とにかくこのままって訳にはいかない、霊団に完全にブチ壊された人生を多少は立て直さないと、この先何にもできなくなる。コイツら(霊団)は人にここまでやらせておいて本当に何の埋め合わせもなくホッポラカシ。頭にきて頭にきてどうしようもありません。

出版社設立して書籍を継続的に出していけるのであればまだ道も開けると思うのですが、僕という霊媒が機能する事は全くありませんのでこの話も頓挫状態。であれば僕のスキルである絵を何とか活用しようと考えるのが当然であり、霊団に文句を言われる筋合いはないのです。

画家時代も作品は連発していましたが、結局販売開始直前で霊性発現させられてやめさせられて販売できずじまいでしたので、今回は実際に販売するところまでやります。1枚2枚で終わらせずある程度まとまった枚数を描いてそれをあらゆる形で販売し、そこから分析して絵の方向性についてさらに突き詰めていくつもりです。

もう1枚線画を描くかも知れません。今できる事を全力でやるより他にどうしようもない(祈)†

「怒られる」とずっと霊団から言われ続けているのです。本末転倒の究極形(祈)†■2022年6月8日UP■
「怒られる」とずっと霊団から言われ続けているのです。本末転倒の究極形(祈)†
物質界での行いがそのまま帰幽後の霊界における境涯を決定します。善い行いをした者は幸福な美しい境涯(上層界)に、私利私欲に走り他人を傷つけた者は暗黒の惨めな境涯(下層界)に赴きます。「神の因果律」の働きにより機械的自動的にそうなるのです。物質界における邪悪発生の原因は「人間は肉体が死んだらそれで終わり」と思っている事に全て起因します。肉体の死後も霊界で人生が継続される事、物質界での行いの賞罰が寸分の狂いもなく自分に降ってくる、自分の行いに全て自分で責任を取らされるという霊的知識の基本中の基本を全く理解していない事から物質界の邪悪が発生しているのです。奴隷の女の子を強姦殺人し続け、国民に延々とウソニュースを流し続け、国民の宝物を搾取し続けたその先に、どれほどの地獄が待ち受けているか。それを全く理解していない事が全ての原因なのです…続きを読む→
【霊団からの緊急警告】文仁が僕の殺害決行を決断した模様です。簡単にやられるかよ(祈)†■2021年12月31日UP■
【霊団からの緊急警告】文仁が僕の殺害決行を決断した模様です。簡単にやられるかよ(祈)†
自分を殺す事を決断した文仁と笑顔で撮影をして国民にそれを発信し続けるピーチピチ(佳子)に、僕はただただ閉口するのみです。そこまでして邪悪の人生を守り抜きたいのか、奴隷の女の子を強姦殺人し続ける事を手伝い続ける地上人生を送って帰幽した先に地獄が待っている事がまだ分からないのか。一体何をどう説明したら分かってもらえるのでしょう。閉口中…続きを読む→
「神は苦しみを用意して下さいました」んー試練にも限度があると思うのですが(祈)†■2023年3月29日UP■
「神は苦しみを用意して下さいました」んー試練にも限度があると思うのですが(祈)†
解決しなければならない問題もなく、挑むべき闘争もなく、征服すべき困難もない生活には、魂の奥に秘められた神性が開発されるチャンスはありません。悲しみも苦しみも、神性の開発のためにこそあるのです。「あなたにはもう縁のない話だからそう簡単に言えるのだ」 – こうおっしゃる方があるかも知れません。しかし私は実際にそれを体験してきたのです。何百年でなく何千年という歳月を生きてきたのです。その長い旅路を振り返った時、私はただただ宇宙を支配する神の摂理の見事さに感嘆するばかりです。1つとして偶然というものが無いのです。偶発事故というものが無いのです。すべてが不変絶対の法則によって統制されているのです。霊的な意識が芽生え、真の自我に目覚めた時、何もかも一目瞭然と分るようになります。私は宇宙を創造した力に満腔の信頼を置きます。あなた方は一体何を恐れ、また何故に神の力を信じようとしないのです。宇宙を支配する全能なる神になぜ身を委(ゆだ)ねないのです。あらゆる恐怖心、あらゆる心配の念を捨て去って神の御胸に飛び込むのです。神の心を我が心とするのです…続きを読む→

