一定の限界というものが設けられています。怖がってはいけません。神の意志は必ず成就されるのです。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
将来への展望には自信と楽観と積極性をもって、ご自分の役目を果たす事に専念なさる事です。恐怖心、心配、不安、こうした霊力の働きかけを止め無気力にさせるようなものは一切棄て去って下さい。私たちから要求するのはそれだけです。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
出来る限りの事をなさっていればよいのです。それ以上の事は出来る訳がないのですから。明日はどうなるかを案じてはいけません。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
明日は潜在する神性を開発し、人生を物質的・精神的・霊的に存分に楽しみ周りに存在する素晴しい霊的光輝をますます意識するようになる、その絶好の機会の到来を告げてくれるものなのです。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
【凶暴な犯罪は死刑制度によって解決できると思われますか―】そうした報復的手段では何一つ解決できないでしょう。愛は摂理を成就する事であると言っています。いかなる手段にせよそれによってその魂が救われる事になるように工夫すべきであって、―
『シルバーバーチの霊訓⑩』
―復讐心を抱かせてはなりません。人を殺した奴だから殺してよいという理屈は許されません。国家による法的殺人では問題の解決にはなりません。暴力に暴力で対処する事は善性・慈悲・優しい心を生み出す事になりません。
今日見させて頂いたインスピレーション、久々に十字架が登場し、そして空に続く木段が現れて、僕は一段一段昇って行くのでした。まだ決定ではありませんが、やはり僕という人間はこんな重大な責任を帯びた“使命”を遂行できる“器”ではなかったもようです。多分カウントダウンに突入しました(祈)
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『シルバーバーチの霊訓⑩』
処罰は矯正と救済を目的としたものであらねばなりません。魂に本当の自分を悟らせてあげる事を目的としなければなりません。何の用意もできていない魂を霊界へ送り込む事は問題を大きくするばかりです。地上においても霊界においても犯罪を減らす事にはなりません。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
人間はとかく過ちを犯しがちなものである事も考慮してやらないといけません。【そうした魂の病める霊をなぜそちらの方で看視して、地上の人間を同じ道へ誘わないようにして頂けないのでしょうか―】そう簡単にはいかないのです。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
未熟な霊が次から次へと地上から送り込まれてまいります。それは霊界にとって迷惑な事です。そこで地上の人間が地上にいる間に霊界の生活に備えてもらおうと今、霊的真理の普及に全力をあげている訳です。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
ひとことで言えば、私たちが地上へ戻ってきた目的はイエスが説いた“愛”の福音を説く事にあります。人間は互いに愛し合うべきであり、憎み合ったり報復し合ったりしてはいけませんん。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
【(刑事をしている人が初めてサークルに出席して質問した)職業柄、私は多くの人間が恐ろしい行為によってあたら生命を失っていくのを見てきました。そしてしばしば思った事ですが、そうした犯罪が二度と起きなくするために、―】
『シルバーバーチの霊訓⑩』
【そちらで復讐心に燃えている霊たちを説得して頂けないものでしょうか―】残念ながらそういう人たちはみな地縛霊となっており、自ら拵えた牢獄に光が射し込むまでには大変な時間を要します。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
これは大変難しい問題でして、時間さえあれば色々と敷衍してお話できるのですが結論だけ申上げれば、彼らへの対処の仕方は報復ではなく矯正を目的としたもの、つまり精神的リハビリテーションでなくてはならないという事です。やられたらやり返すのが公正ではありません。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
【私は阻止する事こそ公正であると考えておりました―】しかし現実には報復が優先されているのがほとんどです。旧約聖書では“目には目を、歯には歯を”でしたが新約聖書ではイエスが隣人への愛を説いただけでなく、自分を憎む者をも愛せよ、と述べています。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
何事も最後は動機が問題となります。動機さえ正しければ全てがうまく収まります。【(代ってジャーナリストが質問する)霊界及び他の世界から人類へ向けて様々な警告が届けられております。あるものは原子力は悪であるから阻止せよと言い、―】
『シルバーバーチの霊訓⑩』
【またあるものは人類の独善主義について警告しています。そうした警告めいた予言を総合的に検討して記事を書くようにとの依頼を受けているのですが、ご意見を承りたいのです。もし何か特別に警告すべき事がありましたら明確に述べて頂きたいのですが…】
『シルバーバーチの霊訓⑩』
私は原子力が悪だとは思いません。その使用法が邪悪になる事は有得ます。しかし反対に測り知れない恩恵をもたらす事もできます。そのカギを握るのは、その途方もないエネルギーを管理する、あるいは管理を誤るかも知れない立場にある人たちです。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
警告めいた予言の事ですが、霊界にカッサンドラ(ギリシャ伝説の凶事の予言者)のような霊がいて、何か大変な事が地球に迫りつつあるという事で大げさに嘆いているような図を想像してはなりません。そんな単純なものではないのです。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
大霊は子等に一定限度内の自由意志を与えておられます。その自由意志による選択によって地上を光輝と美と豊かさに満ちたところにする事も出来れば“生き地獄”とする事も出来ます。その選択をするのはあなた方人間なのです。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
科学技術の発達と共に途方もないエネルギーの存在が明らかにされて、それをいかなる目的に使用するかの責任が大きくなってまいります。正しい進化の方向を選ぶ事になる唯一の道は、私の理解している限りでは、―
『シルバーバーチの霊訓⑩』
―無限の神性を宿している子等がそれを出来るだけ多く発揮して地上世界を美しく飾り、大自然がその豊かな恩恵を実らせるようにする以外にありません。それが人間が選択すべき唯一の道です。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
それを無視して富の神マモンを崇拝し、欲望に走り、利己的になり、他人の事はどうでもよいと考えるようになったら最後、自分の国だけでなく地球全体が暗黒と困難と悪と疫病という、自由意志の選択の誤りが生み出す結果で埋め尽くされる事になります。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
しかしそう申上げながらも尚かつ私は、人間がいかに驚異的なエネルギーを手にしようと、それによって起こす破壊や荒廃を一定限度で食い止める無限の力には到底太刀打ちできない事を断言しておきます。地球全体を、あるいは宇宙そのものを完全に破壊する力は持てません。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
【やはりあくまでも神の持ち物という訳ですね―】そうです。あくまでも大霊の持ち物であり、大霊が支配しなければならないのです。大霊は無限です。無限なる愛であり、無限なる叡智であり、全ての子等に地上を天国となしてそこに共存するための手段を提供して下さるのです。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
それを受取るか否かの選択は自由ですが…自由だからいいのです。もし人間が操り人形かロボットのようなものだったら人生は何の意味もない事になるでしょう。完成へ向けての進化も成長もありません。永遠の虚無の世界となってしまいます。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
