まず「インペレーターの霊訓」最終校正95%完成中。あとは「復刊者コメント」を清書すれば書籍データ完成となります。絵の1枚でも挿入しようかな、なんて思ったりもしますが、復刊できるあてが今のところ全くありませんし特に〆切も設定されていませんのでそれくらいの作業時間はあります。

先ほど書いた内容に霊団がダメ出ししてきました。まぁ言っている事は了解ですが、とにかく最悪の度合いがあまりにもヒドすぎるので脱出だけは霊団に何を言われようと達成させます、これだけは死んでも譲らない。長文ブログのタイミングで少しお話したい事もありますので詳細はのちほど。

ボロボロのグチャグチャ、やぶれまくっているザックをさすがに新調するつもりだったのですが、苦渋の選択でもう少し引っ張って使う事とし、そのぶん書籍を入手する事にしました。値段が下がるのを1年以上待っていたのですがどうやっても安くなりそうにないのであきらめて注文しました。明日到着予定です。

残された物質界生活も最悪を極める、状況が改善される事はなくこのまま帰幽まで最悪をやらされ続ける。さらに帰幽後に僕は物質界と完全に縁を切るつもりなのですが、その僕の意思は完全に無視されて降下の仕事を延々とやらされる、物質界生活中も帰幽後も徹底的にこき使われる事になるのは間違いないでしょう。ウンザリの究極形。まずは書籍データを完全な状態に仕上げましょう(祈)†

■2021年7月14日UP■
「うまくできなかった」支配霊バーバネル氏の言葉ですが、正直僕はもう信用してません(祈)†
全く何も起きなかった「大失敗」だった訳ですが、皆さまには信じて頂けないかも知れませんが、実は僕の「両腕」はすんごい状態だったのです。あれは何と表現したらいいのでしょう。トランスを維持している時の僕の両腕は、これまで生きてきて1度も味わった事のない感覚、まるで両腕が別の生き物になったみたいな、両腕に自分とは別の心臓があるような、両腕だけ別の次元に存在するような、両腕だけ別の空間にプカプカ浮いているような、そんな感じだったのです。痛いとか苦しいとかそういう事は一切ありませんでした。つまり支配霊バーバネル氏は、一応僕の腕を操作するつもりでいたが、結局「うまくできなかった」という事を言いたいのだろうと思います。うまくいかなかった原因は主にこのふたつ…続きを読む→
■2021年7月21日UP■
「最終的判断は我々が下す」霊団が僕の人生を最後までいじくりまわすという意味です好きにしてくれよ(祈)†
ほとんどの日本国民の方々がメディアを駆使しての「視点外し」および「洗脳」に完全にやられてしまっている状態です。皆さま宜しいですか、僕たちの国、日本は世界トップクラスの「洗脳大国」です。残念ながら99%以上の日本国民の方々は完璧に洗脳にやられてしまっており、洗脳されてしまっている自分に疑問さえ抱きません。あげくの果てに真実を公言する者(僕)にヒドイ軽蔑、嘲笑、誤解、嫉妬、侮蔑、罵倒を浴びせてくる始末です。自分が恥ずかしい行いをしているという事にも全く気づきません。洗脳にやられ続けているその姿が、真実を理解した者が見た時にいかにみっともない姿に映じるかという事を、そろそろ皆さまにも理解して頂かねばなりません。想像力を働かせて頂かねばなりません…続きを読む→
■2021年7月28日UP■
「これほどバカな事はないよ」明仁、文仁、徳仁、悠仁に国民の皆さまが呆れ返っているという意味です(祈)†
こういう人間たちは「証拠、証拠」と言ってきます。が、常識でお考え下さい。こんなトップシークレットの情報なんて一般ピーポー(People)の僕が入手できる訳がないでしょう。もし明仁、文仁、徳仁、悠仁の邪悪の正体がググって簡単に入手できるなら僕よりみんなが大騒ぎしているはずです。国を挙げて隠し通そうとして国民を洗脳しまくっているのです。だから僕は別の情報源で霊的に仕事しているんでしょう。「アナログ絵287」こちらのブログでも同じ事を書かせて頂いています。僕がここまで自分の人生を捨てて1円にもならない使命遂行を続けている「理由、動機」を説明して下さい。僕はポリーチェ(POLICE)に脅迫罪の訴えを反故(ほご)にされました。Twitter時代に「不敬罪(ふけいざい)」で激しく通報されました。それでも僕は全く使命遂行をやめません。なぜですか。理由、動機を説明して下さい。理由はただひとつ…続きを読む→

「インペレーターの霊訓」間もなく最終校正を完了中、いつでも印刷できる状態になりますが復刊できないというおかしな状況ですが、読み進める中で「交霊会の心得」のような部分があり、そこを読むほどに、霊団が僕を何が何でも閉じ込め続ける事に疑問を抱かずにはいられません。

霊媒として機能する人間の精神状態についていろいろ説明が書かれているのですが、僕の精神状態は到底霊媒として機能するに適したものとは言えない状態で、イヤでどうしようもないところに延々閉じ込められて僕の心は怒りで満たされており、それにとどまらず霊団に対して激しい憎しみの念を抱いています。

こんな精神状態の人間が霊媒として機能して高尚な霊言が降ってくる訳がない事が、書籍を読むと良く分かります。つまり霊団が本当に僕という霊媒を使用して新規の霊言を降らせるつもりなら、怒りの大原因であるその場所から一刻も早く僕を撤退させるべきはずです。

しかし霊団は僕をそこに閉じ込める事にのみ全パワーを傾けているといっても過言ではないほど、異常なまでに僕を閉じ込め続けようとしてきます。事実全くそこから脱出できません。これは霊性発現初期の頃から「交霊会やるやる」言い続けてきた霊団の姿勢と正反対という事になります。

交霊会をやるために僕を閉じ込めているのではなくて、交霊会をできなくさせるために(僕の心が怒りで満たされて霊媒として機能できないように)閉じ込め続けていると考えるのがもっともスマートではないでしょうか。

僕は霊団に対して本気の本気で怒りまくっていますが、交霊会やるやる言い続けて1ミリもやろうとしない、自動書記テストもずっと続けていますが全く僕の手を使おうともしない。「宇宙一のバカ」大量強姦殺人魔、明仁、文仁、徳仁、悠仁を滅ぼすつもりが全くない、イヤむしろ邪悪を存続させようとしてるんじゃないのかと勘ぐってしまうほど何もするつもりがない。

奴隷の女の子の存在を僕に教えてきたのは他でもない霊団です、教えてきておいてまるで助けようというそぶりさえない、完全に見殺しにする姿勢を貫いている。よくよく考えれば何もかも正反対の事ばかりしているという事が「インペレーターの霊訓」を読み進めていく中で改めて分かった気がするのです。僕が霊団に怒りを爆発させるのは当然中の当然と言えるのではないでしょうか。

こんな最低最悪の状態に留め置かれて、誰が霊媒として理想的な平静な精神状態になれるというのでしょう。僕の心は怒り憎しみでイッパイです。もう僕の霊媒発動はないと断言していいでしょう。バーバネル氏らしきインスピレーションが降ってきてももう完全に無視しましょう。関わり合いになってはいけません。

書籍復刊に向けて努力する、これが霊的知識普及の最善ルートという事でイイのではないでしょうか。コイツら(霊団)の言ってる事はいよいよおかしい。距離を置いた方がイイかも知れない。獲得した霊的知識に基づいて自分レベルで霊的知識普及に役立つ事を考えて行動した方がよほど良い結果に到達するかも知れない。

まぁインペレーター霊は僕に向けて語ったのではなく、大昔に別の人間に向かって語ったのであり、その内容をまんま僕に当てはめる必要はないのかも知れませんが、しかし明らかに現在の自分が置かれている状況がおかしいという事だけは再認識できる。霊団の言っている事やっている事は何をどう頭をひっくり返してもおかしい、それだけは間違いない。

最終校正続行中、フラー26キャラ線画描画続行中。とにかく僕はどんな手段に訴えてでも脱出を完了させます。あの場所を離れない事には僕の霊媒発動はありません。あの場所に残る事が交霊会開催の唯一の道だ、などという寝言は死んでも認めない。とにかく死んでも絶対に脱出する(祈)†

■2021年5月21日UP■
「カスタム地獄」「法律突破」「ポリーチェ(POLICE)逮捕したい」全て同じ意味と思われます(祈)†
「宇宙一のバカ」強姦殺人魔、明仁、文仁、徳仁、悠仁に命令されて僕を大犯罪者に仕立て上げるウソストーリーを書いた弁護士だか何だかの人間が、僕の人間性を侮辱し、僕の公言内容が全てウソであるとメディアで語ったとして、皆さまお考え下さい。その強姦殺人魔に命令されてウソストーリーを書いた男は、僕に会った事もなければ一言も話をした事もありません。僕の普段の生活態度、仕事の勤務態度といったものを見た事もありません。僕という人間がどういう人間なのか全く知らない男が「たきざわ彰人はこういう人間である」と言うのです。皆さまは、僕本人が自分について長い長い年月にわたって書きまくっているブログテキストよりも、僕という人間を全く知らない人間が書いたホンの2~3行のテキストを信じるとおっしゃいますか。それは笑かしてくれますね…続きを読む→

毎週火曜日はロンドンの私の会社の事務所で治療する日である。主にロンドン市内で働くビジネスマンが多い。1週のうちわずか1日だけであるから予約が多く、私はそれを30分刻みで片づけていく。その中へ急患の飛び込みもある。そうなると治療時間が15分しかない時もあるが、それでも結構みな顕著な効果をみせている。