キレイにパカーっと開いているお花ちゃんを撮影しないといけないのですが、どうもお花ちゃんが元気がないようで開きかけの状態から全く動かなくなってしまいました。このままでは開いたところを撮影する前にしおれてしまうと思い急きょホームセンターでハイポネックスを買ってきて与えてみました。

が、今のところ反応なし、んんん、これはひょっとして「スピリチュアルストーリーズ」のお花ちゃんのお話と関係があったりなんかして※「スピリチュアルストーリーズ」第17話 天国のお花づくり 参照↓

さぁもう次回長文ブログの準備に入らないといけないのですが、かろうじて書けそうなインスピレーションが少しだけあります。それらを説明して、あとは絵に集中します。もうただの反逆ではないのです、霊団にブチ壊された人生の立て直しという大目的があるのです。

霊的知識を獲得しておられる方は「それは霊の導きに従う事で解消されるはずでは」と思う事でしょう。僕もそう思っていたからこの11年耐えて耐えて耐え抜いたのです。それがどうです、このザマ。あげくの果てに使命遂行そのものからフェードアウトせんばかりの事まで言ってくる。

ちなみに近藤千雄先生の書籍にありましたが、心霊治療家で超有名なハリー・エドワーズ氏は、前人未到の輝かしい霊的功績を残しましたが、物的には借金まみれだったのだそうです。弟子のレイ・ブランチ氏に多額の借金を残して帰幽したそうで、霊的仕事をする者は物的にはこういう状態にさせられる、導きに謙虚に従えば従うほど物的状況はひっ迫させられるという事を改めて理解したのでした。

僕は自分の人生でそれをやらされている真っ最中。絵を描いてみたところで修正にはならないでしょうが、この数年、あらゆる手段を講じてきて全て頓挫しているという信じられない状況をやらされているため(もちろん霊団主導で全てダメにさせられているのですよ)もう残されたカードはこれくらい(絵)しかないのです。

アナログ絵357、キャラの色塗りレイヤー分けに入ってます、少しでも進めておいて、お花ちゃんの資料がある程度揃って線画を描けるようになったらそこに合体させて1枚の絵として完成させます。今できる事を全力でやるのです。もうこれ以上メチャクチャにさせられてたまるか、ってたぶんもう修正不可能だと思いますが、そゆこと言っちゃいけない(祈)†

■2019年8月4日UP■
「ヒゲのオッサン、ハッキリ言って動くんじゃねぇ」これは強姦殺人魔、文仁が僕に怒っている思念です(祈)†
「どーすりゃいーんだよー」と思っているという事でいいでしょう。つまり明仁、文仁、徳仁、悠仁は3千余年の人類創世の歴史始まって以来の究極無二のバカとして登録される、今後未来永劫、人間の中で最もバカだったのは強姦殺人魔、明仁、文仁、徳仁、悠仁であると日本及び世界の歴史に完全に登録され未来の人類に正しく語り継がれていく事になる…続きを読む→
■2019年11月6日UP■
「ウソつき人生終わるんだよ」「キレイにしてくれる」強姦殺人魔、明仁、文仁、徳仁、悠仁が終わるという意味です(祈)†
皇室典範も国民を脅して命令を聞かせるために開発された「脅しの法」です。日航ジャンボ機墜落は美智子、明仁首謀の爆破テロ、水俣病は雅子の祖父が社長を務めていた会社が原因の人災。そして城の中に隠れて国民の手の届かない場所であらゆる儀式を行っていますが(つい先日も「即位礼」などという茶番の儀式がありましたね。あれを洗脳と言わずして一体何というのでしょうか…続きを読む→
「急がば回れ」回り道して結果に到達するのはもちろん帰幽後、物質界生活中ではありません(祈)†■2023年8月30日UP■
「急がば回れ」回り道して結果に到達するのはもちろん帰幽後、物質界生活中ではありません(祈)†
我々(霊団)はもちろん物質界の邪悪をこのまま放置するつもりはないが、過去2000年の長きにわたり、真実を公言してきた霊覚者たちは、ことごとく殉教の死を遂げさせられてきた。(※100の光の霊団の構成メンバーは、この殉教の死を遂げた人間が多数含まれていると聞かされています)そして現代の物質界に至っては霊力に感応する人間がほぼ皆無という絶望的状態に至っている、その中にあってアキトくんという霊の道具は、我々の悲願を成就させるための貴重な霊的チャンネルという位置付けとなる。そのアキトくんという道具を我々はみすみす失う訳にはいかないのだ。キミだけの問題ではない、100の光の霊団のメンバーとして仕事をしている、過去キミと同じような仕事をして道半ばで殺された多くの同志の積年の悲願も込められているのだ。アキトくんの怒りも分からないではないが、我々はキミの肉眼では見通せない全体像を見た上で導いている。最終的には全て佳きように計らわれる事は霊的知識としてキミは理解しているはずだ…続きを読む→