それは神の意図するところではありません。皆さん方のどなたよりも永く宇宙人生を送ってきた私は神の完全性が生み出した宇宙の美事な機構を畏れと驚嘆と敬意と感嘆をもって眺めるようになりました。無限の知性が考案した摂理の働きを阻止できるものは何一つ存在しません。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
人生の全ての相を支配している永遠の霊的原理を垣間見るという光栄に浴した者は明日はどうなるのかという不安を抱く必要は微塵もありません。驚異的な科学技術の発達、科学的業績は善にも悪にも使用できますが、幾ら悪い事に使ってもそれがもたらす破壊にも限界があります。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
地球全体、及びそこに住む人類をもろとも破壊させてしまうほどの無制限・無束縛の自由が許される訳ではありません。愛は憎しみに勝ります。霊は物質に勝ります。その宇宙最大の力は生命の大霊から出ているのです。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
無限の知性によって考案され、無限の叡智によって支配されている宇宙の摂理は、今住んでおられる世界が少しでもよい世界へ向けてゆっくりと着実に進歩するように配慮してあるのです。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
【話題が動物愛護の問題へと発展するとシルバーバーチがこう述べた―】悲しいかな、霊的発達の未熟さ故に人間は、自分を生かしめている霊力が地球を共有している他の全ての生命体を生かしめている霊力と同じである事に理解がいかないのです。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
動物も人間と同じく“物的身体を具えた霊”である事が理解できないのです。我こそは万物の霊長であると信じているのであれば、それ故にこそ動物に対する責務があるはずなのに、人間はそこが理解できないのです。上の者が下の者を手助けするのが当り前です。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
しかるに現実は、罪もない動物に無用の残虐行為を情け容赦なく行っております。しかもそれは人間の健康増進のためと信じての事なのですが、それは間違いであり、そういう手段から健康は得られません。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
そうした邪悪で悪魔的でさえある実験を完全に阻止するためにも霊的真理の普及が急務なのですが、これは永い時間の掛る問題です。今自分たちが行っている事が間違いである事に気づいて良心の呵責を覚えるようになるまで霊性が発達するのを待たねばならないのです。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
【なぜ動物は人間の手によって苦しめられねばならないのでしょうか。人間の霊的成長の試金石となるために地上に置かれているのでしょうか。もっと高い進化の段階に達している別の天体へ置かれていれば、そこの住民に可愛がられて霊的進化も促進されるはずですが…】
『シルバーバーチの霊訓⑩』
それと同じ疑問が人間についても言えませんか。つまりなぜ人間は地上で同じ人間の手で苦しめられねばならないのですかという事です。なぜ苦しむ事のないどこか別の世界へ置いてもらえないのでしょうか。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
理解しなければならないのは、地上というところは予備校ないしはトレーニングセンターであって、その目的は内部の神性を可能な限り発揮する機会を提供する事である、という事です。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
人間にはある一定限度内での話ですが自分の行為を決定する自由意志が与えられております。その自由選択の結果として地上あるいは霊界における進歩を促進もすれば阻止もするという、そういう体験の繰返しの中で霊性が発達し少しずつ不完全な部分を捨てていく事になるのです。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
自由意志があるという事は、その当然の可能性として、それを間違った事、愚かしい事、報復的な事に使用する者もいる事になり、その結果として苦しむ人も出てくる事になります。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
もし神が動物も人間も申し分のない状態である事を望まれたならば、地上にもあるいは霊界にも存在していないでしょう。とっくに完全の頂上を極めている事でしょう。しかしそれは有得ない事なのです。なぜなら完全とは永遠に続く過程の事だからです。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
動物への虐待行為を阻止するには、いろいろとしなければならない事があります。善の勢力と悪の勢力の戦い、真理を知った者と無知な者との戦いが延々と続いております。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
また動物にも地上で果たしている役割がある事、人間が住む権利があるのと同じ意味において動物も地上に住む権利がある事が、どうしても理解できない近視眼的な人種もいます。これからも戦いは続きます。が、真理は必ず勝利を収めます。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
【人間と共に進化を続けている鳥類や魚類は次は何になるのか教えて頂けないでしょうか。それはいわゆる“精霊進化”に属するのでしょうか。昆虫は次は何に進化していくのでしょうか。―】
『シルバーバーチの霊訓⑩』
【昆虫の中にはとても進化していて独自の複雑な“文明”すら持っているように思えるのが多くいますが…】まず“文明”という用語はここでは適切でないと思います。いかなる生活にせよ文明とは社会及び生活様式に適応していくための手段の事です。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
さてご質問の意味ですが、一羽の鳥がやがて一人の人間になっていくのかという事であれば答はノーです。精霊進化というのは妖精及びそれに類する存在に関わる自然的生命の進化の事です。自然界の成長の中で果たす役割があるのです。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
進化とは全生命に関わる自然法則の一環であって、それは神の愛の証でもあります。低い次元から高い次元へ向けての不断の向上の事です。進化の法則は全ての生命、すなわち昆虫類、鳥類、動物、そして人類の全てを包摂しています。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
それぞれに果たすべき役割があり、しかもお互いに関連し合っております。孤立しているものは一つもありません。全体として完全な複合体を形成しているのです。あなた方人間も、動物の進化に関連した法則と同じ法則によって支配されているのです。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
その自然法則に従って生活していれば、言い替えれば自然法則と調和していれば、あなたは天命を全うできると同時に他の生命の進化を助ける事にもなります。各自が協調的要素としての役割を果たすように宇宙の全機構が出来あがっているのです。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
協調とは反対に自然に逆らった行為に出る者は、その逆らった対象だけでなく自分自身に対しても酷い仕打ちをする事になります。自然と協調する者は自然の発達を助けると同時に、自分自身の霊性の開発をも助長する事になるのです。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
【という事は、我々は人類として特別の存在ではなく、大自然の進化の過程の一部に過ぎないという事になるのでしょうか―】
『シルバーバーチの霊訓⑩』
人類も生命の永遠の営みの一部にすぎません。その中にあってもし人間がオレたちは他の生命よりも特別に高等なのだと自負するのであれば、ちょうどあなた方が霊界の高級霊からの援助を求めるように、他の下等な生命を援助してやる義務があるはずです。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