実は心霊治療家に腕のいいも悪いもない。患者の側に治る人と治らない人がいるだけである。ある時期、私は治療成績の因果関係を分析してみたことがあるが、病気にまつわる要素があまりに多くて全てに通じることが出来ず、また治癒エネルギーの働きに人間の理解を超えた部分が多すぎて諦めた。

しかし、その調査をしていくうちに1つだけ顕著な事実が浮かび上がってきた。それは私の治療で奇蹟的に全治した人、そしてその後2度とぶり返さない人というのは、10人中9人までが長期間にわたって苦しみ抜いた、つまり絶望の寸前にやっとの思いで私のもとに辿り着いた人だということである。

私は誰かれの区別なく、全ての人に治療を施してあげる。がこの治療がどの程度効くかは患者によって違ってくる。1回の治療で奇蹟的に治る人もおれば、何回か治療を重ねて少しずつ治っていく人もいる。

治療した時は効果が見えず、それきり来なくなった人が実は治療後2、3日して突如全快していたというケースもある。が、長い長い闘病生活で疲れ果て、身も心も荒廃しきった人ほど目を見張るような効果を見せるというのが、偽らざる事実なのである。

譬えてみれば、すっかり飲みほされたグラスほどたっぷり注ぐことが出来るということかも知れない。つまり病気で苦労しただけ、それだけ真理を受け入れやすくなっているのかも知れない。

というのは、前章で述べた通り、心霊治療は目的ではなく人間的成長のための手段なのである。肉体的病気も長期間続くと精神まで荒廃させる。仕事は失う。能力は衰える。再就職の道は閉ざされる。医者からは“生涯このからだで生きる方法をお考えになったほうがよろしい”と、死刑にも似た宣告をうける。

この絶望の淵から、ワラをもつかむ思いで心霊治療家を訪れる。治療家がその病に傷めつけられた身体にそっと手を当てる。すーっと痛みが消える。曲っていた腰がしゃんとする。一瞬のうちに、そして完全に、その人は治る。

その時、患者の魂が目を覚ます。霊性が開発される。生まれて始めて、見つめるべき方向へ目が向く。神の啓示にふれたのである。人生に大革命が起きる。そして2度と後戻りしない。心霊治療はその道案内の手段なのだ。

ここで私は声を大にして言いたい – 苦しみと病に疲れ果てた人たち、人生に迷い生きる勇気を失った人たち、そのからだで生涯を送れと宣告された人たち、人生の歯車を狂わされてしまった人たちに言いたい。

どうか希望を失わないでほしい。落ちるところまで落ちたら、あとは道は1つしかない – 上昇するのだ。あなたのグラスには1滴もなくなった。さ、これで、こんどはなみなみと注がれる準備が整ったのだ。

現代の人間はどこかが悪いと10人中9人までがまず薬にたよる。マスコミを通じて莫大な種類と量の薬が宣伝されているから無理もない。製薬業界は笑いが止まらない。

しかしいったん薬の習慣がついてしまうと、人体の自然治癒力が機能しなくなる。私のもとに来た時はもう身も心もすっかり貧しくなっている。中には見るからに裕福さを物語る服装をした人もいるが、霊的にはまさに貧困の極みにある。

が私は、はなから法を説くことはしない。まずは病気を治療してあげなくてはならない。そのために来られたのだ。そして治るべき人が治る。治った人がなぜこう簡単に治ったのかと聞いてくれたら、しめたものだ。私は、待ってましたとばかりに道を説く。

が、こうして大勢の人を治せば治すほど、人間の病気というのは心の姿勢さえ正せば自分で治せるものだということを痛感させられるのである。そのことを私は声を大にして強調したい。

自分の健康は自分で管理できる。それが実は昔からの健康管理の常道なのだ。心理学者のウィリアム・ジェームズは「現代の最大の発見は心の姿勢1つで人生を変えることができるということだ」と述べているが、現代だけではない、いつの時代にもそうだったのであり、あなたにもそれが出来るのである。

言葉だけでは納得できないであろうから、実際に自分で試してみることだ。その方法はあとで述べることにして、その前に、特に西洋人にありがちな悪い生き方のパターンを実例で紹介してみよう。

サム・スローン氏は中年の男性である。が、ずいぶん老けて見える。髪の毛に白いものが目立つ。身体が前かがみで、目に元気がなく、態度が遠慮がちである。そのからだはまるで病気の問屋である。

潰瘍に背痛に偏頭痛に心臓病ときている。常にからだ中のどこかが痛む。それに加えて不眠症である。痛みも不眠も現実の事実であるが、いずれも心身症つまり精神的ストレスから生まれたものばかりなのである。

病歴を辿っていくと、きっかけは事業の失敗にあった。そして、失敗したあと就職した仕事がイヤでイヤでたまらなかった。が8年間やめる勇気もなく勤務した。そこに不幸の根があった。本人は家族のためと思って我慢して働くのだが、本人が発散する不満と陰気さが逆に家族に不幸の雰囲気を撒き散らすだけだった。

もちろん私は治療を施してあげた。がスローン氏にとって本当に必要なのは病気治療よりも心の教育なのだ。私のもとに来る人には同じような人が多い。そういう人は人生を金儲けとしか考えない。心にゆとりというものがない。真も善も美もない。金と物と地位のことしか頭になく、愛も、よろこびも、しあわせもない。

西洋人の健康を蝕む最大の要因はそこにある。金を稼ぎ、老後の年金を得ようと、少々の病気や痛みや異常を我慢してでも金儲けに奔走する。そして寿命を縮めていく。自分1人ならそれでもいい。が妻がいる。子供がいる。休む暇もない生存競争のために家族みんなが犠牲になっていく。

が、人生とはそんな息苦しいものではない。心の持ち方1つで楽しい充実した人生が送れる。あなたの宗教や思想まで変えろとは言わない。それはそれでいい。西洋人の大半はキリスト教という立派な宗教をもっている。それなのになぜこうも不幸や悲劇が多いのか。

それは、いかに宗教は立派でも、いかに人生哲学が高尚でも、それが日常生活に反映しなくては何にもならないということである。要は日頃の心の持ち方を正しくすることだ。

私が治療する病気は頭痛からガンに至る内科的なもの、骨の異常から先天的不自由といった整形外科的なものなど、実に広範囲にわたる。そして患者はありとあらゆる階層の人たちである。

お金持ちもいれば貧しい人もいる。教養人もいれば小学校しか出ていない人もいる。宗教心のある人もいればゼロの人もいる。しかし、そうした違いがあるにもかかわらず病気の型はいつも1つなのである。つまり心の姿勢の歪みから来ている。

その1つのパターンにも2種類の人間がいる。生き甲斐を求めようとする心のゆとりのある人と、そのゆとりをすっかり失ってしまった人。前者は大てい良くなるが、後者は私の説教が効を奏さないかぎりは治らない。

もっとも、治療に当たる私にも、その人が良くなるか否かは実際に治療してみないと分からない。だから私としては治療効果が最大限に発揮されるよう条件を整える必要がある。その1つをこれから披露してみようと思う。披露するといっても、すでに“どこかの誰か”によって“いつの時代か”に説かれているに違いない。が私は私なりに長い体験の中で発見したものである。

すでに述べたように、人間のからだの調節機能はその人の心の姿勢に反応する。たとえば腹を立てたり恐怖心を抱いたりすると、血圧が上がり脈拍が増え凝血度が高まり筋肉が緊張し、時には発声器管の筋肉が麻痺して声が出なくなることさえある。

肉体的には、そんな生理状態を必要とすることは何も起きていない。その状態を惹き起こしたのは怒りや恐怖心という“心の状態”であり、その怒りや恐怖心が消えると生理状態も正常に戻る。こうして、調節機能にまったく余計な仕事をさせているのは、肉体的なものではなくて心の姿勢なのである。

そこで私の持論になる。心の姿勢を“意識的”に変えることによって、その調節機能を正常に戻すことが出来るということである。怒りと恐怖心が緊張と病的状態を惹き起こすように、その反対のよろこびと呑気さが健康と冷静を呼ぶ。

これくらいの理屈なら誰にでもわかるが、私の持論は、そのよろこびや呑気さは本ものでなくてもいい。見せかけであってもいい。自分にそう言って聞かせればいい。つまり自分はしあわせなのだ、心配事は何1つない、全てうまくいくのだと言って聞かせ、意識的に自己暗示にかけるのである。

ウソだと決めつける前に、今すぐ試してみることだ。これから1時間、幸福な人間の1人を演じてみることだ。笑顔を作り、声に出して笑い、鼻歌をうたう。誰に会っても明るく挨拶し、今日がとてもいい日で、気分も爽快で快調であることを口に出して言う。

ウソでもいい。たとえ調子が悪くても明るく振舞うのである。すると、からだの調節機能がその暗示にかかる。警戒警報が解除される。調節機能は血圧を上げる必要も余分なアドレナリンも酸も緊急の防御体制も必要なしと判断し、自動的にスイッチを切り換える。

1時間もしないうちに、あなたはきっと何か変化を自覚するはずである。健康の兆候がどこかに何らかの形で出てくるはずである。オヤ、と思うことが出てくるはずである。

繰り返して言おう。あなたの健康を支配しているのは心の姿勢である。だから心の姿勢を健全な状態になおせば、からだも健全な状態に戻る。その心の姿勢はニセモノでもいい。見せかけだけでもいい。その姿勢を持続するのである。