パリサイ派、サドカイ派、エッセネ派の人々は、それぞれの流儀で神を拝んでいた。イエスがガリラヤにいた頃は、エッセネ派にはおおよそ3000人から4000人もの修道者が属していた。

ある者は町に住んでいながら、外部の人々とは全く接しなかった。ある特定の場所に共同生活を営む者もいた。少数の者が荒野に生活し、神を見いだそうとしていた。エッセネ派の人々が余りにも純粋で気高い生活をしているので、パリサイ派やサドカイ派の人々は、面目を失っていた。

エッセネ派の人々は、一切外部のひととは口をきかなかったが、パリサイ派やサドカイ派のやり方の中で、1つだけ非難の対象となるものがあった。それは、神殿の祭壇の上で、動物を犠牲に供していたことである。しかも仰々しい儀式や規則づくめで行われることであった。

エッセネ派では、一切の儀式や規則などは、神が望まれるものではないと信じていたからである。彼らにとって唯一の実践は、祈りと断食であり、これを最も大切に考えていた。

彼らは毎日何度も沐浴(体をきれいに洗う)した。内的清純の象徴として常に体をきれいに洗うことを怠らなかった。沐浴をしていれば、死後、西方浄土へ行けるとも信じていた。エッセネ派の人は、日の出を迎えるまでは、一切口をきかなかった。

日の出を寸前に迎えようとしている時は、どこにいても、その場にひざまずき、瞑想を続け、日の出の瞬間には一斉に“永遠の光”という聖歌を歌うのである。光は神からやってきて、万物を養うという意味である。この善良な人々にとって、日の出のひとときは、まさに聖なる瞬間であった。

この世を旅している者に対して、神がこの瞬間に肉体と悪から解きはなってくれる瞬間でもあった。パリサイ派とサドカイ派は、光の子らを極端に嫌っていた。かといって、彼らには、人々を感服させるような実践力はなにもなかった。余りにも世俗的であったので、エッセネ派を公然と責めることができなかった。

エリコから余り遠くない山ぎわに、隠者たちの住居があった。ずいぶん昔のこと、シャンマイとエノクという若い隠者が数人の仲間と一緒に修業をつんでいた。彼らは砂漠や荒野をさまよい、しばしば飢えと渇きに悩まされた。

しかしモーセとアロンの故事にあったように、彼らはついにエホバの神が示した場所を発見することができた。不毛な土地のど真ん中に洞穴があって、そこから水が湧き出ていたのである。彼らはそれを“生命の水”と名付けた。

その周辺にぶどうやいちじくを植えると、見事に実り、緑地となった。彼らは苦労を惜しまず、徐々に仕事を進め、ついにその地に“信仰の家”をうち建てることができた。次第にその名が知られるようになり、当代随一の修道会にまで成長していった。

シャンマイとエノクは、思想と実践に関する正しい規則をつくり、弟子たちに守らせた。非のうちどころのない生活をすることによって、他の教団の模範となった。彼らは富を嫌い、すべてのものを平等にわけあった。

イエスは幼いときからエッセネ派のことをよく知っていたので、マリヤ・クローパスには、いつか自分もそこに行って、エッセネ派のことを深く学びたいと言っていた。

ある夏の日が暮れようとしている頃、ぶどう畑の中で仕事の指図をしていたシャンマイは、谷間の方からこちらにやってくる旅人の姿を見た。旅人は疲れきっていて、その場に倒れてしまった。急いで二人の若い修道者を走らせて、館の中に運びこませた。

しばらくして、ひんやりとした大きな部屋に寝かされていた旅人は目をあけた。体をきれいに洗ってもらい、薬草を飲んだので、すっかり元気を取り戻した。旅人は自分からナザレ人イエスであると名乗った。

そのときにシャンマイは、この若者の言動に不思議な感動を覚えたと、後になってエノクに語ったそうである。シャンマイは威厳と風格のある隠者であったので、イエスは彼に心を開き、実はエジプトへ行く途中であると語った。