【動物の世界には“高等な生命”というものがあるのでしょうか―】ありません。それぞれの種にそれぞれの進化のコースが割当てられているのです。生命として存在しているものは霊であるからこそ存在できているのです。霊は生命であり、生命は霊です。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
それゆえ生きとし生けるもの全てが―小鳥も魚も花も木も果実も、みな霊なのです。高等とか下等とかいうのは、その無数の生命現象の中にあって他の生命に比べた場合の“進化の到達度”を言っているにすぎません。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
人類は魚類に比べれば高い発達段階にあるかも知れませんが、私たちの世界の神庁に所属する神霊に比べれば低い事になります。【動物保護運動がなかなか思うにまかせません。むしろ悪化の一途を辿っているように思えます―】
『シルバーバーチの霊訓⑩』
それは人間に自由意志が与えられている事から生じる当然の結果です。もし何一つ問題がなく闘争もなく犠牲が強いられる事もなく困難も生じなかったら人間は進歩しません。進歩は困難に遭遇した時に得られるのであって、気楽な生活の中では得られません。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
それぞれの魂が内在する力を引き出すための努力をするように何らかの試練の時に遭遇するというのが、進化における不可欠の過程の一つなのです。進歩の速い面もあれば遅い面もあります。とにかく同じ地球を共有する他の全ての存在と仲良くするという事が人間の責務です。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
が、どっちへ転んだところで自然の摂理による埋合せがあります。動物が動物なりの進化のコースを辿るように配慮するのは人間の責務です。それを怠れば人間はそれなりの代償を払わねばなりません。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
動物に残酷な仕打ちをしている者は、いずれその行為の一つ一つに霊的代償を払わねばなりません。悲しいかな、苦しめられるのはいつも罪のない側です。が、自然の摂理は曲げられません。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
殺人を犯せば殺した方はその償いをしなければなりませんし、殺された方にはその犠牲の埋合せがあります。埋合せの原理は間違いなく働きます。神は一人一人の人間にきちんと賞罰が計算されるように公正の原理を定めておられます。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
【自然界では“強い者”が生き残っているように思えるのですが、そうなるとその原則は人間界や霊的な事にはどう適用されるのでしょうか―】相利共生(二種類の生物が相互に利益を得ながら生活する事)という言葉をお聞きになった事はありませんか。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
これが自然界の原則ではないでしょうか。互いに協力し合う事によって自然界がその目的を果たしていく、というのが基本原理ではないでしょうか。樹木が大気中の炭酸ガスを吸収しそれを酸素にして排気する。それを人間が呼吸して生命を維持する。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
これが調和、協調、つまりは自然の力の働きではないでしょうか。【私は特に動物の事を念頭において質問したのですが…】有史以前の動物の中で現在まで生き残っているのはどの種類でしょうか。たとえば象がいます。象はどう猛な動物だったでしょうか。そうではありません。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
草食動物であり、他の動物を襲ったりしませんでした。なのに生き残っており、他の肉食動物は滅びています。どっちが“強い者”でしょうか。あなたも庭をお持ちなのでご存知でしょうが、自然の摂理を大切にすれば立派な庭になり、摂理を無視すれば台無しになります。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
人間同士だけでなく動物に対しても情愛を向けないといけません。他の人間を搾取してはいけません。動物を搾取してはいけません。大自然を搾取してはいけません。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
そういう心掛けで生きれば、人間だけでなく地上に生きている全ての存在が、宇宙最大の力すなわち神によって考案された進化の法則の究極の目的である平和と秩序と調和を手にする上であなたも貢献している事になるのです。

※文中に当時の僕のコメントが挿入されていますが、削除するのが面倒ですので(汗)ご参考までにそのまま掲載させて頂きます。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
【シルバーバーチの交霊会に招待される人たちは男女の別・社会的地位の上下を超えて人生が霊的進化のための巡礼の旅である事に目覚めた人ばかりである。本章ではそうした人たちを招待した交霊会の中から“新人”を招待したもの三つと、―】
『シルバーバーチの霊訓⑩』
【―サイキックニューズ紙の“ベテラン”スタッフ二人を招待したもの、さらにドイツへの移民に失敗した英国人ジャーナリストを招待したものを特集した。先ず最初は二十年間もシルバーバーチの霊言集を愛読しているという男性を相手にシルバーバーチがこう述べた―】
『シルバーバーチの霊訓⑩』
この交霊会にお出でになる同志の方に私が必ず申上げている事は、霊的巡礼の旅に立たれた方はみな同じパターンの人生を体験なさるという事です。困難・難題・危機・失望・挫折、こうしたものを体験させられます。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
時には失意のドン底に落とされ、あたかも全ての望みが断たれ、奈落の底の暗闇の中に置かれたような、一条の光も見出せない状態となる事もあるでしょう。しかしそうした時こそ魂が目を覚まし、真理を受入れる用意が整うものなのです。奈落の底からの霊的向上が始まります。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
ゆっくりとして遅々たる歩みです。それも必ずしも着実とは限りません。時には逆戻りする事もあります。が光明へ向けて向上し続け、ついに暗黒から抜け出ます。さて、あなたはただの信仰でなく証拠に基づいた素晴らしい霊的知識をお持ちです。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
道が示され導きを受け、そこから生まれた理解が人生の視野を一変させました。【本日はお招き頂いて大変光栄です。私はあなたの霊訓を二十年間も愛読致しております。本日こうして出席できるのもあなたの霊的知識のおかげです。苦しい時はいつも霊言集を開いております―】
『シルバーバーチの霊訓⑩』
【―そこで私は今その霊的知識を集大成したいと考えております。テープも書物もかなりの数になりました。それを若い世代のために人生の指針として教えていくためのグループを組織したいと考えているのですが…】
現在冴子さんという女性が霊的知識の抜粋をRTしまくってくれています。ここに最大級の感謝の念を捧げます。志をお持ちの方、理解ある方、世界を良くしたいという願望を抱く方、この霊的知識の抜粋をどうかRTして頂けないでしょうか。イエス様は霊的知識の光が広がる事を切に望んでおられます(祈)
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『シルバーバーチの霊訓⑩』
人類全体のための予定表というものがあります。私の世界の高級な神霊によって考え出されたものです。その目的は受入れる用意のできた地上の人間を霊的に精神的にそして身体的に真に自由にしてあげる事です。国家単位の計画があり、個人単位の計画があります。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
少しずつ着実に運ばれており決して先を急ぎません。我々全部を包み込んだその崇高な計画に参加しておられる以上、あなたもせっかちな行動は許されません。関わっている問題があまりに多くて先走りする訳には行かないのです。私たちが提供するのは先ず証拠です。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