すると、からだの調節機能がそれに反応するようになる。人間のからだの仕組みがそうなるように出来ているのである。私はそれを長年の治療体験から発見したのである。

■2021年1月17日UP■
■アナログ絵316UP、ピーチピチ(佳子)の真実の母親「吉井園(よしいその)さん」です(祈)†
皆さまお分かりの事と思いますがピーチピチ(佳子)は文仁、紀子の娘ではありません「吉井園さんの娘」です。吉井園さんとピーチピチがあまりにもそっくりだったため(母娘なんだから似てて当然なのに)文仁が自分の赤ちゃんドロボーが国民に露呈するのを恐れて吉井園さんを強姦殺人したのです。文仁がピーチピチ(佳子)を盗んだ理由は「S〇X」です。この文仁こそ三千余年の人類創世の歴史始まって以来の究極無二のバカであり、天皇一族の滅亡の直接原因は他でもないコイツなのです。正真正銘のS〇Xバカなのです。はい、まずは絵の中に説明テキストを掲載しましたように、吉井園(よしいその)さんはピーチピチ(佳子)の真実の母親です。現在の「イエス様ハンドリング」霊的使命遂行ごく初期の頃に吉井園さんについて触れた事がありますが…続きを読む→
■2021年3月24日UP■
「分かりません」これは間違いなく文仁の法廷での「すっとぼけ」発言という意味でしょう(祈)†
日本人は強姦殺人魔が大好きで強姦殺人魔に血税をプレゼントし続け強姦殺人ライフを守ってあげて、強姦殺人魔の事を陛下だの殿下だのと呼んでおだて上げ続けている、強姦殺人魔に笑顔で手を振ってキャーキャー言ってはしゃいでいる、犯罪者にとってこれほど住みやすい国が他にあるだろうか、いやない。明治維新から一体何年の月日が経ったのか、日本人はまだ目が覚めない、洗脳にやられ続けている、何とダマしやすい人間たちなのだ、大変優しい民族性なのは尊敬に値するが、邪悪に目を閉じ続ける様子は残念としか表現のしようがない。僕たち日本国民はおおざっぱに世界の方々からこのように思われているものと予測します。特に韓国の方々は僕たちの事を内心呆れ返って見ている事は間違いないでしょう「洗脳にやられっぱなしのお花畑民族」といった感じに…続きを読む→
■2021年3月31日UP■
「返して頂く」2000年の冒涜から「私の名誉を返して頂く」というイエス様のご意志ではないでしょうか(祈)†
僕はキリスト教と全く無縁の人生を送ってきた、仏教だの新興宗教だのと言ったものにも全く関わりを持った事もなく、むしろ最高に胡散臭いと思っている。教会に足を運んだ事も1度もなく聖書も1度も読んだ事がない、今後も一切読むつもりはない。イエス様という人物にも何の興味も関心も持った事がなくデザインの世界で生きてきた、霊性発現を果たすまではイエス様の事など全く考えない人生でした。つまり脳内および心がキリスト教の「ドグマ」に全く侵されていない、僕という人間はイエス様にとって良い意味で「何も分かってない頭カラッポの人間」で、仕事をお願いするにあたりいろいろ都合がよかったのではないか。「シルバーバーチの霊訓」を筆頭とした、日本一のスピリチュアリスト近藤千雄先生翻訳の霊関連書籍は、宗教大キライの僕でも読み進める事ができた、現在でも「人生のバイブル」と思えるほどにスンゴイ気に入っている…続きを読む→

復刊させるにあたって複数の厄介な、ただ事ではないレベルのメンドクサイ事情があって復刊実現までは行きませんが、とにかく書籍データは完成させて保持しておくのです。あとは印刷するだけ、の状態にしておいて、状況が整い次第秒速でGoかけられるようにしておくのです。

フラー26キャラのすでに描き上がっているカットのスキャン完了中、AffinityPhoto上でのゴミ取りに入ってます。とにかく絶対に手を止めない、アウトプット命。死んでも止まらないぞ。

霊団が何も言ってきません。そして幽体離脱時映像がまるっきり意味不明のモノばかりになっています。あんなものどう解釈しろというのか。作業続行中、まずはココまで(祈)†

「キンドルファイヤー」でpdfを表示させて読み進めながら間違いを発見し、「全文テキストファイル」と「書籍データAffinityPublisher」を同時に修正、さらに怪しい部分を発見した時は「紙の書籍」も参照する、この4つを駆使しての校正作業は大変キツイですが、これをやり切れば書籍として出すに申し分ない状態まで精度を高められるでしょう。

このキツイ作業をやり切っても全く脱出につながらない、復刊には別のハードル(出費)がある、出版社設立もぜひやりたいけど現状はとてもムリ、等々、モチベーションが下がる要素のオンパレードですが、そこを振り払って書籍データだけは完全版として仕上げます。

あとは印刷するだけの状態で持っておくのです。状況がちょっとでも好転するようなら即印刷、即復刊できるように外堀を完全に固めておくのです。「インペレーターの霊訓」の書籍データを完成させたら次の書籍のデータ化も始めてしまいましょう。

どんどん作っておくのです。絶対止まらない、脱出をあきらめない、最後の1秒まで脱出できると信じる。僕本人がこれほど心の底から嫌がっているのに一生閉じ込められるなんて事があってたまるか。絶対に脱出できる。信じて作り続けるんだ。

そしてフラー26キャラ線画55%完成中。コチラも急ぎましょう。アナログ絵357「キャラ設定資料」をUPさせて止まらずフラー26本体デザインに着手します。フラーはどれだけ描いても脱出につながりませんが、しかしこれも続行しましょう。

霊団は完全にダンマリを続けています。かと思うとアニソンをずっと霊聴に流してきます。何がどうなっているのか「未来ロボ ダルタニアス」のOP曲をずっと流してきます。フラーが未来ロボ、フラー描け、って言ってるのか。描いてるだろ。フラーを描かせる事そのものに意味はなくて要するにスピードダウンさせようとしてるんですよ。

苦しくても何が何でも作業続行中。一生閉じ込められる事は絶対にない、絶対に脱出できる。そんな人生は有り得ない。信じて進むんだ(祈)†

■2019年8月4日UP■
「ヒゲのオッサン、ハッキリ言って動くんじゃねぇ」これは強姦殺人魔、文仁が僕に怒っている思念です(祈)†
「どーすりゃいーんだよー」と思っているという事でいいでしょう。つまり明仁、文仁、徳仁、悠仁は3千余年の人類創世の歴史始まって以来の究極無二のバカとして登録される、今後未来永劫、人間の中で最もバカだったのは強姦殺人魔、明仁、文仁、徳仁、悠仁であると日本及び世界の歴史に完全に登録され未来の人類に正しく語り継がれていく事になる…続きを読む→
■2019年9月13日UP■
幽体離脱時、思いっきり「宇宙人」と遭遇する映像を拝しましたが、文仁、紀子、悠仁の思念のようです(祈)†
結局地上人を支配して命令を聞かせようとしていると分かるのでした。これは要するに「我々は異星人」と意味は同じで、その液体大理石の3人とコミュニケートする中で霊体の僕はコイツらが文仁、紀子、悠仁だと見抜くのでした。荒唐無稽な方法で支配を続けようとしている、そういう思念をこのような映像で霊団が表現したのかも知れません。そして液体大理石の文仁、紀子、悠仁はとにかく「ネコちゃん」と殺そうとしています…続きを読む→
■2019年10月9日UP■
「どうやら本当のようなのです」皆さまがようやく強姦殺人魔、明仁、文仁、徳仁、悠仁の邪悪の正体に目が覚めたという霊団からのメセです(祈)†
皇室典範をはじめとした様々な「国民を脅して黙らせる法」を作り上げ、自分たちを神格化し続けようとしてきました。生まれた瞬間から天才で何ひとつ苦労する事なく全てを万能にこなす事ができ、人格が最高レベルに精錬されて高潔を極めており全ての人々から慕われ尊敬されている…皆さま、こんなキチ〇イ人間が存在する訳がありませんね…続きを読む→

奇怪なうめき声しか出せない患者が来た。目がしきりに何かを訴えるのだが言葉が出ない。まるで動物のような声を出すだけだ。年の頃40。身なりはきちんとして、一見健康そうである。通訳として付き添って来た女性から話を聞いた。

この人には子供がなかった。だから生活のすべてがご主人に向けられていた。家の中をピカピカに掃除し、おいしい料理を工夫し、きちんとアイロンがけをし、そのほか夫がよろこんでくれそうなことを色々と工夫しながら楽しい毎日を送っていた。彼女にとっては夫がすなわち生きがいであった。

その夫が急死した。この世から消えて失くなった。彼女は悲しみのドン底に突き落された。全身から力が抜けてしまった。そして、ようやく元気を取り戻した時は物が言えなくなっていた。

病院へ行ってみたが発声器官には何の異常もなかった。夫がいなくなった以上しゃべる必要はなくなったとでも決め込んでいるかのようだった。診断は「ヒステリー性失語症」だった。いつも紙と鉛筆を持ち歩き、ジェスチャーを交えながら用を足すという生活が始まった。

患者の中には同じような心身症的要因、とくに悲しみが原因で病気になった人が非常に多い。症状はいろいろである。潰瘍や関節炎をはじめ、部分的麻痺、大腸炎、不眠、偏頭痛、背痛、静脈洞炎、結合組織炎、乾癬等々。

がそういう症状が誘発されるパターンはだいたいきまっている。身近にいた人が死ぬ。悲しみの極に落とされる。葬儀、喪中と続いて全身の力が抜けてしまう。それがなかなか回復しない。よく眠れない。食欲が出ない。そうしているうちに右に列記したような症状が出はじめる。

こうした患者は同情と理解をもって胸のうちを聞いてあげる。すると不思議なほど似たようなケースが多いのに気づく。共通していることは、心の奥底に罪悪感にも似た後悔の念と自己隣憫の情が巣くっていることだ。

