【12/15】霊関連書籍の内容の抜粋です(祈)†

アナログ絵172

『シルバーバーチの霊訓①』
ある時は魂を感動させ、ある時は眠りから覚まさせ、当然悟るべき真理を悟らせるのが私たちの仕事です。言ってみれば霊への贈物を届けてあげる事です。それが本来自分に具わる霊的威厳と崇高さを自覚させる事になります。

『シルバーバーチの霊訓①』
その折角の贈物をもし拒絶すれば、その人は宇宙最大の霊的淵源からの最高の贈物を断った事になります。私たちからお贈りできるものは霊的真理しかありません。がそれは人間を物的束縛から解き放してくれる貴重な真理です。

『シルバーバーチの霊訓①』
それがなぜ恨みと不快と敵意と反撃と誤解に遭わねばならないのでしょうか。そこが私には分らないのです。いかにひいき目に見ても敵対する人間の方が間違っております。判断力が歪められ、伝来の教えの他にも真理がある事に得心がいかないのです。

『シルバーバーチの霊訓①』
どうやらそういう人々は、神がもし自分たちの宗教的組織以外に啓示を垂れたとしたら、それは神の一大失態であるとでも考えるに相違ないと思う事が時折あります。神の取る手段は人智の及ぶところではありません。大丈夫です。神が失態を演じる事は絶対にありません。

『シルバーバーチの霊訓①』
キリスト教会との関係となるとこれは厄介です。自分たちの教義こそ絶対的真理であると真面目に信じており、それをこの上なく大事なものとして死守せんとしています。

『シルバーバーチの霊訓①』
実際にはもともと霊的であった啓示が幾世紀もの時代を経るうちに人間的想像の産物の下に埋れてしまっている事に気づいてくれないのです。中味と包装物との区別がつかなくなっているのです。包装物を後生大事に拝んでいるのです。

『シルバーバーチの霊訓①』
こうした偏向した信仰が精神的にも霊的にも硬直化してくると、もはや外部から手を施す術がありません。神は時として精神的ないし霊的大変動の体験を与えて一気に真理に目覚めさせるという荒療治をする事がありますが、―

『シルバーバーチの霊訓①』
―それも必ずしも思う通りにいかないものです。もし困難や悲哀、病苦等が魂の琴線に触れて何かに目覚めたとしたら、その苦い体験も価値があった事になります。

『シルバーバーチの霊訓①』
霊界からこうして地上へ戻ってくるそもそもの目的は人間の注意を霊的実在へと向けさせる事にあります。ただそれだけの事です。地上世界の出来事に知らぬふりをしようと思えばできない事はありません。別段地上との関わりを強制される謂れはないのです。

『シルバーバーチの霊訓①』
また人間側には我々に対して援助を強要する手段は何もないはずです。ですから私たちの尽力は全て自発的なものです。それは人類愛ともいうべきものに発し、援助の手を差しのべたい願望があるからこそです。それも一種の利己主義だと言われれば確かにそうかも知れません。

『シルバーバーチの霊訓①』
愛というものは往々にして利己主義に発する事が多いものです。身を霊界に置いて次から次へと地上生活の落伍者ともいうべき人間が何の備えも無いまま送り込まれて来るのを見ている訳ですから…。

『シルバーバーチの霊訓①』
その人たちが霊界へ来る前に、つまり教訓を学ぶために赴いた地上という学校でちゃんと学ぶべきものを学んで来てくれれば、どんなにか楽になるのですが…。そこで私たちは何とかして地上の人々に霊的実相を教えてあげようとする訳です。

『シルバーバーチの霊訓①』
すなわち人間は誕生という過程において賦与される霊的遺産を携えて物的生活に入るのだという事を教えてあげたいのです。生命力はいわば神の火花です。本性は霊です。それが肉体と共に生長するように意図されているのです。

『シルバーバーチの霊訓①』
ところが大多数の人間は肉体にしか関心がありません。中には精神的生長に関心を抱く者も幾らかおりますが霊的生長に関心を抱く者は極めて小数に限られております。永続性のある実在は霊のみです。

『シルバーバーチの霊訓①』
もし私たちの尽力によって人間を霊的本性を自覚させる事に成功すれば、その人の人生は一変します。生きる目的に目覚めます。自分という存在の拠って来る原因を知ります。これから辿る運命を見極め、授かった霊的知識の意味をわきまえた生活を送る事になります。

『シルバーバーチの霊訓①』
至って簡単な事なのですが、それが私たちの活動の背後に目論まれた計画です。霊的真理はこれを日常生活に活用すれば不安や悩み、不和、憎しみ、病気、利己主義、自惚れ等々を追い払い、地上に本物の霊的同胞精神に基づく平和を確立する事でしょう。