それから各自が自らの霊的新生を成就するため知識です。私たちがあなたに代って救ってあげる訳には参りません。自分で自分を救うのです。その手段をどう活用するかは、その人の自由に任されております。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
あなたが霊的存在であるという事は、あなたも内部に無限なる宇宙の大霊すなわち神の一部を宿しているという事であり、同時に霊的武器(能力)と霊力を宿しているという事です。それを進化しながら発揮していく事ができるのです。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
私たちの仕事はこうした霊的真理を一度に一人ずつ、受入れる準備の整った魂に教えていく事です。この点を特に強調しておきます。それが偽らざる事実だからです。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
諺にも“馬を水辺まで連れて行く事はできても水を飲ませる事はできない”というのがあります。イエスはこれを豚と真珠という、きつい例えで表現しました。(豚に真珠を投げ与える勿れ―マタイ)受入れるにはその準備ができていなければならないという事です。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
あなたも暗い影の谷間を通り抜けるまでは真理を受入れる用意はできておりませんでした。その間の体験が、こうした基本的な永遠の霊的真理を理解しはじめる端緒をなる決定的な手段ないし触媒となったのです。
僕たち地上人類は「死は恐ろしい事、悲しい事」という誤った概念を何としても払拭し正しい霊的知識に照らして判断できるようにならねばならないんです。僕たちは7、80年の地上生活を食べて飲んで寝て死んだら終りなんて存在ではありません。墓場の先に永遠に続く美しい向上の生活があるのです(祈)
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『シルバーバーチの霊訓⑩』
今ではあなたが他の人々を救ってあげる立場になられましたが、あなたの厚意が受入れられなくても落胆してはいけません。その人はまだそれを受入れる用意ができていなかったという事です。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
そういう時は私がいつも申上げているように、掛けがえのないチャンスを失った人として密かに涙を流しておあげなさい。あなたにとって“ここぞ”という時に素晴しい道が示されたように、これからも大切な時には必ず指示が頂けます。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
人生の視野の基盤を提供してくれる霊的知識を土台として信念を持つと同時に、あなたの背後には真理普及のためのチャンスさえ提供してくれればいつでも援助に駆けつけてくれる高級霊の大軍が控えているという事実を忘れてはなりません。恐れるものは何一つありません。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
あなたには人のために自分を役立てる事ができるという喜びがあります。それが何よりも大切です。その機会を与えられる事に感謝しなくてはいけません。明日の事を案じてはいけません。困難には遭遇する事でしょう。が、それは太陽を一時的に遮る雲のようなものです。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
太陽は少しの間見えなくなりますが常に存在しているのです。その太陽がもたらしてくれる力と光の存在を片時も忘れてはなりません。【次はナイジェリアの族長が招待された時の問答である。先ずシルバーバーチから“本日はどういうご用で来られたのですか”と尋ねると―】
『シルバーバーチの霊訓⑩』
【私たちは誰しも自分自身ならびに同胞のために何か役に立つ事をしたいという霊的な欲求をもっているものなのですが、物的世界ではその意図を遅れさせ邪魔をする事情が生じます。そういう立場に置かれている人たちに何かアドバイスをお願いしたいのです―】
『シルバーバーチの霊訓⑩』
イエスも同じ趣旨の質問を受けました。それに対してイエスは“シーザーのものはシーザーに、神のものは神に納めるがよい”と答えました。(ここでのシーザーは俗世の権力を意味している。マルコ12・17、マタイ22・21、ルカ20・25―訳者)
僕は自分の意志でイエス様のご意志に従う決断をしました。しかし心の底では帰幽を最高に待ち望んでいるのです。これまで受取らせて頂いた膨大な量の帰幽メッセージ。それができるだけ早く実現する事を願いつつ、かつ霊的知識普及の使命の重大性も認識しつつ、二つの間で揺れまくってる訳です(祈)
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『シルバーバーチの霊訓⑩』
問題が生じるのは当然の成り行きです。地上は困難と挫折と障害と逆境に遭遇させられる場所なのです。地上生活のそもそもの目的は、伸び行く魂が危機において初めて呼び覚まされる潜在的資質を発現させるために様々な事態に遭遇する事にあるのです。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
そうした問題を克服しない限り霊性の向上は望めません。が実は克復できないほど大きな問題は決して背負わされないのです。忍耐強く導きを祈り求める事です。時が熟せば必ずドアが開かれ道が示されます。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
私はその事を同志の方にいつもこう申上げております。―閉め切られたドアを忙しく叩いてはいけません、と。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
【地上はいつの時代にも何処においても因果律という基本的摂理のみが働いていると考えてよろしいでしょうか。もしそうだとすると何故その因果律によって営まれている自然が正しく理解されなかったり、酷い扱いを受けたりするのでしょうか―】
『シルバーバーチの霊訓⑩』
因果律は全法則の基本原理であり根底であり永遠に不変のものです。自分が蒔いたタネが生出すものを自分で刈取るという原理です。一つの原因に対して数学的正確さをもって結果が生じます。その結果がまた原因となって新たな結果を生みそれがまた次の原因となっていきます。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
この過程が絶え間なく続きます。タネに宿っているものが正直に花を咲かせるのです。千変万化の大自然の現象は極大のものも極小のものも、単純なものも複雑なものも、一つの例外もなくこの因果律に従っております。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
いかなる人物もいかなる力も、その連鎖関係に干渉する事はできません。万が一にも原因に対してそれ相当の結果が生じない事があるとしたら、地球も太陽もあるいは宇宙全体も大混乱に陥る事でしょう。大霊、神、宇宙の大精神に愛もなく叡智もなく完全ではない事になります。
さ、今週も山にアタックしてきます。望まない環境に留まり続け、絵から離れ続け、テキスト撃ちまくるという僕にとって超過酷な霊的知識普及の使命。その重荷をこの瞬間だけは忘れて思いっきりフルアタックしてきます。僕が霊性発現できたのもこの「山行」があったからこそです。アタァァァック!(祈)
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『シルバーバーチの霊訓⑩』
宇宙は完全な公正によって支配されております。もし宗教的ないし霊的な意味があるかに信じられている文句を唱える事によって、それまでに犯した過ちの結果が一挙に取消されるとしたら、それは大自然の摂理の働きが完全でなく不公正である事を意味します。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
大自然は人間の願望にはお構いなく定められた通りのパターンに従わねばならないのです。果たさねばならない役割があり、それを果たし続けます。人間がその自然の摂理と調和して生きれば幸福感を生み出すような結果がもたらされます。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
時には、こんなに幸せでよいのだろうか、と思うほど豊かな幸せをもたらしてくれる事もあります。反対に自然を搾取し、その意図に逆らった事をすれば、それは神の無限の創造活動に干渉している事になり、その愚行には必ずや神のお咎めがあります。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