自分がもっと注意しておれば…もっと優しくしてあげておけば…もっと気持を理解してあげておれば…しかし、もう遅い。そう思っては自分を哀れに思い、悲しみがまた湧いてくる。その罪の償いのつもりで楽しみを控えようとする。こういう人には心霊治療よりもむしろ心霊知識のほうが必要である。

死んだ人はこの宇宙から消滅したのではない。次の世界へ旅立ったのである。その人にとってはこの地上での勉強が終り、次の勉強の世界へと進級して行ったのである。中には学生生活から社会生活へと入るのを恐れる者がいる。

学校は住み慣れていて気楽だが社会は未知の世界だ。行くのが怖いと思うのも無理はない。が、だからといって、いつまでも学校にいるわけにはいかない。いずれは卒業しなければならない。

この世は決して安楽ばかりの世界ではないが、住み慣れた世界であることは確かだ。勝手のわかった世界だ。この世がいちばん安心しておれる。死後の世界は知らないことばかりだ。だから怖い。おまけに子供の頃から誤った来世観を叩き込まれている。

地獄、永遠の刑罰、火あぶり、悪魔等々の観念が脳裏をかすめる。聖人君子のような生活でも送らないかぎり、そうした恐しいものが自分を待ちうけていると思い込んでいる。だから死ぬのが怖い。

もしもこうしたことが事実だったら、確かに死ぬのは怖い。私も怖いと思うだろう。が事実はそうではないのである。死後の世界は光と生命と幸福感にあふれた実に快適な世界なのだ。

死んであの世へ行った人は、よほどの事情でもないかぎり、この世へ戻ってきたいとは思わない。それは、あなたが2度と小学校へ戻りたいと思わないのといっしょである。

向うへ行くとあなたはこの世の人生のおさらいをさせられる。犯した過ちがある。やるべきでありながらやらずに終ったことがある。もちろん良いこともした。が言い難いことを人に言ったりもした。そうした体験からいろいろと学ぶことがある。そこであなたの人間性が問われる。

が判断するのはあなた自身である。自分で自分を裁くのである。気まぐれな神様から罰を受けたり、子供だましのせっかんを受けたりするのではない。霊界は責任と義務の世界であり、いわば大人の世界である。まわりには知人や友人、肉身がいる。痛みも苦しみもない。精神的にも安らかで幸福感にあふれている。

ふと地上を見ると、そこには喪服に身を包んだ家族や親戚縁者が自分の死を嘆き悲しんでいる。後悔と懺悔の念に胸を痛めている。自分の死を理由によろこびを控えている。何たる無知、何たる見当違いであろう。

その無知、その原始さながらの迷信、その愚かさにあなたは哀れさえ覚える。が、いずれ彼らもそれに気づく日も来るだろう – そう思って自らを慰める。

さて、その哀れな犠牲者の1人となったその物言わぬ女性を私はスツールに掛けさせ、ロッシーニの曲を流す。私はまず両手を夫人の頭部に当て、それから肩、そしてノドへと移動させる。曲の流れにのって私の手が激しく振動する。

やがて振動がストップする。気がつくと夫人は肩をゆするようにしながら激しく泣いている。涙が頬を伝って落ちていく。緊張がほぐれるとともに、抑えられていた情がせきを切って流れ出たのだ。

やがて平静を取り戻して涙を拭いた。私は夫人のアゴに手をもっていき、そっと持ち上げて私の目を真っすぐに直視させてから「何か歌をうたってごらんなさい」と言った。「話すのではなく歌うのです。さ、歌ってごらんなさい。ひと節でいいから歌ってごらんなさい。」

彼女は歌った。本当に歌った。立派に歌った。治ったのである。心の歪みが矯正されると同時に物が言えるようになったのである。

この例は確かに奇蹟的治癒と言えるかも知れない。が、瞬間的に治るものばかりが奇蹟ではない。時間はかかっても、心霊治療でしか治らないものがある。医学では絶対に治せないものがある。心霊治療は魂(こころ)を癒すからだ。そこに奇蹟の秘密がある。

政府の事務官の例がある。そう聞いただけで余り楽しい仕事ではなさそうな感じがする。おまけに彼は完璧主義者だ。いい加減なことが嫌いである。得てしてこうした完璧主義者は不幸になるケースが多い。どこかに無理があるからだ。

所詮人間生活に完璧は望めない。大自然の神の業と比べてみるがよい。人間のすることなどいい加減なものばかりである。いかなる名画も、本ものの夕焼空の美しさとは比べものにならない。無私無欲などと言っても、雪の如き純白な心は望むべくもない。

どんな見事な工学機械も、人体の構造に比べればオモチャのようなものだ。だから人間はいい加減なところでの妥協ということが大切になってくる。それが出来ない人間は不幸である。

その事務官にとっての唯一の気晴らしは社交ダンスである。ダンスの世界には身分階級がない。そこでは肩書きを忘れて仲間とダンスに興じることが出来る。奥さんとよく通った。

が心労が重なって、いい加減なことの出来ない彼はついに体調を崩しはじめた。やがて胃潰瘍と診断された。さっそく入院して手術を受けた。そして、ベッド数が足らないことを理由に予定より早く退院させられた。経済的に余裕のない彼は間もなく仕事に復帰した。

しかし、そこに少し無理があった。2、3日して石の階段を下りる途中で目まいがして転倒し、足首を骨折した。X線写真で重症と診断され、数週間、石膏で固められた状態で入院生活を送った。

そしていったん退院したのであるが、2週間後の定期検診で骨が正しくつながっていないことが分かり、再手術となった。そして今度は骨が鋼鉄製のクギで留められた。

数週間の療養生活ののちに仕事に再復帰したが、まだ痛みが残っていて、びっこを引いて歩いた。仕事がのろく、ほとんど毎日のように夜おそくまで残業せざるを得なかった。足首がいつまでも痛む。びっこがひどくなってきた。

杖を使って身体をよじるようにして歩く。1か月もしないうちに脚の坐骨神経と背中に激しい痛みを覚えるようになった。病院へ行ってX線検査をしてもらったところ、腰椎のヘルニアと診断されコルセットをはめられた。

足首が腫れ上がり熱をもっている。胸からヒップまでコルセットがはめられている。背中と脚に激しい痛みが走る。必死にこらえるのだが、それだけ仕事に支障を来す。一向に渉らない。気分がすぐれず、食事が進まなくなってきた。そしてついに激しく吐いた。診察の結果は恐れていた通りだった。再び胃潰瘍になっていた。

もう死んだほうがましだと思うようになった。痛みと不快感と生涯治るまいという絶望感もそろそろ限界がきた。そんな時1人の友人から私の話を耳にし、ロンドンの事務所を訪ねて来た。

病歴を全部聞くのにかなりの時間を要した。が私は親身になって聞いてあげた。大体呑み込めた私は両手を肩に当てて精神を統一した。これだけ込み入った病状がある時は、どこから始めようという考えなしに精神を統一する。すると右手がひとりでに動いて胃の上に来て、そこで激しく震動しはじめた。やがて肩に戻り、そこから脊椎へと移行した。体力の消耗が著しい。

治癒エネルギーの回路には自動バルブ装置のようなものがある。つまり患者に必要なだけ注入すると自動的にストップする。この人は生命力をほとんど消耗していたらしく、私の身体を通してエネルギーがふんだんに流れ込むのがわかった。が、それでも通常の体力に戻るまで3回の治療を要した。局部の本格的な治療に入ったのはそれからである。

まず胃潰瘍、次にくるぶし、それから腰椎、そして坐骨神経という順序だった。日を追うごとに目に見えて回復していき、3か月後には潰瘍が消え、食欲も旺盛になった。

坐骨神経のほうも夜分に時おり憧れんすることはあったが、痛みは消えた。くるぶしの腫れも退いた。時おりぎこちなさを感じることはあったがビッコをひかなくなり、杖も捨てた。ヘルニアも正常に復し、自由な動きが出来るようになった。

この段階まで来て私は人生哲学の話を持ち出して魂の再教育を始めた。人生の意義と目的、死後の存在、心の持ち方等々を語って聞かせ、書物を貸してあげた。今日かぎり取越苦労をやめて、のびのびと生きるよう論(さと)した。

私が奇蹟的治癒の1ケースとしてこの患者を紹介したのは、奇蹟というと一般に瞬間的に治った場合を想像する傾向があるからである。確かにそういうケースも私は数多く体験している。自分で歩けずに人に運んで貰って治療室まで来た人が、10分後には1人で歩いて帰ったなどとということも珍しいことではない。

がこの例のように、ゆっくりと時間をかけて1つ1つ病状を取り除いていく場合もよくある。それには治療家と患者の双方が自然の流れに根気よく順応していく努力を必要とする。つまり治癒というのはあくまでも“自然の摂理”であって、個々の条件次第でそれが早い場合と遅い場合とがあるということである。治療家はそこを読み取って、それに順応して行かねばならない。

この患者の場合、もしも私が魔法の杖でも使って一瞬のうちに全快させてあげれば、本人はもとより私にとっても読者にとっても魂をゆさぶる感激的な話になっていたかも知れない。が3か月も4か月もかかった治療の末に、ある日、「実は昨晩家内とダンスに行ってワルツを2度踊ったんですよ」と聞かされた時、私は言うに言われぬ感激を覚えたものである。

病気というものには患者1人1人にその人だけの特殊な背景がある。従って“不治の病”とされているものにも色んな症状がある。その症状と背景との関係を全部探り出すことは私には到底むりである。

そこには宗教的先入観、学校教育、個人的対人関係、環境等が複雑に絡み合っている。その全てに通じようとすれば何か月も調査と分析が必要であろう。実地に治療に携わっている私にはそのような時間も経験もない。

