【8/12】霊界通信 イエスの成年時代 神と人間のはざまで 17 しばしの別れ
2人は果樹園にやってきた。木の根に腰かけて休息をとった。この高台から分かれ道が見えた。ひとつは、ピリポ・カイザリヤヘ、もうひとつは、谷間に向かう道であった。イエスは言った。
「さあ、ここでお別れしましょう。ちょうど分かれ道がありますから」ヨハネは叫んだ。「え!お別れするんですか?」「さあ、ご両親や弟さんのところへ帰ったらいかがですか」「とんでもありません!私はもう両親や兄弟、それに友達もすべてあきらめる決心ができています」イエスは答えて言った。
「このままですと、まるで私がけしかけたように思われるではありませんか。それに、あなたの家族にそんな重荷を負わせたくありませんからね。今がちょうど潮時です。私は1人旅をして、私の目的をはっきりつかみたいんです」
それから2人はしばらくの間押問答を続けた。そして、ついにヨハネは声をあげて泣いた。しかしイエスの顔には抗しがたい強いものが現れており、先生と呼ばれてはいないものの、その雰囲気は実に権威あふれる威厳にみちていた。
ヨハネはうなるように言った。「私はついていきます。あなたの威厳がそうさせるのです。でもどうしても駄目でしたらお名前だけでも打ち明けて下さい。そうすればいつでもあなたを探しあてることができますので」
「それはできません。過去の経験がそうさせるのです。特に愛する者に対してはね。光の子らを愛すれば愛するほど彼らや親族までも巻き込んでひどい目にあわせてしまうのです。律法学者やパリサイ人、長老などの怒りや軽蔑が向けられるからです。だから、あなたにもそんな目にあわせたくないんです」
ヨハネは自分の頭を地上にうちつけて悲しみの声をあげた。彼の大きな泣き声は、谷間中にこだまして、山々に響き渡った。その音にびっくりして、鳥の群れが木々の枝から飛び立って行った。イエスは言った。
「私は喉が渇いた」イエスはヨハネには目もくれず、果樹園のふもとに流れているヨルダン川へ降りて行き、手で水をすくって飲んだ。ヨハネも川のほとりへ降りていった。そこで腰をおろし、あたりを見回すと、川のよどんだ水面に明るい透かし絵のようなものが映っていた。
重苦しい絶望感と深い孤独感におしつぶされて、もう何も考えることができなくなってしまい、ぼんやりと水たまりの表面をじっと見つめていた。水面には、山の景色、人々の群れなどが映っていた。
その光景は次第に大きくなり、雑踏となり、山ぎわで礼拝している群衆となったり、町の神殿に群がる人々になったりした。いつのまにか、だれかと一緒にあちらこちらと歩き回っている光景に変わり、連れの者が、ふとこちらを向いたときに見た顔は、まさしくイエスであった。
驚いたヨハネは、余りの嬉しさに、しばらく気を失っていた。自分を取りもどした彼は叫んだ。「愛するお方だ!また会えるかもしれない!」イエスは言った。「先のことは分かりませんよ。前にも言ったように、過去の苦い経験からお互いに一緒に暮らさないほうがいいんですよ」
ヨハネは嬉しそうに繰り返した。「私たちは又会えるんですよ、私はその幻を見たのです、そうなんですよ!」2人は坂を登っていった。そして、あのいやな分かれ道の所にきて腰をおろした。イエスはヨハネに言った。
「あなたにお願いしたいことがあります。どうか私の言うことをだれにも漏らさないで下さい。これから出会う旅の人でさえ言わないと約束して下さい。2人で一緒に過ごしたことは、2人だけの秘密にしてほしいのです。
いずれこのことが知られる時がくるでしょうが、今は黙っていてほしいのです。私たちが、どんなに楽しい日々をともに過ごしたか、それはとてもすばらしい友情でした」
ヨハネは固い約束をした。イエスは最後に言った。「私はあなたのお父さんに負けないくらい、あなたのことが好きです。でもいつものことながら、人を愛し喜びを感ずるときには、必ず邪魔者が現れるのです。
どうもこれは私の運命のようなものです。ですから、あなたをその影に入れたくないのです。さあ、あなたは、これからゲネサレ湖畔に帰り、幸せな日々を過ごし、友人と楽しく交わり、妻をめとり、子をもうけ彼らから尊敬される、そして裕福な老後を過ごし、平和な死を迎えるのです」
そこで突然イエスは、さよならも言わないでヨハネのもとを去り、ピリポ・カイザリヤの方のを目指し、姿を消してしまった。長いあいだヨハネはぼう然と立ちつくしていた。肩をおとし、別れの辛さを味わっていた。
しかし町の方へ向かう道を歩き出した時には、もう悲しみは消え失せ、歌を口ずさんでいた。水面に映ったイエスの顔を思い出し、必ず再会できるという希望を持ったからである。
「どーしても許せないんだよコイツらが」皆さまの本音の思念を霊団が届けて下さっています(祈)†
強姦殺人魔、明仁、文仁、徳仁、悠仁の事を許せないという皆さまの思念を霊団がインスピレーションで降らせています。長年にわたる「大偽善」の洗脳がだいぶ解けてきている事が伺えるメセであり、その皆さまの正しい理解を受けて僕としても何としても明仁、文仁、徳仁、悠仁の死刑、滅亡を1分1秒でも早く実現させたい気持ちでいっぱいです…続きを読む→
「全然隠し通せてない」明仁、文仁、徳仁、悠仁の邪悪の正体が徹底的に知れ渡っているという意味です(祈)†
コイツらがこれまで国民をダマすために駆使してきた「メディアに【ウソ】【洗脳】【自演乙(じえんおつ)】ニュースを徹底的に流しまくって善人を装う」「娯楽性の強い全然関係ないニュースばかりをテレビに流して国民の頭の中から自分たちの邪悪の正体に関する興味を無くさせる【視点外し】」これら邪悪の手法が【イエス様ハンドリング】によって完全に破壊された、と言っていいでしょう。物質が下、霊が上です。物的情報が下位、霊的情報が上位です。「視点外し」より「イエス様ハンドリング」の方が上である事が完全に証明されたという意味でいいでしょう。が、霊的知識を正しく理解してみればこれは別に当たり前の事なのです。どういう事かと言いますと…続きを読む→
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