大自然は定められた目的を成就し続けます。摂理はあくまで摂理です。完全な普遍性をもって人間の願望にお構いなく作用します。つぼみ―開花―満開、これが摂理のパターンです。原因と結果の不変の連鎖関係、それが大自然の根本原理です。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
間違った事をすればその償いをせねばなりません。正しい事をすればその分だけ幸福感を味わいます。理屈は簡単なのです。私たちは可能な限りの力を動員して皆さんを正しい道からそれないよう努力致します。問題は人間の方が必ずしも私たちの思い通りに動いてくれない事です。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
所詮私たちが扱っているのは不完全な人間です。地上には誰一人として完全な人間はおりません。完全性は神の属性です。ですからあなた方に一点の非の打ちどころのないものを要求するつもりはありません。よく間違いを犯すものである事を承知しております。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
人間であるが故の煩悩によって過ちを犯しがちである事は十分承知致しております。私たちは皆さんに対する愛念を覚えるが故に最善を尽して援助しております。
説明しきれません、が僕は現在最高に苦しい状況に置かれています。幼少の頃から親しんできた「絵」を完全に捨てて全く別人格になりなさい、とでも言われてるような状況なのです。シルバーバーチ霊もおっしゃってますが「神のご意志に従う事は最も難しい事」それをまさに味わっているところです(祈)
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『シルバーバーチの霊訓⑩』
時には傍観して為すがままにさせる事もありますが霊的発達を阻害するような過ちを犯しそうな時には、それを阻止するために可能な限りの手段を尽してその事を皆さんに印象付ける事を致します。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
ですが人類の大部分の人について言える事は、今では邪なるものより善なるものの方が、悪徳より美徳の方が、不正直より実直の方が、不親切より親切の方が、そして利己心よりも愛他心の方がはるかに多くなっているという事です。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
(夫婦でスピリチュアリストチャーチを運営している米国人が教会内部の不協和音の悩みを携えて出席した)【現在の混乱状態はもはや手の施しようのない所まで来ております。そこで我々夫婦はそこを撤退しようと考えております。そうすれば事態が変ってくると思うのです―】
『シルバーバーチの霊訓⑩』
それが一番賢明です。この世には偶然も偶発事故も奇跡も存在しないと私が申上げているのはご存知でしょうか。全てが自然法則の相互作用から生じているという事です。言い変えれば原因と結果とが交互に所を変えながら連鎖関係を続けているという事です。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
あなたが遭遇しておられる事態も同じパターンです。かつてあなたはもはやこれ以上為す術がないと思えた時に啓示を受けられて人生に一大変革がもたらされました。今日のあなたを導いて来たのは背後霊の働きです。私の説いている霊的真理の世界へ案内されてきました。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
そこであなたは魂の幸福と人のために自分を役立てる機会を見出されました。それはこの度あなたが地上へ生まれて来たそもそもの目標だったのであり、それだけはいかなる事態も阻止する事はできません。霊の力は最高の力です。地上にこれ以上の偉大な力は存在しません。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
それは愛であると言えます。愛が霊力を動かしているからです。愛こそ宇宙最大の力です。バイブルにも愛は摂理を成就を成就する事であると述べております。
どうしても今置かれてる環境がダメでグズりまくる僕を何とかしようと霊界の沢山の方々が励ましに来てくれました。これだけして下さってるのに、もう自分が情けなくてイヤになっちゃいました(涙)プロフに書いてますが間違いなく僕はこんな重大は責任を帯びるような器の人間ではないのです(祈)
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『シルバーバーチの霊訓⑩』
あなたは大変豊かな恵みを受けておられます。奥さんとは地上で不可能と思っておられたアフィニティの関係でいらっしゃいます。お仕事はこれからもずっと続きます。霊力は地上に根づいております。本来なら同士であるべき人たちからの反抗は気になさらぬ事です。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
あなたの置かれている難しい事情は私もよく存じております。至って人間的な問題です。発達、開発、成長、要するに人間の本性に関わる問題です。同じ霊的知識を携えている人たちから必ずしも意見の一致が得られるとは限らないものです。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
ですから不協和音に耐えかねる時は撤退なさる事です。何処にいても霊の力は機能し続け、これまで通りあなた方を導き指示を与えてくれる事でしょう。【続いてサイキックニューズ紙の編集スタッフ二人が招かれた時の交霊会の様子を紹介する。まずシルバーバーチから述べる―】
『シルバーバーチの霊訓⑩』
お二人には印刷された文字(霊言集)がどれほど素晴しい成果を生んでいるかは測り知る事ができません。しかし現実にはこれまで霊的真理が見出せなかった多くの場所において徐々に突破口が形成されつつあり、私はそれを心強く思っております。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
霊界から見ると地上という世界は実に陰鬱で不気味な様相を呈しております。しかしそうした突破口が灯台の如く地球上の各地に点在しているおかげで私たちがこうして地上を訪れる際の勇気づけとなっております。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
その一つ一つが確固とした橋頭堡となって霊的巡礼の旅で道に迷ってしまっている人たちを引きつける役目を果たしております。と言っても私たちが救ってあげられるのは差し出した私たちの手をつかまえてくれる人だけです。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
霊的真理、その崇高な力を受入れる用意のできていない人は私たちにも為す術がないのです。受入れ準備の整った魂は霊的真理の灯台の光に引寄せられます。そして模索と無知と迷信の闇から、広がり行く知識と確実性の光の中へと通じる道を見出してまいります。
僕が触りたいのはテキストエディタでなくフォトショップです。デジタル絵画のクオリティをとことん追求するためずっと勉強し続けて来たからです。そんな僕に「私にはもう地上的概念は合わないわ」というメッセージが降ってきました。過去を全て捨てて次の場所へ行けという事ですか、難しすぎます(祈)
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『シルバーバーチの霊訓⑩』
あなた方はそうした魂が真の自我を発揮していくのを手助けしておられるのです。内部に秘められた莫大な霊的可能性を理解していく、その端緒をつける役目を果たしておられるのです。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
多くの場合それは自分に具わっていた霊的能力を活用する事によって人を喜ばせる事から始まります。それがかつては不毛の土地だったところに少しずつ霊力を根づかせてまいります。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
お二人も人間としての弱点をお持ちである以上、時には嫌気がさし無力感に襲われる事もあるでしょう。そのような時は一たん張詰めた思いをほぐしてから改めて自分が今地上で実現されつつある大きな霊的事業の一端を受持っている事の光栄を思い出してください。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
霊力は既に地上に根づいております。それを駆逐できる者はいません。教会も教会堂も礼拝堂も寺院も、僧侶も牧師も、霊力が地上に顕現していくのを阻止する事はできません。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