が幸いなことに、心霊治療家にはそんなことをしなくてもいい立場にあることも事実である。というのは、全ての治療に共通したパターンがあって、それが2つの段階で進行する。

まず手を当てがうことによって痛みそのものが大幅に、時には完全に、消える。これが第1段階である。次の第2段階では患者に心身の調和状態をもたらす。この心身の調和というのは説明が実に難しい。そこで具体的な譬え話で説明してみよう。

あなたが真夜中にふと目を覚ましたとする。カーテンを通して入ってくるかすかな月明りで時計を見ると3時である。もうひと寝入りしようと思いながら目を部屋の隅にやると、そこにピストルを手にした人影が立っている。

一瞬、電気仕掛けにあったようにギクッとする。心臓が早鐘のように打つ。ノドが乾く。助けを呼ぼうとするが声が出ない。こんな時あなたの血液中にはアドレナリンというホルモンがどんどん流れ込む。血圧が上がる。血がのぼって頭が破裂しそうだ。身体の防御機能に警戒警報が鳴りわたる。出血した時に備えて血液の凝固力が増す。全身が汗でびっしょりになる。

あなたは賊に気づかれないように、そっと手を伸ばして電灯のスイッチを入れる。パッと部屋が明るくなった。見るとその人影があったと思われるところに見えるのは椅子だけである。その椅子に無雑作に黒のコートが掛けてある。

そのコートの腕のあたりに傘が置いてあり、その置き方がちょうど銃身をこっちへ向けているような恰好に見える。あなたは苦笑とともにホッと安堵の溜め息をもらす。水を1杯飲んでから枕の位置をなおし、やがて深い睡りに入る。

その間何分とたっていない。ふと目が覚めて危険を感じ、恐怖心で全身が汗びっしょりになり、それが目の錯覚とわかって安心し、そして再び眠りに入った。その間あなたはずっとベッドの上にいて何1つ行動らしい行動はしていない。動いたのは心だけだった。

なのに1マイルもジョギングしてきたか、ボクシングでもしてきたかと思うほどの汗をかき、ぐったりと疲労を覚えた。全身の防御機能に「警戒警報」を発令したのも「警戒警報解除」を出したのも、あなた自身の心である。あなたの“心の姿勢”がそういう反応を生んだのである。

そうした人体の機能は意識的にコントロールすることが出来ない。カッとなって人を撲ろうとした時、自制心さえあれば振り上げた手を下ろすことも出来る。が人体のいわゆる自律神経だけは、いけないと思っても抑えることが出来ない。

アドレナリンの分泌を止めたり血液の凝固力を下げたり脈拍や血圧をコントロールすることは出来ない。意識的に操作することは出来ないのである。それは“心の姿勢”の反応だからである。

つまり、前の晩ベッドに入る前に“意識して”椅子にコートと傘を置いていたら、真夜中に目が覚めてそっちへ目が行っても、何の動揺もなくすぐまた寝入ったはずである。それがなぜあれほどの動揺を生んだか。それはあなたの心が早合点から危険を感じ恐怖心を抱いたからである。ただそれだけのことである。

人体は間断なく化学物質と分泌物を製造している。そしてそれをバランスよく各器官に送って健康を保っている。しかも、事態の変化に応じて多く出したり止めたりする。

問題はその調節機能が間違った心の姿勢によって過労ぎみになったり混乱したり酷使されたりすることである。病気の大半はそれが原因となっている。つまり間違った感情によって調節機能が傷めつけられたその結果が病気という形で表われているわけである。

一般の病院を訪れる患者の半数以上がそうした悪感情によって病気を誘発されているという調査結果が出ている。医学生が使うテキストには1000を数える病名が記載されているが、その大半が感情が原因となっているというわけである。

首すじの痛み、ノドの腫瘍、潰瘍、胆のう炎、げっぷ、めまい、便秘、疲労感、神経痛、頭痛、背痛、坐骨神経痛、視覚異常、結合組織炎、食欲不振、肥満、こうしたものがその代表的なものといえる。

感情によって誘発されたからといって、実在しないものを病気と錯覚しているという意味ではない。現実に痛むのである。立派に病気なのである。決して想像上のものではないのである。

ではその調節機能を正常に保つにはどうすればいいかということになるが、それは、生きる姿勢を正すことに尽きる。感情を無理やり抑えつけようとしてもダメである。日常生活における心の持ち方を根本から改めることである。

それには先ず何のために生きているのかという人生の原点に立ち帰らなくてはいけない。それについては後章で改めて説くことにしよう。私は患者が痛みや不自由さから解放されると、かならず人生の霊的真理の話をする。そして生きる姿勢を根本から改めさせる。そうすることによって、さきに述べた“心身の調和”が成就される。これで本本の健康が得られることになる。

霊的真理を知ることによって、あなたは健康といっしょに人生まで建て直すことが出来る。ドロドロしたこの世的な問題に対してまったく新たな視点から対処できるようになる。いわば達観できるようになる。

取越苦労、怒り、恨み、物欲、色欲、強情、こうしたものが消えて、愛とよろこびと理解と霊的価値を求めるようになる。つまりあなたの心の姿勢が冷静、平穏、人のため、という姿勢になる。

すると身体機能もそれに呼応する。そこには病気の入る余地がなくなり、いつの間にか病気をしなくなる。同じ人生を、かつてのあなたは下ばかり向いて歩いていたのが、今や上を向いて歩くことになる。

ところで心霊治療に信仰心というものがどの程度必要かという問題がある。これは大切な問題である。多くの患者が私のところへ来てまっ先に言いたがるのが、私の治癒力を信じてやってまいりました、ということである。

これには言葉どおりに受け取れない要素がありそうである。というのは、何が何でも治してもらいたいという願望から、その時だけ私を信じる場合と、大して期待はしていないが私の前では大げさに表現する場合とがあるように見受けられるのである。

そこで私は「無理して私を信じなくてもいいんですよ」と言い、こうして不自由なからだでわざわざ私を頼って来られたという事実だけで私には十分ですと説明してあげる。そして、私の治癒エネルギーを誤解も偏見もなく素直に受け入れて下さいとお願いする。

同じ治癒エネルギーを注入してあげても、その受け入れ方の度合は患者によってまちまちである。霊的進化の程度の違い、症状の違い、環境の違い等が関わっているからである。

霊的真理を理解している人は素直な心で治療を受けてくれる。そういう人は病院でも間に合うような単純な異常でも私のところに来る。そして素早く直ってしまう。

これと対照的なのが、心霊治療の何たるかを知らずに、それまで続けてきた一連の医学的治療行為の1つのつもりで、興味本位で来る人である。こういう人は物の考え方が異常で、従って生活も異常なことが多い。

病気もその異常な生活の反映にすぎないのだが、本人は“何でも1度試してみるに限る”といった態度でやってくるから、霊的な反省はとても望むべくもない。要するに私を祈禱師か妖術師かまじない師程度にしか見ていないのである。もっともこの種の人は例外に属するが。

私が心霊治療家であることを強調するのは、病気が縁で私のもとを訪ねる人は“霊的体験”をしに来るのだという認識があるからである。といっても、真から健康を求めてやって来る人はなかなかいないものだ。いろんな魂胆でやってくる。

心霊治療とはどんなものかを試してやろうといった好奇心から来る人もいる。が私はそれも縁だと思って、それを機会にその人の誤った考えを正してあげたり、2度とこんなマネはしないようにと諭してあげたりする。

要するに心霊治療は治すこと自体が目的ではなく手段なのである。病気をかかえて私を訪ねて来た人が、病気の回復といっしょに霊的自我に目覚める。あの医者この病院とさんざん迷い歩いて、やっと今、これまで思いもよらなかった道があることを知る。その自覚と霊的知識はこの地上生活を導くだけでなく、死の彼方に待ち受けている次の生活へも自信をもって案内してくれる。

あなたもいずれ“死”という大きな関門にさしかかる時が来る。私はこれまで自分自身の奇蹟的体験を紹介し、さらに治療家となってからの、私を訪れる人について参考になると思われる話をした。

さ、こんどはあなたの番である。あなたは霊的真理にどれだけ目覚めておられるだろうか。死をどう認識しておられるだろうか。それをこれから見ていこう。それが本書のいちばん大切なところでもあるのである。

「全て自分の成長のためなんだよ」霊団が僕をある場所に閉じ込めるという意味です(祈)†■2023年9月20日UP■
「全て自分の成長のためなんだよ」霊団が僕をある場所に閉じ込めるという意味です(祈)†
友人の守護霊は今ごろほくそ笑んでいるはずです。僕の守護霊様は今ごろ僕の霊団への反逆を見て困っている事と思われますが。人間とは霊界で永遠に生き続ける存在です。人間に死はありません。物質界とは修行のためにホンの一時期だけ降下させられるトレーニングセンターです。肉体は神の摂理で自動的に朽ち果てるようになっており、僕たちの本体(霊)はそれを脱いですみやかに霊的表現媒体に着替えて(幽体、霊体)霊界生活に突入します。この事実からも物質界が僕たちの永遠の住処でない事は明白です。そのホンの一時の束の間の場所についてお勉強する事と、永遠の住処である霊界についてお勉強する事と、どちらがプライオリティが上でしょうか。どちらが賢明かつ自分の霊的進歩向上に役立つでしょうか。そういう視点で自分の人生を考えられる人間こそ賢者と言えるのではないでしょうか…続きを読む→
■2019年6月14日UP■
「本当にあわててる」昨日UPした「宇宙一のバ〇」の画像に強姦殺人魔、明仁、文仁、徳仁、悠仁が慌てているのだそうです(祈)†
「もうこのバ〇ども死刑でいいんじゃないか?」皆さまにそう納得して頂ける日がそう遠からずやってきます。ってかもうご理解頂いていると信じます。今まで僕たちは強姦殺人魔を許し続け洗脳にやられ続けてきた恥辱の過去がありますが、それももう終わります。シルバーバーチ霊が確か「あなたに侮蔑を浴びせ離れて行った人たちもいずれはあなたを理解して近づいてきます」みたいな事を仰っていました。正しい行いをする者が必ず人々に理解されます。悪の行いをする者は必ず地獄に落ちます…続きを読む→
■2019年1月21日UP■
※だいぶ前に書いたブログです。 “こんなにうまく行ったのは過去例がない”これはイエス様ハンドリングがうまく行ったという霊団からのメッセージなのです祈†
“過去例がない”つまり、霊界に記録が残されている、地上に降下して霊的使命を遂行し、一死奉公をした過去三千余年の霊覚者たち、その誰も到達し得なかったエリアにまで僕は到達する事ができた、そういう意味のようなのです。以前「100%霊界新記録」ともインスピレーションを受け取らせて頂いていますし…続きを読む→

