【9/3】霊関連書籍の内容の抜粋です(祈)†「ベールの彼方の生活①」

『ベールの彼方の生活①』
やがて青年は立ち上がり、その子を左手で抱き、右手をその頭部に当ててこう言われました。「皆さん、聖書に“彼らを童子が手引きせん”という件があります。(イザヤ書11・6)それをやっと今思い出しました。今我々が見たのは主イエス・キリストの顕現(※)であり―」

『ベールの彼方の生活①』
「―聖書の言葉通り、この童子は主の御国から贈られた方です」そう述べてから童子に向かい「坊や、さっき先生に抱かれて私のところまで連れて来られた時、先生は坊やに何とおっしゃいましたか」と尋ねました。―

『ベールの彼方の生活①』
―(※これまでの“顕現”と種類が異なり、これは霊界における“変容現象”と見るべきであろう。イエス自身、地上時代に丘の頂上で変容した話がマタイ17、マルコ9に出ている―訳者)すると子供は初めて口を開き、―

『ベールの彼方の生活①』
―子供らしい言い方で大勢の人を前に恥ずかしそうにしながらこう言いました「僕が良い子をしてお兄さんの言いつけを守っていたら時々あの先生がこの都市と領土のためになる新しい事を教えて下さるんだそうです。でも僕には何の事だかよく判りません。」

『ベールの彼方の生活①』
それは青年も他の生徒たちも最初のうちは判りませんでした。が青年が閉会を宣し、その子を自宅へ連れて帰ってその意味を吟味しました。その結果辿り着いた結論は、あれはエリとサムエルの物語(サムエル書1・3)と同じだという事でした。

『ベールの彼方の生活①』
そして事実その結論は正しかったのです。その後その子は研究所やカレッジの中を自由に遊びまわる事を許されました。少しも邪魔にならず、面倒な質問もせず、反対に時折厄介な問題が生じた時などにその子が何気なく口にした言葉が問題解決の鍵になっている事があるのでした。

『ベールの彼方の生活①』
時がたつにつれて、この事があの顕現のそもそもの目的だった事が理解できました。つまり子供のような無邪気な単純さの大切さを研究生たちは学んだのです。特殊な問題の解決策が単純であるほど全体としての解決策にも通じるものがあるという事です。

『ベールの彼方の生活①』
他にも学生達がその“顕現”から学んだものは色々とありました。例えばキリスト神は常に彼らと共に存在する事、そして必要な時はいつでも姿をお見せになる事。これはあの時学生の中から姿を現された事に象徴されておりました。また広げた両手が自己犠牲を意味しておりました

『ベールの彼方の生活①』
あの後光が象徴したように、荘厳さに満ちたあのコロニーにおいてさえも自己犠牲が必要なのです。その後あの童子はどうなったか―彼は例の青年の叡智と霊格が成長するにつれて成育し、青年が一段高い界へ赴いた後、青年の地位を引継いだという事です。

『ベールの彼方の生活①』
さて以上の話は随分昔の事です。今でもそのホールは存在します。内側も外側も花で飾られて常によく手入れされております。しかし講演や討論には使用されず礼拝場として使用されております。

『ベールの彼方の生活①』
その都市の画家の一人が例の“顕現”のシーンを絵画にして、地上でも見られるように祭壇の後ろにおいてありました。そこにおいて主イエスを通しての父なる神への礼拝がよく行われます。それ以上に盛大に行われるのはあの顕現の時の青年が大天使として、―

『ベールの彼方の生活①』
―今では指導者格となっている例の童子を従え、あの時以降青年の地位を引継いだ多くの霊と共にそこに降臨する事があります。そこに召集された者は何か大きな祝福と顕現がある事を察知します。しかしそういう機会に出席できるのはそれに相応しい霊格を備えた者に限られます。

『ベールの彼方の生活①』
一定の段階まで進化していない者にはその顕現が見えないのです。神の王国はどこも光明と荘厳さに満ち溢れ素晴しいの一語に尽きますが、その中でも驚異中の驚異と言うべきものは、そうやって無限の時と距離を超えて宇宙の大霊の存在が顕現されるという事実です。

『ベールの彼方の生活①』
神の愛は万物に至ります。あなたと私の二人にとっては、こうして神の御国の中の地上界と霊界という二つの世界の間のベールを通して語り合えるようにして下さった神の配慮にその愛を見る事ができるのです。

【過去コメ】皆さん、自分の日常生活に疑問を抱きましょう。なぜ私はこんな所でこんな事してるの?その答はこれらの書籍にあります(ブログ“「霊」関連書籍の総括”参照)地上生活中に霊的知識に触れず全くの無知で他界すると霊界で大変な苦労を味わいます。僕たちは何としても霊的知識を理解すべきなのです(祈)

■2020年8月26日UP■
TrailMovie ■アナログ絵287UP。奴隷の女の子たちがどれだけヒドイ目に遭わされているか、何としても理解して頂かねばなりません(祈)†
強姦殺人魔、明仁、文仁、徳仁、悠仁を絶対に死刑にして消滅させてみせるという僕のモチベーションは上記に説明したような理由もあって決して落ちる事がありません。本当に自分でもビックリするくらい怒りの炎は消えません。そして自分では奴隷の女の子たちを助けてあげるために指1本動かした事もなく自撮りも晒さず名前も公表しないが、Webの影にコソコソ隠れて僕に文句だけは言ってくる奴らに対して、僕は本当に尋常ならざる怒りの気持ちを持っています…動画を見る→
■2020年8月20日UP■
「アンティドキュメント」この意味だけでも何とか説明してみましょう(祈)†
無視してれば、放っとけばそのうちやめる、明仁、はじめ文仁、徳仁、悠仁は間違いなく僕の事をこのように思って頭からバカにしていたはずです。2013~2015年あたりでしょうか、それが現在の状況はどうですか皆さま。この強姦殺人魔どもと僕、どちらが本当のバカだと皆さまは思っておられますか。もうお分かりですね。僕(正確には霊団)がケンカを売って「もう勝っている」状態なのです。霊団および僕の勝利が完全決定しているのです。明仁、文仁、徳仁、悠仁が自分の負けを認めようとせず逃げ続けて「すっとぼけ続けよう」としている状況なのです。皆さま、正しく状況を認識して下さい…続きを読む→
■2020年8月19日UP■
TrailMovie なぜ強姦殺人魔、明仁、文仁、徳仁、悠仁の悪行を止める者が現れないのか。最終的には「霊的知識の無知」に帰着するのです(祈)†
全ては「霊的知識の無知」からくる「近視眼の人生観」によるものなのです。自分の人生を肉体のみのたかだか7~80年のものだと考え、肉体の死後も霊体をまとって霊界で永遠の向上の生活が待っているという事を全く知らないから強姦殺人魔に協力するという愚行を犯してしまうのです。その悪の行いが帰幽後の霊界での自分の人生をいかに地獄に落とし、長い年月にわたる恥辱の反省ののちに現在よりずっとヒドイ地上環境に生まれ直させられて大いに苦しみを味わわされるのか、という事を知識として知っていれば少なくとも女の子たちを殺す手伝いをする事にブレーキがかかるはずなのです…動画を見る→

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Posted by たきざわ彰人(霊覚者)祈†