あなたがもしたった一人だけでも霊的真理に目覚めさせる事に成功したらそれだけであなたの全人生が生き甲斐のあるものとなります。幸いな事に我々はたった一人でなく大勢の人たちに永遠の財産として何よりも美しい宝石である霊的真理を授けてあげる事に成功しているのです。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
以上でささやかながら私からの説教は終りです。【説教の主題となる聖句は何も用意なさらないのでしょうか―】ありますよ。私のテクストは“神は愛なり”です。私たちの世界に比べて魅力らしい魅力に欠けるこの地上へ戻ってくるのは、―
『シルバーバーチの霊訓⑩』
―あなた方に対して私たちが強い愛念を覚えているからです。同時にまた霊力があなた方を通じて他の大勢の人々のために使用される、その通路となって頂きたいからでもあります。地上にはもはや霊力の働きかけによる救済しかない人々が無数にいるのです。
霊界の方々がこれほどまで手を尽して下さってるのにどうしても僕はグズってしまう訳です。お子ちゃまです。ダダッ子です。石頭です。ただ逆説的にそれほど神のご意志に従うというのが難しいとも言えるのですが。一人でも多くの方が書籍を手にして下されば僕のこのもがきも無駄でなくなるのですが(祈)
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『シルバーバーチの霊訓⑩』
現代の宗教は今やその影響力をすっかり失っております。無能と不毛の中であがいております。神学だの教義だのドグマだの信条だの儀式だの慣習だので反目し合い、それが足枷となっております。実在は“霊力”なのです。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
条件の整っているところならどこにでも顕現する生命の根源なのです。我々の仕事はあなた方が想像なさる以上に進展しております。地上においてこうした形で永い間貢献できた事を私たち霊団の者は光栄に思っております。振返って見ると大変な成果が上がっている事を知ります。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
これは私にとって大いなる喜びの源泉です。こうして他に類のない方法で大霊の通路として働く事は組織にせよ個人にせよ霊力の援助なくしては叶えられるものではありません。既成宗教の中にも真摯に最善を尽している人が大勢いる事は認めます。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
しかし霊界からの援助なくしては、それは暗闇の中で手探りしている子供のようなものです。(訳者注―ここでは同じ真面目な気持ではあってもそれが意味のない儀式や慣習に縛られた中で行われている限り霊的な援助の入る余地がない事を言っている)
『シルバーバーチの霊訓⑩』
聖職者を相手とした説得がもし失敗に終った時は(事実これまで数々の失敗がありました)あるいはもしうまく捗らない時は(事実中々思うにまかせないものです)あるいはもし手を取り合うべき同志の間で分裂が生じた時は、―
『シルバーバーチの霊訓⑩』
―せっかくのチャンスを目の前にしながらそれをうまく手にする事ができなかったその相手のために涙を流してあげる事です。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
既にタネは蒔かれております。芽を出すものもあれば出さずに終るものもありましょう。我々は宗教界に身を置きながら真理の普及よりも己れの地位の確保の方が大事と思う、その人間ならではの煩悩とも闘わねばならないのです。
今日の幽体離脱中にシンプルな細身のデザインの十字架のアクセサリを首につけて僕は「これすごく似合う」とかのたまわりやがったのです…現在僕に協力して下さってる「十字聖団体」の方々に僕は迷惑かけっ放しなのに何が似合うだ、お前にそれを身につける資格はない、と帰還後に思ったのでした(祈)
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『シルバーバーチの霊訓⑩』
天使が時おり涙を流しておられる事がありますと申上げるのはそういう事情からです。宗教とは無縁な人なら弁解の余地もありましょうが神に仕える身である事を自覚しているはずの聖職者が人のためより先に我が身の安泰を考えるようでは一体どこに弁解の余地がありましょう。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
しかし計画は着実に進行しております。既に地上に堅実な足場が築かれております。私たちはただの通行人ではありません。少しの間だけ地上に逗留しているのではありません。永遠に影響力を行使し続けるのです。人間が自分とは一体何者なのか、いかなる存在なのか、―
『シルバーバーチの霊訓⑩』
―憎しみといがみ合いを無くするにはどうすべきかを知り、肌の色、階級、宗教、及び国家の違いはあっても霊性において一つであり霊的団結はそれを分裂させるあらゆる相違点よりも強力である事を知る事によって自らの力で自らを救う方法をお教えしようとしているのです。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
私たちの計画はきっと達成します。撤退するような事は断じてありません。遅れたり邪魔される事はありますが、たとえ教会、法王、高位聖職者、主教、尊師、牧師といった宗教界のお偉方が何をおっしゃろうと私たちを追い返す事はできません。彼らこそ道を見失っているのです。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
我々もバプテスマのヨハネの如く、これから訪れる世界―平和と調和と愛と慈しみと協調と和合の支配する世界―暴力が忘れ去られ全ての者が人の為をモットーに助け合い地上世界をさながら天国に変えて行くための地ならしをしているところです。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
そういう世界は実現可能ですし、きっと実現します。お二人は背後から擁護し導いてくれる偉大なる霊力と危機に際して必ず盾となってくれる愛の存在に気づいていらっしゃいます。ご自分ではその努力のもたらす結果が測れません。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
しかし活字は実に大切です。しかも今こうして私の生の声を聞いて頂いております。これが有難い事に活字にいっそうの価値を付加する事になると聞いております。
皆さん、何よりも大切な霊的知識を得ましょう。因果律の働きを理解しましょう。こういう地上生活を送ったら霊界に行ってこういう状況になる、という事を得心していれば…自分勝手・無責任な生活を送っていると下層界へ落ちて悲惨な状況になると知っていれば、絶対に日常生活を律するはずなんです(祈)
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『シルバーバーチの霊訓⑩』
皆さんと私たちとが一丸となって地球浄化の重大なキャンペーンに携わる霊の大軍の一翼を形成しております。地上の悪を懲らしめ暗闇を減らし、より多くの愛をもたらし人間同士そして人間と共にこの天体を共有している動物に対しても慈悲の心を向けさせるようにする仕事です。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
お互いの協力によってこれまでに成遂げた成果を私たちは心から喜び、これからさらに多くの魂に自由をもたらしていく仕事にも自信をもって臨んでおります。それが自分の住む世界へ貢献をさせてあげるゆえんとなるからです。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
数から言えば私たちは比較的少数かも知れません。しかし背後に控えて下さっている力は宇宙最強の力です。これに刃向える者はいません。これを打ち負かせる者はいません。その働きを阻止できる者はいません。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
いかなる団体も組織も霊力が地上の人々に光明をもたらすという計画の成就を阻止する事は絶対にできません。私はたった今、私の本来の住処である上層界から戻って来たところです。こうして地上的手段で交信している時の次元よりもはるかに高い次元で、―
『シルバーバーチの霊訓⑩』
―気分一新と元気回復を求めてまいりました。同時に神の意志の地上への顕現という大業を担当する神庁の高級神霊による審議会に出席してまいりました。計画が首尾よく進捗しており見通しも明るいとのお言葉を頂戴すると、とても元気づけられます。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