キンドルファイヤーで本文を読み、全文テキストファイルと書籍データAffinityPublisherをシルキー(PC)上で開き「インペレーターの霊訓」の紙の書籍も用意します。最終校正はこの4つを開いての作業となります。これは精神的にやられる。

まずキンドルファイヤー上で本文の間違った部分を発見します。それをテキストファイルとAffinityPublisher上のテキストで同時に修正します。さらに本文中に「55ページ参照」みたいに書かれている部分がありますが、それは紙の書籍のページ数でAffinityPublisherではページ数が違ったりしますので、紙の書籍で55ページを見て、その部分がAffinityPublisher上では何ページになっているかを確認して(51ページだったりする)それを「51」と修正する。テキストファイルとAffinityPublisher両方。

これを延々と続けていって最終校正終了となります。恐るべき作業負荷。これは校正者として給料が発生する作業です。こんな状態では一体いつになったらフラー26を描き終えられるのか。出費が僕には耐えられなくて復刊もままならない、一向に脱出が実現しない。一体何のために書籍データをこんな苦しい思いをして作ってるんだ。

どうやったら事態が前進するんだ。僕の正直な気持ちを画像化してみました「霊界の人間の仕事は、口だけ動かして何にもせず、ただボケっと見てる事」宇宙レベルに頭に来るんですよ。絶望、絶望、ただただ絶望の作業続行中(祈)†

富士周辺アタック239霊界の人間の仕事は口だけ動かして何にもせずただボケっと見てる事

霊団はもう何もやる気がないそうですが、僕はうしろに戻るつもりはない前進あるのみ(祈)†■2023年7月19日UP■
霊団はもう何もやる気がないそうですが、僕はうしろに戻るつもりはない前進あるのみ(祈)†
物質界に邪悪がはびこる、その根本原因は「霊的知識の無知」にあります。人間に死はなく、肉体の死後も霊的表現媒体(幽体、霊体等)をまとって霊界で永遠に生き続けるという霊的真理を知らず、物質界での人生のみが人間の人生だと考える事が全ての邪悪の出発点なのです。物質界で大量強姦殺人の人生を送ると帰幽後に霊界でどれほどの地獄をやらされるか、その「霊界と物質界の因果関係」もっと言うと【神の因果律】を全く理解していないから平然と犯罪をおこなう事ができるのです。神の因果律から逃れる方法はこの全宇宙に存在しません。なぜなら「宇宙は神の身体」だからです。僕たちは現時点で神の中に存在しているのですから、神の法則の効果範囲外に出るなどという事は有り得ないのです。自分のおこないが自分の帰幽後の人生にどれほど致命的欠陥、悲劇をもたらすかを知っていれば、おのずと自分のおこないに責任感が生じ、愚かな言動にブレーキがかかるはずなのです。邪悪なおこないをしている人間たちというのは「何も知らない人間」という事なのです。だから霊的知識の普及が急務なのです…続きを読む→
「死刑台確定」これ以上最悪のインスピレーションがあるでしょうか、永遠に許さぬ(祈)†■2023年8月2日UP■
「死刑台確定」これ以上最悪のインスピレーションがあるでしょうか、永遠に許さぬ(祈)†
あなたは自分の心を偽っています。霊界には「ウソ」というものが存在しません。ありのままの自分の姿が衆目に晒され、その人の霊体、オーラを見ればその人がどういう人物なのかが一目瞭然で分かるのだそうです。物質界でウソをつき通して偽善者のフリをし続ける事ができたとしても、その物質界生活時のウソを帰幽後の霊界人生で恥辱という名のもとに存分に清算させられるのです。そしてたぶん物質界に再降下させられる事になるでしょう。物質界人生を正直に生きる事と、物質界での失敗の清算で何度もやり直しをさせられるのと、どっちが効率的進歩向上の道だと思いますか。正直に生きた者が最後は必ず勝利者となります。なぜならこの全宇宙が【神の絶対的公平、公正】によって経綸されているからです。ですので僕はたとえこの使命遂行の先に死刑台が待ち受けているとしても、僕が画家時代から大好きだったシルバーバーチ霊の言葉の通り「真一文字に突き進みます」そして帰幽します。皆さまはその時「正直者がバカを見る」とお思いになる事でしょうが、それは永遠の人生の中のホンの一瞬である物質界の事しか見つめる事ができない近視眼的視点から導き出される回答です…続きを読む→

表紙もほぼ完成中、あとは復刊者コメントを書けば完成となりますが、最終校正という事で、いつもと違う環境で読み直すと普段は気付かない間違いに気付きやすいですので書き出したpdfをキンドルファイヤーで開いてピラピラ読んでいたんです。

あぁもう、このテキストは見直し済みの完成版テキストのはずなのにまだまだ間違いの部分が出てくる出てくる。もぉぉやだ、見直したくない、一旦離れます。この作業は精神的にキツすぎる。OCR変換しない方が良かったのかも知れない。イヤしかし70冊手撃ちなんて絶対ムリ。

僕は70冊復刊させるつもりですが、1冊目でこの作業負荷、このツラさ、これを70冊やるのか。絶対ムリだと思う。WordPressにUPするので精一杯。僕はなんて作業を始めてしまったんだろう。絶対ひとりでやる作業じゃない。しかしそんな事言ってもしょうがない、もうやるしかない。

で、書籍データは完成させられると思うのですが、問題は復刊にあたり出費、出費、出費の嵐になる事で、それは僕には相当きびしく、オーファンワークスで復刊させられるかどうか以前に出費に僕が耐えられなくて復刊を一旦止める事になるかも知れません。出ていくばっかりで全然入ってこない状況になる、僕はそれに耐えられない可能性が高いですので(余裕なんて全くありませんので)

書籍の作業をやってひとつ分かった事があります。フラーを描いている時は気がラクだという事です。いつもフラーを描いている時はツライツライとブログに書いていますが、校正よりはだいぶ気がラクだと思う。校正というのは精神的ダメージがスゴイ。絵を描くのは僕の通常の状態なのでそれほど苦を感じないのかも。

データだけ完成状態にして復刊には着手せず待機、という事になる可能性が高いです。出費の嵐に僕が耐えられませんので。(実はスノーシューを新たに購入したりして冬の準備をしていたものですから、それで出費がムリなんです。あとザックももうボロボロで新しいモノを入手しないといけません。そちらに出費を回すので今はチョトムリっぽい)

とにかくデータだけは完成させましょう。そして「イエスの少年時代」の時に使用した格安印刷会社で1冊だけテスト刷りをしてみましょう、それくらいの出費なら耐えられます。オーファンワークスの供託金の支払いだけでなく、ISBN取得も今の僕にはキツイ。ちょっと待たないとムリ。

フラー26キャラ線画50%完成中ですので、書籍データと合わせてコチラもUPさせましょう。書籍データ制作を強行したのは反逆(脱出)実現のためだというのに、まるっきり脱出できる見込みが立たない。恐るべき閉じ込めの呪い。しかしこの呪いを何が何でも断ち切って脱出を完成させてみせる。死んでもあきらめない(祈)†
10年ぶりに霊団が「法悦の霊力」をごく弱く降らせてきました。説明してみましょう(祈)†■2022年8月31日UP■
10年ぶりに霊団が「法悦の霊力」をごく弱く降らせてきました。説明してみましょう(祈)†
霊関連書籍「コナンドイルの心霊学」の中で、物質界生活中のイエス様の事を「罪深き人間を赦し」と表現しています。霊団がやっているのはこれと同じだと言えなくもないのかも知れませんが、イヤやはりそれもおかしい、そもそもコイツら(霊団)が僕に教えてきたんだから。許すなら最初から教えてこなければよかっただろ、霊団は僕より僕の性格を知っています。僕の性格は「1歩も退く気はない」です。その僕の性格を計算に入れて僕に「宇宙一のバカ」大量強姦殺人魔、明仁、文仁、徳仁、悠仁の邪悪の正体および、奴隷の女の子ももちゃんのSOSを教えてきたんじゃないのか。僕なら脅迫に屈せずにこの仕事をやり切ってくれると思ったから僕にコレをやらせたんじゃないのか…続きを読む→
「強制的に合体」これは支配霊バーバネル氏が強制的に僕という霊媒を使用するつもりという意味です(祈)†■2022年11月9日UP■
「強制的に合体」これは支配霊バーバネル氏が強制的に僕という霊媒を使用するつもりという意味です(祈)†
皆さまは「死ぬのが怖い」ですか。それは間違いです。僕たち人間に「死」はありません。僕たち人間は【神】から神性の火花つまり個的存在を賜って永遠に個性を失わない存在となりました。それ以前は類魂に埋没する存在だったのですが、人間となった僕たちは物質界を離れて以降も霊界にて霊的表現媒体をまとって永遠の進歩向上の生活を続けるのです。霊界で生活している方々は、よほどどうしようもない理由でもない限り物質圏付近に降下しようとは思いません。霊界とは(もちろん上層界と下層界とでは天と地の差がありますが)よほどの極悪人、未熟霊でない限りは大抵の場合幸福な境涯に赴き、物質界生活時には想像もしなかった喜びにあふれた生活を味わって激しく心を撃たれます…続きを読む→
「間違えちゃったゴメンね」ゴメンの一言で済む訳ネィだろ!この人生の責任取れ(祈)†■2022年12月28日UP■
「間違えちゃったゴメンね」ゴメンの一言で済む訳ネィだろ!この人生の責任取れ(祈)†
肯定的書籍という事であれば、僕のWordPressを日々ご覧になって僕の霊的使命遂行を応援して下さっている方であると予測できます。否定的書籍という事であれば「宇宙一のバカ」大量強姦殺人魔、明仁、文仁、徳仁、悠仁を守り通す事で生活の糧を得ている宮内庁、皇宮警察、政治上層部等の強姦殺人ほう助の人間という事が容易に想像できます。否定的書籍の場合はもちろん僕、たきざわ彰人が殺されて反論できない状態になってからデタラメな内容の書籍を出しまくって国民を再洗脳し、強姦殺人容認制度を存続させようと企む邪悪勢力の思念という事で間違いないでしょう。僕が生きている間に否定的書籍が出版されるのは、それはチョトないんじゃないかって思ったりもします。というのは「国民はもう「宇宙一のバカ」大量強姦殺人魔、明仁、文仁、徳仁、悠仁の邪悪の正体を分かってる、もう洗脳からだいぶ目覚めている、そこまでバカじゃない」と思うからです。出したらかえって逆効果になると思うからです。ですので霊団からの「殺されるところから離れさせる」という警告という意味かも知れません…続きを読む→