シャンマイは言った。「平和もなく、神の祝福から遥か遠くにある異教の地へ行かれるとは、どうしたことでしょう。若いお方よ、私が察するに、どうやら、あなたの魂は、この世の雑事に疲れ果てているように思えるのですが。

…私もね、若い頃には、あなたのようにひどい人間たちによる暴力などを目撃してからは、荒野にやってきて、やっと平和になれたことを覚えています。私もずいぶんローマ軍に苦しめられたり、殺されたりした人々を見たものです。

しかもパリサイ派の連中が、ただ口先だけで、ローマにこびているのも聞きました。ですから、自分の魂を保つためには、世俗から離れ、世俗を我が物顔に牛耳っている悪霊から離れて暮らさなければなりません。少なくともメシヤが到来するまではね」

イエスはシャンマイに尋ねた。「では私のことをあなたの仲間に加えていただけるのでしょうか。私もあなたのおっしゃるように、自分の魂を安らかに、天の王国で過ごしたいのです」

シャンマイはじっとイエスの顔を見詰めてから答えた。「どうやら、あなたの中に妙な力が働いているような感じがいたします。その力が働いて、あなたはここから出ていかれるような予感がするのです。我々の教団にはどうしてもなじめないものを持っておられるようですね。

何かとても数奇な、物凄いことがあなたの将来に待ち受けているような予感もいたします。そんなあなたを迎えると、我々の平和まで脅かされるのではないかと心配でなりません。ですから、どうぞとは言えないのです」

イエスはとても悲しかった。シャンマイはイエスが苦しんでいることを感じながらも、自分が予知したことを言わずにはおられなかった。そして、とりあえず、ここに3日3晩とどまることを許し、その後正式な返事をすると言った。そんな訳で、イエスはエッセネ派の人々と3日間過ごすことになった。

日の出の前に起床し、日の出の光が差し込むまで祈り、共に歌い、神を礼拝した。1日に4回も小川のほとりで身を清め、大きな部屋で食卓を囲み、エノクが朗読する聖書の言葉を聞きながら食事をした。

昼間は、ぶどう畑で労働を続け、夕方になると汚れた白い衣服を洗濯した。祈りの時間には、熱心に祈るのであるが、猛暑の中での労働の疲れで、居眠りをする者もいた。

間もなくイエスは、熱心な態度と彼の不思議な霊の輝きに魅せられて、修道者たちから“忠実な信仰者”という最高の評価を受けるようになった。ついに4日目の朝がやってきた。エノクは他の修道者の願いをシャンマイに話していた。

イエスを仲間に加えてほしいこと、それが駄目ならば、少なくとも3年間の猶予期間を与え、その間に彼が本当に教団になじめるかどうかを調べようという提案であった。

シャンマイは言った。「私は賛成できません。でもそれがみんなの意志であれば、しかたがありません。それに従いましょう」

エッセネ派の修道者は、みんな喜んだ。それで一同の前で、イエスは誓約の宣誓をした。「私は、ここにおられるすべての方々に対して、真実と忠誠をつくします。そして、神の定められた権威に従います」

それから祈りが続き、修道者たちはイエスに白い衣服を着せ、ついにイエスはノビス(見習い修道者)となった。その夜エノクはシャンマイと庭を歩きながら、どうしてイエスを責めるのかと尋ねた。シャンマイは言った。

「私はイエスを責めているのではありません。恐れているのです。どうも私の霊が騒ぐのです。彼は平和ではなく、剣をもたらすという霊示を受けているのです。

私が入神すると、きまってイエスが群衆の真っ只中におかれ、騒乱と暴力のすさまじい光景がうかぶのです。何ということでしょう!私の心は深く傷つけられ、その残酷な光景に痛むのです。ですからイエスがここにいる間は、私の心身が痛み続けることになるでしょう」

エノクには返す言葉がなかった。エノクは、ありのままのことをイエスに伝えた。『イエスは、平和ではなく、剣をもたらす』というシャンマイの言葉は、とても信じられないものであった。イエスは頭を横に振って言った。

「私の将来については全く知るよしもありません。ただ、過去においては、たしかに他の人々と協調できなかったのは事実です。時として人々を怒らせ、妬みをいだかせ、こともあろうに、イスカリオテのユダの場合には、凄惨な虐殺にまで発展したのです。だからこそ私は世俗を離れ、平和を見いだしたいのです。エッセネ派こそ、平和の使節であり、永遠にそれを保つ教団であると聞いておりました」