そして新たな気持でこれまで通りの仕事に戻って来る訳です。それは地上に美と荘厳さを少しでも増すために霊こそ実在である事、その霊に無限の資質が宿されている事を教える事です。その結果として貪欲と利己心と分裂と暴力、要するに地上天国の建設の妨げとなっているもの―
『シルバーバーチの霊訓⑩』
―全てを地上から駆逐する事です。この暗く侘しい地上世界、明日はどうなるかという不安に満ちた世界に戻ってきて私たちに断言できる事は、この地上にも徐々に霊の光が差し込み、その力がすみずみまで浸透しつつあり、明日の事で取越苦労するには及ばないという事です。
僕は心の中で守護霊様の事を「真実の母」と呼んでます(照)理由は僕が地上における実母と完全訣別状態にあり関係を修復する意志も皆無だからです。僕が帰幽したが最後、地上の実母と永遠に会う事はないでしょう。帰幽後の僕は守護霊様をはじめとする類魂の方々と進歩向上を共にして暮すのです(祈)
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『シルバーバーチの霊訓⑩』
幸いにして霊的実在についての知識を手にした者は如何なる程度であっても悲観の念を心に宿す事があってはなりません。霊力は地上世界の如何なる力よりも強力です。それを人間が遅らせる事はできます。邪魔する事はできます。妨害する事はできます。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
しかし定められた計画の成就のための霊力の地上への降下を阻止する事はできません。既に可能な限りの数の橋頭堡が地上各地に敷設されており地盤はしっかりと固められております。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
霊力の灯台にも例えられるべきものも築かれており道を見失った人々のために間断なく光を放射しております。その霊力の通路であるあなた方及び大勢の人々のもとにその灯台の明りを頼りにした人たちがこれからも訪れてくる事でしょう。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
霊に秘められた力、生命力、エネルギーの大きさをどう表現したら分って頂けるか、その言葉が見当らないのが残念です。人間に正しく理解して頂くための用語がないのです。本日お話した事でも、できればお伝えしたい事のほんの一かけらにすぎません。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
霊力は無限です。がそこからどれだけのものを受取るかは、あなたが現在までに到達した霊格の程度によって決ります。その受容力を少しでも増す事を心掛ける事です。そうすればそれだけ多くの霊力が流入し、その驚異、美しさ、安らぎ、治癒力を発揮してくれる事になります。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
【ドイツへの移民に失敗した英国人ジャーナリストにシルバーバーチがこうアドバイスした―】あなたは教訓を学ぶために地上世界に来ているのです。たとえ判断の誤りから挫折する事があっても、そこから多くの教訓を学ぶ事ができます。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
挫折から絶望へと進んで何も学べずに終ればそれはその人の責任です。あなたの場合は大丈夫です。そのうち道が開けます。
向こう(霊界)では新たな名前を賜るそうです。僕は現在の本名に一刻も早く別れを告げたいので、ぜひ素敵な名前を賜りたいです☆画家名“たきざわ彰人”を本名にするつもりでしたから。改名するつもりでしたから。それくらい地上における本名に愛着がないんです。早く永遠に決別したいです(祈)
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『シルバーバーチの霊訓⑩』
【私はかつて住み慣れた国(ドイツ)へもう一度行きたいと思ったのです。しかし同じ川に同じ水は流れていない事を知りました。仕事がどうしても見つかりませんでした―】
『シルバーバーチの霊訓⑩』
【結局私は思いが叶い快適な場所に落着きながら、なおかつ惨めな思いをさせられる事が有得る事を思い知らされました―】問題はあなたほどの霊的知識を携えた者は霊的砂漠の中では生きて行けないという事です。砂漠ではオアシスを見つける事はとても困難です。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
しかし事態は決して取返しがつかないというほどのものではありません。あなたが巻込まれた事態は今日の一般的な事態より遥かに困難なものでした。(その背景説明が無いので何を指しているのかが曖昧であるが多分政治的な事を言っていると思われる―訳者)
『シルバーバーチの霊訓⑩』
そうした中であなたは霊的な導きを得て無事切抜けて来られました。そしてかつては不可能だった自由の中で自我の開発を志す場を見出されました。元気をお出しなさい。くよくよしてはいけません。取越苦労はお止しなさい。心配しても何にもなりません。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
心配の念は霊界から届けられる援助の通路を塞ぎます。自信を持つのです。道はきっと開けるという確信を持つのです。いつの日か苦い体験だったがおかげで精神的ならびに霊的に成長したから悔いはない、と言える日が来る事でしょう。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
【確かに大変勉強になりました―】同志の方にはいつも申上げている事ですが信仰に知識を加える事から出発して最後は知識に信仰を加える事で終ります。地上はおろか霊界においてすら存在する知識の全てを手にする事は不可能です。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
知識は大霊と同じく無限であり、いつまでたっても蓄えを増やし続ける事の連続です。首をうなだれてはいけません。後ろを振り向いてはいけません。前を見るのです。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
過去のページは既にめくられ二度と元へは戻せないのです。生命の書は常に新しいページをめくるのです。その日その日のために生き、昨日のために生きてはいけません。明日刈取る収穫のタネを蒔くのは今日なのです。
僕は帰幽後、会いたい人がイパーイいますが、誰に一番会いたいかと言えば間違いなくセンナちゃんです☆(照汗)以前センナちゃんのブログを書いてた時「おにいちゃん」って可愛らしい声が聞こえたのです。あの声はきっとセンナちゃんに間違いないのです☆僕は優しいお兄ちゃんになりたいです(祈)
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『シルバーバーチの霊訓⑩』
【国外へ出る事によって私はそれまでの流れの外に出てしまった訳です。元の流れに戻るのは容易ではありません。霊的知識を広めるという私が望んでいる仕事を始める方法があるでしょうか―】あなたには果たしきれないほど沢山の仕事が用意されております。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
ただ前にも一度申上げた事で改めてここで繰返させて頂きたい事があります。皆さん方のように霊的知識を手にした方でもうっかりすると忘れがちな事ですが私たち霊界の者はあくまでも私たちにとって都合の良いタイミングで私たちの方法でしか仕事ができないという事です。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
言い変えれば“あなた方の都合”に合わせて“あなた方の方法”でする訳にはいかないという事です。地上へ働きかけるには極めて微妙で繊細な影響力、この上なく複雑な取扱いを必要とするバイブレーションを行使しなくてはならないからです。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
ところが人間は何かと“せっかち”であるために往々にしてその性急さが本来ならもっと楽に叶えられるはずの条件を阻害して結局は実現を遅らせる事になります。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
私たちから要請したいのは受容性に富み、確信に満ち、冷静で長閑な精神、それにとにかく自分にとって一番良いものがもたらされるのだ―ただしその機が熟した時に、という事を一点の疑念もなく洞察できる能力です。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
それにしがみつくのです。あせってはなりません。地上世界の一番困った点は、何かにつけて“せっかち”である事です。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