南アフリカのケープタウンに住むデコック夫人は腹部の腫瘍に苦しんでいた。所用のためロンドンに滞在中に病院で診断を受けたところ、やはり悪性のものかどうかは今のところ判断できないとのことだった。

帰国すれば生体組織検査が待っている。その結果次第でそのまま治療を続けるか手術をするかの判断が下される。〇〇日にサウサンプトン港から帰国する予定だが、出来ればそれまでに心霊治療をお願いしたいのだが…というのが私へのデコック夫人の手紙のあらましである。

ところがその手紙の宛名書きの住所が間違っていたために、私のもとに届いた時はすでにロンドン滞在期間があと1日で切れるという日だった。今ごろは恐らくロンドンの宿泊先を引き払ってサウサンプトン市にいるはずだ。私はそう判断して、夫人が乗船することになっているユニオン・キャスル・ラインへ速達便を送り、遠隔治療を致します、と書いておいた。

それから3週間してケープタウンのデコック夫人から手紙が届いた。そのあらましを紹介すると、乗船してからもまだ腹部に痛みを覚えていたが、それが次第に消えていき、3、4日すると痛みを忘れるようになり、5日目の朝には腹部のしこりが失くなっていた。

おかげで残りの船旅がとても快適で、デッキでのゲームやスポーツを楽しんだ。ケープタウンに着いてからさっそく病院へ行って検査してもらったところ、腫瘍は影も形もなかったという。

このように、遠隔治療も確かに効く。今日では世界中で広く行われている。右の例のように治療家と患者とが顔を見合わせることなく、治療が遠方から治癒エネルギーを送って治療するやり方で、患者がそこにいないということから“不在治療”ともいう。

直接療法の場合は患者が目の前に存在し、その患者から病気の症状や病歴などについて細かく聞くことができる。事情をのみ込むと治療家は患者の身体に手を当てる。するとその手を通じて治癒エネルギーが流れ込む。患者は立ちどころに治る…といった調子に行けば言うことはないのだが、実は心霊治療もそう単純なものではない。

およそ半数以上の患者はその場では何の反応も変化も見せないのが普通である。ところが次に訪れた時には症状が大幅に改善されていたり全快していたりすることがよくある。聞いてみると、治療してもらった日は何ともなかったが、2、3日して朝目を覚ましてみたら痛みがすっかり消え症状が良くなっていたというのである。

なぜこういうパターンになるのだろうか。私は長年の経験からこう推理した。つまり治療を担当する霊は彼らなりの診断にもとづいて治療に当るのであるが、患者によっては精神的な歪みや緊張が障害となって治癒エネルギーを受けつけないことがある。

そこでその場ではいったん治療をあきらめ、その患者が帰宅してから寛いだ時、たとえば熟睡中などをねらって治癒エネルギーを注入する。翌朝目を覚ましてみると、すっかり良くなっているということになる。

この推理を背後霊に質してみたらその通りだとのことだった。実は遠隔治療もこれとまったく同じ原理なのである。距離の遠い近いは関係ない。霊界では時間と空間(距離)が地上とはまったく異る。大西洋のド真ん中を航行中の客船の中にいる患者を治すのも隣の家の患者を治すのも、霊にとっては同じことなのである。

今や、地球の反対側で行われているオリンピック競技が地球をまわっている人工衛星を中継してテレビの画面に映し出される時代である。こうした遠隔治療の原理も別段不可思議なことではなかろう。

ただ遠隔治療には1つだけ欠かせない条件がある。治療家と患者は“直接”の接触は必要ないが“間接的”な接触は絶対必要だということである。それはふつう手紙を媒体にして行われる。

本人の書いた手紙を私が手に持つことによって患者とのつながりが出来る。さらにそれを読むことによっておよその症状がのみ込める。それが背後霊に伝わる。背後霊はそれに基いて準備を開始する。

私のほうでは何月何日から治療を始める旨を患者に連絡し、症状に変化が出れば、どこがどうなったということを知らせてほしい。何の変化もない時もその旨を連絡してくれるようにと書き添える。間隔は患者によって1週間に1回の時もあれば2週間に1回の時もあり、1か月に1回の時もある。

この患者からの経過報告は非常に大切である。症状の変化によって治療箇所を変えたり打ち切ったりしなければならない。たとえば椎間板ヘルニアの場合だと、ヘルニアそのものは正常に復していても、坐骨神経の後遺症が残っていることがある。それが脚に残っている時は脚に治療を集中しなければならない。

このことに関連して、よく次のような面白いことが起きる。手紙が届く。読んでみると「昨年あなたの遠隔治療のおかげで肺ガンを治していただいた者です。つきましては…」と、知人や親戚の者への治療を依頼してくるのである。

文面から察するに、遠隔治療で自分が治ったことがこの私にも手応えでわかっていると思い込んでいるらしいのである。私にもそこまでは分からない。治ったか治ってないかは報告していただかないと分からない。

その連絡の間隔はさっきも言ったとおり1週間だったり2週間だったり1か月だったりする。危篤状態の時は1時間ごとになり、そうなると手紙ではなく電話連絡になる。本人はだめだから看病している人に報告してもらう。

こうした治療法を祈りによる信仰療法と同じと思ってくれては困る。遠隔治療を施す時の治療家の心理状態は祈りではない。一種の思念操作である。それは直接治療の時も同じである。

遠隔治療を施す時、私は直接治療の時と同じく背後霊との一体化を求める。そして患者の住所と氏名を述べ、心の中に症状を思い浮かべて、実際にその患者に手を当てて治療している様子を“映像化”する。

治療に当る霊との一体化 – これがカギである。人間と霊との間にも親和力というのがある。心霊治療家の特性は結局霊医との親和力とそれを意識的に誘導する能力にある、と言える。

祈りとは言わば神への語りかけである。そして、その祈りの内容の大半は利己心に発していると言ってよい。そんなもので事が成就されるはずはない。成就されるのは、せいぜい、ひと通りの文句を口にしたことによる気休め程度でしかない。

真の祈りの言葉は実は1つしかない。「御心の成就されんことを」 – これだけである。こちらから、ああしてほしい、こうしてほしいと頼んでみても仕方がない。神には全てが知れている。あなたにとって今何がいちばん大切かは神には分かっている。

だから、ひたすらに神の恵みに感謝し、御心の命ずるがままに生き、置かれた境遇の自分にとっての意義を理解しようと努力することである。そのためには特別仕立ての建造物はいらない。仰々しい言葉もいらない。僧侶もいらない。儀式もいらない。時刻をきめる必要もない。あいた時間ならいつでもいい。1日の用事がすっかり終わってからでもいい。要するに“神を忘れない”ことだ。

思うに、在来の宗教が宗教としての存在意義を発揮できずにいる主な原因の1つは、聖職者が心霊能力をもち合わせず、政治的ないし宗教学的才覚によって地位を確保している点にある。

いかに立派そうな大聖堂で病気平癒の祈りを述べても、その僧侶に治癒能力がなかったら何の効果もない。もしも信仰心と祈りの言葉だけで病気が治るのなら、例のルルドでもっと多くの人が治ってもいいはずである。

(ルルド – フランスのピレネー山脈の麓にある洞窟に聖母マリヤが出現し、その命に従って少女が掘った泉の水で木コリの眼病が治った話がきっかけとなって、そこがカトリックの信仰治療の場となっている。(128頁参照)

今やルルドは信仰治療のメッカとしてカトリックの華やかさと威勢と信仰の権威が治療行為1つに集中されている。そこには枢機卿を始めとして何名かの主教、何十人もの牧師、何百人もの尼僧、そして何千という信者たちが1日中ほぼひっきりなしに祈りを捧げている。