「ペットは死後も生きている」この書籍で是非「肉食」という食習慣について考えて頂きたいのです。食肉用に屠殺された動物たちの霊界での様子を知って頂きたいのです。僕たちの肉体は肉を食べなくても植物食のみで全然健康に生きて行けるのです。僕が生き証人です。野菜中心食でメチャ元気です☆(祈)

「霊界にはたどり着く」当たり前だろ、霊団がもう使命遂行やる気ゼロという意味です(祈)†■2022年12月14日UP■
「霊界にはたどり着く」当たり前だろ、霊団がもう使命遂行やる気ゼロという意味です(祈)†
僕は間違いなく「宇宙一のバカ」大量強姦殺人魔、明仁、文仁、徳仁、悠仁に殺される→霊団はその危機を回避させようとして明仁、文仁、徳仁、悠仁および奴隷の女の子の情報を僕に降らせないようになっている(イヤ少しは降らせてきていますが)→僕の使命遂行の力点を明仁、文仁、徳仁、悠仁の滅亡および奴隷の女の子の救出から交霊会開催へと転換させようとしている→しかしサークルメンバー問題が解決しないので僕の霊媒発動はない→邪悪は滅ぼそうとしない、奴隷の女の子は助けようとしない、交霊会はできない、全く目標に到達せずただ苦難ばかりを延々とやらされる状況に突入しているために、僕の霊団への怒りが制御不能に達する→交霊会ができない不足分を「絶版書籍の復刊」の作業で補いつつ、霊団に破壊された生活を何とか少しでも改善させようと僕は「反逆」を開始するが、一向に反逆は完成しない…続きを読む→
「あなたを守りたい」これがつまり奴隷の女の子を助けないという意味なのです(祈)†■2022年10月5日UP■
「あなたを守りたい」これがつまり奴隷の女の子を助けないという意味なのです(祈)†
僕が奴隷の女の子を救出すると、その霊団が降らせて教えてきた物的攻撃に晒される事になり、霊団はその攻撃から僕を守るために奴隷の女の子の救出をあきらめざるを得ないといったような事を言っているのです。そして奴隷の女の子の事をあきらめさせるために交霊会の事をずっと言い続けてくるのです。「アキトくんの気持ちは分からないでもないが、奴隷の女の子たちは自らの罪障消滅のため、霊的向上のために自ら志願してその人生を選択し、奴隷の女の子として物質界に降下した人間なのだ。それよりキミは自分の使命遂行を成功させる事を考えなさい」とでも言っている霊団の声が聞こえてきそうです。要するに奴隷の女の子たちを見殺しにするのは非情というのとは違う、霊的視点に立って考えないと真実の理解には到達しない、という事なのですが、この心の中に渦巻く釈然としない気持ちはどうやっても拭う事ができません…続きを読む→
「神に委ねてみませんか」これが実は到底承服できない最低最悪の意味なのです(祈)†■2022年8月24日UP■
「神に委ねてみませんか」これが実は到底承服できない最低最悪の意味なのです(祈)†
僕も神に反逆するほどバカではありません。ぜひ皆さまにも「インペレーターの霊訓」をお読み頂きたいですが、霊的知識を獲得しておきながら神の意に反する行いをした者がどういう状態にさせられるかをインペレーター霊が語っておられます。僕はその知識がありますのでそこまでバカな事をするつもりはありません。ただとにかく「物事には限度というモノがある」これを強調して終わりとさせて頂きます。キビシすぎ、苦難、試練を降らせすぎ、僕ひとりに何もかもやらせすぎ、本気でいい加減にしてくれ、という事です…続きを読む→
「イエスからの贈り物」これは帰幽後のお話で物質界人生は最悪という意味なのです(祈)†■2022年7月6日UP■
「イエスからの贈り物」これは帰幽後のお話で物質界人生は最悪という意味なのです(祈)†
これはまるでイエス様からの、アキトくん、ここまでよくやった、おつかれさま、という終了宣言のように聞こえます。そんな事でいいんですか、あなたたちのやる気はそんなもんですか、しょせんあなたたちは霊界上層界の人間であり、最低界である物質界がどうなろうと知った事ではないという事ですか。物質界と霊界上層界はつながっていて、物質界の無知が霊界に反映されるようになってしまって「このままでは大変な事になる、何としても大胆な手段を講じて物質界に霊的知識を普及しなければ」という事になってスピリチュアリズムを勃興させたのではないのですか…続きを読む→

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Posted by たきざわ彰人(霊覚者)祈†