イエスが苦しんでいることを察知したエノクは、イエスを懸命に慰めた。エノクは、一生ここに留どまって教団の規則を守っていけば、必ず神と共に平和に過ごせると言った。

イエスは教団の規則を忠実に守る生活を始めた。朝はまだ暗いうちに起き、日の出まで瞑想し、小川で沐浴し、ぶどう畑で働き、最も大切な規律である祈りと断食を徹底的に守りぬいた。シャンマイは、イエスに何ひとつ非難できるものを見いだせなかった。

エノクはイエスがひとつでも過ちを犯せば、シャンマイは直ちに教団を去らせようと虎視たんたんとしていることを知っていた。エッセネ派で作られたぶどう酒は、エルサレムで商人に買い取ってもらうことになっていた。その金で、冬じゅう教団にとって必要な食糧を買い入れるのである。

その年の秋がやってきた。シャンマイはイエスを呼んで言った。「イエスよ、今回はあなたがエルサレムに行って、ぶどう酒を商人に渡すのです。その商人は、ハガイといって、あなたが行けばお金を手渡してくれることになっています」

イエスは、この役目だけははずしてもらいたいと懇願した。イエスは言った。「あなたもご存じの通り、私は世俗をはなれる決心をしています。他のことなら、どんな辛いことでも喜んでいたしますので、これだけは勘弁して下さい」
シャンマイは言った。

「それはなりません!私には、訳があってこのことを命令しているのです。ここにいる修道者は、みんな自分の弱点を克服しなければならないのです。あなたは世俗を恐れています。だからこそ、それに打ち勝つためにあなたをエルサレムに行かせるのです」

「私は世俗を恐れてはいません。人間を怒らせてしまうだけなのです」イエスはここまで話しているうちに、これ以上話すことを止めてしまった。シャンマイに逆らえば、教団から追い出す口実を与えることに気がついたからである。それでイエスは、シャンマイの前にひざまづいて言った。「道中の旅路の安全をお祈り下さい」

■2019年11月28日UP■
■アナログ絵287UP。奴隷の女の子たちがどれだけヒドイ目に遭わされているか、何としても理解して頂かねばなりません(祈)†
その苦悩を1ミリも理解できない方があのようなコメントを返してきた事があるのです。霊団のインスピレーションに感応できるようになるまでの修行の道のりがどれほどのものであったか、facebookの女性然り、ご覧の皆さま然り、僕がどれだけ力説しても1ミリも伝わらないでしょうし僕もそんな事言いたくもありません。facebookの女性はインスピレーションを小バカにしていました、受け取れもしないくせに。霊的なものをバカにする、僕は霊性発現以降ずっとこの手の軽蔑、嘲笑を浴び続けてきました…続きを読む→
■2019年11月25日UP■
■アナログ絵286UP。イエス様が僕に示して下さった「信託」に…僕の全存在を以って応えるのです(祈)†
僕は人間の意見を聞きます、何だか分からない物質の意見に耳を傾けません。僕は物質界での生活中は誰からも理解されず孤独な人生を送る事になります。帰幽後にようやく理解者と出会い幸福を感じる事になります。しかし僕の心にはイエス様が示して下さった「信託」がタテ糸ヨコ糸で縫い込まれています…続きを読む→
■2019年11月24日UP■
■アナログ絵285UP。考える、考える、考える。僕にできる全力の作業とは何なのかを(祈)†
ブログの文章もある程度の自負を持って撃ちまくっていますが、やはり僕の保有スキルの中の最大のモノは「デザインスキル」だと思うのです。何より僕が描き続けているアナログ絵は「見れば誰もが1発で分かる」そういう描き方をしているつもりですがいかがでしょうか。まどろっこしい説明一切なしの「超ダイレクト1コマ漫画」とでも言えばいいでしょうか…続きを読む→
■2019年11月23日UP■
■アナログ絵284UP。奴隷の女の子たちが四肢切断、強姦殺人される様子をさらに描きました(祈)†
自分の事を皇族だの天皇だのと自称する明仁、文仁、徳仁、悠仁は「強姦殺人魔」です。こちらアナログ絵284のように「処刑遊び」皆さまの想像をはるか超える凄惨かつ残虐極まりない方法で信じられない人数の盗んだ奴隷の女の子たちを四肢切断、強姦殺人して死肉を食べまくっているのです…続きを読む→