カトリック教会の途轍もない大きい力が聖母マリヤへの盲目的信仰と相まって、そこに集中されている。ここ100年あまりにわたって何100万もの病弱者が訪れている。なのに、実際に治った者はホンのわずかにすぎない。もしも祈りと信仰心だけで治るのであれば、もっともっと多くの人が治ってもいいはずである。

そのルルドでの治療風景を8ミリ映画におさめた女性が私のところにそれを見せに来てくれたことがある。実は私は写真が趣味で、ある同好会に加入しており、その女性もその会員の1人なのである。彼女はボランティア活動の1つとして肢体不自由児を大勢連れてルルドへ行き、その時の様子をカメラにおさめたわけである。

カラーでナレーションも入り、宗教的な音楽をバックに流して、実に見事な出来ばえであった。とくに子供たちが不自由な体をある者は車イスで、ある者は松葉杖にすがりながらも明るく陽気にはしゃぎながらルルドの難路を進む様子、そして到着した聖地でそこかしこに立てられた聖像に感心したり、立ち並ぶみやげ店で思い思いに買い物をする風景は、同情心をさそうと同時に感心もさせられた。

特に夜になって無数のローソクが灯され、それがまるでホタルのように暗闇の中で光り輝く中を子供たちの聖歌が響くシーンは感激的だった。見終わって、私は「見事な出来ですね」と言ってから、うっかりこう聞いた。「で、どなたか治った人がいましたか。」

彼女はそれを冒瀆的な言葉と受け止めたらしい。一瞬表情をこわばらせたが、すぐに、「いいえ、1人も治りませんでした」と答えてから、こんどは笑顔を浮かべて「でも、あの子たちには良いことをしてあげたと思っています」と明るく言った。

果たしてそうだろうか。私の考えでは、そういう体験をしたことがその子たちにとっては却ってのちに本当の治せるチャンスを失わせることになりはしないかと気にかかるのである。つまり心霊治療のことを耳にしても、「心霊治療家なんかに何が出来るというのか。ルルドであれだけのカトリック教会の力でも治らなかったのに」と思うに違いない。現にそれに似たケースがあるのである。

ある時、近くの婦人が訪ねて来て娘の治療に来てほしいと言う。自殺もしかねない状態だというので私はさっそく行ってみた。見ると30に満たない女性で子供が3人おり、立派なモダンな家に住んでいる。

が、この4年ばかり脊椎のいちばん上の骨の脱臼で苦しみ、あれこれやってみたが一向に良くならず、神経が異常に興奮している。首は外科用の頸輪(カラー)で保護され、鎮痛剤と精神安定剤でどうにか保っているという感じである。

「どんな治療をして下さるんですか」と聞くので、私は心霊治療家だと答えると、「まず治せないでしょうよ。牧師さんがこの家まで来て下さって祈禱をして下さっても治らなかったんですから」と言う。私も、牧師は宗教家としては立派な方でも治癒力に関するかぎり近くの肉屋さんと少しも変わらないと言うわけにはいかなかった。

不愉快な思いをさせられながらも治療してみたら症状がずっと良くなった。が、この人は完治は難しいと思った。というのは宗教的偏見が魂の奥深くこびりついていて、それが治癒力の流れを阻害するのである。が彼女もまだ若い。そのうち目覚める日も来るだろう。私はそう期待したい。

「36の材料組み合わせてお菓子ができる」とにかくイエス様はお喜びという意味です(祈)†■2023年12月6日UP■
「36の材料組み合わせてお菓子ができる」とにかくイエス様はお喜びという意味です(祈)†
2000年前のイエス様の磔刑を思い出してみて下さい。この物質界はとにかく嫉妬、嫉妬、嫉妬であふれかえっています。イエス様も多くの霊能を発揮した事によって当時の律法学者どもの嫉妬をかって磔刑にされて殺されました。この地球圏物質界は一見進歩が進んでいるように見えますが、それは物質面のみが異常に発達しているだけであり、精神面はまだ全然進歩していないと思います。霊的知識がまるっきり理解されていない事がその証左といえるでしょう。僕がある状態になる事をおもしろくなく思っている人間がそれはそれはたくさんいるのです、そいつらが僕をそういう状態にさせないよう陰湿極まる妨害をしてくるに決まっています。それが世の常です。僕に関する言われなき悪い噂をメディアを駆使して広めたりして国民に僕という人間の悪印象を植え付けようとイメージ操作をしてくるでしょう。(例えば守護霊様の背の低さを悪用するなどして)そういう事を絶対にやってくるはずです…続きを読む→
■2020年5月20日UP■
TrailMovie「パレットから」これは「機動警察パトレイバー」に登場する人身売買組織の事で、奴隷の女の子の入手先という意味です(祈)†
「子どもカタログ」みたいなものを作中の登場人物がPCで見ていて、子どもたちに値段が付けられている、そんなシーンがありました。まぁ「パレット」という名前は創作ですが、こうやって幼い女の子を販売している人身売買組織は実際にこの世界に存在していて、そして霊団いわく「パレット”から”」つまり強姦殺人魔、明仁、文仁、徳仁、悠仁が奴隷の女の子を手に入れる入手経路の中にパレットのような人身売買組織も含まれていると、霊団はそう言っている訳です…続きを読む→
「太陽の方を向きなさい」これは帰幽後の話で物質界生活中は最悪という意味です(祈)†■2022年3月2日UP■
「太陽の方を向きなさい」これは帰幽後の話で物質界生活中は最悪という意味です(祈)†
ある意味「暗殺よりヒドイ」と僕は思っていまして、何をどう頭をひっくり返しても許容できない事を霊団に言われているのです。信じられない、本当に最悪、こんな人生死んでも有り得ない、霊団はそういう状況に僕を突入させる事を完全に決定したと意味を受け取れる内容であり、到底承諾できません。その苦しみを身に浴びる事によって「宇宙一のバカ」強姦殺人魔、明仁、文仁、徳仁、悠仁の死刑、滅亡の実現につながり、奴隷の女の子たちの救出につながるという事であれば、まだ耐える意味を見出す事もできると思うのですが、霊界側はもう完全に女の子たちを見殺しにする事を決定した様子で「目標に到達できないのに苦しみだけ続行させられるとはどういう事だ」という考えがイヤでも出てきてしまうのです…続きを読む→

インペレーターの霊訓表紙テストmini

まだ粗面化(distress)の部分が全然できていません、全体の60%ほどしか完成していませんが縮小画像を仮のUPです。全然制作途中です。

本を買う人はいきなり本文を読みません、まず表紙を見ます。その表紙が良いか悪いかによってページを開いて本文を見るか見ないかが決まります。つまり表紙が宜しくなかったら内容がどんなに素晴らしくても誰にも読んでもらえないという事になりますので、僕なりにできるだけの事をやるつもりです。

僕が描くインペレーター霊のキャラキャラしたスケッチ画、使用しなくて正解かも知れません。まぁ、この努力がまるまるムダになる可能性が濃厚なのですが(復刊できないという事)distressのアドオンを入手したのはよかったです、これは今後いろいろ活用できそうですので。

霊団が見せてくる幽体離脱時映像が全く意味不明、何が言いたいのかサッパリ分かりません。分からないものは参考にしようがありませんので無視する事になります。フラー26キャラ線画、どしよかな、後回しにしようと思っていたのですがやはり描きましょう。

忙しい、忙しすぎる、霊団、殺す気か。イヤむしろ帰幽の方がイイ。復刊の事務作業(オーファンワークス関連)やりたくない、スーパーメンドクサイ。しかし動く、とにかく動く、止まってたまるか(祈)†

「全て自分の成長のためなんだよ」霊団が僕をある場所に閉じ込めるという意味です(祈)†■2023年9月20日UP■
「全て自分の成長のためなんだよ」霊団が僕をある場所に閉じ込めるという意味です(祈)†
友人の守護霊は今ごろほくそ笑んでいるはずです。僕の守護霊様は今ごろ僕の霊団への反逆を見て困っている事と思われますが。人間とは霊界で永遠に生き続ける存在です。人間に死はありません。物質界とは修行のためにホンの一時期だけ降下させられるトレーニングセンターです。肉体は神の摂理で自動的に朽ち果てるようになっており、僕たちの本体(霊)はそれを脱いですみやかに霊的表現媒体に着替えて(幽体、霊体)霊界生活に突入します。この事実からも物質界が僕たちの永遠の住処でない事は明白です。そのホンの一時の束の間の場所についてお勉強する事と、永遠の住処である霊界についてお勉強する事と、どちらがプライオリティが上でしょうか。どちらが賢明かつ自分の霊的進歩向上に役立つでしょうか。そういう視点で自分の人生を考えられる人間こそ賢者と言えるのではないでしょうか…続きを読む→
「許してくれ」霊団が自分たちの導きの失敗を完全に認めた一言となります(祈)†■2023年5月24日UP■
「許してくれ」霊団が自分たちの導きの失敗を完全に認めた一言となります(祈)†
「泣きっ面にハチ」これが僕の霊的使命遂行をもっとも正確に表した言葉ではないでしょうか。なぜDreamworkをやめさせられてこんな最悪な人生をやらされなければならなかったのか、その理由について何ひとつ納得のいく回答は霊団から降ってきません。つまり説明できないからです「行き当たりバッタリ」だったからです。で、霊界側として完全に予定外だった少年(僕)に、誰もやってくれない仕事(「宇宙一のバカ」大量強姦殺人魔、明仁、文仁、徳仁、悠仁邪悪の正体の情報拡散)を押し付けてやらせてはみたものの、そもそも行き当たりバッタリで始めた仕事だったので(無計画だったので)僕の暗殺を回避するので精一杯で全然事態を進展させる事ができないまま時間だけが流れていった…続きを読む→