私たちが皆さんを目覚めさせるまでにどれだけの時を費やしたかご存知でしょうか。霊に関わる事は“早く片付ける”という事が不可能なのです。無限なる叡智が案出した摂理に従わねばならないのです。
ここまで霊的知識を知る事ができた僕は既に物質に何の興味も無く、その視点で部屋を見ると不必要な物ばかりなんです。で数ヶ月前から着々と物を捨ててます。少し部屋が広くなりました。まだまだ沢山あります。捨て続けます。新たに物を買う事も極端に減りました。物質は大切なものではないんです(祈)
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『シルバーバーチの霊訓⑩』
もう一度繰返します。真理は何度繰返し述べてもよいでしょう。私たちは私たちのやり方で私たちのタイミングで事を運びます。あなた方の都合に合わせて行う訳にはいかないのです。霊的に見てどうなる事が自分にとって一番良いかは人間自身には正しく判断できません。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
人間の祈りを聞くと、その願い通りにしてあげたら霊的にはとんでもない事になると思われるものが良く見られます。そこで私たちの判断に基づいて皆さんにとって一番良い形で援助します。指導してあげます。決して裏切りません。見放しません。見捨てるような事は致しません。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
霊の威力についてはこれまで数々の証拠をお見せしてきました。私たちと歩みを共にしてこられた方には霊力がどれだけの事を為し得るかをよくご存知のはずです。(訳者注―『霊訓』のインペレーター霊団と同じようにシルバーバーチ霊団も高等な思想を説く前に―)
『シルバーバーチの霊訓⑩』
(霊の威力を見せつけるための手段として物理的心霊現象を演出して見せている。これはスピリチュアリズム思想の歴史的な発展全体についても言える事で、最初は目に見える現象的なものが盛んに行われそれが次第に精神的なものへ移行し、―)
『シルバーバーチの霊訓⑩』
(そして現在では思想的教訓が主流となっている―)私たちは地上世界のための仕事を請け負っております。数からすれば決して多いとは言えませんが、この仕事のために私たちを派遣したのは上層界の霊団なのです。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
その高級神霊は幾億と知れぬ人間に慈愛に満ちた影響力を行き亘らせる為に私たちを通じて霊力を行使し続ける任に当っております。地上には暗黒と疑念と当惑と絶望の中で生きている魂が多すぎます。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
私たちはそういう人たちに手を差しのべねばならないのです。神の愛の存在を教えてあげなければならないのです。精神的に生れ変って豊かな生き甲斐のある人生を送る、その原動力となる霊力の存在を知らしめなくてはならないのです。
地上的血縁関係には永続性はありません。永続性のある関係は霊界にこそあり、霊的血縁関係とも言える「類魂(グループソウル)」との関係が緊密になっていき、次第に地上時代の縁が薄れて行きます。家族的情愛はもちろん大事ですが時にそれが進歩の阻害になるという事も知っておく必要があります(祈)
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『シルバーバーチの霊訓⑩』
しかし私たちは着実に困難を突破し新たな地点に橋頭堡を築きつつあります。これまでに成就し得た成果を喜び、皆さんの援助があればこれからもそれ以上の事が為し得る事を知って下さい。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
霊的知識を携えた者に楽な仕事はありません。知識が増えれば増えるほど、ますます困難に遭遇するものと覚悟してください。こんな事を言うから私は人気が出ないのでしょうね。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
しかし内在する霊的資質を顕現せしめるためには幾つかの困難を覚悟し、それを挑戦目標として歓迎し克服して行かねばならないからです。もし霊的知識を授かった者が安易な仕事しか授からないとしたら、それは神の公正を愚弄する事になります。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
ですからいかなる困難に出会っても絶望してはなりません。自分の内部にも背後にもそれを克服するだけの力が存在する事を確信して、それを一つの挑戦として迎え撃つのです。我々が従事している仕事は実に重大な意義があります。数こそ少数派ですが背後に控える力は絶大です。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
それが地上へ顕現するにつれて神の計画に組込まれた役割を果たしてまいります。現時点でそれがどれほどの成果をあげているかは皆さんにはお分りになれません。地上にはそれを計量する道具がないのです。しかし魂が感動を覚え精神が開かれていく人が着実に増えつつあります。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
地上の先輩の一人が“子供は無限の可能性の宝庫である”と述べています。皆さんも無限の可能性を秘めていらっしゃるのです。が、地上では普通そのほんの一かけらしか発揮されていません。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
もし高級界との波長が合い、霊力をふんだんに受ける事ができれば思いも寄らなかった事が成就されるのですが…私は霊的知識に照らして楽観的な福音を説いております。霊的な知識を携えた者には悲観的になる根拠はどこにも見当りません。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
人生の出来事には一つ一つ目的があります。好運・偶然・奇跡といったもので動いているのではありません。改正も廃止もない永遠不変の摂理によって動いているのです。神は完全です。その神の無限の叡智と愛を超えるものは、この宇宙には存在しません。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
その愛と叡智をあなたも頂けるのです。全てではありません。受入れ能力が増すにつれてそれだけ多くの叡智と愛を頂く事ができ、それだけ生活が豊かで雄大で高潔なものとなってまいります。私がお届けするのは永遠の実在を基本とした崇高な真理です。神は決して裏切りません。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
大自然の摂理はこれからも作用を止める事はありません。如何なる危機が迫りつつあっても如何なる問題に遭遇しても、あなたの内部にそれを克服する力が秘められている事を忘れてはなりません。同時にそれ以上の強力な力が背後に控えておりそれを呼寄せる事もできるのです。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
困難に悩まされた時は―それは人間として避け難い宿命です―地上の喧騒から身を引いて瞑想の世界へ入る事です。そこで霊的意識を広げ辺りに漂う光輝を存分に吸込むのです。私は何一つ新しい事は申上げておりません。真理には真新しいものはないのです。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
その表現の仕方がいろいろあるだけです。【決断に迷った時は導きを求めるべきでしょうか、それともあくまで自分の意志で判断すべきでしょうか。私たちは時として大きな決断を迫られる事があります。そんな時に思い切って突進すべきか―】
『シルバーバーチの霊訓⑩』
【自然に道が開けるのを待つべきかで迷うのです。とても難しい事があります―】閉切られたドアを忙しく叩いてはいけません。自然に開くのを待つのです。宇宙全体だけでなく一人一人の人間にもキチンとした計画があります。そのプランが実行に移されていくのです。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
ここにお出での皆さんには何度も申上げている事ですが私たちはそのプランのもとに私たちのやり方で私たちのタイミングで事を運ぶしかないのです。人間側の都合に合わせる訳にはいかないのです。人間には自分にとってどうなるのが一番良いかが判断できないからです。
『シルバーバーチの霊訓⑩』
物質的に、精神的に、そして霊的にあなたに何が一番望ましいかを判断するには私たちの方が有利な立場にあります。待つのです。きっとドアは開かれます。これまでも幾度となく開かれてきております。