『シルバーバーチの霊訓』4巻 9章 宗教の本質と子供の宗教教育のあり方

『シルバーバーチの霊訓④』
【ある日の交霊会で“宗教”の定義を求められてシルバーバーチはこう述べた―】宗教とは同胞に奉仕する事によって互いの親である神に奉仕する事です。本来の宗教は地上の世俗的概念とはほとんど何の関係もありません。
『シルバーバーチの霊訓④』
人間の魂に内在する神性を地上生活において発揮させるものでなければなりません。自分と神とのつながり、そして自分と同胞とのつながりを大きくするものでなければなりません。宗教とは人のために自分を役立てる事であり、自分を役立てる事がすなわち宗教です。
『シルバーバーチの霊訓④』
その他の事とは何の関わりもありません。肉体が朽ちてしまえば、それまで永い間後生大事にしていたもの、そのために争う事までした教義の全てが空虚で無価値で無意味で無目的なものであった事を知ります。魂の成長を微塵も助長していないからです。
『シルバーバーチの霊訓④』
魂の成長は自分を役立てる事によってのみ促進されるものです。他人のために自分を忘れているうちに魂がその大きさと力を増すものだからです。地上にはこれまであまりに永い間あまりに多くの世俗的宗教が存在し、それぞれに異なった教えを説いております。
『シルバーバーチの霊訓④』
しかしその宗教が最も大事にしてきたものは実質的には何の価値もありません。過去において流血、虐待、手足の切断、火刑といった狂気の沙汰まで生んだ教義・信条への忠誠心は人間の霊性を一インチたりとも増しておりません。
『シルバーバーチの霊訓④』
逆に、いたずらに人類を分裂させ、障壁をこしらえ、国家間、はては家族間にも無用の対立関係を生みました。論争の原因ともなっております。
『シルバーバーチの霊訓④』
分裂と不和を助長する事ばかりを行ってきました。神の子等を一つに結びつける事に失敗しております。私が宗教的建造物や俗にいう宗教に価値を認めない理由はそこにあります。主義・主張はどうでもよいのです。大切なのは何を為すかです。
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『シルバーバーチの霊訓④』
【続いて子供の宗教教育のあり方について聞かれて―】今日の子供は明日の大人であるというごく当り前の考え方でその問題と取組んでみましょう。当然それは学校教育を終えた後の社会生活において、その社会の重要な責務を担う上での備えとなるべきものでなければなりません。
『シルバーバーチの霊訓④』
意義ある社会の一員として、いかなる事態においても社会のため人類のために貢献できる人物に育てるための知識を授ける事が教育の根本義なのです。それには何よりもまず宇宙の摂理がいかなるものであるかを説いてやらねばなりません。
『シルバーバーチの霊訓④』
人間が有する偉大な可能性を教え、それを自分自身の生活と、自分の住む地域社会に役立てるために開発するよう指導してやらねばなりません。子供は感受性が強いものです。知能的にも、教えられた事が果たして真理であるかどうかを自分で判断する事ができません。
『シルバーバーチの霊訓④』
とても従順ですから教えられた事は何もかも本当の事と信じて、そのままを呑み込んでしまうのです。このように子供を教育する事は実に貴重でしかもデリケートな原料を扱っている事になります。
『シルバーバーチの霊訓④』
教え込んだ事がそのまま子供の性格のタテ糸となりヨコ糸となって織り込まれていくのですから教育者はまず教育というものの責任の重大さを自覚しなくてはなりません。
『シルバーバーチの霊訓④』
子供の潜在意識に関わる事であり教わった事はそのまま潜在意識に印象づけられ、それが子供のその後の思想を築いていく土台となるのです。その意味で、筋の通らぬ勝手な訓えを説く宗教家は動機がどうであろうと人類とその文明の将来に大きな障害を築いていく事になり、―
『シルバーバーチの霊訓④』
―罪を犯している事になるのです。子供に種々様々な可能性が宿されている事を知らない、霊的真理に通じていない、子供が霊的存在であり神の子である事を知らない、宇宙に置ける人間の位置を理解していない人―こうした人に育てられた子供は健全な精神的発育を阻害されます。
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『シルバーバーチの霊訓④』
ここで子供の物的生活における必須の要素について語るのは私の領分ではありません。それについては既に十分な知識が普及しております。あらゆる分野の科学とあらゆる生命現象についての教育、地上なりの豊かな文学と芸術と教養の真価を味わえる精神を培う上で、―
『シルバーバーチの霊訓④』
―役に立つもの全てを教えてやるべきである事は明白です。そこで宗教の問題に絞って申せば、宗教とは個々の魂が人生のあらゆる闘いに堂々と対処し、そして克服していく上での指導原理である以上、教育上極めて重大な意義を有する事は明らかです。
『シルバーバーチの霊訓④』
子供の一人一人が神の一部であり、本質的に霊的存在であるからには“自由”がもたらすところのあらゆる恵みを受けて生きるように意図されております。その魂を幼い時期に拘束し自由を奪うような事をすれば、それは魂の基本的権利を無視する事になります。
『シルバーバーチの霊訓④』
奴隷状態に陥らせる事です。霊的奴隷としてしまう事です。“自由”こそが教育の核心です。私の考えでは宗教についての正しい真理を教わった子供は自由闊達に成長します。教育に携わる人が子供に自由を与えてやりたいという意図からではなく、―
『シルバーバーチの霊訓④』
―古い神話や寓話への忠誠心を植えつけたいという願望から物事を教えていけば、それは子供の精神の泉を汚染する事になります。もし知性があれば拒絶するはずの間違った教義を教え込む事は、宗教的観点から見ても教育的観点から見てもその子にとって何の益にもなりません。
『シルバーバーチの霊訓④』
それだけでは済みません。いつかきっと反撥を覚える時期がまいります。無抵抗の幼い時期に間違った事を教え込んだ人たち皆に背を向けるようになります。幼い魂は若木のように逞しく真直ぐに生長するように意図されております。
『シルバーバーチの霊訓④』
それが間違った育て方をされるという事は存在の根をいじくり回される事であり生長が阻害されます。霊について、神とのつながりについて正しい真理を教えるのではなく倒れかかった教会を建直し空席を満たそうとする魂胆から誤った教義を押付けんとする者全てに対して―
『シルバーバーチの霊訓④』
―私は断固として異議を唱えます。宗教についての真実を申せば真理の全てを説いている宗教など有得ないという事です。どの宗教も真理の光のほんの一条しか見ておりません。しかも悲しい哉、その一条の光すら永い年月のうちに歪められ狂信者によって捏造されております。
『シルバーバーチの霊訓④』
子供には宗教とは人のために自分を役立てる事である事、ややこしい教義に捉われる事なく真面目で無欲の生活を送り、自分が生活している社会のために尽す事である事、それが神に対して真に忠実に生きるという意味である事を教えてやらねばなりません。
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